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 2010 

借りぐらしのアリエッティ12/20(水)

人の家に住まわせてもらってるから「借りぐらし」なのかと思ったら、
どうやら「人の家から色々借りて暮らすから」という意味もあるらしい。
しかし返さないし代価も置かないので「借りパクのアリエッティ」が正しい。

描き出されるのは小人のアリエッティの淡々とした暮らし。
森のような雑草まみれの庭、ごきぶりやコオロギが跳ね回る縁の下、雨が降れば
そのわずかな雫だけでびしょぬれになってしまうほど小さな彼らは、人から角砂
糖を借り、ティッシュを借り、居心地のいい住まいで家族3人で暮らしている。

そしていよいよ14歳になったアリエッティが、お父さんと一緒に人間の家に物を
「借りに」行く夜。ロープを渡り、手作りのリフトを使い、つま先にナイフを
仕込んだブーツや粘着性のある手袋、釣り針を利用した投げ縄を使っての、
小人の大冒険が、ジブリらしいこだわりで、実に丁寧に描かれていく。

けれどアリエッティはそこで部屋の主に姿を見られてしまう。
それは心臓が悪くて、手術の前に療養を兼ねて祖母の家に来ている翔だった。

お父さんは落ち着いて道具を片付け、娘を連れて家に帰る。
このお父さんを演じたのは三浦友和だったけど、なかなか落ち着いた渋い声で
優しくて強いお父さんを演じてたよ。鶴見辰吾とか、最近「へぇ」と思うよう
な俳優の声優出演が多いかも。

お父さんとお母さんが算段するのは、正体を知られたからには引っ越さなけれ
ばならないということ。居心地のいい家を離れる事にお母さんは反対だし、
実は、もう長いこと自分たち以外の小人に会っていない。
もしかして自分たちが最後の3人では?という不安感も一家を苛んでいる。
だって、もしそうならアリエッティは一人になっちゃうもんね。

一方祖母から、昔この家には小人が住んでいたという話を聞いた翔は、
ひいおじいさんが小人たちのために買ったドールハウスをプレゼントする。
けれどこれは小人にとっては破壊と乱暴以外の何ものでもなく、お父さんも
お母さんもすぐにでも引っ越さなければと決意を固める。ところが…

というのが大まかな粗筋なのだけど、まぁ大方の予想通り、おとなしい小品。
ジブリでなければ、そして80年代やバブリーな頃なら、TVスペシャルでやれば
いいような内容だ。翔とアリエッティの大きさの違いを、アリエッティが彼の
呼吸や鼓動、歩く時の振動を感じることで比較するとか、描写は細かいよ。
細かいけどねぇ…そういうのを延々と見せられて面白い?と聞かれると…

樹木希林演じる、小人を捕えようとするお手伝いさんも、その行動の理由が
いまひとつわからない。だって竹下景子演じる家の主であるおばあさんは、
子供のころから小人を見たいと思ってるのにさ。あのおばさんはなんなんだ?

あとアリエッティのお母さん役の大竹しのぶは、声だけでもエキセントリック。
樹木&大竹というキワモノ女優がそろっての怪演だけでおなか一杯だったよ。
竹下景子が落ち着いたいい声だったので、次回作で使えばいいのにね。

やがて藤原竜也が演じる小人の案内で、アリエッティたちは引っ越していく。
最後に翔とお別れして、アリエッティのほのかな初恋は幕を閉じる。
手術を受けた翔がどうなったのか、アリエッティたちは無事、他の仲間に
出会えたのか、そういったことは当然語られることもなく、川を下っていく
彼らを見送って物語は終わる。淡々と、ひたすら淡々とした物語だった。

うーん…箸休めというかなんというか…
「猫の恩返し」もこんな感じだったけど(あっちはもう少し冒険譚の色合いが
強いけど)、わざわざ映画で、莫大な金と人手と時間をかけてやる作品かねと
思わなくもない。描写は丁寧なんだけどね。それはスパイスでいいよと思う。
魔女宅でキキが焼くパンケーキとか、ハウルでソフィーが部屋を片付ける
シーンとかみたいにさ。ジブリ美術館ででも上映すればいいんじゃないか?

