
過食症克服体験記
過食症について私の経験を書き綴ってみたいと思います。もがき苦しんでいる時期は摂食障害に関する本やインターネットの情報を読みあさったりしては、「どうすれば治るんだ!!」と自暴自棄になりかけながらよく泣いていました。どうにもならずそこでまた食べる…何とも言えない時期でした。でも、ある時、治すのは本の情報の力でも他の誰でもなく自分なんだ!自分しか自分の病気は治せない!と強く気持ちが変化した一瞬がありました。
過食をやめようと思うのではなく、むしろ、それ自体を受け入れることが大切なようでした。それまでは買ってきた袋いっぱいの食べ物を見て、「あぁ自分はこんなたくさんの食べ物を買ってきてしまった、しかもこれを今から全部食べようとしている、何てあさましい!」と思って、自分がいつも嫌で嫌でたまりませんでした。食べているときも、「どうして食べているんだろう、いつまで食べるんだろう」、と思いつつも、もう自分から魂が抜けて何も考えずにただひたすら獣のように次から次へと食べ物を食べていました。食べた後に我に返り、山のようなゴミを見てはうんざりとしてしまい、いつも鬱々していました。
そこで、まずは過食する自分をよく見つめてあげることにしました。過食をとことん「よし」とすることにしました。過食は一現象であり、過食も可愛いものだ、と考えるようにしました。そして、過食する自分を嫌なものではなく、過食する自分を愛そうと思いました。過食するほど何かに満たされてないみたいね、気が済むまで過食すりゃいいじゃん、と。今の私はこれ全部が食べたいみたいね、いいさ、食べなさい、と。食べたいものは我慢せずに、もう食べることにしました。私は今これらが食べたいからこれらを食べているのだ、と思うようにしました。食べて太るならとことん増えてしまえ!行くところまで行きなさい!と思うようにしました(これもずっと続くものではないんだろうと信じていたので)。要するに全てを受け入れ、プラスに考えることから始めました。風の向くまま気のむくまま。人生なるようになります、と思い込みました。過食するのには何かに満たされていないからである、という考え方があるのですが、確かにそうなんだろうとは思いますが、はっきり言って何に満たされていないのかは分かりませんでした。何かに満たされてないのは分かるのですが、何に満たされていないのか分からないままでした。でも、そんなことは追究する必要はないです。
過食症時代は、許容量をはるかに超えて食べていたので、食べた後吐いていました(吐こうと思わなくても勝手に吐物が上がってくるほど食べていました)。しかし、嘔吐はあえて意識的に我慢することにしました。吐いたら胃が空っぽになり、また食べられるようになるので、過食に走ってしまうからです。
それから、これは摂食障害のどんな本を読んでも書いていなかったことなのですが、私の場合は、「過食もある程度のところまでいったらネタ切れしてきっと食べたいものがなくなるだろうから、今は食べたい物を食べよう」と思い、とことん過食ワールドに浸ることにしました。コンビニめぐりも続けました。普通は本には過食をしないためのイロハが書いてありますが…。そのかわり体重は増えます、かなり(笑)。ちょっとハイリスクですが、これがよかったみたいな気がします。ハイリスクと言っても体重が増えるだけです。体重が増えるのはそりゃあ嫌ですが、それ以外何も悪いことは起こりませんでした。過食するときは、部屋とテーブルの上をきれいに片付け、ゆっくりと過食できるようにして過食を楽しむ(?)ようにしました。「食べている」という意識を忘れないようにするためです。過食のときは自分でなくなってしまっていましたから、せめて、自分がこれらを食べようと思って今食べているのだな、という意識を持ちたかったからです。
過食ワールドをよしとしながらも、いつもどこかに「治そう」「いつか治る日が来る」という気持ちはもっていたように思います。治そうと気負いすぎないけれども治そうという気持ちは必要、と何だかよく分からない考え方です。要は考えないことがいいみたいです。「ありのまま」がいいみたいでした。どこかできっと我慢したりして満たされずに過食と言う行為でそれを表現している自分に、さらに食べないことを強いて無理をさせるのは自分が苦しくなるだけだと思いました。表現できているだけ上等だ、と考えるようにしました。
