2004年10月分日記のストックです。
2004年10月 10月、R−COP治療継続中

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2004年10月31日(日) センスと技術と努力
今日はここを読んでいただいた人に謝っておきます。
ごめんなさい
前から気になっていたのですが、日記を書く時には忘れていました。。
S.Kは言うこととやることがばらばらだと思われているでしょう。
掲示板に何回か「悪性リンパ腫という言葉を使うのはもうやめましょう。それは言葉の呪いを求めるだけのものですし、その言葉のほとんどを『リンパ腫』で代用することができます。」と書いてきました。でも、今も左の「プレゼント」で1ケ所その言葉を使っています。実は少しの間ですがその言葉を外したことがあるのです。それからしばらくして私のホームページをインターネットの検索システムで検索すると、引っかからないようになりました。「悪性リンパ腫」だけでなく、「流れるままに」で検索しても何故か検索に引っかかって出て来る順位が大きく後退してしまったのです。それで止むを得ず元に戻すと、検索システムの検索結果でもほぼ以前の状態に戻りました。そんな状態ですから、仕方なく今もその状態のままにしています。

私がいつも使う検索システムはグーグルといわれるものでそのURLは以下です。
http://www.google.com/intl/ja/
そこに”流れるままに”をキーワードに入れて検索すると、引っかかったものが5310件あって、このホームページが3番目に出てきます。2年余り前にこのホームページを始めて、しばらく過ぎてそこで引っかかるようになった時は、検索結果に数百件しか出てこなかったのですが、増えたものです。「悪性リンパ腫」という言葉をこのページから外す前は検索された結果のTOPにここが出ていたのです。このホームページは『悪性リンパ腫と戦う会』のリンク集以外でリンクの張られているところは1ケ所しか私は知りません。そんな理由もあって、検索システムに引っかかっても出てくる順位が非常に低いのです。「流れるままに」で高順位に出て来るというのは貴重ですから、今のままで1ケ所だけその禁句を使わせてください。

そんなこともあって検索システムで確認していた少し前のことです。私よりも高順位に出てくる「流れるままに」を見てみました。
http://paints3.exblog.jp/
「流れるままに」で検索するとTOPに出てきたものです。
詳しくは見ていませんがプロでしょうか、綺麗ですね。恥ずかしくなります。
http://spaces.msn.com/members/aomarimo/
上で写真のセンスについて考え、「流れるままに」をキーにした検索で2番目に出てきたここでは、シンプルさについて考えました。また、その画面の空いたスペースにこの日記をはめ込めば、そのままでもここのTOPページ画面構成に使えそうです。それで少しだけ挑戦してみようと考え、このホームページのTOPページを今回改変したのです。結果はだめでした。私にはセンスがない。上の2番目にお伝えした見本を少し分析したのですが、今の私では理解できない技術的上の部分がたくさんあります。最初はそこに使われている技術を少しでも使うために始めた改変でしたが、途中でそれをあきらめ、技術は我流で進めて、結果を似せることにしました。TOPページに文章を多く載せたい私の希望もあり難しいのですが、結果の違いを、私が求めた原本との相違の中でご確認下さい。見た目の美しさ、まとまり、シンプルさ、違うのですね。この落ち込みも忘れるでしょう。
この新しい画面上なら、今最上段に書いているようなワンポイントの言葉を書く場所がどこにでもあります。

そしてもうひとつごめんなさい。
このTOPページが、あれもしたいこれもしたいと思う中でどんどん重くなって、モデム通信での閲覧はもう難しいと思います。少し大きな写真を3枚置いていますからそれが一番ファイル容量を大きくしているのですが、文字だけではさみしすぎます。閲覧していただくスピードは、CATVかブロードバンドなら今のこのページでも大きな問題はないでしょう。この画面で使う画像を入れて合計で386kb、メインのここだけで、画像を入れずに281kbです。重すぎますね。どうしようか。
疲れました。このTOPページの中でリンク切れや気がつかれたことがあればメイルを下さい。私が助かります。文章構成でもそうですが、自分で作ったものを自分でチェックするのは難しいのです。どうしてもチェックが自分のワンパターになりますから気がつかないミスが出てしまいます。
よろしくお願いします。

この日記の当月分ストックへの転記は月に1度にして、それまではこのブロックの下に継ぎ足していきます。
改変をしている中で、直接htmソースをさわるといたるところが化けてしまうという現象が起きました。それを解決するのに1日かかりました。ソース内で文字を色分けしている所を、「色分けせず」にオプション指定したらさわれるようになりました。
私のこのホームページは、だんだん私自身の日記も含めた資料倉庫になりつつあります。私個人のホームページですからそれもいいでしょう。私のパソコンのディスクの中を探し回らなくてもいいところまでここに持病関係を転記して整理できるのはまだまだ先のことです。当分先です。10年かかるでしょう。

さて、通常の日記に入ります。
食道痛は出ていません。他に肉体的に差し迫った問題は感じていません。もちろん歩くことなどで、治療による副作用とも考えられる体力の衰えはあります。それに、今の時期はプレドニンの副作用である精神高揚を押さえるのも大変です。それは明日で1日20錠、1日合計100mgが終わってその後は日々減量に入ります。来週はリッキサンの単独投与を受けてきます。
夏の暑さでしんどい思いをしていたのが昨日のように思われます。それも今日は10月も終わり、今年もあと2ヶ月で終わります。速いですね。
楽器を演奏したり作曲をしたり絵を書くということがあります。それに近い技術的なことでは電子回路を設計したり、より電子回路としてのコンピュータに近いアセンブラーなどのプログラム言語技術があります。これを深く会得するためにはセンスがないと難しいと思うのです。果たしてそれは人以上の努力だけで補えるものなのかどうか。持って生まれたものか、後に獲得されたかのセンスだけではありません。そのセンスを持たれている人が、その上毎日毎日10数時間ピアノを引き続ける努力をされているのです。私のような素人が、このホームページの改変を3日間やって思うようにできず、だめだと思うのは10年速いといわれそうですね。でも、やることに飽きたたのではありません、この3日間で努力が報われることなのかどうかの判断をすることが、今回私なりのの目的でもありました。その結論です、私は技術面では中級者になれないでしょう。そんな私にできる領域があるとすれば、その中身の領域、アイデアやニーズが求められているものに合うかどうかの部分しかないようです。この件はもう少し考えてみます。ここに書いている持病は私そのものですし重要ですが、時にはそんなことを考えながらこのホームページを進めています。



2004年10月30日(土) 今日は休みます
ホームページの改変をやっていました。
よって今日の日記は休みました。



2004年10月29日(金) 今日は休みます
2004年10月29日(金) 
今日の日記はお休みさせていただきます。
何も変わりはありませんが他のことをしていました。
技術と努力とセンスはどれが優先する。




2004年10月28日(木) 終盤に入ったR−COP治療の今後予定
2004年10月28日(木) それでもリンゴの木を植える
16:40 36.5度 手首式自動電子血圧計は電池切れにて使えず 56kg
前回治療日から10日間ほど便秘が続いていました。次の治療も近いので下剤を飲みました。
10月21日 下剤プルゼニド2錠とラキソベロン20滴を服用
10月22日 下剤プルゼニド2錠とラキソベロン20滴を服用で20%の排便
10月23日 下剤プルゼニド1錠とラキソベロン20滴を服用
10月24日 80%ほどの排便がありました
10月27日 朝の4時と6時半、10時、15時に合計100%の軽い下痢排便
10月28日 軽い下痢で100%の排便

10月26日(火)に外来でリッキサンを点滴しました。この夜は近くで宿泊しました。昨日10月27日(水)にCOPを点滴しました。そのあと問題なく車を運転して帰ってきました。
今日は、食道下部に軽い痛みが出ることがありましたがが、前回の治療翌日にもそれはありましたから、まだなんともいえません。
11月26日 受診前緊急採血検査結果は下記でした。 
Hb(ヘモグロビン) 109000、WBC(白血球) 5100、PLTS(血小板) 74000
私の最近の血液検査数値の流れを確認されたい人は、左のメニュ−にもありますが、↓をご覧下さい。
http://www.geocities.jp/nagalelumamani/sub0405.html

今回再発したことへの治療ですが、6月20日に胸のしこりが大きく息もしにくい状態になりましたから予約外受診でお世話になっている病院に駆け込みました。PETで状態を確認したあとCTで再度詳細部位を確認しました。そしてすぐに今回の治療に入りました。COP治療を6回か8回、リッキサン治療を8回の予定でスタートし、治療経過を見ながらスケジュールの見直しをすることとして、今回の初回治療を7月13日にスタートしました。
2004年07月13日 以下の通り1クール3週間でCOP治療(CVPともいう)
              +リッキサンの予定で治療を始めました。

2004年07月13日 1クール目のリッキサン投薬
2004年07月15日 1クール目のCOP投薬(CVPともいう。)
2004年08月03日 2クール目のリッキサン投薬
2004年08月05日 2クール目のCOP投薬
2004年08月17日 8月2日のCTが思わしくなかったのでCOP治療を1クール
              2週間リッキサンを1クール4週間に変更しました。

2004年08月17日  3クール目のCOP投薬
2004年08月31日  3クール目のリッキサン投薬
2004年09月01日  4クール目のCOP投薬
2004年09月14日  5クール目のCOP投薬
2004年09月28日 今日が治療予定日でしたが、粘膜障害による食道炎が
              激しいのでR−COP治療を2週間延期しました。

2004年10月12日  4クール目のリッキサン投薬
2004年10月13日  6クール目のCOP投薬
2004年10月26日  5クール目のリッキサン投薬
2004年10月27日  7クール目のCOP投薬

以下は今後の治療予定です。
2004年11月02日 6クール目のリッキサン投薬予定
2004年11月09日 7クール目のリッキサン投薬予定
2004年11月10日 8クール目COP投薬予定
2004年11月16日 8クール目リッキサン投薬予定
2004年11月**日 CT検査で今回治療の結果を確認する予定です。
今回治療のシリーズをこれで終える予定です。

終盤にリッキサンを毎週投薬としているのは、血液中のリッキサン濃度を上げるためです。効果の程はわかりません。私の体をふたつに分けて、片方にこの治療、もう片方に2週間に1度のリッキサン治療をしない限り、純粋に比較で来ません。もちろんそれは不可能なことです。人生は、あと戻りの出来ない選択の繰り返しです。途中で4週間の治療空白時期が9月にできたこともあり、小さなしこりが今もあった場合にはCOPで叩いてリッキサンで掃除をする。リッキサンの血液中濃度を引き上げておいて、新たにノンアクティブからアクティブに変わった低悪性度濾胞性腫瘍をそのたびに残存リッキサンで叩いていくというものです。(これはS.Kの根拠の少ない仮説です。)
今回の治療も終盤です。昨日を入れてあと2回のCOP治療で、食道痛がでないことを祈るばかりです。血小板や白血球の減少は、これまでの検査経過を見る限りなんとか最後までいけると思います。

今日はいい天気ですが、15時を過ぎてから散歩するには寒い季節になってしまいました。この季節の過ごし方を考えてみます。
23号台風では、私の自宅から車で1時間の距離に小泉首相がこられて被災者を見舞われました。そこは私が妻の里に車で行く時に必ず通る堤防です。今回の水害では一面の湖になってしまいました。湖の中にぽつんぽつんと家が浮かんでいます。私は、今回の台風で直接被災者の人と話したことはありません。20年程前に、この近くの限定された地域に集中豪雨が降ったことがあります。稲が実りを告げる直前でした。濁流に洗われる田んぼを、途切れることのない涙の中で呆然と見つめるおばあさん、何ともいえないそのお顔を今も覚えています。今回の新潟地震では、奇跡的にもかすかな糸でつなぎとめられた幼い命がありました。
人生って、なんなんでしょう。
私は「7年前の半年入院で死んでしまった。」はずだと考えると、
「今は命ぼろもうけ人生。」躁鬱の躁のとき、そう考えると不思議に落ちつくことがあります。しょせんないはずの命を生きているのです。今お世話になっている病院関係者の皆様を始め、多くの人のおかげです。ありがとうございます。


以下は履歴に残さない当日日記からの転記です。

それでもりんごの木を植える
10月4日の産経新聞1面に石原東京都知事の”日本よ”という主張が掲載されています。その文中にりんごの木が出ています。
「ディーゼル規制のキャンペーンの折々に私は、死んだ開高健がよく引用していた詩人ゲオルグの『たとえ明日地球が滅びるとも。君は今日リンゴの木を植える』という言葉を披瀝して理解と強力を仰いだものだった。
リンゴの木には、原典があったのですね。
ちなみに、中小運送会社から猛烈な反対を受けた東京都のディーゼル車排ガス規制による効果は、空気中の煤塵検査で大きく好転し、首都圏の喘息患者はもちろん、花粉症患者にまでもが明らかな症状好転を訴えているという事です。




