平成18年度夏山合宿報告書
    (薬師岳・黒部五郎岳・鷲羽岳・水晶岳)

1.期 間   平成18年7月28日(金)〜8月1日(火)(4泊4日・車中1泊)
2.山 域   北アルプス 折立〜薬師岳〜黒部五郎岳〜鷲羽岳〜水晶岳〜新穂高温泉
3.参加者名簿
  CL一家伴安  SL飯島孝夫  興津 正一 矢田 和寛 西村優子 菅谷龍雄

4.行動結果報告
○7月28日(金)晴れ

  池袋23:05─── (高速バス)

池袋東口徒歩5分程度のバスターミナルに集合した。集合場所までは各自がばらばらで公共交通機関を利用したため、電車の中、駅構内、横断歩道など、あちらこちらで周囲の冷たい視線を浴びる事となった。そのため、到着して仲間の姿を見たときには妙にほっとした。

 山登りには一番良い時期とあってか、富山駅行き高速バスも利用客が多く、3台チャーターされていた。早くから予約をしていたであろう一台目の利用客は、3列シートでゆったりと移動できたようだが、参加者の確定が遅れた我々は予約も遅れたため、3台目の一番後ろの席となった。結果的にこれが幸いして、後ろに客が居ないため、リクライニングをフルに活用できた。但し、体の大きな飯島氏にはかなり窮屈であったようで、夜中に目覚めて右側を見ると、闇の中にアクロバティックな体制のシルエットを何度も目にした。

○7月29日(土)雨のち晴れのち大雨

5:30富山駅6:00──(富山電鉄バス)──8:00折立8:20===12:20太郎小屋12:40===2:50薬師峠テント場13:20===14:55薬師岳15:05===16:10薬師峠テント場

 富山駅にて名物鱒寿司のおにぎりなどで各自腹を満たし、高い割には狭いバスに揺られて、ほぼ時間通りに折立に到着した。矢田氏からパンの配給を受けて各自短時間で荷造りを行い、小雨のなかの出発となった。小雨のせいか樹林帯は湿度が高く、かなりムシたため、最初はカッパなしで登っていたが、じきに雨が強くなり、カッパを着ることとなった。

1870三角点あたりで一回視界が開け、1934小ピークで樹林帯を完全に抜けた。小休止していると天気が一気に回復したので、一家氏から梅雨明け宣言が出された。ここからは太郎小屋までの緩やかな登りでは、ニッコウキスゲやチングルマなどの高山植物を堪能することが出来た。

小屋は太郎兵衛平の中央部に建っているため、周りにはお花畑広がっている。テン場となる薬師沢は、小屋から15分程度薬師岳方面に下った谷にある。水場の水量は豊富、トイレも水洗で、贅沢なテン場であった。

 テントキーパーに立候補した飯島氏を残し、他のメンバーで薬師岳に出発した。登り始めてすぐさま薬師沢左俣の源流とぶつかるころには、厚い雲が降りてきて展望がなくなった。150m程登ったところで薬師平に到着。すぐの右側には愛知大学遭難碑となる2m以上のケルンがあり、木道を挟んで左側にはハクサンイチゲの群落があった。その様子が、まるでお墓に花が供えられているようであった。

そこから100m程登ると、樹木がなくなり、岩屑が敷き詰められた尾根に出る。ここで、急に冷たい雨が降り始め、再びカッパを着ることとなった。その尾根を少し登ると2701の小ピークの裏側に薬師岳山荘がある。更に登ると、石で作られた避難小屋の残骸があるのだが、それがガスの中ではまるでピークに到達したかと勘違いするよう風景を作り出す。皆そろって騙されたあげく、頂上まで30分の標識が立っており、一気に戦意喪失となった。

 やる気と体温と気力を奪われながらも、赤や黒や灰色の岩石地帯を通り抜け山頂に到着。山頂にはケルンが乱立する中、何かが納められているような社が建っていた。到着早々、記念撮影を済ませ、即退却となった。土砂降りのなかテントに到着すると、菅谷シェフの暖かい野菜スープと、バーナーで温められたテントと、ウイスキーで出来上がっていた飯島氏が、冷え切った一行を暖かく迎えてくれた。

