中野文庫 勅語(平成10年)

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第百四十二通常国会開会式のおことば(平成10年1月12日)

 本日、第百四十二回国会の開会式に臨み、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは、私の大きな喜びであります。
 国会が、永年にわたり、国民生活の安定と向上、世界の平和と繁栄のため、たゆみない努力を続けていることを、うれしく思います。
 ここに、国会が、当面する内外の諸問題に審議するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託にこたえることを切に希望します。


第十八回オリンピック冬季大会開会式のおことば(平成10年2月7日)

 ここに、長野における第十八回オリンピック冬季競技大会の開会を宣言します。


連合王国エリザベス二世女王主催の晩餐会のおことば(平成10年5月26日)

 女王陛下、エジンバラ公フィリップ殿下
 ただいまは、女王陛下から懇篤なお言葉を頂き厚く御礼申し上げます。また、今回の貴国訪問に当たり貴国より示された様々な配慮に深く感謝いたします。
 貴国と我が国との交流は、一六〇〇年、貴国の水先案内人ウィリアム・アダムスを乗せたオランダ船リーフデ号が我が国に漂着したことに始まります。アダムスは将軍徳川家康に仕え、その関係から国王ジェームズ一世と徳川家康の親書の交換が行われ、貿易活動も始まりました。しかし間もなく、我が国の鎖国政策により、両国関係は長い中断の時期を迎えます。
 両国の間に再び交流が始まるのは、外国の圧力により、鎖国政策を遂行することができなくなった十九世紀半ばのことであり、以後我が国民は、国を近代化してこれを守っていくために、欧米の文物を熱心に学びました。
 一八七一年、政府を率いる中心的人々によって構成された使節団が、一年半以上にわたり、欧米各地を巡察しました。この使節団は、四か月余、貴国に滞在し、産業経済、科学技術、教育文化など、多くの分野にわたって熱心な視察と学習を重ねました。帰国後に刊行された使節団の報告書は、訪れた国の中で最も多くの頁を貴国に割いております。また、多数の教師や技術者が外国から招聘されましたが、そのほぼ半数は貴国人であったと言われており、我が国からも、多数の留学生が貴国に渡りました。
 十九世紀後半の、このような関係を基礎として、今世紀の初頭には、両国は同盟国としての提携の道を歩み始めるに至りました。
 一九七一年、女王陛下の御招待により、貴国を訪問した私の父昭和天皇は、晩餐の答辞の中で、五十年前日英同盟時代に英国を訪問し、祖父君ジョージ五世のおもてなしを受け、爾来祖父君に対し敬意を持ち続けていたことをお話ししております。
 しかし、こうして育まれた両国の関係が、第二次世界大戦によって損なわれたことは誠に悲しむべきことでありました。この戦いにより、様々な形で苦難を経験した大勢の人々のあったことは、私どもにとっても忘れられない記憶となって、今日に至っております。戦争により人々の受けた傷を思う時、深い心の痛みを覚えますが、この度の訪問に当たっても、私どもはこうしたことを心にとどめ、滞在の日々を過ごしたいと思っています。両国の間に二度とこのような歴史の刻まれぬことを衷心より願うとともに、このような過去の苦しみを経ながらも、その後計り知れぬ努力をもって、両国の未来の友好のために力を尽くしてこられた人々に、深い敬意と感謝の念を表したく思います。
 私自身が貴国の土を初めて踏みましたのは、戦後平和条約が発効してちょうど一年後のことであり、我が国に対する貴国の国民感情の厳しい時でありましたが、戴冠式に参列するまでのほぼ一月の間に、女王陛下並びにエジンバラ公殿下にもお目にかかり、貴国の各地を訪れ、有意義な滞在をすることができました。その陰には日英の友好の絆を強めたいと願う人々の努力があったことを忘れることはできません。四十五年を経たこの度の訪問で、その時私の心に温かい思い出を残してくれた人々の多くともはや再びお会いすることのできないことを誠に残念に思います。
 一九七五年、女王陛下が国賓としてエジンバラ公殿下と共に我が国を御訪問になりました機会にいただいた御招待により、翌年皇后と共にウインザー城に泊めていただきましたことも深く心に残っております。このほど、私どもにとっても懐かしい思い出のあるウインザー城が修復されたことを聞き、心よりお喜び申し上げたく思っております。
 今日、日英両国は、世界の平和と繁栄のために緊密な協力を重ね、それぞれが投資や貿易を通じて、相手国の経済に貢献し、学術、文化の面での交流も着実な広がりを見せております。それに伴い、両国の間には、夥しい数の人々の往来の機会がもたれるようになりました。
 日英両国民は、古きものを受け継ぎ、新しきものへの挑戦と順応の力を失わず、それぞれの文化と社会を築き上げてきています。私は、両国民が、真にお互いを理解し合う努力を続け、今後の世界の平和と繁栄のために、手を携えて貢献していくことを切に念願いたします。
 今回の訪問において、これまでの貴国訪問の思い出を振り返りつつ、活力に満ちて力強く未来に進もうとしている貴国の姿に触れることを楽しみにしております。 ここに杯を挙げて、女王陛下並びにエジンバラ公フィリップ殿下の御健勝と英国国民の幸せを祈ります。


