九州の山登山報告

1.期 日  平成13年11月2日(金)〜4日(日)
2.メンバー  檜山(単独)
3.登山報告の山
  @雲仙普賢岳(1,359m)   二百名山登山184番目の山
  A多良岳(983m)  長崎県に位置する信仰の山
  B背振山(1,550m)佐賀と福岡の県境の山・頂上には航空自衛隊のレーダー施設
  C大船山(1,786m)九重山塊の山・「坊がつる賛歌」に歌われている山。
  D涌蓋山(1,500m)九重山塊の好展望の山、その姿が良い。

4.行動概要
  11/2(金)        天気:晴れ
     小倉====== 諫早(レンターカー)====== 雲仙温泉(かせや旅館)12:45======13:00仁田峠(1,090m)13:10------3:31紅葉茶屋(1,230m)------- 13:44普賢岳(1,360m)14:20------- 14:30紅葉茶屋------ 14:42国見別れ(1,320m)----- 14:48国見岳(1,355m)14:54------ 14:59国見別れ------ 15:07妙見神社(1,350m)-----15:23仁田峠(1,090m)===== かせや旅館

昼前に中野推奨の「かせや旅館」に着き、事前に送ったおいた登山用品を紐解く。
用意の後、普賢岳を目指す。仁田峠への一方通行の有料道路に入り、カーブを繰り返 しながら、高度を上げて行く。紅葉は今が盛りである。仁田峠には、たくさんの車が 駐車され、その多くが妙見神社へのロープウェー利用者らしい。

普賢岳に向かう。その途中では、国見高校の女生徒や地元小学生などの団体が次々と降りてきた。あいさつの声が響いた。途中で、普賢岳の頂上岩に登山者が見えた。紅葉茶屋を過ぎ、右にこう配のきつい登山道を更に登って行く。汗が吹き出してきた。ひょいと頂上に出ると、目の前に素肌をさらけ出した「平成新山」がドーンと構えていた。その高さは、1,486mで普賢岳よりも120mも高い。今も噴煙が上がっており、平成2年の大噴火の凄まじさを想像され、犠牲者の冥福を祈った。

いつものように頂上ビールを楽しんで、国見岳目指して下った。国見岳からも普賢岳よりは平成新山に目が奪われた。妙見神社に祈祷をして、紅葉客で賑わっている仁田峠に下った。
中野推奨のかせや旅館では、今日は自分一人らしい。(明日は連休のため、満室とのこと。)気持ちの良い湯船を独り占めにし、今日の成果に満足した。(湯の里共同浴場にも入った。)      *かせや旅館 0957−73−3321

11/3(土)        天気:雨
 雲仙温泉====== 長崎県多良町====== 中山CA(546m)10:30------- 11:03多良川------- 水源(900m)------ 11:10金泉寺分岐(990m)------ 11:24多良岳(983m)11:34------12:15中山CA====== 佐賀県背振町=====15:40背振山(1,550m)=====  東脊振IC=====九重IC=====  18:30長者原(車中泊)

多良岳は、佐賀と長崎の県境にある山で、役ノ行者が修行した山と言われ、振興登山の面影を残している山である。登山道は、両県から拓かれており、登山者も多い。
雨の中をナビを頼りに中山CAを目指す。着いてみると、車が一台。先行者のものであろうか。傘をさして出発。バンガロウを抜けて、杉林の中のジグザグ道を登る。

  直ぐに「千鳥坂」の看板あり。この後、坂ごとに名称が付いていた。夫婦坂、見上坂、逆坂、そして、幸福坂である。古くから拓かれた山道らしく、苔生した岩と所々に仏像が置かれていた。沢を渉り、多良川の水源を過ぎると、金泉寺への分岐に着いた。

 頂上へは、右の古い鳥居を潜って役の行者座像の側を通り、急で狭く苔生した石段を登って行く。雨も降っている中で、滑りやすい岩やクサリ場を越えると主稜線とな  った。ここから右に行き一登りでようやく頂上であった。頂上には、和銅年間に創建  された多良岳権現が祭られていた。祠の前で記念写真を撮っていると、二人の中年登山者が登ってきた。雨は小降りとなっていた。景色はなにもなし。頂上に立ったことに満足して下山する。

下山途中に、親子一組と若い男一組の登山者に会った。この雨の中を登ってくるのは、土地の人たちには信仰の山として親しまれているからであろうか。

  車の中で、濡れ物を乾かしながら、次の山「背振山」に向かった。計画では椎原峠から登る予定であったが、雨が強い。一番楽な登山をすることにした。すなわち、頂上一帯は航空自衛隊の基地施設であるため、車道がほぼ頂上まで延びている。頂上だけを踏んで来ることにした。強い雨の中、駐車場から僅か5分ほどで着いた。背振神社の祠をバックに写真だけを撮って早々に下った。