それから、私はどうやら自分を可愛がることをしてきてなかったみたいで、愛に飢えているようでした。だから、とことん甘えさせてみました。そして、自分をもっと可愛がってあげる時間をもつようにしました。具体的に言うと、自分の好きなことを「自分ひとり」でする時間をたくさんもつようにしました。それまでも私は一人で行動してはいましたが、もっともっと自分の好きなことを気の済むまでやらせてもらおうと思いました。好きなこととは、私の場合は音楽です。とことん一人で好き勝手に過ごしました。一日中音楽を聴き、一人で毎日のようにカラオケに行きました。それから、今まで欲しかったけど買わずに我慢していた楽器を片っ端から買い、狂ったように弾きました。でも、ずっと一人というわけではありませんでした。ある時、ひょんなことからある友達に「一人カラオケ癖」がばれて、それ以来、その友達と一緒にカラオケに行くようになりました。カラオケだけでなく、一緒に買い物に行ったり、遊びに行ったり、家に呼び合ってご飯をふるまい合ったりするようになりました。高校生以来初めて気の置けない友達ができました。次第に自分には友達が大切だと思える心が芽生えてきました。一人で存分に楽しんだおかげか、次第に自分以外の他人と付き合っていける心の余裕ができてきました。
ある時、その友達が私の家に遊びに来たとき、私が隠し忘れていた「摂食障害」についての本(結構たくさん(笑))に友達が気がついて、私が病気であることに気がついたようで、「もしかして!?」と尋ねてきました。なんとなく感づいていたみたいでした。それで病気のことを少し話しました。今は過食でものすごく悩んでいるということも話しました。それからもその友達はごく自然に付き合ってくれました。そんな安心からか、食べることに対する嫌な感情が和らいでいきました。その友達と食事に行ったりしているうちに食べることが何となく楽しいと思えるようになっていきました。それとともになぜか体重が日に日に増えていったのでした。それは他でもなくコンビニめぐりをしたからですが。友達は「うん、急に変わったね。でも、今は食べたい時期なんよ、大丈夫。体重もいつか減る減る」と言ってくれました。
そんなある日、以前はいていたGパンを久しぶりにはいてみたとき、はけなくなっていました。そこで初めて私は、自分がものすごく太ってしまっていることに気づきました。それはそれはショックで大泣きしました。さすがにこれはヤバイと思いました。ここで数日間のこれまでにないほどの鬱期間が始まります。無表情、無感情、動けない、自分が嫌いになる、世界が嫌い、友達とも音信不通になる…。部屋を真っ暗にして引きこもりになりました。醜い自分の姿を見られたくなかったからです。でも、引きこもって鬱々と考えていたら、急に「あれだけ思うままに食べていたのだから当ったり前じゃーん♪」と気楽に笑えてしまったのでした。それで、「どうもお疲れ様でした。わたしはもう満足しました、もう好きなだけ食べたので、もう結構です」と思えました。この鬱状態はたったの3〜4日でした。今考えるとこれが最後の私の鬱です。摂食障害を克服する前にこんな素晴らしい鬱状態をプレゼントしてもらえるなんて神様も粋だな(ちょっと酷すぎる。あまりにも酷い鬱でした)と思います。これが最後の鬱だとは、そのときは夢にも思っていませんでした。ちょうどこの頃、「食も心も食べ物との素敵な関係を楽しむために(スーザン・アルバース著:星和書店)」という本に出会いました。その本はこれまで読んだ摂食障害の本とは違いました。期待せずに読んだだけあって衝撃が大きかったのか、Gパン事件でショックを受けた後だったこともあってか、その本を読んで、「食べ物をもう一度おいしいと思いながら食べられるようになりたい!」と思いました。そして、自分の食事を見直して、元に戻していきたい、今ならやれるかも!と思えました。過食症を克服したい気持ちを新たにしました。
