|
僕はよく物をなくす。ちょっと油断するとすぐ在り処が分からなくなってしまう。困った癖だと思う。
人生においてこれまでいろいろな物をなくしてきた。すぐに見つかったものもあれば、なかなか見つからなかったものもある。しばらく見かけなかったものが実はなくなっていたと分かったケースが最も困惑させられる。最後に見かけたのはいつで、どこへ置いたかという記憶が頭の片隅から削除されたころを見計らって物はひょいと姿を消すようにさえ思える。
僕に限らず、人は物をなくすことに関していろいろなシチュエーションを経験していることだろう。
つい最近、また物をなくした。久し振りにそれが必要になったので、置いたはずの場所を探してみたのだが、見当たらなかった。あれ、そんなはずはないと、もうちょっとよく探してみても見つからない。それどころか、探しても探しても発見できなかったのだ。
どうして探し物をしているときというのは、どこまでも見つからないのであろう。往々にして探していないものが見つかることもあれば、探すのを止めたとき見つかることもよくある話である。しかし、探しているものは探しているときには見つからないものなのだ。
さて、暇を見つけてはあちらこちらを探した結果、それは3日後にやっと発見された。こんなにも見つからなかったのは最近では結構珍しい。
しかしながら悪いことばかりでは終わらない。なぜなら探し物が見つかった瞬間にあることがわかったような気がしたからだ。
それは「探し物を見つけるコツ」である。
あとから振り返ってみれば、自分は下手な探し方をしていたのだなあと思えた。僕は探し物の在り処を見過ごすべくして見過ごしていたようなものなのである。果てしなく続くと思われた苦難の捜索の後に見つかったからこそ見つけることができた「探し物を見つけるコツ」について以下に紹介する。
なくした物を探すとき、人は同じ場所を何度も何度も探したりする。
「ここはさっき見たけど、もしかしたら見落としてるかもしれないから念のためもう一度見てみよう」というふうに。
物をなくした人に共通して言えることは、「物をなくした」ということにおいてひとつの失敗を犯しているということだ。そして失敗をした直後、人はたいてい自分に対する自信を失ってしまう。そんな状態で探し物をしても自分の探し方に自信がないからもう一度同じ場所を探すことになる。この行為こそが物を探す効率を下げ、探し物の発見を困難にしてしまうのではないか。
まず経験的に言って、何度も探した場所からなくした物が見つかる可能性は極めて低い。自信がないから何度も探してしまうのだが、案外、探すという行為自体はしっかりできている。だから、探すと決めた場所はしっかり探すことにし、一度探した場所からはもう出てこない、と自信を持って諦めるくらいの心意気で臨む。これが物探しの効率を良くする第一歩だ。
そしてもうひとつの方法は、「なくした物を見つける」のではなくて、「なくした物が見つかる可能性がある場所を見つける」ように心掛けるということだ。
このふたつ、同じように聞こえて実は全然違う。例えば、なくした物が書類だった場合、書類を捜している限りにおいて意識しているのは視線の先に見覚えのある書類があるかどうかということだけである。こんなときの探し方は場当たり的で、視野が狭い。
こんなときこそ考え方を転換してみるとよい。
「もしかしたら机のマットの下にあるかもしれない」、「机と机の隙間へ潜り込んだかもしれない」、「引き出しの奥に落ちた可能性もある」というふうに視野を広げ、なくした物が見つかる可能性がある場所を見つけるように心掛けるのだ。この発想の転換こそが視野を広げ、結果的に発見までの近道となるのだ。
3日間探したのちに探し物が見つかった場所というのは、何度も探していた場所ではなく、そこにあるかもしれなという可能性すら考えていなかった場所だった。
見つかってしまえばなぜここを探さなかったんだと後悔しきりだったが、それまでは同じところを繰り返し探すばかりで、そこにあるなんてことを全く想像していなかった。
今回の出来事は典型的な物探しの失敗例でもある。しかしこの事例をもとに僕は探し物を見つける極意とでもいうべき方法を見つけてしまったのだ。
はたしてこのコツは本物なのか、ただのひらめきだったのか、僕は次に物をなくすのが今から楽しみで楽しみで仕方がないのである。
2002.9.28

BBS
|