(水場・トイレ往復5分)(テン場 一人500円)



折立にて登山前に記念撮影


太郎兵衛平のヨツバシオガマ


太郎兵衛平のチングルマ


 ○7月30日(日)快晴のち晴


  起床3:30 薬師峠テント場5:30===7:30北ノ俣岳7:50===10:25黒部五郎岳11:20===
11:50黒部五郎カール底12:10===13:00黒部五郎小舎13:30===14:30三俣蓮華トラバース分岐===15:00 三俣山荘テント場

 昨日とはうってかわっての快晴。そのためか、夜半から明け方までかなり冷え込み、夏用シュラフの一家氏と興津は日付が替わってから殆ど寝られなかった。後ほど小屋の人に聞いたら最低気温が6℃まで下がったそうである。朝日を受けた北ノ俣岳、黒部五郎岳の夫婦が手招きをしているので、さっさと出発。

太郎山への登山道は準備体操に丁度良い斜度で、朝露を浴びて輝くチングルマやヨツバシオガマの花を堪能しながらの清々しい登りとなった。太郎山のピークを過ぎるといくつもの池塘が広がる湿原地帯で、緑の草原と青空を写す水面のコントラストに加え、まばらに生える針葉樹の景色が日本離れしており感動を呼び起こす。

北ノ俣岳手前に偽ピーク(2576)がある。そこを緩やかに下り、雪渓を過ぎると直に北ノ俣岳に到着する。進行方向には、いくつかの小ピークの向こうに一際大きな黒部五郎岳が見える。背後には左に槍ヶ岳、右に笠ヶ岳が見え、まるで二峰を従えているようだ。

 北ノ俣から黒部五郎までの稜線歩きでは、左手下に薬師沢と赤木沢の源頭部が作り出す景色が見ごたえのあるものとなっている。黒部五郎岳へはゴロゴロした岩場をジグを切りながら分岐点まで一気に約200m登ることとなる。分岐点となる黒部五郎の肩に荷物をデポし、ぬれたテントを乾かすために広げてから、のこり50m程を一気に上る。

 この時間になると、南側から一気に雲が湧き上がってきて、先ほどまで見えていた槍ヶ岳や笠ヶ岳はあっという間に雲に隠れてしまった。しかし、眼下に広がるカールのすばらしい景色にため息をつきながらゆっくり視線を上げると、黒部川源流を挟んで祖父岳の裾野に広がる雲ノ平、その奥に連なる鷲羽から水晶、赤牛までの稜線。その左側には薬師岳。薬師と赤牛の間にははるか遠くに立山連山が一望できる。夏山バンザイ!!この巣晴らしい景色をありがとう。

これだけでは終わらないところが黒部五郎の凄い所で、カールバンドの急斜面を下りて、雪渓から流れる水が集まってできる五郎沢の源頭部で休憩すると、見渡す景色はこれまた素晴らしいものである。飯島氏が装備点検の時にしきりに言っていた事が実感できた瞬間である。日に焼けた顔や腕に雪解け水が気持ちよい。モレーンの大岩に腰かけ、雪渓を原料にカキ氷を作って食べると時間が止まったような錯覚に落ちる。

あっという間に時間が過ぎるので、後ろ髪を惹かれる思いで歩き始めると、「黒部五郎小舎まで2時間」の標識がある。これは登山者をカールでの夢の時間から現実に引き戻すために設置したものに違いない。慌てて先を急ぐと、1時間ほどで小屋に着く。小屋からの景色も素晴らしく、三俣山荘に泊まる予定だったが、景色の素晴らしさに気変わり、この小屋に宿泊する登山者もいる程である。

 小屋から三俣蓮華岳への最初の上りは、疲れた体にはかなり堪える。一応、「ごろごろ急登りコース」と「ゆっくり巻き道コース」が何箇所か設けられているのだが、「ゆっくり巻き道コース」は時間がかかる分、却って疲れるようである。そのかわり、一段登って2620の小ピークからは、黒部五郎岳が懐にカールを抱えている見事な姿を正面に見ることのできる絶好のポイントである。

