成17年度春山合宿報告書
    (劔・立山・奥大日 BC:雷鳥沢)
 
1.期 間   平成17年4月29日(木)〜5月3日(火)(4泊5日)
2.山 域   北アルプス 劔・立山・奥大日 BC:雷鳥沢

3.参加者名簿
  CL檜山 隆  SL飯島孝夫  水越健夫  中野一正  滝口修平  渡辺一雄  相良順一  矢田和寛   西村優子 
   宮本 昴  関谷銃造  舞木善郎

4.行動概要
  友部12:00・3:00───── (関越道・上信越道・長野道)─
  4/29──豊科IC──信濃大町── 扇沢─(トロリーバス・ロープウェー)───室堂───  雷鳥沢BC

〔劔岳アタック〕
 4/30
 @歩行隊 (渡辺,舞木,矢田,西村) (飯島,相良,滝口,関谷)
        BC──別山乗越──前劔──劔岳─ 別山乗越──BC
 Aスキー隊(檜山,中野,水越)
        BC──別山乗越─ 劔沢──長次郎──劔岳─ 平蔵谷── 劔沢── 別山乗越───BC

〔奥大日・アタック〕
 5/1・歩行隊(渡辺,相良,宮本,滝口)
        BC──── 奥大日岳────BC
〔下山〕
 @歩行下山隊 (舞木,矢田,西村)
        BC───室堂──────  扇沢
 Aスキー隊 (中野,水越,檜山,飯島)*檜山,飯島はピストン
        BC───一ノ越─── 黒部ダム─── 扇沢
        扇沢合流───豊科IC───下館────水戸

〔沈殿・室堂散策〕 (檜山,飯島,渡辺,相良,滝口,宮本,関谷
 5/2 
    BC────室堂───雪の大谷──室堂─── BC

〔撤収・下山〕
 5/3 BC撤収 ──  一ノ越── 雄山── 一ノ越── 室堂──── 扇沢── 豊科IC─ (長野道・上信越道・関越道)────友部(解散)


5.行動詳細報告
 ○4月28日(木)晴れ・29日(金)曇りのち雨、濃霧
  水戸23:15==内原宮本邸23:40==0:20協和町コンビニ0:30=50号より伊勢崎IC==豊科IC=6:00扇沢7:30==(アルペンルート)=9:30室堂10:00-----11:00雷鳥沢キャンプ場BC

  (スキー隊水越12:00 檜山、中野14:00BC着 後発隊飯島ほか3名 15:00着)

 歩行隊8名と併せて12名のうち後発の飯島車4名を除いた8名でアルペンルートの始発に乗るため深夜の出発となった。連休前というのに酒飲みを入れられ運転もせずに鼾をかいているうちに室堂に到着。
駐車場は、スノーシェイド道路の下の方になってしまった。それでも例年の連休よりは空いている。

ロープウエイから先、雲が下がってきて雨となった。室堂では雨風強く視界10m以下。本来なら荷物をデポし、雄山に登り御前谷への足慣らしの予定も中止。歩行隊は地獄谷方面からまっすぐ雷鳥沢へ、スキー隊は室堂山荘から浄土川沿いを滑って雷鳥沢へとそれぞれ向かった。

スキーアイゼンを付けている間に檜山、中野の姿は見えなくなってしまった。室堂山荘付近で猛烈な霙混じりの風で煽られ転倒、帽子を飛ばされる。山荘入口にも2人がいないため、先行したと思い、ここから方位計で北に向き進む。途中で10人の団体と単独行3組が室堂から雷鳥荘を目指し、全く逆の室堂山荘に向かっている連中に会う。地図と方位計を示し説明する。この濃霧では雷鳥沢にたどり着けない遭難者が出るかもと思った。