デンマーク王国マルグレーテ二世女王主催の晩餐会のおことば(平成10年6月2日)

 マルグレーテ女王陛下、ヘンリック王配殿下
 今夕は、私どものために晩餐会を催してくださり、また、ただいまは、女王陛下から懇篤なお言葉を頂き、厚くお礼を申し上げます。
 私どもが、前回、昭和天皇の御名代として貴国を訪問いたしましてから、十三年余りが経ちました。しかし、当時女王陛下並びに王配殿下から頂いたおもてなしの数々は、なお、昨日のことのように私どもの記憶に残っております。更に遡って、私が最初に貴国の土を踏みましたのは、今から四十五年前のことになります。その時、グロステン城において父君フレデリック九世陛下、イングリッド皇太后陛下並びに女王陛下、お二人の妹君と御一緒に写した写真が、今も、私のアルバムに残っております。この度、女王陛下の御招待によって、再びデンマークを訪れますことは、私どもにとって大きな喜びであります。この度の貴国訪問に当たって、女王陛下に手厚い御配慮をいただいたことに深く感謝いたします。
 日本とデンマークは、十九世紀後半に国交を開いて以来、絶えることなく穏やかな友好関係を保ち続けてまいりました。一八七一年、政府は我が国の独立を維持し、近代化を進める一助として、当時の政府の中心的立場にある人々によって構成された使節団を欧米に派遣いたしました。この使節団は、貴国に一週間滞在し、詳細な視察報告をまとめておりますが、そこには「デンマークの国人文武に秀で、質素にして生業に惰弱ならず、交際に信義あり風俗質素なり」と記されております。
 我が国民は、デンマークに対して、高い福祉水準を達成し、優れた教育制度を持ち、豊かな農業を営む国として敬意を抱いてきました。また、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの文学を始めとする多彩な文化や、学術面ではかつて私がデンマークでお会いしたことのある理論物理学者ニールス・ボーア教授を生んだ国として親しみをもってまいりました。教授のところには量子論を学びに世界から学者が集まり、その中には我が国の理論物理学を育てた仁科芳雄博士も含まれておりました。
 貴国と我が国とは異なる面も様々ありますが、それと共に社会的共通課題も多く、両国民がさらに交流を深め、よりよい道を見いだしていくことが大切と思われます。さらに、世界の平和と安定を希求するという共通の目標をもつ両国が、両国民の幸せのみならず、世界の平和と繁栄のために貢献していくよう願っております。
 ここに杯を挙げて、女王陛下並びに王配殿下の御健康と、デンマーク国民の幸せを祈ります。


第百四十三臨時国会開会式のおことば(平成10年8月7日)

 本日、第百四十三回国会の開会式に臨み、参議院議員通常選挙による新議員を迎え、全国民を代表する両議院議員の皆さんと一堂に会することは、私の大きな喜びであります。
 ここに、国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国民生活の安定と向上、世界の平和と繁栄のため、国権の最高機関として、その使命を十分果たし、国民の信託にこたえることを切に希望します。


大韓民国金大中大統領歓迎の宮中晩餐会のおことば(平成10年10月8日)

