このごろのボグダン

koty

ポーランドのクラクフにいるボグダンのようすを紹介します

上の写真:仔猫のプチャとプティネク(ボグダン撮影8/28)

2007/10/17 16:22

移転のお知らせ

ここのページ容量がいっぱいになったのを機に、「このごろのボグダン」は2007年10月分からhttp://bogdan.exblog.jpに引っ越します。新しい「このごろのボグダン」はブログ形式で、コメントの書き込みが可能、検索窓もついて便利になります。これからもよろしく!

2007/10/14 00:12

Skype報告: 日本語の宿題

 Mのコンプの修理が終わって、昨日と今日Skypeした。

 宿題。問いに対して否定形で答える。「わたしはタケシさんではありません。」「ボグダンさんはかいしゃいんではありません。」「ボグダンさんのせんもんはれきしではありません。」

 昼はホウレンソウの残りと玉ネギ入りスクランブルエッグを食べた。明日は月曜までの昼食を作らなくては。

 「じてんしゃはいくらですか?」数字の読み方をひらがなで書く練習。コンプで「七人の侍」を見たとき、画面を止めて英語字幕を辞書で調べた。(10/11晩)

2007/10/14 00:12

Skype報告: 2回目の授業

 今日はいろいろな練習をした。Aという女子学生が来た。彼女がいちばん速く話す。数字の読み方をひらがなで書くのをやった。宿題が出たが、説明が英語で書いてある。先生にそのことを言ったらポーランド語で説明してくれたけど、大学生はみんな英語が読めるからポーランド語に訳すのを忘れてたと言ってた。授業が終わって教室を出たら、廊下で待っていた人たちがチャメルを見て、口をぽかんと開けてびっくりしていた。クラスの人に私たちのサイトのURLの名刺をあげた。

 曜日の名、チャメルは全部知っていた。日記に書いていたから。「これはタケシさんのじてんしゃです。」とか「みちこさんは25さいです。」というのをやった。時計屋さんで、「このとけいは…」「あのとけいは…」「あのうでどけいは1500円です。」などという練習。「も」を使って文を作る。[鶏のモモも桃も好きです、っていうのはどう?](10/10晩)

2007/10/14 00:12

メール報告: 講習会に行く前

 講習会で本「東京での不眠症」を見せる。この本はこの講習とテーマ的に関係があるからそうしてもよいと思う。彼らのうちだれかは読みたいと思うかも? 著者との集いの日時についても教えてあげよう[10/13にクラクフでマルチン・ブルチコフスキのサイン会と集いがある]。うちのサイトのURLもあげようかな。それから勉強!

 今朝は日が出ていたけどかなり寒かった。明日あさっては曇りだが低気圧で暖かくなる。これから昼食を食べて、ちょっと読んで、電車に乗る。切符はもう買ってある。(10/10昼)

2007/10/14 00:11

Skype報告: 最初の授業

 学生は2人だけだった。講師はUJ[ヤギェウォ大学]の助手の人。自分の持っている日本語の教科書を持っていったら、これは良いと言われた。なかなか良い教科書がないそうだ。毎週月曜と水曜に通う。行きは電車で帰りは路面電車。授業は1回1時間30分。懐中電灯を忘れたので、帰りは長いトンネルを通ったが、電気が点いてなかった。スキャンダル! お腹が空いたのでサンドイッチ食べるぞ。今日の授業は「は」と「が」の違い、「これ、それ、あれ」、「いる」と「ある」の使い分け、など。週に15字、漢字を習う。読み書きもやる。

 早く着いて待っていたら、アジア人の女性が現れ、待っていた女の子たちがその人のあとにぞろぞろ付いていったので、チャメルも付いていったら、それは中国語のクラスだった。1人残っていた女の子が日本語クラスのもう1人の学生だった。チャメルたちのクラスの後、初級日本語のクラスがあるが、間違えて中国人が教室に顔を見せた。もう1人の学生はPaという名。彼女は何でも知りたがり、勉強意欲旺盛。講師がマンガ[日本美術技術センター]から借りてきた教科書をコピーしてくれるというと、彼女はすぐに1冊全部のコピーをほしがった。チャメルはその都度使う分だけコピーしてもらえばよい。今日は、「これは○○です。」「この○○は××です。」という練習をした。「今年、日本で行きません。」と言ったら、「今年、日本へ行きません。」が正しいと言われた。(10/8晩)

2007/10/14 00:11

メール報告: 5つ星ホテル、講習、LIDL

 昨日Paが電話してきた。仕事場で同僚とけんかして2人ともクビになったが、結果的にはそれでよかった。有名な5つ星ホテルで時給10ユーロのもっといい仕事を見つけたのだ。その会社は80人の応募書類から彼女を選んだ。彼女にはイギリスからの紹介状があったし、すでにホテルの仕事の経験があったので、向こうから電話してきた。Mはもうレストランのマネージャーになっている。これでいい。

 俺は仕事の件で電話してみたが、相変わらず2週間ごとに電話することになった。それから言語センターに電話したら、今日最初の授業があるという。16:45に行くことになっている。係の女性は銀行口座番号が載っているURL、www.sdj.plを教えてくれた。講習料は550ズウォティで2回の分割払い可。すでに振り込み用紙の記入はすませたが、まずは講習のレベルがどの程度か見てみようと思った。2回目の授業で領収書を見せなければならない。俺の質問に係の女性は、参加者は1年勉強した人ですと答えた。ほかの人たちがチャメルよりずっと先に進んでいるのかどうか。でもほかの人たちがひらがなカタカナを学んでいるのを見に通うのにお金を払いたくはなかった。そこで自分に何か学ぶべきことがあるとわかったら、明日お金を払いこむ。

 LIDL[大型ディスカウントマーケット]に行ってみた。ちょっと倉庫みたいなので慣れる必要がある。とくに目新しいものはないが、パンはほぼ値上げ前の値段。イチゴジャムとナッツ・チョコクリームを安く買った。「お買い得の」家庭用品と衣服も扱っている。(10/8昼)

2007/10/12 23:09

Skype報告: 蘭、カササギ、DPE、招待状

 鉢植えの蘭の新芽が出てきた。誕生日ケーキとしてリンゴと桃のケーキを買った。

 ポーランドでは子どもたちが泣いている。なぜかというとワルシャワで大きなおもちゃの倉庫が火事で燃えたから。

 今朝、庭にカササギが来た。黒いところはよく見ると黒ではなく、緑に光って見える。線路のところに、青くて細かいきれいな花が咲いていた。

 駅前のキオスクではもうネガフィルムのDPEを受け付けてくれない。キオスクのせいじゃなくて、何らかの理由で現像所が動いてないせい。このあいだの写真はZが街に出るときについでに持っていってもらってDPEに出してもらった。

 MのおじさんのRが電話してきて招待状が欲しいかと訊いた。アメリカに来たかったら招待状を書いてやると言う[招待状があるとアメリカのビザが取得しやすくなる]。あのおじさんの招待状なんか欲しくないよ。

 線路の向こうの店にパンに塗る物を買いに行った。ふだんは日曜日に買い物をしないが、昨日買い忘れたので。

 朝は静かで気持ちが良かったけど、その後はさわがしかった。ここの住人たちは教会に行かず、犬の散歩に出たり入ったり、ハンマーで日曜大工をしたりしてうるさい。平日のように仕事に出てくれるほうがよい。

 コンプでおもしろい本を読んでいる。「異端審問官」。1247年、イタリアのピサが舞台の推理サスペンスもの。カタリ派が出てくるのでグーグルで調べた。(10/6晩)

2007/10/07 16:04

Skype報告: ケーキ、ゆで卵の夢、TVN

 野菜スープを作った。サヤインゲン入り。おいしい。飲まなかったご褒美にプルーンケーキを買った。誕生日なんて、また1つ墓に近づいたことを祝うなんて意味がないよ。名の日は歳が関係ないからいいけど。誕生日は若い人ならいいが。それともこの歳になってもまだ生きてるってことを祝うのかな。ローストポークを買った。パンにのせて食べる。とてもおいしい。

 今朝5時半に空腹で目が覚めた。夢を見た。Pといっしょにクラクフの学生寮に住んでいる。2人で散歩に出て、部屋に戻ると学生風の見知らぬ男がいる。私たちは夕方、映画に行くことになっている。俺はお腹がすいているので何か食べてから行きたいと思う。するとその男が卵をゆでておいたから食べなさいと言う。卵はまだ熱かった。俺は卵を映画館に持っていこうかと思ったが、Pが食べるなら早く食べてというので、卵を水で冷やし、卵といっしょに食べようとパンを切っているところで目が覚めた。卵があると思ったら、ないので、パンの片割れにピーナツバターを、もう片方にチーズスプレッド「アルメッテ」を塗って食べて寝た。夢に出てきた若い男は、住むところがないのでここに置いてくれというつもりで、部屋の片づけをしたり卵をゆでたりしている。

 2回目に起きたら10時だった。線路の向こうの店で卵とケーキとパンを買って、郵便局で写真を送ったら疲れてしまったので、リドル[先月開店した大型スーパー]には行かなかった。鼻風邪ひいてる。横になっていると少しはよい。食欲はある。

 昨日TVN開局10周年記念日。視聴者に開局記念プレゼントとして、今日は8時から、いま映画館で上映中のポーランド映画を放映するので見るつもり。(10/5晩)

2007/10/07 16:03

Skype報告: 宇宙の日、アンデルマン、庭

 ファソルカの残りを食べてみたが酸っぱくなってるので捨てようと思う。ファソルカが駄目ならパンにジャム付けて食べる。今日はパンを買いに行った。昨日出かけなかったから。ひげ剃った。パン7個、タバコ、インゲン豆スープを買った。足のむくみ、関節の硬直は、アルコール飲んだらすっかりなくなった。アルコールは循環をよくする。

 今日は宇宙の日。50年前ロシア人が初めて人工衛星を打ち上げたから。でもロシア人はひどい。そのあと、生きて帰ってこられないと知っていて犬を打ち上げた。

 アンデルマンの本を読んだ。[1985年頃?の]ミフニク[ガゼタ・ヴィボルチャ紙主幹]の誕生日のことが書いてあった。誕生日パーティーのために300人入れるホールを借りた。出席者は保安局にチェックされた。その当時は皆3、4年後に共産主義体制が倒れるとは思っていなかった。反体制の人たちは意見は異なっても皆仲良くしていた。しかし体制が倒れて自由になった途端、互いの足を引っ張りはじめた。でもミフニクはいつもミフニクだった。彼がだれにも組しないことがその他の人たちの気に入らなかった。

 今朝は10度、今は13〜15度。南ヨーロッパは25度。昨日少し雨が降った。今日は降ってない。ヒマワリの葉が黄色くなった。スズメが朝から午後まで種を食べている。黄色いシジュウカラも来ている。冬になったらヒマワリに脂身をつるそう。シジュウカラは脂身につかまってぶらぶら揺れながらついばむ。ときどき周りを見回して警戒しながら。(10/4晩)

2007/10/07 16:03

Skype報告: アザラシ、狼、小麦値上り

 アザラシ館にいた4匹のアザラシをバルト海に放した。彼らは人工環境で生まれ、これまでずっと人から餌をもらっていたので、自然界で生きるため、特別に狩りの方法を習った。人から離れたがらず、放してもすぐに岸に戻ってこようとした。アザラシは生まれた場所と放された場所を憶えている。

 タトラ山地の熊に餌をやるのは危険。人を怖れなくなるから。

 ビェシュチャディ山地ではオオカミが多すぎて羊を襲うので駆除しようという話が出たとき、ブリジット・バルドーが来て反対した。

 小麦と小麦粉が値上がりしてパンの値段が2倍になった。テスコで細長いコッペパン40グロシュだったのが80グロシュになっていた。近所の店でも値上がりした。(10/3晩)

2007/10/07 16:02

Skype報告: 宿酔

 缶ビール持って水辺に行って4時間座っていたが、吐きたくならなかったので帰ってきてうちで吐いた。もう休む。(10/2晩)

2007/10/07 16:02

Skype報告: ミャンマー、ポーランド人

 ポーランドで見る月と日本や中国で見る月は違うのかと思っていたら同じだった。

 [ミャンマーで僧侶ら10万人のデモに対して警官隊が発砲。数人が死亡] ビルマ人はこれまでに見たテレビのドキュメント番組によると大変客好きで親切だ。

 エステルカのKに写真を渡したら喜んでいた。Kは新しい女の子に仕事を教えていた。昨日、エステルカとザフチャンカに行った。ザフチャンカでは知り合いがおごってくれた。

 Mから音沙汰がないのでメールを書いたら、いまパソコンが壊れて修理中という返事が来た。それで猫の写真が届かなかったのだろう。

 Hは昔、ダトゥラ[ボグダンとHのおばあちゃんの呼び名]と父がポーランド人のことを嘆く意味がわからなかったが、いまはわかる。ポーランド人は嫌らしい。どこの国にいてもユダヤ人はユダヤ人を助け、ロマはロマを助けるが、ポーランド人は自分よりも境遇の良いポーランド人をねたんで足を引っ張る。ユダヤ人やロマは自分たちにできないことができて、自分たちよりもすぐれていると思うから、彼らをうらやんで憎むのだ。(9/27晩)

2007/09/27 21:51

メール報告: 月、曼珠沙華、日本語講習会

 昨晩、俺もきれいな満月を見たよ。「ワニの」ブログhttp://d.hatena.ne.jp/awamori/に載っている花[曼珠沙華]は以前、所沢[正しくは日高町]に見に行ったのと同じ花か?(9/26午前)

 さっきUJ[ヤギェウォ大学]に電話して聞いたのだが、講習の参加者はまだ募集中だそうだ。かりに参加者が定員に達せず、講習が行われない場合のみ電話で知らせてくることになっている。電話がなければ、10月8日にヴェネツィア通り2番地の25番ホールに行くことになっている。(9/26午前)

2007/09/27 21:51

Skype報告: 新型ゴミ箱、NO 拒食症

 イタリア軍とポーランド軍の合同軍事演習中、飛行機のエンジンに鳥が入り込み、飛行機が畑に墜落した。

 クラクフ中心街では太陽電池付き新型ゴミ箱を試験運用中。太陽電池で得た電力でゴミを押しつぶして容積を減らすことにより、ゴミの収集回数をこれまでより減らすことができコスト削減になるという。しかしこのゴミ箱自体の値段が高い。盗まれないよう対策はとられているそうだが、壊されないように作られていたはずのATMを壊したギャングが先日捕まった。

 朝は気温10度で涼しかったが、昼間は25度になった。買い物に行ったときは寒かった。11時に下着にシャツにジャケットも着て裁判所に出かけたら暑くて汗をかいた。裁判所前のロータリーは改修工事が終わり、車は地下を走っている。新しい路面電車はボンバルディアという名前だそうだが見かけなかった。停留所から裁判所まではかなりある。

 名前は忘れたけど有名な写真家が撮った痩せた女の子の写真に「NO 拒食症」というコピーをつけたものがミラノの町なかに張り出されている。痩せすぎのファッションモデルに憧れて多くの女の子が拒食症になるため、各国のモデルエージェンシーが今春、痩せたモデルばかり使わないという申し合わせをした。ポーランドには太ったモデル専門のエージェンシーができた。アメリカにもできた。(9/25晩)

2007/09/25 23:20

Skype報告: イナゴ、福田、オペラ劇場

 メキシコでは貧しい人がイナゴを食べるが、ニューヨークではスノッブが食べる。

 福田さんは靖国神社に行かないと言っている。中国との対話を進めたいと。

 最近咲いたコスモスの花の写真を撮った。

 Aさんは俺がマウスで描いた腐った卵の絵を見て笑った。

 クラクフのオペラ劇場新築工事にからんで、支配人が収賄容疑で捕まった。書類鞄に100万ズウォティの賄賂が入っていた。(9/24晩)

2007/09/25 23:19

メール報告: 19世紀のクラクフ

 金曜日の「ヴィボルチャ・クラクフ版」に19世紀のクラクフに関するすてきな資料が載っていた。とりわけ俺の好きな地区、デンブニキ、ズヴィエジニェツ、ヴァヴェルが。記事には写真を元に作られた古い絵はがき(彩色)が添えられている。そこにはまだデンブニツキ橋がなくて、有料の渡し船が通っていた。俺も憶えているが、その橋ができてからも、ルダヴァ川の方へ少し行ったところにそういう渡しがあって、たしか5ズウォティでうちの家族全員がボートクラブの辺りからデンブニキへ渡ったことがある。ティニェツにもそうした渡しがあったし、たしかビェラニィにもあった。コンクリートで固めていないそんなヴィスワ河畔はヴィスワ独特の匂いがしたことも完璧に憶えている。その絵はがきには、のちに廃止された岬のある、当時のデンブニキ村の一部が見える。汀に建つ漁師の小屋も見える。仕事場に近くて、無料の水と「下水道」を得るためにそんなふうに建てたのだ。(9/24昼)

2007/09/25 23:18

Skype報告: パイロット、ケーキ

 [ヴィスワ川に不時着した飛行機の]あのパイロットの遺体が見つかった。やっぱり溺死してたんだ。

 メキシコで亀の赤ちゃんを放流した。カモメが食べないように住民達が見張っている。

 朝、Aさんにフルーツケーキをあげたら、今度お客さんが来るからその店にケーキを買いにいくと言ってた。昼寝してるときノックの音がしたのは、Aさんがケーキをおすそ分けに来たのだったかもしれない。寝ていたのでドアは開けなかった。

 昨日、拒食症に関する番組をやっていた。

 Aさんに日本の猿キャンディ(金太郎飴の猿バージョン)の話をした。

 朝は12度だった。(9/23晩)

2007/09/25 23:18

メール報告: タツノオトシゴ、セリン

 いましがたタツノオトシゴに関するすばらしいドキュメントを見た。東京の水族館で見た種類のもので、Mちゃんに見せる価値はある。リーフィーシードラゴン(australoplawikonik duzy)というやつ。形と色が海草そっくりなので、自然環境の中だと素人目にはまったく見えない。葉っぱのようなのが小さめのウィーディーシードラゴン(austroloplawikonik dlugi)も出ていたが、やはり完璧にカムフラージュする。リーフィーシードラゴンは地域固有種、つまり世界中でその場所だけ、この場合はオーストラリア南部にしか生息しない。この葉っぱみたいなタツノオトシゴは大変奇妙な方法で繁殖する。雌は200個以上の卵を雄の尾の皮下に産みつけ、そこで受精が行われる。雌はそれ以上子どもに興味を持たず、パパがその尾っぽの卵とともに、最初のうちは、よく見える黄色い育児嚢で食いしん坊な魚たちの目から隠しながら8週間泳ぐが、やがて卵は海草に覆われる。するとパパ自身が自分の子どもの「リーフィー(葉っぱ)」たちとその海草に覆われて見えにくくなる。8週間が終わる頃、卵が紫色になると、父親は体を石や海草にこすりつけ、子どもたちが外に出るのを手伝う。魚が待ちかまえているので、稚魚はうまく隠れなければいけない。だが彼らの一部は生き延びる。austroloplawikonikを育て繁殖させることができる人は世界に一人しかいないが、繁殖が可能なのは後者のウィーディーシードラゴンだけである。他方「葉っぱ」の方は育てるだけだが、最初から、すなわち特別許可を得て「妊娠した」パパを1匹か2匹つかまえてきて、水槽内で稚魚を生ませるのだ。その人の名前は忘れたけど、そこで暮らす中国系の人だった。日本の水族館にいる個体もきっと彼の手がけたものだ。合法的にこの生物の所有者になるにはそうするしかないのだ。一方ウィーディーシードラゴンに関しては、雄と雌を交尾させて、自分のところで子孫を得ることができる。だが「葉っぱ」のほうは、むろん雄雌は交尾するが、囚われの身の雌は雄の尾にではなく、水中に産卵してしまう。これが問題なのだ。

 いつだったか散歩のとき、茂みに隠れていた黄色っぽい小鳥を見つけたのを憶えているだろう。その小鳥を図鑑で見つけたよ(90%)。たぶんセリン(kulczyk)だ。(9/23午前)

2007/09/25 23:17

Skype報告: インドのサーカス

 今日はフルーツケーキを買った。半分Aさんにあげようと思ったが留守。週末なのでたぶん実家に帰ったのだ。

 インドのドキュメントを見た。サーカスで働く女の子たちの話。ほとんど全員がネパール出身。ひじょうに安い賃金で、自由のない奴隷同様の暮らしを強いられている。彼女たちはその少ない賃金を実家に仕送りしていて、何もなかったネパールの家にだんだん家財道具が増えていっている。サーカスには象やトラやオウムがいる。女の子はオウムの調教を教わる。男の子のほうは多少自由があり、街に出かけることもできる。1人の女の子は切符売り場の男の子と恋仲になるが、親方には秘密にしなければならない。

 ダゲスタンの村々では子どもたちが小さい頃から綱渡りを練習し、のちにサーカスに働きに行く。

 玉ネギを買った。パンにマーガリンを塗り、玉ネギとニンニクをのせて食べている。(9/22晩)

2007/09/23 03:40

メール報告: Aさんの訪問

 昨日18時頃、Aさんが大きなセルニク[ポーランドのチーズケーキ]を持ってうちに来た。おいしかったけど、俺たちが買う店のはもっとおいしいと教えてあげた。プレゼントとして小さなカレンダー「Asian Art」もいただいた。お客さんのためにコーヒーを淹れて、いっしょにセルニクを食べ、22時までおしゃべりをした。いつそんなに時間が経ったのかわからなかった。セルニクのあとでAさんは、俺の作ったファソルカ[インゲン豆のスープ]をどんぶり一杯喜んでおいしそうに食べてくれたので、俺はとてもうれしかった。

 話題は、美術やパフォーマンスや俺の絵やAさんの野外での絵画製作のことなど。黒猫の飼い主である隣のおばあさんのことも話した。Aさんは本当に親切なお嬢さんだ。隣のおばあさんの事故のことを知って、おばあさんを訪ねたのだ。それでわかったのだが、おばあさんは90歳を越えていて、あの事故後は家から出ず、気分がすぐれない。例の緑色の車で看護士さんが注射をしにやって来るのだ。

 いっしょにここでうちのサイトやニワコヤのサイトhttp://www.niwa-coya.com/、「ワニの」ブログhttp://d.hatena.ne.jp/awamori/を見た。今朝あの「ケーキの」店でフルーツケーキを買ったので、半分に分けて、片方を試食用にAさんにあげるつもりだ。

 追伸、我々の浴衣姿の写真は大変彼女の気に入った。マウスで描いた絵をもとにPが作った誕生日ケーキはとってもとっても気に入った。ケーキに耳をつけるという着想そのものにも感じ入っていた。ヒヒヒヒ。(9/22午前)

2007/09/23 03:39

Skype報告: イラクの子ども

 今日は残念なニュース。8月にバグダッドのイラク人通訳の数歳の娘がポーランドに運ばれた。娘は重い心臓病で、イラクには手術できる人がいなかった。ポーランド兵たちは、彼女にポーランドでポーランド人医師たちの手術を受けさせることにした。手術は成功し、娘は父親とともにイラクに帰った。家族は娘が健康になると喜んで、娘に特別な薬を与えるのを忘れた。地元の心臓外科医のところへ行くことも忘れた。子どもの容態が悪くなったとき、夜間外出禁止時間だったので病院に連れて行かなかった。昨日その子は亡くなった。馬鹿な家族だ。(9/21晩)

2007/09/23 03:39

メール報告: マグロ、郵便局、ワニ

 今朝、「黄色い」店[スーパーマーケット・レヴィヤタン]でまたもや「汚点」。さほど大きくない燻製の魚があって、マグロと書いてあった。そのマグロはどこの海で獲れたものかと訊いてみた。だって俺が見たマグロはサメみたいに大きくて、こんなタイセイヨウサバみたいに小さくはなかったから。むろん店員の答えは「知りません」。これは明らかにスキャンダルだ。ポーランドでも、商品がどこから来たかを必ず表示しなければならないという規則があるのだ。西友にはいろいろな種類の鮭がおいてあって、それぞれの棚やパッケージにノルウェー産とかアラスカ産とかスウェーデン産などと表示があったと記憶している。

 郵便局のBのところでまた電気の請求書に関して文句を言ってきた。なにしろ今月18日が支払期限のやつが昨日(20日)に届いたのだ。今度は郵便局のせいだ。電力会社は9月8日に発送していたのだから。それに対して、郵便局には区分けをする人が足りないのだとBが言う。俺は反論する。それならどうして俺に仕事がないんだ? Bは、採用はあると言って、人事課の担当者の電話番号を訊くためにプロコチム局に電話してくれた。俺は自宅からすぐに電話したが、採用は今日までですでに空席はないということだった。Bがこの情報を教えてくれるのが遅すぎた。それに彼自身、簡易郵便局を辞めて、あっちに勤めたがっているのだ。局の担当者は、まだ可能性があるかもしれないから2週間ごとに電話するようにと言った。

 夕方、我々の知人の「ワニの」ブログhttp://d.hatena.ne.jp/awamori/をのぞいてみた。うちのサイトのアドレスとともに「とてもうれしい」と書いてあった。9月の写真を全部見た。すてきなワニたちがいて、1匹は亀を食べていた。(9/21午前)

2007/09/23 03:38

Skype報告: 鷲、ロキタの妻の裏切り

 どうやって雪に鷲をつくるか知ってるか? 子供が雪の上に寝て、手足を動かすんだ。すると鷲か天使みたいな跡がつく。ある女の子がこう言っていた。冬が好き。だって鷲が作れるから。[P:日本でそんな遊びは聞いたことがないけど…] だってアメリカ映画でもこの遊びはよくでてくるし、大人もするよ。日本は雪が少ないんだ。北海道ではきっと鷲を作ってるよ。雪だるま[balwanには間抜け、でくのぼうの意味もある]はポーランドじゃ夏でもたくさんいるよ。多すぎるくらいだが、そんな輸出品は賢い人はだれもほしがらない。

 いまここでは、ネリー・ロキタは自分の決意によって夫の翼を断ち切ったと言われている。[野党第一党、市民プラットフォームの有力議員ヤン・ロキタの妻ネリーは与党PiS(法と正義)の大統領顧問の地位を持ちかけられ、夫を裏切った。] 彼女はすでに女性問題に関する、カチンスキ大統領の公式顧問になった。夫のヤン・ロキタは有権者に公式に別れをつげ、政治から身をひいた。政治は彼の人生のすべてだったのだから彼は不満だ。PO[市民プラットフォーム、野党]の同僚たちは、「ヤネク、君の場所は我々と共にある。同情するよ」と言っている。ネリーは夫にひどい番狂わせをやってのけた。カチョル[大統領]はこいつが権力と名誉をほしがる女だということを承知のうえで、政府の地位という餌でおびきよせ、彼女はまんまと罠にかかった。こうやってロキタのような手強い敵を片づけたのだ。あの馬鹿女は喜んでいる。ひょっとしたら著名な政治家の妻としての生活が彼女をいらだたせ、自分自身が著名な政治家になりたかったのかも。大それた野心を抱く女もいるものだ。ロキタは彼女を愛している。彼は夫婦関係を救うために政治から身をひくのだと言われている。これは大いに人間的だが、彼は実際それにふさわしい人物を愛しているのかどうかよく考えるべきだな。だってかりに彼女が夫を愛していたのなら、そんな真似はしなかったろう。彼には大統領か首相になるチャンスだってあったんだ。彼女はいまこう説明している。自分の目指すところはPiSの政治ではなく、女性問題なのだと。女性党を作る計画もあるという。ヒヒヒ。夫のロキタは今度は(不当に扱われた)男性党を設立しなくちゃならないな。悲喜劇。(9/20晩)

2007/09/20 03:12

メール報告: 売春宿の子どもたち

 夜中にすばらしい長編ドキュメンタリー映画を見た。ザナ・ブリスキとロス・カウフマン監督のオスカー受賞作「Przeznaczone do burdelu 売春宿にいく運命」。ザナ・ブリスキがカルカッタに行ったのは、その町の紅いランタン地区の売春婦に関する映画、というかルポルタージュを撮るためだった。住民が非協力的で、その地区は少ししか撮影することができず、ムービーであれスチールであれカメラを持って家の中に入ることはとうてい不可能だった。それで売春婦の子どもたちにスチールカメラを渡すというアイデアが浮かんだ。彼女は簡単なカメラを数台買って、子どもたちに撮影の仕方を教えた。そこから多くのすばらしい写真が生まれた。優れた写真の一部はカルカッタでの展覧会に出品され、ザナの生徒である1人の少年はワールド・プレス・フォトに招待されてアムステルダムに行った。ザナは写真だけでは満足しなかった。彼女自身は、自分は教師でも社会福祉家でもないと言っていたが、子どもたちのうち数人は、さらに勉強を続けられるよう寄宿舎付きの良い学校に入ることができた。しかし、これはアメリカのドキュメンタリーとはいえ、ハッピーエンドではない。やはりドキュメントなのだ。子どもたちの多くはその後母親たちによって学校から家へ連れ戻され、1人の女の子はみずからやめ、1人の男の子は逃げ出す、等々。1人か2人の女の子だけが残り、勉強はうまくいっている。いっぽう子どもたちの写真展は世界中を巡回し、そうして集まったお金はその子どもたちへの援助と教育のために使われる。

 子どもたちが真剣に自分のベタ焼きをルーペで見て、評価し、展覧会に出す作品を選ぶところが気に入った。その作業を有名な写真家が手伝っていた。彼はザナに鼓舞され招待されて、その子どもたちを助け、彼らは多くのことができるということを彼ら自身に示すため、特別にカルカッタに来たのだ。残念ながら多くの障害によって彼らの才能は無駄になり、優秀な女の子たちが売春婦になってしまう。そこでの生活とはそういうものだ。たとえば、アムステルダムに招待された男の子のパスポートを取得するために、ザナは巨大な官僚政治と規則にうち勝たねばならなかった。というのもあそこでは、そんな地区の子どもがパスポートを取得するなんてことはだれにも思いもつかないからだ。あるいは、寄宿学校へ入学する前に、子どもたち全員がHIV感染の検査を受けなければならなかった。この子たちは全員健康だった。(9/19午前)

2007/09/20 03:12

Skype報告: 母親の願い、ツバメ

 保護されたチェチェン人の母親の願いは、亡くなった3人の娘をチェチェンに埋葬すること。でもこれは無理だろう。テレビではこのチェチェン人の母親の顔を見せていないのに、ヴィボルチャ紙には堂々と顔写真が掲載されていた。

 右目のものもらいが良くなってきたと思ったら、左目にできた。

 ツバメは15日に飛び去った。旅立つ前に鳥たちが集まっていた。

 今日は暖かで24度あった。でも雨が降りはじめて暗くなった。バグリに行ったらオオバンがたくさんいた。白鳥は1羽も見えなかった。黒い鴨が真ん中の方にいた。(9/18晩)

2007/09/20 03:11

メール報告: チェチェン人、カティン

 ビェシュチャディ山地で3人の娘を亡くしたチェチェン人の母親の入院先を、大統領夫人マリア・カチンスカが訪れた。大統領夫人は本当にこの悲劇を気にかけている様子で、チェチェン人の母親を励まし、顔を撫でたりしていた。また、彼女が難民認定を受けられるようにすると約束した。それより前に検事局は取り調べののち、非合法に国境を越えたことや子供を死に至らしめたことなどで彼女を告訴することはしないと決定した。しかしカミサ・D[そのチェチェン人の母親]は難民認定を求めるかどうかを決めていない。イスラム教徒の女性として夫の意見を聞かねばならないからだ。夫はウクライナのメディアで自分の家族の悲劇を知ると、まずウクライナ政府に出頭したが、その後政府側からの援助を受け入れることを拒否した。ウクライナ人たちはポーランドの圧力を受けて、夫をポーランド国境までパスポートの面倒なしで送り届け、そこからポーランド側が彼を妻と助かった息子のところまで運ぼうと提案した。理由は不明だが、夫はモスクワに行くと告げた。おそらく夫婦間に何か諍いがあるのだ。というのも最初はいっしょに「緑の国境」まで歩いたのだが、その後別行動になったからだ、

 昨日はソヴィエトの背信的なポーランド侵攻68周年の記念日だった。9月1日からドイツの侵攻に対して我々は共に戦ってきたときに、これはポーランド背後からのナイフの一撃だった。そういうわけもあって昨日はワイダの映画「カティン」のプレミア上映が行われた。ワイダの父もやはりカティンで非業の死を遂げたのだから、なおさら重要だ。プレミアには芸術方面から大勢が集まった。カチョリ[大統領と首相、双子のカチンスキ]や他の重要人物も来た。(9/18午前)

2007/09/20 03:10

Skype報告:ものもらい、敬老の日、ワニ

 ものもらいは多少よくなったが、歯茎が痛くて食事が食べられずしばらく寝てた。いま冷めた昼食(キャベツ、ジャガイモ)を食べてるところ。台所の換気扇のフィルタが落ちて大きな皿がまっぷたつに割れた。

 [敬老の日に上野動物園の39歳のペンギン「ハチ」が鰺8匹をもらったことに関連して] 以前、どこかの動物園でシロクマの誕生日に氷のケーキを贈った。氷の中には魚が入っている。

 ワニは一億年前からいる動物で、恐竜がいたことを憶えている。サメとワニは古いんだ。ワニの好きな友だちのためにマウスでワニの絵を描こうかな。クラクフ動物園のワニが屋内ではなく屋外にいたら、写真を撮ってその友だちに送れたのに。

 猫の写真はどれもよく撮れていた。

 昔、動物園のラクダにつばを吐きかけられたことがある。とても臭くて、帰りのバスの中でもずっと臭った。(9/17晩)

2007/09/17 16:52

Skype報告: 国会、花火、サンショウウオ

 今日はジャガイモを圧力鍋で7分ゆでたらおいしくできた。

 ポーランドの国会はコントみたいで笑ってしまう。でも殴り合いはまだない。台湾や韓国の国会で殴り合っているのを見たことがある。いつだったか国会議員のヤノフスキが飛び跳ねまわり、みんな(男も含む)の手にキスしたことがある。だれかが薬を飲ませたに違いない。

 今日も花火の音が聞こえたけど、コンサートなんかではなく、団地のだれかの誕生日か何かで、プライベートに花火を打ち上げていたようだ。

 日本のどこかの神社ではオオサンショウウオをもう30年も飼っていて、ずっと育ち続けている。(9/16晩)

2007/09/17 16:51

メール報告: 歯、冒険家の死、不時着

 昨日の夜、食事中に、あの折れた歯の残りの部分が抜けた。柔らかいサンドイッチの中に何か固い物を感じてよかった。でなければ、かなり大きな2つのかけらを飲み込んでいただろう。口の中がいくぶんスカスカしているけど、痛くないしすっきりした。

 有名な金持ちで冒険家のスティーヴ・フォセットが軽飛行機で短時間の飛行中にネバダで亡くなった。あたかも、戦争を生き延びた兵士が、散歩中に車に轢かれたようなものだ。なにしろ彼は気球と飛行機で地球一周無着陸飛行を成し遂げたのだが、今回はただその軽飛行機で、砂漠での自動車速度記録をうち立てるために適切な場所を見つけようとしていただけなのだ。飛行は2、3時間の予定だった。

 昨日はやはり小さな飛行機がワルシャワのあたりでヴィスワ川に不時着した。複数の目撃者によると、パイロットは自力で飛行機の上に出て、機体が沈み始めると、岸に向かって泳ぎ始めた。だがその後パイロットの姿を見た人はいない。多くの消防署員や警察が暗くなるまで捜索したが見つかっていない。(9/16昼)

2007/09/17 16:51

メール報告: 新聞に投稿したメール

 実質的に私一人の会社(個人タクシー)は、営業を停止した昨年4月から存在していない。今年最終的に事業を閉鎖したのだが、その際ポドグジェの財務局で、私がPIT 16Aの書類を提出したのが、規則で予定されている期日の後だったことが判明した。それに対しては罰金を科せられることがある。しかし感じのいい女性職員が私にその弁明を書くように言ったので、即時にそうした。事業は5か月間だけだったし、その規則を知らなかったし、沢山の書類の中でどうしていいかわからなくなってしまったことなどを書いて訴えたのだ。その書状は受け入れられ、公文書として認められ、それでこの一件は終わったのだと、私には思われた。最後の支払いの後で、私はナイーブにも、自分の財務局とのあらゆる関係は時間通りに、ひとえに私次第で閉じられたのだと思っていた。

 4か月が過ぎ、私は「国家財政の違反の件で」財務局に出頭を命じる呼出状を受け取った。最初そこの電話番号に電話をかけてみると、罰金が科せられることと、本人が出頭しなければならない旨を告げられた。私はそこへわざわざ行く面倒と交通費を節約したいと思った。その罰金をもう払わざるを得ないのなら、局がしかるべき払込票を送ってくれれば、私は郵便局でそのお金を払い込むのだが。しかしそれでは駄目で、出頭が義務だという。それで仕方なく局に行くと、しかるべき部屋で親切な職員が私を迎えてくれた。

 5月には私の書類提出が遅れたことに関する弁明が受け入れられたのに、4か月経ったいまになって突然それでは不十分だというのはどういうわけなのか、という私の問いに対して、こんな答えをもらった。

 さてもうすぐ予定外の総選挙があります。それには数百万のコストがかかります。予算内にはそうしたお金がないので、どこかで見つけなくてはなりません。

 というわけで、俺は政治の犠牲者になったのだ。とはいえ俺一人ではない。その数百万を集めるには、俺みたいな人間をいろいろな分野で大勢狩らなければならないからだ。この我々の法(と正義)の国家では何かが変だ。(9/15晩)

2007/09/16 15:18

Skype報告: 庭、避難民、選挙、古い卵

 窓のそばの日陰のコスモスがこれから咲こうとしているが、寒いので咲ききらないだろう。クレパシュで種を買ったとき、キバナコスモスを勧められたが買わなかった。来年は買ってみようか、それともコスモスはやめて百日草だけにすれば、間違って抜かずに済む。

 チェチェン人の3人の女の子がビェシュチャディ山脈の国境で寒さと疲労のため亡くなった。母親は2歳の息子を抱いて助けを呼びに行ったが、娘たちは助からなかった。彼らはスロヴァキアを通ってウィーンに出ようとしたようだが、山中で迷ったらしい。現地の気温は3度まで下がっていたが、子どもたちは夏服で、うち1人は靴も履いていなかった。母親と息子は現在入院中で、医師の許可が下りないため、警察の取り調べはまだ行われていない。この母子を引き取って面倒を見たいという善意の申し出の電話がたくさんあった。

 選挙が近いので政党同士が噛みつきあっている。野党の市民プラットフォームのロキタの妻が、与党のカチンスキの顧問のポストを引き受けたので、ロキタはもう政治から手を引くという。

 昨日キーボードに水をこぼしたのでドライヤーで乾かし、念のため今日の昼まで使わなかった。ちゃんと動いている。

 空港で、だれか忘れたけど世界的に有名なアーティストのコンサートがあって、花火がここまで聞こえた。

 昨日、ダックスフントのパレードがあった。

 ワイダはカティンに関する映画を撮り終えた。ワイダは年取ったが元気。

 線路の向こうの店で卵を10個買い、昨日スクランブル・エッグを作って食べたらまずかった。殻がもろくて、粉々に割れ、スクランブル・エッグに殻が混じった。今朝またスクランブル・エッグを作ったらまずかったので、残りの6個を店に返した。店のマネージャーを呼んで、「共産主義政権時代によくあった、冷蔵保存か石灰に埋めて保存してあった卵を覚えているか? ああいう古い卵みたいな嫌な臭いがするんだ。」とこっそり言って穏便に返した。(9/15晩)

2007/09/16 15:17

メール報告: 電気料金、総選挙のとばっちり

 電力会社に電話したら、請求書は少し遅れたがすでに送ったと言っていた。でも俺が受け取るのは2、3日後だ。

 財務局に行って罰金100ズウォティを支払った。そのとき職員が説明してくれた。どうして最初は俺の説明を受け入れてOKだったのに、4か月後の今になってOKではなくなったのか。つまり、予期せぬ総選挙のせいで予期せぬ数百万のコストがかかることになり、その予算外の金をあわてて探しているわけだ。俺は政治の犠牲者で、俺みたいな人はもっと大勢いる。人々から金を引き出すために、訴訟が取り下げになった古い事件までわざわざ引っ張りだしているのだ。裁判所でも同じだろう。このすべてがまっとうではないし、俺たちが暮らしているのはきっと、政治家たちが言うような法治国家ではない。財務局のあとで弁護士さんのところに行ってきたが、彼女もそう言っていた。おそらくはいらいらのせいで一日中、吐き気がする。(9/13午後)

2007/09/13 17:00

Skype報告: イタリア人、リンゴ泥棒

 1943年にイタリアの降伏後、ポーランドの収容所に入れられていたイタリア人が逃亡し、ポーランド人夫婦にかくまわれて生き延びた。現在84歳のそのイタリア人がポーランドにやってきて、かくまってくれた家族を捜した。その家は20年前に壊されていて、探すのに骨が折れたが、周囲の森などから位置はわかった。メディアの報道から、ついに彼は、自分の同年代のその家の息子と再会することができた。「テレエクスプレス」でやってた。

 チョコレート工場の火事で、製造途中の熱いチョコレートが大量に川に流れた。

 ポズナンでキノコの展示会。キノコ狩りをする人たちに正しい知識を持ってもらい、毒キノコにあたらないように。

 ポーランドでも日本と似た事件があった。夜、トラックで果樹園にやって来て、8トンのリンゴを盗んだ。地面にシートを広げて、実を落とした。いま果物の値段が高い。バナナ1kg2ズウォティだったのがいまは4ズウォティ。これはEUの価格統制のせい。EUは、安い物は高くするが、高すぎる物(ポーランドのインターネット接続料、電話代など)には何も言わない。

 パンと卵も値上がりした。卵大玉40グロシュだったのが50グロシュになった。(9/12晩)

2007/09/13 17:00

メール報告: 請求書、サイトへのご意見

 今朝トンネルの状態を調べに行った。うちの近くのトンネルはむろん通れないが、長いほうのは乾いていた。消防がポンプで排水したのかもしれない。買い物のあと、電力料金の請求書をいまだに送ってこない電力会社への愚痴をこぼしに郵便局に行った。請求書が来ないから支払いようがない。支払期限は毎月だいたい10日で、7日のときもある。もう9月12日なのに何も来ない。だがやつらは電気を切るぞと脅したり、延滞金を課すことはできる。

 その際Bは(いつだったかMも)、俺の日記や写真のキャプションがポーランド語で読めないことに文句を言っていた。俺にできたのはただ、翻訳には手間と時間がかかるし、それに我々のサイトの読者はおもに日本人なんだと説明することだった。また、Bが読んだ「エッセイ」のなかでは、ポーランド人にとって説明不要な多くのことが詳しく説明されている。つまり俺は、ポーランドの現実を全然知らない日本人を念頭に置いてこの文章を書いたのだ、ということに注意を促した。Bの意見を要約すると、我々のサイトにポーランド語が少ないのは残念だが、それ以外は大変気に入ったということだ。(9/12午前)

2007/09/13 16:59

Skype報告: 罰金、総選挙

 財務局から罰金100ズウォティの通知が来た。もう済んだと思っていたのに、局まで行って会社登録を抹消しなくてはいけないという。その手続きをしたからといって罰金が取り消しになるわけじゃないのに、なぜ行かなくちゃいけないんだ、行かなかったらどうなる? と訊いたら、警察がそちらに行くという。金も仕事もない病人にからむのはいい加減にしろ! 金は金持ちから取ればいいのに。交通費もかかるから、局に行ったついでに100ズウォティ支払うのはどうかと訊いたら、登録抹消手続きに数日かかるからダメだという。一度、局に出向いて、帰ってから、郵便局で手数料を支払って払い込めという。

 10月に総選挙があるけど、30パーセントはそれでもカチョリ [首相と大統領の双子のカチンスキ、与党PiS(法と正義)] 支持、30パーセントは市民プラットホーム支持。インテリや俺のような人間は選挙に行かない。投票ではなく別の方法で意思を表明する。ヴィボルチャ紙に風刺的時評を書いたり、風刺コントをやったり…。でも郵便局のBみたいな人はヴィボルチャはユダヤ人の新聞だと言う。テレビで年輩の男性が「自由がない!」と叫んでいる。(9/11晩)

2007/09/13 16:59

メール報告: コンプ修理

 Mは通常の画面に戻してくれた。こんな単純なことなのに結構複雑だった。(9/10晩)

 コンプを持っていかれる前に最後のメールを書く。おそらくMは現れないだろうけど、そんなことでは驚かない。昨日Pから聞いたのだが、「エステルカ」のKは仕事場で(たぶん)気分が悪くなってしばらく入院していた。仕事に戻ったことがわかったら、「エステルカ」で8月に撮った写真を彼女に持っていってあげる。

 買い物に行ってきた。いまはMを待っている。彼は「午前中に」コンプを取りに行くと言っていた。もし今日10時に出勤ならば、もうすぐ現れるはずだが。いまはほぼ9時。(9/11午前)

 Mは10時にコンピューターを持っていき、17:30に持ってきた。マイクロフォンは作動するようになったから、我々の会話は正常になるだろう。Mが言うには、サウンドカードではなく、システム内がひどく混乱していたそうだ。俺は絶対いじってないから、なにか変なウイルスが混乱させたのかもしれない。しばらくの間アンチウイルスがなかったから。メールの添付ファイルの送信に時間がかかることについては彼をわずらわせるのを忘れた。昨日そのことを彼に話したが答えなかった。マイクロフォンの修理に関して彼は1ズウォティも請求しなかったから、それ以上わずらわせなかったのはよかったのかもしれない。いまお金のことは慎重にしなくては。裁判のことが頭にあるし、今日は財政局から罰金の通知を受け取ったのだ。(9/11夕)

2007/09/13 16:58

Skype報告: ドイツ人、イギリス人

 今日は床屋に行った。

 最近、ドイツ人はポーランドの医者、サナトリウム、床屋などに来る。ガソリンもポーランドで入れる。食べ物もポーランドで買う。おいしく食べる。

 ポーランドの諸都市についてのドキュメントで、イギリス人の馬鹿な大酒飲みの場所として、とくにクラクフを紹介していた。なんであいつらイギリス人をトラ箱に入れないんだ? それくらいお灸を据えてやれば、イギリスでも報道されて彼らも自粛するだろうに。

 蜂蜜は心臓と循環器系に良い。小さい瓶入りを買おう。足はよくなってきた。(9/10晩)

2007/09/13 00:07

メール報告: 読書

 いま次の本を読んでいる。スタニスワフ・グジェシュクの「Boso, ale w ostrogach 裸足、だが拍車つき」。前に読んだことがあるが、その当時は十代だったから、いつか自分自身がそうした「きっぱりした」環境で過ごすことになろうとは思ってもみなかった。著者は戦前のワルシャワの労働者・泥棒地区における生活を描いている。俺はまさにそうした人たちを知っていたし、昔のポドグジェ[クラクフの地区]ではおたがいに尊敬していた。つまりそのきっぱりしたところ――約束を守り、具体的に行動し、必要なときにはたがいに助けるという点だ。だからその後何年も経って、現在の俺の知人たちのふるまいは俺には理解できないし、俺にとってそれはつねに、人間として無価値であることの指針となるだろう。(9/10午後)

2007/09/13 00:06

Skype報告: 殺人事件、約束、蝉、ネズミ

 Mに猫の写真を送ったら、ファイルが大きすぎて受信できないと管理者から返信が来た。

 [殺人についた書いた本の著者が実刑判決を受けたことについて] 法律の世界ではひじょうに奇妙な事件だ。きっとこの判例は世界中の法律を勉強する学生の教科書に載るだろう。上告したので、まだ審理は終わっていない。これもおもしろくなりそう。犠牲者のケータイを所有していたことと売ろうとしたことがいちばん彼にとって不利に働いたのであって、あの本が逮捕の理由になったとはいえ、本がいちばんの証拠になったわけではない。

 Pは約束をすっぽかし、来なかった。まったくがっかりした。いつも約束を守っていたのに。彼が来ると思って、急いで入浴、掃除、朝食を済ませたのに、腹が立つ。昼寝したかったが、腹が立って寝られない。ここでは何も計画を立てられない。Hも約束を破ることがあるが、少なくとも電話してくるし、最近はそんなこともまれで、このまえは予想より早く来た。来られないなら「無理だよ」って言えばいい。どうして来るって約束をするんだ?

 デスクトップの壁紙を月面にした。着物の写真にしていたが、アイコンが見にくいので。

 ツクツクの録音は大変良い。「七人の侍」ではツクツクがよく聞こえたが、ミンミンゼミは一度きり。チャメルだけでなく、日本人も蝉が好きだろう? 日本の音楽や文学には蝉をモチーフにしたものがある。もし急にいなくなったら、みんなさみしいと思うだろう。ポーランドのツバメやコウノトリと同じように。ツバメなんか気にしていないようでいながら、もし夏に彼らが来ず、鳴き声が聞こえないと、夏が来た気がしないだろう。あるいはうちのスズメが朝しずかにしてると何か変だ。

 昨日はクルミの木の下からガキどもを追い払わなければならなかった。クルミの実を取りながら窓の真ん前で騒ぐので。もう分けてやるクルミがないよ。

 この冬は厳しくなりそうで、ネズミの侵入が早いと思う。ネズミ捕りをしかけなくては。早めに餌場を確保するため、冬が来るずっと前からやってきはじめる。2年前は9月にもう来た。1年前は冬が冬らしくなかったので少なかった。今年の冬は厳しくなると言っている。コウノトリが早く飛び去ったから。講習に通うのが大変だろうな。トンネルの水が凍ったほうがましだ。トンネルが通れないとIさんが言うようにタンデタの横を通って路面電車の停留所まで行かなくてはならない。かなりの道のりだ。(9/9晩)

2007/09/13 00:05

Skype報告: コンプ不調、PKPのコント

 コントロールパネルでマイクの設定を探せとPが言ったので探してたら、マイクは見つからず、そのかわり画面の設定を見つけた。デスクトップのデザインを落ち着いたのに変えたら、画面が小さくなり、文字は大きくなった。画面を元の大きさに戻そうとしたが戻らない。 「オーディオ」はない!!!!! 明日Pが来る。マイクの調節は見つかった。ミュートになってたからオンにして、これで大丈夫と思ったのに、テスト電話をかけたら変わっていなかった。どうしてなんだ?

 こんなコントをやってた。PKP[ポーランド鉄道]の切符電話予約窓口に男がやってきて、ムワヴァ行きの切符を1枚という。職員は切符を予約したがらない。予約は電話ですることになっているという。男はケータイを取り出して電話をかける。意地悪な職員は受話器を取らない。うちに帰って電話しなさいという。それから男は数度、いろいろ試みるが、とうとううちに帰るふりをして出ていく。そして木の陰に隠れて電話をかける。職員はわめく。「そんな太い声で話したって、あんただってことはわかる。そんなことをしても無駄だ。うちに帰れ。電話で注文すれば受けてやろう。奥さんはスープを出してくれるさ…あんた、どこに住んでるんだ?」「ムワヴァ!!!」

 このコントはポーランドの馬鹿さ加減を表している。あの診断書の件とまったく同じだ。警察からの指示書がないからって診断を断られたが、だって警察が加害者だったんだよ!

 水浸しのトンネルの写真を撮った。どこも通れない。1人の男が、我々住民はこっちのトンネルの浚渫と清掃を求めて戦わねばならないと言っていた。だってこのトンネルがヴォドナ通りに直接通じているんだから。(9/8晩)

2007/09/12 02:55

メール報告: トンネル2本とも不通

 今日は線路の向こうに行きたかったが無理だった。あの長いほうのトンネルさえすっかり水に浸かっている。短いほうは言うまでもない。写真を撮ったけど、デジカメがないのが残念だ。デジカメならすぐに新聞に送れるし、そしたらついにだれかが反応してくれるかもしれないのに。

 スーパーの店員のIさん(トンネルを通って通勤している)にどうやって仕事場まで来たのかと訊いたら、「回り道して」ということだった。つまりタンデタの横を通ってきたのだ。長いほうのトンネルのそばで若者たちがパイプ[集中暖房用]の上を歩いてくるのを見たので、どうだったと訊いたら、「とても大変」というから、その方法はあきらめた。それからMの話では、前に彼女の娘がパイプの上をつたって歩いたことがあるが、ようやく通り抜けたということだ。Iさんは一度やってみたことがあるけど、パイプの上はもう二度とごめんだと言った。俺はやってみなくてよかった。トンネルの真ん中は天井がとても低くて、身をかがめるか四つんばいで行くしかない。若くて元気な人が嘆くんだから、チャメルにはとてもとても。

 やはりこれは下水道の次の大問題だが、やはりだれもなんとかしようとしない。ここの人たちは、全体主義体制の思慮も意志もない市民に並ぶ、本当にしょうがない奴らだ。EUはこうした件には文句なく金を出すだろうが、ここで問題なのは金ではない。金をもらうには、計画を立て、それを請求しなくてはならない。だがここではだれひとりそんなことをしたがらないし、きっとそんな計画もないのだ。ひとりの年輩の男性がそのために署名集めをしているが、他の人たちはどうだ? 市役所や区役所は? スキャンダル。(9/8午前)

2007/09/12 02:55

Skype報告: ウストカ、歴代コンプ

 ウストカ[バルト海沿岸の町]はいま市の権利を求めて戦っている。共産主義政権時代以来、ウストカは市なのか村なのか不明だということが判明したのだ。住民は自分たちが都会人だと思っているが、じつは村人なんだ。

 Windows Updateは英語のみ。Pに来てくれるように電話した。Hたちが皿と鍋を持ってきたら、Jがなんとかしてくれるかも。精神的に不快なので、明日は雨がどうだろうと線路の向こうに行ってケーキを買うぞ。

 このコンプは4台目。1代目はWから買った。2台目はBからもらった。3台目はJからもらった。しょっちゅうトラブルが絶えない。

 隣のおばあさんは家で静養している。介護サービスの人がときどき来ている。

 カリフラワー・スープを作った。おいしい。キャベツの残りは捨てる。ニンニクの匂いが強すぎて、毎日は食べていられない。全部で6片入れたから。(9/7晩)

2007/09/12 02:54

メール報告: 浸水、路面電車事故、新聞

 ずっと雨でマウォポルスカ地方のクラクフ近郊では多くの浸水箇所がある。昨日は路面電車の事故がいくつかあり、今朝はうちの近くのヴィエリツカ通りとノヴォソンデツカ通り(Tesco前)の交差点で2台の路面電車が衝突し、数人がけが。

 またしても朝からいらいらした。あのひどい店にガゼタ・ヴィボルチャ紙がなかったのだ(「4部だけ入荷して売り切れました」)。今日は線路の向こうに行くつもりだったけど、こんな雨模様では散歩する気もうせる。

 部屋の中はちょっと涼しい。窓はもう一日中開けているわけではなくて、せいぜい昼間3、4時間だけ。夕方Hが電話してきて、中ぐらいの皿やいろんな鍋やなにかは要らないかという。彼女は数日間知人の家で過ごした結果、うちの台所にはがらくたが多すぎる、非衛生的だ、食器の一部を処分しなければという結論に至ったのだ。(9/7昼)

2007/09/12 02:54

Skype報告: 雨、紅茶、グリシャム

 今日はSkypeを更新した。テストもしてみた、けど全然ダメ。ヘルプも見た。開始ウィザードも見た。

 雨なのでリドルには行かなかった。

 台風だと電車は止まるのか? リマさんは元気か? ゆきさんてヴォーカルの? あのすてきな帽子の? もしそうならほかのだれにもあの絵は使わせないよ。蛙集落は彼女のCD用だ。

 歯が抜けて、今は食べるのも話すのも楽。

 緑色の魔法瓶は昼用、スチールのは夜用。紅茶はいつも魔法瓶で淹れて、1日に7杯飲む。紅茶をよく飲むのは健康によい。さまざまな病気を予防すると言ってた。緑茶だけじゃない、紅茶も。継続して、たくさん、濃いのを飲まなくてはいけない。

 いま読んでいるグリシャムの小説は裕福な弁護士の話。あるホームレスの事件に関わってから、ホームレスの人たちのための弁護士として働く。そのために法律事務所の仕事を辞め、妻は彼の元を去る、等々。(9/6晩)

2007/09/12 02:53

メール報告: 歯が抜けた!

 猛暑のせいで布団なしで毛布だけで寝ていたが、昨日から布団を出している。寝る前に歯を磨いてたら、ついにあの、いらいらする痛くてグラグラしていた歯のかけらが抜けた。なんという安堵。これでちゃんとしゃべれる! その歯のかけらの写真を撮ったが、コンプが俺にいたずらをして、「マイ・ドキュメント」のその番号には何も入っていない。それでとりあえず今日の日付のやつを送る。

 ずっと大雨で涼しいが、俺にとってずっとうちにいるのは悪くない。いい天気のときは健康のために出かけた方がいいのに出かけずにいることに良心の呵責があるからだ。

 今朝からMの娘が俺の気分を損ねた。愚かで厚かましい彼女がからんでくるのを俺は黙ってやり過ごし、それで済んだ。朝、たとえばAさんのような感じのいい愚かでない人には出会わず、あのうすらとんかち、あの白いブチ犬を連れた女の子にしか出会わないというのも。(9/6午前)

 今度はたぶんうまくいった。でもずいぶん探した! [抜けた歯の写真の添付](9/6昼)

2007/09/12 02:53

Skype報告: 「錯乱」、カンニング

 クリスティアン・Bの本「Amok 錯乱」について。本の内容に基づいて著者は今日25年の実刑判決を受けた。彼は本に残酷な犯罪を描写したが、それと同じ方法で彼の妻の愛人が殺されたのだ。作中の殺人者は著者に似ている。犠牲者の携帯電話を著者が持っていたことをのぞけば、他の証拠はないにもかかわらず裁判所は実刑判決を言い渡した。いわゆる状況証拠による裁判。アメリカだったら実刑判決は受けない。戦前にはかなりこういう判例があった。刑事のテクニックが未熟だったから。でも今はまれだ。彼は本書の内容はフィクションだと言っているが、取調中に一度、殺人を自白している。それにどうして殺された人の携帯電話を売ろうとしたのか? 馬鹿め。なんで本に書いたのか? 書かなければ事件にはならなかったのに。だってこの件は容疑者がいなくて、いったん訴訟が取り下げになっていたんだから。本が出てから警察は興味を持ったのだ。彼はもう強迫観念を持っていて、つらくて、こうして方法ででもだれかにうち明けずにはいられなかったのだ(これは俺の意見)。いまテレビでその本を紹介している。これはポルノグラフィで、文学的価値はないと言っている。クリスティアン・Bには協力者がいたのだそうだ。だれかは不明だが。

 運転免許試験会場から18歳の少年が逃げるところを写した映像を見せている。行動が不自然なので怪しいとにらみ警察が捕まえてみると、ミニカメラやミニイヤフォンなどを持っていることがわかった。だれかが筆記試験を手伝うことになっていたのだ。そういう人はもっとたくさんいて、グループを組んでいることがわかった。各人が1000ズウォティ相当の機材を持っていて、質問をカメラで写し、回答を受け取る。その後、我々は交通事故の多さに驚くのだ。運転手はなんて馬鹿ばっかりなんだって。彼らは機材を買う金は持っている。勉強するよりも機材を買って悪巧みをするほうを好むのだ。馬鹿には難しすぎる課題だ。

 こちらは寒い。緑色のウインドブレーカーを初めて着た。暖かくなったらこれを洗濯しなくちゃ。今日は古い運動靴が問題なく履けた。普通の靴はどうだかわからない。

 奥歯がグラグラする。口を閉じるにはその歯を特別にかたむけなくてはいけない。まず歯を舌でかたむけ、それから口を閉じるのだ。食事のときも同じ。寝る前には特別な手続きをする。(9/5晩)

2007/09/12 02:52

Skype報告: 冗談旅行、講習、山は積雪

 マルチンの返信によると、「冗談旅行」は外国恐怖症の番組なので、もう出演しない。彼らは異なることを怖れ、危険な異国趣味のごとく扱う。異文化に対して不遜で慇懃無礼に振るまう。礼儀正しくない。不真面目なうえに優越感を持っている馬鹿なアメリカ人みたいだと。

 UJ[ヤギェウォ大学]に電話した。最低8人の希望者がいれば、9月20日頃おり返し電話がかかってくることになっている。54歳でもかまわないそうだ。以前、聴講生になりたかったが、中等学校卒業証書が必要と言われたことを話したら、係の女性もその理由を知らなかった。8人に満たなければおそらく開講しない。

 初めて業務用車両免許を取りに行ったとき(1978年)、40人集まらなかったのでやめたことがあった。昔は映画館で客が少ないと、入場料を返金してくれて上映しなかった。

 カビの生えたイチゴのオークションのことを読んだか? かなりの数の有名人が楽しむために参加した。ロベルト・マクウォヴィチもいて、彼はアラビア音楽のカセット[100本くらいあった]を40ズウォティで買った。アルバニアのバナナは5ズウォティで売れた。グルジアの教会の模型は18ズウォティ。アルジェリアのスティック状熱接着剤は8ズウォティ。いずれにせよすべて売れた。腐った牛乳入りの割れた瓶さえも。適切な人がオークションをリードすれば、そういう変な物にも買い手がつく。有名人が買うのだ。500ズウォティ以上が貧しいモロッコ人の手に渡るのはよかった。

 山は50cm以上の積雪。ブコヴィナ・タトシャンスカ(ザコパネのそば)は雪に覆われ、いま10度。

 「リドル」オープン直後はセールをやっているから混雑が心配。月曜開店なら明日は落ち着いているかも。あるいは9月1日(土)開店とすれば、週末にセールがあったんだろう。(9/5晩)

2007/09/11 04:16

メール報告: 映画の感想、オークション

 昨日のSkypeの間に降りはじめ、今日も大降り。今朝の気温はたったの8度。

 夜中、アーネスト・ゴードンの自伝的小説に基づいたアメリカ・イギリス・タイ合作映画「自由への道 [邦題は「クワイ河収容所の奇蹟」]」(デイヴィッド・L・カニンガム監督)を見た。日本軍の収容所における戦争捕虜たちの悲劇的な運命を描いている。そこでは道徳的倫理やキリスト教の原則や武士道の掟の問題が熟慮される。俺は日本と日本人が好きだが、この映画に出てくる日本人は1人の例外を除いて好きになれない。その例外は兵士で通訳のタカシ・ナガセで、彼は戦前にケンブリッジに留学していた。でも俺が知る日本人とこの映画に出てくる日本人には、今日のドイツ人とヒトラー信奉者くらいの違いがある。よかったのは最後の場面で、アーネスト・ゴードン本人と永瀬隆本人が55年後に再会し、タイの「死の鉄道」の墓地にともに花輪を供えるのだ。

 土曜日に風変わりなオークションが開催された。ブンキェル・シトゥキ[クラクフにある現代美術館]で見た展覧会を覚えているか? 世界のいろんな場所から集めたさまざまな、すでに腐ったり干からびたりした食べ物や瓶があったやつ。そのさまざまな食べ物や品物は、アーティストのIsabela GrosseovaとJasper Alvaerが北アフリカからEUの端を通ってスカンジナビアに至る数か月の旅の間に買ったものだ。で、土曜日にピョトル・ビコント(ガゼタ・ヴィボルチャ紙に「…で食べた」というグルメ・エッセイを連載している人)の司会でオークションがあり、腐ったのも含めて40品目すべてが売れた。売上金533ズウォティ90グロシュ[約24000円]は、アーティストが最初にイチゴを買った路傍のイチゴ売りに渡すという。(9/5午前)

2007/09/11 04:16

Skype報告: マルチン・ブルチコフスキ

 マイクロフォンを買ったけど役に立たない。

 マルチン・ブルチコフスキが「冗談旅行―日本」に出演しているのを見た。1時間前、すでに彼にメールを書いた。最初に日本のトイレについてたくさん話していたが、公園のトイレが無料で1日中開いていることについてはひとこともなかったので。あと「東京での不眠症」がプワシュフで成功を収めていることも書いた。マルチンは番組の司会者にしょっちゅう発言をさえぎられた。おもしろい発言の最中に中断されると腹が立つ。エヴァ・ズジズガもときどきこれをやることがある。

 ミンミンゼミは「七人の侍」で聞こえた。ボシボシツィクツィク[ツクツクボウシのこと]はたくさんいるか? (9/4晩)

2007/09/11 04:15

Skype報告: 通りでセックスしたカップル

 データCDに入ったグリシャムの「Obronca ulicy [原題「The Street Lawyer」]」をコンプで読み始めた。

 ラドムの航空ショーの事故の写真。

 早朝に通りでセックスを始めた若いカップルを防犯カメラがとらえていた。警察が来て記録は取ったが、とくに取り締まりはしなかった。彼らに罰が与えられなかったことに腹を立てている人もいる。でも通りにはだれもいなかったから、だれを不快にしたわけでもない。女が歩道に横たわり足を開いて、男がその上にいた。2人ともズボンをはいていた。すぐにズボンを引っ張り上げて立ち上がった。2人は催し物から帰るところで、酔っぱらっていて、突然ものすごい愛を感じたんだって。自分の部屋かベッドでやればいいのに。日本でもおそらく通りでセックスするのは禁止だろう?(9/3晩)

2007/09/11 04:13

Skype報告: 本、警察国家、日本の発明

 明日、マイクを買いに行く。読めるか? 聞こえるけど、こっちのマイクは作動していない。おまえは話せ、書くな、時間がもったいない。

 夜、下の歯茎が痛かった。数回そういうことがあった。朝イブプロムを買ったけど、飲まなくても大丈夫、いまは少し痛むだけ。

 大型スーパー「リドル」が開店したかどうか、郵便局のBに聞き忘れた。今日、写真を送りに行ったんだよ。Bは「東京での不眠症」を返してくれない。あの本は大成功を収めた。最初Bが読み、そのあと妻が出張に持っていき、それから娘が読み、今はだれが読んでいるのやら。きっと知人のだれかだろう。

 Bに俺のエッセイもどきを持っていった。バルバカンのそばの古い便所のことや聖ミコワイについて俺が書いたことを知ると、どうしても読みたいと言うので。

 Aさんは俺の2000年の日本の日記を読んで大変ほめている。内容を味わって読むためにゆっくり読まなきゃと言っている。絵やいろんな催し物、展覧会や博物館のチケット、遠足のスタンプなどがあって、彼女にも楽しめるのだ。

 いま俺たちが生活している国は警察国家だと、ガゼタ・ヴィボルチャ紙が毎日書いている。ABW(内務保安局)、CBA(反汚職中央局)がしょっちゅうだれかを逮捕し、次々と不祥事を作り出している。それもカチョランド[双子のカチンスキ体制]がもちこたえるためなのだ。2、3人の大臣が金曜日に逮捕された。違法行為に対しても有名人に対しても容赦しないとカチョル[カチンスキ]が言えば、警察の態度もそうなのだ。次に目覚めるときに自宅にいるかどうか、確信できる人はいまやだれもいない。全世界が不安げにこれを見つめているが、むろん俺のような事件にはだれも関心を持たない。あとCBS(操作中央局)というのもある。これはアメリカのFBIに相当する。CBAは双子のカチンスキが自分たちの必要に応じて作った。CBA職員には多くの権限と、ABWやCBSの2倍の給与を与えている。だからCBAは盲目的に指令を実行する。CBA局長は双子のカチンスキの忠実な奴隷だ。

 Aさんに日本の旅の写真をすべて見せた。

 昨日TV4の「ガリレオ」で日本の発明家が考案した役立たずの道具「新道具」あるいは「珍道具」を紹介していた。たとえば使い捨てカメラを8、9台輪っかにして頭にかぶり、同時にすべてのシャッターが切れるようになっているもの。パノラマ写真用。スパゲティー用電池式回転フォーク。電車内で寝るとき頭ががくんと落ちないよう、窓にくっつけるための吸盤が後頭部に鎖で取り付けてあるヘルメット。

 マイクロフォンが壊れているに違いない。「Skypeはあなたの声を見つけられません」という表示が出る。明日は床屋に行くつもりだったがTescoに行ってマイクを買う。(9/3午前)

2007/09/10 18:19

メール報告: ラジオとアンテナ

 いまミハウ・クフィエチンスキ監督の今年製作のいい映画「Jutro idziemy do kina 明日は映画に行こう」を見ている。1938年のこと、3人の友人同士が中等学校卒業試験に合格、1人は士官学校(軍の)に進み、もう1人は騎兵隊に入り、3人目は医大に入学する。屈託のない時代は戦争勃発とともに終わる。だが俺が言いたかったのは別のことだ。そのうち1人の両親の家に、いつだったかバシュトーヴァ[ボグダンの実家]にあったのとまったく同じラジオのアンテナがあるのに気付いたのだ。当時はそれが戦前のものだなんて思いもしなかった。人は何かについて何年も経ってから奇妙な方法で知ることがあるものだ。(9/1晩)

 ラジオじゃなくてアンテナだよ。うちには戦前のラジオはなかった。戦前のラジオを持っている人は少なかった。なぜなら [ドイツによるポーランドの] 占領期にはラジオを持っているだけで死刑か、ましな場合でも強制収容所送りになったからだ。ラジオはドイツ軍に渡さなければならなかった。だから持っている人はほとんどいなかった。その後、発見されにくい特別な構造のラジオが作られた。もしいま戦前のちゃんとした機種を持っていたら、きっと大した値打ち物になっているだろう。

 キャベツにニンニクを入れすぎて味がきついが、ジャガイモと卵といっしょに食べるとおいしい。(9/2晩)

2007/09/05 20:40

メール報告: キャベツ、クルミ、航空事故

 今日はチリメンキャベツを買って、千切りにして煮て、ニンニクを入れた。塩して、胡椒して、バターで炒めたパン粉を足した。昼食にはあと「春の」スープの残りがあったので、キャベツ煮は味見しただけ。明日はもう少し塩とパン粉とニンニクを足さなくては。圧力鍋でジャガイモをゆでるつもりだが、沸騰してから何分ゆでるのだったかもう覚えていない。5分? 7分?

 今日はガキンチョどもがうちの窓の真ん前で長い間騒いでいた。あの家具工場のそばのクルミの木の実をたたき落としていたのだ。透明の筒型パッケージに入ったクルミを以前Hからもらったのがあったので、それを子どもたちに持っていき、ここでわめかないでくれと頼んだ。ガキどもはお礼を言ったが、その後も人間とは思えないほどものすごくわめき続けた。しまいに俺が出ていって、俺の頼みを思い出させてやったら、ようやく立ち去った。(9/1午後)

 いま報道番組「FAKTY」のお知らせで悲惨な事故のニュースを予告している。ここ数日、ラドムの盛大な航空ショーの宣伝をしていた。世界中からパイロットや航空機が参加するのだ。事故が起きた。パイロット2人が死亡。 飛行機が墜落する瞬間を見た。詳しくは19時に。すばらしい人たちなのに気の毒だ。つねに彼らには驚嘆している。(9/1晩)

2007/09/10 18:18

メール報告: 調理法、釣り人、水鳥

 今日はGに電話してキャベツの調理法を聞いた。店でおいしそうなチリメンキャベツを見つけて、Gがときどき昼食においしいキャベツ煮を作っていたことを思い出したのだ。作り方は簡単。キャベツをビゴスを作るときのように刻んで[千切り]ゆでる。少ししたら、ゆでた湯を捨てる(苦いので)。新たに水を少々足し、ニンニクを多めに加え、塩胡椒して蒸し煮にする。同時にパン粉をバターでキツネ色になるまで炒める。炒めたパン粉をやわらかくなったキャベツに混ぜる。ジャガイモを添えて食す。イタダキマス。(8/31夕)

 www.pruscilla.netを見た[イラストレーター大鹿知子さんのWEB絵本]。すてきな物や絵がかなりあった。見るものが相当あるので、これからものぞいてみよう。

 猫がいなくなって少しさびしいが、でもいまはなんて静かなんだ! それに浴室が汚れないし、場所も広くなった。猫たちは部屋中を追いかけっこしてケーブルに引っかかり、何度かWEBカメラを落っことした。

 猛暑はいまのところおさまっているが、9月にはまたしばらく30度くらいになるらしい。あの暴風雨でこちらのバグリに行く途中に倒れていた木はすでに伐られた。通せんぼするように倒れていたので、しばらくは釣り人たちが車で水際まで行くことはないだろうと思っていた。でもそんなことはなく、礼儀知らずたちはそこへ行くために、TBS(あの団地)が植えたきれいな草を車で踏みにじってしまった。

 水鳥たちはもういくぶん数が減ったようだ。遠くに白鳥が見えることはあるが、鴨とオオバンは明らかに少なくなっている。頭がオレンジ色のお客さんは言うまでもない。カイツブリは最近1羽見かけた。

 明日は18度、日曜は22度の予報。大阪も今日は涼しいようだ。そよ風が吹いていたから。(8/31晩)

2007/09/05 20:39

メール報告: 猫の里親

 Kが電話してきて、1時間後くらいにZといっしょに猫を1匹引き取りに来るって。(8/30晩)

 ZとKが予告通りやって来た。俺はAさんを呼んで、全員に飲み物を出し、遊んでいる2匹の猫をみんなで観察した。ZはKに2匹とも引き取ろうよと耳打ちしたが、Kはきっぱり否定していた。養子縁組に際してきょうだいを引き離すのは大変好ましくないねと俺が言うと、問題はうちには犬が2匹いることなのよとKが答えた。それで俺は、明らかに猫を差別している、犬は2匹でいてもいいのに猫はだめだなんて、と言ってやった。Zはうなずいていたが、Kは、それなら1匹も引き取らずに帰ることになるわよと言う。それで俺は彼女に無理強いするのはやめ、せめて1匹でも新しい家に行くことで満足した。帰る際、Kはかごに猫を2匹とも入れるよう命じて車に乗せた。そのかわり彼らは我々からもう1つのかご(自分たちのかごを1つ持ってきていたのだ)と、食べ物のストックと、木材製砂とトイレを受け取った。2匹の猫の健康手帳も。いま俺は大いに満足している。Aさんもだ。(8/30晩)

2007/09/05 20:39

メール報告: 続・グダンスク湾のクジラ

 昨日ふたたびグダンスク湾のクジラのことを放映していた。このクジラは大きさでシロナガスクジラに次ぐナガスクジラだということがすでにわかっている。でもこの個体はこの種としては小さめで12メートル(若いのか?)。バルト海で餌を見つけるのはかなり難しいとはいえ、なんとかやっていけるかもしれないそうだ。海の哺乳動物の専門家はこれを、私たちに与えられたパンがこなごなで絨毯にまき散らされている状態にたとえた。つまり、ここにはプランクトンがいることはいるが、海の中に小さな群れで散らばっているのだ。ネズミイルカ(バルト海のイルカ)に習えば、つましくささやかながら食べることはできる。

 労働局から電車で帰る途中、車窓から白鳥が見えた。正確に数えることはできなかったが、ヒナが4、5羽いた。5羽より多くはない。

 午後、Aさんが猫を見に来たのでコーヒーを淹れてあげて、あの大きなアルバムの写真を見ながらしばらく過ごした。あいにくP夫妻からの返事を待つ間もなく、別の友人PがSkypeで話しかけてきたが、ご存じの理由でしゃべることはできなかった。Skypeのテクストでマイクロフォンが壊れてることを彼に知らせたので、事情はわかっている。彼はすでに2度新しいマイクロフォンを店で買ったが役に立たないと書いてきた。

 いまイチゴ・シロップ入りの紅茶を飲んでいる。何のシロップ抜きの紅茶を飲む?(8/30夕)

2007/09/05 20:38

メール報告: 砂漠のジョーク

 Kはまだ電話してこないが、もしZが承諾すれば、猫のうち1匹は本当にいいうちを持てるだろう。(8/29晩)

〈砂漠のジョーク〉
 サハラ砂漠を海水パンツ姿でタオルを持った男があえぎながら歩いている。ラクダに乗った遊牧民たちに出会い、男はこう訊ねる。
「海までは遠いのか?」
「800キロメートル」遊牧民が言う。
男はさらに歩いていき、ふと見ると、そこにソーダ水の入った手押し車を持つ別の男が立っている。
「水を売ってるんですか?」
「そうです、どれを差し上げましょう? キイチゴ・シロップ入り? スグリ・シロップ入り?」
「いや、いや、シロップなしでお願いします」
「でもキイチゴ・シロップなしで? スグリ・シロップなしで?」
(8/29晩)

2007/09/05 20:38

メール報告: 営業認可、ギリシャの火災

 今日は明らかに涼しい。夜は9度しかなく、今朝8時には12度だった。シャツ1枚で十分気持ちがいい。

 大阪の世界陸上選手権のTV中継で、スタジアムは釜の中みたい蒸し暑く、選手たちには厳しいですね、と繰り返し言っていた。

 猫の件でいましがたK.P.に電話した。Zと話してから折り返し掛けてくることになっている。引き取ってくれるかも。

 タクシーの営業認可取り消しの件で2通目の通知が来た。半年以上営業運転しないと認可が取り消されるのだ。最初の通知をもらったあと、すでに認可は取り消されたのだと思っていたが、どうやらだれかを自動的に不当に扱いたくはないようだ。というのも2通目の通知に、俺はまだ理由を述べて撤回することができる等々と書かれているのだ。官僚主義的で無情な役所もあれば、この「車両および運転手登録部」のように、きちんとしようとしている役所もある。

 もう1通の通知は俺の弁護士からで、審理の期日のお知らせと、共通の弁護方針を決めるため事務所にお越しくださいという内容だった。月曜日以降に電話しよう。

 ギリシャでは大惨事。放火の結果、広大な森が燃えている。宇宙から撮影した写真を見た。ペロポネソス半島上空に巨大な煙の筋が見える。警察は放火犯を特定する情報に対し、100万ユーロを割り当てた。複数のアテネの住民が、車から火炎瓶を投げる男を見たと言っている。

 オーストリアでは衝撃が走っている。19歳の男が49歳の男性の同居人を殺して食べようとしたのだ。実際、脳と、腸の一部を食べた。似たような事件がドイツで1、2年前にあった。(8/29夕)

2007/08/31 19:02

メール報告: 写真、タイル職人

 昼食後、Aさんが猫を見に来た。さしあたりインターネットに猫の飼い主募集のお知らせを流したところ。俺はHを通して、バルヴァウドのAおばちゃんに健康な猫はほしくないかと訊いてみた。おばちゃんはあまりほしくないそうだが、俺が送った写真にとても感謝し、大変感動していたそうだ。Hはいかに自分が太っているかをあの写真で見てぞっとしている。そんなの気にするなと言ってやったのだがだめだった。

 HたちにAさんから聞いたタイル職人の電話番号を教えてあげた。Hたちはバシュトーヴァ通りの住居でひどく困ったことがある。あの浴室の「専門職人たち」が工事をしたあと、ずっとお隣に水が漏れているのだ。こうなると浴室全体を解体して水漏れ箇所を見つけないといけない。すでに解体を始めたのだが、Hたちにはそれをすばやくきれいに戻せる人がいない。専門職人はみんなヨーロッパに出ていってしまい、残った「専門職人たち」は仕事を台無しにするばかりだ。Aさんのところに猫を見に行ったとき浴室を見たので、いい仕事だということはわかっている。

 Hたちにはあと数日間バカンスに行っている知人がいてよかった。その知人宅に一時引っ越すことができる。バシュトーヴァにはいま住むことができない。風呂に入れないし、洗えないし、うんちもおしっこもできないから。それにほこりだらけだ。壁が取り壊されていて、悪夢だ。(8/28晩)

2007/08/31 19:01

メール報告: 世界陸上、猫の区別とトイレ

 大阪の世界陸上選手権を見ている。シドニーでのハンマー投げの金メダリスト、シモン・ジュウコフスキは調子がいいようだ。コウジ・ムロフシが投擲地に入るたびに大喝采が起こる。解説者が述べたように、コウジはジュウコフスキと仲が良く、互いに尊敬しあっている。こうしたポーランドと日本の友好は相当あるようだ。

 猫の区別がつくようになった。1匹はいくぶん大きくて、より大胆だ。また緑がかった灰色の地にはっきりした黒っぽい斑点模様がある。もう1匹はそれより小さくて臆病で(俺に対して。互いにけんかするときは怒って鼻を鳴らしたりうなったりする)、それほどはっきりしない黒っぽい斑点がある。ただどちらが女の子なのかはわからない。いずれにせよ彼女にはプチャ、彼にはプテク、プティネクという名前を仮押さえした。(8/27午後)

 猫たちは俺の古い運動靴と、靴置きにしているコーデュロイの布が気に入った。長い間匂いを嗅いだすえ、運動靴をどかしてその布の上に寝そべっている。彼らが靴におしっこをしないよう、俺は熱心に観察していた。が、しなかった。ただそこに居座っているだけだ。労働局から帰宅した後、あの木材製砂[猫のトイレ用]を全部捨てて、バットの中に自分流に新聞紙の敷物を作った。その理由は、部屋中におがくずのかけらが散らばるからだ。ゴミ捨ての問題でも俺のシステムがいちばん優れていることがわかった。ゴム手袋で丸めて、ポリ袋に入れ、ゴミバケツへ。あの砂は散らばるし臭うし、シャベルですくったり等々、面倒ばかりだ。新聞紙2枚をやぶって丸めるほうがいい。猫たちも満足だし、家の中が汚れない。夕食後は猫を浴室に閉じこめる。猫たちはそこで静かにしている。昼食後も同じ。猫がひと眠りすると(今日は俺も昼寝した)部屋に出してやる。(8/27晩)

2007/08/31 19:01

メール報告: 早起きして労働局に行く

 マイクロフォンには何か調節装置が付いているけど全然効かないよ。昨日Jと話したら、こうした機器にはそういう故障がよくあるから、マイクロフォン自体が壊れた可能性があると彼は言っている。もう一度ドライバをインストールし直してみようかな。

 労働局に行って来た。もちろん、俺は朝5:30起床を罰せられるはめになった。マイクロバスが局に着くと、入り口にはほんの少ししか人がいなかったので喜んだ。だがまもなく、月曜日は9:15から受け付け開始だということがわかった。むろんそのことは新聞には書いてなかったし、ラジオでも言っていない。それを女性職員に指摘すると、彼女は、局の入り口にお知らせが張ってあるじゃないのと答えた。そう、そのことを知るためにはこの町はずれまで到着して(早すぎ)、みずからの不幸でもって学ばねばならないのだ。これはあの故障中のエレベーターのジョークに似ている。故障していないエレベーターは隣の棟にあります。

 しかしそこに着いたのが早すぎたことにはプラスの面もあった。通常だったら2度、列に並ぶ。1度は登録用紙をもらうため、2度目はあらかじめ用紙に記入したあと登録するためだ。以前はあまりに混雑していたので、俺は用紙をもらっていったん帰宅し、うちでゆっくり記入していた。翌日もう一度出かけ、用紙と必要書類一式をたずさえ2度目の行列に並んだものだ。

 だが今日は長時間待たされると思い、息子と来ていたある女の人とおしゃべりを始めた。しばらくして俺が何のために来たのかを知ると(おしゃべり!)、女の人は俺に近づき、用紙がほしいかと訊いた。彼女の息子がゴミ箱の中に、ちょっと折れて湿った2枚の白紙の用紙を見つけたのだった。むろん俺はその1枚をもらい、時間が余っていたから、そこで記入を済ませた。その結果、たったの1日で、1度短い列に並んだだけ、いや並びもしなかった。2番のボックスでは俺が最初だったのだ。(8/27昼)

2007/08/31 19:00

メール報告: 続・猫、続・マイク、約束

 もちろんこの猫たちが好きだが、ずっとうちにいてほしいとは思わない。明日の朝、たとえば俺は労働局に行くつもりなのだが、そのあいだ彼らがここで何をやらかすかといまから心配だ。

 今日はうちのマイクロフォンを調べる機会があった。Kが電話してきたのだ。彼女はSkypeを持っているから、ちょっとこっちにつないでみてくれと頼んだ。彼女は自分の娘のBをコンプからどけた。我々はお互いの姿が見えたが、Mとのときと同様、俺は彼女の声が聞こえるけど、彼女には俺の声が聞こえなかった。その様子はおかしかった。だってSkypeを使っているのに、理解し合うため同時に電話の受話器を耳にくっつけていたんだから。

 何がどうなっているのかわからないが、コンプのMは現れない。忘れたのかもしれない。ここの人たちはひどいからな、いつも同じだ。約束しておきながらやって来ない。やって来るのは何かがすごく必要になったときだけだ。たとえばお金が。そのときだけはなぜか忘れないんだな。

 追伸、Kが言うには、足の腫れは循環器系の病気の症状だって。(8/26晩)

2007/08/30 18:24

メール報告: 2匹の仔猫

 困った。どうしていいかわからない。実際いまはあまり猫はほしくないことはわかっているんだけど、その一方俺はいつだって猫が好きだった。Aさんはそのことを知っていて、だから今日うちのドアをノックして、仔猫はほしくないかと訊いたのだ。彼女のところに2匹迷い込んできたのだ。俺は午後まで考える時間をくれと頼んだ。長い間そのことだけを考え、考えながら2時間寝て、結局いま猫を飼うことはできないと思った。その知らせをたずさえてAさんのドアをノックしたら、彼女は俺を中に通し、かごの中に寝ている2匹の小さな縞猫を見せた(少し成長している)。雌と雄がいて選べる。猫を見たら、また、月曜まで考える時間をくれと頼んだ。月曜日の朝、答えることになっている。どうしたらいいか言ってくれ。(8/25午後)

 その猫はすでにどこかのうちにいたに違いない。トイレを使うことができるから。Aさんちのあの大きな猫は、この2匹の仔猫が嫌いで噛みつこうとする。さしあたり2匹のかごをうちの浴室に入れておくことに同意した。いまAさんは2匹を検査と寄生虫駆除のため獣医に連れていっている。戻ってきたら彼らを連れてきて餌をくれることになっている。トイレ用の容器もくれるといいと思う。俺が持っていたのは、かつてのうちの物置を掃除したときに捨ててしまったから。

 俺が猫を引き取らなければ、インターネットで2匹の猫のうちを探すことになるだろう。Aさんが仔猫の検査の件を引き受けてくれてよかった。いまのところはうちにいるといい、ただあんまり情がわきすぎないといいが。Aさんは猫を収容所に渡そうと思って、そこに電話したんだが、いまそこでは何かの伝染病が流行っていると言われた。しかし引き取り手が見つからない場合は、そこに引き渡すしかないだろう。(8/25夕)

 獣医さんのところで寄生虫駆除がすみ、2匹の仔猫とかごとトイレと餌と餌入れはすでにうちにある。30分後に最初の餌をやる。それより前には寄生虫駆除剤のせいでやることができなかったのだ。雄も雌も元気。見た目がそっくりなので、いまのところどっちがどっちかわからない。双子。彼らの家探しがあまり長くならないといいと思う。さしあたりお金はかからない。Aさんが缶詰の餌と袋入りドライフードのストックをたくさんくれたから。2匹が浴室のマットに寝ているところを写真に撮った。(8/25晩)

2007/08/30 18:23

メール報告: マイクロフォン、被害、国境

 その雷雨の間、インターネットのケーブルは抜かなかったけれども、コンピューターとスピーカーとモニターなどのプラグをテーブルタップのコンセントからすべて抜いた。で、いまは動いているのだが、すでにトラブル発生。MとSkypeをつないでみたが、彼女にはこちらの声が聞こえなかった。俺には向こうが聞こえるし見えるのだが、彼女には俺が見えるだけ(カメラは作動する)。何が起きたのかわからない。マイクロフォンのプラグを確かめたが、全部OKだ。ひょっとしたらMのスピーカーがオフになっていたのかな? まったくわからない。ただうちのコンピューターにはしょっちゅう何か悪いことが起きるというのは確かだ。(8/24夕)

 テスコに行く途中のコズウヴェク団地で、折れた樹木が車10台を壊した。メディアは、雷雨が真夜中だったのは幸運だったと言っている。雷雨のあった地域全体で大変多くの損害が出ているが人的被害はなかった。

 来年1月1日からポーランドはシェンゲン協定に加わる(シェンゲンは30年前にその協定が結ばれたオランダの都市)。つまりそれは、事実上「旧」EU諸国との国境と検査が消えることを意味する。たとえばドイツに行くのに、いかなる身分証明書も要らなくなる。もちろん念のため身分証明書は持っていくのだけど、車で行く場合、実際には国境で警備員(彼らは今後もそこにいる)に「こんにちは」と言うだけでよくなる。列車では国境を越えたことにも気付かないだろう。

 追伸、ただ残念なのは、それが俺が若かったときではなく今になってそうなるということだ。我々には行くことができなかったあちらを旅してみたくてたまらなかったものだ。(8/24晩)

2007/08/30 18:23

メール報告: 黒い突風

 夜中にここでは「黒い突風」が吹いた。ベルリンの壁の下にトンネルを掘るというドイツの映画を見ていたとき、風が吹き始め、しだいに強まった。あまりに騒がしかったので、しょっちゅうテレビの音を大きくしなければならなかった。窓の外をのぞくと、コスモスとヒマワリとクルミの木が強風にもまれているのが見えた。何かのブリキ板がばたばたいうのが聞こえた。雷雨になり、雷はごく近かった。最後に(予期していたことだが)すべてが消えた。停電したのだ。ロウソクを灯し、風音と雷鳴を伴奏にヨルカ[クロスワードパズルの一種]を解いていた。1時間以上経って電気が通じたので、それから古いポーランドの犯罪映画を朝4時まで見た。

 朝9時頃、古い運動靴に苦労して足を突っこみ、家を出た。庭はすでに荒れ果てていた。あの背の高いコスモスとヒマワリの一部は地面に横たわっていた。不思議なことにいちばん背の高いヒマワリたちは立っていたが、どうにもならない。花をもぎとられているのだ。郵便局、店、薬局に行った。途中、駅前通りで、大きなポプラの一部が折れて車道に転がっているのを見た。残念ながらカメラを持っていなかった。猛暑のせいでポケットのある服を着ていないため。クラクフ市内では車は折れた木の間を縫って走らなければならない、とラジオで言っていた。(8/24午前)

2007/08/30 18:22

メール報告: 運動靴、白鳥、巨大コスモス

 今朝、ラジオで、マズーリ地方で行方不明になっていた人のうち1人が無事に見つかったと言っていた。あとの8人についてはまだ何もわからない。

 買い物に出かける前、戸棚から去年の伸びきった運動靴をひっぱりださなきゃならなかった。昨晩に比べたら腫れは少しひいたのだが、7月に買ったやつには足が入らなかったから。

 バグリではめずらしくこちら側で白鳥を見かけた。でも親鳥だけ。池の側から葦の中で餌を探していたので、ヒナたちが葦の草むら深く入り込んでいたのか、親と別々に泳いでいたのかはわからない。

 コスモスのうち何本かはもう俺より背が高い。こんなに大きいのはどこにもなかった。昨日は2人の女性が立ち止まり、びっくりしてこの巨大コスモスを見ていた。もしかしたらこの人たちもコスモスを育てていて、でもこんなのは見たことがなかったのかもしれない。種の袋には約1.40mに育つとは書いてあったが、1.90mじゃなかった。(8/23午前)

 昼、郵便配達が起訴状と9月25日の審理への召喚状を持ってきた。

 もちろん写真はとっくにバルヴァウドに送った。ついでの折に届いたかどうか確かめよう。H宛ての写真はもう分けてあるので何かの折に渡そう。(8/23午後)

2007/08/28 01:53

メール報告: ネズミ、白い突風、稲妻、闘牛

 お昼にモグラに関するドキュメントを見た。ネズミモグラはあのギリシャの島に住んでいることがわかった。今回は通路を掘っているところを見た。そこにはトゲのあるハツカネズミもいて(トゲは見えなかった)、これは蝉を捕る。昨日は別のハツカネズミを見た。やはり穀粒を集めるだけでは満足せず、肉食なのだ。彼らは狩りのとき、ライオンみたいに行動する。

 暑い。昨日と昨夜は雷雨だった。月曜からは涼しくなるようだ。明日は32度。(8/22夕)

 昨日(火曜日)、マズーリ地方の湖上を突風が吹き抜け、100隻以上のヨットが転覆した。一部は湖底に沈んだ。4人が死亡(子供を含む)、9人が依然行方不明で捜索中。もし助かっていなければ、犠牲者は13人になる。こうした突然の暴風を「白い突風」と呼ぶ。テレビで見たので、なぜそう呼ぶのかがわかった。その風が吹くとき、風とともに白い霧の筋が進んでいくのだ。波は海の波よりは短いが高い。帆のないヨットがひっくり返る様子を見た。風は、港に停泊していたヨットのマストさえ折ってしまった。現地の住民やベテランのヨット乗りたちは、こんなひどい白い突風は初めて見たと言っていた。

 そうだ、突風、竜巻と来て、ワルシャワでは数十分間休みなく雨も降らずに花火みたいな見せ物――四方八方にひっきりなしに稲妻が見えた。

 いましがたテレビで沖縄の闘牛を見た。そこでは牛は人間とではなく、互いに1対1で戦い、その後、殺されることはない。片方の牛がもう戦いはたくさんだと逃げだしたら、もう片方の牛が追いかけないように人々が引き留めた。これは夜の「テレエクスプレス」で放映していた。

 両足がすごく腫れて、明日靴が履けるかどうかわからない。(8/22晩)

2007/08/28 01:52

メール報告: 映画「至福のとき[幸福時光]」

 今晩、中国のチャン・イーモウ[張芸謀]監督のおもしろいコメディドラマ「至福のとき[幸福時光]」を見た。今日の色鮮やかな中国の大都市が舞台だが、ストーリーはそこのプワシュフ[ボグダンが住んでいるクラクフの郊外]みたいなところで展開する。

 初老の男が新聞広告で結婚相手を募集、現れたでっぷりした候補者には、太った息子と痩せた盲目の義理の娘がいる。娘の父親は出稼ぎに出かけたままで、継母は彼女に(おとぎ話さながら)つらく当たっている。主人公は婚約者に、自分はホテルのオーナーだと吹き込む。実は友人とともに古いバスを赤く塗って、その車内に時間貸しの「愛の部屋」を開業するのだ。そのバスはこれまでだれのものでもなく、ときどき若いカップルが使っていたのだった。「ビジネスマン」たちはそれで稼ごうと目論んだのである。

 しかし1元も稼ぐ間もなく、翌朝、社長が盲目の娘を仕事に連れてくると(継母は彼女を家から追い出したがっている)、クレーンが「彼の」バスを撤去しているではないか。娘は車内を掃除して給料をもらうはずだった。今度は娘のためにマッサージ・サロンを思いつく。彼女は盲人としてマッサージの講習を受けていたのだ。古い工場跡に「サロン」を開業、「お客」は主人公の友人知人ばかりで、教授やエンジニアのふりをして彼女にチップを与える。そのチップ用のお金は「オーナー」自身が彼らに渡しているのだが、お金が尽きると、紙切れの偽札を彼女に渡す。すべては妻候補者に、自分は才覚に富んだ実業家であると思わせるためなのだ。

 もちろん最後に状況は紛糾し、「ビジネスマン」は入院、娘は別れの言葉を録音したカセットを残して去っていく。カセットの中で彼女は言う。彼女はその罪のないインチキを知っていたし、自分の役割を演じていたのだと。そして、彼らとともに過ごし、だれもが彼女のことを気にかけてくれた(この親切なけちん坊は彼女にささやかなワンピースさえ買ってあげたのだ)時は、彼女の人生のなかでもっともすばらしかったと。とても感動的な瞬間がたびたびあり、ときどき笑っては涙が出た。(8/21午前)

2007/08/26 01:20

メール報告: 再起動、旅客機、バレーボール

 俺のコンプに昨日おもしろい現象が起きた。いつものトランプ・ゲームをやっているとき、いまか、あるいはあとで再起動しますかとコンプが訊いたのだ。同意をクリックしたら、コンプが再起動の手続きをし、その後勝手にシステムを更新した。そのあとで、たぶんまたアンチウイルスが現れ(デスクトップにアイコンはないが)、メディア・プレーヤーが現れたので、また動画が見られるようになった。

 いましがた大喜びでクロサワの傑作「七人の侍」を観た。ただしポーランド語字幕はなし。日本語に英語字幕のみ。あと「隠し砦の三悪人」とナントカ監督の「トロイ」がある。(8/19夕)

 コンプにはメディア・プレーヤーもアンチウイルスもあるが、またもやすごくゆっくり動く。

 正午のニュースで見たのだが、台湾からの中国人観光客はなんて幸運だったんだろう。台湾から沖縄への航路を無事に飛んだ旅客機が、那覇に着陸直後、炎上したのだ。全員が逃げおおせた。旅客機がすでに炎に包まれていたとき、後方のドアから人々が緊急シューターを使って滑り降りるのを見た。左側のエンジンが燃えたのが着陸してからで良かった。

 こちらはかなり暖かくむしむししている。雨になるかもしれない。(8/20昼)

 大阪でのバレーボール選手権で日本の大会主催者たちの行動には、少々当惑し、驚いている。ポーランドの女子バレーボール選手たちはすばらしくうまくやった(この競技会に勝利したと思う)のに、主催者らは意地悪くも電源を切ったりした。彼らは協議の試みには応えず、知らんぷりを決め込んだ。選手たちは世界連盟に訴えた。でも俺は驚いている。だってこんなのはスポーツ精神にもとるし、日本らしくない。電源を切ったというのはコートでではなく、いろいろな機器やインターネットなどの接続のことだ。日本人(大阪人)が恥ずかしい。(8/20晩)

2007/08/26 01:20

メール報告: 野菜スープ、ブディン、雨

 いましがたM(彼からコンプを買った)に電話した。昨日、コンプが危険という警告が出たのだ。もうアンチウイルスもないし、動画も見られず、カメラは室内でしか動かない。Mはいま休暇中なので、1週間後に戻ってきたら何とかしよう。今日は少し涼しい。(8/17午前)

 アンチウイルスが消えたのも含めて、すべての奇蹟はDがコンプを調整したあとに起こった。JはDのほうがコンピューターのことはよく知っていると思っていて何でも彼に訊き、Dがいじくりまわすのだが、その後いつだって何か面倒がもちあがる。俺はもう彼らの助けは欲しくない。Dは実際、理解しているのだけど、まだ若いし、いつだって何かしくじる。

 冷凍野菜でスープを2度作った。1度目はカリフラワーので、今日は「おばあちゃんのスープ」で、これもカリフラワー入りだが、ニンジンのほか、芽キャベツも入っている。生地を落として作る、よりおいしいすいとんの作り方を覚えた。今日は小さい卵を2個(大きい卵とケーキを売っている店は夏期休暇中)入れて、水はほとんど加えずに濃い生地を作り、塩胡椒した。すいとんはとってもうまい! スープも。(8/17晩)

 昨日、トフィ味のブディンを作った。牛乳もまだ傷んでなかった! 

 夜中に雨が降り、今朝は買い物帰りにカメラを持って水辺に行ってみたが、ずっと遠くに白鳥の親が1羽見えただけだった。湿っていて、新鮮で、鳥たちがさえずり、気持ちよかった。(8/18午前)

 がっかりしている。今年は1つもマンゴーが芽を出さなかった。去年のチャンスを無駄にしてしまった。庭は夜の雨で右側のコスモスが地面に倒れた。残っているのは窓のすぐそばのだけだが、おかしなことにすごく密集していて背が高い(俺の身長くらい)のに、花はちらほらで、窓からは3輪しか見えない。ヒマワリの半分はもぎ取られ、庭はみすぼらしく見える。ここにはこういう人たちが住んでいるから、チャメルは酔っぱらうと周囲すべてに当たり散らすわけだ。この礼儀知らずな仕業にはうんざりだ。(8/18晩)

2007/08/25 00:20

メール報告: ネット不通、地震、冷蔵庫、庭

 火曜日の昼にM [インターネットをルーターで共有している2階の住人] がケータイから電話してきて、彼女の電話が故障したためインターネットがつながらなくなると言った。で、チャメルの場合いつものことだが週末みたいなものだった。というのも水曜は2重の祝日、ポーランド軍の日と聖母マリア被昇天祭だったからだ。

 ワルシャワでは軍隊パレードがあり、1920年の「ヴィスワ河畔の奇蹟」を思い起こし、[有名な聖母像がある聖地]チェンストホーヴァには巡礼者の大群が押し寄せた。いっぽう俺は「世界への窓」なしでうちにいた。だってこの国じゃ、たとえ普段の日曜だって、こんな用件にはだれひとり指1本動かさないんだから。そしたらまた昼にMから電話で、もうつながったよ、って! 30分前に電話してきたときには、いつつながるのかわからないと謝っていたんだけど。

 今朝、東京でかなりの地震があったと言っていたが、大丈夫か? 正午のニュースでは、やはり地震があり、多くの犠牲者が出た、ペルーの街の惨状を伝えていた。(8/16昼)

 こちらも暑くて30度あった。昨晩、梨を食べ、今日バナナ1本をマンゴー・ヨーグルトといっしょに食べた。あと2本残っていて、まったく傷んでいない。おばちゃんからもらったケーキは2、3日前に食べ終えた。イチゴ・ケーキはようやく月曜日に食べ終わった。この冷蔵庫はいい冷蔵庫だ。

 「シンガポール…」は読み終え、いまはアンデルマンを読んでいる。

 今朝、庭に出て、もぎ取られて傾いたヒマワリと倒れたコスモスの写真を撮った。コスモスは雨で倒れたのではなく、傾いたヒマワリの1本が倒したのだとわかった。窓際の助かったコスモスが咲きだした。密集していて背が高い。

 絵を描くことを考えたが、あのバカげた審理が終わらぬうちは、テーマを考えることもできないので、筆を執ることなど無理。(8/16晩)

2007/08/16 21:48

メール報告: 名簿、大雨、コンプ不調、鯨

 メールが中断してごめん。でも、JとDが「修理」してくれたあと、コンプ[パソコン]に手を焼いている。コンプにはだれか別の人を呼ばなくては。(8/10早朝)

 インターネットの勾留者名簿(www.internowani.pl - wiォzieni w Zalezu)に俺が載っているが、そこではだれも俺の逃亡に言及していない。それで抗議文を書いた。なぜかというと、最近テレビで、連帯の英雄たちが当時いかに拘置所から逃亡したかという番組が放映されたからだ。だが、彼らとともに彼らのせいで拘置所に入っていた我々一般人については、だれひとりとして触れもしない。(8/11早朝)

 その名簿にいらだったのは、その前にテレビでその番組を見たからだ。そのなかでは、連帯の活動家らのみによって、数人の逃亡者だけが唯一のものとして言及されていたのだ。いつだって彼らは自分たちがいかに堪え忍んだかを自画自賛する。その「抗議文」はもちろん説明の形で書いた。

 ここではこの2日間、1日に2、3回ずつ大雨が降り、ヒマワリはうなだれてしまった。水が多すぎるのが嫌なのだ。白い上着と白いズボンは、昨日、駅前通りから戻る途中に降られて濡れたままだ。(8/13深夜)

 コンプはカメラを動かす能力を失ってしまい、短い動画を見ることもできない。メールを書くことはできるようになった。(8/13深夜)

 グダニスク湾に12メートルの鯨が現れた。残念ながらこの海にはこうした哺乳類用の食料がないため、餓死の危険がある。鯨はすてきなのに、そうなったらかわいそうだ。(8/13深夜)

2007/08/12 22:54

メール報告: 日本語講習、沖縄、広島

 もちろん日本語講習をあきらめるつもりはない。だって我々はいつも計画を実行しようとしてきたじゃないか。あらゆる不幸にもかかわらず、俺は自分なりのやり方で頑固にやっていくぞ。裁判所、警察、検事局とも自分なりの方法で戦うぞ。(8/5晩)

 いましがた、2人の女性アーティスト[Anchang Project]にときどき坂本さんが伴奏に加わる、すばらしい歌が録音されたカセットを聴いた。なんて美しく感動的なんだろう、すごい。とくに、そこには典型的な沖縄のアクセントが聞こえるんだ。すばらしい!!!!!(8/5夜中)

 広島原爆投下62周年のことで、Kさん[広島在住の友人]に手紙を書きたいと思っていたんだけど、やっぱり忘れてしまった。チャメルがアメリカの野蛮な行為を憶えていることをKさんに知っていてほしいんだ。無骨者の俺だが、原爆の結果とあの病んだり苦しんだりした犠牲者を見ると、いつも目に涙が浮かぶ。それだけだ。こんなことは話すのもいやなくらい。なぜなら俺にとって、とてもとてもつらいことだから。俺に代わってKさんに書いてくれ。(8/7夜)

2007/08/06 22:03

メール報告: 不運の始まり

 Pが出発するやいなや不運が始まる。いましがた郵便配達が、検事局によって裁判所に起訴状が渡されたことに関する通知を持ってきた。いらいらしたがこれは何かの誤解だと思い、あの婦人警官に電話してみると、彼女は平然として、静寂妨害の違法行為とその罰金100ズウォティの1件と、警察官をひげ剃り用T字カミソリで攻撃した犯罪行為は別件であると告げた。というわけで全然良くない。飲みに行く。(8/3昼)

 この問題全体のキモはアルコールではなく、「自由な」ポーランドにおける無法状態である。(8/4晩)

 うちのガレージが何の補償もなく取り壊されることがわかった。またしても頭と懐にガツンと一発だ。もうガレージの賃貸し収入で銀行ローンの支払いをすることはできなくなる。(8/4夜)

 Hはその役所の通知をバルヴァウドに行く前に受け取っていたのだが、それについて忘れていて、後になってから俺に言った。Z[この人のガレージと庭も取り壊される]が自分の抗議文(居住者全員が7日間以内に書くことができた)とあらゆる法的条項の複写をくれることになっている。どうやらうちのガレージの借り手は俺よりも取り壊しのことをよく知っていたようだ。それで8月分までしか払わなかったのではないかと思う。どうして人はこんなに意地悪なんだろう、どうして何も言わないのか? 「8月分まで払いますよ、その後あなたのガレージは取り壊しになりますから」と言えばいいじゃないか。Zの庭とガレージも取り壊されることになっていて彼は怒っているが、彼の「ブリキ板」は解体して別の場所に建てることができる(ただどこに?)。うちの窓の真向かいの会社は11月30日までに引っ越すことになっていると、従業員のGが言っていた。そこの会社の騒音も、これからうちの窓のすぐそばに建つ2棟の団地居住者の子どもの叫び声と犬の吠え声に比べたら何でもない。さしあたり我々はただ抗議するのみ、だがそれも建設を数か月遅らせる以外には何もできないだろう。(8/5朝)

2007/08/06 22:08

お知らせ

7月中のボグダンの様子は、ナガミミヨザル2号のシバタのブログ「いったりきたり日記」http://geocities.yahoo.co.jp/gl/nagamimi_2をご参照ください。

2007/06/28 02:03

電話報告: 掃除、検事局、EUREKA

 あと、掃除機かけて、シーツとふとんカバーを替えなきゃ。窓ふきをした。洗濯機の上を拭いた。明日は検事局に行くのだが、ポドグジェ地区の検事局なのに、場所はフタだ。フタであちこち探すのはいやだから、行きはタクシーで行って、帰りはゆっくり。出かけるのにはいていくちゃんとしたズボンを探さなくては。ベルトを買いに行く暇がない。

 青山真治監督の映画「EUREKA」、セピア色のぼやけた映像で、話の筋とは関係ないけど、登場人物が台所で何を持って何をしているのかがよく見えなくていらいらした。日本人には自明のことなのかもしれないが。

 金曜の午後6時か7時頃、Hのところに行こう。そのまえにうちを出て、クラクフの街を見よう。(6/27晩)

2007/06/24 01:56

電話報告: パソコン、警察官に殴られる

 1週間後にコンピューターが来ることになった。いま見つくろってくれている。400ズウォティだと言ってる。

 [18日、ボグダンが大音量で音楽をかけていたら近所の人が警察に通報したらしく、いきなり警察官がやってきてボグダンに手錠を掛けようとした。抵抗したら6人の警察官に寄ってたかって殴られた] 最初トラ箱に連れて行かれ、それから警察に行き、そこから法医学検査に回されたが、警察からの指示書がないと診断できないと言われた。警察が殴ったんだから指示書なんか出してくれるわけがない。しかも俺が6人の警官をひげ剃り用カミソリで攻撃したことにされてしまった。バカバカしい。なんでおじさん1人に対して、トレーニングを積んだ屈強な若者6人が殴りかかる必要があるんだ? 青あざになったし、歯もグラグラだ。最初、女性警官が、俺が検事局に出頭する日を21日と書こうとしたが、別の警官がゴソゴソ耳打ちして28日に延期させた。28日まで待てば青あざが消えると踏んだのだ。

 28日に検事局で事情を話して、検事局がこの件を裁判所の審理に持ち込むかどうかを決める。もし裁判になったら、俺が酒を飲まず、攻撃的になったことは一度もないってことをAが証言してくれる。これがなかったら28日朝はクレパシュ[市場]に行って、梨やイチゴを買うつもりだったのになあ。またマンゴーを植えた。(6/21晩)

2007/06/17 01:33

電話報告: 暑い、電話、黒猫、節約、像

 いま暑くて、ドアをゆっくり閉める油圧式の器械[日本語でなんていうの?]の油が柔らかくなり、ドアがバタンと閉まってうるさいので、掛けがねでとめてドアを開け放してあるのに、わざと掛けがねをはずす人がいる。今日見たら掛けがね自体がもぎ取られていた。はずしたのはおそらくAさんだと思う。友人との笑い声が聞こえたから。いい人だと思っていたのにがっかりだ。

 プニャはサザエを食べたことがあるか? 本に伊豆の名物と書いてある。

 金曜日、昼寝する前に電話をはずしておいたら、その間にPaが電話してきていた。留守電[電話局でメッセージをあずかるサービス]を聞いて、Paのケータイにかけたら番号が変わっていてかからないので、Gのうちにかけて、GからPaのケータイにかけてもらった。

 昨日はアメリカにいるMから電話があったが、2言3言で切れた。そのあとケータイメールで「カードが切れた」と書いてきた。自分のカードがどのくらい残っているのか、ポーランドにかけるのに足りるかどうかもわからないのだろうか?

 うちにいる黒猫は隣の猫だとWが教えてくれた。隣のおばあさんが車にはねられて入院中で餌をもらえないからうちに来るのだという。灰色の猫はどうしたのかとWに訊いたら、灰色のは別の近所の人の猫だそうだ。黒はうちの庭にも来るので餌をやっている。よく馴れている。

 チャメルは節約の王様だ。隣のうちは水道代2か月分100ズウォティくらいだが、チャメルは8.80ズウォティ。この家[10世帯が暮らしている]では最低額。

 昨日水辺でホシハジロのつがいを見た。

 日曜日にクラクフ市制750周年の一連の記念行事が終わった。ライコニク[馬をかたどったスカートのようなものをはいて騎手に扮した男]が踊った。これはタタールに対する勝利を祝って。

 バシュトーヴァ通りからアスニカ通りに曲がるところの緑地帯にレイタン[ポーランド分割に反対した18世紀の国会議員]の像が建ったので今度見に行こう。

 金曜日から毎日雨の予報だったので庭の水撒きをしなかったが、5日間降らないので、昨日の朝、水を撒いたら、案の定そのあと雷雨になった。(6/14晩)

2007/06/08 04:18

電話報告: 腹が立つ、クラクフ市、ワニ園

 いま怒り心頭だ。火曜日にPが電話してきて、水曜に来る、台所の棚の修理を手伝うと言ったので、作業できるように棚の物を片づけ、ほかのことを後回しにして待っていたのに来なかった。その後、電話もない。月曜日にPaが電話してきて、今日来ると言ったので待っていたが、来ないし電話もない。Paの日本好きの友人のためにわざわざ漢字も書いてあげたのに。こういう人たちがわからない。こんなことなら最初から電話なんか掛けてこなければいいのに。

 クラクフが市として制定されて750周年。町ができてからは優に1000年以上経っている。昨日、竜のパレードがあった。スタンコ[ジャズ・トランペッター]が演奏した。今日は9時から中央広場でエンニオ・モリコーネのコンサートがある。マウィ・ルィネクは改修工事が終わった。駐車場はなくなり、噴水ができた。

 昨日Aさんにフレームに入れた写真を、早いけど名の日の祝いだと言って、あげた。とても気に入ってくれた。

 豪雨で草花がたおれた。テスコに行ってケータイの契約を解除した。マンゴーを買った。Paが来ないから腹いせに1人で食べてやる。明日は気温31℃の予報。月曜日にZ.P.がうちに立ち寄った。彼は全然飲まない。

 ガレージに置いておいた電気スタンドは車に轢かれて壊れていたが、ガレージの借り手は知らないと言う。新しい電気スタンドを買わなきゃ。

 日本に関する本を再読したら、伊豆にワニ園があると書いてあるが本当か? プニャがアフリカン・レストランで食べたワニ肉は伊豆から来たんじゃないか?(6/7晩)

2007/06/03 20:46

電話報告: 事故、カッコウ、カエル、猫

 このあいだまで暑かったが、いまは涼しい。モロッコやスペインが25度なのに、ポーランドは32度あった。今朝は12度だったが、暑いときは朝8時ですでに20度あった。これは中央アフリカから熱波が来たせい。いま暑いのはもっと東のモスクワやウクライナ。

 事故があった。路面電車がディトラ通りとストラドム通りの角を曲がりきれずに横転。1人死亡。スピードの出し過ぎが原因らしい。

 チェコ映画「暗い森のカッコウKokolka(ククウカ) w czemnym lasu」の原題を見たら、カッコウは「クカチカ kukacka」だった。かわいい!

 やるべきことのリストを作ったら57項目もある。戸棚を整理整頓していたとき、天井から吊り下がっているカエル(キイロちゃん)が汚いのに気付いて洗った。

 白鳥のヒナは成長している。3羽は隠れていて4羽だけ見えた。昨日はホシハジロのつがいを見た。騒音とゴミだらけのただ中にこんな自然があるとは奇蹟だ。

 うちの階段部に猫がいる。毎日見かける。だれかが餌をやっているのだろう。

 Aと猫の写真をフレームに入れて、彼女の名の日のお祝いにプレゼントしようと思う。被写体が真ん中に写ってないのはノーファインダーだから。柵の上から撮ろうと、カメラを頭上に挙げて撮った。金網は猫が逃げないように張ってあるのだそうだ。(5/31晩)

2007/05/28 23:17

電話報告: 白鳥のヒナ誕生、ニエムイの庭

 コンピューターは完全に壊れている。Jによるとシステムをインストールできない。なんで壊れたのかはわからない。ウイルスのせいなのか、もともとオンボロだったハードディスクがいかれたのか。Jが、前に壊れたコンピューターから部品が取れないかと言ってきたが、前のは捨てたのだったか物置に入れたのだったか、いずれにしろ無い。以前オンボロコンプを持ってきたくれたBに電話して、また格安中古品を見つけてくれと頼んだ。でも彼はあまり当てにならない。来ると約束しておきながら来なかったり…。エステルカに行って、あちこちに声をかけてみる。安くて古いのを見つけてシステムをインストールする。

 月曜日に白鳥のヒナを7羽見た。カメラが壊れてて写真が撮れず残念。アモール(=ニエムイ)[近所にいた犬]の庭にサクランボがなっている。真っ赤ではなく、黄色からピンクできれい。じいさんが亡くなってからしばらくは鍵がかかっていなかったので自由に庭に入れたが、いまは会社が倉庫を造ったので立ち入り禁止。

 トンネルに鴨のつがいがいた。繁殖期なので雄がきれい。写真を撮りたかった。オオバンが小島の巣の上に立っている。オオバンは足が長くてアンバランスでおかしい。これも写真を撮りたかった。

 百日草とコスモスは生長しているが、ヒマワリは芽が出ていない。連日、予報では雨なので庭の水撒きをしていないが、雷だけで雨は1滴も降らず。ルブリンは洪水。クラクフはからから。明日は水を撒こうと思うが、水を撒くと夕方きっと雨になる…。

 火曜日は廊下で子どもの声がうるさかった。3人の子が騒いでいた。ここでは静かに暮らせない。

 財務局にまた行かなくてはならない。済ませなくてはいけない手続きがあるなら、なぜこのあいだ行ったときに言ってくれないのか? 財務局に行くついでに、駅で時刻表を見ておく。(5/24晩)

2007/05/27 00:54

メール報告: コンプ修理

 今日、コンプは[修理のため]数日の予定でJのところに行く。(5/20昼)

2007/05/27 00:54

電話報告: カメラも故障、反カチョリ共闘

 メールは読んだが、返事を書こうとするとインターネットが逃げてしまう[返信ウィンドウが消え、ブラウザのウィンドウが消えてしまうということらしい]。カメラも壊れた。

 [持病の]薬がほしくて医者に電話したら6月11日まで休暇中。ほしい薬を電話で言ったら、新入りの若い女医さんが処方箋を書いてくれた。彼女は入ったばかりで受け持ちの患者がいないから、待たずに済んだ。

 寒い。5月上旬の昼間は31〜32度あったが、今朝は12度。今日の帰り、午前11時で10度。朝より下がってた。雨はあまり降らない。

 コンプはメールを書く暇もなくリセットしてしまう。Hが電話してきたら、そのことを話してみる。(5/16晩)

 Hから電話があったのでコンプのことを言った。前にJとDがセッティングに来てくれたとき、途中までしかセッティングできなかった。通信速度が遅いので、速い回線に切り替えたら来てくれるという。前回は2人とも時間切れで帰った。彼らは1日中ここに座っているわけにはいかないのだ。でもNeostradaは値段が高いし、電話をそんなに使わない人にまで高い基本料金を払わせる。それは違法だと言われて罰を受けたのに。

 おばあさんが倒れたとき救急に電話して命を救った5歳の女の子がテレビに出ていた。カレンダーに救急の電話番号が書いてあり、親がいつも、何かあったらここに電話しなさいと言っていたのだそうだ。

 大太鼓のヤマトがクラクフで演奏した。北野武の「ブラザー」を見た。

 カメラが壊れて最初に撮った6、7枚がダメになった。ライラックの写真を撮ったのに残念。ポケットに入れていたカメラがフィルムを巻き戻しているような音がしたので、巻き戻ったと思って蓋を開けたら戻ってなかった。

 眼鏡のチェーンが切れた。ゴムを調節しようとしてたら切れてしまった。

 ヴァウェンサ[ワレサ]とクファシニェフスキ[前大統領]は仲良くなって、反カチョリ[現首相と大統領のカチンスキ兄弟のこと]共闘を組んだ。土日は商店休業になりそうだ。ポーランドはこんな国になってしまった。(5/18晩)

2007/05/17 01:47

メール報告: コンプ故障、猛暑

 コンプ故障!!!!!!! (5/13午前)

 どういうことか今は詳しく書くことができる。コンプがしょっちゅうリセットする。あるいは「ページを表示することができません」「サーバーが見つかりません」という表示が出る。あるいは作業中にインターネットから離脱してしまう。Avastのスキャンさえさせてくれない。スキャンに入っても数分か十数分後にはリセットしはじめる。「メモリー削除開始」。俺はバシュトーヴァから助けを呼ぶことができない。第一に彼らはロジュノフスキェ湖に出かけてしまったから。第二に彼らにそうしょっちゅう面倒をかけたくないから。(5/13午前)

 おまえのメールはずいぶん前に読んだが、コンプが返信を出させてくれなかった。スイッチは切らず、ただ少しトランプ・ゲームをした。するとあら不思議、まさにそれでコンプは静まり、いまメールが書けるようになった。万が一に備えて短めに。明日から一週間は雷雨と雨だが、同時に30度の猛暑。(5/13晩)

 今日は庭の水撒きをした。8時にはもう摂氏20度あったから。16時にはまだ31度あった。いまは曇っているが、雨は見えない。(5/14晩)

2007/05/17 01:47

メール報告: 水辺、庭、サーカスのテント

 鼻風邪後はかろうじて感じられる痕跡が残ったが、ハンカチで鼻をかむと自由に息ができるし、頭痛もすっきり治ったので気分がいい。生きる希望がわいてきた。

 水辺に行ってみたが、相変わらず白鳥のヒナはいなくて、そろそろいらだっている。ほかの鳥たちは皆もう子どもたちといっしょに泳いでいるのに、白鳥はずっと卵の上に座っている。ホシハジロは見なかった。いつものように夏に向けてほかの場所へ移ってしまうのではないかと心配だ。いつかここに棲みついてくれるといいと思う。だって数年前まで1羽もいなかったのだ。2年か3年前に1羽見かけて、その後2羽になり、今年は7羽にまで増えた。

 気分がいいので、庭で雑草取りをし(おもにイラクサ)、百日草の苗をまた植え替えた。端にはきれいなシダが生えた。日曜以降は気温30度の日が続くという。うううう。(5/12昼)

 今朝のニュースで[暴風で]倒れたサーカスのテントと従業員たちを映していた。それを見たり、彼らの話を聞いたりするのは気の毒で仕方がなかった。技術担当者たちは暴風時に全員で力の限りテントの骨組みを支えたが、自然の力のほうが強かった。彼らや芸人たち、お客さんからも死者が出なかったのは本当に幸運だった。動物もだ。

 庭仕事をしたが水撒きはしなかった。それでよかった。いましがたかなりの雨が降ったから。いまは午前中同様、陽が出ている。(5/12夕)

 Sさんのファンが言ったこと[ボグダンが絵本のイラストを描いたらいいのに]については、まさにそういう注文、何かの本のイラストレーション、がもらえたらいいんだがなあと俺が言ったことがあるのを覚えているだろう。

 さて、倒壊したサーカスについての詳細。負傷者は47人、うち15人は子ども。残念ながらサーカスの従業員5人が逮捕された。事故当時完全に酔っぱらっていて、サーカスも人々も救助することができなかったため。(5/12晩)

2007/05/17 01:46

メール報告: 頭痛薬の副作用

 今日がおそらく俺の鼻風邪の絶頂期、もしそうでなければ、これよりどう悪くなりうるのかもうわからない。ものすごく気分が悪いし、頭が割れるように痛むが、店でエトピリナかイブプロム[いずれも頭痛薬]を買い忘れた。床に横になっていて、薬を買いに行くだけの力がない。(5/11夕)

 夕立がやむのを待って、薬を買いに出かけた。エトピリナとヌロフェン・ウルトラファストを買った。もう夜は怖くないが、ヌロフェンの注意書きのうち、服用後に現れる可能性のある副作用に関する注意には頭にきた。すなわち、服用後に頭痛(!!!)が現れることがあります。なんとまあバカげたことか! ポーランドのパラノイアにまた一輪の花が加わった。だっておもに頭痛に使われる薬じゃないか。製造元は薬の悪影響のあらゆる場合に備えて安全対策を施すのだが、これはもう不条理な形を帯びている。以前、女医先生が高血圧の新しい薬を処方してくれたとき、副作用に関する注意に「死亡することがあります」とあった。先生、申し訳ないが、俺はまだ墓に入りたくはないよ。そしたら先生が説明してくれた。こういうバカげた方法でメーカーはもしだれかが死んで訴訟が起きたときのために備えているのよ。それはまあいい。でもそれをのんだら死を待ち受けることになるなんて、いったいどういう薬なんだ?

 エトピリナをのんだらそろそろ頭痛が和らいできたから(2錠いっぺんに)、長めのメールを書くことができた。(5/11晩)

 公演も芸人たちもお客さん(子どもたち)もかわいそう。死者がでなくてよかった。[サーカスのテントが暴風で倒れた事故について] http://wiadomosci.onet.pl/polecam.html?a=1&r=28ba0df832f53a48b6047130cea73a17
(5/11晩)

2007/05/17 01:45

電話報告: 風邪、カタツムリ

 冬は風邪なんかひかないのになあ。走ってもいないし、汗かいてもいないのに…。熱はそれほどでもない、37.3度。カタツムリを買った。カタツムリみたいに渦巻きの、白いグリル用ソーセージだよ。(5/10晩)

2007/05/14 02:14

メール報告: 水鳥、風邪、庭、根付、水辺

 白鳥のヒナはまだいないが、鴨のヒナがいる。ホシハジロは見なかった。波が嫌いなのかもしれない。今日は風があってバグリは波立っている。そのかわり潜水に忙しいきれいなカイツブリがいた。

 昨日の夜から風邪をひいている。昼間は比較的まし(少々体力がなくて頭が痛い)だが、夜中に咳が出て、気管のひどい炎症で目が覚める。

 庭の柵の近くに芽が出た百日草は、柵に近すぎたので、すべて植え替えた。またしても厚かましい雑草がたくさん生えていたので抜いた。

 昨日Pが電話してきたので、台所の照明のことを話した。もし来週彼が来たら、その構造を分解するのを手伝ってくれるだろう。それにレンジの上で斜めになっている換気扇も直すつもりだ。(5/9午前)

 咳に鼻水が加わった。咳をすると肺が焼ける。でも夜中はもっとつらい。そちらは本当に暑いね。俺は水辺で凍えて、すぐうちに戻った。

 根付の展覧会は俺にとってオモシロイだろう。俺はそうした物が好きだし、そんなふうに彫れる芸術家たちに驚嘆する。禁止された象牙をどこから手に入れるんだ? たぶん他の古い象牙製の物から作り直すのだろう。エスキモーは象牙に似たセイウチの牙を彫る。(5/9晩)

 今日も水辺に行った。白鳥のヒナはいない。ママはずっと巣(と卵)の上に座っている。初めてカッコウの声を聞いた。団地のそばでは機械と車のがたがたいう音。さらに水辺近くに、たぶん新しい建物ができるのだ。大きな穴を掘っているから。(5/10午前)

2007/05/14 02:13

メール報告: マロニエ、雷雨、キャベツ

 おまえのマロニエはなんてきれいな葉をしているんだ! ひょっとすると、やがて俺が見ることのできる唯一の健康なマロニエの木になるかもしれない。クラクフではこの種類でこんな(元気な)木を見つけるのは難しい。

 台所の明かりを修理しようとしてみた。接続切れの箇所を見つけて繋いだがダメだった。構造全体を開けてみる予定だが、それはすべての役所関係の手続きが終わってから。明日行くつもりの財務局のほか、統計局とZUSにも通知をしなければならない。でもこの2件は郵送で処理しようと思う。(5/7晩)

 今朝、窓越しには太陽しか見えなかったのに、家から出たら西からすばやく接近する黒雲が見えた。引き返さなかったが、線路の手前でカエルパラソルをひろげる羽目になった。強風が傘をたわめはじめたので、停留所までは畳んだ傘を手にして歩いた。役所ではまた気持ちよくことが運んだ。4月30日以降は空いていたから。むろん昨日よりは多くの部屋を歩き回って手続きをしたのだが、2箇所(支払い窓口とPITの窓口)で2、3人順番待ちをしただけだった。

 新キャベツを煮る準備をしている。明日はムニャム・ムニャム[旨い旨い]だぞ。

 疲れたのと雨と、キャベツや長い新玉ねぎを買ったせいで、水辺には行かなかった。(5/8昼)

 無理にでも用件を片付けに行って良かった。いま窓の外に雨とゴロゴロが聞こえる。行かなければまた延び延びになっていただろう。今日は女性職員たちがちょっと非難がましく、この件は1月30日までに処理すべきだったのにと言った。だって俺はずっと病気で、1年のほとんどは一人暮らしだから水1杯だって出してくれる人はいないのだと言った。そしたら罰は無しで済んだ。

 キャベツはおいしくできたが、パンといっしょに食べたらあいにくいま胃が重い。ミントティーを淹れたが、明日が心配だ。昼食にキャベツと新ジャガを食べるつもりだから。(5/8晩)

2007/05/08 16:09

メール報告: 市役所、水鳥、騒音、不注意

 市役所に行ったら、あら不思議、行列なしで会社閉鎖の件を片付けた。長い列はあったが、それは身分証明書、免許証、車輌登録など別の用件だった。手数料支払いもなしで済んだ。会社の登録抹消は無料でやってくれた。もっともだ。お金のある会社だったら倒産なんかするか?

