北鎌尾根から槍ヶ岳
期 間     平成16年4月29日(木)〜5月3日(月)
メンバー   檜山  隆(53歳) 、舞木 善郎(59歳)

記 録
4/29(木) 舞木宅〜七倉404km
舞木宅12:10────(常磐・外環・関越・上信越)──── 16:45豊科IC──17:10信濃大町──── 18:00七倉山荘(1,059m)

平成12年度の春山合宿で舞木さんと二人で踏査して以来、4年ぶりのクラシックルートへの挑戦である。
前回同様早めに出発し、明日の取付までの永い苦労を幾分でも和らげることとした。予定時間通りの到着で、予定の行動である「入山祝い」をする。天気は連休前半は好天気との予報であるので,好天気のうちに槍を抜けられるだろうと確信した。安心して眠りに付いた。

4/30(金) 起床;4:00 天気;快晴 就寝;20:40
七倉(1,059m)6:35(タクシー)─── 高瀬ダム上(1360m)6:50───────8:35名無沢避難小屋──── 9:50水俣川入口(1500m)10:10──────10:53第1回渡渉(1505m)──────── 11:25第2回渡渉─── 13:35へっつり─────15:38千天出合──── 16:50北鎌尾根取付点(1735m))

七倉山荘には登山指導所が開設されていた。前回の経験(?)を生かしてタクシーでダムまで行く。ゲートは6時30分に開いた。前回歩いた長い山神トンネル(約2km)はあっという間に過ぎてしまった。
高瀬ダムから本格的な登山となった。高瀬川沿いに湯俣まで平坦な長い道が続く。前回に続いてジョギングシューズを用意したので歩き易い。今年は雪が少なく,前回ジョギングシューズで難儀した沢には雪がなかった。名無沢避難小屋を過ぎても残雪は多くなかった。天気は快晴で、気持ちが良い。振り返ると、雪に覆われた針木岳が見える。5人組が先行していった。(この5人組は,若いのが2人おり,槍を抜けて,横尾まで一緒だった。)

水俣川入口で大休止。ここで登山靴に履き替えた。ここから水俣川の橋を渡って千天出合を目指す。ルートは雪が少ないためか、沢沿いの道を行く。夏山合宿で、突然の雨のため増水し、一時閉じこめられた滝状の所の手前に出た。ここが前回同様第1回目の渡渉となったが,今回は大きな倒木が掛けられていた。先行者たちは、裾を捲り上げ裸足になって渡っていた。我々は前回同様にジョギングシューズに履き替えてズボンを上げ、渡渉する。水は非常に冷たい。この調子では渡渉回数は多いよと先行者に声を掛けた。天気は晴れていたのが良い。

2回目の渡渉は直ぐである。ここで大失敗。自分が渡渉した後,枝沢を再度渡ったので,本流を渡渉するよう舞木さんに指示したまでは良かったのだが,いつでも本流を渡渉出来ると思って上流を上っていったが,渡渉点がないのだ。意を決して渡渉しようと試みるのだが,とてもとても流れがきつくて渡渉できない。一度は渡渉を途中で止めようと思っても,足が抜けない。その上ジョギングシューズが滑って思うように行かないのだ。ズボンを上げたのが災いして両足は傷だらけ。とにかく本流を渡渉できなければ舞木さんとも合流出来ない。最後にはザイルを張ってもらい,本当に不退転の決意で,何とかと渡渉した次第。(この時痛めた傷が化膿して下山後は病院に通う羽目になった。)

ルートは水俣川の左岸を高捲いたりしながら行く。左岸に細引きが垂れ下がっている見覚えのあるへっつりに出た。最初は登山靴を濡らさないようへっつりを慎重にトライしたが,とてもそれは無理。最後には登山靴のまま渡渉することになった。するとこれが確実に渡渉出来る術であった。渡渉に安定感があった。この後は,登山靴のまま渡渉した。