少しずれてしまったが、雷鳥荘の手前にでた。ロープトウのある広大な下りとなり、ここを下ればキャンプ地となるが視界が全くない。平坦になったところがトイレの前だった。何度も地図と高度と方位を確かめながらとなり倍の2時間もかかってしまった。既に到着した歩行隊がテントを3つ張っていた。先についていると 思った檜山、中野組はさらに2時間近く周りを回ってしまったとのこと。

(自分の帽子も飛ばされたのに私の飛ばされた帽子を拾ってきてくれた中野さんには感謝)
後発隊もテントを探すのに一苦労だったようだが、無事全員が揃い早めの入山祝いとなった。外では本格的な雨となった。19:00就寝



















     剣沢を滑る
  

    剣沢

○4月30日(土)快晴 
 @スキー隊 檜山、中野、水越(飯島は歩行隊に変更)(行動13時間30分)
   3:00起床-BC5:00-----7:00別山乗越7:25---8:00長治郎谷出会---9:45熊ノ岩---11:30源治郎尾根2,600m付近11:50
---12:50剱岳山頂13:05--14:05インディアンクーロワール14:50平蔵谷---15:20剱沢15:40---18:00別山乗越----18:30雷鳥沢BC

   長次郎雪渓                                  源次郎のコルへの登り
 
 昨日の雨が嘘のような快晴である。スキー隊は3名。他は歩行で剱岳を目指す。
スキー隊はBCよりまっすぐ別山乗越をめざす。みんなは、雷鳥沢の左よりの稜線を登る。前日の雨で冷えてクラフトし凸凹でスキーアイゼンも利かないため普通のアイゼンに切り替える。檜山さんのアイゼンバンド留め金が破損し、修理等30分ほどかかり、歩行隊に遅れて別山乗越に到着。

早速朝日を浴びる剱岳を正面に見ながら、山頂から垂直に落ちているようなインディアンクーロワールを確認。
急斜面だなと思う。本当に滑れるのだろうか。   

平成6年から山スキーで、剱、立山の4回の合宿では、雷鳥沢、剱沢、真砂沢、長次郎など周辺の沢や池平山方面まで足を延ばした。昨年はボードを持ち込み雄山山頂からや真砂沢を楽しんだ楽しい思い出がある。しかし、「馬鹿言ってんじゃねぇよ」と却下されそうで、ずっとやりたかったけれども言い出せなかった宿題があった。平蔵谷や長治郎谷だけの滑降ではなく剱本峰からの滑降である。

今シーズンは、10年ぶりにスキー板を新調、山ボードをお預けにして山スキーに励んできた。妙高火打山、谷川岳,燧ヶ岳、巻機山、越後駒ヶ岳、そして今回の剱岳へと気持ちを高めてきた。インターネットでヒットした100件あまりのデータで正確な写真まであった本峰からの滑降記録は1件のみであった。2004年岳人3月山スキー特集号では、「剱山頂から直接平蔵谷に滑り込んだ記録もいくつか報告されているが、急斜面で雪質次第ではエクストリーム色の強い滑降といえる」とあり、あまり一般的でない紹介がされていた。なお、2005年3月号では今回の山頂からのコースをオリンピック代表がスノーボードで降りた記録も載っていた。

連休前半の朝の剱沢は、まだトレースもなく、上部はアイスバーンであったが、下部表面がザラメで気持ちいいクルージングを楽しむ。あっという間に平蔵谷出会となる。標高2,100mで間違いないのに、中野さんが源次郎尾根はこの先だと主張。さらに200m下ってみると、そこはかつてテントを張った見覚えのある長次郎谷があらわれた。

結局、当初の予定では平蔵谷を登り歩行隊と合流、山頂まで担いであげる計画が、登り返しは同じだからとそのまま長次郎谷に変更した。女性1名を含む3人組が先行していく。デブリの多い下部から右手に八ツ峰の針峰群、背後に広がる針ノ木岳の稜線、正面には熊ノ岩と本峰、左手に源次郎尾根の20m懸垂下降ポイントなど日本離れした雄大な景色が広がる。 