 帰りに水辺に行った。白鳥のヒナはまだ見えないが、もうひと組の白鳥のつがいが現れた。オオバン以外にもうマガモも泳いでいる。ホシハジロの雄が2羽の雌といっしょにいるのも見た。うち1羽でもこの夏まで残るかな、それともやはり姿を消すのだろうか。葦は若い芽が出て緑色になった。(5/7午前)

 早起きして歩き回ったので昼食後にひと眠りしたかったが、廊下のドアがバタンバタンいいはじめた。外に出てドアを直したら、今度はだれかがハンマーでゴンゴンやりだした。その後は静かだったが、もう眠るどころじゃなくなった。廊下の改修工事は終わったが、いつもだれかがトンカンたたいている。この家は住人が静かに騒音なしに生活することができない、異常な、しょうもない家だ。

 不注意で(とくに隣人のせいで不眠のため)「シンドラーのリスト」の上に別のフランス映画を録画してしまった。ごめん、ひょっとしたら再放送があるかも。少なくともネズミモグラはとってある。

 この手紙を書くのは2回目。添付ファイルを付けるときインターネットが逃げてしまったから。俺の現在の敵の肖像を送る。(5/7夕)

2007/05/08 16:09

メール報告: 役所、フジモリ、照明故障

 今日はその訳のわからないリセット以外はコンピューターはちゃんとすばやく動いている。これなら気持ちよく向かっていられる。お腹が空いたが、サンドイッチを食べたらどうなるかと思案している。(5/5晩)

 夜中にようやく雨が降った。昼間も最初は湿りがちだった。いまは乾いているが曇り。もしも明日の朝降らなければ、市役所に行って企業活動閉鎖の件を片付ける。ただそれにはいくらか手数料がかかるのではないかと懸念している。登録には100ズウォティかかった。それに役所にありがちな行列も心配、とくに長い週末の後とあっては。市役所の次は財務局の番だ。それから労務局の予定。役所なんか全部地獄に飲み込まれちまえ!!! 少なくともポーランドの役所は。

 昼食に3枚目のカツレツを食べたがなんともない。腹痛を引き起こしたのは新ジャガだという結論に至った。1枚目と3枚目のカツレツはパンといっしょに食べたがなんともなくて、ジャガイモといっしょに食べた2枚目のときだけ苦しんだのだ。でもなぜだろう?
ひょっとして、このジャガイモは輸入物だからか? 国産の新ジャガはまだない。

 前のペルー大統領、フジモリに関するかなり長いドキュメントを見た。それによると、彼のかつての妻スザナと娘ケイコはしっかりしたまともな女性であるようだ。スザナは国会議員だし、娘は父とともに逃亡することを拒否し、国で好ましく活動している。パパは日本の保護の陰に隠れ、遠くからペルー政界への復帰を誓っている。いまは国でも彼の支持者には事欠かない。(5/6夕)

 あいにく昨日、台所の戸棚の下の照明が壊れた。修理じたいは俺にとって問題ではないが、問題は、内部の設備に行き着いて故障の種類と場所を突きとめることだ。天気のいい日を待って(いまは暗いので)中を調べてみよう。(5/6晩)

2007/05/08 16:08

メール報告: 生姜、カツレツ、コンポート

 街に行って種を買った。もう蒔いた。芽が出た百日草のうちいくつかは移植した。新たにいくつか芽が出ているのを発見した。廊下は「生姜畑」色に塗り替えられた。(5/4昼)

 それは花盛りの生姜の色だよ。

 クレパシュでロース肉3切れを7ズウォティで買ってきた。おいしくて大きなカツレツが3枚できた。今日がその最初の昼食。ソテーにするのではなく、衣をつけてフライにした。そうするとおいしいのだ。

 コンポート用のルバーブを買わなかったことを悔やんでいる。でも今日買ってもコンポートを煮る時間はなかっただろう。Hと俺が子どもの頃、うちでは1年のこの時期にはいつも大鍋でルバーブのおいしいコンポートを煮ていた。ヴィスワ川の岸辺にも、このコンポートを瓶に入れて持っていったものだ。そう、これは俺の子ども時代のコンポートなのだ。(5/4夕)

 リノリウムは敷かない。その費用で廊下を塗装したのだ。床も。生姜畑の色は来てみればわかるよ。(5/4晩)

 買い物のあとでカメラを持って水辺に行ってみたが白鳥のヒナはまだ見えなかった。今日は雨が降るということだったが、ヒマワリを移植してから庭の水撒きをした。そうしておいてよかった。ぱらぱら小雨が降っただけだったから。

 うちの緑色のドアをクリーム色に塗り替えようかといわれたが(Aさんに訊かれた)、俺は同意しなかった。この暗緑色が気に入っているし、ペンキはまだしっかりしている。

 昨日カツレツを食べたあとは気分が良かったのだが、今日は大変おいしかったにもかかわらず、大変胃が痛んだ。明日はお休みして(カツレツは1枚残っている)、ご飯に生クリームをかけて食べようかな。生クリームを線路の向こうまで買いに行かなければならないが。ご飯の生クリームがけのあとはいつもほっとする。

 この手紙は2回書かねばならなかった。アンチウイルスの自動インストールに際し、なぜだかわからないがコンプが勝手に終了し、勝手に再起動したのだ。悪夢!!!!!(5/5夕)

2007/05/08 16:08

電話報告: 廊下の工事、庭の草花

 廊下で何かやってる音がしたので見てみたけど何もない。リノリウムがあるかと思ったがなかった。壁を塗り直すらしい。9、10時間も作業しているがおしゃべりばかりでいっこうに進まない。Aさんと話した。以前自分がここの住人に改修工事を勧めたときには成功しなかったが、Aさんと彼氏は一戸一戸回って説得に成功した。

 百日草の芽が7つ出た。モグラが掘った跡がある。かがむと疲れる。体力がない。オシロイバナも1つ出ていたけど、うっかり掘ってしまった。まだこれから出るだろう。

 今日はフィルムがなかったので白鳥を見に行かなかった。明日フィルムを買う。写真が撮れないと見に行ってもいらいらするから。

 カセットは気に入った。ライヴ録音か? しゃべっているのはお客さんの声か?(5/3晩)

2007/05/08 16:07

メール報告: こまっちゃクレズマ

 こまっちゃクレズマの写真を見て気に入ったよ。写真もバンドも。添付ファイルを送ろうとしたけど難しい。あ、うまくいった! でも添付ファイルのエンコードに恐ろしく長くかかる。これも悪夢。(5/2晩)

2007/05/03 16:38

メール報告: 冷え込み、廊下、ツバメ、猫

 真夜中前にコンプはまた速く動くようになっている。ひょっとすると(専門家らは否定するが)これは、同時に隣人がコンプの前に座っていることと関係しているのではないか。そのときルーターは全部を同時にすばやく通すことができないのではないか。もう以前から俺はそう考えていた。(5/2未明)

 コンプはまた怠け者だ。こちらは相変わらず晴天だが肌寒い。そのうえ「3人の寒い庭師」と「寒いゾシカ」がやってくる。すなわち5月12、13、14、15日、パンクラツィ、セルヴァツィ、ボニファツィ、ゾフィアの日のことだ。これらの日々には昔から、夜間に冷え込みが来ることが知られている。

 一日中悪夢、廊下で何かやっている。午前中Aさんと知人がそこで何か騒がしくないことをしていたが、ひっきりなしにしゃべっていた。いっぽういまは絶えずドリルとハンマーの音が聞こえる。きっと何か家のためになることだろうから(リノリウム?)腹は立てない。

 ピョトルクフ[ピョトルクフ・トリブナルスキで開催される国際パフォーマンス・フェスティバル「Interakcje」]には喜んで行きたいところだが、その期間は片付けなければならない重要な用件がある。フェスティバルとアーティストの情報をありがとう。

 今日、雑草を抜いていたとき、はじめてアマツバメの声を聞いた。あいにく作業半ばで体力が足りなくなった。明日も庭の水やりと雑草取りをして、そのあと白鳥を見に行く。(5/2夕)

 動物との人間的な付き合い方の普及に努めるスペインの組織エル・レフジオの報告によると、マドリッドの空家に1か月間閉じ込められていた9匹の猫が水曜日に救出された。猫たちは蛇口から漏れる水のおかげで生き延びた。詳しくは以下を参照のこと(ポーランド語)http://fakty.interia.pl/fakty_dnia/news/9-kotow-przezylo-tylko-dzieki-cieknacemu-kranowi,904679
(5/2夕)

2007/05/03 16:37

メール報告: コンプ不調、連休

 うちのサイトの日本語テクストは読めるが、メールに日本語で書かれたものは表示されない。

 うちにいて[宿酔で]苦しんでいるが、窓越しにほったらかしの庭を見た。明日は水やりと多少の雑草取りはできるかもしれない。(4/29晩)

 明日は月曜日で店が開いている通常の日のようだが、火曜日は祝日、水曜日は店へ買い物、木曜日は祝日、それでまたすぐ土日だ。これには我慢ならない。何も片付けることはできないだろう。(4/29晩)

 郵便局には行かなかった。Bはこういう日々には休みにするのが好きだし、俺はまだ理由なく歩き回るには体力がなさすぎる。少しだけど食べはじめた。明日は庭の水撒きをするつもりだ。今日は数日間水に漬けてあったちょっとした洗濯をした。数日間流しに置いてあった食器を洗った。通常の生活が始まっている。あいにくまたしてもコンピューターは悪夢だ。ログインやメールを読むのや返信のウィンドウが出るのをいちいち待たなくてはならない。どうなっているのかわからない。昨日はまともだったのに。(4/30晩)

 コンプはいま自分から正常に作動しはじめた。最初の手紙からスイッチを切らずにいて、夜8時前にまともに動きはじめた。(4/30晩)

 ここ2時間メールを送ろうとしている。あいにくコンプがまたカタツムリ状態になっているばかりか、もう2度も手紙の半ばで勝手に終了リセットし、2度目はディスクをスキャンしはじめた。それが終わったら速く動き出すのかと思ったら、そんなこともなかった。この手紙を書き終えて送れるといいと思う。

 こちらは晴天だが寒い。明日は公共料金と銀行ローンを支払いに行く。午後は腹立たしかった。またもやだれかが廊下に出て、壁にグラインダーを掛けはじめたのだ。だってそれはもうやったのに。また埃だらけになるから、ドアや靴拭きマットを洗わなければならない。ここはいつでも騒音と混乱だ。(5/1晩)

2007/05/03 16:37

メール報告: 連休、庭、スキャンダル

 いまうちにLとO(Lの娘)が来ている。この小さな女の子はとっても退屈しているけど、俺はコンプ[パソコン]がもう動いているのでうれしい。エステルカ[近所の居酒屋]のみんなからよろしく。(4/24夕)

 アルコールのせいでちょっとビョーキぎみ。昨日届いたカセットをこれから聴こうとしているところ。中身については聴いてからコメントするね。(4/26未明)

 しばらくメールを書かなかったので良心の呵責がある。軽いストレスを感じている。というのもバカげた「長いポーランドのウィークエンド」が近付いているから。今日はまだビョーキっぽいが元気になると思う。カセットはまだ聞いていない。よく聴いて理解してきちんと評価できるよう、そのときには素面で正気でいたい。

 おまえのコンプのシステムがクラクフに来るときにはOKだとよいと思う。だって俺のほうはもう音も出るし、もっと前から俺たちはSkypeで無料通話をしているべきだったんだ。

 庭はほったらかしで、ただ見ているだけ。水汲みに行き、水撒きをし、雑草を抜くだけの気力がない。もう若々しい百日草が見える。他の花はまだ。

 新たなスキャンダル。以前代議士をしていたビジネスウーマンが、ABW(内務保安課)による自宅の家宅捜索の際に拳銃自殺したのだ。この女のビジネスがどういうものだったかをいまになって知り、俺は頭にきている。彼女の所有する会社は6年間、石炭を売買していた。炭坑から石炭を買いつけ発電所に高く売っていたのだ。どうして炭坑はその石炭を直接、発電所に売ることができなかったのか? 俺やその他数万人は仕事がないというのに、こんな女が家から出もせず、電話で数百万も稼いでいたとは? 俺だって炭坑や発電所に電話したり、領収書を出したり、大金をかき集めることはできるだろう。でもそれは、だれをコケにしてだれに賄賂を贈るべきかを知っている選ばれた人たちのものだったのだ。いまになって、炭坑みずからが自分のところの石炭を売買すべきであると言っている。なぜこれまでそれができなかったのか? このすべてに詐欺の匂いがするし、こういうアバズレ女はみな拳銃自殺すればいいと思う。

 もうひとりの卑劣な奴は「バルティンペクス」という会社を所有するグゾヴァティ氏だ。彼の役割は、ロシアからガスを買い、巨額の手数料を取ってポーランドのガス会社に渡すというものだ。なぜポーランド国は自分でそのガスを買わないのか? それは、いつだって太ったケジラミが自分の数百万を稼がなくてはならないからで、それは結局、一般の人々の負担になる。(4/28)

2007/04/28 01:12

電話報告: 電話不通、パソコン故障

 木曜日に電話が通じていないことに気付き、テレコムニカーツィアにケータイで電話したら、13:00には通じるようになったので、安心して昼寝してたら、留守電サービスが自動的に作動。昨日Paが電話してきていたことがわかった。

 コンピューターが壊れた。いつもチャメルはツイてない。電話とパソコンが同時に使えなくなるなんて…。ケータイから電話しようとしたら、ちょうど充電切れだったので、充電してから掛けた。

 市交通局から、運転しない期間が長いとタクシーの営業認可を剥奪する、という書類が来た。仕方がない。もう営業運転をするつもりはないから。

 ウクライナ首相のヤヌコヴィチとポーランド首相のカチンスキが会談。ヤヌコヴィチは熊みたいにでかい。それに対してカチョル[カチンスキのあだ名=アヒルの意味]は小さいので笑ってしまった。

 ある酔っぱらった森林監視員が息子の車に乗せてもらって職場にやってきた。上司がアルコール検査を受けさせようとしたら彼は嫌がり暴れて、呼ばれた警察官に噛みついて逃げた。本人は、追いつめられた動物と同じことをしただけだと言っている。(4/20夕)

2007/04/22 01:50

メール報告: カタツムリ、サッカー、野鳥

 あいにくコンプはまたしてもナマケモノ・カタツムリ状態で、あろうことかさらに遅くなっている。どうなっているのかわからないが、とにかく大変いらだたしい。2回リセットしたが効果なし。

 こちらも雨で昨日より寒い。朝降って、その後止んだので、雑草を取りに出た。まず窓越しにカタツムリを見かけ、写真を撮ろうと外に出たら、厚かましい雑草が間近に目に入ったのだ。これはいささかポーランドにおける人生に似ている。強力な根っこを持つ、いい加減な奴らがのさばり、立派な心(花)を持った高貴な個人は抑圧されてしまう。

 こちらは大喜び。ポーランドがウクライナとともに、2012年サッカー・ヨーロッパ選手権の共同開催権を獲得したのだ。ウクライナはいま政治的には大混乱だが、しかし我々はイタリアとクロアチア、ルーマニア、フランスなどとの競争に勝ったのだ。ポーランドとの協力はウクライナにとって役立つと思う。このことは両国の発展と失業との戦いにおいて役立つだろう。スタジアム、道路、ホテルなどを建設しなければならないし、世界に向けての大きな宣伝になる。(4/18夕)

 長崎市長のことは残念だ。市長としての良し悪しには関係なく、ヤクザの弾丸を受けるにはあたらなかったに違いない。俺はカチョルたちと彼らの政府が嫌いだけれど、彼らの経歴が銃撃で終わってほしくはない。(4/18晩)

 買い物のあと、まっすぐ白鳥たちのところに行った。ヒナの誕生を見逃さないよう、毎日通うつもりだ。ごくラッキーな場合はヒナの孵化を目撃できるかもしれない。今朝はかなり涼しかったから、雌白鳥は羽をふくらませているだろう、あるいは、もう子どもがいるかと思った。だが雌雄とも巣で寝ていた。少なくとも、彼らが夜どのように眠っているかがわかった。俺が岸に近付くと、雄は注意深く首をもたげたが、それもつかのまだった。

 最近、あの変わった鴨を7羽も見かけた。うち4羽は偶然、岸の近くで見かけたが、すぐに池の中心部へ行ってしまった。彼らは臆病で、オオバンや白鳥みたいには観察させてくれない。今日は俺が通りかかったとき岸に向かっていた1羽だけが見えた。俺はこっそり忍び足で引き返し、かなり近くから見ることに成功した。その1羽には、全身灰色のもう1羽の雌が付いていることがわかった。いま鳥の図鑑で何だったのか、もう1度調べてみる。そう、あれはホシハジロだ! 地図でポーランドは黄色になってるから、繁殖期だけ姿を現すという意味だ。ポーランドよりも西では緑色だから、年間を通して居るということだ。(4/19朝)

 いまコンプは正常にすばやく作動している。今後どうなるか。(4/19朝)

2007/04/22 01:50

メール報告: 雑草、収容所、猫、野ウサギ

 リンクが無事届いて良かったが、コンプは相変わらずナマケモノ・カタツムリみたいだ。

 買い物のあと、庭に水を撒き、雑草を抜いた。この小さな厄介者は恐ろしく長くて強い根っこを持っていた。ちゃんとした植物はきれいな花が咲いても、その根っこはささやかだ。

 今日は強制収容所記念日で、アウシュヴィッツ生還者の行進があった。だから「シンドラーのリスト」を放映したのだ。昨日は、ゲットーでの生活を少々ユーモアを交えて描いたすばらしい映画「うそつきヤーコプ」があった。(4/16晩)

 買い物後、庭仕事をしていたら、もの悲しい猫の鳴き声が聞こえた。俺は手を止めて、小さな迷子の仔猫(のように思われた)を探した。それは隣のAさんの庭の柵の中にいた。仔猫ではなかったし、画家Aさんの飼い猫だとわかった。飼い主が言うには、これはシベリア猫で、体は灰色と黒、美しい尻尾がある。ふたりの写真を撮った。俺は復活祭の卵を彼女のために描いた話をした。(4/17午前)

 [届かなかったリンクは]、オーストリアで年金生活者の女性を襲った野ウサギの話だった。中庭で洗濯物を干していた女性の足に野ウサギがかみついたのだ。彼女は助けを求めて夫を呼んだが、興奮した野ウサギはその夫にも飛びかかった。呼ばれた警察はその小さなナガミミの攻撃者を射殺するはめになった。狂犬病が懸念されているが(これは検査後に判明するだろう)、専門家らはむしろ春で急に暖かくなったせいだとしている。(4/17夕)

 今日、コンピューターのスイッチを入れたら、自動的にAvastの緑のプログラムのインストールが始まり(持っていたのは青)、それが数分間続いた。いまコンプは正常に動いている。(4/17晩)

2007/04/22 01:49

メール報告: パソコン不調、携帯、ウサギ

 メール送受信を2時間中断。コンプ[パソコンのこと]がサーバーに接続するのがあまりにのろくさいため、厳密に走査してみた。みつかったトロイの木馬は5つだけで、何も変わらなかった。いったいぜんたい今日はどうなってるんだ? クリックするたびに2、3分待たなければならないのだ。ひょっとしてこの忌々しい日曜日、というか昨日も同様だったから、そもそも週末に、勤労者全員が自宅のパソコンに張り付いていたのか?(4/15晩)

 プレゼントを買う必要があってテスコに行き、プレゼント以外にもいろいろと買い込んだ。エラの店[携帯電話屋]で、ケータイの契約期間が切れたらどうすればよいかを教えてもらった。カード式で残せば、すてきな新型機種が1ズウォティだという。月々の契約料は払わなくてよいが、3か月に1度、カードを買うことになる。そのうえ今たまっている133ズウォティ分は新しいアカウントに持ち越せる。身分証を持っていたら、契約を済ませていただろう。(4/16昼)

 ハンガリーでもっとも交通量の多い高速道路、ブダペシュト-ウィーン間が数時間閉鎖された。4500匹のウサギを捕まえるのにそれだけかかったのだ。5000匹のウサギを積んだトラックが大破し、500匹は残念ながら死んだが、残りのウサギは周辺にぴょんぴょん跳んで散らばった。警察は消防とともにそれらナガミミ齧歯類を追いかけて無事捕まえた。テレビでその様子を見たが、ウサギはすべて白かった。(4/16晩)

 3か月の携帯電話カードはたしか50ズウォティだから、月々17ズウォティ足らず。

 ウサギが走り回ったのは高速道路ではなく、路側の緑の区角や茂み。何匹かは壊れた車の下に静かに座っていた。

 いまアメリカのウェストバージニア州の大学構内での乱射事件がテレビに映っている。アメリカの悪夢(アメリカン・ドリーム?)

 いましがた、下水道設置を求める住民リストに署名した。(4/16晩)

2007/04/22 01:49

メール報告: 水まき、歯痛、盗難、署名

 ニュースのあとTVP-1でスピルバーグの映画「シンドラーのリスト」がある。録画してほしいか?

 庭に水まきをした。だんだん雑草が生えてきている。期待している芽はまだ見えない。暖かいのでやがて出てくるはずだ。今日はポーランド西部で23度になるという。クラクフは約17度。(4/14昼)

 今日はまた別の大きなマルハナバチを見た。(4/14夕)

 下の歯が、というか歯茎がひどく痛くて、早い時間に返信できなかった。1時間ほど前に治まり、ようやくパソコンの前に座れた。

 東京から500kmの動物園で生まれた2匹のパンダの赤ちゃんを見た。これはどこなの?

 今度の日曜に俺がバシュトーヴァに行く件でHが電話してきた。Jには彼の好物のピーナツと、デオドラントを買う。どこかにピーナツの大きな缶が売ってるかな。もし大きいのがなければ、3種類買おう。(4/15夕)

 Pから聞いて知ったのだが、Pが妻のためにハンブルクで買ってきた車(ゴルフ)は自宅の前で盗まれた。9000ズウォティの損失。というのもポーランドでの登録がまだだったし、保険も掛けてなかったからだ。やっぱりガレージはガレージ。

 昨日うちの通りでグロマツカ通りの住人が俺に近付いてきて、俺のデータを教えてくれと頼んだ。その人は住民の名字を集めて、それをパソコンでまとめ、下水道不足に対する抗議の署名を集めるつもりだという。彼から聞いてわかったのだが、EU勧告には、2011年までにEU加盟国の各都市から汲み取り式下水槽をなくすことがあるそうだ。この署名で我々はクラクフの役人どものお粗末な仕事を急がせることができる。EUがそのための資金を早急に出してくれればなおさらだ。ついでながらその近所の人は、あの白黒斑猫の飼い主で、Pが幾度かその猫の写真を撮っていたことを知っていると言っていた。この忌々しい片田舎で、ついにだれかが物事を考えて何かしようとしていることは俺の気に入った。(4/15晩)

2007/04/15 19:08

メール報告: 白鳥、ポランスキ、小鳥、蜂

 こちらも暖かい日だったし、しだいに暖かくなる。庭の水まきをしてから、水辺へ散歩に行った。雌白鳥はもう卵を抱いていて、白鳥のダンナさんは雌を守っている。雌は頭を翼に隠して眠っていたが、お尻で卵を温めていた。

 そのあとオフロに入っていたら、財務局からの書類(またしても!!!)を持ってきた郵便配達にシャワーの下から追い出された。あまりいい知らせじゃない。

 一昨日、ポランスキの映画「ローズマリーの赤ちゃん」を見て、この監督についていろいろ考えた。俺が思うに、彼の一生じたいがすばらしい映画の材料じゃないか。彼が亡くなったらようやくだれかが彼の生涯を映画化しようとするのだろう。だがきっとそういう人が現れるに違いない。(4/12晩)

 水辺の散歩から戻ったところ。かなり暖かいので、白鳥の奥さんは巣から出ていて、卵が数個見えた。残念ながら卵を数えることはできなかった。白鳥のダンナさんは池の底の何かを食べていて、奥さんは葦の葉を巣に足していた。昨日と同じ場所で2、3羽のオオバンが3羽のヒナを連れているのを見た。

 今朝、郵便局に行き、書類を税金の振り込み証明書のコピーとともに財務局に送った。Bのところ[郵便局]はラジオ・マリヤが流れていた。

 うちのそばで今朝クロウタドリが美しく歌っていた。一昨日初めて店のそばでクロウタドリの声を聞いた。(4/13午前)

 もう2度、さえずる小鳥を見た(木の葉がないので)が、ちょっと遠くからで空が背景だったので小鳥の色はわからなかった。冷凍カリフラワーのおいしいスープを作った。食後、お腹は全然痛くない。(4/13午後)

 湖のほとりで大きなマルハナバチを見た。(4/13夕)

2007/04/15 19:07

メール報告: ごちそう、パソコン、白熊

 とくに食欲はない。幸い食べることはできるけど。おいしいものがあるんだ。ハム、野菜サラダ、かたゆで卵、ホースラディッシュ・ソース、Hのケーキ、セルニク[チーズケーキ]とシャルロトカ[りんごケーキ]。フルビェシュフのケーキはもう食べちゃった。フルビェシュフから来たケーキというのは、Pの姑さんがそこで焼いたからで、Pがもらってきたのだ。セルニク(おいしかったがHのとは違った)とマズレクの一種があった。Hのところにもとてもおいしいマズレクがあった。買ったやつだけど。

 最初Aを部屋に入れてあげなかったのはちょっとバカみたいだったけど、それでよかったのだと今はわかっている。彼女は俺のパソコンにまだ張り付いていただろうし、そうなれば俺はメールが書けなくてじりじりしていただろう。彼女がやってきてパソコンを使うのに反対ではないが、今日は勘弁(!)。それに彼女は何か重要な通信をするわけではなく、ただ自分が登録解除されないように、ネット・ゲーム(トランプなど)をするだけなんだ。Rと別れたあと、彼がパソコンを持っていってしまい、彼女はそれがないとまずいのだ。(4/10晩)

 [送ったけど届かなかった]あのリンクは、ベルリン動物園で母熊に捨てられた白熊の赤ちゃんの話。管理部、あるいは決定権のある人たちは、人間は仔熊を一生世話することはできないから、仔熊が苦しまないほうがよいと言って、安楽死させようとした。むろん大反対が起きて、仔熊はそっとしておかれ、結局、餌をやって育てることのできる人たちが見つかった。いまやその仔熊はひじょうな関心を集め、動物園には通常の数倍の人数が訪れている。仔熊を見られるのは入園者1人あたり10分間だけなのだが。リンクには仔熊の写真があった。

 1回のノムノムのあと、1日の治療で終えることができたのはもう3回目。1回目はベルリンで(2日目にビールだけ)、2回目は2月27日の床屋のあと、今回3回目は居酒屋に行かず、おうちで小瓶。元気で朝食と昼食を食べた。(4/11夕)

 今日、シマウマウサギをまじまじと見て、なぜこれがPにとって嫌なのかわかった。これは単なる俺の昨日の二日酔いの産物だからだ。あまり芸術的ではなく、酔っぱらっている。まあ俺は、麻薬と酒のあとですばらしい作品を描いたヴィトカツィじゃないからな。

 庭の小さな雑草を抜いた。昨日の雨で地面はまだ湿っているが、明日は水やりをしようかな。だんだん暖かくなっているが、暑くはない。(4/11晩)

2007/04/12 02:23

メール報告: 二日酔い、けが、縞ウサギ

 郵便局に行って、写真と新聞の切り抜きを送ったよ。200mlのクスリも買った。頭が割れるようにいたいから。でも居酒屋には行かないで、1日自宅治療。Pが別れぎわにケーキと肉を少しくれたので、寝る前に肉と、ケーキの一部を食べた。だからお腹は痛くない。(4/10午前)

 アタマが痛かったが治まった。そのかわり夕食を作っているときに切った指が痛い。ユビ ハ イタイイタイ!(4/10午後)

 ケガのあと血がたくさん出て(今日、台所のタイルを洗った。屠殺場みたいだった)、トイレットペーパーで巻いてもしみ出てきたが、何回目かで止まった。今朝その血で茶色くなった紙の玉を長い間水に濡らしてはがした。医者に行く必要はない。きのう傷にオキシドールをたくさんかけて殺菌消毒したから。傷はもうふさがっていて、痛いのは何かに触ったときだけ。でもそれは一瞬で、普通の外傷性の痛みだ。感染はないし、もうそろそろ癒合してきている。(4/10夕)

 その傷が深かったのは、Hにもらったハムがよく切れるよう、あらかじめ包丁を研いでおいたから。

 ウサギのリンクを送ったあと、その写真を見ていないので、頭にも縞模様があったかどうか覚えていない。最初、シマウマウサギにはウサギの短い尻尾があったのだが、シマウマの尻尾に変えた。気持ち悪い絵でおどかさないように努めているが、嫌な感じに思えることがあっても、親しくなってみればもうそれほど気持ち悪くはなくなる(チャメルのように)。何でもそうお行儀よくは描けないよ。ヒヒヒ。(4/10夕)

 ここにAが来て、ちょっとパソコンを使いたがったが、体調が悪いからもう寝るんだと言って断った。1人でいて、ひとりぼっちで病むほうがいい。

 小雨が降り出した。よかった。庭の水まきをする元気がなかったから。明日も水まきはしなくてすむかもしれないが、若い雑草を抜きに行くかも。(4/10晩)

2007/04/12 02:22

メール報告: 水かけ、スチュアート

 パシャパシャ、ピシャピシャ、ジャボジャボ、水かけ月曜日にバーチャルな水をかけてやるぞ![復活祭の日曜日の翌日の月曜には水を掛ける習慣がある]

昨日、ルィネク[中央広場]とその周辺で、かなりの数の日本人と、通りにいるポーランド人と同じくらいの数の他の外国人を見た。人通りは少なかった。マウィ・ルィネク[中央広場のそばにある小さな広場]は掘り返されていて、ルィネクの「アダシ」[アダム・ミツキェヴィチ像]の側のかなりの部分は金網で囲われていた。

 Aさんはいなかったが、彼女の庭に鳥よけのネットが追加されていた。たぶん、俺が庭の柵についた鳥の糞を苦労して洗い落としているのを見て、そうしたのだろう。彼女は庭に何かの種を蒔いて、それを鳥に食べられたくないのかもしれない。(4/9午後)

 いましがた映画「リトル・スチュアート」の断片を見た。スチュアートというのはアニメのネズミだが、絵ではなく、本物の毛皮(白い)付きの人形のようだ。コンピューターで描いたものかもしれない。公園で猫の一味がこのネズミを捕まえようとする場面はものすごく可笑しかった。この猫たちは実写だが、もちろん個々の場面はコンピューターで合成したに違いない。とてもよくできている。猫たちがスチュアートを追いかけていて水に落ち、そこからはい上がる場面との合成はなかった。水を振り払うところと、濡れた本物の毛皮は、CGでは作れないのだ。ただ猫が何か言うときの顔の動きと、ネズミがぶら下がった木の枝に猫の歩みを合わせるのはCGでやっていた。すばらしい!

 縞模様のウサギ[インドネシアの原生林で今年1月末に撮影された。http://wiadomosci.onet.pl/polecam.html?a=1&r=36a8e3cb1fdf42bac66dce3edc817083]に関して言えば、21世紀にもなってもまだ未知の種類の動物が次々と発見されるのはすごいことだ。奇妙な動物がこれからも発見されて、彼らが絶滅する前に救えるといいなと思う。

 今年の水かけでは、廊下で騒いだり、水を持って追いかけたりする子はいなかったが、Zのうちにお客が来て、2時間というもの俺の頭の上で馬と象の群れみたいにドスドス歩いていた。

 いまPから電話があり、うちに来てくれと言う。子どもが病気になり、祖父母のところに置いてこざるをえなかったから、うちに1人でいると心配なのだ。1時間ほどPのところに行って来る。(4/9晩)

2007/04/12 02:21

メール報告: 復活祭の朝食、ハシドの絵

 いましがたJの車でバシュトーヴァから戻ったところ。お腹の大きさは2倍になり、冷蔵庫には予備の食料がある。バシュトーヴァにはGも来ていた。税務署に行って役人とどう話したらいいかを彼女に助言した。Gが言うには、例のパリの仕事は長時間の重労働に対して賃金が少ないらしい。Dとも話したけど、彼には両親も同じことを言っているのだ。

 Jはここで俺のパソコンに音を戻すべく試みたが効果なし。

 バシュトーヴァで朝食後みんなに「ハシド」の絵を見せて、背景を手直しするか、このまま残すかを投票にゆだねた。全員(アメリカのMも、他の知人たちも)が手を加えない方がいいと言った。絵はとてもいいし、この暗さに雰囲気があるのだし、ユダヤ人はよく見えるから。手直しするといまの状態を壊す可能性がある、と。(4/8午後)

 「ハシド」の新たな絵は描かない。原型のまま残しておく。描かれた「物体」(ユダヤ人は物体じゃないぞ!)が月並みな物でも、描き方が月並みとは限らない。ファン・ゴッホのヒマワリだってありふれた花だ。ありふれた市場や猫の写真を撮ったとして、つねにそれがありふれた写真か? だがユニークな主題に関しては同意する。他のだれもナガミミ世界を描かなかったし、他のだれも俺の夢は描けない。だから今後はもっと夢の絵を描こう。(4/8晩)

 ハシドたちが「硬い」のは、彼らがこの瞬間、実際はもう生きていないからで、だた彼らはまだそのことを知らない。ひょっとしたら自分たちの運命を予感しているのかもしれない。その後の占領期、彼らは歩く亡骸だった。この絵には、まだヒトラー信奉者がいない時代が描かれているが、「俺の」ハシドたちはすでに暗闇に消えかけている。そして結局はカジミェシュの現実から消えるのだ。だからこの絵は暗いままにしておくほうがいい。

 夜の火山を描くつもりだったが、あまりに月並みになりはしないかと心配だ。(4/8晩)

2007/04/12 02:21

メール報告: 復活祭の卵、アイロン、ゴミ

 明日は復活祭の卵に絵を描く。祝日の2日目[月曜日]は約20度まで上がるという。ちょっと物入りだ。4月23日はJの名の日、4月25日はDの誕生日だから。復活祭に備えて買い物もしなくては。(4/6晩)

 卵は4個描いて、3個はバシュトーヴァに持っていき、1個はAさんにあげたいが、うちにいるかどうかわからない。明日ノックしてみる。もう祝日のあとならいいのにな。その後は5月1日とツバメを待つ。そして花々の生長を眺める。そんなに速く生長しないほうがいいな。Pが生長を観察できるようにちょっと待っててくれるといい。Pの歓迎に花が咲いてるように、でも花盛りまでには余裕があるように、だってそのときがいちばんすてきだから。俺にとって花の観察は娘の成長を見るようにすばらしい。(4/6晩)

 木曜日にアイロンがけをしたとき、アイロンのうち1つが動かないことがわかった。それを捨てたので、うちからガタクタが1つ少なくなった。(4/7晩)

 Wはやっぱりリノリウムの上に何も敷かなかったので、その分は働いて返すことになっている。それで廊下の壁の改修をしたのだが、埃と塵がたくさんたまった。俺がWに、復活祭の前に掃除機をかけて足拭きマットを取り替えたいんだと言ったら、彼はゴミはその前に片付けると答えた。ゴミは1週間ずっとそのままだったから、今朝俺は掃除機を出して、ドアのそばにあったものをすべて吸い取った。ドアも洗ったし、足拭き用の布も取り替えた。14:30、彼の仲間が廊下の観音開きの扉を両側とも広々と開け、埃がもうもうたる中で掃除をしている。実際これは悪意のこもった愚行だ。俺は再度、掃除機をかけて、ドアを洗わなくてはならない。足拭きマットはこのままにしておく。

 復活祭の卵に絵を描いたが、描き終えたのは2個だけ。それからお腹が痛くなった。Aさんのドアをノックしたが応答がないので、戻ったらうちのドアをノックしてくれるようメモを残しておいた。(4/7夜)

2007/04/12 02:20

メール報告: アボリジニ、洗濯・掃除

 昨日は感動的な映画「ウサギ狩り」を見た。この映画は3人のアボリジニのハーフの女の子が白人の修道女と教師の「保護」から逃亡した実際の事件に基づいている。1970年代まで、子どもがハーフの場合、アボリジニの両親から取り上げられ、特別なセンターに収容され、そこで宗教的洗脳が行われ、「白人」式の生活を教育された。女の子たちは(1人は途中で捕まる)追跡者や警察の追跡を出し抜いて2000km以上を踏破し、母親の元へたどり着いた。最後に2人の老婆が映るが、これがその1930年代に逃亡した女の子の今の姿なのだ。現在2人はいっしょに自分たちの土地で暮らし、自由だ。3人目は残念ながら亡くなった。人生を台無しにされ、親から無理矢理引き離されたアボリジニたちは、何年も経ってからオーストラリア政府を訴え、補償を得た。いつだったかそのテーマのドキュメントを見たことがある。このテーマはオーストラリアにとっては恥だ。(4/4晩)

 この映画とそのドキュメントで驚くべきは、子どもを親から引き離す取ことが1970年代まで続いていたことだ。こうしたセンターでは、とくに子どもたちを虐待してはいなかったようだが、しかしこれは文明国における野蛮な行為だった。(4/4晩)

 今日はかなり作業がある。黒のコーデュロイのズボンと白いシャツを洗濯し、スーツのズボンにアイロンを掛けた。そのズボンを絵の具で塗った。シャツを洗った水を使って、浴室と台所の床をモップで掃除した。いまシャツは「ビエルナル[漂白剤]」を入れた別の水に漬けてある。

 夕方Hから電話があったので、まず復活祭の朝食の約束をした。Dは物理学オリンピックで(160人の生徒の中から)優勝し、好きな高校を選ぶ権利を得られることになったが、他の条件を考慮してそうはしなかった。この栄冠だけで足りると思っているが、ひょっとすると他の科目の成績や品行や欠席数も評価の対象になるかもしれない。Hが頼むので、彼と話をしなくては。(4/5午前)

2007/04/12 02:20

メール報告: 復活祭、庭、ターミナル

 すてきなカードをもらうのは、いつだってうれしいものだ。Wさん、Aおばさん、Fにも送った。久しくFにはカードが届いているのかどうかもわからないので、連絡をくれるようにたのんだ。(4/2夕)

 種はもう地面に埋まってる。ヒマワリ、百日草、コスモスだけでなく、もう5年目のオシロイバナとキバナコスモスも。

 ポーランド人教皇が亡くなってちょうど2年になるので、フランチシュカンスカ通りの「教皇の」窓の下に夜中20000人が集まった。(4/3夕)

 たしか4年前にキバナコスモスは育たなかったが、どうなるかな。明日はさむーくなって、夜はみぞれが降るかもしれない。ヒーターは2晩つけよう。金曜には暖かさが戻るらしいから。

 ちょうどトム・ハンクス主演の「ターミナル」という映画の予告をしている。アメリカで無効になったパスポートで東ヨーロッパにやってきた男の話だ。法律と政治の犠牲者は空港に住みつき、そこで生涯を送る。このエイガを見たかったので、土曜日に見たい。(4/3晩)

 こちらも今日は肌寒いが、幸い2日間だけらしい。ヒーターをつけたので、うちの中は心地よい。ただ廊下ではしょっちゅう口論したり、ドアをバタンと閉めたりしている。それにいまいましい犬が、昼寝をはじめて30分で俺を起こした。2日間昼食に米を食べた。オナカは痛くない。今日は冷凍ブロッコリーをゆでて食べたらおいしかったし、オナカは痛まない。それにようやく青物を食べた。

2007/04/08 18:43

メール報告: 動物園、柵、財務局

 ガゼタ・ヴィボルチャ紙クラクフ版に、春のクラクフ動物園に関するルポルタージュが載っている。もちろん、動物たちの求愛や、ビーバーの木登りや、鳥たちの交尾などの話なのだが、俺が驚いたことに、あそこにはゴリラとミーアキャットもいるのだ。絶対見に行かなくては。それに多くの新しい動物たちの収容施設も建設中だ。キツネザルの母子、鼻を持ち上げている2頭のゾウ、ミーアキャット、妊娠中のラクダの写真が載っている。(3/31晩)

 今日は庭の柵の外側を半分、内側を全部洗った。月曜に洗うのを終えたら、土をまく予定で、ひょっとしたら花の種まきと水やりもできるかもしれない。コンクリートの「小道」も掃除しなければ。(3/31晩)

 ヒーターをつけてないので、家の中はひんやりしている。でも冷え込みが近付いたらつけるかも。(4/1晩)

 今日は柵を洗い終えた。あいにくその際、木戸の片方が取れてしまった。土を運んで畝に入れ、「小道」を箒で掃いた。仕事のあとは汗びっしょりになった。ヒマワリ、百日草、コスモスの種まきは明日。小雨が降ってもやるつもり。

 財政局から税率に関するお知らせの手紙が来た。財務局に電話してみると、俺の会社は活動中止になっていて、廃止にはなっていないことがわかった。廃止するためには市役所に行って辞職を表明し、登録を返還し、それからしかるべき書類を持って財務局へ行き、そこでまた書類に記入しなくてはならない。まったく頭に来るぜ、いつになったら俺から手を引くんだ? 最近の報道によると、新しい法律では会社を興すのがいままでより容易になって、俺がそうだったように1か月も歩き回らなくてもよく、3日で済むそうだ。どうやら会社の廃止の場合、これはあてはまらないらしい。会社がなくなってほぼ1年経つというのに、役人・事務員どもは俺をそっとしておいてくれない。銀行でなければ保険会社、ZUSでなければ財政局、そうやってここひと月というもの俺を悩ませている。ヨーロッパや世界の投資家はポーランドの役人に逃げ腰だ。さしあたり俺のTAXIは活動停止でいいや、廃止は暇なときにやろう。(4/2昼)

2007/04/08 18:42

メール報告: 花見、シカゴ、改修工事

 2003年には桜の咲く時期に日本を訪問できて幸せだった。友人たちとお花見をしたことはとっても楽しい思い出だ。あんなふうに新鮮な空気の中で日本風にマットを敷いて食べ物飲み物を並べて座るのは大好きだ。

 Mから知らせをもらった。いまはシカゴの屋根裏部屋に住んでいるそうだ。

 庭仕事をした。土掘りを終えた。今日がいちばん大変だった。雑草の根っこはあらゆる記録を超えた。明日、ガレージから手押し車で土を運ぶ。(3/30夕)

 Mにこう書いた。シカゴはすてきな大都市だが、俺が好きではないものがある。しばしば湖から吹きつける強風だ。いっぽう多くのポーランド人にとっては救いの街だ。あそこでは英語を知らなくても生活も仕事もできる。店や事務所の看板の文字さえポーランド語で書かれたポーランド地区があるのだ。警察官もポーランド人であることが多い。

 ガレージのそばで花をつけている地味な木と、隣の「猫の庭」の黄色いレンギョウの写真を撮った。あのもう1匹の灰色の猫がいた。

 ときどきtotoを買っている。ひょっとしたらいつかついに運命がほほえんで、ヴィザが要らなくなったら、そしたらMのところに行って、シカゴを見てみよう。

 今朝、隣の部屋の人が来て、ちょっとうるさくなるかもしれないと言った。これならわかるし、いま廊下で騒がしくしていても俺はいらいらしない。実際ここ数日、壁の改修工事をしている。(3/30夕)

 工事を予定しているときは隣人に前もって言うものだと俺はいつも口を酸っぱくして言っている。ほんのときたま、今日みたいにその教えの効果が現れる。プワシュフ全体に礼儀を教えられるとは、はなから思っていない。(3/30晩)

2007/04/08 18:42

電話報告: バルシチ、エイプリル・フール

 冷凍のウクライナ風バルシチを温めて食べたらお腹が痛い。ジャガイモは別にゆでたのだが、お腹がすいて急いでいたので生煮えだったのかも。バルシチを煮ている間に浴室の床の掃除をしていたら、煮立てすぎて吹きこぼれて半分になってしまった。

 NORに登録したよ。日本女性連合というフェミニズムの団体が電話してきたから登録した。月に20ズウォティ会費を払う。……エイプリル・フール!!  NOR=ニホンのオンナのレンゴウ。オンナ、ジョセイ、フジンの使い分け方がわからない。

 ネズミモグラを録画したから、見たければ消さずに取っておく。この動物は前歯が変で、唇の外に前歯が生えている。

 求人に応募しようとした。警察の民間協力シミュレーターになって犬を調教する。走って逃げて犬に捕まってかじられる役。たくさん走らなくてはいけない。知人に訊いたら、50歳以上じゃ無理だ、取ってくれないよという。この仕事に就いてほしいか?……エイプリル・フール!!

 明日も土掘り。あと庭の柵を洗剤とお湯で洗う。苔で緑色になってるし、スズメとシジュウカラのフンで汚い。(3/29晩)

2007/03/30 01:10

メール報告: 続々・庭仕事、毛沢東の写真家

 今日、庭の土を掘りおこしていたら、スズメたちはまた怖がらずにパンをつついていた。あいにく地面にひと突きしたらシャベルが折れてしまったが、マアマアなんとか掘れる。庭の半分は終わった。明日あさってで新しい土をまいて、それから花の種を播く。夜中にヒーターをつけなかったので、家の中は肌寒い。昼間の気温は14度だが、夜は1、2度に下がる。(3/28夕)

 1年間庭仕事を休んでいたため庭は荒れ放題だ。毎年春に片付けをすればそれほどたいへんではないが、雑草をはびこらせるとそのあとがタイヘン・シゴト。初めてのときの方がまだ楽だった。ほとんど石や煉瓦の破片ばかりで雑草も生えなかったからだ。だが地面に穴を掘って土をたくさん運びこみ、園芸用土も足したから、花にとって好都合なのと同じく雑草にも好都合になった。1年放ってあったため、今日は地面から1メートルもある雑草の根を抜いていて、小さな区画しか進まなかった。

 今朝はシジュウカラの大きな声が聞こえた。店に行く途中にはいろいろな花が咲いていて、ライラックは大きな芽をつけている。木馬はあいかわらずない。(3/29午前)

 面白いフランスのドキュメント「毛沢東の写真家」を見ている(録画した)。その昔、川を挟んで身振り手振りで会話して知り合った、すでに年輩の夫婦の話だ。男は上海から来た映画カメラマン助手、女はその後、写真を学ぶ。状況が錯綜していたおかげで彼女は毛沢東「お抱え」写真家となる。名はHubo、あるいはHu Boという。彼女の夫はそれ以前から映画カメラマンとして、さまざまな政治事件や毛沢東の私生活を撮っていた。Hu Boの発言の1つが独特だ。当時はガラス乾板がたいへん高価だったため、どの写真もよく熟考した。彼女の発言によると「乾板がダメになることをおそれて、1枚の写真を撮る前に毎回ちょっとした心臓発作を起こしていました」。その写真を何千枚も撮影したのだ。そうした「発作」にもかかわらず、そのドキュメントでは夫婦2人とも健康に見える。(3/29午後)

2007/03/30 01:10

メール報告: 続・庭仕事、ゴボウ、スズメ

 朝食後はもちろん庭仕事を続けた。昨日、古い球根からのチューリップの葉に気付いた(ひょっとするとすでに新しい球根ができているのかも)。この球根を植えたのは何年前だろう? ガレージのそばではミラベルカ[スモモの一種](たぶん)が花盛りだ。シジュウカラの声は聞こえないが、線路の向こうに行く途中、あの「チッチッチッとさえずる」小鳥がかなりいた。

 郵便局のBがアイリスの苗をくれると言ったが、アイリスは地下茎で増えるから、俺は庭全体がアイリスになるのは嫌なんだ。

 またしてもすぐに疲労困憊、胸焼けに苦しめられたが、もう灌木はない。いちばん面倒だったのは庭の隅にあった巨大なゴボウのトゲのある頭状花で、完全に乾いて赤茶けているにもかかわらず、革手袋にさえくっついてきた。枯れた枝にも地面にもそれがたくさんあった。明日は土を掘って、雑草の根を抜く。これは重労働なので何回かに分けてやる。

 この庭仕事や絵を描くことのように、自分のやり方でやるのが好きだ。だれの指図も受けず、急きたてられないから、いつ休憩してもよい。落ち着いて、いい仕事がたっぷりできる。自分のタクシーで走っていたときでさえ俺は自由ではなかった。上役はいなかったが、ひっきりなしに支払いに追われ、車のどこかが壊れるのではないかという不安におびえていた。そうなったら悪夢だ。第一に走れないし稼げない、第二に修理代を払わねばならない、第三に何か支払いが遅れたらそれこそ大惨事。

 このあとまた庭に戻る。うちの窓の上の巣の住人らは、たぶん俺のことを知っている。俺が忙しく働いていたとき、スズメたちは逃げずに、俺がまいてやったパンを3歩離れたところでつついていた。俺が彼らの方へ動くと、生け垣の上に飛んでいき、俺がすることを見ていた。(3/27午前)

2007/03/30 01:09

メール報告: フック、庭仕事、ズボン

 ドアに貼るダブル・フックを2つ、店で買った。昨日もう1つ買わねばと思ったとたん、最後に残っていたのが取れてしまったので。すでに貼り付けたが、役に立たないとわかったら、金属製のネジ止め式のを買おう。

 庭のゴミを集めて捨て、低木の半分を抜いて運び出した。その作業の最中にMの娘のEが飛んできて、それをどこに運ぶのか、まさかうちの庭じゃないでしょうね? とあつかましくも訊いた。俺は、ゴミをどうしたか、有機廃材をどこへ運ぶかをおだやかに説明してやったが、頭から悪者扱いされるのには腹が立った。Mが娘を遣ったに違いない。他の人に対してはこんな振る舞いはしないだろうが。俺がいい子すぎるのだ。俺が彼女の立場なら、まず人がゴミをどうするのかを見て、もし規則違反なら注意するだろう。まったく、こうした無知蒙昧ぶりが俺をがっかりさせるのだ。

 すぐに疲れてしまった。身をかがめていたため、胸が悪くなったのだ。それにズボンが尻から落ちてきた。俺が痩せたからではない。黒いコーデュロイのズボンはもうボタンがはまらないし、ジーンズは縫製がまずいからベルトを買わなくては。タンデタ[近所の雑貨市場]に行って、コーデュロイとリュックサックを買おう。俺のジーンズがいかに縫製されているか(グラスみたい)と、いかに縫製すべきかのスケッチを送る。これは俺が痩せてるか太ってるかに関係なく、いつでも落ちる。やっとのことボタンを留めるのだが、それでも落ちる。(3/26午前)

 ちょうどテレビに輪島の幼稚園の地震の様子が映っている。また外の大きな被害も映している。この地震は、インドネシアで津波を引き起こした地震と同じくらい強力だった。今回はテレビに輪島の位置を示した地図が映った。きっとチャメルより重要なだれかが、日本に関する情報が不正確だといって介入したのだろう。(3/26午後)

2007/03/30 01:08

メール報告: スポーツ、地震、借金

 マウィシュ[スキージャンプのアダム・マリシュ選手]が調子を取り戻し、今年のジャンプの総合優勝を果たして、水晶球を勝ち取った。オーストラリアの水泳世界選手権女子400mで、1位はフランスの選手、銀メダルはポーランドのオティルカ、銅は日本のアイ・シバタが獲得した。今日は2人のスケート選手、ミキ・ナントカとマオ・アサダを見た。韓国の選手もたいへん良かった。今年はアジアの女性選手たちが実力を見せた。

 テレエクスプレスで、地震で破壊された町を見た。その地区では多くの人が住む家を失った。

 明日は庭仕事を始めるつもり。もういい天気だ。(3/25夕)

 手にマメができるといけないので古い仕事用の手袋を探してみる。見つからなければゴム手袋をはめる。

 日曜が終わり、明日は「人間的な」日なのでうれしい。日本では日曜は人間的な日だ。(3/25夕)

 今日で3度目になるお昼の米飯、今回は「ポーランドの」米。こんなまずいもんをどこから輸入してるんだ?

 テレビで好天のことを言っている。復活祭、すなわち4月8日までは暖かく晴天という予報。

 明日、エヴァ・ズジズガは[みずからのトーク番組で]スワヴォーミル・シコラと話すことになっている。シコラは、映画「借金」のアルトゥル(またはロベルト)のモデルとなった人物[2人は自分の店を持つために知人から金を借りたが、激しい取り立てと脅迫にあい、その知人を殺した。映画はその実話に基づく]。すでに恩赦で刑務所を出た。あの映画がきっとその恩赦に役立ったのだろう。(3/25晩)

2007/03/30 01:08

メール報告: ご飯、ポテトサラダ、戯れ歌

 今日のお昼はゴハンに生クリームとシナモンをかけた治療食を食べた。気分はよい。夜中、気分がすぐれず目が覚めたが、幸いゴハンのことを思い出した。おそらく俺はパスタが食べられないのだ。少なくともあの大量生産品は。いまパスタをうちで手作りする人はいるだろうか? ママは作っていた。それはそれはおいしかった。(3/23晩)

 インターネットでドイツのポテトサラダの作り方を探してみる。東ドイツでも1971年によくそういうサラダを食べたが、おいしかった。もし見つからなかったら、切ってゆでたジャガイモを、ゆで卵、玉ネギ、マヨネーズとあえる。こういうものだと思うし、ずっと前から食べたいと思っていたんだ。今日はまたゴハン(最後の日本の)に生クリームをかけて食べた。オナカは大丈夫。(3/24夕)

 買い物に行くとき強風が吹いていたので、水辺の散歩はやめた。いつだったか洗濯についての戯れ歌を送ったっけ? 手帳の中に5、6年前のその戯れ歌を見つけたよ。(3/24晩)

 夏時間への変更は土曜から日曜にかけての真夜中に行われると最近の新聞に書いてあった。テレエクスプレス[夕方5時のニュース番組]ではマチェイ・オルウォシ[メイン・キャスター]が「明日、旧時間の16時にお会いしましょう」と言った。Onet[ポータルサイト]にも夏時間変更が健康に与える害に関する記事がある。だからたぶん今日の夜中に変更だ。(3/24晩)

 Kが電話で俺が知らなかった日本の地震のことを知らせてくれた。11:30まで寝ていてニュースを聞かなかったのだ。

 庭には黄色いタンポポが咲いた。ポーランドではこの花を「mleczeムレチェ」といい、そのあとのを「dmuchawceドゥムハフツェ」という。日本でもそんなふうか? 「タンポポ」とはdmuchawce[綿毛]? それともこの植物の名前?

 洗濯の戯れ歌を送る:
日曜日にはお洗濯、
きれいなシーツ、乾いた服。
古くはないがシーツはもう、
ねとねとしててネズミ色、
あえていうなら洋服は、
いい匂いとはいいがたく
かつての彩り鮮やかが
しだいに汚れて煤け気味。
またもやセーター、シャツ、ズボン、
婉曲穏やかにいうならば
洗濯したら新しく、
きれいで新鮮あざやかに、
だれにもことわらなくたって、
どこにだって着ていける、
染みを付けたり汚したり、
落ちるかどうか気にせずに、
朝食のとき汚しても、
次の洗濯までのこと。
(3/25午後)

2007/03/30 01:07

メール報告: 無知蒙昧と精神的狭量

 我々ポーランド人が世界と正常なコンタクトが取れるようになって以来、残念ながらポーランド人は見解の水準で世界に後れを取っていると思う。この人々の無知蒙昧と精神的狭量に俺はショックを受ける。大学を卒業した人でさえそういうことがあるのだ。

 自分が狂信者だと、そういう候補者に投票するのだ。カトリック信者であっても、ギェルティフやリジク神父はいささかもううんざりだという人もいる。こうした「教会的な」傾向は、俺のささやかな考えでは、半世紀にわたる教会迫害とさまざまな宗教活動禁止の結果である。だがポーランド人は極端に走るのが好きだ。

 かりに俺がまったく地元の神父を知らないわけではなかったら、神父を「クリスマス聖歌のあとで」家に入れてあげるだろう。でも神父のことを知らないから、俺の「罪深い」人生に対する彼の論評を懸念する。そうしたバカげたことは聞きたくないし、俺の問題に首を突っ込まれたくない。

 1時間前にテレビで「神父は告解のとき女性に避妊適用について訊くべきか、避妊している女性を弾劾すべきか」がテーマのディスカッションを聞いて、俺のフラストレーションはさらに増大した。下劣で時代錯誤でバカげてる。

 ガゼタ・ヴィボルチャ紙といっしょにフォン・トリエル監督の映画「ヨーロッパ」[のDVD]を買った。[特定の日の新聞を購入するとDVDが安価で買える](3/23夕)

2007/03/30 01:07

メール報告: 狂信的カトリック信者

 今朝、長い方のトンネルを通って郵便局に行き、すべての支払いをした。何という安堵! 懐具合ではなく(これは重荷)、靴の中。ここ半年で初めて足のマメが痛まなかった。最近はスーペルチストチェルではなくてアツェリンを塗っていたが、昨日、マメのかなりの部分が取れたのだ。

 Bの郵便局には宗教的なのしかないとわかっていたから、キヨスクで復活祭のカードを買った。むろん彼とはその話題で討論をした。俺がキヨスクで買ったカードを彼に見せて、少しはこういう中立的なカードを置くべきだと提案したからだ。彼は、万事OKだ、伝統的なカードを置いているからと言う。復活祭の彩色卵とヒヨコは伝統ではないのだろうか? これこそキリストよりも古い伝統なのだということを、こうした狂信者に説明するのはむずかしい。

 最後に俺はこのラジオ・マリヤ[キリスト教原理主義的ラジオ局]聴取者に面と向かって言ってやった。学校における宗教教育、非カトリックの児童生徒を下位に扱うこと、宗教の授業を避けることができないように真ん中あたりに持ってくることなどに、俺がいかに怒り狂っているかを。もし宗教の時間が必修でないならば、学校に遅く行くか早退できるよう、1時間目か最後の時間にするべきだ。

 ポーランドでは、無知無学な人が自分がいかにまっとうな人間かを強調したいとき、私はポーランド人でカトリック信者だ! 私は教会に通っている! とわめく。だが刑務所に大勢いる泥棒、殺人犯、強姦魔、小児性愛者は、外人をのぞくと全員カトリック信者だ。こうしたBのようなポーランド的狂信が、俺を教会からはねつけるのだ。

 最近PiS[与党「法と正義」]が日曜の商売完全禁止を導入しようとした。その法案は国会を通過しなかったが、年間12日の祝日にはいかに小さな店であっても商売を禁止することで妥協した。

 今度はまた、裸の女を見るのが好きな人たち全員を刑務所に入れたがっている。LPR[ポーランド家族連盟]の非現実的狂信的政治家たちがポルノの完全禁止を導入したがっているのだ。するとまたもや外国からポルノ雑誌が密輸されて、信頼できる仲間うちの大人や若者だけでこっそり眺めることになるだろう。インターネットのそうしたページも禁止したがっているが、どうやってやるのだろう? おそらく中国みたいにかな。中国には「適切でない」サイトに対する適切なフィルターがあるのだ。(3/23午前)

2007/03/30 01:06

電話報告: 昼寝、御法度、Paから電話

 2時になると廊下で何か作業が始まるので昼寝ができない。今日はお腹が痛くて眠れなかった。ミントティーのティーバッグを2袋つかって濃いお茶を煎れて飲んだ。これでおさまるといいが。

 俺はツイてない。「マルホランド・ドライブ」では主人公の女の子が意味もなくレスビアン行為に巻き込まれる。夜中に見ようと思っているもう1本の映画、大島渚監督の「御法度」は、ホモセクシャルがテーマだという。俺は武士道に興味があるのに…。普通の歴史物の方がよいなあ。写真を見たら本当に女の子と見まごうような男の子だった。

 一昨日Paが電話してきた。ケータイはうちに置いてきたそうで、俺が電話したことは知らなかった。仕事が決まっていないまま行ったけどすべて決まったそうだ。きっと決まらないうちはこちらが心配すると思って電話を掛けなかったんだろう。

 中国で、母親に捨てられた3匹の仔虎の面倒を豚が見ている。

 スペインとフランスは大雪。ポーランドよりもたくさん降った。(3/22晩)

2007/03/24 01:57

メール報告: フィギュア・スケート

 こちらのラジオでも、早めの夏時間変更のことを言ってたが、それはアメリカの話。こちらは最後の土曜から日曜にかけての真夜中、つまり3月31日から4月1日の間。天気がよくなるのを待っている。土と種とじょうろも待っている。(3/20晩)

 ここはあいにく冬に逆戻り、新聞の見出しは「ヨーロッパは雪」など。

 フィギュア・スケートには興味がないが、いま世界選手権を東京でやっているので少しだけ見た。ちょうどポーランドのペア、マリウシュ・シュデクとドロタ・シュデク(夫妻)が、けがのため(おそらく)棄権して観客に別れを告げているところだった。そのときカメラが観客席を映し、そこにはこのペアの日本人ファンの集団がいた。彼らはポーランド国旗と「SIUDKI」という大きな文字を手にしていた。女性ファンの中には泣いている人もいた。シュデク夫妻はファンクラブの存在を知っていて、彼らにとってはそれがとても大切でうれしいと、あとのインタビューで語っていた。日本では自分の好きなスポーツ選手を選び、その人の応援をする習慣があるとも言っていた。それは必ずしも日本人でなくともよいし、スポーツ選手でなくともかまわない。それについてチャメルはいくらか知っている。(3/21夕)

 フィギュアで面白いペアが2組いた。ロシアの組にロシア人男性と組んだ日本人女性がいた。もう1人の日本人女性はアメリカ人男性とペアを組んでいた。アメリカに関してはいろんな国の出身者がいるから不思議はないが、ロシア人男性のパートナーは日本国籍だった。いずれにせよ2人とも「カワイイ」だった。(3/21晩)

 昨日録画したデイヴィッド・リンチの映画「マルホランド・ドライブ」を見ているが、彼の作品らしく、複雑で謎めいていて番狂わせがいっぱいだ。(3/22夕)

2007/03/24 01:56

メール報告: 改修、新番組、ずる休みの日

 いましがたAさん[向かいの部屋の住人]が自分のたぶん彼氏といっしょに来て、廊下の改修費として210ズウォティの分担金を出してくれないかという。俺がここの住人たちに改修資金として月々10ズウォティの積み立てを呼びかけたのに、さっぱり効果がなかったことを話した。もしそれが実現していたら今頃はおよそ6000ズウォティになっていただろう。分担金をお願いしに戸別訪問をする必要はない、210ズウォティは相当な額だからと言うと、それならもう1つの案として廊下全体にリノリウムを敷くためだけに55ズウォティというのがあると言う。その55ズウォティを渡した。我々の共同住宅に配慮しなければね。そのあとすぐに別の住人が水道代を取りに来たから、戸別訪問するなら彼らに俺の提案を伝えてくれとその人にも言っておいた。(3/18夕)

 昨日は一昼夜インターネットがつながらなかったので返信できなかった。俺はM[共同でネットをひいている2階の住人]と悶着になっているので、Mがはずしたのかと思った。彼女にはもううんざりだから、テレコムニカツィアにインターネット「ネオストラダ」を申し込む用意をしていた。しかし動いているからには、さしあたり動かせておこう。でも5月にはネオストラダを申し込むつもり。(3/20午前)

 ふだん俺はドキュメンタリー以外のシリーズ物は見ないが、好きな俳優のために例外的なことをした。テレビで新番組「Odwroceni 背を向けた人々/転向者(?)」が始まり、その中でクシシュトフ・グロビシュは善良な天使ではなく真面目な警部役で、髪を結んでいる。試しに第1回を見てみたら悪くなかったので、面白いことが他になかったら次回も見るつもりだ。(3/20午前)

 明日は春の最初の日だが、同時に冬が戻ってくる。また、ここ十数年来一般的になった「学校ずる休みの日」でもある。洟垂れ小僧どもはこの日、学校に行かず、町をうろつき回って羽目をはずす。いつ頃からか学校は、授業なしの日ということには同意しつつも、教師同伴の遠足や映画鑑賞などのアトラクションを生徒に提案しながら、これに抵抗を示している。

 明日は寒くて天気が悪いということで、湿った雪で白くなる地方もあるという。もう庭仕事を始めたいのに、これは腹立たしい。(3/20夕)

2007/03/24 01:56

メール報告: 賢い子、エステルカ、買い物

 5歳の(!)女の子が、おばあさんが急病になったとき救急に電話して、名前と住所を教え、おばあさんが倒れて口を利かないと言うことができた。次に、前に言った番地が間違えていたので、正しい番地を伝えるためもう一度電話した。そのおかげで心臓発作を起こしたおばあさんは助かった。

 店でAに会って、2、3週間後にエステルカ[近所にあった居酒屋]が営業することを彼女から聞いた。Aはずっと仕事を探していたが、ようやく求人広告で見つけた。彼女の上役の女性はもう1つどこかの店を探していて、Aを通じてエステルカに入ったのだ。あそこでワイン酒場をやろうとしていた男(バカだ!)は店をほじくりかえす以外、何もしなかった。(3/17午後)

 メールが来るのを待っていたら、Pが電話してきて、いまから土を買いに行くかと訊いた。もちろん俺はコンプをオフにして出かけた。50リットル入り4袋とじょうろを買った。ピーナツバターと汎用リモコンと写真用フィルムも買った。土とじょうろはガレージで天気が良くなるのを待っている。ひどい降りだったのだ。ガレージの前はどろどろで靴が汚れてしまったが、俺は満足している。(3/17晩)

 買ったばかりのリモコンに夜中、幻滅した。夕方になって、そのリモコンには普通の単3電池ではなく、もっと小さい単4を入れることがわかった。夜中に眠れず、どこかにその小さい電池があったことを思い出した。引き出しに入っているのを見つけ、リモコンはちょっとの間テレビだけには作動したが、DVDとJVCにはほんの少しの影響も与えない。ひょっとすると電池が弱いせいかもしれないし、もっと別のボタンを押さなければいけないのかもしれない。新しい単4を買えばはっきりするだろう。

 夜中に寝なかったので昼まで寝ていたら、あのいまいましい犬に起こされた。お風呂のあとでプラツキ・ジェムニャチャーネ[ジャガイモお好み焼き]を作った。油をよく熱したらフライパンにくっつかなかった。ケチャップをかけて食べた。オイシカッタネエエエエエエエ。(3/18午後)

2007/03/24 01:55

メール報告: 北野武、ブラッド・ピット

 TVP KULTURA[文化]で今日、北野武の映画「菊次郎の夏」が放映された。あいにくその局はうちでは見ることができない。

 家にいるのはお腹と心臓の健康には良くないが、懐のためには良い。(3/15夜)

 北野さんについては以前ドキュメントを見たので、彼が何者で何をしている人かは知っている。彼が好きだ。「メリークリスマス…」も見た。

 貂を捕まえたいというのは、発信器付きの首輪をはめるのが目的で、彼らがどこを歩き回っているのか、都会でどのように生きているのかを知るためだ。(3/16夕)

 コンプ[パソコン]がどうかしている。14時に送信されたイザさんからのメールがいまようやく届いた。Jの了解を得て、彼女にバシュトーヴァの番号を教えた。そこに罠を仕掛けたがっているのだ。

 今晩はヴォルフガング・ペーターセン監督の有名な映画「トロイ」がある。ただ主役のブラッド・ピットにはいらいらする。これはおそらく年取ったしるしなのだろうが、新世代の俳優たちにいらだちを感じるのだ。だがこうした若くて生意気な気取り屋たちは決して、マーロン・ブランドやロバート・デ・ニーロやポール・ニューマンやトシロー・ミフネやリー・マーヴィンやクリント・イーストウッド、それに北野さんらのような人たちに匹敵しないという印象はぬぐえない。(3/16晩)

2007/03/24 01:55

電話報告: ダイヤモンド盗難、都会の貂

 グダンスクで開催中のダイヤモンドの展示会場から1500万ドル相当の展示品が盗まれた。今後は警備をしっかりしなくては、と言っていた。最初からしっかりしろよ! やることがポーランドだよなあ。でも盗難にあったベルギーの会社は出展を中止しなかった。これが宣伝になって大勢の人が見に来るし、展示品にはきっと保険が掛けてあるから損はしないのだろう。

 月曜日のガゼタ・ヴィボルチャ紙のクラクフ版に、中心街の共同住宅に貂が住んでいるという記事が載っていた。UJ[ヤギェウォ大学]のイザさんのメールアドレスが記載してあり、読者からの情報を求めていたので、数年前にビスクピア広場で見たことを書いて送った。バグリの泥亀のこともついでに書いた。今日その返事が来た。貂を捕まえる檻をどこかの建物の屋根裏に設置したい。それに協力してくれる人を探しているというので、Hのところを紹介した。貂には2種類いて、人の近くに住むのと住まないのがあるが、これまでは人の近くに住むのも田舎にいたのであって、中心街には住んでいなかった。

 ホフラント・チーズの広告では子ども2人が赤ずきんと狼の役を演じている。狼が赤ずきんの差し出すチーズを食べ、チーズの方がおいしいので、「おばあさんはだれか別の奴が食べればいい!」と言う。

 今日はヒーターをつけた。ここ8日間つけてなかった。(3/15晩)

2007/03/24 01:54

メール報告: チーズ、変な動物、土

 kaliomagnoliaももちろん架空の名だが、本物の2つの花の名、kaliaとmagnoliaを含んでいる。[「ボグダンの絵」参照]

 2、3日前エヴァ・ズジズガのトーク番組「会話進行中」に、「Hochlandホフラント」チーズのコマーシャルに出演したことがある女の子が出た。その子は、やきもちからかもしれないけれど学校ではみんなから「チーズ」と呼ばれていると言っていた。「チーズ」にはなりたくないのに。

 エチオピアには次の2種類の変な動物が生息している。1つはアビシニア・オオカミで、ネズミやその他の齧歯類を執念深く捕食するため、ネズミにとっては大変危険だ。もう1種はアビシニア・オオカミの犠牲者のひとり、オオネズミモグラ。これは大きなハムスターとネズミとウサギとモグラの掛け合わせみたいに見える。(3/14昼)

 冷え込みが近付いているので、夜間はヒーターをつけようかな。Pは俺のメールに返事をくれて、明日か金曜日に園芸用土とじょうろをいっしょに買いに行くことになった。RとRtにも店のそばで出会い、Rも土を運ぶのは構わないという。(3/14夕)

2007/03/19 01:59

メール報告: 胴体着陸、拾得物、鳥の声

 乗客62人を乗せた旅客機が前輪なしに機首で着陸する羽目になった。だれもなんともなかった。問題は、1度目はニュースで事故現場を四国と報じ、2度目は大阪と言ったことだ。相変わらず日本のこととなると正確さに欠け、つねに問題がある。そのプロペラ・エンジンのヒコウキの着陸の様子を見た。

 今朝もう1つリンクを送るつもりだったが、そのニュースが消えていた。日本で、ある男性が小さな掘削機で地面を掘っていたところ、420000ドル相当の円が入った容器を掘り当てたということだ。もちろん彼はそれを警察に届け、警察が持ち主を探している。半年経っても持ち主が見つからない場合は、30パーセントの税金を差し引いたのち、発見者がそのお金を受け取る。以前東京で、ある運転手が約1億円が入った袋を路上で発見した。持ち主は見つからず、7000万円が支払われた。ポーランドではこうした発見物を警察に届けるなんてことはだれの頭にも思い浮かばない。例外もあるが。しかし、我が国のこうした状況での規則があまりはっきりしていないことは言っておかねばならない。自称「持ち主」は実際よりもきっと多いだろう。(3/13夕)

 午後の昼寝のときはラジオを聞かずにカセットだけ。いまいましいコマーシャルがしつこくて寝かせてくれないから。夜中はコマーシャルがないからラジオを聞いている。(3/13夕)

 ここでもシジュウカラがさえずっているよ。俺がいちばん好きなのは、緑が真新しくてカッコウが鳴く5月。まだあのうんざりする猛暑がないし。この時期に庭をいじったり、四方八方からのカッコウの声を聞いたりするのが好きだ。真夏の話だというのにカッコウの声が聞こえる映画の製作者を笑ってやりたくなる。夏にカッコウは鳴かないのだ! いま心配なのは、あの団地が近くにできたせいでカッコウが人や犬の吠え声を避けていなくなってしまうのではないかということだ。(3/13晩)

2007/03/19 01:58

メール報告: チェ・ゲバラ、春

 昨夜は映画を2本見た。トモノ・ロウ監督の日本映画「落陽」とWalter Salles監督の米英独アルゼンチン合作「モーターサイクル・ダイアリー」。前者は歴史を背景に、満州で傀儡国家満州国を打ち立てようとする時代の中国における若い日本人スパイの物語。話の筋はまあまあだが、ちょっと歴史を思い返し、中国、上海、その時代の他の都市を見ることができた。

 後者もやはり事実に基づいているが、もっと心理的な領域で深い。これは1952年に親友アルベルト・ガランダとともに南アメリカ大陸をバイクで旅したエルネスト・「チェ」・ゲバラのメモに基づいている。彼らは約8000キロを走る計画だったが、おそらく走行距離は12500キロに達した。チリでだめになったバイクを捨てなくてはならなかったとはいえ。途中2人は多くの人々の貧困や屈辱に接し、また人々の親切にも出会う。印象深かったのは、彼らが癩病院に滞在して、感染を恐れずに無欲で病人の治療を手伝ったことだ。この映画を見ると、何がこうした将来ある若者(エルネストは医学部を修了、アルベルトは生化学者だった)を左翼に向かわせ、フィデル・カストロと親しくさせ、革命に巻き込まれることになったのかが理解できる。承知のように「チェ」はボリビアのジャングルで捕らえられ亡くなったが、映画のラストでは(2004年製作)老人になったアルベルトが映る。彼は今日まで、かつて自分が病院を設立したキューバで暮らしている。(3/12午前)

 女性の日のあの社会主義的なプレゼントにMとHは返事をくれないので、どうやら気を悪くしたようだ。Pだけはあの絵の風刺と独特の魅力を理解して反応した。

 買い物に行った。とても春めいているので庭仕事に取りかかりたいところだが、2、3日後には冬のような日に戻るという。しかし緑の芽を出している茂みもあり、家の前の道の向こう側では小さな花々がおずおずと赤くなっている。ここ1週間は部屋のヒーターをつけていないが、寒さがぶり返したらつけるかも。(3/13午前)

2007/03/19 01:58

メール報告: ガンビア

 今日ツェイロフスキはガンビアを案内してくれた。そのあと「赤道」があった。この2つのドキュメントは形式が異なる。「赤道」ではさまざまな現象を紹介して科学的に解説し、ときにはコンピューターで図解する。他方ツェイロフスキは視聴者を科学的な野心なしに案内し、さまざまな場所を(裸足で)歩き回り、いろいろな人と話をし、地元民の助言を得ながらみずから現象を解明する。これは我々が旅行中にしていることに似ている。我々は自分たちが興味ある場所に行き、そこを眺め、さまざまな問いに自分たちで答えようとする。

 とある市場で若い黒人が裸足のツェイロフスキを見て、貧しい白人だと思い、自分のサンダルを彼にあげようとした。それに対して彼は心から感謝した。ガンビア川沿いの土着民の旅を描写しながら、ツェイロフスキはまたもや申し合わせなしにこんなことをやった。「こうして3日、4日航行している、シュシク[おしっこ]とアムアム[ぱくぱく(食事)]の短い休憩を挟みながら」と言ったのだ。

 ガンビアは住民にとって悪くない国だ。貧しいけれども飢えている人はいない。川がすべての人に魚を与えてくれる。面白いことに、魚がいないときには、マングローブの茂みの根から貧しい人々が集めた牡蠣を食べている。牡蠣15キロ入りのかごが4ズウォティ[約160円]だが、ヨーロッパだったら1400ユーロの価値があるだろう。(3/11夕)

2007/03/15 01:16

メール報告: 旅、猫、台湾の動物たち

 俺が昔読んだ旅に関する本では、黒人やインディアンのさまざまな地元の部族がつねに土着民と言い表されていて、それが俺には何か原始的で文盲で残酷な、あるいは文盲で親切な人々を連想させる。その結果、「土着民」という単語は悪い意味を含むことになった。(3/9晩)

 俺が冬にバスで仕事に行ったときの話を覚えているか? バスのクラクションに驚いた猫が、道路からまっすぐ、積もりたての大雪に飛び込んだ様子を話したんだ。俺は運転席のすぐ後ろに立っていたからそれが見えて、とても可笑しかった。運転手も笑ってたよ。(3/9晩)。

 午前中、「台風の島」というなかなか良いドキュメントを見た。それはフォルモサ[ポルトガル語で台湾のこと]、すなわち台湾のことだ。人口密度が高く(2300万人)、400年間に渡って中国人が森林伐採を行ってきたにもかかわらず、ここの山地には興味深い動物がかなりの種類、生息しているほか、原住民族も暮らしている。彼らの出自は正確にはわからないが、マレーシアとその周辺からやって来たようだ。彼らはいまも多くの古い慣習を守っている。

 解説が聞こえる前に猿が映り、すぐにこれはマカク[ニホンザルの類]だとわかった。顔が赤くてニホンザルに似ており、同じ毛皮、ただ尻尾は長い。好んで水に潜って遊ぶ。住民たちはこの猿が好きだが、果物農場主は別で、猿に対する憎しみでいっぱいだ。この猿はタイワン・マカクという。

 ここには20種類のコウモリがいて、コウモリの肖像は伝統的な家に置かれている。コウモリの中国名が幸福をも意味するためで、屋根裏にコウモリが住みついた家では子どもが健康に育ち、子沢山に恵まれ、飢えることはないという。

 ちょっとポーランドの山猫に似た美しいベンガルヤマネコも見た。多くの種類の鳥がいる。すべての動物たちをヒマラヤグマの亜種であるタイワングマから守らねばならない。

 残念ながら番組の半分はさまざまな障害のため見るに耐えなかった。むろんお詫びの言葉も説明もない。公共テレビにふさわしい「花束」を送ってやろうかと思ったが、コマーシャルまで待った。コマーシャルのときは何の障害も起こらないくせに。しかるべき質の番組受信を保証しないお返しに聴取料の支払いを要求する彼らを非難してやりたかったのだ。だが今回は例外的にコマーシャルも障害で途切れた。これまでこんなことはなかったが。それでもうTV2のメールアドレスを探すのはやめた。(3/10午後)

2007/03/15 01:15

メール報告: ハイチ、女性の日

 もうすぐ真夜中、いましがた、ハイチとそこの風変わりな住民に関するドキュメントを半分だけ(残念)見た。たいへん興味深いことに、淡褐色の肌や黒い肌をした人たちが、「私はポーランド人だ」とか「私はポーランド系です」と言うのだ。目が灰色の人もいる。残念ながら彼らの歴史がどうだったのかわからないが、その番組の一部から察するに、ナポレオン軍のポーランド人兵士たちが敗北後、ヨーロッパには故国がないため(ポーランドは三国分割されていた)、この地に流れ着いたのではないかと思う。とても感じのいい、浅黒い肌をした女性、ロギンさん(ロギンスキから)は、自分の出自にいかに誇りを持っているかを語った。かの地には有色ポーランド人がたくさん住む2つの町がある。最近、観光客がそのことを知るようになり、わざわざその町を訪ねる人もいる。若者の中にはポーランドの大学で勉強したいという者もいる。墓地にはポーランド風の墓がある。(3/8未明)

 女性の日[国際婦人デー]なので、心からの花と、管理部からのプレゼントを、署名用のリスト(プレゼントの受領を確認して署名する)とともに贈る。[「ボグダンの絵」参照](3/8午前)

 ハイチに関して俺が知っていたのは、それが国の名でもあり、同じ名を持つ島のほぼ半分を占めているということだけ。もう半分はもっと裕福な国ドミニカで、そこには多くの観光客が訪れる。いっぽう貧しいハイチは政治暴動で揺れ動き、失業に悩まされ、略奪的経済によって森林を奪われている。2つの国の国境は、ハイチ側に樹木のない禿げ山があることから、ここだとわかるそうだ。衛星写真で調べてみよう。(3/8夕)

 昨日の不足に関して企業管理部ならびに企業委員会はお詫びいたし、貴殿にトイレット・ペーパーの追加割り当てを送る。[「ボグダンの絵」参照](3/9午前)

2007/03/15 01:15

メール報告: バグリ、春

 今朝、買い物帰りに家の方へは戻らず、クシヴダ通りを通って水辺に行った。もう前からいる白鳥のひとつがいとオオバンが相当数泳いでいた。上空では雄鴨が雌鴨に向かって大声でわめいていた。

 帰宅して朝食を食べてからPaに電話して最近どうかと尋ねた。彼女は明日出発すると答えた。俺はそれを2週間前から知っているのに、彼女はこれだけの間知らせてくれなかった。机の上に今日電話すべき相手を書いたメモがあって、そこに俺の名もあると彼女は言った。これまで電話しなかったのは、ある人に夢中になってケータイの電源を切っていたからだという。彼女が選んだ男はノルウェーに働きに行ってしまった。どうすりゃいいんだ? 激しい恋は許してやらなくては。春よ春。若い若い。

 Pにも電話した。園芸用の土を運ぶ手はずを決めたかったのだが、留守電だったので、これからメールを書く。(3/7午後)

2007/03/15 01:14

メール報告: 買い物、世界旅行、黒猫

 朝、処方箋を取りに行き、薬を買って、空色の絵の具の大きいの(小さいのも欲しい色調のもなかった)と百日草、ヒマワリ、コスモスの種を買った。女性店員さんははじめ装飾用ヒマワリを差し出したけど、Pは背の高いヒマワリが欲しいんだろうと思ったのだ。キバナコスモスも見せてくれたが、普通のより丈が低いので、普通のコスモスにした。クレパシュで食料品の買い物をし、豚肉ロースカツ用を3切れ買った。今回はソテーではなく、最初にニンニクをこすりつけ塩胡椒してから、小麦粉、卵、パン粉で衣を付けた。オイシイイイイイイイ。

 途中、マウィ・ルィネク[中央広場のそばにある小さな広場。駐車場になっている]を改装工事しているのを見た。(3/5午後)

 カツレツはあと2日分ある。明日は丸パンとではなく、ジャガイモと塩漬けキュウリといっしょに食べる。(3/5夕)

 2、3日前、Kが電話でヤフーの地図ページへの入り口を教えてくれた。そこでは地球上の任意の場所を選ぶことができ、それを拡大して街の通りを見ることもできる。Mが住んでいるニュー・ブリテン(コネティカット州)の通りを見た。東久留米の多くの建物を見たが、個々の家を見られるほど衛星が近付くのはアメリカ合衆国の地域だけだ。うちらのいなかも同じで、バグリの両方の池やヴォドナ通りの輪郭ははっきり見えるが、俺らの家は見当を付けるしかない。いっぽうファーミントン・アヴェニューでは各々の家が見える。小田原とその浜を眺めたし、熱海(milo miミウォミ=うれしい)も訪れた。今日は新宿に飛ぶ。(3/5晩)

 鎌倉にも行ったが、アメリカ以外では通りの高さまで下りることができない。昨日はコロラドのグランド・キャニオン、金門橋、ナイアガラの滝、富士山も見た。今日は万里の長城を探してみる。昨日は見つからなかったので。

 土曜日、Wのところで働いているSといっしょに歩いていたとき、隣の黒猫が金網の向こうにいたので、この猫はPを知っていていつも挨拶を交わすんだよと言って彼に猫を見せてあげた。その瞬間、猫が金網に寄ってきて、俺に向かってニャーニャー鳴き始めたので、俺もPみたいに寄っていって挨拶を交わす羽目になった。(3/6夕)

2007/03/06 23:17

メール報告: スナドリネズミ、訃報

 オフロの前にツェイロフスキのセネガルの旅の続きと、赤道直下のアンデス山脈に関する番組を見た。赤道直下でありながら標高が高いため、そこに現れているパラドックスが問題なのだった。四季はないが、一昼夜に冬と夏がある。夜間の気温は−6度に下がり、朝になると春に、そして夏になる。そこには標高4000mに生息する唯一の齧歯類、奇異な点ではナガミミ・ハリネズミの友だち、が暮らしている。スナドリネズミだ。凍てつく夜に巣穴から這いだし、凍結しない渓流に潜って魚を捕る。魚は巣穴に持ち帰り、そこで食べる。この生物のことはこれまで聞いたことがなかった。ミニ・カワウソのようなものだ。この山脈にはまた、山バク、メガネ熊、ビクーナ[野生ラマの類]が生息している。熊は冬眠しないが、この土地のハチドリは夜間は体温を36度から6度に落として昏睡状態に陥る。スナドリネズミ万歳!(3/4午後)

 スナドリネズミの出ていた番組は「赤道」というシリーズ番組の一部で、赤道、気温、海洋潮流などに関連した現象が、私たちの惑星の生命にいかに多大な影響を及ぼしているかを紹介している。(3/4夕)

 タデウシュ・ナレパが亡くなったことをニュースで報じていた。かつて俺は彼のファンだった。すばらしいブルースを歌い、1960/70年代のポーランド・ブルース界のイコンだった。グループ「Brekout」を設立し、数枚のアルバムを出した。今日でもラジオの「Zlote Przeboje ゴールデン・ヒット」で、ときどき彼の「Rzeka dziecinstwa 幼年時代の川」や「Kiedy bylem malym chlopcem 俺が小さな坊やだった頃」がかかる。享年64、またひとり、すばらしいアーティストが早すぎる死を迎えた。(3/4晩)

2007/03/06 23:16

メール報告: ヒーター、ピザ

 いま自分に腹が立った。こんなに節約しようと努めているのに、今朝10:20になってようやく、部屋のヒーターが狂ったように熱しているのに気付いたのだ。夜中2時前にいつものようにスイッチを入れなかったので、タイマーを直して、ヒーターのスイッチを入れたまま寝てしまった。スイッチをうっかり「ずっと入」にセットしたため、ずっとついたままだった。今日はかなり暖かいので、家の中は不必要にかまどのようだ。

 木製の仔馬は会社の芝生から数日前に消えた。もしかして修理に出していて、尻尾と鼻先を継ぎ足しているのだろうか?(3/2午前)

 実験的にピザの粉とマッシュルームを買った。箱の中には2つの袋が入っていた。1つはピザの生地用の粉で、もう1つはソースの粉。まず水と大さじ1の油で粉を溶き、発酵させた(問題はそれが何分かの説明がないことだ)。それからマッシュルームと玉ネギを刻み、黄色いチーズを大きめにおろした。次に、紙を敷いたプロディジュ[蓋に電熱器の入った鍋]の中に生地を伸ばして敷きつめ、溶いたソースを塗り、マッシュルームと玉ネギとチーズをのせた。20分少々焼いた。いま本当においしくてやわらかいピザを食べている。具はささやかだけど。でも組み合わせを考えることはできる。(3/3午後)

2007/03/06 23:16

メール報告: ザフチャンカ、日本の工場

 あらゆるものが早い春の訪れを示している。今朝、買い物と床屋に行った。その後、用事があってザフチャンカに行き、そこでRに会った。彼は園芸用の土2袋を買って持ってきてくれると約束した。俺がなくしたポートフォリオのことを[店主の]Bに訊いてみた。お客さん用の新聞の山の下で見つけたのだという。俺が飲んだときからずっとそこにあったのか、あるいはだれかがそのとき「借りて」、その後どうやって返せばいいのかわからず、新聞の下にこっそり置いたのだろう。どうだったかはどうでもいい、事実それがなくなるように望んだ人はいなかったのだ。ちょっと飲んだので、これから寝る。(2/27午後)

 俺の絵がいく人かの(感受性の強い)人々にそうした反応を引きおこしているのがうれしい。女医先生に電話したがつかまらなかった。残念、処方箋を受け取るついでに、画材屋で足りない絵の具―パリジャン・ブルーを買いたかったのだが。(2/27晩)

 俺のメールを受け取ったPはすぐに返事をくれて、新しい電話番号を教えてくれた。電話したら、30分後にやって来た。彼はこのところ体の具合が悪くて、手が麻痺していたとか。いまはOKで、酒は飲まず、不動産の仕事をしている。(2/28午後)

 「ガゼタ・ヴィボルチャ、ドゥジィ・フォルマト」に小さな町にある日本のテレビ組み立て工場に関するルポルタージュが載っている。女性記者はこのルポを書くためにそこへ赴いた。この小さな町には日本人がいるからというので、飲食店に米の生地でできた団子(この雑誌に書いてあるとおりに引用する)「dajchufu kimako」がお目見えした。このルポには、ストップウォッチを手にして、より早く仕事をしろと急きたてることなどが書かれている。事実スキャンダルなくらい給料は少なく、月々正味672ズウォティだが、例えば数人の女子が工場清掃(有給)のために残業すると、会社はタクシーを呼び、その料金を支払う。タクシーは彼女たちを家まで送り届ける。タクシー料金は清掃の給料より多い。その一方で、女子社員たちはきちんとした仕事を学ぶといい。人が日本製品を買うと、良い物だと喜ぶのだから。(2/28夕)

2007/03/06 23:15

メール報告: 停電、火事、マテ茶、新番組

 電力会社は改善したなあ、もうずいぶん故障が起きてないぞ、と昨晩思った。そしてすぐに、こう考えるとやがて故障が起きるぞ、とも思った。で、メールを書こうと1時前にコンプ[パソコン]のスイッチを入れた途端、ブチッ!と停電。もちろん電力会社への電話はそれから30分間お話し中。ようやくつながり、俺はもう「花束」持って会社を訪ねようかと思っていたところなんだと言おうとしたら、係の人が、プシェヴス通りで穴を掘っていたどこかのトンマどもがケーブルを切断したのだと言ったので、俺はお知らせに感謝するとだけ言った。その男の人はあと30分と言ってたけど、5分後には通電した。

 Hはそのラヴィクの話を覚えているかな。俺は良く覚えている。父が長い間文句を言ってたから。彼女はまだ歌っていて、音楽家たちといっしょに働いているんだなあ。いいことだ。

 いつだったか夜中に火事になったあの建物の屋根を最近ようやく修理した。もう新しい屋根になったが、長いことあの家は焼けた穴をさらけ出していた。(2/26午後)

 この飲み物(マテ茶)に関する本を読んだのは1966年のことで、綴りはよく覚えている。その本は「Mato Grosso-zielone pieklo マト・グロッソ―緑の地獄」。本全部がマテ茶のことばかりではなかったが、それについてかなり書いてあった。(2/26夕)

 その本の中には「jerba-mate」と書いてあり、パラグアイではそう書く。そのことも覚えた。遠い国々について多くのことを知りたかったから。だからいつも本文にくっついている脚注や解説はすべて詳細に読んだ。例えば「jerba mate」には*この星印が付いていて、下に「(スペイン語)ヘルバ・マテと読まれたし」と説明があった。

 金曜日のガゼタとともにマーティン・スコセッシ監督の映画「Kundun」(DVD)を買った。これはダライラマの幼年期と青春時代の話。さしあたりおいてあって、テレビに望みのない晩を待っている。

 公共テレビにヴォイチェフ・マンとクシシュトフ・マテルナが「Mc2(Mc2乗)―maszyna czasu タイム・マシン」という新番組で戻ってきた。(2/26晩)

2007/03/06 23:15

メール報告: 香港映画、歌手J・ラヴィク

 その映画を見た。ジャッキー・チェン風のビシバシ空手の乱闘がかなりあり少々コメディータッチで、それには興味ないが、ストーリーは東京を舞台に展開する。それでまた俺は横浜中華街を訪れ、飲食店に入り、人々がラーメンを食べているのを眺め、娘たちが入口で「いらっしゃいませえ」と呼びかける豪華な娼館居酒屋や、普通の居酒屋に行った。新宿の交差点や、高円寺みたいに提灯の点るさまざまな横丁、成田空港第一ターミナルを見た。映画の筋よりも、それこそ俺の興味のあるところだった。もしもこの映画を日本人が作っていたら、もっと「食える」ものになっていただろうが。

 いまブダペシュトが舞台のもう1本の映画の一部を見たところ。こちらはもっと真面目で、FBIとハンガリー警察が協力して、非合法移民を西ヨーロッパに密輸したり娘たちを売春宿に売ったりしているロシアのマフィアと戦う話。さしあたりそれについては単に話だけだが、たぶんもっと重要なことを予告している。(2/25夕)

 また「カッコウの巣の上で」を快く見て(本も持っている)、以前は気付かなかったジャック・ニコルソンとルイーズ・フレッチャー(ミルドレッド・ラチェッド)の演技の細部をじっくり味わった。何年もしてわかったが、時が経つにつれてこうした映画や本の受け取り方が変わってきている。むろん1977年にこの映画をとても気に入り、初めてこの俳優に注目したのだが、当時は若かったから、内容の深い観点よりも、笑える状況や劇的な緊張により目を留めていた。

 Hに送ったメールのテキストを、1999年以降しばしば答えのないさまざまな問いの一例として送る。「日曜の『ウヴァガ』(TVN)で、かつて(1960年代)有名で人気のあった歌手ヨアンナ・ラヴィクの消息を伝えていた。いまも健在で相変わらずその低音の声は力強い。年輩になってからの彼女は俺にはかなり感じよくなったが、全盛期の彼女にはつねに否定的な印象があった。長い間彼女の名が出ただけで激怒していた父のせいだ。父は彼女のために歌詞を書いたが、彼女はそれを私物化し(「厚かましく盗んだ」)、自分のものとして、あるいは他の作詞者のものとして歌った。この件について何か知っているか? これは結果としてもう尋ねる人がいない物事のうちの1つだ。」(2/26未明)

2007/02/27 14:21

メール報告: サスペンス映画、セネガル

 ヴァイラクのページのアドレスを送るよ。彼のブログにロスプダ渓谷の状況が生中継で書かれている。www.adamwajrak.blox.pl

 昨晩、香港の「ドタバタ」サスペンス映画を録画した。そのタイトルバックに新宿からの東京のすばらしいパノラマが見えたから。それから渋谷駅が見えたし、NHKテレビの日本語の報道が聞こえた。この映画のタイトルは「日本の狼」で、香港人とヤクザの戦いに関する話らしい。俺が知る、俺の心に快い日本の一部を見たいのだ。

 あと、これもサスペンスだが、「ドタバタバンバン」ではなく、アメリカ製で、舞台はブダペシュトの映画も録画した。ブダペシュトは東京ほどには知らないが、いっしょに行ったところだ。だからまたあのきれいな街を、映画「もう1つの顔」で見てみよう。

 いっぽう、今朝ツェイロフスキはみずからのシリーズ物「裸足で世界を」で、すてきなやり方でセネガルの一部を見せてくれた。よかった、というのもM[ボグダンの友人]からは、そこには黒人が住んでいるということ以外、この国について何も知ることができなかったから。少なくともそこには色、色、香りがあることに気付いたはずだ。イスラム国だが、トルコに似て、度はずれたことはない。少なくともダカールでは。そこには頭に格好良いスカーフをかぶったイスラム女性が見えるが、ヨーロッパ風の髪型の黒人娘たちもいる。俺が気に入ったのは、色鮮やかなドレスを着、アフリカ伝統の奇抜な頭飾りを付けたおしゃれな女性たち。人々はテレビ・カメラや写真機を目にしないうちは友好的だ。カメラを見ると攻撃的になることもある。何か迷信があるのだろう。例外的にある若者たちのグループが自分たちを撮ってくれと言った。別の場合、ツェイロフスキが何かを見せようとして、カメラの前に立って「私の後ろを見てください」と言うと、見物人らは彼だけが撮影されているのだと思い、反応しなかった。(2/25昼)

2007/02/27 14:20

メール報告: メキシコ、ツェイロフスキ

 メキシコにはブブルブという名の変なアマイモノがある。南アメリカに関する番組のホスト、ヴォイチェフ・ツェイロフスキの表現によれば、表面はチョコレート、中は「綿アメ」。(2/24未明)

 ヴォイチェフ・ツェイロフスキもこの名に驚いていた。だからカメラ片手にメキシコ・シティーを歩き回り、ブブルブを買ってすぐに包みを開けたのだ。ツェイロフスキは面白い人物だ。(2/24午前)

 ヴォイチェフ・ツェイロフスキはかつて(とはいえ民主化以後)公共テレビで風刺番組「WC 15分」を担当していた。その番組内で彼は自分の気に入らないことを率直に大声を上げ、テーブルにジョッキをドンとぶつけながら批判していた。それが上層部のだれかのお気に召さず、テレビから2、3年姿を消した。政府が変わり、テレビ局首脳部も変わって、ツェイロフスキは戻ってきた。その突飛な行為や意見とは無関係に、彼は面白く、知的で、何か言いたいことがある人間だからだ。スペイン語に堪能で、南アメリカを広く旅し、あちらのインディオの慣習をよく知っている。ただ、どのテレビ番組でも(自分の番組だけでなく)マテ茶の特別なポットを持ち歩き、吸い口からその飲み物をチューチュー吸うのはいただけない。

 現在、彼のシリーズ番組「ヴォイチェフ・ツェイロフスキ―裸足で世界を」がある。可能ならどこでも、テレビ・スタジオでも裸足で歩き回るからだ。裸足で歩くがいい、マテ茶をチューチュー吸うがいい、俺は放浪者が好きだし、インディオの慣習を尊ぶ人が好きだ。

 例えばこの前の回ではグアダルーペの聖母に関連した世界最大の教区祭を紹介していた。彼の背後で地元の人が「ヴィヴァ・メヒコ!」と叫ぶと、ツェイロフスキはすぐさま「シ・セニョール、ヴィヴァ・メヒコ!」と叫び返した。他の人なら解説を中断しなかったかもしれないが、彼はこうすることで地元の人々を軽んじていないことを示した。つねに地元の人たちと見事に話をし、地元民たちがこれはうぬぼれたアメリカ人ではないと感じているのが見て取れる。例えばグアダルーペでは彼がポーランド人だと知るや、地元の人はなおさら彼のことを好きになった。最初の外国巡礼地にまさしくメキシコを選んだポーランド人前教皇を大変愛していたからだ。だがこれはもうツェイロフスキの手柄ではない。(2/24晩)

2007/02/27 14:20

メール報告: プワシュフ駅、ハシドの絵

 Hの反応を恐れていたのは、いらぬ心配だった。だっていつだったか厄介事を書きながら、こんなだれかの言い回しを引用していたんだ。「ああ人生、人生、おまえにケツがあったら殴ってやるんだがな」

 昨日言い忘れたけど、プワシュフ駅は自分の5分間を持った。つまり、半日間すべての電車が中央駅に停車する代わりにここに回され、ここから発車していたのだ。理由は、賃上げ等を要求した鉄道員らが中央駅の線路を封鎖したため。店から戻るとき、この片田舎にいきなりどこからこれだけのタクシーと人間が現れたのかと驚いた。テレビでようやく事の次第を知った。

 昨日今日の昼食はキシェチカ[レバー、血、挽き割り小麦などが入ったソーセージ]と、ジャガイモとグリンピースと酢漬けマッシュルーム。今日は塩漬けキュウリと。

 今朝は−8度、でももうPに電話してみた。彼のケータイはオフになっていたが、彼がうちの庭に土を運べるかどうか知りたいのだ。もうすぐ3月だから何かしたい。(2/23午前)

 Mが電話してきたので「ハシド」のことを言ったら、彼女のコンピューターがオンになっていて、その場で見た。気に入ったからプリントアウトするわとすぐに言った。それに彼女の雇い主は、クラクフでホロコーストを生き延びた85歳のSさんというユダヤ人なのだ。その後イスラエルで暮らし、現在はアメリカに住むが、美しい文学的なポーランド語を話す。Mは彼にその絵を見せたいのかな? 俺は彼女に描き直す予定だと言い、どういうことか説明した。彼女の主張によると、この暗い場所に魅力のすべてがあり、この人たちの姿が背景に溶け込んでいるのは、ホロコースト後の彼らの消滅に意味を持つ。俺もそう思うが、窓からの光と影は手直しする。彼らは消えたのではない、ハシドたちは自分の周りにいるとMは言ったが、俺は彼らを描き、「最後の」と名付けながら、彼らがもういない私たちのカジミェシュ[クラクフ市内のユダヤ地区]を念頭に置いていたのだと説明した。(2/23晩)

2007/02/27 14:19

電話報告: 道路凍結、植木、ズボン

 雪がすばやく積もった。−3度だったが、いまは窓にぱたぱた音がする。雨になった。明日は零下の冷え込みになるので道が凍るだろう。店に買い物に行くのが不安だ。中心街は除雪するし、塩も撒くから通行に問題はないが、ここは何もしない。

 環境保護活動家たちがロスプダ渓谷の道路建設用地を買った。EUは、もし建設を開始すれば罰則を適用すると言っている。地元住民は無知蒙昧で、地元の自然の価値を知らず、ただ早く道路を造れと言っている。

 国会で「我々はアヒルの国(kaczy kraj)で暮らしている」と言った人がいる。[大統領と首相カチンスキ兄弟の名字から]「これはアヒルの国だ!」「カチズム[=カチンスキ主義]時代」という言い方もある。

 竹ちゃんはゆっくりゆっくり新しい葉を出している。葉が乾いてプラスティックみたいになってきたので、もうダメかと思い、枯れたところを鋏で切り落とした。ニンニクは枯れてしまった。マンゴーはまた買おう。でもまだ水をやっている。というのも、そこにカラスが落としていった胡桃が植わっているから。

 茶色のズボンのボタンが飛んだ。ひとまわり大きいサイズのを買わなきゃ。タンデタ[近所の雑貨市場]に行かなくては。銀行に行ったことは後悔していない。もっと歩かなくてはいけないんだ。春になったら外でもっと動く。毎日バグリのほとりを散歩して写真を撮るぞ。(2/22晩)

2007/02/27 14:18

メール報告: 漫画、呼びだし状、銀行

 その魚は、正確に言うとduze sumy[「大きなナマズ」と「大きな金額」が同じ綴り]だよ。(2/20夕)

 「ハシド」に関してはこちらに送り返すか、夏に持ってくるかしてほしい。そしたら背景と燭台を手直しする。その後サイトで手直し前と後を比較できる。それについては電話で話そう。

 Hにこのバカげた漫画を送った。反応を待っている。実際これは「大きな子ども向け漫画」だと釈明したのだが、「dupa ケツ」という言葉はバシュトーヴァ[Hの住む通り]ではなあ…。フキダシには「dノy」と書くこともできたけど、Hに送ることになるとは思わなかったんだ。(2/20晩)

 悪夢ふたたび。車売却に関する報告を契約書のコピーとともに送ったにもかかわらず、今日、保険料支払いの呼びだし状を受け取った。むろん朝からあちこちに電話したり(ワルシャワ、ノヴィ・タルク)、説明したり等々。調べた末、俺の言うとおりだったが、俺はまた郵便局まで行って、彼らの書類の返却という形で書類を送らなくてはならない。というのも1月に何か変更があって、コンピューターが自動的にその呼びだし状をプリントアウトしたのだとか。俺は逆にこう書いてやった。「車が2006年11月に売却されたことはよくわかっているはずだ。どうか俺を悩ませないでくれ」電話の女の人にはこう質問した。いったいなんだって彼らの混乱と怠慢のために、俺が郵便局まで2キロメートルも歩いていって切手代を払わなきゃいけないんだ? これでようやく俺のことを放っておいてくれるようになるかな。そのことも女の人に言ったけど。(2/21午前)

 漫画に対するHのくすくす笑いの反応を見ただろう。ありがたいことに「ケツ」には目くじらを立てなかった。日常の俗悪さと、バカげたジョークで笑うことは別だということがわかってきたのだ。医者の好みの魚は何か、彼女に訊いてみよう。(2/21午後)

 今日も腹が立った。銀行に行ったのが無駄足になったから。まず最初に郵便局に行き、公共料金を支払い、手紙を送った。そこで銀行の払込書を間違えてその手紙に入れてしまい、銀行ではそれがないためお金を受け取ってくれなかった。完全なる官僚主義。前にそれを持ってなかったときは、前回払込みの領収書を提示したら、出納係がコンピューターで俺を探し、俺は支払った。今回は払込書なしでは指1本動かない。ヴォルニツァ広場に行ったのもこれが最後、これからはすべて郵便局で払込みをする。

 途中、プワシュフ駅で、南行き列車用の新しいホームを作っているのを見た。ヴァドヴィツェ行きのもだ。前と同じ場所だがコンクリートの台を高くしている。路面電車の停留所そばの、あのみにくい大きな建物は上品なオフィスビルに変わる。

 寒いし、もっと寒くなるらしいが、もういわばこの冬最後の寒波だ。(2/22午前)

2007/02/22 12:01

メール報告: 節約、ユダヤ、教授、外務相

 俺のパスポートも1月から無効になっている。11月に更新するつもりだったが、他の問題があったため更新しなかった。いまも万事節約に努めている。例えばボイラーの使い方を変えていて、毎日給湯スイッチを入れるわけではない。ずっと熱い必要はなく、ときどきちょっと温かければよい。お風呂の前には熱くなっている。部屋のヒーターはタイマーで夜間4時間だけ入れていて、さしあたり十分。コンピューターはもっと長く作動しているが、それほど電気をくわない。いっぽう今日は店で羽目をはずした。ずっと見かけなかった(ここ1年間)マンゴー・ヨーグルトを見つけたので買った。後悔はしていない。いまちょっと食べている。オイシイイイ。(2/19夕)

 ルブリン[ポーランド東部の都市]に、かつて世に知られたイェシヴァ(ユダヤ教学校)が再建された。なかんずく、ひょっとするとそこにヨーロッパ初のハシディズム[1750年頃ポーランド(現ウクライナ領)に起こったユダヤ神秘主義の一派]博物館ができるかもしれない。(2/19夕)

 昨日、レシェク・コワコフスキ教授[哲学者]に関するドキュメントの一部を見た。なかんずく、彼がたしか1970年にポーランドを去ったときに保安省職員が隠し撮りしたフィルムを。彼は1年の予定で出国したのだが、そのドキュメントが制作されたとき、国外生活は37年に及んでいた。だが、自分が国外移住者だと感じたことは一度もないと教授は言う。あまりにポーランドとのつながりが深いのだ。

 俺が大変高く評価しているバルトシェフスキ教授は今日85歳の誕生日を迎えた。俺の考えでは、彼はこれまでで最高のポーランド外務大臣だった。現在の外務相アンナ・フォティガはぱっとしない無能な女だが、カチョル[大統領か首相]の大学時代の友人なので、すっかり一任されている。多くの外交問題でへまをしているが、カチョルィ[双子の大統領と首相]はきまって「彼女は申し分ない」と言っている。

 MON病院の収賄事件後すぐに新しいジョークができた。医師はどんな魚が好きか? 回答を待つ。(2/19晩)

2007/02/22 12:01

メール報告: 抗議行動、鵜、国際猫の日

 「クロニカ・クラコフスカ」[テレビ・クラクフのニュース番組]で、いま抗議行動の最中のルィネク[中央広場]を映している。緑色のリボンを配ったり、メガフォンで演説したり、ブウォニャ[クラクフ市内にある広大な草地]に団地を建設するという共産主義時代の案を思い出させたりしている。

 冬になってもクラクフ近郊から飛び去らない鵜たちも紹介している。おそらく寒くないからだろう。厳冬でも残っている白鳥たちのように。でもこれはめったにない出来事だ。百科事典によると鵜はマズーリ地方[ポーランド北東部]の湖でのみ見ることができるのだが、彼らは勝手にルダヴァ川[ヴィスワ川の支流]やクラクフ近郊の養魚池や、あるいはクラクフ市内で暮らしている。池が凍らなければ魚を捕ることができるから、遠く危険な旅に出るよりは、少々凍えても残る方がよいのだ。ヴァヴェル[クラクフのヴァヴェル城がある丘]の下ではだれもが喜んで白鳥にパンを投げる。(2/18晩)

 今日は国際猫の日だった!!! チンドン[以前飼っていた猫の名]の後任を手に入れるよう努めてみようかな。科学者の主張によると、猫をなでると血圧が下がるそうだから。(2/18晩)

2007/02/20 14:00

メール報告: 環状道路建設反対運動

 ここ数週間、というか実際はここ1年ほど、マズーリ湖沼地方ロスプダ渓谷でのアウグストゥフ(ビャウォストツキェ県)環状道路建設に対する抗議が続いている。ロスプダというさほど大きくない川が、その渓谷の広大な泥炭層を湾曲して流れている。このような場所はビェブジャ近くの地区と同じくヨーロッパにはもう存在しない。

 今朝、テレビでこの谷に関するドキュメントを放映していて、道路建設がいかに回復不可能な害を引きおこすかを紹介していた。その建設は必要だが、数百メートルずらして実施すれば、こうした破壊的な結果をもたらさずにすむのだ。そこにはポーランドに生育する40種の蘭のうち19種が自生し、数種類はそこにしか生育しない。白鷲(ポーランドの国章)、やかまし鷲、大雷鳥、フクロウ、白背キツツキが営巣する。これらの動植物すべては厳重に保護されているため、建設立案者たちは法を犯していることになる。もちろん彼らは万事OKだと主張しているのだが、映像では建設用地から2、3メートル離れた木の上に鷲の巣があるのが見えた。当然、親鳥はヒナを残して逃げるだろう。他にもこうした事例は多数ある。

 そこには十数メートルの厚みの泥炭沼の層があり、人が踏み込むと表面が沈む。そんなところに重い機械でどうやって入るつもりなのか? 機械も数百万のお金も沈んでしまう。だが「節約」のため、500メートルだけ建設をずらすことはしたくないのだ。そのうえEUからの資金融資は考えていない。おそらくEUは出してくれないだろうから。

 政治家のなかには国会やテレビに出るとき緑色のリボンを留めている人がいる。これはこの野蛮行為に対する抗議のシンボルだ。今日はポーランド全国でこれから(13:00)デモが行われる。クラクフでは「アダシ[アダム・ミツキェヴィチ像]」の下でさまざまなハプニングが行われることになっている。アウグストゥフの住民はただなるたけ早い建設開始を求めている。彼らの小さな町を毎日数千台の大型輸送トラックが走り抜けていて、安心して生活することができないからだ。環境保護活動家らはすでに樹木を鎖でつなぐ準備をしている。(2/18昼)

2007/02/20 14:00

メール報告: 回想、医療殺人、昼食と電話

 そもそも[Zの命日が]正確に2月のいつだったのか知らなかったのだが、何らかの衝動が俺にZのことを考えさせ、彼のことを書くように命じた。「回想」を送る。

 [複数の女性ミュージシャンがボグダンの絵の付いたTシャツを購入したことに対して]俺の思いつきに対する日本の女性アーティストたちの反応がうれしい。(2/15夕)

 昼食はサヤインゲンとジャガイモと卵だった。雨で暖かだが、予想通り来週半ばから冷え込みが来て少々雪も降る、しかし陽も出る。

 こちらはここ3日間またしてもスキャンダルが持ち上がっている。心臓や他の内蔵の移植で著名な外科医が、医療殺人と収賄の容疑で逮捕された。この殺人の容疑は婉曲に言えば誇張から引き出されたものだが、買収に関しては事実自体が物を言っている。彼の住居では大金のほか、多数の高価な「プレゼント」―腕時計、万年筆、コニャック、その他の「感謝の証拠品」が発見されたのだ。(2/16夕)

 今朝はもう−4度になったが、風がないのであまりつらくはない。鶏肉フィレを2つとグリンピースの缶詰を買った。結構いける昼食2〜4日分になるが、調理中に邪魔が入った。ニンニクをきざみはじめようとしたら電話が鳴った。Kからだった。彼女は少なくとも、お邪魔ではないかと尋ねた。もちろんMのことなどについてのおしゃべりだった。鶏肉をフライパンで焼いている最中にまた電話。今度はM.M.からで、彼女はだれか知り合いと話したくなったのだ。俺の鶏肉が焦げるだろ!!! 人がおしゃべりしたいのはわかるが、どうしていつも昼食時か、テレビでいい映画を見ている最中なんだ? M.M.を傷つけずに話を終わらせるために、昼食が火にかかってるんだとデリケートに2度ほのめかさなくてはならなかった。いつかこちらから彼女に電話しよう。彼女はひとりぼっちで不幸なようだし、それに病身で、最近リハビリを終えて退院したばかりなんだ。気を落として連絡を取ろうとしている人を拒否することはできない。

 鶏肉とグリンピースはおいしかった。今日はパンを添えたが(ジャガイモだったら2本の電話のせいでマッシュポテトになっていただろう)、明日は電話をはずしてジャガイモをゆでるぞ。(2/17夕)

2007/02/16 21:31

電話報告: 文法、ポートフォリオ、庭

 CはEがkotu(猫に)食べ物をやってると言ったが、俺がわざと間違えてkotowiというのを聞いて、kotowiが正しい言い方だと思ってkotowiと言い直した。自分の言い方に自信がある人はチャメルの言い方を訂正するが、自信のない人はチャメルが正しいと思って真似をする。

 Sが来たので本を返し、ポートフォリオのことを訊いたら、Mが店の片づけをしてたときに見つけたとのことだった。俺が店で訊いたときには無いと言ってたが。酔っぱらってタクシーで帰るとき、タクシーに置き忘れるとまずいから店に置いてきたのだ。なんでしまっておいてくれなかったんだろう?

 chlopczyk[男の子]の複数形を辞書で調べておけ。chlopczykiだったら、te chlopczyki[これらの男の子たち]になるはずだが、男性人間名詞でこれはどうなのか?

 庭の柵の近くにヒマワリ、次に大きなヒャクニチソウ、それから中の方にコスモス。ハツカダイコンはどうかな? ニンジンは? 土が浅すぎるか。地上にできるもの、エンドウ豆は? いや、空豆! 空豆!! (2/15晩)

2007/02/16 21:31

メール報告: ケーキ、チョコ、ポンチキ

 クッキーの耳はトッテモカワイイ。ケーキは申し分なくできるだろう。

 [15日は「脂の木曜日」なので] 店にうまそうなポンチキ[ジャム入りドーナツ]があったら買って食べる。

 コスモスは欲しくないの? コスモスにはマルハナバチが飛んでくるよ。少しは植えようか、あるいは勝手に生えるかも。ヴァレンタインのせいでログインしても長い間メール・サイトに入れなかった。テレビでヴァレンタインのチョコレート風呂を一昨日から3回見た。どこで? もちろん日本。(2/14夕) 

 ずっと前に日本のヴァレンタインの習慣について教えてもらったとき、すべてのチョコレートは女性が自分の恋人か夫に買うのだと俺は理解した。実はそれはギリ・チョコで、職場の同僚にも与えられてしかるべきだといま知った。逆の意味でそれは理解できる。というのも女性の日には職場の同僚女性に、あるいは学校では女生徒に花が手渡される。それは元来好ましいことだった。(2/14夕)

 なんてすばらしいかわいいケーキなんだ! そこに前にあった、マウスで描いた絵を元に作られたように見える。眺めを楽しむため、絵に戻ってみなくては。おめでとう、おいしく召し上がれ。俺もかじっちゃうよ!(2/14夕)

 店には、もちろんできたてほやほやとか最高品質というわけではないが、ポンチキがあったので2つ購入。いまコーヒーを淹れている。コーヒーを飲むと軽い震えが起きるのだが、俺はその味と香りが好きだし、ポンチキは日常の紅茶よりも雰囲気のある飲み物とともに味わいたい。では伝統的なパンの玉をかじりましょう!(2/15午前)

2007/02/16 21:30

メール報告: 付録DVD、洗濯、新路線、春

 今朝は零下、その後は8度になったらしい(温度計を見なかった。ユダヤ人の絵に苦労していたので)。いまは+1度。きっとまだときどきは寒くなるのだろうが春は近い。

 最近はテレビで映画を放映することが少なくなり、夜見るものがなく文字通りの窮乏。しばらく前から「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙の金曜版を買うと、少しの追加支払いで良い映画のDVDが買える。いつも買うわけではないが、一度決意して「ニューヨークのギャング」を、先週金曜は「イングリッシュ・ペイシェント」を付録として求めた。テレビの映画日照りに直面して今日は助かった。

 今日の新聞には無料の英語講座が付いてきた。もう第2部。あいにくそれを見るのに必要なコンピューター能力が大きすぎる。このディスクはだれかにあげなくては。(2/12夕)

 かつては白かったカーテンを洗濯したのでうちの中が明るくなった。カーテンはまた白くなった。下水槽が空っぽという贅沢があるんだから他の洗濯もしよう。

 バガテラ劇場の前でJを待っていたとき、新路線24番の新しい路面電車を見た。表示板によると、工科大学前からパヴィア通りを通って、ガレリア・クラコフスカ[駅前の新しいショッピング・センター]前に停留所がある。路線の終点はブロノヴィツェ。

 また暖かい。気象予報士が言うには2月末まで、つまり冬の終わりまでこのままだそうだ。ひょっとしたらまたさあーむくなるんじゃないかと俺は思う。春はもうそこまで来ている。ジュズカケバトが「嘆く」のやシジュウカラが「チュッチュいう」のを聞いた。もうすぐPにたのんで庭用の土を運んでもらう。庭を復活させるときじゃないか? それは俺のお腹にも健康にもよいだろう。(2/13夕)

2007/02/16 21:30

メール報告: Cの入院、見舞い、猫、爬虫類

 数日前、J.Lとその妻からCがどうしているのかわからないと電話があった。ここ2週間だれもCを見ていないのでBといっしょにCのうちへ行ってみたところノックに答えなかったのだ。それで俺は片耳をJとの受話器に当てたままケータイからCに電話してみて問題が明らかになった。Cはうちにいたが激怒していた。JとBが引きおこした混乱のあとで警察がドアをぶちやぶったからだ。死んだか、あるいは意識を失って倒れているのではという疑いがあったのだ。幸い彼は生きていてドアを修理していることが判明した。今朝うちに電話してきて、午後医者のところに行くことになっていると言っていた。

 夕方、アメリカのRがまた電話してきて、妻とふたりで1時間もくだらないことをくっちゃべって俺の頭を悩ませたため、ふたたび電話が鳴ったとき俺はもう出なかった。いま正午にJ.Lから電話があり、昨日の電話は彼だったことがわかった。Cが昨日運ばれた病院に今日俺と見舞いに行く約束をしたかったのだ。Cに何があったのかはわからないが、Jと15時にバガテラ劇場前で落ち合うことにした。(2/11昼)

 いま病院から戻ったところ。Cは内科病棟に入院していて、まだ何も具体的な治療は行われず、マグネシウムを血管に注入された。看護士が何か薬を持ってきていた。医者が家族に出した書類によると、Cには左心室細動と、それに明白なアルコール不足がある。体が弱り、やっとのことで歩いていて、床に転倒したため横腹に青あざがある。Jと俺は彼にパンとハムとバターと2リットル入りジュースを買ってあげた。フィリップ[Cの飼い猫]はどうしているのかと思ったら、前妻のEが猫に餌を持っていっているそうだ。彼女が初めて行ったとき猫は隠れていて、呼んでも餌で誘っても長い間出てこなかったと、Cに電話で話した。しばらくしてようやくどこかの隠れ場所から姿を現し、餌を与えられることを承知した。猫はバカではない。Cが見えなかったから出てこなかったのだ。Eの意図を観察し、だれも自分を食べたり盗んだりするつもりはないことを確認してから出てきたんだ。(2/11晩)

 もしCに家族がいたらこんなに早く見舞いに行かなかった。要は彼にはだれもいないからなのだ。かつての妻は猫のところに通っている。猫は「罪のない生き物」だから。だがCを訪問するとなると、どうだかわからない。とはいえ彼は決して彼女にそんなことを頼みはしないだろう。猫は別だ。だから俺はJといっしょに見舞いに行ったんだ。

 遅刻するのは嫌なので、早めに行ったら待ち合わせ場所に着いたのが早すぎた。今日は並はずれて寒かったから、暖まるためにデパートに入った(ヴィシルナ通りとルィネク[中央広場]の角)。あいにく俺はちょうど買い物の必要がなかった。というのもバーゲンセールをやっていて、70パーセント値下げの「チャンス」だったのだ。立派なベスト・ジャンパーが55ズウォティ、ファスナー付きセーターと付いてないセーターが45ズウォティ、ファスナー付きジャケットが39ズウォティなど。もちろんすべて品質は良い。

 「Vis a vis」[ルィネクにある有名な飲み屋]は改装中で、ピョトルの銅像[この店に通っていたピョトル・スクシネツキの像が、隅のテーブルに座っている]はいつもの場所にあったが、K[古株ウェイトレス]の顔は見えなかった。ルィネクはさびしく空っぽで、通り過ぎるのは知らない人ばかりだ。クラコフスカ通りで路面電車から「爬虫類」という看板の店を見かけた。いつかのぞいてみるのもいい。亀やトカゲや蛇が見られるかもしれない。カメレオンを飼うのもいいな。ネズミ捕りに蛇はどうかな?(2/11晩)

2007/02/14 05:13

メール報告: zjadliwy、耳国王、不破さん

 ここも暖かくて、雨が降っているのはありがたい。雪だとここプワシュフはどうなるかわからないから。ユダヤ人の絵に毎日苦労していて、聖堂内部の光が適切に描けない。おそらくこの中途半端のままになるだろう。(2/9夕)

 zjadliwyというのはふつうは「意地悪な」という意味だが、俺の若い頃には、結構おいしい食べ物のことをそう言っていた。例えば、レストランから出てきて「あのカツレツはzjadliwy(いける)」というように。この場合「pyszny おいしい」ではあまりにママの息子的でふさわしくない。「pyszny」と言ってもいいのは良家のお嬢さん。

 Mさんが耳国王とナガミミカエルたちを胸に着てくれるのはすてきだ。彼女は耳国のことを知ってる?(2/10夕)

 ギターを弾いて歌う不破さんを俺も見聞きしたかったなあ。オモシロカッタネエ。照幸くんのパフォーマンスのあと、だれもその壁をナメなかったの?(2/10晩)

 ちょうどいましがたニュースで、検査をする獣医が不足しているためある種の肉に関して「zjadliweか?」という表現を使っていた。獣医も大量に他のEU諸国に逃げ出している。国内のほぼ10倍稼げるからだ。ポーランドでの彼らの給料は1400ズウォティ、あちらでは3000ユーロ。すなわちこれってzjadliwe?(食えるの?)(2/10晩)

2007/02/14 05:13

メール報告: 絵、木馬、復活祭の卵

 あの絵はAさんにとってはそれほど魅力的ではないのかもしれないが、俺が光の問題について話したら、彼女は「いえ、とてもいいわ。何かテーマの変化が見える」と言った。まだこの絵にはやるべき作業がたくさんあることはわかっているが、ユックリ、ユックリなんとかできるかもしれない。もう終わりにしてもいいのだけれど、こんな中途半端な出来損ないは嫌だ。ひょっとしたらそのせいで俺は絵をダメにしているのかもしれない。しかし自分にできることをしたという自覚を持っていたいんだ。(2/6晩)

 植えたニンニクはもうすっかりダメになってしまい、竹ちゃんは新しい葉を出さなくなった。秋以降もう生長していない。また今朝は路上に雪があり、摂氏0度でまだはらはら降っていた。午後には降り止んだ。木馬はもう立っているが、尾と鼻面が欠けている。さびしそうだし身体障害者に見える。(2/7午後)

 ケーキはただお菓子のつもりで描いたので、耳は甘いかもしれない。ケーキのデコレーションが我々のロゴにふさわしくなるようにしたかった。(2/7夕)

 もし編み物ができたらカエル帽に似たのをPaに編んであげるんだけどなあ。ゆきさんの写真をPaに見せたら気に入ってたから。

 バシュトーヴァで復活祭の卵に絵を描くとき、1つはAさんのために描くことにした。彼女の礼儀正しさと、彼女とは知らずにドアを開けなかったことに鑑みて。

 Pちゃんに復活祭の卵を送ってもいいけど、到着するときにはちょっと臭くなってて黄身は緑色になっているかもね。(2/7晩)

 中身が緑になったおいしい彩色卵は欲しくないの? おまけに独特な香りがあるのに? 中国では腐りかけのちょっと臭い卵がごちそうだというじゃないか。(2/7晩)

 復活祭の彩色卵を日本に送った場合の内部の様子を送るよ。(2/8午後)

 彩色卵の内部を見ただけで、匂いをかがなくて済んだことを喜ぶべきだよ。(2/8夕)

2007/02/07 21:30

メール報告: ノック、バッタ、ケーキ

 このあいだ体重を量ったとき体重計の目盛りを見間違えていた。つまり180.5ポンドを80.5kgと読み違えていたのだ。今日、自分の体重は83kgだとわかった。俺は本当に少食になったし、ほとんどアマイモノは食べていないのに。

 昨日の晩まただれかがノックしたが、俺は開けなかった。なんで昼間に来るか、電話するかしないんだ? 金曜日に俺が出なかったあの電話はJからだったが、ケータイの方はたぶんSの仕業だろう。

 あのおぞましい雌バッタをうちのサイトに載せたりするなよ。おそらくもう載せたんだろうけど(ゲゲッ)。もうすぐうちのサイトは3周年かな?(2/4晩)

 ケーキを描く作業で軽い意気消沈から離れられそうだ。「ユダヤ人」を描くのに困難があって、たくさんの手直しをしなくてはならない。シナゴーグ内の光が問題。(2/5晩)

 20:15にまただれかがノックしたけど、しばらく開けなかった。でもそのだれかに俺はとても忙しいんだと言ってやろう、ひょっとしたら汲み取りの件であのうすのろかもしれないと思いかえした。ドアを開けるとAさんが立っていて、Sからの本と…俺のポートフォリオを持っていた! 昨日ノックしたのはAさんかと尋ねたら、はたしてそうだった。なぜ開けなかったかを説明したら、Aは俺の言うことももっともだと言った。だってSさんは「ちょっときこしめして…」たから。そういうわけでようやく自分の絵を取り戻したが、ただそれがいままでどこにあったのか、俺の問いにもかかわらずSも含めてだれもこのアルバムについて知らなかったのはなぜかという疑問が残る。画家のAさんに描きかけの絵を見せたら大変気に入ったが、俺の抱えている光の問題は理解してくれなかった。そういうわけでSの意図は良かったのだが、やはり開けなくて良かった。うちにSが居座ってぐだぐだ話をするのを防げなかったろうから。SがAのドアをたたいて彼女に俺のポートフォリオを渡したことはほめたたえよう。(2/5晩)

2007/02/07 21:29

メール報告: ウオツカ、送信、複数形

 今朝雨が降ったが、いまはただ暗い。だが少なくとも雪氷水泥はない。本物の春までこうだといいが。Jは連絡してこなかったので仕方がない、さしあたりOutlookとOfficeと音なしで済ますしかない。

 昨日Sがうちに200ml入りウオツカの瓶を2本持ってきた。俺は小さいグラスに3杯飲み、彼は少し飲み(ふだんはウオツカは飲まずビールだけ)、残りは冷蔵庫に入れた。あいにく20時過ぎにまたやって来たが(たぶん読むための本を持ってきてくれたのだろう)、もうドアを開けてやらなかった。彼はよかれと思ってやっているのだが、俺はその時間にはもう家でのんびりしていたいし、それにそのときは映画を見ていたのだ。すぐに電話が鳴ったけど、それも取らなかった。(2/3夕)

 Jが電話で添付ファイルの送信の仕方を教えてくれたが複雑だ。これまで簡単に送信していたものを彼はDといっしょにいじってダメにして、いまになってこうあるべきなのだと言う。なぜ以前はこんな面倒なことなしに送信できたのかわからない。(2/3夕)

 このいまいましい雌バッタが届くかどうか試しに送る。(2/3晩)

 昨日「chlopczyk 男の子」という単語の複数形について考えてみて、文法的に正しい複数形はないという結論に至った。例えば「zolnierzyk 兵隊」という単語からは、おもちゃとしての「oluwiane zolnierzyki 鉛の兵隊」という複数形があり、これは正しい形だ。いっぽう小さい人々の意味で男性形のchlopczykiは、chlopczykowie同様あまりふさわしくない。「それらの」zolnierzyki-zabawki(おもちゃの兵隊)なのだが、「それらの」chlopczykiでは男性形に合わない。このことは調べなくては。

 でもいまはホウレンソウの準備とジャガイモの皮むきに取りかからないと。(2/4昼)

2007/02/07 21:29

電話報告: 体重、猿、反ユダヤ主義

 足のマメが痛くてスーペルチストチェルを塗っている。靴が合わないので、暖かくなったら春の靴を買おう。体重を量ったら80.5kgだった。まえは82kgだったから1.5kg痩せた。ズボンが楽にはけるようになったと感じる。

 ギェルティフ[教育大臣]の父親はごりごりの反ユダヤ主義者で反進化論者。シモン・マイェフスキ・ショウでギェルティフの父の新しいメルアドを「……絶対@はないですね」と紹介していた。ポーランド語では@のことを「malpa 猿」と呼ぶため、反進化論者のギェルティフの父は猿から進化したのではないという意味。

 反ユダヤ主義者の郵便局のBに「ユダヤ人の絵を送るんだ」と言ったら、「どうしてユダヤ人なんだ?」と訊いた。郵便局で写真を送った。Paが来たときに撮ったのとか、倒れた木馬とか。馬はまだ倒れたまま。

 Jに昨日電話してパソコンのことを話したら、土曜日に行けるように努力するとのこと。Dが来てくれればいいのだが。

 精神的な理由から物を食べない幼い女の子のドキュメントをテレビで見た。珍しい症例なので、あちこちの病院や研究機関が率先して治療・研究にあたり、その結果ついに女の子は摂食できるようになる。感動的だった。 (2/1晩)

2007/02/07 21:28

メール報告: コンプ不調、タイの象、鮫

 なぜだかわからないが、あいにくJがコンプをいじってからOutlookもOfficeもメールも絵も送らなくなった。レーシング・カタツムリは幸いディスクに保存したので、いずれ送る。昨日Interia[ウェブメールの1つ]で添付ファイルとして送ろうとしたが、うまくいかなかった。そのかわりもう一度、象について書こう。

 タイでは最近建設された高速道路を夜間閉鎖する羽目になっている。理由は象が道路に出てきて危険だから。しかしそれは象が闖入者なのではない。高速道路が象の特別保護区の中心を突っ切っているのだ。この高速道路を走る車輌の大部分はサトウキビを輸送していて、象たちはそのことを知っている。トラックを止め、大好物のサトウキビを盗む。それがうまくいかないと車を破壊するため、人々は逃げるしかない。それ以外に交通事故では人も象も死ぬ。トラックの列が夕方路上に止まっているのをテレビで見た。どこか前方で封鎖と象たちの泥棒が続いているのだ。サトウキビを盗むことができなかった車を、怒った象たちがたたき壊すところも映していた。(2/1午後)

 東京の水族館にいるとメディアで紹介しているあの古代鮫はどこで泳いでいるのか? 写真で見ると本当にサメの祖先で原始的な形態だ。(2/1午後)

2007/02/07 21:27

メール報告: 泥だらけ、カタツムリ

 俺はいつもツイてない。今日は銀行に行かなきゃならなかったが、案の定、寒くて風があって、でも気温はプラスだったから、とりわけプワシュフは氷混じりの泥だらけで湿っていて滑りやすくて汚らしかった。あいにくいくつかの物が壊れ、ラジオのリモコンは直したが、他の物はさしあたり直せない。そのうえもう一度線路の向こうに行かなくてはならない。というのも昨日お客が来たためお誕生日カードを描き終えることができなかったから。明日は郵便局に行ってカードを送り、公共料金を払い込む。

 ミニギャラリーのほかに、我々のサイトの「蛙集落の…」絵がたいそうPaの気に入った。彼女が仕事に行き、お金を稼ぎたいと思っていることは喜ばしいいっぽう、いなくなるのはさびしいとも思う。(1/29夕)

 ナマケモノ・カタツムリ[「ボグダンの絵」参照]。ナマケモノと多くの共通点を持つ。つまり性格が似ているのだが、この場合は顔つきも。(1/29晩)

 公共料金を支払い、フィルムを現像に出した。2人のアーティストのサイトを見た。というか写真を見た。残りは読めなかったので。ゆきさんのホームページにメールのマークがあるので、彼女に「よろしく」を送りたいと思ったが、うまくいかなかった。真紀さんのサイトに載っている写真の1枚に、なってるハウスのバーの棚が写っているのがわかった。もうすぐ2月には我々のサイトも3周年になるんだなあ。(1/30夕)

 昨日俺は「レーシング・カタツムリ」の絵を送ったかな? それより前にタイの象に関する文章も送ったんだけど、届いたかどうか知らせてくれ。

 今日はまたしても湿って大変滑りやすい。昨日だけは朝、零下になって少し雪も降ったから、そのおかげで普通に歩けた。いまはまた困難な状態。中心街ではこんなこと気付かないが、ここは悪夢だ。でもそれももう長くはない。2月の4週間だけ。3月は氷なしの泥だらけになるかも。(1/31午前)

2007/02/04 16:24

メール報告: 訪問、すばらしい壁

 昨日、天気予報の地図で東京は14度だった。こちらは寒くて風と雪だ。左足のマメがひどく痛い。新しい「スーペルチストチェル」を開けて塗っている。

 JとDは今日うちに来ることになっていたけど、昼食後に昼寝をしていたらHが電話してきて彼らは明日行くと言っていた。それから少ししてPaから電話があり、うちに寄りたいと言う。バシュトーヴァに電話して、Jおじさんたちといっしょに車で来るよう約束をしなさいと言っておいた。今日来ると思って、セルニク[チーズケーキ]少々とツフィバク[パウンドケーキ]を買っておいてよかった。明日お客さんに出せる。Paは3月にダブリンに行くつもりだ。

 うちのサイトの「蛙集落の耳国王」は、ちょっとおとぎ話のイラストレーションみたいにすてきに見える。(1/27晩)

 Jがちょうどコンプから離れたのでメールをチェックして、JとPaによろしく言っておいた。Dは来なかった。彼はおバカな年頃だからPaがいるので恥ずかしかったんだろう。それでJひとりでは全部はできなかったんだけど、Word Officeをインストールしてくれた。みんなでセルニクとツフィバクを食べた。まだ少し残っている。ちょっと前に彼らは帰ったところ。Paは本当に写真に興味を持っていて、何か勉強したいと思っている。Hは彼女の写真と、彼女自身の変化をほめている。もうあのウスラトンカチなPaではない。イギリスとそこでの仕事、言語、人々との交流が大変彼女に役立った。いまでは彼女は自分が何をしたいかがわかっている。

 Hから2瓶目のきのこをもらった。(1/28夕)

 きのこのほかに塩漬けキュウリもあるし、帽子も2つもらった。前にHからもらった黒いのは昨年の冬になくなってしまったから。

 Paはうちの「すばらしい壁」を背景に写真を撮ってほしがった。写真と「虫」と日本地図のあるうちのミニギャラリーを彼女はそう呼ぶのだ。彼女はそこに掛けてある眼鏡の意味を尋ねた。どんな眼鏡を掛けるか、つまりいかに世界を見るかによって、眼鏡は人々のさまざまな気分を表現するんだと説明した。彼女は理解した。「バラ色の眼鏡で世界を見る」という慣用句、すなわち「極度な楽天主義者である」を知っていたから。それに「虫」はカマキリだと説明してやった。彼女はこの壁全体といっしょに写真に収まりたがって、虫も見えるようにね! と言っていた。(1/28夕)

2007/02/04 16:24

メール報告: ベトナムの稲作

 Mysikrolikの2番目の姿。ネズミの遺伝子をより多く持っている。(1/26夕)

 ベトナムに関する、というかベトナムの稲作に関するオモシロカッタドキュメント「米の心」を見た。ベトナムがいかに美しい場所か、そこの人々が心を平静に保ちながらいかに重労働をしているかをまた見ることになった。灌漑した地面に稲の苗を植え込むことは知っていたが、その前がどうなっているのかをようやくいま見て知った。つまり米粒を選別し、それを湿らし芽を出させ、それから泥の地面に植える。次にすこし生長した苗を集めてから、一定の間隔で本植えする。灌漑作業と棚田、水車、水牛というシステム全体。土壌が痩せないようにするため、田で稲の種類を交替させる。稲作には本当に多大な労働と知識と恵まれた天候が必要だ。ベトナムの子どもたちはご飯を最後の一粒まで残さず食べるように教わる。茶碗一杯のご飯にどれだけの価値があるか、いまやチャメルも知っている。日本で遠くから見たあのみずみずしい緑の田んぼは苗だったんだといまはわかる。ベトナムでは年に2、3回稲を収穫する。日本ではたぶん1回だろう。それは10月?(1/26夕)

2007/02/04 16:23

電話報告: シイタケ、ウイルス駆除

 Jが土曜日にうちに来て、700冊の本をパソコンにインストールしたいという。そんなに入れるとディスクがいっぱいになるから、とりあえず読む分だけでいいのだが。JとDが来るので掃除をした。すごく散らかっていたから。クリスマス以来甘い物を買わなかったが、今日はデリツィエを買った。チャメル用にあと4枚残っている。土曜日は2人が長時間の予定で来るから、オープンサンドを作ろうかな、バレロン[ハムの1種]を買って。

 ポーランドでもシイタケを売っている。でも高い。

 あ、またトロイの木馬が出た。出たら捨てるか、必要なファイルかもしれないという注意が出たら隔離してウイルスを駆除してやる。最初のいくつか、それを知らないでいて捨てちゃった。まあ、どうってことないだろう。

 ケガをしたチェコのスキージャンプ選手は意識が戻らない。(1/25晩)

2007/02/04 16:23

メール報告: ネズミウサギ、トロイの木馬

 これはMysikrolik[キクイタダキという小鳥のポーランド語名。直訳するとネズミウサギ]の姿の1つ[「ボグダンの絵」参照]。

 もうすぐJとDがコンプを直しに来る。Hから今朝、彼ら2人がWORDをインストールしに行くと携帯メールが来た。その後、俺はJに電話で、WORDもPAINTもあるけど、システム全体がおかしいんだと言った。彼らが何とかしてくれるかもしれない。もう一度店に行って、この機会にデリツィエ[ジャム入りクッキーの製品名]を買った。(1/25午後)

 13:30から15:40まで俺たちはコンプ[パソコンのこと]のそばに座っていた。JとDは俺に、汚染されたファイルの走査をするように言って帰った。これまで、つまり18:45まで俺はAVASTによって発見されたいわゆるトロイの木馬を見張って取り除かなくてはならなかった。210個もあった。いまのところコンプは正常に作動している。(1/25晩)

2007/01/27 04:36

メール報告: 蜂蜜、雪、訃報

 一昨日、蜂蜜の小瓶を買い、2、3時間毎にスプーン1杯ずつ食べている。咳がよくなったようだし、きっと蜂蜜は健康に良い。最近読んだのだが、例えばアルコールのあとには、酒で洗い流されたミネラルを補うために蜂蜜を食べると良いそうだ。

 雪は昨日から休みなしに降っていて、プワシュフも、ポーランドも、ヨーロッパの半分も、スペインさえも覆われてしまった。明日は戸棚の箱から冬靴を引っ張り出そうかな。(1/24夕)

 作家、大型レポーター、リシャルト・カプシチンスキが亡くなった。スタニスワフ・レムと並んで、彼の作品は国外でもっともよく読まれた、つまり、もっとも多く翻訳された。レポーターのなかの最大の作家、作家のなかの最大のレポーター、レポーターの皇帝、と呼ばれた。「皇帝」というのは、皇帝支配下のエチオピアのことを書いたから。(1/24夕)

 今日はいらいらしている。足踏みの季節真っ盛りで、ぼんくらどもは考えないからだ。俺は俺の反・足踏み運動を開始せざるを得ない。注意を促す、あるいは、叫ぶ。どちらかは相手の隣人に依る。自分の靴を俺のドアの前ではたく、その人のドアの前に雪を放り出すことも考えている。ここの礼儀知らずには際限がない。(1/24晩)

 エチオピアに関するカプシチンスキの本のタイトルは「Heban 黒檀」、この本を読むつもりだ。(1/24晩)

 本当に悲しい日だ。クリスティナ・フェルドマンも亡くなった。ニキフォルを演じることができて良かった。思うにあれが彼女のもっとも大きな役だった。見事な女優だったが、いわゆる大役は演じなかった。卓越した名脇役に彼女の才能は役立ったのだ。どうしてある時点から「Swiecie wedlug Kiepskich キエプスキ家による世界」に彼女が「ばあちゃん」役で出ていないのかと考えていたところだった。おそらくすでに病気だったのだろう。彼女は何の贅沢もない住居でごくつつましく暮らしていた。一度も車を持ったことはなかった。(1/24晩)

2007/01/27 04:36

メール報告: レモン、おじいさんの日

 あの背の低い坊主頭の俺の友人Mは、1970年代に紅茶のレモンを飲み込んだことがある。その一切れのレモンはその後、彼を夜中に眠らせず、彼の胃に居すわり、吐き気などを催させた。結局、彼は吐いた。そうなったらMはその一切れを取って、ハンマーでたたき、肉挽き器に通した。そのクズをさらに封筒に入れてルィネク[中央広場]に持ってきて、俺に一部始終を話し、怒り狂って踏んづけた。もちろん回復と復讐を祝って、俺たちはアルコールを飲んだ。これはすこぶる可笑しかったので昨日のことのように覚えている。俺は20歳くらいで、とても陽気だった。今日は少し寒い。(1/22夕)

 今日は「おじいさんの日」、だから俺の祝日だ。この機会にテレビでヤン・クラフチク氏を紹介していた。彼は94歳にして、走り、泳ぎ、老若男女の体育グループを率いている。グループの平均年齢は50歳。どんな夢をお持ちですか?との問いに、「若い女を引っかけてエジプトに行くこと」と答えた。ブラヴォー、ヤンさん! 彼は65-70歳に見える。(1/23午後)

 15時から雪が降っていて、もう白い。気象予報官たちはいまになって、3月まで長い冬が続くとおどかす。(1/23夕)

2007/01/27 04:35

メール報告: 美術館、スキージャンプ事故

 クラクフでは現代美術館をどこにするかを相変わらず思案中。で、相変わらずどうなるのかわからない。

 ほぼ10時まで寝た。夜中に2度、咳の発作が出たから。

 暴風の悲劇的な結果。土曜日にはもう嵐は遠ざかったかのようだったが、ザコパネでスキージャンプの最中に、チェコの選手、ヤン・マゾッホが風にあおられ着地に失敗して落ちた。現在彼はクラクフの病院で薬物的昏睡状態に置かれている。メディアは、この競技会がそもそも開催されるべきだったのか、あるいは、事故後なぜ中止されなかったのかを討議している。ポーランド政府はチェコ選手の家族に財政的支援をしている。

