平成19年度夏山合宿報告書(先発)
上高地奥穂高岳〜新穂高温泉

1.期 間   平成19年8月3日(金)〜8月5日(日)(2泊3日)
2.山 域   
アルプス 奥穂高
3.参加者名簿
  CL興津 正一
,菅谷 龍雄  (全行程3日から6日)
  SL菊池 一弘,矢田 和寛,西村 優子(先発3日から5日)
  SL佐藤 信聡,八城 和敏(後発4日から6日)

4.行動概要
  
8/3岩間──土浦─── (常磐道・中央) ───沢渡──上高地===西穂高登山口
    ===西穂高山荘===上高地(小梨平)

  8/4 小梨平===岳沢登山口===岳沢ヒュッテ===紀美子平===奥穂岳山頂
   
===奥穂高小屋

  8/5 奥穂高山荘===大滝===小屋跡===渡渉点===林道===
    
新穂高ロープウェイ───沢渡───岩間

5.行動詳細報告
 ○8月3日(
小雨のち曇り
  
岩間 2:00──土浦2:30─── (常磐道・中央) ───沢渡6:00──6:55上高地8:45===
    
9:20西穂高登山口===11:45西穂高山荘12:40 ===15:00上高地(小梨平)

 台風が、九州から日本海へのルートをとって進んでいる真っ只中の夏山合宿となってしまった。予定のコースを逆にして、槍ヶ岳を初日に登ることも考えた が、台風の予想進路は、3日に一番接近し、その後は抜けるので天気は回復することを期待したのと、後発との合流が難しくなると考えて、当初予定の西穂高山 荘を目指すことにする。そうなると、今日の行動予定時間が3時間程度と短いため、上高地で朝食を取りながら、天気の回復を待っての出発となった。


上高地到着(小雨)

天気の回復を期待しながら出発

 沢 渡からは、駐車場に入ると同時に声を掻けてきたタクシーで数年前に新しくなり信号待ちの無くなった釜トンネルをとおり、上高地に入った。この時点では、 ずっと小雨が降っていたが、出発する頃には、雲も上がってきて、岳沢の雪渓も見えてきた。西穂高への登山口は、休憩所をかねた門をくぐっての始まりとなる が、門の前にこの先水場なしの表示があったため、水を確保してからのスタートとなった。(登山地図には、途中に水場の表示があったが、無くなってしまった 様である。ただし、その位置よりも登ったところに水場はあったが、状況によってはここも枯れてしまうかもしれない。
 登山道は、ずっと樹林帯の中、最初は急登だが、徐々に緩やかになり、焼山からのルートと合流して、程なく西穂高山荘に到着した。


西穂高山荘到着

これで今日の行動は、終わるはずだったのだが、小屋の中で、全国の天気予報を常時テレビ放送(天気専用の受信チャンネルがあるようである。)しているのを 確認すると、台風が通過しても天気は回復せず、今夜から明日にかけて雨の予報で、小屋の人の話だと今日の西穂高への登頂も風のため、あまり登っていないと 言うことであった。明日の天気が回復しないとここから奥穂高へ向かうのは困難になってしますため、やむなく上高地に下ることにする。結局この日は、小梨平 のキャンプ場にテント泊となってしまった。

 

○8月4日(土)曇りのち雨
  起床
3:00   小梨平5:20===5:45岳沢登山口===6:15風穴===7:25岳沢ヒュッテ
  
===8:25カモシカの立場===9:30雷鳥広場===9:50紀美子平===
    
11:50奥穂岳山頂===12:30奥穂高小屋

 夜、時折テントに落ちる雨音が強く聞こえていたが、朝には取りあえず曇りの状態だった。日の出が遅いのか。なかなか明るくならない。周囲が明るくなるの を待って出発すると、後発から上高地に到着したとの連絡が入り、岳沢登山口の入り口に走って到着し合流することが出来た。沢渡からちょうど相乗りのタク シーがあり、釜トンネルも5時に開くので、バスの時間(5時半始発)を待たずに着たとのことだった。合流できたのを喜び全員で奥穂岳へ向かう。
 30分ほど歩くとヒンヤリした風が吹き出す風穴につく、曇りで気温はあまり上がっていないが、朝一の登りでだいぶ暑くなったのでここで小休止する。


