5:30分起床。外は曇り空。昨夜の冷え込みからするとさほど寒くは無い。結露もテントに殆ど無くて
助かる。昨日は真っ暗の中でテントをはったのだが、こんな場所だったとは・・・。

初日のテン場はグラウンドの片隅だった

 結局キャンプ場も見つけられずにやむを得
ずここでテントを張ったのだが、車の通行量
も全然ないし、朝も散歩する方などいない
し・・・。
 なんだかんだで結構あたりだったのかもしれ
ないな。水場もすぐのところにあったし。トイ
レはグランドの向こう側にあったようだし。今
夜はちゃんとしたキャンプ場に泊まりたいもの
だ。


 朝飯を作って食っている時間が勿体無い、
という理由で朝飯はいつもコンビニで済ます
俺たち。さっさと撤収を始めて、7:05分に
出発する。今日の、というか今回のツーリン
グの目玉のひとつである、只見にある「河井
継之助記念館」を訪れる。


 いったん国道17号線を南下して堀之内町の駅前コンビニで朝飯。今日は祝日じゃないから、中学生
たちが白い息を吐きながら通学している。そんな目で俺たちを見ないでね!普段はちゃんと仕事してるん
だからさ。たまには大人にもくつろぐ時間が欲しいのよ。


 小出から国道252号を六十里越で会津へ入る。景色はよき日本の時代の農村風景で、農家の大き
さと美しい田園風景に関心しながら六十里越を目指す。ここは冬季の間、豪雪により通行止めになる、
国道252号の最大の難所だ。
 標高を稼ぐにつれ、周りの山々との距離が近づいてきて、スノーシェルの道路が多くなる。

六十里越を目指して駆け上がるかみさんのBMWF650GS

 六十里越まではなだらかなカーブの続く山道
だが、幅員はちゃんと2車線確保されていて、
気持ちのよい山岳道路だ。


 幕末。越後長岡藩の家老(当時は西軍が
使用していたように「総督」と呼ばれていたよう
だ)であった、河井継之助が、戦に破れて会
津へ落ちたときに、国境越えの山道として利
用していたのが、八十里越。しかし現在では
ほぼ廃道に近い存在になってしまい、こちらの
六十里越が一般的である。ちなみに司馬遼
太郎著の、河井を書いた歴史小説「峠」は、
小説に出てくる数ある峠のどこかが舞台にな
っているようでもあるし、生き様そのものを峠
となぞらえた感もあるのだが・・・。


河井ファンにはたまらない「河井継之助記念館」

 六十里越を越えると、一気にヘアピンもある
下り坂になった。途中に、日本の秘境駅と言
われている、堀立て小屋みたいなJR只見線
田子倉駅を通過し、田子倉ダム湖の下流に
出てしばらく走って、9:35分、河井継之助
記念館
に到着。


 ここまでで察しが着いている方も多いと思う
が、俺は司馬遼太郎の「峠」を読んで、河井
の大ファンになってしまった。先を読む確かな目、
物事を常に客観的に見る冷静な心、それに
自分の決めた道を決めたら邁進する強い心、
決断力・・・。小説の中でしかわからないけど、
とにかく”一目ぼれ”状態だったのだ。だから、
何時の日かこの記念館には絶対に来てやろう、
と思っていたのだ。

 河井継之助の人物については、俺がどうこう書くよりここから皆さんで個々に判断してください。かなり
好き嫌いが分かれる人物だと思います(彼自身も、その辺については当時の日本人には珍しく、好き
嫌いや、物事をはっきりさせる人物だったらしい)。


 それはともかく、さっそくかみさんと入館料300円を払って中へ。最初に目を引くのが「河井の終焉の
間」という部屋
で、当時のまま残されたものが移築されて展示されている。早速デジカメで写真を撮ると、
受付のお姉さんに「館内は撮影禁止になっておりますので・・・」とクギを刺されてしまったが、画像の没収
は免れた。
 とにかく河井ファンなら一度は訪れてみたい記念館で、内容もまぁまぁ充実していて楽しかった。10:25
分出発。


 只見を越えたら只見川の左右岸を渡りながらなだらかに下っていく道路に変わる。交通量が多く、工事も
多かったので、快適な道路とはいえないが、景色が最高なので、それらさえ改善できればかなりおススメの
道だ。
 途中の「道の駅 三島」で、かみさんへ「牛のべっこ人形」をプレゼントする。そう、今日はかみさんの3○
回目の誕生日なのだ。なんか毎年ツーリングの途中でかみさんは誕生日を迎えているな。それでいいのか
な?まぁ不満めいたことも言われたことないし、いいか。


 会津坂下から県道21号に入って、喜多方ラーメンを目指すべく、喜多方へ向かう。ここまでくれば会津
盆地が広大に広がり、田園風景も広い。喜多方ラーメンと言っても店がたくさんあるので、JR喜多方駅前
の観光案内所により、「喜多方ラーメンマップ」をゲットし、「あべ食堂」にターゲットを絞る。

喜多方「あべ食堂」のチャーシュー麺。うまかった!