やがて、前面に尾根が急激に落ち込み、明らかに二股となった千天出合が見えた。しかし,前回は雪壁状の右岸を簡単に高巻き出来たのが,今回は雪は全然なく,荷物が重く大きくて通過が嫌らしい。躊躇せずザイルを張った。この右岸の通過は,濡れた急傾斜となったブッシュが辛い。ようやく千天出合の標識の処に出て安堵した。

だがここからP2取付点までが長かった。ブッシュを掻き分けながら進むが,なかなかテン場予定地に着かない。前回のイメージとはほど遠い距離であった。ようやく,見覚えのあるスノーブリッヂが架かった 地点に出た。前回のテン場は左岸に渡った所としたが,テン場の整備に相当時間が掛かりそうなので,今回は右岸側の安定した大きな沢尻の大きな岩の上にテン場を設置した。水はすぐ下の沢から取れるのが有り難い。

今日一日の行動は反省ばかり。渡渉点を間違えたお陰で1時間以上のロスとなったのだ。それでもビールで入山祝いをする頃には,いつものように意気盛んとなり,明日は頑張ろうと意志を強くした。

5/1(土) 起床;4:00 天気;快晴 就寝;19:00
AC6:10──────9:00主稜線(2,040m)──────9:40P2(2,200m)9:50─────11:20P3(2,345m)───── 12:10P4(2,445m)────────  13:10P5・6のコル(2,510m)13:45─────14:40P6(2,555m)テン場

5人組が先行して行った。取付からは急な登りである。昨日までの先行者のトレースが僅かに認められるが,雪が少ないので夏山同様木の根や小さな岩が手頃なホールドとなって強引に登る。急傾斜には辛い重さのザックであった。とにかく頑張るしかないのだ。辛い急傾斜が少しずつ緩和され,ようやく北鎌尾根主稜線に着いて一安心した。そしてP2に着いて大休止する。目の前に見覚えのある雪壁が見えた。前回は上部まで雪壁が続いていたが,今回のそれは中程でブッシュの中に消えていた。

P3の左上に特徴あるピークが見えた。P4,5である。結構な急斜面であるが,灌木が出ていて緊張感はあまりない。途中で休みを入れていると、上から若い単独行者が降りてきた。聞けば硫黄尾根から槍を登って北鎌尾根に繋いだという。その素晴らしい縦走に感嘆した。岩稜を辿ってP3に着いた。表銀座の大天井岳が大きい。天気は最高である。P4へのルートは、忠実に狭い稜線を辿る。前方には大きな山塊が見えた。P8の雪壁である。P5は、天上沢をトラバースするが、先行者のトレースがしっかりと付けられていて緊張感はない。

5・6のコルには,先行者5人組がおり,ザイルを出して仙丈沢側のトラバースをしていた。一カ所が凍っているところがあるらしい。ゆっくり休みながらその行動を見た。トップが支点に着いてからも,5人故時間は掛かる。
我々もザイルを出して登ることにした。P6への登りは、千丈沢側に切れ落ちた岩場をへつって登る、気持ちの悪いラバースであった。今回は雪があまり付いていないので尚更イメージが悪い。途中で1回ピッチを切り,ハイマツの頼りない急斜面の砂礫混じりの急斜面を登ってようやくP6に着いた。先行者は小さなP7を越えて,北鎌沢のコルに降りるところであった。

P6の頂上は程よい雪が積もっていて,素晴らしいテン場となっていた。その上,景観は最高で暖かい日差しに満ちていた。先行者のテントは2張りであり,多分コルは一杯だろうと思い,先行者にコールした。案の定の答えが返ってきた。2張りしか張れないと言う。当然のごとくここをテン場にすべく整備に掛かった。風除け用のブロックを積み,立派なキジ場も作った。今までの経験の中ではこの頂上のテン場は,最高の部類である。P8の後にそれを上回る大きな山塊,独標が見えた。雪が少ないためか黒々としていた。
風もない静かなテントサイトで,空には満天の星。ビールと日本酒が殊更に旨かった。