岳沢ヒュッテ

樹林帯の中を登り、沢を横断すると岳沢ヒュッテに到着、以前は宿泊可能な小屋だったが、雪で倒壊してしまい、テント場を管理するための小さな小屋になって いた。ここから、九十九折の登山道が見えており、登山者の姿も確認できた。先ほど見えていた登山道を過ぎると、岩場にはしごが架かったところがコースにな りだいぶ風が強くなってきた。この辺りで、先行していたパーティが何組か登頂をあきらめて下山していった。ガスが深くなるなか紀美子平到着、上からは多数 の登山者が下山してきたが、ほとんどが中国人だった。ここから天気が良ければ前穂高に行くところだが、元気な興津、八代の二人が登ってくる間に残りのメン バーは、奥穂高へ先に向かうことにする。(前穂山頂は視界の効かないガスの中で、途中道を誤ったようだある。)


ここから急登


岩場の登りが続く


ガスの中の紀美子平

先行して程なくついに雨が強くなってきたため、雨具を装着する(マムートの雨具を新調してきた矢田だけは、使い初めが出来たと喜んでいたが、外のメンバーは・・・)。


雨の奥穂高岳山頂

雨風が強くなるなか、全員奥穂山頂に登頂を果たし、そのまま奥穂高山荘へ向かった。天気の悪く余り休憩が取れなかったこともあるが、約7時間で予定の行動が終了してしまった。
 山荘で、濡れた雨具を乾かしながら、悪天候ではあったが登頂を祝った。山荘も、この天気では、あまり登山者も来ないようで以外にゆったりしていたため、 夕食までここで済ませることにして、雨が止んだころあいにテントのみヘリポートの横に設営をした。ここで、長い夕食をしていると、西穂から奥穂のコースを 何度も歩いたことがあるという単独行の女性から話を聞いた(何をしている人なのか。毎年
1週間以上気ままな縦走を行っているようである。=女仙人)。それによると、@40リッ トル以上のザックでは、登山道の崩落が激しくすれ違えないので、難しい。Aザイルを持っていても固定出来るところがほとんど無いため使えない。Bルートと しては指導標等が見やすい西穂から奥穂の方がわかりやすい。C途中から岳沢ヒュッテに下るコースは難コースのため使用しない方が良い。などの話をしている 間に、小屋の消灯時間になってしまった。

 ○8月5日(日)曇りのち晴れ
  起床
3:00    奥穂高山荘5:30===7:00大滝===7:55小屋跡===8:45渡渉点===
  
9:30林道===11:00新穂高ロープウェイ───12:00沢渡───21:00岩間


5日朝ここで別れ

 今日も朝は、ガスの中での目覚めとなってしまった。明日まで縦走する組とは、ここからは別ルートを行くことになる。ガスの中、全員で写真をとってから、 涸沢岳へ向かう君と別れる。ここから一般には、ザイテングラードから唐沢→横尾→徳沢→上高地へのルートを下るのだが、安房トンネルが抜けてから松本まで のバスが出ているようなので、まだ通ったことない新穂高に降りる白出沢コースを下ることにする。
 ルートは、小屋のすぐ後ろから出ており、初めは、しっかりした石段状になっていたが、少し下ると、浮石状態でガスが濃いせいもあるが、目印のペイントを見失いがちになる。
30分 ほど下ると、大天井岳の山頂が見えてきて、天気が回復してきているようである。また、ルート上には雪渓が出てきたため、そこを避けながら下る。正確な登山 道が分からないまま、下っていくと、大滝まできてしまった。近くに高巻きルートを探すが見つからないため、ルートを探すのに1時間費やしてしまった。(地図だと沢沿いに下っているようだが、上から滝の位置が確認できる辺りからの高巻ルートになっていた。)予想以上の急なルートを下り、狭い切道を行くと渡渉点になった。


ガレ場の下り


誤って大滝まで下ってしまう


渡渉点

 ここからは、樹林の中を、林道までいくが、山荘から林道までに出会った人は、この樹林の中ですれ違った2人 だけだった。林道に出ると、槍平小屋のスタッフには、車乗り入れの許可出るらしく数台の車が駐車してあった。また、案内板には、「白出沢ルートはスノーブ リッジが危険な状態のため通行できません」の張り紙がついていた。このためもあるのだろうが、登山地図には一般ルートになっているが、あまり使われてはい ないようである。ここから約1時間の林道歩きで、新穂高に到着した。