2004年10月27日(水)20:55 今回R−COP治療の今後予定1
2004年10月27日(水)20:55 7回目COP投薬
10月26日にリッキサンを点滴して近くに宿泊、今日COPを点滴して問題なく帰ってきました。歩くのに体や足が重いのは今日だけの話しではありません。今回の治療を始める前、今から半年前からのことです。今はそれ以外に大きな問題はありません。
11月02日 リッキサン
11月09日 リッキサン
11月10日 COP
11月16日 リッキサン
をこなして、今回゙の治療シリーズを終える予定です。
今日を入れてあと2回のCOP治療、食道痛がでませんように。
血小板白血球はなんとか行けると思うのですが。


気が向いたらこの続きを今日書きますし、風呂から上がって疲れていたら、そのまま寝ます。



2004年10月25日(月)19:00 予備、コピー保存の重要性
2004年10月25日(月)19:00 医薬品の添付文書を見るには
プレドニンはなくなりました。5mg×20錠(朝10錠昼6錠夕4錠)を5日間飲んだあと順次減量して行くのですが、減量の1日ずつのプレドニンが紙の袋に入れられています。その中に、プレドニンとは違う薬が混じっていました。よって前回の治療後最初の1週間はその薬を飲んでいません。
商品としての薬には、それぞれに添付文書がついています。
それをインターネットで見るのは以下です。
そのホームページに入ってから、知りたい薬をそこで検索します。
http://www.info.pmda.go.jp/info/pi_index.html
オメプラールを検索すると以下がでてきました。
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/2329022H1043_1_05/
私の食道が痛かったのは、粘膜障害で食道が炎症をおこしていたのだと思いますが、その原因のひとつはが胃酸過多である可能性があります。よって、出ていた飲み薬は胃酸を押さえるためのものでした。


明日は外来でR−COP治療を受けてきますのでこの日記は休ませていただきます。明後日に帰ってきます。プルゼニド2錠にラキソベロン20滴を2日続け、次の日にプルゼニド1錠にラキソベロン20滴を飲んだ翌日である昨日、排便が80%ほどありました。10日あまりの便秘でした。

昨日は私の不手際でホームぺージのデータを壊してしまいました。
昨日の日中にここを見られた人はご存知の通りです。壊したのは、このトップページのデータだけです。とりあえずここまで修復して、ついでに画面の構成も若干変えました。
まだサブページに飛んだ先で整理していないデータがありますが、気が向いたときにしていくことにします。文章が読めなくなっているところがありますから、そこだけは近日中に修正するつもりです。
このトップ画面は、2年間ほとんど変えていません。日記が日々変わっているだけです。バックアップは、別のファイル名で1度だけ保存しておけばいいのです。それがバックアップしておくということです。1年前に別のファイル名で保存してあったものが昨日のトラブルで役に立ちました。以前のそれを助けにして、壊してしまったものを修復しました。昔のデータがなかったら、ここまで積み重ねてきたものを、もう一度作る気力がでたかどうか。修復も私にはできなかったかもしれません。最悪、このパソコンが突然壊れても見ていただいているホームページのサーバーからデータを引き戻すことが出来ます。でも、壊れたデータをサーバーに送り込んでしまったら、そのときには正しいデータがこの世にありません。バックアップを取っておけばだいじょうぶです。違うファイル名で保存しておくだけです。1周間に1度でいいでしょう。私は今そうしました。
ここしばらくは左メニューの改変ばかりしていました。やると決めたらやるしかありません。過去の日記の修正などは最後までやらずに途中で終えるつもりですが、切りのいいところを頭の中で一応考えています。もう終盤です。もう少しです。

私が住んでいるこの町には,大きな地震がありません。江戸時代に大きな地震があったという記録がありますが、それほどのものでもなかったようです。そんな町にある私の自宅は町から少しだけ離れている小高い場所です。大昔の長屋の流れがあるのでしょう。そんな建物が多いところです。だから水害の心配はありません。火災と泥棒の心配はあります。昔は鍵をかけている家はこの付近になかったのですが、最近は都市部からの出稼ぎ泥棒が増えてきたようで、他の土地と危険率は変わらなくなりました。今は自宅に誰かがいるときでも家の出入り口は鍵をかけるようにしています。ガラスを割られれば終わりですけどね。それでも鍵をかけていることで抑止力になるときもあります。
今回の23号台風では、近くの地区に行政からの避難指示がでました。その地区にお住まいの大半の人が実際に避難されました。貴重品はどうされたのでしょう。防災用に前もって準備されていたのでしょうか。我が家ではその準備は何もしていません。皆さんは、重要書類のコピーをお持ちでしょうか。預金関係、保険書類の関係、免許証などです。もちろんコピーをしなくても、重要な項目を写し書きしたものでじゅうぶんです。皆さん避難されるとき、何を持っていかれたのでしょうね。

ニッカウィスキーの創業者 竹鶴政孝氏は昭和54年8月29日に89歳で亡くなられました。最後の入院中にもウィスキーを飲むことを医師は認めたそうです。1日にウィスキーのボトル1本、ウィスキー1に水が2の割合で飲むと、もっともウィスキーの香りが生きる。と話されていたそうです。それまでの時代に隠れ修行者さんがおられたかもしれませんが、日本人で始めて、若くして社命により単身スコットランドに渡り、ウィスキーの製造方法を学び、それを日本で忠実に再現することにこだわられました。スコットランドで学んだ創業者は日本ウィスキーの先駆者です。先ほど買ってきたブラックニッカを1:2で飲んでいます。このウィスキーは「ノンビートモルトを使うことでビート香を抑え」とラベルに書かれています。なんのことだかわかりませんが、商品棚にあるウィスキーの中で一番安かった理由だけです。創業者が今もお客さんに飲んで欲しいと思っているのは、ニッカの量販大衆ウィスキーと長年成熟させたシングルモルトの自信作でしょう。創業者が晩年好んで飲まれたのは、ニッカでそのときに一番売れている種類のウィスキーだったそうです。竹鶴氏、名前からしてそうですが、その通り生家は竹鶴酒造さんです。
創業者が英国時代に酒造を学ばれたグラスゴー大学では、竹鶴氏の寄付により、修士課程の最優秀論文に今も賞金が出されています。



2004年10月24日(日)19:50 男の子
今日は久しぶりの散歩日よりでしたが外にでませんでした。
嫁さんがテレビをつけたままにして下に降りていました。テレビでは競馬のG1クラシック菊花賞の中継が始まりました。「各馬ゲイトに入りました。スタートです。」そのとき、私の携帯に次男からメイルが入りました。嫁さんが上がってきました。
「次男が帰ったいうて、今メイル入ったで、」
「迎えにいってやんなん。」
「これ見てから、」
「そんなん見とらんと、」
それで私は菊花賞でデルタブルースが優勝したのを見て外に出ました。私は競馬はしませんし興味もありません。テレビで中継し始めたので、すぐ終わるから最後まで見たかっただけです。
何度も書きますが、我が家に入る路地が狭いので、自宅前まで車を入れるのが大変なのです。家の前まで入れてしまえば、家の前はそこそこ広いので車を駐車するのに問題はありません。初心者マークを卒業したばかりの次男はまだひとりでその路地を入りません。今日は、車次男にそのまま運転させて、私は外で誘導だけをしました。問題なく入れました。
次男は簡単に挨拶をして、すぐに帰るといいます。嫁さんが、「ご飯くらい食べていきなん、弁当にしょうか、何時の電車や、すぐに帰るってどれくらいやん。」と次男に聞きます。「1分」と次男はいって出て行く用意をしました。ガソリンの領収書がクラブでいるので、私が運転して、JRに行く途中でガソリンを入れて、領収書を次男に渡して駅について次男を降ろします。嫁さんは1昨日次男が車を取りに帰ってきたときは、仕事に出ていましたから、その時は次男と顔を合わせていません。子供命の嫁さんはすでにさみしそうな顔をしていましたから、、「運転は私がするで、駅まで母さんも乗っていきな。」といって嫁さんも車に乗せました。駅まではすぐです。
私が競馬を見なくて、次男からのメイルですぐに外にでて、私がすぐに車を運転して中に入れていれば、次男はJRについてすぐにでた電車で大阪に帰っています。でも、次男はその電車に間に合わなくて次の電車を1時間待ったはずです。嫁さんは、駅で次男を見送るために社外にはでていません。私は次男が車を降りたらさっさと車を出しました。
ただし、ガソリンを入れるのにどれくらい時間がかかるかとか、家からJR駅まで出る途中に踏み切りがひとつあるとか、そのリスクを考えると、大阪に出る電車の発車時間を考えて次男が「1分」といったとは思えません。「1分」と次男がいったのは偶然でしょう。
ここは、東海道線の京都駅や大阪駅のように数分単位で大阪行きが出る路線ではありません。いつもの次男なら、JRの発射時刻くらいは確認してから出ます。今日は時刻表の確認もしませんでした。そんな理由がなにかあったのでしょう。
次男と嫁さんは、そこそこうまくいっていると私は思っています。もしも、うまくいっている次男が女の子だったら、子供命の嫁さんをおいて、こんなでていき方をするだろうかと、たらればを考えるのはやめましょう。

車の後ろのブレーキランプが切れていると次男が教えてくれました。
はい、あなたが次に車を取りに帰るまでに治しておきます。



2004年10月23日(土)10:30 台風の爪痕
今回の台風23号による災害復旧をされているのでしょう。空には自衛隊のヘリコプター音が続いています。
そんな北近畿の被災地で全国的に有名になった病院がありますが、そこは義母が今月初めに心臓カテーテル検査を受けた病院です。今回の台風のさなかに産気づいた妊婦さんが病院の近くまでヘリコプターで運ばれ、そから救急車で病院の近くまで行き、洪水の中を病院内までボートで運び込まれたそうです。病院は床上まで浸水中で停電ですから自家発電されています。発電量が最低限しかありませんから、院内の電灯関係はみんな消されています。緊急機器への電源だけが確保されている状況です。
私の住む近くの町の中心部を一級河川が流れています。堤防から河原まで降りる階段が長くて大変です。たまに川岸まで出たいと思うことがあるのですが、階段の昇り降りに閉口して思いとどまります。2日前には、その堤防の上から20cmの所まで川の水が上がってきていたようです。
台風23号が四国に上陸した前後、ここでは雨はしとしと降っているように思えたのですが、2kmほど離れた山手では、ふだん想像できない強い雨が長時間続いていたことを後で知りました。山すそにある家のそばを流れる水の枯れた小川が、濁流氾濫して、大量の砂岩を近隣の家の中まで押し込んだようです。雨水のひいた小川は、その形や場所を大きく変えてしまいました。私がいるここから2km離れるだけでたいへんな世界でした。復旧するにも膨大な予算がかかるため、水道電気電話の最低限インフラ以外について、多くの人が頭を抱えておられます。
午前中は重い雲が広がっていましたが、今は青空のほうが広がってきた秋の夕刻です。

土曜日から日曜日、気を緩められるかどうか、
ゆっくりしましょう。



2004年10月22日(金)22:00 ひとり残らず自己中心
昨夜げっぷが出たあとに起きた食道の痛みは、それ以上ひどくなりませんでした。今日は治まっています。まだまだ要注意ですが、今回の治療ではだいじょうぶかもしれません。私はそれを本気で恐がっていましたから嬉しい限りです。ぞうさん足も、ひどくならない程度に治まっています。あと少しで終わるプレドニンの減量が続いています。今日は2日目の下剤を飲みます。昨夜飲んだ下剤の効果はまだありません。
次の治療が来週に近づいてきました。


今日は新聞をいろいろ切り抜きました。
「ダム反対を唱えてきた人は、今回の大洪水で何故黙っているのか。ダムが必要だと何故いわない「
「ヘルシア、人気で売上げ3倍」
「キノコを食べて5人死亡」
「高校生の子供を留年させてくださいと頼んだ母親」
「痛みに神経ブロック注射」

私も大変ですがみなさん大変です。
私の日記は、順次整理、修正しながらさかのぼっていますが、本年6月分まで修正を終えました。今回の再発で、体に最初に違和感を感じた日の日記がまだでてきません。それは5月だったのでしょうか。初めての発熱らしいものは6月の日記に出てきましたが。5月に発熱があったかどうかはまだ確認していません。