2661ピークをすぎると程なく、三俣蓮華山頂への登山道と三俣山荘へのトラバース道への分岐点となる。次の日に三俣蓮華のピークを通るので、この日はトラバースすることなった。左に大きなカールが広がる中、斜面を横切りながら下っていく。いくつもの沢と雪渓を越えて高度を下げると、進行方向が塞がれ、右手にあるゴロゴロ石の涸れ沢を登ることなる。分岐点からはひたすら下りだと思い込んでいたので、かなりガッカリした。最後の力を振り絞り、登りきってから再び尾根を横切ると、目の前に北鎌尾根を従えた槍ヶ岳と、左手の鷲羽岳の裾野のコルに三俣山荘を見つけることができた。その景色に励まされ、テント場まで一気に降りる。

この日の夕食は、カレーライス。菅谷シェフのトマトピューレを隠し味にした野菜たっぷりカレーが疲れて落ちている食欲を回復させる。あまりに美味しいので一家氏がご飯食べないでルーだけ食べるから、私は福神漬の汁でおかわり御飯を食べる羽目になってしまう。

三俣小屋は展望が素晴らしく、左手に大きな鷲羽岳、右手に三俣蓮華岳、そして正面には夕日を浴びた槍ヶ岳を見ることが出来る。

(水場・トイレは小屋使用 往復10分)(テン場 一人500円 ビール350_缶 00円)

黒部五郎岳の頂上から

黒部五郎小舎からの景色

三俣山荘と鷲羽岳


○7月31日(月)晴れのち曇り
  起床3:00

ピークハント班 5:10三俣山荘===6:00鷲羽岳6:30===6:50ワリモ岳7:05===8:20水晶岳8:40===9:30岩苔乗越===10:00祖父岳10:20===11:40三俣山荘12:00===12:40三俣蓮華岳13:00===13:55双六岳14:40===15:20双六小屋

 飯島班 5:25三俣山荘===5:50黒部源水の碑===6:35テント場7:10===三俣蓮華岳===10:10双六岳山頂===11:30双六小屋テント場

 昨晩にも増して寒い朝となった。一家氏はNASA開発のシートにカッパの合わせ技で二晩目に臨んだが、寝汗が冷えて、却って寒かったようである。この日は殆どが空身での行動である。テントをたたんで身支度を調え、ザックをテント場のハイマツの陰にデポし、山荘の広場を経由して鷲羽岳の稜線にとりつく。

朝日を浴びる槍ヶ岳を右手に見ながら快調に登っていき、予定時間を大幅に短縮して鷲羽岳山頂に到着する。登り切った瞬間に、鷲羽の山塊に隠れていた朝日を体に浴び、体の中のよからぬものが浄化されるような感じを受ける。快晴のため、山頂から360℃遮るものの無い展望が得られた。旺文社の地図で4冊分くらいの範囲は見えたのではないだろうか?眼下に見える鷲羽池も時間があったら訪れたい気持ちにさせてくれる。


 殆ど疲れもなく、気温も低いため、あまり汗もかかずにワリモ岳を通過する。ワリモ岳から水晶岳の最後の登りまでは、アップダウンの少ない緩やかな登山道で、足場も安定しており、ハイキング気分で歩くことができる。加えて水晶小屋手前の斜面には、高山植物が咲き乱れており、白、黄色紫、赤などカラフルな花々に、つい歩みが止まってしまう。

水晶小屋から水晶岳までは、正面奥に水晶岳が見えるため、距離があるように感じられるのだが、歩きやすい登山道のため、思ったより時間がかからずに水晶岳の山腹まで着いてしまう。最後の登りは岩壁を左に巻いて迂回するように登る。要所にはハシゴもあり、少し足場が悪く感じられるのだが、それも10分程度で、山頂に到着する。山頂直下には朝日を浴びてきらきら光る砂や小石が散らばるところがあり、これはひょっとして水晶か?と思い、確認のため持ち帰りたかったが、国立公園の自然物の移動は禁止なので思いとどまった。

山頂での景色は天気に恵まれ最高だった。表銀座、裏銀座、ダイヤモンドなどのコースとなっている稜線は全て望まれる他、黒部湖や後立山までが見渡せる。しかし、水晶岳の山頂は今回登った山の中で一番狭く、あまり落ち着かないため、早々に下山する。


