04年北海道の山旅(5つの登山)

茨城県庁山岳部 檜山 隆
1.山域・山名 神威岳(1601m)・ペテカリ岳(1736m)・カムイエクウチカウシ山(1979m)  石狩岳(1967m)・ニセイカウシュッペ山(1897m)
2.目 的 北海道の二百名山と三百名山の山へ。
3.日 時 平成16年7月15日(木)〜24日(土)
4.メンバー 檜山(単独)

5.記 録
 今回の山旅は,二百名山に王手を掛けるため3つの山を中心に行動計画を練ったものである。そして,前半こそ天気に恵まれなかったが,ほぼ予定どおりの登山行動の結果,199番目の山石狩岳に登ってようやく日本二百名山完登に王手をかけるが出来た。

 ○7/15(木)〜16日(金)
大洗23:59──── (フェリー)───── 19:45苫小牧20:10─────静内町・荻伏───  (ニシュオマナイ川林道)───── 22:45神威山荘

苫小牧から神威山荘目指して,車を飛ばす。苫小牧から鵡川までは無料の高速道を利用した。
神威山荘への林道は荻伏から入るが,舗装道路を過ぎてダートの道を21km走って,神威山荘に着いた。小屋には既に沢山の登山者が寝ていた。ビールで一人乾杯し,空きスペースを見つけて,横になった。

○7/17(土) 起床;3:30   天気:曇時々雨 就寝;18:30
神威山荘5:05───── 5:53下二俣─────  6:24上二股───6:30尾根取付点6:50───── 8:22神威岳8:45─────9:42尾根取付点9:50────── 11:15神威山荘12:00────12:50滝──── 13:31峠・鞍部─────15:13ペテカリ山荘

12人パーティーの直ぐあとに出発。直ぐに本流の渡渉となった。渓流靴で,尾根取り付き点まで行く。ルートはゴーロ状の沢の中を行く。随所に赤布があり,迷うことはない。上二股で右の沢に入って僅かで,尾根取り付き点になった。渓流靴から登 山靴に履き替えて登る。

結構な傾斜の中をぐんぐん登る。夜露が凄い。 (この夜露対策をしっかりしなかったため,右足に早々と豆が出来てしまった。)ダケカンバの林の中をひたすら登るのみ。やがてササや灌木が茂る斜面に出て,草原状の斜面を登り切ると,神威岳の頂上であった。あの特徴ある道標は倒れていた。小雨もあり,寒くて恒例の頂上ビールは省略した。下山してからの峠越えもあり,頂上を早々に退散した。

 尾根取り付き点まで一気に下った。途中で登ってくる12人パーティーに会った。渓流靴に履き替えて神威山荘を目指した。
神威山荘に着いてみると,「早いですね」と声を掛けた6人パーティー(岐阜県)が,峠越えに出発するところであった。(昨日神威を登って,今日は峠越えとのこと)一泊の用意をして,峠越えに向かった。

 ルートは,神威山荘から700m程戻って,作業道に入り本流を渡渉する。作業道を辿りこれを過ぎると小さな沢沿いの道となった。ルートは沢の渡渉をしながら進む。渓流靴から登山靴に変えたことは,裏目だった。沢をひたすら詰めていく。要所に赤布があり,安心する。最後の詰めは急傾斜の泥壁で,強引にササを掴んで登った。

 ペテガリ側の沢は少しで終わり,立派な林道を歩く。しかしこれが長い。車の轍や駐車している車があり,不思議に思っていたら,林道が昨年の台風で破損して通行不能のため,急遽開拓道を整備したとのこと。(この道路で,釣りの連中がたくさん入ってきた。)

ようやくして,瀟洒な二階建てのペテガリ山荘に着いた。既に単独の二人が居た。
その後,6人組の外3人パーティーも峠越えをしてきた。神威岳を登ってから峠越えしてきたことに,驚いていた。まして,明日ペテカリ岳を登ってから峠越えで帰ることに,一様に驚いていた。
 寝不足と疲れと旨い酒で,早めに横になった。

○7/18(日) 起床;3:00  天気:雨のち晴れ  就寝:22:00
ペテガリ山荘4:07──── 4:20尾根取付──── 5:301050m峰5:40────7:231301m峰────  8:52ペテガリ岳9:3──────  11:561050m峰12:05────── 13:01ペテガリ山荘13:22─────15:05峠・鞍部──────
16:44神威山荘──────── 浦河(テント)

1969年に開削された西尾根コースを辿る。小さな沢を辿り砂防ダムを過ぎると尾根取り付き点である。ササに被われた樹林中を登る。斜面に切られたジグをひたすら辿る。尾根の上に出て木の間越しに山々がかすかに見えた。雨も上がり気味で時々ぱらぱらと落ちてくる。1000mの表示板を過ぎると僅かで1050mのピークであった。ほとんど休まず登ってきたので,ここで大休止した。

ここからルートは一旦大きく高度を下げて,その倍以上の登りとなった。ササとダケカンバの中を登って,1259m峰に着いた。本来はここから目指す石狩岳が見えるらしい。休むことなく先を急ぐ。登ったり下ったりしながら広い尾根を行く。尾根が一旦高度を下げて大きな登りとなって1301m峰に着いた。途中で,熊の掘り返しの跡が点々と残っていた。ここから目の前を被うガスの中に,大きな山塊が確認できた。

 ルートはコルまで一旦100mほど高度を下げて,いよいよ最後の500m程の登りとなった。ダケカンバ林の中の道が一直線に上に伸びていた。ここはただひたすら登る。途中で下山してくる3人パーティーに会った。小屋で待っている仲間の伝言(ビールを冷やして待っているよ。)を伝えると,俄然元気が出たようだ。彼らはペテカリを越えたところで引き返してきたという。

最後の苦行とばかり,登りは続く。樹林が消えてハイマツ帯に入ると,嬉しいことに頭上に青空が拡がってきた。ガスが流れて頂上付近が見えた。気分が高揚するのがわかる。ペテカリも見えて足取りも軽くなったから不思議。(しかし,これは偽ピークだった。ガッカリ。)今度は間違いなく道標が見えた。最後のひとかんばりで待望のペテカリ岳に着いた。

昨日登った神威岳が見えるはずが,ガスのためわからない。十勝方面から厚い雲がどんどん流れていく。暖かい陽射しを受けてビールをあけて乾杯した。携帯も通じて連絡を取った。多分声が晴々としていただろう。満足して,下山に掛かった。
下山とはいえ,結構な登りがあり,陽射しが暑くて大汗をかいた。コルへの途中で最初の単独者に会い,あいさつして別れた。 

 6人パーティーとは,1301m峰を過ぎてから会った。だんだん疲れが出てきて,ペースがあがらなくなってきた。単独者が一人休んでいたが,4km表示を過ぎたばかりなのに,後1時間ほど着きますか?と聞かれた。丁重に否定したが,馬鹿なことを言うなという気分になった。

伝言した3パーティーが1050m峰の最後の斜面を登っていた。大分ペースが上がらないらしく,これ幸いと休みながら後を付いて行った。ピークで話をしながら一緒に大休止した。
後は下るだけという気楽さで先行した。ようやく小屋に到着し,心配そうに待っている仲間に事情を話したら,早速迎えに登っていった。(ちょっと羨ましかった。)

直ぐに峠越えの用意をして出発した。上空には黒い雲が拡がってきており,峠越えの最中に雷雨となったらとんでもないことになると,心中穏やかではなかった。とにかく先を急いで休まずに峠越えをした。夢中で登り夢中で降りてきたので,本流に着いたときはクタクタだった。本流の渡渉は,少し増水しており,裸足で渡渉した。

やっとの思いで神威山荘に着き,着替えをして浦河に向かった。浦河で銭湯に入り,食料の買い出しをして,適当なテン場を探しながら走った。時間の関係で,国道沿いの牧場近くの駐車場にテントを張った。
本日の行動に満足し,ビールと酒で筋肉が弛緩し,良い気分で横になった。

○7/19(月) 起床:6:00  天気:晴   就寝:21:00
浦河───── 大樹町─────中札内村──── 中札内ヒュッテ────ゲート10:10──────10:55七の沢出合11:06────── 13:20八の沢出合(テン場)

大樹町,中札内村を過ぎて,懐かしい中札内ヒュッテに着いた。ここで情報を仕入れると,1.2km行ったところにゲートがあるという。とりあえずケートに向かう。

ゲートには,車が多数駐車されていた。用意をしている間に,土浦ナンバーの単独者が降りてきた。情報を仕入れる。沢の中に赤布があり,これを頼りに行く。河畔林の中には,必ずルートがあるという。(彼は葵山岳会の所属であった。)
自転車で,林道を走ったり押したりして七の沢出合を目指す。七の沢までに登山者がどんどん降りてきた。(これ以降も下山者パーティーと会った。)出合に自転車を置いて,テン場の八の沢出合を目指す。沢沿いを歩くが,赤布がよくわからない。探しながら遡って行く。

河畔林の中の道を見つけながら行く。疲れる遡航だった。しかし,天気は最高で,陽射しが暑い。適当に沢を渡渉してゆく。ようやく左側から八の沢が合流して川幅が広くなった。赤布に気を取られてテン場を行き過ぎ,下山者に確認して戻る始末である。

テントを張っているうちにどんどんと登山者が降りてきた。頂上にテン場を張った最後のパーティーに,上には誰もいないよと言われた。今日は,一人でのテン場となった。明日の天気,午前中だけでも持ってくれればと祈りながら,ひとりの寂しさをビールと酒で紛らした。

○7/20(火) 起床:5:00  天気:雨のち曇   就寝:21:30
〔沈殿〕
日にちが変わる頃から雨が落ちてきた。起床予定の3時頃には本降りの雨だった。ガッカリするも仕方ない。良い休養日になると前向きに思って,本日は沈殿と決定。

今日の雨の中では入山者はいないだろうと諦め(?)ていたところ,午後3時半前になって,釧路広陵高校生3人と引率の先生2人の5人パーティーがやってきた。これで今晩は一人ではないと,ホッとした。
  しかも,若い竹中先生には,釣果のオショ ロコマ2匹の外,ウィスキーまでご馳走になった。焚き火を囲みながら話をしているうちに,大学の後輩が茨城県庁職員となってることで,伝言を受けた。嬉しいひとときが過ごせた。


○7/21(水) 起床:3:00  天気:曇時々晴   就寝:21:00
テン場4:00──────5:30三俣5:35────6:43八の沢カール────────7:10稜線──────  7:52カムエク8:20──────9:02八の沢カール──── 9:58三俣──── 11:19テン場(八の沢出合)12:00───  13:45七の沢出合14:00 ──── 14:20ゲート14:56─────  中札内村───── 帯広───── 上士幌──── 糠平温泉─────  18:15石狩岳登山口(テント)

5人に先行して出発。天気は晴れているが,生憎カムエクの稜線付近から上は厚い雲の中であった。沢沿いに忠実に辿る。時々右へ,左へ渡渉をしながら高度を上げてゆく。正面に見える滝がだんだん大きくなり,三俣が近くなる。今年の冬は雪が多かったのか,雪渓が大きく残っていた。2カ所目の大きな雪渓の上を歩いて三俣に着いた。三俣は,左側の落差100mほどの滝が豪快に落ちていた。

正面の滝の右側にルートが取られていた。赤布がきちんと付けられていて,迷うこともなし。フックスザイルまで付けられていたが,付けられている箇所より,もっと滑りやすい所に何もないのが,嫌らしかった。滝上に出て,左側にルートが変わった。

どんどん高度を上げてやがて沢が細くなり,灌木の茂る緩い傾斜地に出ると,カールの縁である。ここで,予定通り大きな声を上げる。「おーい。おーい。ここに人間がいるぞー。」と。下山していったパーティーから親子のヒグマがルートから500mほど離れていたという情報があって,こちらは必死である。

 明瞭な道を辿って,カールの中心となっている慰霊碑のある大きな岩に着いた。(この慰霊碑は先日17日に取り付けられたばかりのものであった。)花束が2つ添えられていた。昭和45年の事件の犠牲者3名に,冥福を祈りつつ,又,自分のこれからの山の無事をお願いした。

ここからは,稜線に向けてカール左正面の壁を登る。シナノキンバイやリンドウ,アオノツガザクラ,フウロウ,ヨツバシオガマなどが咲いていた。稜線に出ると,陽射しは当たらず,風が吹いていた。稜線を辿って,頂上を目指す。ハイマツがびっしりと生えていて,夜露に濡れていた。下半身を濡らしながら進む。ガスが切れそうで切れない。

岩場を2カ所ほど越えると,頂上は近い。直下の空き地が唯一のテン場であり,頂上は直ぐだった。
その頂上に立ってガッツポーズが自然と出た。「ヤッター」の声とともに。周囲の山々は何一つ見えなかったが,満足感で一杯であった。以前から念願し,この山こそ本当に登りたい山だったから。ビールが殊更旨い。三角点もしっかりと踏んだ。カールを見ると,慰霊碑の岩が小さく見えた。どうやら熊はいないようだ。ゆっくりと頂上の余韻を楽しんだ。

後ろ髪を引かれる思いで下山に付いた。慰霊碑に再度礼をして去ることにした。カールを離れて滝の下りにかかる頃,5人パーティーと再会した。昨日のお礼と互いの健闘を言って別れた。慎重に下って行く。滑りやすい箇所を過ぎて,雪渓の詰まった三俣に着いて,安心できた。改めてカムエクを見ると,頂上付近は雲の流れは速く,ガスの中であった。

適当に渡渉を繰り返しながら下って行く。今は思い出深いテン場に着いて,テントをたたんで下山の用意をした。八の沢に沿って5分ほど下ったところで奇遇があった。
県庁の富田氏に声をかけられたのだ。こちらもビックリであった。情報提供を兼ねて少し話し込んだ。お互いの健闘を祝して別れた。(彼とは,帰りのフェリーも一緒になった。)

わかりづらい沢沿いのルートを,赤布を探しながら下って行く。七の沢出合に着いてこのカムエク登山が事実上終了した。ここから自転車をこいで,ゲートに向かった。この自転車は本当に有効だった。20分ほどでゲートに着いた。
懐かしき,中札内ヒュッテで写真を撮って,これも懐かしい糠平温泉に向かった。

(この日下ると,ヘリが飛んでいた。富田氏の情報通り,コイカクシュの沢で事故があったらしい)
途中の糠平温泉で疲れた体を癒し,4年ぶりの石狩岳登山口にテントを張った。

○7/22(木) 起床:3:30  天気:晴   就寝:21:30
登山口(シュナイダーコース)4:30──── 5:05尾根取付点5:15────6:23ニペ見の座──────7:20分岐(稜線)────── 7:50石狩岳9:05─── 9:24分岐─────9:51ニペ見の座─────  10:48尾根取付点─────11:19登山口──────三国峠──────層雲峡・層雲閣──────上川役場───── 中越コース林道──────  16:30新登山口(テント)

噂高きシュナイダーコースを登る。尾根取り付きまでは,笹原の中の道を辿る。途中で沢を渡った。
尾根に取り付く。はじめは傾斜もなく,淡々と歩いて行く。そのうち傾斜が強くなり,一気に高度を稼ぐ。先行者に追いつくたが,この人がユニークな人であった。福島の高校の先生で,35日間かけて北海道の山々を登るとのこと。

先生に先行して登っていると,明らかに熊の足跡がルート場の泥の中にくっきりと付けられていた。ルートを上に登っている。当然スピードが落ちた。糞まで発見しては,間違いなし。鈴を大きく鳴らして登る。天気は最高。特徴あるニペソツの鋭鋒が見えた。もう一度登りたい山だ。ニペ見の座で小休止する。遅れて着いた先生の話が始まった。ネパールの話やら南米の話やら,いろんな話が出てくる人だった。名刺まで交換してが,57歳の先生であった。11年間ネパールに,ポールペンを送っているとのこと。毎年行って,ハマッテいるらしい。

ますます傾斜が増してきたが,どんどん登って高度を稼いだ。稜線に着いて気持ちの良い風に吹かれた。良く見ると,砂礫の中に愛らしい花が咲いていた。高山植物の女王「コ マクサ」だった。休まずに頂上を目指した。低灌木帯とハイマツなどに付けられた明瞭な道を辿って,頂上に着いた。

頂上からの眺望は抜群で,飽きることはない。ニペソツの鋭鋒,十勝連峰,大きくトムラウシと大雪の山々が見えた。遠く霞んで見えるのは,日高の山々や夕張山地だろう。ビールを飲みながら素晴らしい景観を見入ってしまった。

携帯が通じるので,家と舞木さんに連絡した。後から着いた先生がそれを見て,携帯を貸してくれと言う。元気に登っていると簡単な会話だった。またまた,先生の一方的な話が始まり,良い人に出会ったとの感想を頂き,小石狩岳まで足を伸ばす先生と固い握手を交わして見送った。

単独者が登ってきたのを幸いに,下山に掛かることにした。しかし,稜線分岐まで下って,宮ちゃんから借り受けたカウベルがないことに気づいた。下る途中,頂上近くの灌木に引っかけたと思ったが,登り返す気力はもう既になかった。(登山口で下山してきた単独者に聞いたら,気がつかなかったと言う。)
稜線からは一気に降りた。途中で登ってくるたくさんのパーティーに会った。既に熊の足跡はなかった。満ち足りた気分で登山口に着いた。

沢で体を洗い,車を上川町に向けた。途中の層雲峡にある立派な層雲閣の湯船に浸かった。大浴場を独り占めした。上川町役場に寄って,カウシュペへの林道と鍵のナンバーを確認して,林道に向かった。

ダートの林道を走って,新登山口に着いた。そこには,沼津ナンバーの単独者がおり,情報を頂いた。(ペテカリと同様に運動靴で登ろうと思ったが,道がどろんこ状で無理という。)彼は,一等三角点の山を中心に登っているが,カウシュペは事前情報と違って二等三角点だったとガッカリしていた。
一人になってテントを張った。イスなどを出しゆったりした気分で本来のキャンプ  生活を今回初めて堪能した。

○7/23(金)〜24(土) 起床:5:30  天気:晴
  新登山口6:45────── 7:40見晴台────── 8:37ニセイカウシュペ山9:10──────9:44見晴台─────── 10:34新登山口──────上川町───愛別町───── 旭川市──  (道央道)────19:30苫小牧フェリーターミナル23:45──── (フェリー)─────  19:00大洗─────20:15自宅

天気は上々。ゆっくりと出発の準備をする。テントも畳まないうちに,車が続々登ってきた。朝飯を食べているうちに,次々と3パーティー11人が先行していった。
登山口には山頂まで5.2kmの表示があった。最後の山に向かう。乾燥している道は直ぐに終わり,情報通り道はどろんこ状態であった。原生林の中の緩やかな道を行く。先行者に追いついて,大雪の山々の同定を教えてもらった。

 見晴台に着いて,表大雪の山々を中心にして大展望が拡がっていた。黒岳へのリフトも見えていた。周囲の景色に満足しながら休んだ。特徴ある小槍,大槍の先鋒が天を突いていた。目指すカウシュッペの容姿は,丸い凡庸な山であった。
ルートは大槍を巻いて行く。半周するように,カウシュッペに延びていた。山頂の道標も確認出来た。ハイマツと花の咲く緩やかな道を登ると,山頂に着いた。

眺望は素晴らしく,360度のパノラマが拡がっていた。先行した単独者が一人いた。千葉県の人だった。お互いに写真を撮りあい,一緒に周囲の山々を同定しながら話をした。青森まで車を飛ばして函館から転進したという。大洗からのフェリーの利便性をPRした。風が強いが日差しがあり,一仕事終えた気分でのビールが旨い。

後発の夫婦も上がってきて,風が強いので直ぐに下山してしまった。我々も降りることにしよう。下山は途中も休まずに,一気に登山口まで下った。この間の多くの登山者が登ってきた。更に登山口には中型のマイクロが着き,26名の登山者が登っていった。それを見送ってから,下山してきた千葉の人と挨拶を交わしてから苫小牧を目指した。

途中の愛別町の協和温泉で汗を流し,今回の山旅の成果である5山の登山に満足しながら,思いっ切り手足を伸ばした。誰もいなくなった湯船に,満足感と充足感が拡がった。
大洗までのフェリーでは富田氏に再会し,互いの健闘を祝した。

                               (記:檜山)

〔行程表〕   計930km
(1)自宅〜大洗        25km
(2)苫小牧〜神威山荘   156km
(3)神威山荘〜中札内ゲート 190km
(4)ゲート〜糠平温泉 119km
(5)糠平温泉〜石狩岳登山口 28km
(6)登山口〜層雲峡温泉 55km
(7)層雲峡〜上川役場〜ニセイ登山口 62km
(8)登山口〜協和温泉 50km
(9)協和温泉〜旭川 39km
(10)旭川〜苫小牧 186km
(11)大洗〜自宅 22km

*参考(大洗〜苫小牧往復フェリー料金 50,475円)

神威山荘にて                                   ペテカリ山荘
  この滝上がカクエクのカール                        カールにある慰霊碑
 憧れの山jカムエクの道標                            シュナイダ−コースからのニペソツの雄姿
ヒグマの足跡(シュナイダ−コース)                    コマクサの群落(石狩岳)