次男が車を貸して欲しいといっていたのですが、今日大阪からここに取りに帰ってきて、そのまま大阪へ車で帰りました。
帰ってくる次男を16時にJR駅まで迎えにいって、そのまま警察にいきました。今回の23号台風で、国道が不通になっているところがありますから、次男が大阪に運転していく下道に不通ケ所が出ていないかを確認するためです。高速道路が問題なく通れることは知っていましたから、最悪の場合の道は確保されています。でも、お金がないので下道が基本です。
現代のIT文明社会ですから、建設省から1時間おきに国道の不通ケ所を一覧にした資料がFAXで地方の基幹警察に届けられるか、それくらいの情報はコンピュータの端末ですぐに確認できるようになっていると思っていましたが、何も資料がありませんでした。信じられないことですが台風による暴風雨、がけ崩れや河川の増水で国道の橋を渡れない場合などの資料が警察に何もないのです。こんなことを書けば怒られるかもしれませんが、仕事されているのでしょうか。民間企業なら倒産でしょう。もちろん担当職務が細分化されているでしょうから、ご自分の持ち場ではみなさま一生懸命に仕事をされています。歯車の何かが違うのでしょうね。国道における現時点での問題は、建設省の出先機関の仕事なのでしょう。しかし、受け持ち地区を1m越えた国道の状態は、隣りの出先機関の仕事ですから、今そこの国道が車が通れる状態にあるのかどうかさえ一切わからないのです。省庁間、出先事務所間、受け持ち地域を外れればパトカーは入れず情報も入りません。民間企業なら最初にメスが入る2重構造です。松下は、大赤字を出した後、事業部の統合という所に手をつけました。警察で、国道を管理している建設省の出先の電話番号を教えていただいたので、自宅に帰ってからそこに電話をしました。それでもはっきりしない。建設省の出先で、そこの職員さんは、その事務所が管理されている受け持ち国道が車が通れる状態にあるのかどうかわからないのです。北近畿地方は、今回の23号台風で大きな被害が出たことは全国紙に載せられています。10月23現在で床下から水が引いていない住宅もある緊急状態です。政府は、トータルでのマネージメントに問題があるのでしょう。マネージャーに問題があるのでしょう。この近くを流れる一級河川では、今回の23号台風で、堤防が決壊する危険性が本当にあったようです。もしも決壊していれば、数千戸の住宅が2階まで浸水する危険があります。行政として直接そのことに携わる必要がある部署で、「堤防が切れたらどうしよう。」という言葉が最後まで語られていたという話しも伝わってきます。「切れたらこうしよう」という準備ではありません。どうしようどうしようと話している間に無事、川の水面が低くなっていったということでした。次男の大阪帰りは、いつもの道を通って行けると私が最終的に判断をして、それよりもより安全な道を選ぶのかどうかは次男の判断に任せました。私には、いつもの道をいける確信や証拠はありませんでしたが、大阪まで走ることにかかる走行時間と、その国道が、車で走れる状態にあるのかどうかのリスクの比較でした。次男からは、停滞のために通常予定着時間を30分超えて着いたと連絡が入りました。

ひとり残らず自己中心
恐そうな題名ですが、いざ書くとなると何を書くのか。
書きたいことが書けるかどうか心配です。
もちろん私にわからない難しい問題も含んでいます。
この10月22日分は、今後も追記修正していきましょう。
だから、今日はこの部分を途中で引き上げます。

私は、みんなが「ひとり残らず自己中心」だと今も思っています。
ここを読んでいただいているあなたは、人が素直に他の人の話しを聞くと思いますか?
ここを読んでいただいているあなたは、人が素直に他の人の話しを聞いていると思いますか?
それも他の人から受ける注意や忠告、アドバイス等についてです。これは幼児から高齢のみんなにいえることです。勤め先や団体、社会生活で利害関係が生じている人とはだめですよ。その場合は話しを素直に聞いているふりをします。そうするのは生活がかかっていますから当然です。素直に話しを聞いているかどうかというのとは別の問題です。
あなたがお子さんに注意をされる時のお子さまはいかがでしょうか。
逆に、あなた自身が利害関係のない人から注意や忠告、アドバイを受けられて、素直にその人の話されることに聞き耳を立て、いわれることと自分の行動、考え方を静かに比べ自問し、考えられることがありますか。相手のいおうとされることがなんなのか、自分のどこに問題があるのか、話しを聞きながら、それを真剣に考えられたことが、この半年間に何度ありましたか。
喫茶店で気がつくことがあります。2人のお客様が会話をされているのですが、聞き耳を立てているとおもしろいのです。お互いが別の話題を話しているのです。こっけいですがふたりは真剣で、外から見ると一見会話が弾んでいるように見えます。でも、お互いは相手の話しを聞いていない。自分が話すことに一生懸命です。聞いて欲しいと一生懸命話しています。聞いて欲しいのでしょうか、話したいのでしょうか、私にはわかりません。
上司と話しをしていて、あるいは親が子供に、夫婦間の会話で、相手に話しを聞いていない様子が続いた時、一生懸命話しをしているのに、相手の気持ちがそこにないことがわかります。話しを聞いてくれませんから、痺れを切らせていいます。
「もう少し私の話しを素直に聞きなさい。」
実をいうと、今一番人の話しを聞いていないのは、そのあなた自身です。
確かに、
「いいたいことがあればいいなさい、どうしたんだ。」
とあなたが先ほどいわれました。
でも、見えるんです。
あなたがそういうのは、私を理解するために私を知りたいのではなく私の考え方がいかに間違っているかを攻撃する材料を探しているだけなんだということが。
「私の話しを聞きなさい。」
という人が人の話しを一番聞いていない人です。
相手のことを何も考えずに、自分が「いいたい」といっているのです。
みんながひとり残らず自己中心で、人の話しを聞かないいいたがりやです。
自分しかありません。自分の考えをいいたいだけです。人はそれほど自分勝手で自己中心です。
その思いが、最後まで遂げられなかった時に出る言葉が「捨てぜりふ」です。
まさに自分だけの世界です。

「何を書いているのか!」
と、ここまで読んでいただいて立腹されている人がおられたら、本当にあなたは人の話しを読まない自分勝手ですね。書いている私の心を、あなたが勝手に想像されて怒っておられるだけです。ごめんなさい。そのお気持ちはあなたの勝手であってあなたの問題です、今私が考えてここに書いていることとは無関係のことです。人は人の話しを聞かない。相手の話しを聞いていそうな時のほとんどにおいて、それは反論の材料を探すために話しを聞いているのです。話しを聞かなければ反論ができません。これがもっとも多い会話の形です。ただし、相手の話しを聞いて反論の材料を得ても、すぐに反論するばかりではありません。たとえ個人同士の利害関係がない場合でも、すぐに反論をふりかざしていれば、今後の付き合いがなりたなくなります。友人関係が成り立ちません。その人と付き合いを切ることが自分に不利だと思った場合には反論を押さえ込みます。会社関係や団体、異性関係では利害が発生します。損得計算が心の中の知らないところでされています。その計算された結果が言葉に出て会話が進みます。
「人の不幸は大きいほどおもしろい。」という人の弱みである汚れた気持ちが私にあります。もっと心地いいのは、「人の不幸は大きいほど面白い」という具体的な内容を現実に知ったときです。まだ少数の人しかそのことを知らない場合です。それでも人それぞれにはプライドがありますから自分からいいふらすことはできません。そのことを強行に人に聞かれた場合や、人にいわざる得ない理由がでてきたときには、人に話してはいけないことを話すことができるという言い訳になります。自分が話してしまうことを自分に納得させられる理由ができたのですから話してしまいます。実は、それを待っているのが人の心です。話したいのです。「これだけはいえません。」というのは嘘です。本心は、いいたくてしかたがないのです。話さなければならなくなってしまったという理由を待っているだけなのです。
刑事事件で逮捕された犯人は、「反省をしている。」という人がたくさんいますが、そういいながらも内心では、「俺は悪くない。」と思っている人が大半だと書かれている記事がありました。
人は、人の話しを聞きませんし、簡単に自分の考えを改めたりしません。聞く気がないのに聞いているふりをするのですから、普通はその事を相手に見破られます。しかし、見破ったその人も、いいたい性分の、人の話しを聞かない人なのです。人は自分の考え方を変えることをしません。変えたふりをするのです。人は人の話しを聞きません。聞いたふりをするのです。
まず反論を探す。については、言葉だけではありません。態度でも同じです。
ある人が事務所で掃除をされていたとします。Aさん
それから3時間ほどしてから外から帰ってきていた人が同じように掃除をされました。Bさん
先に掃除をされていたAさんはどう思うでしょう。
1.「私へのいやみか!」
2.「まだ汚れてたのね。ありがとう。」
ほとんどの人は1でしょう。
対人関係では悪く考えるのが基本です。
私もおなじです。あなたの話しを聞くよりも、いいたいからこれを書いています。いいたいだけです。

でも、本当にそんなものでしょうか。


狼に育てられた少女
インターネットでは、開かれているホームページを検索することができます。
検索システムは使いやすさと、検索結果が自分の求めたものに如何に近いかというのが課題です。表示画面について、見た目の好き嫌いもあります。
私は以下の検索システムが一番使いやすいと思います。
http://www.google.com/intl/ja/
その検索キーワードに、”狼 カマラ”と入れて検索をしてみてください。
狼 スペース(空白) カマラ
をキーワードとしてキー入力して検索をしてください。
その事件は今の人には忘れられているかもしれません。検索で出てきたものを少し読んでいただけますか。
事件は1920年とありますね。私が小さいときに、その記事を新聞で見た記憶があるのですが。私は1951年生まれですから、記憶違いです。

以下に、検索で出てきたホームページの1部を引用させていただきます。
http://www.katei-hoikuen.com/kankyo4.htm
=== 以下引用 ===
1920年、インドのミドナプールのジャングルで狼に育てられた少女2人が発見されました。
−−− 中略 −−−
 この子達はまさしく「狼」でした。四つ足で走り、地面に置かれた皿から手を使わずに飲み食いし、死んだ鳥の肉をむさぼり食い、夜には遠吠えしました。暗闇を恐れず、暗闇で物を見ることができたそうです。
=== ここまで引用 ===


残念な話しですが、ここに「手を使わずに飲み食いし」と書かれています。
私はそこに強い興味を持ちました。
少女2人は人間ですが手を使いません。サルは手を使って食べ物を口に運びます。
これを考えただけでも、地球上に人類が誕生して、石斧を使えるまでにどれだけ時間がかかったかが想像できます。
私の日記に以前、幼児吸引用ミルク自動生成ロボットと、食べ物自動排出ロボットを作って、それと乳幼児を南の島に置いてくればどうなるでしょう。と書いたことがありました。それがこの「狼に育てられた少女」だったのです。
毛皮をまとわない人が地球上で生き残れたのは、頭脳ではなく言葉(人と話し、人の話しを聞くこと)を獲得したからだといわれれています。サルは言葉を使っているという学説が主流のようですが、使える語数では人のほうが圧倒的に多いのです。
少女は、手を使わなかったのではなく、使えなかったと思うのです。
少女には手が使えるという教育を受けたことがありませんでした。
では、何故サルは手を使って食べることができるのでしょう。
それは親から教育を受けているからだと思います。親の背中を見て育ったから、手を使って食べることを覚えたのか、そこに「言葉による教育」が介在しているかは知りません。

人は人の話しを聞きません。
しかし、人は教育を受けることが必要で、誰もが教育を受けて言葉を獲得しています。
教育に必要な最大の道具のひとつが「言葉」です。話すこと、会話です。人は話しを聞くことでいろいろな能力を開発していきます。
教育がない南の島でのひとり育ちでは、四足で歩くこともできないであろうと想像されます。

夜も更けてきました。あとは次回にします。
思ったとき、直接ここに追加記入や修正をしていきます。

見て習うのが獣
本能
人の話しを聞かない、話したいだけの自己中心人間にも話し相手がいる
自己中心人間にも話し相手が必要なことを、自己中心人間は知らない
何故人は人なのか
教育
語彙が多い、言葉の意味
人は、人に言われて考えを改めることはない。
弱みを突けば逆上、突かれた思いは終生残る。
気付き
感謝
健康食品、精神生活で60億人の病気が治るか、
聖人は何故なくなった。
気孔2時間後にしこりが変わった
何故人は人なのか