 水晶岳からは、往きと同じ稜線を引き返す。水晶小屋までは槍ヶ岳を正面に、小屋下からは鷲羽や三俣蓮華を正面に見ながら足取りも軽い。間もなく岩苔乗越に到着し、黒部源流に直接向かう組と祖父岳経由の組に分かれる。

祖父岳山頂は溶岩でできた石が敷き詰められてテニスコート程度の広さとなっている。溶岩を積み重ねたケルンが乱立しており、ガスがかかっていれば恐らく賽の河原のような景色になるであろう事が予想される。ここでも天気に恵まれ、360℃の展望が得られた。祖父岳は、丁度今回の合宿で歩いてきた道のりにぐるっと周囲を囲まれており、3日間を振り返りながら西側から順に、反時計回りで景色を眺めた。西面を見下ろせば、人の背丈ほどもある大岩が積み重なって裾野まで達しており、その先にハイマツで覆われた溶岩台地として雲ノ平が広がっている。

祖父岳を降ると、雲ノ平から三俣への登山道にぶつかり、そのあたりが祖父庭園となっている。木道が設置されており、三俣方向へ進み、日本庭園と呼ばれるあたりを通過すると、踏み跡が不明瞭な岩石地帯に出る。ここでは、張られているロープを頼りに進んだ。その先の雪田を二つほど越えると、程なく黒部源流へ降る急坂の上に飛び出る。水平距離400m弱で200m以上を一気に降るため、膝が辛い。

 黒部川源流は水の量が多く、対岸に掛けられたロープをつたって渡渉する。先に進む登山者はリュックがロープにひっかかり、しばらく二進も三進も行かなくなっていた。渡渉を終えて下流方向を望むと、V字に切れ込んだ谷間からカールを抱いた黒部五郎岳が顔を見せる。

 三俣山荘までは沢筋を登るのみである。山荘ではなく、上のテン場に直接出る。テン場で休憩した後、ザックを担いで三俣蓮華へ向かう。空身に慣れた体にザックがずっしりとのし掛かり、足取りが急に重くなる。

 昨日同様、昼を前にして南側から急に雲が湧いてきて、三俣蓮華の山頂を覆い隠す。双六までの稜線は殆ど雲の中だが、反対側の鷲羽岳や水晶岳はかろうじて見ることが出来た。ここまで登ってしまえば、後は双六岳までは、高速道路を走るが如くお気軽に歩けると誰もが思っていた。一家氏の以前の記憶でも、双六岳はどこがピークか分からないほど緩やかな山頂だったとのことで、気楽に歩き始めたのが良くなかった。ガスがかかっていたせいもあり、幾度も偽ピークに騙され、最後の登りも結構急で、快適だった本日の山行も、結局最後にはエンプティーランプ点灯であった。

 双六岳から小屋までの登山道は、頂上から南東に延びる緩やかな稜線上をしばらく行くことになるのだが、緑色の石が敷き詰められたグラウンドのように広々としている。反対側から登れば確かにどこがピークか分からないかもしれない。5〜600m程進むと、道は左におれて、急斜面を降ることとなる。下りながら見える鷲羽岳がかっこいい。中道と合流した後すぐに三俣蓮華からの迂回路と合流し、あとは100m程双六小屋まで一気に下る。

 よろよろと小屋に降りてくると、飯島氏が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。心なしか顔が赤いのは日に焼けたせいだけではなさそうだ。

 テント設営後、小屋の裏手のベンチで、打ち上げを兼ねた大宴会を開催。大ジョッキで飲む生ビールは、胃袋に到達する前に体中に染みこんでいく。急速充電により30秒で赤いランプも緑色に変わる。菅谷シェフが作る野菜たっぷり焼ビーフンも最高のつまみで、出来たとたんに箸が伸びて無くなってしまう。2皿目が出来上がるまでは、合同庁舎の屋根作られたツバメの巣の中にいた雛のような心境で待っていた。夕食はちらし寿司だった

 夕食後、小屋で購入したおでんをつまみに日本酒や梅酒でささやかな二次会を開催した。寿司を3杯もおかわりした菅谷シェフは、宴会途中に気持ち悪くなって、しばらく留守となった。