アリエッティはスピラーと結婚して細々と借りぐらしを続けるんだろう。
そうしないと翔が言ったように小人たちの血が耐え、滅んでしまうから。
なんというか…最初のナレーションで過去を語っていた翔が、最後に「今」
の状況を語る(=生きる力を分けてくれた彼女を思い出す)、という演出
でもよかった気がするけどなぁ。まぁ、こういうのもアリ…なのかな?


ウェンディ&ルーシー3/5(土)

心機一転、全てを捨ててアラスカに向かおうと旅立ったウェンディ。
けれどオレゴンまで来たところで所持金が心細くなり、車が故障してしまう。

しかも愛犬ルーシーのドッグフードまで底をついたので、
彼女は軽はずみにもスーパーで万引きしてしまう。
若い販売員の頑固な真面目さは彼女の罪を逃さず、
連行されたウェンディは警察署に長時間拘束される事に…

もうね、このウェンディはひたすら運がない。

もちろん万引きはよくない。
特に彼女の場合、金が全くないわけじゃない。
フェリーでアラスカに渡るため、残金チェックのために
使った金をメモにつけているくらい、金に頼っている。
なのに一体どうしてこんな無謀な冒険旅行に出たのかは語られない。

まぁこの街でも仕事はなく、街角には人影もなく、
停滞してるんだろうなと予想させるので、
ウェンディも何かに絶望してインディアナ州を
飛び出してきたんだろうということはわかるけど…

ルーシーを探して収容所へ行き、ポスターを貼るウェンディ。
最初に「ここに車を停めてちゃダメだ」と言った警備員だけが
彼女に親切にしてくれて、行方不明になった犬のために連絡先に
なってくれたりもする。そんなふとした優しさは心に沁みるけど、
万引きや犬を置き去りにするとか野宿とか、迂闊な行動も多いので
あまり同情はできないなぁ。そもそも何も決めずにインディアナを
飛び出してくる行動が迂闊以外の何物でもない気がするしなぁ…

車は状態が絶望的で、無償で廃車するか2000ドルかけて修理するか。
保釈に50ドル、レッカーに30ドルと金ばかり出て行く中、朗報もある。
ルーシーが見つかったのだ。喜ぶウェンディに、警備員がわずかな金を
渡してくれて、彼女はようやくルーシーと再会する。優しそうな飼い主と、
広い庭。ここならルーシーは大切にされ、穏やかに暮らせるだろう…

車のないウェンデイはルーシーを置いてアラスカに向かう事を決意する。
泣きながら別れを告げ、彼女が列車に乗ったところで、映画は唐突に終わる。

ウェンディがアラスカまで行けたのか、再びルーシーと会えたのかは
全くわからない。金が尽きて姉に頼らざるを得なくなるのか、途中で
仕事を見つけて住み着くことになるのか、犯罪に巻き込まれるのか…

なんだかよくわからなかった。
とにかく体温の低い映画で、登場人物も少ない。
警備員は同情的で優しいけど、それ以外は別に…
でもだからって皆、冷たいとか意地悪なわけでもないんだよね。
(スーパーの店員だってウェンディは犯罪を犯したんだから無理ないし)
まぁ普通。特に縁もゆかりもない旅人に対してはホント、あんなもんだよ。

正直、今後も困難ばかりだろう旅に身勝手な「自分の心の拠り所」として
犬を連れて行くのは感心しなかったので、新しい飼い主の元に残すのは
ほっとした。繋がれっぱなしの犬を見て放っておけなかった人だもん。
餌にも事欠くウェンディとの旅より、きっと幸せに暮らせると思うよ。
(割り切ってくれてよかったよウェンディ!人間なんかどこでもどうにでもなるからね!)

(2010/3/21 放映)
テラビシアにかける橋3/5(土)

「孤独な少女と少年が秘密の国テラビシアで繰り広げる冒険譚」
というイメージで見たのだが、思ったより現実が過酷だったので
ビックリした。日本のいじめも陰湿だが、アメリカは根が深いなぁ。

5人きょうだいの真ん中のジェスは、2人の姉と2人の妹に挟まれ、
学校では友人もなく、意地悪なクラスメイトに暴力を振るわれ、
楽しみといえばスケッチブックに想像上の生き物の絵を描くこと。