林道の看板


新穂高到着

 しかし、松本行きのバスの時間を聞くと次は140分とのことなので、止むを得ずタクシーで沢渡まで向かうことにする。(バス運賃一人1,800円,タクシー110,000円)沢渡には、ちょうどお昼頃到着したが、とりあえず汗を流したいため、白骨温泉に浸かってから、中央道を乗ったが、渋滞にはまってしまい、途中から開通したばかりの、圏央道を使い、関越道経由で、外環から常磐道に入り、岩間に到着した。

 今回の夏合宿は、台風の影響で、予定通りの行動は叶わなかったが、奥穂高山荘で西穂から奥穂までのコースの様子を聞くことができ、あまり行くことがないであろう白出沢のコースを通ることが出来て楽しい山行だった。            (記録 菊池)
 

 

夏山合宿報告書(後発隊の記録) 

○ 目標山域  北アルプス 穂高岳〜槍ヶ岳縦走

○ 日  時    2007年 8月3日() 〜 8月6日()

○ 参 加 者  C.L 興津 正一、S.L 菊池 一弘(先発)、佐藤 信聡(後発)        八城 和敏、 矢田 和寛、 菅谷 龍雄、 西村 優子
      (先発隊 興津、菊地、矢田、菅谷、西村(菊地、矢田、西村は5日下山))

      (後発隊 佐藤、八城)

 

8月4日(土) 曇り 時々 雨(濃霧と強風)

 土浦合同庁舎(前夜 22:00) ==== 松本IC(1:30) ==== (2:10)沢渡駐車場:仮眠(5:15) ----上高地バスターミナル(5:30) ---- 岳沢登山道分岐(5:50)(先発隊と合流)---- 岳沢ヒュッテ(7:30) ---- (9:40)紀美子平(興津、菅谷は前穂ピストン)(10:20) ---- 奥穂高岳 (11:50) ---- 穂高岳山荘 (12:30)
幕営後 19:30就寝


後発隊2名は、夜中の首都高、中央高速をぶっ飛ばし、沢渡の駐車場で2時間の仮眠。5時前に起きて準備していたところタクシーのお誘いがあり、我々を含む3名で乗車。新しくなって対面通行となった新釜トンネルを経て、バスの予定より1時間も早く上高地のターミナルに着くことができた。(釜トンネルのゲートは5時には開いているので急ぐときはタクシーの方が早く入山できる。)

河童橋を渡り、岳沢への登山道の分岐で、小梨平から出発した先発隊に合流し、これより一緒の行動となる。(間に合って良かった・・・)

道は最初は樹林帯、そして灌木帯を経て石のごろごろした道を上ると、思いの外こじんまりとした岳沢ヒュッテに着く。ここからはいよいよ重太郎新道の登りである。ジグザグ道を上り、岩の多い道にはいると急登となりハシゴや鎖場も出てくるが、我がパーティーは若いメンバーが多いだけあって、ぐいぐい登って行く。濃いガスで回りも見えないせいか、ほとんど休まず、ただひたすら登り続けると紀美子平に着く。ここから興津と八城は前穂高岳山頂をピストンする。

  

    (ガスの中の紀美子平)           (穂高岳山荘でやっと一息)

 

吊尾根を歩く頃には、風が強い上に雨も降り出してきて、待望の奥穂高岳山頂では写真を撮っただけですぐに穂高岳山荘に向かった。鎖場と長いハシゴを下って山荘に着いたのは、12時30分。コースタイムを3時間も短縮したことになる。

 風雨も強いことから、しばらく山荘の中でくつろぐことにする。びしょびしょのカッパを乾かし、とりあえずビールで乾杯。ほっとした気分である。

 天候もややおさまったので、午後3時過ぎにテントを張って、ふたたび山荘に戻り夕食の準備。菅谷シェフ特製のシーチキンカレーに舌鼓を打つ。同席していた小屋泊まりの年配の女性(以下「女仙人」という。)が西穂縦走を何回もやっているとのことで、話が盛り上がる。この女仙人、飲んべえで、菊地と佐藤は夜8時過ぎまでつきあわされてしまった。