(水場・トイレは小屋使用 往復5分)(テン場 一人500円 生ビール800円 おでん 700円)

黒部源流

シナノキンバイ

三俣蓮華岳から望む黒部五郎岳

 
○8月1日(火)雨のち晴れ
  起床5:00    6:30双六小屋===8:40鏡平山荘9:10===11:10左俣林道===11:30わさび平小屋===12:50新穂高温15:00───(高速バス)───20:00新宿駅


 最終日、フライに当たる強い雨の音と、どこかの高校の軍隊のような作業確認の点呼で目が覚めた。直後にフライが強風で飛ばされ、矢田氏が修復作業を行った。天候も悪く、行動時間に余裕があるため、ゆっくりと朝食の温ソーメンを食した。

 撤収作業にかかると、運良く雨がやんだので、さっさと作業を終わらせて出発した。ずっと下りかと思っていたが、最初は双六沢から離れながら、樅沢岳-弓折岳の稜線を乗り越えるように登っていった。稜線の手前からお花畑になっており、クロユリを始め、ハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、ハクサンフウロ、シナノキンバイ他、たくさんの花が登山道脇に咲いていた。ガスがかかっていて展望も悪かったので、花を愛でながらゆっくり下山した。

 弓折岳山頂手前で、鏡平方面と弓折岳への分岐となる広場があり、天候の回復が予想されたため、カッパを脱ぐなどして小休止した。そこから少し下ったところで急にガスが晴れ、眼下に鏡平の山荘と光を反射するいくつかの池が見えた。間もなく正面にはガスの合間から槍ヶ岳が顔を出す・・・が、ガスの中にイメージしていた槍とは違ったため、思わず小槍と勘違いする程で、少し拍子抜けする。槍は低い位置から見ると、トンガリ具合が縮小されるようである。

 鏡平山荘に到着する頃には日差しも出てきて温度も上がり、思わず赤、緑、黄色と信号色の合成着色料たっぷりカキ氷を食す。鏡平は池の水面に映る槍が有名なので、ポイントを探したが、期に隠れて上手く撮影できない。後で気づいたのだが、山荘より先にもうひとつ池があり、そこがポイントだったらしい。残念。

 小池新道では、続々登ってくる登山客とのすれ違いで、その都度道を譲るため、全体的にゆっくりとしたペースでの下りとなった。秩父沢に合流するあたりからは、登山道となる涸沢の岩が表面をカッターかなにかで削ったようにたいらになっており、まるで敷石の上を歩いているようだった。そのためか、乾いた岩は思ったより滑った。

 秩父沢が左俣本流にぶつかるところで斜面は終わり、林道歩きとなる。このような標高の低いところまで、まだかなりの雪渓が残っていることから、今年の冬は雪が多かったのだろう。

 林道歩きを開始して程なく、左手にわさび小屋が建っている。たくさんの登山客が水槽で冷やされているトマトを購入していた。なぜ、このような中途半端なところに建っている小屋が営業できているか分かったような気がする。

 重登山靴での林道歩きは辛い。特に舗装してあるとつらさ倍増である。途中数カ所、岩場の隙間から流れてくるクーラーのような冷たい風が唯一の救いだった。

 ようやく新穂高温泉に到着。菅谷シェフが疲れた体に鞭を打ち、公衆浴場以外の温泉を探しに行く。結局、ホテル穂高の温泉が800円で昼間から入れる事が分かり、貸し切り気分を味わいながら4日間の汗と垢を落とすことが出来た。他の登山客はなぜか、皆公衆浴場を利用していた。バスターターミナル前の土産店の2階レストランで打ち上げを兼ねて昼食をとった。朴葉みその飛騨牛ステーキが美味しい。

 帰りのバスは、定刻より遅れて出発したが、中央道のいつもの渋滞もなくスムーズ走れたため、予定より早く新宿駅に到着することが出来た。

 新宿駅でバスを降りてからは、平日の通勤客の中でサンダル履きの怪しい集団と化し、JR改札口手前で解散した。

双六キャプサイト

薬師峠キャンプサイトにて

黒部五郎岳山頂にて

(記録:興津)