2004年10月21日(木)22:00 嵐の後には道がない
2004年10月21日(木)22:00 自家移植退院後7年記念
台風一過お見舞い申し上げます。
台風23号です。昨夜、我が家では強い風が吹かなかったので安心していたのですが、台風の進路がこれまでにあまりない進み方だったので、いつもと風向きが違っていたようです。近くでは強風による大きな被害も出ていました。それよりも大きな被害は水害でした。土砂崩れもありました。今この時間も近くの幹線道路や大阪に行くJRなどが不通です。そのJRに乗って、私の車を取りに明日帰ってくる予定の次男はだいじょうぶでしょうか。明日の夕方ここに帰ってきて、夕食を食べたら車を運転して大阪に行く予定です。いつも通る道が通行止めになっているのかどうか、主要な国道ではありませんから調べる方法がわかりません。明日それを調べてみます。災害は忘れたころにやってきますし、忘れていなくてもやってきます。この夏からの四国地方の水害などはその例でしょう。
私の住んでいるこの町でも、昨夜は避難勧告から避難指示に変わりました。避難勧告の場合は「自主的に避難されることを望みます。」という拡声器での放送と広報車が走りますが、避難指示の場合は「避難しなさい。」ということだと昨夜知りました。その指示を出す行政側に強制力があるのかどうかは知りません。この町の数千人の人が中学校に避難して明け方の4時までそのまま缶詰状態。その避難場所の中学校にすら満員で入れず、水害の心配のない高台に自分の車をとめて一夜を明かされた人もたくさんおられました。交通網が完全に寸断されましたから、地方特有の車通勤では帰り道の橋が渡れないため、自宅に帰れずホテルも満員でした。避難とは別の意味で車中で寝られたそんなたくさんの人がおられました。この地方では50年ぶりの出来事です。
この地方で最大の河川も、堤防の高さを水面が上回る寸前まで増水したようですが、最悪の危機的な状態は免れました。堤防の決壊が現実に心配され、その時の対処にまで踏み込んで打ち合わせがされていたようです。

JRが不通だという以上に残念なのが西武さんです。これは新聞を読んで私が知っている以上にずたずただで大きな問題だという見かたもあるようです。この予想外の出来事がいたるところでラインの寸断をしている可能性がとリ沙汰されています。昨日だと思っていたのですが、手がありません。

誰がいったんでしょうか、「命丸儲け」という言葉。命さえあればです。
これは命が救われたことをいうのではなく、裸になった強さをもってすればほとんどのことはできる。という意味なのでしょう。もちろんそこには人一倍の努力も含んでいるでしょう。それだけではなく吹っ切ったことによる安心感、癒され感もそこにあるような気がします。裸になれても、どこからかナイフが飛んできそうな恐怖があれば、何もうまくいかないかもしれません。

前々回に受けた治療では翌週の金曜日に食道が痛くなり、飲食物がのどから入らなくなりました。今回の治療投与日から計算すれば明日がその日です。今は大丈夫です。今回の治療を受けてから便が一度も出ていません。昨日下剤を飲むつもりでしたが忘れてしまいました。今日は忘れないよう飲むつもりです。

ここで風呂に入りました。
体を洗っていると、少し象さん足(足先のむくみ)になっていることに気がつきました。痰が出て、そういえば痰と鼻が最近増えていることを思い出しました。下を向いて体を洗っていると、げっぷが出かけました。いろいろあります。
そんなことで、私がこの病気で初回入院したのが1997年ですから、今日で何年になるんだろうと、風呂につかって指折り数えてみると、それは入院した時から計算するのか退院したときから計算するのかと気になりました。
まてよ、そうすると、退院したのは1997年の10月で20日を過ぎていたのは間違いありませんから、7年前の今日か明日?
それで風呂から上がってこの私専用のパソコンを起動して、その時の退院日を確認したのが、このホームページのメニューの治療歴から入った自家移植にある下記の記述です。


 1997年10月22日(水)
入院184日目 VP16投与 35日目
今日は,初期の退院予定日(7月15日に、10月22日祝退院!)と、私が勝手に退院予定日を決めてベッドに張り出しました。10月10日に主治医がそれを了解しました。ですが,主治医の書類ミスで退院が一日延びてしまい、実際の退院は23日、明日になりました。今日の血液検査の結果ですが、白血球は白血球増多剤を止めてから下がり続け、2300迄落ちていたのですが、ようやく増加に転じて3100まで再度上がりました。これで,問題なく明日は退院できます。

自家移植を終えて退院してから、あと少しでまる7年になります。
自家移植を含む治療のために入院した日から、今日で7年半です。その時は入院した明くる日がCHOPの初回投薬日で、その日の朝に院内の床屋さんで頭を剃ってもらいました。その日が、私のある記念日なのでよく覚えています。

まる7年には、あと5分あります。
5分でも、5年でもなんということはないのですが、
象さん足のことを考えずに、今、焼酎のお湯割を入れます。

    はい、今がまる7年です。



2004年10月20日(水)18:35 今日も雨、まだだいじょうぶ
雨です。そんなに強くは降っていませんが、昨日からは降っている時間のほうが長いでしょう。台風23号の影響でこの地方でも大雨洪水警報が出ています。以下は本日10時半気象庁発表台風情報です。
−−− 以下引用 −−−
台風23号
大型で強い台風23号は20日9時現在、都井岬(宮崎沖)の東南東約70kmの海上にあり、北東に時速45kmで進んでいます。台風は今後も北東に進み、20日の午後には西日本から東日本にかけての地方に上陸する恐れがあります。
−−− ここまで引用 −−−
とあります。皆様もお気をつけ下さい。
焼酎のお湯割を夜間1日に2杯ずつ3日間飲みましたがぞうさん足症状はでてきません。焼酎が前回のぞうさん足の原因ではないかもしれませんね。治療の投薬日から今も便秘は続いてます。そろそろ下剤を飲んだほうがいいでしょう。前回の投薬で食道の痛みとしんどさが始まったのはCOP投薬翌週の金曜日からでした。それを今回のCOP治療に当てはめると明後日になります。今は問題ありませんから、このままで過ぎて欲しいものです。

15:30
台風が四国に上陸してしまいました。先ほどの進路予報では、ここが進路の真上にあたっています。13時くらいから雨足が強くなってきましたが、どしゃ降りには至っていません。
風はまだ、少し出てきた程度です。
今日は這い上がると思ったのですが、限界付近の分かれ目ですね。まっさかさまでしょうか。
今回の再発が確定した6月の日記までは整理しようと引き続き頑張っています。今日は8月分に挑戦中です。

16:20
へんなサイレンが何回かなりました。過去にないサイレンなので様子がわかりません。消防署への電話はつながりません。ようやく市役所への電話がつながりました。この町を流れる主要な河川が警戒水位を突破したサイレンでした。その川が、今の河川管理設備(堤防事業の完成と支流の揚水ポンプの完成)になってから30年はたつでしょうか、その間サイレンが鳴るほどの増水はありませんでした。我が家は高台にありますからだいじょうぶです。
みなさまもだいじょうぶでありますように。
雨の方がひどいようです。
くれぐれも気をつけてください。

18:30
18時にまたサイレンがなりました。河川の増水が続いているのでしょう。18時30分、この家から2kmほど離れている地域の人向けに、近くの中学校へ避難勧告の案内を告げる車が走っています。そのためのサイレンのようです。
我が家は高台にありますから水害の心配はありません。

21:50
今台風は岐阜のほうにいるのでしょう。
こちらではようやく雨も治まってきました。
この町では12000人に避難勧告が出されましたが、もう暫時落ちついていくでしょう。みなさん、おつかれさまでした。


おつかれさまでしたといっても、その対象はここから西方面の人たちだけですよね。それに西方面の人でもすでに浸水や土砂崩れなどにあわれてしんどい人もおられます。残念ですとしか、おかけできる声がありません。小さくなったものの台風は、これから関東以北に向かいます。進行方面の人はお気をつけください。
今このページで若干の改変を続けています。取りあえずの目標は、今回の再発が確定した時期。いいえ、それより少し前です。その時は確信がなかったのですが、呼吸が苦しくなってきたと感じかけた時期です。その前からsIL−2Rの上昇がありましたが、そこまでの改変は気の向くまま、流れるままに任せたいと思います。胸が苦しくなってきた時期までは、今のままの形での改変を進めるつもりです。




2004年10月19日(火)18:35 秋を見ていない
今日は近づく台風の影響で朝から雨が降っています。暖かい陽だまりというのは春に使う言葉ですが、そんな秋の日もあるはずです。でも今年の秋はそんな日が少ないように思うのは私だけでしょうか、その私の記憶は、散歩に出やすい土日の天気がより強く印象に残っていますから、平日を加えた実際とは異なる感覚かもしれません。暑かった夏が過ぎましたが、外に出て秋の自然をまだ見ていません。もちろん外に出る気にならない私の体の状態もありますが、もうひとつ余裕がないのでしょうか。
私忙しいのです。
といえば、ここを読んでいただいている人や、私をある程度ご存知の人は笑われるでしょうね。でも、事実時間の少なさを感じています。嫁さんは私のことを、何をしているんだろうかと思っているでしょう。ご安心下さい。少なくとも、時間を持て余す生活はしていません。やりたいこと、今の私でもしなければならないことはあるのですが、それらについて優先順位を考えることをわざと避けている節があります。私がそこから逃げているのは事実です。でも、そのことはせめて今回シリーズの治療が落ちつくまで許してやりましょう。今の時期にこれ以上自分をいじめることはしないと、しばらくは軽く考えていくつもりです。



2004年10月18日(月)19:20 「たら」 と 「れば」
TOPページで、この日記部分の行間が2,3日前から広くなっています。その方法をある人から教えていただきました。なるほど読みやすくなりました。ありがとう。
左メニューにもう少し追加したいことがあります。それでこのTOP画面の、あるブロックだけの行間を制御できる方法がないか今日は調べていました。私はHPを作るのにタグを切る知識はありませんから、HP作成の簡易言語を使っています。その中にようやくやりたいことのできる操作画面を見つけて、今日のTOPページの形まできました。それだけで3時間。時は金なりとか、時間単価の生産性がいわれる中で、集中力か、もしくは能力の低さというか私の非力に歯軋りします。でも若干のしつこさは持ち合わせているかもしれません。
今日は秋のいい天気。久しぶりに暖かそうな気候の中で、散歩の誘惑にかられましたが負けずにここにいました。どちらがよかったのでしょうか、どっちでもいいではなしに、どっちもよかったのでしょう。
私の病気には、標準治療が確定していない再発後の治療方法がいろいろあります。私のクローンを5つくらい作って、いろんな治療を施し、効果の一番高い私だけを残せればいいのですが、残念ながらそれは出来ません。
人生はすべてが選択なのでしょう。もしもあの時ああしていれば、もしもあの時ロト6であの数字とあの数字の変わりにあれを買っていたら、「 たら と れば 」を悔やむことがたくさん出てきますが人はそれをあとの祭りといいます。チャンスに後ろ髪はないと言われています。前からチャンスが来たら、思い切り抱きとめて離さないことは出来ますが、私を通り過ぎかけたチャンスに気が付いて、その後ろから抱きつこうにも、一番つかみやすい後ろ髪はチャンスにはありません。後ろ髪がなく、うしろのっぺらぼうのチャンスは私につかまれることなくそのまま行ってしまいます。毎日毎日が人生の選択です。日々の選択の結果として無数の未来が広がります。せめて、あとになって悔やむことなく自分を納得できる道を選択したいと同時に、確かな選択に結びつける為の訓練もしていく必要があるでしょう。その訓練とは何なのか、あなたは何を思われるでしょうか、
結局、昨夜ここに書いた資料勉強はせずに寝てしまいました。今日の午前中にその勉強を少し進めただけです。小中高校時代の学期テストですが、男性はだめですね。久しぶりの勉強に興味が沸いて、テスト範囲と違うところに興味が強くなり、関係のないそこを調べて余分な時間を費やしてしまう。そこでいいやだめだと自分をコントロールできる力は女性の方が上でしょう。守りが第一義の本性と、このままでは絶えるだけという危機感を持つ本能的な性差があるのでしょうか。