先行する3人組は熊ノ岩を右俣から越えていく。我々は、左俣のデブリの横を途中からスキーを脱いで坪足で登るが、やはり右俣からが正解か。先行組も上部でスキーを担いで坪足で登り始める。さらに上に10人規模のラッセル隊が長次郎のコルまで、除雪中であった。しかし、これを利用しても膝まで潜ってしまう箇所もあり、上部は傾斜がゆるいからと源次郎尾根の方に取り付くことにする。

しかし、これが膝まで潜る急斜面ラッセルとなり、中野さんと何度も交替しながらやっとの事で尾根上に出る。これで疲労困憊、太腿に乳酸が溜まってしまった。尾根上には幸い先行トレースが付いていた。剱沢の全景や八ツ峰のパノラマをしばし堪能した。頂上までは左手に頂上からの滑降ラインとなる斜面が確認できた。雪は付いているが、非常に急であること、滑落すると止まらず、下部には何カ所も岩が露出していること、よく見ると小さなクレバスが多数有り。

昨日までの雨と今日の気温の高さで相当ゆるでいるらしい。さらに漏斗上に狭まるインディアンクーロワール付近は急で下が確認できない。しかし、今までの経験上、もっと急な斜面も滑っており、慎重にゆっくり滑ればそれほど問題あるとは思えなかった。山頂から1本滑ったらしいトレースも見つけた。

山頂まではトレースを利用し雪もゆるいため、ノーアイゼンの坪足で登る。雪に埋まり屋根だけ出している祠より高い雪陵に着いたのは午後の1時を廻ってしまった。おそれていたグツグツの悪雪となる時間帯である。
早速滑降準備をし、檜山、中野は一段降りた所から滑り出すことにした。水越は山頂から滑り出す。2ターン目で山頂直下の雪庇状箇所を通過直後、板全体が20センチほど沈む。非常に重いなと思っていたら、右足板のトップのビンディングから靴がはずれたため、右前方に放り出されるような形で頭から急斜面を真っ逆様に落ちるように滑落。

左足の板はそのままだったので必死で足を下に向け、被ったヘルメットも頭ごと雪面に押しつけ、腹這い大の字姿勢でエッジが利いてくれるよう全身の力を手足頭に込める。雪がゆるんでいたことなども幸いして100mほど滑落したが、急斜面の途中で止まった。右のスキー板が行方不明となり、上部に残っていた中野さんに捜索してもらった。はずれた箇所でそのままの形で残っていた。横方向のリリースが緩くなっていたらしい。

この間再び滑り出すまでに1時間かかってしまった。3人で慎重に滑り出すも、いつものヒャホーの掛け声も出ない緊張した滑りとなった。途中3度も小クレバスに引っかかり今度は2本とも板が外れたりで、本当に情けないただ降りるだけのスキーになってしまった。スキー1本分の幅しかないクーロワールの喉の部分を通過し平蔵谷の広い斜面に出られたときは正直ホッとした。

それにつけてもあの急斜面を横滑りとキックターンだけで降りてしまった檜山さんには脱帽である。
山頂では平蔵のコルまでアイゼンで降りるといっていたのを中野さんの大丈夫だからの一言で命を懸けたスーパー横滑りと魂のキックターンを完成させたのである。

平蔵谷も日の当たっているところは重くてどうしようもなくなっていたが、日陰は、ヒャホーの世界であった。午後の逆光のなか動画や写真を撮りながら下った。下部はデブリも多く快適ではなかった。剱沢の登り返しは、次第に日陰となり風も冷たくなってきた。振り返るたびに高度を増す剱岳の全景と滑走したルートが夕日の淡い光の中に浮かんでいた。