過食症を克服するのは、痩せるためのダイエットとは違うので、食べる量を減らそうと考えるのではなく、忘れかけた食べ物に対する本来の自分の気持ちを捜すようなスタンスだと考えます。どうやら考え方の視点が大切みたいでした。だから、食べる量はどうでもいいから、とにかく、マインドフルに食べる練習をしました。まずは乱れていた食事時間を1日3回にしました。最初は慣れなくて辛かったです。量を減らすことは全く考えませんでした。1回で食べる量はまだこのときはかなり多かったです。1食で1日分くらい食べてしまうことも多々ありました。でも、それでよいみたいでした。とにかくまずは1日3回のリズムを身体に思い出させました。そして、食べるものを五感で感じながら食べる練習をしました。食事は自分で作ろうが、出来合いのものでもかまわないと思います。きれいに盛り付けたりなんかしながら、楽しく美味しく食事をとり、自分に負担をかけないことが何より大切だと思います。ま、そんなことをしながら、徐々に食べる量を減らしていったのですが、だからと言って、急に食べる量を元の戻すことは出来ないし、デザートがないと口寂しくて我慢できないので、毎食1食+デザートの献立にしました。徐々に食べ物の嗜好が正常化してきて、健康的なものを選んで食べたいと思うようになり、気がついたらお菓子・デザートは必要なくなっていました。試しに、買い物に行った際に時々わざとパンやお菓子のコーナーを見てみるのですが、「別に今はいらないよ」と思えるようになっているんです。不思議です。今でももちろんお菓子は時々食べますが。やっぱり美味しいので(笑)。
食に対する意識が変わっていくと共に、人に対する意識も変わっていきました。これまで出会ってきた人たちがかけがえのない存在であると思えるようになっていきました。友達、先生、…人とのつながりを大切にしたいと思えるようになりました。そう思えるようになったかと思えば、気づけば食べ物に対する執着はいつの間にか消えていってしまっていました。この病気を治すのは「人」だという話は本当だな、と思います。
過食症から脱出するときには往々にして体重が急増するというケースが多いらしいのですが、私も例に漏れず急増しましたね。全くショックではなかったと言うとそれは嘘になりますが、体重が急増したことより何より、食べ物のことで頭いっぱいになって辛い思いをしたり、食べている自分に嫌な感情を抱いたり…といった食べ物に対する辛い感情を抱かなくてもよくなったことの方が大きな意味がありました。体重が増え始めたのも最後の究極の鬱状態ももう治りますよ、という意味だったんだと勝手に思い込んでいます。体重は後で何とかなるかな、と開き直っています。今、そろそろ体重を落としていこうかな、と考え始めています。まだまだ自分のベスト体重からするとかなりオーバーしていますが、今は食べる量は落ち着いていますし、長い目で見ていつか減るだろうと思ってマイペースで過ごしています。でもやはりたくさん食べることはあります。食べたいときは我慢しません。その代わり、今から食べようとしている物を並べて、「私はこれらが食べたいから今からこれらを平らげます。いただきます」と意識的に、マインドフルに過食をするようにしています。味わって過食しています。でも、以前みたいな量はもう入らないです。
あと、私の過食の原因として明らかなことが一つあって、実家に帰ると精神状態が落ち着かなくて、過食してしまうパターンなので、実家には帰らないことにしています。もう久しく家族と会っていません。一人で好きなことをして、友達と遊んで、という生活で私の精神面は安定しています。勝手かもしれませんが、私は私なので、私の好きなように生きる、自分がしたいように生きるということにしています。とにかく自分を疲れさせない生き方をするようにしています。頑張らない、適度に適当、手抜き、好きなことをする。それでも世の中意外とちゃんと渡っていけているような気がしています。
それから、笑うことがいいみたいです。とにかく笑っていることで世界が楽しくなります。いつも笑顔でいると、嫌なことも前向きに捉えられるようです。