| 2012年5月 「バ」と「ニ」を進める |
お願いします。
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「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」と「濾胞性リンパ腫患者の治療履歴集」の掲示板を作りました。お入りいただきたいのは、濾胞性リンパ腫の患者さんとご家族です。
私のアドレスは sabcdek-ybb.ne.jp です。−を@に変えてメ-ルをお送り下さい。
その掲示板に入るパスワードをメ-ルの返信でお知らせします。
詳細は2010年の3月11日日記をご覧下さい。5月26日現在74人+3人にご案内済みです。
随時更新される100人の治療歴があれば、素晴らしいとお思いになりませんか?
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リンパ腫の患者さんが月々に支払う医療費は最大で10万円です。
詳細は2010年の、4月29日、6月24日日記をご覧下さい。(入院と外来それぞれが各10万円になるなどや、差額ベッド・入院時の食費など別額もあります)
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2012年5月27日(日) 16:16 リツキサンの副作用
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今日は晴れました。
強い日差しの中で、お隣さんの玄関先に咲いている例の黄色い花の写真を撮りました。今日使った写真は、それとは違う写真です。
午後になって、雲が広がって来ました。
今、気温は何度あるのでしょうか、これよりもほんの少し暑くなれば、私はしんどさを感じるでしょうね。
私、1ヶ月ほどニュース断食をしましょうか。
新聞や書籍を読むのに、私は一字読みなんですよね。時間がかかって仕方がない。もっとも斜め読みやページ読みなんて出来たら、お金がかかって仕方がないですけどね。
それと、この日記も含めたネット断食をしたら、時間が余るという感覚を持てるかもしれません。というよりも、あれを進められる。
肺がんの分子標的治療薬であるイレッサの裁判ですが、5月25日に大阪高裁で国と製薬会社が無罪と判決されました。
夢の新薬として、化学療法なんて使ったことのない医師が使ったのが大きな問題だと考えます。イレッサと同じようにリツキサンやCHOPが使われたら、同じような事故が同様の件数起きる可能性があると思います。もっとも、B細胞性リンパ腫の患者さん総数が肺がん患者さんよりも少ないので、そのぶん事故の件数は減るでしょうが、危険なのに違いはありません。
「リツキサン注使用ガイド」は、ここをクリックです。
その39ページに、副作用の一覧表があります。
PDFファイルで読めない人のために転記しました。
そこから副作用の表だけを転記したのは、ここをクリックです。
文字を赤くしたのは、人から聞くことが多い事象です。
157人がリツキサンの臨床試験で単剤投与を受けられて、その中で嘔吐された人が13人おられるのです。
ある人がリツキサンの投与を受けられて、発熱や呼吸の乱れなどの重い症状が出たので投与スピードを落とされました。でも、少し投与スピードを上げると副作用が出てくるので、主治医は投与を断念されました。その1年後、濾胞性リンパ腫の状態が思わしくありません。主治医は再度リツキサンの投与に踏み切りました。途中で点滴を止めながら、微少量の投与を続けて、ようやく全量投与に成功しました。
右列のブログを書いておられたある人です。
もしも、リンパ腫の化学療法に精通していない病院でマニュアル通り投与を進めていたら、投与を中止するのが遅れて重大な事態になっていたかもしれません。しかし、それでも他の抗がん剤に比べると副作用が少ないというのも事実なのでしょう。
リツキサンや抗がん剤の副作用も、人によっては危機的な状況に陥る恐さがありますが、消化器系に浸潤しているリンパ腫も、薬の効果で腫瘍が急激に縮小すると胃壁や腸壁に穿孔を起こす危険性があります。皆さんからいただいたメールでわかったのですが、小腸や十二指腸を原発とした濾胞性リンパ腫の人が結構多いのです。
「初回の治療でR−CHOPによる骨髄抑制のほとんどはGCFなどの助けを借りなくても回復する。」というのは事実なのでしょうが、消化器系に浸潤している場合の治療は別の話しでしょう。
R−CHOPなら、Rだけの1クール投与で様子を見てからCHOPを追加するか、1クール目の治療はCHOPだけにしてRを外すか、より広範囲に消化器系に浸潤していると思われる場合は、初回治療に使うCHOPの薬量を70%前後まで落として様子を見る等です。腸閉塞で開腹手術を受けられた濾胞性リンパ腫の患者さんもおられます。R−CHOPでも、初回治療シリーズの範囲なら、多くの人の場合において骨髄抑制もそんなに深くありませんからね。
内服でも同じです。5クールとか6クールと決められている場合は骨髄抑制が深くなっても進められることが多いと思いますが、長い治療期間が考えられる場合は、1回の投薬量を減らすか、投与と投与の間の休薬期間を広げるか、その両者を使うかなど様々でしょう。
また、化学療法の個別の薬の副作用が他の人に比べて大きすぎるという個別の患者さんによる問題もありますし、それは化学療法に使われる薬だけではなく、CTの造影剤や解熱剤の場合もあります。中には、CHOPに使われるある薬の副作用だけが強く生じる患者さんもおられます。
リンパ腫は、風邪や突然長距離を走ったあくる日に起きる筋肉痛とは違う重大な疾患です。静脈注射でも、血管外に漏れる量が多いと組織が壊死することもあるほどの毒薬です。
大量化学療法を使った自家移植で、私の前にそれを終えた人と、私の後に追えた人は、その間普通に3食食べられて、テレビを見て退屈を持て余しておられたそうですが、私はナースコールを押しては「痛み止めを〜」と連日もだえていました。モルヒネまで使って半分眠らせられれば痛みは感じませんが、それをすると医療者に様子が伝わらず、突然さよならしてしまう危険があります。もう打つ手がない場合はそうしてもらえますが、回復可能な治療中の状態では、強すぎる痛み止めは使ってもらえない場合もあるようです。
※ 昨日書き忘れていたので、クリニシアンからの引用追記です。
「濾胞構造を保つ部分が75%以上のものを濾胞性、25〜75%を濾胞性とびまん性の混在、25%未満は部分的濾胞性と表現する。腫瘍細胞中の中心芽球(大型細胞)の存在頻度に応じてgrade
1, 2,3A, 3Bに分けられる。すなわち、grade 1は強拡大視野当たり5個以下、grade 2は6〜15個、grade 3は16個以上で中型細胞の混在があれば3A、なければ3Bとされる。Grade
3BはDLBCLと似た臨床経過をとる。」
今日も、楽しい話しがない。
休酒継続で、最悪期よりも歯茎はまし。
お金がない我が家でも、昼間もテレビの予備電源が入っています。
それをコンセントから抜いているご家庭がどれだけあるか。
別にコンセントから抜かなくても、テレビに主電源のスイッチが付いています。
エアコンもコンセントから抜いて、というよりも、
家を出るときは、配電盤で冷蔵庫以外のブレーカーを落とすのがいいか。
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2012年5月26日(土) 20:37 「濾胞性」リンパ腫」の意味
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今日も、高気圧が頭の上にあるはずなのに曇り空です。
衛星写真で雲がないのに曇り空です。
なんだかねぇ、
そして今日は、「グループ・ネクサス第27回リンパ腫セミナー(大阪)」の日です。
スタッフや患者の皆様、ごくろうさまです。
参加された人が講演をお聞きになって、その不安が和らぎ納得されますように。
頭の写真ですが、左半分が夕刻に撮ったもので、右半分が今日の午前中に撮ったものです。毎日忙しいですね。月見草も夜だけ咲きましたね。綺麗だと思って持って帰ったら、昼間は見られなかったなんて、どちらが本物ですかと聞かれても、両方が本物ですよと答えるしかありません。
山の中にも綺麗な野花が咲いています。
花が色鮮やかで綺麗なのは、種の保存のためにミツバチなどを引き寄せて、受粉するのが目的だといわれます。ということは、ミツバチは、人と同じように「綺麗」という概念で花の容姿についてランク訳が出来るということか。もちろんそれ以外に音や匂いも識別できるでしょう。しかし、ミツバチが「あのAの花とBの花を比べたら、Bの方が綺麗だ」と考えているなんて、驚きですね。強い匂いを放す花の匂いを集めて、それをたっぷりふたつの花にかけて、ふたつの花を同じ匂いにして、閉じられた広い部屋の端にその花を並べて、反対側でミツバチを放す。それを何度も実験したら、本当かどうかわかるかもしれません。それが本当なら、綺麗な花の方が、より子孫を受け継いで生き延びるということになります。でもねえ、2種類の花を前にして、「この花の方が綺麗だ」と感じる結果が、ミツバチと同じだなんて、夢もロマンもありませんね。
クリアチニンのリンパ腫特集は、ここをクリックです。
そこの疾患各論に「濾胞性リンパ腫」があるのですが(62ページ)、そこで濾胞性リンパ腫について以下が書かれています。
「正常リンパ節には、小リンパ球のみで構成される一次濾胞と、抗原刺激に反応して形成され、杯中心を持つ二次濾胞が存在する。FL(フォリキュラーリンフォーマ:濾胞性リンパ腫)は、少なくとも一部で独立した濾胞様結節を形成する胚中心構成B細胞由来のリンパ腫である。」
これがなんのことだかわからないのです。
いつもそういう文章が出てきて、私の理解力を遥かにオーバーするので
私は、今も「濾胞性リンパ腫」の意味を知りません。もちろん瀰漫性リンパ腫もマントル細胞リンパ腫の意味も知りません。なんとなく知っているのは、私が濾胞性リンパ腫で、濾胞性リンパ腫の場合は大体どんな治療法が一般的で、予後はどういう経過を辿るかということです。
私は医療者ではありませんし、理解力の限界なのでそれ以上知ろうとしたことはありませんでしたが、「知ろうとしたことがなかった。」のではなくて、「知りたいと思って調べかけたが、理解力の限界を超えていたので、分からないからそれ以上は調べなかった。」というのが現実です。ですから、意味はわからなくてもある程度の想像は出来ます。
ここでちょっとコーヒータイム。
諏訪病院の鎌田先生のブログは、ここをクリックです。
その、「目が見えないのに空を飛ぶ 2」は、ここをクリックです。
頭の画像が変わりましたね。
鎌田先生も骨折されて、回復期にあるものの、まだ松葉杖と車椅子です。
飛行機の操縦をされているのは目の不自由な人です。
もちろん、ハワイ旅行のオプションである飛行機操縦体験ツアーですから、主要な操縦はプロの操縦士です。
目が見えなくても、飛行機を操縦したいし、馬にも乗りたい。
その夢を実現されたのです。
私も、
「何か、楽しいことを始めましょうか。」
実は私、それと逆の事を考えてたりして、
別に爆破も銀行強盗も出来ないけど、半年あまり地下にもぐろうかなんて考えてたり、でも、ここは日記を書く回数は落としても、ねちゃねちゃと最低でもあと半年は続けるつもりですけどね。急な変化は再発に飛び火するのが恐いからです。
で、久しぶりに少し調べてみました。
先ほど書いた、
「正常リンパ節には、小リンパ球のみで構成される一次濾胞と、抗原刺激に反応して形成され、杯中心を持つ二次濾胞が存在する。FLは、少なくとも一部で独立した濾胞様結節を形成する胚中心構成B細胞由来のリンパ腫である」
についてです。
「濾胞」という意味を国語辞典で調べてみると、
濾胞
体組織、特に内分泌腺の組織で、多数の細胞からなる完全に閉じた袋状の構造物。中に分泌物がたまる。卵巣や甲状腺・脳下垂体中葉にみられる。
瀰漫
一面に広がり満ちること。はびこること。「不穏な空気が―する」
播種
作物の種をまくこと。種まき。「秋野菜を―する」
と書かれています。
腫瘍の多くは、正常細胞との境界がはっきりしていますから「濾胞」的なんでしょうね。今はありませんが、若いときににきびをつぶしたら、ぽこんと綺麗に皮膚の中から外に出てきましたが、ああいうのも「濾胞」なのでしょう。
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上の画像はリンパ節の顕微鏡写真です。
濾胞
マントル
変緑帯
を赤丸で囲みました。
どこかで聞いた名前だとお思いになりませんか?
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リンパ節の機能を簡略化したイラストです。
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これもリンパ節のイラストですが、一次濾胞と二次濾胞も書かれています。
しかし、このリンパ球工場は神業ですね。
動物の神秘というか、ips細胞から人に育つことも含めて、すべてが神技、神秘の世界としかいいようがありません。
リンパ濾胞の中央が胚中心(Germinal Center)によって構成されています。その外側の小さな細胞からなる黒っぽい部分を、暗殻(マントル層)といいます。そしてその外側に、胚中心と暗殻の中間くらいの大きさの細胞が広がっていますが、これを辺緑帯と呼びます(図表8)。
がん細胞が、リンパ節にあるB細胞のリンパ球を元にして、胚中心細胞(濾胞部分)に分化してできるのが濾胞性リンパ腫、暗殻細胞に分化してできるのがマントル細胞リンパ腫、そして辺緑帯B細胞に分化してできるのがMALT型リンパ腫です。
免疫系細胞は、常に姿を変えることで機能を恒常的に維持しています。例えばリンパ球は、血液細胞の1つです。血液細胞は、骨髄の幹細胞(Stem Cell)から再生され続けます。骨髄から生まれ出たリンパ球の、例えば幼若なB細胞は、最初にこの暗殻の部分に入ります。そこでさまざまな抗原刺激を受け、胚中心を形成します。この際、この抗原に対してより反応性を高めるために、DNAを切ったり張りつけたりして抗体の多様性をつくります。ただしこのような激しいことをすれば、1〜10%の細胞はうまくいきますが、90〜99%の細胞は死んでしまいます。生き残ったものは、DNAを並べ替えることができて記憶細胞となり、辺縁帯を形成するといわれます。
リンパ節は皮質と髄質から構成されており、リンパ節の外周は皮膜で覆われています。皮質の辺縁部には濾胞 follicleがあり、これは主にB細胞で構成されています。抗原刺激をうけていないものを一次濾胞、抗原刺激を受けたものを二次濾胞といいます。二次濾胞には胚中心
germinal centerが形成されています。
皮質の深部には、高内皮性小静脈 (high endothelial cell; HEV)が豊富に存在します。その周囲には成熟T細胞が密に存在する胸腺依存性領域がみられます。また、皮膜からHEVへは導管様の構造(FRC
coonduit)が存在し、輸入リンパ管経由のケモカインを含む液性因子はHEV周囲に選択的に運び込まれます。
髄質では、マクロファージやプラズマ細胞が随索という索状の構造に多数付着しています。
一次反応巣で増殖したT, B細胞の一部は一次濾胞へ移動し、そこで増殖を続け、やがて胚中心germinal centerを形成します。このとき免疫応答に参加しない静止B細胞は増殖B細胞の周辺に押し出されます。
どうやら、濾胞性リンパ腫は、リンパ節の濾胞領域にあるB細胞リンパ球ががん化して増殖したもののようです。
濾胞性リンパ腫とマントル細胞リンパ腫ですが、物理的には数ミリメートルも離れていないところにできることを原因としたがんでありながら、代表的な遺伝子転座の内容が違い、CD5やCD10の発現内容も違うのです。
リンパ節は、卵形(または腎臓形)をした1-25mmの大きさの被膜に包まれた小体で周囲から多くのリンパ管が入り、一部の凹んだリンパ門からリンパ管が出る構造をしており、リンパ節の総数は、全身で800個といわれています。
国立がんセンターのがん情報サービスに書かれている濾胞性リンパ腫についての記述は皆さん読まれたことがあるでしょう。それは、ここをクリックです。
文中に、【分類と特徴についてさらに詳しく】と書かれたところをクリックすることで、更に詳細が出てきます。
そこは読んでいたのですが、読みこぼしがありました。
それは、「悪性リンパ腫の病理組織像」です。
その詳細は、ここをクリックです。
病理の組織像までは患者に必要ないと思うのですが、発病に起因することが書かれてありますから、一度は目を通されたらいいと思います。
同様の意味で、「悪性リンパ腫の診断と治療」についてもお勧めします。
詳細は、ここをクリックです。
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2012年5月25日(金) 19:24 リツキサン単剤投与での副作用
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リツキサンの単剤治療(維持療法も含めて)を受けられた人で、
「濾胞性リンパ腫の井戸端会議」のパスワードをお伝えしている人へ、
お感じになった副作用がありましたら、投稿していただけないでしょうか。
お願いします。
私も長い文章を書きましたので、
明らかにおかしいなと気付かれるところがあればご指摘下さい。
R−CHOPやR−FCなど、リツキサンを含む多剤併用療法の治療を受けたとき、骨髄抑制を中心に薬の副作用がでますが、どの副作用がリツキサンの副作用で、どれがCHOPの副作用なのかわかりません。もちろん、リツキサンの投与で髪の毛は抜けないとされていますから、髪が抜けるのはCHOP(実際はほとんどの場合がCHOPで使われるアドリアシン)だということは一般にいわれているので分かるのですが、リツキサン単剤での副作用は、それを受けた人にしかわからないでしょう。
昨日、お隣さんの玄関先に咲いている花があまりにも鮮やかだったので写真を撮りにいったら花を閉じていました。何時になったら閉じるのかわかりませんが、午前中なら花を開いているようです。鮮やかな色も、曇り空ではもうひとつでしょう。今日、撮りに行くのを忘れていましたが、曇っていましたから良しとしましょう。
みのもんたさんの奥様が皮膚がんで亡くなられました。
去年の7月に、中々治らないので皮膚病かと思ってご夫婦で病院に行かれたら、骨にも転移している皮膚がんで末期といわれたとみのさんが話されていました。
皮膚がんでも、おかしいなと思って病院にいったら末期だなんて、そういうこともあるんですね。今月の連休明けにはご夫婦でニューヨークに行かれるなど、強い痛みもなく過ごされたのが何よりです。
お金はあったのに、みのさんのスケジュールに合わせておられたから、病院に行きにくかったんでしょうか。
(訂正追記:3,4年前に皮膚がんの告知を受けておられたそうです。
じゃあ、手術後2年半の私もまだまだ要注意ですね。)
皮膚がんといっても、皮膚にできるリンパ腫もありますし、複数の種類があります。私がなった皮膚前駆がんであるボーエン病は、発症部位からの再発がまだありませんから手術が成功したと思います。
やはり、運が良かったんですね。
発症したことは運が悪かったのですが、
昨日、それを知って、一瞬背筋に冷たいものが走りました。
人生、紙一重ですね。
リツキサンには、リツキサンが直接腫瘍に働きかける他、「化学療法の力を強める効果」も指摘されています。
しかし、それを確認する(その証拠を得る)のは大変な作業でしょう。
どうしたらいいのでしょう。
リツキサンが単剤では効果がないのに、多剤併用なら効果を強めるのです。
まず、リツキサンの単剤投与で効果が得られなかった濾胞性リンパ腫の患者さんを200人集めます。その人たちを100人100人の2組に分けて、R−BとBだけの治療グループに分けます。それで予後を追いかけるのですが、リツキサンの単剤投与で効果のなかった人を200人集めるなんて大変です。それも、自主的に試験の内容に同意してもらわないといけないのです。
今の日本では、難しいでしょうね。
根拠はありません。
なんとなくそう思うだけです。
でも、それをしないと証拠は得られないはずです。
私は無償なら受けますけどね。
有償なら、やはりR−Bを選びます。
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2012年5月24日(木) 18:33 ビールの季節にうまい飲み方
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今日も曇り空です。
梅雨まじかの気圧配置になっていて、単純に、西からの高気圧が順次東に流れていくという形になっていません。よって、先日の天気予報は全滅ですが、他地方の様子は知りませ
このページのトップに、花の写真はあまり使っていないのですが、今日、近所に紫陽花のつぼみを撮りに行って、その途中でサボテンの花を見つけたのです。今日は、その写真を使ってみました。
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お宅で、フローズンビールはいかがでしょうか?
