中野文庫 国民栄誉賞・内閣総理大臣顕彰

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概 説

 位階や勲章といった国家・公共に功労のある者に授けられる叙位叙勲・褒賞制度のほかに、国民に身近な分野で顕著な功績があり、社会に希望を与えたといった理由によって、内閣総理大臣が言わば「弾力的」に表彰する制度が国民栄誉賞・内閣総理大臣顕彰である。

 国民栄誉賞・内閣総理大臣顕彰制度は、主に公共のために尽くし、その長年の功績を総合的に判断して授与される勲章制度ではその功績を正確に評価できないような、スポーツや文化面での功労者を表彰することにその存在意義がある。また、閣議決定を経て国事行為として天皇陛下より賜る勲章等は、基本的に賜与の年齢が定まっていて受章者も高齢であるが、国民栄誉賞・内閣総理大臣顕彰は内閣総理大臣が時宜を失せず機動的に運用することができ、国民にも分かりやすい長所を持つ。その反面、勲章のように叙勲基準がないため「恣意的」と解釈される余地があり、内閣の「人気取り」との批判がある。


国民栄誉賞

 国民栄誉賞は、広く国民に敬愛される人柄で、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者について、その栄誉を讃えることを目的として、内閣総理大臣が表彰するものである。昭和52年8月に創設された新しい制度であり、等級はなく、閣議決定を経て表彰状と盾と記念品(例えば故黒澤監督の場合は有田焼の花瓶)が内閣総理大臣より授けられる。

 国民栄誉賞は、内閣総理大臣の判断により授与するもので、叙勲基準のような明確なものはないが、国民の幅広い敬愛があり、国民に親しみのある分野で、前人未踏の業績をおさめ、国民的な盛り上がりがあることを概ね要件にしていると伝えられている。

 国民栄誉賞第一号の受賞者は読売巨人軍の王貞治氏。ホームランの世界記録樹立に際し、当時の福田赳夫内閣総理大臣の発案により制度が設けられ、昭和52年に受賞した。平成10年の黒澤明氏は死去後の受賞で、既に昭和60年に映画人としては初の文化勲章を受章。死去に際して従三位に叙せられ、銀杯一組が授与されている。

 最も若くして受賞したのはマラソンの高橋尚子選手で28歳(平成12年当時)の受賞。平成12年(2000年)のシドニーオリンピックにおけるわが国最初の女子の金メダル獲得が評価された。平成23年(2011年)のサッカーのワールドカップ日本女子代表チームは初の世界大会優勝を評価され、団体(チーム)として受賞する初のケースとなった。


国民栄誉賞受賞者(全22名)

 氏名は本名を先に挙げ、括弧内に芸名等、職業、受賞理由(盾に記された文)を掲載。順序は日付順、同日の場合は政府の発表順による。


内閣総理大臣顕彰

 内閣総理大臣顕彰は、国の重要施策の遂行や学術および文化の振興などに貢献し、特に顕著な功績があって、全国民の模範と認められるもの、そのほか内閣総理大臣が表彰することを適当と認めるものを顕彰するものである。昭和41年2月に創設され、こちらも等級はなく、対象は人に限らず団体にも授与されており、閣議了承を経て実施要綱に基づき顕彰状と記念の盾が内閣総理大臣より授けられる。

 制度自体は、「前人未到」といった国民栄誉賞に匹敵する功績までは達しないが、顕著な功績を称えられるべき者に与えられ、事実上、国民栄誉賞の下位の表彰として運用されているように思われる。

 最近では、平成12年(2000年)のシドニーオリンピックにおいて女子柔道48キロ級で優勝し、世界柔道選手権においても四連覇を達成した田村亮子選手が平成12年11月6日に表彰された(28人目)。同12月22日には、シドニーパラリンピックにおいて6種目で金メダルを獲得、5つの世界新記録を樹立した成田真由美選手が表彰されている。

 そのほかスポーツ選手に限らず、過去には女性初の宇宙飛行士である向井千秋氏(平成6年)、平成11年に発生した全日空機ハイジャック事件で殉職した長島直之機長(平成11年7月29日。運輸大臣表彰もあわせて授与)、団体では青函トンネルを完成させた日本鉄道建設公団が昭和62年に授けられている。


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