 キャベツを買って、ママが教えてくれたようにゴウォンプキ[ロールキャベツ]を作ろうかなと考え中。

 ここはずっと暖かいが、先週の水曜から、今週の水曜日か火曜日が本当の冬の始まりだと予告している。お天気お姉さんたちは「さあ、いよいよです」と言うが、厳寒と雪が2、3日も続けば、今度は春を切望するんだろう。もうこんなに長いこと暖かで、こんなに春に近いのなら、厳寒を夢見るなんて意味がない。だってその夢は4月まで続く氷のホラーに変容しかねないのだから。(1/21晩)

2007/01/27 04:35

メール報告: ハリケーン・カトリーナ

 ニューオーリンズを破壊した「カトリーナ」後の動物たちの救助に関するドキュメント「ナショナル・ジオグラフィック」を見た。避難時にはどの避難場所も人間優先だったため、犬も猫も連れて行くことができなかった。ハリケーンのあと、破壊された街を特別チームがボートで回り、運命の手にゆだねられた動物たちを捜索した。家の中に残っていた動物はひどく痩せこけ、けがをしているものもあり、とても不幸だった。しかし家屋から脱出したものは群れを作り、すでにかなり危険だった。

 雌猫「Sztuczka トリック(?)」の飼い主73歳のジョンは廃墟をバスで回りながらずっと猫を捜していたが、ついに自宅のベッドの下にいるのを見つけた。彼は猫と猫のおもちゃとトイレを持ち帰った。その他すべて、家も何もかも、彼の一生の財産はそのまま残さざるを得なかった。

 ニューオーリンズ動物園にはまた別の問題があった。動物園も破壊されたため、動物たちは数日間面倒を見てもらえなかった。イルカのいる水槽は洪水に遭い、イルカたちは海に流された。8頭のイルカが大海原で見つかると信じた人はいなかったが、捜索は行われた。2、3日後、1つの群れで泳ぐ8頭が沿岸から数キロメートルのところで発見された。イルカたちにそれ以上ストレスをかけないよう網は使わず、彼らを特別な浮かぶマットレスに呼び寄せ、そこからボートに乗せることができた。

 おびえて腹を空かせた他の動物たちのなかには檻の外に出ているものもいた。彼らは餌をもらってもしょんぼりしていて元気にならなかった。そのとき飼育係たちは問題が何なのかを察し、最寄りの救助隊の兵士たちに動物園へ来てくれるよう頼んだ。すると動物たちは明らかに活気づいた。つまり、見学者の不足が動物たちにとってはストレスを感じる異常事態だったのだ。彼らはもう周囲に人間がいないと生きることができないのである。

 現在ルイジアナ州では次のような非難規則の変更をまとめ上げているところだ。家の動物たちは家族の一員として扱われること。(1/21夕)

2007/01/27 04:34

メール報告: 耳国の王様、レムの書斎、咳

 耳国の王様は扇動しなくてもよい。彼はカエルの国民にいかに耳国にふさわしく生きるべきかを教えさとしている。[「ボグダンの絵」参照]

 レムの書斎の写真[新聞の切り抜き]は、そこでの滞在を思い出せるようにと思って送った。

 咳はよくなっているようだが、実際夜中はいつも通り目が覚めた。でも午後の昼寝のときは落ち着いていて、自分で起きた。今夜はどうかな。チオコディンはもうない。残っているのは黒い「ドロップ」4粒と玉ネギシロップ少々。(1/20晩)

2007/01/25 01:30

メール報告: ヴィラス、4つ子の山羊

 [1/15付け報告の続報] ヴィラス女史は知人らの介入後、精神科病棟から出された。彼女は家に帰りたがったが、まず家を消毒、殺虫、殺鼠しなくてはならなかった。何千匹ものネズミが走り回る様子を紹介していた。それらすべてを、犬の収容施設のボランティアが無料で引き受けた。彼らは彼女を知っていて、彼女のことが好きだからだ。病院には彼女のファンのグループが花束を持って訪れたが入れてもらえなかった。彼女を気の毒だとは思うが、かりにそんな吠えて臭いやつがうちの柵の向こうに現れたら、きっと俺は激怒するだろう。動物を愛することは美しいが、他人の平穏のための分別と敬意はより美しい。

 あのドロップはのどの咳に効くもので、俺は肺の咳に苦しんでいるのだ。おそらく気管支炎だろう。ついに治まることを期待しているが、夜が不安だ。(1/19夜)

 ウクライナ国境近くの小さな町ジュラヴィツァはラッキーだ。テレビで2度も紹介された。この前は最初/最後のコウノトリに関連して、今日はそこで山羊の4つ子が生まれたから。4つ子の山羊は珍しいらしい。ジュラヴィツァ町は子ヤギたちに無料の幼年時代を約束し、すでに最初の飼料と飼い葉が運ばれた。

 今朝、グロマツカ通りのプラスティック・カード会社の芝生の子馬(木製)が暴風でひっくり返っているのを見た。尾も取れていた。うちの木戸はまたしてもぶらぶらになったので、今回は100円ショップで買った錠を取り付けた。(1/20夕)

2007/01/25 01:30

メール報告: ユーロ台風

 夜中はすごかった。強風と雷雨。約2時間ゴロゴロいっていた。裏口のドアがひどくバタバタいっていた。なんとかしに出ようかと思ったが静まった。朝になって、ドアが板で支えてあるのを見た。莫迦どもは夏中なにもせずにいて、まずくなると板でつっかい棒をする。表の「俺の」ドアは「静か」だった。俺が自動閉器を取り付けたから。

 ヨーロッパでは暴風で29人が死亡、そのうちポーランドでは3人、19人がけが。ポーランド国内の8万世帯が停電、うちは停電していないが、夜中は街灯が点いてなかった。そのうえ3時にうちの向かいでアラームが鳴り出したが、幸い2、3分だけだった。うちの庭の木戸も壊れたが、すでに直した。店に行く途中、道には木の枝やくしゃくしゃになった広告がいっぱいだった。ひとつだけ良いことは、あのいまいましい臆病な雑種犬が、いまは静かにしていることだ。

 まだ少々風はあるが、この暴風(ツィリルあるいはキリル)はロシアへ行ってしまった。気候の変わり目にはよくあることかもしれない。ここは日本の冬だ、気温も同じ。(1/19午後)

 午後に発表された死者はすでに6人、停電世帯は135000。眠くて昼間に2回寝た。その都度ひどい咳で起きた。いつ終わるのか? もうたくさんだ。(1/19夕)

2007/01/25 01:29

電話報告: 咳止め、ユダイズム、猫

 神経痛と咳。のどの薬を買った。ハーブキャンディー、黒いドロップのように見える。結構高い。でもチャメルの咳はのどからではなく肺から出る。咳止め薬のコデインには習慣性があるから使用を控えた方がよい。チャメルはそれでなくてもアルコールやニコチンに依存症があるから。

 ハヌカについて前に知ってることを書いたが、インターネットで詳しく書いてあるのを読んだ。ユダヤ人の絵を描こうと思うので、ユダイズムについて勉強している。

 ブエナ・ヴィスタの絵を送ってから、録画した映画を見た。絵に描いたおじいさんは映画の主人公だったことがわかった。無意識の中に映像が入っていたのだ。

 火曜日にHが電話してきたときに、友人のMがチャメルの描いた板絵を気に入ったと言っていた。

 戦争中のこと、反体制派が家に猫を置いて出かけた。留守中、保安省が秘密裡に家宅捜索を行った。ドアを開けたら猫が地下室から逃げ出してどこかへ行ってしまった。保安省職員は猫がいないとまずいと思い、別の猫をどこかから持ってきて入れておいた。実はその地下室にはもともと数匹の猫がいた。帰宅した人は見知らぬ猫が一匹混じっているのに気付いた。逃げた猫はあとで見つかった。

 暴風のためイギリスやドイツで被害が出ている。もしもうちの屋根が飛んだら笑ってやる。毎月10ズウォティでも20ズウォティでも万一のために積み立てしたらと何度も呼びかけたのに、ここに住む人たちは耳を貸さなかった。強風なので犬が吠えなくて良い。(1/18晩)

2007/01/25 01:28

メール報告: 地方の習慣、電話機、隣人

 金曜日にHが電話してきて、Rおじの葬儀の件をおおよそ説明した。第一にHが言うには俺に2回電話したがつながらなかった。第二にあの地方の葬儀の手続きが俺には大変だろうと思ったのだという。すなわち、家で開いた棺とともに過ごすことから始まって、棺に続いて数キロの行進、教会での長ったらしい礼拝、ふたたび棺に続く行進、それからようやく長い葬儀。実際これは俺にとってひじょうにしんどかっただろう、歩くことも開いた棺も。最小限に式典を短縮した都市の習慣に慣れた者にとって、地方の習慣にはつらいものがある。

 電話機は動いているが、壊れたときにもう捨てようと思って、何かを設定しようと思ってちょうどテーブルの上に置いてあった取扱説明書を捨ててしまった。いまはメロディーが鳴らない。光も点らない。(1/17午後)

 一度は10:30、二度目はいましがた、だれかがうちの扉をノックした。汲み取りの件の隣の人だと思うから開けてやらない。夜中に酔っぱらって帰ってきて、酒を求めて歩き回り、いま彼らはのどが渇いている。お金がないからお金を得る方法を探しているのだ。話にならない。どうしてこの件では一度もしらふで来ないのか? もし彼らに会ったら、汲み取り車が窓の外に見えたらそのとき話し合おうと言ってやる。俺はこれには激怒している。またしても洗濯ができないし、トイレがごぼごぼいっているのだ。(1/17午後)

 ゆきさんが絵を気に入ってくれて、そのTシャツを着て出演してくれるのはすばらしい。彼女を個人的には知らないけれども、心からよろしく伝えてほしい。

 古い習慣に関しては、むろん特に何かの葬儀を探しはしないけれども、おばさんがさまざまなあの地方の習慣について話してくれるかもしれない。俺も少しは覚えている。興味深い話が出たら、Pは民俗学者みたいにそうした会話を録音して、あとで翻訳してもいい。(1/17晩)

 強風が吹いている。今日はだれもノックしなかった。なんだかもうだれも重要な用件がないようだ。隣人はしらふに戻った。

 ドゥジィ・フォルマト[ガゼタ・ヴィボルチャ紙の別冊付録]で、作家村上春樹に関する記事を読んでいる。またヨアンナ・バトルが、日本に関する、俺が知っているようなことを書いている。(1/18夕)

 ナガミミアリ。ナガミミ大家族の次のメンバー、ナガミミ昆虫族の2番目。[「ボグダンの絵」参照] (1/18夕)

2007/01/25 01:28

メール報告: テスコ、ボブ・ディラン、恥

 朝、テスコに電話機を取りに行った。もちろんごたごたなしでは済まなかった。というのも青二才が俺をマネージャーがいるはずの店の反対側の端っこまで行かせたが、そこにマネージャーがいなかったから。ついでにハロゲンランプ(3つで7.99ズウォティ)を買った。こぶしでたたかなければ点かなかったやつが、ここひと月、点かなくなっていたのだ。これまでは1つのランプに9〜11ズウォティというぼったくり値段を支払っていた。ガゼタ・ヴィボルチャ紙も買った。今日はCD版電話帳が付録だったので。これからそれを調べてみる。電話機も。ピーナツバターは買ったが、日本で売ってるのとほぼ同じ小さな容器のしかなかった。ほんのちょっと大きいが。(1/16午前)

 ボブ・ディランに関する2時間以上のドキュメントを昨日録画して、今日見た。今晩2時間の後編。とてもよかった。彼と彼の音楽についてこれまで俺が知らなかったことがたくさんあった。彼にインスピレーションを与えた他のミュージシャンたちや、彼の知人やガールフレンドたちに関する多数のアーカイヴ資料。電話帳のCDにはXP2000が必要だが、俺は持ってない。CDはまだコンプには入れていないが、試しに入れてみようか。でもいましがた動かなくなったので、デスクトップに強制スキャンをかけた。(1/16夕)

 日本人のなかにも脳たりんはいる。ドイツのグレーフェンブロイで、エキゾチックな言葉を話す2人が警察に電話をかけた。2人はいらいらしていた。警察はその現場、すなわちホテルに急行した。そこでは2人の日本人が自分たちの部屋の洗面台が詰まっていることにいらだっていた。彼らは頭がどうかしていたに違いない。警察は身振り手振りで、こういうことはホテルの従業員に知らせるものだと説明した。日本でもたぶんそうだろう。(1/16晩)

2007/01/21 01:36

メール報告: 動物虐待

 かつて有名だった歌手のヴィオレッタ・ヴィラスは、年を取ってから頭がおかしくなり、150匹以上の犬と数十匹の猫を、故郷レヴィン・クウォツキの自分の所有地で飼っていた。犬の一部は彼女から取り上げられ、収容施設に入れられた。それだけの数の犬が彼女の手に負えなくなっていたからだ。彼女はいまや精神病院に入院し、多くの犬が世話をされないままでいた。いま俺はその詳細が新聞の「介入」欄に載るのを待っている。

 彼女が精神病院に入ったのは、腹を空かせた自分の飼い犬に噛まれたあとのことだった。家の中の環境はひどいものだった。いたるところに悪臭を放つ動物の破片が散らかっていた。犬たちは共食いをしていたのだ。犬たちだけになったとき、一部は家を抜け出して、柵の中で近所の人たちを追い回したので、彼らは家から出るのを怖がった。それほど攻撃的だった。犬たちは互いに似かよっていた。そのことは彼らが近親相姦で増え、遺伝子的に退化していることを示している。

 現在、その町の市長は、対策措置を執らなかったことなどの説明をする羽目になっている。俺は覚えているが、2、3年前には、これは彼女の私有地だから、だれも入ってはいけないと言われていた。彼女の家族も、それは違法だ、彼女は意志に反して病院に入れられていると主張していたのだが、いまや治療したがっていることが明らかになった。動物たちはすでに捕まえられて収容施設に入っているが、一部は逃げ出した。猫についてもなぜかだれも何も言わない。おそらくとっくに自由になっていて、人間なしでもやっていけるのだろう。ひょっとしたらだれかのうちにいるのかもしれない。

 いっぽうイギリスでは2人の兄弟が犬を肥満させたかどで法廷に立った。いま体重22kgのその犬の様子を見たし、体重が77kgあったときにやっとのことで歩いている様子も見た。2人の莫迦は犬を喜ばせているつもりで、ひっきりなしに餌をやっていた。彼らは犬に多大な被害を与えた。犬は際限なく喰った―ご主人がくれるからには食べねばならないし、ご主人の言うことを聞かねばならないからだ。人間の愚鈍と狂気は果てしない。(1/15晩)

2007/01/21 01:35

メール報告: 胃薬、映画、電話機、強風

 今日は朝食に半熟卵を食べたら、それはよかった。昼食はまたしてもそんなにおいしく感じなかった(肉とサヤインゲンとパン)。チオコディンといっしょに胃薬を買ったのは予感があったのだ。これからすぐに服用する。

 夏になったらいっしょにTom Tykwerの映画「パフューム」に行こうか。その映画についてかなり書かれている。(1/14夕)

 [病気のナガミミヨザルの絵について] すごくむずかしかった。数回最初からやりなおさなくてはならなかった。(1/14晩)

 今朝、保険会社に書類を送った。朝食後、クレームの件の電話がようやく通じて、修理済みの電話機がテスコの店で俺を待っていると言われた。明日の朝行ってくる。今度はピーナツバターがあるかもしれない。1つの用件だけのために切符代を払うのはもったいない。

 もうおさまったが、2日間強風だった。クラクフでは風速120km/時に達した。ポーランド国内のいくつかの地方では電線が引きちぎれた。寒くなってきたので、またストーブをつけている。節約のため、3日間つけなかった。(1/15午後)

 スーペルチストチェル[足のマメの薬]をみつけた。ずっと目の届くところにあったのだ。だって、「鼻毛」ばさみや「足の」爪切りやピンセットがあるので俺がよく手を伸ばす浴室の戸棚の中にあったんだから。

 今日の晩、テレビで「レオン」がある。数年後にふたたび見るのが楽しみだ。(1/15夕)

2007/01/21 01:35

メール報告: 準ミスの犯した犯罪

 1年前、公共テレビに、ザコパネ出身の準ミス・ポトハレ、クラウディア・T・Sが出演した。人生の中で何かを達成した若い人たちを紹介する「獲得者」という番組だった。彼女は容貌のほかにも数々の長所があり、登山家であり、モデルであり、また、ザコパネの豪華なホテル「ヴェルサイユ」の支配人でもあった。

 「獲得者」の賞品はヒマラヤ遠征だった。

 いまや彼女は、かつて自分が経営していたホテルに強盗に入った廉で、2年8か月を求刑されている。さて、ある日彼女はホテルに電話をし、自分は身体障害者だが、早朝に到着するので、障害者用の入口を開けておいてほしいと頼んだ。事実、ホテルには朝4時に、車椅子に乗り、目出し帽をかぶって現れた。混乱したフロント係に近付き、彼女を無力にしておいて(彼女の頭に一発くれて、と読まれたし)、金庫から20000ズウォティを取って逃げた。

 容疑者として彼女が浮かんだ。ホテルの習慣や金庫に精通していて、女性のように器用な人物に違いなかったからである。彼女の自宅から、ホテルに電話したときに使ったテレフォン・カードと19000ズウォティが見つかった。カードを捨てなかった「山の女」のつましさと、お金を他の場所にしまわなかった不信の念が、彼女を破滅させたのである。裁判で彼女は自分の罪を一切認めず、カードは道で拾った、お金はオーストリアの氷河とパラグライダーの旅のために蓄えていた貯金だと主張した。

 このことを書くのは、俺は彼女を見たことがあって、ルックスだけでなく何かを達成した地元の山岳民族の女として俺の気に入ったからだ。彼女がその勇気と決然たる態度をそんなふうに悪用したことと、山岳民族のケチが彼女を監獄に導いたことは残念だ。だが彼女は不屈だから、塀の中でも完璧にやっていけるだろう。まだ32歳、もっと賢くなるだろうし、人生はこれからだ。女の頭に思い浮かぶことは信じがたい。(1/14午後)

2007/01/21 01:34

メール報告: バンコク、食欲、強風

 不思議なことに、タイには毎年25000羽のコウノトリが飛来する。バンコク近くの竹林に巣作りをする。当然タイにはヨーロッパ的に解釈されるような冬も夏もないが、バンコクに関する番組では、コウノトリが何月から何月まで過ごすのかは言っていなかった。たぶんポーランドと同様なのだろうと思う。そのときにはアフリカから大きな渡りがあるから。

 バンコクハトテモオモシロイ都市デスネ。そこには現代的な地区もあれば、古い地区もある。美しい仏教寺院が無数にあり、金でできた5トンの仏像まである。チャオプラヤ川と多くの水路では商売や他の仕事、例えば飲食店などが盛んだ。人々は親切で礼儀正しい。ただ残念なことに、そこでは子どもの売春もまた盛んなのだ(これについてドキュメンタリーでは触れていなかった)。寺院建築は中国や日本のそれよりもミャンマーのにより似ている。

 胃の調子が変で気分が悪い。空腹でむかつくようなのに、何を食べてもおいしくなくて食べられない。そのことを書いているいまちょうど気分が良くない。飲んだ薬のせいだろうか?(1/13夕)

 食欲がなくなって痩せたらいいとは思うが、こんな苦痛を伴うのはいやだ。それに不必要にいつもと同じだけのパンを買って、その後それをスズメが食べる。それもいやいやながらで、パン切れはゆっくりと庭から消えていく。寒くはないからどこか他の場所でも食べ物が見つかるのだ。(1/13晩)

 今日ポーランドでは(クラクフでも)ひどい強風だった。2、3分後に始まるニュースで何と言うかと待ちかまえている。この強風はもちろん異常な暖冬の結果だ。(1/13晩)

2007/01/15 00:15

メール報告: 肩肉、コウノトリ、ニンニク

[ボグダンの絵 Bogdanユs Galleryのページにボグダンの最新作をUPしました。日記の内容に関連した絵もあるので、日付に注意して見てみてください!(シバタ)]

 夜、目が覚めたのは一度だけだった。昨日プロディジュ[蓋に電熱器が付いた鍋]で肩肉を焼いた。かなり大きな塊で、ちゃんと塩味を付けることができなかった。昼食用に温めるときにあらためて塩をふっているが、味は悪くない。焼く前にクミンとニンニクをかけたから。(1/12夕)

 プシェミシル近郊のジュラヴィツァでは(ウクライナとの国境)1羽のコウノトリが歩いている。ただ基本的な疑問がある。これは、ここがもう春だと思って飛んできたばかりの最初のコウノトリなのか、それとも冬が来ないと思って飛び去らなかった最後のコウノトリなのか??? いずれにせよこのコウノトリは人間を恐れないし、人間はコウノトリのために店で魚やレバーなどを買ってやっている。ある主婦によると、「うちの猫もコウノトリのために新鮮なネズミを捕っている」そうだ。ハハヒヒ。

 シュチェチンでは巨大な子どもが生まれた。体重が7.13kgもあったため、医師たちは帝王切開をした。生まれた男の子はいたって健康。

 1週間前ニンニクをひとかけ植えたらぐんぐん伸びている。自家製ニンニクが食べられるようになるかも?(1/12夕)

2007/01/15 00:14

電話報告: 咳、暖冬、長いトンネル

 夜になると咳が出る。コンプは狂ってる。Tシャツかわいい。暖かいのでいろんな植物の花が咲いている。昨日は13度あった。長いトンネルは安心して歩ける。歩道には街灯もある。今日は8〜10度、東京と同じ。そろそろ医者に行こうかな。薬が効かなくて、なかなかよくならない。保険会社から書類が来た。今日を台無しにしたくないので、まだ封を切らない。明日開ける。(1/11晩)

2007/01/15 00:14

メール報告: サラマンドラ、キューバ

 コンピューターによるサラマンドラが女性たちの気に入ってうれしい。すてきなことに、そんなTシャツを着たいと思ってくれるなんて予想もしなかった。世界中でそんなのを持っている人は他にいないってことを確信できるだろう。(1/10夕)

 火曜日にテレビで「ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ」を放映する。喜んでまた見よう、聴こう。彼らはあと何人生きているのか? フィデルももうそろそろおしまいだが、彼のことは特別惜しいとは思わない。最近彼に関するドキュメンタリーを2本見たが、最初の数年間、彼は共産主義を欲していなかったことがはっきりわかる。アメリカ人が軽率だったおかげで彼はモスクワの手の内に落ちたのだ。(1/11午後)

 今朝、咳止め薬チオコディンを買い、それから玉ネギシロップを作った。夜はどうなるかな。念のため胃薬も買った。(1/11夕)

2007/01/15 00:13

メール報告: 安倍昭恵、カチズム、歯痛

 インターネットで安倍晋三首相の妻、安倍昭恵さんに関する豊富な資料を読んだ。日本のファースト・レディーは世界における日本文化普及のために相当な活動をし、また慈善団体等でも活動している。彼女は上品で、いちばん重要なのは、夫とは逆に飲むのが好きなこと。日本のメディアは彼女についてかなり書いているようだが非難はしていない。中国で故錦濤国家主席の出席したパーティーで、アルコール度数53パーセントの強い酒を彼女は10杯も飲んだ。肝を冷やした随行員の視線に気付くと、立ち上がって大声でIユm OK!と言った。ヒヒヒ。夫とともにいる彼女の写真を見たが、感じのいい人に見える。彼女は、やはり非典型的だった小泉前首相と比較されている。(1/9夕)

 その声とエキセントリックな着こなしで笑われることもある女性代議士が、ヒトレリズムやスターリニズムのように「カチズム」という用語を考案した。彼女の名字はセニシンといい(ファースト・ネームは忘れた)、その勇気と独自の意見を持っていることから俺は結構好きだ。彼女が講義を受け持っている大学の学生たちも彼女を敬愛している。昨日のシモン・マイェフスキの風刺番組で公表されたことによると、ある病院長が、変な連想をしないように、男性患者用の溲瓶(モkaczkiモ do sikania)をすべて捨てるように命じた[kaczki(アヒル)は大統領と首相のカチンスキ兄弟を連想させる]。(1/9晩)

 コンプがまたダメ、苦労してようやく起動し、ネットに入ることができた。動いたとしても、しょっちゅう止まる。さしあたり援助を頼める人がいない。いずれにせよ作動しはじめるように、またもや殴らなければならなかった。

 夜、歯痛のため1時間半しか眠れなかった。今朝スピリトゥス[アルコール]の小瓶とイブプロム[鎮痛剤]を買った。いまはましだが、ときどきまだ痛い。そのうえ俺が少しでも眠ろうとしていたそのときに、よりによってホームレスたちがうちのドアをノックした。何か欲しかったようだが、俺は起こされたのに怒って最後まで聞いてやらず、ただドアを閉めた。(1/10夕)

2007/01/15 00:13

メール報告: 耳、B・ピウスツキ

 右の耳が痛い。Pが俺の耳を引っ張ってナガミミにしようとして、耳をかじる夢を見た。起きてみたら、耳が折れ曲がったまま寝ていた。ひょっとしたらこれは、夢を元にした「私の夢」シリーズの次の絵のテーマになるかも?(1/9昼)

 いましがた見たドキュメンタリーの印象が強かったので、これを正午に書いている。「シベリアのポーランド人」というシリーズがあり、今日は「ブロニスワフ・ピウスツキの跡を追って」という題の回が放映された。ブロニスワフ・ピウスツキは、ポーランド国家主席であったユゼフ・ピウスツキの兄。反ロシア皇帝活動の廉でサハリンに送られ、20年から25年の刑に服したあと、かの地に残り、家を建て(当局の援助さえ得て)、その土地の民族の研究に取り組んだ。

 彼はバラエティーに富んだ蝋管の録音や衣服、写真、スケッチのコレクションをブロニスワフ・ピウスツキ博物館に残した。サハリンのロシア人は彼の業績を大変大切にしており、彼の記念碑もある。サハリン南部にはピウスツキ山もある。彼はまたヴラジオストクでも活動した。発見された蝋管はひどい状態だったが、その復元とCD録音に際しては北海道大学の教授が協力した。いっぽう魚の皮製の服は保存状態が良好で、この収集物はパリからメダルを授与された。

 ピウスツキはアイヌと親交が深く、彼らから尊敬されていた。アイヌは彼に関する歌を作り、彼はその歌を録音した。また、大変私的なためよそ者がめったに聞くことができないアイヌの祈りも録音した。アイヌの長老には大変美しい娘があり(名前は忘れた)、彼女とブロニスワフの間に熱いロマンスが結ばれた。そして彼の息子と娘が生まれた。日露戦争が勃発したとき、ピウスツキはサハリンを去らねばならないと自覚し、アイヌの妻に自分とともにヨーロッパへ行ってほしいと懇願した。しかし父親は彼女の出発を禁じ、ポーランド人は1人で出発した。

 彼の娘は日本へ出たが、息子はあちら側に残った。その後ポーランド人によってその息子の捜索が行われたが、テレビから離れなければならなかったのでその先がどうなったのかは知らない。いっぽう日本には、ブロニスワフ・ピウスツキと美しいアイヌとの間に生まれた娘の子どもたちが生きているのではないかと思う。魅惑的な物語だ。(1/9昼)

2007/01/12 01:31

メール報告: ブロディ、マダガスカル、霧

 今朝おばさんに手紙を送った。まだおじさんが亡くなる前、俺は夏にブロディへ旅行しようと計画を立てていた。つまり俺が子どもの頃、夏休みを過ごした場所だ。いまや俺たちはあちらの方へ行くというもう一つの目的地ができたわけだ。ヴァドヴィツェ行きのかっこいいローマ法王デザインの列車はカルヴァリアに停車するかもしれない。もし止まらなくてもなんとかなるだろう。ブロディに行きたいというのは、俺がきのこ狩りをしたあの森をおまえに見せたいからだ。イノシシに襲われて木の上に逃げ、木の上からウンチをしたんだ。

 マダガスカルの乾燥した森で(湿った森もある)、足に大きな吸盤のある新種のコウモリが発見された。彼らは吸盤によって広い乾いた葉を伝って歩く。残念なことにマダガスカルの森はかつての表面積の8パーセントしか残っていない。最近俺が見た地図によると10パーセントだった。それは数年前のドキュメンタリー・フィルムだったから、その2パーセント分を伐採してしまったに違いない。あそこでは燃料と建材が必要なため伐採が続いている。キツネザルやその他の小動物はどうなる? 気の毒だ、気の毒だ。(1/8夕)

 コンプがよみがえったのは足蹴りを喰らったから! ダメになりはじめたとき、コンプの内部で何かがしょっちゅうしきりにパタパタいうのが聞こえた。その音はときどき聞こえていたが、今回はあまりに頻繁だったし、それがフリーズに先だつ瞬間だったので、どこか接触がくっついているのかもしれないと感じ、だからひっぱたいてやったんだ。

 今朝は秋のように霧が出ていた。冬にこうした霧が出るのは暖かい証拠。今日の夜はストーブを消すかも。(1/8晩)

2007/01/12 01:30

メール報告: 訃報、ミンミンゼミ

 残念な知らせを受け取った。バルバウドのRおじさんが亡くなったのだ。Hは葬儀に行ったが、俺は何も知らなかった。Hにはすでに不満を書いた。これで悔いが2倍になった。Hは何と答えるかな。だって電話できたはずだし、そしたらきっと俺も電車かバスで葬儀に出かけていただろう。

 リー・マーヴィンと三船敏郎主演(登場人物はこの2人だけ)の映画「太平洋の地獄」(1969年製作)を2度目に見た。とくに今回はミンミンゼミの声が聞き分けられたので余計気に入った。日本の蝉とは少し異なり、違うトーンだが、間違いなくあれは映画の撮影場所であるパラオ諸島のミンミンゼミだった。(1/7午後)

 なぜこんな重要な状況で電話してこなかったのかと驚いている。理由もなくしょっちゅう「確かめに」、それも決まって映画の最中に(これが少々気に障る)おしゃべりするために電話してくるくせに。ちょうどいまAおばさんに手紙を書いたところで明日出すつもり。手紙の中でなぜ俺が葬儀に出席していなかったかを説明した。また夏にはおばさんを訪問しようと思うと書いた。ずっと俺は残念でならない。家族が次々と死んでゆく。今回のことではHをとても恨んでいる。(1/7夕)

 昨日コンプ[パソコンのこと]がダメになりはじめて、今日は心臓が止まった、これでおしまいだと思った。昨日は、これはオーバーヒートだ、休ませようと思った。今日スイッチを入れたらスムースにネットに入れたのだが、またもや中断してしまった。リセットも役立たなかった。しだいに早い段階で、もう起動画面で止まるようになってしまったのだ。結局こういう装置に対するもっとも古い方法を適用した。すなわち数回こぶしでぶったたき、腹いせに蹴飛ばしてやったのだ。あら不思議、すっかり沈黙する代わりに、正常に作動するようになったのだ。実際もっとも単純な方法が天才的だということがある。(1/8夕)

2007/01/12 01:30

メール報告: 3人の王、バス事故、ゴハン

 今日は、幼子イエスに贈り物を持ってきた「3人の王」または「3人の賢者」の日。彼らが持ってきたのは没薬、乳香、黄金。聖書は彼らが何人だったのか詳しくは述べていないが、一般にはメルヒオル、カツペル、バルタザルの3人だったと認められている。これらの名が現れたのはようやく13世紀になってからのことである。

 ずっと以前、聖ミコワイの日[12月6日]だったかクリスマス・イヴだったかに俺は「青い矢」という題の本をもらったことがある。その本で知ったのだが、イタリアの子どもたちはどちらかというと「3人の王」の日にプレゼントをもらうようだ。王たちが贈り物を持ってきたことを考えるとこれはもっともなことだ。「青い矢」というのは、その本の主人公の貧しい少年が夢見るすばらしいおもちゃの列車の名前。俺が覚えている限りでは、何かの奇蹟によって少年はそのおもちゃを「3人の王」の日にもらったのだ。

 いましがたPaが電話してきた。彼女がここに戻ってきてよかったと思った。というのもヒースロー空港からスコットランドのアバディーンに向かっていた2階建てバスが、ロンドン近郊で横転したからだ。この路線は多くのポーランド人が利用していて、このバスに乗っていてけがをした40人のうちにも5人のポーランド人がいた。うち1人の男性は重傷で、ある女の子は片手を失った。事故原因は運転手がスピードを出しすぎたためで(初めてではない)、運転手は逮捕された。

 3日前スパゲティー・トマトソースを作った。トマトピューレは小さい缶だけどプドリシュキ[メーカー名]のを買った。ソースはとてもうまくできた。昨日はそれに目玉焼きを足した。スーペルチストチェル[塗り薬]を探していたら日本のゴハンを見つけた。それで今日の昼食はトマトソースと目玉焼きのせゴハンだった。(1/6夕)

2007/01/12 01:29

メール報告: HIV、小包、ペンギン

 (エイズの)HIVウイルスを複数の女性に故意に感染させた、ポーランド在住のカメルーン人が最近逮捕された。この行為は厳しく罰せられる。彼がみずからの病気について知っていたことは複数の証言から明らかである。テレビでの発表を見て、すでにウイルス感染またはエイズ発病の可能性がある約70人の女性が警察に申し出た。悪意ある黒人による悲劇。もう以前に彼とその容疑について聞いたことがあったが、いまになってようやく逮捕された。ポーランド人女性はいまや黒人とのセックスを怖がるようになり、それでポーランド人男性たちは喜んでいる。

 親戚や知人から送られたクリスマスの小包を受け取ることができなかった人が約100人いた。郵便局の倉庫の職員が、「立派そう」に見える小包に自分の親戚の住所を貼り付け、あとで中身を山分けしたということが判明。他の複数の職員の証言のおかげでその倉庫職員がうかび拘留されたが、その後、釈放された。だが家族とともに法廷に立つことになっている。

 東京の動物園(上野?)ではコウテイペンギン(黄色いのどと大きさでわかった)を散歩に連れ出している。子どもたちは大喜び、ペンギンたちにも好都合、というのも1月初めは自然な環境では繁殖期にあたり、運動が必要だから。ペンギンたちが軍隊みたいに次々と飼育係に伴われてちょこちょこと歩いていくのはすてきな眺めだ。そばでは喜んだ子どもたちがそれを観察したり写真を撮ったりしていた。(1/5晩)

 例のカメルーン人のことは残念だが、しかし彼は詩人、作家、ジャーナリストであり、政治的難民でもある。彼の名前と写真が公表された。4人の女性が感染していることは確かで、もっと多くの人が感染している可能性もあるとある医師は語る。その医師のもとには、そのウイルスの特徴的なアフリカ変種に感染している数人の女性が訪れたという。(1/5晩)

2007/01/12 01:29

メール報告: フェーン現象、暖冬、投資

 雪と氷はあとかたもない。大晦日は雨模様で暖かかった。今日は朝から8度あり、強風が吹くという。タトラ山地で山おろしが吹くと、この地域はいつも気温が上がる。ポトハレでは自殺が増加している。グラレ[山地住民]は狂気の発作を起こしている。

 一昨日Paから電話があり、知り合いといっしょにルィネクの大晦日パーティーに出かけると言っていた。その知り合いといっしょにいるように、酔っぱらいの人混みの中を1人で歩き回らないようにと言っておいた。(1/1午前)

 昨年はヨーロッパでここ300年のうちもっとも暖かい年だった。今年のはじめも記録的だった。元旦にウィーンでは約14度、プラハ、ワルシャワ、他の都市でも例外的に暖かだった。今朝店に行くとき、3月のような感じがした。店に行ってみると棚卸しだったのでいらだった。それでトンネルを抜けて向こう側へ行ったが、トンネルの中はひどくどろどろだった。これならちょっと冷え込んだほうがいい、ずっと春めいた陽気だとずっと泥だらけなのだ。クリスマス・イヴの夜、線路のそばで咲いているのを見かけたあの花の写真を撮りたかったが、もう枯れていた。(1/2晩)

 今朝、短いトンネルは泥だらけだと思って長いトンネルの方へ行ったら、意外なことに地下通路全体にアスファルトが敷かれていて、中程の水たまりも置いてあった敷石ももうなかった。秋に敷かれた新しい歩道はグロマツカ通りの終わりまで延び、カーブの先では、Wの問屋のある、通りの向こう側にも配置されている。この2つの投資は秋の地方自治選挙と関係があったのだと思う。何に関係があるにせよ、大切なのは完成したということ。その実現は35年以上も、つまり俺がここで働いていたときからずっと待たれていたのだが。

 ニュージーランドで危険な事故があった。25トンの牛乳を積んだタンクローリーが家に突っこみ、その家を通り抜け、続く2軒の家を破壊した。人的被害はなかったが、壊れた建物のうちの1軒で5匹の猫が死んだ。タンクローリーの運転手も助かり、事故はキャンディーで息が詰まったせいだと事故後に語った。かわいそうな猫たち。(1/3夕)

2007/01/12 01:28

メール報告: WordPad、大晦日

 自分で起動したWordPadで試しに書いている。これがちゃんと届けば、この方法で何か書いて伝えるつもりだ。CD-Rに入れる必要はない。(12/31午後)

 ザフチャンカ[近所の居酒屋]に年末の挨拶の電話をして、大晦日のパーティーをやっているのかと好奇心から訊いてみた。店主Sが言うには、昨日のけんか騒ぎのあとでは無理とのこと。K某があの店でけんかを売って人を殴ったらしい。(12/31晩)

2007/01/06 02:41

メール報告: 漢字、大晦日のパーティー

 オリジナルの楽譜とその包装の仕方がHの気に入った。Hはその友人に何か送りたいと思っていて、タイトルを日本語で数語書くのを手伝ってほしいというようなことを言っていた。俺は喜んで書いてあげるが、Hが自筆で書き写すように言うつもりだ。俺にとって漢字を書くのは楽しいし、重要なことなのだ。彼女も何かそういうことを感じているのかもしれない。

 大晦日=sylwester(スィルヴェステル)という名はローマ教皇の1人の名が元になっていて、夜中のダンスパーティーとアルコールとは長い間なんの関係もなかった。むろん19世紀には華やかな晩餐が催されたが、23時にはもう皆お行儀よく眠っていて、真夜中に新年を迎えることはなく、目覚めるともう新年になっていたのだ。第一次世界大戦後、ウィーンからダンスパーティーの流行がやってくると同時に、教会はそれに抗議し、当時の新聞は「大酒飲み、不作法、不謹慎」と批判した。しかしながらそれはおもに上流階級のための上品な舞踏会だった。クラクフではホテル「グラント」と「サスキ」でスワフコフスカ通りを通行止めにして行った。殿方は燕尾服で、淑女方はエレガントな衣装で楽しんだ。女性がダンスに参加するための予約券つづりや、ダンス参加者の付ける印などがあった。

 いっぽう芸術的なボヘミアンたちは「ヤマ・ミハリカ」[クラクフのフロリアンスカ通りにあるカフェ]で遊んだ。そこのおもなメニューはウオツカとそれに類する飲み物であった。そこではだれもが好きな服を着てやってきた。一度ならず特別にパジャマやバスローブ、あるいは道化の衣装を着てくることもあった。こうすることで小市民の偏見と習慣に異議を唱えたのだ。

 もっともすばらしく、もっとも華やかで、もっとも陽気な大晦日のパーティーは1938年に催された。その後、戦争がやってきた。戦後はもう同じではなかった。もっとも盛大な舞踏会で楽しむのは共産党のお偉方や職場の指導者などだった。1960年代にはプライベートな家に知り合い仲間が集まって催す私的な大晦日パーティーが流行した。俺が何年間か楽しんだのはこういうパーティーで、おもにヴォラ・ユストフスカのJとMのS夫妻のところだった。(12/30夜)

2007/01/06 02:41

メール報告: 雪、パーカッションの季節

 昨晩、予報通り雪が降ったが、正午頃には溶けはじめた。街なかではもう午前中にこの雪はどうということはなくなっていたが(俺は銀行に行った)、ここは滑りやすかった。今朝はその溶けた雪が凍り、店までの道が歩きにくかった。

 昨日はパーカッションの季節が始まるというアコースティックな前兆があった。つまり、建物の入口で、あるいは厚かましくもうちのドアの前で靴の雪を払い落とす音だ。後者に対して俺は例年通り反応を示す。だって毎冬同じなんだ。莫迦どもはうちのドアの前で雪まみれの靴をどすどすたたきつけ、騒音とたくさんの泥を残していく。礼儀知らずには説明するか、あるいはこう叫んでやらねばならない。「足踏みと泥落としは自分ちのドアの前でやれ!」さしあたり雪はほとんどない。(12/30晩)

2007/01/06 02:40

メール報告: トナカイ、莫迦が航空券を買う

 2、3年前、ザコパネの住民が、商業目的で数頭のトナカイを持ち込んだ(クラクフのルィネクにいた番はここから来た)。そのうち3頭が昨日逃げ出し、タトラ国立公園内を走り回った。2頭は自分で戻り、3頭目は公園の森林監視人がつかまえた。だれかが特別にトナカイを放したのではという疑惑がわく。柵はしっかりとしておらず、敵意を持った人には事欠かない。そのうえ、トナカイがポーランドにいるのは非合法であることが、この機会に明らかになった。かりにトナカイが柵の中に戻らなかったら、タトラ山地の動物相に新しい種が現れたことだろう。山地の環境はお誂え向きなので、逃亡者の中にもし雌と雄がいたら、野生のトナカイの群れができたかもしれない。(12/29夕)

 航空券を買うとき、地理をよく知らないとどうなるかがわかった。ブランデンブルクに住む21歳のトビアス君の彼女はオーストラリアのシドニーにいる。クリスマス休暇を彼女と一緒に過ごしたくて、インターネットでシドニーと書いて航空券を買った。受け取った航空券に目的国USAと書いてあったが彼は驚かなかった。オーストラリアに行くにはUSA経由で行かなければならないのだと思った。それでまずベルリンへ、それからフランクフルト・アム・マイン、そこからデンヴァーへたどり着いた。そこで驚いたことに、太平洋上空を飛ぶのに小さなプロペラ機に乗せられた。プロペラ機はモンタナの山々の上空を飛び、小さな山の町シドニーに着陸した。猛暑のオーストラリアの12月をあてにしていたので(それだけは知っていた)むろん彼は凍えた。世界のもう一方の果て(13000km)にいると彼女に電話すると、彼女は怒ってクリスマスのデコレーションをたたき壊した。それから彼はママに電話すると、ママは隣人から次の航空券用のお金を借りてくれた。それで彼はクリスマス休暇を彼女といっしょに過ごすことができましたとさ。莫迦の人生は楽じゃないね。(12/29夜)

2007/01/06 02:39

電話報告: お風呂、おうち図書館

 今日はお風呂の日なので銀行には行かなかった。ちょうどお風呂から出たら、ガレージの借り手がお金を持ってきたので外出しなくてよかった。

 コンピューターで読める本をJがインストールしてくれるという。チャメルはうちに図書館を持つことになる。でもそれよりWORDを入れてほしい。そしたら長い文章が書けるから。前のパソコンには入っていた。(12/28晩)

2007/01/06 02:39

メール報告: 天気予報、肉、パンダ

 こちらも天気だったので俺は道々こうぼやいていた。「こう寒いのに(−3度)、何だって12月に太陽なんか、目に入って眩しいだけじゃないか」いつもびっくりするのは、冬に晴天になると、天気予報のバカ女たちが喜ぶことだ。何なんだ、海岸にでも出かけるのか? 例えば+18度というのなら話は別だが、12月にここでそんなことになってもいいことはない。トンネルのところが泥だらけになるだけだ。

 今日は郵便局に行って公共料金を支払い、日本宛てにカードを送った。明日は銀行に行ってローンを払い込むつもり。ついでにいえば、今朝あの人たちのことを考えた結果、彼らは6月に引っ越す予定は全然なく、ただ車を冬の間だけガレージにしまっておくことが必要なのだと思い至った。もし6月に彼らが契約を終えるなら、ちょっと面倒なことになるが、でももう彼らとは話し合わない。(12/27晩)

 買い物の際、よく見て。もうすぐポーランドの肉を買って食べることができるようになるよ。きっとそれほど高くはないだろう。日本と韓国に肉を輸出することになると予告している。だが輸出業者の夢はもちろん中国だ。(12/27深夜)

 日本で(上野?)双子のパンダが生まれた。お母さんのメイメイは1匹は大きい子を、もう1匹は小さな子を産んだ。子どもの性別はまだわからない。おもしろいことに、これは冬にはめずらしい。

 こちらはしだいに寒くなってきているが、相変わらず雪は無い。イェルサレムでは、ポーランドのひと冬に降るよりも多い雪が一晩に降った。ポルサットの天気予報の地図によると、今晩は雪になり、昼間はみぞれ。ここ数日は降るらしい。(12/28夕)

2006/12/27 00:12

メール報告: キリスト降誕の馬小屋

 ここ2、3年、生きているキリスト降誕の馬小屋模型が流行だ。すなわち、教会や修道院のそばに、幼子イエス、聖ヨセフとマリア、および生きている動物たちがいる馬小屋を展示するのだ。クラクフのルィネク[中央広場]では、馬小屋としてではなく商業目的で、売店のそばに数日間2頭のトナカイがいた。クラクフ市民からの抗議があって、トナカイのいる裸の石の上におがくずが撒かれたが、それでも2頭はしだいに具合が悪くなり、結局連れ去られた。

 いっぽう10いくつかのポーランドの町には、ロバ、雌牛、羊、山羊、ポニーなどがいる馬小屋が出現。どこかにはラクダまでいるそうだ。家禽もいる。ポズナンではダチョウがいることになっていたが、行儀が悪かったため連れ去られた。「ニュース」ではどのように行儀が悪かったのかは言ってなかった。ひょっとして見学者をつついたり、つねったり、蹴ったりしたのかな? それとも彼らの靴にうんちをしたのか? いずれにせよポズナンの馬小屋の鳥たちで残ったのはガチョウ、アヒル、鶏だけ。

 クラクフではフランシスコ会修道士が女子修道院のそばにポニーやロバを連れてきた。グロツカ通りでは歩こうとしない1匹のロバに修道士が手を焼いていた。ロバは抵抗して、あちこち飛び跳ね、蹴とばし、いなないていた。(12/25夜)

 トナカイについて言えば、おもしろいことに氷と雪は全然平気だが、ルィネクの石は彼らの健康に良くないのだ。でも氷と雪が彼らの自然な環境なのだから、石の上に撒いたおがくずも問題の解決にはならなかった。干し草と麦わらの方がましだったろう。

 クラクフでは12月になって初めて午前中に零下になった。−2度。でもいま12:40はもう+0.5度あって晴天。

 今日ラジオで知ったのだが、あのフランシスコ会の馬小屋には、言うことを聞かないロバたちのほかに複数のラマもいるそうだ。ラマは蹴ったりいなないたりしないかもしれないが、よくつばを吐く。(12/26昼)

2006/12/27 00:11

メール報告: イヴの晩餐、プレゼント

 クリスマス・イヴの晩餐の帰り、線路のそばの暗闇に明るい色の花が咲いているのが見えた。カメラを持っていることを思い出したときにはもうだいぶ遠くまで来ていて、戻るには疲れすぎていた。バシュトーヴァではイヴの間、2人の娘が電話してきた。Hは俺の蜂鳥を大変気に入った。彼女が壁にミニ・ギャラリーを作りたいというので、壁に掛けるための輪っかを板に取り付けなくてはならない。

 おみやげに、きのこ入りウシュカ[小さな餃子]、キャベツ入りピエロギ、ポルチーニきのこ酢漬け、ケーキはセルニク[チーズケーキ]、シャルロトカ[りんごケーキ]、マコヴィエツ[ケシの実ロールケーキ]をもらった。すてきなプレゼント:「オールド・スパイス」のジェルとデオドラント、いいサインペン2本、靴下、ものすごいジャガイモ皮むき器、「あなたのパートナーは改めてあなたを知る」という占い付きの天使。写真を2、3枚撮った。(12/24夜)

 おおお、ポーランドに住む黒人と中国人の女性が、イヴの料理はおいしいと言っている。「コイとキャベチュ入りピイェロギ」(TV「テレエクスプレス」で)。(12/25夕)

2006/12/27 00:11

メール報告: 異教時代の習慣、観光都市

 メキシコではカトリックが優勢にもかかわらず、元来の(インディアンの)習慣が残っている。だから1年でもっとも長い夜を祝うことが重要なのではないかと思う。カトリックのポーランドでも、一見キリスト教の儀式のようでいて、その起源は遠く異教時代にさかのぼるものが多い。例えばアンジェイキ[聖アンドレアス祭前夜の若者の集い]と、溶けた蝋燭を水中に注ぐ占い[固まった蝋の形で占う]や、復活祭の彩色卵、そもそも新しい命の象徴としての卵がそうしたものだ。これらははるか昔のキリスト教以前の時代に由来する。

 アメリカの調査機関(imaナントカという名前)が、今年もっとも流行の観光都市はパリでもロンドンでもマドリードでもなく、クラクフである! と発表した。ついでにいえば、今年のルィネクの大晦日には、クラクフ市内やポーランド国内や世界中から20万人以上が参加するそうだ。(12/23午後)

2006/12/27 00:10

メール報告: 礼儀、国会、マメ、事故

 午前中Aから電話があり、今晩自分の「名の日」のパーティーをザフチャンカでやるから来いという。招待に感謝すると同時に、クリスマス・イヴ前にアルコールに感染したくないので行かないよと答えた。彼は、そのことは知っているが、パーティーに関して知らせるという礼儀は必要だと答えた。教えは無駄にならなかった。Aは、俺がエステルカで閉店についてだれも知らせてくれなかったことに激怒しているのを最初に目撃した人間なのだ。俺はそのときまさにこの言葉「礼儀は必要だ」を使った。ブラヴォーA!

 俺はもう夢を見ているのか、中世に生きているのかわからない。ポーランド国会は、イエス・キリストをポーランド国王であると決議するための法律を制定しようとしている。教会の高位の人たちでさえ、これはもっぱら教会儀式上の問題だと言っている。しかしなぜポーランドのインテリたちは黙っているのか? 沈黙こそが雄弁なのか? 聞こえてきたのは、これは信仰国家創造の第一歩だという声のみ。こんな国家を持っているのはイスラム教徒だけだ。パラノイア。無知蒙昧。

 右足の小指にマメができた。だからいまは2つ。スーパーチストチェル[ウクライナで買った塗り薬]を塗っているが、あまり効かない。これはあの「鴨」靴のせいで、おれは好きなんだが、欠陥がある。(12/22夕)

 昨日Paにクリスマス・プレゼントを買って渡した。サンタクロースの帽子をかぶった小さな熊のぬいぐるみ。Paは満足して俺にキスしてくれた。(12/22夕)

 カチンスキ(どちらかはわからない)が動物保護活動家らに取り入ろうと、ヴィスワ川に2匹の鯉を放した。

 ワルシャワ市営バスの事故で43人がけが。けが人を救助するために止まった車が3台しかなかったことは大変嘆かわしい。救急車はすばやく駆けつけることができなかった。これは路面電車の線路が、工事中に医師たちが抗議したにもかかわらず、バカな方法で敷設されていたため。(12/22晩)

2006/12/27 00:10

電話報告: パイナップル、警察、保証人

 Pがデパートでパイナップルを売るなんて、俺の夢は予言的だったなあ。思わずHにメールして知らせたよ。

 汲み取り車が来たら代金は払うけど、隣人が来て金をくれと言っても渡さない。渡すとその金で酒を飲んじゃうから。警察が来た。救急車も来た。廊下を警察官がいったりきたりしていた。しばらくしてノックの音。絵を描いている最中だったので、筆を持ったままドアを開けた。2人の警察官が隣の子どものことを訊いた。隣の女はまた妊娠しているそうだ。妊娠8か月で飲んだくれている。警察は子どもへの虐待を疑っていたようだ。前の夫はよく騒ぎを起こす人だったが、いまいるWは礼儀正しいと言っておいた。Wより女の方がひどい。

 銀行に電話した。保証人なんてみんなやりたがらないし、クリスマス・イヴの晩餐の席で妹に保証人になってくれなんていう話題はまさか出せないよ、と言ったら担当者は笑って、いままでの支払い状況を調べ、問題なかったのでそれでOKとなった。

 やっぱり古いフィルムは抜いて、新しいフィルムを入れた。Paの写真を撮った。絵の写真も撮る。(12/21晩)

2006/12/27 00:09

メール報告: 待ち合わせ

 今日はPaと例のセンターに行った。もちろん遅刻や悶着がないよう早めに。最初Paは15分遅れると携帯メールを送ってきた。俺はすでに駅前の停留所で待っていた。郵便局側の停留所で待ち合わせしようと2日間説明したのに、彼女は30分後に郵便局のそばにいると電話してきた。それで俺は激怒して郵便局へ向かったが、彼女はふたたび、駅の郵便局のそばに立っていると電話してきた。ときどき彼女の話の流れが理解できないことがある。(12/21昼)

 日本でいつも俺が気に入っていたのは、魅力的な日本女性が活発に商売をしていること。(12/21夕)

2006/12/26 01:03

メール報告: 鯉

 エコロジー保護組織「ガヤ」は鯉を買い取り、自然の池に放している。ひどい輸送方法と販売時に魚を苦しめていることと家で魚を殺すことに反対するため。俺にもこれは時代遅れの野蛮な行為のように思われる。立派な生魚を買ってきて、それから2、3日間、塩素消毒した水の中で魚を苦しめ、結局は原始的な方法で殺すんだから。このことはこれまでだれも言わなかったが、個人的に俺は鯉にとって塩素消毒した水は毒だと思う。[註:ポーランドではクリスマス・イヴに鯉を食べる習慣があるため、毎年今頃の時期にタンク車で生きた鯉を売りに来ます](12/20晩)

2006/12/26 01:02

メール報告: 象、戸外イヴ、ブータン

 昨日あれだけ今朝の下水槽汲み取りについて話したのに何も起こらない。

 クラクフ動物園の死んだビルマの代わりに予告通り2頭の雌象、ベイビーとチッタがやってきた。特製コンテナでヴァレンシアからバルセロナ、リヨン、ストラスブール、カールスルーエ、ニュルンベルク、プラハ、チェシンを通って来た。ベイビーの方が大きくて40歳、小さい方のチッタは30歳。2頭はとても仲良しで、新しい環境に慣れるのにその方が都合がいいだろう。1頭には30,000ユーロが支払われ、もう1頭はいわゆる飼育寄託ということで預けられた。輸送だけで17,000ユーロの費用がかかった。写真で見ると2頭ともカワイイ。

 ルィネク[中央広場]ではポーランド最大の、困っている人たちのための戸外でのクリスマス・イヴが行われた。ポーランド国内のあちこちから数千人がやってきた。主催のコシチューシコ・グループとポルスキエ・ヤドウォ[ポーランドの食物]はなかんずく、ピエロギ100,000個、きのこスープ6,000食、きのこ入りキャベツ煮6トンを用意した。写真で見るとピエロギはかなり立派に見える。見た目同様においしかったかも。(12/20昼)

 あの銀行からの書類は全然いいことじゃないとわかっていた。あいもかわらず祝日だってのにしょうもないものをよこす。事務員てのは本当に人を「喜ばせる」才能があるよ。銀行と合意の上でクレジットの規則的な支払いを開始したにもかかわらず、銀行は俺に14日以内にクレジットの保証人をみつけろと言う。こんなのまったくバカげてる。新たなスケジュールを決めたときに話をした女性事務員に電話してみたが、彼女は何もできないと言う。この思いつきはまったく別の部から出ているからだ。明日この間抜けに電話してみる。今日は電話しない方がいいだろう。相手を侮辱してしまいそうだから。

 あまり知られていない国、ブータンに関するドキュメントを見た。あまり知られていないというのは、長い間他の世界から隔離されていたからだ。ようやく最近になって観光客が行けるようになったが、マツタケが我々向けでないのと同じく、ブータンも我々向きではない。1人につき1日滞在するごとに200ドル支払わなければならないのだ。これはブータン人が欲張りだからではなく、王様が自分の国を「きれいな」姿に保っておくよう配慮しているからだ。ブータンの人々は大変客好きで、親切で、礼儀正しい。実際に盗みやその他の犯罪は存在しない。スイスより少し大きな国土に自動車は約5000台、運転手たちはまだあまり運転が上手くなくて、よくぶつかるが人的被害はない。ようやく1999年になって、一番最後にテレビを導入した国であり、インターネットはここ2年ほど。首都(ティンプー)には唯一のディスコがあるが人けがない。若者は伝統的な踊りと出し物の方が好きなのだ。首都に住むある女性はピザを製造しているが、お客さんたちはピザをスイスの名物料理だと思っている。それは、かつてとあるスイス人がブータンにオランダ種の牛を輸入して、ブータン人たちにスイス・チーズの作り方を教えたからかもしれない。彼らはとてもおいしい穴あきチーズを作る。ピザには彼らのやり方で大量のチリを加える。とはいえチリは何にでも加えるのだが。ブータンで病院を開業しているドイツ人医師は、ブータン人はチリのせいでおもに胃の具合を悪くすると語る。平均的な家族は1週間に5kg(!)のチリを使う。ヨーロッパ人はこのチリの莢を1本食べただけで入院する羽目になるだろう。タイもこれには及ばない。このドキュメントは大変気に入った。オモシロカッタ。(12/20夕)

2006/12/26 01:02

メール報告: 連続殺人事件、きのこ

 イギリスのイプスウィッチでここ2週間にだれかが複数の売春婦を殺した。これまでに5人の遺体が発見された。目撃された青いBMWのナンバーに基づき、あるポーランド人が容疑者として浮かんでいるともニュースでは言っていた。今日容疑者が逮捕されて俺はほっとした。37歳のイギリス人、トム・スティーヴンスだったから。(12/18夜)

 昼食後ちょっと昼寝をしていたら、扉をどんどんたたく音で起こされた。隣の酔っぱらったEだった。彼女は俺が下水汲み取り料金の半分を払っていないと言い張り、明日彼らが汲み取り車を呼ぶので半分支払えという。同じことをWも繰り返し、俺はそんなバカげた話を鵜呑みにはしなかったが、25ズウォティやるから、早くあの肥だめを汲み取りやがれと厳しく叱りつけた。

 それより前に郵便配達が銀行からの書類を持ってきたが、何のことだかわからない。まだ封筒は開けてない。今日はもういらいらはたくさんだから。

 きのこに関するドキュメントを見た。日本では11世紀に宮廷の女性たちに向かって、その名を発音することすら許されないきのこがあった。その名はマツタケ、いくぶん媚薬としての効果がある。ところで俺はこれまで一度もmuchomorムホモル[ベニテングダケ]という名について考えたことがなかった。ひょっとしたら子どもの頃には考えたかもしれないが。農村では19世紀まで、このきのこにどんな使用法があったかを現代のオーストリア人たちが紹介した。まずきのこをみじん切りにして皿に入れ、牛乳を注ぐ。牛乳はきのこの毒を吸収し、蠅はもちろんこの「ごちそう」に留まってなめた。そして蠅はぽたりと落ちた。Morというのは大量死を意味する言葉で、例えばmorowa zarazaというのは死に至る伝染病のことだ。つまりmuchomorは、蠅や他の虫用の毒餌として一般的に使われていたのだ。俺が覚えているのは、照明器具から垂れ下がった、蠅がびっしりくっ付いた蠅取り紙で、何匹かは長い間じたばた足を動かしていた。バシュトーヴァ通りの家ではめったに蠅取り紙は下がっていなかったが、田舎のおばあちゃんのところにはいつでもあった。あそこには大量のハエがいた。牛と豚とウサギと鶏がいた家畜小屋から飛んでくるのだ。(12/19夕)

 マツタケのことは、世界で一番高価なきのこであるトリュフの話が出たときに言っていた。フランスとイタリアでトリュフを狩る様子を見た。綱を付けた豚を連れて歩き回り、豚がそのきのこの匂いを嗅いで見つけだすのだ。最近は犬も使うようになった。犬がトリュフを見つけたら、発見物から引き離す必要がないぶん都合がいい。イヌは生のきのこを食べないが、ブタは正反対でそれが大好物なのだ。(12/19晩)

2006/12/26 00:49

メール報告: 停電、ハヌカ、聖歌

 前のメールの途中で停電、1時間後に復旧したと思ったら、またネットにつながらなかった。頭に来るぜ! そのうえコンロでは昼食に合わせて、シュニッツェルの付け合わせ用に塩漬けキャベツを煮ているところだった。むろん昼食は遅れ、メールは中断されたが、電力会社は知らんぷりだ。

 カチンスキ兄弟は好きではないが(最近、首相はラジオ・マリヤ10周年の際に局を訪問した)、大統領夫人の行動は気に入った。夫人はワルシャワのシナゴーグ[ユダヤ教会]を訪れ、ハヌカの蝋燭を点したのだ。ハヌカとは光の祝日で、プレゼントがあるのでちょっとクリスマスに似ている。でも贈り方は違う。ハヌカは8日間続き、選ばれた人に毎日1つのプレゼントを贈らねばならないので、そうした贈り物を8つ用意する必要がある。

 板絵の鳥を手直しして、葉に取りかかったが、まだかなり作業が残っている。カードのクリスマス・ツリーを緑に塗った。あとは明かりと天使、星空と雪。

 11月からのクリスマス狂乱について俺が言っていたことが本当になった。クリスマス聖歌、とくにポーランドとドイツのはきれいな曲で、このクリスマスの時期には心地よくおごそかに耳に響く。けれどもここひと月、ラジオではノンストップで聖歌を流していてありきたりになり、少々うんざりだ。とりわけ、ひっきりなしにアメリカの「ジングルベル、ジングルベル」が聞こえるともうたくさん。あの歌はムードある雰囲気よりも、子ども向けアニメにピッタリだ。それにそのムードある雰囲気がどれだけ続くっていうんだ? せいぜい数日間、とくにイブの食卓のしばらくの間だけだ。商売人たちはすべて台無しにする。(12/18夕)

2006/12/19 22:09

メール報告: 暖冬、保険会社、戒厳令地図

 ロシアのヨーロッパ部分[ウラル山脈より西側]も暖かくて、モスクワの公園では木々が芽吹いた。きのこも生えてきた。だからロシア人は追加のきのこ刈りができる。ポーランドの木々は賢いので芽は出していない。でもロシアの木々にとって12月に14度というのは本当にショックなのだと思う。この時期あそこでは−20度のこともあるのだから。ポーランドはおおむねそれより暖かいので、この暖かな12月にも木々はそれほどショックを受けない。

 店でHのためにかなり高価なデオドラント「マスミ」を買った。これって日本語で何か意味がある?(12/16午後)

 午後、保険会社の男の人が電話してきて、車売却の通知が来たからには、この件で訴訟を起こさざるを得ないと警告した。何も持ってないよと俺がうめき声をあげはじめ、その件で何か書こうかと提案すると、そのとき俺の「嘆きの」書類がまだ届いていないことがわかった。俺はそれを書留で送り、車の売却代金はすべて銀行に渡したことを証明する領収証のコピーも同封したことを話した。そしたら男の人は、その書類を待って、そののち連絡すると言った。(12/16晩)

 シュニッツェルを9つ作って焼いた。でも強火ですばやく焼いたので、表面は焦げ目が付き、中は生焼けだ。昼食に2つ食べたが、それはよく火を通した。(12/17午後)

 戒厳令の地図が載っている「Duzy Format ドゥジィ・フォルマト」をおまえのために取っておくつもりだ。そこには重要な勾留センターと、1981年12月13日以降のストライキの場所と、そのストライキが武力で制圧された場所、またZOMO[市民警察機動予備軍]とSB[保安省]によって死者が出た場所が記されている。

 蜂鳥の色付けをはじめたが、今日は筆がうまく動こうとしないので中断せざるを得なかった。全部台無しにするよりは休んだ方がいい。それでもかなり手直しすべきところがある。これは基礎の作業よりも大変だ。(12/17晩)

2006/12/19 22:08

メール報告: 体重、クリスマスの心配

 体重を量ったら180ポンドあった。少なく食べるように努力しているが、これはちょっと多すぎる。週末用にシュニッツェルを作ろうと挽肉を買った。

 いまからクリスマスの心配をしている。イブが日曜日なので、3日間近所の店が休業になる。俺にとってこれは悪夢。その3日分にいくつパンを買えばいいのかわからないからだ(たいていは多く買いすぎてしまう)。また不足しなくても、その3日間古いパンを食べることになるのが我慢ならない。だから祝日は嫌いだ。祝日は気分良くあるべきなのに、古くてまずいパンで苦しむなんて、どこが気持ちいいのか? で、祝日はパンの代わりにマコヴィエツ[ケシの実ロールケーキ]とシャルロトカ[りんごケーキ]とセルニク[チーズケーキ]を食べることにした。もう長いこと節約のために甘い物を買っていないので、一度くらい羽目をはずしてもいいだろう。あのおいしいケーキのある線路の向こうの店で、祝日に関連してマコヴィエツを販売するかどうか尋ねてみた。はい、販売します! じゃあ、パンの心配はしなくてすむかも。(12/15昼)

 板絵の蜂鳥の下書きをしている。葉と花のついた枝の飾りのせいで、前のよりずっと複雑だ。花は描かない予定だったが、蜂鳥は花の蜜を吸って生きているじゃないか。クリスマス・イブには間に合うかな。今日はJのためにスケジュール帳を買った。あと男の子たちに何かちょっとした物を、Hに何か化粧品を、板絵だけではささやかすぎるかもしれないので。(12/15晩)

2006/12/19 22:08

電話報告: ザウェンジェ、耳国、証明書

 「保護矯正施設」は刑務所の意味。ザウェンジェはジェシュフのそばの町。以前、ザウェンジェに勾留された人たちの集会の招待状をもらったが行かなかった。自分は「連帯」とは関係ないから。新聞に載っていた写真はザウェンジェの刑務所の廊下で撮ったもの。撮影のとき自分は房で本を読んでいたのかも。刑務所内では密造酒を飲んだ。

 11月からクリスマス・プレゼントを買えと宣伝している。聖アンドレアス祭[11月29日]前夜の集い[占いをする習慣がある]の前からもうクリスマス市の売店を建てている。

 豹の絵を描こうかと思う。耳をつけようか、どうしようか? 耳国の絵を見てみんなは「どうして耳があるんだ」と訊く。耳国だからだれもがそういう耳なんだよと説明しているが、結局チャメルは狂人てことになる。芸術家は多かれ少なかれ狂人だよ。ヴィトカツィはドラッグをやってあんな絵を描いたんだから。

 若い人は戒厳令のことを知らない。学校で教えないから。年寄りは恥だと思って話さないし、若い教師は知らない。

 チャメルが勾留されたことを示す証明書は盗まれた。知り合いの男が貸してくれというので貸したら、あとで知ったことだが、そいつは俺の証明書を持って教会を回り、当時西側から来ていた服や食料などの援助物資を俺になりすましてもらっていた。その頃、そういう物資は一般に手に入らなかったから、そいつはそれらを売って稼いだ。いまそいつに会ったら一発ぶん殴ってやるんだが。そんなことのために証明書を使おうなんて俺には思いもつかなかった。教会に物資を取りに来た人のリストがあれば、俺の名前が書き込まれているかもしれない。(12/14晩)

2006/12/19 22:07

メール報告: クリスマス・カード

 今朝、W夫妻にクリスマス・カードを送った。郵便局のBはクリスマス前に娘を連れてうちに来ることになっている。コンプ[パソコン]に何かゲームをインストールしてくれるらしい。かなり暖かで+8度。明日はもっと暖かく+11度の予報。

 「Duzy Format ドゥジィ・フォルマト」[ガゼタ・ヴィボルチャ紙の別冊付録]で勾留された人々の回想を読んでいるが、俺が覚えていることと一致する。−20度の厳寒、それに雪、それは当時の写真からもわかる。最初に逮捕勾留された人々は大変驚愕した。戒厳令のことを知らず、夜中、しばしばパジャマ姿のまま家から連れ出されたのだ。もし俺が7月に家にいたら、おそらく勾留は逃れた。だが俺は目をつけられていたから、遅かれ早かれ別の機会に街なかで捕まっていただろう。このことはいずれ娘たちに話すかもしれない。

 郵便局で腹が立ったのは、ポーランドでは典型的な年賀カードを製造していなくて、クリスマス・年賀のだけだということ。だからすべてイエスとロバと牛とマリアがくっついている。もちろんBは俺の不満をわかってくれない。「だって我々はこうした伝統を持つカトリックの国に生きているんじゃないか。」だけどカードは世界中に送るものだし、世界中みんなが皆カトリックというわけではない。ひょっとしたら他のカードも製造しているのかもしれないが、Bは「教会的」なのしか置いてないのだ。俺は憤った。だって新年に日本に何か送りたいのに。共産主義政権時代には宗教的なカードも無宗教のカードもあった。「無宗教の」にはクリスマスのお祝いの言葉が書いてあったが、背景の絵は中立的で、例えば、玉飾りと蝋燭のついたクリスマス・ツリーの枝というようなものだった。また新年だけのカードもあった。もしHのための板絵の作業がなければ、日本宛てに何か絵を描けたんだがなあ。でももし新年のお祝いの言葉を1月1日以降に送ってもよければ、何か考えつくかも。(12/14昼)

2006/12/19 22:05

メール報告: 戒厳令25周年

 昼食を食べた。ソーセージはおいしい。「ニンニク風味」と書いてあったが、こんなにおいしいニンニク味だとは思わなかった。今日はそれに悪くないウクライナ風サラダを買い足した。

 寒くなってきたが、それでも12月というよりは11月のようだし、そのうえ今年は暖冬だと言っている。この11月はここ223年間でいちばん暖かだった。つまりこれ以上暖かい11月はなかったかもしれない。それ以前は気温が記録されていないので。とはいえクリスマスには雪が降ってホワイト・クリスマスになるらしい。俺は覚えているが、1971/72年の年越しはまったく雪がなかった。でもたしか寒かった。ヒヒヒ、俺はそのときウオツカを飲んでいたけど、Pはタイツ姿で1年生か2年生のクラスに通っていたんだ。(12/12午後)

 今日の夜中、戒厳令施行25周年を迎えた。昨晩から朝6時までテレビの1チャンネルではその関連番組、ドキュメンタリーや回想映像などを放映していた。「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙に、ザウェンジェの「保護矯正施設」[刑務所のこと]内にこっそり持ち込まれたオリンパスで撮影された写真が載っていた。その写真に俺は写っていないが、俺がそこに勾留されていたときに撮影されたものだ。時の流れに少々ぞっとさせられる。俺にとってそれはそんなに昔のことではなく、その思い出はまだ新鮮なのだが、すでに多くの人々が戒厳令を覚えていない。彼らはそのとき小さな子どもだったし、戒厳令後にもうそれだけ多くの人が生まれて、大人になっているからで、あれが何だったのか、どんなふうだったのかを、だれもが知っているわけではない。

 今朝、郵便局に行くとき、25年前の日曜日はコズウヴェクからルィネク[中央広場]まで路面電車が走っていなかったので歩いていったことを思い出した。途中(寒くて雪だった)複数の装甲輸送車と2、3台の戦車が止まっていて、兵士と警察官らが、かごの中で燃えるコークスのそばで暖を取っていた。ルィネクではしょっちゅう身分証の検査と脅しと家への追い立てがあり、俺たちのデリカテッセン脇の門内でのアルコールの試飲が幾度も中断されたので、いまは故人となったKともう1人のKと俺はルビチ通りの知り合いのアルコール密売所に場所を移し、そこでゆっくり酔っぱらった。家の女主人は俺たちに決して外へ出ないよう命じ、ウオツカを出し、昼食をごちそうしてくれた。おいしいきのこスープだった…。(12/13午前)

 俺が逮捕され、その後勾留された日はMの誕生日だった(7/6)。家を出たのは本当に何かプレゼントを買うだけのためだったが、俺に子どものことを訊く人はなかった。子を持つ女性が勾留中どんな様子だったかを今日聞いた。例えば両親とも勾留された場合、SB[保安省]職員に「子どもはどうする?」と訊かれた。ナイーヴな女性たちは、監禁から逃れられると考え、子どもはどうすることもできないはずだと言った。すると罪のない子どもたちは孤児院に預けられ、両親は牢屋に送られた。その後ようやく女たちは祖母やおばの住所を教えることを学んだ。どうせ自分たちは牢獄に入れられるとわかっていたから、せめて子どもたちは孤児院で苦しまないようにとそうしたのだ。この話は若い女優が語ったもの。彼女は数歳の少女のとき何か月間も孤児院で過ごした。(12/13晩)

2006/12/19 22:04

メール報告: カメラ、テスコ、求人広告

 板絵を描き始める。さしあたり枠を下書きした。明日、白い背景の最初の層を置き、黒で輪郭線を引く。それから緑色の影にするかどうか、その蜂鳥の周りを葉のついた枝で囲むかどうかを考える。

 Paはプロ用のカメラを買いたいと言い、日本製ではどれがいちばんいいのかと訊いた。俺は、日本製のはすべていいけど、おまえが「プロ用の」を持つ必要はないと答えた。彼女と直接話すことがあれば、俺の父が言っていたことを説明してやる。「いい写真家はいちばん安価なごく普通のカメラですばらしい写真を撮る。」父が念頭に置いていたのは「Druhドゥルフ」という、60年代当時もっとも安くて簡単なカメラ。当時の月収はおよそ1500〜2000ズウォティだった。(12/9深夜)

 板の最初の白い層はもうできた。蜂鳥はあの楕円形に合うような適当なのをすでに前から選んである。(12/10夜)

 朝、郵便局に行って保険会社に書類を送り、そこから銀行に行き、車売却に関する契約書のコピーを提出した。ヴォルニツァ広場からテスコ[大型スーパーマーケット]に行った。親族のためにクリスマスツリーの下に置く物を考えたかったから。甥っ子たちのためにすてきな歯ブラシ2本とJのためにデオドラントを買った。でも、ピーナツバターがなかったので腹が立った。しかしながら俺の怒りはかなり穏やかなものだった。というのも電話機のクレームがうまくいったからで、箱がなかったけれども修理を引き受けてくれたのだ。領収書も含め、すべての書類を持っていてよかった。食べ物は、白ソーセージ1箱(6本)と長いキュウリ1本、大きい丸パン6個買った。昼食2、3日分になるだろう。(12/11昼)

 「ガゼタ・ヴィボルチャ・仕事」の求人広告を探してみたが、外国での仕事以外に俺向きのは何もなかった。オランダでホテル業、でもきっと俺の年齢では合わないだろう。オーストラリアでカンガルーを捕まえて狂犬病の予防接種をすること、および、木々に登ってコアラを捕まえ、耳に標識付きのイヤリングを取り付けること。オーストラリアについては永住を勧めている。(12/11午後)

2006/12/14 01:26

メール報告: 犬の番組、フィルム

 15時前のインターネットはお話にならない。ひょっとしてこれはシステムの誤りではなく、ネットが混んでるせいか? つながったと思ったらまたしても忌々しい広告がログインの邪魔をする。

 例の番組はベルギーのテレビ局と日本のテレビ局の合作で、日本人の犬に対する愛情とその狂気ぶりに関するもの。東京の団地の大部分では動物を飼うことができないため、例えば飼い犬を夢見るあるカップルは、週末に特別な会社から犬を賃借りしている。それはつねに同じ雌犬で、彼らはいつもその犬を甘やかし、その犬のために映画のビデオを買ってやったりもする。犬は映画に興味を示さないが、それで彼らが気落ちすることはない。その後の1週間は嫉妬に苦しむのだ。「彼らの」雌犬メルちゃんは、いまだれのうちにいるのかと。また、犬のカップルのための特別な結婚式や、飼い主と犬がいっしょに大きな箱型洗濯機に入ってそこでオフロする浴場・洗い場、犬用ホテル、ドッグカフェ、犬の誕生会、等々も見た。例えばアメリカ人だったら俺はいらいらさせられただろうが、日本人の場合は違う。日本人のことを俺は知っている。日本人が何かを作ったり愛したりするときは、対象に注意して敬虔な気持ちで近付くし、違ったふうに振る舞うということを俺は知っている。まただれかの奇行も理解して扱い、非難することはない。

 保険会社宛の書類を書いた。月曜に出す。

 引き出しの中の、多くの空のフィルムケースの間にアグファ・カラーを1本見つけた。すでにたっぷり数年は経っている。おそらくヤシカが盗まれたときからずっとそこにあったのだろう。いまそのフィルムをカメラに入れた。どう写るかな。

 昨日のニュースで意地悪く、我々はいかに世界中で有名かと言っていた。「自衛」のセックス・スキャンダルに関連して、アメリカとヨーロッパ以外でも、マレーシア、台湾、ジャマイカなどの新聞にポーランドのことが書かれたのだ。

 いましがたPaが電話してきたので、メールを書くのを30分中断した。彼女は聖ミコワイの日にボーイフレンドからもらった「写真の基礎」という本の一部を読んでくれた。忌々しいinteriaはこの手紙を送信しなかった。「あなたの期間は終了しました…」だって。それで全部最初から書き直す羽目になり、また30分無駄にした。(12/9夕)

2006/12/14 01:26

メール報告: ログイン、温暖化

 あの昨日のメールは送信されていなかった。なぜかはわからない。忌々しいinteria[ウェブメールのプロバイダ]にはひじょうにいらいらさせられる。ときおりログイン後にさえ、俺には不要な何かのサービスの別のログイン画面が出てくる。そうやって2、3分は堂々巡りで時間を無駄にする。

 昨日Hが電話してきて、保険会社からの書類はいったい何なのかと訊いた。俺が「にゃあと鳴く[嘆きの]」書類を送るつもりだと知って彼女は満足だ。午後すでにメールを1通送った。(12/8夕)

 30分後(00:10)に「東京の犬王国」というドキュメンタリー番組を録画する。どういう犬の天国なのかも、どこが制作した番組かもわからないが。

 今日、というか昨日、プシェミシルは+16度あった。夏の涼しい日はこんなものだ。しだいにいろいろな植物の花が咲いていることを新聞・テレビのニュースで言っている。また、我々は劇的な気候温暖化の目撃者であることも。そう、いまや俺もわかる。以前、冬が4月半ばまで続き、水道管が寒さで破裂していた頃には、こうした科学者のおしゃべりに腹が立ったものだ。俺はもうこの異常な暖かさはたくさんだ。ストーブを焚くのはもったいないようでいて、焚かないとうちの中がうすら寒い。(12/8深夜)

2006/12/14 01:25

メール報告: 昼食、不祥事続報

 4日間、昼食はイタリア・キャベツ[ちりめんキャベツ]+卵だったが、今日からはホウレンソウ+卵。なぜかこれが飽きない。おいしいくらいだ。

 Hのためのクリスマス・プレゼントに蜂鳥の板絵を用意しはじめた。

 シャツを3枚洗った。下水槽はずっとゴボゴボいっている。

 水曜の晩に例のアネタ・Kが「Teraz my いま私たちは」という番組にアネタ・クラフチクとして出演し、すべてを語ったうえで、彼女が妊娠7か月のときウィジヴィンスキ議員の助手(職業は獣医)が彼女に流産を引き起こす注射をしたと付け加えた。その注射は動物用のものだった。今日ウィジヴィンスキは拒否せず、自分がクラフチクさんの子どもの父親かどうかを調べるためのDNA鑑定に赴いた。また国会ホテルの来客名簿も調べられたが、アネタがレッペルのところに滞在したときのものだけが、奇妙な偶然で紛失していた。アヤシイイイイイ! レッペルはすべてを否定し、ジャーナリストらを訴えてやると脅し、最後に目に涙を浮かべてこう叫んだ。「私の家族をそっとしておいてくれ!」だれも家族にからんだりはしていないのに。(12/8午後)

2006/12/14 01:25

電話報告: 暖冬、ショプカ、最短記録

 ポーランドはスペインより暖かくて+14度。トンネルはどろどろ。暗い。いまは小雨。昨日キヨスクと郵便局に行ったが、日光が目を直撃してまぶしい。郵便局のそばに小さなヒャクニチソウが咲いていた。春が来たと思ったんだろう。

 ザコパネ[ポーランド南部の観光地]は雪がなく、スキーができないので客が来ない。グラレ[山岳民族]たちは、お金がないのは良くないと嘆いている。

 ショプカ[キリスト降誕の馬小屋の模型]のコンクールがあった。ナポリにも同じ伝統がある。ナポリ、東京にあるのはニッポリ。

 メル・ギブソンの新作映画「アポカリプス」の写真をネットで見て気に入った。マヤ文明の最期を描いている。衣装などが興味深い。おもしろそう。

 今回は最短記録で宿酔から回復。月曜にPaが来て、夜ザフチャンカで飲んだ。火水木と飲み、金曜で飲むのをやめ、土曜は少し気分が悪かったが、日曜は元気にHのうちに行った。早い回復には、早めに切り上げること。

 保険会社からの書類は、事故相手に支払った保険金8500ズウォティを支払えというものだった。こんな書類が来たせいで、刑務所にいる夢を見た。これを払わないからといって刑務所に入れられることはないだろう。保険会社には事情を書いて送る。丁寧な言葉遣いで、嘆き節で書く。(12/7晩)

2006/12/14 01:24

メール報告: 悪夢の書類

 車を売却したことを知らせる書類を送るため郵便局に行った。満足してうちにいたら、郵便配達がまさしくその彼ら(保険会社)からの書類を持ってきた。それが俺を新たにどん底に突き落とした。気が動転して外出。(12/6昼)

 その書類がどういうことかは明日話すけど、彼らに電話したり手紙を書いたりするのはおそらく意味がないだろう。うちを出て、ザフチャンカの方角へかなりの道のりを歩いていったのだが、やっぱり引き返した。ウオツカは役立たないだろうし、お金がもったいないし、またビョーキ[宿酔]になりたくない。でも、まさに今日、聖ミコワイの日にこんなプレゼントだなんて心が痛む。他の人は喜びを呼び起こすプレゼントをもらうのに、俺はこんなのだなんて。チャメルはいつもツイてない。(12/6夕)

2006/12/09 02:24

メール報告: 「自衛」党の不祥事

 もう一度靴問屋に行ってみた。今度ははっきりとこう言われた。「いいや、うちじゃ若い人が必要なんだよ…。」それで自分は本当に年寄りのじいさんなんだと感じた。つらかった。

 レッペルの党「自衛」が新たな不祥事を引き起こした。「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙が、いかにして「自衛」党と議員事務所での職を得たかを語る、若い女性たちの発言を掲載している。アンナ・Kはまずレッペルと寝なければならず、その後、仕事を保持するために、毎週ウィジヴィンスキ議員に性的サービスを与えねばならなかった。ウィジヴィンスキ議員は現在彼女のいちばん下の子どもの父親である。新入りの女性は必ず議員の興味の対象となった。彼女たちはいま声を上げることを決意したが、「自衛」での仕事はセックスだということは長年明らかだった。すでに検察がこの件に取りかかり、女性たちは証言している。だがレッペルはもちろん何も知らないと言うし、ウィジヴィンスキは女性たちが嘘をついていると主張している。(12/5午後)

2006/12/09 02:23

メール報告: 問屋、電話、Hの誕生会

 Paが何か勉強したいとすれば、それは写真かもしれない。

 問屋に行ってみたが、おそらく俺の年齢が適さないか学歴不足らしい。

 相変わらずポートフォリオについては何もわからない。ひょっとしたらやっぱりどこかうちの中にあるのかも。

 Paは今日電話してきた(もう一度電話してくることになっている)。明日はいっしょにHの小さな誕生会に行く。今日はまるで嫌がらせのように狂った一日、だれもが電話にかっとなっていたみたいだ。俺はまだ少しビョーキ(宿酔)なので静かにしてほしいのに、朝から電話が何度も鳴る。一度ならずおまえ以外からの電話は2か月間かかってこないこともあるのに、今日は最初にケータイの間違い電話で起こされ、その後3回Pが掛けてきて、1970年の学校時代の女友だちから掛かってきて、Pa、ガレージの借り手、あとPaが掛けてくることになっている。俺はおしゃべりする気分じゃない。(12/2夕)

 いま10:20、もうすぐ出かけるところ。路面電車でスターリ・クレパシュまで行き、そこでPaと待ち合わせ。クレパシュかルィネク[中央広場]で花束を買って、パシュトーヴァ通り[妹の家]に行く。白い背景に汚れが出てきたので、Hのための蝶の絵を直さなくてはならなかった。午後はガレージの賃貸契約を結ぶため男の人が来ることになっている。お金を持ってくるから、鍵を渡す。その人が昨日電話してきてくれてよかった。金曜日だったら何がどうなっているのかわからなかったろうから。俺はザフチャンカにいたし、ケータイを持っていなかった。昨日の電話(全部で10)の残りにはいらいらさせられた。Paは例外として。(12/3午前)

 Paがすっぽかしたので、俺1人で訪問した。Hはプレゼントにうっとりした、というかそれらのプレゼント[絵]に傾けた俺の仕事に魅せられた。彼らはすぐにそれらを見える場所に置いた。

 問屋で必要としているのは中等学校卒業証書と倉庫の仕事の経験がある人。

 [郵便局員の]ストライキはたぶん中止された。

 東京のバレーボール世界選手権でポーランドは銀メダルを獲得した。(12/3夜)

2006/12/09 02:23

メール報告: ネズミ、訃報

 冷凍庫にはすでにハツカネズミ1匹とトガリネズミ2匹が入っている。厳しい冬がやってくる。

 朝から悲しいニュース。有名な俳優レオン・ニェムチクが亡くなったとラジオやインターネットで報じている。83歳だったが、その年齢でも多くの映画や演劇に出演していた。ここでは少なくとも、だれかが若くして早く亡くなったとは言わぬ。まさに彼の時が来たのだ。俺は彼が好きだった。偉大な俳優であり、女たらしだった。ファンタジーとともに生きた人だった。(11/30朝)

2006/12/09 02:22

メール報告: 娘の訪問

 Paがうちに来ていて、いっしょに写真を見ている。ちょうどMが電話してきたので、いま姉妹でおしゃべりしている。Paは姉がいることに満足で、文字通り幸せだ。着物姿の我々の写真が大変気に入り、うちの前で本物のサンダル[雪駄]を履いた俺の写真を持っていった。これからいっしょにザフチャンカ[近所の居酒屋]に行くところ。ついでに俺のポートフォリオに関して何かわかるかもしれない。(11/27晩)

 昨日のザフチャンカは楽しく、陽気になることもあった。例えば、ここの地元の「伊達男」たちがPaをナンパしようとしたが、俺の断固たる拒否に出会った。俺の娘だとわかってようやく静まった。

 Mと電話で話す間、2人とも泣いていたので、俺はPaにティッシュペーパーを差し出した。そこには数多くの彼女の問題や彼女の人生の秘密があったが、俺に聞いて欲しかったのだ。母親には決して言わない自分のことや自分の問題について俺にたくさん話した。いろいろ考えさせられた。すごく滑稽な瞬間もあった。出がけにG[Paの母親]が冷蔵庫からキャベツスープの入った瓶を持っていくように言った。「お父さんのうちには食べる物なんか何もないに決まってるんだから。」むろん俺はシャルロトカ[りんごケーキ]を含めて彼女をもてなすものは用意していた。でもMとの会話の途中でPaはGからのキャベツスープを温めてほしいと言った。それで俺はその煮くずれたような変なキャベツスープを温めてPaに出した。そしたら彼女はいきなり大声で笑い出した。それはアンズの砂糖煮だった。同じ色なので間違えて冷蔵庫から取ってきてしまったのだ。もちろんMには全部聞こえていて、もちろんそれは砂糖煮をキャベツスープだと思って温めたパパのせいになるのだった。それで思い出したのは、おばあちゃんがクリスマス・イブのバルシチ[ビートのスープ]の代わりに、乾燥プルーンのコンポートを温めて、ウシュキ(きのこ入りの小さな餃子)を入れて俺の父に出したときのことだ。父は激怒、俺とH[妹]はかなり楽しんだ。(11/28深夜)

2006/11/28 01:49

メール報告: スパイ、ネズミ、キャラメル

 ポーランドのスパイ監視警察はリトアニアの特別職員らとともに、対ベラルーシ関係でポーランドに損害を与えるべく活動していたベラルーシのスパイをリトアニア国内で逮捕した。おそらく彼はポーランドに移送される。いずれにせよルカシェンコにとってまずい状況だ。ヒヒヒ。(11/25深夜)

 ネズミ捕りに2匹目のネズミがかかった。こいつは大変すばしこくて、長い間つかまらずにチーズだけ盗んでいっていたが、ついにソーセージの皮で捕まった。もう冷凍庫に入れてある。

 鉄道の祝日があって、マウォポルスカ[クラクフが属している地域]のPKP[ポーランド国鉄]はその機会に、乗客に4分の1トン(250kg)のキャラメルを配った。なんでまたキャラメルなのかという記者の質問にPKPの職員は、キャラメルは若い頃を思い出させてくれるし、ほとんどだれもが好きだからと答えた。俺はこう付け加えるよ、そのうえ安いし、実際おいしい。

 朝からPを待っているが、いまのところ電話は沈黙。いっしょにSkypeのガジェットを買いに行くことになっている。ついでに台所のハロゲンランプを買おうかな。こぶしでぶったたいてももうダメで、流しの上の電球が点かない。(11/26午前)

 板絵にニスを塗っていたら、Paが電話してきた。ロンドンから掛けているのかと思ったら、1週間前に帰ってきたそうで、明日うちに来る。環境建築とか何かそんなものを勉強している親友の写真とドローイングを持ってくる。会うのが楽しみだ。ニスを塗った板絵はなかなかの出来ばえ。(11/26昼)

 PKPの代表は大きな進歩だと自慢していた。昨年のキャラメルは「たった」150kgだったから。

 いまいましいことに郵便局員のストライキが11月13日以来続いていて、多くの人々が彼らを罵っている。老人や貧しい人の中には年金が届くまで生きのびられない人もいる。だがこのストライキは郵便局にしゃっくりを引きおこすかもしれない。というのも、もっと安い競合会社「インポスト」が積極的に動き出したのだ。電話すると荷物を取りに来てくれるらしい。(11/26晩)

2006/11/28 01:48

メール報告: 板絵の写真、Skype

 板に描いたあの絵の写真を、Pといっしょに送ったよ。まだできあがりではないが、ほとんどできたようなものだ。日曜にはPが俺のためにメディア・マルクトでヘッドホン+マイクロフォン(セットで24ズウォティ)と39ズウォティの小型カメラを買ってきてくれる。(11/24晩)

 昨日Pの顔写真を送るべきだったと今朝思ったところ。Pは初めてうちに来たとき、いつだったかおまえに対してへまをしでかしたと繰り返し言ってた奴だよ。おまえがポーランド語をしゃべるとは知らずに、おまえと英語で話をしようとしたから。それは普通のことで全然へまじゃないって、俺はあいつに何度も説明してやった。

 俺の板絵の写真を受け取らなかったか? だって、まず絵の写真を撮って送り、それからポートレートを送ったんだよ。Pはカメラ付きケータイを持っていて、板絵は電話から送り、俺の写真は俺のパソコンを通して送った。明日はSkypeの道具を買いにいっしょにメディア・マルクトに行くことになっている。(11/25昼)

 なんで板絵の写真が届かないのかわからない。ケータイから直接はうまくいかないのかもしれない。それでよかったかも。今日絵の仕上げをしたから。あとサインとニス塗り。それともサインなしにしようか? ドウブツたちのラテン語名を入れるつもりだったんだ。クマノミのそばには「Nemo」の文字、アニメ映画に出てくるその魚がそういう名だったから。でもやはりサイン以外の文字は無しでいこうかな。

 Skypeはカメラとヘッドフォン・マイクを買ってからインストールする。その方が作動してるかどうかすぐに判断できるし、すべての設定が楽だから。

 板絵については、もしHたちが気に入って、例えば4枚連作で欲しいと提案してくれれば、クリスマスツリーの下に何を置くかに頭を悩ませずにすむんだがなあ。そのかわり12月の3週間は忙しくなるが。(11/25夕方)

2006/11/28 01:47

電話報告: 炭鉱事故、筋弛緩剤、知恵の木

 炭坑爆発事故では結局23人全員の死亡が確認された。最初に2人、次に6人と順々に発見された。爆発はすさまじかった。ポーランドの常で、いま事故の責任を取るべき人を探している。自然現象だからある程度仕方がないとも思うが。犠牲者の遺族に、国から40000ズウォティ、他にも慈善団体などからお金が支給された。

 ウゥチで看護士が老人に筋弛緩剤を注射して殺した。葬儀屋からリベートをもらっていた。幸いクラクフではそういう事例はなかった。

 近所の木が「知恵の木」みたいに見えた。見たものを無意識に覚えていて描いたのだとわかった。その木の写真を撮っておけばよかった。カメラがあるんだから。そう気付いたときには、毎日葉がどんどん落ちていて、もう知恵の木のようには見えなかった。

 板の楕円の縁は絵の具を塗らずにフレームのように残した。蝶のそばに幼虫とコスモスの花を描いた。クマノミのそばにイソギンチャクを描こうか?(11/23晩)

2006/11/28 01:47

メール報告: ガレージ、炭坑爆発、勤労感謝

 27:30にガレージの件でまた電話があった。その人はずっと借りたいと言っていた。約束はこういうことだ。もし他のが見つからなかったら、5月に俺のガレージの扉を見る。そのとき新しい張り紙を張り出すから。あの[ガレージを先に借りた]夫婦は、5月に引っ越しについて知らせることになっている。暖かいうちは張り紙を貼っておいてもいいが、いよいよ冬が近付くと、張り紙はもうとっくにないのに、電話が次から次へとかかってくる。早く借りておくための数ズウォティを惜しんだことを、彼らはいまになって後悔する。本当にガレージが必要ならば、すぐに電話すべきだということを次回は覚えるだろう。(11/21晩)

 ハレンバ炭坑の深さ1000m以上の地点でメタンガスが爆発し、炭坑夫2人が死亡、15人が地下で救助を待っている。救助隊はずっと働いている。

 アメリカの映画監督ロバート・アルトマン死去。(11/21深夜)

 AとRがうちに来た。Aは酒瓶で俺をそそのかしたが、俺は断った。Rはガレージから工具を持ってかえったが、鍵はまだ返さない。あそこに部品が置いてあるので。明日取りに来るかもしれない。新しい妻の候補者らしき人といっしょだった。(11/22晩)

 勤労感謝の日は意味のある祝日だ。仕事には感謝すべきだ。G社で働いていたときにそう感じた。仕事がない今は困っている。月曜日はガゼタ・ヴィボルチャ紙の「求人」を綿密に読んでいる。もし何かあったらすぐに電話できるよう特別に早起きする。日本人がこうした祝日を祝うことに、この国民の本質が含まれている。仕事に対する敬意、また自然現象や周囲の世界に対する敬意もある。一見些細に見える問題や、他の人々をも真面目に扱う。(11/22夜)

 今日10時から3日間、土曜日まで国民服喪。23人の炭坑夫のうち1人も助からなかった。悲劇だ。昨日の夜、炭坑のそばにいる彼らの妻たちを見て、悲しみで胸が締めつけられた。政府やさまざまな基金などから事故の犠牲者の家族のために相当なお金を充当したし、精神的援助もあるが、彼らの生命は戻らない。検察庁は罪人を探している。すべてが大変残念だ。服喪のためのテレビ番組の変更さえも怒る気にはならない。(11/23午後)

2006/11/28 01:46

メール報告: 事件

 2週間以上前にイェレニャグラのイェルファ(薬品工場)で薬を取り違え、抗アレルギー薬コルヒドロンを入れるべきアンプルに筋弛緩剤を詰めてしまった。この薬品は麻酔医が手術時にのみ使用することができる。アレルギー患者が知らずにこれを使うと、例えば筋肉が肺を動かさなくなり、窒息などで死亡するおそれがある。現在、薬局で処方された処方箋をもとに、死に至る「薬」を買った人たちを捜している。ミスのあった薬品のうち1000から5000箱は薬局から回収された。だが残りは? すでに検察庁はコルヒドロンを使用した人が死亡した10数件の疑わしい事例を調べている。イェルファは閉鎖されるはずだったが、短期休業ののちに操業を続けている。だって、なんでまた大量の失業者を作らなきゃいけないのか?(11/20晩)

 クソガキどもがやらかすことを見ていると頭に来る。ワルシャワで23歳の男と24歳のその彼女がお年寄りの女性の家を襲撃した。その女性は奇跡的に命をとりとめた。2人は1時間に渡ってその女性に拷問を加え、ナイフで刺したり、首を絞めたりして、金のありかを言わせようとした。彼女はお金を持っていなかったし、彼らがやはり欲しがった酒もなかった。結局、彼らはお年寄りを縛っておいて家に放火し、お年寄りの上着のポケットに入っていた55グロシュ[約20円]を盗んだ。近所の人たちの助けでお年寄りは命拾いをし回復しつつある。いちばんショッキングだったのは、そのお年寄りみずから自分が殺されかけた様子を語ったことだ。警察は2、3時間後に、近所を散歩していた2人を逮捕した。終身刑、または懲役25年が科されることになる。(11/20晩)

2006/11/23 02:27

メール報告: 巣、契約、ワイダの新作映画

 大きな巣のそばにある小さな巣に関しては、スズメの怠惰のせいだと思う。そこにはもうたくさん小枝があるのだから。それから安全面もある。小型の猛禽類は大きな巣の近くには飛んでこないのだ。

 Pもバシュトーヴァ通り5番地に5年間住んでいたそうだ。俺が引っ越したあとのことだが。

 いましがた12月1日から月々200ズウォティのガレージ賃貸契約にサインした。欠点は、その夫婦が2007年6月に引っ越してしまうことで、また希望者を探すことになる。(11/19晩)

 いまいましいことに、いましがた、またガレージ希望者から電話があった。この人はどこへも引っ越さないのだ。2時間前に電話してくれていたら、問題がもっと長期間かたづいたんだがなあ。(11/19晩)

 ガレージの件については、冬が近付くにつれて電話が多くなるだろうとわかっていた。夏は逆でむずかしい。冬からガレージがある人は、次の冬に探さなくてすむように、夏はもう手放さない。

 アンジェイ・ワイダがクラクフで映画「Post Mortem.Opowiesc Katynska 死後、カティン物語」を撮影中。(11/20晩)

 その撮影に関連して、朝からルィネク[中央広場]全体に鉤十字のナチスの旗が掲げられている。映画のことを知らない旅行者(とりわけイスラエルからの)はひじょうに腹を立て驚いていた。俺がいらだつのは例えば、クラクフの年輩の女性たちが、映画の撮影のことを知らされているにもかかわらず、いかに恐ろしく感じているかを言い立てることだ。それをくり返さないためにこそ、こうした映画を作るのだし、それはいつかどこかで撮影しなければならないじゃないか。もし世界中のだれもが舞台装置に反対したら、さまざまな全体主義に関するドキュメンタリーも劇映画も作れなくなってしまう。(11/20晩)

2006/11/23 02:26

メール報告: コウノトリ、ロールケーキ

 ザフチャンカにはポートフォリオはない。あそこでいっしょに絵を見たR.Sに電話してみる。下水槽はおそらくまだ空になっていない。ちょっと前にまたゴボゴボいった。(11/17昼)

 何か片付けるべき仕事があるときはいつも翌日が土日。おとといガレージの件で2本目の電話が女の人からあったが、借りるのではなく買いたがっていた。(11/17晩)

 ヴォドナ通りから長いトンネルの方へ向かう歩道を改装している。

 なぞなぞ。路面電車で帰る途中、部分的に覆われたこんな広告を見た。
ryz diolan uksela さて何でしょう?(11/18午前)

 ガレージの件で1週間前に電話してきた男の人は月々たったの150ズウォティで借りたいという。そのうえあそこで車の修理をしたいという。そしたら電気代も余計にかかる。でも他の問い合わせがなかったときのために一応電話番号を控えておいた。

 ヴロツワフのある個人の庭では、この暖かさのせいで、クロッカス、ハイビスカス、レンギョウが咲いた。(11/18夜)

 ポーランドのコウノトリに関するドキュメントで、コウノトリの巣が電線の上の危険な場所にある場合、特別なデッキを下に入れて支える様子を紹介していた。その際、救助隊員たちは、そうした巣のそばにはつねにスズメの小さな巣が(大きな巣にはいくつか)あることを確認した。一度などはフクロウの巣もあった。

 キェルツェのお菓子屋さんたちが長さ50mの生クリーム・ロールケーキを作った(ギネス記録)。

 報道番組「ウヴァガ」で画家ベクシンスキ殺人犯を取り上げていた。そこで明らかになったのは、こうした粗野な人々は、画家が「筆でべとべとやって、がっぽり儲かる」ということに怒り驚くのだが、彼ら自身はほんのはした金のために重労働をするということだ。

 Pが最近うちに来たとき、「智恵の木」の葉の数を数えた。117枚あるらしいが、知らない。俺は一度も数えようとは思わなかったから。彼は俺の根気よい勤勉さに驚いていた。ハハ。

 もし夜晴れたら空を見ろ。獅子座流星群が飛ぶはずだから。(11/18夜)

なぞなぞの答え[Paryz Mediolan Bruksela =パリ ミラノ ブリュッセル]

2006/11/23 02:26

電話報告: 食い逃げ、歩く、薬局

 いまレストラン業者たちは恐怖に青ざめている。上品な紳士が高級レストランに現れては高い料理を注文し、支払わずに食い逃げする事件が続発しているから。

 洗濯をした。排水はちゃんと流れる。汲み取り車を見なかったが、昨日か一昨日の昼寝中に来たのだろうか? Pがうちに来たとき、トイレの水をたくさん流すなと言ったら、彼は事情を察して、仲間を集めて[汲み取り代を払わない]隣人を殴ってやろうかと言った。Pは土曜日にうちに来いと言うが、行けば酒が出るからあまり行きたくない。その日は絵を描きたい。

 115番のバスがないので国税局まで行くのが大変だった。国税局から医者のところまでずいぶん歩いた。歩いた方がお腹にもいい。でも足に肉刺ができたので、ルヴフで買った薬を塗る。

 Bに電話してポートフォリオのことを聞いたが、なかった。

 毎日2階のZが金槌でたたいたりノコギリひいたりしてうるさい。

 処方箋を持って薬局に行ったら、薬の1つはもう製造していないと言われた。代用の薬は効き目が弱く、ニベアクリーム程度の効果しかないと言ってやった。薬局の人のせいじゃないけど、安くて効く薬を製造中止にして、外国製の高い薬を買わされるのは困る。(11/16晩)

2006/11/23 02:25

メール報告: 暖かい、竹のドキュメント

 朝から陽が出て暖かいので、ストーブ焚かなくなって3日目。(11/16昼)

 2階のしつこい金槌の音がやっと静まった。いま洗濯物を干していて、もう次の洗濯を準備している。

 竹の(珍しい)開花とその結果枯死することについては以前に聞いたことがあったが、このドキュメントはそのテーマをより広く論じていた。マダケというのはたぶん、俺が見たことがあって大好きな、かなり大きくなる種類の竹だろう。とても美しい。(11/16晩)

2006/11/23 02:25

メール報告: ポートフォリオ、金槌、竹

 Pに自分の絵を見せたかったが、ポートフォリオが見つからなかった。どこにいっちゃったんだろう。でも我々のURLを持っていったから、おまえの作品も見るだろう。(11/13晩)

 バケツは蓋付きのを買ったのだから蓋をすることはできるけど、第一にゴミ捨てのとき面倒くさい、第二にネズミがバケツに入れなくなると家中をうろつき回ってウンチするようになる。(11/13晩)

 それでもネズミは、暖かさと匂いからやってくるだろう。でもひょっとしたらあれ一匹でおしまいかも。暖かくなるらしいのでストーブは消す。エステルカにポートフォリオがなかったか、RtがLのところをあたってみてくれるという。(11/14晩)

 暖かすぎるくらいだ。13度あるので今日もストーブは焚かない。トンネルのあたりはどろどろ。昼食は冷凍ファソルカ。ビゴスがまだあるけど、もうおいしくない。暖かいせいでハリネズミが目を覚まし、何か植物の花がふたたび咲いたそうだ。何の花かは聞き逃した。(11/15昼)

 金槌の音が聞こえるようになって3日目。2階の莫迦がまた何かやる仕事を見つけたんだ。この点、彼はビョーキで、後で家族や知人を呼び、なんと自分の住居がすばらしいかを自慢するのが大好きなのだ。それは俺も体験した。明日は15-16度の予報。処方箋をもらった帰りにフィルハーモニーのそばでCに会った。(11/15午後)

 ザフチャンカに電話して、Pにメールするよ。もしあそこにポートフォリオがあれば、彼が持ってきてくれるといい。あれほど見たがっていたんだから。もうネットで見たけど。

 テレビで、ある種の竹が同時にいろいろな場所で謎の開花をし枯死するというドキュメントを見た。たいていそれは数十年ごとだが、数百年に一度のこともある。日本にはマダケが生育し、フランスのとある庭園にも生えている。その庭園は200年前に作られた。ひょっとしたらそれらの竹は1つの地下茎に由来しているのかもしれない。だが遺伝子検査でそれは裏付けられなかった。科学者たちは明瞭な説明をしなかったが、この植物たちはたぶん互いに連絡を取っているのだ。日本とフランスで同時に開花し、種子を出し、枯れる。アジアの貧しい国々のある地域では、全人口が竹を使った仕事で生計を立てているので、これは悲劇だ。(11/15夜)

2006/11/16 01:02

メール報告: ネズミ、愛子さま、節約

 ネズミを見も聞きもしなかったが、予感がしてネズミ捕りを仕掛けた。夜中、もう眠りかけていたところ、得体の知れないものに起こされた。そのときネズミがネズミ捕りにかかってもがくのが聞こえた。針金で押さえつけられていただけだったので、溺死させねばならなかった。とてもつらくて、もう寝られなかった。でも他に方法はない。この動物たちが家中に糞をしたり、かじれる物なら何でもかじるのを許してはおけない。

 テレビで愛子さまを映していた。Hと同じく12月1日が誕生日で、5歳になる。すなわち赤ん坊の年齢を脱し、自覚のある幼年期に入るのだ。宮廷の女性たちが彼女に美しいキモノを着せるのを見た。彼女はとても真剣で、笑っていなかった。

 ポズナンで今日、世界最大の純血種ドッグ・ショーが開催された。世界中からさまざまな珍しい品種の20000頭の犬がやってきた。いくつかは初めて見る種類だった。このショーの準備には6年かかった。

 1月にパスポートの有効期限が切れるので、順番待ちの少ないこの11月中に更新するつもりだったが、節約の必要から延期するかもしれない。いまや140ズウォティもするのだ。ここ2、3日節約のためストーブを消していたが、またもや寒くて強風が吹いているので、また点けている。

 いまのところWは来てない。長い間見かけなかったが、ちょうど昨日2匹の犬を連れた彼に会ったので、電話での約束に念を押しておいた。ガレージ貸しますの張り紙を貼って数日になる。いまのところその件で電話が1本あったが、成果は無し。(11/12晩)

2006/11/16 01:02

メール報告: 雷雨、公平さ、下塗り

 いまは陽が出ているが、1時間前は暗くてどしゃぶりで雷まで聞こえた。これは11月としてはめずらしい。でもここプワシュフでは何だって有りなのだ。いつだったか1月にも雷雨があった。

 俺が汲み取り代を払って、それからお金を催促しろと言うが、彼らはまさしくそれを待っているんだよ。それをやったらおしまいだ! もう決して汲み取り代は払わないだろう。だって結局日本人[ボグダンのあだ名]がぶち切れて支払うことになるんだから。彼らはこからずっと、あいにくお金がない、と言うだろう。ここで問題なのは、その具体的な金額ではなく、公平さであり、連中が俺を利用しようなんて気を起こさないことだ。

 今日は板に白い絵の具を塗った2回目。3回目も塗らなくては、ひょっとすると4回目も。その白い、あるいは少し空色がかった背景の上に、黒と紫の蝶と、映画になったおとぎ話でおなじみのクマノミという魚を描く。(11/12昼)

2006/11/16 01:01

メール報告: 心配事、訃報、日本映画

 やっとのことでアウトルックに入れたが、いま書いていることをシステムが送ってくれるかどうかはわからない。相変わらず汲み取りをしていない下水槽と同じく、これまたいらいらさせられる。この家ではつねによくないことが起きる羽目になっている。いつだってさまざまな、ときに些細な理由から心配事がある。深刻な理由のときには、わりとうまく対処できる。その場合は状況を分析して、最良の解決法を選べば、おおむね効果的だ。だがささやかな問題は、この、支払い能力のない、何もかもどうでもいいと思っている隣人の問題のように、ぱっと解決というわけにはいかないことがある。(11/10昼)

 日曜にWがコンプ[パソコン]を見に来てくれることになった。Fさんの従妹から電話があった。Sのお母さんが昨日(木曜日)亡くなったとのこと。言葉に詰まって、葬儀がいつなのか訊きそびれた。(11/10深夜)

 昨日、Fさんは病気だったのかと尋ねたら、Aさんは、その病気というのは老いだと言った。眠ったまま、もう目を覚まさなかったのだ。苦しまなかったのは良かった。葬儀の件は電話してみる。

 いましがた日本映画を見た。1922年にシベリアから治療と栄養を与えるために連れてこられたポーランド人の子どもたちに関する事実に基づいたもの。日本人がどうして「Szla dzieweczka…(シュワ・ジェヴェチカ)」[日本では「森へ行きましょう」として知られる曲]を知っているのかこれでわかった。いっぽうポーランドの子どもたちはそこで「さくら、さくら…」という歌を覚え、また、日本の幼稚園で習うような歌も歌っていた。この映画の題名は「Jesien w Warszawie ワルシャワの秋」、看護士のうち1人はアオコ・ワジという名だった。監督ヒロキ・ハヤシ、2003年製作。(11/11午後)

 葬儀は木曜の10時、場所は行くのが困難なシェプラフで、Aさんも必ずしも俺がそこまで行かなくてもよいと言っていた。でも行けるかもしれないと頼んだら、デンブニキからバスが出ていると教えてくれた。けれども彼女が言ったのがデンブニツキ広場なのか、以前、動物園に行くときバスに乗ったあの広場なのかわからない。彼女は「デンブニキの広場」と言っていたからだ。行くかどうかわからない。大雨にならなければ行くかもしれない。(11/11晩)

2006/11/16 01:01

電話報告: パソコンのトラブル、下水槽

 O-net[ポーランドのプロバイダ]が動かず送信ができない。Wを呼んで見てもらおうか。

 チャメルは床屋に行って、とってもハンサムになった。

 隣人には腹が立つ。下水槽がいっぱいで、今度は彼らが汲み取り代を払う番なのに何もしない。1日25グロシュずつ貯金しておけばよいのに、酒代はあるくせに、汲み取り代はないと言う。廊下に出てきたところを捕まえて文句を言ってやった。

 Jのプレゼントには魚の絵を描こうと思う。Hには黒地に紫色の模様の蝶を描く。

 Interia[WEBメールのプロバイダ]はログインしようとすると広告が出てきて、バツをクリックしても消えないのでいらいらする。

 Pからヴィシニュフカ[チェリー・ウオツカ]を持っていこうと電話があり、絵を描いていて忙しいからと断った。奥さんとうまくいってなくて話し相手がほしいらしいが、俺は酒1杯飲むと頭が痛くなるし、1杯では済まずに長引くからなあ。(11/9晩)

2006/11/12 01:20

メール報告: ネットの心配、郵便の心配

 最初の心配はインターネットのこと。夜、2本の映画の合間にメールを書こうとしたが、突然インターネットにつながらなくなった。晩にはつながったが、夜中にはもうダメだった。

 もう1つの心配は郵便配達の問題。今朝、買い物前にまず郵便配達の上長(女性)に電話して、2002年の誤配の件を思い出させ、10月20日に送った書留がまだ届かないと言った。彼女は配達人のところに飛んでいって、すぐに「うちの」担当が受話器を取ると、すぐに書留が見つかった。今日中に届くはず。もし郵便局に電話しなかったら、あとどれだけかかったかわからない。

 それからMに電話したが、彼女が留守でよかった。1時間後にコンピューターを調べたら、インターネットがつながっているんだ。(11/8昼)

 明日はついに床屋に行くつもり。ようやく正午に開店というのが腹立たしいが。今日は昼食に芽キャベツの半分とジャガイモを食べた。明日の分はまだあるので、線路の向こうにキャベツを買いに行くのは金曜日。「ボグダンのビゴス」を作るつもり。

 何かのウイルスがコンプ[パソコン]を攻撃しているのではないかと心配だ。今朝メールを書いたあと、またもやインターネットが止まった。いまおまえのメールを読んだあと、Interia[WEBメールのプロバイダの1つ]の「返信」が動作しようとしない。(11/8夜)

2006/11/12 01:19

メール報告: ブラシ、殺人事件、誕生日

 あの青い曲がったブラシはなくてはならない。でも元の使用目的とは違う役目で。ここ2、3日背中がかゆくてたまらない。汚れているせいじゃない。規則的に入浴して背中をこすっている。自分の手では届かなくて掻けない。だがあのとても硬いブラシがたちまち解決、夜はソファーベッドの脇に置いておく。

 画家ズジスワフ・ベクシンスキを殺した犯人の審理が終盤に近付いている。昨日、検察官は主犯の男に懲役25年、共犯者に5年を求刑した。彼らが画家から盗んだものは3000ズウォティ[約115000円]の価値しかなかった。

 クラクフに13年間住んでいる日本人ヒョードー・ヒロシという人がいる。テレビに出演して、ここでの暮らしぶりや、ここ数年間で町と人々がいかに変わったかを話していた。

 今夜は12度あるというのでストーブを切った。新しいボイラーにタイマーを取り付けた。(11/7昼)

 きのこスープは食べ終わり、明日用に芽キャベツを買った。ジャガイモか卵をいっしょに食べる。週末はビゴスの予定。(11/7午後)

 Hの誕生日プレゼントを考えた。彼女から良質の木材でできた楕円形の画用下地材を6枚もらった。そのうちの1枚にきれいな蝶の絵を描くんだ。壁の蝶の絵が彼女の気に入ったから。それとアールグレイの紅茶3箱。彼らがここに来たとき彼女に1箱あげたが、忘れていったから。それは近所のプワシュフの複数の店にある3種類のアールグレイなんだ。さしあたり2箱ある。12月1日までにはまだ少し時間がある。Jにも何か考えなくては。10月18日が誕生日だったんだけど、ボイラー破裂のせいで忘れてたので。(11/7晩)

2006/11/12 01:19

メール報告: ニキフォル、床屋、値上げ

 ニキフォルの映画は東京の観客の気に入ったかな? 日本人はニキフォル役を演じているのが女性だと知ってる?

 きのこスープはオイシカッタデス。でも晩は胃が痛かった。きのこのせいかもしれない。今日は慎重に食べた。いまのところ痛くない。昨日は胃薬をたくさん飲んだらようやく治った。いま窓の外で豪雨の音が聞こえる。暖かいところにいるのはいい気持ちだ。ストーブを焚くのは2晩目。明日は床屋に行くつもり。(11/5晩)

 日本の観客の中には、クリスティナ・フェルドマンがニキフォル役を演じていることが信じられない人がいるだろうと思っていた。

 お腹はもう痛くない。床屋には行かなかった。その間に郵便屋が書留を持ってきて、その後郵便局まで4km歩いていかなきゃならなくなるのが心配だったから。車はもうないし。その床屋は12時開店で、それは郵便屋が来る時間なのだ。以前12時過ぎに行ったら、さらに30分待たなくてはならないと女の子が言った。俺は激怒してザフチャンカ[友人が経営する近所の居酒屋]に飲みに行った(3週間前)。

 新年から電気料金10パーセント、煙草14パーセント値上げの予告にも腹が立った。EUと価格を釣り合わせる必要があると説明しているが、ならばどうして賃金の釣り合わせはそれほど急がないのか? 値上げされた価格を支払えるように、まずは人々がちゃんと稼げるようにしろ。それになぜEU最貧国の1つにおいて、電話サービスの値段がヨーロッパで最も高いのか理解できない。まったくみんな泥棒集団の一味だ。投票には行かないぞ(1週間後におそらく選挙)。(11/6晩)

2006/11/05 22:12

メール報告: 中国映画、カモジ・コージ

 今朝、郵便局に行って公共料金を払った。買い物のとき、昨日車の取り引きが終了したことを祝って、あのおいしいセルニク[チーズケーキ]を自分におごった。ウオツカ1本よりこの方がいい。昼食は、きのこスープ生クリーム入り。

 夜オモシロイ映画を見た。中国・ドイツ合作「Suzhou 蘇州(?)」。手持ちカメラで撮られた、若いカップルの悲しい話。面白かったのは、映画の中でポーランドのウオツカ「ジュブルフカ[日本でズブロッカと呼ばれるもの]」が重要な役割を演じ、ずっと話の筋に出てくることだ。中国人の口に合ったと見えて、瓶から直接飲んでいる…ヒヒ。(監督Lou Ye)(11/3昼)

 Pのせいでいらだっている。彼自身が10時前に電話してきて、11:30に行くから、いっしょにケータイの修理に行こうと言った。いま12:40だがまだ来ない。きっと俺が昼食を食べようとする頃、現れるんだろう。

 ガレリア・スタルマフ(ヴェンギェルスカ通り)では、カモジ・コージのインスタレーションを展示している。床には金属板(たぶんアルミ)が敷かれ、水があるように見せている。その表面には複数の金属のボートが「浮かび」、上からは銀の雨が流れ落ちる。BGMは日本の笛の曲とユダヤの歌「Hope」が交互に流れる。カモジ・コージは自分のおじの影響でポーランドに来た。Pが来たから続きはあとで。 (11/4昼)

 カモジ・コージの続き。1935年東京生まれ。1953-58年、東京の武蔵野美術大学で学ぶ。卒業後ポーランドに渡り、ワルシャワ美術アカデミー絵画科、アルトゥル・ナハト=サンボルスキのゼミで学ぶ。60年代からワルシャワのガレリア・フォクサルに協力している。彼の作品「晩―葦の舟」の展示は11月17日まで。この展覧会のキュレーターはアンジェイ・シュチェパニャク。ポーランドに長年住む日本人がもう1人いた。俺は彼のことを知らなかった。

 ケータイは待ってる間に直った。Pにガレージにあったスチールホイールを2本とライトをあげた。さてもう昼食のことを考えてもいい。すぐにきのこスープを温めよう。(11/4昼)

2006/11/05 22:12

メール報告: さゆり、いじめ・校内暴力

 本は、俺が飲むのをやめてうちで苦しむつもりだというのを聞いて、Sが貸してくれた。「さゆり」というのはこの本のヒロインが芸者になったときにつけた名前。本名は「ちよ」で名字は「さかもと」だった。

 工房はすでに閉まっていて、いまのところアラームは聞こえない。静かな夜だといいと思う。俺らが電話で話したあとHが電話してきて、ボイラーを取り替えたことと車を売ったことを彼女はようやく知った。彼らは彼らで、息子Dが学校で殴られたことと関連していろんなことがあったらしい。これは恐ろしいことだ。

 2週間前、14歳の少年5人が、教師のいないすきに教室のみんなの前で、ある女生徒を裸にし、レイプするふりをして、携帯カメラで一部始終を撮影した。結局その女生徒は自宅に逃げ帰り、自室で首つり自殺した。1週間後には別の少年が友人たちからのいじめを理由に首つり自殺未遂、等々。その女生徒の名はアニャといい、ギムナジウム(中等学校)はグダンスクにある。2番目の事件はクラクフ近郊のモギラニィで起きた。メディアと政府は混乱、学校は規律正しく、校内での携帯電話の使用は禁止になる。アニャのような女の子やいじめられている少年はあちこちの学校にもっとたくさんいる! 5年前に、生徒が撮影した地理の授業が放映されたことがある。授業中、生徒たちは教師の頭にゴミ箱をかぶせ、教師をあだ名で呼ばわり、ある女生徒は教師の鼻先に自分のアソコを差し出していた。

 現在、政府は刑法上の責任を負うべき年齢を15歳に引き下げようとしている。それよりも年少の場合は両親が実質的な責任を負う。規律正しい学校というのは悪くない考えだと思う。クソガキに他の方法はない。放埒と家庭内でのしつけ不足が校内暴力を生み、ちゃんとした子どもたちにも反映する。

 夜は大変冷え込むという。海は大荒れ、スウェーデンの大きな船が沈没し、2人が死亡または行方不明。(11/2夜)

 また不祥事が明らかになった。クウォブツクの孤児院で、17歳の少年と彼より少し年下の4人の友人が、この数か月間、規則的に年少の子どもたちをレイプしていたのだ。恐ろしい。ガキどもの残虐性。(11/2夜)

2006/11/05 22:11

電話報告: アラーム、雪、ケータイ

 未明に向かいの工房で15分おきにアラームが鳴り起こされた。1度目は石を投げつけてやった。2度目は警察に電話した。警察が来たとき工房のオーナーは寝ていた。近所の人の睡眠を妨げておいて自分はぐっすり…。

 朝8時前にPが電話してきた。眠かったが起きた。雪が降って外は白かった。Pは車の代金を払ってくれた。一部を手元に残して、残りを銀行に支払った。ケータイを修理しにケータイ屋に寄ったら、10時前でまだ開いてなかった。Pが後日、車でケータイ屋に連れていってくれることになった。Pは車に満足している。数日間乗ってみて、問題ないことがわかっているから。(11/2深夜)

2006/11/05 22:10

メール報告: 読書

 元気になってから本を3冊読んだ。アーサー・ゴールデン「ゲイシャの告白」(邦訳の題名は「さゆり」)、ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」、シドニー・シェルダン「The Other Side of Me(私の裏側)」。「ゲイシャの告白」は、テーマと当時(戦前)の日本の風物、京都の特色と芸者の世界に関連したしきたりなどの点から印象深かった。戦時中の日本の状況を記述したものに初めて出会った。「ダ・ヴィンチ・コード」についてはコメントしない(よかった)。「私の裏側」は、著名な脚本家、作曲家、作家の自伝で、誠実に好ましく書かれている。(11/2昼)

2006/11/02 17:17

メール報告: 電話機、寒さ、活動日

 ここ1週間、古い電話機をもとどおり接続している。捨てなくて良かった。きれいに光ったりメロディーが鳴ったりはしないが、少なくとも電話を掛けることはできる。

 あの巨大なトレーナーはPにあげた。Pは巨体なのだ。少なくともいい友だちがもらってくれた方がいい。今日もまた2度電話してきたが、彼はビールを持ってうちに来たがっていたので、2度目は取らなかった。問題はそれが、俺が家で過ごす静かな時間だということだ。

 今朝は零下3度、スヴァウキ地方のどこかでは零下12度。まもなくストーブを焚きはじめることになる。すでに寒さを感じ、セーターを着なくてはならなかった。(10/31夜)

 今朝、パンを買い足そうと思って線路の向こうに行ったが、あれだけ店がありながら1軒も開いてなかった。少し日が出ていて8度あったので、散歩は気持ちよかった。その後曇って風が吹き出した。訪問も電話もない平穏な日々は過ぎ去り、明日は活動の日になる。ケータイの修理もしなくては。公共料金の支払いをして、Hの誕生日のこともそろそろ考えなくては。俺が落ち着いていたら彼女に何か絵を描いてあげることもできるんだが。でもいまは精神的にも時間的にも何かを創造するような環境ではない。(11/1深夜)

2006/11/02 17:16

メール報告: 湯、万霊節、友人P

 ひとりめのPについてはあまり心配していない。いっぽうもうひとりのPはちょっと遅めにやって来たが、2人でちゃんと仕事をしたので、昼食後にはもうお湯が出るようになった。彼が帰ってからも浴室と部屋の片付けがたくさんあったし、まだやるべきことがかなり残っている。お湯の出方は前のボイラーより少し弱々しいが、明日もっとたくさんお湯を出してみて、Pがもう一度来たら、様子を見てみよう。Pは俺の財布にお札があまり入っていないことを知ると、1グロシュも受け取ろうとしなかった。いまのところ悪くない気分なので、朝入浴したら床屋に行こう。

 この混雑のなか、墓参りには行かない。墓地を訪ねて蝋燭を点し、思い出すのは静かな方が好きだ。[11月1日は万霊節(死者の日)で墓参りに行く習慣がある](10/29夜)

 いまやようやく良い水圧になった。ただ厄介なことに、Pは今日も来たのだが、彼は妻との関係がこのところ冷ややかで、チャメルのうちにいるのが好きになってきたようなのだ。夕方ガソリンスタンドから電話してきて、ビール買っていこうか、寄ってもいいかと言う。幸いあらかじめ電話するだけの礼儀はある。ボイラーを無料で取り付けてくれたし、いい友だちなんだが、俺は友人たちが腰を据える船着き場にはなれない。彼には、もう横になっているんでビールは今度店に飲みに行くことにしようと言っておいた。家というものが、ある人にとってはとても個人的なものだということを人々は理解すべきだ。(10/30夜)

2006/10/29 22:07

メール報告: 回復

 気分はもうよくなった。まだ弱々しいけれど。でももう多少は食べられる。明日はPが来て車の手続きをすることになっている。そしたらボイラーの件でLに電話する。今日ミネラル・ウォーターを買い、ようやく熱い紅茶が飲めた。明日はもっとタベモノも買おう。少し掃除をした。明日の朝も少しやって、Pとテーブルについて座れるようにする。(10/27晩)

 Pが来たが、お金は無しで、月曜日にくれることになっている。でも2、3時間後に電話してきて、車が燃料を食いすぎるという。そのかわり晩になってもうひとりのPが来た。俺のうちが断水だと知って、明日にでもどうにかしようとすぐに申し出てくれたのだ。さしあたり少なくとも水は出るようになった。Pがボイラーから水漏れしないようにしてくれたのだ。いまではお皿も洗えるし、トイレの水も流せるし、紅茶も飲める。この2人目のPはエステルカのRtの友だち。(10/28晩)

2006/10/29 22:06

電話報告: ボイラー破裂後の状況

 車のいろいろな手続きをしにPが土曜日に来ることになっている。最初、金曜日と言ってたが、チャメルはまだ体力がないので土曜日にした。テーブルの上に書類を拡げられるようにしなくては。

 吐くためにボイラーから漏れた汚い水で炭酸ナトリウムを飲んだ。ミネラル・ウォーターを買い忘れた。ヨーグルトは冷たくてつるつるしているので食べられる。冷蔵庫が動いていて良かった。

 ケータイ壊れた。修理に持って行かなくては。前にも同じように壊れた。

 Lは車が壊れて修理中なので、修理が終わったら電話すると言っていた。こっちはまだ車があったから、迎えに行くと申し出たのだが、工具類が自分の車に入っているから自分の車で行きたいと言った。ボイラーを買ったその日すぐに電話したのだが、そのときはまだ古いボイラーがかろうじて動いていた。3日間、新品がそのまま置いてあって、古いのがとうとう壊れた。いまは寝ているのもやっとで何もできないから、片づけは日曜以降。(10/26晩)

2006/10/29 22:06

メール報告: ボイラー破裂

 最悪ではないが、最高でもない。新品のボイラーは箱に入ったままだが、古い方が昨日破裂して、80リットルが部屋を水浸しにした。俺はただそれを見つめて泣いた。即座にメイン・バルブを閉めたが、なにしろ80リットルはあふれざるを得なかったので、どうにもならなかった。いまチャメルは断水で紅茶も飲めず、風呂にも入らずにいる。いつだれが助けてくれるのかわからない。この惨事にひとりでは対処することができないので、さしあたり酒を飲んでいる。濡れたカーペットはすでに悪臭を放ち、家全体が腐っていく。(10/22午前)

2006/10/21 14:41

メール報告: 写真

 Kさんの写真を受け取った。彼の友好的な顔と彼が手にした我々のハガキを見られてよかった。フェスティヴァルの楽しい時間の思い出がよみがえった。我々いっしょの旅、ありきたりでない人々との交流は多くのものを与えてくれた。

 父が残した写真についてHに訊かなくては。だって本当にたくさん撮っていたのだから、何かが残っているはずだ。活動の痕跡さえなくなるなんて、ありえないじゃないか?(10/18朝)

2006/10/21 14:41

メール報告: マレク・グレフータ

 朝4時にコンプ(パソコン)を入れたら…つながったー。(10/17早朝)

 今日、聖マリア教会で10時にマレク・グレフータの魂のための追悼ミサが営まれる。そのあとラコヴィツキ墓地で葬儀、もちろん功労者の並木道で。もちろん彼に蝋燭を点そう。この葬儀に参列したいのはやまやまだが、第一に車の買い手が来るかもしれないこと、第二に葬儀には多くの知人が来ているだろうし、その後どこかへ流れていきたくないので行かない。彼の魂の平安のために飲むのなら、うちの近くの方がいい。ラジオでは夜間の多くの時間、彼の歌を流していて、彼がもういないなんて信じられない。

 マレク・グレフータはいつだったかバシュトーヴァ通りの我が家に来たことがある。それはうちの父が彼の写真を撮ることになっていたからだった。その写真は彼の最初のレコードのジャケットに使われることになっていた。俺はそのとき14、15歳だった。その写真を父が撮ったのか、他の人が撮ったのか、いまとなってはわからない。その最初のレコードも手元にない。もし見ればわかると思うのだが。(10/17朝)

2006/10/21 14:40

電話報告: 取り引き所

 インターネットがつながらない。中古車取り引き所に行った。新聞に「車売ります」広告を出した。Lが日曜以降に来てボイラーを取り付けてくれる。Wに電話したが、にべもなく断られた。(10/16夜)

2006/10/14 19:16

メール報告:ワックスがけ、頭痛、映画

 泥よけはすでに取り付けた。ドアのくさびも。13時にワックスがけの予約をしてある。あと2時間半あるから、1時前にキシェチカを食べようかな。車をしばらく置いてくることになるから、そしたら「ザフチャンカ」[居酒屋]に行こう。

 昨日「日本製の」大きな包丁を研いだ。それで靴磨きセットを開けるとき指を切ってしまった。しょっちゅう車をほじくり返しているものだから、その大したことない切り傷が痛んでつらい。(10/13午前)

 頭が割れるように痛む。ワックスがけが終わるのを「ザフチャンカ」で待ちながらウオツカを4杯飲んだ。いまは頭痛のままうちでじっとしている。イブプロム[鎮痛剤]を飲んで寝たあと、冷蔵庫にあった8月のウオツカの残り(50ml)を飲んだ。

 ワックスと洗車をあわせて25ズウォティだった。ゴルフはまっさらの新車のように見える。製造年といくつかの細部が正体を示すだけだ。

 いまユリウシュ・マフルスキ監督の「Vinci」というポーランド映画を見ている。これは推理コメディで、もし例えばこれがアメリカ映画だったら見たいとは思わなかっただろう。だがこの映画については多くのよい評価を耳にしていて、4つ星が付いている。いまのところオモシロイ。(10/13晩)

2006/10/14 19:15

メール報告:ネズミ、ガレージ、屑鉄

 驚くべきことに、このところだんだん冷えてきているにもかかわらずネズミが現れない。去年は9月にはもうたくさん出てきた。すでにいるのかもしれないが、見えないし聞こえない。ひょっとすると暖冬を予感して急いでいないのかも。いずれにせよ予防措置としてネズミ捕りをしかける予定。

 夕食にHからもらった瓶詰めの焼いたパプリカでサンドイッチを作った。オイシカッタネ。

 明日もう一度Lに電話する。忘れているかもしれないので。Rに関しては思い違いはないが、日曜には彼が必要になるのでガレージの鍵はまだ返してもらわない。彼はあそこにまだ自分の工具を置いてあるのだ。

 今日、車に掃除機を掛けていたとき、屑鉄などを手押し車で集めている2人連れがガレージのそばを通った。何かそういったものはないかと訊かれたので、棚に並んでいた缶全部と、最初の修理で出たゴルフの屑鉄の残りをあげた。以前からそうしようと思っていたのだが、屑鉄集めの人が通りかかったとき俺は買い物に行く途中で、ガレージの鍵を持っていなかった。(10/12夜)

2006/10/14 19:15

電話報告:ボイラー、キシェチキ、煙草

 ボイラーを買いにいったら同じようなのが2つ並んでいて、片方は350ズウォティなのに、隣のは600いくらかで倍近い値段。店員になぜこんなに高いのかと訊いたら、パイプを通して水を熱するからだと言う。ガス瞬間湯沸かし器のように、電気でも瞬間的に沸くのだろうか? わからない。念のためLに電話しておいた。もし金具が合わなかったら直してくれるように話をつけておいた。

 Rは来ると言ったが来ていない。来られないときは電話するように言っておいたのに。Rに日曜の朝は予約入れてくれと言っておいた。昔ポーランド人は車を手に入れるのが大変で、配給券で買っていたので、取り引き所に車を出すとすぐに売れたが、いまは普通に輸入しているし、売るにはあまりいい時ではないな。

 キシェチキ[血と挽き割り入りのソーセージ]を買った。黒くて見かけは麻婆茄子に似ている。安い! 1kg5ズウォティ。Hからもらったきのこの酢漬けといっしょに食べる。これはJの親が漬けたもの。とてもおいしい。

 Dが俺のケータイを調べたら108ポイントたまっているというので、掛けるのはもっぱらケータイから。固定電話からひさしぶりに掛けようとしたらキーの音がしない。安物はダメだなあ。掛かってきた電話はちゃんと受けられる。

 ポプラルネより1箱80グロシュ〜1ズウォティ安い煙草を吸っている。ひと月でケータイ代分の30ズウォティ節約になる。メンスキェ[男の]という名前がオカマみたいで、キヨスクで言うときに嫌だが。味はほとんど同じ。だったら安い方がいい。

 昨日は朝食を食べる暇がなかった。郵便局のあとで食べようと思っていたら、修理工場から電話が掛かってきたのですぐに行った。でも渋滞で1時間くらいかかった。ガレリア・クラコフスカの横を通ったらすごい混雑。フィルハーモニーの方を通ればよかった。(10/12晩)

2006/10/14 19:14

メール報告:ホイール・キャップ、ボイラー

 車に掃除機を掛け、Hからもらった靴磨きセットの靴墨でプラスティック部品を磨いた。もう掃除機を片付け、ゴムマットを洗うために取り出そうとしたとき、取り替えたホイールのキャップが足りないことに気付いた。ただちに昨日行った修理工場に行ったのだが、そこの機械工が言うには、ホイールには最初からキャップがなかったそうだ。きっと最初の1月の事故後に行った修理工場に置き忘れてきたのだ。あそこはいいかげんな仕事をしやがったから、最後の150ズウォティを未払いにしているので行きたくない。またしても厄介事だ。

 今朝カストラマに行き、そこから新しいボイラーをやっとのことで運んできた。手伝ってくれる人もなしに、ひとりでこんな大きくて重い荷物を持つのは大変だった。うちの前で段ボールの持ち手が破れて箱が落ちた。中身は何ともなかったが、店内ではカートが使えたからまだましだった。

 これから最後に残ったクロキェト[クレープ包み揚げ]を食べる。明日はキシェチキ[血と挽き割り入りのソーセージ]、Hからもらった瓶詰めの野菜マリネを添えて食べる。ジャガイモも食べるかもしれない。それは皮むきとゆでる時間による。

 新しい電話機は役立たずだ。単3電池を替えたのに液晶画面が読めないし、キーの音がしない。(10/12昼)

2006/10/12 17:39

メール報告:ヤニナ・ガリツカ

 夜はヤニナ・ガリツカに関するドキュメンタリー番組がある。彼女はピョトル・スクシネツキの長年にわたる人生のパートナーだった。約束されていた学術キャリアを捨て、ピヴニツァとピョトルの面倒を見た。キャバレーの芸術監督としてアーティストにアイデアを出し、ピヴニツァのタレントたちを売りだした。彼女はピョトルの死後半年して亡くなった。あたかも彼のいない人生は彼女にとって価値がないかのように。俺は彼女とは知り合いではなかった。さまざまな仲間といっしょのピョトルに会ったことがあるから、きっと一度ならず彼女はそこにいただろうし、その人がヤニナだとは知らずに彼女と話したかもしれない。ピョトルは俺が彼女を知っていると思って紹介しなかったのだろう。クラクフでは紹介なしに人々と話をすることになっている。ここでは一応皆が知り合いのようだし、とりわけアーティスティックな世界ではそうなのだ。(10/10晩)

 ボイラーを見に行くつもりだったが、グリチャナ通りの機械工からリムの修理がおわったという電話があったので取りに行った。それから別の修理工場へ行き、そのアルミリムを車に取り付ける必要があったため、まるまる半日掛かった。今日は朝食も食べていない。車はもうすっかりきちんとして見える。あとその泥よけをつけて、トランクやその他の外側を磨いて、艶が出るようワックスがけに出してもいい。もちろん内部には掃除機を掛ける。

 今日はクロケチキにきのこの酢漬けを添えて食べるつもり。(10/11昼)

 ヤニナ・ガリツカに関するドキュメンタリーを見た。実際彼女を一度ならず見かけたことがあるとわかったが、個人的には知らなかった。多くの回想者が、とくにマリンスキ神父が述べていたことだが、彼女はピヴニツァのためにあれほど多くのことをしていたにもかかわらず、つねに陰に隠れていた。もともとそういう性格だったのだ。彼女の親友は、ヤニナはスープが好きだったと言い、俳優のヤン・ノヴィツキは、彼がピョトルのところに行くとヤニナが「いつもオリジナルの忌々しいスープ、なんだかねとねとしたクルプニク[挽き割り入りのスープ]を作ってくれたものだ…」と語った。俺はノヴィツキを知っていて、彼とシャイブスといっしょに飲んだことがあるが、俺と同様クルプニクが嫌いとは知らなかった。そのかわり我々とシャイブスはクルプニク、とはいっても40パーセントの方[蜂蜜入りウオツカ]が好きだった。(10/11晩)

2006/10/11 18:55

メール報告:フェタ、プレゼント、ボイラー

 マレク・グレフータの友人や彼の音楽ファンたちがメディア上で彼を回想している。

 Hたちがここに来たとき、俺とチンドン[以前飼っていた猫]の肖像画を見せたら気に入った。

 昨日、近所の店にフェタ[チーズの一種]があったので買った。ついでにパッケージの色の違いは何を意味するのかという謎を解明した。緑、青、赤があって値段は同じ、一見原材料も同じだが、店員が言うには脂肪分の量が違うのだそうだ。これは賢い表示方法ではない。だって例えば生クリームの脂肪分は大きな数字で何パーセントと書いてあるのに、フェタには裏側の小さな表にちっちゃな字で書いてあるだけなのだ。俺は脂肪分の多いのを買った。オイシカッタ。

 昼食はキャベツときのこ入りのクロケチキ[クレープ包み揚げ]。Hから瓶詰めの塩漬けキュウリ、酢漬けきのこ、揚げパプリカ、イチゴのコンポートをもらった。袋とアクリルチューブに入った胡桃も。もしこれを蒔いたらちょっとした森になるだろう。また靴磨きセットとデオドラントと絵の下地材料(でも厚紙ではない)ももらった。

 グレフータの親友のひとりは彼のことを、ルネサンス人だったと言っていた。大学の専攻は建築だったが、それ以外に絵も上手で、少なからぬ絵を残した。彼の音楽歴は1967年に彼が建築科の学生のとき、「若いタレント・コンクール」で2位になったことから始まった。そのとき優勝したのがマリラ・ロドヴィチ[ロック歌手]だった。(10/10午前)

 反ユダヤ主義者のBの郵便局に行ったら、ちょうど彼のところに取り替え用の新品のボイラーを運んできた。Hがあの水漏れにぞっとしていたのでなおさら俺は興味を持った。そのボイラーはカストラマ[D.I.Y.の店]にて350ズウォティで購入とのこと。80リットルだそうだが、俺にはもっと小さく60リットルに見えた。5年保証付き。Bが部屋に入れてくれたので、取り付け金具を見ることができた。たぶんうちのと同じ。これは新たに穴をあける(石膏板)問題を考えると重要だ。うちのボイラーの寸法を測ってみた(直径44cm)。もしあれがこれより太ければ壁際に収まらないので、同じ鉤では役立たない。でも明日カストラマに行ってボイラーを見て、サイズを測って、うちのより太かったとしても買おうかな。だって高くないし、穴と金具のことはあとで心配すればいい。浴室といえば、Hが日曜日に来たとき、うちの便座がセーターを着ていると笑ってたよ。(10/10晩)

2006/10/11 18:55

メール報告:北朝鮮の核実験、文字サイズ

 北朝鮮の核実験はここでも広く挑発として論じられている。日本がとくにそれを脅威と受け取ったのは明白だ。とりわけ北朝鮮のテレビの女性プレゼンターがいかにも尊大にそれを「国民の成果」と発表しているのを見聞きすると、俺もそう受け取る。彼らの爆弾なんか怖がるな。チャメルはインゲン豆をたらふく食って秘密ガス兵器とともにそちらに行こうかな。Pはこれに対して耐性があるが、キムはどうだかわからない。

 マレク・グレフータは10年間、ピヴニツァ・ポド・バラナーミ[クラクフの中央広場にあるナイトクラブ。キャバレーで有名]と共同で仕事をしていた。ピョトル・スクシネツキ[ピヴニツァ・ポド・バラナーミ設立者]は彼をポーランド最大のアーティストだと言った。(10/9晩)

 パソコンの文字を大きくした。昨日すでにやってみたのだが、結果が出るまでしぶとくやらなかったのだ。今日は最後までやり遂げた。Dがこういう設定にしたのは、彼らのパソコン画面が小さくて、この文字サイズがちょうどいいからではないかと思う。もう彼らに電話して、この問題に関する自分の不器用さを露呈して恥をかかずに済む。(10/9晩)

2006/10/10 14:46

メール報告:コンプ、象、グレフータ

 彼らは18:15に息子たちといっしょに来た。Dを連れてきてくれてよかった。Dは俺のWindows98を改良してWindows98SEにしてくれたのだ。Dがサウンドカードのアクティヴ化をネットからダウンロードしてインストールしてくれたので、ようやく音が出るようにもなった。

 お客さんたちはうちに1時間半以上いて、その間俺は場所がないので一度も腰を下ろさなかったが、気にすることはない。雰囲気は良かったし、プレゼントももらった。セルニクはとても彼らの口に合い、Hと男の子たちはおかわりをした。俺の夜食用に一切れ残してある。
 
 JとDはWORDをインストールしに1週間後に来るかもしれない。不必要にページと文字の大きさを小さくしてしまったとDに言わなくては。何の気なしにそうしたのかもしれないが、俺の視力ではつらい。年月が過ぎていくと次第に良くなるわけではないということを若者はまだ知らないのだ。(10/8夜)

 だれかが俺のコンプのどこかを直すたびに、他のところが悪くなるのには頭に来るぜ。いつだって何かが変わって、それが全然良くないのだ。いったいどうしてこんなちっちゃな文字を骨折って見なくちゃいけないのか?