午後6時、別山乗越到着。オレンジ色の太陽が奥大日岳の稜線に沈んでいく。冷え込んだ雷鳥沢の斜面は、今日一日中で最高の満足を与えてくれた。疲労困憊の体ではあったが最後にヒャホウウウウを連発しながら行動時間13時間30分を締めくくった。18:30BC着
テント入口では、30分前に戻ったばかりという歩行隊の舞木さんたちが出迎えてくれた。そして1杯のビールをもらい飲み干した。本当に生きて戻れて良かった。
本当は酒をばんばん飲みたかったのだけど眠くて眠くて食事をして早々に就寝  
 (20:00) (記録:水越)


 A歩行隊(渡辺,舞木,矢田,西村,飯島,相良,滝口,宮本,関谷)
   雷鳥沢BC出発5:25────剣御前小舎着6:50─── 剣御前小舎発7:20─── 剣山荘着8:00─── カニのタテバイ着11:00───── 11:40劔岳12:00─── 15:40剣山荘着──── 16:50剣御前小舎着────17:50雷鳥沢BC

朝3時に起床すると、昨日までハウスを打ち付けていた雨の音がしない。ハウスの外に出てみると雲ひとつなく快晴である。
星がきれいだ。剣登頂に期待がかかる。朝食を済ませ、テントを出発。

まずは別山乗越を目指して雷鳥沢を登る。登り始めにはちょうど良い斜面である。朝日に照らされた立山が綺麗だ。
1時間半ほど登って、剣御前小舎に到着した。ここから見える前剣が大きい。さらにその先に剣の山頂がちょこっと頭を出している。ここからスキー隊と別れて剣を目指す。剣山荘の手前で雷鳥の鳴き声が聞こえ、周りを探すと白い冬毛に覆われた雷鳥がいた。冬毛の雷鳥を見るのははじめてである。

 剣山荘を越えてから、急な登りが始まった。アイゼンの歯をしっかり効かせて一歩ずつ慎重に登る。途中で、宮本さん、関谷さん、滝口さん、飯島さん、相良さんが引き返し、残るは4人となってしまった。日もだいぶ上がってきた頃、カニのタテバイに到着した。

ここでアイゼンをはずし、岩場にとりかかる。鎖やボルトがついており、登りやすい。
岩場を過ぎると、また雪道が現われ、一登りしたところで剣の山頂に到着した。すでに、何人かのパーティーが到着していた。
頂上の祠の赤い屋根が少しだけ雪の上から見えた。頂上から少し離れたところで、バンザイをした。
頂上に未練はあったが,下山することにする。下り専用のカニのヨコバイも高度感はあるものの、足場はしっかりしており、下りやすい。

午後になっても天気が良い。少し下ったところで、春山恒例のシャカシャカをする。誰もスプーンを持っておらず、豪快に手づかみで氷を食べる。サイコーの味である。元気が出たところで、再び下山する。気温が高いためか、雪が溶け始め、シャーベットの様になっている。急な下りに少してこずりながらも剣山荘に到着。

ここから雷鳥沢までが遠かった。最後はバテバテになりながらも、なんとかテン場に到着し、今日の行程は終了した。
テン場に着いて飲んだビールはうまかった。また、すでに夕食の準備ができており、いつもながら感謝である。
うまいカレーを食べて、すぐに寝てしまった。 (記録:矢田)

  

















  滑降準備                                     滑降ルート

    ルート中間地点


















  ルート下部                                       平蔵谷に着いてホッとする2人

     平蔵谷                                   

○5月1日(日)晴れのち曇りのち雨
 @スキー隊 檜山(黒部湖まで 黒部湖から室堂に戻る) 中野、水越
     飯島(黒部平まで 黒部平から室堂に戻る) (黒部湖まで 本日下山)
 5:00起床_BC7:00---9:15一ノ越9:30---10:15東一ノ越10:25―タンボ平--11:30 黒部湖周遊道路----12:00黒部ダム13:10==トロリーバス==13:25扇沢14:30==15:00 薬師の湯16:20===豊科IC======22:00筑西市=====23:00水戸市  (行動5時間)
 