 5/2(日) 起床;3:00 天気;晴れ 就寝;21:10
P66:05 (2,555m)────  6:28北鎌沢のコル─────8:05P8(2,750m)──── 10:00独標(2,899m)10:20───── 13:35北鎌平(2,995m)13:50────── 15:40槍ヶ岳(3,180m)16:05───16:25槍の肩── 16:35テン場

いよいよ今日は、槍ヶ岳を越える日である。思い出深いテン場を後にして北鎌のコルまで降りる。P7へは狭い雪交じりの尾根を上下しながら辿る。前回P7からの下りは大変な苦労をしたが,今回は夏道が所々出ているのであまり苦労せずコルに降り立った。ここから長い急斜面となっている大きなP8のピークを目指す。コルからひと登りした雪面にテン場の跡があった。振り返れば,谷間に雲海が拡がり,後立山連峰の山々が光っていた。

P6のテン場もそれと判るほど白くなっていた。本当に結構な雪壁の急斜面であるが、所々出ているハイマツやカンバの枝に頼りとなった。前回同様ザイルを付けずに一気に登ってしまった。P8を越えると、独標が大きく迫ってきた。ルートを見ると、ほとんど雪壁登りらしい。先行者が近くに見えた。独標までは、P9への狭い雪交じりの稜線を忠実に辿る。登り下りを繰り返しながら独標基部まで着いた。独標への最初の雪壁登りに先行者がザイルを出していたので,ゆっくり日差しを浴びながら大休止とした。

独標の最初の登りは、非常に厳しい僅か15〜6m程の急傾斜の雪壁である。前回はザイルも付けずに登ってしまったが、今回はザイルを結ぶことにした。トレースはバケツになっているが,雪が腐っていて嫌らしい。ここからは少し緩やかになった雪の斜面を拾って登った。独標は登り終えるまでは、緊張が掛かった雪壁登りに終始した。

しかし、独標を越えると、槍ヶ岳が眼前にその存在を大きく見せていた。(前回同様に,あの鋭鋒のどこを登るのだろうかと一瞬不安を覚えるほど、圧倒的に聳えていた。)本峰の右側にはその特徴ある鋭鋒の小槍があった。表銀座の常念の鋭峰も顔を出していた。

本峰基部までは、雪稜や岩場を忠実に登り下りしながら近づいて行く。途中でテン場の跡があった。このテン場の単独の若い主にはこの後直ぐに追いついた。(それにしても行動が遅すぎる。)だんだんと槍本峰が大きくなってきた。振り返れば、北鎌尾根の細い山稜が上下を繰り返しながら高度を下げて消えていった。基部までの途中で,先行者がザイル操作をしていた。大きな岩のあるルンゼを越えるところだ。ここで時間調整していたら,後から若い三人組が追いついてきた。聞けば,昨日入山し今日はP2からだという。その馬力が羨ましかった。

我々もザイルを出してルンゼを登ることにした。(しかし,ここはザイルを出す程ではなかった。)先行5人組が休んでいる間に,トップに立つ。3人組と交代しながら北鎌平を目指す。北鎌平までは緩やかな雪と岩混じりの尾根道である。雪の詰まった北鎌平で大休止した。ここから見る槍は天に覆い被さるように立っていた。先行した3人組が登っている本峰基部ルートを確認しながら,後に続いた。

槍の本峰基部まで登って、ザイルを付けた。ここからはスタカットで登ることにした。1ピッチ目20mは、雪壁の急斜面の途中で大きな岩角にビレーを採って切った。この時,5人組のトップが追いついてきた。ザイルが交錯すので,舞木さんを上げて2ピッチ目を登った。2ピッチ目10mは、雪を拾いながら岩の間を抜けて登ると左側の岩に明瞭なビレー用の細引きがあった。(途中で落石を起こし,舞木さんを掠めて落ちていった。事故にならなくてホッとした。)