 グリチャナ通りに行ってきた。行ってよかった。リムの修理にはまだ全然手をつけてないと言うのだ。まったく忘れてしまったかのように。急ぐんだ、1週間ごとに天気は悪くなるばかりだが、俺は取り引き所に行かなくちゃいけないんだから、と念を押しておいた。(10/9昼)

 クラクフ動物園の象の飼育場はもう空っぽではなくなる。10月末か11月はじめにヴァレンシアのテラ・ナトゥラ・パークからCittaとBabyという約30歳の2頭の雌象がやってくる。ビルマが死んだ7月以来、次の象を求める努力が続いていた。

 著名な音楽家・ヴォーカリストのマレク・グレフータが亡くなった。61歳だった。いったいどうしたんだ? まだ若かったのに。(10/9午後)

2006/10/10 14:45

メール報告:海難事故、デモ、映画、訪問

 いま日本沿岸の海難事故について報道している。ひとつは茨城沖の大きな船の惨事(どんな船かは知らない)、もうひとつは東京沖の日本の漁船沈没。

 ワルシャワのおもな3つのデモンストレーションとは、ギェルティフのLPR[ポーランド家族連盟]の「白バラ・デモ」、トゥスクのPO[市民プラットフォーム]の「青いデモ」、カチョルのPiS[法と正義]政府支持者の集会。暴動はなく、騒がしかったが平穏に終わった。(10/7晩)

 朝からいろいろ片付けをしていて思ったのだが、訪問は訪問として、こうした片付けがずっと前からこの家に必要だったのだ。

 昨日はRenee Zellweger出演の映画が2本放映された。Anthony Minghelli監督の「Cold Mountain」とSharon Maguire監督の「Bridget Joneユs Diary」。後者を録画した。こういう女の話にはあまり興味がないのだけれど。でも最近Renee Zellwegerが好きになった。彼女の演技と顔、興味深くてお人形さんぽくなくて、どちらかというと(我々の概念で言うと)ちょっとおサルさんぽい。(10/8午前)

 いま短い昼寝のあとでHたちを待っている(いつものごとく)。片付けリストは長くて、16項目もあった。例えばコンプをしまう、つまりキーボードとマウスをしまう。いまは緊急措置としてテーブルの反対側で書いている。彼らが来たらキーボードはテーブルの下に置くことになっていて、モニターは窓の方を向いている。提灯を点し、芳香剤のいまいましい甘いバラの香りの中で待っている。(10/8午後)

 いましがたJから何もかもひっくり返す電話があった。じつは息子たちと待ち合わせていて彼らも連れてきたいので、到着はようやく18:30になるというのだ。なんだってここに息子たちを連れてくるのか? あの子たちはもう自分の用事があって、ここじゃ退屈するだけだろうに。頭に来るぜ。昨日のはずだったのに、午後のはずだったのに、予定通りに来た試しがないんだからな。(10/8午後)

2006/10/08 17:20

メール報告:掃除、殺人事件、デモと集会

 いましがたHが電話してきて訪問は明日に延期するという。訪問は明日だが、俺は朝から掃除機を掛け、戸棚の鏡を磨き、浴室を拭き掃除した。線路の向こうの店であのおいしいチーズケーキも買った。ときたまだれかがうちに来るのはいいものだ。少なくとも俺を動員して、散らかした状態を少なくさせるから。戸棚の鏡はクリスマス前に磨こうと思っていた。部屋用スプレー式芳香剤も買ったが、あまりに幼稚なバラの匂いがする。でもHには煙草の煙よりもこの方がいいだろう。(10/7午前)

 英国で2人目の若いポーランド人女性が殺された(1人は23歳、もう1人も同じくらい)。1人目はグラスゴーで残酷な方法で殺され、2人目はロンドン。グラスゴー出身の60歳の容疑者がすでに捕まっているが、2人目については何もわからない。すべてはここ2、3日のこと。Pのことが心配だ。

 今日ワルシャワでは警察が厳戒態勢をとっている。カチョル政府の支持者と反対者によるデモと集会が12も開催されることになっているのだ。暴動になる可能性がある。(10/7昼)

 テレビにPO[市民プラットフォーム]の集会が映っている。健全なポーランドは選挙なしで! 健全なポーランドはカチョルなしで! と叫んでいる。すぐあとにLPR[ポーランド家族連盟]の集会が映り、ギェルティフが共産主義体制反対などの決まり文句を述べている。12:25に自然番組「サメの海岸」があるはずだったが、もちろんその番組はない(もちろん1チャンネル)。デモンストレーションは3チャンネルで放映中なのだが、1チャンネルは政治討論をやっている。クソッ、受信料は払わないぞ!!!(10/7昼)

2006/10/08 17:19

メール報告:泥よけ、誕生日、きのこ

 車のプラスティック製泥よけを手に入れたので、プロとして取り付けに来てくれるようRに電話した。もし彼が来なければ自分でやってみる。すぐに1人でやってみてもいいのだが、ネジ穴を4つ、ドリルであけなければいけないし、そういうネジがないといけないようなのだ。グリチャナ通りののろまどもがリムの修理を終えていたら、今度の日曜に取り引き所に行けたのに。(10/5午後)

 その泥よけは一応合うのだが、100パーセントぴったりというわけではない。その代金は支払ったが(30ズウォティ)、1週間以内にもっといいのを手に入れてくれるようSと話をつけた。もしいいのがなければ、いまのままにしておく。

 スープにトマトピューレを加えると、はっきりした味になると思う。13時以降実践してみよう。(10/6午前)

 月曜日に送った絵がこんなに早く届いてうれしい。もう次の絵について考えていて、下絵はできているが、このテーマを描きたいのがどうかわからない。(10/6午前)

 誕生日のいい雰囲気のあと、攻撃が始まった。銀行から電話が掛かってきた。(10/6昼)

 月曜に車売却の承諾を求める書類を書き、払い込みをする。いましがたHが誕生日祝いの電話を掛けてきて、明日うちに来ると予告した。何かお菓子とコーヒーを買っておこう。(10/6夕)

 [きのこのkania(カーニャ)が日本語ではカラカサタケということについて]
 パラソル-きのこ、日本語は論理的だ。実際kaniaはそんな風に見える。一方、kaniaとは猛禽類の一種でもある[トビ]。なぜこのきのこがこんな名なのか、まったくわからない。理由はないかもしれず、あるいは皮が剥けて毛羽だった傘がその鳥の茶色の羽に似ているからかもしれない。いずれにせよ、いま気付いたが、ポーランドのきのこは鳥の名前と同じことが多い。例えば、kurka、gaska、golabek、そしてkania。きっと地方地方でこうした「鳥の」きのこがもっとたくさんあるだろう。(10/6晩)

2006/10/06 19:06

メール報告:ポーランド料理

 愛知のEXPO2005では、籐でできたポーランド館が日本人に大変好評で、ピエロギとビゴスは日本人の口に合った。たぶんその出来事のあとで、だれかが日本で最初のポーランド・レストランを開こうと決心したのだ。名古屋に行ったら、ピョトル・キニツキ氏のそのレストランを見つけてくれ。店は成功したらしく、彼は日本国内の他の町にも支店を開くつもりだそうだ。[このレストランの名はポロネーズ。詳しくはこちらをどうぞ]
http://www.polonez.jp/japan/indexjap.php

 昼食に冷凍のベーコン入りインゲン豆スープを煮た。でもトマト・ピューレをちょっととルウとすいとんを足した。食えるかどうかこれから味見。(10/4昼)

 スープは成功、いまいちはっきりしない感じだが、それは冷凍のせいだ。明日はうちにある調味料を加えてみよう。何か買い足そうかな。いずれにせよまた数日分の飼い葉桶ができた。(10/4晩)

2006/10/06 19:06

メール報告:カントル、石炭、ニケ賞、勲章

 金曜日のガゼタ・ヴィボルチャ紙クラクフ版に、ヴィスワ河畔の旧発電所の[演劇人・美術家のタデウシュ・]カントル美術館プロジェクトに関する大きな記事があった。

 いましがた石炭を売りたいという男が来た。ここではもう石炭ストーブを使っている人はいないと思うが、この先で訊いてくれと言っておいた。(10/2午後)

 死にかけのマングシ[マンゴーの愛称]のそばに、この間カラスが落としたのを拾って家に持ち帰った胡桃を植えた。どうなるかな。(10/2晩)

 2、3日前、ロベルト・スティレル(知らん)の「Lemie, po co umarles? レムよ、なぜ死んだ?」というタイトルの本を知った。この本がどういった形で書かれているのかはわからない。というのもガゼタ・ヴィボルチャの記事の内容はおもに、この作家とドロタ・マスウォフスカのファンだという女性との間の論争に関するものだったからだ。ドロタ・マスウォフスカは著書「Paw krolowej 女王の孔雀」でニケ賞を受賞した。彼女は処女作「Wojna polsko-ruska pod flaga biaクo-czerwona 紅白の旗の下におけるポーランド・ロシア戦争」で有名になったが、まだ23歳の若さ。

 今年の聖イェジィ勲章の受勲者は(悪い竜たちを退治したとして)女優アンナ・ディムナとコワコフスキ教授だった。(10/3晩)

2006/10/06 00:22

メール報告:エステルカ閉店

 今日はエステルカのちょっとした無礼がもとで腹が立った。午前中Rに会って車の修理の進捗状況を報告したいと思い、エステルカに行ったら、ドアはぴったり閉ざされており、張り紙もなく、路肩にRtの車があるだけだった。うちからケータイでAに掛けたら、昨晩お別れ会をやって、エステルカは閉店したという。このひと月、Lは別の仕事に移るとは言っていたが、閉店についてはひとこともなかった。一昨日俺が店に行ったとき、Rtもその件にひとことも触れなかった。いつも彼らは俺のことを貴重なお客さんだと言っていたのに、ここにきてこんな侮辱をされるなんて。どうせ飲まないんだろう、などと言われるのはわかっているが、普通の情報は与えられてしかるべきだ。俺は最後に写真も撮りたかったし、お別れも言いたかったのだからなおさらだ。俺たちはあそこにちゃんと挨拶をしに行っていたのに。俺は彼らに対して感情を害した。(10/1昼)

 Lに電話して俺の考えを言ってやった。ボグダンが店に座って金を使っていたときは良かったが、ボグダンが酒を飲まないときは金を使わないから重要ではないんだな。結果的には、誠実な客でいる価値がないってことだ。だって、もし店に数グロシュでも「ツケ」があったら、きっと俺のことを忘れなかったろうから。

 俺はだんだんプワシュフが嫌になってくる。LとRtはここの出身ではないが。しかしここの生活の仕方は皆に伝染する。つまり、名誉を重んじる原則の欠如だ。ルィネクの仲間たちは貧乏だが名誉を重んじる。あそこの生活はそうした振る舞いを要求したから。俺は人間的なやり方で育てられ、基本原則をたたき込まれたから、無礼な人たちが理解できない。もしも家庭でしかるべき幼児期のしつけがされなかったのなら、あとでそれを習得することは可能だが、それには強い意志が必要だ。

 EメールでLを教えさとしてやろうと思っていたけど、もうやめた。(10/1晩)

2006/10/06 00:21

メール報告:里山、ロシア人、ルヴフ

 「サトヤマ」の後編がようやく放映された。この名は、山が平地に変わる場所を意味する。今回は1年の一部、秋と冬が紹介された。飯で覆われ塩漬けにされた魚の3か月後の様子を見た。そこに含まれる澱粉は、特別な発酵を引きおこすバクテリアの、この先3か月分の食べ物となる。半年後、タナカ・サンゴローさん(83歳)と妻は近所の人たちをフナズシの宴に招く。みずからの手で自然から獲得し、食べるまでにこれほど長い間準備をしてきたものはおいしい。また日本のアオヘビが魚を捕るところも見た。ポーランドのに似ているが、ただ頭の後ろに黄色い斑点がない。米の収穫と乾燥、葦の収穫と乾燥は気に入った。

 「Swiat 世界」では、ペテルスブルクで皇帝ニコライ2世の母の2度目の葬儀に感激するロシア人の群衆を紹介していた。彼女の残存物がデンマークから帰国したのだ。俺は嫌悪感を抱いた。ツァーリの母が大好きなこの人たちはプーチンも愛しているのだが、そのプーチンと同じような人たちがエカテリンブルクで、ニコライ2世をその家族や召使いともども殺すよう命じたのだ。我々ポーランド人は彼らより良くも悪くもないけれど、しかし、彼らの愚行と、コミュニズムへの救いがたい愛情と、自分たちの血縁者を殺したスターリンの肖像を掲げること等々は、俺には受け入れがたい。本当に変な国民だ。(9/30昼)

 今日、ルヴフ[リヴィウ]市は750周年記念日を迎えた。この町の特殊性やその歴史や住民を考慮すると、これはウクライナ・ポーランド共通の祝日だ。祝典にはポーランドとウクライナの両大統領が参加する。知っている通りをテレビで見られてうれしかった!(9/30昼)

2006/10/06 00:21

メール報告:クラクフ麻痺状態

 今日朝食後ようやく昨日付けのガゼタ・ヴィボルチャ紙クラクフ版を読む暇が取れた。そこには「ガレリア・クラコフスカ」のオーナーが予期しなかった破廉恥な決定が記されていた。ショッピング・センターのオープン期日の問題で、ガレリア・クラコフスカ側が市当局と合意に至らず、オープンが例えば土曜日ではなく平日になってしまった。さまざまなオープニング・セール(例えばテレビ260ズウォティ)に引き寄せられた人々が、クラクフじゅうとそれ以外からも車でガレリアに押し寄せた。こうして正午にはクラクフは完全に麻痺してしまった。そのうえモギルスキエ・ロータリーが通行止め。こんなことになったのは、ヴェステルプラッテ通りでスバルが路面電車に衝突したのと、16時頃カルメリツカ通りで爆発物騒ぎがあったため。群衆が線路の上を歩いていたので、MPK[市交通局]は路面電車の新路線30番(プランティの周りとパヴィア通りのガレリア)を動かすことさえできなかった。チャメルは穏当にも初日に出かけなくてよかった。

 それを読んだついでに、いま一度「ドゥジィ・フォルマト」を手に取ってみたら、ノヴァ・ルダに関するルポルタージュに添えられた小記事に、エッケルトや日本の国歌について、またそのメロディーを作曲したのが林広守であることが詳しく書かれていた。エッケルトがそのメロディーを編曲し、洋楽器用に発展させたことで、ようやく国歌ができあがり、1880年11月3日、睦仁天皇[明治天皇]の誕生日に初演された。最終的に歌詞とメロディは1888年に承認された。

 昼食用にイタリア・キャベツ[葉のちぢれた種類のキャベツ]を買った。カリフラワーみたいにゆでて、卵といっしょに食べるつもり。(9/30午前)

2006/10/06 00:20

メール報告:ジェロンキ、謎の追跡

 今日はジェロンキに車で行った。ポンプが今度はキオスクにあったから。そのポンプは機械工には少し気に入らなかったが、ちゃんとしたものだとわかった。機械工は取り付けに苦労して、ホースが破裂してしまったが、結局50ズウォティでやってくれた。ポンプ代は160ズウォティだったから、合計210。いまのところちゃんと動いている。帰る途中、グリチャナ通りに寄ったら、俺の苦労したリムの修理を引き受けてくれた。100ズウォティかかるという。できあがったら電話をくれるので取りに行く。ひどく頭が痛い。ジェロンキで大変気を揉み、次から次へと煙草を吸ったから。エステルカで飲んだ小ビールも効かなかった。一眠りしようかな。(9/29昼)

 イブプロム[鎮痛剤]を飲んで1時間半寝たら頭痛は治った。

 [招き猫は江戸生まれ。そのはっきりした由来は不明ということについて]
 その猫がどこから生まれたのかわからないのは残念だ。何か面白いことを発見できるかもしれないのに。俺は謎を追跡するのが好きだ。例えば、サルヴァトルの墓地でスタニスワフ・レムの墓が珍しい石でできていることに気付いたから、その後我々はルヴフの歩道や建物に使われているかの地の石を識別できたのだ。(9/29晩)

2006/10/06 00:19

電話報告:大豆カツレツ

 大豆カツレツの残りの4つ、衣をつけて焼いてあったのを温めなおし、ゴウォンプキのソースの残りをかけて、ジャガイモといっしょに食べたらおいしかった。(9/28晩)

2006/10/06 00:19

メール報告:がっかり、君が代、雷雨

 あいにくポンプはまたしても無かった。息子もいなくて、彼のお母さんがいただけだった。きっと俺をがっかりさせたのが恥ずかしかったので、仕事には母親が出てきて、ポンプを送ってくれるはずだった会社が期限を守らなかったのだと言った。俺はジェロンキに電話して明日のアポを取ることさえしなかった。キオスクの奥さんの確約にもかかわらず、結局そのポンプが来るのかどうかわからないからだ。果てしなく遅れに遅れるんで頭に来る。

 9月25日付けガゼタ・ヴィボルチャ紙の別冊付録「ドゥジィ・フォルマト」で読んだのだが、日本の国歌「君が代」は126年前にフランツ・エッケルトが作曲した[実際は編曲。作曲は林広守]。エッケルトはノイロデ、すなわち今日のノヴァ・ルダ出身。かの地の当局が彼の記念碑を建てることにしたのは、7月に東京から若い男が来て、市長女史のドアをノックし、ここには何かエッケルトにちなんだ記念碑がありますか、と尋ねたせいらしい。この作曲家は韓国の国歌も作ったが、韓国人は1915年以来、別の国歌に変えている。日本では今日まで1880年のその曲を演奏している。ヴロツワフ近郊に東芝が巨大な工場を建設する予定だが、近くのノヴァ・ルダに国歌の作者[編曲者]が住んでいたと日本人が知れば、きっとそこを訪れることだろう。もしもその町に作曲家の人生を証明するものが何もなかったら恥ずかしい。

 今日、ガレリア・クラコフスカがオープンした。これは中央・東ヨーロッパで最大のショッピング・センターだとラジオで言っていた。(9/28昼)

 予期していたことが起きた。昼食後はいい天気で、1時間ばかり昼寝をしようとしたら、雷雨で目が覚めた。やっぱり始まった。今後もこうだろう。普段はこんなこと気にしないし、夏の猛暑と子どものわめき声がなくなってほっとするくらいだが、取り引き所に行って車を売りたいいま、この天気は腹が立つ。とりわけ、これまでの晴天の日々が、だれかの怠慢や気が進まないといったことで無駄になったとなれば。(9/28午後)

2006/09/30 00:56

メール報告:不祥事、駅前、ポンプ

 またしても不祥事! PiS(これは「法と正義」って意味なのに!)は様々な方法で自衛党(レッペルの)の国会議員らを買収しようとした。なかんずく馬鹿女レナータ・ベゲルを。しかしながら彼女は、カチョル首相の右腕リピンスキとのそうした会話の1つを録音し、公表した。リピンスキは彼女にPiS政府における地位と手形返済処理を持ちかけた。レッペルは自分の党から離れたがっている代議士たちを額面55万ズウォティの手形で窮地に追い込んでいる。

 昨日からルビチ通りとパヴィア通り[クラクフ中央駅前の通り]が開通し、明日から駅前のガレリア・クラコフスカ[ショッピング・センター]がオープンする。そこには3000種類の眼鏡を扱うお店があって、問題のない視力検査が39ズウォティで受けられるという話だ。

 キオスクに行き、午後に息子が来ることを確認したので、昼食(ゴウォンプキ)後あそこまでポンプを取りに行かなければならない。9時にはまだ秋の霧だったが、結構心地よい。もう最初の枯れ葉が地面に落ちている。まだ緑の木の上ではホシムクドリが群れて、お別れにピーピー鳴いている。もう秋だなあ。それから雪とともに冬が来て、月並みに寒くなる。ヒヒ。(9/27午前)

 Rは4時に来ることになっていたが、16:35になっても来ないから、キオスクには1人で出かけた。ポンプはなかったが、明日朝には来るはずなので、約束の時間にジェロンキに行けるだろう。このポンプは機械工が言っていたのに比べると安い。粗悪品じゃなくて、ちゃんと動きますように。あと、アルミのリムを直してくれるというグリチャナ通りの工場を探してみようかな。

 マングシは死にかけているように見えるが、水やりをしたり暖めたり、根気強く世話している。大きい葉1枚は枯れ、てっぺんの新しい葉の群れは広がるのをやめて乾いた針葉になってしまった。

 夜、録画中だったいいドキュメント(P嬢のコカインの町)が中断された。PiS[法と正義]の不祥事に関連して、PO[市民プラットフォーム]が記者会見を開いたからだ。録画を見て俺は激怒した。なんだっていまいましいいかさま師どものために中断されて、番組の半分を盗られなくちゃいけないんだ? 俺には関係ない、俺は番組が見たいんだ、連中の汚れものの洗濯なんか夜中に見たくない。これからも受信料は払わないぞ。(9/27晩)

 メディアはずうっと混乱、政治的地震。検事や、法廷や、国会の解散や、早期の選挙公示を恐れている。これは、政治にその場限りの人々や人気者や刑事犯が参加していることによる、この国の名誉失墜だ。こう言ったのはチャメル。(9/27晩)

 頭に来た。公共1チャンネルで20:20にポーランド映画「Gdy sie odnajdziemy 私たちが再会するとき」があるはずだったが、もちろん映画じゃなくて、もちろんPiSの不祥事に関するおしゃべりだった。こんなに政治化したテレビはポーランドではここ数年なかったことだ。(9/27晩)

2006/09/30 00:55

メール報告:散歩、昼食

 買い物のあと、朝食前に白鳥を見に行った。彼らは遠くに、線路側の岸のそば、道の近くにいた。お母さんはヒナの周りを動き回り、お父さんは湖の中程を泳いでいた。俺がパンを投げ始めると、鴨やオオバンが泳いできて、カモメが飛んできたが、白鳥たちは動きもしなかった。「食べ物」の動きは見えたはずだが、きっとお腹がすいていなかったのだろう。ほかの鳥たちも結局あまり近くには寄ってこなかったので、秋は自然の食料で間に合っているようだ。そのかわりまた珍しいお客さんを見た。頭の赤い鴨で、遠くからその写真を撮った。このレンズではおそらく何にもならないが、シャシンは撮らねば。いま白鳥のヒナたちはいっしょにいるけれども、夏のように親鳥にぴったりくっついてはいない。成長が早いから、水が凍り始める前に飛べるに違いない。まもなく飛行練習が始まるだろう。遠くから数えたらヒナは5羽いた。バグリの向こう岸まで回っていくのは無意味だった。そのときちょうど対岸へ泳いでくるかもしれなかったから。そこで犬を連れたAに会ったよ。(9/26午前)

 今日の昼食は2、3日前の残りの大豆カツレツに衣をつけて焼いた。前よりおいしかった。6つ食べて、4つ残った。ほかに何か買うのを忘れたので、付け合わせは冷蔵庫にあった野菜サラダ。それにパン。

 歯医者に行きたいが、いまは別の諸問題を考えなくては。まだ銀行に行ってないし、車の修理はできてないし、だんだん水漏れがひどくなるボイラーにはぞっとする。明日ポンプが来たら木曜にジェロンキに行く。(9/26夜)

2006/09/28 19:21

メール報告:ブログ、悪天候、筆、招き猫

 しばらく前からブログを始めようかと考えている。今日はMの嘆きに鑑み、ブログ設定ページに入ったが、最後の瞬間に怖じ気づいてしまった。だって、おそらく毎日書かなくてはいけないんだろう、俺は強制はいやなんだ。日本で日記を書くのさえ、内心の規律のせいでいらいらすることがあった。

 南西ヨーロッパは悪天候だ。フランスでは豪雨、シチリアはポーランドよりも寒い(24度、ポーランドは27度)。それでいいのだ。だっていつもあそこは俺らよりも暖かくていい天気で、冬なんて知らないんだから。ポーランドも2、3日後には天気が悪くなる。ただ洪水になりませんよう。それに取り引きのときには降りませんように。インターネットで車を売るのは詐欺が多いからやめた方がいいとRは言っている。(9/24夜)

 あの細い筆に喜んだのに、思っていたようには描けない。あの悪魔[の絵]はタイヘン、タイヘン シゴト デス。鼻血みたいな進み具合[長いこと苦労しながら]で、あまり成功はしないだろう。いつ描き終わるかわからない。直し等々。

 マングシはおそらくそろそろ死にかけている。出てきた新しい葉が伸びない。これはとてもつらい。

 バンコクの店のショーウィンドウには日本のと似た猫が置いてある。ただもっとカラフルで、機械式の前足を振っている。これはたぶんアジア一帯の伝統なのでは?(9/25午前)

 日本から何千キロも離れたアジアで同じ猫が見られるんだから、これはアジア共通なのではないか? 同じ顔なんだよ! ヨーロッパにはこういう猫はない。東洋からの面白い物としてはあるかもしれないが。中国でもこういう猫を見つけることができるだろう。多くの習慣があそこからアジアの他地域に広まったのだから。(9/25晩)

2006/09/28 19:21

メール報告:チャット、小春日和、蝶々夫人

 Mが送ってきた写真を見ていたとき、ちょうどMが電話してきてチャットで書くことを勧めた。リアルタイムで直接書きあったり、様々なおかしなマークを送りあったりした。(9/23夜)

 いつもどおり7:30に目が覚めたが、日曜だからと思って、夕食の残りのサンドイッチを食べて、「ちょっと」のつもりで横になった。次に目が覚めたら10:30だった。それで白鳥を見には行かなかった。入浴、朝食などで正午になってしまったから。

 Mは昨日、俺の日記がポーランド語で読めないと嘆いていた。日本人にとって面白いからPが訳しているんだ、と書いてやった。返事に泣き顔マークを送ってきたよ、ヒヒ。

 今日は秋の2日目、小春日和、晴天で暖かい。朝は薄暗くて霧が出ていたけど。中古車取り引きにはいい時期だが、車の問題が果てしなく長引いていて、また気持ちが落ち込む。できることはしているが、ひっきりなしに障害があって、貴重な時間がつぶされる。

 夜、面白い映画「M.バタフライ」を見た。これは日本娘とアメリカの船乗りの話ではなく、フランス人外交官の中国人オペラ歌手に対する愛に関する話。そのオペラ歌手が実は女装倒錯者でスパイなのだ。舞台は60年代、つまり毛沢東時代だ。俺が心穏やかならざるのは、何年間もこのフランス人の間抜けは男とヤッていながら、それを知らなかったことだ。彼はそのことをフランスの法廷で知り、裁判の結果、恋人とともにスパイ行為を働いたとされる。この映画は事実に基づいているが、それについて以前に聞いたことはなかった。きっと当時そういう情報は我が国では報道されなかったのだろう。(1993年製作アメリカ映画、監督デイヴィッド・クローネンバーグ、主演ジェレミー・アイアンズ、ジョン・ローン、バーバラ・スコヴァ)(9/24午後)

2006/09/24 23:27

メール報告:アヒル、白鳥、タリバン

 買い物のあと洗車して、Rに電話し、いっしょにキオスクに行ってポンプを見てくれるよう頼んだ。240ズウォティ支払うのなら、自分が何を買うのかちゃんと見なくては。(9/23昼)

 Rは約束の時間に来られなかったので、1人でポンプを取りに行った。でもまだそれはなくて、注文する必要があり、水曜日に来る。でもそのかわり160ズウォティになる。

 カチンスキ(どちらかわからない)が公園でアヒル[ポーランド語でカチョル=カチンスキのあだ名]に餌をやり、他の人々にもアヒルに餌をやるよう勧め、子どもたちにPiSのロゴが入ったアヒルのぬいぐるみを配った。コメンテーターが言うには、プレゼントをもらったのは彼に近しい協力者の子どもたち。レッペルは今日こう言った。「カチンスキ兄弟がやらかしていることに比べたら、私はお人形さん[めかし屋]だよ」

 ちょっと水辺に行って白鳥の家族を遠くから見た。ヒナが何羽いるのかわからないが、もう親鳥よりほんの少し小さいだけだ。明日パンを持っていってやって、何羽いるのか数えようかな。

 兵士1000人をアフガニスタンへ派遣する決定に関連して、タリバンはポーランドとポーランド人を攻撃する可能性があると警告している。チェコではすでに騒ぎになっている。諜報機関から襲撃の可能性に関する情報を受けたからだ。

 ハンガリーはなおも沸き立っている。ブダペシュトに全国から人々が集結し、国会議事堂前で野営している。テレビでは、危険な状況になりうるとコメントしている。(9/23晩)

2006/09/24 23:26

メール報告:ポンプ、カチョルとレッペル

 9時前に路面電車で出かけ、13時前に車で帰ってきた。窓ガラスは修理済みだがポンプはまだ。ゴルフはガスだけで走るので、ポンプ無しで来た。あの修理工場のそばの工場でポンプを取り外してもらい、いつも行くキオスクの息子に見せるために持って帰ってきた。今朝その息子がそういうポンプを240ズウォティで売りたいと言っていたのだ。新品は400ズウォティするらしい。息子はすでにいなかったので、ポンプは父親に置いてきた。もし彼の持っているのが同じのなら、明日午後それを買って、月曜日にジェロンキに持っていく。プロンドニツカ通りにも行ったが、そこではアルミのリムの修理はやっていない。それをやっている会社のアドレスをくれた。それはジェロンキの近くだった。(9/22昼)

 カチョル首相は少なくとも1つ俺の気に入ることをした。政府からレッペルを、彼の表現によれば「いがみあう」ので、追い出したのだ。いま国内は混乱状態だが、いい方向に向かうかもしれない。選挙が早まるかも。このテーマのオネット・アンケートで俺は「早めの選挙に関して意見はない」に投票した。レッペルの自衛党からいまのところ4人の重要な国会議員がPiS[法と正義]へ逃げた。(9/22晩)

 追い出されたことに対するレッペルの答え:「無礼だ、無礼だ、無礼きわまりない。あのリヴィン事件だって、いまPiSがやっていることに比べたら些細なものだ」(9/22晩)

2006/09/24 23:26

メール報告:日本と韓国

 夜(1時間前)、「Michal Palin太平洋をめぐる」というドキュメンタリー・シリーズの2回目を見た。1回目はカムチャトカとヴラジヴォストクだったが、今回は日本と韓国だった。佐渡島(この島がどこにあるか知っている)の鼓童の太鼓の学校を紹介していた。マイケル・ペイリンはリョカンに泊まる。もちろんタタミに靴のまま上がり、すぐ注意される。俺はこの馬鹿に腹が立った。こういう旅の前には習慣に関する知識を準備する暇があったのだから。とはいえ彼自身ついうっかりしたことをわかってほしいと言っていた。次の滞在地は東京で、俺も知っている浅草と、たぶん銀座、1.5キロメートルの道路が自動車通行止めと言っていたから。浅草で彼はガイドのマユミといっしょにラジオの競馬で120000円勝った。リョカンでママさんは彼にドジョ・ナベ(ポーランド語の名はsliz)という料理を出した。その魚(生きてる)にまずサケをかけて、それから煮て、まるごと食べる。長崎へ行く途中のブツジという寺も見た。そこでは僧たちが仏教の禅を実践している。彼も瞑想し、僧から棒で肩に一発くらった。静寂と不動を居眠りに利用しないように。最後に長崎を紹介した。そこには広島のように、原爆で破壊されたキリスト教の聖堂が記念に残されている。彼らは船で韓国の釜山に渡った。そこは右側通行であることに気付いた。韓国人、とりわけ年輩の人たちは日本が好きではない、というコメントを聞いた。同時に彼らは絶えず日本の方を見ている。なぜなら経済と技術の面で日本に追いつきたいからだ。人々は日本人に似ているが、建物はより中国風だ。

2006/09/24 23:25

電話報告:修理、マンゴー

 ジェロンキに電話したら、窓は直したが、ポンプはやってないという。明日行くので、どこかやってくれるところはないか聞いてみる。

 マンゴーは植え替えるときにおさえたら意外に弱くて折れてしまったが、そのまま植え替えた。まだしおれてはいない。(9/21晩)

2006/09/23 23:06

メール報告:植え替え

 今日、店には普通の植木鉢がなかったので、またお椀型のを買った。植え替えるとき、マングシ[マンゴーの愛称]の種から生えているミニ樹木が折れてしまった。その全部をいっしょに土に植えたが生き続けるかどうかはわからない。竹ちゃんはうまくいった。マンゴーちゃんがかわいそう、あああ! 精神的に苦痛。(9/21昼)

2006/09/23 23:05

メール報告:ブダペシュト暴動、タイ

 夜中ブダペシュトでは暴動になった。約1万人が路上に出て、国会議事堂とテレビ局を攻撃した。テレビから自分たちの正当性を公表したかったのだ。この原因は、党員との会見の際の首相の発言が録音されたテープだった。その中で首相は、この2年間、社会を欺いてきたと言っていたのだ。こうした社会運動はハンガリーではこの50年間、すなわち1956年の蜂起以来、絶えてなかった。現在約200人がけが、日中はさらに警察との衝突があった。政府は、この暴動はネオナチの一味によるもの、などと発表したが、年輩の人たちもテレビに映っていて、「私がネオナチに見えますか? 私がここに来たのは、首相とこの政府に辞めてほしいから。こんな共産主義時代のような人たちに我々を統治してほしくないから」と言っていた。(9/19晩)

 インターネットでタイのクーデターに関するニュースを見た。さいわい流血はなく、滞在中の何万人もの観光客はそれに気付きもしなかった。(9/19夜)

 今日は父の7回忌。墓参りに行くはずだったが今日は雨降りだった。いまはもうやんだが、朝はよくなるように見えなかったので出かけなかった。そのうえ115のバスがない。

 大豆カツレツはあまりうまくできなかったので、今日は冷凍きのこスープを作った。おいしかった。あと2、3日は保つ。カツレツの残りはつらい時期のためにとっておく。店にあるうちに、オレンジ・ナッツのチョコジェミをひと瓶買った。マンゴー・ヨーグルトは全然ない。(9/20午後)

 ブダペシュトでは警察との戦いと抗議が続いているが、いまでは本当に泥棒やフーリガンの一味が加わっている。国会議事堂の前にはテントが少し、警察官が多数立っている。昨日勾留された仲間を取り戻そうとして仲間が増えるのではないかと危惧する。かなりの車が焼かれ、店が打ち壊された。(9/20深夜)

2006/09/23 23:05

メール報告:映画、市交通局、大豆カツレツ

 第31回ポーランド劇映画フェスティバルの大賞受賞作は、クシシュトフ・クラウゼとその妻、ヨアンナ・コスが監督した「Plac Zbawiciala 救世主広場」。本命候補はマレク・コテルスキ監督の「Wszyscy jestesmy Chrystusami 我々は皆キリスト」だったが、これは準大賞らしい、よくわからないが。

 日本の歴史映画、2000年製作、石井聰互監督の「Gojoe (五条)」を明日のためにいま録画している。「ガゼタ・テレビズィイナ [ガゼタ・ヴィボルチャ付録のテレビ番組表]」によるとこれは12世紀の日本の伝説を翻案したもの。この頃、貴族政権の黄昏が起こり、血なまぐさい戦争の時代が始まった。この映画では歴史的風物や衣装などに大変配慮している。それが見たい。(9/18夜)

 国税署から戻ってきて、コンプ[パソコン]の前に座り、最初に185番のバスについて見つけようとし、それからメールで市交通局を叱りつけてやろうとした。だがwww.mpk.krakow.plのページにはその路線のことは何も載っていないし、メールアドレスもない。行きは路面電車の9番に乗っていった(8つめの停留所、間違えて9つめ)。あとから115番がなくなったバスの停留所で調べてみると185番が走っていた。眼鏡を持っていなかったので時刻表は見なかったが、インターネットで見つかるだろうと思ったのだ。全然うそっぱち。

 カレーは昨日食べ終わり、今日は大豆カツレツを買った。焼く前に、塩とピメント、胡椒、ローレルの葉、醤油を入れた湯でゆでる。(9/19午前)

 Gojoeというのは橋の名、そこには鬼たちがはびこり、橋の番をしていて、だれも通さない。その橋は平氏が統治している京都の近くにある。平氏の敵は源氏。やがてそれは地獄の鬼たちではなく、源氏の3人であることが明らかになる。彼らと戦うことができるのは、僧のベナントカ(忘れたのでいま見てみる)だけだ。中世、12-13世紀のお話。平氏の将軍は、鎌倉へ遠足したときに見た僧の衣装を着ている。えーと、その僧の名はムサシ・ベンケイという。(9/19晩)

2006/09/22 01:09

メール報告:マンゴー、廃止路線バス

 またもや近所の店のやり方にうんざりしている。マンゴー・ヨーグルトは一度入荷したきりで、その後はすっかり姿を消した。また食べたいので、いつもあるかどうか見ているが全然ない。

 日中、マングシ[マンゴーの愛称]は庭に、夜間は電気スタンドの下に置いて、光と多少の暖かさを与えている。ウィキペディアで知ったが、これはとても大きくなる木だけれども、寒さには弱い。うちのマンゴーが芽を出したのは、気候は日本ほど良くないものの、猛暑の時期を利用して、しかるべきところに置いておいたから。冬はストーブで温めよう。2、3日したら新しいお椀型の植木鉢に植え替える。

 今日、国税署に行くことになっていたのを忘れた。朝7:30に思い出したのだが、寝る前に予定していなかったので行かなかったのだ。115番のバスが廃止になったから、きっとあそこまでたどり着くのは容易ではないだろう。あの申し分のないバスが、いったいだれの気に入らなかったのか? いつだって不運なプワシュフは損をする。そういうことに決まっているのだ。クラクフ市当局はプワシュフなんてどうでもいいと思っているから。明日の朝、路面電車の9番で行くとしよう。(9/18午前)

2006/09/22 01:09

メール報告:ソ連の裏切り攻撃から67周年

 ヨーロッパ[?]陸上競技選手権を片目で見ている。ちょうど日本人のダイチ・サワノがジャンプに失敗したところ。ようやく解説者が正しく「サワノ」と発音しているのを聞く。(9/17晩)

 9月17日は、「スラヴの兄弟」の裏切り攻撃から67周年の記念日だった。ポーランドがドイツの襲撃に抵抗しているそのときに、ソ連邦がポーランドを攻撃したのだ。背後からの一撃は、カティンの虐殺[ソ連邦によるポーランド人将校の大量虐殺事件]に実を結んだ。ロシアとロシア人に対する俺の嫌悪感ももっともだと思うだろう。ズビシ・シャイブス[ボグダンとシバタの友人]も同じ嫌悪感を持っていた。

 この記念日に関連して1チャンネルでは、ロベルト・グリンスキ監督の映画「Wszystko co najwazniejsze いちばん大事なすべて」を放映した。これはポーランド・ユダヤ系のヴァット一家の運命を描いたもの(ノンフィクション)。彼[詩人、作家のアレクサンデル・ヴァット]はソヴィエトの監獄へ、彼女[パウリーナ・ヴァトーヴァ、この映画の原作「Wszystko co najwazniejsze いちばん大事なすべて」の著者]は息子とともにカザフスタンへ送られる。こういうものを見るとロシア人に対する嫌悪が強まる。この息子、現在のアンジェイ・ヴァットは、在住しているパリからポーランドに手紙を書いた。パリには彼の両親が葬られている。(9/17深夜)

2006/09/22 01:08

メール報告:映画、役所、ボイラー、胡桃

 夜中にピョトル・ヴェレシニャク監督の「Stacja 駅」というかなり良い映画を見た。サスペンス・ストーリーだが、心理的な下地があり、考えさせられる。主役の3人のうち2人はズビグニエフ・ザマホフスキとボグスワフ・リンダだったが、ガゼタ・ヴィボルチャ紙のテレビ番組表によると彼らは出演していない。脇役の俳優の名前しか載っていない。まったく連中をびしっと叱りつけてやる人はないものか。

 ワルシャワの難民問題を扱う役所も同じことだ。ここではもっぱら外国人の面倒を見ているというのに、職員のだれ1人として英語も他の外国語もひとことも話せないし理解もできない。報道番組「ウヴァガ」では、複数のジャーナリストがドイツ人のふりをして、そこで何であれ手続きを行おうとしたが無駄だった。馬鹿な女がポーランド語で「3階、40番の部屋」と言い、天井を指さす。そうやってこれらの職場にタダ飯食いと無知蒙昧の輩をとどめておく一方で、外国語の知識のある多くの大学卒が望みなく職探しをしているのだ。いったいだれの知人、いとこ、義兄弟、愛人が、しつこくそこにしがみついているのか。EUに加盟したらこうしたことはラディカルに変わると確信していたのだが、何にも変わらない。残念ながら変わらないのだ。ただ役所の女どもが、職場であつかましくも爪を磨いたりマニキュアをしたりするのをやめ、クッキーとお茶を適切な時間に飲み食いするようになったにすぎない。

 ちょっとエステルカに行って、Aにお母さんのためのトゲちゃんの挿し木を持っていってあげた。Lのボイラーはたった40リットルだから小さすぎる。Rtはそれを聞いて、自分の80リットルのをどうかと申し出たが、何年使っているのかと訊いてみたら、この件は無しになった。だって半年使ったらダメになるようなのを安く買っても意味ないからね。新品を保証書付きで買わなくては。安物買いは厳禁。

 途中、カラスが木の上にとまって胡桃を落とし、地面に舞い降りてそれを嘴で拾い、飛び去るのを見た。落とした2つを一度に拾うことはできず、1つは俺のために残していった。記念にこれを植えようかな。でも家の中でも庭でもなく、どこかいい土のある道端に植えて、必要なときには世話ができるようにその場所を覚えておくのだ。(9/17午前)

2006/09/22 01:07

メール報告:騒音、公共テレビ局の不遜

 昨日の晩またもや数時間、騒音をお見舞いされた。まるで巨大な機械式アブラゼミのような、隣のグラインダーの音。もちろんドアは開けたまま。今日はあの馬鹿な犬が朝から動くものなら何にでも吠えている。いい天気の土曜日だからしょっちゅう何かが動くのだ。昨日のグラインダーのあと、やっぱり騒がしく手作業で直しをやっている。

 12:25に1チャンネルで待ちかねていた「サトヤマ」の後編があるはずだったが、もちろん「サトヤマ」はなくて、何だか戦前の槍騎兵に関するおしゃべりがあっただけだった。相変わらず番組変更の予告もなければ、お詫びも何もない。ただしょっちゅう愚痴をこぼし、受信料支払いを要求するばかりだ。何に対してだ? 永続的な不遜に対してか? 2、3年前とは逆に、いまではさまざまな民放局―ポルサット、TVN、プルスなどが公共テレビ局よりきちんと時間通りに放映するようになり、「すてきな」番狂わせはしなくなった。公共テレビは公衆トイレのようなものだ。だれもが好きにクソをする。チェコでは受信料を払ってもらうために、公共テレビが広告をなくすと約束した。どうぞ、同じようにしてくれ、そしたら喜んでお支払いしましょう。さらに番組に関して誠実さと時間厳守をお願いする。一度ならずマスコミで、テレビのさまざまな欠陥・不備の問題が取り上げられたことがあるが、俺を怒らせるこの問題はあたかもタブーであるかのようだ。だれひとり一度たりとも遅延や高慢についてはひとことも口にしない。(9/16昼)

 パウンドケーキがなかったので代わりに買ったドライフルーツケーキで自分を慰めている。同じようだが、こっちのほうがおいしい。少し甘すぎるかもしれないが、一度にたくさんでなく、少しずつ食べることを考えるとこれでいい。(9/16晩)

2006/09/20 01:00

メール報告:電話、モップ、日本のお菓子

 買い物から帰宅し、浴室と台所にモップがけをしてから、ジェロンキに電話した。車はできてなかった。木曜日にまた電話する。

 今年最後の暖かく晴れた日々、マングシ[マンゴーの愛称]は庭で暖まっているが、朝9時には10度しかない。だから外に出すのは10時以降。

 モップの先は申し分ないが、水絞り器のついたバケツには大きすぎる。いまのところ、効果的に汚れを拭き取るのでよろしい。

 昨日、コバヤシ・リンコさんの最後の発言にびっくりした。日本の何が恋しいかと訊かれ、彼女は日本のお菓子と答えた。日本のお菓子はおいしくて10000種類もあるが、ここでは選択の余地が少ないという。この発言はどこかおかしいと思う。(9/16午前)

2006/09/20 00:59

メール報告:リンコさん

 「私は一旗揚げるためにポーランドにやって来た」というテーマの「Rozmowa w toku 会話進行中」を片目で見ているところ。いろいろなガイジンたちのほか、いま日本人ピアニスト、コバヤシ・リンコが出演している。彼女ははじめに、日本風に挨拶すること、つまり手を差し出さないことを理解してほしいとお願いした。彼女は小さな繊細な手をしている。これが彼女の商売道具なのだが、ポーランドではほとんどだれもが彼女の手を強く握りしめる。ポーランド語は上手だ。彼女は日本では結婚したくなかった。そうするのは音楽と別れるのに等しかっただろうから。ここへはショパン・コンクールのためにやって来て、すぐに将来の夫となるポーランド人男性と知り合った。そしてポーランドに残った。ポーランドの男性の女性に対する振る舞いが気に入っている。ここには1985年から住んでいる。かつて旧市街の店で彼女の名の日(?)の祝いをしたとき、夫といっしょに酒を飲んだ。彼女の方がたくさん飲んだくらいだった。2人で車で帰る途中、警察は夫を捕まえ、彼女のことは調べずにそのまま車で行けと命じた。彼女は素直なのでそのまま運転していった。パラノイア。彼女はポーランドを愛している。日本では「コネで」は何ひとつ片付けることができないが、ここでは可能だから。でも賄賂は渡さない。(9/15晩)

2006/09/20 00:59

メール報告:サッカーゲーム、土、ヴィザ

 Lは鼻風邪を引いていて気分が優れないが、俺とサッカーゲームをして10:2で勝つのに障害にはならなかった。Rtがたぶん昨日このゲーム機を運んできた。10球がゲーム用にセットされていたので俺たちはまだ無料で遊ぶことができた。次回からは2ズウォティかかる。

 Aがついに土[園芸用]を買って運んできてくれたので、彼のお母さんのためにトゲちゃん[サボテンの名]の挿し木を作ってあげることができる。

 明日、車のことでジェロンキに電話することになっている。修理代が高いとか、部品が手に入らないとか、悪い知らせでなければよいが。新品のポンプは400ズウォティするらしい。

 Lは中古のボイラーを売りたいという。でも小さい。50リットル。

 ウクライナのヴィザに関しては様々な可能性がある。ウクライナにとってヨーロッパとの関係が今後あまり重要でなくなるのであれば、プーチンを満足させるためにヤヌコーヴィチはポーランド人に対してヴィザを再導入するかもしれない。すでに進歩的なウクライナ人たちは、彼がユシチェンコとの連立政権で首相に就任する前に示した公約を守らなかったと非難している。東ウクライナは、我々がルヴフで知ったそれとは別物なのだ。(9/15午後)

2006/09/17 15:30

メール報告:ウクライナ

 ウクライナはそろそろ我々から離れていっている。ヤヌコーヴィチが政府に入り込んだいま、ウクライナはNATOへの加盟を目指さないと発表したのだ。これは親ロシア政策への回帰と、ヨーロッパから(したがってポーランドから)遠ざかることを意味する。もちろんEU加盟の承認などもう念頭にないのだろう。西ウクライナはヨーロッパに近づいたかもしれないが、キエフを含むそれ以外のウクライナは、その親ロシア性とソビエト主義とともに、どこか我々には合わないことははっきりしていると俺は思っていた。ユシチェンコが彼らと連立を組まねばならなくなったいま、この真実が明らかになった。このままいけば彼らはロシアにクリミア半島を返還するだろう。共産主義者たちの保養地として名高いこの半島が現在ウクライナに属していることがロシアには我慢ならないのだ。(9/14晩)

2006/09/17 15:30

電話報告:着メロ、レム、冷戦

 めったに電話が掛かってこないので、着メロ[「禁じられた遊び」]を聞きたいときは自分のケータイから掛ける。

 テレビで「レムによる宇宙」という番組があったので、録画しようと思っていたが、寝過ごしてしまい録画できなかった。評論家など識者がレムの作品について語る番組。

 ドキュメント「冷戦」を見た。原爆投下直後の広島で、小さな弟を背負っている女の子の映像を見るたびに、この子はいま生きているだろうかと思う。

 チョコジェミの新製品を買った。オレンジとナッツとチョコのミックス。とてもおいしい。このシリーズはジャムとして買っているが、お菓子のようにおいしい。マンゴーのヨーグルトはこのあいだまであったのに、なくなってしまった。ひどい店だ!!

 クリスティナ・チュブブナ[自然番組のナレーター]はチャメルより1歳若い。「Rozmowa w toku 会話進行中」の再放送に出ていた。(9/14晩)

2006/09/15 00:31

メール報告:カレー、火山

 ファソルカの残りは捨てよう。実際クサクナイけれども、胃をこわしたくないから。カレーの材料(ジャガイモとカレー粉)を買ったので、簡単バージョンを作ろうと思う。つまり牛乳は加えず、ジャガイモをあらかじめ炒めない。

 店のそばでRに会ったので、車はジェロンキにあると言っておいた。あと、いつか日曜日に車の取引所へいっしょに行ってほしいと伝えた。いま天気はいいが、きっと取引所に行く日は違うだろうなとRに言ったら、そう悪くならないかもと励ましてくれたが、俺はもう自分がツイてないってことはわかってる。

 オイシイ アサゴハンを食べた。玉ネギ入りスクランブル・エッグ。大きいモップの先を試すつもり。(9/14午前)

 すばやくカレーを作った。前みたいな黄緑色というよりは黄土色[前は牛乳を入れた]。玉ネギのルウをベースに作った。まずマーガリンで玉ネギを炒めて、そこに小麦粉を振り入れたのだ。これがいい結果になった。とりわけニンニクを加えたのがよかった。カレーハ オイシカッタ デス ネ!

 昨日の夜、火山に関するドキュメントを見た。とくに九州の2つの火山、雲仙と桜島を紹介していた。そこには島原という町があり、1991年に火山の噴火によって破壊された場所がある。2年後にそれがくり返された。その噴火の映像は1991年に見たことがある。いまそこの墓地には墓の上に火山灰を防ぐ特別な屋根がある。子どもたちは通学時にヘルメットをかぶっている。(9/14午後)

2006/09/15 00:30

メール報告:寝坊、マンゴー、ファソルカ

 次の数日分はカレーを作ろうかと思った。ファソルカは金曜日まで十分だ。

 規則正しく7:30頃目が覚めたが、もう少し寝ていたかった。その結果、次に目が覚めたのは10時頃だった。それで予定していたヴィエリツカ通りの園芸店にも国税局にも行かなかった。そのかわり近所の店でマングシ[マンゴーの愛称]のための幅の広い植木鉢を買った。もちろん土は置いてない。土はAが買ってきてくれることになっている。Aにはトゲちゃんの挿し木をあげると約束した。

 ここはいい天気で暑さはなく、ちょうどいい。でも車を売る準備ができた頃には、きっと天気が悪くなって、取り引き日和ではなくなるだろう。チャメルはもうこういう運命なんだ。いまのところマングシは秋の太陽を浴びて暖まっている。

 訂正をしなくては。いまファソルカを味見した。温め直したら変な泡が出てきた。おそらく金曜日までは保たない。すぐにトイレに流そう[ポーランドでは腐った煮物汁物は、台所の流しではなく、水洗トイレに流す習慣]。(9/13昼)

2006/09/13 20:23

メール報告:決意と活動、半ドキュメント

 朝、ジェロンキ[クラクフ郊外の町]の修理工場に電話し、オーナーと話をつけ、朝食後、とっちらかされたままの部品と壊れたアルミのリムを積んで、大した渋滞も問題もなくジェロンキまで行った。そのかわり帰りは面倒なしでは済まなかった。プロンドニツカ通りで30分待った末、やってきた115番のバスはうちのそばまでではなく、かなり離れたヘルリング・グルジンスキ通りのクラクフ高等学校までしか行かないことが判明。それで停留所1つぶんだけ乗って、路面電車34番に乗り換え、14番目の停留所であるプワシュフまで帰った。ふう。途中、プロンドニツカ通りでアルミのリムを扱っている(らしい)修理工場を見つけたので、ポンプと窓ガラスの修理が終わったら、立ち寄って話をしてみよう。115番を待っている間、停留所のそばの菓子屋にこっそり寄って、いらいらからシャルロトカ[りんごケーキ、エッセイ参照]を3.80ズウォティで買った。(9/12午前)

 今朝、モップのもっと大きな先端部を買った(3.90ズウォティ)。明日試してみよう。(9/12晩)

 昨日録画した半ドキュメント「Rejs 93-lot do historii 93便、歴史への飛翔」を見た。これは、2001年9月11日に乗っ取られ、ホワイトハウスにぶつかることになっていた旅客機の最後の瞬間の報告である。「半ドキュメント」というのは、事実に基づいた会話や声明を録音しているとはいえ、機内の様子は俳優を使って再現しているのが明らかだからだ。ドキュメントの製作者たちはまず遺族らと話をし、映像化と映像への参加に同意を得た。映像の中で遺族らは、失った近親者について、また、飛行機乗っ取りや他の旅客機のWTC攻撃の知らせに自分たちがどう反応したか、彼らと電話でどんな話をしたかなどを語った。乗客たちが受動的に死を待つのではなく、テロリストを攻撃しようと決意したことも紹介されていた。それで旅客機は目的地まで17分の地点で墜落したのだ。本当に感動的。彼らは英雄だった。(9/12夜)

2006/09/13 20:23

メール報告:モップ、修理工場、WTC

 今朝、店で食品のほかにモップを9.90ズウォティで購入、試しに浴室を掃除してみた。もっと大きなモップの先端部を買わなくては。朝食後、ガソリンの無駄遣いと渋滞を避けるため徒歩で修理工場へ行ってみたが、予想通りポンプの修理はしたがらなかった。明日これからどうするか考える。「会社一覧」ではアルミのリムを直してくれる工場は見あたらなかった。またもやすべてが停止状態、これが自分のせいだったら許せないが、さいわい俺のせいじゃない。でもまた落ち込んでいる。(9/11午前)

 今日はWTC[ワールド・トレード・センター]攻撃の5周年記念日で、テレビではそれに関する多くの報道があった。グダンスク(別の都市かも)では、その攻撃の犠牲者の記念碑の除幕式があった。記念碑はテロリズムに対する抗議としてのもの。(9/11晩)

2006/09/13 02:32

メール報告:ゴミ、ネズミ捕り

 昨日の朝、買い物に行くとき、ゴミ捨て場のそばに古くなった俺の黒い冬靴をビニール袋に入れて置いといた。15分後に戻ってきたときには影も形もなかった。きっとだれかの役に立ったのだ。だからいくつかの物はゴミ箱の中に入れないようにしている。

 もう秋なので、そろそろネズミ捕りを仕掛けなくては。いい天気だが朝は8℃で、その後も21℃以上にはならない(今日明日は23℃)。ネズミはまだ見えないが、だからといってこっそりはしゃぎまわっていないということではない。一方、昨日の天気図で東京は35℃だった。アブラゼミの残存者が鳴いていると、真夏の雰囲気を作り出しているに違いない。でも俺はここでひと雨ほしい。いまいましいガキどもが窓のそばでボールを蹴ったり大声を上げたりしないように。(9/10昼)

2006/09/13 02:31

メール報告:サトヤマ

 琵琶湖周辺の沼沢地とサトヤマに関する日本のドキュメンタリーを見た。そこでは漁師のガンドロがおもに鯉を捕って売っていて、自分でも食べる。Pから聞いたところでは、ニホンでは鯉をあまり食べないと思っていたので、これには驚いた。

 また、この村落のすばらしい伝統的な水利用システムも紹介していた。そこでは各戸の貯水槽にパイプで湧き水を引き入れている。貯水槽の一部は建物の外に出ている。この貯水槽には色とりどりの鯉が泳いでいて、そこで洗った鍋の残り物を食べる。一方、パイプから出たきれいな水は、鯉と残り物の入った水とは別にコンクリートの冷却ゾーンに流れ込み、きれいになって湖に戻る。この貯水槽の部分は台所からよく見える。そこでは色鮮やかな鯉が泳ぎ、鍋洗いを待っている。

 この地域には我々のバグリにいるのと同じオオバンが生息している。漁師のガンドロは魚を罠から取り出したあと、小さいものを舟と箱に残しておく。彼がうちに帰ろうとすると、たちまち舟にはシラサギが、箱にはトビが飛んできて宴会を開く。この興味深い番組の後編を心待ちにしている。ナレーションはもちろんクリスティナ・チュブヴナ。(9/9昼)

 そこではまた地元の名物料理の作り方を紹介していた。鱗をこそげ取った鯉に塩をし、飯と混ぜて発酵させるのだ。うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。(9/10昼)

2006/09/11 01:17

メール報告:墓石、パン、灰色石けん

 我々がスタニスワフ・レムの墓石の出所を発見した、あの前庭の隅で寝ていたあの犬をうちのサイトで見られてよかった。

 いま店から戻ってきたところだが、またしても腹が立った。いつも買うパンがひとつもなかったのだ。最近まで土曜日のこの時間(8:40)にはこのパンを3個買っていて、ときにはまだ残っていることもあった。あの馬鹿な女店員たちは商品がすばやくはけていくのを見ていながら、不足しないようにする手だてを何も打たない。いまいましい綿みたいな偽カイゼルキ[プチパンの一種]はいつも夜まで残っている。PRL[ポーランド人民共和国]の再来だ。

 体験から学んで、あるときからアールグレイの紅茶を見つけると買うことにしている。今日、最後の1箱を見て買ったので、すでに6箱ある。2、3週間アールグレイがなくても、これでもう心配しなくていいし腹を立てずにすむ。灰色石けん[洗濯用石けん]についても同じ。今日最後の2個を買ったので合計3個ある。人々が小さい灰色石けんを欲しがらないことが、お馬鹿さんたちにもようやくわかったと見える。これはおもに洗濯用なのだから。いまではもとどおりに普通の大きな四角いのが置いてあって、バカげた小さいのはすっかり姿を消した。(9/9午前)

2006/09/08 21:56

メール報告:雨、トト

 起きたら、すでにかなり降っていた。細かいが、大変激しい雨。だが俺は電話代を支払う必要から線路の向こうに行かねばならなかった。カエル・パラソルをさしたにもかかわらず少々濡れた。さらに悪いことに、ファスナーがこわれているリュックサックの中で小麦粉と煙草とトトロットが濡れてしまった。2、3日前に直したんだけど、今日またこわれた上にこの雨だ。小麦粉がコンクリ状になってないかどうかを調べ、煙草とトトロットを乾かしている。トトもいまや高くなって1回につき2ズウォティ(これまでは1.25ズウォティ)だが、6ズウォティで3回分送った。というのも約900万ズウォティの賞金がたまっているのだ。(9/8午前)

2006/09/08 21:55

メール報告:燃料ポンプ、大統領、植物

 買い物に行き、トマト缶を買った。その後、修理工場に行ったら、そこでは何もできないとわかった。なぜなら燃料ポンプに泥が詰まっているかすり切れているかしているので、ポンプを取り出し、「揺すって」、吹いて掃除する必要がある、そうすれば動作するかもしれない。新品購入は急がない。だって400ズウォティの出費になるから。この仕事は別の工場でやる。というのもここではガスの装備しか手がけていないから。(9/7午後)

 2人のカチョル[ポーランドの大統領と首相]の愚かな言動のせいで、ポーランドのイメージはヨーロッパでも世界でも悪化の一途をたどっている。自分がクファシニェフスキ[前大統領]時代をなつかしんでいることにはたと気付く。彼とヨラ夫人は一流だった。それに彼は慎重で、(公式発表上は、かもしれないが、しかし)賢い決定を下すことができた。記念すべき2000年、彼に投票するためポーランド大使館に馳せ参じたことを後悔してはいない。いまや東京の選挙委員会のスタンプはいい記念だし、ボンクラどもから国を守ろうとする意志の証拠になっている。

 マンゴーはだんだん大きくなり、もう緑と赤の明らかな葉がついている。自然界では大変大きな葉をつける。インターネットで見た。竹ちゃんも順調に伸びて、明るい緑色だ。これが節のある茎になるのかどうかはいまのところわからないが、いずれにせよ葉が出てきかけているのが見える。

 ルヴフの写真を見て、我々のあそこでの滞在をうれしく思い出した。ただ最初、足のマメに塗る薬(チストチェル)がなかったのが残念。(9/7夜)

2006/09/08 21:54

メール報告:ギュンター・グラス

 Rが働いているので、いまや自分1人でやらねばならない。今日彼はガレージに来ていたが、俺のフォクシュ[フォルクスワーゲン]よりもRtのポロネーズ[車種名]の仕事を多くやっている。だから明日プワショフスカ通りの修理工場に行って用事を片付けようと思う。まず線路の向こうにトマト缶とソーセージを買いに行くつもり。それから工場と保険の支払い、その後ファソルカを作る。

 ちょうどポーランド・ドイツ・イギリス合作ドラマ「牛蛙の予言」を見ているところ。主演はクリスティナ・ヤンダとマチアス・ハビフ。ヤンダはいつもながらすばらしいが、ザマホフスキ、コンドラト、グロビシュの姿も見えてうれしい。この映画はノーベル賞受賞作家ギュンター・グラスの小説に基づいている。グラスは戦争終盤にナチス親衛隊に所属していたことで現在攻撃されている。LPR[ポーランド家族連盟]は彼のグダンスク名誉市民権を剥奪したがっている。グラスはグダンスクで生まれ育ち、この町のことを「ブリキの太鼓」に書いた。ヴァウェンサ[ワレサ]は最初ふくれ面をしていたが、グラスの説明後は彼を弁護している。(9/6夜)

2006/09/08 19:34

メール報告:トマト缶、修理工場

 昨日テレビで紀子さまを見たが、とくに大きなおなかには見えなかった。

 近所の店「アルゲド」は悲惨だ。ファソルカ用にトマト缶を買いたかったのだが、もちろんなかった。最近まで何種類かあったのに。明日線路の向こうまで行かねば、あちらも砂漠ならば、テスコに行くしかない。大粒ヤーシが見つからないのは、この夏の干魃のせいだと思う。

 買い物帰りにグロマツカ通りの修理工場に行き、装置の修理ができるかどうか訊いてみた。車がガソリンを吸わず、すぐにガスを炊くが、これは正しくないからだ。そこではそういう修理はしていないので、Rに訊いて別のところに行ってみる。これからすぐに服を着て、マーガリンを買いに行き、Rがいるかどうかエステルカをのぞいてみる。(9/6午前)

2006/09/08 19:33

メール報告:インゲン豆、騒音

 [銀行に行ったついでに]ヴォルニツァ広場周辺で大粒インゲン豆「ヤーシ」を探したが、どこも水に浸したやつか生のばかりだった。ノーヴィ(ユダヤ)広場まで行って結局水に浸したのを買う羽目になった。値段が高い上に、かさが増えないからファソルカは少なくなる。さしあたりホウレンソウがあるし、ジャガイモをもうゆでているところ。

 ここ3日間、隣人が壁をたたいたりドリルで穴をあけたりしている。それも午後から晩なので余計に腹が立つ。昨日はほとんど23:30まで騒音を出していて(23:00-6:00は夜間静粛)、静かにするよう言いに出ていく準備をしていたら静まった。他の隣人が反応を示さないのに俺は驚いていたが、彼らは皆みずから相変わらず金槌でドンドンたたいているから潔白ではなく、黙ってじっとしているほうがいいと思っているのだとわかった。いま騒音をたてているのは、Bが出ていったあとに引っ越してきた知らない人たち。いつだったかそこのドアに「礼儀正しい人は、改装工事でお騒がせしますと隣人に予告するものだ」という張り紙をしたことがある。もちろん反応ゼロ。俺の言わんとすることがわからないのだ。無礼な家でだれが礼儀知らずに説明できる?

 昨日昼食後にとても眠くなって、[外の音が入らないよう]窓を閉めた、ちょうどそのときドンドンたたきはじめた。あまりに疲れていたので、ラジオを大音量でつけて、彼らの騒音を消し、その大音量の音楽を流したまま眠ることができた。金槌のドンドンやトントン、犬の吠え声にはいらいらして眠れない。(9/5昼)

2006/09/08 19:33

メール報告:ヤツェク・クーロン

 今日の昼食はホウレンソウと卵とジャガイモで、3日分ある。ホウレンソウはもうできた。1時すぎにジャガイモをゆで、卵を焼く。

 先週「Zycie Warszawy ジーチェ・ヴァルシャヴィ」紙に、ヤツェク・クーロンが円卓会議のことで保安省と話をつけたかのような内容の中傷的な記事が載った。ギェルティフの馬鹿な党、LPR(ポーランド家族連盟)は直ちにポーランド最高勲章である白鷲章を死後(クーロンは2年前に亡くなった)剥奪するように要求しはじめた。デニム服の労働相であったクーロンの擁護に多くのポーランド人が立ち上がった。そのなかには大勢の有名人がいる。ワルシャワのポヴォンスキ墓地の彼の墓のそばに群衆が集まり、モ亀モマゾヴィエツキ[元首相]、アダム・ミフニク[ガゼタ・ヴィボルチャ]主幹、アレクサンデル・クファシニェフスキ[前大統領]らが彼について語った。クファシニェフスキは、みずからヤツェクにその勲章を授けたという事実を誇りに思っていると述べた。他の町でと同様にクラクフでは500人が、クーロンの意図で建てられた「カティンの十字架」[カティンの森でソ連軍に大量虐殺されたポーランド人将校の慰霊碑]に蝋燭を点した。申し合わせは一切なく、この破廉恥に憤慨した人々自身が自主的に行動したのだ。クーロンほど信頼できる人を見つけるのはむずかしいということは俺も知っている。(9/4午前)

2006/09/08 19:32

メール報告:ミス・ワールド

 ソポト・フェスティバルと同時に別の大きな催しがポーランドで初めて開催されている。こういうタイプのショウ・セレモニーには興味がないのだが、この催しはある観点から支持している(見ないけれども)。つまり、全世界で20億人が見るからには、ささやかな我が国にとって大いに宣伝になるということだ。とはいえ我が国でミス・ワールドを開催するにあたってはスキャンダルがあった。

 まずミス・ポロニア社がこのアイデアを思いつき、このビジネスを手がける英国の会社にポーランドの立候補をもちかけ、承諾を得た。認可の費用はささやかなもので、500万ポンド。当時の首相カジミェシュ・マルチンキェヴィチはこの催しの後援を引き受けた(南アフリカのネルソン・マンデラのように)。これは活動全体の成功にとって重要だった。予算からのお金は使えなかったからだ。この事業の周りを政治家やビジネスマンたちが動き回りだした。その中には怪しげな人々もいた。そのうち2人が結局逮捕され、その後首相が交代し、新首相カチョル2は直ちに後援を取り消した。

 この事業の実現化に疑問符がついた。代表団がロンドンに赴き、認可費用を200万ポンドに値切った。それからミスたちの各都市への滞在価格一覧表が発表された。価格は滞在期間とその時間をどう過ごすか等々による。さまざまなごく小さな田舎町までが、自分たちの町に世界中の美女が世界中のテレビ局とともにやってくるように、決して安いとは言えないお金をはたいた。実際、いい宣伝のチャンスだ。クラクフとヴィエリチカももちろん参加している。今日は歓迎レセプションがあったので、Jではじまる国々の代表が出たときだけ見た。日本のミスに興味があったから。でもそんな人は出ていなかった。(9/3夜)

2006/09/07 01:57

メール報告:パン、敷石、フェスティバル

 とても長い手紙を書いたのに、忌々しいコンプ[パソコンのこと]がいましがた消してしまったので激怒している。何を書いたか手短に書くよ。

 あるとき以来、俺がよく買うおいしいパンが、午前中すでに1つしかない、あるいはまったくないという状態だ。あのパンが近所の店に登場した頃は、人々が知らなかったので、長い間数個残っていたものだ。昨日は1つしかなかったからそれを買って、あと丸パンを2個買った。しかし週末には足りないので、今朝パンを買い足しに線路の向こうへ行った。レヴィヤタンにはおいしいパンがなかったので、パウンドケーキと丸パンを2つ買った。

 しばらく前に気付いたのだが、近所の歩道の給水栓のそばにはめ込まれずに置かれていた敷石数個をだれかが盗んだ。それでよかったのかもしれない。敷石がしかるべきところにはめ込まれているのを一昨日見た。でも赤かった。

 ここ2、3日、ソポト・フェスティバル2006が続いている。共産主義政権時代、これはビッグイベントだった。今日の目から見ると地味だったが。国際フェスティバルもあったけれど、世界的に有名な人は来ていなかった。俺が覚えているのは、ヒット曲「クアンタナメラ」を歌ったキューバの女性歌手、チェコスロヴァキア[当時]のカレル・ゴットとヘレナ・ヴォンドラチコヴァー、またギリシャのデミス・ルッソスとイタリアのドゥルーピも来ていた。こうしたアーティストたち(キューバ以外)にとって今日は特別な日だが、このフェスティバルはいまや違う面を持っている。全部は見ていないが、昨日パソコンに向かっている間、エルトン・ジョンを見た。彼の出演はすばらしかった。特別な「金のナイチンゲール」賞(公式の賞は「琥珀のナイチンゲール」)を彼に手渡したのはレフ・ヴァウェンサ[ワレサ]だった。2人は心を込めて挨拶を交わした。というのも、80年代はじめ、エルトン・ジョンが戦う連帯のためにグダンスクのオリンピア・ホールに出演したとき以来の個人的な知り合いなのだ。また「Nine Million Bicycles」のヒットで知られるKate Melua、「Big City Life」を歌うグループMattafixも見た。両方ともタクシー運転中に聴くのが好きだった曲だ。ファイナル・コンサートでは、Arash、Brainstorm 、Andreas Johnson、Helena Paparizou、Vanilia Ninjaも歌う。この人たちは知らない。(9/3午前)

2006/09/05 02:10

メール報告:イラクサ、カチョル

 おまえが帰ったあとすぐに、トンネルのそばのイラクサを刈るためにわざわざ作業員が来ていた。こういうことはいつだって事後にやるんだから。俺は彼らにPが鋏でイラクサを切ったことを言ってやった。

 ヤロスワフ・カチンスキ首相はアメリカを訪問することになっているが、ブッシュ大統領は彼と会う時間がなくて、チェイニー副首相と会談することになった。俺の考えでは前提条件は明らかだ。つまりブッシュはいまのポーランド政権の連中を対等のパートナーとは見なしておらず、むしろ能力に欠け、厄介を引きおこす出来の悪い奴らだと思っているのだ。腹の立つことだが、これは予見できた。カチョル[カチンスキのあだ名]がまたしてもバカげた理由でヨーロッパの重要な会談を中止したのだからなおさらだ。

 Rはまたしても来なかった。Rtの新しい(中古の)トラックもなかったから、彼は9月1日から働いているのだ。俺はひとりで車のことをやらなければ。若い植物たちはゆっくりと生長している。(9/2午前)

2006/09/05 02:09

メール報告:映画

 「Prawo do wolnosci 自由への権利」を見た。この映画は、タリバン政権時代、あるアフガン女性が秘密裡に少女らを教育していた罪で投獄され、殴殺されかけたという事実に基づいている。彼女は兄弟の助けでパキスタンへ逃亡し、そこからヴィザも身分証明書もなしにアメリカへ渡った。彼女が滞在許可と避難所を得るにあたっての苦悩が描かれている。

 もう1本の映画は感動的なドキュメント「Dzieci Bieslanu ビェスランの子どもたち」[北オセチア、ビェスランでの武装集団による学校占拠事件の犠牲者に取材したもの]。この映画を見てようやく人は実際にあそこで何が起きたのか、子どもたちがいかなるトラウマを体験したかを理解する。自分の親の死を目撃した子どもたちがいるほか、例えば、ある男の子は、銃弾がテロリストの腰に吊された手榴弾に命中して、テロリストが吹っ飛び、その脳みそが自分の頭に落ちてきたことを話した。女の子たちは、例えば、友だちの女の子の足がもげるところを見たことや、のどが渇いて尿を飲んだことを語った。この子どもたちはすでに精神状態がゆがめられてしまっている。ある男の子は、大統領になって自分のところにテロリストたちを連れてくるように命じ、彼らののどをみずから掻き切ってやりたいと言っていた。別の女の子は燃える学校とテロリストの絵ばかり描いていて、描き上がるとその絵を細かくやぶって燃やす。まったく恐ろしいことだ。そのうえロシア兵士たちの攻撃が不首尾で、その結果さらに多くの犠牲者が出たのだから。(9/1深夜)

2006/09/04 21:40

メール報告:ファソルカ

 そろそろビゴスを食べ終わるので、明日は線路の向こうの食料品店にブルターニュ風ファソルカ用の買い物に行こう。明日の昼食にはまだビゴスがあるから、その間にインゲン豆「ヤーシ」を水に浸しておこう。今回はトマトピューレではなく、皮むきトマトの缶詰を使ってファソルカを作ってみよう。きっとトテモオイシイヨオオ。(8/31夜)

 本当にプワシュフはもうたくさんだ。ここじゃ何一つ予定を立てられない。買い物の前にもちろん、インゲン豆「大粒ヤーシ」があるかどうかを調べた。「レヴィヤタン」で細かい粒のインゲン豆に「大粒ヤーシ」という札が付いているのを目にしたが、女性店員を呼んで大きい粒のヤーシのことを尋ねた。彼女は否定的な答えをしたので、その札に書いてあることについて訊いてみると、それは混ざったインゲン豆だと曖昧な説明をした。もう少ししっかりしてくれとお願いして、別の店に行った。向こう側の店をすべて回ったが成果なし。結局、メーカー「プドリシュキ」のゴウォンプキ[ロールキャベツ]になった。節約するつもりだったが、腹が立ったので、失敗の苦みを甘くするためセルニク[チーズケーキ]をひと切れ買ってしまった。明日はたかがヤーシ0.5kgを買いにクレパシュ[中心街にある市場]まで遠征することにした。もちろんほかの買い物もする。とくにマンゴー用の細長い植木鉢と土、増えつつある竹ちゃん用の植木鉢も買おうかな。インゲン豆代と同じだけの路面電車運賃を支出することになるのなら、ついでにほかの買い物もしてしまったほうがいい。(9/1午前)

2006/09/04 21:40

メール報告:靴、戸棚、決意、悪夢

 朝は11℃しかなくて、買い物に行くのにプレゼントにもらった服を着た。あいにくズック靴はかかとに穴が開き、もうダメだ。でも12ズウォティだったし、これでルヴフの旧市街やドロホビチ、それにクラクフも少々いっしょに歩き回った。春になったら、あの明るい色のズック靴(Wも同じのを持っていた)を探そう。昼、棚の掃除を含めて、戸棚の整理をした。かなりスペースができ、すべてのものが手の届くところに並んでいる。

 Rはあいかわらず来ない。連日のこのストレスはもうたくさんだから、たぶん9月8日に保険料(452ズウォティ)を支払って時間的余裕を持ち、Rにはいらいらしないことにしよう。彼は9月1日から働くことになっているから、車はどこか機械工のところで修理することになるだろう。欠陥がある車を売るのはむずかしいし、保険無しではなおさらむずかしい。保険料を支払えば半年は安心だ。もちろんなるたけ早く売るつもりだが。(8/30午後)

 最初のメールを書いている間、Rはガレージで車の修理をしていたことが判明した。15時頃になってノックしてきた。俺は店に変性アルコールと彼のためのビールを買いに行き、それから車のステッカーの跡を拭き取った。Rにビゴスをすすめたが、彼は暇がないと言った。居酒屋の上のGの住居の改装も手がけているのだ。ワイパーのスプレータンクは何ともなく、ただポンプがあるべき場所から押し出されていただけだった。すでに元の位置にはまっている。

 16:20頃帰宅してからいままで(18:25)悪夢だ。どこのうちだか知らないが、壁にドリルで穴を空けている。いぜれにせよものすごい音。(8/30)

2006/09/04 15:15

メール報告:雨、ビゴス

 明け方から雨が降っていて涼しい。少なくとも静かなので満足している。ガキどもはわめかないし犬は吠えない。遅く目覚めたら頭が痛い。Rをつかまえたかったので、エステルカが開くまで買い物に出かけるのを控えた。はたして数分後に彼はやって来て、うちに来ると約束した。俺は接着剤を買うため特別に店に戻った。ワイパーのスプレータンクの水漏れをいっしょに直すつもりだったから。でもいまのところRは来ない。

 室内ではスウェットパンツと新しい長袖Tシャツを着ている。今日はちょうどいい。マンゴーを庭に出さなくなって2日目。竹ちゃんは次第に土から出てきている。明るい緑でとても感じがいい。

 ビゴスを2度目はジャガイモといっしょに食べた。パンといっしょによりもおいしい。(8/29午後)

2006/09/04 15:14

メール報告:起床ラッパ、停電、竹ちゃん

 今朝4時頃就寝したのに、6時半に向かいの工場の防犯アラームで起こされた。見ると車と警備員と従業員たちがいた。すぐに止めるだろうからそしたらまた寝ようと思ったが、彼らはただ立って、わめきたてる器械をぽかんと見ていた。俺は腹が立ったからズボンをはいて彼らのところへ出ていき、ここには人が住んでいて眠る権利があるんだ、はやくアラームを止めろと叫んだ。それに対して彼らはできないと言い、でくのぼうみたいに突っ立っているので、俺は煉瓦をつかんで、できないかどうか見せてやろうかと尋ねた。そしたら、いま専門家がこちらに向かっているところだと言った。当然もう寝られなかった。専門家は30分後にやって来てアラームを止めたが、その30分後にまた鳴り、その後また鳴った。

 ホラーだ、ここじゃひっきりなしに腹の立つことが起きる。これまではなかったことだが、最近毎日この時間(だいたい昼食時とそのあと)に隣の赤ん坊の泣き声が聞こえる。それも浴室から[通気口ごし]というより廊下からなのだ。これは隣人が、暖かい日はドアを開けっ放しにしているのと、台所の匂いを廊下へ出しているためだ。古い肉とキャベツや腐った豚の脂身の悪臭は他人が嗅げばいいというわけ。

 3日前の夜、ちょうど映画が始まったときに、また停電した。もう1本は録画したかったのに。(8/28昼)

 竹ちゃんが地面から新しい芽を出した! これは節のある茎になるようだ。すばやく生長しそう。(8/28午後)

2006/08/31 02:06

メール報告:映画「Tak,tak」

 さしあたり映画を半ばまで見て、可笑しいと思う(もちろんザマホフスキ)けど、どうして星3つなのかはわからない。後半を見たら意見が変わるかもしれないが。映画の中では、民主主義体制当初のポーランドの諸問題とともに、妊娠風俗上の問題が取り上げられている。ズビシ[ズビグニェフの愛称]・ザマホフスキはフランス風を鼻に掛けている。彼ははじめパリの大学で学び、働いていた(闇で)のだ。そこで最初に女を妊娠させる。彼は手術を受けなくてはならなくなってポーランドに戻り(ポーランドはまだEUに入っていない)、病院で看護婦をナンパして、彼女も妊娠する。戻る途中の飛行機でもスチュワーデスを口説いたり、フランス人(ポーランド系)の妊娠した女がやって来たり、等々。つまりポーランド的大混乱だ。(8/27夕)

 映画「Tak,tak」の後半を見ていてわかったんだが、この映画は共産主義時代を舞台にしている。終わり頃だと思うが、でも共産主義時代だ。それほどコメディではなくて、イェジィ・シュトゥール[俳優]の回想映画に似ている。(8/27深夜)

2006/08/30 01:25

メール報告:バスターミナル、ウクライナ人

 今日テレビで、クラクフのバスターミナルを評して、洗練されているけれども、おそらくポーランド国内で唯一進入路と駐車場がなく、トイレ使用料が高い(2ズウォティ。これは本当、俺自身それだけ払ったから)と言っていた。

 ウクライナ人は我々にとって好ましかったが、ウクライナ人女性はやることが汚い。というのも、出産するとなるとすばやく国境を越え、ポーランドの病院で産むのだ。こうした場合、病院は手当てと看護を拒むことができない。ただしその後、ウクライナ人女性たちは一銭も支払わず姿を消してしまう。ポーランドの病院はいまや大変貧窮し、負債を抱えている。それでもウクライナ人にとっては自国の病院に比べると、ポーランドはおとぎ話みたいにデラックスなのだ。同じことをドイツでやるポーランド人女性もいるが(しかしこれはまれ。医療環境がそれほど違わないため)、違うところは、我々がEUに加盟していて、我が国の保険基金が支払いを埋め合わせるという点だ。

 マンゴーをよく見てみたら、葉と思っていたものは葉ではなく、小さな枝だった。さしあたりミクロのスケールで枝分かれをしている。

 ズビグニェフ・ザマホフスキ主演の1992年製作ポーランド・フランス合作コメディ「Tak,tak はい、はい」(***)を録画した。(8/26深夜)

2006/08/30 01:24

メール報告:ビゴス、マンゴーとサボテン

 ビゴスはうまくできた。これまではいつも何かもの足りなかったが、今回は何ひとつおろそかにしなかった。塩漬けキャベツ(ザワークラウト)の酸味のせいで、生のキャベツに塩するのを忘れた。いま塩をふった。昨日は塩漬けキャベツの下ゆでのあと、最初の苦い水を捨てた。今日は両方のキャベツ(塩漬け1瓶と生キャベツ半個)を混ぜ、ソーセージと玉ネギを炒めて加えた。トマトピューレ、クミン、ビゴス用調味料、ローレルの葉、オールスパイス、ニンニク、スイートパプリカで調味した。かなり長く煮込んだ。パンといっしょに食べたらおいしかったが、明日はもっとおいしくなるので、ジャガイモといっしょに食べよう。お腹のことを気にしている。もう巨大なんだ。

 今日Rはおそらく来なかった。だれもノックしなかったから。

 9月10日正午、フロリアンスカ通りからルィネクまで、恒例のダックスフント・パレードが開催される。

 いま今年最後の暖かな日々と日光を利用して、毎日マンゴーを庭に出している。マンゴーのことをインターネットで見てみた。これは巨大な木だ。1つ1キロにもなる果実をいくつもつけるのだから大きいはずだ。サボテンのことも調べてみた。何か花の咲く種類を育ててみたいんだ。(8/26夕)

2006/08/27 02:43

メール報告:冥王星、月

 明日のビゴス用に今日はキャベツとソーセージを買い、その後はうちで午後Rが来るのを待っていた。結局15:30にノックの音が聞こえたので、彼を手伝うためすぐにパジャマから普通のズボンに履き替えた。そしたらそれは必要ないことがわかった。というのも彼は朝からガレージに来ていて、さしあたり片方の窓ガラスを直し終えたから。それでいっしょにビールを飲みに行った。というのも彼にいくらか必要かと聞いたら、いまのところもう多すぎるくらいもらったと答えたので。というわけでさしあたりはOK。

 冥王星が1930年に発見されたとき、意地悪な人たちは、それが惑星と呼ばれるようになったのは発見者がアメリカ人だったからにすぎないと言った。なにより冥王星は我々の月よりも小さいし、そのうえ太陽系のその他の惑星が公転している平面上ではない面上を長く伸びた軌道で回っている。ちなみに月は毎年地球から4cmずつ離れていて、ついにX年後には引力の重心がずれて、我々の衛星はすっかり逃げ去ってしまう。

 2つめの盥は買わずに洗濯をした。ビゴス用に鍋を1つ出し、もう1つの鍋をボイラーの下に置いたのだ。漏れ散る水の流れをその鍋で受けている。

 ブログを始めようかと考えている。つねに可能性はある。(8/25夜)

2006/08/27 02:43

メール報告:ファソルカ

 我々の会話のあとすぐにRが電話してきて弁解するには、その後Rtから何かの家具を取りに行ってくれと頼まれ、それが夜までかかってしまったとのことだった。明日RはKを手伝いに呼んで、いっしょに車の修理をすることになった。

 今朝、ブルターニュ風ファソルカ[エッセイ第3回参照]用に「ヤーシ」というインゲン豆を買いに、線路の向こうの店に行こうと思ったのだが、トンネルで消防車がポンプを使って何かやっていたので、近所の店に戻った。結局冷凍ファソルカに落ち着いたので、明日鍋一杯のファソルカを作る気はなくなった。ビゴスにしようか? 何か特別なスープとか? 

 いらいらしたり打ちひしがれたりしているときは描くことも書くこともできない。それでここ3日間なにもしなかったが、酒もゼロ。Rと話して気分が持ち直したので、何か始めようかな。車の修理で手一杯でなければ、描きかけの絵を完成させよう。

 例のロシアの飛行機に関して、雷が落ちたのではないかという仮説がある。(8/24夜)

2006/08/27 02:42

電話報告:カチョル、犬の糞、監禁少女

 大統領カチンスキは、いつだったか酔っぱらったホームレスの男が「カチョル[カチンスキのあだ名でアヒルの意味]は馬鹿だ」と言ったのを名誉毀損で訴えてやると言っていて、大統領にこびへつらう取り巻きたちがこのホームレスの男を捜している。ドイツの三流紙が「ジャガイモ」と書いたときも、無視すればいいのに、腹を立てて首脳会談に行かなかった。本当にカチョルは馬鹿だ。

 ラジオのトークショーで、放置されている犬の糞に腹を立てたラチコフスキが、犬の糞を見つけたらそれぞれにポーランド国旗を1本ずつ差して歩くと言ったら、聴取者からクレームが来た。それに対してゴシップ紙「NIE」の編集長ウルバンは、大切なワンちゃんの糞をポーランド国旗なんかで汚されたから犬好きの人が怒っているのか、とコメントした。ラチコフスキは本当に国旗を立てたわけではなく、飼い主のマナーに関する議論を喚起したかったのだそうだ。

 ウィーンで8年前に誘拐されて地下室に監禁されていた少女が見つかった。女の子は自力で逃げ出した。犯人の男は列車に飛び込んで自殺した。(8/24夜)

2006/08/27 02:40

メール報告:苦境

 今朝、銀行から、7日以内に1200ズウォティ支払わないと執達吏が介入するという書面が来た。午後は財務局から執達吏が来て、昔の罰金をやはり1週間以内に支払うようにという。住居に踏み込まないのは、これまで俺がちゃんとローンを払い込みに行っていたからだと言っていた。こうしたことのすべては、Rがやって来ず車が修理されぬまま、そのうえ400ズウォティかけて割れたフロントグラスを取り替えた、というのでなければ、それほど恐ろしくはないだろう。エステルカに電話してRと話したら、彼は来ると約束したが、残念ながら現れなかった。彼はまだ財務局から人が来たことを知らないのだ。彼にはまた、フタの裁判所まで車に乗せていってもらいたいのだが。自分で運転していってもいいけど、窓が故障していてロックできないし、このうえ車を盗まれたくない。

 マンゴーに水をやっている。これはやっぱりマンゴーだ。雑草だったら細いけど、これは青白いとはいえ茎が太いし、小さな葉がついている。(8/23夜)

 Rに車の修理をしてくれるよう頼むため特別にエステルカに行った。彼は今日一度来て、午後また来るはずだという。今日郵便受けに入っていた写真をLにあげた。Lはとても感謝している。(8/24午前)

2006/08/24 00:43

メール報告:銃撃事件、マンゴー、墜落事故

 今日は「エレナ」での銃撃事件の続報。クラクフ中央捜査局長と警察の上級職員5名が、そのギャング[犯人]に武器の所持を許可したとして解任された。もちろん、犯人はギャングだから彼女を殺すのに非合法の武器を使うこともできたわけだが、問題は彼が警察から許可を得た合法の武器を発砲したことだ。

 俺の見間違いでなければ、マンゴーが芽を出し始めた! 8月6日以降は庭に出してはいないが、でももう暑くはなく、いまはまったく涼しくて20度。冬、ストーブで温めてやったら、春に何か出てくるかな、と思っていたが、ここで思わぬ番狂わせ(たぶん)。(8/22午後)

 ウクライナのドネツクの近くに171人を乗せたロシアの航空機TU-154が墜落し、全員が死亡した。この飛行機はここ数年多くの事故を起こしているが、我が国の政府と大統領はなおも強情を張ってこの機種で飛んでいる。このポンコツが故障したためにクファシニェフスキ前大統領がウィーンから戻れなくなったり、中国でも同じようなことがあったりして、すでに多くの恥をかいた。

 「ボルジア家」を読み終えた。マリオ・プーゾはこの本の中で、ローマ法王を出したボルジア一族が現代のマフィアの原型であったことを示している。(8/22深夜)

2006/08/22 23:54

メール報告:ピヴニツァ・ポド・バラナーミ

 ピヴニツァ・ポド・バラナーミ[クラクフのルィネクにある、キャバレーで有名なナイト・クラブ]にとって重要な日が2つある。それは6月29日と9月12日で、前者はピョトル[ピヴニツァの設立者]の名の日、後者は彼の誕生日だ。長年ピヴニツァは6月29日にお祝いをするほかシーズンを終え、9月12日にシーズンを開始する習慣になっていた。最初の「ピョトル・Sのためのコンサート」は1997年、彼の死後まもなく開かれた。イベントはおもにスウォヴァツキ劇場で行われていた。今年は同時にピヴニツァの50周年記念でもあり、コンサートは1000人収容できるヤギェウォ大学の大講堂で開催される。チケットはそれほど高くなくて50ズウォティだ。

 今日の昼食は農民風ピエロギだった。ピエロギ・ルスキェに似ているがチーズが入っていない。結構おいしい。

 パウンドケーキを買った。ゆっくり食べよう。あのヨーグルトはそろそろ食べ終わるので、もしまだあったらもう1つ買おう。(8/21夜)

2006/08/22 01:29

メール報告:コウモリ、レチョ、EU

 「nietoperz(ニェトペシュ)コウモリ」という名について、その由来や理由を幾度か考えたことがある。答えがわからないから、俺はより面白くなるように「toperz(トペシュ)」という呼び名を作った[ポーランド語のnieは否定「〜でない」の意]。今日はコウモリに関するとてもすてきな映像の前に、ある「コウモリ学者」の教授が出てきて、この謎を解明してくれた。単に音声的にだから、全部わかったわけではないが。つまり、古代教会スラブ語で鳥は「pysz(ピシュ)」(「pyrz」?)といったので、nietopysz、すなわち「鳥ではない」の意味。ウクライナ語の辞書でコウモリを調べてみてくれないか。古代教会スラブ語は我々共通のルーツだから。そのほか、血吸いコウモリは知っていたけれど、それ以外に今日初めて魚を捕るコウモリと、ネズミとカエルを捕るコウモリを見た。

 それからロベルト・マクウォヴィチがハンガリーで本物のレチョの作り方をやって見せていたが、とくに目新しいことはなかった。つまりチャメルのレチョは本場ハンガリーのレチョだ。

 7月の日照りのせいで今秋は食料品がかなり値上がりするだろうとニュースで警告していた。じゃあいったい何のためのEUだ? もちろんEUには余剰食料があるが、損害を被って値上げせざるを得ない農民はどうなる? 俺の考えでは、もし希望者がいれば農民はお金を受け取り(そのために資金はあるのだから)、市場には値上げなしで野菜と小麦粉を出すべきだ。だってそのためにこそEUはあるのだし、そのために資金を持っているのだから。(8/20夜)

2006/08/21 02:43

メール報告:殺傷事件

 昨日の報道番組「ウヴァガ」で、「エレナ」[近所の居酒屋]での拳銃による殺傷事件をくわしくレポートしていた[掲示板のクラクフ日記8月2日付け参照]。俺は犯人のことはあまり知らなかったが、あの人たち全員を知っていた(知っている)ということが改めてわかった。彼女[殺された女性エレナ]の母親がしゃべっていたのを、俺に「ジョウォントコーヴァ」ウオツカを注いでくれたのを覚えている。娘もだ。義父もよく隅のテーブルにいたのを見たことがある。

 今日の昼食はソーセージにメーカー「ポドリシュカ」のレチョ・ソース。オイシイ。マンゴー果肉入りの新しいヨーグルトも買った。オイシイ。

 プラスティックの盥を見てみたけど買わなかった。12.20ズウォティ。「ボルジア家」はすでに半分ほど。明日は雷雨になる模様。(8/19深夜)

2006/08/21 02:43

メール報告:電話開通

 電話が通じてよかった。もちろん苦情の電話をかける前に、この電話機は新しくてよくわからないから、ひょっとしたら電話機のせいかもしれないと思い、これをはずして古い電話機をつなげてみた。古い方も通じないのを確かめて苦情に取りかかった。(8/18夜)

2006/08/21 02:37

電話報告:苦情の電話

 朝、テレコムニカーツィアに電話した。固定電話からかけると無料だが、ケータイからかけると通話料がかかるので、最初、Lのところの固定電話を借りてかけた。それでもなかなか電話が通じるようにならないので、今度はケータイからかけたら、担当者につながる前に録音でいろんなことをしゃべる。固定電話が通じないから苦情の電話をケータイからかけているのに、余計な録音を聞かされて余計な通話料を取られるのはおかしい。テレコムニカーツィアとケータイ会社がグルになって加入者から金を巻き上げているんじゃないかと言ってやった。中心街に住んでたときには電話が通じなくなるなんてことはなかったのに、ここはコンゴかザンビアか[コンゴやザンビアを差別する気はありません。念のため]と担当者に言ったら、ここがどこかは地図で調べてください、と言われた。結局午後4時になってようやく開通。(8/18夜)

2006/08/21 02:35

メール報告:電話不通、ツバメ

 [電話がかからないという]メールを読んで電話を調べたらまったく通じてなかった。その前にも調べたんだけど、受話器を上げてディスプレイが青く光るのを確かめただけだったんだ。そりゃ光るよ、電池が3本入ってるんだから。明日ケータイからテレコムニカーツィアに電話して健全に叱りつけてやる。

 またしてもすべてが崩壊しつつある。ボイラーの水漏れはすでに(ほぼ)細い流れになっているし、裁判所への呼び出し状と保険料の督促が来た。Rがなかなか来ず、連絡も取れなかったが、さいわい今日彼に会ったので彼を手伝う約束をした。

 ツバメがもう鳴いていないことに今日気付いた。飛び去ってしまったのだ…。

 今日フィルムを現像に出した。

 「ボルジア家」を読み始めた。トテモ オモシロイ ホン デス ネ。昨日片目で日本のホラー映画「呪い2」を見たのは、ただ古い日本家屋と日本人の顔が見たかったから。(8/17夜)

2006/08/18 00:22

メール報告:人間と二十日鼠

 気分はだいぶよくなったが眠れない。お腹がしくしく痛む。パンがあるから食べよう。映画「人間と二十日鼠」をまた見た。多くの俳優がマルコヴィッチから学ぶことができるだろう。(8/15深夜)

 「人間と二十日鼠」のもう一人の俳優はゲイリー・シニーズ。彼も好きだ。とくにある映画で彼がベトナム部隊の指揮官を演じたのがよかった。すばらしい指揮官なのだが、肉体的(両足切断)精神的に傷つき、アメリカで鬱に陥る。しかし彼のかつての部下が、ともにベトナムで夢見ていたエビ釣船を買い、彼をそこから引き出す。[たぶんフォレスト・ガンプ]

 ロシア人がクリール諸島近くで日本人漁師に発砲し1人を射殺したことを今日テレビで見た。おそらく何人かを拘束した。(8/16夜)

2006/08/16 01:45

メール報告:東京の停電、買い物

 昨日はすべてのニュースで停電による東京の混乱ぶりを伝えていた。大勢の人が止まった電車から降りて線路上を歩いているところを映していた。

 昨日は新聞、ヨーグルト、パン、スープ、煙草を買いに出たが、あいにくまだ病気なので今日が祝日[聖母被昇天祭]だということを忘れていて、ポプラルネ[煙草の銘柄]を1つしか買わなかった。自分に腹が立ったし、インターネットのことで電話してきて寝ていた俺を起こしたMにはもっと腹が立った。彼女はこれから出かけるので、いま2か月分ほしいという。一応承知したけど、彼女には煙草を買ってきてもらった。

 今日は少し食べ始めた。吐き気と痛みは治まりつつある。明日はフィルムを現像に出しに行こうかと思う。(8/15)

2006/08/15 02:22

電話報告:宿酔を治す方法

 チャメルは病気(宿酔)。胃の具合が悪い。いい方法を見つけた。水道水をたくさん飲んで吐く。そうやって胃の中をきれいにするんだ。明日の朝はビールを飲みに行く。メールは読んだが、返信をする気力がない。Kさんから2枚目のはがきが来た。ヴロツワフのあたりは洪水。夜は11℃。これからPの健康を願って吐くぞ。(8/12晩)

2006/07/02 02:01

メール報告:問題解決

 エステルカに行ってケータイを取り戻し、だれかの面を張り倒してきたので、ここの言い方ではもうO.K.。つまり相変わらずPRL[ポーランド人民共和国]だ!(6/26午後)

 残念ながらひどい宿酔で目が覚めた。さいわい、社交上のすべてのもつれと誤解は解きほぐしたので、もう問題はない。(6/27午前)

2006/07/02 02:01

メール報告:エステルカでみんなと口論

 実を言えばとくに外出するつもりはなく、エステルカに行くつもりもなかった。でもきっとRが来るだろうし、そしたら奴にひと言いってやろうと思ったのだ。そしたら本当にそうなったのだが、その先の出来事は俺の思惑外だった。Rのバカげた説明にあまり腹が立ったので、俺は進んで「ジョッキ」貯金のウオツカを飲み、それからヴィスワ河畔のヴィャンキ(きれいな花火だった)と飲み屋に連れて行かれた。飲み屋からは逃げ出したものの、いまはアタマが痛い。Aが置いていったウオツカの残りが手元にあってよかった。でなければ、50日間飲まなかったあとのひどい宿酔で死んでただろう。(6/25午前)

 飲み過ぎて宿酔だけど、歯はいまのところ痛くない。(6/25夜)

 エステルカで(ほとんど)みんなと口論したり、ケータイを投げたりしたせいで不愉快。ケータイが無事かどうか、だれのかはわからない。俺がそれを投げたため、だれにもそれを着服する権利を与えなかった。俺が腹を立てたのは、Bは[パソコン修理の]一件をダメにし、Rは100ズウォティのことでバカげた冗談をやらかし、Lは俺を「馬鹿」よばわりして謝ろうとしなかったからだ。もう「さん」付けで呼ばなくてもいいと許した結果がこれだ。「ボグダンさん」と言わなくてはいけなかったときには、そんな気安い真似は決してしなかった。田舎者は友だちづきあいの価値を知ることができず、気安さの限界がわからないのだ。(6/25深夜)

2006/07/02 02:00

メール報告:カエルとコウノトリ

 ひどい歯痛で朝4時に目が覚めた。イブプロム[鎮痛剤]を買いに線路の向こうまで行く羽目になり、その帰りにトンネルでカエルを見た。そこで俺は哲学的瞑想におちいった。どうしてカエルはコウノトリが嫌いなんだろう? コウノトリはまったく逆にカエルが大好きなのに。(6/24昼)

2006/07/02 02:00

メール報告:キェシロフスキ、竹ちゃん

 クシシュトフ・キェシロフスキの映画を録画しようか? あまり知られていず、めったに放映されない映画、1981年に撮影され、戒厳令で終わった「Krotki dzien pracy 短い勤労日」というのがそれ。検閲によってお蔵入りとなり、1989年以後も監督自身が納得せず、見たがらなかった。その後もこの映画は上映禁止こそされなかったのものの政府当局にとってつねに都合が悪く、時代がこの映画に幸いしたことはついぞなかった。党のやり口を暴露したことにつけても、体制の犠牲としても。この映画は1976年にラドムでPZPR県委員会が放火された事件を扱っているので興味がある。その事件のことはよく覚えている。今年はあれから30周年だ。

 俺が復活祭に竹ちゃんを買ったのはいつだったか、おまえのメモに書いてないか? 竹の年齢を覚えていないし、ボンサイとトゲちゃんの年ももうわからない。(6/23夜)

2006/06/26 23:14

メール報告:非課税特権

 財政大臣ジタ・ギロフスカを温かい職から追い出したあと、ズウォティが市場で弱くなった。彼女が辞めさせられた理由は主に、いわゆる創造的社会層の収入の50パーセントのみに課税される、つまり儲けの半分は課税されないという特権を取り上げようとしたからだ。あらゆる画家や詩人やヘボ詩人が大騒ぎをしたため、ジタ女史は苦境に陥った。そのかわり昨日、国会で、だれかは忘れたが、教会はこの国でもっとも裕福な機関でありながら課税されないばかりか、さらに国の金に手を伸ばしている、と言っているのを聞いた。(6/23午後)

2006/06/26 23:14

メール報告:PRLさながらの店、航空ショー

 店からいらいらして戻ったのでアサゴハンを食べる気がなかった。ここひと月アールグレイの紅茶がないことを、ようやく女性店員のひとりに指摘したら、それに対して店員は、紅茶は冬に製造するのだとか、問屋に在庫がないだとか、そういうことになっている等々つまらないことを言い、そもそもなぜ俺がその紅茶にこだわるのか、お客は静かにしているべきだという態度だった。まったくのPRL[ポーランド人民共和国]! すぐに俺は、イブプロム[鎮痛剤]やマーガリン・ミスやその他のものも同様だと言ってやった。俺がもう化粧品売り場にいたとき(そこで洗剤E-スタンダードが品切れだということを確認した)、その店員がアールグレイを持って飛んできたが、それは俺が買わない袋入りのだった。それから今度はイブプロムを持って飛んできたが、それも俺が買わない2錠入りのだった。愚かな共産主義女は、お詫びをしたり商品を発注したりする代わりに、自分と店が正しいことを人に無理強いするのだ。またしても俺はプワシュフにうんざり。

 今日は父の日、母の日は覚えているけど、父の日は忘れがちだとラジオで言っていた。

 明日、古い空港(博物館付近)で国際航空ピクニックが始まる。たくさんのアトラクションや世界中から来たパイロットによるアクロバット、希望者には安価な体験飛行などもある。でもよくあることだが、折悪しく天気がくずれだし、暗い雲が近付いているのが見える。(6/23午前)

2006/06/26 23:13

メール報告:日本対ブラジル戦

 テレビでは、いまこの猛暑を活用するようにと言っている。この夏はおおむね涼しく天気は悪い見込みだから。歩き回るなら俺にはそのほうがいい。日本対ブラジル戦を見ているところ。2、3分前は1:0だったが、もう3:1になっている。(6/22夜)

2006/06/26 23:13

電話報告:監視カメラ、夏休み、雷

 表札をドアに付けた。落っこちてるかどうか、まだ見てない。

 [歯痛用に]スピリトゥスの小瓶を買った。一口試した。効果的。でもいずれ歯を抜こう。

 通りにある監視カメラが偶然映していた映像:窓からお金をばらまいた人がいて、通行人が拾っている場面。警察は拾った人は返すように呼びかけている。

 明日で学校が終わり。不幸の始まり。というのもこのあたりの子どもたちはバケーションに出かけず近所で騒ぐから。この地区には子ども用のクラブ[課外文化活動などをするところ]がない。貧乏だから街へ遊びに行くこともない。昔は親の職場がお金を出して、子どもを林間/臨海学校に行かせた。共産主義時代にはそういういい面もあった。

 前のコンピューターは雷が落ちて焼き切れた。安全器のヒューズが飛んだところを針金でつないであったから。また雷が落ちたらあぶない。(6/22晩)

2006/06/26 23:12

メール報告:パソコン

 ここ2、3日パソコンの換気扇の音が聞こえないことに夜中に気付いた。このことでBに電話したら、それならコンプ[パソコン]を30分以上動かさないようにと言われた。俺は無意識に2、3時間は使っていた。まだ動いているのは奇蹟かもしれない。さしあたりトランプとクロスワードパズルと外国の新聞と裸の女はおしまい。メールだけにする。Bは土曜日に来ることになっている。表札はもうドアに付けた。入口の床のリノリウムはけなげにがんばっているが、またもや動くことに今日気付いた。表札も同じことになったら瞬間接着剤を使ってみる。(6/22午前)

2006/06/26 23:12

メール報告:掃除、炊事、イギリス人

 なんてきれいに明るくなったんだろう! 窓と植木の受け皿を洗った。洗濯したカーテンをもう吊り下げた。窓を洗っている最中、またしてもこっそり忍び込んで騒音をたてたスケボーのガキを追い払った。彼らがこの場所を自分たちの遊び場として慣れてしまうことは許せない。

 ジャガイモの皮をむき、カリフラワーは4つに切った。沸騰しはじめるまでの10分間、13時まで待っているところ。かつて、愛しのアルコールを買うために13時を待ちこがれたように。(6/21昼)

 イギリス(ロンドンとその周辺)には約75万人のポーランド人がいる。それに関連してポーランド食品を売る店がたくさんできた。経営者はポーランド人とは限らない。ポーランド人は雇われているだけのことが多いが、ポーランド人オーナーも何人かいる。イギリス人はどうかしちゃったみたいで、ジュレク[ライ麦サワースープ]やピエロギ[餃子のような料理]、ソーセージ、塩漬けキュウリなんかが大好きなのだ。でもときどき特産を間違えてサラミのことを訊いたりする。ポーランドはロシアと中国の間にあるのかとか、年中雪の中でどうして耐えられるのかなどと訊かれることもある。彼らは無知ではアメリカ人に引けを取らないことがわかった。彼らにとって俺はイェティにもなれる。それより俺の関心をひくのは日本人の知識だ。(6/21夜)

2006/06/26 23:11

メール報告:スケボー、サッカー、健康的

 歯痛で睡眠時間が次々と盗まれたため、家を出たのが思っていたより遅くなったが、そのかわり本数の少ない市電23番に行き帰りともあまり待たされなかった。帰る途中、9時に買い物(カリフラワー+フランスパン)をした。カリフラワーとジャガイモと卵を食べる。しかしもうアフリカの息吹を感じて疲れた。2人のガキがうちの窓のすぐ下でスケボーをガラゴロやってるのを見たときは、なんというストレスを感じたことか! つかのまのことだろうと思って家に入ったが、望みはむなしかった。それで、うるさくするなら自分の住んでるところに行って自分の親の窓の下でやるようにと窓越しに叫んだ。するとそこで国際摩擦が生じた。少なくとも2人のうち1人は英語を話し(大きい赤毛の子)、小さいほうの子に「ワット、ワット?」と聞いていたのだ。ここは何にでも敵対すると思われたら困るなと思ったけど、すぐに2人とも引きあげた。ふーっ。

 月曜日に「エステルカ」でまたビールジョッキ貯金のお金を数えた(バーベキューのためかもしれない)。

 昨日はテレビでサッカー選手をほめることができないのでサポーターをほめていた。実際、サポーターは予想外に行儀よく友好的だった。でもたぶん負けた側はそうなんだろう。面白い場面を見せていた。ポーランドのサポーターと仲良くなったらしい日本人サポーターのグループが、浴衣を着て、ポーランドの旗を持ち、「bialoczerwoni 白赤[ポーランド国旗の色]」を歌っていた。最後のコスタリカとの試合にポーランドは2:1で勝ったけれども、帰りの荷物をまとめなくてはならない。(6/21午前)

 インターネットで読んだのだが、汚い場所で生活する方が健康的なのだそうだ。科学者たちはこのことをネズミの例で立証した。清潔な実験室の環境で飼われているネズミは、不潔で暗くて湿った地下室に住んで入浴しない自分の親戚に比べて、病原菌や病気に対する抵抗力がずっと少ない。同じことが人間にもいえるから、チャメルはより健康になるだろう。(6/21午前)

2006/06/23 01:13

メール報告:冷蔵庫、表札、歯痛、猛暑

 新しい表札を描き終え、ドアに取り付けるのを待つばかり。冷蔵庫を洗った。承知のように、この冷蔵庫は氷を溶かす必要がないから、前のやつよりずっと仕事が少なくて済む。ただ冷凍庫はトキドキ解凍が必要、でもうちのはまだ氷の層が厚くない。(6/20午後)

 猛暑になるらしいので、明日は財務局に8時過ぎには着いて、いちばん暑くなる前に帰れるよう、早朝に出かけるつもり。

 表札は完璧にはほど遠いが最初のよりはいい。そもそも問題は、最初のと同じ大きさにしなきゃいけなかった(急激な変化の跡が見えないように)のに、内容はずっと少なかったことだ。最初のは文字が不格好で離れすぎだったが、2番目のは縁飾りと組み合わせたのでマアマア。(6/20夕方)

 歯は、ときどきイブプロム[鎮痛剤]を飲むのを忘れたり(4時間ごと)、あるいは飲んでいても、突如ものすごく痛くなる。本当にとんでもなく痛い。おおむねそれで目が覚めてしまう。一度ならず昼寝のときに、最近では就寝1時間後、つまり朝3時か4時頃に2度起きた。そんなときは薬を1錠飲んで、歯にウオツカをかける。痛みはすぐには退かず、横になっていられないので、パソコンのトランプに向かう。するといつのまにか痛みが治まるので、横になって、盗まれた睡眠の残りを救う。

 明日は朝から蒸し暑くなるそうだが、サハラ上空から来た大気が俺にとどめを刺す前に、用事を片付けなくては。ここはスペインやポルトガルよりも暑くなるそうだ。(6/20深夜)

2006/06/23 01:13

メール報告:ローマ法王列車、レフの名の日

 プワシュフで、いわゆる「ローマ法王列車」を2度目に見た。ヴァドヴィツェ[ヨハネ・パウロ2世の故郷]までの往復を運行している。とてもきれいで格好良く、黄金色の地に「TOTUS TUUS」(すべてあなたのもの、の意。これはマリア信仰に関連したヨハネ・パウロ2世の人生のモットーだった)と大きな字が入っている。俺が思うに、かりにこの列車がヴァティカンから贈られたか教会の所有だったなら万事OKだ。しかしもしもPKP[ポーランド国鉄]の所有だったら(きっとそうに違いない)、またもや日常生活の熱心すぎる教会化ということになる。だってこの列車に乗るのは巡礼者やカトリック教徒ばかりではないのだ。ともあれ最近むかつくのは、政治家たちが「私は(本物の)ポーランド人でありカトリック教徒であります…」などと宣言することだ。なるほど、国民の95パーセントはカトリック教徒だが、汚職や横領を考慮すると我が国はヨーロッパ諸国のトップの座を占めている。ヨーロッパ内でポーランドを追い越すのはおそらくアルバニアとルーマニアだけだろう。しかしそれらはカトリック国ではない。ではあのカトリックの道徳はどこへ行ったのか? こうした偽善や、あいも変わらず「偉大なるポーランド人」を引きあいに出すのにはうんざりだ。その偉大な人の教えは聞かなかったくせに。

 最近、レフ[・ヴァウェンサ]の名の日があって、客が100人以上来た。大統領選挙でL・カチンスキ(カチョル兄弟の1人)に破れたドナルド・トゥスクから、ドナルド・ダックの絵が付いた大きな目覚まし時計をプレゼントされた。トゥスクが言ったように、「カチョル兄弟が変な勘ぐりをしませんように」。でも、こうした名の日に数百人の客が来るような時代はもう終わった。最近ローマ法王の死後、クファシニェフスキ[前大統領]と歴史的和解に至ったとき、レフは招待されていた。ヴァウェンサはクファス[クファシニェフスキ]を招待しないことをこう根拠づけた。「偉大な人が死んだわけでもなければ、だれかが生まれたわけでもない」。食べ物はふんだんにあり、たくさんの魚が出たが、ヒットは焼いたダチョウだった。(6/20)

2006/06/23 01:12

メール報告:歯痛

 おさまるかもしれないが、さしあたり歯が痛い。というか歯の残りだ。Aが残していったウオツカで麻酔をかけよう。スピリトゥス[アルコール]の小瓶を買おうかな。その方が効くから。Rが話してくれたが、いつだったかやはり痛む歯をスピリトゥスで無感覚にしたことがあって、痛む神経を完全に焼いてしまったそうだ。以来彼は無事にすごしている。(6/19夜)

2006/06/23 01:12

メール報告:暑い、掃除、会話進行中

 いま17時、北向きの日陰で摂氏29度ある。窓は閉まっていて(寝るときは閉める)、屋内は涼しい。もう窓は開けない。犬の鳴き声やそのほかの騒音を聞きたくないから。昨日の晩、隣のWが裏庭の方でトンカンやっていたが、どなりつけたら止めた。相変わらずあのキャベツ頭の連中はひっきりなしに金槌仕事があるらしい。

 エステルカでビールを飲みおわって帰ろうとしたとき、土曜日のバーベキューに招かれた。もし何もやることがなければ行こうかな。でもいまのところやることはある。今日は戸棚(外側から)とその戸に付いた鏡の掃除に取りかかった。

 ビゴスはそれほど画期的ではなかったが食わねば。明日も。

 いまやってるトーク番組「会話進行中」のテーマは、遠い外国の女性と結ばれた男性。1人の男性は彼女がペルー人で、黒髪で性格の良い女性が大好きだと主張している。エヴァは、ポーランドにもブルネットの女性はいるのに、と驚いている。あのエヴァが人生や女性について何を知ってるというんだ? 次の男性、今度はベトナム人の妻だ。次の人の彼女はキューバ人女性。

 明日は財政局に電話をかけなくては。冷蔵庫の掃除もしようかな。窓も洗わなくてはいけないが、まずそれを開けるという困難に打ち勝たないと。(6/19)

2006/06/20 00:14

メール報告:新しい床屋、ビゴス

 新しい床屋を発見した。パプロチ通りの店より近い。今回はグロマツカ通りの店に行った。刈り方は悪くなくて安い。10ズウォティのところ12渡した。それから「エステルカ」で小ビールを飲んだ。L[エステルカの店員]がその床屋を教えてくれたのだし、買い物の入ったリュックサックを預かっておいてくれたから。

 昨夜はヒューズが飛ばなかった。ということは、さしあたり俺の作業の効果があったということだ。どうせサーモスタットははずすつもりだが、まだ安全装置を取りはずすことができない。それもいずれは方法が見つかるだろう。

 トルン・ソーセージをひと切れ買った。2、3日前から残っているキャベツに刻み入れて、昼食用のビゴスにするんだ。じゃあ仕事に取りかかろう。(6/19昼)

2006/06/23 01:10

メール報告:ボイラー応急措置、昨日の嵐

 こちらは晴れた。これはよかった。トンネルが水浸しになってほしくないからね。

 ボイラーをほじくり返し、装置のカバーをはずしたままにしておいた。コードを少しずらしたから、こうしておけばヒューズが飛ばないかも。もしなおも飛ぶようなら、サーモスタットを突き出して、コードを「短く」くっつけるようにしてみる。どうせサーモスタットは壊れていて、いつも「入」になっている。ボイラーを動かしてるのはサーモスタットではなくタイマーなんだ。それから水が漏れるのだから、切っておくのはもっともなことだ。

 明日は床屋に行く。でもきっとPはまず俺の白髪のボサボサ頭を見たいんだろう。(6/18午後)

 明日からアフリカの大気がこちらに流れ込んで、猛暑になるそうだ。昨日あの遠くの嵐が聞こえたのは正しかった。今日のニュースで、暴風雨がポーランド国内に引きおこした被害と荒廃ぶりを放映していた。クラクフからもさほど遠くないところだ。でもド田舎のプワシュフは免れた。ポモジェ[沿海地方]のどこかでは、ポルトガルのよりも大きな、こぶし大の雹が降った。でも、プンのようなこぶしもあれば、ゴウォタ[ポーランドのボクシング選手]のような拳もあることを考えると、こんな比較対照の尺度は誤っているかもしれない。(6/18夜)

2006/06/20 00:13

メール報告:嵐、プラグ、おじさん

 午後中ずっと、夕方と夜も、ときおり遠くから嵐のうなり声が聞こえるのみ。どこかよそで荒れ狂っているのだ。寝ないでテレビを見ているかパソコンをしてる間は、廊下のヒューズが飛ばないようにボイラーのプラグを抜いている。そのあとは勝手に飛びやがれ、ただお湯が出なくなって、タイマー付き機器がゼロに戻るだけのことさ。

 Mに手紙を書いて、おじさんと会うのは避けるように言ってやろう。思うにおじさんは周囲にとって危険になっている。彼はまたしても俺にNYに来るよう勧めたが、もしいつか行くことがあるにしても、絶対彼のところには行かない。(6/17深夜)

2006/06/20 00:13

メール報告:ブレーカー、ノック、私の血

 夜中にまたブレーカーが落ちたのでボイラーをのぞいてみた。朝5時にブレーカーを上げた。アメリカにいるMのおじさんからの電話で起こされたため。彼はまたしてもバカげたことを話し、自分の妹、Mの母親を中傷した。見たところボイラーはその寿命を終えつつある。まあこれでもいい方だろう。バシュトーヴァ[以前住んでいたところ]ではボイラーはたいてい4、5年しか保たなかったのだから。

 2枚目の表札を描いた。あと仕上げさえ終わればドアに貼ろう。

 こちらは朝8時に24度あった。いま16時は20度あって、遠くでゴロゴロが聞こえる。

 今朝も聖体祭の日と同じくだれかがドアをノックしたが、同じく開けなかった。聖体祭の日は昼食を食べていたとき、今日は朝食を食べていたときだった。それから昼食を作っているときにまたノックがあったが、これはRのノックだった。100ズウォティ借りに来たのだ。そのとき酔っぱらった隣の女が俺たちの声を聞きつけ、Rがうちを出るときを狙って入ってこようとした。女が俺に用があると抗議するのもかまわず、俺が女を家から閉め出したことは、大変Rの気に入った。つまり以前ノックしたのはこの女で、飲み代に事欠いていたのだ。

 ちょうどTVNで「Moja krew 私の血」という番組をやっている。有名人が自分の子どもと共に出てきて、子どもの頃のさまざまな話をしたり、さまざまなクイズをしたりする。それは例えば、互いにどれだけ相手の習慣や嫌いな物などを知っているかを明らかにするためのクイズ。いまちょうどヤン・ペシェクと娘のマリシャ[父娘とも俳優]が話題の中心になっていて、マリシャが自分は学校時代どんな子だったか、アラスカ往復がどんなだったかを話している。ダニエル・パッセントと娘も出ている。(6/17午後)

2006/06/23 01:11

メール報告:コウモリ、ネズミ、雹

 もう2年以上前から新しいボイラーを買わなくてはと思っていた。もう少し保つかもしれないので様子を見て状況を判断する時間はあるけど、7年保ったからいいんじゃないかと思う。

 数歳の女の子が大変残念で危険な目にあった。女の子は両親の地下室にいたコウモリをなでようとした。コウモリは小さな歯で女の子を噛んだ。母親は小さな傷を消毒し、痛まなかったのでそれで済ませていた。残念ながら数週間後(潜伏期)、女の子は高熱とけいれんの発作を起こして病院に運ばれた。診断の結果、狂犬病の症状とわかった。そのコウモリが病気だったのだ。さしあたり女の子は点滴を受けているが、今後どうなるかはわからない。

 俺はどうやら幸運だったようだ。20年前ルィネクでコウモリを捕まえたとき、やはり噛まれたが、あいつは健康だったに違いない。別の折、ネズミを素手で捕まえて指を噛まれたときは、それほど運良くいかなかった。俺はそのときかなり「給水されていて[アルコールが入っていて]」(だから噛ませてやったのだ)、その後も数日飲んでいたが、腕全体が無惨に痛々しく腫れあがり、血管に沿って青みがかった赤い筋が現れた。それに脇の下のリンパ節がひどく痛んだ。結局仲間の1人が救急車を呼んでくれて、病院で何か注射をされた。医者が言うには、おそらくウオツカが命を救ったのだろうが、いまはもう飲んではいけないということだった。2、3日して保健所から呼び出しを受け、何にどこでどのように噛まれたのかと質問された。そのネズミの死体を要求されたが(俺が殺したので)、そんなに何日も経ってからどうやって死体を持ってこいっていうんだ? 彼らはそのネズミがどんな病気を持っていたかを調べたかったのだ。ああ、そうだ、腕からその腫れが退いたあとも長い間、腕に沿って赤い痛がゆい発疹が出て悩まされた。左手の薬指にその一部始終の跡がある。

 明日はいい天気が終わって、雹が降るかも。ポルトガルに降った雹をテレビで放映していた。それはゴルフボール大で、ブドウ園の90パーセントが被害を受けた。今年はポルトガルではワインが高騰するだろう。

 インターネットで今日知ったのだが、有名な俳優のクシシュトフ・コルベルゲルはここ数年間がんと闘っている。腎臓と、肝臓の一部をすでに切除している。ちょうど彼が出演している映画「Sfora 群れ」を見終わったところ。(6/17)

2006/06/18 18:55

メール報告:アールグレイ、ボイラー

 郵便局と買い物に行った。あいにく今回はスーパー「レヴィヤタン」に「アールグレイ」の紅茶がなかった。そろそろこのいいかげんな地区にはうんざりしている。ここの人々は食べるものや飲むものに無頓着で、安ければいいと思っている。俺たちも安い方がいいけど、でもお気に入りの食べ物やこれじゃなきゃという味がある。

 少し前に廊下の漏電ブレーカーが動作したため、電気を復旧するのに、梯子を出さなくてはならなかった。これはボイラーのせい。だんだん水漏れがひどくなっていて(今日気付いて不安)、水が内部のコードに落ちている。

 昼食はピエロギ・ルスキェだけど、冷凍のじゃなくて、焼くかゆでるかすればいいやつ。結構いける。

 絵は見せないことにしようかな。出来に満足していないし気に入らないので。(6/16)

2006/06/18 18:54

メール報告:お腹

 これから夕食を作る。食べ物の話をしたらお腹がすいた。でもお腹が出てきたのが心配。トレーニングをすれば、そんなに大きくはならないかもしれない。でももうかつてのように歩き回る体力はないなあと感じる。もちろん猛暑のときの散歩はやめ。あいにく猛暑が始まろうとしている。ちょうどいい気候だったのに。(6/15夜)

2006/06/18 18:54

電話報告:掃除、間接税、トゲちゃん

 掃除をしたい。作りつけの戸棚の鏡や、冷蔵庫の中をきれいにしたい。手袋をはめて庭の雑草を抜き、ひょろひょろ伸びたコスモスが見えるようにしたい。

 外国車販売の際の間接税が値上げになったため、みんな車を買い控えている。EU内は1つの国のように自由に商品が売買できることになったはずなのに、間接税値上げはそれに逆行する不当な措置で、EU内の自由貿易を阻害しているとして、ストラスブールのEU本部に訴えている。ポーランド政府は、この間接税値上げが仮に不当な措置と見なされて元の税率に戻すことになれば、また別の税を高くして人々から取り立てようとするだろう。

 まだ咳が出る。のどがすっきりしない。玉ネギ・シロップは効いたのでまた作ろう。ポーランドでは子どもが風邪を引いたとき、温かい牛乳にニンニクとバターを入れたのを鼻をつまんで飲ませる。

 明日は気温30度の予想。トゲちゃん[サボテン]は上の方の芽が出ない。下の方だけちょっと葉が出た。(6/15晩)

2006/06/15 23:53

メール報告:また負けた

 なおも嫌な咳をしながらオフロしたところで、ポーランドが試合に負けたため病んだ満足を感じている。昨日は気を揉みたくなかったから、試合時間にはトキドキ、ドルトムントでどうなっているかをちらっと見るつもりで映画を見ていた。でも映画が結構面白かったので試合のことは忘れていて、朝食時になってようやく0:0の後半戦の再放送にぶつかった。ちょうど90分が過ぎていたので、俺が昨日負けを選んだのは当たらないかなと思ったが、審判が3分追加し、1分後にドイツが1:0にした。チャメルは何でも知っているー。

 ひょっとして郵便局のBが長い週末を取りやしないかと電話してみたら、明日は開いているというので、ZUS宛の次回の書類を送る。向こうの店で昼食を何にするか考えよう。ソーセージ終わり。(6/15)

2006/06/15 23:52

メール報告:遠征の疲れ

 処方箋と薬を取りに行くだけのちょっとした遠征でこんなに疲れるとは、自分でもぞっとしている。いっしょに歩いてトレーニングすれば状況は改善するかも。もちろん休みながら、例えば小ビールとかコーヒーを挟んだ小さな遠足から始めよう。これは年齢と閉じこもりのせいばかりではなく、どこへでも車で移動していたことによる。買い物にさえ歩いて行かずに、お昼に車で帰宅する途中にしていたのだ。いまは少なくとも1日1度は店に歩いていくが、街までの小さな遠足が(つらい)大遠征になってしまった。(6/14夜)

2006/06/15 23:52

メール報告:対ドイツ戦、多食症、拒食症

 今日、ポーランドはドイツと対戦、これは生きるか死ぬか、つまり「伸るか反るか」の試合だ。それに関してポータルサイト「Onet」に、「勝つか負けるか、それとも引き分け?」というアンケートが出た。俺はドイツの勝ちに投票した。奇蹟は信じない。

 いまエヴァ・ズジズガのトーク番組「会話進行中」で多食症というテーマを掘り下げている。こういう女の子や女性には同情するけど、こういう場合いつも俺はアンビヴァレントな感情を持つ。考えてみてくれ、どうしてこの問題は、貧困だったり食料獲得が困難な場所では起こらないのか? その女性たちが一度に何をどれだけ食べたかをエヴァが見せているとき、俺はこう訊ねる。例えばソマリアの貧しい娘がどうやったらそんな病気にかかるというのか? 拒食症も同様だ。何か食べる物を手に入れるのに必死な女は、痩せようなどとは思わない。それにこれは見栄と自分の外見のみに没頭する病で、ほぼ100パーセント女性の病気だ。俺が知る拒食症唯一の「男性」例はスヴェン・ハナヴァルトの件だが、この場合は純粋にスポーツ的な下地があった。すなわちスキージャンプ選手として記録を出すために、自分の身長でなるたけ体重を少なくしたかったのだ。だがあの愚かな女たちはモデルの外見の名の下に(これが病気の始まり)飢え死にすることができるのだ。(6/14夕方)

2006/06/15 23:51

メール報告:街

 昨日医者の先生に電話して頼んでおいた薬の処方箋を取りに街へ行って帰ってきたところ。フロリアンスカ通りの工事はそろそろ終わりかけ、ルィネク[中央広場]はおそらくまだ長い間掘り返すんだろう。ついでにいえば、市当局と歴史的建造物修復専門家と投資家たちはスキェンニツァ[織物会館]の地下の使用方法に関して互いに角突き合っている。もちろんルィネクではCに会った。ようやく7:40だというのに、彼はすでにクレパシュ[市場]に行ってアルコールを買ってきていた。その液体をいっしょに試飲しようという提案は利用しなかった。俺はクレパシュには薬を買ったあとでもう行ってきたのだ。寒さと雨のせいでイチゴが値上がりと言われていたが、それほど悪くはなかった。わりと状態のいいのが1kg3.00から5.00ズウォティ。帰りは市電だったけど、行きは初めてレースバスで行った。とてもすてきな乗り物だ。切符は市電より安くて2.30ズウォティ[市電とバスは2.50ズウォティ]。オオオオオムニャムニャム、クレパシュで買ったチョコレート・ウェハースはなんてうまいんだ! オイシイ。もうひとつかじろう、でもストップ、もうすぐ昼食だ。(6/14午前)

2006/06/14 22:18

メール報告:聖体祭、殺人事件

 天気予報のとき偶然、木曜日は聖体祭だと聞いて良かった。2日分の買い物をしておかなくては。またしても怠け者どもは長い週末(4日間)を楽しむことになる。

 今日の報道ルポ番組「ウヴァガ」は21歳の男が母親と2人の叔母を殺した事件について。近所の人たちは彼について肯定的に語っていたが、救急隊員たちは、息子が飲食を受け付けないという理由で母親に呼び出された状況を思い出した。しかしこの事件が「ウヴァガ」で取り上げられた理由は警察の破廉恥な行動である。この殺人者は5階から飛び降り、建物の階段部分の入口の庇に骨折して横たわっていた。そこから彼を降ろしたのは救急隊である。警察がやって来て、自殺未遂の情報を得ると、住居内はまったく見ずにそのまま帰った。だがその男はそれより前に、重要なことが起きると言って、自分の友人3人を6月6日に家に招待していた。3人は来たものの、だれもドアを開けてくれなかった。しかし彼らはドアに付いていた血の跡に気付いて警察に通報した。そのとき3人の女性の死体はすでに3日間この家に横たわっていたのだが、だれひとり知る者はなかった。ついでに言えばこの日付は、だれもこれについては言わなかったけれど(06.06.06)サタンの数字を連想させる(映画「オーメン」参照)。だからひょっとするとこの殺人の背景はそういうものかもしれない。でもこれは単に俺の意見。いずれにせよ今日、彼を病院から刑務所に移すところを見た。もちろん精神科医の観察下に置かれることになる。ところで警察は今日、例の若者たちの反ギェルティフ抗議行動で18人を勾留した。

 一昨日、消費者権利連盟のインターネットのアドレスに、番組の遅れや変更(すべてお詫びなし)、わめきたてる広告のことで、テレビ局への苦情を書いた。

 6月29日は考古学博物館の庭でピヴニツァ・ポド・バラナーミ59周年記念コンサートが開かれる。(6/13夜)

2006/06/14 11:22

メール報告:ギェルティフ、ヤナス監督

 午後のニュースで東京の衝突した路面電車を見た。時速25kmでどうしてこの衝突事故に至ったのか専門家らが論議検討しているというコメントが付いていた。

 ニュースでは、若者が学校に行くかわりに国会(閣僚評議会かもしれない)に行って、「1、2、3、4、ギェルティフ出ていけ!」とか「失せろ、じいい!」と叫ぶのを放映している。この2番目の叫び声は、かつてギェルティフがまだ教育大臣になる前に、テレビカメラが自分を「見聞き」しているのを知らずに、何か援助を求めて自分の車に近付いてきた男に、彼が「失せろ、じじい!」とわめいたことによる。

 またこんな男も出ていた。男は自分のテレビをゴミに出して、ヤナス監督[ワールドカップ、ポーランド代表の監督]なんかくそくらえと叫び、告訴状を見せていた。その告訴状で彼は、健康を損ね、チャンスを無駄にし、希望を葬ったとして、10000 ズウォティの賠償を求めて監督を訴えていた。ヤナスはあのひどい試合のあと2日間は人前に出ることを避け、だれとも話をしたがらなかった。彼がどこにいたのかを知る人はわずかだった。いまでは公に姿を現したが、バカげたことをしゃべっている。「グルスキの鷲たち」のすばらしい偉業を生で見ていた俺らの世代にとって、本当に受け入れられないゲームで敗北だ。もちろん俺にとってこれは国家の敗北ではない。まったくの別物だ。(6/13晩)

2006/06/14 11:22

メール報告:レールバス事故、ペースト、絵

 まだ少し咳が出て、鼻から少し緑色のが出るけど、もうほとんどよくなった。夕方いつもより早くメール書きに取りかかっておいて良かった。その後1:30から朝4時頃まで停電があったから。今朝からラジオは大騒ぎ、というのも空港行きのレールバスが何か事故を起こしたのだ。この路線は1台しか運行していないので、休暇に出かける多くの人が困った。おかげでタクシーは悪くない稼ぎになった。

 ペーストは見た目から想像していたのとは違った。透明な焦げ茶色のかたまりで味は悪くないが、この値段の割には少なすぎる。あるときからこういったジャムのようなものをよく買っている。サクランボ、イチゴ、ベリー類、あるいはチョコレート・バナナが3.55ズウォティで、これはおいしい、とくにサクランボが。

 ちょうど絵を描き上げたところ、あと俺の秘密のニス、裏に題名を書いた紙を貼って出来上がり。(6/13午前)

2006/06/14 11:21

メール報告:キャベツ、悪魔の像、自転車

 昨日から昼食は、玉ネギといっしょに焼いた白ソーセージ、新ジャガ、煮込みザワークラウト。ただ1つミスをしてしまった。キャベツを煮た最初のゆで汁をこぼさなかったのだ。瓶詰めだからきっと殺菌済みで苦くならないだろうと思ったのだ。でもやっぱり苦かったので、すでに調味料とトマトピューレを入れたあとだったからちょっと遅すぎたけど、かなりの水をこぼした。さらに煮て、ルウを加えたら、多少酸っぱくて苦いがなんとか食べられるようになった。

 今日ニュースを見てたら肝をつぶすような事件があって、俺はソファーから立ち上がれなくなった。その事件は俺の意志に反して教会への嫌悪感を拡大した。というか、ポーランドのあの多くの教会狂信者に対する嫌悪感を拡大した、というのが正しい。ウェンチツァは伝説と民話によると大昔から好ましい悪魔ボルータの居住地である。町の病院の前にはこの悪魔を象った美しい木の彫刻が立っていて観光名所になっていた。この彫刻は最近までだれの邪魔にもなっていなかったのに、町当局と教会狂信者どもが、カトリックの土地にサタンの場所はないと言って認めなかった。この病院の患者たちはボルータのことをむしろ好感を持って話していたが、例外はひとりのばあさんで、ボルータをあらゆる悪の象徴とみなし、こいつのせいで手術が成功しないのではないかと恐れていた。いまやかわいそうなボルータは地面に寝ていて、地元の美術家が管理している。おいおい!!! 我々はいったいどんな時代へあと戻りしてしまうのか! 我が国民の無知蒙昧と愚かさがこんなどん底まで達しているとは思わなかった。

 そのかわりTVNのもう1つのニュースは良かった。メキシコシティを男女の自転車乗りの一団が全裸で走り抜けたのだ。インターネットで16枚の写真も見た。これはこの大都市に自転車専用レーンが不足していることに対する抗議行動だった。(6/12夜)

2006/06/13 02:33

メール報告:鴨、レヴィヤタン

 税務署に行く途中、バグリのほとりではまったく白鳥の姿は見えず、そのかわり全然知らない鴨を見た。暗い斑点のある白っぽい体に黒い尾、首と頭はオレンジ色だった。図鑑で調べよう。帰りに平和大通りの「レヴィヤタン」[スーパーマーケット]で買い物をした。品揃えはほとんど駅前通りの店と同じで、棚のラベルから見て普段はそこにピーナツバターがあることがわかった。でも今日はなかった。代わりにパンに塗るナツメヤシとリンゴのペーストを買った。結構高くて6ズウォティ以上した。味見しなくては。(6/12午前)

2006/06/13 02:32

メール報告:鼻づまり、悪臭

 ひどい鼻づまりの発作を体験中、いつも見ている「中国の伝統文化」の第8回の内容がかろうじて見える。自分が書いている字が涙と鼻水ごしに見える。

 臭いドリアンについて、チャメルは味見したことはないけれど以前から知っていた。それでいいのだ。なぜかというと俺の鼻は悪臭に対して過敏になっているから。最近近所に汲み取り車が来たとき俺はたまたま店に行くところで、本当に吐き気がして逃げる羽目になった。あの左側のがさつなうちだったので、彼らの汚物はとりわけ臭く感じられたからかもしれない。店では特別に長いこと買い物について思案し、女性店員らとおしゃべりをした。その間に汲み取り車が行ってしまって悪臭が風で吹き払われるように。

 俺が知る限り、スタニスワフ[・レム]氏は戦後ルヴフには行かなかった。彼にとってあまりにつらいことだったから。カジミェシュ[・グルスキ]氏はたしか1度か2度行ったことがある。

 いまテレビでウゥチの竜フェスティバルを映している。太陰暦の5月5日にフベイ地方で開催される。(6/11夜)

2006/06/13 02:32

メール報告:ルヴフ、公共放送の横暴

 とりわけS.レムの死後は俺もルヴフ[現ウクライナ領リヴィウ。レムの故郷]のことを考えていた。あそこに行って彼の足跡を見つけようか? K.グルスキの死後もルヴフを思った。ソ連邦時代はかつてのポーランドの街が廃墟になっているのを見るのがつらかったが、いまはよくなっていて、歴史的建築物や文化に対する政府の配慮が見られるという話だ。正教やカトリックの教会が倉庫や公衆便所に変えられているのを見ることはきっとないだろう。しかしそれは決して、「あのルヴフっ子たち」がいた「あの」ルヴフではない。これについてはヴィリニュスとは違うだろう(と思う)が、ポーランド語を知らないふりをする人はいないのではないか。

 昨晩は「ガンジー」という伝記映画を見た。オモシロカッタ。そのかわり今日は朝から罵っていた。というのも「ナイル川」という大変すばらしいドキュメントの次の回を見たかったのだが、くそっ、何かのミサをやってやがる。他の番組も教会関係だ。「ナイル川」はTV-2、つまり公共テレビで放映されることになっていた。彼らには結構ちゃんとしたカトリックのテレビ局「プルス」があるじゃないか。「トゥルヴァム」テレビもリジク神父の「ラジオ・マリヤ」もあるじゃないか! 俺が教会に行きたくないと、彼らは力ずくで家までやってくる。何にしたって多すぎると不健康だし、俺はこんなの心からもうたくさんだ。それに、もしも彼らがどうしても何か変えたいのならば、どうか俺にその「ナイル川」がいつ見られるのか予告しろよ。なのに奴らは、ヴァウェンサ[ワレサ]がよく言ってたように、ウンともスンともコケコッコーとも言わない。すみませんとも、ざまあみろとも言わない。まったくの厚顔無恥。こういうとき、俺が受信料を払わないのはまったく正しいと感じる。ニーナ・テレンチェフ[元局長]が辞めてから(ヴィルドスタインがこの太った雌牛を追い出した[5/23付報告参照])、2チャンネルは多少良くなるかと思ったが、おそらくだれかひじょうに教会第一の人がやって来たのだ。

 今日は残念ながら鼻づまりがひどい。昨日の入浴のせいかもしれない。だからオフロするのは週1度ではなく、2週間に1度に決めた。(6/11午後)

2006/06/11 17:20

メール報告:マンゴー、将軍、コウノトリ

 だんだん元気になってきている。トキドキくしゃみの発作が起きていらいらするけど、肺と気管の火は消えた。頭も痛くなくてよかった。だってあのひどい店じゃ今度はイブプロム[鎮痛剤の製品名]が品切れだったのだ。ちょうど週末だというのに。それでヌロフェン[鎮痛剤の製品名]を買ったけど、これは別物だし6錠しか入ってない(イブプロムは10錠)。

 俺がマンゴーの味を知ったのは共産主義体制どっぷりの70年代のこと、PRL[ポーランド人民共和国]は友好国ベトナムからこの果物(とても大きくみずみずしくて安価)と、とっても濃厚でしっかりした味のマンゴージュースの缶詰を輸入していた。みんなの口に合ったわけではないが、俺は大変おいしいと感じた。

 ちょうど連続ドラマ「将軍」(1981年製作)の第1回を見たところ。この番組はたしか1984年に白黒テレビで見ていた。このドラマにはかなり作りごとがあると知ってはいたが、つねに俺は日本に、日本の伝統と文化と歴史に魅了されていたので、大変気に入った。だが後年、「将軍」は実際にあった出来事をよりどころにしていたことを知った。だから小説に基づいてドラマができたのだ。そして、だからいま喜んで2度目を、今度はカラーで見ているわけだ。そのうえ決め手は、俺のお気に入り、故トシロウ・ミフネ! 彼がいなくなってさびしい。彼の数々のすばらしい役柄は決して忘れない。俺にとって彼は日本の俳優の模範だ。

 小さな村でヨーロッパ規模のセンセーション。ここ数年同じ巣に来るコウノトリのカップルが5つ子を授かった! コウノトリのヒナはたいてい1、2羽で、それより多い場合、弱い個体はきょうだいによって巣から押し出され死んでしまう。この5つ子は皆健康で活発で発育良好。この村はルブリン県のモシュチャンカ。(6/10)

2006/06/10 15:29

メール報告:第1戦、マンゴー、カッコウ

 ワールドカップの開幕第1戦はドイツ対コスタリカ戦だったが、試合前にカジミェシュ・グルスキに1分間の黙祷を捧げた。その後ポーランド対エクアドル戦があり、日本人審判が試合を進めてくれたことも役立たず、ポーランドは負けた。ポーランドの「鷲たち」のプレイを見れば負けることはわかっていた。エクアドルが点を入れて1:0になったとき、すぐに2:0になるぞと俺がひとりごちたらそのとおりになった。ここ2、3日、今日も朝から、この第1試合は勝たなくてはいけないし勝つでしょう、エクアドルなんかてんで相手になりませんよ、と盛んに言っていたのを俺は聞いていられなかった。でもチャメルにはこうなるとわかっていたし、別に驚くようなことではなかった。いったい彼らはおまるを手に、いつになったら目を覚ますんだ?

