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 中野文庫法令集は、明治以降の近代日本における法令資料、特に現在では調べにくい戦前・戦中の詔勅および法令を中心にその全文をご紹介しています。

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朝 鮮

 朝鮮(済州島、巨文島および欝陵島を含む)は、日露戦争ののち、韓国併合ニ関スル条約(明治43年条約第4号)により、明治43年(1910年)にわが国の領土となった。
 なお、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(昭和40年条約第25号)【日韓基本条約】第2条により、明治43年8月22日以前に、大日本帝国と大韓帝国(朝鮮王朝、いわゆる李朝)との間に結ばれたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認された。

(参考) 韓国併合への8段階

  1. 日韓議定書(明治37年2月23日)
  2. 日韓協約(明治37年8月22日)【第一次日韓協約】
  3. 日韓協約(明治38年11月17日)【第二次日韓協約(乙巳五条約)】
  4. 日韓協約(明治40年7月24日)【第三次日韓協約(丁未七条約)】
  5. 韓国司法及監獄事務委託ニ関スル覚書(明治42年7月12日)
  6. 韓国中央銀行ニ関スル覚書(明治42年7月26日)
  7. 韓国警察事務委託ニ関スル覚書(明治43年6月24日)
  8. 韓国併合ニ関スル条約(明治43年条約第4号)

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台湾・澎湖列島・新南群島(南沙諸島)

 台湾および澎湖列島は、日清戦争ののち、日清両国講和条約(明治28年勅令号外)【下関条約】により、明治28年(1895年)にわが国の領土となった。新南群島(南沙諸島)は、昭和13年12月23日外甲第116号閣議決定により、昭和13年(1938年)に台湾南部の高雄市に編入した。

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樺 太(サハリン)

 安政元年(1854年)に結ばれた日露和親条約により、千島列島における国境線は択捉島と得撫島(ウルップ島)の間とし、樺太(サハリン)は日露両国民の雑居地域と確認されたものの、その後紛争が絶えなかった。このため明治8年(1875年)に樺太千島交換条約を締結して、樺太を放棄する代わりに得撫島以北(ロシア領クリル諸島)を含む千島列島全域がわが国の領土となった。
 日露戦争に伴い樺太を軍事占領したのち、日露講和条約(明治38年勅令号外)【ポーツマス条約】により、明治38年(1905年)に南樺太はわが国の領土となった。
 昭和18年には法律上内地に編入され、樺太庁は府県や北海道庁と同じ地方官庁となったが、全体として地方自治体とならないまま終戦を迎えた。なお、千島列島は北海道に属する。

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関東州・南満洲鉄道附属地・満洲国

 大連・旅順を擁する関東州は、日露戦争ののち、ロシアが清国より明治31年(1898年)から向こう25年にわたって租借していたもので、満洲ニ関スル日清条約(明治39年勅令号外)によりこれをわが国が引き継いだ。従って、租借地である関東州はわが国の領土ではなく、依然として中国の領土であるが、領土に準じた統治権を有した。さらに、南満洲及東部内蒙古ニ関スル条約(大正4年条約第3号)により、租借期間が当初の25年から99年に延長された(すなわち西暦1997年まで)。ポツダム宣言(昭和20年7月26日)【米英華三国宣言】の受諾によって、租借権限を喪失した。
 南満洲鉄道附属地いわゆる満鉄附属地も関東州と同様に統治権の一部をわが国が取得し(一部統治区域は当然わが国の領土ではなく中国領であり、日本人以外の民事刑事の裁判権は中国が有する)、行政権について満鉄に行使させたものである。満鉄の大連・長春(新京)間の本線および安東・奉天(瀋陽)間の安奉線の線路の両側部分と若干の市街用地からなる。昭和12年(1937年)に満洲国ニ於ケル治外法権ノ撤廃及南満洲鉄道附属地行政権ノ委譲ニ関スル日本国満洲国間条約(昭和12年条約第15号)により、行政権を満洲国に返還した。

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南洋群島(ミクロネシア)

 グアム島を除くマリアナ諸島(サイパン・ロタ・テニアンなど)、カロリン諸島(パラオ・トラック・ポナペ・ヤップなど)、マーシャル諸島(マジュロ・クワジェリン・ビキニなど)ほか数多くの島嶼からなる南洋群島(ミクロネシア)は、大正3年(1914年)に第一次世界大戦に伴い軍事占領したのち、同盟及連合国ト独逸国トノ平和条約(大正8年条約第1号)により、国際連盟C式委任統治区域として大正8年(1919年)にわが国が統治権を取得した。
 南洋群島には、サイパン・ロタ・テニアンほか14島を管轄するサイパン支庁、ヤップほか85島を管轄するヤップ支庁、パベルダオブ(パラオ本島)・アンガウルほか109島を管轄するパラオ支庁、春島(モエン)・夏島(デュブロン)・水曜島(トル)ほか245島を管轄するトラック支庁、ポナペ・クサイほか138島を管轄するポナペ支庁、ヤルート・クワジェリンほか32島を管轄するヤルート支庁の6支庁を置いた。
 国際連盟脱退ののちもベルサイユ条約による委任であるので統治を継続した。昭和20年(1945年)、ポツダム宣言(昭和20年7月26日)【米英華三国宣言】の受諾によって、統治権を喪失した。

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(参考文献) 法令区分につき百瀬孝『事典昭和戦前期の日本』(吉川弘文館、平成2年)69頁ないし72頁、ならびに400頁ないし421頁。領土につき同1頁ないし5頁。


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