8月5日(日) 曇り 時々 霧

穂高岳山荘(5:30) ---- 涸沢岳(5:50) ---- (7:40)北穂高岳(8:00) ---- 飛騨泣き ---- 長谷川ピーク(9:30) ---- (10:00)大キレット最低鞍部(10:20) ---- 南岳小屋(11:40) ---- 中岳(13:00) ---- 大喰岳(13:30) ---- 槍ヶ岳山荘 (14:00)

   サブ行動:槍ヶ岳山荘(15:00) ---- (15:30)槍ヶ岳(16:30) ---- 槍ヶ岳山荘(17:00)
      幕営後 19:00就寝


3時半起床。外はガスが濃いものの下の方は視界が利くようである。夜中には雨も降っており、予報も昨日と同様の天気ということで、大キレット通過に若干の不安もあったが、若い部員の目が「何があっても槍に行くぞ」と訴えている。

 とりあえず、テントをたたみ天候を見ながら縦走することにする。先に白出沢を下って下山する菊地、矢田、西村に見送られ、5時半に出発。濃霧の中、涸沢岳に向かう。

 ガスで何も見えない涸沢岳頂上は狭く、写真を撮っただけですぐに北穂へ向かう。登山道は途中からすっぱり切れ落ちた鎖場となる。ガスで下が見えないため高度感はまったくないが、急な鎖場の下降が続き何となくいやらしい。岩場が続いて北穂高岳への登りとなるが、南峰、ドーム、北峰とピークが続き、なかなか着かない。山頂に小屋のある北穂高岳北峰に着いたのは8時近かった。北アルプス有数の展望を誇るこの山頂も、ガスで相変わらず視界が利かない。

  

(北穂高岳山頂に立つ)            (大キレットへの下り)

 


いよいよ大キレットへ下り始める。しばらくは道らしい道をぐんぐん下っていく。しばらくすると、雲の下に出て視界が広がる。だんだん岩場や鎖場、ガレの下りが出てくるが、たいしたことはない。途中、鎖と鉄杭をつかって大岩を降りる箇所があったが、ここが「飛騨泣き」の難所とのこと。涸沢 岳の鎖場の方が余程いやらしかったと思う。

ここからは急な道を下り、コルに出てからまた鎖場を登りあげて長谷川ピークを通過する。このころには槍ヶ岳方面からの縦走者と多くすれ違うようになる。大キレットの最低鞍部で休憩。雲は3,000m付近にあって、その下は晴れているようである。天気は回復傾向か。

 南岳への登りはハシゴと岩場の急登である。途中、ハシゴの下で槍ヶ岳方面から来る韓国人登山者の大集団に鉢合わせ、しばらく通過待ちをする。「コンニチワ」「アンニョンハセオ」と声を掛け合うが、本来は登り優先である。韓国人登山者の中にはハシゴの下りが待ちきれず、ストックを放り出して別な岩場を下る者もいて、危険きわまりない。マナーも何もない相手に剛を煮やして、我々は隙をついてハシゴを登ってしまった。

 下山してから調べてみると、最近、日本の槍・穂高連峰の縦走コースが韓国に紹介され、安・近・短のお手軽山岳ツアーとして人気を集めているらしい。夏に雪のある高山が魅力らしいのだが、どうりで、昨日も紀美子平周辺でたくさんの韓国人とすれ違っていたはずである。

 南岳を登りあげて、南岳小屋で大休止。また、雲の中に入ってしまい視界が利かない。ここからは、今までの岩稜ルートとはうってかわって、3,000mの稜線漫歩である。時折、槍ヶ岳がうっすらと見えて歓声が上がる。天狗原への分岐では親子連れのライチョウも現れ、思わず立ち止まる。(記録者にとってライチョウは12年振り)

傾斜の緩い尾根道をしばらく行くと、中岳との鞍部にある大雪田の下に出る。ここにはルート中唯一の水場があるので水分を補給することにする。乾いた喉に清冽な雪解け水がしみわたり、縦走の疲れが癒えるようだ。

 中岳山頂からちょっとしたハシゴと鎖場を下り、緩やかな大喰岳の登りとなる。大喰岳の山頂は広くて、気をつけないと見過ごしてしまうようなところだが、貴重な3000m峰であるので、しっかり山頂を踏んでおくことにする。