 マンゴーの「大きな果肉入り」ヨーグルトを買ったけど、マンゴーの味はあまり感じられない。

 郵便局と買い物から戻るときカッコウの声を聞いた。でもそれが3羽いたのか、それとも1羽が木から木へ飛んで俺のあとをついてきていたのかはわからない。

 午後プワシュフ上空に雷雲がやって来て、雷の1つがごく近くに落ちた。

 しだいに体の具合はよくなってきているから、明日は何かできるかも…。(6/9深夜)

2006/06/10 15:28

メール報告:ワールドカップ開幕

 今日は少し絵を描くはずだったが、郵便局と買い物から戻るとひどく気分が悪くて何もできる状態ではなかった。白ソーセージを焼くこともせず、反吐の出そうなぬるぬるした昨日の残りの冷凍イチゴ入りピエロギを食べただけ。いまは何か胃袋のセンセーション(下痢)が起きないかと伺っているところ。ちょっと寝たので気分はまあまあだが、チャメルは力が無く、まだ頭が痛い。洟が出る。

 今日はワールドカップ開幕で、ポーランドはエクアドルとその第1戦を戦う。ポーランドで販売されたこのワールドカップのチケットは25000枚だが、75000人がドイツに行く。チケットを持っていないファンの一部は試合をスタジアム外の巨大スクリーンで見たいのだとしても、それ以外の連中は何に期待しているのか?(6/9昼)

2006/06/10 15:28

メール報告: 今日の「大逃亡」

 今日の「Wielkie ucieczki 大逃亡」はとても良心的な人に関する物語だった。その人は急使で、「緑の国境」を通って、しばしばまったくの他人、とはいえAK[アーカー:国内軍=第2次大戦中の抵抗組織]の弾圧におびやかされている人たちなどを連れて行った。その人は有名な俳優レオン・ニェムチクの3歳年上の兄ルドヴィク・ニェムチクで、いまも存命である。何度目かのときレオンも西側へ出たが、おそらくだれかの密告の結果、2人とも途中で一行もろとも捕まってしまった。刑務所に送られたが、しばらくして恩赦でそこから出た。2人とも国から逃げ出したかったが、運命のいたずらで、レオンはここで俳優になり、ルドヴィクは将来の妻と彼女の妹とその夫とともに逃げた。シフィノウイシチェからボートなしで海沿いに東ドイツのアフルベックへ出るその逃亡は大変劇的であったと同時に、個人の意志を試すことにもなった。というのもその後その妹は夫と別れたのだ。1951年にはベルリンの壁はなかったので、東ドイツとベルリンにたどり着けばよかった。(6/8夜)

2006/06/10 15:27

電話報告:無実の罪、滑り台、近所の店

 チャメルはまたアルツハイマー。寝ようとするとセールスの電話や間違い電話がかかってくるので電話線をはずしたままだった。熱がある。起きたらつなぐつもりで電話線を目の前に垂らしておいたのに忘れた。

 ワールドカップ関連でやっぱりトラブル。チケットは抽選で販売し、買えなかった人はチケットなしでドイツに行くのだが、チケットを買い占めた業者が10倍の値段で売りさばいている。旅行代理店が無記名のチケットを提供したり、買った人の名前を間違えて印刷したチケットが発行されたりしてトラブルが起きている。

 数年前、ある青年が殺され、警察は容疑者をすぐに捕まえた。容疑者は村の見るからに頭の足りない男で、15年の刑を言い渡された。すでに4年間服役しているが、最近になって真犯人が見つかり、この人は無実だったことが判明した。彼が刑務所で過ごした4年間は地獄だった。彼のような人は、重罪を犯した囚人たちにいじめられたりレイプされたりする。犯人を早く検挙すれば報償金が出るので、警察も検事局も適当な奴を犯人に仕立て上げるのだ。

 5歳の男の子が滑り台から落ちて亡くなった。滑り台が錆びていたのだ。そのあとまた別の5歳の子が滑り台で遊んでいて骨折した。いまになって全国の滑り台を点検している。人が死ぬまで何もしない。これまでは点検といっても、年に1度、表面を塗装し直すだけで、錆びたりして具合の悪いところを修理していなかった。

 エレベーターで若い女の人が亡くなった。ドアが開いたので乗ろうと足を踏み出したら箱が来ていなくて、シャフトの下まで落ちて死んだ。

 ある小学校の女性教師が、クジラは最大の魚であると子どもたちに話したそうだ。どうしてこんな人が先生をやっていられるのか?!

 近所の店はひどい。アールグレイが売り切れると1か月は入らない。ミスというマーガリンもひとつき品切れ。ギリシャ・チーズが1度あったがもうない。塩入れがなぜないのか。数週間前にはあったのに。店員に聞くと売り切れと答えるが、よく売れるならなぜ注文しないのか? この店はまったくPRL[ポーランド人民共和国]時代の店みたい。客のことなんかどうでもいいと思ってる。この辺りの人は車を持っていれば街へ出て買うし、車を持ってない人や老人なんかで線路の向こうまで行かれない人は、他に買い物するところがないのでこの店で買うしかないから。線路の向こうに行ったら卵を買う。この店の卵は新鮮じゃないから。冷凍のイチゴ入りピエロギを買って食べた。マカロニ用のトマトソースはまだある。

 咳が出る。玉ネギシロップがある。寝て汗をかく。いつもはパジャマのズボンだけだが、シーツを汗で濡らさないようにシャツを着て寝よう。汗をかいたら着替えよう。(6/8晩)

2006/06/10 15:26

メール報告:風邪、殺人事件、秘密監獄

 目が覚めたら肺が焼けつくようだった。すでに昨日から何か変だと感じていたが、今日は咳をするたびにひどく焼ける。幸いそう頻繁に咳は出ない。起きてすぐ玉ネギシロップを作った。というか、その準備をした。まずタマネギをスライスし、それを重ねて瓶に入れ、砂糖を振っておく。それでしばらく置くと、タマネギは砂糖の影響を受けて水分を出し始め、シロップができるのだ。俺のはもうできつつある。かなり早く水分が出る。どうして風邪をひいたのか見当が付かない。涼しいとはいえ、外出は近所の店だけだし、あの緑色のジャケットを着ていく。ひょっとすると家にじっとしているせいで俺のからだは抵抗力を失ってしまったのか?

 この世の中はいったいどうなっているのか、人間はどうなっているのかわからない。この3日間、また別の悲劇に関して報道している。23歳の青年が3人の女性を殺した。自分の母親とその2人の姉妹、つまり自分の叔母である。3人を室内でナイフで刺し殺したあと、彼は5階から飛び降りた。骨盤を骨折して現在入院中で、2人の警官が見張っている。

 ポーランド国内にあるという、いわゆるCIA秘密監獄に関して、またしてもポーランドはいちゃもんをつけられている。アメリカ人たちはアルカイダや他のテロリストの囚人をここに収容し、拷問にかけることになっていたらしい。もう2、3か月前にこの問題はあった(+ルーマニア)が、さまざまな委員会はそうした監獄の跡を確認できなかった。もちろんCIAの航空機はシマヌフに着陸していたけれども、ドイツやフランスにだって着陸していたのだ。だがドイツやフランスにはだれもいちゃもんをつけない。(6/8午前)

2006/06/08 23:21

メール報告:認知症、殺人事件、預言者

 俺は本当に老人性認知症でアルツハイマーだ。失望をつかのま甘くするために、今日店で2つめの「マチェク」を買った。リュックサックからそれを取り出したとき、昨日買ったのがコンプのモニターの下にあるのに気付いた。いまようやく自分のだらしなさと間抜け加減を感じた。

 その女はひどいが[秋田の小学1年生殺人事件の容疑者のこと]、こちらではもっとずっとひどい悲劇があった。昨年のこと、ある夫婦の11歳の娘が、家の掃除中に、キャベツ用の漬け樽のなかに5人の赤ん坊の死体が入っているのを発見した。母親が自分で産んだ子供を順番に殺していたことが判明し、その娘もじつは8歳のときに殺すはずだった。夫は一連の妊娠と殺人に関して一切知らなかったと言っている。妻は、夫がそれをするよう唆して手伝ったのだと証言しているが。最初夫は無罪になったが、今後さらに審理は続く。妻は終身刑。娘はすでにアメリカで新しい両親がいる。

 昨日、偶然撮影された、ライオンたちが男を食う場面を見た。これはキエフ(ウクライナ)の動物園でのこと、ある気の触れた御仁が、我は神の御加護に守られた預言者なり、とかなんとか叫びながら、ライオンの飼育場に飛び込んだ。ライオンは神の御加護を気にせず、男に飛びかかって噛み殺した。そばにビデオカメラを持った観光客がいて、その「預言者」の悲劇を撮ったのだ。

 昨日録画したポーランド・スロヴァキア・ハンガリー合作映画、マルタ・メーサーロシュ監督の「Niepochowany 葬られなかった男」、主演ヤン・ノヴィツキ、を見ているところ。映画の主人公はイムレ・ナジ、本当は日本と同様にナジ・イムレだが[ハンガリー人の名前は姓名の順]、首相で党書記、1956年の蜂起後ソビエトの介入ののちに死刑を言い渡され、首をくくられた。亡骸は刑務所の壁のそばに埋められた。ヤン・ノヴィツキは大変リアルにこの役柄を演じている。

 トイレの水洗器を修理した。このごろ具合が悪くて、また壁に水漏れしてるのかと思っていたのだ。でももう大丈夫。両面テープを買って、ドアのそばの床に置いてあるリノリウムを貼った。以前Lがやってくれたが効果がなかった。俺の仕事のほうがいいかも。そのテープはじつは新しい表札を貼るのに買ったんだけど、まだたくさんあるからいろんな目的に使える。(6/7昼)

2006/06/07 23:27

メール報告:腹が立つ

 俺は本当にフラストレーションがたまっている。なぜかというと、あのひどい店は売り場を拡げたにもかかわらず、だんだん品揃えが悪くなっているからだ。ただの塩入れはないし(高価なセットばかり)、普通の容器もない。そのかわりにあるのは上品で気密性の高いスチール製の25-27ズウォティのものだ。高すぎる。結局、たかが塩入れを買うのに町へ出るかテスコに行く羽目になる。忌々しいプワシュフ。

 ストレスのもう一つの理由は、隣人のだれかのところへさまざまな建築・改築用資材が納入されている様子。またしても愛すべき隣人の家の改築でホラーになるのか。ただまだだれのかはわからないが。ここはけたくそ悪いあばらやだ。彼らは改築しないと病気になってしまう。この7年間そんなふうだ。たぶん金が有り余っているんだろう。しかしみんな、このポーランドはいかにひどいか、いかに貧しいかと嘆いてばかりいる。貧しい人々というのは鍋の中に何を入れようかと考えるのであって、のべつまくなしに改築のことなんか考えたりはしないものだ。(6/6)

 おそらくあのストレスのせいで俺は頭までどうにかしてるんだ。今朝、店で小さなおいしい卵リキュール入りチョコバーを1.15ズウォティで買った。夕方食べようと思ったら、リュックサックに入れてなかったことがわかった。店のかごの中に置いてきてしまったのだ。自分に腹が立つ。ただ、チョコバーはどこかの子どもが見つけて、その子がおいしく食べてくれたらいいなと思う。「マチューシ」という商品名。たぶん。(6/6夜)

2006/06/07 03:34

メール報告:塩と砂糖、ドキュメント「鉄」

 塩入れと砂糖の容器を買わなくちゃいけない。あのストレスのせいだと思うけど、塩を乾かしていて電気コンロを止めるのを忘れてしまった。それからなぜかはわからないが、砂糖の容器を食器棚から床に落としてしまった。塩入れは底が取れ、砂糖容器は蓋のところが割れた。

 テレビで九州の火山、桜島を見た。危険なことに目を覚ましている。

 マカロニ用のトマトソースを作った。生クリームは加えなかった。ひょっとして、だからしつこくないのかな。

 マレーネ・ディートリッヒの伝記映画を見た。悪くない。これまで彼女に関して多くのことを知らなかったから。

 また「Zelazo 鉄」というタイトルのものすごいドキュメントもあった。話は極秘のカムフラージュされた出来事。1971年、ポーランド共産主義政権の諜報機関とSB[保安省]に教唆されたヤノシュフ3兄弟の一味は、ハンブルクに居酒屋とクラブを、のちに宝石アクセサリーの闇問屋を所有していた。彼らは西側の銀行を襲撃したり、巨額の詐欺を働いたりした。ついには略奪物を3両の貨車に積み込んでポーランドに密輸し、そこで党と特別職がそれらを組織的に分けた。この活動全体の暗号名が「Zelazo 鉄」だった。その後、続いてスウェーデンと関連した「Zelazo 2」があった。そこには数百kgの金、ダイヤモンド付き腕時計やダイヤモンドのほか、毛皮や皮革などもあった。その一部始終を、まだ生存している3兄弟が語ったのだが、みずからの罪や金の量を少なく言ったり、殺人を隠したりして、はぐらかしているのがありありだった。1990年に彼らに判決を下して刑務所に入れようとする試みがあったものの、だれひとり刑務所には入っていない。(6/6)

2006/06/07 03:33

メール報告:悪夢

 今朝ZUS[社会保険局]に行こうとしていてホラーが始まった。市電に乗る前になって眼鏡[老眼鏡]を忘れてきたことに気付いた。あれがないと書類に記入することができない。眼鏡を持っていく用意はしたものの持ってこなかったのだ。8時前だったので薬局が開くまで待とうと思った。薬局で眼鏡を売らなくなったことは知ってはいたが。そのとき不意に23番の市電が来た。あの方向へ行く唯一の市電で30分に1本しかない。それで必死になって駆け込み乗車した。しかし途中で、このまま役所に行ってもどうしようもない、だれも助けてくれないだろうと気付き、その市電を降り、3番を待ってクレパシュ[市場の名]へ行った。そこで10ズウォティの眼鏡とあと2枚の切符を買った。長らくご無沙汰だったルィネク[中央広場]を抜け、Cたちと挨拶を交わし、彼らをがっかりさせながら俺は8番に乗るべくグロツカ通りに向かった。ZUSではなんと、いつもの2倍の書類に記入しなければならなかった。折しも5月にコード番号の変更などがあったためだった。さらに悪いことに、書類のすべてをその場で提出することはできず、提出できるのはそのうち2枚だけで、残りは1週間の間隔をあけて2度に分けて提出するのだ。まったくバカげてる。だが寛大なことに郵送も認めてくれた。腹が立ったが、ようやくほっとして忌まわしい建物を出ると、23番の市電が出ていくところだった。それで次の30分を無駄にした。帰り道に買い物をして、帰宅は12:25だった(7:40に家を出た)。昼食はマカロニ・トマトソース、玉ネギは抜きで、軽く泡立てた生クリームを入れる。(6/5)

2006/06/07 03:32

メール報告:ハゲタカ、コンプ、花火

 ハゲタカはなによりも死肉を食べる。ハゲタカがポーランドにいない理由は、ここでは死んだ動物はおもに森の中に横たわるが、ハゲタカは開けた場所で上空から死体を見つけ出すから。森の中では見えないし、そこではもう、イノシシ、狼、熊、キツネ、ワタリガラスなどの競争相手が死体に取りかかっている。(6/4)

 新しい絵はもう下描きがすんだ。手短にしなくちゃ。というのもコンプ[パソコン]の換気扇が動かないので、過熱して焼き切れるのではないかと心配だから。内部を見てみるよ。(6/4)

 ちょっと寝てからコンプの様子を見てみた。換気扇を動かしたら今は回ってる。せめてこれだけでもできてよかった。でもこれは単に機械的方面にすぎない。とはいえ、換気扇が最近起動時に少々騒音を立てていなければ、回っていないことにも気付かなかっただろう。それをどうにかしたくて、ちょうどそのガタゴトいうのを待っていたのだ。

 昨晩は2時間たっぷり花火の音が聞こえた。今日ちょっと前にテレビで、昨夜ヴィスワ河畔で何があったかを見た。ヴァヴェル[城の建つ丘]のふもとで「光と音」のすばらしいショーが行われたのだ。ポーランドの12都市から来たものすごい竜たちが、レーザー光線と花火のなか、空中に舞い上がったり、ヴィスワ川を泳いだりした。竜たちが川岸の子羊をよく見ようとして近付いていくと、ついにあのいちばん恐ろしいヴァヴェルの竜が子羊をむさぼり食おうと姿を現した。(6/4)

2006/06/04 14:39

メール報告:克服、竜、動物園、ハゲタカ

 さしあたり、絵のためのボール紙を6枚切った。たぶんもう1枚表札も描く。みずからの芸術的無力と、何に対してもやる気のないのを克服しようと思う。すでに成果はある。今日は入浴をすませ、浴室の床を拭き、シーツパッド2枚を洗う準備をし、トイレ掃除をし、部屋と廊下に掃除機をかけ、そして例のボール紙を切った。もちろん買い物に行き、新しいゴム手袋を買った。雑草を抜いて、コスモスが生きることに身を乗り出すのを手伝うために。コペル・ソース[ホワイトソースにディルの葉のみじん切りを混ぜたもの]が濃くなりすぎたので薄めなくては。まだ明日の分もある。ただ残念なのはプンが、最近まで痩せていた姿の俺ではなく、恒例として、すでに軽く年取った太鼓腹の俺を見ることになるだろうってこと。これもまた多くの物事に対してうんざりする原因。でもアマイモノは相変わらずおいしい。

 今日の正午、竜のパレードがあった。ポーランド中から竜たちがやってきて、まずホテル・ロイヤル前からグロツカ通りを通って旧市庁舎の塔[中央広場にある]まで行進。そこでちょっとした催し物があり、それからヴァヴェルのふもとの竜のあるじのところへ行き[ヴァヴェルの丘には竜が住んでいたという洞穴があり、観光名所になっている]、もっとも美しい竜を選ぶコンテストが行われた。

 動物園ではとくに夜行性動物館を見よう。アラビアネコ、白頭マーモセット、緑イグアナ、フェネック、毛むくじゃらアルマジロ、ヨザル(夜行生活を送る唯一のサル)、クスクス(アラビアのお粥みたい)、小さいロリス[ノロマザル]、小耳(チイサミミ)ガラゴ[ロリスの一種]、kinkazu、ナイル褐色コウモリ。動物園の敷地は15ヘクタール、そこに240種1450匹のドウブツが暮らしている。毎年25万人が訪れる。

 ザコパネ[ポーランド南部のタトラ山地の町]の中心街で木の枝に淡黄ハゲタカがとまっているのが目撃された。雨降りで鳥は濡れていた。太陽が出て羽が乾くとハゲタカは飛び去った。タトラ山地で淡黄ハゲタカが最後に目撃されたのは1848年、ピエニニィ山地[タトラの北東にある]では1914年。かつてこの鳥はポーランドで巣作りをしていた。

 ワルシャワには「ハウ-ミャウ [犬と猫の鳴き声] 」という名の動物病院がある。ヒヒヒ。

 洗濯はもう終わって、物干しスタンドに干してある。(6/3)

2006/06/04 14:38

メール報告:死者の記憶、草むしりと絵

 得がたい人々がいかにしばしば早すぎる死を迎えることか、私たちにはもうよくわかっている。俺の手帳には、名前と電話番号と住所の脇に十字架の印がだんだん増えてきた。もうBと彼女の息子Kも、K.C.もZ.S.もP.F.もP.S.もP.M.もZ.F.もいない。でも思い出は残っている。古代エジプトでは次のファラオのうちのだれかが、前任者あるいは他の敵の世評および後世の評判を落とそうとして、その人のあらゆる痕跡、名を刻んだ銘などを切り刻んで消し、彫像や印などを破壊するよう命じた。だれかの思い出を破壊することが何を意味するのか、当時の人々は知っていたのだ。そのため考古学者たちは歴史の経過をつきとめるのにひじょうに手を焼くことがある。エフナトンの統治に行き着くまでの場合がそうだった。けれども人々についての私たちの記憶は生きている。

 庭のコスモスはおずおずと地面から顔を出したものの姿は見えない。あの事故のあとチャメルは怠けて、雑草を取る気がないから。いずれ手袋を買って草むしりをしようかな。でもいまは多少の時間を絵を描くことに割きたい。俺の場合それは単に絵を描くことではなく、相当考えることでもある。とくに何の夢もない今は。いまは自分が何をすべきかに気持ちを集中しなければ。明日は絵を描くための厚紙を切るぞ。自分の絵に何か価値があるとすれば、それはこんなに手こずりながらできあがるからではないか?(6/2)

2006/06/04 14:38

メール報告:表札、K.グルスキ葬儀、昼食

 新しい表札ができあがり、いま乾かしているところ。出来に不満なので、ドアに取り付けるかどうかはわからない。前の表札の跡を隠すために前のと同じサイズ。でも書いてある内容は前より少なく、名字1つだけなので、文字が大きくて格好悪い。1つよかったことは、黄色の背景に枠と文字をドアと同じ色、つまり暗緑色で書いたこと。

 今日カジミェシュ・グルスキの葬儀が行われた。家族の要望により、ごく近しい親戚・友人だけが参加した。彼は死後、勲二等(三等?)十字章を授章した。俺は怒っている。死後に授章するのは突然予期せず命を失った功労者だ。カジミェシュ氏は大変功績があった人だし、かなし長生きしたとはいえ、癌と闘っていることは知られていた。多少とも彼の功績に報い、満足をもたらすのに十分な時間はあったはずだ。葬儀のミサで人々は、いま彼が上から私たちを見ていて、すべて見届けているのだと話していた。ひょっとしたら彼はモここでモこのモすべてをモ見届ける方がいいと思っているんじゃないか?

 昼食に堅ゆで卵コペル[ディル]・ソースがけ、ジャガイモ添えを作った。ムニャアムニャム![おいしいものを表す擬態(擬音?)語](6/2)

2006/06/02 23:38

メール報告: 国際こどもの日、援助隊

 国際こどもの日おめでとう! 毎年こどもの日には俺に言わせればバカげた催しが開かれる。子どもや若者が国会を運営するのだ。こども国会はエコロジーをテーマに討議した。あたかも彼らが何でも変えることができるかのように。背広姿の思い上がったガキたちが国会の演壇から空疎な決まり文句を述べ、その他のガキは我々が政治家や活動家の口から毎日聞かされているのと同じことを聞き、何ひとつ変わりはしない。バカバカしい。大学祭のときにクラクフ市の鍵を学生たちに象徴的に手渡すことのほうがずっと意味がある。だってこれは当然お遊びなのだし、実際だれもが気取ることなく大いに楽しむから。

 ちょうどニュースで、画家ズジスワフ・ベクシンスキ殺しの主犯と共犯者の審理の冒頭を映している。審理は今日、偽の爆発物騒ぎのため6月8日に延期された。

 消防士を含むポーランドの援助隊が医療物資と食料を携えてインドネシアに向かった。(6/1)

2006/06/02 23:37

メール報告:60年代映画、事故、動物園

 1966年製作の良い映画を見ている。この時代の映画は、俳優の演技がひどいマンネリなのと時代じたいがバカげているので好きではないのだが、テーマとスター・キャスト(ジェーン・フォンダ、マーロン・ブランド、ロバート・レッドフォード、ロバート・デュバル他)が効果を上げている。他方、60年代のポーランドの生活水準を思うと、アメリカではなんという生活をしていたことか……言うのも無駄。タイトルは「The Chase」、監督アーサー・ペン。この時代の映画は好きではないけれど、「ブリット」は例外、気取りがない。でもこれは1968年製作だから、この時代の終わり間近、それに主演はスティーヴ・マックイーンだ。もう1本の例外は「アルカトラズからの脱出(原題:Point Blank)」。これも古いが、何年だったかは覚えていない。あの俳優は何て名前だっけ? リー?[1967年製作、主演リー・マーヴィン]

 昨日の朝、ロックバンド、ヴァリウス・マンクスの車が交通事故に遭い、バンドのリーダー(運転手)、ヴォーカリストともう1人のメンバー計3人が重傷。

 プンが来たら動物園に行かなくちゃ。新たな住民がいるんだ。キツネザルみたいな夜行性の動物、ヨザル、大きな褐色のコウモリ(飛ぶ犬)、アルマジロほか。(6/1)

2006/06/02 23:37

メール報告:アメリカ渡航ビザ

 今年中にポーランド人に対するアメリカ渡航ビザが廃止される可能性がある。さしあたり1回の滞在期間は2か月まで、試用期間は2年間。この法案はいまのところアメリカ上院を通過したが、下院の承認が必要。たぶん秋頃。(5/31)

2006/06/02 23:36

メール報告:コペレク

 また寒い。今朝は8℃、いま14:10で15℃、風あり。線路の向こうでようやくコペレク[ディル]を買った。おいしいジャガイモと瓶詰めゴウォンプキ[ロールキャベツ]もある。でもコペレクが終わったらクレパシュ[中心街にある市場の名]に行かないと、と思った。(5/31)

2006/06/02 23:36

メール報告:ルィネク

 テレビで見たのだが、ルィネク[中央広場]の花屋の売り場はいまシチェパンスカ通り側にある。向こう側[ミツキェヴィチ像のある側]は掘り返しているから[考古学調査のため]。(5/30)

2006/05/31 21:04

メール報告:買い物、アメリカ映画

 朝9時に8℃で雨。いま(正午)は12℃。明日の昼食を考えなくちゃいけないので、線路の向こうに行くつもり。だってここ[近所のスーパー]には目新しいものがなくて、どれももう数回食べたことがあるから。それに近所の店にはアールグレイの紅茶がない。するとまたひと月は入らない。

 好ましいアメリカ映画「Stanley i Iris スタンレーとアイリス」(1990年製作)を見た。主演はロバート・デニーロとジェーン・フォンダ。重労働をして稼ぎは少ないごく普通の人々に関する映画。そのうえスタンレー(デニーロ)は文盲で、アイリス(フォンダ)が彼に読み書きを教える。(5/30)

2006/05/31 21:04

メール報告:カチョル兄弟、ドイツ人の反応

 「カチョル[アヒルの意]兄弟」(5/28付)とは、双子の兄弟レフ・カチンスキとヤロスワフ・カチンスキのこと。レフはポーランド共和国大統領、ヤロスワフはPiS(「法と正義」)の党首。「法と正義」は、ドナルド・トゥスクの「市民プラットフォーム」およびレッペルの「自衛」と連立して政権を担っている。

 人々がカチンスキ兄弟に反対するときや風刺番組なんかでは、ゴムのアヒルの人形を使ったりして2人を表す。あるとき兄弟は、ある年金生活者に対して訴訟を起こした。というのもその人が自分のホームページにアヒルのお尻に関するジョークを書いたから。でも年金生活者は裁判に勝った。

 ずっと昔、俺が子どもの頃、母親といっしょに映画館で「月を盗んだ2人」という映画を見た。その映画のなかでは当時は小さかったカチンスキ兄弟が2人の月泥棒を演じていた。いまだにそのネタで冗談が言われている。例えば、「彼らは実直なんだよ、だって月ですらちゃんと盗むことができなかったんだから」など、状況に応じて様々な当てこすりがある。

 ポーランド人がドイツ人のローマ法王を心から群れなして受け入れたことに、ドイツ人自身が驚いている。そして大変満足している。偏見は消えつつある。(5/29)

2006/05/31 21:03

メール報告:新聞、虹、緑、レールバス

 ここ数か月、ガゼタ・ヴィボルチャ紙が値下げしている。以前は金曜版が2.40ズウォティ、それ以外の日が2.00ズウォティだったが、いまは毎日1.50ズウォティ。ガゼタ・ヴィボルチャはいまだ記事の大部分がローマ法王訪問に関するもの。幸い奇蹟については書いてないが、実際に法王がビルケナウ収容所(アウシュヴィッツのそばのブジェジンカ)で挨拶を述べたとき、雨が上がって雲が退き、大きな明るい虹が現れた。いまのところこの国は北朝鮮ではない。

 トゲちゃん[サボテンの名]はしぶとく新しい葉を出そうとしない。ボンサイの1本も反抗している。もう1本はみすぼらしいわずかな緑を出した。そのかわり戸外は本物の緑のどんちゃん騒ぎ。ツバメがピーピー鳴いている。カッコウはなぜかあまり聞こえない。

 中央駅から空港行きのレールバス[線路を走るバス]がすでに運行を開始し、豪華な式典があったが、我が国のご多分に漏れず、ひじょうにお恥ずかしい事態となった。中央駅のホームが40cmも高すぎることが判明し、運行時間は予定の15分よりかなり長くかかり、3回も止まったうえ、軍は空港区域内に列車を通したがらなかったのだ。(5/29)

2006/05/31 21:03

メール報告:大ミサ、無知蒙昧シンドローム

 国民の信仰は深い。夕べのブウォニャでの法王との集会には約70万人が集まった。夜中まで残ったのが約50万人。テレビが中継した夜半過ぎにはそれだけの人がいた。その後雨になりだいぶ人が減ったが、それでも約30万人が朝まで残った。朝3時過ぎに雨がやんだ。今日のミサには小雨にもかかわらず200万人近くが集まった。ドイツ人の法王はポーランド人を前にかなり緊張していたが、その不完全なポーランド語(どうしてそうとわかる?)と誠実さでポーランド人の心を奪った。またヨハネ・パウロ2世と同じく、警備の人たちに不意打ちを仕掛けた。予告無しに群衆の中に入っていったのだ。いまやもうだれもがバリツェ空港で興味津々、すてきなベネディクト16世に別れを告げている。

 昨日映画を録画しておいてよかった。だってテレビはまたしてもくだらないコメディばかり。あたかも視聴者全員を空港に追いやりたいかのようだ。共産主義者たちも同じことをしていた。ただ逆の意味でだが。もっとも盛大な宗教儀式のときに(例えば聖体祭の行列)魅力的な映画ばかり次から次へと放映し、人々を家に引きとめようとしたのだ。ヒヒヒヒヒ。イカレポンチが片方でなけりゃ、もう片方がそうだ。これはもう共産主義とか教権主義の問題じゃなくて、ずばりポーランド人の無知蒙昧シンドロームだよ。(5/28)

2006/05/31 21:02

メール報告:法王の集会、ラビ襲撃

 朝からブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地、法王の大ミサが行われる]からの中継。昨日夕方そこで法王と若者たちの集会があり、かなり多くの人が残って一夜を明かした(いわゆる通夜)、というより場所取りをしていたのだ。彼らはどこでおしっこしたんだろう? ポーランド最高位のラビ[ユダヤ教聖職者]ミハエル・シュドリフ師が25歳の男に襲撃されたことをネットで読んだ。襲撃者は逃走し、まだ捕まっていない。それに対して様々な書き込みがあった。例えば「ポーランド人はいったい誰が好きで誰を尊敬しているのか教えてほしい」シカゴのジミー、「こんな、頭がどうかした国に住んでいなくて私は幸せだ」イギリスのだれか、とか[国外に住むポーランド人からの書き込みと思われる]。ホントにこの国はいろいろな点でどうかしてる。だって国民自身があのイカれた連中や「カチョル兄弟」やレッペルやギェルティフみたいな奴らを選んだのだ。で、いまになって大騒ぎしてる。(5/28)

2006/05/31 21:02

メール報告:歯、アルコール禁止令

 明日はドアに掛ける新しい表札を描くつもり。

 例の歯はトキドキそんなことをやらかす。でも本当の問題は2つの取れた詰め物と1つの新しい穴。ものもらいは予想通り、もう大丈夫。

 テレビはまたしても、きちんとしたオーストラリア映画を2度中断した。難民センターで突然母親を亡くした中国人の子供2人が一文無しでセンターを逃げ出し、遠い中国に帰ろうとする話。中断の理由はまたもや、ローマ法王が窓に現れるかどうかを伺うため。ちくしょうめ、興味のある奴は現地に行きゃいいじゃないか。実際人々はそうしているし、そうしたければ一晩中そこにいて歌ったり蝋燭を点したりしている。俺は明日そのことをニュースで見て知れば十分だ。しかしいま自宅でテレビをつけているのは、公共テレビが新聞で予告した番組をCFなしで見るためなんだ。まったくこの国はどうかしちゃった奴ばっかりだな。それにあの禁止令。だってあの間抜けな政府はアルコール禁止令[ローマ法王のポーランド訪問期間中はアルコール販売禁止]によって我々国民を大酒飲みにしているんだよ。それで国民を無責任な暴徒よばわりするわけだ。だって3週間前にアルコール禁止令を予告すれば、どんな尊敬すべき大酒飲みでも日照りに備えてしかるべく生活必需品を買っておくだけの十分な時間があるからね。この第4次ポーランド共和国ってのは、第2次ポーランド人民共和国+聖職者だな。(5/27)

2006/05/29 02:02

メール報告:映画、歯痛、法王の訪問続く

 朝また「ミクロコスモス」を見た。映画館に見に行ったときのことを思い出し、あの頃はのんきで良い時代だったなあと思った。ああ、tempora mutantur[ラテン語成句:時代は変わるもんだな]。

 昨日からひじょうに歯が痛み、あごの半分がずきずきする。丁字エキスが効かなかったので、夕方になって対処法を見つけた。冷凍庫にAがおいていったウオツカがあることを思い出したのだ。飲まずに口に含んで歯に当てていると眠れる程度にはおさまった。今朝イブプロム[鎮痛薬]を買ったので、もうそれほどひどくはない。薬が月曜まで足りるように、またウオツカを口に含んでいる。

 昼食はホウレンソウと卵。

 あのくそいまいましい遅れのため、録画予約をしておいた映画「Kroniki portowe 港年代記」が放映されなかったので、またしても腹が煮えくりかえる。いま法王のカルヴァリア修道院訪問の様子を放映している(Tといっしょに行ったね)。もうヴァドヴィツェ[ヨハネ・パウロ2世の故郷]訪問は終わった。あと明日ブウォニャとオシフィェンチム[アウシュヴィッツ]、月曜以降は平常に戻る。(5/27)

2006/05/29 02:01

メール報告:公共テレビの横暴

 公共テレビ、実際は教会テレビ、の厚かましい行為に激怒している。他のチャンネルは時間に何とか対処していたが、TVP-1とTVP-2だけはひどいことをしやがる。1チャンネルでは映画開始が23分遅れただけでは飽きたらず、いま面白い瞬間に中断して、フランチシュカンスカ通り[ローマ法王がお泊まりの司祭館がある]の「法王の」窓の外で群衆が歌をうたいながら、窓に法王が姿を現すかどうかを待ち伏せしている様子を映している。彼らとともに待ち伏せせよと視聴者に命じるのだ。で、ようやく姿を現したと思うと、映画がやっと先に進む。いまやもう45分遅れで、他の番組を見たり録画したりするのに都合が悪い。俺はヨハネ・パウロ2世が好きだったし、いまの法王も好きだけど、どうして無理矢理俺に法王を押しつけるんだ? 公共テレビでは映画の途中にCFを入れない以上は、こういうこともしてはいけないはずだ。この国ではだれもがカトリック信者とは限らないし、憲法によるカトリック信奉国家でもないし、国教でもない。が、TVPはくそいまいましい国家テレビ局だ。俺はもうアタマに来ている。俺だけじゃない。そういう状況への様々なコメントをインターネットで読んでいる。例えば、いずれ中等学校卒業試験を受けるのにロザリオを持って行かなきゃいけなくなるんじゃないか、というある女子生徒の不安。

 明日ローマ法王はヴァドヴィツェ[ヨハネ・パウロ2世の故郷]とカルヴァリア・ゼブジドフスカに赴き、日曜はオシフィェンチム[アウシュヴィッツ]へ、そのあとブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地]で大ミサ、バリツェ空港[クラクフの空港]からヴァチカンへ発つ。いまのところテレビのニュースではあたかも世界では何も起きていないかのごとく、ただ1つのテーマ、法王スタジオだし、ガゼタ・ヴィボルチャ紙もいくつかの小記事をのぞけば単一の話題。ヨハネ・パウロ2世が亡くなったときとまったく同じ。これは何か国民的パラノイアだな。(5/26)

2006/05/29 02:01

メール報告:法王のミサ、考えていること

 雨で肌寒いが、おうちで座っていれば快適でいられる。昼食は冷凍のプルーン入りだんごを食べた。

 ワルシャワのピウスツキ広場で行われたローマ法王のミサは、TVP-1、TVP-3、TV PULS(カトリック系TV局)の3チャンネルもが中継した。幸い昨日録画した映画、とくに「大脱走(大逃亡?)」があったので、見るものには困らなかった。

 ドアの表札を取り替えるつもり。ただまず新しいのを作らなくちゃ。

 母のことも考えている。今日は母の日なので墓参に行かなくてはいけないのだが、今日は行かない。

 一昨日テレビでイスタンブールのアタチュルク空港の火事を見た。(5/26)

2006/05/28 02:56

メール報告:戯れ歌

 昨日うちのボイラーのせいで電気のメイン・ブレーカーが落ち、暗闇のストレスを体験したあと、こんなバカげた「哲学的な」戯れ歌を書いた。

dupa dupa ciemna chalupa やだ やだ 暗いあばらや
karty dama treflowa カードはクラブのクイーン
kartka zeszytowa ノートの1ページ
reka reka udreka 手 手 輾転反側
galgan szmatka kuchenna ぼろ 台ぶきん
ulewa wiosenna 春のどしゃぶり
glowa glowa glupawa 頭 頭 薄ぼんやり
nieslodzona kawa 無糖コーヒー
chalupa bogata 金持ちあばらや
slodzona herbata 加糖紅茶
zupa zupa skorupa スープ スープ 堅い殻
hymn aria operowa 頌歌 オペラのアリア
palma kokosowa ココナッツ椰子
opera mydlana ソープオペラ
kufelkowa piana ジョッキの泡
i wodka kochana に愛するウオツカ
piwo male jasne 小さいビール
i buty za ciasne にきつい靴
daleka droga do domu 家まで遠い道のり
nie zycze nikomu 俺は誰にも望まない

("ktos ma za ciasne buty きつい靴を履いている" とは酔っぱらった御仁を表す婉曲表現)(5/25)

2006/05/28 02:55

メール報告: ベネディクト16世訪問の成果

 ベネディクト16世を乗せ、いましがた着陸した飛行機が滑走しているのを見ているところ。買い物と郵便局とプワシュフ駅に行ってきた。駅前の蒸気機関車を緑色に塗りはじめた[これまでは黒かった]。ホーム下のトンネルはすでに塗装しなおした。ローマ法王の訪問はそれでも何らかの結果をもたらす。さまざまな馬鹿者どもはそのときになってようやく仕事に取りかかる。うちの通りの新しい歩道もたぶんその成果なんだろう。

 右目全体が痛痒く腫れている。また、ものもらいだ。でも明日には治ると思う。

 昼食は残りのイタリア・キャベツ4分の1とジャガイモ。(5/25)

2006/05/28 02:55

メール報告:法王のポーランド巡礼

 明日からローマ法王ベネディクト16世のポーランド巡礼が始まるため、厄介なことがたくさんある。お決まりのバカげたアルコール禁止のほか、半数の道路が通行止め、A4高速道路はオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)まで通れない。俺は車を運転しないからいいけど、もし運転してたら激怒必至。公共テレビは両チャンネルとも新聞に載ってるのとは全然違う映画。日曜午後に放映するようなファミリー向けのをやっていた。CFのいくつか(少々裸体が見えるもの)は法王の訪問中は放映しない。こうなるともうまったくバカげている。いまやポーランドは政治的共産主義国家から、ヴァチカンにつづく教会信奉国家になると同時に強盗泥棒国家になった。ローマ法王のお家元といえるイタリアでさえ、これほどふざけた真似はしない。実際俺は自国民と自分の国に対してひじょうに腹が立つことがある。レッペルが農業相になったのに加え、ギェルティフが教育相になり、また2人とも副首相でもある。これには生徒や学生や教師らの大反対があった。なぜならギェルティフはファシズム的、反ユダヤ主義的意見の持ち主で、レッペルとともに反ヨーロッパ主義だから。とはいえレッペルは農民代表としてEUからお金を受け取りはじめたのだが。(5/24)

2006/05/27 01:43

メール報告:イェジィ・フィツォフスキ死去

 J・フィツォフスキ[詩人、作家、評論家、ジプシー研究家、B・シュルツ研究家]のこと[5月9日死去]も大変残念だ。俺は若い頃、ジプシーについて彼が書いた魅力的な本を読んでいた。彼がジプシーについて見事に書くことができたのは、彼らといっしょに旅をしていたからだ。俺は彼の本から、ジプシーの女流詩人パプーシャのことや、彼らの習慣や言語、それぞれの部族名などを知った。そのおかげでのちに様々な状況で彼らと話を付けるのが容易になった。(5/24)

2006/05/27 01:42

メール報告: カジミェシュ・グルスキ死去

 今朝、サッカー・ポーランド代表の伝説的な監督、カジミェシュ・グルスキが亡くなった。彼がポーランド・チームを率いていたとき、ポーランドは1972年のオリンピックで金メダルを獲得し、ウェンブリーでイギリスに勝ち、1974年、西ドイツでのワールドカップで銅メダルだった(このときはひじょうに金に近かった)。今日、かつて彼のもとにいた選手のひとりが、彼をポーランド・サッカーの法王と名付けた。彼のもとには多くのすばらしい選手がいて、俺は彼らが好きだったし驚嘆していた。だから当時はサッカーに興味があった。また当時はポーランドのスタジアムにこんな暴力行為はなかった。カジミェシュ氏にはたくさんの名言があり、今日はメディアがそれらを引用していた。例えば「ボールは丸くてゴールは2つ」、これは記者が何かの試合の結果がどうなるかと質問したときの答え。この言葉はその後、歌手のマリラ・ロドヴィチが自分の歌(ドイツのワールドカップのための曲)に使った。カジミェシュ氏は85歳で癌のため亡くなった。ルヴフ生まれのルヴフ育ち、かの地の地元チームでプレイしながらサッカー人生を始めた。

 グダニスクで聖カタジナ教会の一部が燃えた。塔と歴史的芸術遺産の大部分は焼失を免れた。消防士数名が軽い一酸化炭素中毒になったほかは犠牲者はなかった。

 ノルウェーの映画はなかなかおもしろい。(5/23)

2006/05/27 01:42

メール報告:ヴィルドスタイン

 こちらも暖かく、さしあたり雨は降ってない。歩道の工事(古い敷石をはがす)はうちの通りのカーブまで来た。

 今晩TV-2で「Kumple 仲間」というノルウェーのいいコメディドラマがある。公共テレビの局長[NHK会長のようなもの]が代わってから映画の番組がよくなった。アメリカ映画ばかりではなくヨーロッパの良い映画を結構放映する。最近交替した、いまのテレビ局長はブロニスワフ・ヴィルドスタイン、「ヴィルドスタインのリスト」で有名なジャーナリスト。「ヴィルドスタインのリスト」とは、密告者とSB[共産主義政権時代の保安部]のスパイと協力者の非公開名簿を、ヴィルドスタインがIPN[国民記憶研究所]で非合法にコピーして、インターネット上に公開したもの。(5/23)

2006/05/27 01:41

メール報告:ウイルスとスパム、オティク

 Bに電話したがだれも出なかった。でも、何にもしない方がいいんじゃないかと考えてもいる。だってメールアドレスが間違っているおかげでウイルスやスパムと無縁でいられるのかもしれないから(くわばらくわばら)。ときどき送信に手間取ることがあるけど、それは小さいビール[大したことじゃない]。

 ちょうど「Otik [オテサーネクのポーランド語タイトル]」が終わったところ。映画評とは出来事の順番がちょっと違ったけど、おおむねは合っていた。オモシロカッタ。(5/23)

2006/05/23 00:57

メール報告:オテサーネク、失敗写真展

 1時間後の14時にBのケータイを鳴らす。今日はいっしょに何かできるかも。

 夜はTV-1でチェコ獅子賞受賞のチェコ・英・日合作コメディドラマ「オテサーネク」(2000年製作)がある。子どもがないことに悩む夫婦の話。カレルは庭で赤ん坊に似た形の木切れを見つける。ボジェナはこの木片に母性愛を注ぎ、その結果木片は生命を得る。あいにくこれが大変な食いしん坊、両親はこの子を地下室に隠す。その最初の犠牲となったのは猫だった…。映画評からわかったのはこれだけ。

 コンロの上では新ジャガとイタリアキャベツ[葉の縮れたキャベツ]がゆだっている。パン粉はもうこんがりきつね色。片目でTV-2のドキュメント「トロイの秘密」を見ている。オモシロイデス。

 土曜日はカジミェシュ地区でスープ・フェスティバルがあった。ギャラリーF.A.I.T.で開催中のもっとも出来の悪い写真(と良い写真)の展覧会が論争の的。(5/22)

2006/05/23 00:56

メール報告:テレビで映画、ネットで新聞

 「カリフォルニア」は悪くなかったけど、自分に激怒している。というもの同時に放映されていたフランスのいいドラマ「Nieodwracalne 回復不可能」を録画するのを忘れてしまったんだ。今日それを見たかったのに、嫌がらせのように今晩のテレビはクソ面白くもない連続物とバカげたコメディだ。そんなもの俺は見ない。幸いコンプシ[コンピューターの愛称]があるから眠くなるまで眺めるぞ。もう「ザ・ガーディアン」紙を全部読んじゃった。あと「オブザーバー」、「デア・シュピーゲル」、「ル・モンド」など。「ポリティカ」も読んだ。

 AはCのところから電話してきて、彼の身分証とお金の入った財布が俺のうちにないかと聞いた。きっとタクシーの中に置き忘れたに違いない。だって俺はちゃんと手渡してやったんだから。

 そろそろおしまいにする。ニュースも終わるから。紅茶を魔法瓶に入れてタベルシク[「ちょっと食べる」という意味のボグダンの造語]しなくちゃ。(5/21)

2006/05/23 00:56

メール報告:愛情こもった仲間の訪問

 今日はすでに落ち着いていた俺の生活の秩序が乱された。早朝Cから電話があり、Cは昔の仲間Aに受話器を渡した。Aは俺のうちに来ると言って聞かず、俺は抵抗しながらも折れた。Aはかつて俺を苦況から救ってくれたことがあるからだ。それに昔の仕事仲間だし。俺は飲まないよと言ったんだが、大瓶を持ってきて勝手にちびちびやっていた。結局俺も何かしゃべるために2杯注いだ。それからAがうつらうつらしきたので電話でタクシーを呼んでやると乗り込んだが、5分後に同じタクシー(バルバカン)で戻ってきた。それで彼をエステルカに連れて行きビールを注文してやったが、たまたまエステルカのオーナーのRの誕生日だったことがわかった。またしても俺は飲んだが、Aはまた眠ってしまった。起きると彼はA嬢にお金を渡して半リットルを買いに行かせた。彼女がちょうど買い物にいくところだったのだ。いろいろあったが結局彼を別のタクシーに乗せ、俺はA嬢が買ってきた酒瓶を持ってうちに帰った。

 酒はここにあるが飲む気はない。少し寝て、少し吐いた。腹が立つ。その一方で、こんな辺鄙なところに住んでいることに満足している。だってこういう愛情こもった仲間の訪問がきわめて稀だから。「愛情こもった」というのは、別にホモセクシュアルな意味ではなく、Aがやたらと俺を愛してるとくり返していたから。いまは頭が痛い。22時過ぎ。ビールを飲みには行かないと思う。実際酒瓶はあるが、ウオツカにはあんまり手をつけたくない。さてどうなるかな。23時に「カリフォルニア」といういい映画があるので、頭をぼーっとさせるエステルカに座っているのはもったいない。

 うちの向かいのスライドロッカー製造作業場を取り壊して、次の団地を建てることになっている。これ以上のことってあるか。騒音も作業員の叫び声もたくさんだ。でももっとひどいかもな(犬、ガキんちょ、車)。(5/20)

2006/05/21 17:21

メール報告:TVドキュメント「大逃亡」

 何か書くのにまたもやコンピューターと格闘する羽目になった。Bは来なかった。でもそれは俺のせいかもしれない。16時に合図を送ることになっていたのに、実際に鳴らしたのは17時だったから。Bには日曜日以降に電話する。さしあたり2日間は電話も片付け仕事もなし。テレビをぼーっと見て過ごそう。明日は掃除しようかな。

 最近TVNで興味深いドキュメンタリー・シリーズ「Wielkie ucieczki 大逃亡」を放映している。毎回、共産主義ポーランドからのそれぞれ別の逃亡の話。前に見たときは、飛行を禁止された民間航空パイロットについての話で、彼は家族を連れ、1人の同僚とともに飛行機を乗っ取り、西ベルリンのテンペルホフ空港に着陸しようとした。それは成功した。

 そのあと見たのは、ソ連の軍艦(1か月の予定でポーランドに寄港した)の船長についてで、彼はあるポーランド女性に恋をして、軍艦と家族をソ連に残したまま、2人で船長のモーターボートに乗ってスウェーデンに逃亡した。結局2人はアメリカで見つかり、そこではある時期までCIAとFBIが興味を持っていた。

 今日はあるパイロットに関する話で、やはりかつて飛行を禁じられたため、自分の狭い住居内で親友に手伝ってもらいながら小さな飛行機「カッコウ」を造り、それに乗ってユーゴスラヴィアに逃げ、そこからスウェーデンに出国した。彼は3年前ポーランドに戻り、「カッコウ」はクラクフの航空博物館に展示されている。

 最高なのは、これらの番組の主人公たちが生きていて、みずからすべてを語ることだ。例外はロシア人船長で、彼はスパイ行為の結果ウィーンでKGBに捕まり、ソ連に連行されようとしたが、強力な薬剤注射のあと、オーストリアとチェコスロヴァキアの国境で亡くなった。このことを語ったのは、現在アメリカに住む彼のポーランド人の未亡人である。モスクワのデスクの後ろからKGBのスパイたちに命令を下した男は、現在アメリカでスパイ博物館を運営していて、未亡人に面と向かって、あなたの夫は裏切り者だったのだからこうなってよかった、と言う。彼自身もアメリカに逃げた裏切り者なのだが、理由は政治経済的なものだった。だが船長は大恋愛のためにそれを行ったのだ。(5/19)

2006/05/21 17:20

電話報告:オタク、マロニエ、郵便配達

 秋葉原のオタクの記事を読んだ。フィギュアやマンガやアニメビデオを集めていて、生身の女性は苦手、こういう人たちがいることは知らなかった。日本にはこういう人々が生まれる土壌があると思う。チャメルは日本でいろいろなバカげた行為を見た。暑いのにブーツ、ヤマンバ、車内化粧など。

 マロニエはもっと大きい鉢に植え替えた方がいい。盆栽にするなら根を切れ。クラクフのマロニエは害虫の被害に遭っていた。落ち葉の中に卵があるので、落ち葉を集めて焼かなくてはならない。今年はいまのところきれいに花が咲いている。

 郵便配達人はチャメルの車がないので家にいないと思って、ノックせずに不在通知を書いて郵便受けに入れていった。俺は家にいたんだからノックしたら聞こえたはずだ。郵便局まではバスも市電も走っていないので、車がないと往復7キロ歩く羽目になる。いまは天気がいいので歩いていけるが、雨や雪解けのときは道が水浸しになって通れないのでタクシーで行くしかない。最寄りの郵便局までこんなに遠い地区は他にない。

 水曜日は気温31℃になるという。部屋はもう臭くない。窓を開けた。ずっと窓を閉めきりだったので煙草の匂いなどがこもっていた。(5/18)

2006/05/19 21:27

メール報告:お腹復活、オタク現象

 いろんな心配事があって酒飲んだり食べなかったりでずいぶんと痩せたが、いまは相変わらず精神的に落ち込んでいるとはいえ、家にいて食べ始めたので、またしても腹が出てきた。今日は豚ロース・ソテーと新ジャガを食べた。

 ガゼタ・ヴィボルチャ紙の別冊付録「Duzy Format 大判」に、「Dzien swira po japonsku 日本版・変人の日」という記事があった。東京の秋葉原(アキバ)地区のオタク現象に関するもの。

 コンピューターの具合が悪いのでBに電話した。明日彼のケータイを鳴らして知らせたら来てくれるかもしれない。(5/17)

2006/05/20 15:45

メール報告:郵便、コテルスキ次作、バグリ

 修理工場とミシリフスカ通りの郵便局から戻ったところ。手早くお昼を食べてから、このメールを書いている。

 郵便配達人は意地が悪いのかまったくの間抜けか。昨日俺は早朝店へ買い物に出た以外、うちから鼻の先さえ出さなかった。だが今日郵便受けに不在通知が入っているのを見つけ、郵便局まで数キロの道のりを歩いて行く羽目になった。もう遅いけど、明日電話して郵便配達人の上司に文句を言ってやる。1通は警察からで、事情聴取は行わないという通知、もう1通は運転免許の検査試験に関する、すでに無効になった通知。

 「Dzien swira 変人の日」のあと、マレク・コテルスキ監督は、アダシ・ミャウチンスキが主人公の次作「Wszyscy jestesmy Chrystusami 我らみなキリスト」を製作した。ここではアダシはアルコールの問題を抱えている。教会関係者たちはこのタイトルに難癖をつけた。

 今朝バグリ(近所の池)を通りかかったら、オオバンのヒナをたくさん見かけたが、白鳥は1羽もいなかった。どこかに隠れていたのかもしれない。古い葦は焼き払われて、新しいのがようやく生えてきている。暖かだし、郵便局から帰ってきてあまりにくたびれ、のどが渇いていたので、エステルカでビールを飲んだ。(5/16)

2006/05/16 14:22

メール報告:ニエムイ、ムロージェク自伝

 もっと前に書こうと思っていたんだけど、ここひと月、古くなったソーセージを持っていってやる相手がいない。ニエムイ、つまりアモル[近所の犬で本名はアモルだが、ボグダンはニエムイ(私のではない)と呼んでいる]がもういないんだ。飼い主の「じいさん」が亡くなったから。ニエムイはだれかが引き取ったか、収容施設に行ったかしたのだろう。とってもいい犬だったから、だれかが引き取ったのかもしれない。

 明日は車のことを話しに修理工場に行く。遠くて、バスを2本乗り継いで行かなければならない。

 うちの中は少々「美的な無秩序」だが、何もする気がない。前に窓を洗おうとしたけど、下の窓を開けることができなかった。もう一度やってみようかな。

 ムロージェクの自伝をある種の不満を感じながら読み終えたが、結末に至って、彼がこれを書いたこと自体が奇蹟なのだと理解した。この自伝を書くことは彼にとって適度に普通の日常生活に戻ることだった。これは治療だった。もしも失語症がなければ彼はこの本を書かなかったろう。なぜならおそらくそんな目論見は持っていなかったから、少なくとも今のところは。

 昨日の「Dzien swira 変人の日」はとても気に入った。ときどきアダシ・ミャウチンスキが何かに激怒するときはチャメルによく似ていた。自分自身の姿が見えた。(5/15)

2006/05/15 02:22

メール報告:雨、ポーランド映画

 どんより曇って雨が降っている。雷雨になるらしい。でもうちにいるときはそれも好き。あいにく気分は相変わらず最低だが。

 見事な映画「Symetria シンメトリー」を見た。いわゆる商業映画のあらゆる特徴を備えたインディーズ映画。良い脚本、ストーリー、有名俳優たちの卓越した演技(例えば「Dlug 借金」でギャングのゲラルト役を演じたアンジェイ・ヒラ)。刑務所内の話だが、そこでの生活を完璧にリアルに描いたポーランド映画は初めて見た。でもこれは少予算の「自主製作」映画だ。

 今日はあと「Dzien swira 変人の日」が待っている。そのあとはこれも悪くないポーランド映画「Egoisci エゴイストたち」。ワルシャワの90年代「エリート」社会、とはいえ、退廃し、麻薬が蔓延し、自分の生き方を他人に押しつける人たちの話だ。(5/14)

2006/05/14 03:11

メール報告:ツバメ、変人の日、緑

 今朝、店に行く途中、ツバメのピーピーいう声が聞こえてうれしかった。今年初めて聞いた。帰宅後、ようやく修理工場と連絡が取れたのでよかった。

 明日はテレビで映画「Dzien swira 変人の日」[マレク・コンドラト主演のコメディ]を見る。長いこと待たされた。1年前に見られると思ったのに、ちょうどローマ法王が亡くなって全番組が変更された。この映画は1年間放映されなかった(有料チャンネルでは放映されたかも)。

 もう緑なんだなあと今日になって気付いた。(5/13)

2006/05/14 03:10

電話報告:予備校

 プニャ[シバタのこと]はヨビコーに行った? 日本のことをネットで調べた。最初は日本の地図を見たくて検索したんだが、日本の学校制度のことが出てきたので読んだ。(5/11)

2006/05/14 03:10

メール報告:ひととき

おまえからのメールは届いていない。何も届かない。何か変だ。俺のが届くだけでもまあいいか。おいしい紅茶を飲みながら、ゆで卵を挟んだ2個目のパンを食べているところ。不幸について考えずにいられる短いひととき。今日の夜はそれがもうちょっと長く続く。ムロージェクを読むつもりだから。(5/11)

2006/05/14 03:09

電話報告:試験問題、花粉、芽キャベツ

 テレビで中等学校卒業試験の問題からヘンなのを紹介していた。ムロージェクのことを、スワヴォーミルなのにスタニスワフと書いてあった。教授たちが作った問題なんだぜ。笑ったけど、精神的に参っているので、すぐに笑いが消えてしまう。

 朝は寒かった。昼間は暑いので、遅く戻ると疲れる。昨日の朝、店に買い物に行ったとき腹具合がおかしいと感じたので、帰ってからは外出しなかった。先に市電に乗らなくてよかった。トイレがなくて困っただろうから。一昨日から食べ始めた。今朝はスクランブルエッグを食べてからしばらく待って、お腹が大丈夫なのを確かめてから出かけた。

 マロニエの生長記録をAに見せたらAは気に入った。

 天気予報でアレルギー患者向けにオークの花粉情報が出る。

 グロマツカ通りの歩道を新しくしている。今日店に行くとき、通りづらくて大変だった。郵便局で電話代払ってから、エステルカで小ビール。

 冷凍芽キャベツを買った。ゆでて、マーガリンで炒めたパン粉をかけて食べる。スープ用の冷凍ミックス野菜に少しだけ入ってる芽キャベツがおいしくて、芽キャベツだけたくさん食べたくなったので買った。

 瓶詰めのレチョ[パプリカとトマトの煮込み料理]に、玉ネギとソーセージを炒めたのとニンニクを足す。ソースのように味が濃いので3日かかって食べた。

 魔法瓶は役立っている。紅茶がずっと温かい。カップに入れておくとすぐ冷めるけど。吐いたのでのどがまだ痛い。

 今月はクラクフ写真月間。シンドラーの工場でも展覧会がある。

 ムロージェクの自伝「バルタザル」半分読んだ。(5/10)

2006/05/14 03:09

メール報告:週末

土曜の晩から今日(火曜)の正午まで具合が悪く[宿酔状態]、食べ物も煙草も無しで家にいた。木曜日に写真とマロニエの芸術的な生長記録が届いた。とてもオモシロイ ト カワイイ。明日から不愉快な問題の片付けに取りかかる。(5/9)

2006/05/14 03:08

電話報告:パソコン復活

 ようやくパソコンが動くようになった。メールを送ったから見ろ。[ボグダンからのメールは届くが、こちらから返信するとなぜか届かない。]

 ムロージェクと故レムを読む。あと日本の作家、[ムラカミ?] そうそう。(5/2)

2006/05/14 03:07

電話報告:ムロージェク自伝、絵のこと

 ムロージェクの自伝を数ページ読んだ。美しい言葉が書いてある。「終わった方がいいものもある」と共産主義政権時代のことを書いている。

 絵を描いてよかった。ポーランドではだれも興味を持ってくれないが、日本ではCDジャケットになった。あのときはとてもとても幸せだった。アーティストたちが、これはいいと言ってくれたことがうれしい。自分もアーティストになった気がする。(4/26)

2006/04/25 01:12

電話報告:懲罰、庭、歌謡曲、復活祭、映画

 [タクシー無線会社の]懲罰委員会に行った。結果は金土の2日間無線なし。走ることはできる。何の罰だか行ってみるまでわからなかった。ラスフカ通りに行くよう指示されたが、その通りが2つに分かれていることを知らなかったので、指定されたアドレスが見つからなかった。配車係に言ったら、同僚に訊けと言われた。無線で訊いてみたが、だれも答えなかった。それで客を拾うことができず、その客は電車に乗り遅れたという。配車係は別の車を送るべきなのに送らなかった。

 昨日のヴィボルチャ紙クラクフ版に写真展の記事があった。ルビチ通りのビール工場内の館を会場にハンガリーの写真展を開催する。ユゼフィトゥフ通りの写真史博物館でも写真展がある。

 庭にチューリップが生えている。球根がずっとあるから。コスモスも[種がこぼれているので]きっと生えるだろう。苔みたいに。今年は土を入れなかったから。

 最近ラジオで聞こえる歌謡曲で気になるのが2曲ある。1曲はフランス語でラムール、ラムールと歌っている、そのバックで日本語で「オハヨー、スミマセン」と歌う。なぜ「おはよう、すみません」なのか? これにはいらいらする。もう1曲は英語の曲だが、やはり日本語で「ゴメンナサイ」と言う。

 復活祭の食事にハニャのところへ行った。叔母が来ていた。M[ハニャの友人]がウィーン在住のイラン人女性を連れてきていた。これでアヤノがいたらホントに国際的な復活祭になったのにと話した。たくさん食べた。おみやげに食べ物をもらった。

 カワイイ映画「Moje wielkie greckie wesele私の盛大なギリシャの結婚式」を最近テレビで見た。気に入った。ギリシャ人ではない婿さんがギリシャ正教に改宗するコメディ・ドラマ。機会があったら見るといいよ。

 今日のよかった仕事。マテイコ広場の美大から乗せた客は画材屋さんだったので、絵や画材の話ができた。「自分も絵を描いていたことがあって、日本のCDジャケットに絵が載った」という話をした。(4/20)

2006/04/17 15:52

電話報告:緑、工事、ケーキ、ハプニング

 木々の芽が少し緑になってきた。朝は零下、昼は+15℃、温度差が20度もあって体に悪い。何を着ればいいのかわからない。

 プランティ[クラクフ旧市街を取り囲む緑地遊歩道]全体を掘り返している。たぶんアスファルトをはがして敷石をしくのだろう。PKP[ポーランド国鉄]の駅は古い建物から新駅舎に移る。駅の横のビル[ショッピングセンター建設中]はゆっくり大きくなっている。ルィネク[中央広場]もミツキェヴィチ像のある側を掘り返している。これは考古学調査のため。

 クリスピヌフ[クラクフ郊外の水浴場]に店を出していた友人Pが縊死した。火曜日に葬儀があったが行かれなかった。一度彼を乗せてあげたとき、何か困ったことがあると言っていた。みんな悩みをひとりで抱えたまま、周りの人に相談もせず苦しんで死んでいく。

 ツダチェク[風変わりなものという意]というケーキを買った。ホウレンソウと卵があと2日分ある。日曜日[4月16日は復活祭]にハニャ[妹]からホースラディッシュ・ソースをもらえるかも。明日、マーウィ・ルィネクに車を止めてマコヴィエツ[罌粟の実ロールケーキ]を買おうかな。ツダチェクを買ったとき市警備員が車の横に立っていたので、「客の注文で買い物をしてた。車を止めるところがなかった」と言ってやった。

 暗いと11月のようだ。

 ペリカンちゃん[電気ポットの名]は1歳半になる。こんなに長く壊れなかった電気ポットははじめて。

 3回も地雷[注文の場所に行くと客がいないこと]があった。一度は配車係が間違ったアドレスを言ったから。配車係はミスがあっても罰せられることがない。運転手ばかりが損をする。

 新聞のクラクフ版文化欄で見たのだが、ある女性アーティストが展覧会のオープニングで、会場を訪れた人々に食事をさせるというハプニングを行った。ウェイターが大勢いて、客1人に4、5人がついてお給仕をする。(4/13)

2006/04/09 02:25

電話報告:葬儀、増水、困った客、発見

 レムの名を付ける通りの候補がいくつか挙がっている。葬儀の写真が載った新聞は取ってある。レムはラコヴィツキ墓地の功労者が埋葬されている区画に葬られることを望まず、サルヴァトル墓地に葬られた。レムは華美なことを望まなかったから。いろんな人が新聞に彼の思い出を書いている。

 今日写真が届いた[耳国国歌を歌う渕上純子さんとフレイレフ・ジャンボリーさん]。渕上さんとオーケストラの耳はちょっとウサギっぽい。お客さんは何の耳だかわかったのかな?

 金曜日に緩衝器の揺り腕を350ズウォティもかけて交換したのに、また具合が悪い。仕事を早退けして修理工場に行った。明日、別の部品を交換する。

 昨日雪が降って寒い。ヴィスワ川は増水。トルンでは洪水。白鳥は岸に上がっている。人々は鳥インフルエンザを恐れて白鳥に餌をやらない。川の様子は橋を渡るときに見る。毎日車でいくつかの橋を渡る。

 ひとついいことは、かゆいのがおさまってきたこと。原因はわからない。酒は一滴も飲んでないのに。

 土日の早朝に乗ってくる客は「おはよう」ではなく、「こんばんは」と言う。酒臭い。口を開くと食べ物の腐った匂いがする。チャメルはすぐに窓を開ける。

 フロリアンスカ通りはいま道路工事中で、車を止めるところがない。フロリアンスカとマルカの角という注文があって、行ってみたが客は見あたらなかった。通り抜けるのさえ一苦労してシチェパンスキ広場に戻ると、無線でまた同じ客からの注文。配車係の女性にこう言ってやった。「注文したらちゃんとその場所で待ってろと客に言ってやれ」おおかたどこかの店で買い物でもしてるんだろう。こっちはヘンなところに止めて、また違反とられてはたまらない。

 夜6時には仕事を終える。そのあとねばっても2時間くらい1人の客もない。エステルカには寄らずにまっすぐ帰る。ビールよりマコヴィエツ[罌粟の実ロールケーキ]の方がいい。いま冷蔵庫にある。ストラルスカ通りの店で買った。卵リキュール入りチョコバーもときどき買う。

 夏は帰りにビールを飲むこともあるが、仕事にはミネラルウォーターを持っていく。いまはトイレに行きたくなると困るから、仕事前に水を飲まないようにしている。シチェパンスキ広場の公衆トイレは午前9時オープンのはずなのに、9時半になってようやく開いた。係の女に文句を言ったら、ロシア人なのだろうか、変わったアクセントで、あたしは病気だもんで起きられなかったと言う。あんたのせいでこっちが病気になっちまう、と言ってやった。

 復活祭の日曜日も仕事するつもり。昼はハニャのうちに少しだけ寄る。復活祭のご馳走を用意して待っているだろうから。ケーキもあるだろうし。

 通りで手を振って呼ぶ客があるときには、たいていすでに客を乗せている。どこかに行って、帰りに客が乗ってくれればいいなと思うときには客がいなくて空車で帰る。最後の客はたいてい家とは反対方向。でもこのあいだ初めて、最後にうちと同方面の女性客を乗せた。そのときはお客さんにお礼を述べた。空港に行くのは好きだが夜は嫌、昼間がいい。

 朝、クロウタドリがいい声で鳴く。アンテナの上に留まってる。クロウタドリは雨の前に鳴く。もうすぐカッコウが鳴くだろう。ポーランドのドラマに犬が登場するとき、犬の声のおおかた半分は、録音アーカイヴから同じ吠え声を使っている。チャメルにはわかる。夏の場面にはよくカッコウの声を流すが、カッコウが鳴くのは5月だけだ。7月には鳴かない。ドラマを作る人はそういうことを知っているべきだ。(4/6)

2006/03/31 19:01

電話報告:レム、クジラ、減点、猫、復活祭

 レムが亡くなったことを車のラジオで月曜日の午前中に聞いた。新聞は取ってある。Pun[シバタのこと]は訳者だから何か書けばいいと思ってた。Punは一度でも彼と会えてよかった。新聞に写真が載っている。Punはあの本棚のある部屋に行ったのか? でもレムはそれ相当の年だし、もう十分に仕事をした。それにひきかえキェシロフスキは、まだこれからいい仕事ができただろうにと悔やまれる。

 レムはソラリスを早くに書いた。30年前に今の社会を予知して書いたので彼の作品は古くなっていない。いまでも通用する。ロシア人の若者が彼に手紙を書いた。レムのサイトで質問を受け付けていたのだ。若い人もレムをよく読む。もちろん大人も。レムは若い頃はSFを書いていたが、のちにもっと思索的哲学的な作品を書くようになった。レムはPunに翻訳の難しさについて訊かなかったか? レムは新しい言葉を作り出すからなあ。たとえば怪物の名前とか、その特徴がわかるような名を付ける。

 暖かくなった。プワシュフは「泥の王国」。1日に3回車を洗う。夜、雨なので洗わないでいると、朝には晴れて洗う。昼前ににわか雨、午後は晴れて洗う。仕事が終わってまた洗う。

 日食があったか? トルコ、リビアで皆既日食。ポーランドでも半分欠けた。

 コウノトリはまだ見えない。先遣隊が来ただけ。グダニスク湾にクジラが1頭迷い込んだ。種類は不明。グダニスク湾にクジラが出現したのは30年ぶり。このクジラは孤独な海の放浪者。

 今日は警察から通知が来た。減点可能な24点を超えて25点になっているとのこと。タクシー進入禁止のところを知らずに入って、市警備が5点減点したときに超えたのだろう。運転適性を調べるという。罰金になるのか、講習か試験を受けることになるのか? さしあたり期限も書いてないし、このあと市から何か通知が来るのだろう。講習を受けなくちゃいかんのなら受けるし。考えても仕方ないので働く。

 ここ2週間かゆい。少しましになったが。赤い堅いブラシを仕事に持っていって、かゆいとこれで掻く。夜中もかゆいと起きてこのブラシで掻く。いまはまったく飲んでないのに。このごろは時間がもったいないのでエステルカに寄らない。帰って車洗わなくてはならないし。でも洗い終えるとビールを飲みたくなることもあるけど、わざわざそれからエステルカに出かけたりはしない。うちで紅茶を飲む。

 明日は11時まで仕事して、そのあと車を修理工場に持っていく。前輪がこのあいだからトゥルトゥルいう。緩衝器の部品を交換する。もう部品代は払った。明日車を修理に出したら、掃除とシーツの洗濯をしよう。今日は時間があったので入浴した。チャメルは汚い。めったに風呂にも入らない。歯の詰め物はとれたまま、穴ぼこあいたままでいる。歯医者に行く暇がない。

 今日は猫を運んだ。女の子がキャリーケースに入れて抱えていた。途中、彼女が学校に寄ったとき、猫を車内に置いていったので、そのとき猫を見た。彼女にチンドン[ボグダンが以前飼っていた猫の名前]の話をした。チンドンを連れていったことがあるピウスツキ通りの獣医へ行った。彼女は猫を5匹飼っているそうだ。犬猫はもう何度か乗せた。バルバカン[タクシー無線会社]に動物可と登録してあるから。犬はケース無しでそのまま乗ってくる。犬用毛布を持って乗る人もいる。

 ヒースロー空港のドキュメントを見た。あるイギリス人が63匹の猫を飛行機で運んできた。この猫たちはどこか忘れたが、よその国で捕獲され処分されかかっていたのを、このイギリス人が助けて引き取ったのだ。この猫が空港内を逃げ回ったりしてたいへん。耳にチップの付いている猫はいいが、付いてない猫は3週間隔離収容ののちに入国を許可される。ヒースロー空港内の行ったことがある場所が見えた。チャメルはパスポートなどの書類をなくしたと思って大騒ぎしたが、飛行機に乗ってから全部持っていることがわかった。そのとき話した女性係員らしき人がそのドキュメントに出ていた。

 今年の復活祭は4月16、17日。Punが4月に来たのは96年か? その年と同じ。Punが4月26日に来たので、あと10日早ければ復活祭が見られたのに、と思ったことを覚えている。(3/30)

2006/03/26 01:06

電話報告:かゆい、ムロージェク、河豚

 体がかゆい。ここ1か月以上飲んでいないが、飲まなくなったらかゆくなった。イラクサに触れたみたいに腫れて、ひじょうにかゆい。お客さんが乗ってるときは掻けないのでつらい。2、3日でおさまる。朝ずっと玉ネギ入りの炒り卵を食べているせいか? 時間はないが温かいものを食べたいのでいつもこれ。しばらく卵をやめて様子を見てみる。

 そのうえ歯が痛くなったので、アルコールを塗ってイブプロム[鎮痛剤]を飲んだ。痛みは治まり、物が食えるようになった。医者に行く時間がない。

 先週の金曜日、スウォヴィヤンスキ広場から松葉杖の人を乗せた。女優のアンナ・ポロニィだった。以前、テアトルSTUで彼女が本読み稽古をしたとき、おまえ[シバタ]が写真を撮ってパンフレットを作った話をしたら、彼女は覚えていた[1997年クラクフで開催のイタリア演劇祭でのこと]。松葉杖は何か手術をしたばかりだからということだった。

 ここはポーランドかシベリアか? というくらい寒い。

 ガゼタ・ヴィボルチャ、クラクフ版3月20日付1面に、ムロージェクが脳卒中のあとどうやって回復したかという記事が載っている。リハビリ療法士が、とにかく書きなさいと指示したのだそうだ。書くことがリハビリ。でもムロージェクは外国語をすっかり忘れてしまった。いま使える言語はポーランド語だけ。これが「祖国ポーランドへの本当の帰還」。

 ガゼタ・ヴィボルチャの旅行特集版で「夢の旅」シリーズをやっている。日本は京都と東京が載っていた。レストランやバルにある食べ物のサンプルはプラスティック製と書いてあったが、ロウじゃないのか? あと、河豚はどんな姿かわからないとあやふやな書き方だった。俺は実際に河豚を見たし、日本人は河豚がどんなだかみんな知っている。

 腹が立つこと。鳥インフルエンザを恐れるあまり、健康な鳥や猫まで毒殺している。これはメディアが必要以上に大袈裟に書きたてるせいだ。鳥インフルエンザによる死者はまだそれほど多くない。それに比べたらエイズのほうが大きな悲劇だと思う。

 カード払いの客が乗ってくると腹が立つ。俺はいま現金が必要なのに! カード払いの代金はバルバカン[タクシー無線会社]の契約料支払いのときに精算する。ガソリン代のレシートの付加価値税分は月々支払った税金から控除される。

 なってるハウスのライヴ、行きたかったな。チャメルがいたら、リマさんとビールか酒を飲むのにな。

 かゆいのでぼりぼり掻いている。聞こえるか? アルコールを買って塗る。チャメルは塗ったアルコールで酔っぱらっちゃう。(3/23)

2006/03/17 15:19

電話報告:キェシロフスキ、督促、ドラッグ

 ガゼタ・ヴィボルチャ3月11日12日付の土日版にムロージェクの自叙伝のことが載っていた。13日(月)付文化欄にはキェシロフスキ没後10周年記念記事。6日はアンジェイ・ワイダの誕生日とベルリン映画祭での受賞を記念して「アンジェイ・ワイダのアルファベット」という記事。おもしろいのでこれはとっておく。ムロージェクの若いときの写真はとてもハンサムだ。

 昨日はキェシロフスキに関するドキュメントを見た。よかった。彼はポーランド国内では最初それほど注目されていなかったが、国外の映画祭で次々と賞をとって評価されるようになった。カトリーヌ・ドヌーヴとニコール・キッドマンがぜひとも彼の映画に出演したいと彼に手紙を書いたことがある。

 今日は腹が立った! まともに生活させてもらえない! 息がつけない! 朝、郵便受けを見たら財務局からの通知。税金の督促かと思って、なんでそんなことで呼びつけるのかと怒ったら、違った。罰金の残りの催促だった。前に振り込みに行ったとき、郵便局のBが、まだ全部払わなくても大丈夫、1年後に督促状が来てからでよい、と言っていたのを真に受けて払わずにいた。こんなに早く催促が来ると知っていたら全額支払っていたのに。今日は窓口で長らく待たされたので文句を言ってやった。時間の無駄だ、こうしている間にも働いて稼げるのに! 電気代、電話代、ケータイ代、いつもまとめて払うが、今月は少しずつ。

 また雪が降った。窓が曇ってすこぶる走りにくい。スリップしやすい。3月いっぱいこんな天気が続くというので、みんなうんざり。スキーヤーでさえもう喜ばない。そうそう休暇ばかり取ってもいられない。

 日曜日の朝、ガソリンスタンドで軽油入れて新聞買って、さあこれから仕事を始めるぞってときに友人Tがやって来て、「ビール代おごってくれ」と言う。おごらないよ、自分も飲んでないんだから、と断ると、気を悪くして帰った。十分に稼いで金があるときならおごってやらなくもないが、燃料代に50ズウォティ使ったばかりでまだ一銭も稼いでないときに、やって来てせびるんだから。

 もうすぐ夏用タイヤも買わなくてはいけないし。そのためのお金を貯金箱に貯めている。ここ1か月ビールを飲まない。3ズウォティだって惜しい。飲む時間ももったいない。飲んでる小1時間のうちに、さっさと車を洗って早く休みたい。最近は5時ではなく4時半に起きている。ゆっくり食べて、ゆっくりトイレに行くため。雪掻きもしなくちゃいけないし。

 コンピュータはAの知り合いが修理してくれると言って持っていった。どうなってるのか聞かなくては。

 1.23ズウォティのチョコレート・デザートを買った。ときどき1.15ズウォティの卵リキュール入りチョコバーを買う。夕方お腹がすいたときに食べる。

 もうすぐ車のオイルを買いにセルグロス[大型ディスカウント・ストア]に行かなきゃ。

 女優のハンカ・ビエリツカが90歳で亡くなった。帽子のコレクションで有名。よくしゃべるシニカルなキャバレー女優のおばあちゃん。最近シモン・マイェフスキ・ショウに出演して、「若い人たち、わたしが去る前に大いに楽しんで!」という発言をしていたのは死期を感じていたからか。

 このごろの若者を見ると俺たちの時とは違うと思う。この間、サッカーのヴィスワ対クラコヴィア戦のとき、フーリガンのけんかで少年が1人刺殺された。ディスコやクラブはドラッグだらけ。女の子がトイレに立って席をはずすときは、彼女のグラスに薬を入れられないように友人が見張る。ロシアから来た「レイプ・タブレット」と呼ばれる薬はビールに入れるとすぐに溶け、ビールの味は変わらない。飲むと記憶をなくす。これを女の子に飲ませて暴力をふるったりレイプしたりという事件があった。女の子が気付いたときには知らない場所で、男のそばで血まみれになっている。どうやってそこに来たのか、何をされたのか、まったく覚えがない。

 2階のMの娘Eは友だちを呼んでパーティーをした。それはいいが、夜中に廊下で騒いでやかましいので、警察に電話して来てもらった。昼間はEの男友達が彼女を呼びに来て、窓の外で改造車のエンジンを吹かす。うるさい。Eは学校に行ってない。家庭教師が来ている。たぶん午前中家庭教師が来て、午後は男友達と遊んでいるのだろう。

 隣のWのところは赤ん坊が生まれたので、夫婦げんかが前より少なく静かになった。向かいのAとはとてもうまくやっているし、2階のZも雪掻きをしてくれたりして親切だ。あと2階の2、3人と挨拶はする。ただあのEとは口もきかない。宝くじが当たったらここから引っ越すぞ!

 もうすぐ夏時間に切り替わる。4月になったら借金の負担が減るから楽になるだろう。明日は金曜、いちばん混む日なので嫌だが、土日はすいててよい。

 耳国の絵はおとぎ話風だが、ちょっと風刺もある。みんながみんなに聞き耳を立てているんだ。(3/16)

2006/03/11 01:53

電話報告:鳥インフルエンザ、自動車保険

 車の窓(パワーウィンドウ)2枚故障。右前はまったく動かない。左後ろはボタンを押すと勝手に全開する。客の子供が窓を開けようとしてボタンを押したら下まですっかり落ちたので、あとで引っ張り上げなくてはならなかった。手を触れないよう張り紙をしなくては。

 上着のポケットに穴が開いていて眼鏡をなくした。クレパシュ[中心街の市場]で10ズウォティのを買った。タンデタ[近所の雑貨市場]にはもう安い眼鏡を売る店がない。

 2月3月はお客が少なくてつらい時期。朝5時20分前か30分前に起きてガレージ前の雪掻き。今朝は−13℃。昼間は+3℃。体に悪い。

 今日のガゼタ・ヴィボルチャを見ろ。文化欄に「写真の株が上昇」という記事がある。サザビーのオークションで写真作品に絵画と同じような高値が付いたという内容。

 昨日チャメルはやっと床屋に行った。このところお金と暇がなかったから。昨日の午後は支払いや片付けごとをいろいろと。今日の稼ぎは160。

 天気予報は冬だ。土曜日はまた雪、−5℃、月曜も−5℃、火曜−3℃。ずっとマイナス。あと2週間は寒い。雪掻きしてガレージが開くかどうかいつも心配。冬はもうたくさん。喜んでいるのはスキーヤーだけ。

 窓からパンを投げて鳥にやっている。鳥インフルエンザを恐れて、鳥に餌をやるなという人もいるが、小鳥に罪はない。トルニでは大きなケージを作って、そこに入った野鳥のウイルスの有無を調べている。人に感染するウイルスを持っている鳥は残念だが安楽死。人に感染しないウイルスの場合は隔離治療。感染したメンドリが大量に処分されている。車に付いた鳥の糞を触りたくないのでオート洗車にするという人がいる。みんなパニックだ! 糞はボロ布で拭いて、布ごと捨てればいいのに。疫病を必要以上に恐れている。[ポーランドでは白鳥から鳥インフルエンザ・ウイルスが見つかった。]

 ドイツでは猫が鳥インフルエンザ・ウイルスに感染したので、猫を動物収容施設に持ち込む人が急増。いまドイツの収容施設は満杯だそうだ。自分で猫を殺す人もいる。感染した鳥を食べて人に感染させるのではないかと健康な猫まで恐れているのだ。家に閉じこめて飼えば感染した鳥を食うことはないのに。

 ロシアや中国はウイルス感染を隠そうとするから、あとで深刻な結果になる。チェルノブィリと同じ。汚染区域に住む人たちは貧乏だから行くところがない。政府も代わりの住居を提供しない。あいかわらず汚染区域に住んで、汚染された食物を食べて暮らしている。

 車の保険期間が昨日切れたが、昨日保険会社に出向いたら、切れる前(つまり一昨日以前)に申し出ないと自動的に契約が延長されると言われた。そんなの聞いてないと文句を言ったら、係の人が上司に相談しにいった。上司が言うには、契約自動延長の規約はこの保険契約が結ばれた1年前には存在しなかったので、この場合は対象外だから気にしなくていいと言った。上司が話のわかる人でよかった。それに加えて、車の前の所有者の名義で加入したまま1か月運転していたので、あとで300余計に支払うことになった。

 数日分の昼食を仕込んだ。玉ネギ、ソーセージ、冷凍のプルーン入り団子。

 日曜日は空港行きの客が2回あったのでよかった。平日は近場ばかり。シチェパンスキ広場から駅まで何度も往復。しかもお客がみな大荷物を持っているので、トランクに入れたり出したりしなくてはいけないし、駅前のルビチ通りが渋滞になるとなかなか動かず、時間ばかりかかる。

 Rが俺のことを気に入ってると言った。いろいろと嫌な目にあってもくじけないから。チャメルは戦う。(3/9)

2006/03/05 01:41

電話報告:チャメルの宿命

 朝4時15分前に起きてJの車を牽引しに行った。いつも疲れているので夜は9時10時に寝る。で、夜中に起き出して食べる。それで早く目が覚めてしまったので早めに行った。車はあまり距離のないところで止まっていたので、前にぶつけてはいけないと思ってか、Jがブレーキをしきりに踏むので重かった。だいぶガソリンを食った。

 それから6時20分前に仕事に行った。チャメルはツイてない。せっかく空港行きの仕事が入ったのに、マルカ通りでタイヤがパンクした。スペアに取り替え、タイヤを修理してたら11時になってしまったので帰宅。

 月曜日はシチェパンスカ通りの角で市警備員に捕まり、罰金100ズウォティをとられた。他の車が走っているようにルィネク[中央広場]に出て戻っただけなのに、よく見たらタクシーだけ通行禁止になっていた。チャメルが仕事を休んでいる間にそういう標識が取り付けられたのだ。

 火曜日は社会保険局に行った。ザコピヤンスカ通りで他の車のタイヤから小石が飛んできて、車の窓ガラスが割れた。取り替えなきゃいけないが、とりあえず割れたところをくっつけて直す。こんなのは10年走っていても出会わないようなことなのに…。

 今日は午前中出足が良くて70ズウォティ稼ぎ、昼までには100に届くかと思ったのに、無線がこわれた。修理は無料だったけど2時間とられた。無線機のコードとプラグは中古だったから次第に具合が悪くなっていた。新品に取り替えた。

 帰りにケータイを修理に出しにいくと、入っていた箱を持ってこいと言われた。箱はとってあったのでよかった。箱に付いているコード番号が必要だったのだ。さいわい修理は無料だった。

 7日にタクシー無線会社の契約料を支払わなきゃ。あと、無線が勝手に中断されたので無線会社に行ったら、俺が休暇を取ることを話した人とは別のお偉いさんが、そのことを知らずに一時中断していたことがわかった。

 そんなふうに連日仕事に邪魔が入る。

 今日はいい天気だったので車の数がいつもの2倍。冬の間は怖くて運転できない連中がいっせいに出かけたから。明日は金曜日だからまた渋滞するだろう。

 ロース肉は昔は贅沢品で高かったが、今じゃ3切れで6〜7ズウォティ。チャメルはフライの衣を付ける暇がないので、塩胡椒してソテーにする。付け合わせは瓶詰めのキュウリのサラダ[スライスして酢漬けにしたもの]。ときどき仕事帰りにエステルカで小ビールを飲み、煙草を買う。朝は買うところがないから。

 プランティ[クラクフの旧市街を囲む公園緑地帯]の公衆トイレは9時オープンのはずだが、9時半頃まで開かないことがある。今日は朝からずっとおしっこしたくて、9時過ぎにトイレに行ったが開いていなかったので、やむなくプランティの木陰で立ちションしたら、目の前で警官が待っていた。木陰といっても葉がないから丸見え。事情を話したら放免してくれた。警察官とは話ができるが、市警備員とは話が通じない。彼らは罰金を科すごとに奨励金がもらえるのだ。そんなことに奨励金を出すべきじゃない。

 無線の順番待ちでそれまで順番がどんどん繰り上がっていたのに、自分が1番になると1時間待たされる。今日もそうだった。1番じゃなかったらトイレに行ってたし、1時間待つとあらかじめわかっていたらトイレに行けたのに。友人Cが来たのでこう言ってやった。俺はツイてないから、いっしょに歩くと鳩のフンが当たるかもしれないよ、と。これは宿命、チャメルの宿命。(3/2)

2006/02/26 02:52

電話報告:運転再開、ポンチキ、鳩、地雷

 チャメルはもう元気で働いている。でも精神的には元気じゃない。車の修理は終わったが、修理代全額は払えなくて、というのもあと車のローンと[タクシー無線会社の]契約料を支払わなければならないので、3分の2だけ払った。残り3分の1は2週間以内に払うという誓約書を書いた。でも次のローンの支払日が3月2日で、3月8日にはちょうど保険の契約期間が切れる。まるで嫌がらせのようだ。

 2月3月はタクシー運転手にとって最悪の月。客がない。今日は「脂っこい木曜日」なのでポンチキを買おうかと思ったが買わなかった[エッセイ第8回参照]。1日の燃料代40ズウォティ、食費15ズウォティとすると、毎日155ズウォティ稼がなくてはならないが、そんなのとても無理。眠れない。

 月曜日、バルバカン[タクシー無線会社]に契約料を払った。税金を払い、保険料も払った。営業再開の申請に行ったら、これは知らなかったのだが、どこもすべて有料だった。

 カトヴィツェの鳩の見本市会場で屋根が崩落して65人死亡した事件で、雪下ろしをしなかったとして3人の責任者が逮捕された。うち1人はニュージーランド人。事故の20日後、瓦礫の中から2羽の生きている鳩が発見された。この寒さの中、飲まず食わずで20日間なんて、人間だったら死んでいるだろう。鳩は人間よりも強い。

 モスクワでも同じことが起きた。市場の屋根の崩落。アルメニア人やアゼルバイジャン人が非合法で市場の地下に住んでいたから、犠牲者はさらに増えるかもしれない。フィリピンの地滑りも恐ろしい。

 今日帰りに頭が痛くて、エステルカに寄ってシロップ入りの小ビール1杯、煙草を買ったら、店番のLがポンチキをご馳走してくれた。

 地面が凍って盛り上がるのでガレージの扉が開かなかったが、Z.K.がガレージの前の土を掘り下げてくれた。月曜日に車にステッカーを貼るため、ガレージを開けようとしたら凍っていて開かなかった。エステルカのRにシャベルを借り、ひとりで氷を取り除いた。それからR(エステルカのRとは別の友人)が来て、いっしょに車のドアにステッカーを貼った。

 火曜日は朝6時から仕事に出たが、長い間まったく注文無し。やっとあっても6、7ズウォティの短い運転ばかり。シチェパンスキ広場は客待ちの車が多く、駐める場所がないので、シチェパンスキ通り側に駐めた。1度は指示された場所まで行ったら「地雷」、つまり客がいなかった。それが2回もあった。時間ばかりが過ぎて稼ぎはゼロ。

 2日間暖かかったが、今日はまた寒波。でも朝まだ暗いのに鳥の声が聞こえるようになった。線路の近くの草むらの辺りで。小鳥のための脂身を買う暇がない。庭はもうない。でもコスモスはこぼれた種からまた勝手に生えてくるだろう。このところ車がすぐ汚くなるので毎日洗う。

 Aが夜フクロウを見たとエステルカで言った。なんでフクロウだとわかるのかと訊くと、夜いる鳥はフクロウに決まってると言うので、チャメルはウストカで夜行性のカモメを見たと言ってやった。

 夕飯をこれから食べるところ。パン、缶詰、チーズ、紅茶。今日は早く寝よう。(2/23)

2006/02/20 02:06

電話報告:まだ修理中、白鳥、映画

 修理工場に行ったら、まだ車輪が1つできてない。ケータイは動かない。車の検査に200ズウォティかかる。車のレジのメモリーはこんなに長くはずしておいても残っているだろうか? バルバカン[タクシー無線会社]のステッカーを取りに行かなくては。明日、車を受け取って、その足でステッカーを取りに行って、土日に営業開始できるといいのだが。

 当初、修理は月曜に仕上がると言ってたが火曜に延びて、水曜はチャメルが病気[酔っぱらったということ]で、今日(木曜)行ってみたらまだできてなかった。今日はまだちょっとしんどかったが、朝ひげ剃って、エステルカに行って、Rに頼んで工場までいっしょに行ってもらったのに、できてなかった。塗装はできているが、以前ほどにはよくない。車輪の片方は違うのが付いているし。右前の窓が開かない。部品をどうにかしなくては。今は冬だから開かなくても構わないが。

 気温は+2℃。水っぽい雪がたくさん降った。

 死んだ白鳥が10数羽みつかり、鳥インフルエンザではないかと大騒ぎ。でも白鳥は引き裂かれていたので、たぶんイタチかキツネに襲われたのだろう。ここではまだ鳥インフルエンザの心配をすることはない。

 チャメルは今日、スープとパンを食べ始めた。紅茶をたくさん飲む。

 ワイダがベルリン映画祭で?熊賞をもらった。

 [2週間前に話した映画について]タイトルを書いておいたメモが見つからない。人力車の車夫が人妻に言い寄る。女の夫を酔いつぶして、その間に殺す計画を立てる。女がそのための酒を買いに走る。その店は酒を造っているところらしくて、木の升で量り売りしてくれる。チャメルが東京の居酒屋で初めて酒をたのんだとき、酒を注いだコップが木の箱に入って出てきた。あの木の箱。日本の風習が見られておもしろかった。映画の背景がおもしろい。ずっと雨が降っていたから、たぶん梅雨だったのだろう。

 オリンピックはホッケーをちょっと見た。夜はたいていテレビで映画を見てる。これから報道ルポ番組「ウヴァガ[注意、注目、論評などの意]」を見る。今日は、郵便局内で郵便物から中身を盗む泥棒の話題。

 電話は自然に直った。Pが電話してきて以降ちゃんと動いてる。背中の痛みは少なくなった。長く座っているとまだ痛みを感じるが。(2/16)

2006/02/10 22:49

電話報告:修理、靴紐、電話

 修理工場に行ったら月曜日に車の修理はできあがるという。みんなは仕事なんかやめとけと言うが、働いていたときのほうがいい。5時に起きて仕事する。背中が痛くて靴紐が結べないので、チャメルはこの寒さのなか夏靴を履いている。電話の具合が悪い。ときどき勝手に鳴る。受話器を取ると何も聞こえない。いまはさいわいちゃんと動いている。[先週の日本映画のことを訊き忘れました](2/9)

2006/02/05 00:41

電話報告:病気休暇、日本映画、レントゲン

 背中が痛くてしんどいので、医者に行って15日間の病気休暇を取った。長く休むと年金生活者になってしまうが、年金は月400ズウォティと安いので車のローンも払えない。早く働きたい。

 でもうちでただぶらぶらすごしているわけじゃない。絵を描き始めた。ひとりで部屋にいるとき、日本語の辞書を読むこともある。日本が好きだし、日本の習慣が好きだ。日本人は飼い犬の糞をきちんと片付ける。日本映画を見た。すばらしい映画! 映画の半分の日本語がわかった。妻の愛人が夫を殺すが、あとで良心の呵責に悩み、酒を飲むようになる。最後は女がその愛人の男を殺す。このストーリーで何という映画だかわからない?[タイトルも監督も出演者も教えてくれなかったのでシバタは何なのかわからず。来週訊いてみます]

 背骨がずれているかどうかを調べにレントゲンを撮りに行くことになっている。[ポーランドでは医者のところでレントゲンを撮るのではなく、医師の指示書によりレントゲン屋さんに行って撮影してもらいます](2/3)

2006/01/28 01:38

電話報告:ヴィスワ川凍結、仕事と休日

 今日は−10℃でとても暖かい。いままで−30℃近かったので、これでも暖かく感じる。ヴィスワ川が凍って白鳥は逃げた。鴨とカモメは氷の上に座ってる。今日は氷がとけはじめて、とけたところは黒い斑点になっている。エステルカ[近所の居酒屋]で会った酔っぱらいが、ヴィスワを歩いて渡ったと言っていた。昔ヴィスワが凍らなかったのは工場廃棄物の化学薬品で汚れていたため。今はスカビナにある発電所から暖かい水を流しているので凍りにくい。昔はカエルがいたけど今はいない。

 エステルカのLにDVDの映画を2本借りたので、うちでゆっくり見る。動くと背骨が痛い。冷凍ビゴスを3日かかって食べ終わった。今日はもう体力がないから鍋は明日洗うことにして水を張っておく。

 ポーランド人は仕事がないと嘆くくせに、いったん仕事に就くと休むことばかり考える。4人のポーランド人がロンドンで仕事を探すドキュメントを見たことがある。そのうち1人が家具職人の仕事に応募し、明日来いと言われる。まだ採用されるかどうかもわからないのに4人とも大喜び。それが9月のことなのだが、もうクリスマス休暇に家に帰ることを夢見ている。それを見て反吐が出そうになった。ポーランドは9日間のクリスマス休暇がある。スウェーデンやノルウェーなど先進国だってそんなに長く休まないのに。そのうえ、前の教皇の命日を国民の休日にしようとする動きがある。休みが多すぎる!

 チャメルは仕事があればちゃんと毎日5時に起きて仕事に行く。6時にお客があって少しでも稼げればうれしい。2時間くらい待ちぼうけのこともあるけど。(1/26)

2006/01/22 03:02

電話報告:また故障、口座、メニュー、寒波

 車に問題がある。一昨日うちに着いたところで、クラッチが床にくっついたまま動かなくなった。うちでよかった。どこかの交差点の真ん中だったら困ったことになっていた。大渋滞になるし、牽引車呼ぶのにお金が掛かるし。エステルカに行って友人を呼んできて車を押してもらった。彼らに酒1本おごった。自分は飲まなかった。応急措置として金属片をはめて昨日は走った。昨日買った部品を今日Rが取り付けてくれた。

 今日も走ったが、客は少ない。クリスマスと大晦日のあとで人々はお金を使い果たしているから、タクシーには乗らず、市電やバスですませている。

 銀行から電話があり、12月分が未払いだという。ローンは払ったはずなのだが、一瞬頭が混乱し、払っていなかったのかと思って、ハニャから200借りようかと考えた。でも調べたら払ったという書類を見つけた。じつは銀行がローン振り込み用の口座を作っていて、口座手数料を払えというのだった[口座を開設しているだけで月々3ズウォティ余り=100円少々の手数料を取られる]。そんな口座のことなんて知らなかった。「でもサインしたじゃありませんか」と言われたが、ローンを組むときに山のような書類にサインしたので、いちいち何の書類だったかなんてわからない。ローンは毎月直接銀行に持っていって払っているし、それ以外に預金はないのだから、口座を作る意味がない。その口座は閉じた。

 −20℃の日があった。ガレージの前の雪掻きをしなくちゃいけない。今日の晩も掻いた。

 2、3日ごとに何かが壊れる。

 毎日朝5時に起きて11時まで仕事。買い物して帰宅。鍋洗う。ときどき入浴。何か反吐の出そうなものを食べる。ストラルスカ通りでお菓子を買うつもりだったが、トイレに行きたくて、車をマウィ・ルィネクに止めるのももどかしく、買わずに大急ぎで帰った。銀行に行ったとき、ベーコン入りカプシニャク[キャベツスープ]というのをヴォルニツァ広場の角の店で買った。これはそんなにおいしくなかったが、いつものメニューとはちょっと目先を変えるため。ときどき肉を3、4切れ買い、棒でたたいてソテーにする。

 モスクワは−30℃。その寒波が少しずつこっちに向かってくる。いつもは警察がホームレスを駅から追い払うが、いまは追い払わない。明日クラクフは−7℃、土曜日は少し暖かくなる。日曜は−9℃、月曜は−18℃の予報。

 詩人のヤン・トファルドフスキが亡くなった。90歳。多くの人が彼の詩を読んでいる。万人のための暖かい詩だ。

 雪がバターみたいにずるずるになっている。氷よりたちが悪い。冒険野郎をよく見かける。運転ができないああいう人は運転すべきじゃない。渋滞を起こす。

 チャメルはセミ・ベンピ。チョコレートを食べると軽い便秘になる。

 今日は足が濡れて冷えて、しょっちゅうトイレに行きたかった。朝8時にはもう行きたくなったが、まだ公衆トイレは開いてない。10時にトイレが開くと飛び込んだ。その1時間後にもう1回。午後も2回行った。こんなだと落ち着いて運転できない。

 5ズウォティ[初乗り運賃]の短い運転が多くて、こんなのばかりだとおまんまの食い上げだ。でも今日の最後の運転は30ズウォティだったのでよかった。

 冬が早く終わらないかな。車を洗っても15分後には汚くなる。寒波が来ると洗わなくてすむ。泥が凍ってしまうし、バケツにお湯を入れても氷になるから。ここ3日間洗わなかった。昨日はガレージに掃除機を持っていって、車の中を掃除した。5時に起きるのは嫌だけど、他人に命令されるのではなく、自分がボスだから起きられる。(1/19)

2006/01/15 02:56

電話報告:点火プラグ、ケーキ、ドライヤー

 今日はビビッた。エンジンが爆発音をあげたのだ。今月の支払いはなんとかなると思っていた矢先にこれだ。無線でバルバカンに牽引を頼んだ。調べてみると、点火プラグが落ちている。その前からエンジンがガタガタいっていた。点火プラグのネジが少しずつはずれていたのかも。バルバカンの仲間が来てくれたが、運転可能とわかり、牽引せずに普通に走って帰宅。いまRがガレージで作業している。

 ひどい渋滞。道はスリップしやすい。駅前の十字路は通れるようになった[再開発工事のため長らく通行止めだった]が、すごい渋滞。時間と神経をすり減らす。

 チャメルは本棚がないので、一部の本はガレージにしまっている。ハニャのうちみたいに壁一面に棚を作ればかなり収納できるが、チャメルの壁はギャラリーになっているし。ガレージは他人に貸さなくてよかった。おかげで役立っている。今日はガレージの扉が凍りついてなかなか開かなかった。開けるのに30分かかった。

 いま窓の外でTIR[ティル=国際輸送用大型トラック]が向かいのガラス問屋から出られず苦労している。こんな狭い道にTIRなんて、よく許可したもんだ。通すべきじゃない。

 あ、Rが来た。明日から通常どおり走れるぞ。

 ミコワイはサンタクロースと違って、司教みたいな恰好をしているものだ。外国から来た風習は気に入らない。とくにハロウィーンのお祭り騒ぎはバカげている。亡くなった人たちを静かに偲ぶ日なのに。バレンタインはハッピーだから、まあいいけど。

 チャメルが最近絵を描いてないのは働いているからだとサイトに書いておけ。

 タイヤもどうにかしなきゃ。空気が漏れる。修理してくれる知人がいる。パッキングをつけなくては。オイルも買わなきゃ。

 セロマコヴィエツ[ポーランド風チーズケーキ=セルニクと、罌粟の実ケーキ=マコヴィエツが2層になったもの]を買った。こんどマウィ・ルィネクに行ったら、ちょっと車を止めて、ストラルスカ通りのお菓子屋でケーキを買おう。レヴィヤタン[プワシュフ駅前のスーパー]にはシャルロトカ[りんごケーキ]がない。脂っこいクリームたっぷりのケーキばかりだ。今日はたまたまセロマコヴィエツがあったので買った。

 ドライヤーをこわしちゃった。ガレージに持っていって車のマットを乾かすのに使って、床に置いたまま車を動かしたらタイヤの下敷きに…。ちょっとつぶれちゃった。Rは自分で直せると言っている。 (1/12)

2006/01/07 01:30

電話報告:故障

 車が故障した。それで飲んだので今日はもう運転しない。車は修理した。いまガレージにある。修理代は払った。今日はもう7時に電話しなくていい。写真届いた。(1/5昼)

2006/01/04 19:12

電話報告:ナンバープレート、夢、墓参り

 吹雪の中、車のナンバープレートをなくして、そのまま走っていたら警察に追いかけられた。新しいプレートは120ズウォティ。今日はそれでむしゃくしゃしてウオツカを飲んだから、もう運転できない。明日はきっと頭が痛いだろう。

 クリスマス・カード、今日届いた。とてもきれい。

 カトリック教会関係者は聖母マリアが無痛分娩だったかどうかで議論している。

 おととい夢を見た。Pが警察にポーランドから追い出される夢。パスポートもビザもちゃんとしてるのに。

 大晦日から元日にかけて、両親の墓参りに行った。(1/2)

2005/12/30 17:23

電話報告:盗難、昼寝、配車係、大晦日

 昼の12時、駅前のスーパー「レビヤタン」の前に車を止めて食料を買い物していた2、3分の間に、タクシーの表示灯を盗まれた。そのままでは営業運転できないので、午後の仕事に出る前に表示灯を買った。210ズウォティ。それでむしゃくしゃしていたが、郵便受けに入っていた封筒を開けたらプレゼントが入っていた。それを見て気分がよくなった。いつも長く駐車するときは表示灯を車内にしまっていたけれど、これからは短い間でも毎回しまわなければ。

 このまえ、車のタイヤがガレージの床下の修理作業用の穴に落ちた。Aの車で引っ張り上げようとしたが無理で、Rがジャッキを使ってようやく引っ張り上げた。そのときRに、昼寝の邪魔をされると気分が悪いということを話した。Rに30ズウォティ貸してあって、夜返しに来るはずだったが来なかった。昨日の昼間、頭痛がするので薬を飲み、寝付いて20分ほどしたらノックの音で起こされた。Rが30ズウォティを返しに来たのだった。腹が立った。なぜわざわざ昼寝の時間に来るのか?!

 バルバカンの配車係の女性たちは指示が下手でバカげた情報を与える。それで何かへまがあっても、罰せられるのはいつも運転手。彼女たちには懲罰委員会がない。運転手たちがいるから彼女らの給料が出るのに。

 まったく人々が考えないから、こんな国になっちゃうんだ。プワシュフは犬の糞だらけ、しょっちゅう停電するし、道は穴ぼこだらけ。今度、市議会議員とのミーティングがあったら文句言わなきゃ。シチェパンスキ広場の酒屋の前で一日中人々に酒代をせびっている若者たちを見ると吐き気がする。あれでは物乞いだ。昔の若者は働いてお金を稼いだものだ。

 5時に起きてちゃんと働きたい。ゆっくり眠りたい。今日は朝3時に咳で起きた。チャメルはセミ鼻づまりがある(少し鼻づまりということ)。

 動物の糞をテーマにした絵本が話題になっている。ドイツ語からの翻訳。動物が糞をするときのオノマトペの訳がむずかしかったとのこと。絵がいい。

 今日は稼ぎが少ない。シチェパンスキ広場のタクシー乗り場、大晦日の午後5時以降は無し。たぶん混雑するため。ルィネク(中央広場)の半分、ミツキェヴィチ像のある側は、遺跡発掘のため掘り返しているので狭い。年越しで人出があるから夜遅くビスクピア広場で配車指示を待とうかな。

 このまえテレビ局まで走ったが、坂道はつるつる。下り坂は橇みたいだった。注意しなくちゃ。今日は太陽が出ている。反射がまぶしくて運転しづらい。雪が解けてどろどろになる。なぜ人は晴天だと喜ぶのか? 冬の晴天は困るだけなのに。交通事故が多い。祝日のあとは酔っぱらい運転でたくさん捕まった。(12/29)

2005/12/26 01:14

電話報告:昼食、クリスマス、犬、植木

 毎日お腹が痛い。咳が出る。祝日でも開いている当番の薬局で咳止めを買った。でも朝4時に咳に起こされた。いったん目が覚めたらもう眠れない。

 日が暮れるとあまり客もないので、最近は夜7時過ぎには家に帰っている。5時6時にうちの近くまで客を乗せることがあれば、シチェパンスキ広場の乗り場には戻らず直帰して洗車。車を洗ってもすぐに汚くなる。

 Mがアメリカから2度電話してきた。Rも電話してきた。Mのおじいさんが亡くなったそうだ。火曜日に葬式の日取りがわかる。

 ようやくおいしい昼食。ハニャにもらったキャベツ入りピエロギ[エッセイのバックナンバー参照]を食べた。ちょっと昼寝して起きてからケーキを少し食べたらお腹が痛くなった。でもすぐ治ると思う。こういうときは米食で治す。ごはんを炊く暇がないと思っていたが、夜のうちに米をといでおいて翌朝スイッチを入れればよい。

 明日の昼食は冷凍ピザ。このまえマッシュルーム・ピザを買って食べた。今度のは何か肉類のピザ。瓶詰めのファソルカやフラチキに飽きたので、生の肉を買った。豚ロースは骨付きしかなかったのでやめて、ネックを2切れ買って、たたいてソテーにした。オイシカッタ。ひょっとして瓶詰めの加工食品がお腹に良くないのかな。

 祝日前にはレースカーテンを洗っただけ。掃除機かけるの忘れた。明日かけよう。今日かけると祝日に騒音たてると顰蹙を買う。窓は洗ってない。車を洗う方が先決。車の中は2、3日前に掃除機をかけた。この車はガスを食う。食いしん坊。

 アラおばさんからクリスマス・カードが来た。それ1枚きり。

 支払うべきものはちゃんと支払っている。働いているかぎり支払いには足りるが、いまのところ貯金はゼロ。保険料を今年中に払いたい。あと公共料金と車のローン。

 毎日少しずつ洗濯。いまヒーターの上に、洗ったズボン下をかけている。こうするとすぐ乾く。

 日本もたくさん雪が降ったね。こちらは曇っていて星は見えない。昨日は雲の隙間に月が見えた。

 レブス(ハニャのうちの犬)は太って豚みたいになっていた。ハニャたちは太らせるつもりはないのだが、レブスの食い意地が張っているのだ。クイシンボ。

 クリスマスの間だけお客さんはみな礼儀正しく、大変気持ちがいい。このまえ酔っぱらいが攻撃的な態度だったので車から降りろと言ってやった。でも結局シチェパンスキ広場で降ろして、7ズウォティくらいのところ、お詫びの気持ちとして10ズウォティもらった。

 このまえデパートの前で緑色のサンタクロースを見た。新聞会館(中央郵便局横)の前にきれいなツリーが立っている。フロリアンスカ通りは飾りがたくさん。ルィネク(中央広場)のすべての木に電飾がついている。もちろんクリスマス市の売店も出ている。今年は早くも11月からクリスマスの広告やセールをやっていて、これでは早すぎる、長すぎる、肝心のクリスマスの頃に盛り上がらない、と批判が出ている。

 以前は休日が多いと嫌だったが、仕事するには休日歓迎。ただ古くなったパンを食べるのが嫌。丸パンがなくてバゲットを2本買ったが、もう堅いので鳥たちにやる。シジュウカラに脂身をやる暇がない。

 竹ちゃんは大きい。トゲちゃん(サボテン)は巨大。ボンサイは小さい。小さくあるべきだから。以上。

 これより前に電話した? 電話線をつないでなかった。寝てた。よく電話で起こされるので。起きて目の前に線がぶら下がっていたのでつなげたら、ちょうどかかってきた。気分良くなった。お腹痛くなくなったぞー。これから仕事。(12/25)

2005/12/22 01:03

電話報告:咳、渋滞、罰金、値切る客

 咳が出る。郵便局に税金を支払いに行ったが、薬局に寄るのを忘れた。咳止めを買わなくちゃ。夜になると咳が出て眠れない。肺がかゆい感じ。

 金曜午後は渋滞のため、客を拾いに行くだけで一苦労。目的地が遠いと到着するまでに30分もかかり、待っているはずの客はすでにいなくて仕事にならず、燃料と時間の無駄。金曜午後はログインしないに限る。

 土曜日、急いでいて赤信号を無視したら後ろの車がついてきて、追いつかれてみたら覆面パトカーだった。罰金300ズウォティのところ、50で勘弁してもらった。日曜日は200ズウォティ稼いだので、今日の支払いに役立った。

 クリスマス・イブは聖餅を分け合いながらお祝いの言葉を交換するために、ハニャのところに少しだけ行く。ご馳走も用意すると言うし。

 今日の午前中は郵便局に行ったり無線端末の部品の取り付けに行ったりしたので、収入は36ズウォティだけだが、燃料代にはなった。

 白ソーセージ半分とハニャからもらったきのこを食べた。昼寝しかけてた。

 洗濯は1枚ずつ順番に手洗い。入浴してない。部屋片づいてない。寝床はそのまま。ときどき掃除機かけている。パナソニックでビュービュー。ここひと月は飲んでない。

 −7℃。雪で白い。道が凍ってる。

 クリスマス・カードは4枚書いた。

 大晦日は酔っぱらいが多いから働かない。車が酒臭くなる。

 ハニャに筆のセットをもらった。絵を描く暇がないのに。

 タクシー乗り場で客待ちしているとき、新聞読んでいると、友達のCやBがおしゃべりしにやってくる。窓開けたまま話していると寒い。すぐ車内が冷えてしまう。

 Pのところで会ったことのある女の人が酔っぱらって女友達といっしょに乗ってきて、フタ(クラクフ郊外の共産主義スタイルの団地がある地区)まで行ったことがある。彼女は100ズウォティ持っていたが、知り合いのよしみで負けてよと言うので、料金23ズウォティのところ20に負けてやった。あとで「あいつはケチだ」と触れ回られても困るし。値切る客もあれば、チップをはずんでくれる客もあるのだから。(12/19)

2005/12/17 00:56

電話報告:ツリー、カード、トイレ、喫煙車

 昨日の稼ぎは良かった。日曜日は渋滞がないし、遠くまでの走行が多かった。今日は全然ダメ。朝から渋滞。ガスとガソリン今朝50ズウォティ分入れた。

 この間の朝、タイヤが2本パンク。履き替えたら、同日夕方、また別の1本がパンク。ツイてない。

 ワルシャワにヨーロッパ最大のクリスマス・ツリーが立った。高さ70メートル余り、クラクフの聖マリア教会が80いくつかだから高いよな。重さ180トン、200万個の明かりが点る。こんなのに金を使うより、飢えている人たちに食料を与える方がよくはないか? これだけ明かりを点せば電気も食うし。

 昨日は寒くて乾燥していたので洗車しなくて済んだ。今日は車が汚いから洗わなきゃ。「ガレージ貸します」の張り紙をはがした。結局借り手が現れなかったので自分の車をしまっている。いま4℃。嫌な天気。暗い。明日は晴れて寒くなると言っている。

 今日クリスマスカードを送った。簡易郵便局のBはがちがちのカトリックで反ユダヤなので、宗教的にニュートラルなカードを置いていない。[キリスト生誕時に馬小屋に訪れた]3人の博士のカードを選んだ。ロバ、羊、牛がいる。

 クリスマス・イブはハニャのうちに行かずに働くかも。プレゼントを買いに行く暇がないから。

 ファソルカを食べ終わって、いまは反吐の出そうなゴウォンプキ[ロールキャベツ]がある。これを食べてからお腹の具合が悪い。頭が痛いのでイブプロム[鎮痛剤]を飲んだ。

 冬はトイレが近くなるので、シチェパンスキ広場の公衆トイレが閉まってしまうと、トイレに行きたくて早く帰宅する。

 いらだたしい女性客を乗せた。初乗り運賃5ズウォティ分だけ乗ってすぐに降りた。こっちはシチェパンスキ広場のタクシー乗り場に戻るのに渋滞で30分以上かかった。そのうえ煙草臭いと文句を言った。バルバカン[タクシー無線会社]に頼んで、喫煙車と登録してもらった。夏は窓開けて換気すればいいが、冬は寒くて、そうしょっちゅう窓を開けてはいられない。(12/12)

2005/12/11 15:51

電話報告:ステッカー、還付、付加価値税

 昨日の午後と今日の午前中はあまり走れなかった。昨日は車の登録番号のステッカーがはがれていることを無線会社から指摘されたから。これは減点対象になる。今日ステッカーを取りに行ったら、車が汚いと言われる。朝は雨だったがその後晴れたので汚いのは仕方がない。帰宅して洗車する暇はないし、ガソリンスタンドの洗車は11ズウォティもして高い。

 タクシー用レジを買うと代金の一部が還付されることになっているのに、買った店の人も税務署もそのことをひとことも言ってくれず、還付申請をしそこねた。450ズウォティ返ってくることになっていた。いまそのお金があったら助かったのに。そんなこと知らなかったと言ったら、税務署の人がなんとか方法を考えましょうと言った。

 これも税務署で知ったことだが、月に10000ユーロ以上稼ぐと付加価値税の課税対象となり、203ではなく700ズウォティも取られてしまう。こんなに取られたら困る。稼ぎたいが稼ぎすぎてもいけない。付加価値税のことを詳しく聞かなきゃ。税金還付申告の書類、5枚以上書くのはうんざりだ。

 車のマフラーが壊れて、取り替えに160かかった。ブレーキ帯を110で買ったが、マフラーのせいで取り付け代が足りなくなった。金曜日に取り付けようかな。

 「セルグロス」という業者用免税店で車のゴムマットを買った。いろんなものが安く買える。ベーコンを買った。靴や服も安い。

 2回目のローンを支払った。残りはあと58回。あ、いま何時? 工場に車を取りに行かなきゃ。じゃあね。(12/5)

2005/12/01 18:28

電話報告:ガス代、洗浄剤、不法営業運転

 木曜から無線なしで走っている。今日の午前中の稼ぎは少なかったけどガス代にはなった。毎日ガス代に30ズウォティくらいかかる。この車は意外とガスを食うと思ったが、日曜日にティニェツ(クラクフ郊外)まで渋滞なし信号待ちなしで走ったら、そんなにガスを食わないことがわかった。

 明日、無線端末を取り付けるつもりだったが、工場に先客があってできないというのであさってに延期。そのあとでバルバカン(タクシー無線会社)に行く。

 毎日帰宅後洗車することにしているが、昨日は雨になったのでやめた。朝方にはそれが雪にかわり、雪の下は凍ってつるつる。スリップして走りにくい。道はどろどろ。

 ワイパー用洗浄剤が20ズウォティもして高いので、4ズウォティで変性アルコールを買って、焼酎の空き瓶に洗浄剤とガラス用洗剤といっしょに入れて混ぜたのをワイパー用に使っている。

 洗車用ブラシを買った。ゴムマットを買いたいが、だれに聞いてもどこで売っているのか知らない。

 カタジナ・コブロ賞という美術コンクールの審査員のなかにヤン・シフィジンスキの名があった。パフォーマンス部門があるからだろう。

 (辞めた会社の)Jが来て地図を返してくれた。彼らはいまごたごたを抱えている。俺がやめたあとの車にだれが乗っているかバルバカンで調べたら、バルバカンの教習を受けずにZが不法営業運転していることが判明した。バルバカンの社長はカンカン。それに俺は10月5日まで働いていたのに、書類上は9月末で解雇されたことになっている。彼らは保険料や講習料やらをケチっていろいろと工作してたのがバレて、バルバカンを追い出されたのかもしれない。最近彼らの車を見かけないから。(11/28)

2005/11/24 03:02

電話報告:保険、雪、ファソルカ、ラーメン

 営業認可を今日受け取った。24日から無線なしで走ると税務署に言いに行った。明日は車に貼るステッカーのことでバルバカン(タクシー無線会社)に行って社長と話す。値段表も必要だし。

 あと社会保険庁に申請しなければ。保険料が高くなければよいが。税金はそんなに高くない。月203ズウォティ。月に10日以上営業しなかった場合は差し引かれる。お釣り用に200ズウォティくらいは手元に残りますように。道が凍らないといいなあ。

 冬用タイヤを買った。最初に寄った店は高くて、取り付け代も別料金だったので、別の店に行ったら、1本80ズウォティ、しかも取り付けは無料サービス。さらにそれをRが値切って2本で150に負けてもらった。

 レジを税務署に登録しなきゃならない。レジは前と同じのを買った。タクシーメーターも前と同じ機種。使い方がわかっているから楽。

 雪が降った。スノータイヤを付けていてよかった。クリスマスの1日目はハニャのうちに行くが、2日目は働く。人々が親戚や知人の家を訪問するから。

 金曜か土曜にオスカー受賞作の中国映画を見た。これはちょっとおとぎ話めいていた。昨日見た映画「Kropla slonca 太陽のしずく」はとてもよかった。ユダヤ人一家3世代の歴史を描いた映画。

 冷凍のファソルカ(インゲン豆スープ)を食べた。昨日ビゴス(エッセイ参照のこと)を食べ終わった。ファソルカが終わったらカレーを作る。

 日本でラーメンを食べる夢を見た。夢の中で「ぶたにくラーメンをください」と日本語で注文していた。チャメルはいい子いい子。(11/21)

2005/11/16 00:43

電話報告:借金、金槌、スタンプ、ビゴス

 体は薬のおかげでよくなってきた。首が痛くなくなり眠れるようになった。床屋に行かなくては。

 銀行はお金を貸してくれなかった。雇用関係を詳しく調べたのかもしれない。金曜日(祝日だった)にハニャのところに行き、彼女の名義でお金を借りられないかとお願いしてみたが、すでにかなりの額を借りていて返済中だからそれは難しいと言われる。彼女の友人Mに頼んで借りることにした。

 無線端末を売りたいという人に電話してみたら、彼は今月末まで使うつもりだと言う。来月初めに買って1日からすぐに走れるわけじゃないが仕方ないか。営業認可が21か22日に取れたら無線なしでも走るつもり。

 やっぱりガレージを1週間だけ近所の人に貸した。もらった50は車のガス代になった。

 今日11時に「Jeden dzien PRL ポーランド人民共和国の1日」というドキュメンタリーがある。人民共和国時代の告訴状や密告などのバカげた書類や、軍の間抜けな訓練ぶりなどを集めたもの。おもしろそうだから録画しておこうか?

 また隣で金槌ドンドンたたいている。やつらはビョーキだ。普通じゃない。なんでそんなにしょっちゅうたたくものがあるんだ?! しかも一度も予告なしで、いきなりドンドンやる。

 もう一つの悪夢。13歳のガキがタクシー運転手をナイフで刺した。運転手は重傷。怖いなあ。アメリカみたいに運転席と客席の間にバリヤーがあればいいのに。

 バレーボールの日本対ポーランド戦、2-2の引き分けだったけど、その後どうなったか知らないか?