冷やしたコップに冷やしたビールを入れて、その前にビールで作っておいたクリーム状の氷泡をスプーンで乗せて飲むのです。
そんなビールを出してくれる飲食店も増えているとかで、
その氷泡(フローズン)を作る機械が、キリン一番絞り(レギュラー缶)を96本買えば、それについているシールを応募して必ずもらえます。
詳しくは、ここをクリックです。
(私は、キリンの回し者ではありませんし、家族や親戚にキリンの社員もいません。)
もう少し暑くなればビールの季節ですね。
もっとも、1年中ビールの季節だという人もおられますが、
上のリンク先に、もらえる機械の分解図まで載っていますから、それを手作りできないだろうかと思っています。シールを96枚集めるには、ビール代だけで2万円あまりしますからね。
また歯茎が痛んできたので、私は今休酒中です。
暑い夏には、熱いお茶が体には一番なのですが、冷たい飲み物の誘惑にまけてしまいます。それでも最近は気をつけて、冷たいものの変わりに夏も常温のお茶を飲むようにしています。
でも、フローズン生
憧れます。
たまにはいいでしょう。
飲んでみたい。
くどいようですが、アメリカの入院病棟では、夕食にカップワインかレギュラー缶サイズのビールを頼めます。ばかばか飲むのはだめですよ。少量のアルコールは食欲を増進しますから、認められているのです。
この前もらった「漢方薬入り歯磨き粉」は、歯茎を引き締めて、炎症を防止するのに効いたと思うのですが、無くなってしまいました。
2種類もらって、今使っているのはふたつめなのですが、これは効きそうにありません。
サンスター製でしたが、ドラッグストアで同じものを探さないと。
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2012年5月23日(水) 18:36 恋煩いにつける薬
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確か、今年最後の五月晴れが続くと書いたような、なのに今日は一日曇り空でした。で、ネットで天気図を見てみると、次に来るはずだった高気圧が押し戻されて困っている感じです。明日は晴れるかのか、それともぐずつくのか、晴れたほうが気分はいい。
ふと思って、前のお宅の紫陽花の花定点観測所にいってみる。枝先の葉の中には、まだ何も見えません。お見せしている紫陽花は、種類が違うんでしょうね。
嫁さんが大事にしていたバラは枯れる寸前で、ほとんど葉もなくて花もありません。そこから2mほど離れたところにあるバラは、たくさん花をつけています。同じ木からとった挿し木で始まったと思うのですが、何が違うんでしょうね。
鉢植えの小さなバラを、天気のいい日にカメラで撮って、今度お見せしましょう。可愛い子です。お隣さんの家も、黄色い花が綺麗に咲きました。今が見頃ですが、カメラ撮りの時機を逸しそうです。
恋煩いですか、
昔から、「恋煩いにつける薬はない。」といいますよね。
今でもそんな人がおられるのか知りませんが、恋煩いで伏せってしまう人が現実におられるようです。ただの恋煩いです。私は、中学生のころに恋煩いで胸が痛くなるのを知りましたが、布団に伏せるほどではありませんでした。
でも、恋煩いにつける薬があるようです。
実際に、そのふたりを結び付けるとか、その逆に、どうしようもない人だという現実をわからせるというのではなくて、本当の薬です。
がん患者の多くが、鬱病の入り口に来るといわれています。実際に、心療内科を受診されている患者さんもたくさんおられます。がんは、告知を受けたときだけでなくて、いろんな段階がありますからね。必死になって、自分を見失うまいとしていても、時として崩れてしまうこともあります。精神安定剤ですか、それを漢方薬で処方される診療内科医はおられるのでしょうか。
恋煩いにつける漢方薬を書かれているのは、ここをクリックです。
そこから、少し引用させていただきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
気鬱によるドキドキ
思いが募って、ふさぎがちになった場合には、おなかが張っていれば香蘇散(こうそさん)か四逆散(しぎゃくさん)、喉に何か詰まった感じがすれば半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が良いかもしれません。
疲れによるドキドキ
思いすぎて、疲れてしまったら、気血を補う補剤、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)がよさそうです。眠れなければ、帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)なども良いかもしれません。
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「十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)」などは、ここに来ていただく人の中にも、処方されたことのある人がおられるかもしれませんね。
「精神安定剤」と聞けば何か病的な感じがしますが、「漢方を使ってるの。」といえば、何か柔らかい感じがしますね。でも、漢方も薬です。漢方に習熟した医師や、熟知された漢方医の処方を受けないと、素人療法は危険でしょう。
漢方で恋煩いが治まるかどうか、私は使ったことがないのでわかりませんし、保障するものではありません。これもねえ、信頼できる医師を見つけるまでが大変そうですね。
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2012年5月22日(火) 20:15 私を助けれくれるのは誰か
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先日登った大江山から撮った写真です。
東を向いて撮ったと思うのですが、定かではありません。
東を向いて撮ったのなら、南北に連なった山並みです。
日本アルプスなど、南北に連なっている山が多いのでしょうか。
田舎を走っていて、ふと、もうひとつ隣の谷を走ってみたいと思うことがあります。
昨年は、そういう谷を走って、ほたるの写真を撮りました。
明日から3レンチャンで、日本中晴れるようです。
5月最後の晴れ間だとかで、それが終われば梅雨の走りになります。
今日は、私の車の目の前車検を受けて来ました。
セットの最低整備時間が50分で、提示された2式の追加整備セットのうちひとつだけ選んで追加しました。
地方では家族みんなに車は必需品です。車がないと病院にもいけません。車がなければ、リンパ腫の治療を受けるにも、血液の専門医がいようがいまいが「一番近くにある病院」しかいけません。私だって、もう少し年をとったらそうなるんでしょうね。年をとらなくても、もっと経済的に厳しくなったら、新聞や携帯などを順番に切り詰めていって、車も家に1台になるでしょう。
『子曰く、吾れ
十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、
矩を踰えず。』
(↑ ネットからの借用です。)
20代で、それなりに楽しみ、或いはお金をためる。アメリカでは、その時代に学びたいもの(進路)を見つけて大学に入りなおす人もいる。
30代で、家庭の責任もあり仕事にある程度深入りし、
40代で子供を育てて
50代で子供達が社会に出る。
ようやく子供達が自立して、
50代で老後の資金を貯める。
それが何とかなった人達は、人よりも少し早い50代半ばから、本来したいと思っていたことに、ようやく手をつける。それが一定の収入も見込めることなら、人生の再出発となるし、収入が見込めなくても、そうしたい気持ちが強ければ、新しい道に旅立つ。
もちろん、世の中にはたくさんの人がおられるのですから、親からある程度の資産を譲られる人もおられたり、早くして起業される人もおられるでしょうが、大半の人達は給与所得者でしょう。40代でリヤイヤして悠々自適の暮らしをする経済的なゆとりはないでしょう。どこかに行きたいと思えばガソリン代か電車賃、昼食や夕食も必要です。田舎に廃屋を見つけてセカンドハウスに購入しても、苗を買ったり肥料を買うお金が必要です。収入か、相当の蓄えがないと何もできないでしょう。
私がリンパ腫の告知を受けたときは、上の子が中学3年で下の子は小学校の6年でした。下の子は、夜中に妻の布団にもぐりこんでいました。
「いくら頑張っても、できないことはできない。やれるところまでやるしかない。」なんて割り切った考えは出来ず、なんとしてでもとしか思えませんでした。
それからも、二人の子が大阪の学校にいって、私たち夫婦もなんとかかんとか踏ん張って、今は子供達も社会人になっています。よくやってきたもんだと思います。
まだ下の子が大阪の学校に行っているときに、「やれることしかやれない。」と思えるようになったのです。
そういう方向に、回りが全て流れていったというか、子供が社会人になる目処がついたのも事実ですが、何もかもがそういう方向に変わって行ったとしかいいようがないですね。そのときも思っていたのですが、それは不思議なほどでした。
車で2時間半かけて病院にいって、外来でCHOPの治療を受けて、また車を運転して帰り、そのまま会社に入って、夜中の11時から1時に会社の鍵を閉めて帰っていたのです。
それが出来たというのも不思議です。それができるような体調が最低限あったのですからね。中には、同じ病気なのに生命の継続すらかなわなかった人もたくさんおられるのです。やはり、運が良かったのでしょうか。じゃあ、運がいいのに何故リンパ腫になったのか。答えのない問題は東大を出た人にも解けないでしょう。
子供達の社会に出る時期が近づいてきて、ようやく老後のお金を貯めながら、あれもしたいしこれもしたいとか、あれもできるしこれもできるという中で会社勤めの現役を退かれる人も多いのでしょう。
それができなかった私ですから、十分な蓄えがあるはずがありません。
リンパ腫になった私がいうのは変ですが、それでも何かに守られているって思うんですよね。それが当っているかどうかは神様しかご存知ないのですが、当っているなら天命なのかもしれません。
さて、そろそろ楽しいことを、始めてみましょうか。
楽しいと感じるかどうかは、始めてみないとわかりません。
あれをああすると、もっと始めやすいのですが、
私はああできないというか、ああする気にならないのです。
それができれば、スタートダッシュもしやすいでしょう。
この行の下に以下を書いていますけどね。
ファイトォオ− 
別に、「ファイトォ」などという長い言葉でなくて、「おしっ」でも、「いしっ」でも「よぉしぃっ」でもいいんです。営業でお客様のところにいって、ドアを開ける前に、自分でそういう短い言葉を発して気合を入れるんです。営業技術のひとつで、ぺップトークというらしいです。
下を向いて、嫌だ嫌だと思いながらお客様に始めた商談なんて、成功するはずがありませんからね。時には自分で自分に気合を入れないと、誰も入れてくれません。
私を一番愛してくれているのは誰か、
私を一番大事にしてくれているのは誰か、
私を一番心配してくれているのは誰か、
それは、自分自身であるべきでしょう。
私が、私を助けてやらないと、誰が助けてくれるっていうんですか。
と、たまにはきつい言葉も出してみる。
それでも気合が入らなければ、
とりあえず、30分ほど歩いてくる。
一昨夜、携帯の万歩計を始めて動かしました。
今から、ちょっと歩いてきます。
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2012年5月21日(月) 17:45 金環日食狂騒曲とこりこり感
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今日しかないのに、何故か頭の写真は金環日食ではありません。
で、
寝ていました。
あちゃ〜
今日がその日だなんて、昨夜は全く知らなくて、たぶん夜のニュースでもそのことを見逃すというか、聞き逃したのでしょう。
まっ、いいか。
次は300年後もありますから。
今日の朝、夢うつつの中で何か携帯が鳴っているような気がしたのですが、夢か、と思ってすぐに寝てしまい、目が覚めて起きたのは9時前でした。
顔を洗ってここに戻ってくると、携帯がチカチカしています。
息子嫁さんからのメールでした。
「金環食が始まりますよ。」メールでした。
嫁さんは、今日に限って寝過ごして、いつも起きるよりも遅い時間にきた息子嫁さんからの金環食が始まりますよメールで目が覚めて、遅刻してしまうと、私を起こすこともなく、あわてて会社にいったそうです。
まあ、私は500円の専用めがねも買っていなかったし、今回の天岩戸は自然に開きますからね。それほどの悔しさというか、心残りはありません。
でも、朝は晴れていたんですよね。
1行日記は難しい。
「こりこり感」という、一部の患者達で使われている言葉があります。
脇の下や、足の付け根に玉子大の大きなしこりが出来たら、手で触らずとも肉体的な違和感を感じるでしょう。
そうじゃなくて、そこに5mmか1cmほどのしこりが出来ても「こりこりした感じ」的な違和感を感じることがあるのです。痛みはありませんし、異物が出来たために、皮膚が引っ張られる感覚とも違います。それはやはり、それを感じた人にしかわからない「こりこり感」です。
今でも、2ヶ月に一度ぐらいそれを感じることがあって、そのままだったり、恐々触ったりすることがあります。触るといっても恐いですから、そのこりこり感を感じた局所だけです。今日も左脇の下にそれを感じたのですが、まだ触っていません。今回は触らないままのような、そんな気がします。
肝炎ウィルスを持っている人がB細胞のリンパ腫になると、リツキサンの投与が心配されます。リツキサンの投与を受けると免疫を司るB細胞がほぼ体内から無くなりますから、肝炎ウィルスが憎悪することは単純に理解できます。C型肝炎ウィルスをお持ちの患者さんが、それをいわずに苦しまれていて、それを知らない患者が、「まずはリツキサンでしょう。」と場違いなことをいうかもしれません。
免疫不全といわれるリューマチでは、逆にその治療にリツキサンが有効とされていたりしますから、リツキサンのツ代に問題はないでしょう。しかし、成人病のほかにもいろんな病気がありますし、その上にリンパ腫を発病された人もたくさんおられるでしょう。抗がん剤は、リツキサンに限らず肝臓や腎臓に負担を与えたり、免疫抑制を伴うからです。長期にわたる治療では、プレドニンを外すことが考えられる患者さんがおられるかもしれません。
やはり、化学療法の効果は患者にとって千差万別であると同時に、化学療法を受ける患者の状態も千差万別ですからね。
治験は、薬の有効性を統計的に判断されるのであって、あなたがそれを使われことには、もうひとつのハードルがあるのでしょう。
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2012年5月20日(日) 21:04 不安の標準化は難しい
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私じゃありませんよ。
あれは私ではありません。
そうならないことが、今も私は不思議なのですが、
私の知らない事情が何かおありなのでしょう。
おそらくは、そこに触れることがタブーになっているんでしょうね。
でもね、人工衛星から見てみたら、やはりおかしいと思います。
「錦の御旗」というのは必要で、それが会社なら社訓であり社是になります。
会社はもちろん営利企業ですが、どこかに、みんなが繋がるものを持っていないとばらばらになり、V字回復などが厳しくなります。
といっても、よう知らんけど。
今日は朝から麻雀でした。
9時半から17時過までです。
最後に、1000点差でトップを取れなかったり、一度箱になったりして今日は負けです。でも、この前勝ったときよりも今日の負けの方が少なかったけど。