昨日の疲れが全身に残っている。足のマメが悲惨な状況となった。とても行動できない状況のため3日まで入る予定を変更、今日下山する中野さんたちに合わせる。そうすると3日の下山ルートがわからない檜山、飯島組となるため2人には空身で東一ノ越からタンボ平へのルートを同行してもらうことにした。

BCから一ノ越には雄山よりのルートでほぼ一直線に高度を上げるが、荷物一式のためと昨日の疲れからかピッチが上がらない。室堂から一の越へのルートはアリの行列のごとくたくさんの人が雄山に向かっていた。一ノ越は昨年より1m以上雪が少ないような気がする。雄山からの雪渓が切れている。雄山に登ってから下山する舞木、矢田、西村、付き添いシェルパ関谷さんたちと分かれ、東一ノ越へ向かう。

ルート途中から雪がなくなり、スキーを担ぐ。
朝の冷え込みはなく暖かく、東一ノ越からタンボ平はグツグツの悪雪、急斜面が良かった他は荷物もあるせいか、殆ど楽しいところなし。ロープウエーイの下を滑り黒部平で飯島さんと別れ、樹林帯に入り、1,600m付近の稜線より東の谷に入り遊歩道の歩きをカットする。ケーブルカー乗り場で室堂まで戻る檜山さんと別れ、黒部ダムの上で、舞木さん、矢田、西村たちを待つ間、日向ぼっこしながら、中野さんとビールで乾杯。しかし、雲がどんどん出て天気は下り坂か。
携帯で連絡を取り先に扇沢へ。車で寝ながら待つ。

合流後、定番の薬師の湯に入り、新規開拓の近くのそば屋でビールとコーラで乾杯(矢田は、うどん食べ放題1,200円で4人前をペロリ)店を出る頃には本格的に降り出した。
帰りの高速も車は多いもののスムーズ。藤岡ジャンクションの先の本庄児玉ICから吉井IC間渋滞のため1区間だけ高速を降り藤岡ICに再び乗る。
中野さんの家に午後10時到着。明日の朝、出勤時間の7:40赤塚駅に届けるとの約束で、水戸まで帰る舞木、水越のため中野車を借用させていただきました。                               (記録:水越)


A歩行隊(舞木,矢田,西村)
雷鳥沢BC撤収・出発7:30──── 8:30室堂山荘── 9:20一ノ越山荘────10:10雄山登頂10:30──── 12:00室堂山荘─────12:30室堂ターミナル
 
舞木さん,中野さん,水越さん,西村,矢田の5名は今日下山する。スキー隊の中野さん,水越さんが一ノ越から黒部ダムまで滑る(残留組の檜山さん,飯島さんは黒部湖まで)ということで,歩行隊も雄山を登頂して下山することにした。
パーティーには関谷さんも加わり,4人で出発。

朝から良い天気である。まずは,一ノ越に向けて,緩やかな道を登っていく。思ったより昨日の疲労が残っているが,のんびりと登っていくと,室堂ターミナルに向かう分岐に差し掛かった。とりあえず,重たいザックを置きにいこうということで,一旦立山室山荘を目指す。ザックを置き,再び一ノ越山荘を目指して出発する。そこからは,恐らくツアー客であろう沢山のスキーヤーと一緒に登る。

アイゼンは付けているが,すでに雪が溶け始め,シャーベット状の雪の中,だらだらとした登りが続く。けっこうきつい。
ようやく一ノ越山荘に着くと,スキー隊がすでに到着していた。山荘はスキーヤーで一杯で,賑やかである。
なかには全然山の格好をしていない観光客までいる。
ここで,スキー隊と別れ,雄山の山頂を目指す。ここからは雪がほとんどなく,夏道を歩くこととなった。岩場は足場が安定していて歩きやすいが,所々雪が残っているところもあり,慎重に歩く。