そんな彼の前に、ある日転入生がやってくる。
金色の髪をした彼女の名前はレスリー・バーク。
作家の両親に育てられた彼女は、学年一足の速いジェスを負かし、
大人びた文章を書き、トイレに入るにも1ドルを恐喝する、
最上級生の問題児ジャニスにも果敢に立ち向かう。

そんな変わり者の彼女がお隣さんであると知ったジェスは、
やがてレスリーと森に入っては空想遊びにふけるようになる。
小川を垂れ下がったロープで渡ればいける国の名は「テラビシア」
森の奥には壊れかけた小屋があり、彼らが秘密基地とするためにそれを
補修しているとダークマスターの手下が爆弾(ドングリ)を投げてくる。

クリーチャーは彼らの想像の産物なのではっきりと見えるわけじゃない。
たまに目を凝らすと巨人の足先が見えたり、ビーバーのような兵士が
見えたりする程度。レスリーには見えている王国の姿が、最初は全然
見えなかったり、「あくまでも想像である」という表現になっている。

そのまま王国での冒険が始まるのかなーと思いきや、それは一向になく、
ジェスに憧れの先生がいるとか、ジェスの妹のメイベルがトゥインキー
(おお、トゥインキー!「ゾンビランド」のおかげでもうわかるぞ!!)
をジャニスに奪われ、ジェスもバスを降ろされたり、レスリーは後ろから
ケチャップをかけられた復讐に、8年生のモテモテ男ウィラードから
ニセラブレターが送られて(もちろンジェスとレスリーのいたずらだ)
彼女に恥をかかせる。他にも家で鍵をなくしたジェスが父親に罵倒されて
傷ついたり、トイレで泣いているジャニスを見て、ジェスがレスリーに
「行きなよ」と促し、彼女の悩みを聞いてやったりと、学校や家庭で
起きる事件が続く。ジェスの家系が火の車なのは子沢山のせいよね…

時にはレスリーの父や母と一緒に家の壁塗りをしたり、憧れの先生に
「お手伝いしましょうか」と言えたり、少しずつ明るい出来事も。
ジャニスと和解した事で、テラビシアの巨人が実は心優しいことが
わかったり(巨人の顔がまさしくジャニスだったのはご愛嬌)と、
空想の世界も、現実に比例して少しずつ変わっていく。

しかし、やがて大きな悲劇がジェスを襲う。
憧れの先生に誘われて美術館に行き、初めて本物の芸術に触れた
ジェスが感動を胸に家に帰った時、その報せがもたらされる。

レスリーが死んだ、と。

1人でテラビシアに向かおうとしたレスリーがぶら下がったロープが切れ、
小川に落ちたレスリーは頭を打ってそのまま帰らぬ人になったのだ。

乾いた現実を受け入れられず、抜け殻のような日々を送るジェス。
「これで競争は一番だな」と囁く意地悪なクラスメイトを殴り飛ばし、ジェス
を突き飛ばしたデブをジャニスがぶちのめし、怖い先生とばかり思っていた先
生が、レスリーの死を悼み、涙を流す事を目の当たりにする。森の中で自分の
心の闇が追いかけてくる事に怯え、父に抱かれて泣くジェス。

レスリーが死んだのは、先生と2人きりで出かけたかった自分が、彼女を美術館
に誘わなかったから…日曜日に教会に行く習慣がなく、聖書を信じないと言っ
ていた彼女は、天国に行けないのか、と…

やがてジェスはレスリーの父が残していった廃材を使い、レスリーが渡り損
ねた小川に、自分の手で作った「橋」を渡す。
そして哀しみのあまり突き飛ばしてしまったメイベルの手を引き、彼女を新し
い女王としてテラビシアに案内し、導き入れる。

これは自分の少年期が終わりつつあると悟ったジェスが、幼い彼女に王国を譲
って大人になるという意味なのかな。

レスリーが死んでしまうというのは想定外だったので驚いたなー
それとも、現実では死んでしまった彼女がテラビシアにはいるという「パン
ズ・ラビリンス」的な終わりなのかと思ったらそれでもなかったし。

うん、悪くはない。私はこういう「見た人自身が考え、それぞれテーマを感じ
ればいい」というファンタジー作品は嫌いじゃない。
(たとえば巨人の足の指の垢を見て、「弱点を探そう」とラブレター作戦を決
行したんだけど、実際はDV親父がジャニスの最大の弱点だった、とかさ)
古いけど「狼の血族」や「パンズ・ラビリンス」のように、アンチテーゼや
メタファー満載の作品は、実は大好きなのだ(この2作は本当に好きだな)