一度ミスをすると、幸運の女神が悲しそうな顔をして去ってしまいます。
もともとたいしたことがない集中力が、今はもっと散漫になっていますからね。本のページ読みが出来る人は麻雀も強いかもしれませんね。違うかもしれませんが、そんな気がします。
昨日は、この病気になってから私が体験した「不安」の内容について書きました。
私がその時に、30歳なのか70歳なのかによっても書き出した状態での「不安」の強さは変わるでしょう。
初回治療を受けずに経過観察をしている人の不安が、再発治療で思ったほど効果がなかった人よりも「不安」が少ないはずだと決め付けるのも違うかもしれません。
10円はげという言葉があります。
営業の仕事をしていると、何もかもがうまくいくということはありません。時には人間性を否定されかねない攻撃を受けることもあるでしょう。それほどのことがあっても、10円はげは出来にくいのです。なのに、その人に家族の問題が起きた途端に10円はげが出来ることがあります。
ですから、昨日書いた1番から13番の状態でも、「何番に比べると何番の方が楽だった。」ということをそれぞれの人がいえても、それが他の人にも当てはまるかというとそうではないでしょう。人それぞれで違うと思います。
それを忘れて、いい調子で対応していると、ガツンとやられるかもしれません。
濾胞性リンパ腫で、既存のいくつかある治療法を使った場合の多くでは、初回治療後に得られた無憎悪期間を、再発時に寛解に持ち込めた場合の無憎悪期間が下回ります。短くなるのが普通です。
でも、私の場合は逆でした。
今は新しいいい薬が出来ていますからね。
今後もどんどん逆になって欲しいものです。
自家移植を含む大量化学療法まで初回治療で進んだのに、私は、そのあとの無憎悪期間が一番短かったのです。
昨夜、私がいただいたあるメールを探していたのですが、見つかりません。
そうしているうちに、2006年にいただいたメールに気がつきました。
なんと、PETで事前に静脈注射されるFDGの調合をされている人からでした。
その人は、私をご存知なのではなくて、偶然私が書いているこの「リンパ腫の患者が開いているホームページ」を見つけて読まれたようです。
その人は、私が受けたPETの病院に勤めておられて、私が静脈注射したFDGの配合をされた人だったのです。私はここで、個別の病院名がわからないように書いています。そのことには、昔以上に気をつけています。
その人は、「私が配合したFDGが、うまく患者さんのしこりに集積して、問題のあるヵ所を的確に表示してくれますようにと、祈りながら配合をしています。」と書かれていました。
医療者のほとんどは、患者の病気を治したい、もしくはその手助けをしたいという気持ちから医療者になられたのでしょう。
医療者の皆様の、ちょっとした心遣いに気がついたとき、その医療者に、遠慮なく声を出して、直接「ありがとう。」といいたいものです。
私には、その一言がいえなかった人がたくさんおられます。
あと10日間は、諸般の事情で私の軟弱な心は不安定です。
6月には入ればけりがついて回復できるでしょう。
それまでは、なんとか大事にならないように持ちこたえねば。
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2012年5月19日(土) 20:49 私が不安だった日々
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結構大きくなった紫陽花のつぼみを撮ってこようと思っていたのに忘れました。我が家から150mほどのところです。
よって、今日も撮り沖のバラは、ビロードのはなびらです。
なんとなく、触れてみたいと思われませんか?
バラの花びら → ビロード → ビロードの歌声 テレサテン
と、一瞬で、頭の中をそんな風景が流れます。
CLL(慢性リンパ性白血病)の記事なんですが、
「逆に、発熱・盗汗・体重減少などの自覚症状や急速で持続的なリンパ節腫大の増悪、骨髄不全(貧血や血小板減少の進行)の出現などは、Richter症候群と呼ばれるびまん性大細胞型B細胞リンパ腫への進展の際に見られ、」
と書かれています。
その詳細は、ここをクリックの73ページです。
そこで書かれているのはCLLから瀰漫性への転化ですが、濾胞性リンパ腫でも瀰漫性に転化することがあるのは知られています。その転化について記述されている文書の多くでは「繰り返し治療を受けている間に瀰漫性に転化することがある。」というように書かれている場合が多いのですが、手で触れる体表面近くのリンパ節近くから始まったリンパ腫なら早い時期に自分で見つけることが出来ますが、初発が胸やお腹の中で始まった場合は、いつからリンパ腫が始まったのかわかりません。長く無治療で経過観察していた場合に「転化」が起きるかどうかが書かれた文章を目にしたことがないのです。まして、瀰漫性と濾胞性のリンパ腫は、ホジキンなど少し異質のものと違い、どちらかというと、両者とも連続した線上にあるように思うのです。その場合は、無治療でも転化が起こることで上記の症状が出る可能性もあるのではないかとただの医療素人の一患者が思うのです。
ただし、濾胞性の患者さんに上記の症状が出て、それでCLLを疑うというのは飛躍しすぎではないでしょうか。リンパ腫患者に白血病やMDSが起きるのは、二次発がんです。二次発がんとは、化学療法を受けた患者が、その化学療法によって二次的に発がんすることで、早い場合は化学療法を受けてから2ヶ月や3ヵ月後、遅い場合は十数年後に発病するということもあるようです。もちろん、化学療法による治療を受けなければ、リンパ腫で生命の継続が難しいのですから、リンパ腫の治療を受けるのが先でしょう。
「不安」というのは、過去に経験したことがない出来事で、先がどうなるのかわからない、想像できない恐怖から来るものです。
リンパ腫を患って、いろんな場面で「不安」が襲ってくることがあります。
01.しこりを見つけたとき
02.リンパ腫の告知を受けたとき
03.初めての化学療法を受けることが決まったとき
04.治療が終わって、再発を心配するとき
05.再発を見つけたとき
06.二次発がんの症状を感じたとき
07.治療を受けるも、「完全寛解」に至らないまま治療が打ち切られたとき
08.治療で効果がなかったとき
09.息がしにくくなったときなど肉体的な症状が出たとき
10.ダブルキャンサーを告げられたとき
11.外来治療を受けた日、激しい嘔吐が止まらず病院へ電話で指示を仰ぐと、
「すぐに救急車を呼んで、近くの総合病院にいって下さい。」といわれたとき
10.無治療時も血圧の最高値が80を超えなかったとき
11.松葉杖をついた80歳前後のおじいさんと徒競走で負けたとき
12.台所で咳き込み、そのまま2、3分間意識を失っていたとき
13.あまりにも長く寛解が続いているとき
これは病気に関してだけですから、それに仕事を初めとして経済的な問題や家庭の問題などが入り組みます。
まあねえ、長くやっているといろんな経験もします。
昭和50年代の小児がんは希望が見えかけたといわれながら、治る人はほとんどいなかったようです。それから30余年経って、今は小児がんの70%あまりが完治するようになったといわれています。早い時期に、リンパ腫もそうなって欲しいものです。
完治するのは難しくても、高血圧や糖尿のように、寿命までコントロール可能な病気としてです。
あなたは、1食抜くとお腹が減りますか。
その後で食べる食事はおいしいですか。
本当に体力が低下し、病気が進んだときは、食欲がないどころか、食べても喉を通りません。食欲は、最低限の健康や体力を保障している欲望です。
ただし、CHOP治療を受けてしばらくは別です。
CHOPを受け終わって2年経つリンパ腫患者が、町中で偶然主治医と遭遇し、止めるまもなく嘔吐したという実話があるのです。
食欲が落ちるので、いくらあなたが主治医を大切に思っていても、写真は持ち歩かれない方がいいでしょう。
今日、探し物をしていて見つからず、久しぶりにネットから150枚プリントしました。お酒と同じで、インクを買うお金がなくても、インクがあるうちはセーブできません。
そういえば、ある定期貯金をしたときに、漢方入りの歯磨き粉をいただきました。今もぐらついている歯があるのですが、それを使い始めてからは、歯茎がしっかりしてきたような気がする。なお、定期預金は右から左への移動で、新規ではありません。
※ 注意
私は、あなたに健康食品としての漢方をお勧めしているものではありません。
中国4000年の歴史をリンパ腫に役に立てたいと思われるなら、
4000歳の中国仙人を探しましょう。
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2012年5月18日(金) 24:32 下痢と便秘
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誰に送るというものではありませんが、バラの季節ですね。
ビロードのような写真写りがなんともいえない魅力です。
今日の午前中は曇っていたと思うのですが、記憶はあいまいです。
でも、午後は黄砂もなく遠くまで透き通った青空が広がりました。
下痢と便秘の繰り返しですね。
今日は夕方から下痢でした。
4どでしょうか、トイレにいったのは。
落ちつきましたから、もうだいじょうぶでしょう。
顔面の痙攣がひどかったので、運動不足じゃないとは思いながら、昨夜早足で30分あまり歩いて来ました。
今夜も歩こうと思ってたら下痢ですからね。病気をしてからは、そういうタイミングが多いんです。でも、国道沿いですが人通りのない広い歩道の夜道ですからね。タイミングが悪ければ恐い人に会うかもしれないし、今日はそういう日だったのでしょうなんて、根拠のない仮説を立てて無理やり納得させましょう。
なにもかもいい方向に進めば逆に恐くなります。
持病が落ち着いているのですから、他はある程度うまくいかないほうが安心という気持ちがあるのも事実です。
そんなこんなで、
おやすみなさい。です。
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2012年5月17日(木) 19:22 左顔面の痙攣
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一昨日、この机の上にアリンコがいるのを見つけました。
私の左の窓枠の下の張り紙の合わせ目に隙間が出来ているのです。
そこからアリンコが出没しているのを昨年見つけて、セロテープで塞いだのですが、そこが少し浮き上がっていました。たぶん、そこから入ったのでしょう。
といっても、ここは2階です。
アリンコの知恵や記憶力もたいしたものです。
明日はガムテープを張ろう。
ガムテープは、どこかにあったはずです。
昨日、大事件がおきました。
私の病気には関係ありません。
家族の生命に影響を与える問題ではありません。
その大事件を妻は知っていません。
でも、大事件です。
その大事件が起きたとき、私は冷や汗が出ましたが、妻はそれを知りません。
残念ですが、それをここには書けません。
それで、ふと思うのです。
ここが完全バーチャルな世界、実際の私を知っている人がひとりもいない状態なら、私はそれをここに書くだろうか、書けるだろうかです。
わかりません。
そんな条件下なら書きたいという気持ちと、それでも書けないだろうという気持ちの両方が今もあるのです。
病気のことは隠さずに書くと決めていますから迷いはありません。
ただ書くだけです。
呑気なことを、とお思いでしょうね。
はい、呑気です。
実は私、この1週間ほどでしょうか、筋肉痛が出るほど左顔面の痙攣が続いています。その対象診療科は神経内科のようです。
頭蓋骨の中、耳の奥で、血管が神経を圧迫することでそれを起こすことがあって、例の福嶋先生もその外科治療の大家なのですが、どうしたものか。
どうしたものか、
という背景には複数のものがあります。
受診するお金の問題。
素人考えで、受診しても治る確率が低いと思う問題。
化学療法の副作用と思ってきたのに、それが外れる虚脱感。
それをどうしても治したいと思う必要が低下した問題。
その前に、それを治すために試してみたいことがあるのですが、それすらやっていないという問題。
ちなみに、そのことをネットで調べたことはありません。
「命の継続に影響しないだろう」という思いがありますからね。
案外、病院にいって内服薬をもらったら治ったりしてとか、
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2012年5月16日(水) 19:57 あなたは死体を見たか
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昼過ぎに郵便局までいったのですが、その途中であじさいを見つけて、すでにつぼみが広がっていました。
桜の花が散って、はなみずきも花を落として、藤の花が終わればアジサイの季節ですね。カエルが鳴いてホタルが飛ぶのももうすぐです。
5月もすでに半ばです。
昨日、健康食品の説明会の案内電話がありました。以前健康器具の*****の説明会にいったのですが、その時に私がアンケートに住所と電話番号を書いていたので、それを見て我が家に電話されたのでしょう。
「******のお試し講習会があるのですが、ご覧になりませんか?」
「あれは、効かないと思いますから結構です。」
「******をやって、病気が治ったという人がたくさんおられるんですけどね。」
「******には効果が認められなかったという結果が調査期間から出ているので、そのホームページのアドレスをあなたにお伝えしましょうか?」
「ガチャン」
「病気が治ったという人が、たくさんおられるんですけどね。」
私に電話をかけてこられたその人は、「治った人」に出会われて話しを聞かれたんでしょうか。何人が試されたんでしょうか。その試された人たちはどんな病気で悩まれていて、がんなら再発者なのでしょうか。それぞれの人はその病気の何期だったのでしょう。そして、何人の人が治られたのでしょうか。治った人のそれぞれは、その健康法を受けられてから、どれくらい期間が過ぎたのでしょうか。
「たくさんおられます。」
「治られたんですよね」
まさに天使の誘惑、素晴らしい言葉の響きですね。
ほれぼれ、うっとりしてしまいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【天然カキの殻健康法】
秋田市から新潟市で採れる天然カキでコケのようなものがまつわりついている天然カキの殻を、殻1枚に付き真水150ccの割合で入れて、90度以上に上げないようにしながら、85度から90度の間で5時間煮ます。
少なくなった分だけ水を追加し、3時間後からは、最終的に水分が1/10になるところまで蒸発させて減らします。
それを、朝起きたときに5cc、寝る前に5ccずつ飲みます。
じわ〜っと効果が出てきますから、最低でも3ヶ月は続けてください。
※ 注意
決して煮沸しないで下さい。
煮沸すると有効成分が死んでしまいます。
「上に書いた広告をネットで見つけました。
ネットで調べると、「これで治ったさん」が集会に1000人以上来られて、会場に入りきれなかったそうです。
でも、私は嘘だと思います。
そんな健康食品があるはずありませんし信じられないのです。ここを読まれた人が、なんらかの形でそういう勧誘を受けられても、決して買われませんように。
「天然カキの殻健康法」で検索したら、秋田から新潟の間で採れた天然カキの殻が売られているようですが、私はおかしいと思うのです。
それで治ったという人は、ここにおられるでしょうか?」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
という投稿を、各がん種の患者会さんの掲示板に投稿しようと思うのですが、いかがでしょうか?