2004年10月17日(日)18:10 平穏な秋の日
今日は昼食を食べ過ぎました。食べたものは2時間で胃を通り過ぎるはずですが、その通り過ぎたはずの時間に、嫁さんに言われる通りこの自宅で片付けをしたり掃除機をかけていて、下を向く時間が長かったのか胃酸が込み上げて苦しい。それも1時間後には治まり今日は他に体の問題はありません。
もう少し暖かくてもよかったと思う秋の1日。平和な日でした。
昨夜夕食で食べたカレーの残りで作った夜食のソーメンカレーはもうひとつでした。たぶんソーメンよりもうどんの方がいい。うどんよりもスパゲィティのほうがいい。ご飯にかけるカレーの具そのままをかけるだけです。薄めることはしません。やっぱりプレドニンの食欲増進でしょう。
自転車のタイヤに空気を入れて、すぐ近くの郵便局で封書を出して、タバコを買いにいきました。帰れば夕食です。夜は作っただけでたまる一方の資料を読むつもりです。なんのことはない、これまでは準備をしてきただけです。資料の本来の目的は読んで考えることです。さて、今夜はどうなりますか。
ぞうさん足になりません。やはりあの安物の焼酎STOPが効いているのでしょうか。今夜試して見ます。



2004年10月16日(土)17:30 プレドニンの副作用
今日は嫁さんが、子供の幼稚園時に知り合ったお母さんと長い昼食に出ていました。おかげで私はここでゆっくりできました。
プレドニンの副作用である精神の高揚に負けてしまい、上記でできた時間が使えたので掲示板に投稿しました。もう少ししたら自己嫌悪の鬱嵐でしょうか、つじつまあわせの為に、今日はここの日記を自重します。
(胸(食道)の痛みは今日も出ていません。)



2004年10月15日(金)20:40 リッキサンの補足
2004年10月15日(金)20:40 就寝時の寒さを防ぐ
昨夜寝ていて、寒さに目が覚めました。上布団が短くて足が出てしまうのです。上にもう一枚夏布団をかけるとほっかほ、なんと言う気持ちのいい世界でしょう。うっとりです。今日の朝も寒い。寒いのに辛抱できず、この夏以降で初めて靴下を履きました。この前の日曜日は扇風機をしまいましたが、次の日曜日はこたつを出すのでしょう。気をつけないと秋は駆け足で過ぎてしまいます。

今日はなんと素晴らしい日でしょう。胸の痛みが昨日よりも少ない。昨日のげっぷの多さには閉口しました。げっぷの出るたびに胸(実際は食道)が痛みました。今日は気分がいい。ぞうさん足の治まりは安物焼酎の禁酒が効いているからでしょうか、今は良好です。このままで次の治療日までの2週間が過ぎますように。

昨日書いたリッキサンですが若干の補足です。資料を探して原文をチェックすることなく頭の中の記憶で以下を書きますから、記憶ミスも考えられます。
リッキサンの毎週連続4回投与では、ほぼ半年間体内にB細胞が無い状態が続くとされています。昨日書いたように、実際はCD20を発現しているB細胞の抗体としてのリッキサンは、体内にほぼB細胞がないとされる半年間より早く血液中からなくなっているはずなのですが、リッキサンが血液中からなくなったあと、B細胞はゆっくりと回復していくのでしょう。タイムラグがあるようです。B細胞が、リッキサンを投薬する以前の標準値に戻る平均期間はリッキサンの投薬から1年後くらいのようです(平均値で個人差があります)。ここからはいつもの勝手な私の憶測と希望ですから騙されないようにお願いします。リッキサンで強い効果が得られる人は、そのB細胞が少ないこと自体が、リンパ腫細胞の増殖を制御している可能性も考えられます。最低単位のリンパ腫細胞が新しくリンパや血液中に出てきても、本来の人が持つ免疫力で駆逐できる数なら、治癒につながる可能性もあります。1997年にリッキサンが承認されて広く使われているアメリカでは7年が経過しています。リッキサンの維持療法による遅れて出てくる副作用があるとすれば、もう確認されてもいい時期だと思うのですが、今もまだ耳にしていません。以上の意味からも1年に1度のリッキサンによる維持療法を主治医に相談してみます。私の場合は再発(再燃)の兆候は、ほぼsIL−2Rに出てきますから、その様子次第で1年後のリッキサン8週連続投与に2回か3回のCOPを組み合わせることになるかもしれません。勘違いしないで下さいね。治療を考えることを楽しみにしているのではありません、そんな治療の中で、いつかリンパ腫が出てこなくなる日を今も想像しているのです。
明日明後日、私はここにいる予定ですが、体も落ちついていますから、日記は休ませていただくかもしれません。

ありがとうございました。
少しは読みやすくなったでしょうか、他のページの修正は数があるのでご勘弁ください。ずぼらな私ですから。間違いない。残念。
なんとかセガールのテレビ映画を見ていましたが、飛行機、宇宙海山谷川海中空、遠距離からのカメラ等が入らないと、カーチェイスだけではしんどいですね。
今日でプレドニン20錠/1日(合計100mg)は3日目なのですが、6クール目の慣れもあるのでしょうか、夜は寝れるし、お腹一杯でも、まだいくらでも食べれる症は影をひそめているようです。この日記のぐだぐだが過ぎているのは明らかにプレドニン依存症です。
今、この部屋はかなり冷えていると思うのですが、気温を測る道具がないので、何度でしょう。体感温度では10度くらいです。
布団に入って、首から隙間風が中に入って寒い時。
1.自分が布団に入った状態で布団乾燥機を5分かける。
2.布団乾燥機がなければ、変わりにドライヤーを使う。
3.毛布を使う。
毛布をかけても首から入る隙間風が気になるときは、
5.布団や毛布の端にバスタオルと手ぬぐいの中間くらいの大きさの肌さわりのいい(タオル生地)ものを片側だけ縫い付ける。その片側はぶらぶら状態。
6.大き目タオルを首にまいて寝る。あごのあたりにお湯(水でいい)をかけて湿らせば呼吸がより楽になるときもある。
7.それでも寒けりゃ、温まるまで熱燗を飲んでから寝る。
8.それでもだめなときだけ、あきらめて弱め設定の電気毛布を使う。
10.それでもだめな時だけ嫁さんに暖めてもらう。
11.それが出来ない時は、ねこか犬を考える。

なんのことはない、貧乏人。
窓を2重ガラスにして、部屋の暖房を入れたままで、加湿器を弱で入れて寝れば解決する問題ですね。
今の世でも生活心情としてエアコンや電気毛布を使わないご家庭もあるんですよ。わたしんちではありませんが。



2004年10月14日(木)17:10 早速出た食道の痛み
2004年10月14日(木)17:10 変則8回投与のリッキサン維持療法
昨夜食道に違和感を感じました。粘膜障害はCOPの副作用です。COPの副作用といっても、COPは抗がん剤を3剤使う多剤併用療法ですから、その中で実際に粘膜障害を起こす可能性が強いのはその中に使われているエンドキサンだと思います。昨日主治医にそれを確認するのを忘れました。当たり前の事ですが、聞きたいことはメモをしておかないと忘れる方が多いです。
そして今日、朝起きるとやはり食道に軽いいたみがありました。投薬の明くる日にこの痛みでは今回の先が思いやられます。出てしまった痛みはしかたがありません。この痛みがどこまで強くなるかは成り行きに任せましょう。
1昨日からぞうさん足が治まっています。夜中のトイレは1昨夜が1度で昨夜も1度だけ。小水は少量ずつ何度もいきたくなる病から解放されて、そこそこたくさん出る量が膀胱にたまるまではトイレにはそれほどいきたくなくなりました。歯の知覚過敏は右下奥の虫歯の痛みから来ていたのでしょう。イソジンが効いたのか今は治まりつつあります。耳鳴りの音は聞こえますが今は少し音量が小さい。便秘も治まって昨日までは快調です。
昨日胸部のレントゲン写真を見せてもらっているときにデジカメを思い出して急いで取り出しシャッターを押そうとするのですが電池切れ。いつも持っている予備の電池にすぐに入れ替えたのですが、長くそのままバックに入れたままだったので自然放電で使えません。なんのこっちゃ。イラチです。チェックが甘いですね。持ち帰って8月のレントゲン写真と比べてみたかったのですがしかたがありません。まあ、大勢に影響はないのでいいでしょう。今その電池を充電しています。
プレドニンの副作用で精神高揚状態になりかけています。昨夜は掲示板に投稿したいのを辛抱するのに大変でした。いくら気持ちが高ぶっていても、せめて自分で落ちついて書けると思える時じゃないと何を書いてしまうかわかりませんから危ないのです。

昨夜はパジャマの上も着ました。かなり寒くなっています。早ければ、あと1ヶ月もすれば初雪の季節です。
昨夜書いた720円の件は持ち越しましょう。今夜掲示板にその件を投稿するかもしれません

今回の治療におけるリッキサン回数とCOPとの対応について
以下はリッキサンの商品に直接添付されている説明書ですが、その中にひとつだけグラフがあります。よく見てください。
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/4291407A1027_1_05/
より詳しいリッキサンの資料は、左サイトマップの下にある「私とリッキサン」の中に詳細資料へのリンクがあります。その中で触れられていると思うのですが、触れられている場所を私はまだ知りません。
人の体表面積が1uあたり375mgのリッキサンというのは治験の中で最適とされた数値です。しかし、その使用回数と投与間隔について毎週投与とありますが、それよりも良好な結果が出る投与方法が潜在している可能性もあるでしょう。一番大きな要素は、リッキサンの血中濃度とそれが一定の濃度以上含まれている期間です。
私は今回の治療で8回使った場合に、次に保険適応になる時期がもうひとつはっきりしないことから、最初は主治医にR−COP(2W毎)の2回に1回にリッキサンを対応させてリッキサン4回の合計投与をお願いしていました。しかし、上記のグラフをよく見てからは、私の希望を8回に切り替えました。最後に残ったリッキサンは毎週投与です。グラフを見ていただければおわかりですが、毎週8回投与すれば56日、ほぼ2ケ月かかります。初回に投与したリッキサンはすでにかなりの量が体外に排出されているはずです。投与から4ケ月でほぼ全量排出されます。患者の1uあたり375mgのリッキサンを投与した時の血中濃度を、それよりも高く維持するには毎週投与しかないのですが、高い血中濃度を維持する期間が80日間か40日間かという問題です。リッキサンには即効性が少ないと言われています。私のような濾胞性(瀰漫性まじり)では、4週連続で4回投与、更に半年後に再度4週連続で4回投与よりも、8回投与で1年後に8回投与のほうが効果があるような気がしてきたのです。更にその8回投与の中に、COPを2回か4回入れ込めばどうでしょう。根拠は何もありません。効果もわかりません。8回の使い方を考えた時に、そんな方法も考えられるという事です。どちらにしても、1シリーズで4回投与と8回投与、毎週1回投与と3週間に1回の投与には思う以上に違いがあるかもしれません。
ガラス瓶のふたが取れないときに、お湯をかけてからふたを回すと取れることがあります。お湯の変わりがリッキサン、手で回す変わりが化学療法。この考え方なら化学療法のときにリッキサンを使うのが基本になります。R−CHOPなら毎週リッキサン投与よりも、CHOP投与時に合わせたリッキサン投与になりますね。リッキサン単剤での効果を追及するなら毎週投与の8回でしょう。それをやらずして、「私にはリッキサンの効果が少ない。」と思われるのはどうでしょう。実は私はリッキサンを毎週投与した経験がないのです。大きく分けてリッキサンには2種類の薬に近い使い方があると思います。
しつこくいいますが、上記は証拠を持たない私の推論です。空想を書いた読み物としてお読みください。