  長者原の駐車場は込んでおり、しかも連休で紅葉客がいっぱいで宿がとれない。仕方なく車の中で寝たが、シュラフもなく非常に寒くて、朝が待ち遠しかった。

  11/4(日)        天気:晴れ
     長者原(1,040m)6:40----- 7:30雨ヶ池(1,385m)------ 8:03坊がつる(1,285m)----- 8:30五合目(1,575m)8:40----- 8:58段原(1,745m)------  9:12大船山------ (1,786m)9:24------  9:35段原------ 10:08坊がつる------  10:45雨ヶ池----- 11:30長者原             筋湯温泉・ひぜん湯温泉(920m)12:29 ------ 13:05分岐'(1,215m)----- 13:24女岳(1,430m)----- 13:31涌蓋山(1,500m)13:50------ 14:07分岐----- 14:37ひぜん湯温泉登山口====== 別府温泉

  大船山は、九重山群中の一峰である。しかし、その名を知ったのは、「坊がつる賛歌」からであった。82年5月以来の懐かしい九重山群である。

 寒い思いをしてようやく朝を迎え、ホッとした。今回は直接坊がつるに向かう。雨ヶ池までは、樹林の中を行く。紅葉は盛りを過ぎていた。道はしっかりしているが、昨日の雨でぬかるんでいた。草原台地までは、結構な登りが続く。右手に三俣山が覆  い被さるように立っていた。雨ヶ池には水がなく、池になっていなかった。ここから、正面に大船山が見えた。だいぶ遠くに感じた。灌木の中を下り、坊がつるの一角に出た。懐かしい思いがした。


  坊がつるキャンプ場を抜けて、大船登山口の道標を確認して登りに掛かった。樹林の中は結構な急登である。途中、真新しい手袋を拾ったので、抜いたパーティーに確認しながら登った。灌木が低くなって、展望の利くところに出た。そこに休んでいた人の手袋であった。大変喜ばれた。大休止し、目の前に拡がる白煙を上げる九重連山の山並みと坊がつる盆地に満足した。
  少し頑張って、平治岳と大船山とのコルである、段原に着いた。大勢の登山客が思い思いに休んでいた。風が強く、寒い。ここは、6月頃はミヤマキリシマのピンクの絨毯となるところだという。

身支度をして、大船山に向かう。ここからは平らな尾根を歩き、避難小屋を過ぎて、急坂を登ると直ぐに頂上であった。展望は抜群。地元の人らしき登山者が、山の同定をしてくれた。九重連山、祖母山、傾山、阿蘇山、由布岳が見えた。大満足して下山に掛かった。
途中で、今度は現金千円を拾った。やはり良いことはするものだと思った。有り難く、ガソリン代に手当した。

長者原に降りて、休む間もなく直ぐに涌蓋山へ転進した。涌蓋山は、飯田高原の西方、熊本県境に連なる山で、端正の姿から、富士の名が付けられている。大分側は、玖珠富士。熊本川は小国富士である。その裾野の温泉地から登山口が拓かれていた。事前の情報により長者原からの転進が近い、筋湯温泉からの登山ルートを登ることにした。途中で、端正な山が見えた。まさしく涌蓋山であった。

近くのガソリンスタンドで登山口を確認し、入口横の駐車スペースに車を置く。天気は上々であり、時間を稼ぐため運動靴で登ることにした。涌蓋山から降りてきた老夫婦に時間を聞いたら、3時間近く掛かって登ったとのこと。時間的には、何とかそ  の半分で登れればと希望した。

登山道入口から坂を下って橋を渡ると、ひせん湯の建物があった。この建物の中を通り裏手の斜面を登って行く。直ぐ目の前には、ゆるやかな草原が拡がっていた。牧草地を過ぎ、高度が少し上がると背後に筋湯温泉や地熱発電所が見えた。女岳と涌蓋山も見えてきたが、大部遠くに感じた。時間を気にして、ラッシュで登った。牧場の柵に沿って登る。牛が放牧されていた。元気な子供たちがたくさん降りてきた。

   放牧場を歩き、谷を一つ越すと林道に出た。それを横切って、また斜面を登って行 く。女岳への登りとなり、傾斜がきつい。振り返れば九重連山が拡がっていた。女岳のピークを過ぎ、最後の本峰への登りである。大汗をかいて、ようやく頂上に着いた。結局休まずにほぼ1時間で登れた。(登り時間を答えると、みんなびっくりしていた。)

頂上には、たくさんの登山者でいっぱいである。この涌蓋山は、九重連山の大展望の山として、人気抜群の山なのだ。360度のパノラマが拡がっていた。双耳峰の由布岳もしっかり見えた。満足感が胸一杯拡がった。大休止してた後、下山に掛かった。ストックを使って、楽々降りることが出来た。

打たせ湯で有名な筋湯温泉に浸かり、手足を伸ばして、今日の二つの登山に心底から満足した。そして、別府温泉でのビールの泡に思いを寄せた。