 Rとまずはインターネットで安い冬用タイヤを探す。フロントドライブなので、とりあえず前輪の2本だけでも買いたい。あとはグロマツカ通りの店で探す。車はガレージに入れておけば2、3日は洗車しなくていいが、外に置いておくと霜取りをしなくてはならないし、霜が解けると車が汚くなる。

 自分のスタンプを作った。氏名、住所、NIP(税金用背番号)が入っている。電話番号は入れたかな…? 個人事業主だから必要なんだよ。

 鍋一杯ビゴスを作った。でもザワークラウトは入れなかった。ソーセージ、トマトピューレ、クミンを入れた。きのこはあるけど、生のではなくマリネの。ラドム郊外で採ったきのこを酢漬けにしたものをハニャとユレクにもらった。小さいトマトももらったので、パンにのせて食べている。

 ここひと月半で初めての贅沢。甘い物を買った。マーマレードの入ったクッキーを2ズウォティ分。

 26日までテレビ・クラクフで中国映画特集をやっている。(11/15)

2005/11/11 01:21

電話報告:ローン、認可、駐車場、無線、薬

 銀行でお金を借りるのに無職だとダメなので、会社でまだ働いていることにして書類を提出した。無線を買うため。明日午後銀行に電話すると、貸してくれるかどうか結果が判明する。

 営業認可に300支払った。認可がおりるのはようやく2週間後。2週間も待たなきゃいけないなんて。ポーランドは手続きに時間が掛かりすぎる。イギリスだったら1つの建物内で1日で済むことを、あちこちに行かされて、書類をたくさん記入して、どっさりコピーを取って、金を払わされる。

 ここ3週間毎日Rと諸手続き。役所はどこも駐車場がなくて、止める場所を見つけるのに苦労する。Rと2人だと、Rが車を止めている間に俺が窓口の行列に並べるのでよい。一昔前はポーランド人に自家用車なんて考えられなかったから公共施設に駐車場を作らなかった。いまはどこも車だらけ。そのうえクラクフ中あちこち掘り返しているものだから渋滞がひどい。

 いますぐ営業できたら、今週末は連休だから休日割り増し料金で稼げたのに。おつりのために100残しておかなくては。ポーランドでは働く前に最後の最後までお金をはたかなきゃいけない。また今月も請求書が来る。

 ガレージは借り手がない。電話の問い合わせはたくさんあったが。2階の住人が1週間だけ借りたいと言ったがことわってしまった。でもこう借り手がなければ1週間でも貸すか…。でも貸したとたんに、半年分前払いで借りたいという人が現れるかもしれない。いつも間が悪い。

 俺が金を借りた銀行はいい銀行。他の銀行ではローンを支払う間、車の所有者は銀行というところがある。いまは俺が車の所有者。高い保険に強制的に加入させられる銀行もあるが、いま加入している保険はそれほど高くない。

 車はコンビで、バックシートを倒して寝られる。どこかに出かけても宿の心配をしなくてよい。

 無線の取り付け工に電話して訊いたら、中古で安く売りに出ている無線はよくないから買うな、モトローラのを買えと言われた。モトローラの売りに出ていたのは、電話してみたらもう売れてしまっていた。

 ドクターに書いてもらった処方箋を持って薬局に行ったら、その薬は製造中止だと言われ、あわてて代わりの別の薬の処方を訊いて薬局に行くと、それは在庫がないと言われる。それが金曜の午後だったが、さいわいその薬局は翌土曜も営業日で、土曜の朝入荷するというので取りに行った。その薬を使っている。マイアミルを飲んでいるので、痛いのも少し楽になった。

 今日はRが来られなかったので、チャメルひとりでたくさんのことを片付けた。(11/8)

2005/11/03 01:34

電話報告:洗濯、手続き、選挙、連休、霜

 やっと排水が流れるようになったので、昨日洗濯をした。今日はシャワーを浴びた。今日明日は休み(万聖節、死者の日)なので、木曜日にドクターのところへ行こうかと思う。

 月賦を払った。車の営業許可に200、窓修理に500かかった。あと財務局に行かなくては。どこに行ってもなんやかやと費用がかかる。

 ガレージのことで電話がかかってくるが、みんなタダかせいぜい月100で借りられると思っている。半年分前払いというと、夫と相談しなくちゃ、とか言って電話を切る。Wはちゃんと払ってくれていたから、やめてしまって残念だ。

 あさって正式の登録証を受け取る。あと認可に350必要。大量の書類に記入しなくてはいけないが、役所の言葉遣いは何を言っているのかさっぱり意味がわからない。ポーランドは税金処理手続きがたいそう複雑で、外国の投資家が敬遠する原因となっている。

 国会議員選挙と大統領選挙があったが行かなかった。だれが選ばれたってどうせよくなりはしない。投票率50パーセントは低いと嘆いているが、俺と同じような考えの人が多かったのだろう。

 首が痛い。一眠りしたら、瓶詰めのフラチキ(モツのスープ)があるから温めて食べる。昨日はジャガイモスープだった。小形パンではなく大きな塊のパンを買っている。その方が安いと思って。でも昨日のパンがもう堅くなっている。連休は嫌だ。11月11日は独立記念日で、また三連休。働いていれば休日は割増運賃だからいいが、うちでじっとしているといらいらする。カチカチのパンを食べなきゃいけない。

 いま車はガレージにしまっている。土曜日に用事があって出かけたが、ちょっと車を止めてたら窓に霜が付いて、手で掻き落とさなきゃならなかった。スクレーパーを買わなくては。冬用タイヤも消火器も。クラクフ市の紋章とタクシー番号のステッカーはバルバカン(タクシー無線会社)じゃなければどこでもらえるのか、交通局に行って訊かなくては。しばらくは無線なしで、シチェパンスキ広場で客待ちをするつもり。車の保険にも入らなきゃ。

 霜取りはフロントガラスだけやればいい。後ろのガラスは自動的に暖まって霜が解ける。座席も暖まる。ゴルフはアウディより静かに走る。エンジンが静か。ラジオは音質良好。電動サンルーフがちょっとゆがんでいるので、春になったら直す。いまは動かさない。窓はすべて電動。暖房は良くきく。冬用タイヤ、中古は90ズウォティ、新品は180ズウォティ。さしあたりは中古を買うつもり。(11/1)

2005/10/27 23:07

電話報告:ガレージ

 Wが来てガレージの鍵を返していった。朝、電話したとき、まだ使っていていいと言っておけばよかった。別のガレージを借りるのに保証金を払ったので、いまお金がないとのこと。

 ラジオ無線は中古だと安く買えるとAが言っていた。Aの車のエンジンがかからなかったので引っ張ってあげた。車の窓ガラスが割れているを替えなきゃ。自家用ならそのまま走れるが、タクシーだと修理しないと検査に通らない。冬用タイヤを買わなければならないし、月末までに月賦の400ズウォティを支払わなくちゃいけない。

 首がひどく痛む。横にならなくては。

 昨日Pのうちに行った。俺の後続のマルフ(フィアット・ポルスキの愛称)が交差点のところで事故った。日曜日にハニャ(妹)のところに行ったら、遅れた誕生日プレゼントとして封筒をもらった。開けてみたらお金が入っていた。これは役立つ。ちょうど汲み取りを呼ばなければならないところだったから。

 11月10日からの正式な営業許可をもらった。あと消火器と三角表示板を買わなくては。

 ガレージに新しい張り紙を出した。ある男が電話してきて、塗装工房として使いたいというので断った。ガレージ代以上に電気をたくさん使われたらかなわないから。

 車はいま外に置いている。気温20度。この時期のポーランドとしては例外的に暖かい。月末までにガレージ借りたい人が現れるかな。(10/25)

2005/10/19 01:52

電話報告:いろいろと物入り

 タクシーメーターとレジはもうある。車の屋根の上の「TAXI」の表示灯もある。あと無線を買わなきゃいけない。いろいろ請求書も来ているので支払わなくては。事故後、ボスのJがどっさりぶんどっていったので、お金がない。営業申請もしなくちゃいけない。認可の費用もかかるし、月賦の400ズウォティも払わなきゃ。あとNIP番号を取得しなくてはいけない。また費用がかかる。首が痛い。寒くてヒーターつけている。(10/18)

2005/10/19 01:52

電話報告:電話故障

 [10月11、12、13日に何度も電話してみたがボグダンは出なかった。エステルカに電話して、ボグダンが現れたらシバタから電話があったことを伝えてくれるように頼む。1時間後にエステルカからボグダンがかけてくる。]
 うちの電話は壊れている。もう1台使っていないのがあるから、それをつなげばよい。(持病の発作で)首が痛い。早く治りたい。あとレジとタクシーメーターを買わなきゃ。(10/13)

2005/10/19 01:51

電話報告:事故

 タクシーで事故を起こした。警察には罰金だけで済ませてもらうことになった。明日10時に警察署に行って罰金を払う。首が痛くて回らない。いま横になっている。自分の車はすでに仮登録をした。これは11月3日までの一時的登録。(10/6)

2005/10/06 02:02

電話報告: カワイイ車、ベレシ記念展

 車を2台洗わなくちゃいけないから早起きした。とてもカワイイ車を買いました。ガスなので燃料代が安い。赤いゴルフ・コンビ。窓ガラスは黒い。

 今日は車の点検日。古い空港に500台集まる。

 いろいろな手続きに1か月半ほどかかる。それが済むまではいまのボスの下で働くことにした。今月20日になったらガレージを空けてもらう。車を買ったお祝いにエステルカで飲んだ。

 今日はプレゼントのシャツを着る(10月6日はボグダンの誕生日)。

 車購入の際、Rが手伝ってくれた。お祝いにウオツカをグラス1杯、車に注いだ。A(Rの妻)が名付け親になってくれた。命名「ゴルフシュ」。

 買った車はいま庭にある。アウディはその横にある。ガス車なので、お金が不足したら豌豆やインゲン豆を食べて自分でガスを発生させればよい。

 このあいだマウィ・ルィネクでヴァルペシュに会った。ちょうどベレシの記念展(美術家イェジィ・ベレシ氏の生誕75周年、アーティスト生活50周年記念の展覧会)に行くところだったので、私たちからもおめでとうと伝えてくれるよう頼んだ。ヴァルペシュは「車を替えたのか? いったい何台持ってるんだ?」と言った。このあいだ彼が乗ったときは灰色のアウディで、いまは赤いアウディだから。

 個人営業の認可を取りに行ったら、有効期間が25年と50年のがあって、費用は大して違わないので、50年のにすると言うと、係の女性が「100歳まで走るつもりなの?!!」と言った。一応25年有効の方にした。(10/5)

2005/09/30 23:01

電話報告:中古車、ポランスキ

 昨日、中古車屋に車を見に行った。いいのが2台あった。ゴルフ・コンビとフォルクスワーゲン・パサート。月賦にしなきゃ損だ。利子が安いから。車の他に無線、タクシーメーター、レジを買わなくてはいけないし、個人営業の認可を取るにもお金が掛かる。クレジットの申し込みには身分証明書と現雇用主の電話番号が必要。明日、クレジットの手続きをしに行く。ゴルフ・コンビは13000ズウォティで、月賦だと月々400ズウォティ、フォルクスワーゲン・パサートは10000だけど9000に値引きすると言っている。月賦だと月々260ズウォティ。会社の電話はボスのケータイの番号しか知らない。固定電話がないとダメなのだろうか? 

 水曜日は車の点検日。バルバカン(タクシー無線会社)が車を点検する。

 ロマン・ポランスキがワルシャワに来た。新作映画「オリバー=トゥウィスト」のプロモーションのため。ディケンズ原作のこの作品は何度も映画化されてきた。ポランスキは主人公の孤児の境遇を自分の小さい頃と重ねている。子供向けと言われているが、これはみんなのための映画だ。

 チャメルは朝6時10分前に家を出て、夜は8時か9時まで働く。暗くなるのが早くなってきたから10時までは働かない。暗いと目がよく見えない。とくに雨のときは水たまりやフロントグラスに対向車のライトが反射してまぶしい。アウディは窓が曇るのが欠点。

 仕事が終わったらエステルカでシロップ入り小ビールを1杯飲んで、うちに帰って映画を見る。忙しいのでシャワーは1週間に1度。排水が詰まっているので洗濯機は使わず、手で洗っている。汚水槽がいっぱいになって汲み取りをしたら、またWに入ってもらって、排水詰まりを直してもらおう。(9/30)

2005/09/23 14:05

電話報告:零下、大学講師、フランス人

 昨日はレジとタクシーメーターに問題があったため、1日の稼ぎは104ズウォティだけ。ボスたちとまた口論。今日の午前中は89ズウォティ。

 Bは馬鹿だ。狭いゴウェンビア通りで後ろからクラクションを鳴らして、わざわざ「ボグダン!」と呼ぶので、何か大事な用事があるのかと思って車から出ていったら、客を乗せているから場所を空けろと言った。客がどう思ったことか…。

 朝は零下。車を洗った。昼間は革ジャケットでは暑すぎる。気温の変化が大きくて、何を着たらいいのかわからない。

 戸口に「汚水1立方メートル汲み取りした」という手書きのメモがあった。だれが汲み取りを頼んだのか? うちの汚水槽は5立方メートルなのに、なぜ1立方メートルだけなのか? Wに訊いてみなくては。

 ヤギェウォ大学でギリシャ語を教えている女の人と話した。大学には日本語講師もいるという。ただし給料は1500ズウォティと安い。

 大きな荷物を持ったフランス人3人をホテルから「マンガ」(日本美術技術センターのこと)まで乗せた。グロンヴァルツキ橋を通ってバスと同じルートで行けば着ける。マンガでは迎えの人が出ていた。マンガにはゲストルームがあるのだろうか?

 いま買い物してきたものを取り出しているところ。これからフラチキ(モツ入りスープ)を温める。おいしいかな? 昨日はビゴス。冷凍のよりはましだった。

 「エディ」はいい映画だから見ろ。「笞の痕」もいい。(9/22)

2005/09/18 02:37

電話報告:仕事復帰、ヴァルペシュ

 ボスたちが自らの非を認め、赤い車を返してくれたので、仕事に戻った。このあいだヴァルペシュ(パフォーマンス・アーティスト、ズビグニエフ・ヴァルペホフスキのこと)を乗せた。シチェパンスキ広場からPKS(長距離バス)の駅まで。すごいだろう!(9/15)

2005/09/18 02:37

電話報告:事故、辞職

 ボスを殴って会社を辞めた。交通事故にあって、車の修理など後処理をすべて自分持ちでやったのに、ボスたちがなおも不平不満を言うので一発殴ってやった。事故は100パーセント相手の車が悪いと警察も言っていた。今日から失業者。早く自分の車を買わなきゃ。(9/9)

2005/09/18 02:36

電話報告:食事、イスラエル、リサイクル

 いま昼食を食べているところ。メキシカン・ソースを買った。赤インゲン豆とジャガイモ。このソースは期待していたような味ではなかった。ピリ辛だけど、ちょっと酸っぱい。でもけっこう高かったから最後まで食べる。

 冷蔵庫に残っていた、グリンピースとニンジンの瓶詰めは、水が鼻水みたいになっていた。少し食べたけど残りは捨てた。あとでお腹がごろごろした。古いトマトピューレも捨てた。

 冷凍庫があるのでチャメルはアイスクリームを常備している。パックに入っているやつ。サクランボ味はおいしかった。今日はミルクキャラメル味を買った。レーズン入りも食べた。1パックを2日間で食べている。

 昨日最後に乗せた客はラジオ・クラクフの女性ディレクター。夫がイスラエル人なので、よくイスラエルに行くそうだ。イスラエルに住むポーランド系ユダヤ人はポーランド語をしゃべっていて、自分たちのことをポーランド人と言っている。ロシア系ユダヤ人はイスラエルではロシア人。それぞれかたまって住んでいる。

 イスラエルへはツアーではなく、ともかく航空券を買って飛行機に乗る。ツアーは高くつく。行ってしまえば何でもポーランドの半額。いまはテロを恐れて観光客が減っているから、なおさら安い。50ズウォティでちゃんとしたホテルに泊まれる。

 9時半に目的地の彼女の家に着いたが、それから45分間も車の中でしゃべっていた。

 TVNのディレクターも乗せた。プワシュフのビスクピンスカ通りにあるTVNのスタジオまで。

 人と話をして、その人のことを知るのはおもしろい。けっこう変わった人もいる。

 昨日客待ちをしているとき、ウィーン在住の友人Rがお母さんといっしょにやって来て、開いていたサンルーフからのぞきこみ「ウィーンまでお願い」と言った。彼らとかなり長いこと話した。

 いま最後のジャガイモ食べてる。ムニャムニャ。紅茶を飲んで、これからデザートのミルクキャラメル・アイスだ。

 プワシュフが変わった。一昨日からか、スーパーに行く途中の道にリサイクルボックスが5つ立っている。もう線路の向こうまで行かなくてもいい。今朝、古新聞とペットボトルを入れた。ガラス瓶もためておくようにする。ボックスは中央広場にあるような丸いのではなくて、上に行くほど細くなる四角柱型。新しくてきれいだ。いまゴミの分別キャンペーンをしている。スウェーデンはゴミのリサイクル率60パーセントだが、ポーランドはまだ2-3パーセントにすぎない。店にもリサイクル瓶を受け入れるようにと言っている。

 8月末は30℃近くあった。暑い。窓開けて走ればまあまあしのげる。今日はこれから一眠りして3時に仕事に出る。5時頃まで暑い。新学期が始まったから渋滞が激しい。7時半でもまだ混んでいる。どこからこんなに車がわいて出てくるんだか。8時以降ようやくすいてくる。

 ここ2、3日、最後の客がツイてない。地雷(無線で呼ばれて行ってみると客がいないこと)だったり、ひどい客だったり。むしゃくしゃするから帰りにエステルカに寄って、ビール飲んで、煙草買って帰る。

 黒人の客にはまいった。呼ばれて行ってみたら10分待ってくれというし、あちこち立ち寄っては待たされ、挙げ句に行き止まりの道へ入れと言われて、あとで後退する羽目になるし。行くだけ行って、後戻りするのは勝手にしろ、ということか。俺は人種差別主義者ではないが、こういう奴に出会うと、黒人に偏見を持たざるを得なくなる。

 シェンキェヴィチの小説「荒地と原生林で」のなかで、黒人カリはポーランド人少年に「良いこととは何か、悪いこととは何か」と訊かれ、こう答える。「だれかがカリの牛を盗めば悪いこと、良いことというのはカリがだれかの牛を盗むこと」(9/2)

2005/08/29 14:18

電話報告:深酒のあと

 ヒーターの上に乗って、カーテンを掛けていたところ。数日前、引っ張った拍子にカーテンクリップからはずれてしまっていた。

 これから委員会に行かなきゃいけない。先日の当番をすっぽかしたから。車がなかったので仕方がない。ブレーキの具合が悪くて修理工場に入っていた。無線も使えなかったから連絡のしようがなかった。

 委員会のあとは仕事に出るつもり。午前中は力が無くて仕事に行かれなかった。隣人が金槌たたくので眠れない。

 また排水が詰まっているので、洗濯機は怖くて回せない。コンピューターは相変わらず壊れたまま。

 昨日は一日中病気だった(酒のあとの)。請求書の支払いに行かなくては。

 トンネルは雨が降ったので水浸し。チェシン(ポーランドとチェコの国境の町)で洪水。チェシンのヴェネツィア(道端に小さな川が流れている通り)はきっと大きな川になっているだろう。ここ(クラクフ)で雨が降ったらいいのに。そしたら洗車しなくても済む。

 歯の穴も治療していない。チャメルは働きたい。郵便局に行って支払いをしなくては。帰宅して寝ようと思ったら金槌の音。

 カッテージチーズと菓子パン2つ食べた。紅茶を飲んだ。食べられるようになってきたので大丈夫。マーロックスがまだ少しある。朝、車を受け取って戻ってくるとき、お腹が痛かった。(金槌の音、ドンドンドンドンと聞こえる)聞こえるか? 一睡もできなかった、まったく。

 車の埃を拭かなきゃ。燃料入れなきゃ。トランクはちゃんと閉まるようになった。ボスがオイルを買ってくれた。まだ赤い車じゃなくて灰色の方。

 もうクロウタドリの声は聞こえない。(8/25)

2005/08/23 00:36

電話報告:車がない

 ボスのユレクが保険料と補償金などとして600ズウォティ、ブワジェイが200ズウォティ持っていったうえ、車を修理に出すと言って持っていったきり返さない。車がないので3日間働いていない。修理に出していたのは最初の1日だけで、あとはブワジェイが営業運転していることを無線で確認した。ブワジェイのケータイにかけてもはぐらかすだけ。頭に来たので飲んだ。自分の車を買わなきゃだめだ。

 いずれまた絵を描きたいと思うが、精神的に落ち着かないので描けない。Mがお金に困って、またモデルをしたいと言ってきたが、いまは絵を描く気分になれないと断った。

 もっと前に言おうと思っていたのだが、自分が最初に描いた絵と似ている絵を新聞で見たことがあった。チャペクが見せてくれたガゼタ・ヴィボルチャに載っていたのだ。絵を描いたときには、その元の絵のことは忘れていて無意識に真似していた。(8/21)

2005/08/14 01:05

電話報告:日本からの小包

 昨日の午後、車が故障して飲んだため、今日の気分は最低。ひと月間まったく飲まなかったからなおさら。でも午前中は11時まで営業運転した。午後もうひとがんばりして稼ぐ。
 Mはアメリカから帰国はせず、もうしばらく残って稼ぐことになったと、Kから電話があった。Kの話で知ったが、Mは祖父の面倒をよく見ていたそうだ。意外としっかりした娘だったんだな。
 ロンドンのPの消息はまったくわからない。テロがあったのだから電話くらいくれてもよさそうなものなのに。
 Aさんからの小包を木曜日に受け取った。今回は(受け取るのに関税など)何も支払わずに済んだ。キモノ3枚、うち2枚は白地に青い柄、もう1枚はうちのテーブルクロスに似た紺のシックなもの。帯、紐、下駄、団扇、扇子、家紋のような印の付いた油紙2枚。昨日飲んだとき、白いキモノ着て歩いた。下駄に似たサンダルは自分にはサイズが小さすぎて足がはみ出るので、だれかにあげようと思う。チャメルの足は魚かアザラシの鰭みたいに大きい。いただいたものは全部カワイイ、とてもきれい。Aさんにお返しとして何か送らなきゃ。
 ガレリア・クシシュトフォリィのユゼフ氏をお客さんとして乗せた。ヴァルペシュやベレシさんの話をした。ユゼフ氏の連れの女性は、タクシー運転手がなぜこんなにアーティストのことを知っているのかとびっくりしていた。
 水は少しずつ速く流れるようになった。洗濯機を回すのはまだ躊躇しているが、そろそろたらいで洗濯しようと思う。(8/14)

2005/08/08 23:31

電話報告: 乗客

 昨日、俺の1台前のタクシーに俳優のイェジィ・トレラが乗った。
 雑誌「プシェクルイ」に書いているルドヴィク・イェジィ・ケルンという人が乗ったが、俺は顔を知らなくて、あとで女の人に「いまのはルドヴィク・イェジィ・ケルンじゃない?」と言われた。
 明日の午前中は車を修理工場に持っていく。マフラーの不具合とすり傷を直してもらう。
 昨日はマッシュルームの残りを食べた。おとといは瓶詰めのロールキャベツ、おいしくない。今日は辛いスープ(チリ風味インスタントラーメンのこと。ポーランド人はラーメンをパスタ入りスープとして認識している)を食べた。今日はセーターを洗った。排水困難のため洗濯機が回せない。(8/8)

2005/06/26 00:45

電話報告: ヴィャンキ

 コンピューターはこわれてる。エステルカでメールを受信しようとしたができなかった。きょうはヴィャンキ[聖ヤン(ヨハネ)の夜、6月23日から24日にかけて、蝋燭を点した花輪を川に投げ、占いをする風習]。催し物に行く人出があるだろう。午前中は11時まで働いて90ズウォティ。暑くなったので帰宅。夕方はヴィャンキに出かけるお客があるだろうから、100ズウォティを目標に8時から働くつもり。ガレージの代金をWが2度持ってきたようだけど、俺は留守だった。これから昼寝。(6/25)

2005/06/26 00:45

e-mail報告:いざこざ、掃除

 今日もタクシー乗り場でいざこざ。でも俺はそんなの屁でもないし、怖がりたくもない。そのかわりその乗り場で今日はK.C.に会ったので、携帯の番号を渡しておいた。Kはむろん驚いていて、俺がタクシーを運転していることを喜んでくれた。

 明日は相当働くつもりなので、家の中を少々掃除できる時間があるかどうか。少なくとも今日はシャツを2枚洗った。掃除機をかけられないので、おとといカーペットを床ブラシでしっかりと掃いた。豊かな収穫だった。砂埃と塵とクズがちりとりの半分。鏡はまだ汚れている。窓を洗い、カーテンを洗濯しておいてよかった。(6/21)

2005/06/23 02:23

e-mail報告:ハリネズミ、Pの葬儀

 疲れていて電話で言うのを忘れたことがある。Mから留守電にメッセージが入っていた。Pが自宅で亡くなっているのが死後2週間たって発見された。Pのことはとても好きだった。こちらからMに電話をかけることになっているのだが、朝早すぎたり遅すぎたり、午後は昼食と昼寝のことしか考えてなかったりで、未だ果たせず。明日かけるか。(6/18)

 他のタクシー運転手たちとけんかして、不愉快な出来事があった。つまり彼らがニセの無線指示を送ってきたのだ。だが俺は相変わらず自分流にやった。でもそのせいで人はストレスを感じながら働き、うんざりしてしまう。しかしそれこそ彼らの思うつぼなのだから、さしあたり降伏はしない。

 そのうえKが言うには、うちの会社は俺を金銭的に利用している。俺への要求額が多すぎて、俺の稼ぎにはならないという。

 今日は午後から夜までだけ働いた。修理工場のせいでオカンキ[お金]が少ない。明日は契約金を払いに行かなければならない。あさってはまた修理工場。(6/20)

 この仕事を1年がんばって続けてみる。もちろん自分の稼ぎが足りればだが。この件に関してはボスと話をしなければならないだろう。いままで走ってわかったのは、足りることは足りるが、自分ひとりがやっとということだ。さらに会社のためにとなると、うちでは6時間睡眠をとるだけ、あとは仕事になってしまう。昼食とうんちの時間ぐらいは見つかるかもしれないが。この車は軽油を食い過ぎる。しばしば稼ぎを取りくずして軽油を買うはめになる(高い)。

 PのことでMに電話してみた。Pはもうかなり病気が重く、飲酒は禁止だった。しばらくは医者の言うことを聞いていたが、その後はもう何も考えずに例の、脳をイカレさせる有害な酒をとくに飲んだ。ひじょうに残念だ。きちんとしたいい人だったし、知性と上品な物腰も持ち合わせていたのに。Mが葬儀に関して知らせてくれることになっている。(6/21)

 Kというのは近所に住んでいるタクシー運転手で、最初俺は彼といっしょの会社で働くことになっていた。

 おとといの夜、仕事を終えて「エステルカ」に小ビールを飲みに立ち寄ったとき、俺の車の直前にハリネズミが出てきて、それから車の下に姿を消した。俺は車をゆっくり後退させ、ヘッドライトの中、そいつが落ち着いて道の向こう側へ這っていくのを見つめた。

 今日の正午、留守番電話サービスが鳴った。朝方メッセージがあった(Mの声ではなかった)。Pの葬儀は今日11時にポドグルスキ墓地にて。つまり俺は葬儀開始1時間後に知ったわけだ。あそこへロウソクを点しに行くときは、墓地事務所でPの墓を探そう。

 夜の仕事に行く。さしあたり車はまたもや修理工場。(6/21)

2005/06/20 01:22

電話報告:無線指示、菓子パン、ケータイ

 午前中、雨でどろどろだったけど、晴れたので車を洗わなきゃ。

 今日はバルバカン[タクシー無線会社]の指示に困らされた。駅前の工事でパヴィアとクルニキ通りが通行止めなのに、クルニキへ行けと言われた。駅上のタクシー乗り場にもどこから入るのかわからなかった。それと、「現金無しの運転」と言われたけど、どういう意味かわからず、メーターをどうすればいいのかわからなかった。結局その注文はキャンセルになったが、あとでどういうことかと訊いたら、メーターはカウントするが、その分の料金は現金でもらうのではなく、お客の会社が後払いで清算するという契約になっているとのこと。

 空港までカナダ人を乗せたのは悪くなかった。55ズウォティ。ブウォニャの横を通って、森のそばまで行く。帰りに木のあるところでおしっこした。

 チャメルは車内に菓子パン2、3個とミネラル・ウォーターを持っている。菓子パンにはいろいろな種類があって、焼きたては結構おいしい。でも、お客が来ないからと思ってパンをかじりはじめると、とたんに無線がピーピー鳴る。最後までちゃんと食べた試しがない。

 今日はケータイの番号を教えてあげた客が、2時に来てくれと酔っぱらった声で電話してきたが、うちで電話を待たなきゃいけないからと断らなければならなかった。電話ならケータイがあるんだからタクシー運転しながらだって待てるじゃないか、と怪訝な様子だった。

 ケータイ代、今月はいくら払うことになるのかな? 仕事がないと携帯電話の契約はできない。いまは仕事があるから、ボスに連れて行かれて契約させられた。

 ムロージェク[劇作家、小説家、漫画家。邦訳があるので読んでね(シバタ)]は75歳になった。もっと若いかと思っていた。ムロージェクの友人の俳優のノヴァクという人は、彼を評して「陰気な人」と言っていた。(6/18)

2005/06/20 01:22

e-mail報告:車修理完了、時刻表

 19時には俺は留守だった。疲れ果てて夜眠れるように、エステルカにいた。歯茎がひどく痛んだけれど、もうほとんどおさまった。明日の朝、車の件で修理工場に行く。もしかしたら走れるかもしれない。ここはそれほど寒くないが、雨で、暴風雨になりがち。(6/16)

 車はもう修理できてて、チャメルは時刻表を見てきて、チャメルはもう運転して、特別に帰宅して、バカみたく14時に電話を待ってた。
 ワルシャワ発23:05の電車がある。プワシュフには4時前(たしか03:58)に着くはず。いまは眠りたい。でもいまいましい改修工事が邪魔をする。(6/18)

2005/06/17 00:34

e-mail報告:コンプ不調、竜、車修理中

 またもやコンプ[パソコン]がどうにかなってしまった。

 今日はまたタクシーメーターのトラブルがあり、会社が保証修理の責任を負った。時間は過ぎていき、こうして半日の仕事を失った。午後その分を取り返したいと思ったが、レジの紙が終わってしまったので、22時に売り上げ100で帰宅。

 コンプはこの手紙をちゃんと送信するかなあ。さしあたり送信はするけど、アドレスのトラブルとか誤りとかの報告が来る。

 今日はブウォニャのドラゴン・パレードで働いているお客さんを乗せた。あそこには陸竜がいて、ヴィスワ川のほとりと水上には水竜がいた。今日のガゼタ・クラクフに詳細が載っている。(6/6送信、6/12着信)

 少しの間だけ書けるので書くけど、こいつ[パソコン]が送信してくれるかどうかはわからない。(6/14)

 ちょっとだけ書く。ちゃんと届くかどうかわからないので。コンプは突然不愉快なことを引きおこすし、車は修理中で、いまは運転していないからオカンキ[お金]を稼げない。修理代等、支出ばかり。相変わらずろくでもないことだらけだ。(6/15)

2005/06/17 00:33

電話報告:事故

 路線バスと衝突事故を起こした。けが人はいない。警察抜きで俺がMPK[市交通局]と話をつけた。精神的に気分が悪い。そのとき年輩の女性を乗せていた。町のあちこちで買い物をして、少し走っては止まって待ち、少し走っては止まって待ちだったのでまいった。バスにはへこみができた。車にもへこみができたので月曜日に直す。2か月後、MPKから請求書が来ることになっている。(6/11)

2005/06/11 02:35

電話報告:未払い、乗り逃げ、動物のお客

 車は修理つづき。いろいろな人に聞いてみたが、会社に月々2000ズウォティも払うのは高すぎるとみんないう。半年分で自分の車が買える。中古車を扱っている知人がいて、500ユーロもあれば買えるという。自分の車を持つことを考えなければ。

 売春婦が乗ってきて、お金持ってないんだけど他の方法で払ってもいい、と言ったので、車から追い出した。

 コンピューターがまた動かない。ヴィテクに来てもらわないと。(6/8)

 今日はおばあさんが料金未払いのまま逃げた。でも悪気はなかったのかも。診療所に連れて行ったのだが、なんだか弱々しかったから、タクシーに乗ってきたことも、車がどこで待っているかも忘れてしまったのかもしれない。

 会社がケータイを買ってくれた。やだやだ。いま充電中。

 オカマと売春婦と動物をよく乗せている。いままでに3度、犬を獣医さんのところへ連れて行った。1度ハムスターも乗せた。子どもが連れていた。もし逃げたら探さなくちゃいけないから、ちゃんとつかまえててよ、と言っておいた。

 お客さんとして乗せたホテルのマネージャーと友達づきあいになった。彼が連絡をとりたいというので、コンプ[パソコン]を動かしたかったけど駄目だった。

 駅の東側のお客を拾ってはいけない場所で外人を乗せたら、警察が待ちかまえていて捕まった。通常、罰金300-500ズウォティ、5点減点のところ、100で見逃してもらった。

 今日の午前中の稼ぎは30、昼にエステルカでピエロギ・ルスキェとビールを飲み食いして20支払ったので、純利益は10だけ。

 昔、タクシー運転手は、人の様子を探って密告するスパイだった。いまもちょっとそういうところはある。事故を見たら報告したり救助したりするのは義務だ。

 とても寒い。雨が降っている。雨の間は洗車しなくていいから楽だ。晴れたら汚れが目立つから洗わなくちゃ。(6/10)

2005/06/11 02:35

e-mail報告:ホース、トラブル

 ホースは買わなかった。たぶんうちの風呂場の蛇口に合うようなネジのものはないだろうし、それを確かめる時間ももったいなかったから。

 今日はまた問題があって、そのせいであまり長くは働けなかった。タクシーメーターがどこかおかしいし(ケーブルが折れている以外に)、ギアシフトレバーの握りが取れてしまった。20:30からBに電話しているがまだつかまらない(いま22:20)。明日は加入料を支払わなければならないのに。そのトラブルのせいで今日の稼ぎは100ズウォティちょっと、軽油を52ズウォティ分入れた。でもそのおかげで早く帰宅したら、ヴィテクが日本語エディターをインストールしようと来てくれた。がんばってみたものの、さしあたりうまくいっていない。

 ブラツカ通り祭りというのは、路上でのいろいろな催し物、飲食店内でのダンスパーティーなど。本物の砂と椰子の木がある熱帯の浜辺もあったはずだ。

 今日、車から、バルバカン[中世の城壁都市クラクフの楼門]とフロリアンスカ門のそばで街頭演劇かハプニングのようなものが見えたし聞こえた。空港にも行ったし、ブウォニャにも行ったら、またしても遊園地と催し物。(6/5)

2005/06/06 01:26

e-mail報告:タクシー運転手の生活

 今日は150ズウォティ分は走りたかった。もし昼にボスたちからの呼び出しがなかったら、きっとそうなっていただろう。22時頃、売り上げ金が約135ズウォティになり、疲れたので帰宅した。帰り道、シロップ入りの小ビールを夢見ていたが、エステルカでは貸し切りパーティーをやっていた。運良くロベルト[エステルカ店主]がやって来て、車までビールを持ってきてくれた。大変おいしく飲みほした。

 予測してはいたものの、いまは何をするにも時間がない。うちの中は薄汚れ、片付いていない。お昼に3時間ほど帰宅するが、そのときは何か食事を作って、そのあと必ず仮眠をとる必要がある。起きたらまた仕事に行く時間で、皮肉なことに乗車するといつも空腹痛になる。リュックサックに非常用の菓子パンとミネラルウォーターが入っている。

 トイレは「チキン」に通っている。故タダユキさんがチキンを食べたりビールを飲んだりするのが好きだったあの店だ。でも今日はヴォルスキ森でもおしっこした。森のすぐそばのヴォラ・ユストフスカまで外国人を乗せたので。

 いつだったかボスのBが「タクシーに乗るのはおもに女だ」と言ったことは本当だ。Kが働いていたとき、彼女の給料は仕事場へのタクシー代と煙草代に消えていたことを覚えている。(6/3)

 早朝と午後の猛暑のあと突然大雨が降り出し、雷が鳴った。多くの人々にとって催し物が台無しになったに違いない。すでに夜半を過ぎたが、ほんの少し前、車を庭に止めたとき、ヴィスワ川かブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地]から花火の音が聞こえた。今日は例のドラゴン・パレードとヴィャンキ[聖ヤン(ヨハネ)の夜、6月23日から24日にかけて、蝋燭を点した花輪を川に投げ、占いをする風習]があるはずだったから。女性をヨルダン公園まで乗せたとき、ブウォニャに遊園地ができていて、仮設舞台では催し物があり、人がたくさんいるのが見えた。やはり今日か明日、ブラツカ通り祭りもあるはずだ。

 土曜日は朝6時に起きて仕事に行く必要はないことがわかった。最初の客は10時頃にようやく現れたからだ。昼食後少し昼寝をして、次の一巡りに17時30分に出かけた。200ズウォティ分は走れたろうが、豪雨のせいで窓ガラスはひっきりなしに曇るわ、暗いわ、他の車のライトがまぶしいわで、21時40分頃、売り上げ金165ズウォティで仕事を切り上げた。

 エステルカに小ビールを飲みに寄ったら、ウェイトレスのルツィンカをフタ[クラクフ東部の地区]の家まで送るはめになった。彼女はお金を持っていなかったけど送ってあげた。

 明日の朝もそんなに早く仕事に行くのはナンセンスなので、まずテスコに行って、風呂場の蛇口から窓越しに車を洗うためホースを買おうかな。

 シチェパンスキ広場で仕事するのは好きだが、いまあそこはポプラの白い綿毛があって厄介だ。うちのそばにも少々あるが。かつて共産主義者どもが、安くて早く育つという理由から、クラクフじゅうにこのポプラを植えたのだ。いまやそのアイデアの後始末をわれわれがしているわけだ。[エッセイ11.「綿毛降る」参照]

 来週、バルバカンの加入料の今月前半分225ズウォティを支払わなければ。その分はすでに稼いだけど、チャメルのためのお金はどこ? 月末にすべて清算してみてどうなるかだな。

 いまのところ仕事自体と、仕事時間を自分で管理するところは俺に向いている。いつどのくらい仕事をするか、どの乗り場に止めるか、どの区域を走るか、などを決めるのは自分なのだ。

 チャメルは日焼けで皮が剥けてまだらになってて、カユイヨオオ。

 昨日、女性の飼い主といっしょに獣医さんのところへ行くきれいな白い犬を乗せた。「(小さい)動物も乗せる」とコンピューターに登録するのに同意したから。象、馬、ライオン、サイ、カバはどちらかといえばお断り。小さいクマちゃんなら、似たもの同士ってことで乗せてもいいかな。(6/4)

2005/06/04 00:56

電話報告:会社への不満

 早起きして稼ごうとしたのに、ボスのBが電話してきて11時に来いと言った。レジの不具合のことや、バルバカンの契約料の支払い、広告のステッカー追加などで、あちこち走り回らされた。俺は働くために燃料を入れているのに、会社の用事のために使われてしまい、ちゃんと働かせてもらえない。

 庭の木戸がこわれた。掃除機もこわれた。スイッチをずっと踏んでいないと止まってしまう。仕方がないのでガソリンスタンドで車に掃除機を掛けた。

 キュウリのスープにゆで卵を入れて食べた。これから3時間ほど昼寝して、5時に仕事に出かける。

 葉っぱがすべて落ちてしまったボンサイは、横から小さい葉が3枚出てきた。

 ある女性客は日本のロウで作った食品サンプルに興味があると言っていた。(6/3)

2005/06/04 00:56

e-mail報告:続・仕事始め

 今日はもうひとりで3時間ずつ2回、100ズウォティ以上走った。やはり少々トラブルがあった。とりわけレジがうまく働かず、勝手なときにレシートをプリントする。プリントしないとタクシーメーターをゼロ(空車)に戻すことができない。シチェパンスキ広場で客待ちをして、運転自体は10ズウォティずつ、遠くまで行ったとき(チヒィ・コンチクまで往復)、片道はタクシーメーターがオンになってなくて、その女性客は半分無料で乗ってしまった。

 クリスピヌフではPのところに寄らなかったが、Bのうちへ車を交換に行く途中、プワショフスカ通りのバス停でPを見かけた。Pはいまやわれわれのご近所さんだ。もうバシュトーヴァ通りには住んでなくて、BやR「ベルチク」と同じくストルジャ・リブナ通りに住んでいる。彼はいま、俺が6年前に体験したのと同じことを体験している。つまりビール1杯を飲みにわざわざ町へ行くのだ。中心街が恋しくて仕方ないから。それで彼を車に乗せ、町の近くまで送ってあげた。土曜日クルスピヌフの店に彼がいたのは短い時間だったから、俺が寄ったとしても彼はいなかったかもしれない。

 夕方8時前に疲れて腹がすいたので仕事を終わりにした。明日は朝少し走るけど、おもに午後、夕方と一部夜に照準を合わせる。午前中と早朝は渋滞がひどく我慢できない。夕方近くなるとかなり注文があった。いずれにせよ、もう普通に働いている。

 仕事を終え、明日の燃料を入れて、エステルカに小ビールを飲みに行ったら、偶然にもすぐさまボスのJがそこに現れた。俺に何かあったのではないかと心配だったらしい。来てくれてよかった。すぐ彼に電子機器のトラブルのことを話した。明日どんな具合か落ち着いて調べることにする。(6/1)

 今日は面白くて良い日だった。いらいらすることもなくはなかったが。

 午前中は2回運んだだけ。最初はシチェパンスキ広場から荷物を持ったアメリカ人のグループを空港まで。ここでびっくり。車のトランクが開けられなかったのだ。でも女性客のひとりがアメリカでやはりアウディに乗っているからと言って、トランクを自分で開けた。
 それから俺は道を間違えた。クラクフの空港には一度も行ったことがなかったからだ。でもそれは2、30メートルだけで、すぐ正しい道に引き返した。俺は道路標識の矢印どおりにではなく、飛行機マークの機首の方向へ曲がってしまったのだ。万事無事に終わった。

 午後は、カルメリツカ通りのシティ・バンクから、カルヴァリイスカ通りに行きたいという外国人を乗せた。バガテラ劇場までも行かないうちに電話が鳴り、彼は「カルヴァリイスカ行きは無しだ」と謝って、10ズウォティくれて降りた。

 そのあとすぐヤギェロンスカ通りのレストラン「パドヴァ」からグウォヴァツキ通りのホテル「デメル」まで3人のイタリア人と女性通訳者を乗せた。俺は、今日が仕事を始めて2日めなので、ホテルの乗り入れ口を教えてくれるようにと言っておいた。途中彼らは俺に向かって少々話し、俺も覚えていたことは答え、残りは女の子が通訳した。勘定は10ズウォティ30グロシュだったが、「仕事始めのご祝儀に」100ズウォティもらった。女の子は俺に待っているよう頼み、女友達といっしょに戻ってきて、どうせ俺ひとりでも戻るはずだったルィネク[中央広場]まで乗った。メーターは9.50だったが、15ズウォティもらった。

 最後の運転でまたもやトランクが開かなくて、お客さんたちは大きな箱を後部座席に押し込んだ。エステルカでRがトランクの開け方を見せてくれたが、バカげたことに俺の車とは逆だし複雑だと認めた。

 今日は合計200ズウォティ以上稼いだ。もっと走れたが、9時前に空腹痛になった。

 明日はまたシチェパンスキ広場をベース基地にするつもり。いまのところ良いお客さんがついているし、その地域をよく知っているから。問題はいまいましい送迎4分規則で、渋滞のピーク時には結局そんなの無理だ。(6/2)

2005/06/02 01:17

e-mail報告:仕事初日

 昨日は電話がなかった。今日も長いこと掛かってこなかったので、昼食後ビールを飲みに行こうかと思ったけれどやめて昼寝をした。30分後、ボスのJからの電話で起こされた。認可が下りたという。だから16時にBのうちへ書類を取りに行くようにと言われた。

 行ってみると、認可はあるが、それはBの車の分で、俺はBと一週間だけ車を交換することになった。それどころか、俺はすぐに仕事を始めることになったが、社長はBが応援のために俺の車に乗ることに同意しなかった。俺たちは車を交換し、Bは禁止されたにもかかわらず同乗した。そうしてくれてよかった。俺の端末と会社のコンピュータの接続がおかしいことがすぐに判明したのだ。俺ひとりでケータイがなかったら何もできなかっただろう。Bがケータイを持っていて、接続を直すにはどこに電話すればいいかを知っていた。

 それから2回お客さんを乗せて走った。客には状況を話して、2人で運転することを了承してもらった。運転自体よりも注文を待つことの方が多かった。28ズウォティ稼いだ。

 この交換はまったく気に入らない。俺の車はほぼ満タンだったのに、Bのはほんのちょっとしか入ってないから、すぐに入れなければならないだろう。何とか清算しようとBは言ったが、どうなるかはわからない。うまくいかなかったら大声で叫んで催促してやる。おそらくBは燃料が入った車を返すだろう。

 その2回の運転のあと、Bを家まで送ってから俺も帰った。ここでまたみんなびっくり、「日本人」は赤い車で出ていったのに、銀色の車で帰ってきたぞ。

 明日の朝はもう、ひとりで仕事に行く。最初にログインする地域はルィネク[中央広場]を選んだ。

 まずは車を洗って掃除機をかけないと。ピカピカとは言えない状態で受け取ったので。とはいえこの1か月で赤い車にも慣れ、運転も違ってきた。この交換は俺の認可が下りるまでの間、1週間だけの予定なのでまあいい。俺は待ってもよかったのだが、ボスのJが、俺が今日Bの認可で仕事を始めたらいいと言い出したのだ。Bは、そのことを電話で言うと俺が怒るんじゃないかと思って怖かった、と言っていた。そんなふうにするもんじゃないよ。(5/31)

2005/06/02 01:17

e-mail報告:雹、ウィンカー、苦情

 相変わらずの猛暑だが、明日は涼しくなって、雷雨だという。ポーランド中央部はもう暴風雨があって、ピンポン玉くらいの大きさの雹が降った。今日の暴風雨で倒木に押しつぶされて3人死亡。

 CとMはもちろん何も言ってこなかったが、万一に備えて朝きれいに車を洗った。庭から出るとき(風もないのに)動いた木戸に引っかけて、右前のウィンカーが取れてしまった。専門家たちはそれをもとの場所にはめることができず、新品を買ったのに、なおも手を焼いた。もう取り付けたのだけれど、隙間と擦り傷が見える。これをブリキ屋・塗装屋のところでちゃんとしてもらわないと。こいつのせいで精神的に落ち着かない。今朝は素面だったし疲れてもいなかったのに。強い日光と猛暑のために掛けていた緑色のサングラスのせいもあると思う。木戸の動きがよく見えなかったのだ。バイタサン!!![ボグダン考案の罵り言葉。ポーランド語でよく使われる「売女」を意味する罵倒語を日本語にして、敬称「…さん」を付けたもの]

 ちょっと前に加藤さんの絵を見た[http://www.ne.jp/asahi/site/kato-takayuki/]。バラクーダの群れみたいなのと、浜辺に小悪魔がたくさんいるようなのがいい。色遣いが面白い。モノクロもいい。全体にオモシロイ幻想だ。たとえばレムの本の挿絵を描かせたりしてもなかなか良いと思う。

 今日はBを手伝って、ビール2樽と3箱を彼らの店「ザフチャンカ」に運んだ。彼の車は修理中だし、俺のタイヤが2本パンクしたときは彼が手伝ってくれたのだ。

 「ガゼタ・ヴィボルチャ」のウェブサイトに、テレビと「ガゼタ・テレヴィズィイナ」[ガゼタ・ヴィボルチャ付録のテレビ番組表]に対する苦情を書き込んだら、すぐに「ご指摘ありがとうございます。この意見を「アゴラ」[ガゼタ・ヴィボルチャ発行元]に送付します。」という返事を受け取った。俺は激怒してこう書いたのだ。ニーナ・テレンチェフ女史(TVP2局長)は私の手紙を無視し、その太った尻をそうした問題や視聴者の上にでんと据えたままうごかない、等々。(5/30)

2005/05/31 00:27

e-mail報告:日焼け、タンデタで靴を探す

 まだ少し皮膚がひりひりするので、タンデタのあとでニベアを持ってエステルカ[近所の飲み屋]に行き、ウェイトレスのAに背中に塗ってもらった。

 タンデタでは欲しかった布製の靴が見つからなかった(Wや俺が以前持っていたようなやつ)。いまその靴は掃除のときに使っている。広場に別の編み上げ靴のようなのはあったが俺には合わない。ついでにいえば、そこでクマちゃんに会った。Jは空からとグリルからの二重のものすごい炎暑の中で若鶏を売っていた。話をし息をするのがやっとのありさま。俺もときおり気分が悪くなったので、新しい建物を見に行った。そこではもう布製の靴など、てんで問題にならなかった。そんなものは建物内の「商人」たちの誇りに劣るとでもいうかのように。でも前に買った黒いズック靴のことを思い出したので、明日探してみる。どこかで気に入ったのが見つかるまでは、この黒いのを履いているだろう。

 知り合いを空港に送る件(明日)は、今日電話で場所と時間を詳しく申し合わせることになっていたが、電話はなかった。でもBには、水曜日に彼らを乗せる約束があると言っておく。彼は6月1日にカトヴィツェへ俺の車で行くことをしつこく要求しているが、俺は自分の安い軽油を使いたくないから。それに右後ろのウィンカーがうまく作動しない。(5/29)

2005/05/31 00:27

e-mail報告:ヌーディスト、イラク、靴

 クリスピヌフに行った。日焼けで皮膚が少し痛い。自分のお腹が恥ずかしいのと、いま流行の水着を持っていないので、ヌーディストの浜辺に行った。そこには醜い人もきれいな人も、年寄りも若者も、太った人も痩せた人も来ていて、だれも人のことをじろじろ見たりしない。スタイルのいい、胸の大きな娘は例外かもしれないが、それはどこでもあることで、水着の流行については当然問題にもならない。4回泳ぎ、持ち込んだビールを2本飲んだ(そこにはヌーディスト・バーもあるが)。それからPのところへ寄るつもりだったけれど、13時過ぎてお腹がすいてきたので(それと腹痛)、帰宅して食事と昼寝。

 今日テレビで、イラクでイスラム過激派に殺された46歳の日本人の首無し死体を見た。彼だと確認した、日本にいる彼の弟も出た。日本政府は、テロリストの要求は聞き入れない、イラクから軍隊を撤退させないと表明した。

 明日はもっと暑くなるという。今朝クラクフで、鍵の掛かった車の中で若い男の遺体が見つかった。おそらく眠ってしまい(夜中かもしれない)、気温上昇のせいで熱射病で死んだのだ。

 明日の朝、タンデタ[近所の雑貨市場]に仕事用の布製の靴を買いに行こうかと思う。あの黒いのはもう靴底からぼろぼろだ。

 いつだったかプワショフスカ通りで渋滞にはまっていたとき、タンデタのA「クマちゃん」が俺にクラクションを鳴らしてうれしそうに呼びかけた。いま彼はどこで仕事しているのかわからない。タンデタの大部分が取り壊されているから。新しい建物の中かもしれない。(5/28)

2005/05/28 22:22

e-mail報告:猛暑、蠅、日本兵、週末切符

 月曜日までは猛暑が続くという。今日は30℃だった。明日は33℃、日曜日は34℃の予報。月曜日はまあまあだが、火曜日にはまた涼しくなり、雨だそうだ…。

 水泳日和に鑑み、各水泳場で水質検査が行われた。衛生伝染病学局[保健所のような機関]はいくつかのプールとクリスピヌフ[クラクフ郊外にある湖]を汚れていると発表した。我らがバグリ[近所の湖]はきれいで水泳に適すると認められた。明日は車でクリスピヌフに行って、P[湖畔にソーセージ・グリルの店を出している友人]のところとヌーディストの浜辺を訪ねてみようか。

 今日は「ホームレス」記者の実験の続篇を放映していた。おおむねどこも冷淡だったが、国会前に行ったとき、ドナルド・トゥスク(国会副議長、市民プラットフォームのリーダー)が、クレジット・カードは忘れたものの、たしか掃除婦から20ズウォティを借りて、服と食事と宿泊所を確保してくれる活動家マグダ某女史の電話番号を彼に手渡した。

 いまいましい蠅のせいでボンサイに不幸があった。さいわい葉っぱのない方だったが。蠅をタオルで打ち落とそうとして植木鉢をたたき落としてしまったのだ。枝が1本折れただけだったが、ストーブの後ろに土がこぼれたので掃除機をかけるはめになった。車に掃除機をかけたので、蠅がたくさん入ってきたが、すべて打ち殺した。チャメルは動物好きとはいうものの、ハツカネズミ、トガリネズミ、蠅、蚊、蜘蛛とはすばやく縁を切る。

 今日のような出来事をふたたび目にすることは決してないだろう。第二次大戦の最後の日本兵はビルマのジャングルで1970年代に見つかったものと思っていた。しかし、ミンダナオ島(フィリピン)で日本の考古学者が、兵士ではなく皇軍の歴史的痕跡を探していて、生きている4人の兵士に出くわしたのだ。
 そのうちの2人、第30師団のヤマカワとナカオウチと接触した。1人は87歳、もう1人は85歳で、2人とも矍鑠としている。ようやくいまになって戦争が60年前に終わったことを知った。彼らは現住民の言語を完璧に習得し、現地に適応した。脱走したため死刑を恐れて隠れていた。戦争はもうたくさんだったのだ。
 とはいえ日本からの公式訪問者が彼らを迎えようとしたとき、その人々を見るやまたジャングルに逃げ込んでしまった。彼らのかつての指揮官は生きて見つかったことを喜び、家族たちは墓地で戦死者とされている彼らの墓を見せた。小泉首相は彼らのすべての希望をかなえてあげたいという。
 一度ならず日本人の性格やメンタリティについて訊かれたとき、俺は例の40年間ジャングルに隠れていた日本兵のことをよく引き合いに出した。そして、世界中の軍隊でそんな例が他にあるかと相手に尋ねたものだ。

 まやもや典型的なポーランド的不祥事。PKP[ポーランド国鉄]の窓口ではいわゆる週末切符が99ズウォティで売られている。たとえばクラクフ-ワルシャワ間で、土日だったか、あるいは3日間だったか有効。「ダフ屋」がこの切符を大量に買い取り、1枚50ズウォティで人々に売る(通常は片道70ズウォティ以上)。買った人はワルシャワで別の「ダフ屋」に切符を渡すか、たとえばあらかじめ決められたキヨスクに置いてくることになっている。週末の間に1枚の切符がこうして5、6回売られ、当然PKP以外のだれもが得をするという仕組み。これまでPKPは対応策を採ってこなかったが、このルポルタージュのあとでは何かせざるを得ないだろう。ポーランド人のできることって…。(5/27)

2005/05/28 22:21

e-mail報告:コメディー、眼鏡

 昨日、ザオルスキ監督の新作コメディー「Cudownie ocalony 奇蹟的に助かった人」(マリヤン・オパニャ、エヴァ・カスプシク主演)を見た。PRL[ポーランド人民共和国]時代の国営農場の村における売春婦の再社会化(刑務所を出たあとの)に関するすてきなお話。スタイルが「Sami swoi 自分たち自身」のカルグルとパヴラクに少々似ている。それもそのはず、同じ作者、アンジェイ・ムラルチクの脚本なのだ。「ポーランドの愛」と銘打って、こうした映画のシリーズが計画されている。

 プワシュフの薬局にて読書用眼鏡を9.90ズウォティで購入。4ズウォティのものよりもう少しちゃんとしていて上品だ。ハニャたちにもらった黒いズボンを洗濯した。これが乾いたら、タンデタで29ズウォティで買った新しいジーンズを洗う。ほころびないといいが。(5/26)

2005/05/28 22:21

電話報告:墓参り、友人宅訪問、改装工事

 朝8時に墓参りに行った。人けがなかった。帰りにGのうちに寄ったら喜んでいた。置きっぱなしになっていたナイフを返してもらった。そのあとP夫妻のうちに行った。小さいブチ犬が2匹いる。これはゲミネクの孫にあたる。だれかに譲りたいというが、うちで飼うのは無理だ。それからハニャのところに行って、教会のミサに出た。

 斜向かいの改装工事、夜11時半すぎにドンドンガンガンやってたので怒ったらおさまったが、今日は隣のオヤジがドンドンガンガン。これも文句を言ったら静まった。

 テレビで見たのだが、中央広場の敷石は取り替え工事をしたばかりなのに、もうところどころ割れている。業者がちゃんとした敷石は横流しして、粗悪な材料を使ったのかもしれない。

 ハニャは聖体の祝日はいつも晴れだと言うが、Pに御練り行列を見せたとき雨が降ったのを覚えているか? チャメルは二日酔いでビールが飲みたかったのに、Pがアルコールを出さない軽食堂に入ろうとしたので腹を立てたこと、覚えてるか?

 営業運転はまだ先になる。バルバカン[タクシー無線会社]のボスが車を見てOKしなければならないからだ。6月1日からかな?

 Z.P.がガソリン缶をくれた。

 ボンサイが1月に葉を出したのは、室内がストーブで暖かかったからか。

 いま7時過ぎだがまだ明るい。(5/26)

2005/05/28 22:20

e-mail報告:聖体の祝日、慈悲の試験

 明日からまた長い週末、キリスト聖体の祝日だから。いつもどおり木曜日だけど、今回ばかりは6月ではない。復活祭が3月だったから。

 明日の朝は墓参りに行く。聖体の祝日のほか、母の日でもあるから。1時間ほど前、W[いとこの夫]に電話して、いっしょにB[亡くなったいとこ]のお墓に蝋燭を点しに行きたくないかと訊いた。正午頃なら行きたいと言っていたが、その時間、俺は聖マレク[マルコ]教会のミサに出席する。ハニャ[妹]が母と父と祖母の供養を頼んだのだ(5月8日はスタニスワフ[父の名]、15日はゾフィア[祖母の名]の名の日だった)。

 B[タクシー会社のボス]は、明日7時から15時の間にカトヴィツェまで乗せていってくれないか、昼食をおごるから、と提案して俺を少々いらだたせた。どうして自分の車でひとりで行かないんだ? だって自分のよりもチャメルのガソリンを使った方が都合がいいから! 断らなくちゃ。

 テレビで、TVN局の記者が腹を空かせたホームレスの扮装をして、ポーランド国内のいろいろな場所で援助を求めた模様を放送していた。さまざまな教会に赴いたり、ワルシャワの国会のそばで有名政治家をつかまえたり(おおむね20ズウォティくれた)、ラジオ・マリヤ[カトリック原理主義的ラジオ局]のリジク神父のところに行ったり、等々。たいていは援助を拒否。とりわけこの問題を政治的立場から声高に言い立てる人たちほどそうだった。しかしながらこの独特の慈悲の試験の成績がもっともよかったのはクラクフとザコパネだった。クラクフ出身の司祭は彼にザコパネでの職と住居を世話してやり、ザコパネでは山岳民族の人たちが安くはない羊乳チーズを無料でくれた。(5/25)

2005/05/28 22:19

e-mail報告:労働局、植木、裁判所の職員

 用事や猛暑で疲れていたが、今日、窓とカーテンを洗った。車のサンルーフを開けたら走行中は我慢できた。

 今朝、労働局で腹の立つことがあった。8時15分に着いたら、人がたくさん待っていて、今日は9時開始だという。俺は9時にBとプラジュモフスキ(モギルスキ・ロータリーの近く)で会う約束があった。さいわいガゼタ・ヴィボルチャ[新聞名]を持っていたので、なんとかその45分は過ぎた。だが職員の女性がオフィスを開けたのは9時8分だったので、俺は文句を言ってやった。人を何だと思っているんだ、職員は私たちのためにいるのであって、私たちが職員のためにいるのではない、等々。

 B[タクシー会社のボス]と燃料の件を片付け、またもやさまざまな書類をコピーした。帰宅後、窓を洗っていると電話があって、処罰対象となっていないことの証明書を取りに明日裁判所に行かねばならなくなった(費用50ズウォティ)。

 トゲちゃん[サボテンの名]は2つの子どもができた。ボンサイの一つは葉が全部落ちた。もう一つは1月に出た葉のほかに新たに春の青々とした葉が出てきた。

 象の記念碑は石造りで現物大、うちの近所にある。

 ホジュフの動物園で熊に殺された女性はまだ身元がわからない。テレビで女性の似顔絵を公開している。女性が熊の飼育施設に落ちたときの目撃者がいないことから、ひょっとしてこれは自殺(あるいは殺人)の一種なのではないかとも言われている。(5/23)

 仕事のことで、またうまくいかないのではないかと思った。今朝、契約に従って処罰対象となっていないことの証明書を取りに裁判所に行った。それがタクシー会社のもう一つの雇用条件だからだ。50ズウォティを支払い、しかるべき書面に記入して、コンピューターで調べてもらったら、その証明書は発行できないと言われた。この件に関してはワルシャワの法務省で明らかにすることになるので、そこへ行けという。俺は書類を置いていって職員の女性がそれを書留で送ることもできるが、それには少々時間が掛かる。お手上げだった。B[タクシー会社のボス]にそのことを話したらBもお手上げ。俺はBにこう言った。もうワルシャワに行く交通費なんかないし、車で行っても金がかかるし、ワルシャワは不案内なんだ。Bは俺に、もう一度裁判所に行ってワルシャワの電話番号を教えてもらってこい、この件について俺が電話するからと提案した。
 そのようにした。今回は悶着もなく、女性職員は例外的に親切で、彼女自身がワルシャワに電話してくれて、俺のデータを先方に伝えた。俺は廊下で15分待つように言われた。15分後には処罰対象となっていないことの証明書を受け取った。俺がワルシャワに行くのはひとえに、いかに彼らの書類管理が乱雑かを見せてやるためだ、と俺は女性職員に言っていたのだ。
 これは1996年以降養育費を払っていなかった件で、もうとっくに無効になっていて、俺はそのことを知っていた。でなければタクシーの仕事はできなかっただろう。
 それでもやはりあの女性職員は、親切で人の手助けをする職員も世の中に存在することを立証した。彼らは皆、別の人種ではあるとはいえ。彼女には大変感謝した。Bは午後に電話してきたので(俺は起こされた)もう知っている。明日の朝、書類を持っていく。

 パックされた白ソーセージを買った。昼食5日分になる。郵便局で電話代80ズウォティを支払った。昼寝後(さいわいにして)またしても金槌の音。いったいいつになったら終わるのか?(5/24)

2005/05/24 02:29

e-mail報告:ベラルーシ、ボクサー、詩聖

 今日ボスが来たとき、またしても俺はエステルカに車を止めて小ビールを飲んでいた。ようやく暖かくなったからだ(暖かすぎるほど)。契約書にサインした。その関係で月曜日の朝は労働局に行って就職を申告しなければ。明日の朝は窓を洗う代わりに、今日買った50リットルの軽油を受け取りに行かねばならない。月曜日、労働局に行ったあとで20リットルをBに持っていく。

 キューバで逮捕された5人のポーランド人はすでに帰国し、事の次第をかなり語った。

 ベラルーシとふたたび揉め事。在ベラルーシのポーランド連盟の問題に干渉したり、活動家に嫌がらせをしたり、等々。セイム[ポーランド国会]では、ルカシェンコ他、ベラルーシの高官たちをポーランド及びEU加盟国に入国させないという法案が出ている。また、EU、ウクライナ、リトアニアの後援でポーランド国内にベラルーシ自由ラジオを作るという案も出ている。我々ポーランド人に「自由ヨーロッパラジオ」があったように。

 明日は窓洗いとカーテン洗濯もしたい。どうなるかわからないが。というのも今日の夜中、というか早朝に、A・ゴウォタともう1人のポーランド人ボクサーがシカゴで世界選手権の試合をするので、それを見たいのだ。(5/21)

 窓洗いもカーテンの洗濯もしなかった。というのも軽油のことを片付けてから、Rにエステルカまで車で送ってくれと頼まれ、そこで小ビール2杯と小ウオツカ1杯を勧められたから。懇願されたけれどそれ以上は飲みたくなくて、家に帰ってようやく食事をとり(ホウレンソウ+卵)、寝た。ボクシングの試合を見たため十分に寝ていなかったのだ。

 トメク・アダメクはあまり期待されていなかったが、ライトヘビー級の世界タイトルを獲得した。いっぽうヘビー級の「白人たちの大いなる希望」、アンジェイ・ゴウォタは不名誉にもチャンスを失った。試合開始後53秒間に3回ダウンし、これを最後に(おそらく)その選手人生を終えた。

 3時間眠ってからひどい頭痛とともに目が覚め、作業に取りかかれる状態ではなかった。頭痛薬を3錠のんだが、まだ痛い。

 でも就職に関する書類は書きあげた。明日の朝、労働局に持っていく。それから軽油を持ってBのところに行く。

 仕事の関連で頻繁に電話をかけたため、電話代の請求がいつもの2倍。5月分はさらに多くなるだろう。ボスの携帯にたくさんかけたから。

 まだ「メーターで」走ってないけど、もう5月30日に予約が入っている。Cの友達が妻を空港まで送ってもらいたがっていて(パリに行くのだ)、それを俺にやってほしいという。仕事だろうとなかろうと、もちろん送り届けるつもりだ。もちろん彼らは料金を払うつもり。

 今朝Rのところへ行く途中できれいな象の記念碑を見た。

 クラクフ・グループのアーティストの1人だったユリアン・ヨンチクの作品に関する記事が写真入りで新聞に載っていた。アダム・ミツキェヴィチ像の手に3本の蛍光灯を持たせたもの。この蛍光灯はスターリ劇場フェスティバルのオープニング行事。フェスティバルは「ロマン主義再考」と題され、ミツキェヴィチ、スウォヴァツキ、クラシンスキ[ポーランドの三詩聖]の作品の新解釈を取り上げている。夕方、テレビで我らがダンサー、ミホ[友人]が、そのインスタレーションにコメントしているのを見た(ほめていた)。(5/22)

2005/05/22 02:47

e-mail報告:傷、竜、熊、麻薬、キューバ

 胃の具合のほか、小さいが厄介な指の傷に悩まされている。燃料用の漏斗の細い先端は不要なので切りとったときにけがした。でも今日は改装工事の騒音がやんだので満足だ。

 Pの娘[2階の住人]の愚かさを確信した。ひと月前の停電事故のとき、俺がM[Pの妻]を叱りつけていたら、その娘が生意気な口を利いた。その後、道で俺とすれ違ったとき、1メートルの距離なのに俺のことが見えないふりをした。昨日俺が車のそばで作業していたら、突然彼女は自分の振る舞いを詫びはじめた。つまり「こんな」車を持っている男には謝っておいた方がよいという結論に達したのだ。

 明日はAのところに行って、俺をいまのボスに紹介してくれたことに礼を言い、雇用契約の件で相談にのってもらう。(5/19)

 今朝Aのところに行って礼を言い、まだ署名していない契約書を見せた。彼は書き加えなければならない箇所を指摘してくれた。そのほかはOKだった。だが、この条件では仕事は楽ではなく、自分のために稼ぐには、たくさん長時間走らなければならないだろうと言った。一方、車に対する会社の振る舞いや俺への信頼はほめた。それにAはBのことをよく知っていて、誠実な人間だと言った。というわけで、今後はしんどくなるかもしれないことがわかった。

 近々クラクフでリサイクル・フェスティバルが開催される。それに関連して高さ20メートルの竜を準備している。ペットボトルで形を作り、65万個の王冠の鱗で覆う。竜はさらに夏のドラゴン・パレードにも参加し、その後解体されて、材料は再利用される。

 ホジュフの動物園で今日悲劇があった。園内を散策中の女性が熊の飼育場を囲む壁の上に登り、(おそらく)つまずいて、数メートル下に転落した。熊たちは女性をずたずたに引き裂いた。このニュースが報道されたとき女性の身元はまだわかっておらず、消防士たちが熊の池の水をポンプでくみ出して、彼女のハンドバッグを探していた。体の損傷があまりにひどく、年齢は特定できなかった。

 ウゥチでは次のような不祥事があった。CBS--中央捜査局(アメリカのFBIのようなもの)の上級局員らが警察の倉庫から、処分されるはずだった麻薬を運び出した。さしあたって120kgのヘロインとコカインが紛失していることが確認された。麻薬を盗んだ後には別の粉が置かれていたが、化学処理実験の際に偽物であることが発覚した。

 キューバで醜聞。数日前、ポーランドの政治家2人が入国を許可されなかった。今日はキューバの反体制派の集会に出かけたポーランドのジャーナリスト6人が逮捕された。ジャーナリストのうち1人が留置場のトイレから編集部に電話をかけた。守衛も警察も彼が携帯電話を持っていることを知らなかったのだ。おそらく彼らはいますでに飛行機内か、あるいは明日、強制帰国させられる。フィデル・カストロはヨーロッパの金なら喜んで受け取るくせに(EUは最近、制裁を破棄した)、我々の民主主義のありかをそうやって示す。我が国のEU議員たちは、カストロ体制に対する再度の規制にただちに賛成票を投じると断言した。EUも似たような意見。イタリアのジャーナリストや、たしかドイツのジャーナリストも同じような体験をしたのだからなおさらだ。(5/20)

2005/05/21 00:38

電話報告:契約書、けち、歯、窓、ニェムイ

 仕事の契約書はよく読まなくては。Bも安い軽油が欲しいと言うので、10リットル分けてあげた。彼はすぐにも契約を結びたがっているが、サインする前にA(講習会のボス)に見せて意見を聞きたい。

 土曜日にはまだ運転しない。火曜日から営業運転することになった。5月の無線契約料を払わなくても済むように。月曜日にBが自分の車に掃除機をかけに来る。Bはいい奴だけどちゃっかりしている。一度くらいはいいが、しょっちゅう来るようになったらどうなる? 電気代は俺持ちか? 1ズウォティでもけちけちするので、タクシー運転手は「ズウォトゥーヴァ」と呼ばれている。

 歯茎が腫れているので口があまり開けない。でもいまはまだ歯医者には行かない。働きだしてから行くことにする。行けばまた100ズウォティかかるから。

 窓を洗う暇がない。ガラスが汚くてうちの中が薄暗い。土日に洗おうかな。カーテンも洗濯しよう。

 今日は近所の犬ニェムイ[ボグダンが勝手に付けた名前。「私のではない」という意味]にいい餌をやった。ニェムイの飼い主のじいさんに招かれ、一度家におじゃましたことがある。じいさんが怪しい酒を出した。それを飲んだらあとで吐いた。(5/19)

2005/05/21 00:38

e-mail報告:冷え込み、日本語、軽油

 このところずっと寒くて雨続き。5月の後半にもなって夜間冷え込むとは異常だ。今晩そうなるという予想(クラクフではないが)。

 うちのサイトで「バナナ脳」[の絵]を見た。「このごろのボグダン」をのぞこうとしたら、日本語が読みたければ、まず「Windows Update」ディスクを入れてから何やらしなければいかん、というインフォメーションが出た。だからヴィテクに知らせた。

 今日安い軽油を40リットル買った。後ろ右のウィンカーを修理した。タクシーメーターの保証書を見つけた。これにはあと判子を押さなければならない。(5/18)

 夜、メールの送受信がうまくいかなかったので落ち着かず、もしまた反抗した場合は再起動しようと思って、今朝Bからの電話の後、コンピュータを立ち上げてみた。そしたら不思議なことに今度は再起動なしできちんと動いた。(5/19朝)

2005/05/19 00:54

e-mail報告:バグリ、亀、騒音、スープ

 今日「Spokoj」を見たら、これは以前に見たことがある映画だった(プワシュフの駅、元囚人が工事現場で働く、等々)。

 クルマを洗って掃除した際、庭にコスモスがびっしり生えているのに驚いた。でも間引くことはしない。そうするとあとで育ちすぎて困るから。野生に生えるように小ぶりに育てばよい。

 土曜日にタンデタ(雑貨市場)へ眼鏡を買いに行った。特別にバグリ(近所の池)のそばを通っていったら、白鳥の巣に卵が2、3個見えた。オオバンはもう頭が赤いヒナがいる。

 モスクワでの終戦記念式典はもちろんスキャンダルだった。プーチンはポーランドが勝利に協力したことさえ言及せず、クファスを後ろの方に並ばせた。プーチンのそばにはブッシュ、シュレーダー、シラクが座っていた。クファスよ、それみたことか。ポーランド人皆が屈辱を感じているとはいえ。その結果、ポーランド各地で近々公演することになっていたボリショイ劇場とボリショイ・バレエのチケットを多くの人が払い戻した。芸術とアーティストはここでは何の罪もないが、結果としてそういうことになってしまった。公演は中止…。

 昨日、プシェミシル発ヴロツワフ行きの列車内で、国境警備隊が、リュックサックにステップ(大草原)亀をいっぱい詰め込んでいたウクライナ人をつかまえた。亀は全部で340匹、逃げ出さないようにガムテープでくっつけられていた。亀はすべてヴロツワフの動物園へ、ウクライナ人は別の檻へ送られた。(5/16)

 亀ほか、しばしば保護種に指定されているエキゾティックな動物たちは、販売目的で大量に密輸されている。この非合法取引はいま成長しつつあり、それを阻止すべくポーランドやEUの職員が戦っている。

 またもや改装工事、もう3日間金槌でガンガンやっている。2、3日前、そこのうちのドア(廊下を挟んで斜向かい)に次のような張り紙を貼っておいた。「良識ある人なら改装工事の予定に関して近所に予告をするものです。良識を知らないがさつ者はいきなり金槌でたたきだす」張り紙は消えてなくなり、何も変わらず。
 別のときなら怒りとストレスからエステルカにウオツカを飲みに行っただろうが、いまはお金がもったいない。酒に使うよりガソリンに使いたい。だからうちにいて、テレビかラジオを大音量にして、うるさい12時間の間そのことを考えないように、騒音はないというふりをするように努めている。

 もう一つひどかったことは今日のフィスカリゼーション(国税の手続き)、正確に言えばその会社を探すまでが大変だった。通りはわかっていたのだが、7番地を見つけるのは文字通り地獄の苦しみだった。1時間くらいかかってようやく見つけ、そこでしかるべきデータをレジに打ち込んだり(付加価値税7%等々)、いろいろな書類に記入したりするのに2時間かかった。

 ワルシャワでは第3回ヨーロッパ・サミットが開催された関係で、通行止めや検問などがあった。

 土曜日にカジミェシュ(クラクフの一地区)で第4回スープ・フェスティバルが開かれる。今年もまたレストランや商店や一般の人たちが手作りのさまざまなスープを無料でサービスする。唯一の条件は、最低10リットルのスープを持ってくるか、現場(ノヴィ"ジドフスキ"広場)で調理すること。(5/17)

2005/05/17 01:18

e-mail報告:メール復活、キェシロフスキ

 ヴィテクが苦労してコンプを直してくれたが、あいにく日本語エディターのインストールがうまくいかず、さしあたって漢字が読めない。(5/15昼)

 ヴィテクには大変感謝している。インターネットのサイトはGoogleもOnet.plも裸の女も見られるし、トランプ・ゲームもできる。ただ漢字が読めない。でもおそらく近々それもどうにかできるだろう。

 もうすぐテレビでキェシロフスキ監督の映画「Spokoj」(イェジィ・シュトゥール主演)がある。社会主義的現実に対する見方のせいで、この映画は5年間お蔵入りしていた。明日自分が見るために録画する。(5/15夜)

2005/05/13 15:03

電話報告:パンク、レム、モスクワ、EXPO

 恐ろしくツイてなかった。

 昨日ボスのところに行った帰りにBの飲み屋に寄ったら車のタイヤがパンク。ボスに電話したら、いま忙しいので金曜日に何とかしようと言われた。自分でスペアタイヤに付け替えて、郵便局に手紙を出しに行こうとしたら、ポドグルスキ墓地の近くでまたパンク! 市電で帰宅、ボスに電話したら、とりあえずできることはやっておけと言うので、知ってる奴を捜しにエステルカに行ってみたが、だれもいなかった。いったんうちに帰ってBに電話して来てもらい、タイヤをはずした。タイヤは新品が180ズウォティ、中古が90ズウォティだったので、中古を買って取り付けた。この修理代に22ズウォティかかった。

 手紙を出しにミシリフスカ通りの局に行ったら、財布を忘れていたのでうちに取りに戻り、またミシリフスカに出直して、ようやく手紙を出した。いろいろ不運が続いたので、むしゃくしゃしてエステルカでウオツカを飲んだ。そしたら大ボスが俺を捜してエステルカに来た。そのとき俺は紅茶にウオツカを入れて飲んでいた。

 タイヤのトレッドパターンは左右同じでなくてはいけないのだが、違うのが取り付けられていて、しかも冬用タイヤだったので、大ボスといっしょに取り替えさせに行った。180ズウォティのところ、チャメルは120に値切った。タイヤを取り替えてから大雨になってどろどろびしょびしょ。領収書がどっか行っちゃった。Bのところに忘れたのかも。右のウィンカーランプがつかないから替えなきゃ。まだ営業運転してないのに出費ばかりかさむ。

 金曜と土曜にレム学会議があった。新聞で読んだ。

 ヴィテクは木曜日から5日間コンピューターを修理しに来てくれたが、埒があかないので火曜日に自分のうちに持っていった。Pがひどいウィルスを入れたらしい。

 仕事は23日から。1週間だけだからバルバカンに5月分の契約料は払わなくてもいい。でもボスは100ズウォティ払っておくと言っている。

 モスクワに行ったクファス[クファシニェフスキ大統領]がプーチンに無視され、醜聞になっている。プーチンのそばにはドイツ、フランス、アメリカの首脳たちが並び、クファスは遠くのほうに並ばされ、演説でもポーランドはとくに言及されなかった。ポーランド人は怒って、ボリショイ劇場のポーランド公演をボイコット。俳優たちはかわいそうだが、こうでもしないとロシアはわかってくれない。政治は政治、芸術は芸術なのだが。

 日本で開催中のEXPO、ポーランドの日の様子をテレビで見た。日本の子どもたちの合唱団がポーランド国歌を歌っていた。子どもたちは本当に歌詞の内容をよく勉強して、理解した上で歌っているようだったので感動した。

 明日はボスのお母さん(車椅子)を超音波検査に連れて行くのを手伝う。これは営業ではなくて単なる手伝い。営業運転の最初の2日間はボスが同乗して、端末の操作の仕方などいろいろ教えてくれることになった。(5/12)

2005/05/06 23:16

電話報告:床屋、連休、郵便局、ツバメ

 チャメルはいま鏡をのぞいてみるとひどくハンサムである。床屋に行ったから。飲み屋で知り合ったコズウゥベク[クラクフの1地区]の床屋さんに車で出かけた。

 メーデー、ローマ法王が亡くなって1か月、憲法記念日、EU加盟1周年記念などで連休状態。月曜日午前中、ボスといっしょに車に無線や端末を取り付けに行った。それからいろんなシールを車に貼った。今月働くのは15日以降にした。そうすれば無線会社に支払う月々の契約料が半額で済む。

 郵便局のBは車を盗まれて新たにシトロエンを買った。その手続きやら何やらがあったので、郵便局を開ける時間を9時ではなく10時にしていたそうだ。水曜日に郵便物[Mちゃんへのプレゼント]を出しに行ったら開いてなくて、金曜日に車を取りに行くときに寄ってみたらまた休みだったので、ミシリフスカ通りの局まで車で行った。眼鏡を忘れたため、日本の宛先住所のメモが読めず、周りの人に眼鏡を借りたがそれでもはっきり見えず、人に頼んでメモの漢字を大きく書いてもらった。プレゼントは、ハートを持って座っている茶色いクマのぬいぐるみ。

 土曜日にユレクの名の日とダヴィドの誕生日のプレゼントをバシュトーヴァに持っていった。

 タクシー端末の使い方を勉強しなくては。でもスイッチを入れてログインすると実際に登録されてしまうので、電源オフのまま使い方を覚えなくてはならず、これは難しい。ボスは俺にケータイを持たせたがっている。カード式のやつで、カードは20ズウォティくらいで買える。

 ヴィテクが昨日コンピューターを直しに来るはずだったが来なかった。夜中までずっと着替えずに待っていたのに、バカみたい。Pはビールで頭がおかしくなっているからもう呼びたくない。直したつもりで壊しやがった。

 冬は車の窓ガラスの霜取りや雪かきが大変なのでガレージに入れたい。オイル代は会社持ち。修理や部品代も会社持ち。でも保険は自分持ちらしい。

 映画「クラクフの天使」を明日テレビでやるので録画しておく。

[ここでノックの音。ヴィテクが来る]

 最近この近くで30℃にもなった。ここは29℃くらいだった。急に暑くなったので気分が優れなかった。ツバメが飛来した。(5/5)

2005/05/01 01:54

電話報告:車

 車はもう庭にある。でもボスが持ってきたのではなく、こちらから取りに行かねばならなかった。バルバカン[タクシー無線会社]の講習は約5時間も続いて、そのうえほとんど立ちっぱなしだったので、病気の[深酒後遺症]チャメルは疲労困憊した。バルバカンともタクシー会社とも無事、契約書にサインした。

 これから車にタクシーメーターと無線を取り付けて、バルバカンやいろんな広告のシールを貼らなくちゃ。タクシー端末はコンピューターみたいにログインしなければいけない。昔とはえらい違いだ。どこにいるか監視されているので、バルバカンの無線で呼ばれたとき、該当区域にいないのに「いる」と嘘をつくと罰則に触れる。会社の規則は罰則ばかり。バルバカンが決めた当直時間が月に5、6回あって、その時間は必ず勤務しなければならないが、それ以外の時間は好きなときに走ればよい。

 犬猫も運ぶし、酔っぱらいも運ぶし、オカマもレズビアンも運ぶ。差別はしない。でも猫がおしっこすると臭い。車内でおしっこしたらほっぽり出してやる。故障車の牽引もする。本当はそんなことしたくなかったけど、ボスがバルバカンに「やります、やります」と答えた。牽引サービスは別料金で受ける。

 バルバカンの社長はおもしろい人で、演劇とインディーズ映画もやっている。パフォーマンスにも興味があるそうだ。

 車はベルギーから買った中古の赤いアウディで、古いけれどちゃんとしている。クーラーはないが暖房はある。サンルーフも付いている。(4/28)

2005/04/28 01:07

電話報告:ボスたち

 ボスたちが来て話をした。明日、車を持ってくることになった。とりあえず庭に駐めておく。
 コンピューターがこわれた。Pがまた来て、できるだけ直すことになっている。
 5月1日から働くことになるだろう。車はいつもきれいにしておくこと。
 しばらく服のまま寝ていたので、ボスたちが来る前に掃除片付けをした。(4/26)

2005/04/28 01:07

e-mail報告:コンプ故障

 バカチャメルワ、スコシ病気っぽいデス。アタラシイシゴトを始めようとすると必ずツイてない。ガ、ラクダはイツモ苦境から抜け出す。コンプシ[パソコン]はやる気がない。日曜日にPが来ることになっている。(4/23)

 何度も同じことを書く気力も神経ももうない。またしても数時間停電。またしてもラジオを設定し直したり等々。コンプ[パソコン]は狂ってる……(4/23)

 残念ながらPが来て、いつものことながら[パソコンを]壊した。俺は気が狂いそうだし、今後もきっと賢くはなれない。(4/25)

2005/04/24 00:15

電話報告:タンデタ、停電後、ガソリン

 タンデタ[近所の雑貨市場]でジーンズを買った。29ズウォティ。安い! 前にPがツギを当ててくれたやつはファスナーがこわれた。あとでファスナーを買って付け替えよう。

 明日は床屋に行く。ボスに会うので。仕事の条件で1つ書き忘れたが、ガソリン代は自分で払わなければならない。

 もらった冷蔵庫は見た目は前のと同じようだけど、内部が狭い。卵は8つくらいしか置くところがないし、野菜ケースもない。

 寒い。朝0℃、いま6℃。

 ボイラーとヒーターのタイマーは無事だった。ボイラーも無事、ラジオとテレビも無事、洗濯機も無事。うちの中はぐしゃぐしゃ。みんなが土足で入ったので泥だらけ。なぜか読書用眼鏡が見つからないので、タンデタの4ズウォティ均一の店[100円ショップのような店]で買った。新しいボスが電話してきたとき、チャペクも修理班もいて、てんてこ舞いだった。電話越しに音が聞こえたはずだ。チャメルが仕事を始めようとするといつも何かある。大型トラックの運転手をしようとしたら財布ごと免許をなくしたし、今回はこの事故。作業中ずっとドアが開けっ放しだったので寒かった。部屋が冷えきった。いまヒーターをつけている。こわれた冷蔵庫は隣のWが屑鉄屋に持っていった。ラジオのメモリーが消えてしまったので、ずっと沖縄音楽のカセットテープを聴いていた。

 ジーンズの元の値段は56ズウォティだったが、大売出しで29ズウォティ。タンデタは一部の店が新しい建物内に移るので、そのため在庫整理のセールをやっている。半分の店はすでになくなった。壊した店の跡に瓦礫がそのままになっている。日本ならすぐに片付けるだろう。

 電気は通常220-230Vのところ、各コンセント400Vで通っていた。だから焼けたのだ。ゴムが焦げる臭い匂いがした。電線がアルミだったら焼き切れていたかもしれないが、銅線だったので焼けなかった。いまのところボイラーは正常に動いている。

 画家のアニャはほとんど泣きそうだった。彼女は美大の4年生。うちに来たついでに俺の絵を見せた。今度いっしょにコーヒーを飲み、彼女の絵を見せてもらう約束をした。お隣だから敵対せず、仲良くしといたほうがいい。

 敵対しているのはPの娘。仲間といっしょに階段で煙草を吸って騒ぎ、火のついた吸い殻を下に投げ捨てていた。警察が来たときには母親が彼らをうちに入れて匿っていた。だったらなぜ最初から家に入れないのか?

 ガソリンが高いので、ウクライナとの国境近くの人はウクライナにガソリンを買いに行く。値段はポーランドの3分の2。品質は悪いけど。ポーランド人はビザ無しでウクライナに行けるが、ウクライナ人がポーランドに来るにはビザが要る。ドイツ人はポーランドにガソリンを買いに来る。

 検診のとき、耳の蜜[耳垢のこと]を取っておけばよかった。医者に、耳の外はきれいですけど、中はナニがありますねえと言われてしまった。(4/21)

2005/04/24 00:15

e-mail報告:冷蔵庫、ケーブル

 この騒がしい冷蔵庫はいつか買い替えよう。さしあたってはこれで仕方がない。寝ようとするときちょっとうるさいけど。

 作業員たちはミスを認めたが、それで応急修理班を(彼らの言い分では)根拠なく呼んだ俺の責任が放免されるわけではない。彼らの意見によると、その会社がミスをしたとしても、電力会社はその責任を負わないというのだ。よろしい。しかし壁の中でケーブルが焼け焦げたとしたら、ふつう間抜けはどこに電話する? ケーブルとは関係ないから警察じゃないし、だれも死にかけてるわけじゃないから救急でもないし、火事じゃないから消防でもない。分別のある知り合いは皆、もっぱら応急修理班に電話すると言っている。だってそれは彼らの専門分野だから。しかし彼らは、俺が理由もなく夜中に彼らに迷惑をかけたのだから、かなりの額の請求書を送ると主張している。そうなったら俺は法廷に訴えてやる。俺を怖がらせようったって駄目だ(いつものごとく)。(4/20)

2005/04/23 02:17

e-mail報告:停電の一夜とその翌日

 予備の蝋燭を点し、それから壁向こうの酔っぱらいたちが持ってきてくれた蝋燭を点し、次は数年前にハニャがプレゼントしてくれた紫色の蝋燭を点し、応急手当に「金色の熊ちゃん」の蝋燭(これもハニャからのプレゼント)も使って、一晩中過ごした。でも明るくなって、チャペクが酒1本持ってやって来た。酒は途中で買ってくるように言っておいたのだ。電話だけが機能している唯一の電器製品だった。2人で1本空けて、チャペクは自分の自転車で帰らなければならなかった。俺はその間に、郵便受けの手紙とは別に、隣人のドアにしかるべき手紙を貼っておいた。

 その後、いいかげんな仕事をした作業員たちと、画家さん(アニャ)と電力会社の応急修理班が現れた。ずいぶん長いこと調べた末に、自分らのミスを見つけたが、それは作業員たちのミスだったので、電力会社は、根拠なく2度も呼び出された費用を俺に負担させると言っている。ほとんど住まいが燃えかけているような状況では、だれだって電力会社に電話するだろうことはわかっているくせに。

 さいわいコンプちゃん[パソコン]は元気、雷ガードのタップが駄目になっただけ。タップに53ズウォティも支払ったことをいまは後悔していない。テレビもおそらく無事(ビデオもあるから最終的にはまだわからない)、ミニコンポも大丈夫、メモリーが消えてたので俺が自分でコンセントから抜いたのだ。いっぽう冷蔵庫は完全に死んだので捨てるしかない。作業員たちは代わりに中古の冷蔵庫を持ってきてくれた。いままでのより小さくて、中に棚がなく、容赦なくガタガタいう。テーブルタップも代わりのをくれた。

 ひどい精神的トラウマがあるとはいえ、さしあたりなんとか生活可能。

 今日会うことになっていた新しいボスが電話してきた。何もかも彼に話した(俺が仕事に行こうとするとまったく信じられないことに遭遇する!!!)ら、彼は理解して受け入れてくれた。仕事の条件を詳しく説明してくれた(前のボスたちとは逆だ)。それによると仕事においてはかなりの自由があり、1年後には合法的な休暇が取れ、赤いアウディの新車もある。試運転の話はまったくなかった。俺は好きなだけ走れる。ただ月々ボスに2000ズウォティ、「バルバカン」ネット[タクシー無線]に450ズウォティ支払うことになっている。水曜日に「バルバカン」へタクシー端末操作の講習に行くことになった。その費用の500ズウォティは会社持ち。

 というわけで今日は飲んだし、あともう少し飲むけど長引くことはない。こうした物事の展開を喜んで、仕事に取りかからなくては。さしあたりは精神的な傷を治して、すっかり元気になったら、さあ仕事だ!!! なんてこった! 冷蔵庫がひどく騒々しい音を立てる。夜中にどうなるかわからない。でも少なくともタベモノの残りが悪くならずにすむ。(4/20)

2005/04/23 02:17

電話報告:停電

 ひどい事故が起きた。隣の画家のうちに作業員が来て何かいじっていたら突然建物全体が停電した。それからしばらくして廊下やほかのうちは復旧したが、チャメルのところだけバチッとショートして電気が切れてしまった。電球は焼き切れてしまった。コンピューターやテレビやミニコンポもおしゃかになっていないかどうか心配だ。ゴムが燃えた焦げ臭い匂いがする。作業員は帰って、画家はどこかに出かけてしまった。幸い電話は使えるので電力会社に電話して来てもらったが、電力会社の設備は問題ない、問題があるとすればお宅の私的な問題だと言う。配線が焼け焦げているとすると、壁を壊して線を取り替えなきゃいけない。その間、風呂に入れず、煮炊きもできない。いったいどこで暮らせばいいんだ? 3、4日は友人宅に泊めてもらうこともできるが、工事がもっと長く続いたら? 明日は新しいボスに会う約束があったのにこれでは無理だ。チャメルが仕事を始めようとすると、いつも何か邪魔が入る。もしこれで仕事を失ったら画家のせいだ。画家のうちの郵便受けに、この損害はあなたに弁償してもらう、と書いた手紙を入れておいた。拒否したら裁判に訴えてやる。もうすぐ蝋燭が燃え尽きる。真っ暗闇で何をしたらいい? 眠れないので、これから24時間営業のガソリンスタンドに酒と懐中電灯用の電池を買いに行くつもり。(4/19)

2005/04/23 02:16

e-mail報告:正直者が馬鹿を見る

 いつものごとく正直者は馬鹿を見る。ボスに電話してみたが午前中はだれも出なかった。出ないのは出たくないからだとわかっていた。ケータイなのでボスはだれからか承知している。前に電話したときにはすぐに出るか、いま一時的に出られません(つまり電源オフ)というメッセージが流れた。午後にかけてみると彼が出たが、彼らは俺の健康診断に関するゴタゴタに恐れをなしたのだとわかった。好ましい診断結果を俺が金で買ったとさえ思っているのかもしれない。ともかく彼が仕事をくれると約束したことを思い出させると、彼は俺用に別の古い車を用意すると言った。彼らにすべてを話した俺が馬鹿だった。何も言わずに2回目の試運転に行くべきだった。診断は診断でぼちぼちやっておけばよかったのだ。そうしておけば今頃はもう働いていただろうに。彼らはもう別の人に赤いアウディをやってしまった。俺は自分の車を買って自分がボスになることだってできる、でもまずは仕事をよく知りたかったのだ、と今日彼に言ってやった。すると態度を和らげて、そのもう1台の車のことを言った。そんなこんなでもやっぱり明日の朝、講習会のボスのところへ行く。テストを返してもらうことになっているし、ついでにべつのボスの元で働けるかどうか聞いてみる。

 これからだんだん寒くなる。水曜日には雪が降るかもしれないという。昨日は20℃だったが、明日の予想気温は8℃で、しだいに冷えてくる。(4/18)

2005/04/23 02:15

e-mail報告:映画

 「戦場のピアニスト」を見ないで録画したので、明日ちゃんと録れているかどうか調べなくちゃ。というのも、このテープに何が入っているのか確かめるのに問題があったのだ。ひょっとしたら長い間使わなかったからかもしれない。でもクリーニングしたら正常な画面になった。

 アメリカのコメディーは嫌いだが、今日はジャック・ニコルソンのためにあえて例外を冒して、「As Good As It Gets」(1997年製作)を見た。後悔はしていない。ところどころアメリカ版「Dzien swira奇人の日」みたいだった。何もかもにいらいらしている男(ちょっとチャメルみたい)の話で、彼は黒人(俺は嫌いじゃない)とユダヤ人(俺は嫌いじゃない)とオカマ(俺は少しだけ嫌い)と階段におしっこする犬が嫌い(俺も)。ある魅力的なウェイトレスの影響で彼は変わっていき、彼は単にそういう人々や犬が我慢できないような気がしていただけなのだ、という印象をわれわれは持つ。いくつかの場面や対話で俺は大声で笑った。ハリウッド・スタイルではないロマンティックな人生コメディー。どちらかといえばヨーロッパ映画を思わせた。(4/17)

2005/04/18 00:06

e-mail報告:池の鳥たち、中国の抗議行動

 水曜日、池の畔に行ったら、1羽の白鳥が巣のそばに浮かんでいて、もう1羽は巣に座っていた。またヒナが孵るぞ。池にはかなりの動きがある。オオバン[水鳥の名]は潜水したり、水を跳ね散らかしたり、ぽちゃんと潜ったりしているし、鴨はクワックワッと鳴いたり、水上を短く飛んだりしている。全体にだんだん緑になり、花が咲き、鳥がさえずっている。途中でS.T.に会った。最近新しい団地の住人のところで仕事をしているのだ。

 またテレビで、日本の国連安保理常任理事国入りと、新しい教科書における歴史の歪曲、日本の残虐行為の矮小化などに反対する、中国(上海、南京)の大規模デモを放映していた。

 昨日のくみ取りに関する口喧嘩の効果は今日も続きがあった。隣のWが親切にも庭に来て、くみ取り口の蓋の割れた土台をセメントで塗ってくれた。これはずっと前、彼に頼んでおいたこと。

 ボスは電話してこなかった。日曜までゆっくり待ってから、月曜日に電話してどうなっているのか聞いてみる。(4/16)

2005/04/18 00:05

e-mail報告:くみ取り、戦場のピアニスト

 今朝郵便局に行って電気代を支払い、新聞のテレビ番組表あてに苦情の手紙を出した。帰宅後、くみ取り車が来るのを待った。車が来たら、隣の女が出てきて、いまお金がないと言う。俺は激怒して、あんたらは酒飲む金はあるくせに、なんだって金曜にくみ取り車を呼べなんて言ったんだ、あんたらはいつだってそうだ、等々、すべて面と向かって言ってやった。当然50ズウォティは俺1人で払うはめになった。でも文句を言っただけの効果があり、午後25ズウォティを詫びながら持ってきた。それから小雨が降った。でもいい気分は損なわれてしまった。くみ取り人たちは例によってチューリップを踏みつぶしていったのだ。木戸はめいっぱい開けておいたから場所はたくさんあったのに。がさつ者はがさつ者で一生変わらない。そのうえ木戸のそばに悪臭のする汚水の水たまりを残していった。日本ではこんなこと考えられないだろうと思う。

 キルトシーツ2枚と日本製のカーテンを洗濯した。

 明日はR・ポランスキの「戦場のピアニスト」を録画する。この映画の放映に関連してか数日前に、2000年に撮影されたヴワディスワフ・シュピルマン(たしか2001年に亡くなった)のインタビューがあった。そのなかでは彼自身が、ポランスキによって映画化された自分の体験を語っていた。映画の主人公がみずからそれを語るというのは俺にとってすばらしいことだった。ただ結末は気の毒だった。作曲家の亡くなった日が画面に出たのだ。ポランスキは映画を撮る前に彼と個人的に連絡をとったのだと思う。事実に基づいたこういうストーリーを本物の主人公から話を聞かずに作るなんて普通じゃないから。(4/15)

2005/04/17 02:43

e-mail報告:クファスのモスクワ訪問

 クファス[クファシニェフスキ大統領]は相変わらずモスクワ訪問の必要性を主張してゆずらない。いまいましい! プーチンにおべっかを使うのはもうたくさんだ。あのKGB野郎はあからさまにわれわれを侮っているのに、クファスは頑固に何もかもうまくいっている振りをしている。やはり彼の出自と赤い口蓋が表面に出てきているのだ。
 モスクワという言葉の音を聞くだけで俺は吐きたくなる。個人的には一般のロシア人たちに対して何の文句もないが。いや、やっぱりある。たとえば、メーデーや年金生活者のデモなどさまざまな機会に、彼らがスターリンの肖像を掲げたり、ソ連邦を偲んで泣いたりするのを見るとかっとする。彼らはあたかも何百万人もの自国民が殺されたことを知らないかのようだ。ヒトラーのような犯罪者はまず想像上の(だって架空だったんだから)民族の敵を殺したが、スターリンはまず自国民と、そして当然のことながらポーランド人を殺したのだ。
 クファスの最後の任期がもうすぐ終わるのはいいが、どっかの机上の空論を述べる奴が大統領になるんじゃないかと心配だ。ともかくクファスには適度の分別はある。(4/14)

2005/04/17 02:43

電話報告:映画、下水、庭、歌

 テレビでローマ法王に関するイタリア映画をやっている。教皇役の俳優はポーランド人。若き日のカロル・ヴォイティワ[亡くなったローマ法王の本名]を描いている。土曜日に「戦場のピアニスト」があるけど録画する? 新聞のテレビ番組表は、ある同じ映画について、評価が星1つだったり星3つだったりまちまちなので、その2つの記事を切り抜いて貼って手紙を書いて、ワルシャワの編集部に送ってやる。あと、POLSAT[衛星放送局]では、ある番組が23:35から始まるのに、次の番組が23:20からになっていたりする。

 隣の人に下水槽がいっぱいだとメモを書いておいといた。そしたら酔っぱらい女が出てきて、お金を用意しておくから金曜日にくみ取り車を呼べと言う。でもきっと金曜になるとお金なんかなくて、チャメルが50ズウォティ払う羽目になる。呼べと言ったことすら覚えてないかもしれない。いやな隣人だ。下水道があればこんな苦労はしなくていいのに。今度、市議会議員との集会があったら、必ず出て文句を言ってやる。王の都クラクフがこんなことでいいのか!? ヨーロッパ・スタンダードと言ってるくせに。

 朝8時には10℃だった。昼間は16℃。庭のチューリップに紅茶かすをまいた。今年は花が咲くかな? 去年は葉っぱばかりだった。

 タクシーのボスは電話してこなかった。でも今日はCが酔っぱらって電話してきた。でもケータイからだったので短くてすんだ。

 例のパルチザンの歌は、ボーイスカウトがキャンプファイヤーを囲んで歌ったり、元戦闘員たちが集会で歌ったりする。20年ほど前にはチャメルの周りにも、実際にドイツ兵を撃ったことがあるというような人々が生きていた。(4/14)

2005/04/16 01:18

e-mail報告:抗議行動、モスクワ、車椅子

 中国と韓国の抗議行動については、今日ニュースで見たので知っている。テレビは正常になった、まだ完全とは言えないが。番組表に記載されている事項の多くが実際の放映と一致しないし、時間も違うことがよくある。相変わらずぼんやりから抜け出せないらしい。いっぽうで奴らはコマーシャルがなかった1週間を必死に取り戻そうとしている。それだけは決して忘れない、だってカネが第一なんだから! 抗議行動は理解できるが、そのことで、日本がつねに俺の第二の祖国であるという事実が変わるわけではない。

 今日もまた5月のクファス[クファシニェフスキ大統領]のモスクワ訪問が論争の的になっていた。第一に今日はちょうどカティンの集団大虐殺[1940年にカティンの森でソ連邦内務人民委員部によって戦争捕虜のポーランド人将校、約4万4000人が虐殺された]65周年だったので、またしても当時のロシアの嘘を指摘していた。第二に、ポーランド共和国大統領がモスクワに行くとどんな人々と同席することになるかを紹介していた。観覧席では彼の横に金正日、ルカシェンコ、トルクメンの独裁者、ほかにももう1人、かつてソ連邦だった中央アジアの暴君が立つことになる。ウクライナ、リトアニア、ラトビアの大統領はモスクワには行かない。それにロシアは、ローマ法王のたっての望みにもかかわらず、決して彼を国内に入れなかったということを付け加えてもよい。

 月曜日に発電所に電話して、あのバカげた督促状の件を片付けた。これでもう大丈夫。

 今日はテレビでは17℃と出ていたけど、うちの温度計は20℃を示していた。明日も同じくらいで、週末は雨か、今年最初の雷雨になるかもしれない。

 タクシーのボスからの電話はなかったが、そのかわりGが電話してきた。車椅子はあるが、まだそれに乗って出かけたことはないという。天気もいいし、幸い1階に住んでいるのだから、家から出るように勧めた。閉じこもってばかりいるとカビが生えちゃうぞとおどかしてやった。Gは笑って、外に出ると約束した。俺はタクシーで近所に行くことがあれば、お茶を飲みに立ち寄ると約束した。(4/13)

2005/04/15 03:07

e-mail報告:ポット、車、奇蹟、大統領

 眠かったので、洗濯のこととペリカンちゃん[電気ポット]のことを書き忘れた。ペリカンちゃんは昨日でうちに来て半年経った。多少高くても、ちゃんとしたのを買ったほうがいいという意見は正しいようだ。たぶんこの生きものはそう早く病気になることはなく、長生きするだろう。

 ボスは電話してこなかった。俺用に別の車を用意しなくては、と言ってはいたが。どうやら俺が健康診断のごたごたを話したあと、赤いアウディにはだれか別の人を乗せることにしたらしい。俺はあまりうれしくない。また最初からやり直し、またいまいましい上司随伴で新しい車に慣れなくてはならない。

 教皇の死後、フーリガンたちが和解した「奇蹟」について書いたが、集まったのは1万人ではなく2万5000人だった。でもフーリガンが言うことなんかこれっぽっちも信用できないことがわかった。2、3日も経たぬうちに彼らはもうワルシャワから来たフーリガンたちをぶん殴ろうとして、クラクフで警察と殴り合いをした。あのとき集まったのは和解のためではなく、単に教皇の死に哀悼の意を表するためだったのだと、はぐらかしている。

 月曜日からウクライナのユシチェンコ大統領が数日間の予定でポーランドを訪問している。大統領は(クファス[クファシニェフスキ大統領]も)ワルシャワ大学の学生たちと会った。学生たちはスタンディング・オヴェイションで迎えた。そのうち多くが、あの冬とはいえ熱かったオレンジ革命の日々にウクライナに行っていた。それでユシチェンコはこう言った。「いまウクライナにあるこの民主主義の一部は、諸君がみずからの手でもたらしたものだ」

 いまのところ少し寒い。でもやがて20℃の暖かさになるという。うちの中はちょっと寒いけど、電気代がかさむから、もうストーブはつけたくない。(4/12)

2005/04/15 03:06

e-mail報告:戯れ歌

 洗濯のことを書き忘れた:

日曜日にはお洗濯、
きれいなシーツに乾いた服。
シーツは古くはないものの、
じとじと汚れてたんだもの。
服はあえて言ってみれば、
いい匂いじゃないってば。
昔はカラフルだった色、
時間が経てばネズミ色。
ふたたびセーター、シャツ、ズボン、
婉曲穏やかにこう言わん、
洗ったあとはほぼ新品、
色とりどりで超新鮮、
着ることできる、大手を振って、
だれにも断らなくたって、
あわてず騒がず付ける染み、
落ちるかどうか気にせずに、
食べこぼしても大丈夫。
そしたら次のお洗濯。
(4/12)

2005/04/15 03:05

e-mail報告:花粉、漢字、玉ネギさん

 日本人は特に花粉アレルギーになりやすい傾向があるようだ。リマさんに同情します。

 どうして博之という名前の2番目の漢字は、1冊目の辞書にも2冊目の辞書にも載っていないのか? 探したけれど見つからない。

 今日、報道番組「ウヴァガ[注意・注目]」の玉ネギさん(リシャルト・ツェブラ[ポーランド語のツェブラは玉ネギの意])が「プロ・プブリコ・ボノ(皆の幸福のために)」名誉賞を受賞したことが発表された。彼自身、この賞は「ウヴァガ」のスタッフ全員のために受け取ると言った。

 もっとましかと思っていたのに、今朝体重を量ったら84kgだった。体重計が壊れたのかと思ったが、どう量ってもそうなる。大きいお腹はヤダ!(4/11)

2005/04/13 03:04

e-mail報告:演出家の死、コンクラーヴェ

 [例の歌の歌詞をシバタがウェブで検索して見つけたので] 歌詞を見つけたならハニャを煩わせる必要はないや。

 昨日、優れたポーランド人演出家、イェジィ・グジェゴジェフスキが66歳で亡くなった。しばらくの間、クラクフのスターリ劇場で仕事をしていたことがある。本物の演劇人だった。

 1週間後にコンクラーヴェ、新しい教皇の選挙がある。もしもシラナギ・セイイチ枢機卿が教皇になったら、ちょっと楽しいんだけどな、ヒヒ。2人の日本人枢機卿が候補に入っているのだ。

 [ニューヨークの]Mからメールが来た。いまはわりと楽な仕事で、年輩の男性のお世話をしている。つまり買い物や掃除、料理も少々、でも特別難しい要求はない。このおじさんがちょうどポーランドに出かけたところだという。ひょっとしたらうちに電話してくるかもしれない。(4/10)

2005/04/13 03:04

e-mail報告:歌詞、アルコール依存症

 「Dzien swira奇人の日」については間違いだった。というのも先週の日曜日、つまり4月3日の番組表を見ていたのだ。でもその日は承知のとおり、映画は一切なくなったから、いずれ近いうちに放映されると思う。そしたら録画する。

 歌詞についてはハニャが知っているかもと思ったが、むしろ4階に住んでいるヴィロボーヴァさんの方が知っているのではないか。彼女はかつてフィルハーモニーの合唱団で歌っていたから、いろんな歌集を持っているかもしれない。

 夜7時過ぎに友人Kが電話してきた。すっかり動転してどうしていいかわからない様子だった。だから復活祭前に俺が電話したときに同居人が出て、何も説明できなかったのだが、そのときすでに厄介なことになっていたのだ。つまり夫のZが残念ながら酒浸りになり、何を言っても聞かない。反応があるとすればきまって攻撃的。ときどき警察がうちまで彼を送ってくる。それはそれでいい。だってチャメルはロズリフキ通り(虎箱)に連れて行かれたんだから。Kは他に方法がなくて、裁判所に強制治療に関する書類を提出した。共産政権時代には裁判所は必要なくて、意地悪な妻か姑か地区委員がいれば十分だった。でも俺はそうした活動があまり成果を上げるとは思えない。なぜなら本人がそれを本当に望んでいなければならないからだ。けれどKは本当にほかの方法がなかった。Zが正気に返る可能性はある。逆の場合は逃げ出して飲むだろう。治療後も同じで、そうなるとKは最大の敵になってしまう。
 2人にとって大変残念なことだ。本当にいい友人たちなのに。俺が大酒を飲んでいたとき、2人は俺の面倒を見てくれた。俺は大酒のみを恥じた。彼らにまでこの不幸な悪癖が及ぼうとは思いもしなかった。
 俺はもちろん相変わらずアルコール依存症患者、ただし「訓練された」患者だ。正確に自分の病気を自覚しているし、結果もわかっている。そして「ストップ」と言える。この病気にかかっている人は、生涯1滴も飲まなかったとしても、つねにアルコール依存症患者である。なぜならこれは最初の1杯の病気だから。からだにほかならぬそうした化学成分があるというしかない。

 健康診断の結果が順調だったことをボスに電話して話した。試運転の件は電話待ちになっている。今度はたぶん別の車。(4/9)

2005/04/13 03:03

e-mail報告:勉強、葬儀、大統領、映画

 今日は地図でカジミェシュを勉強し、その後、自分でその地区の通りを描いてみた。次の試運転のときにストレスを感じないようにするため。明日ボスに電話する。

 ローマ法王の葬儀を見た。史上最大の葬儀だという。さまざまな宗教の200か国から王様や大統領や首相が参列した。ロシア人曰く、スターリンの葬儀のほうが大きかった。ハハハハ!

 この機会にクファシニェフスキ[大統領]とヴァウェンサ[ワレサ元大統領]さえ仲直りして、いっしょに葬儀へ向かった。だってヴァウェンサがクファシニェフスキに「私はあなたに手を差し出すことはできない、でも足なら出せる」と言って以来、互いに10年間、口を利かなかったのだ。またもや奇蹟。

 服喪の今週中は、ごく最近になってテレビで何本かの映画を放映したが、どれも大変政治的宗教的に正しいものだった。今日は例外的にオモシロイ、たくさん裸の出る(アマゾンの未開のインディアン)映画だった。そのかわりこの一週間、一つもコマーシャルを見なかった。なんて快適!(普段は一週間に30〜40本の映画が放映されている)。

 なるたけ早く純子さんのために例の歌の歌詞全体を手に入れようと思う。(4/8)

 マレク・コンドラト主演の映画「Dzien swira奇人の日」を録画しておこうか?(4/9)

2005/04/12 01:50

e-mail報告:不条理な規則、電気代

 規則がいかに不条理か話すのを忘れてた。俺は従業員として一定期間内に医師の診断書を上司に提出しなければならないが、上司、あるいは個人タクシー業者は単に健康診断を行う意志を自分で表明したものを監査されるだけ。だからこれだけ多くの老人たちがタクシーを運転していられるのだ。チャメルも将来自分の車を持てば、健康診断に関してはまったく放っておいてもらえる。アンジェイがドイツから900ユーロですばらしい車(やはりアウディ)を買ってきて以来、このことを考えている。アンジェイはこの車を売りたがっていた。この車で俺が唯一気に入らなかったのはAT車だということ。

 間違えて3月に6月分の電気代を払い込んでしまったので、今日3月分の督促状が来た。6月分のお金についてはひと言もない。あの馬鹿者どもはこれを単なる間違いだと推測して3月分に振り替えることができないのだろうか? これじゃこれから3月と5月分を二重に払わなくてはならない。6月は放っておいてくれると思うが。だって領収書があるんだから。(4/7)

2005/04/12 01:49

電話報告:ブウォニャ、歌、庭、ローマ

 テレビにブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地。ローマ法王の葬儀の中継映像を巨大モニターに映して追悼集会]が映ってる。ハニャ[妹]がいないかどうか見ている。ハニャは行かなきゃ気がすまない。俺は人混みは大嫌い!

(渕上純子さんから質問のあった「今日は帰れない」というポーランドのパルチザンの歌について)原題は「ジシ・ド・チェビェ・プシイシチ・ニェ・モーゲン」、大部分のポーランド人はこの歌を知っている。

 ローマ法王の前で日本の子どもたちが「森へ行きましょう」を歌っているところを見た。日本人は[ローマ法王の前では]あるいはピアノでショパンを弾く。

 庭のゴミを取った。シジュウカラのために残しておいた去年のヒマワリを抜いて捨てた。チューリップの球根から芽が出るかどうか確かめなくちゃ。

 ローマでは[教皇の葬儀に来る人を]400万人と予測していたが、実際には700万人来た。まだこれから最後の飛行機がローマに飛ぶ。でももうその人たちはヴァチカンにすら入れない。

 土曜日にボスに電話するつもり。健康診断は面倒だった。試運転、カジミェシュはごちゃごちゃしてて大変だった。(4/7)

2005/04/09 01:18

e-mail報告:ひと安心、ヴァチカン

 神経科の診断の前に、念のため、天国にいる教皇に助けてくれるようお願いした。教皇は助けてくださった。ドクターとの会話も役立ったかもしれない。実はドクターも俺の眼振を確認したのだが、あの大量の診断を命じた医師との協議後、彼らは俺にタクシーの仕事をする能力があることを認めた。ただし5年間ではなく3年間だったが。ついでに血糖値も調べてくれた。さしあたり糖尿病になる心配はない。糖尿病は俺の年齢では大変危険な病気だ。グテクはそのせいで両足を失った。その診療所へ3年後に定期検診に来るようにと言われた。もう俺のカルテがあるからどんな状態かはわかっているし、だれも面倒なことは言わない、ただ症状が悪化していないかどうか調べるだけだ。

 小さなもめ事だけでこらえておいてよかった。この恐ろしく面倒な診断をやり遂げて、女医さんとおしゃべりをして、どうなるか見てみようと決めたのだ。これでおしまいではない。あとまだ、いまいましい試運転といまいましい「バルバカン」のタクシーメーターとレジの講習がある。(4/6)

 ローマには500万人近くの巡礼者がいる。民間防衛隊はすでにヴァチカンへの通路を閉鎖した。教皇の遺体に別れを告げる順番待ちの場所がもういっぱいだなんてありえない。何万人もの人々がどんどんローマに流れ込んでいる。いちばん多いのがポーランド人だ。今日は聖堂参事会員たちが、教皇の遺書の翻訳に取り組んでいる。遺書は15ページに及び、教皇のすべての任期にわたりポーランド語で書かれている。明日遺書が公開されることになっている。全文ではないかもしれないが。

 今日診断のあとで、市電のルートが変更されているのを見て、フランチシュカンスカ通りで起こっていることを自分の目で見てみようと思い立った。実際、何万もの蝋燭がプランティ[旧市街を取り巻く緑地]に点っていて、車道や市電のレールは言うまでもなく、花々やさまざまな文字があふれ、ポーランド人に限らず大勢の人がいた。ウクライナの兵士たちさえ見かけた。抜け目ない商人たちは、墓地のそばにあるような蝋燭の売店を出して儲けている。もしも今日の診断結果がまずかったら、俺は問屋に蝋燭を買いに行って、あと3日間結構稼いでいたことだろう。ブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地]では金曜日に巨大なテレビスクリーンでヴァチカンからの葬儀中継を映す。

 明日の朝は週末みたいに買い物をしなくては。金曜はどこもかしこも閉店だから。土曜日に2、3時間でも店を開けてくれるのはありがたい。(4/6)

2005/04/09 01:17

e-mail報告:神経科、盆栽、教皇の葬儀

 明日のことを思うと落ち着かない。目をつぶって片足で立つ練習をしてみたがバランスを崩してしまう。彼らはわざと俺にからんでいるのだ。80歳のじいさんだってタクシーを運転しているけど、じいさんたちにそんな芸当をするよう命じる人がいないのは確実だからだ。こうした健康診断は5年間有効で、その後65歳までは2年ごと、65歳以降は毎年受けることになっている。次の試運転の予定を決めるようにとボスから電話があったが、一部始終を話して、明日の神経科の診断後に連絡することにした。鬼が出るか蛇が出るか。

 ボンサイは新しい葉が出て、新たな枝はしかるべく曲がっている。ドゲちゃん[サボテン]も葉を出した。部屋でストーブをたくのはやめた。

 教皇の葬儀は金曜日、もちろんその日は休日になって、ポーランドの半分がローマに向かう。一部はすでに電車、あるいは飛行機で出発した。PKP[ポーランド国鉄]は臨時列車を運行し、格安航空路線には臨時便が飛んでいる。金曜まで服喪で、テレビは黒一色。ローマでは約400万人の襲来を予期して、さまざまな団体宿泊所を用意している。ホテルなど望むべくもない。飲食店の昼食はすでに1.5ユーロ値上がりしている。(4/5)

2005/04/07 18:44

e-mail報告:健康診断、蝋燭、和解

 今日は健康診断に関連して、またしても悪夢とショックを体験した。最後のちょっとした手続きにすぎないと思っていたものは、苦しくて行く末不安なものだった。医者が俺の眼振に気付いたので、午後にもう一度、耳鼻咽喉科(内耳迷路)に行く羽目になった(拷問)。さらに神経科と眼科が待っている。一診断あたり55ズウォティ、4つともそれぞれ有料で、さらに悪いことにはひょっとしたらタクシーの運転は禁止ってことになるかもしれない。これだけの苦労と時間(ほぼ4か月)と緊張とお金(MPKの罰金も)は仕事のためだったのに、それが水の泡になるなんて。今日2回目の診断のあとでかかりつけのドクターのところに行ってみたが、ドクターは運転手の権限を与えることができる知り合いの医者(そういう医者が俺の仕事の能力を認めてサインをする必要がある)はいないと言った。さしあたり気が狂わないように努めている。いつ神経科に行くべきか電話してくることになっている。問題はチャメルが目をつぶったまま片足で立つことができないということ。医者はそこにからんできて、そこから面倒が始まった。耳鼻咽喉科では一見OKだったが、カルテには「神経科の診断が必要」と書かれた。酔っぱらいたい気分だったが自制した。

 途中、市電から、スタロヴィシルナ通りのアイスクリーム屋にもう行列ができているのが見えた。気温15度だから。フランチシュカンスカ通りは市電も車も通れない。数千個の蝋燭が点され、群衆で混雑しているため。ブウォニャ[クラクフ市内の広大な草地]にはもっとたくさん。夕方テレビで、教皇との集いが催されたあのブウォニャに点った、数万、ひょっとすると数百万の明かりを、光の海を見た。学生たちは学生寮の壁一面に、明るい窓が巨大な十字架を作るように、部屋の明かりをつけた。

 今日はスタジアムで、教皇のお気に入りのサッカーチーム「クラコヴィア」のサポーターと、これまでその最大の敵であった「ヴィスワ」のサポーター1万人が共同ミサに参加し、教皇の教えが遅れずに実行されるようにと和解した。クラクフのサポーターたちと(文字通り)生死をかけて戦ってきた他の国内チームのサポーターもやってきて和解に加わった。これまでは想像もできなかったことだ。なにしろここじゃ集落全体が「ヴィスワ側」か「ユダヤ側」に分かれて、流血事件がたびたび起こり、ときおり死者も出ていた。憎しみは父から息子へ伝えられ、何十年間も変化の見込みはなかったのだ。テレビでこれを見て自分の目が信じられなかった。教皇はもう死後の奇蹟を行っている。サポーターらの母親や彼女たちが喜んでいるところも見た。2人の司祭がグラウンドで聖餅を分け与え、スタンドではみんなが和平の歌を歌った。奇蹟だ。(4/4)

2005/04/07 18:43

e-mail報告:ヨハネ・パウロ二世の死

 今日正午には通常の時報ラッパではなく、哀悼の曲「母の涙」がトランペット2本で(おそらく)演奏された。大きなミサで泣いている日本人たちを見た。香港のある中国人女性はかなり具体的にこう言っていた。「このポーランド出身の教皇のように良い人はもう二度と出ないでしょう」ヨハネ・パウロ二世がどこの出身かと考える人は世界にはわりと少ない。ブッシュも特別な声明を出して、クラクフ出身の一ポーランド人の人類に対する貢献を指摘した。一方、モスクワ正教会は卑劣な行動をとっている。モスクワ正教会は長年、教皇をロシア国内に入れようとしなかったくせに、いまになって、教皇の死後、ヴァチカンとの関係が正常化するかもしれないと言っている。共産主義国キューバでさえ、教皇は全人類(キューバと読まれたし)の友人だった、と政府(フィデルと読まれたし)が発表し、国は3日間の喪に服することにした。さまざまな宗教的「大騒ぎ」の肯定については言うまでもない。

 ポーランド国内での公式の服喪はおそらく葬儀(木曜金曜)まで。あらゆるチャンネルがヴァチカンやローマからの中継、あるいはどこかの教会から、あるいはヴァドヴィツェ[教皇の故郷]やフランチシュカンスカ通りからの中継、あるいは数多くの故国への巡礼の模様からの再放送なのでぞっとする。いちばんいいのはこれまで見たことがないドキュメンタリー番組や、たとえばタイ、アフリカ、ブラジルなどの旅の報告。そこでは民俗学的な内容もあった。タイ王宮での私的な会談があったので、国王の妻(たぶん)の容貌や王宮のしきたりを見ることができた。王妃(?)は別のテーブルに着いていた。ひょっとして愛人だからか?

 陰鬱な印象を高めているのが各テレビ局のロゴ。通常はカラーか白なのに、いまは黒一色。でも司会者たちはもう陰気な声でしゃべるのをやめ、教皇の人生からさまざまなユーモラスなエピソードを話し始めている。スペインの若者たちが陽気に演奏したり歌ったりしているところも紹介された。彼らはこうして教皇を追悼しているのだ。「もう十分に苦労して働いてくださった。いまはもっと良い世界で休んでいらっしゃる。もっとも聖職者たちも似たような意見だ。だってこれは信仰の教理じゃないか」(4/3)

2005/04/07 18:43

e-mail報告:試運転

 試運転から戻ったところ、いま13:20。10:00からうちのすぐそばから走った。ボスたちは最初にカジミェシュ[クラクフの一地区]を選んだ。悪夢だった。彼らは乗客役で、しょっちゅう通りの名を言い、わかってはいるのだが、あのヤクバ、ユゼファ、ヴァルシャウエラ、ヴォンスキェ、シェロキェ、クパ、ピェカルスキェ、スカウェチネ、ラビナ、マイゼルサ、ベルカ・ヨセレヴィチャ等々の通りはまぎらわしいし、そのうえ一方通行があって、それも一部だったり全然入れなかったりする。それからズヴィェジニェツ地区、ナ・スタヴァフ広場周辺の道も同様。

 他のもっと広々した地区ではもうちょっとまともだった。旧市街について言えば、中央広場とプランティの区域ではまったく問題なし。これは当然、だって俺の縄張りだから。この辺り一帯では教皇の死後、教皇が滞在したことのあるフランチシュカンスカなどの教会に群衆が押し寄せている。でなければボスたちはもっと長い間俺をいじめていただろう。おかげで3時間半後に解放してくれた。ボスたち自身も渋滞はもうたくさんだったのだ。渋滞にあわずに走れるようにわざわざ日曜日を選んだのに。

 あと一週間苦労は続く。背後から人に指図されたりあら探しされたりするのは耐えがたく、それこそ悪夢だ。初めての車でずっと緊張していた。車は銀色ではなく、赤いアウディ80。もしエステルカが開いてたらビールを飲みに行ってただろう。まずそこに寄って(ファソルカの鍋を持って帰りたかったので)それから帰宅した。うちでトイレに寄ってからザフチャンカに行くつもりだったが、おしっこしたらその気がなくなったので、すぐにメールを書くことにした。いまはもう落ち着いて、ビールではなく、紅茶と昼食(スープ)のことを考えている。(4/3)

2005/04/04 02:09

e-mail報告:故障、教皇死去、健康診断

 コンプが不意に故障、メールの送受信ができなくなり、2日間インターネットが見られなかった。今朝の俺の置き手紙を見て、アマチュアのヴィテクが来て、必要なことはやってくれた。食器棚の修理のあと2日間は、掃除やら、照明と換気扇の取り付けやら、洗濯やら、やることがたくさんあった。もう気分は悪くない。明日10時に試運転がある。

 昨日書きたかったのは、教皇が私たちのもとを去ろうとしているということ。一晩中、大変容態が悪いという報道で、俺は寝るとき、明日になったら彼はもういないだろうと思った。でも今日も一日中報道していて希望があったが、21:37に亡くなった。ずっとつらい感じで、テレビ番組が何もないことにも腹は立たなかった。彼のためにカトリック教徒、プロテスタント、正教徒が祈り、またイスラム教徒とユダヤ教徒も祈った。カトリック教徒(国内に約百万人いる)が迫害されている中国でさえ、政府は追悼ミサを許可した。いまズィグムントの鐘(クラクフのヴァヴェル城の大聖堂にあるいちばん大きな鐘)が鳴っている。全世界が彼を愛した。無信仰者でさえ彼のなかに偉大な人物を見ていた。

 月曜日にあと健康診断を受けなければならない。水曜日は「バルバカン」(タクシー無線会社)でタクシーメーターとレジの使い方のばかげた強請まがいの講習。まあ明日のアウディの運転がどうなるかだな。(4/2)

2005/04/04 02:09

電話報告:心理テスト、四月馬鹿、運転手

 食器棚の修理は1日では終わらず2日間続いた。うちの中はしっちゃかめっちゃか、少しずつ片付けている。昨日はコンピューターをオンにする気力がなくてメールを書かなかった。もう一つの試験である心理テストに受からなかった。心理テストと技能テストに3時間もかかって疲労困憊。視力が悪いし、柱をすばやく並べるのがうまくできなかった。

 うちにオカマが来ていっしょに寝ようと言っているけどどうしよう? 追い出さないといけないか? 四月馬鹿!! オカマなんていないよ! チャメルは心理テストも受かった。目は良くなかったが、その他の得点はとてもよかった。その日のうちに健康診断にも行くつもりでいたけど、3時間のテストで疲れ果てたので115番のバスで帰って寝た。医者の名刺をよく見たら金曜は休みで、月曜から木曜までしか開いていない。医者には月曜日に行く。明日は郵便局に行って公共料金の支払いをして、ボグシに写真を返してもらう。食器棚の照明を取り付ける(修理のために取り外したので)。

 インターネットの接続料に22パーセントの付加価値税がつくことになった。EUの言うことを聞いてそうなった。こんな高い税率をすぐに受け入れることはなかった。低い税率から始めて段階的に引き上げるようにすればよかったのに。

 火曜日にボスが電話してきたので、食器棚の修理をしているから家を開けられないと答えた。実際にトンカントンカンやってるのが聞こえたからよかった。二日酔いで運転できる状態ではなかったので。タクシー運転手は比較的穏やかな仕事だと思う。たまに酔っぱらいとか面倒な客が乗ってくることはあるけど。料金を払おうとしない奴とか。そういうときでも客を殴ってはいけない。毎年1、2件だが、運転手が殺されて、車と売上金が奪われる事件がある。たいていは若者がいい車に乗りたくて年寄りの運転手を狙う。このあいだも2人のガキが老運転手を殺すという事件があった。(3/31)

2005/04/01 03:46

e-mail報告:食器棚の修理、初日から欠勤

 レシェクは来たけど食器棚の修理は何もしなかった。火曜日に直すことになっている。どうなるかわからない。だって火曜日に俺はタクシーのボスと会って、いっしょに町なかを試運転する予定なのだ。車を引き渡してくれることにもなっている。今後俺はそいつを運転して、そいつと自分の食い扶持を稼ぐのだ。また健康診断と、タクシーメーターとレジの使い方の闇講習や、さらに多くの手続きやらなにやらが待っている。まったく我らが愛する国ときたら…。またもやうんざりだ。にもかかわらず、わずかながら楽観的でいる。(3/25)

 体の調子以外はすべて順調。でも必ず元気になる。ただしそれには少々時間が必要だ。あらゆる逆風をものともせず、いつものようにチャメルは4本足でしっかり立つ。われわれが大好きな猫のように!!!(3/27)

 今日は二つの理由から仕事に行かなかった。一つには少々体の調子が悪いこと、二つめは、ついにレシェクが壁から落っこちかけた食器棚の修理に来てくれて、ずっと働いているから。どれほどの作業になるのかわからなかった。今日中にタクシーのボスに電話して謝っておく。あと二日もすれば元気になって、何もかも違ったふうになるだろう。いま家の中はしっちゃかめっちゃかだ。たくさんのゴミを掃除しなければならないだろう。(3/29)

2005/03/27 03:45

電話報告:試験合格、復活祭、写真展

 レシェクは来たが食器棚は直さなかった。火曜日に直すという。

 チャメルは試験に合格した。日曜日は[復活祭なので]バシュトーヴァ[妹のうち]に行く。ご馳走を出されてもあまり食べられないけど[深酒のあとなので]、うちでじっとしているよりやることがあるほうがいい。月曜日[復活祭の休日]はうちで録画した映画などを見て過ごすつもり。休み明けの火曜日にタクシー会社のボスのところに行って仮運転を始める。

 タクシーメーターとレジの使い方の講習に500ズウォティ近く、健康診断に120ズウォティかかる。タクシーメーターの講習は搾取だ。こんなの10分もあれば覚えられる。でもこれを受けないと「バルバカン」の無線が受けられない。無線が受けられないとタクシー乗り場でいつまでも待っていることになる。いずれ新聞に電話して、こんな講習は不当だと訴えるつもり。

 写真展のタイトルを考えた。「シャイブスという人がいた…(追悼ズビシェク・フィヤウコフスキ)」きっとみんなが興味を持つに違いない。(3/25)

2005/03/27 03:45

e-mail報告:合否、食器棚

 今日はいらいらしてまた深酒をしてしまった。明日の朝ようやく、あのいまいましい試験に合格したのか不合格だったのかを知ることができる。アホらしい質問で人をたたきのめすだけでは済まず、さらに3日間もどっちかわからぬ宙ぶらりんにしておく。こんなのはもうたくさんだ!!! でもやはりこの道を行かなくちゃならない。すでに12月に自分で選んだ道なのだから。

 今日レシェク・Kが復活祭のお祝いの電話をくれた。俺は頭の上に落っこちかけている食器棚のことを彼に思い出させた。朝からうちに来て直してくれることになっている。(3/24)

 もうすぐここにレシェクが来て食器棚を直してくれる。そのあと車で役所まで送ってくれることになっている。そこで試験に合格したかどうかがわかる。(3/25)

2005/03/27 03:44

e-mail報告:カナダ、ホテル、地名、不運

 昨日コンプのバカが俺の長くてかなりいい手紙を削除してしまったのを思い出しながら、朝になってまた書いている。カナダのズビシェク・フロルコフから、復活祭のカードを受け取ったと電話があった。かなり長いことしゃべった。カードには俺のメールアドレスを書いておいたのだが、彼は現在、節約のためインターネットがないのだそうだ。にもかかわらず俺にカナダに来て欲しがっていた。でもいまはそんな旅行をしている時じゃない。人生の重要な問題で頭がいっぱい、これを最後までやりとげなければ。

 やはり同じボスの下で働くことになっている人から聞いたのだが、きれいな銀色のアウディが俺を待っているそうだ。この男は俺よりずっと知識が少ないにもかかわらず、1回めのトライで試験に合格したので、彼も他の受験者の多くも俺の不運に驚いている。が、俺はもう驚かない(!!!)。104軒のホテルを暗記したのに、試験ではホテル・リストに載っていなかった105番目のホテルに関する質問が出るなんて、まったくツイてないというほかない。でもそれには正答できた。というのも、いつだったかどこかでその名前、ホテル「シティ」ガヨヴァ通り、を見たことがあったのだ。それがどこだかも知らないが、答えは合っていた。

 いっぽう、シフィテジャンキ、シェドレツキエゴ、リブロフシチズナという通りの名には相当手こずった。リブロフシチズナ通りはミハリクのうちのそばだと知っていたけど、質問の表現がひどくわかりにくくて、どこだかわかっていながら間違った答えを書いてしまった。地名の問いで、許される誤り4つの範囲以内に収まったかどうか明日判明する。法規と法律の問いに関してはまったく心配ない。誤答が3つ以内ならOKのところ、1問も間違えなかった(たぶん)。

 俺は激怒しているし、ボスたちはびっくりだ。あんな馬鹿者どもが1度めに受かって、俺はこれだけ知識があっても受からないとは。でも彼らは知らないのだ。俺の恐ろしくいまいましい不運を!!! でもツイていないことをあまり嘆きたくはない。運命はときには俺にやさしいこともあったから。(3/24)

 「シャイブス」写真展のアイデアはすばらしいと思う!!! 実現させなくては。そのための絶好の写真があるじゃないか。多くの人が興味を持つことだろう。このやり方で俺たちはなんとかズビシェクの追悼ができると思う。(3/24)

2005/03/24 04:07

e-mail報告:試験問題、シャイブスの演目

 試験に行ってきた。結果がどうでるかはよくわからない。テスト問題一揃いがくじ引きされたとき、みんなの肩と耳ががっくり下がった。答えを見つけるのが難しい問題ばかりだった。一度も聞いたことがない通りの名、だれも行ったことがないホテル、聞いたこともない飲食店など。多くの答えを山勘で書いた。他の人たちもそうした。そのうえ俺たちはいくつかの問いは無意味だと証明することだってできるが、そしたら負けになるだろう。でももしかしたら、いくつか間違いはあっても合格だと金曜日に判明するかも…。試験が終わってから「ザフチャンカ」と「エステルカ」で飲んだ。(3/22)

 いま11:20で、うちにチャペク(ユゼク)が来ている。ズビシ・シャイブスの話をしてみたが、ユゼクも埋葬場所についてははっきりわからない。やはりサルヴァトルかバトヴィツェだという。いまシャイブスに関連したおもしろい出来事を話してくれている。シャイブスがいなくなっても、彼の「演目」で俺らが笑えば、我らがシャイブスはきっと満足だろう。

 まだ共産主義時代のこと、酔っぱらって(おそらく中央広場で)自転車に乗っていたシャイブスを警察がつかまえた。その結果はもちろん評議会で、ズビシに罰金と「一跡車輌」、すなわち自転車またはバイク(自動車は法律によれば二跡車輌)の運転禁止が言い渡された。それから2、3日後、ふたたび中央広場で自転車に乗ったズビシェクをつかまえた。警察官たちは彼が自転車運転禁止になっていることを知っているので、そのことで彼を責める。シャイブスはそのとき素面で、そのうえ自転車には子供用の補助輪が付いていたから、もう「一跡車輌」ではなく珍しい「三跡車輌」。バカな共産主義警察官たちは罰金をどうしていいかわからなかった。もちろんズビシは彼らを嗤ったが、彼らは何もできなかった。それから彼は中央広場じゅうを歩き回り、アイエルコニャックをちびちびやりながら彼らを嘲笑した。

 俺は、身分証明書を書き写されているときの彼の言いぐさを思い出した。警察官たちはある瞬間こう言う。「じゃ行こうか(警察署に)」シャイブスはそれに答えて「じゃあ行きな!」

 なぜ昨日深酒したのかについて。試験のストレスはそれとして、本当に激怒したのは、試験のあとうちまで車で送ってくれた友人から聞いたのだが、その「バルバカン」で運転するには、さらにタクシーメーターとレジの使い方の講習を受けることが必須で(そんなことはタクシー会社のボスがやって見せれば10分間ですむ)、それには500ズウォティもかかるというのだ!!! 失業者からどれだけ金をむしり取れば気がすむのか?!! この件に関しては「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙に電話するつもりだ。でもそうするのは、彼らがそれだけの金を俺から取ろうとしていることがはっきりわかってからだ。(3/23)

2005/03/23 02:20

e-mail報告:マウス、キー配置、ヴィテク

 プシェメクが来て少しシステムを直してくれたが、このマウスはWindows95に合っていないか壊れていると言う。俺はもうテスコまで行ってマウスを交換してくれと言い立てる気力がない。明日プシェメクがロベルトといっしょにコンピューター市場に行くので、そこで買ってきてくれるようプシェメクに20ズウォティ渡した。いまはキーと文字に手を焼いている。これを直さなければ。(3/19付け、3/21着)

 あいにくプシェメクはキー配置をそのままにしていったので、ポーランド文字が出ないし、YとZが逆だ。e(エン)a(オン)は括弧のところにあることがいまわかった。このe-mailをうまく送れるかどうかもわからない。(3/19付け、3/21着)

 送れない。(3/20付け、3/21着)

 ようやく正常にメールを書いて送ることができる。夕方ヴィテクが来て、すぐにキーボードを直してくれた。それから苦労して、メール送信ができるようにした。ヴィテクはお礼を受け取ろうとしなかったので、せめて「カーソルが踊る」マウスをあげた。それも受け取りたがらなかったけど。彼のコンピューターは他のヴァージョンなので踊ることはないし、だれかへのプレゼントにしてもいい。

 明日の試験に少々気をもんでいるが、同時に自分は何かができるという意識もある。でもやはり、自分は不運につきまとわれているという考えに悩まされている。とはいえ俺につきまとってどこへ追いやるつもりなのか?(3/21)

2005/03/20 02:20

e-mail報告:プラツキ、フィグラ、墓地

 教えてもらった新聞のページに入れなかったので腹が立っている。もう一度やってみるが、コンプがフリーズするんじゃないかと心配だ。前にやってみたときそうなったので、あきらめてすぐにリセットした。

 プラツキのあとの胸やけはもうおさまったから、明日はまたトマト・ピューレをつけて少し食べよう。

 M・コテルスキ監督のコメディ「アイラビュー」を録画している。この映画で女優のK・フィグラは何かの賞をもらった。明日フィグラのその役を見てみる(彼女のことはあまり好きではないが)。

 ときおり雨が窓ガラスを打つ音が聞こえる。雨はいいのかも。雪山が早く消えるだろう。(3/17)

 今朝掃除のあとに非常に苦労してシャイブスに関するページに入ることができた。W・ベレシは彼をよく知っていたんだな。埋葬された場所が知りたくて、読者のコメントを見ようとしたら、またしても一瞬のうちに消えてしまった。わかったのは、ピヴニツァ・ポド・バラナーミ[シャイブスがよく出入りしていた店]にズビシ(シャイブス)の葬儀費用のための募金箱が置かれたということだけだ。(3/18)

[新聞読者の書き込みによると、シャイブスが埋葬されたのはサルヴァトル墓地かバトヴィツキ墓地のどちらかのようだ。]

 両親の墓参のときに、ズビシェク(シャイブス)もあそこに横たわっているかどうか調べてみよう。もしあそこでなければサルヴァトル墓地だ。それより前に埋葬場所がわかることもありうる。いずれにせよ彼の墓参りに行ってロウソクをともそう。

 いくつかの県では急に暖かくなったせいで洪水になった。このあたりはさしあたって乾いている。明日からまた寒波で−3℃になるという。でも少しの間だ。(3/18)

2005/03/19 02:54

電話報告:踏切事故、名の日、シャイブス

 今朝は10℃、昼間は15℃だったので、庭の雪も消えてきた。昼食においしいプラツキ・ジェムニャチャーネ[ジャガイモをすりおろして焼いたお好み焼きのような料理]を作って食べたが胃が重い。夕食はパン。

 スクールバスが踏切で列車と衝突し、運転手と生徒2人が死亡。踏切には遮断機がなかった。遮断機のない踏切はポーランド全国に18000か所もある。予算不足のためだそうだ。

 ズビグニェフの名の日なので友人のズビグニェフ・Pに電話してみたら[ポーランドでは「名の日」を誕生日と同じかそれ以上にお祝いします]、知らない女の人が出て、「彼はいません」と東のアクセントで言った。だれだったんだろう?