儲かると思いませんか?
我が家から車で30分ほど走れば、冬場だけ、広島産のカキを直接購入されているカキ料理店があるのです。実は、私はその店主と知り合いなのです。(←半分は嘘)
「カキの殻健康法」というホームページを先に作っておいて、ヤフーやグーグルで、1ページ目にヒットするのを事前に確認しておきます。
肺がんを誘発するとされるタバコの「伏流煙」
私は、それは今も統計的な裏づけの乏しいガセネタだと思っています。
政府がタバコによる肺がんを減らしたかった。タバコの箱に「喫煙は、健康を損なう危険性があります・」といくら書いても喫煙者は減りません。
そうしているときに、素晴らしいアイデアに気付きました。
そうなんだ、子供を犠牲にするといえば、絶対に効果が出る。
やらせ?
タバコの箱を見てください。
健康を損なう危険性についての記述が変わっています。
大阪大好きなハリウッドのアクションスターにスティーヴン・セガールがいます。
彼が主演した映画「暴走特急」ですが、暴走列車の中で犯人とセガールが戦います。セガールを列車から落とした犯人は、セガールが死んだと思います。犯人がボスにそういうとボスが聞きます。「死体は見たのか」、もちろんセガールは生きていました。
リンパ腫といっても、高悪性から低悪性まで様々ですし、中には治癒率が85%を超えているものさえあります。
「血圧が良くなった。」といっても、普段最高血圧が150前後の人が140前後まで低下したのか、180前後あった人が150前後まで下がったのかわかりません。
ある営業マンが10億の商談を進めていました。
お客さんのところにいって、そのキーマンと話していたとき、「君のところに決めたよ。」とぽつりといわれました。営業マンは、「ありがとうございます。早速帰って契約書を作ります。今日の4時にお持ちしてもよろしいでしょうか?」といい、急いで帰りました。
13時、そのキーマンにアポをとっていた競争会社の営業マンが、これまで進めていた機械から新商品に変えた提案書を持って来ました。明らかに安価で、朝ほぼOKした機械と比べても性能が勝っています。しかし、すでに約束をしています。
「実は、御社の**常務様からその新商品について今日の朝、問い合わせをいただきました。何かあなたさまから常務様に話されたでしょうか?」、「そうか・・・。」
「ありがとうございます。
すぐに帰って契約書を作りますが、前の機械でご提案をしていた金額に合わせるために、上司を説き伏せなければいけません。仮でいいので、ここにサインをいただけませんでしょうか。」といって、取り出した用紙に手書きで発注書と書き始めました。
関西電力が、大阪府や大阪市に説明する今年夏の電力不足量が、説明をするたびに変わっています。不足量が、だんだん少なくなっているのです。
くどいようですが、私たちの持病は、直接命の継続を左右する危険性の高いものです。治癒に結びつくまで、常に有効な新薬が期待されています。しかし、肺がんの分子標的薬であるイレッサのように、化学療法に精通していない医師が使うと致死的な危険性がある副作用も起こり得ます。
まず、100人以上の患者に使われて、既成の薬よりも高い効果が証明されて、その試験をした医療集団と一切の利害関係のない医療集団が同様の処方で試験を行い、同じような結果が出ることが確認されてから世界中の血液内科医に広がっていくのです。
ただし、リツキサンと同じ使い方が考えられる薬で、明らかにリツキサンで得られる効果より劣っていても、リツキサンが効かなかった患者の半数に多大な効果が得られる薬なら、そういう使い方に限定された上で広がっていくでしょう。
「あなたは死体を見たのか?」
効果があると宣伝されている健康食品の多くでは、多くの場合において、誰もその死体を確認されていないのです。
といっても、私は健康食品の一切を否定するものでは有りません。
私が健康食品を使ってきた中で、突然「34番目で終わる。」という啓示があったのです。いつだったかまでは覚えていませんが、10数種類使ったころ、そのことをこの日記に書いたこともあります。
そして、おそらくは、今が32種類目か33種類目、34種類目を終えたころでしょう。
コーヒーを1日1杯は今もやっていますし、そのひとつです。
緑茶を1日6杯以上は、今はやっていませんが、1ヶ月以上続けた時期があります。
私は、34種類目の健康食品で、リンパ腫が治癒したかもしれません。
と、高望みすると、いつもしっぺ返しというか、反動を食らうんですよね。
いいえ、私は治癒をしていないのですが、再発がどんどん延びているのです。
それぐらい奥ゆかしければ、許されるでしょう。
念の為に、
今日の日記は、某掲示板に投稿された記事とは一切関係ありません。
それを誹謗中傷するものでも、賛成するものでもないことを加えておきます。
また、「カキの殻健康法」は、おそらく世の中にないと思います。
何故なら、先ほど私が根拠なしに作った作文だからです。
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2012年5月15日(火) 17:17 リツキサンへの疑問
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「母は、花よりだんごです。」
と、子供達に電報を送れといったのに。
妻は、その電報を送らなかったようです。
しかし、昨日の「京都市内で野猿発見」は驚きました。
まだ余韻が残っています。
事故もなく、交通違反はしたものの捕まらずに無事帰ってこれたのは何よりです。
14日の日記に、受診結果を追記しました。
昨日が、今の主治医に変わってから6度目の受診でした。
昨日も測るのを忘れましたが、5分間受診だったでしょう。
もう少し短かったかもしれません。
これで主治医との信頼関係を築くなんて無理でしょう。
私は主治医のことを何も知りません。
主治医から、主要な治療を受けて、ルート取りや骨髄尖刺の技量や副作用の観察、効果の判定でポイントを抑えておられるかなど、安定している時期に外来で経過観察を受けてるだけでは何もわからないのです。
「もっと医師、主治医の先生を信頼して、」という言葉を聞きますが、命を預ける医師を、そんな簡単に信頼できるものでしょうか。
「信頼できる医師だから信頼する。」ということしか私は出来ません。
医師といっても、いろんな医師がいる。そのことを一番よくご存知なのは医師や看護師さんでしょう。
私が入院していたとき、私と同室のある患者さんが、部屋にいるある患者さんの主治医について、「あの先生は、人に対する愛情がないな。」といわれました。その医師は研修医でした。「病気の人を治したい。」そう思われるなら、それは人に対する愛情でしょう。ですが、そこを勘違いされて、「病気を治したい。」に突き進むと患者が見えなくなるかもしれません。そういえば以前、濾胞性リンパ腫の初回治療シリーズを終えられた患者さんに、引き続いての同種移植を勧められる医師がかなりおられたようです。2000年を少し過ぎた頃では、5年生存率は一般的な治療を受けられる患者さんの方が、同種移植を受けられる患者さんよりも5年生存率は高かったと思います。非常に難しい状態から、ようやく寛解に持ち込めた患者さんならいざ知らず、初回治療の化学療法によく反応して、予後がいいと思われる患者さんにそれを勧められた意味がわかりません。
ある人が、**の同種移植後の5年生存率が90%を超えたと話されました。それを聞いて、私はすぐに、その数字はおかしいと思いましたが黙っていました。おそらくは、同種移植を受けられた中で、ある条件下にある患者集団を抜き出して調べられた数字でしょう。今回の福島原発の事故でも、見た目の数字を良く見せるために様々な手法が使われましたが、それはひどいものでした。医療関連のデータでも、一番元になる現場で集められた原始データが一切公表されずに、統計処理された結果だけが発表されるケースがありますが、頭から疑問に思うものもあります。
ある人のブログを見てピーンときたのですが、ひょっとしたら、「リツキサンが効かない患者」を、実際にリツキサンを投与する前に調べる方法がすでに確立されているのではないかと疑ったのです。それを公表しないことで得られるメリットは明らかです。
それは、何の確証もない、私だけの素朴な疑問です。
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2012年5月14日(月) 20:45 京都市内で野猿発見
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今日、受診に病院へ向かう途中でした。
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今日の13時ころ、09号線で老の坂を越えて、京都の市街地に入る下り道、京都成章高校の先、西山のホテル街の手前を走っていたときです。
上の丸印のところ、フェンスの上を左から右に向かってゆっくりとサルが歩いていました。道の向こうは森に見えますが、すぐ上に新興住宅地がありますから、山の中ではありません。京都市内に野猿ですよ。嘘みたいな話しです。
車を停めて、ちゃんとカメラで写せたら、京都新聞に売り込めたかもしれません。動画なら、テレビ局に売り込めたかもです。
カメラは持っていたものの、しまっていましたから、すぐに取り出せません。上の写真は、帰り道に運転しながら撮ったものです。
惜しい、惜しかった。
今日は、
何かいいことありそうな、
そんな予感。
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2012年5月14日(月) 19:42 血液内科の受診
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今日、血液内科の受診をしてきました。
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| |
6月10日 |
8月26日 |
10月27日 |
11月11日 |
2月10日 |
5月14日 |
| 最高血圧 |
156 |
180 |
近医にて |
159 |
116 |
144 |
| 最低血圧 |
96 |
110 |
血圧降下剤 |
92 |
66 |
78 |
| 脈拍 |
75 |
−− |
内服開始 |
−− |
−− |
−− |
| 01抹消血液一般検査 |
| 02白血球数 |
6710 |
6700 |
7800 |
9240 |
5970 |
7360 |
| リンパ球数 |
1261 |
1079 |
|
1589 |
1409 |
1303 |
| 好中球数 |
4650 |
4851 |
|
6699 |
3863 |
5248 |
| 03赤血球数 |
459 |
467 |
463 |
437 |
419 |
437 |
| 04血色素量(Hb) |
14.7 |
15.4 |
15.6 |
14.5 |
13.95 |
14.1 |
| 05ヘマトクリット |
45.0 |
45.7 |
46.4 |
42.5 |
41.2 |
42.2 |
| 06MCV |
98.0 |
97.9 |
100.2 |
97.3 |
98.3 |
96.6 |
| 07MCH |
34.2H |
33.0 |
33.7 |
33.2 |
33.2 |
32.3 |
| 08MCHC |
34.9 |
33.7 |
33.6 |
34.1 |
33.7 |
33.4 |
| 09RDW |
13.6 |
14.6H |
13.5 |
13.4 |
13.6 |
14.1H |
| 10血小板数 |
13.0 |
14.4 |
16.4 |
13.7 |
17.1 |
14.0L |
| 11網状赤血球数 |
| 12抹消血液像 |
| 13骨髄芽球 |
| 14前骨髄球 |
| 15骨髄球 |
| 16後骨髄球 |
像機械値 |
|
|
|
|
|
| 17好中球 |
69.3 |
72.4 |
|
72.5 |
64.7 |
71.3 |
| 18桿状核球 |
|
|
|
|
|
|
| 19分葉核球 |
|
|
|
|
|
|
| 20好酸球 |
5.1. |
4.9 |
3.6 |
4.0 |
4.7 |
3.9 |
| 21好塩基球 |
0.4 |
0.3 |
0.3 |
0.3 |
0.3 |
0.4 |
| 22単球 |
6.4 |
6.3 |
5.4 |
6.2 |
6.7 |
6.7 |
| 23リンパ球 |
18.8 |
16.1L |
15.2 |
17.2L |
23.6 |
17.7L |
| 24異型リンパ球 |
|
|
|
|
|
|
| カウント |
|
|
|
|
|
|
| 25未熟リンパ球 |
| 26未熟単球 |
| 27その外の細胞 |
|
|
|
|
|
|
| 28赤芽球 |
|
|
|
|
|
|
| 29総蛋白 |
|
|
7.3 |
|
|
|
| 30アルブミン |
|
|
4.6 |
4.1 |
|
4.1 |
| 31A/G比 |
|
|
1.7 |
|
|
|
| 32総ビリルビン |
0.4 |
0.8 |
|
0.3 |
0.4 |
|
| 33直接ビリルビン |
|
|
|
|
|
|
| 34間接ビリルビン |
|
|
|
|
|
|
| 35ALP |
213 |
215 |
|
197 |
207 |
203 |
| 36GOT |
|
|
22 |
|
|
|
| 37GPT |
39 |
22 |
31 |
22 |
|
|
| 38LDH |
173 |
172 |
|
182 |
158 |
184 |
| 39コリンエステラーゼ |
|
|
|
|
|
|
| 40LAP |
|
|
|
|
|
|
| 40LAT |
|
|
|
|
|
22 |
| 41γ-GTP |
|
|
36 |
|
|
|
| 42血清アミラーゼ |
43 |
44 |
|
53 |
53 |
47 |
| 43尿素窒素 |
|
|
9.8 |
|
|
|
| 44クレアチニン |
0.7 |
0.8 |
0.67 |
0.8 |
0.7 |
0.7 |
| 45尿酸 |
|
|
4.7 |
|
|
|
| 46ナトリウム |
|
144 |
142 |
|
|
|
| 47カリウム |
4.2 |
4.6 |
4.6 |
4.2 |
4.2 |
3.8 |
| 48クロール |
|
105 |
101 |
|
|
|
| カルシウム |
9.1 |
|
|
9.9 |
|
9.4 |
| eGFR |
>60.0 |
>60.0 |
|
>60.0 |
>60.0 |
>60.0 |
| CK |
64 |
57 |
51 |
54L |
43L |
55L |
| 血糖(血清) |
101 |
97 |
93 |
105 |
111 |
111 |
| 49総コレステロール |
|
|
|
|
|
190 |
| 50中性脂肪 |
|
|
223 |
|
|
|
| HDLコレストロール |
|
|
32 |
|
|
|
| LDLコレステロール |
|
|
163 |
|
|
|
| LDL/HDL比 |
|
|
|
|
|
|
| 51CRP |
0.1 |
0.2 |
|
0.1 |
0.1 |
0.2 |
| 52乳び |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
| 53溶血 |
|
|
− |
|
|
|
| 54黄疸 |
| CEA |
|
3.7 |
|
|
|
|
| 55可溶性IL2レセプター |
288 |
293 |
|
408 |
262 |
|
| 56網状赤血球色素等量 |
|
35.6 |
|
|
|
|
| 57幼弱血小板比率 |
|
2.3 |
|
|
|
|
|
問題のsIL-2Rは、408から262まで大きく下がりました。
11月11日にsiL-2Rがまで上がったのは、抜歯と歯茎が膿んでいたのが原因でしょう。安心して、気が抜けました。
よかったです。嬉しい。 また白血球が上がり気味ですが、6000前後で安定して欲しいものです。これ以上の白血球はストレスになるだけなので必要ありません。 過去の血液検査データは、ここをクリックです。 過去の検査データは2段階の構成になっていて、始めに私が受けた主要な治療について書いており、その下に血液検査の時系列的な値や症状なども書いています。
今日も採血後受診まで1時間半待ちでした。 「S.KさんのsIL−2Rは、病状に比例するタイプですか?」 と聞かれて、 「はい、そうです。」 と答えました。
ありがとうございます。
今回も執行猶予をいただいてセーフです。
執行猶予の満期はいつまでなのか知りません。
今日の採血で、白血球やsIL−2Rが上がるような症状はありません。
歯茎も問題ないし、風も引いていません。
それを書いておかないと、次の血液検査でsIL−2Rに変化があったときうろたえるのです。
左顔面の痙攣は低位安定で、まだ残っています。緊張すると確実に出ます。痙攣というよりも、痙攣の収縮と開放のそれぞれについて時間が長くなっています。人前に出るのが恥ずかしいほどです。
初回治療の途中からでた症状ですが、今も正座をするとすぐに足先が吊ります。畳の上で横になってテレビを見ていたら、30分ほどで間違いなく足先が吊ります。
フルダラビン治療が終わったときに歯茎ががたがたになり、順次抜歯して上下入れ歯で、総入れ歯も真近になっています。右上の歯は残り2本、左上が1本になりました。
足裏の魚の目と水虫、背中のふん瘤が続いています。
体の各所に小さないぼ(皮膚科主治医確認済み)がどんどん増えています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は良好です。
検査結果のすべてを転記していますが、私は個々の意味する内容を知りません。
でも、ここに来ていただいた検査結果に詳しい患者さんや医師なら、その人達のお役に立てるのではないかと思ったり、濾胞性の患者さんなら、いくら個人差があるといっても比較の対象データが欲しいでしょうから、そう思ってお見せしています。
リンパ腫の初回治療を受けたのが1997年の4月でしたから、15年と1ヶ月になります。その5年ほど前に首のしこりに気がついていましたから、発病からはもう20年を超えているはずです。
次回の受診は3ヶ月後の8月20日14時ですから13時半採血です。
上記検査結果と、以下の記述は、あくまでもS.K個人の場合です。
血液検査結果から病気を読み取る考え方にも個人差があります。検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違います。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。問題がなかっても、個人差で標準範囲から若干逸脱することもあるでしょう。病気になってからでも検査数値には個人差があります。
同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも最大の効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるから難しいのです。それぞれの治療には二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、致命的な副作用の恐さがあります。
sIL-2Rひとつとっても、濾胞性のリンパ腫が相当進行しているときでさえ200前後の人がおられますし、長く寛解にあるときでも500を下がらない人もおられます。私の場合ですが、寛解が続いたあとで再発方向にあるときはsIL-2Rがほぼ上昇してきます。しかし、治療を始めた後のsIL-2Rの値は、病状の変化を反映したものとはいえない変化をすることがありました。
どうかあなたも、あなたの検査数値変化の方向性を知られますように。
『検査結果はなるようにしかならないんだし、もう少し前向きになればいいのに』と思われる人もおられるでしょう。
同じリンパ腫でも、濾胞性リンパ腫の場合は、たぶんその質が違うのです。
濾胞性リンパ腫の人で、そう思われるなら、あなたは強い人でしょう。
ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒が目的ですから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が濾胞性リンパ腫とは違うのです。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫性には基本的に「経過観察」という治療法はありません。同じリンパ腫でも違うのです。