山頂に着くと,剣とは違い三角点が出ていた。しかし,今までの登ってきた道に比べると,山頂はかなり雪が残っている。
風も強くじっとしていると寒い。天気も少し曇ってきたので,小休憩し下山する。
一ノ越山荘で関谷さんと別れ,一気に立山室堂山荘へ。そこから室堂ターミナルまではほんの目と鼻の先である。
ターミナルに到着したところで,今回の春山は終わった。中野と水越は先に扇沢
に到着していた。帰りに温泉に入って帰路についた。
 (記録:矢田)


B奥大日岳アタック(渡辺,相良,宮本,滝口)晴後曇夜風雨強し
5:00起床−BC7:20───10:00奥大日岳10:20── 12:00BC

本日は晴れてはいるが昨日のような快晴ではなくうす曇りに近いような晴れである。
アイゼンをつけて登り始める。歩き出しは暑かったが稜線に近づくにつれ風が出て少し寒くなった。
稜線から奥大日岳までは所々せっぴが大きく富山県側(進行右側)に張り出しているため,稜線中央より10m位左を歩いた。
稜線には,篠竹にピンクのペナントのついた目印が奥大日岳までづっと続いていたが,それよりも右2〜3メートル位に踏み後がつけられていた。

奥大日岳からは大日岳,剣岳,雄山など360度の景色が見渡せた。
奥大日岳から稜線を下山中,進行右方向から強い横風が吹き出し,また,空には黒い雲が現れ出した。
BCに着いてから,例年のごとく外で,雪を堀りテーブルといすを造り,スキー板とツエルトを使って風除けを造り酒盛を始めたが,
雨がぱらついてきたため,テントに入った。

夜には風雨が強くなり,夜中フライ張り綱が浮いてしまったため,その補強を行った。テントの中は水たまりができ,
その上に寝ていたが,シュラ―フカバ―のおかげでシュラフは濡れず暖かく眠れた。 (記録:滝口)


 ○5月2日 起床:6:00 天気:雨のち曇のち晴
雷鳥沢BC───  室堂ターミナル─── 雪の大谷・立山自然保護センター───雷鳥沢BC

昨日の夕方から降り出していた雨は,ますます夜半には強くなり,風も加わってフライを叩いていた。
予定起床時の5時にはまだ雨脚が強かったが,6時の頃には弱まりつつあった。本日は沈殿に決定する。
昨日の計画通り「雪の大谷」を見物することにした。(春の立山の風物詩は今までテレビでしか見たことがなかった。)
小雨の中を出発。少しガスも掛かっていたが,登山者達も動き出しつつ時間だ。傘をさして,雨具行動。
初日のリングワンデルングが嘘のようである。(間違った箇所も判った。)

天気は回復基調のため,室堂ターミナルには観光客が押し寄せていた。
「雪の大谷」は,ターミナルから僅かであった。テレビでは15,6mと言っていたが,多分12m程度で平年並みか。
ここの地形が雪の吹き溜まりとなっているらしい。
ターミナルのに中にある施設「立山自然保護センター」を鑑賞できたのも幸いである。立山の自然の驚異に改めて感嘆した。
レストランで生ビールを飲んで,外に出ると青空が拡がっており,大勢の観光客とすれ違いながらテントに帰着した。
青空の下,雪の宴会場での祝宴が始まった。先輩の智恵にはいつも感心するが,今回も蕎麦の水切りのアイデアには感服した。
楽しい宴は,立山三山が夕日に染まる頃まで続いていた。(これが,春山合宿の最大のイベントなのだ。)
   (記録:檜山)


 ○5月3日(火)起床5時  天気;快晴 
  メンバー(檜山、飯島、滝口、渡邉、相良、宮本、関谷)
  BC7:20 〜 8:00室堂山荘8:15 〜 9:00一ノ越山荘9:15  〜10:00雄山10:35 〜11:15一ノ越山荘12:00 〜12;20  室堂山荘12:35〜 12:45室堂ターミナル13:15 == 15:25  扇沢=(豊科IC、長野道・上信越・関越道)=11:20那珂市 