 このたび、大韓民国大統領金大中閣下が令夫人とともに、国賓としてわが国をご訪問になりましたことに対し、心から歓迎の意を表します。ここに、今夕をともに過ごしますことを誠に喜ばしく思います。
 一衣帯水の地にある貴国とわが国の人々の間には古くから交流があり、貴国の文化はわが国に大きな影響を与えてまいりました。八世紀にわが国で書かれた歴史書、日本書紀からはさまざまな交流の跡がうかがえます。その中には、百済の阿花王、わが国の応神天皇の時、百済から経典に詳しい王仁が来日し、応神天皇の太子、菟道稚郎子に教え、太子は諸典籍に深く通じるようになったことが記されています。この話には、当時の国際社会の国と国との関係とは別に、個人と個人との絆が固く結ばれている様が感じられます。後には百済から五経博士、医博士、暦博士などが交代で来日するようになり、また、仏教も伝来しました。貴国の多くの人々がわが国の文化の向上に尽くした貢献は極めて大きなものであったと思います。
 このような密接な交流の歴史のある反面、一時期、わが国が朝鮮半島の人々に大きな苦しみをもたらした時代がありました。そのことに対する深い悲しみは、常に、私の記憶にとどめられております。
 両国の間には、様々な局面を持つ長い歴史があります。私たちは、このような関係にある両国の歴史を、常に真実を求めて理解することに努めるとともに、両国の人々の努力によって芽生えつつある相互の評価と敬愛の念を、未来に向かって育てていかなければならないと思います。日韓両国が、共通の目的としてよりよい民主国家としてのあり方を求め、互いに心して、あるべき今後の関係を築いていくことを切に念願いたします。
 近年、幸いなことに、両国の人々の熱意と努力によってさまざまな分野で交流が進み、相互理解と友好関係が増進していることは喜ばしいことであります。特に若い世代の人々の交流が盛んになってきていることは、今後の両国関係の発展に大きな期待をもたせるものであります。先日も政府の主催する日本韓国青年親善交流事業の一つとして貴国を訪問した青年韓国派遣団に会いましたが、団員が貴国の人々の心に触れ、貴国への理解と親しみを深めてきたことをうれしく感じました。また、昨年五月、大阪において開催された「日韓青少年交流ネットワークフォーラム」は、さまざまな分野で国際交流に携わる日韓の青少年が一堂に会し、自らの手で今後の交流のあり方を論議し、展望を開いていく上で大変に意義深い試みでありました。今後とも、両国民が、共に、揺るがぬ信頼と友好をはぐくみ、豊かな友好協力の関係を築いていくことを切に願ってやみません。
 大統領閣下がこのたびわが国をご訪問になったことは、両国関係の将来にとって極めて大きな意義を持つものであります。短く、ご多忙なご滞在ではありますが、わが国各界の人々と広くお接しになるとともに、深まりゆくわが国の秋の風物をお楽しみいただきたく思います。この度のご訪日が、秋の実りのごとく、大統領閣下並びに令夫人にとって実り多く快適なものとなりますよう希望いたします。
 ここに大統領閣下並びに令夫人のご健勝と大韓民国国民の幸せを祈って、杯をあげたく思います。


戦傷病者特別援護法制定三十五周年並びに財団法人日本傷痍軍人会創立四十五周年記念式典のおことば(平成10年11月26日)

 本日、この記念式典において、全国から集まられた皆さんと一堂に会し、誠に感慨深いものがあります。
 先の大戦において、国のために尽くし、戦火に傷つき、あるいは病に冒された戦傷病者の歩んできた苦難の道を思うとき、深い心の痛みを覚えます。皆さんが、戦中戦後の厳しい状況の下、不自由な身で、家族と共に幾多の苦難を乗り越え、我が国の復興と発展に様々に貢献してきたことに対し、その労苦を心からねぎらいたく思います。戦傷病者の苦難が、決して忘れられることなく、これからも将来にわたって語り継がれていくことを切に願っています。また、戦傷病者と苦楽を共にし、援護のために、長年にわたりたゆみない努力を続けてきた関係者に対し、深く感謝の意を表します。
 どうか皆さん一人ひとりが体を大切にし、共に励まし合い助け合って、今後とも元気に過ごされるよう念願いたします。


第百四十四臨時国会開会式のおことば(平成10年11月27日)

 本日、第百四十四回国会の開会式に臨み、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは、私の大きな喜びであります。
 ここに、国会が、国権の最高機関として、当面する内外の諸問題を審議するに当たり、その使命を十分に果たし、国民の信託にこたえることを切に希望します。


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