 日本一高い峠である飛騨乗越に下り、少しの登りで槍ヶ岳の肩のテン場に着く。予定より早い午後2時の到着である。風当たりの弱そうな場所をえらんでテント設営。

  

(大喰岳山頂)               (朝の槍ヶ岳に立つ)

 

ガスが時々薄くなるようなので、本日中に槍ヶ岳を登っておくことにする。夕方とはいえ槍にとりつく登山客は多く、ハシゴで順番待ちをしながら登る。3時半に3180mの山頂に立つ。佐藤以外は全員槍ヶ岳初登頂であり、感激ひとしおのようである。ガスの晴れ間に常念岳や水晶岳方面の遠望が開け、時折、ガスの中に綺麗なブロッケンが浮き上がる。北鎌尾根から登ってくるパーティーを眺めたりして、1時間も頂上で遊んでいた。

テントに戻って、今日の縦走の満足感にひたりながら、焼きビーフン(これはヒットだね!)と五目ちらし寿司をほおばって就寝。(もう少し酒飲みたかったよ〜)

 

8月6日(月) 快晴

サブ行動:槍ヶ岳山荘(4:40) ---- (5:10)槍ヶ岳(5:30) ---- 槍ヶ岳山荘(5:50) 

槍ヶ岳山荘(6:10) ---- (8:45)槍沢ロッジ(9:00) ---- 横尾(10:05) ---- 徳沢(11:05) ----

河童橋(12:40) ---- 上高地バスターミナル(13:20) ==== (14:00)沢渡駐車場(温泉)(15:00) ==== 松本IC ==== 土浦合同庁舎(21:30)  解散

 

 3時起床。外は満天の星空。もちろん、この機を逃すことなく、もう一度槍ヶ岳に登ることにする。テントをたたんで山荘前に荷物を置いて、まだ薄暗い山頂を目指す。しばらくして夜が明け、頂上に立つ。雲ひとつない天気で、見える限りの山全てが見えている。しばらく大展望を楽しむ。

 

  

    (槍ヶ岳からの穂高岳方面)         (槍沢から槍ヶ岳を振り返る)

 

 山荘前に戻り、再び荷を背負って下山開始。槍沢の道を下り、時折後ろを振り返りながら、だんだん遠ざかる槍ヶ岳を名残惜しそうに振り返る。

 雪渓を数カ所わたり、ピーカンで暑い道を下る。槍沢の流れに沿って樹林帯の道を行くようになると槍沢ロッジである。さらに渓流沿いに下り、槍見河原で最後の槍の穂先を拝んで、屏風岩と南岳、前穂、明神の山稜を楽しみながら歩くと、ようやく上高地である。少し雲が出てきたが、ここから見る穂高も素晴らしい。あの西穂稜線も指呼の間に見えていて、「近いうちに必ずやあの稜線を、ジャンダルムを」と誓い合う若人たち(言うまでもなく記録者を除く)であった。

 沢渡駐車場近くの温泉で一汗流し、一路帰路に着く。中央高速は、平日というのにかなりの混雑で、首都高も大渋滞。仕方なく途中から一般路に降りて、向島から再合流して土浦合庁へと向かった。
                                          (後発隊記録:佐藤)

【総括】

当初の計画では、合宿参加者が一同に集まるのは奥穂高山荘のテント場だけでしたが、結果的には、上高地から奥穂高山荘まで全員で行動することができたことで、合宿の色合いが強くなって良かったと思います。

今回の合宿では昨年、一昨年の夏山合宿に比べ、かなり天候の影響を受けたものでした。

好天の時は体力面が大きく関わってきますが、今回のような悪天かつ難路の場合は、技術面と精神面も問われることがわかりました。

般的な山行の場合は、なるべく天候を考慮した計画実行となりますが、登山の総合的な能力アップを目指すために、時には悪天での山行訓練も重要であると感じました。

そういった意味で、あらかじめ日程や計画がしっかりと固定されている合宿に参加することに意義があると考えます。

また、今回のようなコースを悪天時にも余裕を持って踏破できるように、沢登りやロッククライミングなども積極的に行って、登攀の基礎技術やルートファインティング能力の向上を図る事が重要だと思われました。
(CL.興津)