 盆地に入ったらすっかり天候が良くなってかなり
暑い。おまけに路地がとにかく狭くて、観光客も
多いから、店にたどり着いた頃にはバイクも俺も
かみさんもかなりグロッキー。早く栄養補給が必
要だ。喜多方の町は歩きかチャリでの観光
をおススメします



 で、肝心の喜多方ラーメンだが、俺は大盛
チャーシュー麺(850円)、かみさんは中華そば
(550円)を注文。店内は地元の老若男女で
混雑している。二つを食べ比べたが、チャーシュー
麺のほうがコクがあって旨いことが判明した。一応
念のため。

 そういえば、JR喜多方駅前の観光案内所で、一人しかいないおばちゃんに、「地元の人が行くラーメン
屋さんはどこなの?」って聞いたら「どこでも行きますよ」だって!それじゃぁ答えになってないじゃん!って感
じだったけど、その言葉が正しいとすれば、どこのラーメン屋さんも旨いということになり、かなりハイレベルな
店が揃っているということになる。
 喜多方ラーメンを食いたければ、手ごろなところで、「小法師」というチェーン店があります。


 喜多方ラーメンを楽しんだ後はかみさんのリクエストにより、「桐の博物館」に立ち寄る。俺は全然興味
沸かず・・・。それでもかみさんは熱心に見学し、14時前に会津若松に向けて出発。
 会津若松は、会津藩23万石の城下町で、戊辰戦争の悲劇の主役である白虎隊の悲劇の町として
、現在は会津の中心都市として有名な街だ。まずはシンボルである鶴ヶ城へ。

会津のシンボル、鶴ヶ城

 城跡は公園になっていて、市民や観光客で
混雑していた。特に天守の中に入ることはし
なかったが、休憩所で休んでいると、面白い
というか、何か惹かれるポスターを発見。言葉
の意味がよく理解できないのだが・・・。


 会津若松に入ったらまた曇ってきたので、
早めのキャンプ場到着を目指して結局城
だけ見て出発する。磐梯山ゴールドライン
を経て裏磐梯のキャンプ場を目指す。今回
初めてのスペシャルステージなので、嫌でも
期待が高まる。料金所で530円を払って、
裏磐梯に向けてアクセルを開けて、グングン
標高を稼いでいく。ここはかみさんのことなど
気にしていたら楽しめないから、悪いけど先に
行ってるよ!気をつけて追いついてね!
 


磐梯山ゴールドラインはどちらかというと景色を楽しむ高速山岳道路

 磐梯山ゴールドラインは、最初の上り口
付近こそ、それなりに楽しいルートだったが、
スキー場を越えたあたりからは、走りより景色
を楽しむ山間道路に変わってしまって、少し
残念。特にスペシャルなコースでもなかった。


 16:40分、休暇村磐梯高原キャンプ
に到着。最初は五色パラダイスキャンプ場
を予定していたのだが、人が誰も居ないのと
なんとなく雰囲気が合わないので、休暇村
の方に鞍替えしたのだ。と言ってもこちらも誰
もおらず、俺たち二人だけだったが・・・。
 本当は管理人のところへ電話してください、
って看板があったけど、気づかぬふりをさせて
もらいました。

 夕食にはまだ早いし、テントも張り終えたしということで、明日以降のスペシャルステージに備えて、誰も
居ない広い駐車場で八の字やUターンの練習をすることに。たまに、時間があると二人でやるのだ。何事も
基礎練習が大事なんです。

得意げに?バイクを操るかみさん。

 まぁうまいかどうかはともかく、バイク乗りと
してはやっぱり上手くなりたいわけでして、
かみさんもかなりの熱の入れよう。かみさん
のバイク、BMWF650GSはハンドルが切
れるようで、かみさんもちょっと自信があるよう
だ。
 前に教わったのは、クラッチでスピード調整
するんじゃなくて、クラッチは切らず、ローのま
までフロントブレーキで調整するものだ、と教
えてもらったけど、俺の悪い癖で、クラッチを
切らないとエンスト起こしてコケてしまいそうで
どうしてもできない。また俺のバイクは重いし
コケたら傷ついちゃうし・・・。


 コンビニもあって買出しが便利な場所で助
かった。勿論温泉旅館もたくさんあるので、
温泉に入って綺麗さっぱりしてからテントに
戻る。


 晩飯は米+野菜炒め+味噌汁に、昨日
購入した干し貝柱をつまみに焼酎を飲む。


 かみさんといろんな話をしながら、酒も進み
21時頃、早めに就寝する。
 明日はレークラインと磐梯吾妻スカイライン
だー!


 今日の走行距離・・・240km

夜のお楽しみである、火を見ながらのふたりだけの宴会