 午前中M.K.から電話があり、フィヤウコフスキ(シャイブス)が首つり自殺したという。もう10日ほど前に葬儀があったそうだが、どこの墓地かは知らなかった。もうすぐユゼフの名の日だから、Cに電話するついでに、シャイブスのことを何か知っているかどうか聞いてみる。もしかしたら単なる噂だけかもしれないし。

 月曜日は最後の講習会に行き、火曜日の夕方試験。(3/17)

[この電話のあと、シバタがネットで検索してみると「シャイブス死去」という見出しの2月16日付け新聞記事が見つかった。
http://miasta.gazeta.pl/krakow/1,53181,2556683.html]

2005/03/19 02:53

e-mail報告:道端の雪山

 今日は2つの模擬テストで首尾よく合格したが、今度の試験は怖い。

 だんだん暖かくなり(土曜日は冷えるというが)歩道や通りは乾いてきたが、道端や隅には固くなった汚い雪が大きな山になっている。これからまだ長いことそのままあって、寒さを思い出させることだろう。(3/16)

2005/03/17 01:34

e-mail報告:新マウス購入、映画4本

 [最新作の]この竜は斜視ではなく、カメレオンの目を持っているので、いろんな方向を見ることができる。

 このメールを書くことができるのは新しいマウスを買ったから。夜中に裸の女たちを見ていたときマウスが全然言うことを聞かなくなり(罰?)何もできなくなった。今朝、電話でヴォイテクに相談してからテスコ[大型スーパー]に行ってマウスを買った。もちろんピーナツ・バターや他の食べ物(たとえばツナ)も買って帰った。ようやくストレスなしにマウスを使っている。あとシステムも修復しよう。

 昨日録画した映画「Mary Reilly」を見た。出演はジョン・マルコヴィッチとジュリア・ロバーツ(げっ)、でも彼女はストーリー上は重要な、親切なメイドの役だ。ジキル博士とハイド氏の話なのだが、原作とは違っていた。

 もう1本はイラン・フランス合作「風が僕らを吹きはらう」(アッバス・キアロスタミ監督)。平凡な村の平凡な人々のところにテレビの撮影班がやってくる。彼らはその土地に住むある老女の葬儀のルポルタージュを撮りたいと思っているのだが、老女はなかなか死なず、だんだん元気になってくる。ラストは明日見るつもり。

 いまはメキシコのアレハンドロ・ゴンザレス・イナミト監督のデビュー作のオモシロイエイガ「Amores Perros」を明日のために録画している。

 今日はうちの北側の温度計で7.5℃の暖かさだった。テレビでは5℃となっていたけど。(3/14)

 新しいマウスはどこかおかしい。じっと動かさずにいても、カーソルがモニター中を飛び回る。プシェメクにどうなってるのか調べてくれというメールを送った。マウスを交換してもらいに行ってもよかったけど、ひょっとしたらマウスのせいではなく、コンピューターとシステムのせいかもしれない。(3/15)

 メキシコの監督のデビュー作は予想外に良かった。監督の名はイナミトではなくて、イナリトゥ。いまロマン・ポランスキ監督の「第九の門」の終わりの部分を録画しているところ。サタンやら何やらに関する話は好きではないので、この映画も見るつもりではなかったのだが、やっぱりポランスキはポランスキだ。けれどとくにすばらしいわけではなかった。それでも一応終わりまで見たい。(3/15)

2005/03/15 02:09

e-mail報告:マウス、ガレリアKの疑惑

 ひそかに日曜日にプシェメクの訪問をあてにしていたのだが、あてがはずれたので不満。そのうえマウスをコンプに認識させて動かすまでに1時間も格闘した。結局、3回リセットして、デスクトップを2回スキャンしてからようやく動いた。やっぱり明日新しいマウスを買いに行こうかなあ。

 「ガレリア・カジミェシュ」[ショッピング・センター]はもうできあがって3月16日に公式オープン。同時に市議会議員たちが建物が合法かどうかを検討することになっている。そこには150の店舗と、レストラン、各種サービス、巨大な映画館が入っているが、予定されていた住居、ホテル、オフィスが入っていないのだ。考える時間はあったはずなのに、なんで今頃になって思案するのか?

 予報では火曜日から暖かくなって(水曜日は+14℃の予報)雪が解けるが、土曜日にはふたたび寒波だという。俺はもうこのお天気のパラノイアにはいらいらして我慢ならない。(3/13)

2005/03/15 02:09

e-mail報告:コウノトリ、雪崩、ペリカン

 システム改築はしなかった。プシェメクがドアをノックして翌日来ると約束すると、俺は彼のためにビールを買って待っているが、そういうときに限って彼は現れないのがつねだ。そんなわけで腹が立っている。彼にはメールで感謝申し上げた。

 春がそろそろ近付いている。ポーランドに向かって飛んでいるコウノトリの群れは現在、近東辺りにいるという報告があった。さしあたり俺は今朝、狂ったような吹雪を見て罵声をあげた。今朝は+1℃、その後+5℃になってびちゃびちゃ。

 ザコパネの近く(ミツキェヴィチの滝)のハイキング・コースで、おととい危険な雪崩があった。早朝だったのでだれもいなかったのが幸いだった。ここはモルスキェ・オコ湖に向かう道で、多くの観光客が通るところだからだ。

 ペリカンちゃん[電気ポット]は昨日5か月を迎えた。だがあまり活動的ではない。お湯を沸かすことしかしていない。(3/12)

2005/03/12 22:29

e-mail報告:復活祭、東京大空襲、スープ

 明日はみぞれ、+1℃の予報。これでは風邪を引きやすいので寒波の方がまし。(3/10)

 メールを書いたら今日プシェメクが来て、明日システムを作り直すことにしようと言った。

 近所の店が売り場を拡張してから初めて行ってみた。その売り場には入らなかったが、遠くから見たところではタベモノはなくて、化粧品と日用品だけだった。

 昨日、復活祭のカードを買って、今日2枚書いた。1週間後には出さなきゃ。

 今日の新聞で1945年の炎上する東京のショッキングな写真を見た。原爆の悲劇のせいで、それより前の300機のB29による東京大空襲のことを覚えている人はヨーロッパでは数少ない。

 昨日は冷凍野菜でスープを作った。おいしくできた。明日プシェメクにごちそうできる。(3/11)

2005/03/12 22:28

電話報告:クファス、厚底ブーツ、イラク

 クファス[クファシニェフスキ大統領]が政治活動に関する国会調査委員会の調査を拒否した。今度選挙があったら、クファスにはもう投票しない。前回のときは他にまともな候補者がいなかったので彼に投票したけど。

 郵便局のボグシに日本の写真を見せたら大変気に入った。夏なのに女の子が厚底ブーツを履いているのを不思議がっていたので、そういうのが当時流行っていたのだと説明してあげた。

 イラク復興事業に携わるポーランドの企業が賄賂を受け取ったことが問題になっている。

 このままパソコンの調子が悪ければ、またプシェメクにメールを書いて来てもらおう。(3/10)

2005/03/11 02:48

e-mail報告:キヨスク、モスクワ訪問

 プシェメクが今日来てPCを直してくれた。午後は少々の例外を除けばすべてうまく動いていたが、いま夜中になってまたもや調子がよくない。プシェメクが来ていたとき、ひどい吹雪だった。明日は線路の向こう側へ行けるかどうかわからない。財布を忘れて郵便局のボグシに借りた40ズウォティを返さなければならないのだが。

 それに今日はあちらのキヨスクに行く用事があった。というのも月曜日にあそこでライター用のガスボンベを買ったのだが、中身が半分しか入っていなかったからだ。いつものごとく他でもない俺にそういうボンベが当たるはめになっていたのだ。ボンベは交換してくれたが少々気を悪くしたようだった。あたかも俺が彼らから1.50ズウォティせしめたがったかのように(ボンベの値段は3ズウォティ)。

 クファシニェフスキ大統領は5月に、対ナチス戦勝60周年記念のためモスクワを訪問する予定。そのせいでもめている。リトアニアとエストニアの大統領が訪問を拒否したものだから、疑問視する声が余計に大きくなった。なにしろ我々はあのとき、あの隷属が終わったと思ったら、今度はほぼ半世紀に及ぶ次の隷属に陥ってしまったのだ。そしてバルト三国はソ連邦共和国にされてしまった。クファス[クファシニェフスキ]はいつだってロシアのご機嫌取りをするのが好きで、モスクワではいい気分でいる。エリツィン時代は違ったけれど、プーチン時代には恥をかかされる可能性もある。もしクワシニェフスキが恥をかけば、それはポーランド人全員が恥をかくのと同じことだ。政治的価値を犠牲にしてもクファスは行かない方がいいと思う。(3/9)

2005/03/11 02:49

e-mail報告:模擬テスト、チェチェン

 今日は講習会に行った。また模擬テストがあって、また良くできた。でも今回はそれで自己暗示をかけないようにして、番狂わせがないようさらに勉強している。講習会にはプワシュフの知り合いラファウ(エステルカ)の他に若い人が通ってきていて、彼も俺と同じボスのところで運転することになっている。

 反吐の出そうなピエロギの残り半分を食べた。今日焼き直したらそれほどまずくはなかった。カリカリに焼いたパン粉をふってみた。明日は何かスープにしようかな。

 夕方のニュースでチェチェンの元大統領アスラン・マスハードフの死を伝えていた。ロシアの特殊部隊が殺したのだ。ロシア人たちは殺すつもりはなかったと主張しているが、そんなの真っ赤な嘘だ。もしそうだとしても、彼らの行動はいつも、自国民の救出でさえ(モスクワのノルト・オスト劇場、ビェスランの学校占拠事件)不必要な犠牲者を出している。やつらは感情のない無慈悲な屠殺人なのだ。マスハードフは穏健派で和平を望んでいた。残ったのは恨みだけ。いまやバサーイェフが指導者になるかもしれないとあってはなおさらだ。そうなればテロリズムの高まりと和平のチャンスの終わりを意味する。

 夜間は相変わらず大雪が降るというが、春はもう間近。(3/8)

2005/03/09 02:03

e-mail報告:PC不調、コッポラ、ピエロギ

 エステルカの新しい電話番号が見つからなかったが、あそこまで行く気にはならなかった。いまとなっては行かなかったことを後悔している。というのもまたもやコンプ[パソコンのこと]が狂っているからだ。明日か、遅くとも火曜日の講習の帰りに寄ってみよう。もしプシェメクがいなくても、少なくとも店の電話番号を訊くことはできる。(3/5)

 今年の春は暦通り、つまり3月21日以降にやって来るとテレビで言っている。これにはまったく腹が立つ。本当にもう寒さはたくさんだ。コンプが狂っているので、このへんで終わりにする。そのうえここ2、3日マウスがおかしい。おそらく新しいのを買わなきゃいけないだろう。カーソルが突然どこかに行ってしまって、勝手なところを動かしてしまう。マウスを机の上ですばやく動かしたり、揺すったりすると、しばらくは落ち着く。

 少し勉強した。すでに104軒のホテルの場所は覚えた。それでも全部ではなくて、リストに載っているものだけだが。(3/6)

 ポーランド全土が完全に雪に降り込められ、道路関係者たちはまたもや「冬の攻撃」にびっくり。明日の朝、どうやってうちの村を通って講習会にたどり着けばいいのかわからない。いま夜中になってまた降っているのだ。

 フランシス・コッポラの「地獄の黙示録」を昨日録画して今日見た。以前、映画館で1979年版をたしか1981年に見たことがある。当時、共産主義者たちはこの映画を、ベトナム戦争に否定的な映画として、いちはやく輸入した。今回テレビ放映されたのは1979-2001年バージョンで、当時場所と時間が足りずにカットされていた部分が加えられ、1時間ほど長くなっている。この付け足し部分は映画に新しいことを何ももたらしてはいないかもしれないが、24年前よりも今回の方が映画の意味はよくわかった。批評家たちが言いたがるように、コンラッドの「闇の奥」の反響にも気付いた。間違いなく反戦の意味だ。

 まただまされた。昼食用においしそうに見えた冷凍食品「キノコとキャベツの手作りピエロギ」を買ったら、キャベツが塩漬け発酵キャベツ[ザウアークラウト]だった。もしこのメーカーの人たちが家でこういうピエロギを作って食べているとしたら、俺は同情することはできるけど、お願いだからこんなまずいものにご立派な名前をつけて他人に食えと命じるなよ!!!

 今日はエヴァ・ズジズガの「会話進行中」新シリーズ第1回「どうして年上がいいの?」があった。同年代の男よりも、ずっと年上のパートナーを好む女性に関する話。(3/7)

2005/03/07 02:18

e-mail報告:猿、ソーセージ、勉強、大雪

 あの津波のあとで見つかって、9組の親がうちの子だと争った子どもをテレビで見た。その男の子は両親とともにABCテレビの招きでアメリカに行き、5つ星ホテルに滞在していて、無期限のビザを持っている。アメリカに残って新たな生活を始めることもできる。

 テレビでは裁判所に現れたノロジカに関連して、最近山からサルたちが降りてきて食べ物を盗む代わりに年輩の女性たちの足をかじったという日本の村も紹介された。足はかなりひどくかじられていた。(3/3)

 またベクシンスキに関する番組があった。彼もカンバスにではなく、ハードボード(合板の一種)に描いていたことがわかった。これも俺と似ている。俺はボール紙だけど。彼は2度カンバスに描こうとしたが、その2枚の絵はすぐに燃やしてしまったと言っていた。

 月曜日から再放送が終わって、エヴァ・ズジズガが出産後「ロズモヴァ・フ・トク(会話進行中)」の新シリーズでTVNに戻ってくる。彼女を見たけど、ちょっと変わって、ワイルドな髪型をしていた。

 ここ2、3日、玉ネギといっしょに焼いた白ソーセージを食べていた。付け合わせにビートの生クリーム和えを作り、緑トマトのサラダを買った。週末まではこれを食べるとして、その後はまた何か考えなければ。

 毎日、クラクフの地図とホテルのリスト(約100軒)を手にして、それから幹線道路、街路、飲食店に取りかかる。最後に法規とタクシーメーター。いまはもう試験がちょっと怖い。前回で教訓を得たからね。(3/4)

 予報は大雪なので腹が立っている。たくさん積もって、その後、急に暖かくなると、店に買い物に行くことすらできなくなってしまう。雪のない寒波が続く方がましだ。以前、中心街のバシュトーヴァ通りに住んでいたときには、きちんと雪かきがされていたので、こんなことは気にしなかった。雪が降るとプランティ[旧市街を囲む緑地]がきれいに見えるので喜んでいたくらいだ。でもここではだれひとり雪かきもしなければ砂を撒くこともしない。心配でいらいら気をもむばかりだ。(3/5)

2005/03/04 16:36

電話報告:電気代、拡張工事、百科事典、鹿

 郵便局のボグシがうちのサイトを見たそうだ。日本の写真を見たいというので、今度電気代を支払いに行くとき、アルバムを持っていって見せる。電気代の請求書はいつも支払期限ぎりぎりに届くので腹が立つ。期限が過ぎてから届いて、もし延滞金を取られるのだったら文句を言ってやる。

 近所のスーパーでトンカントンカンやっているので何だと思ったら、洗剤売り場のところで売り場の拡張工事をしている。これまでよりフロア面積が2倍くらいになって、品揃えが充実するかも。例えばピーナツバターを置くとか。ジャムの種類が少なくて、同じのばかり食べていたら飽きてしまった。でもこの辺りに住んでいるのは田舎者ばかりなので、決まったものしか買わない。

 [ガゼタ・ヴィボルチャ紙の付録の]百科事典の7巻めはもう置きっぱなしになっている。1巻から6巻は女性店員たちが持っていったくせに、もう飽きたらしい。田舎者は無料だと何でも欲しがる。百科事典をうちに持って帰ったって、開きもせずに本棚の飾りになっているに違いない。そういう人たちのせいで本当に必要としている人の手には渡らず、使われずに無駄になる。7巻から揃えたって、1巻から6巻がなければしょうがない。

 カミェンナ・グラの裁判所にケガをして弱ったノロジカがやって来た。ボイラー室に入れてやって、脱水症状を起こしていたので水をやり、しばらく休ませたら歩けるようになった。完全に元気になったら森に帰してやる。ブロツワフのスーパーマーケットにはイノシシが現れた。

 雪は降っていないが寒い。オランダでは珍しく50センチも雪が積もった。(3/3)

2005/03/03 02:41

e-mail報告:華氏911、付加価値税、寒波

 メールソフトを立ち上げるのに長いこと難渋した。

 いま、これが2度目の「華氏911」を半分見たところ。あとの半分は明日のために録画している。いま以前よりも多くの事実を知ったうえで距離を置いて見てみると、この映画の偏向具合がわかるが、そのことで作者に対する自分の評価が減りはしない。

 インターネットにもまもなく22パーセントの付加価値税がかけられることになった。でもこれはポーランドの政治家どもが考えたことじゃなくて、愛しのEUからの要求だ。

 寒波はまだ続くらしいが、あの薄手のジャケットで過ごさなければならない。でもその下にもっと薄い緑のやつか革ジャケットを着ているから最悪というわけではない。いっぽう冬用の靴は申し分ない。ただ履いたり脱いだりに手間がかかるのが嫌だ。(3/1)

2005/03/02 02:08

e-mail報告:ドイツ映画、オスカー、雀

 昨日録画して今日見たトッテモオモシロイエイガの印象にいま浸っているところ。ドイツ映画で監督はカロリーネ・リンク(2001年製作)。最後の瞬間にナチスを逃れてケニアに避難したブロツワフ(ブレスラウ)出身のユダヤ人家族の話。母親と幼い娘は、以前からケニアで働いていた父親に合流した。しかし当時(1938年)彼らはまだポーランド国内にあるナチスの死の収容所に関して何も知らなかった。そこではのちに彼らの両親が殺される。

 寒波がやってきた。これはしばらく続くらしい。というのも冬が来たのがようやく1月半ばだったから、去るのも遅れるようだ。

 ヤン・A・P・カチマレク(1953年生まれ)が映画「ネバーランド」の音楽でオスカーの作曲賞を受賞した。多くの世界的著名人を抑えての受賞だった[初ノミネートで初受賞]。彼はアメリカに住んで16年になるが、ポーランドに家族とたくさんの友人がいる。

 今朝シジュウカラ用のヒマワリの根元にスズメが死んでいるのを見た。寒さに驚いたのかもしれない。足を上にして横たわっていた、こんなにちっちゃなのがひとりで。講習会から帰ってきたときにはもういなかった。猫か、カラスか。(2/28)

2005/03/02 02:08

e-mail報告:短篇アニメ映画、コート

 今晩、10分間の短篇アニメ映画「大聖堂 Katedra」を録画したいのだが簡単にはいかないだろう。録画済みのカセットには11分の隙間があるだけだし、番組中「大聖堂」は3:10-3:20放映予定なので(その時間は寝ているはず)どうやって録画予約をしたらいいのかわからない。だいたいポーランドのテレビ局は時間通りに放映したためしがないから、その映画が本当は何時に始まるのかわからないし、録画済みの「目を細めろ Zmruz oczy」の冒頭を損ないたくないのだ。カセットに余裕があれば別だけど。

 また寒波だ。どのくらい続くのかわからない。冬用ジャンパーの背中のところが破れてしまったので、あの緑色の薄いジャケットを着ている。でも厚手のコートをいま買うのは意味がない。1週間後にはタンスに吊して、また1年間しまっておくことになるのだから。(2/27)

2005/02/28 01:07

e-mail報告:テレビ番組表、勉強

 テレビ番組表に今日はロックバンド「ラス・ドヴァ・チシィ[1、2、3という意味]」リサイタルという予告があったので、ビデオを撮って見てみたら、ラス・ドヴァ・チシィが演ったのは2、3曲だけで、それ以外は別のバンドだった。新聞はすべてのバンド名を載せたがらず、いちばん有名なの1つで事足れりとした。これでは視聴者が間違えてしまう。しかもこれが初めてではない。

 今日は少し、地図で通りの名を勉強した。毎日少しずつ1か月はそうしなければ。(2/26)

2005/02/28 01:06

e-mail報告:歯医者、殺人犯、講習会

 ニュースが3つある。1つは悪い知らせで2つは良い知らせ。ウオツカの麻酔も注射の麻酔も無しで歯の穴を詰めたのは良かったが、ドクターが俺の知らなかった別の穴を見つけて、それも詰めるはめになったのは良くなかった。今日ついでに詰められれば良かったのだが、穴1つ分のお金しか持っていなかった。もう1つ良いことは膝がだんだん痛まなくなってきたこと。

 今日、ベクシンスキ殺人犯が具体的に明らかになった。画家の知人の息子ロベルト・K、19歳。待ち伏せしていたもう1人は、彼の親戚のウカシュ・K、16歳。父親は、画家に相当な額の借金をしていることから容疑者とされていたが釈放された。彼は以前ルノーの新車を買うために画家から数万ズウォティ借りたことがあり、最近また5000ズウォティを借りていた。金は返さず、妻とともに働いて返していた。絵を額装したり、住まいの改修工事をしたり、お使いに行ったりというようなことだ。妻は掃除・洗濯などをしていた。息子は、自分も画家から金を借りよう、もし断られたら殺して奪ってやるまでだ、と考えた。はたして画家は断り、それで殺されたというわけだ。クソガキどもはカメラを2台盗んだ。金が見つからなかったからだ。俺はアタマに来たぜ!!!

 今日は講習会のボスのところに行って知人を受け入れてもらった。彼は月曜日に最初の講義を受けに行くことになっている。俺もいろいろな復習のために行く。俺は講習を終了しているのだからボスはもうそんなことをする必要がないにもかかわらず指導してくれるので満足している。良心的な人だ。(2/25)

2005/02/26 00:54

電話報告:ベクシンスキ、試験の反省、ZUS

 ベクシンスキ殺人事件の容疑者3人が捕まった。
 俺はベクシンスキという人はすでに故人だと思っていた。以前にどこかで彼の絵を見たことがあるが、戦前の画家だとばかり思っていた。彼の絵を見たとき、いつかこんな絵を描きたいと思ったのかもしれない。享年76ではなくて、生きていれば今日76歳を迎えたはずだった。彼は家にこもってひたすら絵を描くだけの孤独な人だった。決まった店で買い物をし、身辺には気を配っていた。

 今日はシジュウカラがさえずっていた。朝、蠅が一匹飛んできて目が覚めた。夜の間にまた大雪が降った。嫌だなあ。明日は朝から忙しいのに。労働局に行って、医者に処方箋をもらいに行って、薬を買って、そのあと歯医者に行くけど、もう飲まないようにする。詰め物がとれたところは大きな穴が空いている。いったん帰宅してラファウという知人に会うことになっている。彼も講習を受けたいというので講習会を紹介するのだ。そのあとヴィビツキエゴ通りまで講習会に行って、試験で間違えた問題を検討する。

 タクシー会社のボスと講習会のボス、2人ともサッカーのサポーターみたいに試験会場に来ていた。帰りはタクシーのボスが車で送ってくれた(行きはエステルカからタクシーで行った)。
 試験は難しくて受験者の半分は不合格だった。俺だけじゃない。例えばボヘマという店はどこにあるかという問題で、俺はグロツカ通りと答えたが、正解はゴウェンビャ通りだった。昔グロツカにあった似たような名の店を連想してしまったのだ。そんな風な引っかけ問題があれこれ出た。自信がありすぎたのがよくなかったのかもしれない。甘く見すぎていた。

 例の切符の罰金はやっぱり払わなければならなくなった。

 ツェブラさん[報道番組「ウヴァガ」のキャスター]がまたひと騒動起こした。
 アルトゥルさんという人は20年間きちんと年金を納めたのに、年金を受け取れないまま、ガンを患って亡くなった。健康な人は年金をもらえて、ガンの人はなぜもらえないのか? ツェブラさんがZUS[社会保険庁]の前にアルトゥルさんの巨大な遺影を置いたら、守衛がこっそり片付けた。これが放映され、ZUSのやり方に対して不満が噴き出している。(2/24)

2005/02/25 02:38

e-mail報告:ベクシンスキ、次の試験

 今日、ベクシンスキの絵「歩みながら」のオークションが行われたが、これは彼の死とは関係なく1か月前から予定されていたものだ。だが彼の死が落札価格をつり上げたのかもしれない(22000ズウォティで始まって45000ズウォティで落札)。彼自身は手元にある自作のすべてを、生まれ故郷の小さな町サノク(ビェシュチャディの近く)の美術館に遺贈した。

 次の試験はうまくいくと思う。次は3月22日だし、それまでには勉強する時間がたっぷりある。でもまた受験料を支払うはめになった。それも201.60ズウォティではなく208.50ズウォティ。ひと月でこんなに値上げするなんて、恥を知れ。というわけで仕事に就く時期は延期、さいわいタクシーのボスは、俺のポストをとっておくと確約してくれた。講習会のボスも、心配するな、これから地理をじっくり検討しようと言ってくれた。というのも地理で失敗したのだ。交通法規と刑法は大変良くできた。
 次の厄介ごと、今朝歯を磨いていたら、またしても歯の詰め物が取れた(でも古いやつなので文句は言えない)から、これでまた100ズウォティ以上かかる。金曜日は労働局に行く日なので、ついでに歯医者にも行ってくる。それから試験で間違えた箇所を話し合うため講習会にも行くことになっている。次回の受験料を支払いに行ったら前回の試験の資料を見せてくれたので、許可を得て自分のミスを書き写してきた。
 これから自主製作映画「City」(35分)を録画する。(2/23)

2005/02/25 02:38

e-mail報告:自主製作映画、画家殺人事件

 いまテレビで自主製作映画を6日間シリーズで放映している。視聴者が投票するコンクールがくっついている。今日はマルチン・マトフィエイチュク監督の「鼻血 Krew z nosa」を録画した。昨日は「緊張病 Katatonia」だったが録画はできなかった。
 明日は試験結果を見に行って、レシェクに借りた50ズウォティを返す。(2/21)

 昨晩、ワルシャワで世界的に有名な画家ズジスワフ・ベクシンスキが殺された。名前は知っていたが、テレビで彼の絵を見てあっけにとられた。俺のヘボ絵と同じく夢幻的だが、もっと恐ろしくて、もっと見事なのだ。俺は彼の絵を下手に真似したのだと思われてもしかたがない。犯人は顔見知りらしい。というのも、何もなくなっていなかったし、警備員も彼自身も部外者を中に入れることはなかったからだ。ナイフによる傷が17か所あった。76歳だった。彼は大阪の美術館に常設展示されている唯一のヨーロッパ人アーティストであり、世界各地の美術館やギャラリーにも絵が展示されている。最近、息子が自殺したあと、彼はめったに外出せず、人づきあいもせず、自分の展覧会のオープニングにさえ出席していなかった。
 試験には受からなかったことが今日わかった。次回の受験料を払い込みたかったが行列だったし、自分は時間がなかったのでやめた。(2/22)

2005/02/21 01:18

e-mail報告:いたずら、火事

 ようやくメールを書く気力が出てきたが、コンピューターはしょっちゅう厄介ないたずらをする。もうこれで書くのは3回目、書いた物をコンピューターが消してしまう。少しだけ食べ始めた。エンドウ豆スープ。冷蔵庫ではヨーグルトが待っている。郵便局のボグシがメールで、スキンヘッドのレッペル[政治家]のフォトモンタージュを送ってきた。(2/19昼)

 こちらでも今日、火事があった。テレビの「クロニカ」[ローカルニュース番組]で見た。ディトル通りのオトファルタ・プラツォヴニャ[芝田も個展をしたことがあるギャラリー]の近くだ。中に中高年の女の人がいるかもしれないと通報した少年をほめ称えていた。その女性は助からなかったが、少年は消防署員たちからおもちゃをもらった。火事でストレスを受けたりした子どもたちのために、いまでは消防車にクマのぬいぐるみなどを積んであるのだ。警察も同様。(2/19夜)

2005/02/20 02:08

電話報告:試験前、当日、試験後

 昨日はエステルカで飲んでいて、立ち上がる気力がなかった。今日はクルフカ(ソフトキャラメル)と紅茶だけ。食事は食べられない。

 バシュトーヴァ(ハニャのうち)ではコンピューターが動かなくなったので、DVDの映画は1本も見られなかった。それで金曜日はレシェク(隣人)が来ていっしょに飲んだ。土曜日の午前中、床屋に行った。8時、2時、8時に犬の散歩と餌やり。友だちのブラグーシュと奥さんのマリヨラが「ザフチャンカ(移り気、気まぐれ)」という店を出したので、日曜の夜に行って飲んだ。

 そんなわけで試験前だというのに飲んでばかりいたから、試験当日はとにかく試験会場にたどり着くためにまた飲んだ。でもネクタイしめて眼鏡掛けて行ったので、酔っぱらっているようには見えなかったと思う。タクシー会社のボスも講習会のボスも来ていた。試験問題は難しかった。問題は2部に分かれていて、1部で4問まで、2部で3問まで、合計7問まで間違えても可。合否結果は火曜日に出る。

 昨日テレビで見たい映画があったけど、体の具合が悪くて見られず、今日は体は少しましになったが、くだらないドンパチ映画しかやってない。これから横になって寝る努力をする。眠れるといいのだが…。(2/18)

2005/02/20 02:07

e-mail報告:バシュトーヴァより

 かつて暮らした場所に来て少々落ち着かない。レブス[犬]は大変お行儀がよく、面倒は起こさない。レシェクとカシャに会って、レシェクとちょっとアルコールを飲んだ。食べものは揃っているが、あいにく食欲は芳しくない。ハニャがおいしいものを用意しておいてくれたけれど、全部は食べきれない。たくさん映画があって全部は見られないけど、黒澤の「七人の侍」と「隠し砦の三悪人」は見るつもり。(2/11)

2005/02/20 02:06

e-mail報告:映画、留守番に行く

 せっかく書いた手紙をコンピューターが消してしまった。もう一度くりかえし書く気力がない。まあいいか。というのも、これから映画「震えるからだ」(P・アルモドヴァル監督)を録画する、と書いたのだけれど、それは嘘で、愛しのテレビは別の古いフランス映画「死刑台のエレベーター」を放映したのだ。仕方がないからこれを自分があとで見るために録画している。俺が子どもの頃、父がこの映画に大変感動し、俺が大人になってから、見るように勧めたのだ。(2/10)

 ユレクが車で迎えに来るのを待っている。ハニャのところではテレビが2台とも壊れているので自分のテレビを持っていくつもりだったけど、あんまり重いのであきらめた。2日間テレビ無しで我慢しよう。俺のためにコンピューターで見るDVDの映画を何本か用意してくれているというから尚更だ。食べ物も持っていくつもりだったが、何でも冷蔵庫にあるという話だ。例えば豚ロースのロースト。彼らのEメールがどうやって動くか見せてもらわないと。まったく違うシステムらしいから。レブス[犬]は俺と1対1なのを怖がって俺をかんだりしないように、口輪をはめて待っている、ははは。試験勉強用の資料も持っていくけど勉強できるかどうかわからない。ひょっとしたら夜はティファニー[飲み屋]に行くかも。(2/11)

2005/02/13 02:03

電話報告:通知、ボス、中古車、クルフキ

 お腹がすいてエステルカから戻ってきたところ。エステルカではウオツカ入りの紅茶を飲んだ。昨日葬式のあとで酒を飲んで、夜はエステルカで少し飲んだ。でも今朝は玉ネギと豚の脂身(シジュウカラのぶんを拝借)とチーズ入りのスクランブル・エッグを食べた。食欲があるのはよい。

 3時に郵便配達が試験予告の書留通知を持ってきた。場所はフタ[クラクフ市東部の団地と工場の建ち並ぶ地区]。行くの嫌だけど仕方がない。通りの名前を覚えなきゃ。規則は覚えたので大丈夫。

 プシェメクはずっとエステルカにいる。うちのコンピューターの調子が悪いのを直しに来てくれればいいのに、来ようとしない。金が必要ならちゃんと修理代払うのになあ。修理サービスを頼むと出張費だけで30ズウォティ(約1000円)とられる。

 タクシー会社のボスが電話してきて、試験に通ったらすぐに働いてほしいと言った。タクシー・メーターについているレジの使い方を教えてもらわなくては。講習会のボスは教える以外にもチャーター便の運転なんかもやっている。万が一、タクシー会社が駄目になっても心配するな、仕事を世話してやると言ってくれた。

 アンジェイがドイツで買った車を見せてくれた。12000ズウォティ。中古車だけど新車のように見える。そのうち俺もドイツで車を買うぞ。そしたらガレージが役に立つ。

 穀物粒入りのパン(ヘルシーだ)とゆで卵にマヨネーズつけて食べてる。昨日クルフキ[大粒のソフトキャラメル]を買った。1日に1個だけ食べることにした。あとで体重を量ってみよう。(2/10)

2005/02/13 02:02

e-mail報告:葬式、犬と留守番

 今日はM.P.の葬式に行ってきた。昨年夏に亡くなったZの夫だ。そのときすでに彼は、もう長くは生きられない、もう片方の足は切れないと言っていた。Gと同じ病気だった[糖尿病]。そういうわけでA.F.の家庭菜園で飲んだ。でももう模擬試験に受かったし、国家試験は難しいけれどそれほど怖くはない。これ以上飲むつもりはない。

 さっきハニャが電話してきて、バシュトーヴァで2日間留守番をして欲しいという。レブス[犬]をビェシュチャディには連れて行けないので面倒を見てくれということだ。ちょうど講習会が終わって数日間暇なので犬の面倒を見てもいい。とりわけ犬は俺を知っていてなついているのだから。それに、少しの間とはいえ、また中心街で暮らすのはすてきだ。だから承諾した。鍵はあさってL.P.[ハニャの隣人]から受け取ることになっている。

 明日から雪が解けて嫌な強風になるそうだ。食料の買い物はタクシー便に頼もう。足を骨折するのが心配だから。(2/9)

2005/02/13 02:01

e-mail報告:寒波、無嗅覚症、キューバ

 今朝7:30、温度計は−21℃だった。講習会で友人がうちは−22℃だったと言っていた。なのにラジオでは阿呆が明るく「−15℃の寒波です」と言っていた。クラクフのラジオだったので、電話して文句を言ってやろうかと思った。

 無嗅覚症に関するドキュメントを見た。つまり人間の嗅覚がなくなる病気のことだ。その病気にかかったあるイギリス人は自殺しかけたほどだった。彼にとって食べることは拷問だった。なぜならわれわれの好む料理の味の75パーセントは匂いだからだ。

 映画「Cuba Feliz 幸福なキューバ」も見た。これは「ブエナ・ヴィスタ・ソシアルクラブ」のような映画。いまいましいフィデルに荒らされたあの美しい国と、音楽を奏でる、貧しいがよくほほえむ人々。それはおもに老人たちだが、彼らとともに演奏したり、いっしょにいるのが好きな若者たちも加わっている。コメント無しのガイド役はガヨ、つまりオンドリさん。彼はハバナからサンチアゴ・デ・クーバに寄り、グアンタナモ、カマグエイ、トリニダードといった町へ島中を旅する。どこにでも古い知り合いがいて、どこでも近所の人や通行人たちといっしょに演奏し、踊り、歌う。また彼が参加したサンテリアの秘儀も見た。それはパフォーマンスの一種のように見えた。(2/8)

2005/02/11 02:15

e-mail報告:鍋と櫛の音楽、J・ディーン

 昨日、新番組を録画した。すばらしいピアニスト、W・マリツキが司会する、アマチュアの音楽の世界という短い番組。はじめに、鍋だってそれぞれの音を持っていてヴィブラフォンみたいな美しい音が出せるというのを見せて、それから「梳り」オーケストラとともにラヴェルのボレロを櫛で演奏するとどうなるかを演ってみせた。

 Pのためにイランのオモシロイ映画「天国の色」(監督Majid Majidi)を録画した。世界中でヒットしたアメリカ・フランス・インド合作映画「モンスーンの婚礼」(監督Miry Nair)も見た。マレク・リデル監督のジェームズ・ディーンの伝記映画をちょっと前に見終わったところ。この俳優の気取り屋ぶりを再確認した。あんなふうに若くして悲劇的に亡くなったのは残念だが、ばかな方法で亡くなったものだ。番組では彼の行動を分析し、トラウマで説明する。「なぜならパパが彼を愛していなかったから」と。そんな若者はいくらでもいる、それがどうした? その問題は彼が死ぬ直前に明らかになる。父親は母親から(彼女が死ぬ前に)、彼が自分の息子ではないと聞かされる。そう聞かされたら俺だってショックだろう、妻の裏切りの成果を愛することができるだろうか。子どもの頃、俺は映画館で「ジャイアンツ」を見て気に入ったけれど、そこで言われている「名声」というのが何なのかさっぱりわからなかった。ディーンのその他の映画は反抗を気取った流儀が鼻について嫌だった。

 ストゥポシャニで昨晩記録更新:−33℃。木曜日までは寒さが続くという。それ以降は低気圧、みぞれ、湿って滑りやすくなる。インフルエンザに注意。それからまた寒波。ローマ教皇は病気だが回復しつつある。(2/7)

2005/02/09 01:20

e-mail報告:IPN、厳寒、津波後、剣道

 「ヴィルドスタインのリスト」に関連して補足: IPNとは、さまざまな地位の人々の監査と検証をするために国会によって召集された機関で、共産主義の被害者と認められた人ならだれもが、自分の、あるいは密告者のファイルの中身を調べることができるようにするのが目的である。

 今朝は−18℃、ストゥポシャニ(ポーランド南東部ビェシュチャディ山地)では夜−32℃になった。寒いので、いまでは夜間、何時間か余計に暖房をつけている。

 TVP2で、1月16-20日にスリランカで撮影された「津波後」というルポルタージュを見た。あるスリランカ人の一見無味乾燥で感情に乏しい短い話に心を動かされた。「何もなくなった。家のことじゃない。妻と2人の子どもをなくしたんだ。彼らが波にさらわれるところを見た。私は助けを呼んだ。だれに向かって? 生き残ったことを後悔している」このことは人が皆われわれと同じように感じ、愛するということを気付かせてくれる。
 これだけの人的被害にもかかわらず、1匹の動物も死ななかったのはおもしろい。事前に危険を察知して逃げたのだ。例えば象たちは津波が来る前に島の奥地に移動していた。イグアナや猿も同様。

 ポーランドでは剣道選手権大会が終わった。授賞式を見た。(2/6)

2005/02/08 00:45

e-mail報告:Wのリスト、墓参、地下広場

 「ヴィルドスタインのリスト」というのは次のような事件。「ジェチポスポリタ(共和国)」紙の(元)記者ブロニスワフ・ヴィルドスタインが、国民記憶研究所(IPN)から約243000人分のSB[保安省 1944-90、共産主義体制を維持するために国民生活全般を監視していた機関]協力者とSB職員候補(に選ばれた)者の名字のリストを持ち出して公表した。問題はそれが名字だけで、何者かわかるような記述がないこと、このリストが機密文書ではなかったことだ。とはいえ公表する予定もなかったのだが、いまではインターネットで閲覧できるし、IPNには、自分がリストに載ったと思われる人たちが自分の書類ファイルに何が書いてあるのか調べようとして長い行列ができている。ヴィルドスタインに文句を言う人もいれば、ほめたたえる人もいるし、裁判を求める人もいれば、こんなのばかげたことだと言う人もいる。「ジェチポスポリタ」紙の編集長は、ヴィルドスタインが編集部に対して不誠実であるとして彼を解雇した。クラウゼ監督は彼を擁護する立場で編集部近くでのデモに参加した。俺はそんなのどうでもいいが、リストにはおそらく[1981-83の戒厳令下に]拘留された人々の名字も載っているだろう。彼らを痛めつけておいて、SBへの協力をそそのかそうとしていたのだ。

 今日は墓参りに行ってきたけど、週末にはもう二度と行くもんか。停留所で合計74分間もバスを待たされた。いまいましい115番が4分遅れて、そもそも本数の少ない105番に乗りそこねたりしたからだ。墓地で雪かきされていたのは広い道とおもな脇道だけで、残りはほぼ膝までの雪。墓の間の吹きだまりは言うまでもない。

 昨日のポンチキ食い競争優勝者は39歳のアレクサンデル(孤児院の教師)で、5分間に11個のポンチキを食べた。

 クラクフ市当局が具体的に動けば、中央広場の下にもう一つの広場ができることになる。中央広場改修工事のついでに、リクス一族(ビジネスマンの一家、例えば彼らはホテル・ポド・ルジョンの所有者である)はいわゆる「豊かな売店」[中央広場の真ん中にある織物会館1階に並ぶ土産物屋]の地下を、ショッピング・センターとして賃貸しするのと引き換えに、自費で修理復元したがっている。そこにはドイツ軍によって火災予防のために作られた4000立方mと1200立方mの貯水槽がある。

 以前書いたシャム双生児姉妹はサウジアラビアのリヤドですでに分離された。

 今日ポーランドにアメリカのコンドリーザ・ライス国務長官が来て、ポーランド人用ビザ廃止の件は前向きに進行中であると述べた。1週間後にクファス[クファシニェフスキ大統領]とブッシュがそのことに関して話し合うことになっている。

 マンとマテルナのナイスな新番組「MaMa」を見た[以前、やはりマンとマテルナが司会する人気トーク番組「MdM」というのがあった]。「スカルド」兄弟2人[フォーク歌手]とマレク・コンドラト[俳優]が出演した。

 衛星アンテナのおかげで映画「Zmruz oczy 目を細めろ」を今日録画した。あとでいっしょに見よう。(2/5)

2005/02/06 16:00

e-mail報告:画家、盆栽、シコラ、レート

 昨日、向かいの部屋の女性画家が、新しい太い電気ケーブル設置承諾のサインをもらいに来たとき、うちの部屋や壁を見回し驚いていた。でも何も訊かなかったので、こちらも何も言わなかった。もし何か尋ねていたらコーヒーを勧めて、彼女が何を描いているのか、そもそも何か描いているのか喜んで話を聞いたのだが。

 ついに盆栽が脇の芽を出したことに今日気付いた。これまでは上に、細くて長い盆栽らしからぬ椰子のような葉が出てきていたので、一貫して切り取っていた。横に伸びて欲しかったのだ。

 若手活動家たちは左派も右派も、今回は毎日一致協力してスワヴェク・シコラ擁護の立場で論戦している。彼は禁固25年の刑が10年経ったところで中断中。[シコラが友人とともに商売の資金を借りた相手がじつは質の悪いギャングだったため、法外な借金の取り立てにあい、家族ともども安全に生活できなくなり、やむなくそのギャングを殺した。事件はクシシュトフ・クラウゼ監督によって映画化され大きな反響を呼んだ]彼らとともに著名な人々が、シコラが4月に刑務所ヘ戻らなくても済むよう、恩赦を求めて3度目の奔走をしている。クシシュトフ・クラウゼ監督は今日別の問題(ヴィルドスタインのリスト)で抗議したが、自分の映画によってこの事件が有名になり、2人の若者の悲劇に社会が関心を持っていることに満足していると語った。

 1ユーロ=3.97ズウォティ、1ドル=3.06ズウォティ。このレートはポーランド人が国外に行く場合や、これらの外貨でクレジットを支払う場合はいいが、輸出業者にとっては破滅的で、経済成長を著しく阻害している。われわれのズウォティはとても強いが、これが長期にわたるとわれわれにとってはあまり好ましくない。(2/4)

2005/02/06 04:18

電話報告:脂っこい木曜日、賄賂マニュアル

 今日、講習会にポンチキを持っていった。ほかに持ってきた人はいなかったのでよかった。10個買っていったらちょうど5人いたので1人2個ずつだったが、1個しか食べない人もいた。ボスのアルトゥルさんがコーヒーを淹れてくると言って出ていき、ウオツカとグラスを手にして戻ってきた。彼は俺が車で来ていないことを知っていたので飲めと言う。彼自身は車だが、夕方まで帰らないので1杯だけ飲んだ(10:30頃)。チャメルは3杯飲んだ。

 帰りに店で卵とパンを買って、エステルカに寄ったら酒を勧められたが飲まなかった。ここでもポンチキを勧められた。本当のポンチキはバラの花びらの砂糖煮が入っているが、エステルカで出たのはアイエルコニャック(コニャックに卵黄と砂糖を混ぜた物)入りだった。

 フィンランドでは貿易通商局が、対ロシア貿易に際してのロシア人への賄賂の渡し方マニュアルを作っていたことが判明し、スキャンダルになっている。いくら、いかに、だれに、どんな状況で…等々細かい指示が載っている。

 夜は−3℃、大雪が降り50cm積もった。昼間は+3℃。町なかには下水道がちゃんとあり、解けた雪は下水に流れるからいいが、ここプワシュフはひどい。

 講習会で、猫はどうしたと聞いたら、どこかそのへんをうろついてるだろ、と言っていた。(2/3)

2005/02/05 02:41

e-mail報告:墓参り、バルシチ、ポンチキ

 墓地には土曜日に行く。いまあそこは湿った雪でどろどろだし、俺は風邪ひいているので(のど)。土曜日は少し寒くなるというから乾燥して固くなるだろう。

 ウクライナ風バルシチ(冷凍食品)ゆで卵入り(冷凍食品ではない)を作った。おいしいですねー。(2/2)

 テレビでポンチキ食い競技会をやっていた。ポンチキはとてもカロリーが高いので、競技のあとで通常値に戻りたい人はよほどたくさん運動しなければならない。ある教授が、ポンチキの揚げ油をむさぼり食ったネズミが大量に死んだことがあったという話をした。ポンチキ競争の選手は、油だけ食ったからさと答えていた。(2/3)

2005/02/05 02:40

e-mail報告:黒猫、電話事件、立てこもり

 次回の講義がちょうど木曜日なので、計画通りポンチキをいくつか買って、仲間を驚かせてやろうか、それともやめといたほうがいいのか? というのも今日「脂っこい木曜日」のことを話していたから、もしみんながこんな考えを思いついたら、ささやかなおすそ分けではなく、まったくの暴食になってしまう(全員運転手なので酒は抜き)。

 講習中にノートを取っていると、だれかが「この猫はどこから来たんだ?」と言っているのが聞こえた。煙草の煙を追い出すためにしょっちゅう部屋の窓を開けているのだが、たまたま今日は開けていなかった。猫はどこかと見回してみたら、俺の足下に横たわっていた。猫好きの人がわかったのだ。大きくてきれいな黒い雄猫だ。アルトゥルさん(ボス)が猫用のミルクのことを言い出したら、俺の左に座っていたスタシュさんが「ここから追い出せよ、きっとクソしやがるぜ!」と言う。
ボス「クソはしないよ、クソしたけりゃとっくにしてる!」
チャメル「戸棚の中を見た方がいいぞ!」(おそらくずっと戸棚の中にいたので)
スタシュさん1、スタシュさん2、ボス、残りの人たち「ハハハヒヒヒヘヘヘ」
ボスは結局猫を廊下に出そうとしたが、猫は出ようとしなかった。放っておいたら自分から堂々と出ていった。その後猫が他の部屋を歩き回っているのを見た。おそらくここのオフィスの猫で、掃除のおばさんが朝、清掃作業をしたとき、寒いので戸棚にもぐり込んだのだろう(クソはしていなかった)。

 最近「ウヴァガ」で報道していた悪夢のような事件。33歳の身体障害者ダリウシュにテレコムニカツィア(電話会社)がセックスライン接続料金として90000ズウォティ(約280万円)の請求書を送った。彼はそこには一度も電話をかけたことがないと主張した。TVN(「ウヴァガ」を放映しているテレビ局)は、彼の電話ケーブルには外からだれでも接続することができ、そもそもだれでも簡単に電話の度数を盗むことができることを検証した。ダリウシュ青年はこれは犯罪行為であると申し立てたが、だれもが、テレコムニカツィア相手じゃ勝ち目はないよ、支払うしかないねと言った。検事局から捜査の取りやめとこの電話をかけた張本人を発見することができないという書類が届いたとき、青年は絶望して首つり自殺した。彼の母親が彼の仕事先から500ズウォティを受け取ろうとしたら(葬式の花代が欲しかったのだ)、遺産相続の書類にサインせざるを得なかった。そうしてから、彼のあの90000ズウォティの借金も相続してしまったことが判明した。父親はそのことを知ると心筋梗塞で亡くなった。「ウヴァガ」によってこの事件が有名になると、テレコムニカツィアは寛大にもこの金をむしり取ろうとするのをやめた。だがこれで終わりではなかった。財政局が贈与税のことでからんできたのだ。なぜならテレコムニカツィア・ポルスカ(株)が90000ズウォティの返済を容赦/寄贈したからには、これは贈与であると認めたからだ。今日公表されたところでは、ハイエナたちはみな手を引いたそうだが、それでどうなる? 泥棒とハイエナのせいで2人が亡くなったのだ。青年の母親は彼の最後の手紙を読んだ。その中で彼は両親に詫び、自分の棺には忘れずに松葉杖を入れてくれるようにと頼んでいた。

 今日シュチェチンのとある店に欲求不満の男が立てこもった。自分をふった彼女を連れてこないと女性店員を殺して自分も死ぬと脅迫した。見つかったのはその彼女の兄だけで、兄は彼に投降するよう勧めた。ああ、世の中ってやつは。(2/1)

2005/02/04 00:50

e-mail報告:人形、地震、クロウタドリ

 [昨日の続き]もちろんシンボルを美術や映画で使用するのは禁止の対象ではない。若い人たちはすべてがどんなふうだったのかを知る必要があるのだから。ここで対象となっているのは、とくにネオナチ組織などが、こうしたシンボルをプロパガンダや思想的な目的で用いることだ。

 ザコパネでは、「マウィシュキ」というスキーを履いた小さなマスコット人形を売っている。車のバックミラーにぶら下げたりするものだ。今朝ラジオで、「タイステルキ」マスコットをだれかが作って売ったらいいんじゃないかと言っていた。5cmの積雪でクラクフが麻痺したのはだれのせいかドライバーたちが記憶にとどめておくように。タイステルというのは前・道路管理局長。先日の「予期せぬ寒波襲来」の一件後、解任された。追い出されたのではなく、局長を解任されただけだった。彼はそれ以前にはクラクフ市営墓地管理局長だったが、やはり解任され道路局長になったのだった。市長がSLD(政党名)の人間だと、やはりSLDの仲間である局長を即刻追い出すわけにはいかないのだ。彼が墓地管理局を辞めさせられたのは、部下を奴隷のように扱い、クウェートの石油王みたいに公金で自分のオフィスの設備を整えたからだった。

 土曜日、マウィシュがジャンプして着地するとき地震があった。それは地震計に記録され、体でも感じた。ちょっとした伝説が作られている。個人崇拝にならなければよいが。というのも北朝鮮で金正日が生まれたときにやはり異常な自然現象が起きたというのだ。ただわれわれは、その最愛の指導者がソ連邦の収容所か中国で(どっちだったか忘れた)誕生したことを知っている。

 今朝、黄色いくちばしのクロウタドリが飛んできて、うちの柵の上にとまった。以前だったら冬には飛び去っていたが、いまでは冬の間もよく残っている。とくにこの冬は当初暖かだったので。いまは何を食べているんだろう? シジュウカラにはここに豚の脂身があるし、スズメは古くなったパン。クロウタドリは虫を食べるはずだが。彼が食べそうなものはうちにはないな、何を食べているのか? でもまあなんとかやっているらしい。元気そうだったから。

 今度の木曜日は「脂っこい木曜日」なので、中央広場で数千個のポンチキ(ジャム入りドーナツ エッセイ参照)がふるまわれる。新聞では人々にダイエットをやめるよう警告していた。チャメルはおとなしくうちにいよう。でももし午前中に講義があれば、店でいくつかポンチキを買って、ボスや仲間におごる。女性も2人通っていて、そのうち1人はロシア人。講習会に来るのはいつも3人から5人で、たまに2人のこともある。

 予報ではこの寒波襲来のあと、とても暑い春と夏になると言っている。4月は25℃、5月は35℃。(1/31)

2005/02/02 22:48

e-mail報告:共産主義、ジャンプ、流感

 [共産主義のシンボルをパロディにして嗤うのはよいのではないかというシバタの意見に対して]カバコフやメラミドはパロディにするなりなんなりしてもいいが、鉤十字をパロディにすることはできないのでは? むろん俺はいつでも鎌とハンマーを嗤うことができるが、カティンで鎌とハンマーの旗の下に虐殺された2万人の将校、警察官、知識人たちの子孫にとっては、これは風刺の対象ではない。粛正やシベリアの矯正労働収容所で命を奪われた数百万人の人々にとっても同じことだ。これはナチズムと同じか、あるいはもっとひどいシステムだ。

 昨日と今日、シジュウカラから豚の脂身を少々いただき(冷蔵庫から、枝からではない)、
それで玉ネギを炒めてスクランブル・エッグを作った。おいしかったけど、あまりしょっちゅうしないようにしよう。ダイエットが台無しだ。

 今日もマウィシュが勝った。今度は1人で1位。その勝利の前に、外国の選手やワールドカップの大会組織委員長を含めたスポーツ関係者が、ザコパネは選手の収容施設とジャンプ前の環境が世界一だと述べた。また、ザコパネのような観衆と雰囲気は他のどこにもないと言っていた。事実いまではマウィシュだけでなく選手全員の応援をするようになった。だが2002年の出来事を思い出さなければならない。リフトでジャンプ台に登るハナヴァルト(アダム・マウィシュのおもなライヴァル)に、マウィシュのファンが重い湿った雪玉を投げ、口笛を吹いて彼を口汚く罵ったのだ。とはいえ事態は大いに変わった。それには少なからぬアダムの貢献があった。彼はファンに向けて公に自分の考えを述べたのだ。またファン自身が自分たちの行動をテレビで見たり、国外の大会を見に行くようになって、恥ずかしくなったのかもしれない。いずれにせよ世界中の選手やコーチたちがいまでは大喜びでザコパネに来る。

 スワヴォーミル・ムロージェク(作家)が2004年のマウォポルスカ(ポーランドの地方名)人になった。この称号と賞はマウォポルスカ自治組織が決議した。

 ポーランドでは7万人がインフルエンザにかかっている。いまはバスに乗るのが不安だ。予防接種はポーランドでは相変わらず普及していない。(1/30)

2005/02/02 22:47

e-mail報告:ハリー、鼠寺院、マウィシュ

 西側の無知について言えば、エリザベス2世女王の孫ハリーが最近、ナチス兵士の制服を着て鉤十字の腕章を付けパーティーに現れ、写真を撮らせたという話を聞いて腹が立っている。その写真が有名な週刊誌の表紙になりスキャンダルを巻き起こした。ハリーは謝ったが、そうせざるを得なかったのだと言った。ああいうくそったれなエリートたちはいったい何考えてるんだ? クズめ。

 南インドのDeshnokeという町にある、女神Karnimataとネズミを祀る寺院を見た。そこでは何万匹ものネズミが歩き回っている。住民たちは輪廻転生の結果いつかは自分たちがネズミになるのだと信じていて、親切にネズミの世話をし、銀製の椀に甘い米を盛って与えたり、手から餌をやったり、なでたりしている。象の頭を持つ知恵の神ガネーシャは助言者としてネズミを必要としている。何もかも好ましいが、信者たちは(しばしば裸足で)ネズミの糞だらけの絨毯の上を歩いている。おえーっ。

 雪が多少踏み固められたものだから、手押し車の酔っぱらい連中が巣穴からはい出してきて、ちょっと先の小山からグロマツカ通りへ尻で滑り降りたが、手押し車は逃げていってしまった。もうひとつ雪の良いところは埃が立たないことだ。

 今日、マウィシュ(スキー・ジャンプの選手)はまたもや調子が良かった。自国のファンに囲まれたザコパネでの大会だから当然。しかしジャンプでこんな結果はいままで見たことがない。つまりマウィシュとノルウェーのLjoekelsoejが同点1位だったのだ。2人が1位で、2位はいなかった。3位はフィンランドのユスティライネン。

 ブリュッセルの議会でナチスのシンボルの使用禁止に関する問題が取り上げられた(ハリー王子の不祥事を見よ)。さらに共産主義のシンボル(例えば鎌とハンマーのマーク)の使用禁止も検討されている(おそらくポーランド人の提案)。共産主義とソヴィエト化の脅威を経験しなかった西側はこの件を少々見くびっている。彼らはこんなに近くにいたのに、本当に何一つ知らないのだ。(1/29)

2005/02/02 22:47

e-mail報告:体重、ネズミ、ホロコースト

 今朝、体重を量ったら84kgだった。このあいだ量ったときより3kg痩せたようだ。甘い物をやめたのと、講義に通っているせいだろう。

 昨日の映画のタイトルは「Zmruz oczy 目を細めろ」。元教師ヤネクの警備小屋のそばに岩穴があって、そこに彼らが餌付けをした大きな(病気の、若い?)鷲がいた。そのせいかもしれないが、警備員がハツカネズミやドブネズミを買い取るという噂が拡がり、子どもたちが彼のところにネズミを持ち込もうとして、一匹につきいくら払ってくれる? と問いただす可笑しい場面があった。

 昨日ブリュッセルでポーランドのEU議員たちが、ホロコーストに関する決議内容の記述に際して、騒ぎを起こした(今回は協力して、もっともな理由で)。西側のメディアはことこのテーマになると決まって「ポーランドの強制収容所」と書いたり述べたりする。彼らはこれがポーランド領にあっただけだということは知っていると弁明していた。しかしそんな説明ではどうにもならない。このテーマに関して何も知らない無知蒙昧な連中が西側にどれだけいることか。今日発表された国際統計によると、アメリカ人の55%はホロコーストと収容所の存在を信じていないが、75%はUFOの存在を信じているという。イギリス人や他のヨーロッパ諸国の若者の半数はそもそもホロコーストが何だったのかを知らない。こうした無知な人々が「ポーランドの収容所」について読んだら何と思うだろうか? というわけで決議文では「ヒトラーのナチス党員たちによってポーランド領内に建設された強制収容所」と変更された。そこでまたポーランド人から抗議があがり、結局「ドイツのナチス党員によって」になった。くそいまいましい、いったい誰だったっていうんだよ、火星人か?

 大雪にも良い面はあると本日確認した。隣のルンペンたちは手押し車を転がしてうろつきまわり盗めそうな物を物色することができないのだ。だが正午頃、おそらく空腹と二日酔いから外出しようとしたが無理だったようだ。アルコール不足でへたばるかも。(1/28)

2005/01/31 02:00

e-mail報告:面白い映画、お馬鹿な惑星

 夜、テレビでとてもおもしろい映画を見ました。監督アンジェイ・ヤキモフスキ、主演ズビグニエフ・ザマホフスキのインディーズ映画。文明社会から逃げ出した教師が片田舎で夜警をしながら常勤職を求めて上役とたたかう話。いろいろとバカげたところもあるが、ポーランドの現実にしっかり根ざしている。この夜警に10歳の家出娘が加わる。この女の子の両親(不平たらたらの成金)と彼女の心の守護者(ちょっとメタファー)とのたたかいも描かれる。
 この映画は国内外の多くの賞を獲得した。俺が気に入ったのは、作り物っぽくないすばらしい対話。脚本にない自然発生的なおしゃべりもあるのではないかという印象を受けた。ともかく大笑いした。

 雪の下はつるつるの氷原。さいわい明日は店に買い物に行くだけで済む。ラジオの3チャンネルではずっと「ジェム」の曲がかかっている。

 昨日はグリーンランドの方がポルトガルやコートダジュールより暖かかった。アルジェリアでは今日雪が降った。われわれの惑星はだんだんお馬鹿さんになっている。(1/27)

2005/01/31 02:00

電話報告:ゴム長、レチョ、ジェム、トイレ

 帰宅したらもう暗くなっていた。冬用の靴が重い。雪道はさながら泥か砂の中を歩くよう。いまも雪が降っている。

 郵便局にまた電話した。ようやく本を受け取った。午前中に配達してくれるよう頼んだら持ってきてくれた。若い配達人はちょうどこちらが買い物に出ている時分に来る。年取った方はお昼時に来る。郵便局までは遠いし、道が悪くて、泥や雪で通れない。一度タクシーで行ったことがある。

 今日は道が混むかと思って講義の1時間半前に家を出たら早めに着いた。

 いま雪が50cm積もっている。これで急に暖かくなると洪水だ。悪夢! 長靴でも足りなくて、釣り用のお腹まであるゴム長をはかなきゃいけない。しかも滑らないように靴底にはスパイク付き。そんなのどこで買うんだ?

 ガゼタ・ヴィボルチャ紙の付録のCD-ROM「Fakty事実」はなかなかいい。昨年と去年に起きたポーランド国内の事件がおもだが、世界の出来事も入っている。

 昨日はルスキェ・ピエロギ(チルド食品)を買って食べた。今日は冷凍レチョ(ピーマンとトマトの煮込み)とソーセージを買った。ソーセージと玉ネギを炒めて、解凍したレチョに加えて煮た。5時前に帰宅したとき、お腹がすきすぎて痛かった。そういうと仲間は笑うけれど、これは病気で胃の粘膜が損なわれているから空腹時には胃壁を消化してしまうのだと説明してやった。

 火曜日の講習は10時の回に行く。ほぼ勉強は終わって、あとは模擬試験がある。

 プーチンよりエリツィンの方が人間的だった。プーチンはロシアの年金生活者の優遇措置を取り消すという。それに対して抗議があり、彼の支持率は約5パーセント下がった。

 ロックバンド「Dzem ジェム」のリーダーが交通事故で死んだ。他のメンバーもけが。マイクロバスでコンサート会場に向かう途中、女性が運転する車がぶつかってきた。

 カジミェシュ(クラクフの一地区)にはトイレが足りず、立ちションが多い。せっかく流行のスポットになって人々が集まる場所なのに、スキャンダル!(1/27)

2005/01/30 02:46

e-mail報告:大雪、苦情、プーチン、葬儀

 大雪が降った。ずっと降っていて、明日の夕方まで降り続けるという。今朝すでにかなり積もっていた。いま窓ガラスの下から20cmのところまで窓台に積もっている。

 明日は講習会に13:30というバカバカしい時間に行かねばならないのに、MPK事務所の女性は俺が苦情を提出すると、課長と直接話しに来るとよいと勧めたが、彼の面会時間は14:00から16:00。くそくらえ! いつもなら講習は10時、あるいは休みなのに、明日に限ってそういう時間ときている。たとえ早く終わったとしても、あそこからバスを乗り換えてまで行きたくはないし、きっとまた何か書類を書かされるに違いない。そんなことはもうたくさんだ。どうにでもなれ。一応、俺の状況説明を書いたものと罰金請求書と見つかった切符は受け取ってくれた。

 明日は膝まで積もった雪の中をどうやって買い物に、その後講義に行けるのかわからない。今日はラジオでしょっちゅう、どこが通行止めか等々の交通情報が流れている。明日はもっと悪くなるだろう。

 プーチンは今日クラクフに来るはずだった。世界中の大物が到着したのに、ロシア皇帝は来なかった。ポーランドがユシチェンコを支持したことや「ポーランドとアメリカの陰謀」に腹を立てているのだ。プーチンは吹雪のせいで遅れて明日到着するという。他の暖かい国々のVIPは吹雪などものともしなかったのに、よりによって吹雪と極寒の国の彼だけが遅れるとはどうしたことか。ひょっとしたら、世界中の60人のVIPが参加する「ヴィエジネク[クラクフの老舗レストラン]」での昼食会には間に合うかもしれない。

 今日、ワルシャワの洗礼者聖ヨハネ教会におけるジチンスキ大司教による礼拝のあと、ポヴォンスキ墓地でヤン・ノヴァク=イェジョランスキの葬儀が執り行われた。ノジク記念シナゴーグでもラビとユダヤ人たちが彼の意向で祈りを捧げた。とはいえユダヤ人もキリスト教のさまざまな宗旨の聖職者とともに今日のオシフィェンチムの式典の前に祈った。

 郵便配達は残念ながら来なかった。明日の朝また郵便局に電話するぞ。本が届くまで、奴らがおちおちしていられないようにしてやる。

 豚の脂身を買って新しいのを吊してやったら、たちまちシジュウカラたちの襲撃。これまであまり寒くなかったので、いまになって空腹が応えているのだ。

 ネズミ捕り器はそのまま。さしあたり野生の同居人たちはいないようだ。

 昨日ようやくおぞましい野菜を食べて、残りはスズメたちに投げてやったが、雪の中に沈んでしまった。雪は相変わらず降っていて下水のマンホールがどこなのかもう見えない。ひょっとしたら明日の朝は窓も埋まっているかも? (1/26)

2005/01/29 03:29

e-mail報告:ついてない話、オスカー

 今日、講習に行く前にふたたび郵便局に電話した。今回は局長が出た。彼女は真面目に受け止め、日本から届いた小包(中身は本)を見つけだし、明日配達させると約束してくれた。その満足感はやがて、不運を嘆く怒りに席を譲った。
 いつものようにバスの切符と煙草を買い(新聞はもちろん売り切れ。田舎者はCDとか何か付録が付いているときだけ買うから)、バスに乗り込むとすぐ切符に消印を入れ、コートのポケットにしまった。そのあとすぐに検札があったが、俺の切符がない。財布の中まで探したが見つからないし、目的の停留所に着いてしまったので身分証明書を提示したら、罰金72.50ズウォティを7日以内に支払うようにと書かれた。帰り道、近所の貧弱な店に寄ったら、なんとそこには新聞があった。しばしの幸福感に浸って煙草を探し始めたら……切符を見つけた。これがあれば罰金を払う必要はなかったはずなのに。というわけで明日はこの切符と書類を持ってヴァヴジニェツ通りのMPK(市交通局)管理部に行って、罰金にクレームを付けるつもり。でも急がないとまた郵便配達が不在通知を置いていきかねない。切符がなくなったと思ったのは、これまで暖かかったから緑色のブルゾンばかり着ていて、冬用コートを着るのはまだ2回目で、2重ポケットに慣れていなかったから。

 3人のポーランド人が今年のオスカーにノミネートされた。音楽賞部門にアメリカ映画「夢想家 Dreamer(?)」(監督は忘れた)のヤン・カチマレク、短篇ドキュメンタリー部門に「レニングラード通りの子どもたち」のハンナ・ポラックとアンジェイ・ツェリンスキ。この映画はポーランド国内では「駅のバラード Dworcowa ballada」という題で知られている。モスクワのとある駅にたむろするストリート・チルドレンの話。(1/25)

2005/01/27 01:50

e-mail報告:文化科学宮殿地下の猫たち

 ワルシャワの文化科学宮殿の地下に住む猫たちに関するルポルタージュをテレビで見た。猫はかなりたくさんいて、職員としての扱いを受けている。それどころか友だちと言ってもいいほどだ。地下倉庫部に彼ら専用の食器が置いてあって、決まった時間に餌をもらっている。そのおかげで倉庫にある品物をクマネズミやハツカネズミから守ってくれている。工房部ではもっと待遇がいい。宮殿の設備の修理修復をしている人たちから、食器の餌以外にいろいろなご馳走をもらえるし、自分の居場所や寝場所もある。猫たちは地下のあちこちで眠ったり、寝そべったり、歩き回ったりしている。毛色や大きさや年齢はさまざま。子猫がピンポン玉で遊んでいるところも見た。

 明日のガゼタ・ヴィボルチャ紙に「21世紀の出来事」を収めたCD-ROMが付録に付く。その一部を今日[TV-CMで]見たが、かなり面白そう。

 今朝は−11℃、日本は+10℃、どこが公平なんだ? (1/24)

参考:1/23付けのこの欄で言及されている「ガゼタ・ヴィボルチャ」クラクフ版に掲載された現代美術館に関するイェジィ・ハヌセク氏の意見と彼の顔写真はhttp://miasta.gazeta.pl/krakow/1,42699,2505350.html
ここでご覧いただけます。

2005/01/26 01:56

e-mail報告:イェジョランスキ、職杖

 ヤン・ノヴァク=イェジョランスキ(本名ズジスワフ・イェジョランスキ)というのは伝説的な急使で、[第2次大戦中]ドイツ占領下のワルシャワとロンドンの間を行き来し、ロンドンから西側に、強制収容所や駆り集め[街なかで人々を一斉に拘束すること。ナチスが行っていた]や虐殺や抵抗運動(AK)に関する真実を伝えた。戦後は長年、自由ヨーロッパ・ラジオのポーランド部長を務めた。禁止と妨害電波にもめげず、ポーランド人は代々、自由ヨーロッパ・ラジオの番組を聞き続けた。そこからしか真実が伝えられなかったからだ。彼は50年間国外で過ごし、ポーランドが自由になってから幸せに帰国した。偉大な権威であり愛国者だった。享年92。

 ユシチェンコの大統領就任宣誓式を見た。その際彼に、総司令官フミェルニツキ(ウクライナの国家的英雄)の職杖がおごそかに手渡された。その職杖はワルシャワのポーランド軍博物館からの借り物だということだった。かつてわが軍がぶんどったのである(笑)。

 A-380旅客機の最初の利用者はシンガポール。ひょっとしたらジェイソン[知り合いのシンガポール人アーティスト]がそれに乗ってポーランドに来るかもね。

 昨日また新製品を買って食べた。「野菜ソテー、バジリコ・バターソース」という冷凍食品。ちょっとうんざりだったが半分食べた。明日もう半分食べなければならない。(1/23)

2005/01/26 01:55

e-mail報告:旅客機、アウシュヴィッツ

 雪がすぐに解けたので喜んでいたら、今朝はまた真っ白になっていた。午前中、掃除のほかに盆栽の剪定をした。

 世界最新最大の飛行機A-380をもう2回見た。2階建てで収容人数は550人。これはちょっとおかしいんじゃないか。ジャンボジェットだって500人乗れる型があるんだから。新型旅客機の就航を祝い、ヨーロッパの大統領たちが集まって盛大な宴を開いた。アメリカ人を出し抜いたのがうれしかったのだ。

 今日ようやく暇ができて、昨日付けの「ガゼタ・ヴィボルチャ」クラクフ版を読んだ。ふたたび現代美術館の場所の決定に関する論議があって、イェジィ・ハヌセクさん[美術評論家。シバタが個展を開いたクラクフの自主ギャラリー「オトファルタ・プラツォヴニャ」の世話人]の意見が彼の写真とともに載っていた。

 今度の水曜木曜にクラクフ市内を動き回るのは地獄になる。アウシュヴィッツ解放60周年を記念してクラクフとオシフィェンチム[アウシュヴィッツのポーランド語名]に64か国の代表がやってくるのだ。オランダ、ベルギー、デンマークの女王、ロシア、フランス、チェコ、ほか多くの国々の大統領、ドイツ首相等々。もちろんイスラエルをはじめ、ほかの国々の政府代表も来る。全員の安全確保のため、彼らが通る道路は閉鎖される。

 昨日、ヤン・ノヴァク=イェジョランスキが亡くなった。アメリカ議会も彼のために1分間の黙祷を捧げた。(1/23)

2005/01/23 01:12

e-mail報告:交通事故200件、帰りのバス

 今日のニュースで昨日の交通麻痺の話題が出ていた。夜間5時間にクラクフ市内で200件の事故があった。これは通常の1週間分の件数。軽い衝突事故ばかりで死者はいなかった。人命を危険にさらしたとして道路管理局を検事局が告訴するという事態に初めて至った。そうなってよかった。これでようやく冬が彼らの「不意をおそう」ことをやめるかもしれない。ひょっとしたらプワシュフにも融雪剤を撒いてくれるようになるかも。そしたら足を骨折する心配なしに買い物に行ける。
 明日はまた講義がある。それはいいが、帰りが悪夢!
 団地の店の女店員がおつりの5ズウォティをくれなかった。明日ではもう取り返せないだろう。(1/21)

 今朝はもう雪の跡形もなかったが、刺すような風が吹き、冷たい雨が降り出した。数日間はこれが続くという。路面凍結さえなければそれでいい。講習会からの帰路は相変わらずしんどい。バイェチナ通りのそばの停留所ではいつもどこかの学校帰りの子どもの集団が乗ってきて、そこから先は耳を聾する大騒ぎだ。わめき立てるガキどもでいっぱいのバスがお気に召さないのは俺ばかりではなく、多くの人が顔をしかめている。火曜日までは平穏なのがさいわい。これっていつ終わるんだろう? 今日はまたしても講義開始が11時、つまり1時間遅れ、でもすぐに何かの箱が運ばれてきて途切れた。彼らは自動車部品の販売もやっているらしい。
 明日は部屋の掃除ができる。週末の昼食を何にするか考えなければ。ちょっとした洗濯も。でも勉強もしなくちゃ。
 ネズミ捕り器はさしあたり無為に過ごしている。チーズには手を付けられていない。どうやらあのかわいそうなトガリネズミ2匹だけだったようだ。(1/22)

2005/01/22 23:33

電話報告:交通麻痺、講習会、インコ、試験

 クラクフ市内交通麻痺。こういうときいつもニュースでは、急に冬が来て不意をおそわれたというが、冬が来るとわかっていながらなぜ準備ができないのか? 道路が滑りやすく交通事故が続出した。素人は雪道用のタイヤじゃなくて夏用のタイヤをはいてるから。講習に行くのに40分、帰りは1時間半かかる。1時にお昼を食べるのに慣れていたのに、講習が終わるのが1時なので、それから1時間半かけて帰宅すると腹がへるわ、くたくたになるわで悪夢のよう。

 講習会は本篇よりも無駄なおしゃべりの方が多い。講義の最中だれかが来たり、講師に電話がかかってきたりして、しょっちゅう邪魔が入る。有料の講習会でこんなだなんて、日本だったら考えられないだろう。バスの切符が値上がりし、いまは2.50ズウォティ。往復で毎日5ズウォティもかけてるのに。いらいらする。試験は今年2回目の2月8日か15日に受ける。1回目より2回目の方が問題の傾向がわかるからよい。自分はもう講習には行かなくてもいいことになっているが、勉強したいので通っている。講師も来るように勧めるし。今後も来るなら、あと200ズウォティ払えと言われるかもしれないが。もしかしたらそうやってお金を余計に取ろうとしているのかも。邪魔が入らなければ3回分が1回で済むだろうに。午後の授業に来てもよいと言われるけど、いったん帰宅して出直すのはしんどい。自家用車で来ている人はいいけど。

 甥のダヴィッドから電話があった。インコを飼いたいという。自分が留守にするとき伯父さんが預かって世話をしてくれる? と訊くので、できるときには預かるよと答えた。

 毎日1回窓を開けると頭が痛くならない。血圧の薬を毎日1粒ずつ飲んでいるのがいいのかも。これは前に処方されたけど、副作用で死に至ることも書いてあるので飲んでいなかった薬。

 試験場所はフタ(共産政権時代に建設された工場と団地ばかりの地区)。嫌だけれど仕方がない。健康診断に700ズウォティかかるとだれかが言ってたけど、そんなに高くはない。運転するなら春からの方がいい。慣れない車でスリップしやすい道は嫌だ。すこし風邪気味。雪が降ったあと+1℃になって雪が解けた。汚らしい!(1/20)

2005/01/22 17:09

e-mail報告:ソローキン、雪、ネズミ捕り

 ソローキンに関してその記事にも、エロティックなシーンを好んで書くと書いてあった。例えばスターリンとフルシチョフの性行為とか。

 朝、出かける前に郵便局に電話した。局長(女性)はいなかったが、別の女性が出たので、不在通知の件やら本のことなど一切を話したら、探すことを約束してくれた。

 講義がだいたい13時に終わって外に出ると、雪がはらはら落ち始め、家に着く頃にはもう真っ白だった。

 ほうれん草を煮て、卵とパンといっしょに食べた。

 今朝、ネズミ捕り器のチーズがなくなっていたが、ネズミはかかっていなかった。晩のニュースのあと夕食を作るとき、ついでにネズミの夕食も作った。まずネズミ捕り器の針金を紙ヤスリで擦ってマーガリン「ミス」を塗り、チーズを置いた。それからオープンサンドを手に、ツェブラさん[ちなみにceburaとは玉ネギの意]の出ている「ウヴァガ」を見ていたら、2、3分後に、パチン!!! あいにくそれはトガリネズミで、数分後にもう1匹かかった。ハツカネズミだったとしてもかわいそうだけど、家中に糞をしていくのを許してはおけない。

 エヴァ・ズジズガの番組で、有名なレーサーが、愚かな男は愚かな女を、賢い男は賢い女を見つけると言っていた。(1/20)

2005/01/22 02:41

e-mail報告:ソローキン、漁船、認可

 現在50歳のロシア人作家、ウラジーミル・ソローキンについて読んだ。彼は幻想と不条理に満ちた小説を書くが、同時に今日のロシアと世界の見事な観察者でもある。主な作品に「マリーナの30番目の恋」「ダッハウのひと月」「モスクワ」「行列」「ノルマ」「氷」など。「氷」は三部作になる予定の第一部。ポーランドではすでにこの「氷」が出版され、作家自身がもうすぐ来ることになっている。[註:日本語で読めるソローキンの作品は短篇集「愛」と長編小説「ロマン」全2巻(いずれも国書刊行会)。不条理ものが好きな人にはオススメ。ソローキンは何度か来日していて、シバタはシンポジウムで2度お目にかかったことがある。作家にしておくのがもったいないほどの美男子!]

 EU加盟後、漁業権利金などの理由から漁師を辞めて漁船をスクラップにすることにした人々に高額の補償金が充てられている。今回の津波のあと、船をスクラップにするよりは、すべてを失ったアジアの漁師たちに贈ろうではないかというアイデアがある。EUはおそらく了承するだろう。問題はそれらの船の多くがお粗末な状態で、輸送は言うまでもなく、熱帯地方で使用するには適さないということ。でも一部は大丈夫だろう。いずれにせよアイデアはいいし人間的だと思う。

 今年の認可は200だけ等々と書いたが、俺が心配する必要はない。認可は具体的な個別の車に関係するものなので、俺は車の所有者の認可で運転することになるからだ。一方、ともかくタクシー運転手として試験には合格する必要がある。この証明書を持っていれば、自分自身のタクシーが欲しくなったときにいつでも認可を申請し、受け取ることができる。

 今日はまた別の新製品、キャベツとマッシュルーム入りのワザンキ(4、5センチ長さに切ったきしめんのようなパスタ)を買って食べた。冷凍食品としてはかなりいける。(1/19)

2005/01/21 05:38

e-mail報告:殺傷事件、交通事故、付録

 銀行事件よりも、ここ2、3日はプルシツェの事件のことをくりかえし報じている。イェレニャ・グラ地方のその小さな町で、結婚披露宴(姑が再婚した)の最中に、国境警備隊の士官が自分の1歳半の息子と義姉(あるいは義妹)を銃殺し、妻(検事)と舅と姑に重傷を負わせた。妻は病院に運ばれたが死亡し、舅と姑は意識不明の重体。犯人はその後、自分の頭を撃って自殺。したがって子どもを含め4人が死亡。あらゆるテレビ・ラジオ・新聞の取材班が現場に駆けつけ、この悲劇の理由を解明しようとしている。犯人は国家機密漏洩事件の審理中で鬱状態だったという。彼はきちんとしていたと言う人もいれば、融通の利かないいかさま野郎だという人もいる(彼は内務部の士官だった。つまり同僚に対する警察)。近所の人たちのなかには、うちとけない無愛想な家族だと嘆く人もあれば、大変きちんとしていたと言う人もいた。姑が意識を回復して(そのチャンスはある)何か話してくれることをだれもが期待している。

 今朝8時前、ザコピャンカ通り(ボレクからザコパネに行く道)に入るバイパスで車63台が衝突した。霧が出ていたうえに道路が滑りやすかったため。気温10度だったのは確かだが、実際の状況はちょっと違う。最初に反対車線で別の3台の衝突事故が起き、ドライバーたちがそれに気を取られて、みずから玉突き事故に至ったのだ。奇跡的に死者はいなかった。そのかわり20人がケガ、うち4人は重傷。つぶれた車を見た。血が流れ出ている車もあった。本当にこれでだれも亡くならなかったとは信じがたい。

 先週の水曜日、ガゼタ・ヴィボルチャ紙の付録として百科事典(20巻のうちの1巻め)が付いてくることになっていた。俺はとくに興味はなかった。というのも、付録は1巻だけで、残りは自分で買いなさいというのだと思っていたから。それでも講習のあと、近所のスーパーで、新聞に百科事典が付いてきたかと訊いてみた。レジの女性は「ええ、ええ、4部しかなかったから、女の子たち(店員)が持っていったわよ」と答えた。それじゃ、たとえ俺が欲しいと思っていても、「女の子たち」相手ではチャンスはなかったわけだと思った。で、今日わかったのは、今度の水曜日に次の巻が付いて、そうして順番に20巻まで揃うということ。残念。きっと新聞1部ごとに付録が付くわけではないのだ。それだけ少ないのに、がさつな女どもがうちに「持って帰った」って何の役にも立たない。本棚のお飾りにしておくだけなんだから。

 今日講義で、タクシー運転手とさまざまな職員のための超詳しい市街地図をもらった。でもそれを読みとるには慣れが必要。独特のシステムなのだ。

 またもやネズミが来ていることが糞でわかった。ネズミ捕り器を仕掛けたが、最初のチーズは跡形もなく取られた。(1/18)

2005/01/20 02:02

e-mail報告:事件続報、花火、現代美術館

 ミレニウム銀行事件の続き。今日の「ウヴァガ」はツェブラさん自身がアンカーを務め、イェジィ・G(本名を明かしたのでグルスキさん)本人も出演した。グルスキさんはかつてアメリカで10年暮らしたことがあり、ポーランドの環境においてはかなりの財産を持っていた。詐欺にあって訴訟に持ち込んだが2度敗訴した。1度は検事局が訴訟を取り下げた。今回はお金を失ったわけではなかったが、ブローカー会社は彼の株を引き出して売却するために彼のサインを偽造し(明らかに似せて書いたものだとわかるサインだった)、その後別の株を売買して彼の損失の穴埋めに回した。取引がうまくいったので彼の株を買い戻し、もとどおり彼の口座に入れておいたのだ。でももしすべてを失っていたら? きっと彼も一文無しになっていただろう。これだってひどい犯罪だ。
 ツェブラは、なぜこんな思い切った方法を選んだのかと彼に尋ねた。彼の答えはこうだ。メディアの問題に賭けたのだ。他のやり方ではテレビに出られなかっただろう。また幾人もの人が援助を約束したものの、どうにもならなかったと話した。
 番組ではポーランド全国から届いた手紙を紹介した。そのうちの1通にはこうあった。「こうなって大変良かった。ワルシャワの抜け目ない連中はだれからでもしぼり取れるなんて思わないように」
 またグルスキが語ったところによると、銀行内にテレビはなかった。ツェブラが外で(カメラとともに)自分を待っていると知っていたら、みずから外に出ていただろうという。

 土曜日に花火の音が聞こえた。ここにいるとよく遠くで聞こえるが、一度も窓から見たことはなかった。今回外を見てみて、あっけにとられた。見事な花火が手に取るように見えたのだ。タンデタ(雑貨品市場)のそばから上がっているように見えたが、中央広場に違いないと確信した。30分ほどすばらしい眺めだった。あいにくクラクフ・ニュースを見忘れたので、何の機会に打ち上げていたのかはわからなかった。

 クラクフに現代美術館を作るべきだということで話がまとまった。全員賛成だが、2つの陣営に分かれた。一方は美術館を中央駅の建物内におきたがっていて、もう一方は旧シンドラー工場の方がよいと考えている。両方とも場所としては悪くないが、俺は駅の方がいいと思う。クラクフの人々は、プランティ(旧市街を囲むドーナツ型の緑地)からちょっと遠いと、もう足を伸ばすのが億劫になる。もしマンガ(日本美術技術センターの通称)が中央広場にもっと近ければ入場者数は2倍になっていただろう。(1/17)

2005/01/19 04:10

e-mail報告:立てこもり事件その後

 昨日のメールのあとネットで調べたら、犯人が投降して事件は終わっていた。イェジィ・Gさん、54歳、ビドコシチ出身。導線の付いた爆発物(俺は見た)はあとで模型と判明したが、危険に見えたため、警察はR・ツェブラを中に入れなかった。警察の交渉人(今日見た)が、その詐欺事件に検事があたることを約束し、投降するよう犯人を説得した。ツェブラもその事件に取り組むことになる。
 数年前、彼の全財産をブローカーが彼の同意無しに勝手にある事業に投資し、約6万ズウォティ(約180万円)を失った。その取引に同意する彼のサインをだれかが偽造したのだ。彼はこのことを検事局に届け出たが、犯人は見つからず、訴訟が取り下げられたので、銀行は彼に金を返そうとしなかった。それでイェジィさんは激怒し、隣人に住居の鍵を預け(1週間出かけるので)、ああいうことをしたわけだ。彼は禁固3か月から5年の刑を受ける可能性があるが、すでに自宅に戻っている。法廷では自由な立場で陳述することになるだろう。今後彼が人にわざと危害を与える可能性はないと裁判所が判断したため。もしも爆発物が本物だった場合は禁固12年の刑になっていた。ビドゴシチの近所の人たちの意見によると彼はとてもおとなしい人だそうだ。チャメルはここじゃそんなふうに思われていないだろう、ひひひ。
 この事件に関連して、いくつかの似たような事件のことを伝えていた。誠実な人々が絶望すると捨てばちな行動を取ることがある。どこからも助けが得られないからだ。例えば去年カトヴィツェで俺と同年代の男が詐欺的な会社を訪れ、2人の職員の腹に向けてライフル銃をぶっぱなした。いわゆるアルゼンチン式クレジットというもので、最初に自分からいくらかお金を払うと、その後クレジットを受け取れることになっている。その男には重病の妻がいて治療費が必要だった。そういう会社が「迅速、簡単」等々の新聞広告を出していたので、男はそれに望みをかけて数回お金を払い込んだものの1銭も受け取ることはなかった。で、そういうことをしたわけだ。その男がその会社から連れ出されるところも見た。職員のどてっぱらに風穴を開けたあと投降したのだ。この事件以降、ポーランドではアルゼンチン式クレジットは違法になった。すでに2、3年前、ツェブラさんのような人たちがそうした詐欺に関するルポルタージュを作っていたのに役立たなかった。まずは連中に向かって銃を発砲し、当局が何とかしてくれて泥棒どもが恐怖に青ざめるようになるなら自分も同じことをしただろうとテレビカメラに向かって人々が話すことから始めなくてはならないのだ。(1/16)

2005/01/18 02:32

e-mail報告:ストライキ、立てこもり事件

 昨日、乱暴な鉄道ストライキがあった。どうして乱暴かというと、ストライキをした鉄道員たちが当局の許可を取っていなかったから。でもしばらくの間、1本の電車も走らなかった。仕事に行けなかったり、あるいは親族のお葬式に行けなかったりして、怒っている人々もいた。ある駅長は生徒たちに学校提出用の証明書を発行した。
 例のコウノトリは飛来後すぐに巣作りを始めた。でもこれから寒くなる。2、3日間かもしれないが寒いことはたしかだ。(1/14)

 1週間前エステルカでガゼタ・ヴィボルチャ紙を読んでいたら、その日がポーランドにおける映画「座頭市」の上映初日だと書いてあった。
 ペリカンちゃん(電気ポット)は火曜日で購入後3か月を迎えた。
 今日テレビで「Uwagaウヴァガ」(視聴者からの意見をもとに、疑わしい出来事や事件を取材する真面目な報道番組)を見ていたら、突然番組が中断し、ワルシャワ中心街が生中継で映った。爆発物を体に巻き付けた(イスラムのテロリストみたいに)男が銀行に立てこもり、「ウヴァガ」のアンカーマン、リシャルト・ツェブラと話をさせろと要求したのだ。この銀行の仲買人が彼をだましたのだという。その後何回か番組が中断して、ツェブラといっしょにその場所が映るようになった。でもツェブラは銀行内には入らず、テレビを介して(銀行内で男がテレビを見ていると思って)、自分は話をしたいので外で待っているから銀行から出てくるようにと呼びかけた。次の番組がバカバカしいのでテレビを消したから、それから先はどうなったかわからない。
 今日は講習に行ってきた。容易ではないのはわかっている。試験をバカげたやり方で難しくしたからだ。市役所のタクシー担当部長はまるでタクシー運転手の敵のように振るまっている。本当はその逆であるべきなのに。講習会のボスがわれわれにそう言った。例えば、タクシーに貼るいろんなシールに書いてある字の高さと幅が何ミリあるかを暗記しなければならない。あたかもそれが仕事の出来に何らかの意味を持っているといわんばかりだ。役人どもがそうした文字や数字の大きさや形を決めるなら、それは彼らの問題なんだから彼らが考えればいいのであって、われわれはそれを買って貼るだけだ。おそらくそういうことなんだが、連中はさらにバカな方法でわれわれの生活を厄介にしなければ気が済まないのだ。(1/15)

2005/01/17 01:21

電話報告:コウノトリ、裁判所、スープ

 例年なら3月に飛来するはずのコウノトリがもうやって来た。ちょっと前みたいに異常な暖かさではないが、プラスの気温が続いている。暖かいのでガアガアガチョウ(ges gegawy)は冬中ずっといる。明日かあさって雪が降るらしい。車を運転するなら雪や氷の道じゃない方がよい。
 裁判所に10時に来いというから10時に行ったら、審理は11時からだというので、怒って文句を言ってやった。裁判所の建物内は禁煙だし、煙草を吸うために外に出ると、入るのにまた手荷物検査やX線検査があって面倒。新聞も持ってこなかったので読む物もないし、1時間もどうしろっていうんだ? 壁を眺めてろっていうのか? そしたら10時過ぎにすぐ始まった。俺が怒らなければ女性職員はコーヒー飲みながらぺちゃくちゃしゃべってるだけ。もう1人待っていた男は何も言わずじっと座っているだけだった。
 本のことで郵便局に電話しようと思っていたら、たまたま郵便配達人に会った。彼が病欠の間、別の人が配達して通知を置いていったらしい。明日届けてくれと言っておいた。
 ヨーロッパの沿岸諸国に暴風のため高波が押し寄せ、洪水になっている。南イングランドは水没。バルト海沿岸も洪水。
 おとといの昼食。新製品の冷凍食品「インゲン豆とベーコン」というのを買った。ベーコンは顕微鏡でしか見えないくらいだったけど、ほかの野菜も入っていた。これにトマトピューレも入れてスープを作った。おいしい。甘い物は太るのでやめた。もう買わない。ここ2週間ほど買ってない。(1/13)

2005/01/17 01:20

e-mail報告:公判、小包、お気に入りCM

 明日は公判のため裁判所に行かなければならない。あのバカな泥棒たちは考えて盗むことさえできない。[昨年夏、隣人が盗んだ屋根葺き材をボグダンの物置に隠した事件についてはBBSを参照のこと]
 おそらく先週何か小包が来たらしい。郵便受けに、判子もナンバーも付いていない不在通知が入っていた。腹が立ったのですぐ郵便局長(女)に電話したが、もちろんだれも受話器を取らなかった。だってもう、うちには不在通知を置いていかないということで局長と話がついていたんだ。俺は本局まで4kmも歩いて行くつもりはないんだから。ひょっとしたらあの本かも。明日裁判所のあと何とかしよう。
 唯一気に入ったCM。月夜の暗い森が映る。ものすごい鳴き声が聞こえる。画面下にテロップ「熊」。続いて恐ろしいうなり声。画面下にテロップ「狼」。それから森のはずれの小さな家が映る。窓に明かりが点っている。恐怖と絶望の叫び。画面下のテロップ曰く「あなたの電話代請求書」。で、いかに電話代を安くするか、云々かんぬん。このアイデアは面白くて童話っぽい。(1/12)

2005/01/15 00:17

e-mail報告:合格基準、暖冬で鳥や熊は…

 今日は講習に行ってきた。容易にいかないことはわかっている。講習会のボスが当局から受け取った通知を見てなおさらそう思った。そこには「ヨーロッパ都市としての威信に鑑み、残念ながら試験の合格基準をさらに厳しくせざるを得ない、云々」と書いてあった。明日また講習に行く(もう元気になった)。行かなくてもいいのだけれど、もっと勉強したいから。
 このところずっと異常に暖かいので、混乱した鳥たちが夜もさえずっている。昼間のシジュウカラのさえずりは言うまでもない。土曜日にエステルカのアルコール・ダンス・パーティーにたまたま参加して、うちに帰る途中、小鳥たちのさえずりを聞いた。(1/10)

 まだちょっと春のようだが、やがて少し寒くなる。さしあたりたとえば今日は日本やスペインやポルトガルよりも暖かい(東京は10℃、こちらは12℃)。山では熊が目を覚まして、食料不足と寝不足で危険な状態。シジュウカラは相変わらず春のようにさえずっている。
 今日は3時間講習に行き、明日は休み、木曜日は裁判所、金曜日はまた講習。ほぼ平常通り食事をするようになったので講義時間中も体調はよかった。
 ほぼ毎日、テレビではタイの海から親子連れを引き上げるところを映している。今日はポーランド人の家族が見つかった。彼らの母親がある日そのシーンを見ていて、孫娘のサンダルを見分け、その後、娘婿も見分けた。24歳のあるタイ人男性は、津波以来今日までずっと壊れた筏に乗って、少量の水と流れてくるココヤシで食いつなぎ、海面を漂っていた。(1/12)

2005/01/13 03:01

e-mail報告:馬の思い出

 私が10歳か12歳の頃、夏休みに家族でクションシュ・ヴィェルキに行くことになった。それ以前にクションシュには立派な種馬飼育場があるというルポルタージュを読んだことがあった。それはそのクションシュ・ヴィェルキとは全然別の場所だったのだが、何か月間か私は自分が馬に乗るところを夢に思い描いていた。実際に行ってみると、とてもがっかりした。あの馬たちはどこにいってしまったんだ! そのかわり立派なお城(私たちはそこに泊まった)と巨大な養魚池があった。
 それでも馬と接する機会はあった。あるときは城に必要な物を配達に来る人が馬車を御させてくれたし、別のときには地元の農夫が畑で働いている馬に乗せてくれた。その際私は叫んだりわめいたり大騒ぎをした。農夫は怖がらないようにと言ったけれど、馬の長い歯が私の膝を狙っているのがはっきり見えたのだ。それ以来、馬がちょっと好きではなくなった。(1/10)

2005/01/11 01:58

e-mail報告:タクシー運転手、ピエロギ

 昨日、受験料として201.60ズウォティ支払った。日時と場所の通知を郵便で受け取ることになっている。「タクシーメーター―構造と基本的仕組み」という講義を受けた。次回は月曜日。おそらくさらに健康診断が待っている。(1/7)

 これからエステルカにピエロギ・ルスキェを食べにいく。一昨日プシェメクと食べたときには、みじん切り玉ネギ炒めも油も何もかかっていなかった。マーガリンすらなかったからだ。昨日聞いたところでは、ピエロギには油がかかっていて、かなりおいしいということだ。(1/7)

 友人のタクシー運転手アンジェイはエステルカのそばに住んでいることがわかった。お昼に[二日酔いを]「治療」しに行ったとき、「うちの会社の」タクシーがとまっているのを見たのだ。きっと昼食を食べに自宅に戻っていたのだろう。この仕事には多少の空き時間もあるのだと思って喜んだ。(1/8)

2005/01/07 02:04

e-mail報告:絵を見せた、樋口一葉のお札

 ハニャに新年の絵を見せようと思って作品ファイルを持っていたので、歯科の女医先生にも見せたら、びっくりして、あなたはものすごい想像力と感受性があるのねと言ってくれた。展覧会はいつかどこかであるのかと訊くので、自分は素人ですよと言ってあげなきゃならなかった。
 日本の新札[樋口一葉の登場]は、女性が日本の文化と歴史に果たした役割と寄与をこれまであまり認めたがらなかった日本人がそろそろそれを克服している証拠である。うれしい!!!
 明日は9:30に小試験。今日は少し飲みました。(1/5)

2005/01/06 01:47

e-mail報告:タクシー、分離手術、イルカ

 絵のコピーと写真をありがとう。ばかな郵便配達人が昨日はドアをノックせずに郵便受けの上に置きっぱなしにしていった。さいわい今朝、買い物に出るときにまだあったからよかったが。ひょっとすると彼はここの住人が天使ばかりだと思っていて、クズたちについては何も知らないのかもしれない。
 今日、タクシー会社のボスといっしょに講習の件で出かけてきた。講習は試験の資料込みで300ズウォティ、そのほかに受験料が約200ズウォティかかる。歯医者にも行ってきたけど、明日また行かねばならない。講習の件も同様。早く動かなければ。というのも市当局は今年の新たなタクシーの認可は200のみと見込んでいて、希望者は多数だからだ。2月の試験をぜひとも受けて合格しなければ(今年の試験はたぶんこの2月だけ)。明日、試験準備用の資料をもらうことになっている。市内の地理の知識だけでは十分ではなくて、経済問題や運送会社の経営などについても知る必要があるという。
 サウジアラビアのアブドゥラ皇太子が、シャム双生児姉妹オルガとダリヤとその母親、およびポーランド人女医をポケットマネーでリヤドに呼び、50人の医師団による分離手術を今日受けさせた。手術とリハビリの費用は150万ドル。ともかくいずれ女の子たちは歩けるようになり、将来子どもも持てるようになるという。
 津波でどこかの島の小さな沼に2頭のイルカが入り込んだ。2頭とも元気で泳いでいるが沼は狭い。人々はイルカに餌をやり面倒を見ている。どうやって海に帰すかももう考えている。(1/5)

2005/01/04 23:13

e-mail報告:ソーセージ、働く象、ラッパ

 白ソーセージを玉ネギとクミンとニンニクとスイートパプリカ(粉)といっしょに焼いて食べた。おいしい。
 テレビではまたもや奇蹟の救出について。生後18か月の男の子が板切れに乗って漂流、等々。また行方不明とされていた日本人、スウェーデン人、オーストラリア人たちの旅行者のグループも発見された。彼らは予定とは別の島に行っていたのだった。行方不明とされていたポーランド人約40人も発見された。彼らはポーランド人らしく、単にさまよい歩いていただけだった。
 昨日からポーランドでは救援運動が始まった。ある番号に「アジア」というメールを1.22ズウォティ(税込み)で送ると、そのうち1ズウォティが救援資金に充てられる。(1/2)

 北朝鮮に関する番組「悪の軸に-静かな死の国」を録画した。ポーランド人女性がBBCのために撮ったもの。明日用事が済んだら見るつもり。いまはもう1人のならず者、ルカシェンコに関するドキュメンタリー「人生はすばらしい」を録画しているところ。
 津波の被害を受けたタイの車輌が入れない場所では、かわいい象たちが瓦礫の撤去作業をしている。人々の捜索のために匂いも嗅いでいる。
 ブッシュと中国はけちだと国際的に非難されたので、被害者のための支援額を増やした。
 シーツなどの洗濯をした。
 書くのを忘れていたが、大晦日の夜中に女優アンナ・ディムナが聖マリア教会の塔に上がって、トランペットを吹く哨兵さんに新年のお祝いを言った[聖マリア教会の塔の上では1日24時間毎正時、時報ラッパが吹かれる]。行く年来る年のラッパを吹くところを見た。(1/3)

2005/01/03 16:16

e-mail報告:空き瓶、おくるみ代、禁煙

 中央広場の人出は17万人。120kg分の1グロシュ硬貨が配られた[シャンパンの瓶を割らずにリサイクルボックスに入れた人には、クラクフ市長のメッセージと1グロシュ硬貨の付いたカードが配られる]。コンサートではなかんづくSkaldowieスカルドーヴィエとT Loveが演奏した。さしあたり10トンのガラス瓶が集められた。
 真夜中2分過ぎに今年一人目の女の子が、0時16分に二人目の女の子が生まれた。その子たちの母親はそれぞれ市から1500ズウォティの小切手を受け取った。少なくとも今後1年間、クラクフで母親になる人はいわゆる「おくるみ代」1000ズウォティを受け取れる。「おくるみ代」というのは赤ちゃん誕生の報奨金の形式で、最近、高齢化対策として市議会が採択したもの。
 これから少しセロマコヴィエツ=マコセルニク[チーズケーキとケシの実ケーキの合体したもの]を食べる。金曜日に0.5kg買ったが、もうほとんど食べてしまった。
 今日は禁煙するつもりで朝から吸わないでいたが、結局15時30分に、月曜日には歯医者に行くことを思い出した。つまりストレスとウォツカと煙草が待っているということだ。ならばどうして苦しむ必要がある? で、15時30分に一服した。禁煙しようとするたびに、いつも何かが邪魔をする。(1/2)

2005/01/03 16:15

e-mail報告:年越し、ロシア、ガチョウ

 クラクフの中央広場の様子をチャンネル2の全国放送で見ている。テレビ・クラクフではなぜかワルシャワの劇場広場からの中継を放映している。
 中央広場では12時直前に津波の犠牲者のために1分間の黙祷をささげた。それからカウントダウンで新年を迎えた。夕方からは有名アーティストたちのコンサートがあり、発表によると、こうした催しではヨーロッパ最高の参加者数を数えている。実際、広場に接した通りも人でびっしり埋まっている。人々は踊ったりシャンパンを飲んだりしている。うちの窓の外では爆竹を鳴らす大きな音と花火。
 とれたのは歯の詰め物ではなく、歯が欠けたのだということに昨日気付いた。いずれにせよ歯医者に行かねば。
 津波に関して、またもや奇蹟が起きた。生後20日の女の子が家でマットレスに寝ていたとき津波が襲いかかり、この家は浸水した。水はこのマットレスに女の子を乗せたまま海へと運び去り、20時間後、静かな波が無傷の子どもを乗せたマットレスをその子の両親のレストランにうち寄せた。泣きはらした母親が子どもを見つけた。
 ロシアでは今後、革命記念日を祝うのはやめて、「団結の日」を祝うことを議決した。これは1612年にジュウキエフスキ司令官率いるポーランド軍をクレムリンから撃退した記念日。ポーランド人がウクライナの選挙対立に加担したことに対するプーチンの復讐はこうしたものだ(私の仮説)。そのうえロシア国民には正月に10日間の祝日を与えた[ロシアではもともと1月1、2、7日が休日だったが、今年から3〜6日も休日にした。今年は曜日の関係で10日間の休みになる]。
 こんなに暖かい冬は最近記憶にない。そのせいで通常ならばポーランドで羽を休めるだけの野生のガチョウが冬の間もここに残り、冬蒔きの種に多大な被害をもたらしている。
 あけましておめでとう。(1/1)

2004/12/31 18:28

e-mail報告:失業手当、広告お断り、タイ

 「携帯電話、すなわち贅沢品を所有している事実を隠した」という理由で、数十人の人から失業手当が取り上げられた。手当を受け取る前に生活に不必要な贅沢品を売却しなければならない、という昔の規則を引っ張り出してきたのだ。ばかげてる。だって多くの人はひとえに携帯のおかげで仕事探しができるのだから。
 うちのドアに張っておいた「広告お断り」の張り紙をもう2回もやぶられた。今度は「いかなる広告も要りません」と書き、その横に小さい字で「この張り紙をやぶる奴は、卑怯者、意気地なし、ちんけな奴で自惚れ屋」と書いた。いまのところ、ここ2、3日はだれも手を触れていない。
 津波の犠牲者はすでに12万3000人に達し、15万人に達するかもしれない。またもや4歳の子どもの小さな奇蹟。タイ人の男の子が飲まず食わずで3日間木の上で過ごし、生きのびた。いまは医者の保護下にある。
 ポーランド人のDNA鑑定の専門家たちが現地に向かった。(12/31)

2004/12/31 18:27

電話報告:歯の詰め物、パン、スクワット

 今日、プラツキ(ジャガイモのお好み焼きのようなもの)を食べていたら歯の詰め物がとれた。駅で胡桃の入ったビニール袋がやぶけて胡桃が散らばっていたので、拾って帰ろうかと思ったが、固い物を食べて歯の詰め物がとれるといけないので拾わなかった。そしたら柔らかいプラツキを食べてとれてしまった。でも歯医者に行くには素面では行けないし、いまは飲みたくないので、明日は歯医者に行かない。月曜日に行くつもり。プラツキにトマトピューレを塗って食べたらおいしかった。
 連休なのでまたパンを3日分買わなきゃいけない。固くなったパンはプロディシュ(蓋に電熱器が付いた鍋)で温めて食べているが、このあいだは結局2つスズメにやった。
 国際宇宙ステーションに到着した宇宙飛行士たちが2日間お菓子ばかりを食べてすごした。前任者が食糧を食べつくしていたものの、デザートには手をつけていなかったため。
 このまえ足がパンパンに腫れたのでびっくりしたが、どうやら朝、スクワットをやったためらしい。運動不足解消のため、毎日10-15回やるようにした。やっているうちに慣れて、足はむくまなくなった。(12/30)

2004/12/31 02:54

e-mail報告:中央広場、津波、暖冬

 イヴの前に、新しく舗装しなおされた中央広場を散歩した。「アダシ」(詩聖アダム・ミツキェヴィチ)像のある側はもうできあがっている。クリスマス市の屋台がまだ2、3店開いていた。「ズヴィス」(ドリンク・バー「ヴィザヴィ」のこと)の隣の警察署はきれいに改装して、もう暗い穴ぐらではなくなった。ヴィシルナ通りとブラツカ通りの間に新しく魚のグリルの店ができた。ブラツカの角はドイチェ・バンクの支店になった。
 昼食には鶏肉のレバーと玉ネギを食べた。明日はまた何か考えなくちゃ。2週間かかってようやくカレーを食べ終えたのは良かった。
 津波の犠牲者はすでに8万人に達した。おそらく10万人に達するだろう。それと同じくらいの人が伝染病で亡くなると言われている。彼ら全員のために祈った。頭に来るのは旅行客の犠牲者のことばかりしゃべっていて、地元の人たちの話が少ないことだ。かなりの旅行客が亡くなったのは確かだが、亡くなった大部分はその地域の住民だ。助かった旅行者は借りた服を着てでも、まがりなりにも自分の無傷の家に、無傷の銀行口座に、生きている親族のもとに帰ることができる。だが地元の人たちは文字通りすべてを失ったのだ。自分の家と子どもたちと孫たちを失って、家族のうちひとりだけ生き残った80歳の老人が、生きるあてがなくなったのでもう死にたいと言っているのを見た。
 明日は3℃の予想。これは一時的な寒さだと言っている。年明けにはまた12℃になるという。
 1ドル=2.97ズウォティ、1ユーロ=4.05ズウォティ。(12/30)

2004/12/31 02:53

e-mail報告:コオロギ、満月、津波

 今朝労働局に行く途中、長い方のトンネルの地域暖房パイプのところで6時40分にコオロギが鳴くのがまた聞こえた。
 14時にマジェナ(2階の住人)と会う約束だったが、彼女は16時30分に来たのでドアを開けてやらなかった。そのあとすぐに電話してきたので、時間厳守の美徳について彼女に忠告してからうちに入れてやった。
 書くのを忘れていたけれど、クリスマス・イヴにユレク(義弟)の車に乗ってグラシュカ(叔母)といっしょに見た満月はすばらしかった。ハニャのうちに行くとき、ヴィスワ川にかかる美しく照明されたもう一つの橋を市電から初めて見た。その弓なりに突き出したライトアップされた構造の上に、まるで大きな雪の星のように見えていた。
 津波の悲劇による犠牲者の数は朝には3万人と言っていたが、夕方には約6万人になった。この数字はたえず増えているので10万に達するかもしれない!!! 地震のせいでスマトラ島は30メートルも動いた。ポーランド人のあるカップルが話しているのをテレビで見た。彼(イゴル)は彼女(エラ)にタイでプロポーズをするはずだったのだが、波が彼らの家を壊してしまったのでプロポーズできなかったそうだ。
 ポーランドの有名なサッカー選手ジュラフスキは運が良かった。そこに到着したのが津波の直後だったからだ。ほかのサッカー選手たちは津波の前に離陸していた。これであのアンチタレントたちがどこで怠惰なケツを暖めているのかがわかった。
 ポーランド人に関してわかっているのは、4人が死亡、28人が行方不明。
 奇蹟があった。巨大な津波が過ぎ去ったあと、浜辺で亡くなった犠牲者たちのなかに、ずぶぬれで座っているスウェーデン人のブロンドの4歳の男の子が無傷で発見されたのだ。男の子の両親は亡くなったらしい。(12/29)

2004/12/28 19:01

e-mail報告:テレビ、津波、ウクライナ

 平日の方が好きだ。テレビだってもっと面白い。この傲慢なクリスマス休暇には、バカげたコメディか、政治的に正しくて教訓的なファミリー向け映画しか放映しないのでムカムカする。子どもと大人向けにはまともな自然番組や紀行物を放映することができないとでも言うのだろうか。
 昨日の朝、南アジアの津波の犠牲者は3000人と言っていたが、夕方には12000人、今日はもう15000人と言っている。ポーランド人が1名亡くなったことが確認されたが、まだ多数の行方不明者がいる。2人のポーランド人が負傷。救助された人もたくさんいるが、この悲劇の中でちょっと可笑しかったのは、彼らが海水パンツ一張になってしまったことだ。服も荷物もお金も身分証明書も全部津波に持っていかれてしまったのだ。(12/27)

 ユシチェンコ勝利でウクライナでは大喜び。歌謡曲コンクール「ユーロヴィジョン」の優勝者ルスラナが、ポーランドから送られた15メートルもあるオレンジ色の毛糸のマフラーを見せているのを見た。「これ、ポーランド人たちが作って送ってくれたのよ!」と叫んでいた。だが彼らは、今後どんなにつらい変化が待ち受けているか、自由と民主主義と自由市場の代価がどんなものかをまだ知らない。その代価をもう15年間支払い続けているポーランド人たちが思い知ったように、彼らもいずれ知ることになるだろう。
 明日は6時前に起きて労働局に行く。(12/28)

2004/12/26 16:51

e-mail報告:イヴのディナー、スタンコ

 イヴのディナーには次のものが出た。ウシュキ(小さい餃子のようなもの。アニャからもらったキノコが役立った)入りのバルシチ・チェルヴォニィ(赤ビートの酸っぱいスープ)、キャベツ入りピエロギ(ゆでたキャベツの水気を絞ったのはダヴィド)、鯉(食べなかった)、シャルロトカ(リンゴケーキ)、マコヴィエツ(ケシの実ロールケーキ)、セルニク(チーズケーキ)、ドライフルーツのコンポート。もちろん、コーヒー、紅茶、炭酸入りミネラルウォーターも。グラシュカは(来ないようなことを言っていたけれど)来た。それからマジェンカが息子のクリスティアンを連れてウィーンからやって来た。プレゼントにはみんなが満足。自分は犬のレブスを散歩に連れ出したせいで、プレゼントを持って帰るのを忘れた。ユレクが全員を車で家まで送ってくれた。途中、ネズミ捕りレーダー監視装置があるところを教えてくれた。23時前に帰宅。
 メールが1通も届いていない(クリスマス・メールでネットが混雑しているせいらしい)。(12/25)

 木曜日に録画しておいた「Poniedzialek月曜日」というタイトルの映画を今日見た。失業率の高い現在のポーランドを、社会の底辺にいる人たちが使っている言葉で描いているのが面白かった。破産したビジネスマンの役をジャズ・トランペッターのトマシュ・スタンコ、悪党役を有名な反逆児ミュージシャン、パヴェウ・クキスが演じている。(12/26)

2004/12/25 03:00

e-mail報告:クリスマス・イヴ直前

 明日は暴風になるというので、うちでじっとしていたいのだけれど、ハニャ(妹)のところに行かなければならない。
 あと、靴拭きマットを洗って、掃除機をかけて、蜘蛛の巣を取り払わなくては。(12/23)

 外に出るのは嫌だな。雨がしとしと降っていて、道はどろどろ。ホワイト・クリスマスになると言っていたのに、雪なんかこれっぽっちもない。午後は強風になるというし。バルト海沿岸地方にはもう吹いている。(12/24)

2004/12/25 03:00

電話報告:イヴの習慣、小鳥たち(12/23)

 明日、ハニャ(妹)のところに行く。クリスマス・イヴには、放浪者や宿無しの人が来たときのために、座席を一つ空けておく習慣がある。でも、もしうちにホームレスが来て、「その席、空いてますか?」と尋ねたら、「ここには座れないよ。だって席を一つ空けておく習慣だから!」と言って断る。
 シジュウカラの一種シコラ・ウボガ(学名Parus palustris)らしき小鳥を見た。シジュウカラ(ポーランド語でボガトカ、学名Parus majorという種類)は、窓のカーテンを動かしても逃げない。スズメはカーテンを動かすとパンを投げてくれると思って、飛んでやってくる。ヒマワリを1本残しておいてよかった。それに豚の脂身を吊している。シジュウカラは朝3、4羽飛んでくる。どうやってか知らないが、脂身があることを仲間に伝えて連れてくる。
 大きな鏡を磨いた。カーテンを洗濯した。窓は洗っていない。明日シーツを取り替えようかな。休みが長いとパンをいくつ買うべきかいつも悩む。

2004/12/24 01:02

e-mail報告:劇の切符、盆栽、鉄道、地図

 グダンスクの労働事務所には仕事はないが、失業者のために1ズウォティ(約32円)の劇場の切符があり、多くの人が利用している。ある男はその1ズウォティを仲間から借りなければならなかったほどだ。
 盆栽は11月に大きな葉を落としたばかりなのに、ストーブで室内が暖かいので春だと思って、もう緑の若芽を出している。もちろんその早すぎる葉っぱは切り落とす。(12/20)

 今朝8時から9時まで、地域の接続を守るため、鉄道のストライキがあった。またもや地域路線を廃止しようとしているのだ。(12/22)

 今日はクラクフ市街地図を見ながら通りの名を勉強した。容易じゃない。昔知っていた通りの多くがすでにない(民主化後、名前が変わったため)。(12/23)

2004/12/22 02:39

e-mail報告:値上げ、カレー、金メダル

 新年から電気とガスの値上げ。ガスは(ひいてないので)どうってことないが、電気代値上げは困る。(12/18)

 またカレーを作った。(12/18)

 アテネ・オリンピックのバタフライで金メダルを獲得したオティリア・イェンドジェイチャクが、自分のメダルを競売にかけ、売れた代金を白血病の子どもたちの治療費として寄付した。彼女はこの運動に参加するよう他の選手にも呼びかけた。選手たちは自分たちのシャツや手袋を提供した。馬術競技のある女性選手は、ダイアナ妃の手から賞品として受け取った拍車を出品した。本物のオリンピックのメダルは金メッキだが、オティリアのために国立造幣局が金無垢で忠実なコピーを作り、アテネのときと同じメーカーが製作したリボンを付けた。オティリアのメダルはポーランドの会社が27万5000ズウォティ以上で落札した。
 朝、体重を量ったら86kgだった。シジュウカラは2つめの豚の脂身を食べ終わりそうだ。(12/19)

2004/12/18 00:59

e-mail報告:映画、近所の店(12/17)

 いま同時に2本の映画を交互に見ている。ギュンター・グラス原作の「ブリキの太鼓」とアンジェイ・ワイダ監督の「パンナ・ニクト」を、驚異的なプラツキ・ジェムニャチャーネを食べながら(また焼いた)。料理のメニューが単調なのは、近所の店の品揃えが単調なせいだ。紅茶を買いにわざわざ線路の向こうまで出かけている。近所の店にお気に入りのアール・グレイがないと、いつ入荷するものやらわからないからだ。ここのバカな店員たちには、PRL(ポーランド人民共和国)が15年前に終わったという事実がまだわからないのだ。この店にはなぜか、配給切符時代に一般的だった「チョコレートもどき」(チョコレート代用品)さえ置いてある。そのうえミニチュア鶏の卵みたいな記録的に小さな卵。

2004/12/18 00:59

電話報告:チャット、ミコワイ像(12/16)

 クラクフで33歳の女が1日20時間もインターネットのチャットに没頭。裁判所は彼女にインターネット依存症を治療するように命じたが、酒や煙草や賭博と違ってこの治療にはお金が掛かる。子どもの面倒を見ないので、裁判所が子どもを取り上げた。
 コピーライターの求人があったので電話してみたら、高学歴が必要と言われ断られた。
 子どものサナトリウムがある町ラプカに市長のアイデアで聖ミコワイ(ニコラウス)像が建てられた。最近はいわゆるサンタクロースが幅を利かせているが、これは昔風の聖職者の恰好をしたきれいな聖ミコワイ。子どもたちは喜んでいるが、評議会議員たちは反対している。
 このところ暖かかったので、森にキノコが生えて、人々はキノコ狩りに行っていた。でも夜は寒くて−2℃。
 ウクライナとドイツではポーランド語学習が流行。ウクライナではポーランド語をしゃべる人は歓迎される。ドイツはポーランドと国境を接していて交流があるので。
 アフリカ風ピエロギの謎を推測してみた。たぶんこういうことだ。アフリカの黒人がモスクワかポーランドに留学してピエロギの作り方を覚え、帰国してからピエロギを食べさせる店を出した。それを見た外国人がてっきりアフリカ料理だと思った、というわけ。
 本のプロモーションの記事でナタリア・シニャダンコ(朝食の意)という名の作家がいた。コラツィイカ(夕食)さんとかオビヤデク(昼食)さんがいたら、もっといい。
 シジュウカラの1羽が脂身を食べているとき別のが来ると、翼をばたばたやって追い払う。
 バインダーノートを買ったので、来年の復活祭がいつなのかようやくわかった。3月27、28日。

2004/12/17 00:10

e-mail報告:葬式、地震後の教会(12/15)

 シジュウカラは美しい色をしている。背中は青緑色、お腹は黄色、頬は白くて、首に黒い縞がある。
 テレビで見て驚いたこと。ある小学校で、教理問答の修道女が子どもたちに、自分の葬式のスピーチを書いてきなさいという宿題を出した。ユーモアとジョークでその課題をこなした男の子たちもいたが、女の子たちは役にはまりこんで自分の言葉にショックを受け、自分が死んでしまったように感じた。怒った親がこの件をテレビに訴えた。修道女の説明によると、これは彼女のアイデアではなく、そういう教育プログラムになっていたのだという。幸い他校ではこのプログラムは回避されている。スキャンダル。
 地震後、ノヴィ・タルク近くの教会では歌ったり鐘を鳴らしたりすることは禁止。壁に複数のひび割れがあり、振動すると危険だから。グラレ(山岳民族)と司祭はクリスマス礼拝を屋外で執り行おうと考えている。

2004/12/17 00:09

e-mail報告:放火事件、聖夜準備(12/15)

 ワルシャワでは一昨日、フィットネス・クラブが放火された。そこにはマフィアの人たちが通っていた。おそらく彼らの報復だろう。うち1人が逃げ遅れて焼死。
 不思議なことに、日曜日はシジュウカラもお休みであるかのように1羽も来なかった。休日だって餌はとるはずだし、ときおり普段以上に食べることさえあるのに。いまは毎日複数やってくるので、今日は新しい豚の脂身を吊してやった。シジュウカラたちは、あのスーパー「チャンピオン」の女性店員たちみたいにむしゃむしゃと食べる。
 明日は窓を洗って、カーテンを洗濯して、プレゼントを包装しはじめる予定。クリスマス・年賀カードを知り合いに送った。

2004/12/16 00:33

e-mail報告:でっちあげ事件(12/14)

 ヤヴォジュノのスーパーマーケット「チャンピオン」の事件をテレビで見て大笑いした。
 店のレジから4万ズウォティ(約120万円)が不足していることに気付いた店の管理部は、それを会社の上層部に知られないように隠すことにした。彼らは「すばらしい」アイデアを思いついた。十数人の女性店員を就業中に商品を盗み食いしたとして訴えたのだ。彼らは店員たちにソーセージやピエロギを盗み食いしたという宣誓書に無理やりサインさせた。それによると1人につき月に18kgのソーセージを食べたことになる。そのうえその女性店員たちは懲戒免職にされた。それでメディアに訴えたというわけだ。メディアに出たついでに彼女たちは、店ではカビの生えた古いハムやソーセージを「生物学的に再生」するよう命じられたことを語った。
 これはまるきりムロージェクが書きそうなテーマだな。カフカだったらこんなの夢にも思わないだろうよ。

2004/12/16 00:33

e-mail報告:戒厳令記念日、事故(12/14)

 今日は戒厳令発令23周年記念日。その関連のアーカイヴ資料やドキュメントがたくさん。自分はそれを完璧に覚えているし、実際この目で見て体験した。同時に、このことを親から聞いたり、歴史の授業で習ったり、本や映像から知ったりしただけの世代がもう成人しているということに気付いた。まったく何も知らない人さえいる。
 ニュースでは戒厳令記念日以外にひどい交通事故について報じていた。ルブリン近郊で車を運転していたある女性が、突然道路に飛び出した猫を避けようとしてハンドルを切り、スクールバスを待っていた子どもたちの中に突っ込んだ。女の子3人が重傷で入院。女性は軽傷。猫は逃げた。

2004/12/11 23:37

e-mail報告:コオロギ、豚の脂身(12/9)

 長いトンネルには地域暖房センターから暖かい蒸気を送る管が通っているので、いつも同じ場所でコオロギの声がする。
 明日はシジュウカラが来るといいなあ。でも、まず彼らがここに豚の脂身があることを知らないと。

2004/12/11 23:36

電話報告:郵便局、シジュウカラ(12/9)

 郵便局のボグシュにナガミミのホームページ・アドレスをあげる。今度、日本に自作の絵を郵送するときには、まずボグシュに絵を見せて、それから封筒に封をすることにした。
 エヴァの番組では、出産のためエヴァがお休みの間、これまでの出演者の追跡レポートを放映している。
 豚の脂身を買って、シジュウカラのために吊した。

2004/12/11 23:38

電話報告:オレンジ、地震、ワニ肉(12/2)

 エヴァ・ズジズガのトーク番組がいま終わったところ。テレビではエヴァはまだ妊娠中だが、床屋にいったときに見た雑誌に彼女が息子を産んだという記事が載っていた。産院では取材を避けるため、個室に鍵を掛けて閉じこもっていたそうだ。今日の番組のテーマは「不眠症」。ポーランド人の40パーセントが不眠症だと言っていたが、番組出演者7人はすべて女性。男はどうなってるんだ? いまコンピューターの調子が悪くて残念。メールが送れたら、番組に「なぜ女ばかりなんだ!」と意見を書いて送ったのに。それにある男性が発言しようとするたびにエヴァがさえぎったので、結局その男の人が何を言いたかったのかわからなかった。腹が立つ!
 国会ではみんな(ウクライナの野党候補に支持を示すため彼のシンボルカラーである)オレンジ色のリボンを付けている。机の上にオレンジやミカンを置くというのはポーランド人が先にやりはじめて、ウクライナでも真似ている。ロシアのテレビは、今回のウクライナ大統領選の混乱はアメリカとポーランドの陰謀だと言っている。
 中央広場でクリスマス市が始まった。キエフとニュルンベルクの屋台も出ている。キエフで抗議の座り込みをしている野党支持者たちはポーランド人を歓迎している。ここ十何年間かの外交努力よりも、ここ数日間の動きでポーランドとウクライナの関係はぐっと改善した。ウクライナ人は1993年のウクライナの独立を世界で最初に認めた国がポーランドだったことを覚えているのだ。
 ポーランドの人気ロックバンド、MAANAM(マーナム)とPerfect(ペルフェクト)、歌手のエディタ・グルニャクがキエフに行ってノーギャラでコンサートを開いた。ソ連領だったウクライナでは西側のロックが聴けなかったので、ポーランド・ロックであるPerfectが彼らにとって唯一のロックとの接触だった。Perfectの歌はウクライナ人もみんなが知っていていっしょに歌っていた。キエフで、オレンジ色のリボンを付けた年輩の女性が、飼い猫にもオレンジ色のリボンを付けていっしょに踊っていたのが可笑しかった。
 火曜日にポドハレでかなり大きな地震があり、学校や教会が壊れた。休校になっても子どもたちは喜ぶどころか怖がっている。タトラ山地はいまだ成長中で、年に1cmの割合で高くなっている。だからときどき地震がある。10年前にもあったそうだ。今回の地震はクラクフでも感じたそうだが、自分は感じなかった。
 天才的なファソルカ(エッセイ第3回を参照のこと)を作った。プラツキ・ジェムニャチャーネがおいしかったので日曜日にまた作って食べた。またもや天才的な出来だった。
 ガゼタ・ヴィボルチャ紙の付録のレストラン・ガイドをとってある。ピウスツキ通りにアフリカ料理屋があるそうだ。ワニ肉料理も出す。今度行ってみよう。アフリカ風ピエロギというのもある。(アフリカにピエロギはないと思うが…)
 +8℃、この時期としては暖かい。でも雨が降って凍ると道が滑ってあぶない。プワシュフでは滑り止めに砂や塩を撒くとかそういうことをだれもしないので、転んで骨折したらそれでおしまいだ。エステルカの先の分かれ道のところにあった廃墟はもう取り壊された。新しい道路を造るらしい。そのあたりの人たちは立ち退かされた。でもスタシェクだけは頑張って残っている。
 プシェメクがやってきて金は返してくれたが、コンピューターは直してくれなかった。ヴォイテクは病気だとか言って、来ない。
 郵便局でクリスマス・カードを買った。火曜日に大型スーパー「テスコ」に行く。甥っ子のクリスマス・プレゼントに何を買えばいいのかハニャ(妹)に訊いた。ユレク(ハニャの次男)は「一応サンタさんへ」という手紙の中で、テスコのコンピューターの棚にある39ズウォティの何とかいうソフトを希望。ダヴィド(ハニャの長男)に何を買えばいいのかは父親のユレクに訊いてみる。
 日本技術美術センター開館10周年に際したワイダ夫妻のインタビュー記事をとってある。
 いまドルが安い。1ドル=3.11ズウォティ。ズウォティが強すぎる。外国に行くにはいまがお得。航空券が安く買える。ズウォティはユーロに対しても強い。
 Mysikrolikミシクルリク(文字通りに訳せば「ハツカネズミウサギ」。ポーランドにはこういう名の小鳥が本当にいる)は白いウンチをして、寝るときは翼で頭を隠し、小さいイビキをたてる。

2004/11/26 20:51

電話報告:ウクライナ、逆流、停電(11/25)

 テレビにキエフが映っている。レフ(ワレサ)が応援に行った。ウクライナの人たちは「ポリシャ、ポリシャ!(ポーランド)」と大喜び。ヴァウェンサ(ワレサ)だけでなく、ほかにもコモロフスキなど国会議員が何人か行っている。レフは「ポーランド人が戦ったときは西側が支援してくれたのだから、今度は我々がウクライナを助ける番だ」と言った。ただしポーランドの方が困難は大きかった。なにしろコミュニズム全体を相手にしていたのだから。ウクライナの野党支持者たちはいまのところ平和的にピクニックをしている。雪の降る寒い中、オレンジ色のテントを張って何万人かがすわりこみ。ヴァウェンサは、力を失わないよう半分ずつ人員交替して鋭気を養うようにとアドバイスした。
 ポーランド国内のウクライナ大使館(ワルシャワ)と領事館(クラクフ)の前にも野党支持のウクライナ人を応援する人々が多数集っている。
 昨日また強風のため、バルト海の河口で海から川へ水が逆流した。ウストカでは刑務所が浸水して囚人たちが非難した。
 天才的なプラツキ・ジェムニャチャーネ(ジャガイモのお好み焼きのような料理)を作った。ジャガイモをお粥みたいにどろどろにすりおろすのではなく、おろし器のチーズをおろす穴(直径1.5mmくらい)ですりおろす。つなぎは小麦粉をほんの少し入れるだけで、とても歯ごたえがよく、おいしい。
 ルダヴァ川(ヴィスワ川の支流)の岸辺の木の皮がかじられているのが見つかった。この辺にもビーバーが住んでいるらしい。
 スロヴァキアでは強風のため、タトラ山地の木が何万本も倒れた。ポーランド人が植林を手伝うことになっている。
 ストーブと風呂のボイラーのタイマーは正常に作動している。サーモスタットもちゃんと働いている。
 このあいだ強風のとき30分ほど停電した。ワルシャワでは30万人が停電の被害を受けた。テレビ局、ラジオ局、空港なども停電して混乱。うちではテレビのニュースを見ていたとき、突然ぷつりと切れた。テレビ局は非常用電源ですぐに放送を再開したが、ニュースではなく別の番組を始めた。
 ドイツに家を買おう。ポーランド国境近くにはきれいな空き家がたくさんあって、しかも安い。割のいい職を求めて、この地方のドイツ人が西へ移住したため。ゲルリッツ市長はポーランド人に住んでほしいと宣伝している。
 月曜日、ハニャのところにプレゼントを持っていく。ついでに床屋に行こうかな。髪がぼうぼうだ。
 おなかは痛くなくなったが、毎晩おなかがすいて夜中に2度目が覚める。3時に起きて甘いものを食べ、紅茶を飲み、トイレに行って寝る。ふたたび5時に目が覚め、また甘いものを食べ、紅茶を飲み、トイレに行って寝る。こうしてどんどん太ってしまう。

2004/11/20 02:06

電話報告:暴風、日本企業、街灯(11/18)

 暴風で7人死亡。ワルシャワのプラスキ公園で強風のため木が折れて、生後6か月の女の赤ちゃんが亡くなった。車の上に木が倒れてきて亡くなった人もいる。ウストカではものすごい高波。
 朝、店に買い物に出たとき、風が強かった。建物の入口のドアが開けっ放しだった。隣の人に何度言っても開けっ放しにする。このドアにちゃんとした鍵を取り付けたい。暴風が吹いた年は厳しい冬になると言われている。以前、斜向かいに住んでいた家族は、燃料代をけちって、ただでもらってきた廃材を燃やして暖を取っていた。塗装してある材木を燃やしていたので有毒ガスが出たが、彼らはちっとも気にしていなかった。でも2階の住人たちは変な匂いがすると言って心配していた。
 クシェシュフという町には日本企業の工場があり500人の従業員を雇っている。そこの市長が、その工場のある通りを企業の名を取って「タカタ通り」にしようと考えた。企業のPRにもなるし、町も有名になる。テレビでそこの住民にインタビューをしていたが、従業員以外の人は「タカタ通り」案には不満らしい。
 月曜日にうちの前の通りに新しい柱を立てていたので、電話線か何かをひくのかと思っていたら、そうではなくて街灯だった。夜になるとオレンジ色の光がうちの窓から入る。
道が明るくなった。でも前みたいに暗い方が好きだ。
 日本では、ケガをして尾っぽのないイルカに人工の義尾をつけてやったそうだ。
 おいしいソーセージ入りのカレーを作った。
 今日は禁煙デーなので、テレビでさかんに喫煙の害を訴えている。いま吸っている煙草「ポプラルネ」のパッケージは死亡告示にそっくりだ。煙草は1年後に値段がすっごく高くなる。これを機会に禁煙したいのだが。
 いまのところ寒くはないので、11月中はストーブをつけずにすむかもしれない。

2004/11/13 01:37

電話報告:4連休、ホームレス、雪(11/11)

 4日間連休(11/11がポーランド独立復興記念日のため)。店も役所も休みでああ嫌だ。長いウィークエンドの前はいつもパンをいくつ買えばいいのかわからないし、買ったら買ったで古くて固くなったパンを食べなきゃならない。やだやだ。少なくとも飲食店は開いているのが救い。スーパーが休みなのでエステルカに煙草を買いに行った。
 プシェメクが来た。ヴォイテクも来ることになっていたのにCDを忘れたと言って来なかった。
 用事はすべて月曜以降にやる。
 ロンドンでホームレス生活を送るポーランド人をテレビで見た。8月か9月に3人で出かけて、1人がようやく左官屋の仕事にありついたが、あとの2人はいまだに何の見込みもない。仕事が決まった1人は、まだ働いてもいないのに、もうクリスマス休みに家に帰ることを夢見ている。ポーランド人は「仕事がない仕事がない」と嘆くくせに、仕事にありつくとすぐに怠けることばかり考える。
 寒い。山の方は雪。明日あさってはここも雪が降るという予想。ストーブつけよう。
 隣の住人が休みの日になると、金槌を手にして何かをゴンゴンたたくのでうるさくて困る。廊下でうるさいのもいつも隣のうちの人。マジェナ(2階の住人)が収容所から連れ戻した犬は部屋に入れてもらえず廊下でうろうろしていて、やっぱりうるさい。ときどき2階のズビシェクのうちの前の敷物の上で寝ていることがあるらしい。

2004/11/07 04:26

電話報告:時報ラッパ、テレビ番組(11/4)