2004年10月13日(水)17:55 2週間遅れで受けたR-COP 6クール目
2004年10月13日(水)17:55 最近の血液件数地に付いて
18時30分、外に出ていて帰宅時に自宅入り口近くにある国道気温表示は14度。それほど下がっている感覚はありません。体感温度はもっと高いように思えます。治療中なので体質が少し変わっているのかもしれません。
9:43 134−86 102
(血液内科中待合室に備え付けの上腕巻き付け式自動電子血圧計)
10月12日
Hb:110000、WBC:4700、
PLT:74000、CRP:0.17、LDH:247
10月05日
Hb:104000、WBC:5000、PLT:66000、
09月28日
Hb:119000、WBC:3000、PLT:49000、CRP:2.39、LDH:215、sIL-2R:450
09月01日
Hb:120000、WBC:3000、PLT:62000、CRP:2.16、LDH:242、sIL-2R:750
それ以前の血液検査数値については以下を見てください。
左メニューのサイトマップ下段にも、そこへのリンクがあります。
http://www.geocities.jp/nagalelumamani/sub0405.html
LDHの247が気になりますが、私の気持ちの中で2日間気になる程度の高さです。単回の検査ではなく、2,3回検査をする中での変化の流れを見る必要があります。もちろん主要な検査数値に急激な変化があった時には、再度の検査とか別の検査が必要なこともあります。今回の私のLDH値は許容範囲内でしょう。前回検査でCRP高値だった原因は、食道の炎症による可能性があります。食道の粘膜障害による強い痛みがまた出てくる可能性がありますが、出たら出たで、その時に対処するしかありません。新しく主治医に処方されている胃液を減らす薬と粘膜保護の薬を錠剤で毎日飲んでいます。
先週撮った胸部レントゲン写真を見せてもらいました。悲しいかな私は医療素人です。今回の写真だけを見ても、8月に撮ったレントゲン写真との違いがわかりません。2枚並べて比べないと素人には違いがわかりません。プロはプロ、しろうとはしろうとです。今回のレントゲン写真の内容を主治医に教えてもらいました。
「1番の問題ケ所は明らかによくなっています。ただ、下のここにはまだ取り切れていないしこりが写っているかもしれません。R−COPの予定量を終えたときにCTで確認しましょう。]」といわれました。今日主治医と話したところ、COPがあと2回で8クール、リッキサンがあと4回で8クールの予定です。リッキサンの最後は毎週投与をして、血液中のリッキサン濃度を上げる予定です。今の予定は未定で決定ではありません。何が起こるかは、
「きっとよくなる。あとは気を楽にして、母なる自然の仕事にまかせようじゃないか」




2004年10月12日(火) 4クール目リッキサン投薬
今日はR−COP治療でリッキサンの投薬日です。
問題なくリッキサンの点滴を終えました。

通院に片道2時間半〜3時間かかるため、今夜は病院の近くに宿泊します。



2004年10月11日(月)17:55 メイルアドレスを公開すると売買データに入る
メイルアドレスの売買とは、私がメイルアドレスを誰かに売ることではありません。
2000年の9月に『悪性リンパ腫と戦う会』をYさんが立ち上げられました。私はその掲示板にその年の10月から参加しています。私の参加期間が長く、投稿の回数も多いために、私であることをそこそこ明らかにした方がいいと思い、そこで私のメイルアドレスを公開してきました。anet や hotmail などの転送メイルアドレスを使うことも考えたのですが、公開する意味が中途半端になるのを感じたので、それを使用するのは控えました。このホームページでもそこと同じ私のメイルアドレスを公開しています。
インターネットの世界で、各種のホームページに書かれているメイルアドレスだけを自動的に集めて回るプログラム(ソフトウェア)が開発されています。インターネットの世界ではロボットといわれるものです。そうして集められた膨大なメイルアドレスが売買されているのです。私にも購入を促すメイルがきました。
「メイルをもらっていたのにごめんなさい。今度会えるのはいつだっけ」などというメイルが女性名で私に直接来るのが増えています。営業用の同じホームページを案内してくるメイルでも常に差出人を変えてくるので自動削除の登録もできません。すべてが英語で書かれた18禁のホームページの案内英文メイルも増えています。そんなロボットが集めたメイルアドレスの中に私のアドレスも入っているのでしょう。アドレスの束を買われた場合もあるでしょうしメイルアドレス収集ロボットそのもの(プログラム・ソフトウェア)を買われた場合もあるでしょう。最近はそんなメイルの量が増えて困っています。公開しているメイルアドレスを、変えやすい転送メイルアドレスにした方がよかったと最近は思い始めています。これは新しい時代の流れですから4年前には想像しにくかったことです。皆さんも、諸般の理由から、メイルアドレスをインターネット上に公開される場合は、公開される時間を限定されるか(掲示板への投稿では、投稿後に修正による一部削除が出来るものもあります。それなら、投稿後一定時間たてば、書いていたメイルアドレスを削除することも出来ます。) anet や hotmail 等の転送メイルを使われることをお勧めします。簡単にメイルアドレスを変更できるプロパイダーはまだ少ないと思いでしょう。
明日、明後日と治療です。前回の治療から4週間あいたからでしょうか、今日も便通があり私にとっては珍しく順調です。
720円。なんだとお思いになりますか?
私は余りにもやすいと思うのですが、




2004年10月10日(日)20:10 出来ない基本、先に動いてしまう体
私は今はまったくゴルフをた。そのゴルフでも打つ時に、足場を決める時から打ち終えたあとまでのチェック項目が20から30はあると私にい話した人がいます。営業活動でもそうですね。ターゲットのお客さんを決める時から基本があります。簡単な事では、車に複数の人が座る場合の座席位置の高低があります。和室や応接室のソファーに複数の人が座る場合にも座席位置の高低があります。名刺を交換する場合にも基本があります。それらは比較的守りやすいものですが、ターゲットであるお客様と話しているときに、話しがはずみ一生懸命になりすぎて声が大きくなってしまったり、お客様よりも長く話しすぎるのを抑制するのが難しく、あとになってから自分でそのことに気付く場合があります。ここによく書くことですが、私が朝起きたり、昼間で横になって休んでいる時、「さて起きよう」と決めてから起きることはほとんどありません。起きようと思ったときにはすでに体が起きる動作を始めています。それと同じようなことを重要な局面でしてしまうケースが多いのです。少し前でしたが、テレビのたかじんバーで、歌手のたかじんがマサによくいわれていました。「話すときには口に出す前に、話すことを頭の中でひと回りさせてから話しなさい。」言葉でいうのは簡単ですがなかなかできません。植木等ではありませんが。「わかっちゃいるけどやめられない。」なのです。その対象となる事柄によっては、経験した場数が解決するとか、時間が解決する場合もあるでしょう。商談が決まったら注文書などで、先方の意思確認をその場で書類に残すのも基本です。それを怠ったために、後日競争相手に逆転されることもあります。私は学生時代にパチンコによくいきましたが、玉をたくさん出しているとき、どこでやめるかも難しい問題です。欲を出しすぎてすっからかんになったことも数え切れないほど経験しています。一応パチンコ必勝法のシナリオを決めていたのですが、それを守ったことはほとんどないでしょう。その中でもっとも有効なシナリオは、今日のパチンコは負けてもこの金額しかやらないと事前に決めて、そのお金しか持っていかなかった場合です。そこまでしても、負けた後に出会った友人にお金を借りて四度パチンコに挑戦していたのです。賭け事では、自分で決めたルールなどは簡単にぶっ飛んでしまいます。そんな自分を制御することができればいいと思います。
今の時期はそんなにリスクはないはずなのですが、頭で考える前にもう1人の私が動いてしまいます。その場合ほとんどは失敗です。私が何を書いているのか、なんとなくわかる人にはわかるでしょう。競馬競輪麻雀にパチンコは今はやりません。競艇もです。社会人になってからは手をつけていません。それにウィンドーショッピングや通販での衝動買いはしたことないのです。何が違うのでしょうか、
今日の14時の国道気温表示は26度。暑い、少し動くと汗が流れました。でも、今年8月の26度なら、なんて涼しい日なんだろうと思ったのでしょうね。体感温度は相対的なものです。これでいいという値は、時と場合、環境や自分自身の状態によって変わるいいかげんなものです。もうひとりの私に手を出させない絶対的な物差しを作れるかどうかが最後の勝負になりそうです。
ぞうさん足が治りません。今飲んでいる錠剤でしょうか、でもその薬の副作用をインターネットで調べる気になれません。



2004年10月08日(金)20:35 ライブドアと楽天が同席ヒヤリング
2004年10月08日(金)20:35 何が正しいのか
2004年10月08日(金)20:35 神様の声を聞いた
一般社会情勢を知るために、毎日新聞を読んでいます。今日の1面のTOP記事はUFJ銀行でした。UFJ銀行は金融庁から刑事告発を受けました。罪状は検査忌避、資料の改ざんです。他にも金融庁から新規顧客への貸付禁止などの業務停止処分を受けました。新聞では金融庁監査の時、監査管の目の前でUFJ銀行に都合の悪い資料を行員が破り捨てたとされています。誰がその事実を検証できるのでしょうか、私はそれが実際に起きたことかどうかにも疑問を感じます。破り捨てたのが事実でも、それが今回の調査に関係のある重要な書類であったことの立証は誰がするのでしょう。その場でそうさせた何かが起こったのかも知れません。新聞の見出しは事件の一部を抜き取ったものに過ぎません。省くことなく全体を見ないと真実はいつも闇の中です。誤解を生じます。金融庁とUFJ銀行とは今回の事件以前から長い期間に渡って深い感情的なもつれがあったようです。プロ野球の公開ヒヤリングも同様です。ヒヤリングを公開にすることは以前から伝えられていました。しかし、プロ野球球団の新設に手を挙げている2社が同席してヒヤリングを受けるというのは、私にすれば異常です。別々に行うべきでしょうし、「この選択って正しいよねえ。」と世論の認定を受けることを目的とした証拠作りと、故意的な操作に感じるのは私だけでしょうか。
バブルが崩壊してから土地の価格低下が昨年まで続きました。今年は一部の人気地でようやく上昇、不人気地ではまだ価格低下が続いている状況です。企業の財産である土地は、購入した価格で評価することが許されてきました。しかし、今は現在の評価価格での計上が必要です。銀行はその土地を担保に本来業務であるお金を必要とする企業に貸し出してきました。土地の価格がどんどん下がりました。企業が銀行から融資を受けているお金の担保が目減りします。借入金の担保不足による不良債権の発生です。これまでにも日本経済が上向く可能性が指摘された時期がありました。その重要な時期に消費税が3%から5%に引き上げられました。立ち上がりかけた消費者マインドが再度冷え込み、立ち上がることなく日本経済は更に冷え込みました。その責任は誰が取るのでしょう。民間の会社なら政策立案実行者は社命による窓際への転出か所属部門の移動、厳しい会社では降格もあります。UFJの決算に疑問が生じた監査は昨年の9月からです。そのあと内部告発で別室に隠されていたダンボール100箱分の書類も検査官に発見されました。それから1年経ってからの今回告発です。それが材料として長期に渡り、金融庁とUFJとのやり取りに使われていたであろう事が推測されます。行政の適正人員、リストラ、許認可業務の廃止縮小による民間の自助努力への重心移動、小さな政府はどこに行ったのでしょう。郵政民営化を見ても既得権益はよだれが出るほど美味しいのでしょう。どちらにしても、竹中シナリオに基づく一連の金融改革はこれでけりがつくでしょう。
正しいこととか、悪いことかの判断があります。それを常に個人個人が自分に問い掛けています。1+1=2 これはおおむね正しいでしょう。しかしそれも会社では正しくない時があります。2人で仕事のチームを組めば、年間で3人分の仕事がこなせるという職種があります。逆もあります。優しさというのも、ものさしが難しい問題です。「あの人は人の気持ちがわからない人だ。あの人は優しくない。」と多くの人からいわれている人がいたとします。しかし、案外その人は、「私ほど人のことを思い考えている人は少ない。」と思っているのかもしれません。誰にでも計れる物差しがないのです。誰もは、100人の人が持つ優しさの平均値と自分との違いに思いが進まないのです。進まないから人はその人を自己中というのですが、いわれている本人はそういわれることを心底否定します。自分ではそういわれることの意味がわからないのです。自分ほど人に優しい人はいないと本気で思っているのです。
そんなわからない自分の位置を確認できる数少ない方法のひとつがあります。「この問題について、神さまならどう思われるだろうか、」という自分でできる確認作業をすることです。無神論者のあなたなら、それを神さまの変わりにあなたの尊敬されている人にしてください。あなたのお父さんの母さんでもいいのです。「あの人ならどうされるだろう」本当は、自分がその正解をわかっている場合が多いのです。でもそれを認めたくない自分がいる。そうしたくない自分がいる。だから、圧倒的に自分よりも優位な人を引き合いに出すことで自分に納得させるのです。この方法は、自己中心を打ち砕くために有効です。

昨日の日記には、何が不安なのかを紙に書き出すことで問題がよりはっきりとする。と書きました。カルトの世界だと攻撃されるのが面倒なのであまり書きたくないのですが、私は自家移植のときに、それを直接神様に言われたのです。
左メニューから入った治療歴の下のほうに自家移植を書いたページへのリンクがあります。そこに書いていることを引
用します。(今回の転記では、わかりやすいように言葉を少し変えたり追記しました)
=== 以下を引用 ===
1997年09月28日(日)
入院160日目 VP16投与 11日目
痛み止めの効かない食道の激痛に脂汗を流す毎日です。そんなとき ** さんが見舞いに来てくれました。でも、クリーンルームの中なので、ドア越しに声だけ聞いて帰ってもらいました。その日の真夜中、
「おちつきなさい!」
「おちついて!。」
「いま、苦しんでいるのは全部夢でしょ。おちついて、」
「よく考えて、これも夢あれも夢。そう、安心して、あなたならまだまだ耐えられるでしょう。」
「どこがしんどい? 胸がしんどい他には? そう、胸だけ、今のあなたの問題は胸の痛みだけ。でもその胸はとんでもなくしんどいし痛い。」
「でも、もうだいじょうぶ、あなたには、十分耐えられるから。」
このあと、飛び起きました。勿論夢です。でも、とんでもない夢でした。