空気が張りつめた中、室堂山荘への道のりはよくアイゼンが効いた。他のパーティもテント場を後にして稜線に向かっていた。
山スキーヤーが圧倒的に多い。山荘前のベンチにザックを置き、昨日雄山に登った関谷氏を残して一ノ越に行く。
標高2700mの稜線は風があり、パーカーがないと寒い。山頂の方向を見上げると雪はなく夏道が見えている。
アイゼンを取り外し、雄山を目指す。

頂上付近に雪が残っている所があるがゆっくり通過して3003mの山頂に立った。360度の眺望をしばし堪能した。
後立山が指呼の間で、白馬三山、五竜、鹿島槍、針ノ木、槍ヶ岳、乗鞍など。カメラに秀峰を収め頂上を後にする。
一ノ越手前で相良に会い、戻るのに時間がかかると思った。相良の下山を確認するまで檜山氏が一ノ越で待ち、我々は、
室堂で待つことにした。帰りの室堂への雪道が踏み固められ、軽装で稜線に来る人を多く見受けた。

やっと全員が揃ってターミナルに着き、ちょうどいい時間に間に合い、帰りのトロリーバスでは観光客が目立った。
黒部ダムに着くと夏を思わせる天気で暑い。終点の扇沢でバスから降りたとき、春山合宿が無事終わった充足感で満たされた。
  (渡邉 記)

 《スキーを中心としての考察:水越》
 今回の反省
 ○結果オーライとなってしまったが、いくつかの基本的な問題点がある。
 ○道具の点検 自分の道具の点検や調整がおろそかになっていた。
  共同装備の調整やメタなどの不足 誰もが使い方を習熟していたか。
 ○計画と実行の検証 天候や現地における判断が重要で、かならずしも計画優先ではないが、標準的なコースタイム以上の時間は何が原因だったのか明確にすべき。
 ○山行計画自体を各自よく研究してきたか。他人まかせにしていないか。
 ○何度も来ているとどのコースでも思いこみが発生しないか。地図と標高、方位の確認
(前はこれくらいだったのにとの思いこみ、地形、時間配分、体力分析)
 ○最近の春山合宿での滑落停止等の訓練不足(ピッケルやザイルの使い方等再度全員何度でも復習し、体で覚え込ませる必要あり。(どうやんだっけ、忘れたなんて人いませんか。)

 ○今回の剱山頂滑落の問題点等
 ・二人が一段下ってから滑るというのを一人だけ山頂からやると拘っていなかったか。
慎重であったと思うが、絶対に転べないという状況に対する認識不足と自分なら大丈夫との傲りがなかったか。
・スキービンディング解放値セティングの使用前の再確認をしなかった。
ゲレンデ等でも使用するため簡単に外れるよう解放値が緩くなっていた。
締めすぎて外れないのも問題であるが、今回下山後1メモリ調整(+10kg荷重に相当)した。
・本当に無理な計画でなかったのか。今回の計画なら、やはり剱沢BCとすべきか。
・登高時における疲労、滑るまでに体力を使い果たしていなかったか。
・普段からのトレーニング不足(長時間体力が持たない、ある一定時間後急激に筋力低下、スタミナ切れを起こすようになった)。
・雪の状況判断 安易に考えていなかったか。特に今回は、山頂直下は朝から日が当たり気温も上がっていたなかで、
滑る出しが午後になってしまった。
・滑落しないようにすることがまず必要だが、それでも滑落は思いも寄らぬ形で降りかかるときがある。
普段からの反復練習が必要。スキーを着けての滑落停止訓練も必要かも。
・今回、結果的には途中で停止し平蔵谷まで落ちず、しかも無傷で済みましたが、同行の2人には、御心配と急斜面滑走へのプレッシャーをお掛けしたことを深くお詫びします。
なお、来年又機会があれば今度はボードで挑戦したいものです。