2001年冬山合宿報告書   八ヶ岳

1.期間     平成13年1月27日(木)〜30日(日)

2.メンバ−   渡辺 一雄,一家 伴安、菊地 みち子、加藤 智司

3.記録
12/27(木)
土浦合庁20:30=====(首都高、中央道)===諏訪南I.C=====12:00美濃戸口 (仮眠)

12/28(金)  天気:くもり(小雪まじり) 就寝: 19:30
美濃戸口8:30--------9:40美濃戸山荘10:00--------13:30行者小屋

冬山の八ヶ岳は98年以来、3年ぶりである。今回は、県庁山岳部に取りついた呪縛を振り切れるだろうか。
首都高速も順調に通過し、土浦から3時間足らずで、諏訪南I.Cを降りた。高速を降りたとたん、小雪まじりの天気で、道路にはうっすらと雪が積もっていた。美濃戸口には、車が3、4台程度あり、降雪状況は、10cm未満だろうか。加藤さんが持参してきた缶ビ−ルで、1時間程度、前祝を行い、日付が変わる頃にシュラフに入った。

昨晩は、予想以上に寒く、途中、何度も目を覚ました。天気は、明るい曇空で、昨晩の小雪も止んでいる。今回は、何の迷いもなく、美濃戸口に車を置き、林道を歩いた。雪質は新雪が硬く締まった状態で、スタッドレスだけで十分と思われたが、下りがいやらしそうな気がした。

美濃戸山荘に近づくと、雪の量も増え、冬山の雰囲気がでてきた。行者小屋へと続く、南沢ル−トも十分な積雪があり(20cm弱)、トレ−スも立派である。休憩を頻繁にとったこともあり、3時間半の行程で、予定通りの13時30分に行者小屋に着いた。

 テントは10張程度と少なめで、樹林脇の比較的良好なテント場をキ−プすることができた。水場のホ−スからも潤沢に水が流れており、労せず、炊事が可能であった。点検の効果があったかどうかラジウスの調子も快調(?)であり、菊池シェフ特製のキムチ鍋に舌鼓を打った。
日が落ちてからは、月明かりが綺麗で、予報通りの縦走日よりを予感させた。

12/29(土) 天気:快晴(これ以上ないという快晴)
                  起床: 3:30    就寝: 18:30

行者小屋6:45--------7:00稜線--------7:50赤岳8:10-------9:40石尊峰---------10:40横岳10:55-------11:40硫黄岳11:50--------12:50赤岳鉱泉----------13:45行者小屋

昨晩は、完全装備でシュラフにもぐったせいもあって、安眠することができた。夜明けにはまだ早いが、月明かりで、稜線が光輝いており神秘的な風景である。

行動を始めたパ−ティは我々が最初のようだ。ヘッドランプを頼りに文三郎尾根をゆっくりとしたペ−スで登る。途中、階段や梯子が剥き出しになっていたが、アイゼン歩行を邪魔するものでもない。

朝日が昇りはじめ、雪をまとった山並みが赤く燃え始めた。振り返ると北アルプスの全景が望め、早く展望を楽しみたい一心で、山頂を目指した。

山頂からの展望は素晴らしいの一言に尽きた。1年を通じてこれほどの展望が得られる日が他にあるだろうか。北ア、中ア、南アの山並みはいうに及ばず、谷川岳から日光男体山までもがはっきりとわかる好展望であった。

地蔵尾根を利用するパ−ティが多いせいか、しばらくは稜線を独り占めであった。さすがに稜線は風が強かったが、好展望に助けられた。

 雪の量は決して少なくはなく、二十三夜峰から日ノ岳付近にかけて、雪がいやらしく付いている部分も見受けられた。普段は雪が少ないという硫黄岳山頂にも雪があった。

赤岳鉱泉からは登山客が急激に増えだした。行者小屋のテント数も昨日の2倍以上に増え、騒々しい賑わいを見せていた。
稜線を縦走した満足感と今日の好天に感謝し、冷えたビ−ルで喉を潤した。夕日に染まる大同心、小同心が神秘的であった。

12/30(日)  天気:雪 起床3:55

7:30BC撤収8:20---------10:00美濃戸山荘10:10-------10:50美濃戸口
11:10=======(樅の湯)13:30=======================17:30土浦合庁

天気の崩れが早まったようである。予報では、30日の午前中までもつはずであった。寝る頃には星空だった天気が夜半過ぎに急変したらしい。日本海に接近した低気圧の影響で、雪になり、起きてみるとテントの裾が埋まるくらい雪が積もっていた。
この低気圧は東に移動中で、大晦日から元旦にかけて大雪となるとの予報である。これ以上の回復は見込めないことから、撤収、下山を決定した。

できれば避けたかった雪の中のテント撤収となる。テントポ−ルの接合部分が凍りつき、うまく抜けない。二人ががりで引き抜く、大仕事となった。
こんな天気にもかかわらず登ってくるパ−ティが多く、聞くところによると年越しを八ヶ岳で迎えることを恒例行事にしているのだという。

美濃戸口に駐車した渡辺さんの車も、エンジンの始動が懸念されたが、耐凍性のク−ラント液や、軽油など万端の準備が奏して,トラブルはなかった。

阿弥陀岳に登れなかったのは悔やまれるが、昨日、十分すぎる展望を堪能したので、まあ良しとしよう。
首都高の若干の渋滞があったが、トラブルもなく、無事、帰水となる。かくして八ヶ岳の呪縛は、取り払われたのであった。

4.考察

@ラジウスの調子は悪くなかったのだが、燃料が3分目以下になると、圧のかかりが悪くなり、火が消えてしまう状態にあった。再び、燃料を補充すると快調になるので決して故障ではない。低温化における圧力がかかりにくい状態にあったのであろうか(8分目にしても2時間で燃料を補充しなくてはならなかった)。

Aペミカンのキムチ鍋は、好評で、次の日の朝も鍋の残りにうどんを入れてキムチうどんにして食べた。2日の朝も、残りのカレ−にうどんを足して、カレ−うどんにして食べたが、大変おいしく頂くことができた。

B乾麺うどんが大活躍であったが、乾麺のゆで時間が10分と長いので、調理時間の短縮化を図るため、5分くらいでゆで上がる乾麺の検索が必要と思われた。