北アルプス 霞沢岳(2,646m)

目 的   登山黎明期以前からの古道を辿って二百名山の山へ。
日 時   平成14年10月11日(金)〜13日(月)
メンバー   檜山、飯島

記 録
 霞沢岳は、上高地を見下ろす秀峰である。以前から、島々宿からの古道を通って徳本峠に立ち、霞沢岳を往復したいと思っていた。この計画には、前々からその思いを秘めていた飯島と二人での久々の山行となった。二百名山登山としては、切りの良い190番目の山となった。

○10/11(金) 水戸〜島々登山口 366km
水戸15:20─────── 21:40 梓川SA (テント)
東京から帰る途中で飯島から携帯が入り、一緒に行けるという。早速合流し、檜山宅、飯島宅を廻って、出発。事前の情報どおり、長野道の梓川SAにテントを張った。(快適なスペースであった。)

10/12(土) 起床;4:00   天気:晴れ 就寝;21:00
梓川SA4:30──────島々ゲート6:20────6:50二股─────8:00離れ岩─── 8:38岩魚留小屋9:00─────10:30力水11:00──── 12:00徳本峠12:10───  13:10JP(テント)

島々の役場前を左に入る。小さな徳本峠入口の看板が立っている。舗装道路が切れる辺りに車が2,3台駐車されていた。しかし、道はまだ続いている。結果として、林道途中のゲートまで入ることが出来た。用意しているときに、地元の軽トラックが  次々に来てゲートを開けて入っていった。キノコ組合の看板があった。

ゲートからは単調な林道歩きであるが、二股までは30分ほどで着いた。南沢側へ曲がると、直ぐに大きな石碑が建っていた。三木秀綱の奥方一行にまつわる戦乱の世の悲劇を伝えるものだ。直ぐ先には、取水口がある。苔生した石垣や炭焼きの跡が、古道の面影を伝えていた。行き橋、戻り橋と渡り、大きな岩がある離れ岩を過ぎると、沢は渓流の様相となり、立派な道が整備されていた。この辺は、まだまだ紅葉は早い。

途中には古びたベンチもあり、岩魚留小屋までは気持ちの良い道であった。岩魚留小屋は茅葺きの小屋(標高1,260m)で、屋根の一部が朽ちかけていた。岩魚 の塩焼きを一匹700円で焼いていたが、主人は不在だった。(この小屋は釣師は泊めないと表示されていた。)蜂がうるさいため、早々に出発する。

 小屋の上は、小さな滝が連続していた。沢沿いの道を緩やかに登って行く。登るにつれて、だんだんと紅葉が鮮やかさを増して行く。左岸から右岸に渡って、なおも緩やかに登って行き、また、左岸に渡ると、力水への道となった。力水の下の滔々と流れている沢で大休止とした。ここで、水を4gほど汲んでいく。

ここからは傾斜が増して、ジグザグの切られた山道を登って行く。高度がどんどんと稼げた。紅葉が凄い。切り返しが小さくなってくると、やがて徳本峠であった。峠には、登山者で一杯。既にテン場は張るところがない状態。隣の話し声が聞けるほどの込み様である。

ここからの穂高、明神の姿は確かに素晴らしい。上高地へのバス道がない時代は、先人の誰もがここを越え、そしてこの光景を目にして、感嘆の声を挙げたのだろう。

 テン場を先に設定することにして、直ぐに出発した。すぐ上に、展望台があり、たくさんの人がその景色に見入っていた。我らは先を急ぐ。明神への分岐を見送って斜面をジグザグに登ってゆく。スタジオジャンクションの展望地を過ぎて、なおもジグザグに急傾斜の道を辿る。(飯島が○○に騙されたと嘆いている。もう少しと言いながら先を急ぐ。)

 やがて傾斜は落ち、トウヒとコメツガに囲まれた最良のテン場に着いた。これには、飯島も大満足のテン場であった。JPの頂上は、すぐそこである。西に傾く日差しの中で、待望のビールを開けて外で炊事をした。酒が旨い。携帯が通じることを良いことに、いつものように掛けまくる。ますます、酔いが回り、大満足の中、夜が更けていった。

○10/13(日) 起床;4:00  天気:晴れ  
JPテント5:45──── 6:15小湿池──── 7:50K1ピーク8:00──────8:15K2ピーク─────8:35霞沢岳9:05─────9:35K1ピーク──────11:36JP(荷物撤収)11:51── 12:31徳本峠───13:07力水────14:40岩魚留小屋14:50──── 16:55二股─── 17:15島々ゲート ────────  0:40檜山宅

まだ、暗いうちから登ってくる者がいた。聞けば、昨日の小屋は超満員で、物置に寝たという。闇がだんだん開けて、気持ちの良い朝であった。何組かの登山者を見送って、我らも出発とした。

JPからは、緩やかに尾根を下ってゆく。小湿地のある鞍部を過ぎて、小さなピークを上り下りする。ダケカンバやコメツガの林を抜けると、ガレに出た。乗鞍岳、御嶽が大きく見える。(御嶽の左に標高は高くないが、特徴ある山容があるが、判らない。)目標の山霞沢岳も見える。

 上高地側を回り込みながら登るようになり、右手に六百山が見え、穂高連峰が見える頃になると、k1ピークまでの急登の溝状のルートとなった。ここがイヤらしいところで、滑りやすいうえに、岩屑が詰まっているのだ。浮き石に注意して登ることにした。ここを登り切れば、尾根に出て、森林限界を超えてk1の山頂に着いた。

 頂上には、今朝会った単独者が写真を撮っていた。素晴らしい景観が360度遮るものなく、拡がっていた。足下には、上高地近くの梓川も見えた。

k1からは、岩稜帯の尾根を辿ってk2へ。ここから僅かで、念願の山霞沢岳の山頂であった。早速写真を撮って、ビールで乾杯となった。展望の良さは、第一級である。飽きることなく、周囲の景観に満足し、晴れて念願の山に立てたことに、隣にいる岳友に感謝した。

登山者が次々と登ってきて、山頂も込んできた。下山のときである。登ってきた道を忠実に引き返すのみである。特に、岩屑のある例の下りには注意をした。下る間もたくさんの登山者が登ってきた。霞沢岳は、メジャーな山なのだと今更に思った。JPで、デポしたザックを回収して、徳本峠を目指した。

峠には、昨日に負けないほどの登山者で一杯。休まずに先を急ぐことにした。力水までの紅葉に今更ながらに感嘆した。力水に、長い休憩を入れた。岩魚留の小屋には、 泊まり客らしい登山者が4〜5人。主人らしい中年の男が暗がりの中で、囲炉裏の火を熾していた。

 ゆったりした気分で二股を過ぎ、林道歩きの末島々のゲートに着いて、長いようで短かった、古道からの霞沢岳山行を終えた。     (記:檜山)