ここから上が核心部の狭い岩場のクーロワール状のルンゼである。前回はこの雪の詰まったルンゼを強引に乗り越えて登ったが,今回は雪が少ないので,簡単に右側の手がかり十分な岩を越えてルンゼの上に出ることが出来た。呆気ない程簡単であった。直ぐ上には、岩が行く手を遮っているが、そこにはまた確かなビレーピンがあった。ランニングビレーを採り岩の左側を抜けて上を目指す。そして見覚えのあるビレーピンがあり,近くには白い木製の道標が立っていた。頂上が見え,登山者が驚いたように見ていた。ここから舞木さんがトップで上を目指す。ここからは傾斜の緩い岩の左沿いの雪面を10mほど登って頂上の祠の後ろに出た。

 固い握手を交わしたが、予想通り舞木さんの熱い感激の涙を見た。前回程の感激は起きなかったが,頂上からの北鎌尾根の山脈(やまなみ)を確認して、改めて嬉しさがこみあげた。写真を撮り,再度三角点を踏んで下山に取り掛かった。(小和瀬さんに連絡したら殊の外喜んでくれた。そして,天気が下り坂であり,予定の北穂までの縦走は中止することを伝えた。)

 しかし,この槍の穂からの下山が大変であった。安心したせいか,足が痛くてたまらない。また,頂上でアイゼンを抜いたので,凍ったルートに苦労した。ようやくにして,槍の小屋に着き,兼ねて予定通りにビールと酒(舞木さんからのご馳走である。)を確保して,キャンプ指定地(テント代500円)まで行った。狭い指定地には結構な数のテントが立っていた。(先行者の3人組は既にテントを立てていた。)

適当な敷地に整地して,ようやくテントの中の住人になったときは,風が出て天気は下り坂。ガスが薄く掛かり視界が狭くなりつつあった。それでも今日一日の行動に満足し,テンションは挙がった。ビールとジュースで乾杯し,満足感が四肢に拡がったのは,全て酒のセイだけではない。

 5/3(月) 起床;4:00 天気;ガス,風強し,曇
テン場撤収(6:30〜7:00)槍肩の小屋7:10─────10:50横尾11:15─────12:05徳沢(1540m)──── 14:05上高地────16:20松本16: ───────────  信濃大町─────── 七倉(葛温泉「高瀬館」)────豊科IC───(上信越・関越・外環・常磐)─────  翌日4:55舞木宅

夜半から強い風が吹いてテントを叩いていた。テントはビッショリである。朝起きると,水気を含んだ深いガスが立ち込めていた。強い霧と風の中撤収する。視界はあまり効かない。小屋に寄ってゴミを整理し,濃霧の濃い槍沢を下った。下りにつれて視界も効いてくるが,この悪天の中を大勢の登山者が登ってくる。メジャーな山である。両足がパンパンに腫れ上がり,辛い下りが延々と続く気分である。肩までも痛くなって,今回の山行で一番辛いときであった。

河童橋に着いて本当にホッとした。そこはたくさんの登山者や観光客で賑やかであった。上高地からは直ぐにタクシーの相乗りを直ぐに捕まえることが出来て、スムーズに移動できたことは幸いであった。一緒に乗り合わせた2人組は,涸沢まで登ったが,この天気で何処も登らずに下山してきたという。(うちの一人は明日常念を登る予定という。)タクシーに乗車中に,立山組と連絡が付いた。この悪天の為一日早い下山となったらしい。

信濃大町までJR線で戻り、下山祝をした。またまた旨い機会を得た。タクシーで七倉まで。愛車を確保して、前回同様懐かしき「高瀬館」の露天風呂の湯船に身を沈め、今回の結果が自分の山歴の一ページを飾るものであることに満足し、パートナーの舞木さんに改めて感謝の念が湧いてきた。
帰りの高速道は、横川で仮眠をして渋滞が緩和された時間帯に移動し、無事帰宅することが出来た。

    (檜山 記)