 プシェメクが来て、コーヒー飲みに行こうと言う。彼が言うんだから、コーヒーなんかのはずがない。で、2人で飲んだ。
 火曜日にヴォイテクが来て、Win98を再インストールしてくれることになった。
 聖マリア教会の塔の上で33年間、時を告げるラッパを吹く仕事をしていた人が年金生活に入った。その息子が跡を継ぐことになった。息子がしかるべき手続きを踏んで実際職場に入るまでの2日間、代理でアメリカのジャズ・トランペッターが吹いた。これまで時報のラッパはポーランド人しか吹いてはいけないことになっていた。アメリカ人が吹いていたとは誰も知らなかった。
 テレビで、マルティナなんとかという女が世界中のあちこちに行き、スタッフから携帯電話で与えられた課題に挑戦するという番組がある。今回マルティナが出かけたのは日本だった。原宿で普通の女子高生か女子中学生に、いきなりポーランド語で「私はポーランドから来たマルティナ」といい、Do you speak English? と訊くと、女の子たちは嫌がって逃げてしまった。なのに彼女はしつこく追いかけて、「なんて恥ずかしがりなんでしょう」とコメントしたので、腹が立った。恥ずかしいのではなく、話したくなかっただけだ。彼女は自分が有名人だから、どこに出かけても「私はマルティナ」と言えば皆が喜んで相手をしてくれると思いこんでいる。マレーシアかどこかではそうだったが、日本でもそうとは限らない。
 今回の彼女の課題は「日本で仕事を見つけること」。そのあと、すし職人になろうとして、すし屋ですしを握らせてもらう。それから新幹線で京都に行く。新幹線の運転室を無理やり撮影しようとして、細めに開けたドアから顔をのぞかせた運転手に、またもやDo you speak English? と尋ねる。運転手が拒むと彼女は性懲りもなく、シュプレッヘン・ジー・ドイチュ? パルレ・フランセー? イタリアーノ? などど続けた。ばかばかしいことこのうえない。運転手は無言でドアをぴしゃりと閉めた。
 京都では、娘さんたちが芸妓になるための修行をしているところを訪問。そこでマルティナは「ここの娘たちは動物園の猿のよう」と臆面もなく言い放った。なぜこんなコメントを放映するのかわからない。ポリティカル・コレクトネスに鑑み、日本の事情をよく知る人が抗議すべきかも知れない。マルティナが人力車の車夫になりたいというと、自分が乗るから車を引いてみろと車夫に命じられる。彼女が必死で長柄を持ち上げようとするところは傑作だった。
 団地のゴミ箱に、ホームレスの連中が白昼堂々とゴミを捨てに来る。このあいだの車両の火事といい、彼らは問題ばかり起こす。
 イラクで誘拐されたポーランド人女性の夫であるイラク人は、かつてポーランドの演劇学校で学んだことがあり、有名な女優のアンナ・ポロニィに教わったこともあるそうだ。

2004/11/06 01:56

e-mail報告15

 このところずっとコンピューターの調子が悪い。起動後、メールやインターネットに接続するとき毎回問題がある。教師をしている友人に連絡をとって、コンピューターの専門家を紹介してもらおうかと思う。(11/3)

 この2日間、まずい瓶詰めのロールキャベツが昼食だった。でも今日、白ソーセージを買ったので、明日からはおいしい食事ができる。
 村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の書評を読んだ。「散文界のタランティーノ」のような日本作家で、この作品は少し「不思議の国のアリス」に関連しているそうだ。
 Pが誘拐されるという悪夢を見た。たぶん拉致とテロ関係の番組をいくつか見たせいだろう。恐ろしかった。ともかく犯人たちの目的がわからなかった。だって俺は金持ちじゃないし。腹が立っておびえて目が覚めたが、夢だとわかってうれしかった。(11/3)

 相変わらずCSの調子が悪い。プシェメクが来てコンピューターを調べてくれた。いまのところマアマア。さてどれくらい保つかな。(11/4)

2004/10/31 00:53

電話報告:イラク、火事、墓地、熊(10/28)

 ポーランド人女性テレサさんがイラクで拘束された。テレビ局によって彼女の名字を言ったり伏せたり、対応がバラバラ。テレサさんは30年間イラクに住んでいる。以前は領事館で働いていた。イラク人と結婚し、イラク国籍を取得。アラビア語が堪能なので、最近はアメリカ軍のもとで働いていた。
 拘束された日本人も見た。
 日曜日にポドグルスキ墓地に行く途中、プワシュフ駅に黒こげの車両があったので、また解体するために運んできたのかと思ったら、そうではなく、2人のホームレスが寝泊まりして失火、2人とも煙に巻かれて死んだのだとあとでわかった。
 墓地ではヤネクおじの墓のはずれていた銘板が取り付けられていた。いとこのヴィテクが直したのかもしれない。おばさんたちの墓参りもした。
 昨日、労働局に行ったついでにラコヴィツキ墓地にもお参りした。
 スロヴァキアでは熊を60頭射殺した。スロヴァキアはポーランドより熊が多い。でもポーランドの熊がスロヴァキアの森に迷い込むことがあるかもしれない。ポーランドでは熊は保護されている。
 ダイアナ・クラールのポーランド公演のチケットはすぐに売り切れ、ネット・オークションで2900ズウォティの値がついた。
 タデウシュの名の日だったので、ゴロンカに電話してみたが、「この番号は現在使われておりません」。
 あとバトヴィツェの墓地に行かなきゃ。
 近所のスーパーで本を売るようになった。レジの横に置いてある。鳩の卵みたいな小さい卵の代わりに、ちゃんとした卵を置いてくれればいいのに…。

2004/10/26 17:51

電話報告:映画祭、ベラルーシ(10/21)

 台風による被害の映像を見た。
 チェコ&スロヴァキア映画祭では50本の映画が上映され、11都市を巡回する。上映作品の中にはフラバル原作の映画やハヴェル原作の映画もあり、いまハヴェルが来ている。
 ベラルーシのルカシェンコは自分の任期を延長しようとしている。EUが予算を出してくれたら、ポーランドからベラルーシ国民向けにラジオ放送を流すという案がある。
 口は普通に閉まるようになった。
 秋の長雨で道はどろどろ。

2004/10/26 17:51

ボグダンのe-mail報告13

 下の歯で、まだ少し腫れている上側に触れないように気を付けなくては。
 買い物に出たとき、うち以外のドア口に広告が山積みになっているのを見た。
 テレビでやっていたのだが、一般のチェチェン人たちがビエスランの悲劇後の報復を恐れ、避難民としてポーランドに逃げてきている。ベラルーシではポーランド側に通過させてもらえるよう賄賂を支払わねばならない。彼らの旅費の大部分は、グローズヌィ(パスポート)から始まってポーランド国境に至るまでの賄賂だ。ポーランドに入ればもう賄賂を払う必要はないが、ぼったくりタクシー運転手たちが彼らを待ちかまえていて、ワルシャワ郊外の避難民センターまで列車だと39ズウォティのところを400ズウォティで運んでやるという。(10/20)

 ベラルーシではルカシェンコが情報操作と不正の結果、生涯(彼の支持者が言うには「世界の終わりともう1日あとまで」)政権を執るかもしれない。ポーランド国会はベラルーシ政府との関係をさらに制限することで合意した。ただし一般のベラルーシ人に対して扉は開いている。インチキな選挙と国民投票に昨日抗議した人々に対する審理が今日始まった。
 ペリカンちゃんは今朝、自分のふくらみをすっかり隠すことができなかった。それがちっちゃな翼=お手々であることに気付いた。しかしその後、消えてしまった。(10/20)

 ペリカンちゃんの翼=お手々ははっきり見えていて、ときどき夜中のみだが物音も聞こえる。今朝我々は反対の声もなく紅茶を淹れたが、ペリカンちゃんが火傷するのではないかと思い、カップにヒーター方式に戻ることも考えている。しかし、お湯を沸かすように作られている以上は、それをすべきだという考えに傾いている。(10/21)

2004/10/22 02:40

ボグダンのe-mail報告12

 これからプレゼントを包装するところ。アニャにもらった干しキノコも持っていく。これでハニャはクリスマス・イヴ用にキノコを買わなくてすむ。
 かちかちになった靴クリームを缶ごと火で暖めるはめになった。乾いたかけらは冷めるとふたたびなめらかな柔らかいクリームになった。
 ボンサイは葉を落としたが、左側のが新芽を出しているのでこれから切りとる。トゲちゃん(サボテン)は伸びていて絶えず新しい葉を出すが、出てくる葉はだんだん小さくなっている。竹ちゃんはゆっくりだけど、かなり成長した。
 朝起きたとき、ペリカンちゃん(電気ポット)はまたあの奇妙なふくらみを隠して、水の水準目盛りをまっすぐにしていた。それは目の形をしていて、ときどき夜中に水平に並ぶ。寝ているときまたもや、うめくようなざわめき、ざわめくようなうめきが聞こえた。(10/17)

 パーティーから帰宅したところ。ユレクが車で家まで送ってくれた。
 おいしいハム(2種類)とリシェツカ・ソーセージ、マッシュルームとグリンピースのおいしいサラダ(マヨネーズ味)、いろんなケーキ+クレムフカ(クリームケーキ)が出たけど、歯痛のためあまりたくさんは食べられなかった。プレゼントには2人とも満足していた。 (10/17)

 朝はまあまあだったけど、いま2時でアタマ、トテモイタイ。あの歯のせいでこうなった。エトピリナ2錠飲んだが効かなかった。夕方には何か変わるかな。
 昨日、ルィネク(中央広場)の新しい部分を見た。考古学調査が終わったのでこれからは仕事がはかどるだろう。おもにヴワディスワフ・ウォキェテク王時代のさまざまな細かい物が発掘された。シチェパインスカ通りに新しくできたギリシャの店とビストロも見た。(10/18)

 口の中にクローブ・エキスとプロポリスを交互に入れているが大した効果はない。頭痛とあいまって街に出るのは無理。エトピリナを飲んでこれから寝る。アタマに冷たいタオルをのせて、緑茶を飲もうか。(10/18)

 頭はもう痛くないが、口はまだ痛い。眠れない。(10/19)

 ハニャのところでリシェツカ・ソーセージを食べてみてとてもおいしかったので、今日、スーパー「レヴィヤタン」で買ってみた。値段は高いが、薄く切れるから経済的だし、おいしい。(10/19)

2004/10/17 00:50

ボグダンのe-mail報告11

 テレビでテレンス・マリック監督の映画「Days of Heaven」を見た。映画評には「映画史上もっとも美しく撮影された映画のうちの1つ」という著名な批評家ロジャー・エバートの言葉が引用されていた。実際、撮影は見事で魅力的。製作は1978年、主演のリチャード・ギアは何て若いおぼっちゃん!
 映画が終わって夜中2時近く、テレビを消したとたん、ドアをたたく音がする。だれだかわからなかったので「夜中の2時に何だ?!」と怒鳴ったら、何か答えた。そのときプシェメクだとわかった。それから彼は庭に行って、俺がシャッターを下ろすまで長いこと窓をたたいていた。ただ眠りたいだけなんだとわめきちらし、シャッターを下ろしたら静まったが、それでも半時間続いた。そのあと長い間いらいらして眠れなかった。普通に訪ねてきたら、普通に扱ってあげるのに。(10/15)

 ジャガイモ・カレーを作ったら、これまででいちばんうまくいった。玉ネギといっしょに炒めたソーセージと、ニンニクと、ずっと残っていた「クハレク」(粉状調味料)を入れた。いつも自分のカレーには何か足りなかったが、塩が足らなかったのだとわかった。でもクハレクがさらに風味を加えた。クミンも入れるつもりだったけど忘れた。
 でもしつこい歯痛がせっかくの楽しみを台無しにする。痛みはさほどひどくはないが忘れることはできず、口の片方で食べなければならない。顔の右側が立派に腫れている。そのうえこういうことは「つねに」週末に起こる。明日、ハニャのうちに行くのにどうなることやらわからない。歩くときがいちばん痛むのだ。月曜日はどうなるかな。まずかったら歯医者に行く。問題は、朝は痛くなくて歯磨きできるほどなのに、午後から夕方になると痛み始めることだ。
 外は寒くて(14時7分)13℃。
 夜中、手洗いに起きたら、台所の隅で何かが動いたような気がした。近寄って(ネズミかな?)そこに立っているペリカンちゃんに触れてみた。以前はなかったふくらみを指に感じるような気がしたが、すぐ消えてしまった。歯茎の痛みで消耗した結果だと思って寝ることにした。しかし寝入る前に、かすかにうめくような音が聞こえた。ひょっとしたらもう夢を見ていたのか?(10/16)

2004/10/17 00:49

電話報告:歯痛、写真展、ハッカー(10/14)

 歯が痛くなって2日目。ときどき腫れて痛くなるがいつもは1日だけで治まる。
 クネーデルがあと少し残っている。ソーセージ入りのカレーを作ろうと思う。
 若い女性写真家が半年間ある団地に通い、そこの住民をそれぞれの自宅で撮影して、写真展を開いた。それまで互いに知らなかった住民同士が展覧会のオープニング・パーティーで知り合いになった。
 テレビ番組「UWAGA! 気をつけて!」で、各政党の公式ウェブサイトをハッキングできるかどうか2人のハッカーが試していた。簡単にハッキングできるサイトもあった。
 アメリカ大統領選でケリー候補が勝てば、ポーランド人はビザ無しでアメリカに行けるようになる。

2004/10/17 00:49

ボグダンのe-mail報告10

 クレパシュで買い物をしたとき、売り台の大きなカボチャに笑い顔が描いてあって、「私を買って!」という文字が、その下には「私1kg 2zl(ズウォティ)」とあった。
 インターネットで求人情報を見てみた。こんなのがあった。運転手―ワルシャワ、ジェルジョニュフ、イギリス、アイルランド。海底ボーリング探査の仕事。
 節約のつもりで(いつもの)4ズウォティのキェレツキ・マヨネーズではなく1.29ズウォティのヴィボローヴィ・マヨネーズを買った。いま節約の名において苦しみながら、ヘドの出そうなヴィボローヴィ・マヨネーズを食べている。フウウウイ。(10/12)

 ペリカンちゃん(本当にペリカンに似ている。取っ手がくちばしのよう)はもう乾いてベッドに横たわっている。この子に何か服を縫ってやろうかと思っている。だってお湯を沸かすときは万事OKで暖かいけど、必要とされないときはただ立っているだけできっと寒いにちがいない。だから夜は布団の中に入れてやったのであって、べつに他の目的はない。(10/13)

 甥っ子たちのためのチョコレートを1枚買い直すはめになった。夜中に我慢できず食べちゃったから。
 2週間ほど前、うちの入口のドアに次のような内容の紙を貼り付けた。「広告一切お断り。ゴミを捨てないでください。市警備隊が来ます」以来、ドアの下には1枚の広告もない。これでおそらくこの長屋全体が一安心。よその入口にもないのだ。以前は少なくとも週2回は要らない屑紙の配達があった。
 西友で買った茶色のコーデュロイのズボンは洗ったらちょっと縮んでしまった。タンデタで買った黒いのも洗濯したのだが、はたしてどうなるか。
 今日も寒くて、朝は0℃(スヴァウシチズナは-6℃)だったが、じきに暖かくなるという。(10/13)

 冷凍のプルーン入りクネーデル(だんご)を茹でて半分食べた。
 バラエティ番組「バラードとの出会い」にマルタ・ビゾンが出ている。彼女の公演を見にいったときのほうが気に入ったが、やはりいい女優には違いない(痩せて鼻が大きくなったけど)。キャバレーの面白可笑しい場面をコンサート風に演じている。(10/14)

2004/10/13 02:46

ボグダンのe-mail報告9

 ズビシェクが適切なタイマーを持ってきてくれた、が、しかしヒーターのサーモスタットが作動しないことが判明。保証書が見つからないが、たぶん1年か2年だった。ヒーターは暖かくはなるけれど、タイマーかプラグでオンオフすることになるだろう。(10/11)

 また魔法瓶が使えるので喜んでいる。幸い1リットルのペリカン(電気ポット)は分量がちょうどいい。
 明日は処方箋と薬を取りにいく。(10/11)

 処方箋を取りに行き、もう薬も買った。ルィネク(中央広場)でボベクとチャペクに会ったが、彼らが一滴も飲まずに家に帰るという奇蹟を見た。あれほど俺を目にして喜んだのに! でも俺はがんとして譲らなかった(誘われたが飲まなかったということ)。
 エムピック(本・CD・ゲームの店)でユレクのためにトファルドフスキ司祭の詩集とボールペン(日本製)を買った。
 ルィネクの旧市庁舎塔側は掘り返されている。新しい舗石の部分が見えた。
 ガレリア・カジミェシュ(ショッピングセンター)の工事は進んでいる。約10機あったクレーンのうち6機が残っていた。
 ヴァヴェル(城のある丘)の麓の白鳥たちは南へ旅立ったようだ。以前はそんなことなかったのだが。
 クレパシュ(市場)ではほとんどすべての屋台の上に屋根ができた。
 昨日、チェコ映画「Samotni 孤独な人々」を録画したけど、全然気に入らなかった。監督のDavid Ondricekは芸術的な映画を作りたかったのだろうが形式主義的になってしまった。でもこれは単なる俺の意見だ。そのうえばかげたやり方で日本人に関するステレオタイプを利用しているのだが、日本人観光客らしきエキストラの多くが中国人的な顔立ちをしていた。
 いまシーツを乾かしている。ペリカンちゃんを乾かすのを忘れたからで、まるでおもらししたみたいだ。ペリカンちゃんが台所に1人で立っているのを見たら気の毒だったので、いっしょに寝たのだ。ペリカンちゃんは薄いグレーで、本物のペリカンにちょっと似ていて、前に傾いている。
 うちのサイトに入ろうとしているのだが入れない。(10/12)

 入ってみたけど、また漢字が表示されず、読めない字ばかりだった。(10/12)

 北海道在住ポーランド人たちのサイトに行ってみた。北海道は日本の島の中でいちばん「ポーランド的」だと自慢している。バーベキューや講演やコンサートなどいろいろな催しをやっている。「シロンスク」の北海道公演のときは、全員がコンサートの招待券をもらったそうだ。自分たちの蔵書があり、ここに来るときはポーランド語の本を持ってくるようにと同国人に呼びかけている。蔵書目録を見たら大変長いリストで、英語の本もあった。(10/12)

2004/10/22 02:42

ボグダンのe-mail報告8

 チェンストホヴァにはチェスワフ・ニエメン通りとチェスワフ・ニエメン公園がある(チェスワフ・ニエメンは先日亡くなった歌手)。
 クラクフではノヴァ・フタのツェントラルニィ広場をロナルド・レーガン広場に変えようという案があったが、ノヴァ・フタの議員たちが伝統を守ると主張して反対した。(10/4)

 映画「Pregi 縞」の原作はヴォイチェフ・クチョクのニケ文学賞受賞小説「Gnoj 糞」。(10/5)

 プシェメクが来るはずだったが、ヴィテクが来て(木曜日に彼のガレージに泣きっ面のメモを残しておいたのだ)、半時間のうちに何もかもしかるべく動かしてくれた。ただこの故障の原因が何だったのかは相変わらずわからない。
 これから昼食を食べるところ、グリンピース入りカリフラワー・スープ。食後はコンピューターを調べてみる。(10/9)

 今晩テレビで「Zlote Berlo Mrozkaムロージェクの黄金の笏」があるので録画の準備をしている。
 ヴィテクが直してくれたのでインターネットはつながるが、メールはまたもや問題発生。ヴィテクがいたときは作動したけれど、彼が帰ってからはうまくいかない。送受信のテストをしなかったからかも知れない。(10/9)

 ふたたびヴィテクが来て、メールソフトを直してくれた。(10/10)

 またメールができるようになりとてもうれしい。プシェメクは火曜と土曜に来るはずだったが今日まで姿を見せなかった。もしすべてちゃんと作動しているなら、それはヴィテクのおかげ。(10/10)

 庭にはもう何も生えてないが、きちんとして見える。隣の柵に比べると地味だけど。ズビシェクによると、新しいお隣さんはここに住むのではなくアトリエとして使うそうだ。それならなおのこと良い。
 明日テスコに電気ポットを買いにいくついでに、今度の日曜にそなえてJurekユレク(義弟)とJulekユレク(甥)にプレゼントを買おうかな。それに大好きなピーナツバターも買うぞ。(10/10)

 「Zlote Berlo Mrozkaムロージェクの黄金の笏」を録画した。ムロージェクは現在自伝に取り組んでおり、来年出版の予定。
 1週間後にクラクフの国立美術館は開館125周年を迎え、すべての展示が入場無料になる。
 クラクフには(映画監督の)クシシュトフ・キェシロフスキ記念中等学校というのがある。
 ワルシャワ市長L・カチンスキの主張が勝って、ワルシャワでセックス世界記録に挑戦は行われないことになった。
 午前中、ドライヤーを使って冷蔵庫の霜取りをした。(10/10)

 テスコから帰宅したところ。カワイイ1リットル用電気ポット「ペリカン」ZELMER社製を89.99ズウォティで購入。本当は2年間の保証付きなのだけれど、保証書なしで買った。よくあることだが、それが最後の1つで、倉庫内に保証書付きの箱がみつからなかったのだ。Sharkというメーカーの電気ポットは27ズウォティで1年保証つきだったが、あまりに安すぎるのでその怪しいサメを買おうとは思わなかった。
 ユレクのための書類挟みとデオドラントとナッツとピーナツバターも買った。ナッツ入りビターチョコレートを2枚、甥っ子たちに。
 (後部のカバーがはずれる)うちの掃除機はさしあたりはずれないようにテープで貼ってあるが、テスコで135ズウォティと199ズウォティのを見てきた。
 今朝は本当に寒かった。2℃。北極高気圧がある。正午の気温は7℃。(10/11)

 ペリカンの中にはヒーターが見えず、底板自体がヒーターになっている。前のポットと同じく回転式。
 ズビシェクが電気ヒーター用のタイマーを持ってきたがまだ取り付けていない。目盛りが変で、24時間の代わりに英語で曜日の名が書いてあり、それぞれの日に2、3時間しかない。
 Yahoo!で日本語のサイトをたくさん見つけた。漢字ひらがなカタカナがすべて読めるのは、プシェメクといっしょに日本語オプションを入れたおかげだ。(10/11)

2004/10/09 00:45

電話報告:メールも電話も不通、鳥(10/7)

 コンピューターはメールもインターネットもつながらなくなった。月曜夜は一応動いていたので、ヴィテクが来たけど大丈夫と思って帰したが、その後動かなくなった。XPは削除して98に戻したい。
 火曜日に電話もつながらなくなった。勝手に切られたようなので電話会社に文句を言いにいったら、お詫びと挨拶付きで復旧したが、なぜつながらなくなったのか明確な理由説明はなかった。電話が通じてないと気付いたのは、薬が終わりそうなので医者に電話しようとしたからで、そうでなければめったに電話しないからいまだに気付かなかったかも知れない。
 朝10℃、昼間は25℃。この時期にしてはちょっと暑すぎる。異常だ。
 今日は今年最後の暖かい日だというのでバグリに散歩に行った。白鳥の子どもは4羽いて、まだ灰色だが、親鳥とほぼ同じ大きさになった。オオバン(水鳥の一種)が150〜200羽、遠くに点々と見えていた。旅立つ前に集まっているのだ。
 月曜日にテスコに行って電気ポットを買おうと思う。ユレクの誕生日プレゼントとユリアンの名の日のプレゼントも買わなきゃ。
 自然博物館に常設のオツェアナリウム(大洋館)ができた。
 ベルカ首相が中国に行った。彼の乗った飛行機から煙が出てあわや火事になるところだった。元首相のミレルが、ポーランドで運航されている飛行機は古いロシア製が多いから他人事ではない、いずれみんなが葬式で顔を合わせることになりかねないと言った。
 ブラグーシャが来なかったので、ケーブルを通した窓枠の穴を内側から白いプラスチック粘土(立体ヨザルの型を作るときに使った)で埋めた。庭側からはブラグーシャにやってもらう。
 庭に置いておいたヒマワリをスズメが食べきったので2つ捨てた。コンクリートの敷いてあるところがヒマワリの種の皮でいっぱいだったので掃除した。隣の猫が来たけど、すぐに逃げた。ヒマワリは1本残しておき、シジュウカラのためにそこに脂身なんかを吊してやるつもり。

2004/10/07 23:29

ボグダンのe-mail報告7

 プシェメクが土曜日に来てコンピューターを直してくれた。日曜日にも来るはずだったが来なかった。その間にメールの送受信ができなくなっていた。今日彼が来て見てみたら、とくにアニャにもらったゲーム(ちょうど夜中に一人でやってみたのだ)によってシステムがウイルス感染していることがわかった。大変な苦労をして2人でウィンドウズXPをインストールした。いまそのテスト中。(10/4)

 今日は庭の掃除をした。枯れたコスモスとヒマワリ、細くて長さ1メートルもある色とりどりの百日草を抜いた。真ん中にいちばん大きなヒマワリをシジュウカラのために残しておいた。種がびっしり詰まったヒマワリの「頭」がたくさん残ったので、スズメのために地面に並べた。もうかなりつついて食べた。少し前にヴィテクが来て手伝いたいと言ったが、これは土曜日にプシェメクが来たらやる仕事だ。(10/4)

2004/10/04 22:09

ボグダンのe-mail報告6

 昨日夕方、有名な映画評論家であり時事評論家のズィグムント・カウジンスキZygmunt Kaluzynskiが亡くなった(ニュース番組「パノラマ」で言っていた)。かつてトマシュ・ラチェク Tomasz Raczekとともにテレビのすばらしい映画番組「がらくたから真珠 Perly z lamusa」を担当していた。(10/1)

 明日から写真史博物館(www.mhf.krakow.pl)で「フリッツ・ラング、映画写真」という展覧会が始まる。(10/1)

 今日(2004.10.1)から動物の輸送に関してEUの規則が導入された。犬、猫、フェレットは特別なパスポートを携帯するか、ICチップが体に埋め込まれていないと国境を越えることができない。それ以外の動物はこれまでどおり通常の証明書があればよい。問題は、しかるべき書面やICチップをだれも用意していなかったことで、それがどんなものなのかを知っている人もいない。確かに国境を越える人々は動物を通過させるという申告はするのだが、ドイツ人やチェコ人やスロヴァキア人やスウェーデン人たちの意見はだれひとり尋ねなかったのだ。愛すべきポーランド! 犬みたいに吠えたがっている。(10/1)

 プシェメクがしらふでよれよれになってやってきたので、2人でコンピューターに向かって骨折った。彼にビゴスをふるまった。が、まだまだやるべきことがある。
 ビドゴシチでは「初演フェスティバル」開催中。ロープにぶら下がって演奏する音楽家たちを見た。
 ピヴニツァ・ポド・バラナーミ(クラクフにある老舗のバー。キャバレーやジャズフェスで有名)は1989年以来、高い家賃を支払っていて、財政的に苦しい。コンサートやバーの収益は、ピヴニツァの維持管理、清掃、照明用電球などの費用にあてられ、アーティストたちはしばしばギャラをあきらめなければならない。また大量の(ほぼ半世紀にわたる)記録文書、舞台装置、写真があるのに、記録保管所もない。チケットを150ズウォティで売ることだってできなくはないが、金銭的エリートだけが入場できるキャバレーなんていかがなものか? とピヴニツァの支配人ピョトル・フェルステルは言う。かつては管理部が市当局にあったので、市がピヴニツァを財政的に、また興行企画の面で援助してはどうかという案もある。(10/4)

2004/10/01 05:14

電話報告:プシェメク、隙間風、物置(9/30)

 プシェメクがコンピューターのマニュアル本を持ってきてくれるのかと思ったら、持ってこなかった。ビールを買いに行っただけのはずなのに、エステルカで飲んでべろんべろんになって帰ってきたから、叱りつけて明日出直してこいと言ってやった。そんなんじゃ、家ばかりか仕事も失うぞ、と。
 コンピューターのケーブルを通すため窓枠に穴を開けたが、そこから風が入るので埋めなくちゃ。ケーブル自体は細いけれどプラグが結構大きいので穴もかなり大きい。ブラグーシャに電話して、発泡剤で隙間を埋めてくれるよう頼んだ。
 物置の屋根が新しくなった。ドアもちゃんと取り付けた。
 隣の人の名前はハリナと聞こえただけで、本当はハリナかどうかわからない。彼女は自家用車を持っている。

2004/10/01 05:13

ボグダンのe-mail報告5

 プシェメクがあるシステムをインストールしてくれたら、字が大きくなって、日本語が漢字とひらがなとカタカナで出るようになった。
 大量のウイルスがいるので、プシェメクがそれらを取り除いて安全対策を施しはじめたが、ちょっと前にビールを買いにいったまま、もう45分も戻ってこない。(9/30)

 「広島」の撮影地ルプスクでは商店や飲食店の店主がよろこんでいる。へんぴなところに突然300人もの人がやって来たので商売が動き出したのだ。でもいいことばかりではなかった。日本人エキストラのキャスティングはベルリンで行われ、そこから来た人たちは缶詰持参だった。ある商店主は、一人の日本人を自分の店へ招こうとしたら逃げてしまったとぼやいた。ポーランドの食品についてドイツ人が日本人にばかげた話を吹き込んだに違いない。ドイツ人自身がいまやポーランド食品に争って飛びつき、そのせいでポーランド国内では値上がりしているというのに。そのかわり何人かの失業者が舞台装置係として雇われた。(9/29)

2004/09/30 01:59

ボグダンのe-mail報告4

 ワルシャワ中心街の高層ビルのうち1つで爆弾が爆発した。いまのところ犯人はだれだかわからない。
 昼食にビゴスとジャガイモを食べた。お腹は少し痛いが昨日よりはまし。
 小惑星Teutatesが地球から150万kmの距離を通過する。大きさは3.5×4.5km。(9/29)

 買い物に出たとき、感じのいい「こんにちは」が聞こえて、新しいお隣さんに会った。はじめ窓越しに彼女を見たとき、髪が短いので青い作業服を着た作業員の一人かと思った。その「こんにちは」がすべてを物語っていたので、お互いに自己紹介したが、はっきり聞こえなくて、わかったのはハリナ・ナントカフスカということだけ。
 地震のあとでグダンスクの住民がこんな戯れ歌を書いた。
   グダンスクで眠るヴァウェンサ(ワレサ)
   こんな夢を見た
   ポーランド人はじき世界に追いつく
   第2の日本に生きるのだ
   なんと予知夢――もう揺れてる
 ジャズ・ラジオ(110.00FM)を聞いていて知ったのだが、トマシュ・スタンコ(トランペッター)が特別に作った曲が、ワルシャワ蜂起博物館の展覧会で流される。スタンコは、現代ジャズの曲をあの戦争時代に合わせることは自分にとっての挑戦だったと語った。
 TVNの(ニュース番組のキャスターだった)トマシュ・リスは、TVNを辞めさせられたあと、大統領選に出馬するかも知れない。明日、ポルサト(テレビ局)で自分の最初のオモシロイ時事評論番組を担当する。(9/29)

 ビゴスはとてもおいしいのだが、それでも俺には酸っぱすぎたようだ。少し食べるとお腹がかなり痛む。本当に食べられないということになったらエステルカの女の子に持っていってやろう。いつもお腹をすかせて働いているから。以前、俺が二日酔いで食べられなかったとき、パプリカとソーセージの煮込みを味見用に持っていったら、一人の女の子はうまそうにがつがつ食べた。次の日はもう一人の子がむさぼり食った。
 10月2日はワルシャワ蜂起壊滅60周年、バガテラ劇場の外壁の大きなテレビスクリーンに、ワイダの映画「地下水道」の最初の場面を、戦闘が終わった22時30分に映し始める。(9/28)

 今日はビゴスを作ったが、(生のキャベツを使わずに)塩漬けキャベツだけを使った(ビゴスに関してはエッセイの第7回を参照のこと)。そのわけは、第1にあまりたくさん作りたくなかったから、第2に小さいキャベツを探す気がなかったのと作業が多くなりすぎるから。酸っぱくなりすぎないよう、最初にゆでこぼしをした。クミンとローレルとニンニクの代わりにビゴス用の特別なスパイスを入れたらうまくいった。トマトピューレ、パプリカ・パウダー、胡椒も加えた。家中いい香りがする。
 土曜日に雨が降らなければ庭の掃除をしようかな。(9/28)

2004/10/01 05:15

ボグダンのe-mail 報告3

 クシシュトフ・クラウゼ監督が映画「Moj Nikifor私のニキフォル」を撮った。クリニツァ出身のナイーブ派の画家ニキフォルを題材にしたもの。主人公の画家を演じるのは女優クリスティナ・フェルドマン。そのため疑問も多かった。だが映画の撮影中に画家の恰好をした女優が人々を驚かそうと、かつてニキフォルが過ごした場所に出てみたところ、住民たち、とりわけニキフォルを知っていて覚えていた人たちはあっけにとられてしまった。スチール写真を見て本当にびっくりした。映画の一部も見た。とくに絵を描いているところはニキフォルに生き写しだった。(9/24)

 ポーランドの小さな町LubskoルプスコでBBCが広島の原爆に関するドキュメンタリー番組(ストーリー化したもの)を撮影している。倒産した織物工場とともにその町の半分が壊されることになっているから。それを爆破するところを50人の日本人エキストラが参加して撮影する。壊し始める前からすでにここにはその番組向きの廃墟がかなりあった。取り壊しのために撮影班は町に2万ズウォティ(約60万円)を支払った。町もその映画にいくらか出費した。テレビでその爆破の模様を見た。それほど大きくはなかったが、適切な方法で撮影されスローモーションで映されると望ましい効果が得られる。
 グディニア映画祭で最高の(たぶん)映画はマグダレーナ・ピェコシュ監督のデビュー作「Pregi(縞)」。オスカーの外国語映画部門の候補に選ばれた。2、3日前、この映画の原作本の作家のインタビューを読んだ。(9/24)

ヴァウェンサ(ワレサ)がアメリカでポーランド人向けビザの廃止を求めてたたかっているところがテレビに映った。クファス(クファシニェフスキ大統領)がやってもうまくいかなかったのだが…。(9/23)

2004/09/24 03:12

線路、ネット検索、地震、泥棒(9/23)

 また線路で(鉄道警備隊に)つかまった。電気代と電話代を支払いに線路の向こうの郵便局に行く途中のこと。身分証を要求されたので、買い物に行くのにそんなのいちいち持ってないよと答えたが、ポケットに請求書があったので名前と住所は確認できた。所持品を調べられた。リュックの中身は古新聞と空き瓶だけ、これは線路の向こうのリサイクルボックスに入れるため。それで今回は放免された。
 ホウレン草は食べ終わり、今日は鶏肉のソテーを食べた。
 インターネットでいろいろな新聞を読んでいる。テーマで探して読む。で、見ていたら突然、レズビアンというテーマが出てきた。おそらくプシェメクが以前このテーマで検索したのだろう。
 ポーランドで小さい地震があったとき、地震学者たちはみんな日本に行っていていなかった。日本で大きな地震があったため。
 秋の天気。大きいヒマワリをだれかが無断で切り取っていった。腹が立つ。泥棒のためじゃなく、スズメのためにとっておいたのに。

2004/09/23 04:15

ボグダンのe-mail 報告2

火曜日の地震の原因はスカンジナヴィアの隆起かも知れない、という仮説をインターネットで見つけた。ニュースでは地震後に割れた建物や崩れた住居の映像を流していた。(9/22)
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昨日の地震はスヴァウシチズナ、ヴァルミヤ、マズーリ、ポドラシェの一部(いずれもポーランド北東部の地方)に及び、マグニチュードは4.5から5.3。ポーランド国内では死者はいなかったが、カリーニングラード地区では17人が亡くなったという話だ。ヨーロッパのこの地域でこれほど大きな地震が記録された例はない。
朝、改装工事後のゴミを運び出していた人たちにちょっと文句を言わなきゃならなかった。古い屋根葺き用タール紙が投げ下ろされたまま、うちの物置の横に置きっぱなしにしてあったから。
今日は涼しい。朝、小雨が降った。(9/22)
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ポーランド北部(カリーニングラードとの国境近く)で、ポーランドにしては大きな地震があった。マグニチュード5くらい。前代未聞の現象なので、ロシアで何か爆発したのではないかと疑われた。お店や家庭では棚や戸棚からいろんなものが落ち、人々は建物から逃げ出した。(9/21)
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隣のうちに細かいがらくたを運び入れている。今日は改装工事の騒音が聞こえない初めての日(日曜を抜かして)。工事は3か月続いていたことになる。
プシェメクにメールを送ったら喜んで、エステルカで会おうという。プシェメクはそこでヴォイテクと会って、いっしょにプシェメクの新しいうちに行くというので、俺もいっしょに行くことになった。(9/21)

2004/09/22 01:54

ボグダンのe-mail 報告1

昨日から昼ご飯はホウレン草と卵、今日はそれにジャガイモを添えて食べた。
秋のいい天気だ。
テレビで昨日、ビトムの機関車庫で催された何か大きなショーの一部を見た。これもいい思い出。
あと2、3日したら庭を片付けようと思う。
ポットは10月になったらテスコに行って、ちゃんとしたやつのうちいちばん安いのを買うつもり。(9/21)
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今日ワルシャワでムロージェク(ポーランドの劇作家、作家、漫画家)が「ポーランド文化の金の王笏」賞を授与された。それに関連して10月9日はテレビの「ムロージェクの日」、「ムロージェクの金の王笏」というショーを放映する。(9/20)
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STU劇場でいま、ヤン・ペシェク演出の「寝台」という芝居をやっている。
今日の新聞の求人特集、クラクフには何もなかった。インターネットでも探してみた。英国とアイルランドでの大型トラック運転手の求人がかなりあるが、英語の知識が必要(それももっともだ)で、ただ1件だけが30〜50才まで許容していた。それでも俺にとっては数日後にはもう間に合わない。(9/20)
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いまのところはカップに電気ヒーターを入れてお湯を沸かしている。電気ポットを買うのは10月まで待つことにした。
隣のうちの新しい柵と並ぶと、高く作りすぎと言われたうちの柵は、貧乏な親戚か、成長した孫のそばにいる腰の曲がったじいさんみたいに見える。(9/19)
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2、3日前、脇の線路で古い型の車両が付いた蒸気機関車を見た。煙突から煙が出ていた。だからあの夜中の汽笛は夢じゃなかったんだ。(9/19)
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墓参りに行ってきた。
ハニャとユレクの車は全損になったわけではなかった。ただ事故の相手と賠償のことでもめている。
墓地から帰宅するとすぐ、マジェナがルーター代110ズウォティを取りに来た。
いい天気で暖かいが、朝は4℃しかないので何を着ればいいのかわからない。(9/18)
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中国映画は「根と枝」(2001年製作)というもの。
土曜日はハニャと墓参りに行く。(9/17)

2004/09/20 17:44

メール開通、ポット、映画祭、不眠(9/16)

(めでたくボグダンからメール第一号が届き、シバタは返信してみたが、ポーランド側のメール管理者にリターン・アドレスが拒否されて届かない)
 4時にプシェメクが来てケーブルつないでインターネット接続設定をした。ちょっと前にプシェメクが帰り、いま夕食を食べているところ。プシェメクはもうどこか別のところに住んでいる。ケーブルは高いのを買った。耐寒性、耐鳥の糞、ネズミがかじらないようになっている。70ズウォティしたので、あと20ズウォティ、プシェメクに渡した。
 (2か月半前に買った)電気ポットからもぅ水が漏れる。気に入ってたのに。いままでいちばん長く保ったので2年だったが、買った店のグルジア人に2年保ったと言ったら、「それはラッキーだ」と答えた。何でこんなにすぐ壊れるんだと訊くと、メーカー品じゃないから仕方ないと答える。いままで壊れたポット代を全部足したら、メーカー品のいいのが買えたかな。
 クラクフのダックスフント・パレードは終わった(12日)が、アメリカではダックスフント・レースがあった。ダックスフントが20匹もまとまって走ると耳が揺れて風が起きる。
 グディニアでポーランド映画祭開催。自主映画の上映がある。学生映画や若い監督のデビュー作に、ヤン・ノヴィツキなど有名な俳優がノーギャラで出演している。いつかこの映画祭を見に行こう。今日はテレビで11時から中国映画をやるので見るつもり。
 庭は黄ばんだ灰色。コスモスが少なくなって明るくなったからか、百日草がいま伸びてオレンジ色の花をつけている。コスモスはまだ花はあるが、だいぶ枯れてきた。ヒマワリの子どもがまだ黄色く咲いている。
 昨日は夜2時になっても眠れないので、コンピューターのトランプゲームをやっていたが眠くならず、とうとう朝6時になってしまった。9時に起きたので3時間しか寝ていない。午前中はぼーっとしていて、午後、ファソルカとパンを食べたら昼寝したくなったが、ここで寝てしまうとまた夜、寝られないと思い我慢した。で、プシェメクが来た。もし今日も眠れなかったらメールを書こう。

2004/09/11 00:40

パプリカ、猫、窓、キノコ、家庭菜園(9/9)

 アニャが息子のクブシといっしょに来て、コンピューターにトランプのゲームを入れてくれた。コーヒーを淹れた。チョコクリームサンドビスケットを買っておいた。テーブルが狭いので、クブシは腰掛けをテーブルがわり、踏み台を椅子がわりにしていた。
 赤と緑のパプリカを買った。俺は怠け者だから(パプリカに具を詰めずに)パプリカを4つ割りにして、ソーセージもトマトも切って、全部プロディシュ(蓋に電熱器が組み込まれている鍋)に入れて焼いた。
 2日間、うちに猫がいた。知り合いが持ってきたのだ。片目がなく、病気なので獣医に連れて行こうとしたら、途中でぎゃあぎゃあ騒いだので、「うちなら庭があるから騒いでも大丈夫」という女の人にあげた。うちにいるときは静かだった。なでてやると静かになるが、年がら年中ずっとなでてやるわけにもいかない。名前はチンドンだった(以前いた猫と同じ名)。チンドン2号はトイレで用を足さず、風呂場のマットの上でしたのでマットが臭い。洗わなきゃ。マットをどかしたら今度はタイルの上にした。チンドン1号はすぐにトイレを覚えたのになあ。
 プシェメクは離婚してここから出ていくという。
 スタシェクが住んでいたところ(廊下を挟んで向かい)の庭にも柵ができた。その大工さんたちに訊いたら、新しい窓は700ズウォティでできるという。古い窓の取り外しと新しい窓の取り付け、すべて含めてこの値段。電話番号をもらっておいた。大雨になると部屋に雨が漏れる。いずれにせよ窓は替えなきゃ。
 ブラグーシャを連れてきて、ようやくタイルをはめてもらった。
 サラマンドラ(「ナガミミの新しいお友だち」参照)は、竜と虎の(手ぬぐいの)間、ヨザルの下に、頭を上にして吊した。
 アニャに干しキノコをもらった。プラヴジフキ(エッセイ参照)。市場でマッシュルーム、パプリカ、ソーセージ、玉ネギ、グラルスキ・チーズを買った。今年は森のキノコが豊作で、たくさん売られていた。でも高い。1キロ15ズウォティ。マッシュルームは1キロ5ズウォティだった。
 ヴォイテクに日本語ソフトのことを訊いたら、ネットで無料ダウンロードできるという。画面に日本語のキーボードが出て、クリックすると日本語の文字が書けるというもの。
 近所の茶色い犬ニエムイはいつも俺にしっぽを振る。近所の女の人が金網越しにメンチカツか何かをやっていた。飼い主のじいさんは餌をやるなと言って怒るが、よその人にしっぽを振るのはお腹がすいている証拠だ。痩せているし。
 アンジェイの家庭菜園に行った。ウサギと犬2匹がいる。彼らに餌をやって菜園の面倒を見てくれる人を捜しているという。その人のために食事は出るのかと訊いたら、ウサギの餌があるからには人が食うものもあるという。冬はどうするんだ? と訊いたら、冬はストーブを入れてやるから寒くないという。でもこれはホームレスの人向きの仕事だ。俺は自分ちの番をしなくちゃ。

2004/09/04 01:23

求人、葬儀、パフォーマンス、甘い物(9/2)

金曜日に労働局に行った。今年は(大型車両運転のための無料の)講習はないと言われた。求人情報をもらったので電話してみたが45才までと言われた。帰りはレールバス(線路上を走るバス)に乗って帰ってきた。
ミウォシュの葬儀には外国からもたくさん人が来た。(ポーランドの有名人では)マゾヴィエツキ、ワイダ夫妻、シンボルスカ、アニャ・ディムナ、ヴァウェンサ(ワレサ)などが参列。ロシア語や英語やヘブライ語で彼の詩を朗読した。
金曜日の朝、猫を2匹見た。うち1匹は妊娠中だった。午後昼寝をしたとき、子猫をもらう夢を見た。
月曜と火曜のパフォーマンス(フェスティバル「想像力の城」。今年はクラクフのシンドラーの工場でも開催)には行かなかった。行くつもりだったのだが、突然プシェメク(2階の住人)が酒を持ってやって来た。飲むつもりじゃなかったが、結局いっしょに飲んで話をした。インターネットや外の木戸のことなど。それで火曜日は二日酔いだったので行かれなかった。ピルスナーを飲んだだけ。でも水曜にはもう元気になった。パフォーマンスのことは新聞で読んだ。
トゲちゃんは大きな葉をつけている。最近、米のとぎ汁をやっているから栄養がいい。
ヒマワリ、大きいのはもう首を垂れていてスズメが種を食べている。新しい小さい花がいくつか出てきた。コスモスは茎が黄色っぽくなったが、まだ花は咲き続けている。来月、花が終わったら片づける。
明日甘い物を買おうと思う。テレビで、ビターチョコレートをたくさん食べると心筋梗塞の危険が減ると言っていた。だからビターチョコを食べるぞ。
インゲン豆、ソーセージ、ニンニク、トマトピューレ、玉ネギを買った。明日はブルターニュ風ファソルカ(エッセイ第3回参照)を作る。昨日今日は日本のご飯。本物のご飯はおいしい。
月曜日、新聞の求人特集を読んで2件電話したが駄目。昨日もう1件電話してみたが全然駄目。
国会で、税金と電話代など公共料金が高すぎるという話が出ていた。俺は10年前からそう言ってたのに、国会のお利口さんたちは今頃気付いたらしい。どんな改革も俺には遅すぎる!
ヴォイテクが電話してきたので、変換ケーブルは買わなくてもいいと言っておいた。プシェメクと約束してルーターをつけることにした。

2004/08/29 14:49

インターネット、郵便局、雇用保険(8/26)

首が痛い。マイアミル(薬の名)を飲んでも効かないのでポロピリナを買った。
「ネオストラダ」という会社はインターネット24時間つなぎっぱなしで59ズウォティ(1ズウォティは約30円)。モデムは1.20ズウォティ。という広告を見たので電話して聞いてみたら、うちのコンピューターはUSBポートがないのでモデムが250ズウォティになるという。そのうえ自分は「否定的に検証された加入者」だそうだ。どういう意味かと尋ねたら、安い基本料金を支払っている加入者(かけるのは15度数まで無料、それを越えると通常の2倍の通話料を支払う)のことだという。インターネットの契約をするには通常の基本料金(42ズウォティ)に変えないといけない。ヴォイテクに電話して聞いたら、メディアマルクトでUSB変換ケーブルを買えば、安いモデムがそのままつなげるという。
オリンピックでメダルを獲得した水泳選手がバリツェ空港(クラクフの空港)に戻ってきて、婚約者からラブラドール犬をプレゼントされた。犬の名はアテナ。
シェドルツェという町で豚まつりがあった。その町の中央広場に豚の木像が建てられた。
格安航空券、ミラノまで片道1ズウォティ、ローマまで1グロシュ(約0.3円)。
月曜日にナ・スカウツェ(クラクフ市内の教会)でミウォシュの葬儀。アメリカの石工さんたちがミウォシュのために石の棺を造って送るそうだ。
公共料金の支払いをしたくて、郵便局が8時半に開くのを待って行ってみたら、ドアに「今日明日休業」と書いて貼ってあった。木金土日と連休にしてボグシュは釣りにでも行ったに違いない。張り紙が門のところに貼ってあれば、わざわざ8時半まで待たずにすんだのに。
明日は労働局に行く。床屋にも行こうかな。街に出るついでに郵便局に寄ろうか。
会社が支払う雇用保険が3倍になった。これでまた失業者が増えるだろう。スロベニア、エストニアなど経済がうまくいっている国は税金が少ない。税金が少ないと国内企業が成長し、雇用が増える。おおむね小さい国はうまくいく。ポーランドはなぜこんなにバカな政治家ばかりなのか?
パプリカを食べ終わって、昨日はパスタ、今日は鶏肉を食べた。食料品が全体に値上がりした。ポーランドのソーセージや肉類は品質が良い(BSEがない)ので西側がよろこんで買ってくれる。牛乳、リンゴ、野菜も輸出にまわしている。パンも少し値上がりした。
ガソリン、石油も高くなった。ユーコス(ロシアの会社)とプーチンのせいだ。
アニャが電話してきた。乾燥キノコをくれるという。キノコスープを作るぞ。
トイレのタイル、まだ直していない。
隣の庭に柵ができた。近所の子どもが入り込まないように入口に木戸を作りたい。
ティノはもう廊下にいない。家に入れたのか、もとどおり施設に入れたのか?

2004/08/20 04:59

ミウォシュ、ティノ、オリンピック(8/19)

体重計はやっぱりちゃんとしていた。量ってみたら80kgだった。でもいまはたぶん81kg。
今日は新しい身分証明書を受け取りに街へ行った。ついでに市場でパプリカ、ソーセージ、玉ネギ、チーズを買った。パプリカにソーセージと玉ネギとチーズを詰めて蒸し煮にした。日本の米を炊いて、パプリカ煮といっしょに食べた。おいしい。
今日は気温が30℃以上ある。
ミウォシュ(詩人、ノーベル文学賞受賞者)が亡くなったのは知っているか? 葬儀をいつやるかがなかなか決まらずもめていて、やっと決まったと思ったら今度はどこに埋葬するかで役人どもが口論している。クラクフってところはまったくひどい!
駅前の工事、少しは何かやっているのかと思ったら、全然何にもしていない。
タンデタの新しいホールの建設は進んでいる。
朝、バグリの横を通っていったら、白鳥はいなかったが、変な鳥を見かけた。ツバメに似ているが、大きさはツバメの2倍くらいあった。図鑑で調べてみたが何という鳥かわからない。
コウノトリが集まっている。秋に北アフリカへ飛んでいくのだ。一部は12月までにその先のジンバブエまで飛び、そこで約2か月過ごし、3月にまた戻ってくる。
泥亀は一時期、絶滅の危機に瀕していると言われていたが、救助策が功を奏して増えたのかも知れない。
マジェナ(2階の住人)はティノ(隣人が引っ越しの際、置き去りにしていった犬。のちに動物収容施設に入れられた)を収容施設から引き取って餌やマットレスを与えた。引き取ったなら責任を持って自分のうちで飼えばいいのに。いまマジェナと夫のプシェメクがどこかに出かけているので、ティノは一日中廊下をうろついている。ティノの腐りかけていた尾は収容所の獣医師が切断したようだ。抜けていた背中の毛も生えそろった。施設ではちゃんと治療をしてくれたのだ。ティノにとって施設にいる方がよかったのに、なぜわざわざ引き取ったのか?
トイレの水洗タンク、スタシェクが直してくれたので水は流れる。あとタイルを元通りに貼らなくちゃ。
夜、古い蒸気機関車の汽笛の音が聞こえる。そういうのが走っているのだろうか?
オリンピック中継でアナウンサーが、Junkoをユンコ、Sachikoをサシコと読むので腹が立つ。スポーツ解説者にも腹が立つ。自分が書いたメモを必死で読んでいて、試合をきちんと見ていない。はっと気づいて「あっ、一本ですね」などと言う。とっくに一本決まっているのに。
ポーランドは競泳のオティリア・イェンジェイチェクと女子フルーレの選手がメダルを取った。がんばっているのは女子だけ、男子はゼロ。1日17時間、オリンピック中継がある。

2004/08/13 16:01

水筒、向日葵盗難、水鳥、蹴球、蝉(8/12)

胃の具合はだんだんよくなっているが、空腹になると痛むので、夜中でも起きて何か食べている。
先日買ったステンレス製水筒は大変使い心地がよい。紅茶と砂糖を入れて栓を閉めておくと、カップで淹れるより紅茶がよく出ておいしい。
先週の火曜に「心臓を貫かれて」を全部読んだ。とてもよかった。感動的。
金曜の夜中、庭で2匹の猫がうなっていた。猫は好きだがうるさいので、しっしっと言って追い払った。
土曜日にヒマワリを見たら、種の半分をスズメが食べてしまっていた。昨日は子どもの声がしていた。見ると庭のヒマワリが折り取られていた。女の子のうち1人がやったのだ。後をつけていくとその子たちは近所の問屋の前に座っておしゃべりしていて、ヒマワリは草の上に置いてあった。君らは大人ぶっているが実はどうしようもない礼儀知らずだ、と言ってやった。もし、ヒマワリがほしいとひとこと言ってきたら、好きなのを取っていいよと言ってやったのに。
隣の部屋の改装工事がうるさい。うちで静かに過ごしたいのに夜遅くまでうるさくて我慢できない。
自然の番組を見てわかったが、オオバン(水鳥の1種)の親は、例えば9羽ヒナがいると、全部のヒナにちゃんと餌を与えるわけではない。猛禽類や肉食動物にやられる分を勘定に入れて子沢山なので、すべて生き延びた場合、餌が足りなくなる。餌が足りなくなると親鳥が自分のヒナをつついて殺す。カイツブリのヒナは早く自立する。
クラクフでサッカーの試合、ヴィスワ対レアルマドリードがあった。ファンの中に2人の日本人女性が見えた。ベッカムの追っかけ? 0-2でヴィスワは負けた。
格安航空路線は4社の安値競争で、ヨーロッパ中どこでも片道1ズウォティ(約30円)というキャンペーンをやっている。
トイレの水洗タンクは相変わらず。スタシェクに電話して来てもらわなきゃ。浴室の電球は新しいのに替えた。コンピューターは動くようになった。でもまだインターネットにつながっていない。
(シバタ@東京: 夜中1時半頃、蝉が何匹か大声で鳴いていた。何かにびっくりしたのか、こわい夢を見たのか? 1時35分から2時までの25分間に流星を5つ見た。)
蝉は流星を見てびっくりして鳴きだしたのかも知れない。

2004/08/06 04:16

選考結果、バッタ、事故、偽装結婚(8/5)

このところ毎日雨が降っていた。ずっと家にいた。
先週火曜日、大雨だったが求人の応募書類を持っていった。月曜に選考すると言われた。月曜からずっとうちにいるけど、何の電話もかかってこない。きっともっと若い人を採用したのだろう。月曜日は1日中、吐いていた。もしも採用の電話があったら、すぐには行かれないから、どうやって言い訳しようかと考えていた。
トイレの水が流れないのでシャワーで流している。コンピューターが全然動かない。風呂場の電球が1つ切れた。このうちはこわれたものだらけだ。
昨夜、変な音がするので起きてみたら、大きな緑色のバッタ(キリギリス?)がドアの表面を歩いていた。就寝中に顔の上を歩かれても困るので、ティッシュペーパーでつまんで庭に追い出した。鳴くかと思ったけど鳴かない。雌だったのかも知れない。
ヒマワリのうち1本に種ができた。
今朝、買い物に出たとき涼しかった。マルハナバチが眠っていた。彼らは夜も寝るようだ。
テントウムシが今年はマウォポルスカ地方(クラクフがある地方)でとくに多いとテレビで言っていた。
動物の話でもうひとつ。日本車の気密性は、猫を閉じこめると1日で窒息することからわかるが、ルーマニア製の車「ダーチャ」の気密性は、猫を閉じこめると1日たっても逃げないことでわかる。昔のジョーク。
ハニャが電話してきた。ユレクと子どもたちがビエシュチャディ山地で交通事故にあったという。車はこわれたが3人は無事。若者の車がぶつかってきたのだそうだ。相手のうち1人は一生後遺症が残るらしい。ユレクの車はローン支払い中で、保険金はおりるがそれではまかないきれない。車がないと彼らはこれからの生活に困るだろう。
明日もう少し元気になったら、水洗タンクと電球を自分でどうにかしてみるつもり。
ロシア人女性と偽装結婚すると4500ユーロ稼げるそうだ。5月1日以降、ロシア人とポーランド人のカップルの婚姻届が60〜70パーセント増加した。ポーランドに住めばヨーロッパ中どこでも自由に行かれるし、ロシア人はポーランド人とは言葉が通じやすいから。
タトラ山地では熊が増えているとテレビで言っている。
まだ食べ物がほとんど食べられない。インゲン豆スープをゆっくり少しずつ食べている。吐いたあと、のどがひどく痛かった。ずいぶん痩せたぞ。

2004/07/31 21:26

掃除機と腕時計こわれる(7/31)

掃除機を買わなくちゃ。完全にこわれてしまった。
腕時計もこわれたので、これからタンデタ(雑貨市場)に買いに行く。アンジェイによろしく言っておく。
いまユゼク・チャペクが来ている。少し酒を飲んでいる。でもチャメルはもう吐いたし、ひげも剃った。
明日テスコ(大型スーパー)に行って掃除機を買う。100ズウォティくらいの安いやつ。
たくさんは飲んでないよ。小さいの1本だけ。

2004/07/31 00:25

チャペクの猫、パウリーナ、タイル(7/29)

チャペク(友人)のところに行った。チャペクのうちのドア口に、「お宅の猫がうちの足拭きマットにおしっこしていったので新品を買って弁償しろ」というメモとともにそのマットが置いてあった。
パウリーナ(ボグダンの次女)が電話してきた。ちょうどマルタ(ボグダンの長女)が来ていたときで、2人は電話で話し、会う約束をした。
昨日ブラグーシャが来て、水道管はしかるべく取り付けた。あとはタイルを貼るだけ。本当はタイル貼りも昨日のうちにやるつもりだったのだが、チャメルがべろべろだったため後日になった。
求人に応募し、書類を提出した。その会社に行くときクシヴダ通りが洪水だったので、別の道を通っていったらなかなか見つからず、悪態をつきながらようやくたどり着いた。求人広告に出ていた12番地ではなく40番地だった。全然違う場所。水道管を運ぶのかと思っていたらそうではなく、イタリアやスペインやポルトガルから蛇口やタイルなど水回りの備品を運搬する仕事。履歴書に日本語ができると冗談で書いたが、実際、日本の会社とも取引があるそうだ。月曜日に候補者の選考があり、選考に通れば電話で連絡があり、落ちた場合は何の連絡も無し。

2004/07/24 02:45

ヒマワリ、映画、水漏れ、ホテル(7/22)

ヒマワリが3つ咲いた。4つめももうすぐ咲きそう。コスモスが大きくなった。トゲちゃんもずいぶん伸びた。竹の成長はゆっくり。
映画「真珠の耳飾りの少女」(ペーター・ウェバー監督)と「この世の楽園」(レフ・マイェフスキ監督)を見にいった。テレビで「チャイナタウン」(ロマン・ポランスキ監督)を見た。
コンピューターはあるけど、まだインターネットにつながっていない。
トイレの水洗タンクから水が漏れる。
テロリストがポーランドとブルガリアを脅してイラクから撤退させようとしている。
暑い! グダンスクで洪水があった。
ミーアキャットの番組、1度目は1人で見て、今度は2人で見た。
ポーランド国内に住む難民の写真を撮った写真家のことを新聞で読んだ。
(最近ヴィスワ河畔に建てられた)シェラトン・ホテルをマンガ(日本美術技術センター)と比べると、もっと周囲の風景に合うように考えて建てればよかったのにと思う。
水漏れのことでブラグーシャに電話しなくちゃ。ズビシェクが来ないから。
(★シバタのクラクフ日記はBBSで更新中)

2004/07/11 22:38

泥亀、水鳥、ゴミ、猫、演劇フェス(7/10)

今日はバグリで泥亀を探したけれどいなかった。そのかわりウィスキ(水鳥の種類)のヒナとカモのヒナを見た。今年はトンボが数も種類も多いような気がする。水辺でゴミ拾いをして、近所の団地のゴミ箱に捨てた。うちの庭に子猫が来てコスモスで遊んでいった。
今日はこれから街頭演劇フェスティバルを見に行く。明日はバスに乗ってパヨンク(友人)のうちに行く。
(★シバタのクラクフ日記はBBSで更新中)

2004/07/03 07:05

白鳥のヒナ、料理、バグリ、ニェムイ(7/1)

白鳥のヒナ、1週間前には8羽いたのに7羽に減っていた。
数日前にカッコウの狂い鳴きを聞いた。
向かいの部屋で改装工事をやっていてうるさい。
土曜日にクレパシュ(食料品市場)に行った。日曜日にケーキを焼いた。月曜日は朝からレチョを作った。
プンちゃんが来る日、プレゼントの陶製の蛙を落っことして蛙の足が割れた。1か月間しずかに置いてあったのに。
昨日は散歩の途中で20年来の友人に会った。市電から彼の姿が見えたことはあったけど、わざわざ降りて会いに行くことはなかった。
今日は大きいバグリ(近所の湖)で釣り人が魚を釣り上げるところを見た。大きいバグリにはカモと魚くらいしかいない。小さいバグリの方が鳥の種類が多いし、ヒナがたくさんいる。ゴミが多いが人は少ない。
近所の犬に「ニェムイNiemoj(私のではない)」という名前を勝手に付けて呼んでいる。
庭のヒマワリが柵の高さを超えた。マルハナバチを見た。今年のマルハナバチは小さめ。

2004/07/31 21:29

隣人、白鳥、ヒラリー、EU、溺死(6/24)

アニャは1週間の予定で田舎にキノコ狩りに行くので、帰ってきたら連絡するという。
斜向かいの部屋に住んでいるバシャと子どもたちは、あと1週間でここから引っ越すそうだ。これはいい知らせ。これで静かになる。
向かいのスタシェクが出ていった部屋はいま空いているが、女性画家が買ったらしい。まともに話ができるインテリの人が引っ越してくれば、田舎者の住人が常識はずれなマナー違反に及んでも、数の力でやめさせることができるようになるだろう。
酒を飲まないとひどい頭痛が続くので頭痛薬をたくさん飲んでいるがなかなか効かない。頭痛が少しでも和らぐかと思って、缶ビールを持って水辺に行ったら、池の中程に白鳥の親鳥とヒナが数羽いた。岸辺に上半身裸の男がいたのはホームレスが洗濯をしていたのかもしれない。白鳥に向かって「こっちにおいで」と言ったら、遠くて聞こえるはずもないのに一直線にこちらに向かってやってきたので、その男もびっくりしていた。ヒナは8羽いた。白鳥にやれるパンを持っていなかったので申し訳なかったが、親鳥は岸辺のススキの葉を食べ、ヒナは水をぴちゃぴちゃ口にして水中の何かを食べていた。エトピリナ4錠飲んで白鳥を見ていたら頭痛は少し軽くなった。「白鳥を飲む」という表現は、大瓶のコルク栓を抜いて飲むという意味。
庭に小さなマルハナバチが1匹来ていた。
映画館の隣の席に座っていた男性に、催涙ガスとナイフで重傷を負わせた23才の女が逮捕された。女によると、その男性が膝で彼女をセクハラしたためそうしたのだという。
エベレスト山初登頂に成功したエドムンド・ヒラリーがクラクフに来た。ヤギェウォ大学でメダルを授与され、登山家や学生や教授たちと交流した。自分が小さい頃テレビで見て感激した歴史的な人物がいまも健在なのを目にしてうれしい。
リトアニアのヴィリニュスの市長が汚職事件関連で逮捕されるのを恐れてポーランドに逃げてきた。2日間滞在してすぐ国に戻った。反体制の人が逃げるのはポーランドと相場が決まっている。
ポーランドのEU加盟にいちばん反対していたのは農民だが、加盟によっていちばん恩恵を受けているのは農民。品質が良く比較的安い牛乳や牛肉をドイツ人が買いに来るようになったため。一般ポーランド人は全般的な物価値上がりでどちらかといえば損をしている。農民はEUに加盟してよかったとちゃんと言えばいいのに、いまはなぜか口をつぐんでいる。
ドイツがサッカーヨーロッパ選手権で予選敗退したためハンブルクでは大騒ぎ。なかでもSUSHI BARが壊されているのを見てチャメルは気の毒に思った。
飲み仲間のマレクがヴィスワ川で溺死しているのが見つかった。家庭内でいろいろとトラブルがあったらしい。事故か自殺か他殺かはわからない。亡くなったのを知らなかったから葬式にも行かれなかった。

2004/06/18 04:18

ピエロギ、聖体祭、国会、タンデタ(6/17)

ピエロギ・ルスキェを4つ食べたのだが、緑色になっていたので残りは捨てなきゃ。そのせいでお腹の具合が悪くてぶるぶるいっている。
ヤツェク・クーロン(政治家)が今朝亡くなった。享年70。しばらく前から病気だった。
庭のコスモスの花が1つ咲いた。このところずっと寒かった。昨日はウオツカ飲むのをやめて、缶ビールを買って、酔い覚ましに水辺で過ごそうと思ったが、冬のように寒くて1時間で退散した。今日は降らなかったけど、ここ2、3日の雨でトンネルは水浸し。明日また降るという。
聖体祭(いつも木曜。今年は6/10だった)の週の週末は禁煙しようと決めていたのに、木曜に歯の詰め物がとれたので、腹が立って酒を飲み、煙草を吸った。
風呂場の戸棚のことでレシェクが来たが、自分はエステルカにいて留守だった。帰宅したらドアにレシェクの置き手紙があった。来たらエステルカを覗いてくれと電話で言っておいたのに。
このまえ、風呂のボイラー(サーモスタットが故障中)のスイッチを入れて、目覚ましをセットしておいたが、朝まで寝入ってしまった。一晩つけっぱなしだったので焼き切れたかと思ったが、スイッチを入れてみたら幸い作動する。
セイム(ポーランド国会)はほとんど無きに等しい。ヨーロッパ首脳会議には新首相が行くことになったが、この人は議会の信任を得ていない。新聞を開いてもいらいらするので、国政のごたごたのところは読まないようにしている。
タンデタ(近所の雑貨市場)のミシェク(友人)の両替所が別の場所に移った。タンデタでは新しい建物を作ったりしている。いま近くに建設中の高速道路との関係で、敷地に変更があるのかも知れない。
タンデタで新しい電気ポットを買おう。ここひと月、ヒーターを使っているが沸くのが遅い。

2004/06/11 16:42

歯、猫、映画、PKP、夜の鳥、耳毛(6/10)

またしても歯の詰め物がとれたので、明日歯医者に行かなくてはならなくなり、飲んだ。せっかく2か月間禁酒していたのに。
先週話した写真展の写真家はエウスタフィ・コッサコフスキという人で、パリでタデウシュ・カントルの舞台の記録写真を撮っていた。
テレビの視聴者が自作ビデオを応募する番組で面白いのがあった。教会で結婚式の最中にミャーウミャーウと猫の鳴き声が響いた。猫は新郎新婦を前にした司祭のところに走っていって司祭の足に体をすりつけ餌をねだった。それは司祭の飼い猫だった。
クロサワが脚本を書いて彼のアシスタントが完成させた「雨あがる」をおととい見た。とてもよかった。人生の最後にいいことをする思いやりの話。自分の人生と重ね合わせてみて考えさせられた。ポーランド語のタイトルは「Po deszczu(雨後)」だったが、「雨あがる」の「あがる」とはどういう意味か?
1981年に上映禁止になり1989年にようやく公開されて多くの賞をとった、クリスティナ・ヤンダ主演の映画「Przesluchanie(尋問)」を今日録画した。共産主義者が人々にどんな仕打ちをしてきたかを描いた映画。
ガルーというカナダの歌手がヨーロッパツアー中にポーランドの簡易寝台列車で海まで行こうとしたが、PKP(ポーランド鉄道)に乗車拒否された。彼がユーロを持っていなかったのと、ギターなど楽器を持っていて迷惑だからというのがその理由。あとで有名な歌手だとわかってPKPは平謝り。一般人だったら謝りもしないんだろうな。PKPの90パーセントはがさつな田舎者!
夜中にこっそり団地のゴミ捨て場にゴミ出しに行ったら、トンネルのそばの茂みで鳥たちがいい声で大合唱していた。ナイチンゲールかコウライウグイスかも知れない。うちにいると聞こえないが、大きな声だった。昼間は雉が鳴いている。
3日前のテレビで、ワルシャワのワジェンキ公園でアヒルがヒナを連れて歩いているところを報じていた。公園にアヒルがいるのは当然なのに、だれかがわざわざテレビを呼んで大騒ぎしている。うちの窓の下に来る方がよっぽどセンセーションだ。
アンジェイ・ワイダのドキュメンタリー番組を見ていたら、ワイダの耳の上に毛が生えているのが見えた。俺と同じ場所だ。賢い人はみんな耳の中ではなく外に毛が生えているのだ! チャメルは天才だと思った。
風呂場の戸棚が落っこちそうなのでレシェク(友だちの大工)に来てもらう。ボイラーから水が漏れたとき、ナガミミ魚の耳が濡れて駄目になったので新しい耳をつける。
今日は照明器具と庭の柵を洗った。そしたらすぐにスズメが糞をして柵を汚した。でもうちの屋根に巣を作って住んでいるスズメだから好きだ。毎年ヒナがかえってピーピー鳴いている。
ポーランドはEUに加盟してから観光客が20パーセント増えた。テレビに中央広場が映ったので見ると日本人が大変多くなった。

2004/06/04 19:44

頭痛、国境の猫、騒音、竜、ロト(6/3)

頭が痛くて、いつもは2錠のむ薬を、今日は4錠飲んだ。ようやく効いてきた。ずっと窓を開けているし、外に出ていることも多いので、頭痛は空気のせいではない。
エヴァ・ズジズガの「会話進行中」というテレビトーク番組に、ポーランドが気に入ってポーランドに住んでいる外国人が何人か出演した。あるイギリス人はポーランド人の「策謀」が気に入ったという。その一例。あるポーランド人が飼い猫を連れてドイツに入国しようとした。通常は動物検疫を受けなければならない。ちょうど国境に木が立っていたので、猫を木の上に放して、人間だけ国境を越え、ドイツに入ってから消防署に電話して猫を木から降ろしてもらい、こうして合法的に猫を入国させた。
今日は気温25℃。予報より高くなった。
先週金土日は悪夢だった。隣のうちに母親と小さい子どもがやって来て大騒ぎ。ドアが開けっ放しなので子どもの声が廊下に響きわたっていた。気になって何もできなかった。
労働局に行ったら運転手の求人があったが、ただし「車は自前」と書いてあった。だから応募者がいないのだ。
風呂のボイラーのサーモスタットが壊れたので、スイッチを入れたら目覚まし時計を例えば1時間半にセットしておいて、手動でスイッチを切る。
またしてもばかばかしい規則ができそう。新規にメールアドレスを取得するのに、電話を設置するときみたいにいちいち契約書を書かなければならなくなるらしい。なんでそんな面倒なことにするのか。
土曜日にヴィスワ川沿いで国際ドラゴンパレードというのがあった。花火の音が聞こえた。
戦争直後のワルシャワなどを撮影した写真展がワルシャワで開かれている。
ピョトルクフ・トリブナルスキの市長が収賄で捕まったから、来年からピョトルクフのパフォーマンス・フェスティバルはなくなるかも(?)
トトロト(ロト6のようなもの)を10ズウォティ(約300円)分、送ったが当たらなかった。ワルシャワの人が3.60ズウォティ使って、500万ユーロ以上を当てた。

2004/05/29 02:22

レチョ、シンナー、馬小屋、ププカ(5/27)

土曜日はザコパネ(ポーランド南部のタトラ山麓の町)に雪が降った。寒かった。庭は相変わらず殺風景。寒いので植物が育たない。室内のトゲちゃん(サボテン)はちょっと葉が出てきた。ボンサイは背丈ばかり伸びるので、鼻毛用ハサミでてっぺんを少し切った。チャメル(ボグダンのあだ名)はお腹が育った。このあいだ鏡を見て愕然とした。
PKP(ポーランド鉄道)は、行きの切符を窓口で見せると帰りの切符が割り引きになるサービスを始める。
スープ・フェスティバルではクレズマーの演奏やパフォーマンスもあった。街頭演劇フェスティバルのオーガナイズをしているイェジィ・ゾン氏がオーガナイザーだった。
ズビグニェフ・カルコフスキって知ってるか? シュチェチンで大友良英(ターンテーブル6台)といっしょに演奏した日本在住ポーランド人ミュージシャン。
ド・ゴール空港のターミナルが崩落した。テレビでアナウンサーが「幸いポーランド航空は乗り入れていないのでポーランド人の負傷者はいない」と言っていた。ポーランド人はポーランド航空以外の飛行機にも乗るのに。バカ!
格安航空路線、ケルンまで20ユーロ+空港使用料など。電車や車で行くより安い。
食事はツナの缶詰を買って、パンといっしょに食べた。このところ昼食は冷凍のレチョ(ピーマンとトマトを煮込んだハンガリー料理)に、ソーセージと玉ねぎを炒めたのとトマトピューレを足して煮たものを食べていた。1日めはパンといっしょに、翌日はジャガイモと、今日は4日めで、ご飯といっしょに食べたら、いままででいちばんおいしかった。こちらで売っている長粒種の米より、日本のお米のほうがおいしい。
ばかばかしいこと3連発。
1.若者のシンナー吸入を防止するため、シンナーを買うのに「塗装目的以外には使用しません」という誓約書にサインしなければならないという。ワルシャワかどこかの話。そんな書式を用意していない店もあって混乱している。うちの近所の店ではまさかそんなの書けなんて言わないだろうな。
2.役人が仕事中にインターネットのポルノ・サイトにアクセスできないようにするソフトを役所が大金をはたいて導入した。子どもこそそういう有害サイトから守るべきなのに、学校のためにそのソフトを買う予算はないという。
3.EUの変な規則の続編。馬が風邪をひいたりしないよう、馬小屋の風速基準値というのが決められているそうだ。農夫たちは馬小屋の風速を測れと言われても、どうやって測るんだ? とあきれている。
EUに加盟して自動車が値上がりしたり、いろいろな物価が上がった。でも給料は上がらない。
ドイツのシュレーダー首相がポーランドに来て、ポーランドは企業に対する税金を引き上げろと言って、無理だと反対された。ドイツは38%、ポーランドは19%なので、ドイツ企業が税金の割安なポーランドに流出するのを危惧しての発言。ポーランドは逆に税金を下げた方が、雇用が促進され、失業率が減って良いのだが。
昔の記録映画を見たら、マーウィ・ルィネク(クラクフ中心街にある広場の名)にも市電が走っていた。
新聞の死亡広告を見ていたら、どこかの銀行の副頭取でププカ(お尻の意)という人がいたので笑ってしまった。友人にジェムニャク(ジャガイモの意)というのがいたが、名前を恥じて改名した。きっと皆かげで笑っているに違いないのに、ププカさんはどうして改名しなかったんだろう。

2004/05/22 01:23

鴨、スープ、鶏卵、ツバメ、PKP(5/20)

このところ寒い。5/12パンクラツィの日、5/13セルヴァツィの日、5/14ボニファツィの日、5/15ゾフィアの日、この4日間は「3人の寒い庭師と寒いゾシカ(ゾフィアの愛称)」と呼ばれ、昔から寒くなる日だと言われている。
月曜日に信じられないことが起こった! 窓のカーテン越しに庭に何かが見えて、最初だれかが石膏製の鳥の置き物(飾りとして庭に置くもの)を置いていったのかと思ったが、何とそれは鴨の親鳥が8羽(か9羽)のヒナをつれているのだった。はじめは座っていたが、そのうち歩き回って少々草花の苗を踏み荒らした。スズメのために庭にまいているパンくずを食べに来たのかも知れない。うちの庭にはいままでにも猫やホシムクドリやクロウタドリなどいろんなお客が来たことがあるが、これにはびっくりした!
オシロイバナが芽を出したが弱々しい。メロンかスイカの芽も出たがみすぼらしく弱々しい。今年は園芸用のいい土を入れなかったからかも知れない。
いま午後7時でもまだ明るい。窓から陽が入る。夏は近所の子どもがうるさいので嫌だ。冬は雪が積もっているので静かでいい。夏ははす向かいのうちが廊下に面したドアを開けっ放しにするから、台所の匂いもするし、ラジオの音も聞こえるし、子どもたちは廊下を走り回るし、うんざりする。
土曜日にカジミェシュ(クラクフの1地区)でスープ・フェスティバルがある。スープのコンテストにはだれでも参加できる。個人は10リットル、レストランは20リットル、自慢のスープを作る。それとは別に審査用に1リットル提出する。審査員長はビコント。クラクフには外国人住民も多いので、外国のエキゾチックなスープも出品される。
エステルカはもう開いているはずだとプシェメク(2階の住人)が言っていた。朝9時開店で朝からにぎわっているらしい。今度の店長が自分の知り合いを呼び寄せているようだ。
格安航空路線、EU圏内はあるが、アジアなど遠くへ飛ぶのは無い。ローマ、パリ、ケルンなど。
テレビで見たのだが、養鶏場の10000個の卵のなかに240g以上もある巨大な卵が見つかった。調べてみたが病気や異常のあるメンドリはいなかった。普通、鶏の卵は大きくても60g。
EUが動物のことでケチをつけてきた。ポーランドにはオクヌフキ、ブジェグフキ、ディムフキという3種類のツバメがいて、それぞれ生息場所と習性が異なる。ディムフキは牛小屋の中に巣を作り、害虫を食べるので昔から親しまれ大切にされてきた。ところがEUは、野鳥が牛小屋にいると疫病を牛に感染させるおそれがあり非衛生的だから、このツバメの巣を撤去しろと言っている。ディムフキはそれでなくでも数が減っているので、そんなことをしたら絶滅してしまうだろう。
PKP(ポーランド鉄道)は荷物料金徴集を早くもあきらめた。乗客が払おうとしないし、車掌も、そんな規則(縦横高さの合計が130cm以上)じゃ巻き尺でいちいち荷物を測らなくちゃならない、と言って相手にしなかったため。
PKPは一部区間停電のため、IC(インターシティ)が迂回を余儀無くされ、ワルシャワ-クラクフ間、通常2時間半のところ、5時間もかかった。問題山積のPKPが今後どうすればよいか、日本から来た専門家が技術的予算的な助言をしたが、崩壊した共産主義の十字架に押しつぶされているPKPはどうしようもない。
煙草と砂糖が値上がりした。砂糖は危惧されていたほどではなかった。ガソリンが上がるらしいので、みんなパニックになっている。
開けると悪臭を放つおもちゃが流行っている。子どもが友だちにプレゼントして、もらった子が知らずに開けて、気分が悪くなったりすることもあるから、こういう玩具は子どもに与えるべきではない、とテレビで言っていた。

2004/05/15 01:56

墓参、イラク、血圧、空港、雌牛(5/13)

昨日医者に行って処方箋をもらい、その帰りに墓参りに行った。バトヴィツェ墓地できれいな色の野鳥を見た。図鑑で調べてみよう。
アニャに電話してみたら、いまは働いてないという。エステルカは閉まったままだ。
電気ポットがついに焼き切れた。約1年もった。とりあえずいまは電気ヒーター(水を入れたカップに直接つっこんで使う電熱器)を使っている。
ポーランド人のフォトジャーナリストがイラクで死んだ。Super Express紙に遺体の写真が載った。
大学祭で警察が誤って無実の人を射殺したので問題になっている。
5月7日にホモの人たちのパレードがあり、トラブルがあった。
でもここは静か。朝カッコウが鳴く声が聞こえる。このところ雨がよく降る。雨が上がると庭の雑草を抜く。オシロイバナと百日草が出てこない。竹とトゲちゃん(サボテンの名前)は大きくならない。今日は20℃。
自動血圧測定器で血圧を測ってみたら185-110もあった。こんなに高いとは知らなかった!
今日は昼食をちゃんと食べた。スープとパンとブリンザ(羊乳製チーズ)。明日はホウレン草と卵とジャガイモにしようか。
グダンスクの空港が「レフ・ヴァウェンサ(日本ではワレサと呼ばれている)空港」という名前になった。
マンガ(クラクフ日本美術技術センター)の開館10周年記念行事があった。
EU加盟国の国民はノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインにも身分証明書だけで入国できる。
雌牛にクラシック音楽を聞かせると乳の出がよくなるそうだ。ちなみに牛はビバルディよりバッハのほうが好きだそうだ。

2004/05/07 05:13

鳥、レズ&ゲイ、巨大ピザ、身分証(5/6)

5月1日、近くのバグリ(池)へ散歩に行った。ツバメがいた。カイツブリが巣に座っているのを見た。卵を抱いているのかもしれない。きれいなキジを見た。カッコウの声を聞いた。緑がいっぱい。
レズビアン&ゲイ・パレードが裁判沙汰になっている。クラクフは保守的なので、反対する声が多い。自分はレズやゲイに反対はしないが、パレードなどの挑発行為をあえてするのはどうかと思う。一説によるとポーランド人の20人に1人はホモセクシュアルだというが、信じられない。
ブウォニャ(クラクフ市内にある広大な草地)でギネスブックに挑戦して巨大ピザを焼いた。重さ1500kg、長さ150m。
ポーランド・ドイツ国境のゲルリッツ・ズゴジェレツのオーデル川にかかる橋の上で、ビゴス、ジュレク、ピエロギを食べてポーランドのEU加盟を祝った。
5月1日は博物館や美術館が夜間開館した。写真史博物館も開いていた。古いカメラで昔風のセピア調色写真を撮影できるという催しがあった。
ポーランド人はEU内を移動する際、国境で身分証明書を見せるだけでよく、パスポートは要らなくなった。ロシア人、ベラルーシ人、ウクライナ人がそれに目を付けて、ポーランド人の身分証を盗み、それを使ってドイツに入国していることが発覚した。国境では車を20-30秒停めて、窓越しに身分証を見せるだけなのだが、係官が話し掛けてみたらポーランド人ではないことがわかった。
昨日は28℃くらいあった。今日は雷雨。明日あさって、だんだん涼しくなるという予報。
庭は殺風景。コスモスばかり出てくるので半分以上むしった。チューリップは葉っぱだけで花は咲かなかった。来年咲くのかも知れない。
ここ10日ほどお腹の具合がおかしい。空腹になると痛いが、食べはじめると食欲が失せる。何を食べてもおいしく感じない。
(バー・エステルカの)アニャに明日電話して、どうしているか聞いてみる。閉店以来バーには行っていないので、どうなっているのかわからない。

2004/04/30 15:54

庭、サミット、値上げ、映画ロケ(4/29)

庭はいまコスモスだらけ。去年こぼれた種から雑草みたいにそこらじゅうにはえてきたので少しむしった。キバナコスモスの種を少し蒔いた。オシロイバナは白と黄だけ蒔いた。
ワルシャワでは警察官1万人を投入して経済サミットに備えた。今日はデモがあったが平和裏に終わった。サミット中はワルシャワの学校は念のため休校になった。厳戒体制のホテル・ビクトリアのそばを鴨の親子が通った。暇な警官がヒナをサスキ公園まで運んでいた。
先週言った害虫の名は間違いで、正しくは「シュロトゥベク・カシュタノフツォヴィアチェク」だった。マロニエは注射のあと、幹に薬剤を塗って包帯をしてある。そこに害虫の名が書いてあったので正しい名がわかった。
北朝鮮の列車事故後の模様をポーランド人のポニェビェルスキという人が録画した。
クラクフの2つの橋の建設工事で大量の資金が行方不明になっていることが発覚した。
EUに加盟してからもビゴスは作ってよいことになった。
5月1日からPKP(ポーランド鉄道)値上げ。大きな荷物(縦横高さの合計が130cm以上)は別料金を払わなければならなくなる。IC(インターシティ)、EC(ユーロシティ)などの座席指定券が値上げされる。
砂糖など食料品は値上げしないとPRしている。便乗値上げ防止のため。
ヴロツワフでスピルバーグ監督が新作映画を撮っている。ミュンヘン・オリンピックの話。ミュンヘンで撮らずにヴロツワフで撮るのはその方が安くあがるからだろうか?
今日は20℃、昨日は15℃、一昨日は13℃だった。
ヴィボルチャ紙月曜版求人特集に18-55才向け求人があった。海底油井掘削の仕事。勤務地は世界中。どこだかわからない。
5月1日にふちがみとふなとが演るんだな。渕上さんと船戸さんにくれぐれもよろしく言ってくれ。

2004/04/24 01:23

連休、カタツムリ、ベルリン、害虫(4/22)

5月1日は美術館、博物館が昼12時から夜1時まで開館する。5月1、2、3日と連休だから(1日はメーデー、3日は憲法記念日)。連休前にはいつも、パンをどれくらい買っておけばいいかわからず悩む。買っておいても2日目3日目は堅くなったのを食べなきゃならない。やだやだ。日本だったら連休でも店は開いているのに。ポーランド人は職がないと、職にありつきたい、どんな仕事でもやると言うくせに、仕事があると今度は休むことばかり考えている。
トンネルにカタツムリがたくさんいた。5月1日からカタツムリ捕りが始まる。失業者がカタツムリを集めて業者に買ってもらうのだが、1キロで80グロシュ(約22円)にしかならない。フランスのレストランでは高級料理として出すのに。
線路のところで警備員が見張っていて、通り抜けは罰金100ズウォティだと言われた(いままではだれでも自由に通っていた)。EUに加盟するのできちんとしないといけないということなのだろうか?
格安航空券、ローマ、ナポリ、パリなどへ49ズウォティ(+税)で行ける。食事なし、サービスなし、インターネットで予約する。こんなに安ければ日帰りで行ってもいいな。
EU加盟を記念してベルリンでポーランドの若き才能たちのコンサートが5月1日から7日まで開かれる。NHK TVで放映される。
ベルリン市内の美術館、博物館に、EU新加盟の国々の人は無料で入れる。ベルリンのラブパレード、今年は中止になった。ドイツ国内の別の都市が名乗りをあげている。
マロニエの害虫「シュロトゥベク・カシュタノヴィアチェク」は、葉を食い荒らしたあと、葉に卵を産みつけるので、落ちた枯れ葉を集めて燃やすようにと昨年秋に指導があった。ここ数年、クラクフのマロニエはこの害虫にやられている。いま樹皮にドリルで穴を開けて薬品を注射しているところ。
駅に警備員がいたので線路を突っ切れず、長いトンネルの方へ迂回をしたとき、グロマツカ通りの先にシジュウカラがいるのに気付いた。うちの近くはホシムクドリやクロウタドリがいて、朝はさえずりでいっぱいになる。小鳥の天国。
EUに加盟するとレストランでビゴスを出せなくなる。温め直しをする料理は駄目なのだそうだ。山地住民の作るヤギ乳のチーズも、使われている道具がEUの基準に合わず、非衛生的とされたが、地方の名物として販売は許可されるようだ。
ひと鍋作ったビゴスは今日の昼食で食べ終わり、今度はブルターニュ風ファソルカを作った。
水曜からワルシャワで経済サミットが開かれる。世界中のアンチグローバリストが集まってくると予想されるのでワルシャワは厳戒体制。警察官8000人を動員。銀行は窓を割られないように鉄格子をはめている。前回の開催地プラハではアンチグローバリストが窓を割ったり、市電の車両をひっくり返したりした。
EUに入ると物価が上がるが、砂糖の買いだめはばかげている。いくら節約になるんだ? 月に1.5ズウォティ(約42円)? 密造酒を作るならわかるけど。
ある人が庭にコウノトリのための柱を立て、そのうえにコウノトリが巣を作った。近所に住む郡長がその柱を巣ごと盗んで、自分の庭に立てた。ポーランドでは盗めないものはない。郡長はひょっとすると子宝に恵まれず、コウノトリにあやかりたかったのだろうか?
エステルカが閉店。アニャはみんなに別れ酒をふるまった。俺がウオツカを断わったら、みんなが「病気じゃないか」と言った。

2004/04/16 04:37

竹、観光税、動物園、大学、求人(4/15)

日本人の人質が解放されてよかった。
復活祭の日に中央広場の植木市で小さい竹を買った。窓辺に置いておいたら日が当たらない側が白くなったので日光が必要だと思って、今日は暖かいから外に出しておいた。最初ただのからっぽの筒だったのが、てっぺんに少し葉っぱが出てきた。
今日は庭を耕すつもりだったが、ビゴスを鍋一杯作っていたので、庭は明日耕すことにした。
5月からクラクフを訪れる観光客は1日につき1.60ズウォティの観光税を取られる。といってもホテルの宿泊客のみだが。観光の振興のために使うと言っているが、いつのまにか別の目的に使われていたりすることがあるからな。
中央広場のリニューアル工事は入札が長引いたため、観光シーズン真っ盛りの夏に行うことになったという。役人てのはなんて馬鹿なんだ!
昨日見た環境省の発表で、動物園の檻から以下の動物が逃げ出した場合には動物園から退避すべき「危険動物リスト」に、コウノトリ、インコ、ハムスター、亀が入っていた。EUの何かの規則を引き写したらしいけど、まったくのナンセンス!
労働局に電話したら例の講習は今年度はないと言われた。でも新しい規則では経営者以外はその資格は必要ないので心配しなくていいそうだ。
ポーランドの大学ランキングで1位はヤギェウォ大学(クラクフにある)、2位はワルシャワ大学。でもヤギェウォ大学の聴講生になりたいと言ったら断わられた。聴講料と中等学校卒業資格が必要だという。共産主義政権時代は希望すればだれでも無料でなれたのに。
昔、中央広場に市電が走っていたのを覚えているが、自分より年上でも覚えていない人がいる。「中央広場に市電? 戦前だろ?」なんて言う。ちょっと前のことでも人はすぐに忘れてしまう。
ヴィボルチャ紙の月曜版「求人特集」に3つの求人があったがすべてワルシャワだった。イラクで運転手、40才までというのがあった。年令をクリアしたとしてもイラクには応募しない。キプロスで若者400人募集に対してポーランドでは25人しか応募がなかった。理由は「遠いから」だって。アメリカの方が遠いのにアメリカには大挙して押しよせ、ビザの期限が切れても残って非合法で働くポーランド人が多い。アメリカはOK、キプロスは嫌というのは典型的なポーランド人のメンタリティ。キプロスの気候がどんなによくて、どれだけヨーロッパに近いか知らないのだ。地図をよく見ろ!
うちにいたらスープと紅茶で元気になるつもりだったが、復活祭はハニャのうちでご馳走になった。ハム、ソーセージ、ゆで卵、キノコを食べて途端に下痢。キノコマリネをおみやげにもらった。ユレク(ハニャの夫)の実家で漬けたもの。
線路の向こうでホシムクドリがたくさん巣作りをしていて、わめいたり羽ばたいたり、とてもにぎやか。雄は黒っぽい羽に白い斑点が鮮やか。
庭の水まきに使っていた広口瓶(蓋に釘で点々と穴を開けてある)をだれかに盗まれたので新しいのを作った。

2004/04/10 06:45

復活祭、猫、政治家、イラクの子ども(4/8)

寒い。気温6℃で風がある。
ハニャ(妹)は復活祭(今年は4/11)の昼餐にはおいでと言っているが、食欲がない。小さい缶詰のハムを買ったけれど、開けると食べきれないのでまだ開けていない。食べなきゃと思ってパンも買って来た。トマト1kg、きゅうり、カリフラワーがあるが食べられない。今日はもうビールだけでウオツカは飲んでいない。ここ2、3週間、掃除をしていないので片付けなくては。
バルヴァウド(クラクフの南西約40kmにある村)のアラおばさんから復活祭のカードが届いた。毎年あちこちにカードを出していたが、うちには1枚も来ないので、今年はだれにも書かないぞ、と思っていたら来てしまった。気まずい。
猫をもらうことにした。アニャ(居酒屋エステルカの店長)が息子のクブシのために猫を飼いたいと言ったら、2匹いるからあげると近所の男が言った。昨日その男が死んだ猫を2匹、袋に入れて持って来た。なぜ死んだのかはわからない。袋の中身は見なかった。彼の家には雌猫が2匹いるので、あと2、3週間したら今度は生きているのを持ってくるという。ザコパネで見た赤毛のトラ猫を憶えているか? あんなのがいるそうだ。小さい虎ちゃん、2代目チンドン(チンドンは以前飼っていた猫の名前)。
先日、近所の茶色い犬に、冷蔵庫にあった古くなったソーセージをフェンス越しにやったら、もぎとってむさぼり食った。そのせいかこちらの姿を見ると吠えずに喜んで寄ってきてくんくん声をあげる。飼い主のじいさんが驚いていた。
今年もコスモスと百日草の種を買った。ズビシェク(2階の住人)が園芸用の土を車で運んでくれる。俺が世話をすると花がよく咲く。
動物も俺のことをよく思っているようだ。バグリ(近所の池)では鴨が巣で卵を抱いている。交尾期なので羽がきれいだ。釣り人が来ると鳥たちは逃げるが、俺が近付いても逃げない。この人は悪いことをしないとわかるのだ。
窓辺のオークの盆栽は面白い形になるように針金で曲げてある。いちばん長い根を切ったらあまり伸びなくなった。トゲちゃん(サボテンの名前)は少し伸びてきた。冬の間は液体肥料をやっていた。
犬の飼い主は郡が決めた税金を払うことになっている。1年で1ズウォティ(約28円)とかごく少額なのだが、政治家はそれさえ払わなくていいという法令があるのは腹立たしい。政治家は市電も無料だが、どうせ奴らは市電なんか乗らない。
リトアニアのパクサス大統領はマフィアから金をもらったのが明らかになって辞任させられた。リトアニアは自浄力があるからまだいいが、ポーランドは汚職だらけでどうしようもない。
プロコチム(クラクフ南東部の地区)の病院では負傷したイラクの子どもたちの治療をしている。ポーランドはけがした子どもを受け入れている。テレビでは治療費のための募金を呼び掛けている。
復活祭を前にして、貧しい人々のための寄付箱がスーパーに設置されている。例えば小麦粉1kgを1.70ズウォティで買ってそこに入れる。あるいは1.50ズウォティで米1kgでもいい。貧しい人たちはこれで食事ができる。
復活祭にはゆで卵を互いに分け合いながらお祝いの言葉を言い合う。卵は新しい命の象徴。伝統は尊ばなくてはいけない。伝統は美しい。だから復活祭にはハニャのところに行きたいのだが。

2004/04/02 05:00

歯医者、4月馬鹿、復活祭、日本人(4/1)

金曜日にカーテンを開けたら外は雪だった。道はどろどろの水たまりになった。
先週、朝からだれかがドアをどんどんたたくので、てっきりトシェクがいっしょに飲みたくて来たのだと思ってドアを開けないでいたら、それは郵便配達だった。郵便受けに通知書が入っていたことにあとで気付いた。
一昨日、クッキーを食べていたら歯の詰め物がまたとれてしまった。歯医者に行くために中央広場に行って友人たちと飲んだが(ボグダンは素面では怖くて歯医者に行けない)、その日は以前担当してくれた女医さんがいなくて、今日治療することになったので今日も飲んだ。
レリーフの修復のとき、ポラロイドカメラ(シャオ)があることを忘れていた。今度ヒヤシンスが咲いたらポラロイドで撮っておく。フィルムの使用期限はとっくに過ぎているけれど、まだちゃんと写る。さすがは日本製品だ。
今朝シャワーを浴びようとしてパンツを脱いだらお尻に毛が生えているのに気付いたので、ブジェフスキ先生(皮膚科のお医者さん)のところに行って剃ってもらったら、お尻が紙やすりみたいにざらざらになってしまった。どうしよう? --エイプリルフール!
明日は復活祭の卵に絵を描く。エステルカのアニャに1個あげる。あとはハニャとユレクたちにあげる。
ヤネクが居酒屋に来て、ナガミミヨザル・サイトを見たことを言いふらしている。するとコンピューターを持っている友だちがまた見てくれる。
物置きから手押し車を出した。近々、庭仕事を始めるつもり。
去年の(東京での)お花見の写真を見ては、あのときは幸せだったなあと思っている。酔っぱらってふらついていた自分を女の子が支えてくれた。日本人はみんな親切でいい人ばかりだ。100円ショップの店員さんも笑顔で応対してくれるし。日本からこっちに帰ってくると、1か月間は精神的に病気になる。スーパーに買い物に行けば、店員は仏頂面、給料さえもらえればお客なんかどうでもいいと思っているのだ。

2004/03/27 01:37

ホース、コウノトリ、新型、講習(3/25)

ちょっと前は暖かかったが、明日は0℃で、また雪という予報。
チューリップは4つ出てきた。先週は2つだった。ヒヤシンスは2つあって、1つはきれいに咲いた。
先週の金曜土曜で元気になった(素面に戻った)。ボイラーの水漏れはよく見るとホースからだったので、火曜日にルビチ通りの店に行き、ホースを買って(6ズウォティ)付け替えたら、まだ少し漏れるがボイラーはちゃんと暖まるようになったので、ようやく風呂に入った。とりあえず当分ボイラーは買い替えなくて済む。
モスティという地域では、どの家にもコウノトリの巣があり、毎年コウノトリがやって来る。今年も飛来しはじめたそうだ。
新しい列車がもう走りはじめている。去年、試験走行のときに見た、長い二両連結バスみたいなきれいな新型車両。乗客が少ない路線にこれを走らせる。
クッキー2ズウォティで買った。安くておいしい。
塩漬けキャベツを1ズウォティで買ってきて煮ておき、鶏肉かソーセージを焼いたのの付け合わせにして食べている。
労働局で大型車両免許取得のための講習について聞いたら、今年は開かれるかどうかまだわからないので4月8日に電話してくださいと言われた。8.5tトラックまでは不要だが、TIRのような大型トラックの運転には特別な免許が必要で、そのためには講習と身体検査を受けなければならない。
土砂降りの雨で、でこぼこの歩道が水たまりになり、サーカスの綱渡りみたいに歩かなきゃいけない。3月と11月の天気は最低。人がよく死ぬ月だ。
以前うちの郵便物を他人の家に配達したことがある薄のろ郵便配達が、今度は他人宛の郵便物通知書(留守宅に置いていく書留などの通知)を置いていった。住所も名前もうちとはまったく違うもので、同じなのは番地の数字だけ。
部屋の掃除をした。トシェクがテーブルクロスを汚したので洗濯した。

2004/03/20 01:42

ボイラー故障、春来る、絵、IT(3/18)

レリーフの修復をやり終えた。トシェク(石膏壁絵職人の友人)が来て手伝ってくれた。300ズウォティもらえることになっていて、そのうち150をトシェクに払った。それ以外に材料や塗料を買ったので、あまり儲けにはならない。修復前の写真は撮れなかった。次は、足のない彫刻の足を修復する仕事。
ボイラーがとうとう壊れてしまい、風呂に入っていない。冷たい水で髭剃りはつらい。
庭のチューリップが伸びてきた。ヒヤシンスが窓辺で咲いている。庭から小さな蛙が出てきた。近所の犬がかじろうとしていたので茂みに隠してやった。
バグリ(近所の池)の上でカモメが鳴きわめいている。交尾期なので頭が黒いが、その後は白くなる。雪の上に蛇の這った跡を見た。たぶん若いアオヘビ。池にはまだ少し氷が残っているものの、新しい生命の始まりが感じられる。
カナダのフロルコフ(ボグダンの幼なじみ)から電話があった。ちょうど留守にしていたときで、留守電に「インターネットで絵を見て驚嘆した」と入っていた。
(亡くなった)父は自分が絵の道に進むことを望んでいたから、CDやインターネットに載った絵を見たらきっと喜んでくれたことだろう。共産主義は多くの人々を駄目にした。でもハニャが言ったように、何かをするのに決して遅すぎることはない。自分がいなくなっても何かが残る。
1か月ほど前、酔っぱらって千鳥足のベレシさん(イェジィ・ベレシ:彫刻家、パフォーマンス・アーティスト)にたまたま出くわし、タクシーに乗せてあげたことがあった。有名なアーティストでもこういうことはあるんだな。
中古コンピューターを扱っている人に聞いたら、1000ズウォティあれば十分買えるそうだ。接続料はつなぎっぱなしで月40ズウォティ。そのうち買おう。でもまずはボイラーを買わなきゃ。

2004/03/12 04:38

閉店、キリスト像修復、隣の工事(3/11)

アニャがエステルカを4月18日で閉店することにした。アニャの息子のクブシはこのごろしゃべりはじめた。アニャは今後数か月、子育てに専念するが、その後はまた店をやりたいそうだ。
97年にすでに構想していた絵の、本番の下絵を鉛筆で描いた。
郵便局のボグシュさんと「さん」付けなしの名前で呼び合うことにした。これからはボグシュとボグシュだ。そのボグシュから、キリストの顔のレリーフの修復を頼まれた。欠けた鼻を石膏で復元して元通りに塗り直す仕事。今日そのレリーフを持って帰れと言われたが、酔っ払っていたので、トンネルで転んで落として泥だらけにするといけないから、今日のところは置いてきた。修復前と修復後の記録写真を撮ろうと思う。
ナガミミヨザル2号のプリントアウトを友人たちに見せた。ヤヌシュが自分の娘に「ボグダンの部屋」を見せたいと思って自宅でアクセスしてみたが、文字化けしていてそのページにたどり着けないので、たどり着くための方法をEメールで教えてくれという。
土曜日に絵を描こうとして絵の具や水を用意した途端、隣の部屋で予告なしに工事を始めた。金槌でドンドンやるので、うるさくてとても絵を描くどころじゃない。土曜日に作業をするなら前日にひとこと断わってくれれば、絵を描こうなんて気をおこさず、散歩に出かけるとか何か他に考えたのに。田舎者は礼儀を知らないので困る。何度言ってもわからない。

2004/03/05 04:08

夢、ボイラー、ヒヤシンス、絵(3/4)

プンちゃんの夢を見た。プンが日本からフトンを持ってやってきて、置くところがないのでシャワー室にしまうという夢(笑)。
ボイラーはずっと水漏れしていて、下に置いた盥に水がたまっている。お湯は湧くので風呂には入れるが、スタシェクが応急手当てをしてくれることになっている。でもいずれ買い直すしかないだろう。300-400ズウォティくらいのを買う。
ヒヤシンスがきれいに咲いた。盆栽もすくすく育っている。
アニャに写真を持って行ったら、よろしくと言っていた。
自分の絵にはそれぞれ伝えたいことがある。伝えたいことがあるから描いているのだ。いま新しい絵を描いている。97年に描きたいと思っていた絵。

2004/02/27 22:03

水漏れ、不法入国、橙色の雪、暴動(2/26)

風呂のボイラーから水が漏れる。A剤とB剤を混ぜる強力接着剤で修理しようと思うが、それにはまずすっかり水を抜いて乾かさないといけない。水抜きするには1人では無理なので、チャペクが来たら手伝ってもらう。いつも何かが故障するのは休みの日かその直前。今回も水漏れに気付いたのは土曜日。
不法入国しようとする者が国境でよく捕まる。ウクライナ国境で先日捕まった数人の黒人は、顔を白く塗り、髪をブロンドに染めていた。北欧に行ったとき目立たないようにしようとしたのだそうだ。これじゃまるっきり漫画だ!
EUに加盟したらポーランド人が働きに行ける国はイギリス、アイルランド、ポルトガルだけ。最初はオランダもOKだったが、オランダ国民の反対が多くて撤回した。
一昨日、オレンジ色の雪がビェシュチャディ山脈(ポーランドとスロヴァキア国境のウクライナ寄りにある山脈)に降った。住民はテロかも知れないと心配し、その雪を検査してもらったところ、毒性はなく、赤っぽい砂が混じっていただけだった。北アフリカで竜巻に巻き上げられた砂がヨーロッパまで飛んできて雪と一緒に降ったのだと判明。
ポーランドの森でアライグマが増えつつある。アメリカから船でフランスあたりに着いたものが野生化し、次第に東へ勢力を伸ばしており、ドイツにはもう普通に生息しているそうだ。繁殖力が強く生態系のバランスを崩すので、在来の動植物のためにはよくない。アメリカミンクが増えてヨーロッパミンクはめっきり減ってしまった。rakも減った。rakは日本語で何だっけ? 「ザリガニ」って変な言葉、イタリア語みたい。
スロヴァキアではロマ(ジプシー)の生活手当を半分に減らしたのがきっかけで、ロマたちの暴動が起こり、商店の略奪にまで発展している。ロマたちがチェコ側に逃げないよう国境で警戒している。手当を半減したのは、待遇が良いとすすんで働こうとしないからだとスロヴァキア政府は説明しているが、働きたくても仕事がないのだとロマたちは主張している。

2004/02/20 17:21

ポンチキ、竜、臓器売買、キチキチ(2/19)

今日は贅沢をした。「脂っこい木曜日」なのでポンチキ(ジャム入りドーナツ)を2つ買って食べた。「脂っこい木曜日」は教会暦によるため毎年日付けが変わるから、いつなのか前もってわからない。ラジオで「今日は脂っこい木曜日」と言われてようやくわかる。
ひと月前、バラのマーマレードをみつけてパン用に買った。ポンチキに合うと思う。
ブゼクが首相の時に締結した、ノルウェーからの天然ガス輸入の条約に、ミレル首相が署名しなかったことで、BiR(ベラルーシとロシア)なんかにガス供給をまかせるのかと問題になっている。
まだ見たことはないが、クラクフ市内にオレンジ色の電話ボックスのようなものが建っているそうだ。ここから携帯メールとEメールを送ることができる。
クラクフ駅前の建物は再開発のため、もうほとんど取り壊されたらしい。有名なBar Smokの建物もあらかた壊されたが、Smokのネオンは社会主義時代の遺物なので残そうという話が出ている。(Smokは竜の意味。クラクフの伝説によるとヴァヴェル城の下の洞穴に竜が住んでいた)
お金を作る方法。腎臓を1つ売れば35000ズウォティ(約100万円)になるそうだ。申し込みはインターネットで。もちろん非合法だが、お金に困っている人がやっている。患者の親族の振りをして病院に行き、手術してもらうということがこっそり行われている。
猫を呼ぶときポーランド語では「キチキチ」という。このキチキチとか、レーニンとか、アリゾナ、ニンジャといった変な名前の質の悪い安ワインがあって、田舎者が飲んでいる。EUに加盟したらこんな名前のワインは作れないだろう。だから田舎者はEU加盟に反対なのだ。とくにビャウィストク(ポーランド北東部、ベラルーシ国境近くの町)ではこういうのをたくさん飲んでいる。ポルノ雑誌を並べたキオスクを襲撃したりするのも、ここビャウィストクの無知蒙昧なやから。

2004/02/13 23:42

メンチ、中央広場、TVP2、EU加盟(2/12)

土曜日に挽き肉を買ってメンチカツを8つ作った。あと2日で食べ終わる。塩漬けキャベツを煮て付け合わせにした。ここ2か月で初めてソーセージを買った。ようやくかわいそうな豚の映像の記憶もうすれてきたので。おいしかった。節約のためずっとパンにクリームチーズかジャムばかり交互に食べていた。明日は生の白ソーセージを買おう。ニンニクと玉ねぎを炒めてじっくり焼くのだ。
中央広場のカフェの屋外テーブルを夜10時までにしろとラジオ・クラクフで言っていた。どこの観光地が夜10時で閉めるんだ? 中央広場のコンサートはうるさいから他の場所、例えばヴォルニツァ広場に移動しろという意見もあった。ナンセンス! コンサートはいいアトラクションなのに。いま中央広場はオフィスばかりでほとんど人が住んでいない。10年前にはまだ友だちも住んでいたけど。
TVP2の局長に宛てて手紙を書いた。TVP2は公開録画番組のとき、舞台が盛り上がっているいちばんいいところで笑っている客席を映す。番組の30パーセントは客の顔を映している。見たいのは客の顔じゃなくて演目なのに。こう思っている視聴者は俺だけではないはず。もうひとつ。ショウビュー・システム(ビデオ録画予約コード)を使って録画予約しておいても、番組表の時間通りに放映しないから、たいてい前の番組の後半と取りたい番組の途中までしか録画されていない。これにも文句を書いた。この手紙は封をせずに郵便局に持っていって、出す前に郵便局のボグシュさんに読んでやった。(近所の委託郵便局のボグシュさんとは顔なじみで、よく茶飲み話をする)
5月1日から、例えばベルリンに行くとしたらパスポートが要らなくなる。身分証明書は1999年に更新したから2007年まで書き換えなくてよいと言われた。ほとんどの人はヨーロッパ内を移動するだけだから、パスポート取得のための行列はなくなるだろう。いま身分証明書の書き換え手続き窓口は行列で、2、3週間待ちだったのが、最近は1か月半から2か月待ちだという。

2004/02/07 02:02

暖冬、ごたごた、彫刻、UFO、野牛(2/5)

朝8時にもう+12℃、昼は15℃もあった。ここ3日間ストーブを炊いていない。暖かすぎて木の芽が出てきた。クロウタドリが鳴いているのを聞いた。自然がおかしくなっている。
今日は鶏のレバーを食べた。朝はプラツキ・ジェムニャチャーネ(ジャガイモをすりおろしてお好み焼きみたいに焼いたもの)。
ビールのエッセイのプリントアウトを読んでいたら、「ごたごた」「ちょくちょく」「ぐんぐん」という言葉があったがどういう意味か? こういう繰り返しの日本語の単語はアフリカかポリネシアの言葉みたいでおもしろい。
2つめのオークの苗、いちばん長い根を切って植えかえた。ひょろひょろ伸びて椰子の木みたいなのは、針金を掛けてS字型にした。
2月1日から月500ズウォティで暮らす2人の国会議員の様子をテレビがずっと追いかけている。1人はもう70ズウォティ使ってしまった。チェコでは同じことを300人の議員が試みたのに、ポーランドでは2人しか名乗りをあげなかった。
中央広場に展示してあったミトライという彫刻家の作品がクラクフに残ることになった。彫刻の制作実費のみクラクフ市が支払う。ヴァヴェル(城のある丘の名)の下、ヴィスワ川沿いに、ポーランド歴代王侯44人の像が設置される。
エミルチンという村にUFO記念碑が建てられることになった。26年前、1人の農夫がUFOに連れて行かれ、レントゲンやスキャン装置のようなものにかけられた体験をつづった。この農夫は自分でそういうことを考え付くような人ではなかったので、村人もみなUFOの存在を信じている。
ヴィボルチャ(新聞の名)の月曜版、求人情報に日本での仕事が載っていた。女性エキゾチック・ダンサー。
鹿狩りに来たスウェーデン人が誤って野牛(ヨーロッパバイソン)を撃った。野牛は保護動物で撃つことは禁じられている。だが裁判所の判決は「間違えても仕方が無い、スウェーデンには野牛がいないから」ということで、スウェーデン人は無罪になった。共産主義政権時代、政府はどんなことをしても外貨が欲しかったから、外国人はドルさえ払えば鹿狩りができた。いまでもそれは変わらないらしい。

2004/01/31 00:10

ウサギ、リス、ニエメン、喫煙の罰(1/29)

ママの5回忌なのでお墓参りに行った。雪の上に野ウサギの足跡がついていた。お墓に供えてある枝を齧っているのかも。灰色っぽい赤毛のきれいなリスも見た。そばに寄ってきて数珠玉みたいな瞳でこちらを見ていた。餌がもらえると思ったのかも知れない。
町に出たついでにアクリル絵の具のチューブ2本買った。1本5.5ズウォティ。高い!
オークの芽がもう1つ出たので植木鉢を買いに行ったがなかった。もうすぐミス・クロメチキ(マーガリンの商品名)の容器が空くから、穴を開けてそれに植えかえよう。
1週間前、チェスワフ・ニエメン(ジェームズ・ブラウンみたいにシャウトするロック歌手)が癌で死んだ。あるDJが呼び掛けて、明日13時、彼の葬儀に合わせ、ラジオ各局が一斉に、彼の大ヒット曲「Dziwny jest ten swiat おかしなこの世界」を流すことになっている。
2人の国会議員が2月1日から1か月間、500ズウォティで生活することに同意した。議員たちは月に8000-9000ズウォティも稼いでいるから貧乏人の気持ちがわからないのだ。でも議員は家賃のことは気にしなくていいし、議院食堂は学食並みに安いし、電車もただで乗れるのだから、500ズウォティで十分暮らせるはずだ。
白ソーセージは食べ終わって、今日は鶏肉のソテー。玉ネギを炒めて、鶏の上にチーズをのせて、パプリカふって、トマトピューレをかける。ピザみたいになっておいしい。サラダとジャガイモを添えて食べている。
1月26日(月)はイスラム教の日だった。今年で4回目だそうだ。ポーランドにもリトアニアとの国境近くに、タタール人の末裔といわれるイスラム教徒たちが住んでいる。
どこの町だかわからないが、あるギムナジウム(中等学校)で、喫煙した生徒は罰として肝油をコップ1杯飲むことになった。肝油は生徒の親が薬局で買ってきて飲ませる。だが肝油は値段が高いと親たちから不満の声が出て、まだ青くて酸っぱいレモンを食べさせることになった。初犯は半個、2回目以降は1個まるごと。しかしこういうレモンがいつも手に入るとは限らないというので、今度は食用油を飲むことになった。飲むとたちまち腹が下る。何度も喫煙をみつかった生徒は、お気に入りの油の銘柄があるそうだ。昔は罰といえば文部省が決めた全国一率の罰だったが、いまは各学校現場で自主的に決めることができる。

2004/01/23 23:31

気になる言葉、戦メリ、献血犬(1/22)

サビンカ(ベルリンに住むオーストリア人の友人)に手紙(list)を出した。listaじゃないぞ。若者言葉で「email(エマイル)を送る」を「emaila(エマイラ)を送る」と言ったり、SMS(エスエムエス=携帯メールのこと)と言うべきところをSMS-a(エスエムエサ)と言ったりするのが以前から気になっていたが、テレビでは最近ようやく正しく言うようになった。odlotやodlotowy(とんでる)という言葉も一時期流行ったが、さいわいこのごろは言わなくなった。かっこいいつもりでしきりに使われていたけれど、これは麻薬中毒者の用語だ。
「戦場のメリークリスマス」をテレビで見た。坂本龍一の音楽がよかった。
10時に白馬からスキージャンプの中継があるというので、郵便局から帰って急いでテレビをつけたら子供向け番組をやっていた。強風のため競技中止になっていたのだ。マウィシュはザコパネでいい結果を出して上向きなので期待している。
日本の女子プロレスのドキュメンタリー番組を見た。田畑しかないような辺鄙な場所で一生懸命トレーニングをしている。こういうのは好きだ。
ロジャー・ムーアが来てTelekamera賞をもらった。
労働局に行ったときのこと、雪もあって寒いのに、クロウタドリが鳴いていた。
血液の病気がある犬ブバのために血を提供して、ブバの命を助けた犬ユゼクの後日談をテレビでやっていた。
動物愛護協会だか何だかの、18匹猫を飼っているという女性が突然現れ、「収容所にいるユゼクのような可哀想な犬が、金持ちの飼い犬の命を救うために無償で血液を提供するとは、なんと不公平な!」と勝手に息巻いていた。ブバは金持ちの飼い犬ではなく、ふつうの家の雑種犬なのだが。結局、ブバの飼い主さんがユゼクを収容所から引き取って、現在2匹は仲良く幸せに暮らしている。犬の血液型に関してはまたしても何も言わなかった。
(掲示板のおのしんの書き込みについて)これでまた我々の仲間が1人増えたな(日本語とポーランド語、両方使って楽しむ人種のこと)。ミハウは教え方がうまいぞ。

2004/01/17 06:00

ネズミ、猫、盆栽、ユダヤ教、ドア(1/15)

2、3週間前、またネズミの糞を見つけたので、ネズミ捕りを仕掛けると2日後にネズミがかかった。ネズミ捕りを片付けるのを忘れてそのままにしていたら、おとといトガリネズミがかかっていた。トガリネズミは保護動物だから気の毒だったが、やはり糞は置いていくので仕方がない。
ミュージカル「Koty」(ポーランド版「Cats」)は世界中のどこの「Cats」よりも衣装がすばらしい、とイギリスから来た演劇関係者がほめたそうだ。俳優たちは1か月間、犬猫シェルターで猫を観察して動きを研究した。ミュージカルは嫌いだけれど、猫のメイクがとてもいい出来ばえで気に入った。
鳥インフルエンザでタイでは人が死んでいる。鶏は食べるな。魚か豚を食え。
気付いたら盆栽の芽がひょろひょろ伸びていた。たぶん、3つ植木鉢に植えたドングリのうちの1つ。春に芽を出すと思っていたのにもう出てきた。
年末にはなんとクロウタドリが鳴いていた。暖かかったから春になったと思ったんだろう。
2、3日は厳寒で雪がどっさりあったが、+5℃の日が続いて雪が解け、道路が滑って危ないので、トンネルの向こうには行かないようにしている。でも水曜は労働局に行かなくちゃ。日曜日からは−3℃の予報。それなら道が凍って通れるかも。こういう天気ではインフルエンザが流行りそう。−15〜20℃はさすがに寒すぎるけど、−5℃くらいが1月としては普通でちょうどよい。
初めて聞いたのだが、今日は教会では「ユダヤ教の日」だそうで、司祭がミサで「ユダヤ人は我々(カトリック教徒)の兄弟である」という話をして、みんなでユダヤ人のために祈った。旧約聖書はユダヤ教に由来しているからね。カトリック教徒のなかにはむやみやたらとユダヤ人を敵視する人もいるから、こういう話をするのはいいと思う。
入り口のドアに、油圧で自動的にゆっくり閉まる器具を取り付けてもらってから1か月経つけど、その後も器具の具合が悪く、近所の子が出入りするたびにバタンバタンと大きな音をたてるので腹が立っていた。とうとう取扱い説明書を見ながら自分で調整して直した。これからはどんなにバタンと閉めようったってできないぞ。大満足。ひとつには自分ひとりで調整できたから。もうひとつはこれで静かになるから。

2004/01/09 23:55

凍結、値上げ、白鳥(1/8)

近所の飲み屋、1時にアニャが来て開けるはずなのに、1時15分に行ったら誰もいなかったので、アルゲド(近所のスーパーマーケット)でウオツカ4分の1リットル瓶を買って、バグリ(近所の湖)とタンデタ(近所の雑貨品市場)の間をいったりきたりした。3時10分になってようやくマルタが来た。アニャは風邪で来られないという。そうこうするうち入り口の錠前が凍り付いてドアが開かなくなり、ちょうどビールを運んできた酒屋が入れなくて困った。紙や布を燃やしてドアを暖め、30分くらいかかってようやく開けた。そのあと店の中が焦げ臭かったけど。
5月1日からタバコ1箱10ズウォティ(約300円)に値上げされるから、これを機に禁煙する人は多いだろう。EUがこの値段だからって一律に上げるなんて、ポーランド人がいくらもらってると思ってるんだ?! 日本とは給与水準が違うんだよ。ビールは逆に安くなる。これまでポーランドは高かったから。スロバキアなんかは半値だ。食料品も高くなるだろう。
スニッカーズ食べてたら歯の詰め物がとれたのが日曜で、月曜は歯医者に行った。火曜はタンデタの両替屋のミシャのところに行った。水曜(大晦日)は女医先生に花束買って持っていったら大変喜んでくれた。そのあとパーティー、参加者は10人ほどで知っている人ばかりだった。ミニコンポはまだエステルカにある。必要になると持ってくのは早いが返すのはのんびりだ。道が雪と氷で滑るから重いもの持って運ぶのは難儀。
バグリは凍っている。空でヒューヒューと音がするので見ると白鳥が6羽、V字型に並んで飛んでいた。ヴィスワ川の堤防で人々が餌をやっているので、そこに飛んでいくのだろう。
また猫を飼ってもいいかなあと思っている。

2004/01/04 00:23

歯医者(1/2)

酒を飲んだのは、なぜかというと歯の詰め物がとれちゃったから。歯医者に行ってきた。(ボグダンは歯医者が恐くて素面では行かれない。かなりべろんべろんになってから、ようやく出かける)

2004/01/02 20:47

あけまして…(1/1)

酔っぱらっちゃった。オトファルタ・プラツォヴニャ(クラクフの現代美術ギャラリー。年越し展覧会&パーティーがあった)には行かなかった。エステルカ(近所の飲み屋)にいた。ヤツェクやアニャや、みんながいた。みんなからよろしく。あの絵は描き終えた。
復活祭に来るか? 彩色たまごを見せてやるぞ。

2003/12/26 17:02

イブの料理、鳥獣戯画、スタント(12/25)

クリスマス・イブにハニャのうちに行ったら自分が唯一の客だった。グラシュカ(おば)にプレゼントを持っていったのに来なかった。ウシュキ入りバルシチが出た。ハニャと子どもたちでウシュキ(小さな餃子のようなもの)を125個作ったそうだ。今日もバルシチを食べたけれど、胃の調子が悪いので酸っぱいものはあまり食べられない。シャルロトカ(りんごケーキ)とセルニク(ポーランド風チーズケーキ)もおみやげにもらった。マコヴィエツ(芥子の実のロールケーキ)は買ってきたもの。
クリスマス・イブのスープは地域によってほぼ3種類に大別できる。キノコスープ、ジュル(ライ麦のサワースープ)、バルシチ(ビートのスープ)。
前にもらった葉書のウサギと蛙の絵(鳥獣戯画の絵葉書のこと)はいつ頃の時代のものか? 線の表現が新鮮で、せいぜい戦前のものかと思った。ウサギと蛙は酔っぱらっているのだと思っていた。
ベルリンにはポーランド人が15万人いてポーランドのデリカテッセンがあると、テレビの「パノラマ」(報道番組)でやっていた。ポーランド人だけではなくドイツ人や他の外国人も、おいしいポーランドのソーセージや生クリームを買いにくる。
近所の飲み屋で新しい女の子が働いている。肩幅があって体格のいい結構美人のマウゴシャ。スタントマン。有名な女優の危険なシーンの吹き替えをやった。けがのため今は仕事を離れているが、また映画の仕事をしたいという。
去年の大晦日のパーティーはあまりオーガナイズがよくなくて盛り上がらなかったらしい。今年はもうしらふに戻ったので酒を飲みたくない。ミニコンポは貸してもいいけど、酒飲まずに出席して会費払うのはばかばかしいし、みんなが酔っぱらっているのを見ながら、いまテレビでいい映画をやっているのになあと思うのも癪だし…。うちでゆっくり絵を描きたい。
夜−15℃、昼間は−6℃。でも明日は0℃になるといっている。東京は+16℃とテレビの天気予報に出ていたけど本当にそうか?
庭の朝顔とトゲちゃん(サボテンの名前)は11月に−3℃になったとき一晩で枯れた。

2003/12/20 01:17

ボグダンの「名の日」(12/18)

今日は朝から飲んでいたので罪の意識がある。でも飲んでいるだけじゃなくて、やることはいろいろやっている。テルコム(ケーブル製造販売会社)のケーブルを運ぶ仕事に応募し、面接に行ってきた。とりあえず待てと言われた。どうせ50才じゃだめなんだ。
いままで近所の飲み屋にいた。今日は自分の「名の日」だからお祝いの宴会をやっている(ポーランドでは誕生日のほかにそれぞれ自分の「名の日」があってお祝いをします)。でも電話のために一時抜けてきた。
ハニャから朝9時にお祝いの電話があった。自分はそのころ線路向こうの、ダックスフントが来る飲み屋に行って飲んでいた(このダックスフントについては芝田が「愛犬の友」2月号(1/25発売)に掲載予定の「ポーランドの犬」に書きました)。帰ってきたら留守電に入っていた。
この電話が終わったらまた飲み屋に行って、店で買ってきたウオツカをみんなで飲む。そのほうが安いから。飲み屋はもうからないが、今日は「名の日」だからいいのだ。
ずいぶんたくさんの人がサイトを見てくれたなあ。
ビールのエッセイ、いまだったらもっと掘り下げて豊かに書くけれど、あれを書いたときはエッセイというものがよくわかっていなくて、無味乾燥に事実だけを書いた。
年賀状を7、8枚書いて出した。

2003/12/13 01:25

霜、墜落、100年、クリスマス準備(12/11)

いまいい写真が撮れるよ。朝霜が降りて小枝に白い産毛が生えたみたい。雪はない。池は凍っていない。トンネルには水がたまっている(年中水浸しのガード下)。駅のホームは吹きっさらしなので凍結している。
ミレル首相の乗ったヘリコプターが墜落し、首相は背骨を折った。首相の命を助けたということで、パイロットがメダルをもらった。べつに首相を助けたかったわけじゃなくて、自分が助かりたかったんだよ。
インターネットで呼び掛けて大勢の人が集まり、同時に同じことをするのが流行っている。クラクフ駅の3番ホームで500人がグダンスクからの列車を待っていて、列車が着くなり一斉に「ストーラト、ストーラト」(お祝いの時に唄う「100年、100年生き長らえよ」という歌)を唄いだしたので、自分も加わっていっしょに唄った。一人が合図をすると、てんでんばらばらに逃げるから、警察はどうすることもできない。クラクフではこの手のことが毎日何かしら起こる。
格安航空路線に対抗するため、PKPのインターシティに、お風呂、シャワー、テレビ、ビデオの付いた車両が登場。競争になるとやることが早い。
クリスマスカードを書いた。クリスマスプレゼントも買った。ハニャが子どもたちに何か教えてほしいと言うので、日本語のひらがなとカタカナの表を書いて、プレゼントとは別にツリーの下に置くつもり。
エステルカ(近所の飲み屋)で今年も大晦日のパーティーをやるそうだ。会費は1人60ズウォティ(約1800円)。

2004/01/09 23:56

メンチカツ、ワイダ、リンチ、小泉(12/4)

きのうメンチカツを作った。挽き肉と玉ねぎとパン粉で。きのうはパンといっしょに食べた。今日はちゃんとした昼食だった。塩漬けキャベツの炊いたのとバルシチ(ビートのスープ)、メンチカツにシャガイモ。
店でハムの缶詰めを見かけたので買った。450g缶。クリスマスが近くなると売り切れるので。
マンガ(クラクフにある日本美術技術センターの愛称)の隣に日本語学校が建つことになった。アンジェイ・ワイダとクリスティナの夫妻が来て記念式典が行われた。JR労組が20万ドル出したそうだ。
格安航空路線はもう問題が起きた。認可がないと省庁から難癖をつけられたのだ。クラクフってのはクソったれな町だ!
ウゥチ(ポーランドの都市。映画学校がある)にデイヴィッド・リンチが来た。ポーランド文化に貢献したというメダルをもらった。リンチはポーランドにスタジオを建てたいのだそうだ。
土曜日にハニャのうちに行って帰ってきてみたら、近所のゴミはなくなっていた。
中央広場にはクリスマスの市が立っているけど、暖かいのでカフェがまた外にテーブルを出した。変な景色。ストーブ炊かなくなって18日目。
悲しいこと;イラクで日本人が2人、スペイン人が6、7人殺された。よかったこと;テレビで山梨のリニアモーターカーを見た。
アナウンサーが日本の首相の名前を「ユニヒロ・コイズミ」と読む(ポーランド語ではjuはユ、chiはヒと読むため)。テレビ業界の人たちはエリート揃いなんだろうが、だれも正しい発音を調べようとしないのには腹が立つ。
PKPの幹部職員32人がEUからの補助金を横領して逮捕された。改修工事の請負業者もつかまった。きちんと工事をせずに上っ面のペンキ塗りだけやって、あとは自分らの懐に入れたとのこと。これは氷山の一画。ポーランドはヨーロッパでいちばん、横領と贈収賄が多い。いちばん少ないのはフィンランド。ポーランドは旧ソ連のバルト3国よりも悪い。エストニアはスカンジナビア気質だから不正は少ない。
きのうは戸棚を片付けた。クリスマス前に窓を洗うつもり。

2003/11/29 01:48

ゴミ問題その後、ツリー、ビーバー(11/27)

市役所清掃局から昨日書類が来た。清掃局と市警備隊でゴミ不法投棄現場の検証を行ったそうだ。現場はPKPの所有地。11月22日までにゴミを撤去するようPKPに通告した由。PKPが撤去しない場合は市清掃局が代わって撤去し、その費用の2倍をPKPに支払わせることになる。でもまだゴミはそのままなので、もう一度清掃局宛に手紙を書くつもり。
リトアニアのパクサス大統領がマフィアと結託していた事件(マスコミはパクサスゲイトと呼んでいる)で、ここ2、3日テレビにビリニュスがよく出る。小さい街だから知っているところがよく映る。
クラクフの中央広場のクリスマスツリーは幹が割れて倒れる危険があったので、すぐに取り替えられた。模造品の小さいツリーを買おうかと思って店で見てみたけど、恰好悪い!
15℃、暖かい。春になったかと、花が咲いたり、森にはキノコが生えたり。山では熊が冬眠せずにうろつきまわっているので注意!
ポーランドではビーバーを保護してきたのだが、増えすぎて森の木をかじってしまうので困っている。木を守るためにネットを張っている。西ヨーロッパにはもういない。リトアニア、ベラルーシにはまだいるらしい。
イラクは雨期。ポーランド軍のテントは水浸し。雨期になるとわかっているのに準備が間に合わないんだからお笑いだ。
アンナ・ディムナ女優生活30周年記念で、ムロージェクの「徒歩」をスターリ劇場で上演する。スターリ劇場はアンナにとって夫のようなもの、嫌なところもあるけれど愛している、のだそうだ。
明日からマウィシュ・フィーバーが始まる。(スキージャンプのアダム・マウィシュ[日本ではマリシュと言われている]はポーランド国内で大人気)
ネズミ捕り、ときどきソーセージを取り替えていたが、一度かかって以来かからない。壁をガリガリする音も聞こえないし糞も落ちてないからもういないのだろう。ネズミ捕りはしばらくしまっておこう。
クラクフのバリツェ空港からロンドンまでの航空券145ズウォティ、電車やバスより安い。たしかアイルランドの航空会社で、食事サービスはつかない格安券。一か月前に買うとこの値段。「クラクフでできればポーランド全国でも可能」と言われている。クラクフは許認可に関して賄賂天国だから。
テレビで「プライベート・ライアン」を見た。血なまぐさい映画。肉は食べたくない。パンにジャムとクリームチーズで食事。昨日はピザを買ってプロディジュ(蓋に電熱器が付いている鍋)で焼いて食べた。今日は冷凍のウクライナ風バルシチ(いんげん豆入りビートのスープ)。

2003/11/22 00:06

影武者、国境警備隊、屠殺場(11/20)

黒沢の映画「影武者」を録画しておいたのを見た。字幕の「天正二年五月」などは、訳がついていなかったけど、自分は読めたのでうれしかった。
ビャウィストクで医療ミス。先日、古い放射線治療装置で患者が火傷を負って死亡した。今度は乳癌で乳房切除手術をする際、誤って健康な乳房を切除したというニュース。
昨日、ドキュメンタリー番組を見た。戦争中、沖縄で集団自決があったことを初めて知った。カミカゼの生き残りの人が「友人は天皇のために死にたくはなかった、生きたかった」というのを聞いて、彼らも普通の若者だったのだと思った。神話やおとぎ話ではない、本当の日本人の姿がわかってよかった。
朝10℃、昼12℃、わりと暖かい。ここ4日間ストーブをたかなかった。
国境警備隊がストライキ。給料が少ない、警察や市警備隊なみに上げろと要求している。
来年5月1日EUに加盟すると西の国境警備が不要になり、その人たちが東の国境に移ることになるが、「10日後に異動」と通知があるだけで住居や家族の面倒は見てもらえないので、自分で住むところの手配をしなければならない。ポーランドは日本やアメリカと違って、家を持ったら一生そこに住む人が多いから、家族用賃貸し住宅はそう簡単に見つからない。異動を断ればクビになる。バカげたやり方だ!
4日くらい前に屠殺場のドキュメンタリー番組を見てから肉やソーセージが食べられなくなった。豚を生きたまま熱湯につけたり、残酷な扱い方をしている。ほうれん草やスパゲティ・トマトソースを食べている。
昨日、労働局に行ったら、重機取扱者資格の講習料700ズウォティを労働局が給付してくれるということを初めて聞いたので、それなら講習を受けてみようと思い、担当部署に出向くと、今年の予算はもう終わりと言われた。来年1月にまた行ってみる。
「グッバイ、レーニン」というドイツ映画の予告編を見た。東独の熱烈な共産主義者である女性が昏睡状態に陥り、ベルリンの壁崩壊後に目覚める。家族は彼女にショックを与えまいとして、共産主義体制が存続している振りをする。おもしろそうなので見にいこう。
来週には訪問者が1000人になるね。

2003/10/10 19:59

ボグダン特製デザート(10/9)

(10/6はボグダンの誕生日でした)
ハニャ(ボグダンの妹)が電話してきて、今度の日曜に夫といっしょに来ることになった。
近くの店でデザート用の小さいフォークを探したがなかった。というのも最近、自分で考えたデザートがとてもおいしいので、ハニャたちにごちそうしようと思ったから。バナナを縦半分に切り、それを食べやすい長さに切って、チョコレートペーストを塗り、シナモンパウダーをふる。少しでも果物を食べた方がいいと思ってお菓子の代わりに食べている。小さいフォークがなければふつうのフォークでいいや。コーヒーも買った。あと桃かパイナップル入りのケーキを焼こう。
そろそろ盆栽用にドングリを植えようと思う。冬の間、水やりはどうするのかな。盆栽の本をよく読んでみよう。

2003/10/10 20:08

部屋にはこんなものが!(10/2)

月曜の朝、例の会社に電話したら、明日12時に来いと言われた。が、その時間はバスがなく、間に合うようにしたら10時に着いてしまった。行ってみると案の定、もっと若い人を雇うことにしたから、あなたのポストはないという。そんなにうまくいくはずないと思ってはいたが、明らかに年齢差別ではないか。50歳だと働いちゃいけないのか!?
EUに加盟するのにこんなんでいいのか? 銀行だってポーランドはヨーロッパでいちばん手数料が高い。普通口座を持っているだけで月々手数料を取られる。
それはそうと、台所のゴミバケツの下にネズミの糞が落ちているのを発見した。すぐにネズミ捕りを仕掛けたら、大きいのと小さいの2匹かかった。そしたらベッド脇の壁の中でガリガリ聞こえるのが止んだ。いままで気付かなかったが、夜な夜な壁から出てきてゴミを食べていたんだな。

2003/09/20 01:23

ツイてなかったが、そのかわり…(9/18)

9月12日に佐紀子さんのパフォーマンス公演があり、彼女のために花を買って持って行った。パフォーマンスの記録写真も撮った。(佐紀子さんの活動についてはwww1.odn.ne.jp/~hechimaを参照)
翌土曜の朝、財布がないのに気付いた。80ズウォティ以上入っていた。花屋に行って訊いてみたけど、なかった。
日曜日、佐紀子さんを見送りに駅に行った。彼女のトランクを車室に入れている最中、列車が動きだしてしまった。急行なので次の停車駅はだいぶ先。車掌に事情を話したら罰金は取られなかったが、戻ってくるまでに3時間無駄にした。
じつは金曜の朝、労働局ではじめて(!)仕事を斡旋された。これは奇蹟。
国際運送トラック運転手の仕事。でも財布といっしょに免許証もなくしていたので、交通局に再申請に行ったら80ズウォティかかった。