そんな私の気持ちは、同じ濾胞性の患者さんならおわかりいただけるでしょう。
受診の前は、今でもどきどきです。
毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が続いたら、
主治医は、5年だといいました。
治癒の可能性についてです。
ここにそれ以上書くと裏切られそうに思うので、それは書きません。
5年経てば、もう少し書けることもあります。
今はまだ書けません。
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2012年5月13日(日) 18:44 少しだけ、山登り
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「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立」
大江山へ行く道は遠い。→ 天橋立は、まだその先にあるほど遠い。
生野への道は遠い。→ 大江山は更に遠く、天橋立はそれよりも遠い。
(大江山から京都方面に20km弱の福知山市内に「生野」という町名がある。
京都から、丹後に抜ける街道筋です。
京都市内にも、おおえ山と生野という町名があるそうです。)
この歌の詳細が書かれているのは、ここをクリックです。
記述の真偽はわかりませんが、天橋立よりも更に遠い丹後半島におられるのは恋人ではなくてお母さんです。
京都府に海があるのをご存じない人もたくさんおられますが、京都府は南北に長く、北は日本海に面しています。
よって今日は、「やり残し」を終えてしまうための山登りリベンジです。
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上図の下の丸印が大江山です。
大江山は、富士山のような単体の山ではなくて連峰を形成している山です。
京都市から、日本海に面した丹後半島や、上図の上にある丸印の天橋立に行くには主要な道が3本あったと思われますが、その内のひとつが大江山を登って宮津市に抜ける道だったのでしょう。
今回私が登ったのは、上図で赤く塗りつぶしたスキー場のある山です。
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字がぼけていますが、真ん中の赤印には、大江山スキー場と書いてあります。
その右側の赤印が第一目標で、あわよくば次の山という気持ちでした。
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ブログを書くのをわかっていながら、「この山を登ります。」という写真を撮り忘れているんですね。
AB型のええかげんさです。
よって、途中まで登って振り返って撮ったのが上の写真です。
上図の、左の赤丸印に車を停めました。
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ここを登ったのは2回目です。
上図は整地がしてありますが、前回登ったときは、ここに小山があったのです。
山は、見えている頂上のところまで登ったら、その少し手前で、その奥に更に本当の頂上が顔を出すことがあります。
写真を撮っているところにあった小高いところから、200mほど先にある頂上まで、前回来たときは登れなかったのです。
病院に行くのに、病院の駐車場に車を停めて歩き始めると、松葉杖をついたおじいさんに追い越されていたときもありましたからね。前回ここまで登ったときは、ここで体力も気力も使い果たしたのです。もう無理。
今回は、そのリベンジでした。
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そして、頂上まで登りました。
そんなにたいそうなことではないのですが、やはり嬉しい。
ここまで登るのに、20分から30分ほどのものだったでしょう。
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問題は、その先に見えている山だったのです。
行けそうなのですが、この先、目の前のの谷が深いのです。
今日は当然無理です。
うぅぅぅっ、わんっ。
今回は、とりあえず残り200mのリベンジが出来たことで良しとしましょう。
あの山は無理かなあ、
と思った時点で、自分で無理だと決めているはずです。
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そこから見えた、宮津市の町と日本海、左に入り江のように見えるのが天橋立です。海の向こう側は丹後半島です。
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今きた道を少し降りたところで昼食です。
黄砂ではないと思います。
高層に薄雲があるのでしょう。
寒くもなく暑くもなく風もなく、車の中は陽が当って暑いほどですが、外でご飯を食べるにはちょうどいい気温です。
ダンボールです。
ただのダンボールですが、必要なものです。
風除けに必要なのです。
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はい。
私の山行きコーヒーセットです。
コールマンの着火や安定燃焼に屋外では風邪が邪魔になるのです。それで、ダンボールで覆って、ダンボールはたためばリュックに入ります。
今日は、炊き込みご飯のおにぎりに、おつゆは上のコーヒーを入れる前に、ハーフチキンラーメンをマグカップで作りました。
実は、ここのBGMは、どこの三ツ星レストランにも負けなかったのです。
登り始めてから、降りるまで、すぐ近くでウグイスが鳴いていてくれたのです。
その鳴き声をカメラに録音しかけたのですが、動画撮影が動きません。
ガクッ。
やはり、外に出ると何か残し物ができますね。
家に帰ってからカメラのマニュアルを読んでみると、押したスイッチが違っていました。私、アルツハイマーは大丈夫でしょうか。ぼけぼけというよりも、病気ですね。あまりにも恥ずかしくて、書くのを辞めようかと思ったほどです。前回動画モードを使ったのは、昨年の夏場、コオロギの鳴き声を録音したときでした。9ヶ月さわっていませんから、そんなものでしょう。
うぐいす
いい声で、ずっと鳴いていてくれたんですけどね。
「あと200m」の壁は、今回無事にクリアしたんですが、今回はウグイスを残してしまいました。私は、それをいつかリベンジするのでしょうか。
今回は、嫁さんにその気がなかったので私ひとりで行くつもりでした。
昼前に準備をしていると、「本当にいくんなら私も行くわ。」といいます。
運動なんて何もしていない嫁さんですが、私が上る途中で息が上がって休み休みなのに、そうしんどそうな格好もせずに、すいすい登っていきます。
いいえ、贅沢は敵です。
前回の問題をリベンジでクリアできたのですから、今回は十分としましょう。
しかし、あのウグイスの鳴き声が・・・、
ひとつひとつが完結するのは仕事なら当然ですし、完結しながらも次に繋げるのが仕事ですが、暮らしの中の楽しみは、残しておいた方がいいかもしれません。我が家からここまでなら、交通戦争もありませんから、これから先も時間は十分あります。
ちゃんちゃん。
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2012年5月12日(土) 24:11 地方の、なんでもがん患者会
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昨日も今日も、寒い日が続いています。
明日は1日晴れるので、その分暖かくなりそうです。
でも、明後日からはまた、雨模様の日が続きそうです。
サイドボードのグラスがカビていたなんて、
我が家はどんな家なんでしょう。
緑が綺麗な季節です。
秋の紅葉をめでる人はおられますが、緑のもみじも中々のものです。
今日は、地方のなんでもがん患者会に出てきました。
相談支援センター宛に来ていた患者会宛の郵便物ですが、ある会合の案内が書いてあって、その会合は4月のものでした。
人口光による工場での水耕栽培を見ていると、入院病棟の効率化、工場化を思います。患者がナースコールを押すと、患者のベッドがナースセンターまで自動で動いてくるのです。ナースセンターで、患者のボタンを押しても同じです。ナースセンターで全て処置がされますし、ナースや医師が病室に行くことはありません。ナースセンターは電車の駅のようになっていて、ナースの巡回はナースセンターに移動してきた患者さんの体温や血圧測定が済めば自動的に病室に戻りますし、痛みや変調を訴えられた患者さんは、複線化された別の線路で処置を受けられながら待機されます。
工場ですから、多層階になったカプセルホテルのようなものです。
治ればいいのです。
治ればいい。
医療者が患者を見ずに、患者の病気だけを診たとしても治ればいいのです。
でも、それで治るでしょうか。
それと逆の状態を想定した場合、
逆の想定じゃなくていいのですが、ふと思うです。
入院病棟では、患者さんは何故みんなパジャマを着ているのでしょうか。
医師がいつ来るかわかりませんからね。すぐに胸は開けられる方がいいのは分かります。ジーンズでいけない理由がわかりません。
スローンケタリングだったと思うのですが、違ったかもしれません。
乳腺外科の病棟勤務の女性看護師さんの大半は乳がん患者さんだとか。標準的な病棟勤務の看護師さん数に比べて130%の人員を確保したら、当然ですが病院の経営が圧迫されます。でも、乳がん患者さんなら、治療もありますし経過観察の定期受診もあります。余分に人員を配置して、休みを取りやすくし、休みも多くする。ただし、給与は下がる。そうしても、そこで仕事をしたいと思われる看護師資格を持った乳がん患者さんはおられると思うのです。
無理をしてもあるレベル以上の給油が欲しい乳がん患者の看護師さんは他の職場を求められたらいいのです。
何故、それを実験的に始めてみようと思われる病院がないのでしょうか。
リンパ腫の治療で問題になるのは骨髄抑制からの回復が遅れることですが、手術(麻酔)や化学療法がしずらい心臓疾患があります。アドリアシンの投与による問題ではなくて、他の病気を併発していて、それが心臓病であるというときです。
C型肝炎が活発な患者さんに新たな病気としてB細胞リンパ腫が発覚したときなども同じような問題になります。
私は運良く、そのようなことにはなりませんでしたが、そのような患者さんは、治療を受けたくても満足な治療は望めないかもしれません。使いたい薬があるのに、満足な薬が使えないのです。
私は、心臓の問題を指摘されていますが、今は治療に差し支えるほどではありません。それだけを考えても、まだ救われている方でしょう。
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2012年5月11日(金) 18:09 成人病クリニック受診
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9時始まりのクリニックに8時50分に入りました。
先に、高齢の女性が8人おられて、私の受診は10時5分からでした。
血圧を下げる薬をもらうだけなんですけどね。
患者の少ない曜日とか時間帯を、今日も聞けませんでした。
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この表は、先月クリニックで採血した結果です。
血液内科とは検査の内容も違うので、血液内科の血液検査に転記するのはやめます。入れる必要はないでしょう。
昨年の3月に血液内科の病院を移ってからは、血液検査でコレステロール関係の検査を受けていないのです。ですからクリニックの先生がそれを見たいといって血液検査を入れられました。
どうなんでしょうね。
クリニックで高血圧などの成人病を診てもらっていて、私の他の病気についても管理してもらう必要なんてあるんでしょうか。悪くなりかけているのを早めに発見してもらって治療をするというものです。オーストラリアでは、人間ドットの概念がないらしいですね。食道を含めた胃から直腸までの内視鏡検査なら、一定の時間間隔で検査を続けて、がんやポリーブの早期発見はそれなりに有効だと思いますが、今回のような血液検査の意義が、私にはもうひとつわかりません。リンパ腫で治療を受けているときなら、どうしても白血球の数値を知りたいときなどにクリニックにいって、先生に頼み込めますけどね。今の私には、それも必要ありません。
薬も2か月分欲しいし、
要は、お金がないので安くしたいということです。
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上のグラフは、先生につけるようにいわれている私の血圧グラフです。
それを家で作って、受診のときに持参しています。
血圧は、朝起きて20分ぐらいしたときと、夜に風呂から上がって20分ぐらいした時の2回、私の家にある手首式自動血圧計で計るようにいわれています。
上の折れ線グラフが2段になっていますが、上の段が最高血圧で、下の段が最低血圧です。
上の図で青線が引いてあるところは最高血圧が130から135、最低血圧が80から85で、血圧の望ましいとされている範囲です。私の血圧が、ほぼその間に入っているのは、クリニックでもらっている血圧を下げる薬を毎日朝晩飲んでいるからです。
今日、クリニックで測った血圧は、125−76 58でした。
自宅に帰ってすぐに、我が家にある手首式の血圧計で測ろうと思っていたのですが、自宅に帰ると忘れていました。1回目か2回目の受診で、我が家にある手首式の自動血圧計をクリニックに持っていったら、我が家の手首式が看護師さんの使う血圧計よりも10あまり高くなるのを確認しています。
私が濾胞性リンパ腫の告知を受けたのは1997年の2月で、45歳でした。
そのときまでは、何かの機会に血圧を測ることがあっても、ほぼ規定値内に入っていましたし、リンパ腫の治療を受けてからも血圧に問題はありませんでした。
1997年9月に、自家移植の治療でクリーンルームに入っていたとき、心臓の鼓動が聞こえるぐらいどきどきしてしんどいことがあったので、看護師さんに測ってもらうと上が155でした。心臓の動きが激しすぎてしんどいから薬が欲しいといいましたが、160以上にならないと薬が使えないと断られたのを覚えています。
しかし、血圧で問題を感じたのはそのときだけでした。
私が書いた以下の日記があります。
2006年10月13日(金) 20:40 受診、
今日は、信州の写真を休みます。
今日、いつもの病院で受診してきました。
9月15日に採血した結果を今日聞きました。
血圧 76−32
考えたら恐いですね。
心臓の動きが穏やかになって、静かに止まってしまう恐怖を感じます。
最高血圧が100を超えない長い期間が続きました。
リンパ腫の化学療法を続けることで血圧が下がったように思います。
その、最高血圧が100を超えない期間がどれくらい続いたのか、この日記を調べかけたのですが、ほとんど書いていないんですね。いい加減にも程があるというものです。ちゃんと書いて置けばよかったと悔やまれます。
私は恐くなって、
「先生、このまま進めば血圧がなくなるんと違いますか?」
と主治医に聞いたのですが、主治医も、側にいた看護師さんも笑っているだけでした。
そこで、もう少し突っ込んで聞けるかどうか。
医療者と患者側には、あいだに深い川があるんですね。
それでも迷ったのですが、やはりそれ以上は聞けませんでした。
それが、ラステットの内服をしていることから上がりだして、内服をやめた後からは血圧が上がるのが顕著になって来ました。最高血圧が160、170を超えるようになって、もう血圧を下げる薬を飲む時期だろうなと思ったのですが、お金がないので辛抱していました。
それが、今診てもらっている血液内科を受診したときに、最高血圧が180を超えたのです。それで、お金を諦めて今のクリニックにいったのです。
自家移植のときは最高血圧が150を超えただけで、臓のどきどきだけでしんどかったのですが、最高血圧が100を超えなかったときも、最高血圧が180を超えたときも、血圧の異常を感じるようなことは何もありませんでした。
長く生きていたら、どうしても血管壁に異物が溜まったりして血管が傷みます。よって、高齢になるとある程度は皆さん血圧が高くなります。
冬場には、入浴時やトイレで倒れる高齢者が増加します。
私もそんな年になりました。
精神年齢は標準よりも若いのですが、肉体年齢は、標準よりも老化が進んでいるようです。やはり、「適度な運動」をするべきなのでしょう。
走るにしても間寛平方式ですね。
健康のために走って足を痛めるのでは本末転倒です。
着地時に、足への衝撃を緩和するすり足方式で走る方がいいようです。足で強く大地を蹴って跳ねるように走るのは足を痛めます。
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2012年5月10日(木) 21:50 最悪の状態を考える
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今日はまた雷が鳴りました。
でも、雨は降らないし風も吹いていません。
夕方から寒さが厳しくなって来ました。
布団に敷き毛布はいらないと片付けたのに。
春で巣から当然ですが、寒気と暖気がせめぎあって、安定していないのでしょう。
ひょんなことから人形を調べていて、人形の目の玉が手で書いたとは思えなかったのです。調べてみると、手作りの人形の目の玉を売っているんですね。目の玉だけを部品で売っているのです。
たとえば、詳細はここをクリックです。
売られているということは、売れるのでしょう。
売れるということは、それを必要としている人がいるということです。
趣味で人形を作っておられるのか、それとも、
確かに、手放せなくなるほど惚れ込む人形が欲しいというよりも、作ってみたいと思いますが、そこまでのものを作るのは大変でしょうね。
1万人を超えていた交通事故の死者数は5000人を切っています。
しかし、3万人を超えた自殺者数は減りません。
今から16年前、
濾胞性リンパ腫の告知を受けました。
血液のがんです。
一番しんどかったのは、嫁さんに告知することでした。
私ひとりで医師からの告知を受けたのです。
「告知をするのが当然の世の中」
それはわかりますが、患者本人が家族に告知をするしんどさをわかっている医師は少ない。少ないというよりも、わからないのかもしれません。医師は病気を治すのが仕事で、そういう教育を受けていませんからね。
今日はそういう話しではありませんでした。
しんどいというよりも、一番不安なのは、命の継続が脅かされることでしょう。
病気や人から受ける暴力です。
そして、明日ご飯が食べられるかどうかという家庭経済の問題です。
明日ご飯が食べられても、明後日ご飯が食べられるかどうかが問題になる場合。
3ヵ月後にご飯が食べられるかどうかが問題なら、1週間は、何もしなくてただ落ち込んでいるという時間があるかもしれません。
私が濾胞性リンパ腫の告知を受けて、初期の暗闇から抜けたとき、当座の命があるのかどうか、当座の家庭経済が、ご飯を食べられる状態にあるのかどうかを思いました。
仕事を辞めても、1年以上はご飯を食べれそうですし、調べると、濾胞性リンパ腫も、1ヶ月や2ヶ月で命がどうのこうのという問題はなさそうです。
当座の命は保障されました。
それからも、大きな問題が起こるたびに、まずそれを考えました。
命があるかどうか、それが最低半年保障されているかどうか。
半年の保証が得られなかったのは、リンパ腫が進んだときだけです。この2〜3日で「さよなら」する可能性を真剣に考えました。そこまで考えたのは、4回だったと思います。
そのときは、どう考えてもそうなることが想像できなかったのです。
何か問題が起きると、まずはその問題に心を奪われますが、少し落ちついたら、「そのことで命を奪われるかどうか」を考えまず。明日のご飯がほぼ保障されるかどうか。そこからがスタートです。それすらも危ういのなら、右往左往するのが当然ですが、それが問題ないのなら、少なくとも時間はあるはずです。もちろん、目の前に起きた問題を効果的に、よりリスクの少ない状態に治めるには、瞬時に動いた方が効果の高い場合が多いのですが、何よりも大事なのは、まず命があるかどうかです。
入院していたとき、私を診た助教授が部屋を出るときに振り返って、なんともいえない顔で私を見るのです。
助教授のその顔を見て、「そんなに私は心配な状態なのか。」と教えられます。
−− 急変してもおかしくない状態だから、あなたのことが心配なのです。−−
助教授の顔にそう書いてあったのです。
あなたが抱えておられる問題は、
あなたの生死に、直接かかわる問題ですか?