1997年10月04日(土)
入院166日目 VP16投与 17日目
明け方近く、また神様の声を聞きました。
「おわったよ。」
「よくしんぼうしたね。」
「もう、だいじょうぶ。あとは、一日一日少しずつ良くなっていくだけ。」
 −−H9/10/0?/4:05−−
=== ここまで引用 ===
上の?マークは、神様の声を聞いて飛び起きてすぐにノートに書いたボールペン
の字が読めないんです。
次の日の朝から、薄皮をはぐように少しずつ痛みが和らいでいきました。神様の声を聞いたのはその2回です。2回目に声を聞いたあくる日から急激に白血球が上がってきました。そしてどうにも効かなかった食道の痛み止めの薬が効くようになったのです。

神様の声に目が覚めた私は、すぐに枕もとのノートにその事を書きました。そう、私は神さまの声を聞いたのです。

日本の神道とキリスト教の違いを、
「神道では、親、祖先を通じて神様につながるのに対して、キリスト教では個人個人が個別に直接神さまにつながる。」
と私にいわれた人がおられました。
アンドルー・ワイル 「癒す心・治る力」 59ページから。
「きっとよくなる。あとは気を楽にして、母なる自然の仕事にまかせようじゃないか」

明日私はこの日記を書くでしょうか、
1週間という時間はすぐです。連休明けには治療に行きます。近くに泊まりますから火曜日の日記は休みます。3連休ですね。連休中に自治会の行事で早起きを強いられる嫁さんがぼやいています。嫁さんの数少ない楽しみのひとつは休みの日の朝寝坊です。連休の日記は休むかもしれません。



2004年10月07日(木)19:40 今日現在の体の問題
2004年10月07日(木)19:40 気持ちの整理は紙に書いて整理
今の私の体は、ぞうさん足(ふくらはぎの膨張も含めて)と顔のむくみです。もう食道の痛みはありませんし呼吸時の苦しさもありません。最後の治療から日が経ったからでしょうか、10月5日の受診時の血圧は、132−87と下がっていました。昨日も便通がありましたし便秘も治まっています。若干奥歯の虫歯が痛いのと、歯の知覚過敏が久しぶりに出ています。まだそれほど冷たくなっていない水道水で口をゆすぐ時に歯が痛いのです。虫歯が原因だけではないと思います。それに小水の問題もありますね。トイレにいきたいと思うスイッチが入るのが早いのです。小水をもよおしてトイレに行くと出る量が少ないのです。でもトイレに行かずに辛抱することはできません。よって寝てから朝起きるまでに2回か3回トイレに起きています。治まっていたのですが、ここ3、4日くらいはまたそんな状態がぶり返しています。これはぞうさん足とも関係のある腎臓の問題でしょう。それとも、トイレにいきたいというスイッチが入る問題がありますから、膀胱の問題でしょうか。最近は布団に入ってから5分くらいで寝つけています。プレドニンの影響は抜けています。軽い耳鳴りがずっと続いています。その他には今直接感じる体の問題はないと思います。
今日の朝は、この机に座ったまま目の前に見れる空は晴れていました。顔のむくみで気分がぼやっとしていますが、久しぶりに気持ちのいい朝でした。肉体的な痛みがあるときに前向きな気持ちになるのは難しいものです。自分の心を自由に使うには、最低限の体が必要です。体の痛みやしんどささえなければ、この先の私の人生は神さまのみご存知、私はけっこう楽天的な面もあります。目の前に起きた自分にとって不利な出来事が、この先どのように推移していくのか、その予想がまったく出来ない状態について我が心の葛藤というのが「不安」の正体、中身です。自分を不安にさせる目の前に起きた出来事をよく調べることで、その対応策を事前に準備しておくのがリスク管理です。でも、私が明日国道の歩道を歩いている時に、居眠り運転の車が歩道まで乗り上げて私に向かって突っ込んでくることの予防策は、明日歩道を歩かないことになります。宝くじに当たる確率並みの事故におびえていては何もできません。何もできなくなってしまうのが深い鬱に入り込んだときです。まだ自分の気持ちをある程度制御できる時なら紙に書いて不安を整理するのも有効です。今恐いのは何か、今困っているのは何か、他にもあるでしょう。それもすべて書き出してください。紙に書くのです。不安の中身がある程度おもてに出てきました。書き出してみると、不安の数はそんなに多くはありませんね。それなら不安の原因になっている事の数が少ないことについて考えてみましょう。少しは安心で来ませんか?そう、書き出した中にある大きな問題はひとつかふたつです。それも、自分の努力では解決できないことです。直接にはその問題を自分で解決することができなくても、その問題がより大きくなった時に飛び火しそうな事象については事前に手を打っておくことができることもあります。それも紙に書いてみましょう。そういうムード、不安な気持ちの自分に酔っていたい、「流されるままに」いたいときには(流れるままにではありません。)紙に書かないで下さい。興ざめしてしまいます。紙に書き出すという動作を自分で出来ないのが強く「不安な時」です。でも、バイオリズムではありませんが、気持ちにも波がありますから、いつか来る気分の和らいでいる時、そんなチャンスをうまく使いましょう。
今の私ですか?、体に痛みやしんどさがありませんから気分的にも最悪期は抜けています。



2004年10月05日(火)20:30 食道Y通のためR-COP治療を1周間延期
2004年10月05日(火)20:30 最近の血液検査数値
今日は治療予定日です。
軟弱な私です。病院で、今日の受診前採血での緊急血液検査結果を見ながら主治医は今日の治療を迷っています。それに関することを主治医と話したあとで、「治療を1週間延ばすか?」といわれた私はすぐに「はい。」といってしまいました。
私のR−COPは、2週間間隔でやらないと効果が薄いようです。高い効果を求めるのなら今日の治療が正解なのですが、先日続いたような強い痛みが胸に出るのがたまりませんでした。少し休みたい。疲れているのです。治療を1週間延期しました。胸部一般レントゲンを撮って、その結果を見ずに今日は帰りました。
今日の緊急採血結果は、

Hb:104000、WBC:5000、PLT:66000 でした。
09月28日
Hb:119000、WBC:3000、PLT:49000CRP:2.39、LDH:215、sIL-2R:450
09月01日
Hb:120000、WBC:3000、PLT:62000CRP:2.16、LDH:242、sIL-2R:750
sIL−2R、LDHが下がっているのは嬉しいものです。食道があれだけ痛かったのですから、その炎症でCRPが上昇していたとしてもおかしくはありません。
ちょっと小水の出が悪く、顔がむくみ気味です。1昨日、昨日と排便がありました。



2004年10月03日(日)19:40 ポジティブ結果とネガティブ結果
2004年10月03日(日)19:40 人生設計書
2004年10月03日(日)19:40 義母へのインフォームドコンセント
このホームページの場所をお借りしているジオシティさんが、10月5日にシステム上で大きな変更をされます。私の書き込みの方式も変わります。そこで若干発生する私の引越し作業に失敗したら、日記の書き込みが出来なくなる可能性があります。その時はごめんなさい。

昨夜は水割りがのどを通りました。1夜明けた今日も食道の痛みはありません。


A.大きななべに水を入れて暖めていきます。湯気が立つくらいになったときに生きたカエルをその中に入れます。カエルは熱さにあわて、必死になって飛び出そうともがきます。今度は大きななべに水を入れた状態のときに生きたカエルをその中に入れます。そしてゆっくりと水を温めていきます。カエルは気持ちよくゆだってしまいます。
B.象が生まれて間もない時、足にくさりをつけて、その鎖の先に象が暴れても動かせない程度のおもりをつけておきます。やっかいなものが足につけられているのが気にいらない子象は暴れますが、暴れてもどうにもならないおもしが足にくくられていることがわかるとおとなしくなります。そして象は成長していきます。赤ちゃんの時に比べて何倍もの力を身につけました。もう暴れなくても足についているおもしをそのまま引きずって歩けます。でも象はそうしません。自分には動かすことのできない重いおもしが足についていると信じ込んでいるからです。
C.京都の四条河原町に傘屋の店を出す長男とげた屋の店を出す次男を持つ母親がいます。雨の日はげたが売れません。お母さんは、今日の儲けがないうちの次男は今夜どうやってご飯を食べるのだろうかと心配しています。あくる日は晴天でした。晴れの日は傘が売れません。お母さんは、今日の儲けがないうちの長男は今夜どうやってご飯を食べるんだろうかと心配しています。
D.靴を取扱商品とする商社マンが南の島にいきました。残念ですが、そこはまだ未開の島で誰も靴をはいていません。靴をはいている人が1人もいないことを調べ上げた彼は本社に電話をしました。「残念ですが、未開のこの島には靴をはく文化がありません。この島には靴の市場がないのです。これ以上ここにいる意味がありませんので明日帰らせていただきます。」
それからしばらくして別の会社の商社マンがその島を訪れました。靴をはいている人が1人もいないことを調べ上げた彼は興奮して本社に電話をしました。「ここは素晴らしいです。靴をはいている人は誰ひとりいません。今ならすぐにこの島のすべてが我社の市場になります。すぐに靴を送ってください。」
E.山の尾根がそのまま海になだれ込む海岸線にはまともな道路がありませんでした。細いがけ道を行き来する人の間に不幸な出来事が続きました。村人達は荷物を持って行き来することも出来ないそのがけ道の変わりにトンネルを掘ることをみんなで決めました。トンネルをかなり掘り進んだときに大きな石が出てしまいました。村人の中でも力のある若者を中心に大きなハンマーで割ろうと試みるのですが割れません。そんな日が何日も続き、工事に参加していた村人が1人去り2人去りしていきました。最後に残った老人は、これまでに何人もの村人が海岸沿いの道で足をすべらせ不幸な結果になった出来事を知っています。あと100回だけ、思いっきりたたいて割れなかったらそのときはあきらめよう。そう決めた老人はそのあくる日の朝一番からそれに挑戦しました。残念ですがそれでも割れませんでした。あきらめて帰った翌日、それでもと思い101回目をたたきに行きました。やはり割れません。200回目までたたいて帰りました。そんなことを繰り返すうちに900回たたいた夜を迎えました。やはりあの石は割れないのだろう。明日の1000回をたたけばあきらめもつくだろう。そう心に決めたあくる日、1001回たたいた老人は、これですべたが終わったと思い帰り道につきました。帰り道をしばらく歩いた後、何を思ったのか、再度その現場に戻った老人は、残った力をふりしぼって1002回目のハンマーを振り下ろしたとき、呪文が解けたかのように石は粉々に砕け散ったのです。
F.私がある仕事を始めようと考えた時、そのことを友人知人、家族や親戚の先輩に相談しました。私の今後を心配してくれるその人達は口を揃えて細かく理由を上げて私の新しい仕事に反対したのです。成功する可能性が非常に低いと彼らは私の為に考えてくれたのです。その時、私の母親だけは違いました。「わかったわ。あなたの思う通りおもいきりやってみなさい。あなたならだいじょうぶ。あなたならそれをやれると思うわ。あなたならだいじょうぶよ、お母さんはあなたを信じてるわ。」私は母親のいうとおり成功することができたのです。

