越後駒ヶ岳、巻機山(リベンジ 河は渡れない)
平成17年4月16日(土)〜17日(日)
中野、水越、菊池、一家

16日(土)天候:晴れ
(巻機山)
下館4:00=======7:15清水7:30------------10:30ニセ巻機山--------12:30山頂13:00-------------15:00清水=======17:00銀山平(幕営)

 今から3年前の丁度同じ季節、一行は残雪の越後駒ヶ岳を目指していた。しかし、うかつにもクロカンスキー屋のトレースに惑わされ、やってはいけない「河を渡ってしまった」。これが後に語り継がれる「河は渡れない」伝説である。

今回も、越後駒ヶ岳と巻機山の組み合わせのツアーである。前回は、初日に銀山平を目指したが、シルバーラインの閉鎖時間が午後5時であり、やむなく巻機山に転進させられた苦い経験がある。その教訓をいかし、今回は初日に巻機山を目指した。
清水集落につくと、その雪の多さに驚かされる。駐車場までの道が雪に閉ざされ、バス停付近からの歩行となる。登山口への取り付きもトレースがたくさんあるため、迷うことはなかった、稜線へ出ると谷川周辺の山々が綺麗に望めたが、次第にガスが
かかってきた。

山頂に着くころには、すっかりガスに覆われ、山スキー屋は不満げに山を下りた。
唯一歩行隊の一家は、マイペースで山を駆け下りた、途中、山スキーとはぐれる場面もあったが、一行無事下山。
六日町ICそばのジャスコで酒と食糧をかい出して銀山平に向った。登山口の小屋には管理人とおぼしき車と犬がいた。いつもなら、雪上にテントを張るのだが、犬がうるさそうなので、道路にテントを張った。夜の宴会は、食べきれない焼き肉、寿司などでゴージャスであった。それにしても中野さんが作るギョーザはいつ食べてもうまい。焼き方10年で鍛えた腕前は、火加減、水加減ともに完璧で、パリッと香ばしく焼けた皮は、天下一品である。今回は御飯の代わりにパック寿司にしたが、つまみにも飯になるし、手間がかからず好評だった。

故開高健氏の石碑「河は眠らない」は、雪に埋もれていたため「河は・・」までしか見えなかった。明日「河は渡れない」にならなければいいのだが。満点の☆を見ながら眠りについた。


17日(日)天候:晴れのちガス
(越後駒ヶ岳)
テント場5:20=======取り付き6:15------------7:15道行山--------11:10山頂----------14:10テント場--------(温泉・そば)------20:00下館

銀山平らの朝焼けは綺麗だった。「河は渡れない」の教訓を胸にひめつつ、取り付きまで、北ノ又川沿いの水辺道を歩いた。荒沢岳の険鋭な姿が見ながら、道行山を、目指した。天気が良かったので、道行山に缶ビールをデポしておいた。

それにしても越後駒ヶ岳はふところが深い山である。稜線からは、どこを見渡しても雪に覆われた山々しか見えず、本当に山に居ることを実感することができた。
やや曇りがちであったが、山頂までは天気が持ってくれた。昨日の鬱憤を晴らすかのように「ヒャホー」を決めた。滑りを決めた後に、振り返ると山頂はガスの中だった、ちょっと出発が遅れると昨日の二の枚になるところだった。

下山後、日帰り温泉施設「湯ノ谷交流センターユピオ」で汗を流した。前回は、この温泉施設の隣に旨いそば屋があったのだが、つぶれてしまっていた。けがの功名なのか、おかげでもっと旨い田舎料理「囲炉裏 じねん」を発掘することができた。

このお店は、民家を改造した田舎料理で、地元の名物を舌鼓できる。我々は、天ぷら山菜ざるそばを注文したが、付け合わせの小鉢に、いろんな山菜が盛られ食べきれないほどのボリュームであった。また、地元大豆を煎ったコーヒやくず餅がサービスで出されるなど心温まるおもてなしであった。

次回は是非とも囲炉裏フルコースを食べてみたい。女将さんに事情を話すと、「家の前にテントを張って是非、宴会をやって下さい」と了承が得られた。この辺りは中越地震の影響はあまりなかったそうだが、地震を境に客足がパッタリ遠のいたそうである。

メモ
○湯ノ谷交流センターユピオ(県営奥只見レクリエーション都市公園内)TEL:02579-5-2003
*シルバーラインを出て左折 約2キロ 三角トンガリ屋根が目印 500円

○囲炉裏 じねん TEL:025-795-2572
 *シルバーラインを出て左折してすぐ