もしもその問題をお持ちだとしたら、たはりこの病気の問題でしょう。
そんなあなたなら、たとえ大きくても、他の問題は対処されるはずです。
もちろん、「逃げるが勝ち」が最良の方法という場合もあるでしょう。
私は、あなたならだいじょうぶと思います。
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2012年5月9日(水) 20:20 シラスウナギが1匹440円
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高層をうっすらと雲が覆っていた午後、突然ゴロゴロが来ました。
そういえば、先日雹(ひょう)が降った日も雷が鳴って、しばらくして2分か3分停電しました。一瞬、竜巻が来たらどうしようかと思いましたが、今日は雹が降ることもなく落ちつきました。
新聞記事からですが、大阪の大津川で、家族でシラスウナギ(鰻の稚魚)を密漁したとして書類送検されたということです。そのシラスウナギを8回に渡って売却し、23万8000円を得ていたといわれます。直接の容疑は、シラスウナギ200匹(88000円相当)を密漁したことと書かれていますから、シラスウナギ1匹が440円になります。
私の知人のおじいさんは、四国で鰻の養殖をされていたと聞きました。今なら、鰻の子供を(440円+α)で仕入れて、食べられるまで養殖で大きくして、売りに出されて、それがスーパーで焼かれて1600円で売りに出されるのでしょうか。高くなりましたね。誰も儲かりません。
私が小学校高学年のとき、川に仕掛けを沈めて、あくる日見に行って鰻を捕っていました。もちろん仕掛けの許可を漁協から購入していませんから、今なら悪質と判断されて年少送りになったかもしれません。そうですか、今は無許可で川で魚とりも出来ないんですね。水量が減ってきて、仕掛けは地元の人に見つかったのでしょう。ある日なくなっていました。
目玉焼きを作ります。
白身と黄身の固まる温度が違うので、白身が固まって黄身が半熟の目玉焼きが出来るのが普通です。
おいしいかどうか知りませんが、黄身が固まる寸前で、白身が一部固まりかけた目玉焼きをレストランで出せば、お客さんはその不思議さに気付いてくれるかどうかは疑問です。
私の父は、謄写版印刷を生業にしていました。
鉄の板の上に、ロウ紙を置いて、その上に鉄筆で文字を書くものです。
活版印刷は、グウテンベルグの発明とされています。
私が学生のとき、初めて受けた機械実習で、機械科の先生から受けた旋盤の説明のなかで、何故か「新潟鉄工」と、「池貝」の名だけを今も覚えています。
鰻から、なんで目玉焼きに飛んで旋盤にいくのか、テレビを見ながら夕食を食べていて、頭がそこまでぶっ飛ぶのですから、この英語も記憶も、理詰めもできないぼんくら頭でも飛躍性はあるようです。いいかえれば、意味もないのに夢を見るということでしょうか。
まあ、できれば「悪性リンパ腫」というよりも、私はただの「リンパ腫」を所望する立場ですが、今日の日記を読んでいただいて、もしも読んでいただけたなら、おふたりだけはなんとなく、その意味をわかっていただけるかもと思う次第です。
当っているかもしれませんし、外れているかもしれません。40年余年前の、私の記憶が違っているかもしれません。
休むと書いた日記で、昨日は追記までして、更に今日も書いてしまいました。
美空ひばりは、「人生って、不思議なものですね。」といいましたが、長く生きていれば、記憶のかけらがジグソーパズルのように、偶然はまることもあるでしょう。
↑この道の先は、ふたつに分かれています。
あなたは、どちらに進まれますか、右、左。
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2012年5月8日(火)−2 23:02 がん登録法制化か
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【がん情報 全国一元化 病院に登録義務 厚生労働省検討】
詳細は、ここをクリックです。
書いておかないと忘れるんですよね。
明日書こう、明後日書こうとすると
完全に忘れてしまいます。
天下り先の確保、行政の肥大化は困りますが、これしかないのです。
クラドリビンの承認申請に必要な治験は確か17件17人でしたっけ。
すぐに出来るとは思えませんが、日本中の濾胞性リンパ腫患者さんの治療履歴をデータベース化するしか、「あなたに効く薬」を見つける方法は見つからないでしょう。
医師は患者の病気を治したいのです。医師に魅力のないシステムは立ち上がらないでしょう。よだれが出るようなシステムなら、ほっておいても動きます。
しかし、
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2012年5月8日(火) 21:17 連休が終わって、
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我が家で雹(ひょう)が降ったときは、竜巻の危険があったのですね。確か、その前後に竜巻の注意報も出ていました。恐いですね。
今度の連休で、酒を飲んだのはドライのレギュラー缶1本だけです。
飲まなかったのは、お酒が家にないのに買わなかったからで、家にあれば飲みます。一度にたくさんは飲みませんが、あれば毎日飲みます。連休で子供達が帰ってくるのに酒を買わなかったのはなんとなくです。嫁さんが、ドライのレギュラー缶を6本だけ買っていましたが、嫁さんが買った酒を、私が黙って飲むことはありません。
車だけでも一時停止違反に始まって、任意保険に車検と税金と出費が続きます。それが一番大きいかもしれません。
先ほど、発泡酒のレギュラー缶を1本飲んだのです。
それだけで、何かいいことが起こりそうなというか、
悪いことが起きていないような気がする。
安価で効果的な精神安定剤です。
でもねえ、
まあ、いいか、
そういえば、発泡酒を飲んだからか、左顔面の痙攣が治まっています。
痙攣の形が、最近ちょっと変わってきたんですね。
耳奥で、顔面神経と血管が交錯しておかしなことになっているのなら、酒で変化はないでしょうし、困ったもんです。
と書いたら、またその症状が出てきた。
その症状の担当診療科は神経内科のようですが、まだ診てもらったことはありません。最初にその症状が出たときはチックかと思いました。それから数年経ちますが、まだ専門医に診てもらっていません。20年余り前、首にしこりが出来たときも、長く病院にいきませんでした。結局は、別件で病院に行ったときに医師に「ついで」に診てもらったことから私の持病が始まったのです。
今日は1行日記のつもりだったんですけどね。
消すほどのことではありません。
といいながら、久しぶりの焼酎を飲んでみる。
書籍を少しずつ捨てていますが、
次は何を捨てるのでしょうか。
何を最後に残すのでしょう。
そのときにならないとわかりません。
残している書籍で
読み物は少なくて、資料、材料なのです。
受診前は未だに情緒不安定気味です。
そうでなくても意味のわからんぐだ撒き日記なのに、
急ぐ旅ではありませんから、情緒不安定よりも、休みながらの日記の方が健康的かもしれません。
次の受診は14日です。
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2012年5月6日(日) 21:40 受診が近づいて、
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ということで、連休は終わりました。
あなたは、いかが過ごされたでしょうか、
子供達が大きくなって、
友達と行動を共にし始めてから、私は連休から開放されました。
その子供達が社会に出てからは、それとなく妻が子供達に電話して連休の予定を聞きます。子供達は、「連休は田舎に帰るのが世間の常識。」と思い込んだようです。
よって私は、連休にまた拘束される身へ戻りました。
今日は午前中雨が降っていたのですが、午後からは晴れました。
でも、少し寒い。
今日は、この机の下に眠っていた少々の酒瓶を廃棄できる前の状態まで準備して、連休の整理予定を終えました。残るのは自前焼却の紙関係だけです。
すっきりしました。
また2年もしたら、今あるものの中にもタイムリミットを思い知らされて、捨てるしかなくなるものが出るでしょう。みんななくなったら、恐いので、それでも何かが残るでしょう。
車の臭気はなくなったと思います。
でも、自信はない。
単に、私の鼻が慣れただけかもしれません。
この3ヶ月間、次の血液検査のことを考えることはほとんどありませんでした。頭に浮かぶことは何度かあったのですが、考え始めたら、それをやめたのです。不安が大きくなかったのでしょう、コントロールできました。
でもねえ、だんだん近づいてくると不安が頭をもたげます。
今は3ヶ月に一度の受診です。
最初に採血して、基本的な検査結果が出てからの受診です。
ただし、sIL−2Rは結果が出るのに時間がかかりますから、受診時には前回採血(3ヶ月前)のsIL−2Rを聞きます。よって、今私が知っているのは昨年の11月11日に採血した分のsIL−2R検査結果です。
その値が、408と久しぶりに高かったのです。
検査日 sIL−2R値
11年03月18日 336
11年06月10日 288
11年09月26日 293
11年11月11日 408
ちなみに、sIL−2Rが前回400を超えたのは、2008年のことでした。
以下の通りです。
2008年07月25日 sIL-2R344,白血球6200,Hb14.2,血小板136000,LDH162,CRP0.06
2008年08月22日 sIL-2R460,白血球6200,Hb16.3,血小板135000,LDH181,CRP0.47
2008年09月19日 sIL-2R351,白血球6100,Hb14.6,血小板115000,LDH156,CRP0.21
2008年10月31日 sIL-2R458,白血球7700,Hb15.4,血小板133000,LDH173,CRP0.28
2008年12月12日 sIL-2R437,白血球7500,Hb16.7,血小板134000,LDH202,CRP0.09
2009年01月23日 sIL-2R374,白血球6100,Hb15.7,血小板128000,LDH192,CRP0.13
2009年03月06日 sIL-2R314,白血球6100,Hb15.7,血小板134000,LDH165,CRP0.05
ラステットの内服を終わったのは2007年の12月でした。
「やはりきたかぁ、」
と思いました。
でも、何もしないのにそれからまた下がったのです。
それ以降は、sIL−2Rが400を超えたことは今回までありませんでした。
今回も下がるでしょう。
下がるはずです。
いいや、下げてやる。
下がれぇ
受診が近づいてきて、一応気になります。
かなり気になります。
少し気になります。
気にするなぁ〜
濾胞性リンパ腫の初回治療から16年目に入った今でもそんなものです。
私は11月4日に抜歯をしています。
11月11日の採血で、CRPは高くないのですが白血球が上がっています。
今は、それがsIL−2R上昇の原因だとしておきましょう。
1週間の間隔が気になりますが、
病院によっても違いますが、以下ではsIL−2Rの基準値は124〜466となっています。その詳細は、ここをクリックです。
健康で、何の問題もない人でも、白血球にしろ血小板にしろ個人差があります。その個人差は、基準値を外れている場合さえありますが、その多くは問題ないとされているようです。ですから、その絶対値についてどうこういうのではなくて、変化の方向を見るのがいいのでしょう。再発の治療を経験された人ならおわかりでしょうが、治療を始めてからのしばらくはsIL−2Rの指標性について病勢を反映しにくいこともあるようです。
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2012年5月5日(土) 20:31 捨てすぎたか
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「雹」って読めますか?