少し前に、「金持ち父さん貧乏父さん」シリーズの書籍が世界のベストセラーになりました。邦訳もヒットしましたから、読まれた人も多いでしょう。そんな人の中には、もうひとつその本が肌に合わないと感じられた人がおられるかもしれません。会社では、社内の講師にしろ外部のコンサルに依頼されるにしろいろいろなスタイルの営業マン研修があります。バブルの時代は、それいけどんどんやれいけどんどんで、講習の参加者が全員こぶしを振り上げて、「俺はあやるぞ! やればあできる!」スタイルが多かったと思うのですが、米欧から持ち込まれた営業マン研修ではそのスタイルは少なかったと思います。米欧の営業マン研修を経験された人には、上記の本は受け入れやすかったかもしれません。
そんな米欧タイルの講習会にも私も参加したことがあるのですが、そこでは「人生設計書」を書かされました。私の今後の年表です。予測される今後の私の年度別の収入、それに自宅の新築やマンションの購入時期、子供の大学に必要な費用とその時期、子供の結婚式費用とその時期、私の退職時期、退職後に予想される収入、そのような経済的な事象だけでなく仕事や趣味の上でも、いついつまでにはこんなことをやり始めたい、やり遂げたいと思うことを書き込んでいきます。そして重要な事は、最低でも1年に1度はそれを書き直すことだといわれました。これは、それいけどんどん営業研修ではなかったことだと思います。
私が会社勤めをしていた時、仕入先の営業員が退職の挨拶にきました。生命保険の営業員になられたたと書けば、その人からお叱りを受けるでしょう。その人は、「人生設計アドバイザー」と名乗りました。日本在来の生命保険は今でこそ、いただく提案書に今後の大きな出金時期や、そのおおまかな金額が書かれたものを見受けるようになりましたが、生命保険は基本的にはその名の通り、いざというとき(生命にかかわる不幸な出来事が起きた時)の金銭的な保証です。ところがその転職した彼は、スカウトされた会社の説明を初めて聞いたとき衝撃を受けたというのです。生命保険を売るのではなく、お客様が人生設計をされるお手伝いをするのが外資系の生保会社の基本的な考え方だという事にです。だから彼の仕事は、生保の営業や勧誘員ではなく、「人生設計アドバイザー」だというのです。

私は、以前ここに書きましたが、8年前に初回治療で半年入院してすぐに、遺言ではないのですが入院中に不幸な出来事が私の身に起きたときの為に、家族のそれぞれに手紙を書き始めました。家族に重要な何かが起きた時に開けて欲しい手紙です。子供が社会に出るときに開けて欲しい手紙、子供が結婚する時に開けて欲しい手紙、子供に子供が出来た時に開けて欲しい手紙などです。それを実際に書き始めたのですが、どう考えても、その半年間の治療で私が不幸な結果になるとは思えないとの考えが強まり、何通か書き終えた手紙をみんな破り捨てました。今もそんな手紙も含めた遺言は準備していません。
今私は53歳で、昨年の4月に勤務先を退職してからは無職です。当然ですが、人生設計書を書き進めていけば、わずかな蓄えが底をつく時がきますし、その時期がはっきりします。

中国から世界に出ていった企業家は華僑と総称されています。世界のいろんなところにそんな人たちが作った中国人街があります。日本やアメリカの複数の街にあるだけでなくマダガスカルにもあります。世界各地にあるようです。それを取材したテレビドキュメンタリーで、成功を収めた人が話していました。
「私は、このアメリカにきてから基本的に同時に2つの仕事をこなし、食事や着るものについては本当に質素な生活をしてきました。もちろん自分で商売を始めるための資金を作るのが目的でした。がむしゃらに働きました。そんな中で自分の夢を追求する情熱を絶やさないようにするため、私自身の誇りを失ってしまわないため、住むところだけは、高層階のマンションなど、私にしては贅沢過ぎるものを選びました。」
インタビューを受けている彼は、何店ものスーパーを持った経営者になられていました。

こんなことを書いたのは、なんの痛みもない今の私の尻を叩くためですが、アメリカのイチロー選手や松井選手の昨週末の活躍に刺激を受けたからでしょうか。そんなことに対する私自身の真剣さの問題です。アメリカのメジャープロ野球でヤンキースといえば日本の巨人のような球団です。アメリカNo.1と自他ともに認められるほどのチームです。ヒットを打つ技術ではイチローの方が上でしょうが、そのヤンキースの4番打者という重みを考えれば松井の受ける重圧が想像出来ます。今回の年間ヒット数新記録で歴史に名を残すのはイチロー選手でしょうし、2人の内容を比べることに間違いがあります。国内では中日のリーグ優勝がありました。影の名コーチ(迷?)と昔から噂されている落合婦人は、落合監督が選手の時代には、お2人でテレビに出られて野球のことをいろいろ話されていました。ご家庭でも話されていたようです。昨日のスポーツ紙で読んだのですが、今シーズンは中に野球のことを自宅で離されたのは1度だけ。中日が最下位に位置した梅雨時に奥様が「だいじょうぶ?」といわれ、落合監督は「だいじょうぶだよ、優勝すんだからさあ、」といわれたそうです。落合婦人は監督のことを「(私から)巣立っていった。」といわれていました。私は落合監督を勘違いしていました。彼は人を捨てていく人だと思っていました。自分に合わない選手、公式戦で力を出さない選手はどんどん捨てていく。そして自分のまわりには誰もいなくなる。そんな監督を想像していました。試合中にテレビに映る落合監督の顔付きとしぐさ、それは中日の練習やミーティングのときの顔と同じなのかもしれません。3冠を3度経験された落合選手です。今シーズンは自分を目一杯辛抱されていたのか、それともそれが自然体だったのか、来シーズンへの興味が強まります。お疲れさまでした。選手からの信頼が厚いという事実は素晴らしいものです。落合監督のことですから、オフには「オレ流」の休み方もご存知でしょう。人の性格は変わりませんがそれを辛抱することは出来ます。俺流の落合監督は選手時代にアッパー打法を変えるようにコーチにいわれたとき断りました。同様にイチロー選手も振り子打法を改造するようにコーチにいわれたとき断りました。後講釈になりますが、コーチよりも落合選手やイチロー選手の方が野球への情熱、探究心は深かったのでしょう。落合監督を尋ねた掛布に監督がいいました。「現場に帰ってこいよ」本当に野球が好きなのですね。イチロー選手や野茂投手が日本にいたとき、心理学の専門家にメンタルトレーニングを受けていたのは有名な話しです。そんなことに刺激を受けた今日の日記だと軽く浮け流して下さい。

以下は涙坂診療所からの受け売りです。
不整脈の出現で突然気を失って倒れたり、視界が突然ぼやけたり、ぐるぐる回るような気がしたりすることがあるようです。どちらにしても酸素を十分に含んだ血液を頭部に送ることができなくなった問題による症状です。うちの嫁さんもそれだったかもしれません。女性なら更年期、男女どちらにしても人生50年付近になればいろいろ出てきます。
妻のお母さんが退院しました。
退院する前に看護師さんに30分ほど心筋梗塞の説明と自宅療養の注意を受けました。そのあと主治医からの説明がありました。
1.このまま自宅療養を続け、内服薬で様子を見る。
2.心臓カテーテルで3つの問題ケ所にドリル様のものを入れて血管を太くする。
3.問題血管のバイパス手術をする。
問題ヶ所の血管壁に硬化したカルシュームが層になっているのでカテーテルでふうせんを入れての血管拡張術は危険性が高すぎるので出来ません。どちらにされるか、ご家族でよくご相談ください。とのことでした。
はい、うらやましい限りです。残念ながら私の持病では、このような選択のできる提案を主治医から受けたことがありません。初回治療こそ、ほぼ標準治療が決まっていますが、再発後の治療は主治医も手探りの状態だからなのです。難しいものです。今の私の体の状態なら、来週の火曜日は間違いなくリッキサン、水曜日はCOPの投薬を受けるでしょう。病院までは高速を使って車で片道2時間半、下道では3時間かかりますから、火曜日の夜は近くのビジネスホテルに1泊します。




2004年10月02日(土)13:50 食道痛は落ちつきか、ならば酒が
昨夜消化器系のアルコール消毒をしました。
10日前に買っておいた焼酎のふたをあけました。初めての銘柄ですが、味はもうひとつ。本当に味がもうひとつなのか、体調によるのかはわかりません。夢のビールは今後の挑戦を残しています。
アルコール消毒が効いたのか(嘘です。それはありえません)、今日は、食道の痛みはほぼありません。食事は、少し食道につかえかげんですが、途中で止まることなく胃に降りていきます。だいじょうぶ。
今日の朝は、10日前に買っていた挽いた豆のコーヒーをあけました。初めて袋を開けたときの香りは何ともいえません。
熱いままを飲みましたが、食道を通るときの違和感はそれほどありませんでした。はい、よって今回の薬の副作用、粘膜障害による食道炎物語は終わります。ご心配いただきありがとうございました。
金曜日のコーヒー、涙坂診療所を残しています。嫁さんは午前中勤務のあと、そのまま職場からの「サツマイモ堀り」にいっています。そのすきに外界でのコーヒータイムをとってきます。

これも書いてしまいましょう。
芋掘りに出ていた嫁さんが18時半に帰ってきました。その前からおばあさんは晩御飯の心配をしています。嫁さんは勤務先のみんなと行っているのですから何かあれば連絡があると私は思っていますから心配はしていません。人への心配と自分の不満を、自分でもわからないうちに混同することがあります。人、家族への感謝を前提にすれば、「私は *** さんに感謝している。」が、まず頭に浮かびますから、みんなと一緒だから電話しにくいんだろうな、で終わることです。それが、「電話をすることくらい1分もあれば済むことなのに、」では、不満が先に出ています。そうじゃなくて、嫁さんが帰ってきたのでようやく買っていた500mlの缶ビールを開けることが出来ましたという話しです。何かが起きた時のために車を運転できる状態でいましたからビールが飲めませんでした。ビールの予定は1リットル缶でしたが、治療中ですから単に気が引けて500mlに格下げです。嫁さんやおばあさんに気が引けたというよりも自分自身への負い目が勝ったという話しですが最後の最後の1口を残した今、おいしかった。ビールが飲める健康って本当にいいですね。本当です。10日前にスーパーで買った一番安物のウィスキーがあります。その水割りは今晩の楽しみにしましょう。1週間近く酒が飲めませんでしたから私がアル中でないことも証明されました。昨夜の焼酎よりも今のビールは数段うまい。幸せだなあ、と思う私はあほでしょうか。今夜はデカプリオは見ずに、アメリカはFBIご用達透視能力者の特番を見ます。ありがとう。




2004年10月01日(金)18:45 和らいだか食道痛、体と春夏秋冬
18:30 36.8度 143−100 95 54.5kg
今日から10月です。
空も秋晴れでした。

そんなこんなで午前中は気分がよかったのですが昼過ぎから頭が曇って重くなってきました。風邪でしょうか、それで久しぶりに先ほど体温を測ってみました。6度8分は私にとっては少し高目ですね。6度3分か4分が平熱だったのですが、薬の関係もありますし体調も変わっていますからどんなものでしょう。少ししか食べれない日が続いていますから、体重が落ちるのはしかたがありません。
一昨日よりも昨日の方が明らかに胸の痛みは軽くなっていました。昨日はずっと横になっていると痛みを感じないほどでした。そして今日の昼食、軽い痛み(鈍痛)が出たり、食道の中ほどで食べたものが止まるような感覚はありましたが、明日に楽しみがつながるような感覚でした。昨日よりも今日のほうが明らかに調子がいい。明日は念願のビー×、、、と期待すればいつも裏切られるのが、最近の「明日の対策と傾向」です。今回の食道の痛みの最悪期はCOPの10日後から続く1週間でした。
体力増進と充電の秋、残念ですが私はまだ治療が続きます。夏場に体力の増強や心の平安なんて難しいでしょう。山紫水明の国日本は四季に恵まれています。秋に力を蓄えて、寒い冬には根を広げ、春に開花するのが一般的でしょう。持病でしんどいのか暑さでしんどいのか、そんな悩みのない季節に入りました。

体調も落ちついていますから、明日と明後日はこの日記を休ませていただきます。明日、消化器系をアルコール消毒したかどうかの報告ですが、当日は出来ませんね。
妻のお母さんは明後日の日曜日に退院です。義母の主治医は当直明けなのでしょうか、退院予定の朝8時半から今後の説明をしていただきます。私はここにいて、妻がひとりで病院に行く予定です。明後日は妻の姉である次女が実家を手伝いに行き、妻の兄姉の長男長女3女(妻)の3人がが病院に行きます。それぞれは妻の実家から車で4、3,2,2時間の所に住んでいます。




Only one day (1日だけ、履歴に残さない当日日記)
この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。

持病の事を書くときは紫色で書いています。

履歴に残さない当日日記から引用するときには緑色で書いています。

私のここのホームページURLアドレスは、
http://www.geocities.co.jp/Beautycare-Venus/4541/
でしたが、ジオシティさんのシステム変更
http://www.geocities.jp/nagalelumamani/
が正式なアドレスになりました。このURLでうまく動かないカウンターが気になられたら、上に書いた新しいアドレスに入ってください。もちろん古いURLでもそのまま閲覧できるようになっています。

ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします。