四国の山登山報告書
1.時期  平成14年3月19日(火)〜22日(金)
2.メンバー   檜山(単独)
3.登山報告の山
@三 嶺(1,893m)二百名山登山187番目の山・百名山の剣山に近い山で、四国が誇る名峰。
A篠 山(1,066m)愛媛と高知の県境の山・古くから篤い信仰を集める南予アルプス南端の山。
B三本杭(1,266m)愛媛と高知の県境の山・宇和島市に近く、豊かな樹林と美しい渓谷を持つ山。

4.行動報告 高知〜(三嶺)〜土佐市〜(篠山)〜(三本杭)〜西土佐村〜高知 710km
3月のお彼岸には今まで、山行を計画したことはなかった。しかし、今年は職場的に も余裕があり、当初は長女との二人旅の予定であった。しかし、直前に都合によりキャ ンセルされ、いつもの一人旅となった。
  今回の登山で、四国の二百名山・三百名山は、全て完登することが出来た。

3/19(火)〜20(水) 天気:晴れ 高知〜三嶺登山口〜土佐市 244km
水戸18:46─────東京八重洲20:50───────  8:00高知駅8:30──────── (四国自動車道)─── 名頃────11:45三嶺登山口(1,285m)12:12────12:30分岐(1,515m)────  13:10避難小屋(1,839m)───13:18三嶺頂上(1,893m)13:40──── 13:48避難小屋・池14:22──── 14:43分岐──── 14:57 登山口15:20─────高知──── 19:30土佐市(ビジネスホテル)


高知駅からレンタカーで登山口へ。(本当は、三嶺は最終日の予定であったが、天気を見ると今日だけが良いらしい。当然二百名山を優先して、予定変更する。)
徳島側登山口の名頃までカーナビの指示どおり移動したら、山越え(京柱峠ルート)となり、大豊ICでの間違いと併せて、大部時間をロスした。吉野川支流の祖谷川(かずら橋で有名)に沿って登り、名頃部落から三嶺林道を4.4km入る。(林道入口にはイノシシの飼育場がある。)道は凄いダートの道。林道終点には、既に2台駐車されていた。綺麗な東屋が建っていて、そこに登山者が一人いた。聞くと途中で足を痛めてリタイアという。

 登山口にはシンボル的な幹周りの大きな苔むしたトチの大木があった。天気は上々。計画を変更したことに幸運を感じた。ルートはきれいに整備されている。高度を稼ぎながら登ってゆく。尾根末端の登山道とルートが合わせて、尾根を忠実に辿った。ルートには、所々堅くなった雪が詰まっていた。疎林の中の行く手にそれらしき岩場が見えた。ブナ林を抜けると、一気に視界が開けてきた。目の前には特徴ある露岩と笹原。見渡せば剣山に続く稜線の斜面には白い固まりが見えた。

水場の標識を見送って、階段状の急なルートを行くと、笹原の中の頂稜に出た。目の前の小さな池には、雪が詰まっていた。右にわずかで真新しい避難小屋に着いた。平成12年10月に改築されたという。中も大変きれいだった。ここから三嶺はひと 登りであった。幾筋にもつけられた頂稜の一つを辿って、念願の三嶺に着いた。 二等三角点の標柱を踏んで、187番目の二百名山に足跡を残した。

頂上で剣山などの同定をしていると、縦走路の方から青年が一人登ってきた。聞けば三嶺を過ぎて「カヤハゲ」まで行って写真を撮ってきたという。良く話をしてくれる青年(徳島県)で、周囲の山々の同定をしてくれた。三嶺の素晴らしさを力説していた。確かに、眺望は素晴らしいかった。好天気にここに立てたことに感謝した。
一足先に降りて、池の前でいつものようにビールを開け、一人至福の時を感じていた。青年にもその至福(ビールを一杯)を分けてやった。本当に気持ちのよい天気で、ゆっくりと過ごした。

後ろ髪を引かれる思いで下山をする。途中で三嶺の特徴ある露岩を撮ろうと思ううちに、ポイントを過ぎてしまった。先に下山した青年を途中で追い抜いて、登山口に着いた。出発するそのときにちょうど彼が降りてきた。別れを言って車を走らせた。

  本当は、中村市まで行きたかったが、本日は土佐市のビジネスに泊まることにした。(どうもナビの不慣れか。指示通り移動すると、思いの外時間がかかっている。道路地図で確認する必要があると思った。)

3/21(木) 土佐市〜篠山登山口〜滑床登山口〜西土佐山村 307km
土佐市6:40────9:40篠山登山口(700m)(第二駐車場)9:50──── 10:13分岐(955m)(柵)─── 10:27篠山(1,065m)10:35─────10:47登山口
〔篠山(1,065m)〕


篠山は、伊予、土佐の国境争いが昔からあり、明治6年に愛媛・高知両県知事の立ち会いの元、頂上に石の標柱を立て、現在の県境が決められたという。山頂には篠山神社が建立されている。篠山にはコウヤマキやヒノキの巨木にアケボノツツジが咲く6月は格別だという。

今晩の夜行バスに間に合うよう最大限努力して、雨と風の強い中登ることにした。 (23日の夜行バスは予約済みであったが、今日のうちに三本杭も登ってしまえば、明日の夜行バスで帰るつもりであった。途中の宿毛駅で確認したら、今晩の夜行バスしか空席はないという。お彼岸に家を空けることの気兼ねから、できれば早く帰ることにした。)

第二駐車場から登る。天気は最悪。当然登る人はなし。ズックでただ黙々と登る。ルートは良く整備されている。つづら折りの道をただひたすら。風が凄い。ひと登りしてトラバースして行くと、柵のところに出た。(ここが第一駐車場コースとの合流  点。コウヤマキを鹿から守るために、周囲7kmにわたって柵が設置されているとの説明板があった。)頂上に行くには、出入り口の紐をほどいて柵内の入る。ここからもヒノキの大木の中をひたすら登る。少しの頑張りで、頂稜に着いた。右に折れて、苔むした石段を登り、篠山神社にぬかずいた。神社のすぐ後ろが頂上であった。

 三等三角点の標柱があった。雨、風強く長居は無用。記念写真を撮ってすぐに下山した。どんどん下った。
今日中にもう一つの山、三本杭を登ることにした。とにかく四国は、山を登るよりも移動に時間がかかり、スピード違反気味運転で、宇和島を過ぎ、松野町滑床渓谷に向かった。
篠山登山口10:55─(81km)─ 12:40滑床(300m)12:52─── 13:32小さなコル
(890m)─────13:40御祝山(998m)────14:05分岐─────14:15三本杭
(1,226m)14:25─────  14:50御祝山───── 15:19登山口

三本杭は、愛媛県宇和島市の近く、南伊予の名勝、滑床渓谷を囲む鬼ヶ城連峰のひとつ(最高峰は高月山)である。三本杭は、美しいナメで知られている滑床渓谷の南にそびえ、豊かな自然が息づいている山である。

雨の中の篠山から転進し、車を飛ばして滑床へ。宇和島から1時間弱で到着した。途中、滑床渓谷と森の国ホテルの看板が目立つ。幸い風は強いが雨はあがっている。 時間との勝負と、ここは登山靴ではなくズックで登ることにし、取り急ぎ雨具とわずかな食料を詰めて、いざ出発。

登山口から、植林の中の急登が始まる。林道に一旦出て左に移動後、また植林の中少し傾斜が緩んで、ジグを切って尾根に取り付いた。しかし、急登はここからが本番だった。気温は低いが、Tシャツはすでに汗で冷たい。黙々と高度を稼ぐ。シャクナゲの緑が目立ってきて、小さな鞍部に着いた。ここまで40分の急登。小休止する。

ここから少しトラバースして、明瞭な尾根に取り付く。急登は続く。ようやく御祝山に着いた。三角点標柱と道標があった。展望はなし。しかし、嬉しいことにここからは、緩やかな尾根となった。檜尾根と呼ばれる尾根だ。ツガやアカガシの巨木が鬱そうとした中を緩やかに下って行く。少し行くと、また樹相が変わって、シャクナゲ  が目立って多くなり、ブナや特徴あるヒメシャラ、足元にはミヤコザサの明るい樹林の中の道となる。天気が良ければ気持ちの良い道であろう。

少しに登りにかかり、着いたところが展望の開けた横ノ森のトラバース道である。 気持ちの良いところだ。その先が笹原の広い鞍部で、熊のコル経由からの道への分岐となっている。ここから三本杭は、一投足であった。
頂上は、薄いガスがかかり、風が強く寒い。一等三角点標柱を踏む。三本杭と書かれた木製の道標が寒々と立っていた。遮るものはないので、天気の時は展望は一等であろう。うまい具合に風避けとなる小さな灌木があり好都合。着替えをして、写真を撮る。頂上での乾杯の儀式はない。少し物を入れて早々に下山することにした。

下りながら、その傾斜の強さに改めて感心し、今回の余裕のない強行登山を反省した。(結局、四国の百、二百、三百名山はすべて終了したのだが。)

3/22(金) 西土佐村〜中村市〜高知 159km
下山した時間から、夜行バスは無理と判断。四万十川沿いに下り、途中の西土佐村営の宿泊施設に投宿することにした。沸かし温泉に疲れた手足を伸ばした。 翌日は、朝から雨模様。四万十川は雨に霞んでいた。高知まで戻り、JRを乗り継ぎ、岡山から新幹線で東京へ。22日のお彼岸中に帰ることができた。