そうでっすか、字が小さくて読めませんか、大きな字は使いたくないのですが、今回は大きくして、
雹
ですが。
私は読めませんが、ひらがなの「ひょう」を漢字変換して出る雹は使えます。
今日の16時ころ、自転車小屋で片付けをしていると雹が降ったんですよね。
最初、誰かが近くで爆竹を鳴らしているのかと思ったのですが、外を見ると車の上で白いものがはねています。「バリィッ」というか、「バリバリガリッ」という、それは大きな破壊音で、ビニールの波板の自転車小屋の屋根を突き破る恐怖で、あわてて家の玄関に入りました。
屋根瓦や車のフロントガラスが割れるのではないかと本気で心配して、嫁さんに古い毛布をすぐに出して欲しいと怒鳴りました。本気です。
ネットの国語辞書で「雹」を調べると「主に積乱雲から降る直径5ミリ以上の氷の粒または塊」と書かれています。大きな粒を拾ってみると15mmぐらいありますから、雹の大きさはクリアしているのですが、純粋の氷ではなくて、粉雪を強く固めたようなものですから、雹の条件に合致しているかどうか。落ちてきているのはみんなそれと同様のものなので、瓦を割ったり車のガラスを割るほどではないと安心しました。
でも大きい。
こんなにめちゃめちゃ大きな音を出す雹は、この50年で初めてでしょう。この大きさも私が経験した一番大きなものだと思います。
天変地異を鎮める大きな杭を、
誰かが知らずに、高千穂の地からそれと知らずに外したのではないでしょうか。
どうか気がつかれて、元の場所にお納めいただきますように。
大神様のお怒りではありません。
それは、大神様の気付きでしょう。
ありがとう。
少しだけ時期外れのバースデイケーキ
嬉しくいただきました。
私の持病は寛解していて、落ちついた日々を過ごしています。
次の受診は5月の14日だったと思います。
この最下行に書いている、受診当日の血液検査結果と、採血してすぐに結果が出ない前回採血でのsIL−2Rを教えてもらうのと、主治医の1分程度(チャンスがあれば触診に要された時間を次回計ってみます。)の触診です。同様の患者では、寛解にいたる経過と予後の違いによって画像検査を入れられるのでしょうが、私自身への画像検査を私は必要と思いませんし、今度の主治医も同じ思いなのでしょう。あとは、患者がしこりを見つけたとか、個別のB症状を訴えることによる対応でしょうが、今の私にそれはありません。
今の私が恐いのは、再発と二次発がんです。
二次発がんで一番多いのは、骨髄異型症候群と白血病です。
骨髄異型症候群は、白血病の前駆がんといわれますから似たようなものでしょう。
一度でも化学療法を受けられた濾胞性リンパ腫の患者さんなら、上に書いた私の心配と同じなのですが、その人達は私に比べてそれらの可能性が少し低いのと(理由があります。)、濾胞性リンパ腫の告知を受けられながらも、まだ初回治療を受けておられずに経過観察をされている人では少し違います。
濾胞性リンパ腫の告知を受けられながらも、まだ一度も化学療法を受けておられない経過観察の人が二次発がんを起こされることはないからです。
MDS(骨髄異型性症候群)や白血病は、リンパ腫患者の二次発がんとして一番多い部類の病気だと思いますが、化学療法を受けておられない人に二次発がんが起きることはないのです。リンパ腫は独立した血液疾患で、MDSや白血病の前駆がんではないのです。
リンパ腫が進行すると、本当に進行すると腫瘍熱が出てくるようになります。炎症反応であるCRPが腫瘍の増加によって上昇します。CRPが上昇するほどになると白血球も上昇します。
リンパ腫患者が一切病院に行かなければ(一切の治療を受けなければ)どうなるか、敗血症から多臓器不全に陥り死に至ると聞いています。
濾胞性リンパ腫が進むと、骨髄に異型リンパ球が出てくることもあります。もしもそれが大量に出てきたら、正常な血球の生まれ出る隙間がなくなるかもしれませんね。隙間もない状態なら、白血病と同じように正常な血球が減少することになりますが、そこまで医療者が書かれた文章を読んだことはありません。
私が一定期間寛解を維持できたあとは、しこりの発生や成長はsIL−2Rの値にほぼ比例して来ました。しかし、治療を始めてからは、sIL−2Rが下がったからといってそれに比例してしこりがなくなったとはいえない状態でした。治療を開始してからは、sIL−2Rの値と病気の進行が比例しなかったのです。
しこりがどんどん大きく活発になっているのにsIL−2Rの値が上昇しない患者さんもおられますし、病気がどんどん進行しているのに、LDHの値が上昇しない患者さんもおられるようです。血液検査の一部だけを見るのではなくて、症状も含めて総合的に診るしかないようです。
。
身の回りの古い書籍などを今回廃棄しましたが、まだ2割から3割でしょう。
10年あまり前から持っていた、今は使っていない健康食品の残りを捨てられずに持っていましたが、今回初めて処分します。いただいた人の気持ちを思うと捨てられなかったんですよね。でも、いただいたものは全て3ヶ月は続けました。そのあとで、同じものをまたいただいたりしたのが残っていたのです。
古い10円玉を2個用意します。
その上に、ソースと醤油をゆっくり山盛りに注ぎます。
しばらく他のことをして、30分ほどしてから軽く水で洗います。
10円玉の表面はどうなったでしょうか。
ミツバチの巣からとったプロポリスという免疫を高めるといわれる食品があります。まさか、醤油やソースを原液のままビールのように飲まれる人はおられないでしょうが、プロポリスをビールのように飲む姿を想像してください。消化器系が炎症を起こす可能性を想像されませんか。私はなんとなくですが想像できます。プロポリスを飲まれた経験のある人なら私と同じように思われるでしょう。
CHOPを構成するキードラッグのアドリアシンを2倍使って8クールまで治療すれば、心臓に致死的なダメージを与える可能性が強いです。健康食品は抗がん剤でないから安全という保障はありません。健康食品の多くでは使える限度量が表記されていませんから、気をつけられますように。
「それでも使う。」といわれる人は、病気が活動的(アグレッシブ)な状態よりも、寛解期のほうがいいのではないでしょうか。同種移植で得られるGVL効果だって、急性期には効果は少ないといわれており、寛解期にこそ効果を継続的に発揮することメリットが得られるのです。
腫瘍量の少ないときに力を発揮する薬と、急性期に力を発揮する薬など、新薬でなくても、現行薬の使い方について、その研究が遅れていると思うのですがどうでしょう。初回治療を見合わせるという経過観察などは、まさにその研究が遅れている証明のように思います。寛解後も予防(地固め)のために継続使用する薬として、抗がん剤は二次発がんの危険性が高まりますから使うのは難しいでしょう。そうなると抗体医薬か、いっそ抗腫瘍効果はなくても、B細胞の量を一定以下に押さえる免疫抑制剤とか、
治療中の人を中心に、皆さんは低下した白血球数を心配されるでしょうが、私は逆に、白血球が5000を超えない方が安心なのです。
ある濾胞性リンパ腫の患者さんと話したのですが、なんでもありの某国です。健康食品の中に「抗がん剤」を混ぜていない保障なんてあるのでしょうか。そのことをふたりで話してから、お互いに某国の健康食品を使うのは止めました。もう、10年前後以前の話です。
「患者よ、がんと闘うな」という、1990年代後半にベストセラーになった近藤誠放射線医が書かれた書籍があります。
2000年代後半に、あるリンパ腫の患者さんがその本を読まれて、外来で「この本には、『抗がん剤なんて使うな』と書いてあるじゃないか」と怒鳴られたと、ある医師がブログに書かれていました。そして、たぶんその患者さんはその病院にはもう来られないだろうと。
私は、そのブログのコメント欄に、「お願いで巣から、先生も一度お読み下さい。」と書きました。読んでいただければ、その本の最初から終わりまで「血液疾患の患者さんは化学療法を受けなさい。」と書かれていることが、すぐにお分かりいただけますからと書いたのです。「抗がん剤は使うな」という先入観で読むと血液疾患には間違いなのです。
おそらくは、今も勘違いされている患者さんがおられるのでしょう。
自転車小屋の片付けを終えて、あとはこの足元にある、数本の酒瓶を片付けるだけになりました。それと、一部のメモや手紙の焼却です。
人の気持ちの入ったものや写真は、燃やすのが一番です。
それでも、葉室元春日大社宮司は、
「病気は、一瞬で治ります。一瞬です。」
といわれました。
風邪で発熱して、それが「今、熱が下がった。」と思ったことが複数回ありました。体温計で測ると、実際に下がっていました。病気が、一瞬に治癒ですか、
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2012年5月4日(金) 18:04 台風一過
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台風一過
台風一過です。
現実は大雨で大変なようですが、「ほどほど」とか、「適度な」というのは難しいですね。この季節、田植えも始まりますし農作物にとっては一定の雨が必要です。でも、過ぎたるは及ばずです。
なんとかなんとかでも、元気にやっていてくれれば何よりです。
三つ目の台風が、機嫌よく出て行ったので、私は頭も気も使わずにすむ古新聞他のまとめをしました。この回りにある不要な書籍や書類をただ自転車小屋に運んでいただけだったのです。7割は終えたでしょう。まだ途中です。寒くなってからの分が溜まっていたのです。
寒ければ動けないし、暑すぎても動けません。さぼり癖というのではなくて、動くのは体と相談しながらです。
熱中症で倒れる前に横になったことが2度ありますし、寒さで心臓が凍ったことはないのですが、
さばのへしこは、福井が本場らしい。
昨日、浴槽から出る前に100数えてみました。
早い。
私が数を覚えたころ、「浴槽を出るのは100数えてから」といわれて数えたことを思い出したのです。なかなか進まずに、のぼせてしまうのではないかと心配したものです。数がわからなかったのではありません。おそらくは、その時100まで数える時間と、今100まで数える時間は変わらないと思います。同じ時間でも、今と小学校1年のときでは感じる長さが違うのではないでしょうか。
そういえば、この1年も早かった。
年齢だけじゃなくて、仕事など自分の置かれている環境もあるでしょうね。
そして、今回の連休のような日々も、生きていればこそですよね。
病院や老人養護施設の大規模調査でも、「生きる意欲の強い人が生きる。」というのが明らかです。もちろん、そう強く思っていてもどうにもならないことが起きる人もおられるのですが、生きたい人は、より強くそう思われて生きていかれることを祈ります。
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2012年5月3日(木) 22:02 台風の波状攻撃
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ギャアァ〜
悲惨
なみだ涙なみだ
要冷蔵の水産物を買って、店の人が氷入りの発泡スチロールの箱に入れたのです。それを車の運転席後ろの床に積んで、家に着いて暗いところで取り出して、玄関を入るところで水がたれているのに気がついたのです。
それから45時間後の今日、車のドアを開けたら異様な生物の強い悪臭がします。
車からマットを外して洗ったのですが、車の中の匂いは取れません。発泡スチロールの箱を置いていた床を手でさわるとまだ濡れています。ファブリーズは効かないし、車の床はじゅうたんのようになっていますから雑巾で拭いても拭けないし、回復不能かも。
例えば、洗面器に水を入れて、その中に生魚を入れても、何も匂いません。ところが、時間が経つと、その水がとんでもない匂いを発するようになるのです。
1.そのことによって、今後金銭的な負担は生じません。
2.そのことによって、私の持病が進むことはありません。
3.そのことによって、事故を起こすことはないでしょう。
(匂いはこれ以上強くなることはないでしょうし、
ずっと車に乗っていたら慣れます。)
−− ただ、今は長く乗っていたら匂いで頭が痛くなるけど。−−
−− その車に長時間乗って、降りてから私が誰かに会えば、
それ以後は、一生その人に避けられるかもしれないけど.−−
青空の日になって乾けば、ファブリーズが効きますように。
明日、もう少し徐臭方法を考えてみます。
台風がひとつ通り過ぎて、
先ほどもうひとつの台風が過ぎ去りました。
今日、この地方にもうひとつの台風が留まっているのですが、明日は過ぎ去ります。
嬉しいけどしんどい。
百円玉を上に投げて、手で受け止めたら表か裏か。
それを20回繰り返したら、20回の中で4回連続で表が出る可能性は47.3%と、数学者が計算されたとか。
この世の中に暮らしていて、何が悪いんだろうと思うくらい悪いことばかり続く時期があります。でも、「いいことわるいこと」を合わせて20回の中では、4回ぐらい悪いことが続くことが、半数の人に起きるのです。
うちの子なら、「僕は最近、悪いことが続くことはあるけど、いいこと自体がないんだけど。」というでしょう。そういわれて、「悪いことの印象が強すぎて、いいことが起きてても気がつけへんのやないか。」とはいいませんでした。「そうか、困ったなあ、」といって、話しを変えました。特に自分がブルーがかっているときは、悪い出来事の方が印象が強いですからね。いいことがあっても、悪い出来事の前では消し飛んでしまいます。
私が仕事をしていたとき、難しい問題ばかりが続いて起きることが数え切れないほどありました。そんなとき、ある瞬間に、「今、流れが変わった。」と思うことがありました。結果的に、あの時流れが変わったんだと気がつくこともありました。日が変わったときとか、午後一番からということが多かったと思います。
みんなが帰ってからトイレの掃除をしたり、氏神様にお参りに行ったり、とんでもなく朝早く出社するなど、いろいろやりましたが、流れを変える確かな方法は見つからないままでした。
そして、人が大きな発明や発見をされたりした人が、「偶然です。」といわれる人が多いし、突然神が舞い降りたとしか思えないのですという人もおられます。免疫グロブリンのIgEを発見された日本人医師は、研究の過程で自らの背を実験台に注射をされ、同じく医師である奥様も参加されました。とことんやり抜かないと見えてこない世界もあるようです。
そんな時、ふっと気を抜いたときに神様が舞い降りてこられることもあるといいますから難しいものです。
私ですか?
もうすぐ10年寝たろうでしょうか。
でもないつもりなんですけどね。
この2m四方を片付けるのに、何日かかってんだか。
でも、かなりな決断をして捨てるものもある。
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2012年5月2日(水) 17:52 CT画像の読み方
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今日は朝から雨です。
細かな春雨です。
先日は、透き通るような青い空が続きましたからね。
連休といっても、いつまでも五月晴れは続きません。
CTやMRI画像で、臓器や組織を知る学習ソフトはいかがでしょうか。
1ヶ月間無料でお試しができるようです。
「CT・MRI断面図ウォーカー」の30日間無料お試しソフトは、ここをクリックです。
クリックして出てきた画面の、上部右側に入り口があります。
ただし、私はそのソフトを使ったことがありません。
試用期間が1ヶ月ですからね。
「本当に知りたい」と、強く思ったときに試してみようと、お気に入りに入れています。
ですから、残念ですが、その内容を保障するものではありません。
医師から、CT画像の説明を受けても、どれが臓器やらしこりやらわかりません。
今のPETによる画像検査を受ける時には、ほとんどで同時にCT検査も受けられるでしょう。一台のPETの機械で受ける一度の検査で、PETとCTの検査が受けられるのです。PETでFDGが集積して光っている場所を、CT画像で腫瘍と思われる組織の広がり(大きさ)を確認されるのです。
何もない肺野や食道にぽこっとしこりができたら、画像によっては私にもわかるかもしれません。しかし、私が前回の再発で経験した胸の気管支周辺などは、正常な気管支もありますから、正常な気管支のCT画像を知っていないと、しこりの画像確認は出来ません。
私はぼんくら頭ですから、患者としてそこまでは必要ないと思って来ましたが、基本的なことぐらいは知っていていいとも思います。中学校や高校の生物の時間に教えてもらってもいいと思います。私は何も知りません。CT画像で先生の説明を聞いても、どれが臓器でどれがしこりなのか何もわかりません。
例えば、代表的なリンパの器官に「脾臓」がありますが、リンパ腫がある程度進行すると、脾臓も腫れる(大きくなる)患者さんがおられるようです。私もそうでした。健康な人の脾臓は、CTで見るとお月さんのように見えると聞きますが、大きくなるとお月さんのようには見えません。そうなると、お月さんの形で見える正常な脾臓も見ておきたいと思います。それは、主治医に任すとか、主治医を信頼するというのとは違う、私の個人的な興味の問題です。
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2012年5月1日(火) 25:17 私のHPの変遷
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私が、このホームページを始めたのは、2002年の5月22日からです。
今月の22日で、ちょうど10年になります。
あれっ、と思って確認したら、
「グループ・ネクサス(リンパ腫患者・家族連絡会)」の「連絡会だより 創刊準備号」が発行されたのが平成14年(2002年)4月で、ネクサスの準備会が立ち上げられたのが平成13年の11月か12月だったのでしょう。
「ネクサス通信 創刊号」が発行されたのが平成14年(2002年)7月でした。
ネクサスも誕生から10年ですね。
こういうのも、おめでとうというのでしょうか。
記念には違いありませんが、「おめでとうございます。」というのも違うような気がしますね。
この、私のホームページにしても、おめでとうといわれるよりも、ただ「よかったね。」といわれるほうが嬉しいと思う。「頑張ったね。」といわれても、しんどいかなあ、
まあ、たいしたことじゃありません。
「悪性リンパ腫と戦う会」を始められたのは、2000年だったのでしょうか。
2000年前後にリンパ腫の患者さんがホームページを立ち上げられたのが、「第一次創世記」ですね。
リンパ腫の患者さんがホームページを立ち上げられた中で私は、30番目前後だったのでしょう。主体が、病院や個人の医師、患者を含めてホームページの開設数がまだまだ少ない状態でしたから、検索システムで引っかかるのが少なく、検索システムも未熟でした。ここは案外古いのです。
このホームページは、「IBMホームページビルダー」という簡易ソフトを使っています。
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上の画像は、2002年の6月20日にインターネット上にアップしたものを画面コピーした画像です。
2002年の5月22日にスタートしましたから、スタートしてから1ヶ月弱ですね。
カウンターが「1111」を記念してコピーしたものです。
中央の画面に隠れている下の方に日記を書いています。
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上の画像は、2003年の3月3日です。
カウンターが「8888」です。
左に見えているメニューは、今と変わりません。
中央の日記部分が寂しいので、バックに色を使ったりして、それなりにいろいろ試してきました。
このページの第一条件は、ワンクリックで目的のページにいけることでした。
それを追求したら、サイトマップになってしまいます。
この時点で、右列を外部へのリンク集にすることも決めていました。
少しだけ自慢しますが、このころはまだ「ブログ」なんて私は知らなかった時代です。結果的に、すでに私のホームページは、現在のブログのスタイルに酷似していたのです。
中央で、「濾胞性の患者さんへ」と呼びかけていますが、濾胞性リンパ腫の人に、医療関連の専門資料をお見せしていたのですが、今は諸般の事情からやめました。
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上の画像は、2005年1月15日のもので、右列がほぼ現在のスタイルになっています。
このときすでに、最上部に日替わりのデジカメ画像を貼り付けるつもりでした。
この列の右上に、私がこれまでに受けた治療歴を書いたページへのリンクをつけていますが、ラステット(=ペプチド=VP16=エトポシド)の内服を始めたのが2004年12月14日からで、2週間の予定だったのです。それが諸般の事情で2007年12月15日まで長期継続することになってしまいました。その後は無治療で今に至っています。
(皆様には同様の治療はお勧めできません。生死を作用する不可逆的な副作用が起きる確率が、他の薬に比べて3倍程度と非常に高いからです。)
初回治療を受けてからは、毎年8年間再発を繰り返して来ましたが、内服機関を含めて、この7年あまりは安定した状態に恵まれています。
最初首にしこりを見つけてから、5年前後は病院にいきませんでしたからね。結果的にはそれが初回治療を受ける前の ウォッチ アンド ウェイトの無治療経過観察期間になっていたのです。その期間を入れると、私が始めて首にしこりを見つけてから21年前後になります。
もう、このページのスタイルにも飽きたのですが、
ミクシーやグリー、フェイスブックやツイッターの「良さ」がわからないので魅力を感じませんし、かといって、ここを全面的に改良するパワーもないし、パワーがない以上に、今よりもいいスタイルを考え付かないのです。
以前にも書きましたが、「無治療経過観察期間」が、今年の12月で5年になります。
血液疾患と乳がんは、5年間過ぎても「治癒」にはなりませんが、それでも私は、
濾胞性リンパ腫の患者が100人いたら、
2〜3人は、治癒する患者がいると今も思います。
その人が表に出てこないのは、誰も追跡調査をしていないからだと思っています。
ここまできたら、取りあえず今年の12月まで今の状態をキープしたい。
それで、まずは軽い気持ちでの5年間無治療無憎悪寛解継続です。あまりリキを入れ過ぎると再発しますからね。難しいのです。「流れに逆らうと怪我をする。流れに乗って道を変える」それが私の「流れるままに」です。
この日記をどうするのかは、そのときに考えましょう。
でも、急に生き方のスタイルを変えたら、自分の近くの空間が歪みますからね。
何かを変えるなら、じわじわとゆっくり変えたほうがいい。
それが病気持ちと、健康な人の違いです。
それが会社の改革と、病気持ちの生き方を変えるときの違いです。
と、私は思う。
私の暮らしで、大きな変化を求めたら、必ず再発してきたんです。
ただし、それは私だけかもしれません。
私の場合だけかもしれません。
病気の進行が人によって違う、薬の効き方が人によって違うのと同じように、生き方の変化も、人によって得られる結果が違うのでしょう。
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2012年2月10日(金) 19:42 血液内科の受診
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今日、転院して4回目の受診をしてきました。
白血球が下がってほっとしました。
リンパ腫の患者さんが血液検査を受けられて、白血球が下がったと喜ぶのは私ぐらいのものでしょうか。
sIL-2Rが293から400まで上がりました。
一瞬ギクッとしましたが、今の無治療の状態に入ってからの過去データでも、結構400台が出ていますね。前回の採血時は下痢をしていたようです。
過去の血液検査データは、ここをクリックです。
始めに、私が受けた主要な治療について書いていますが、その下の方に、血液検査の時系列的な値を書いています。
恐かった白血球が下がったので、今日は由としましょう。
何もかも望んでも、人は全てを与えられるものではありません。
今日は、採血後受診まで1時間半待ち。
転院して、距離は近くなったのですが、前の病院では正面玄関を入ってから出るまで10分という最短記録もありました。今の病院は受診前採血ですし、ある程度の時間がかかるのは仕方がありません。
雪の合間で、問題なく車を運転できたからよかった。
sIL-2Rが上がりましたが、それ以上に今回白血球が下がったのが嬉しい。
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3月18日 |
6月10日 |
8月26日 |
10月27日 |
11月11日 |
2月10日 |
| 最高血圧 |
転院後です |
156 |
180 |
近医にて |
159 |
116 |
| 最低血圧 |
−− |
96 |
110 |
−− |
92 |
66 |
| 脈拍 |
−− |
75 |
−− |
−− |
−− |
−− |
| 01抹消血液一般検査 |
| 02白血球数 |
7630 |
6710 |
6700 |
7800 |
9240 |
5970 |
| リンパ球数 |
|
1261 |
1079 |
|
1589 |
1409 |
| 好中球数 |
|
4650 |
4851 |
|
6699 |
3863 |
| 03赤血球数 |
481 |
459 |
467 |
463 |
437 |
419 |
| 04血色素量(Hb) |
16.3H |
14.7 |
15.4 |
15.6 |
14.5 |
13.95 |
| 05ヘマトクリット |
47.2 |
45.0 |
45.7 |
46.4 |
42.5 |
41.2 |
| 06MCV |
98.1 |
98.0 |
97.9 |
100.2 |
97.3 |
98.3 |
| 07MCH |
33.6H |
34.2H |
33.0 |
33.7 |
33.2 |
33.2 |
| 08MCHC |
34.5 |
34.9 |
33.7 |
33.6 |
34.1 |
33.7 |
| 09RDW |
14.0 |
13.6 |
14.6H |
13.5 |
13.4 |
13.6 |
| 10血小板数 |
13.8 |
13.0 |
14.4 |
16.4 |
13.7 |
17.1 |
| 11網状赤血球数 |
| 12抹消血液像 |
| 13骨髄芽球 |
| 14前骨髄球 |
| 15骨髄球 |
| 16後骨髄球 |
像機械値 |
像機械値 |
|
|
|
|
| 17好中球 |
|
69.3 |
72.4 |
|
72.5 |
64.7 |
| 18桿状核球 |
|
|
|
|
|
|
| 19分葉核球 |
73.0H |
|
|
|
|
|
| 20好酸球 |
4.0 |
5.1. |
4.9 |
3.6 |
4.0 |
4.7 |
| 21好塩基球 |
1.0 |
0.4 |
0.3 |
0.3 |
0.3 |
0.3 |
| 22単球 |
9.0 |
6.4 |
6.3 |
5.4 |
6.2 |
6.7 |
| 23リンパ球 |
13.1 |
18.8 |
16.1L |
15.2 |
17.2L |
23.6 |
| 24異型リンパ球 |
|
|
|
|
|
|
| カウント |
100 |
|
|
|
|
|
| 25未熟リンパ球 |
| 26未熟単球 |
| 27その外の細胞 |
|
|
|
|
|
|
| 28赤芽球 |
|
|
|
|
|
|
| 29総蛋白 |
|
|
|
7.3 |
|
|
| 30アルブミン |
4.5 |
|
|
4.6 |
4.1 |
|
| 31A/G比 |
|
|
|
1.7 |
|
|
| 32総ビリルビン |
0.6 |
0.4 |
0.8 |
|
0.3 |
0.4 |
| 33直接ビリルビン |
|
|
|
|
|
|
| 34間接ビリルビン |
|
|
|
|
|
|
| 35ALP |
213 |
213 |
215 |
|
197 |
207 |
| 36GOT |
|
|
|
22 |
|
|
| 37GPT |
24 |
39 |
22 |
31 |
22 |
|
| 38LDH |
181 |
173 |
172 |
|
182 |
158 |
| 39コリンエステラーゼ |
|
|
|
|
|
|
| 40LAP |
|
|
|
|
|
|
| 41γ-GTP |
|
|
|
36 |
|
|
| 42血清アミラーゼ |
52 |
43 |
44 |
|
53 |
53 |
| 43尿素窒素 |
|
|
|
9.8 |
|
|
| 44クレアチニン |
0.7 |
0.7 |
0.8 |
0.67 |
0.8 |
0.7 |
| 45尿酸 |
|
|
|
4.7 |
|
|
| 46ナトリウム |
140 |
|
144 |
142 |
|
|
| 47カリウム |
4.3 |
4.2 |
4.6 |
4.6 |
4.2 |
4.2 |
| 48クロール |
105 |
|
105 |
101 |
|
|
| カルシウム |
9.3 |
9.1 |
|
|
9.9 |
|
| eGFR |
>60.0 |
>60.0 |
>60.0 |
|
>60.0 |
>60.0 |
| CK |
61 |
64 |
57 |
51 |
54L |
43L |
| 血糖(血清) |
99 |
101 |
97 |
93 |
105 |
111 |
| 49総コレステロール |
|
|
|
|
|
|
| 50中性脂肪 |
|
|
|
223 |
|
|
| HDLコレストロール |
|
|
|
32 |
|
|
| LDLコレステロール |
|
|
|
163 |
|
|
| LDL/HDL比 |
|
|
|
|
|
|
| 51CRP |
0.1 |
0.1 |
0.2 |
|
0.1 |
0.1 |
| 52乳び |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
| 53溶血 |
− |
|
|
− |
|
|
| 54黄疸 |
| CEA |
4.5 |
|
3.7 |
|
|
|
| 55可溶性IL2レセプター |
336 |
288 |
293 |
|
408 |
|
| 56網状赤血球色素等量 |
36.1 |
|
35.6 |
|
|
|
| 57幼弱血小板比率 |
3.2 |
|
2.3 |
|
|
|
|
ありがとうございます。
今回も執行猶予をいただいてセーフです。
今回からは、検査データが院内FAXからでネットークに載りました。
先週1本抜歯して、今週は別の歯茎が膿んで切開しました。今回の採血は、炎症でCRPや白血球が上がっているかと思いましたが、変化はありませんでした。
左顔面の痙攣は低位安定で、まだ残っています。緊張すると確実に出ます。
初回治療の途中からでた症状ですが、今も正座をするとすぐに足先が吊ります。畳の上で横になってテレビを見ていたら、30分ほどで間違いなく足先が吊ります。
フルダラビン治療が終わったときに歯茎ががたがたになり、順次抜歯して上下入れ歯で、総入れ歯も真近になっています。上の歯は残り2本になりました。
足裏の魚の目と水虫、背中のふん瘤が続いています。
背中の憤瘤が気になりますが、今は外科手術でとってもいいしとらなくてもいいという判断だそうで、皮膚科の主治医にとる気はなく、その話しを避けてさえいるように見えます。
万年性の便秘も変わりません。
体の各所に小さないぼ(皮膚科主治医確認済み)がどんどん増えています。
左手薬指に発症したボーエン病の予後は良好です。
検査結果のすべてを転記していますが、私は個々の意味する内容を知りません。
でも、ここに来ていただいた検査結果に詳しい患者さんや医師なら、その人達のお役に立てるんではないかと思ったり、濾胞性の患者さんなら、いくら個人差があるといっても比較の対象データが欲しいでしょうから、そう思ってお見せしています。
リンパ腫の初回治療を受けたのが1997年の4月でしたから、14年と10ヶ月足らずになります。その5年ほど前に首のしこりに気がついていましたから、発病からはもう20年を超えているはずです。
次回の受診は3ヶ月後の5月5月14日で、初回治療を受けてから15年を越えます。
昨年は、主治医と病院が変わるという大事件がありましたから恐かったのですが、
状態がおちついているようで何よりです。
環境に大きな変化があると、病気も動くことが多いので恐かったのです。
体年齢を、精神年齢が追いかけています。
相当離れていたのですが、急激に追いつきつつあります。
悲しいことですが、それも人生です。
私の時系列的な過去に受けた治療歴は、ここをクリックです。
そこは2段になっていて、上段は私が受けた治療履歴のみで、下段では、もう少し説明を加えたり、血液検査結果数値も書いています。
上記検査結果と、以下の記述は、あくまでもS.K個人の場合です。
血液検査結果から病気を読み取る考え方にも個人差があります。検査結果の内容は、治療で効果が出ているときと、長く治療をせずにいて、再発の方向にあるときでも変化の方向や数値が違います。
あなたと私が、お互いにこの病気になっていなかった健康なときでも、あなたと私の血液検査結果は個人差がありますから違います。病気になってからも同じように個人差があります。
同じ濾胞性のリンパ腫でも、私が受けて良好な結果が得られた治療方法が、あなたにも最大の効果が得られる保障はありません。その逆の場合もあるから難しいのです。それぞれの治療には二次発がんの危険性や骨髄抑制の深さなど、致命的な副作用の恐さがあります。sIL-2Rひとつとっても、濾胞性のリンパ腫が相当進行しているときでさえ200前後の人がおられますし、長く寛解にあるときでも500を下がらない人もおられます。私の場合ですが、寛解が続いたあとで再発方向にあるときはsIL-2Rがほぼ上昇してきます。しかし、治療を始めた後のsIL-2Rの値は、病状の変化を反映したものとはいえない変化をすることがありました。
どうかあなたも、あなたの検査数値変化の方向性を知られますように。
『検査結果はなるようにしかならないんだし、もう少し前向きになればいいのに』と思われる人もおられるでしょう。
同じリンパ腫でも、濾胞性リンパ腫の場合は、たぶんその質が違うのです。
濾胞性リンパ腫の人で、そう思われるなら、あなたは強い人でしょう。
ホジキン病や瀰漫性リンパ腫の人は治癒が目的ですから、検査数値の結果に対する治療行動や考え方が違うのです。濾胞性では今も「経過観察」という治療法がありますが、ホジキンや瀰漫性には基本的に「経過観察」という治療法はありません。同じリンパ腫でも違うのです。
そんな私の気持ちは、同じ濾胞性の患者さんならおわかりいただけるでしょう。
受診の前は、今でもどきどきです。
毎年再発してきた濾胞性リンパ腫の人の寛解が続いたら、
主治医は、5年だといいました。
治癒の可能性についてです。
ここにそれ以上書くと裏切られそうに思うので、それは書きません。
5年経てば、もう少し書けることもあります。
今はまだ書けません。
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ファイトォオ− 

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2012年5月日記に書いたリンク集
|
01日
|
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| Only one day
(1日だけ、履歴に残さない当日日記) |
この日記では記述に色分けをしています。
通常の日記は紺色で書いています。
持病で私の事を書くときは紫色で書いています。(20070701から)
持病で一般的なことを書くときはの色で書いています。
まれにですが、最重要個所では赤字を使っています。
8月9日からしばらく、母の病気や家族への伝言はこの色で書いていきます。
株式のNET売買について書くときはこの色です。
※ 注意
これから私のメイルアドレスを以下とします。
sabcdek-ybb.ne.jp
上の−(ハイフォン)を@(アットマークに変えてください)。
それが今後は、この持病関連で使う私のメイルアドレスです。
詳細な理由は、このホームページのアドレス変更と共に3月28日の日記に書いています。
このホームページの正規のアドレスは以下です。
http://www.geocities.jp/nagalelumamani/
それ以外のアドレスだと正常に動作しない部分もあります。
ここに私が書いていることで、治療に関することは、あくまでもリンパ腫の患者である私個人の場合です。ホジキン病や、非ホジキンでも濾胞性や瀰漫性の違いだけでなく個々の患者さんによる違いが大きなものだと聞いています。読んでいただいて思われることがありましたら、主治医の先生に相談されることをお勧めします。
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