もう少し「テラビシア」の様子がわかればよかったかな。
それに、もっと現実に起きる事件や家族との関係にうんざりするジェスやレス
リーの様子も見たかった。というか、鑑賞している間ずっと「この作品はテラ
ビシアの冒険がメインに違いない」と思っていたことが「え?もう終わり?」
とあっけなく思ってしまう原因だったんだと思う。

レスリーのお父さんが、「きみにあげた方がいいとは思うけど、手放せなく
て」と、犬のPTを連れて行くのはちょっと嬉しかったな。

(2009/12/19 放映)
ペネロピ2/26(土)

5代前の先祖への呪いが原因でブタの耳と鼻を持って生まれた良家の娘ペネ
ロピが、呪いを打ち破るまでの紆余曲折の物語。

この呪いを打ち破れるのは「娘を心から愛する者の存在」
ということで、両親は人目を避けて育て上げたペネロピに持参金をつけ、家柄
のいいスマート男子が何人も彼女にプロポーズをする。けれど彼らは彼女のブ
タの鼻を見て逃げ出してしまい、ペネロピはいつも一人ぼっちのまま。

そんな彼女に驚かされた臆病者のエドワードと、かつてブタ鼻娘が産まれた
事をスクープしようとして母に撃退されたレモンが接近。
良家の子弟しかなれない花婿候補にと、ポーカーに夢中の落ちぶれたマック
ス・カンピオンを見つけ出してペネロピの元に送り込む。

彼女の姿を見ても逃げ出さなかった(単に見ていなかっただけなんだが)
マックスとの会話を重ね、ペネロピは徐々に彼に心を開いていく。
しかしついに姿を現した彼女を見てマックスは思わず驚いてしまい、ペネロ
ピの「結婚して」という言葉に「できない」と答えてしまう。

前半がこのへんまでで、後半はこの監禁生活にうんざりしたペネロピが屋敷
を抜け出し、マフラーで顔を隠して街で1人生きていく物語に転換。
日本のようにマスクをするという姿が当たり前じゃないからなのか、顔を隠
すマフラーが不自然だ…第一、夏になったらどうすんだ?

やがて何ヶ月もばれずに済んだペネロピの正体がばれると、両親が心配した事
とは裏腹に、彼女は社会に受け入れられて人気者になる。
まぁ実際は両親が言うように大衆なんて残酷なもので、「今は皆あなたを
『しゃべるブタ』としか思ってない
わ」というのは確かかもしれないなぁ。

一方その頃マックスは、かつて喧嘩別れしたらしいバンド仲間にもう一度出直
したいと申し入れ、ギャンブルとも手を切った様子。
そしてエドワードはペネロピの財産狙いで彼女にプロポーズする。
レモンはマックスが実はマックス本人ではなく、ジョニーという良家の出でも
なんでもない青年だったために、自分には彼女の呪いを解く力がないからと
「結婚できない」と言ったことを母と結婚アドバイザーに告げる。

ペネロピが結局結婚式の途中で逃げ出し、自分はこのままでいい、自分を愛し
ているからと叫んだ途端、呪いは解けて元の鼻に戻る。
呪いを解くのはありのままの彼女自身を認め、このままでいいと受け入れ、
永遠の愛を誓うこと。魔女は「名家の者」ではなく、「おまえたちの仲間」と
言ったので、結局は誰でもよかったのね。

昔のお姫様もののように、お姫様はひたすら受身のままで呪いは男に解いても
らうのではないというのはよかったかな。
そして何よりスニーカーを履いた寡黙な執事のジェイクこそが、実は呪いをか
けた魔女そのもので、最後に母親に無言の呪いをかけちゃうのにはちょっと笑
ってしまった。ずっとおったんかい!

呪いの解けたペネロピは夢だった園芸家になれたようで、子供たちに植物の事
を教えている。最後にはジョニーともうまくいってハッピーエンド。

呪いの内容が内容だったので、もうちょっとコメディタッチの映画なのかなと
思ってたんだけど、意外とシリアスだった。
クリスティーナ・リッチの映画はいつもどことなく不思議だなぁ。

(2009/12/19 放映)
ライフ・イズ・ビューティフル2/26(土)

前半ではロベルト・ベニーニ扮する陽気なイタリア系ユダヤ人グイドの欧米風
ギャグが炸裂して、日本人にはちょっとバタ臭すぎる感じがする。
ローマの監察官の代わりに学校に行くとかムチャ過ぎだろーみたいな。

でも卵男との因縁や、劇場から姫を助け出してからの数々のミラクル(特にマ
リア様に鍵を頼んだり、乾いた帽子を願ったりするとこ)はテンポがよくて楽
しかった。姫が知的で優しげで美しかったのもナイス。

婚約式の会場からさらった姫と駆け落ち状態で結婚したグイドたちには、ジョ
ズエという男の子が生まれていた。本屋も無事に開店したものの、店先には
「ユダヤ人と犬は入店お断り」の貼紙が貼られ、グイドの店のシャッターにも
「ユダヤ人の店」と書かれ、後半は戦時色が強くなる。

姫の母が彼らを許し、明日のジョズエの誕生日に行くと約束した当日、パー
ティーの飾り付けで華やかだった家が荒らされ、夫と息子がナチによって連れ
出されて収容所行きの列車に乗せられてしまう。
イタリア人である姫は乗る必要がないのに自分も乗ると言い、収容所では
「シャワー」と称したガス室に送られて叔父が死ぬ。

でも実際にそうした場面を見せるわけでもなく、「シンドラー」のように色合
いを暗く落とすわけでもなく、そもそも暴力的なシーンを描く事は皆無なんだ
けど、この「誰が根源なのかわからない」超強力な無言の暴力が感じられてゾ
ッとさせる。(『ヒトラーが悪い』だけでは済まないという事を実感として感
じない限り、ホロコーストの問題は永遠に理解できないだろう)

けれど過酷な収容所生活の中で、小さなジョズエが怖がらないようにとグイド
は「これはゲームで、1000点取れば戦車で家に帰れる」と教える。
強制労働に従事しながらも、戻ってくればジョズエに今日の結果を語り、嘘を
つき続けるグイド。もちろん閉鎖空間の中で、ジョズエは子供たちや他の大人
に残酷な事実を知らされるけど、そのたびにグイドは陽気にそれを否定してみ
せ、これは楽しいゲームだという嘘をつき続ける。
時には、もうおうちに帰ろうとぐずるジョズエ自身に「あとちょっと頑張ろ
う?」と言わせるくらい。

イタリアに続いてドイツが降伏し、連合軍が収容所に向かっているため収容
所内が慌しくなった日、妻を捜しに女子収容所に潜入したグイドはついに警備
兵に見つかり、そのまま連行されて射殺されてしまう。

父の言いつけどおり誰もいなくなるまで隠れていたジョズエが出てくると、そ
こには誰もいなくなった収容所と、開放のためにやってきた戦車があった。
命がけでついた父の嘘は達成され、ジョズエは戦車に乗って収容所を出て、
脱出していた母と再会を果たす事になる。

あと一日頑張ればグイドも開放されたのに、妻を案じるあまり残念な結果に。
ホテルで知り合ったドイツ人の医者がナチ関係だろうというのは予想がついた
けど、給仕に抜擢されたのはともかく、あの謎々はなんだったんだ?

カモ=ユダヤ人の事なんだろうか?スイス人の獣医の問題らしいけど、答えが
違うと言うのは、永世中立国のスイス人はそんな侮蔑的な事で民族を差別しな
いから、ユダヤ人ではないよということなのかな?
カモノハシ(獣のような鳥、すなわちコウモリ)かと思ったというのは、どっ
ちにもいい顔はできないと言う事なのか、それとも、イタリア人ながらユダヤ
人と結婚した姫を指しているのか…うーん、なんだか全然わからない。

いや、でも実は私が最初に思ったのはそうじゃない。
これで「こいつはただのなぞなぞマニアで、実はグイドたちを
助けるつもりなんか最初からなかった」とわかってしまい、グイドは絶望感に
苛まれたんじゃないか…って事なのだ。
だから眠ってしまったジョズエを抱き上げ、霧の中を歩き出したのかなと。

各国大絶賛で、アカデミー賞も総なめにした映画だけど、笑いの内容は私には
ちょっと濃すぎてバタ臭かった。
でもこういう映画を暗く鬱々とやられてもいやだしなぁ…
ボロボロ泣くような映画ではなかったけど、いいんじゃないかな。

(2010/3/12 放映)
セントラル・ステーション2/26(土)

ブラジルのセントラルステーションで文盲の人のために代書を請け負う
中年女と、母を亡くし、父の元に帰ろうとする少年のロードムービー。

元教師のドーラが、一体何がどうしてこんな落ちぶれた仕事をしているのかと
か、なぜずっと独身のままだったのかなどは描かれず、まぁどっちかといえば
「人に迷惑をかける生き方はしていないけど、だからといって好感の持てる人
間ではなく、実際には(ブスのくせに)ズルくて卑劣でケチな罪を重ねて生きて
いる」人間だといえる。

少年ジョズエも初めはドーラには胡散臭さしか感じておらず、飲んだくれの父
に手紙を出す母に「ちゃんと出すかわからない」と囁く。
実際、ドーラは手紙を友人のイリーネと選別してほとんど破り捨てている。
長年の刺激のない生活と諦めで、すっかりくたびれた彼女にとって、その手紙
は何の価値もなく、感情を動かすものでもなくなっているのだ。

しかしリオで人が死んでも、遺族(ジョズエ)にそれを知らせ、彼をどうにか
しようという人も制度も何もないんだねぇ…孤独死だ孤老死だと騒いでる日本
はまだまだマシだ。それが問題になるだけ、まだ社会は形を保ててるんだ。

日々生きるのに精一杯で、貧乏な人たちに他人を思いやれと言ったって難しい
に決まってるよ。そんな綺麗事は小説やドラマの中にしかないんだよ。
(だからこうした『美談』が映画になるわけだし)

駅で寝泊りし、警備員に連れて行かれようとしたジョズエを、ドーラは自分の
家に誘う。しかしそれも「見かねて」であり、翌日には彼女は彼を「ヨーロッ
パに里子に出す」という夫婦の元に連れ込んで1000ドルをせしめる。

金持ちの里子になるんだからいいじゃないと言ってテレビを買ったドーラに、
イリーネは彼が里子にしては年齢が大き過ぎる(9歳)と言い、「殺して臓器を
取るのよ」と残酷な事実を伝える。
まぁ確かにそんな都合のいい話はないよねぇ。
だから翌日のドーラの「ジョズエ奪還作戦」は荒っぽかったけどほっとした。

そのまま2人は逃亡を続ける事になり、ジョズエの母が宛名として伝えた住所を
目指して長距離バスに乗る。運転手にジョズエを託して降りたのに彼も降り
ちゃってて、しかも荷物がなかったり、親切な運転手に拾われて少しだけ楽し
い道中になったかと思いきや、ドーラが彼に好意を示すとそのまま逃げられ
ちゃったり…(万引きするおばさんなんかイヤだよねぇ)

紆余曲折の末に住所の家にたどり着けば人違いで、旅はまだ続いていく。
お金もなくなり、どうしようもなくなった2人は、ドーラの代書業で旅費を稼ぎ
出す。この時預かった手紙をドーラはいつものように破らず、ちゃんと郵便局
に持って行くのが、彼女の心境の変化を表現している。

最果ての町で探し当てた住所にもジョズエの父はいなかった。
旅を通じてすっかりジョズエに情の移ったドーラは、落ち込む彼に「うちに
来る?」と持ちかける。

最初にドーラが道を聞いた人が大工だったので、「この人かな」と思ったけど
若かったから違うかと思ったら、何と彼はジョズエの腹違いの兄さんだった。
父を探しに来た2人を長男の彼が歓迎し、ジョズエが言った通り「机でも椅子で
も何でも作る」父と同じく、才能ある大工の次男は、彼にコマを作ってくれる。

このコマはジョズエが持っていた古ぼけた物と同じ形のもの。
ジョズエはこのコマを取りに行こうとして横断歩道を戻った時、母がバスに轢
かれてしまった。つまりこの時、ジョズエが目指すべき場所はここだったとは
っきりわかるわけだ。

とにかく9歳のジョズエが父の事を全く知らないのが不思議だし、父も宝くじで
家を当てたと言いながら、賞金は飲みつぶしたとか、やたら転々としていてど
うも実態がつかめないんだよねぇ。
でも父から届いた手紙(それもまた代筆)を、ドーラが読むと、ジョズエの母
親のアンナというのも9年前に妊娠していながら家を出てリオに向かい、そのま
ま互いに会えないままだった事や、父が兄弟の前から姿を消したのはアンナを
探しに行ってたからとか、少しずつ事情がわかってくる。
どうやら2人はリオですれ違ってしまったって事らしい。

ドーラはジョズエが買ってくれたドレスを着て、それを塗ったら綺麗だったよ
と言ってくれた口紅をひき、夜明け前に家を出る。
ジョズエが気づいた時には、ドーラはリオ行きのバスに乗り込み、彼に手紙を
書き始める。若い日、父とあっさり別れてしまった事に後悔を感じるドーラが
記したのは、「忘れられるのが怖い」という言葉。
2人は同時に写真を眺め、互いを忘れないでいる事を願いながら別れていく。

ジョズエは生意気だし、ドーラも好感の持てるタイプじゃないんだけど、ブラ
ジルのリオのごたごたした雰囲気、田舎のどこまでも乾いた景色やお祭りや市
の様子は楽しかった。それにしても文盲率の高さはホントに…日本のホームレ
スや、知的障害者だって、申請書に自分の名前くらいなら書けるからねぇ。
教育がいかに大切かをなんで我が国は考えないのやら…

ブスもブサイクも中身で勝負しないといかんのに、美形以上にダメな中身のヤ
ツは多いからなぁ(そういうのに限ってなぜか『人は外見じゃない』と効力ゼ
ロの呪文を唱えるから笑える)
ブスやブサイクは、美貌が衰えた美形と勝負できるようになる晩年こそが勝負
なんだから、人間磨いとかなきゃダメだよね!

(2011/2/15 放映)
大いなる西部2/22(火)

BSのアカデミー特集の一つだったが、見る前に「何が賞を獲ったのか」を
聞き忘れてしまった。しかし見ている間に、この映画で賞を獲ったのは
「間違いなくルーファス親父に違いない!」と思い、鑑賞後に調べたところ
やはりルーファス・ヘネシーを演じたパール・アイヴスが助演男優賞だった。
だってこのおっさん、ただの荒くれ親父じゃなかったもんなー

主人公は船会社の御曹司にして船長の、グレゴリー・ペック演じるジム。
彼は典型的アメリカン金髪女のパット・テリルと結婚するためはるばる
テキサスにやってきたのだが、そこはパットの父である「少佐」と、
ルーファス率いるヘネシー一家が抗争を繰り広げている土地だった。

テリルの牧場で牧童頭を務めているのはチャールトン・ヘストン。
彼は牧場のお嬢さんであるパットに横恋慕しており、紳士的で教養のある
ジムが気に食わない。荒くれた西部では東の紳士は鼻につくだけのようだ。

見ていて結構ビックリしたのは、ナイフ投げのシーンがカットなしだったり、
馬の曲芸的なシーンやペックがサンダーボルトに乗ろうとして苦労したり、
そのサンダーボルトが気の強さを見事に「演じている」ところだったなぁ。
鞍の下に敷く敷き布を、何度も口でひょいっと外す姿が可愛くて可愛くて。
CGだの特撮だのない時代だもん。スタントはあるにしてもすごいよ、ホント。

この映画は途中でヒロイン交代劇が起きる。昔のハリウッド映画って意外とあるよね
ジーン・シモンズ演じる女教師ジュリー(でも教えているシーンは一切ない)は
水場のある「ビッグマディ」を所有する牧場主で、彼女の祖父はいがみあう
ヘネシーとテリルの両者に均等に水を分けることで争いを回避していた
賢者だった。このシーン、ペックが床を踏み抜いたり、ジュリーとアリと
サメの「○○な話」をしあって卒倒した(フリをした)りとコミカルで楽しい。
ジムは争いごとの続くこの土地でビッグマディを守っていくことは
彼女には荷が重いと判断し、彼女からそれを買って争いを収めつつ、
パットと新たな生活を始めようと計画している。

ところがこのあたりから彼女とのすれ違いが起き始め、ヘネシーに
馬をけしかけられた時も、牧童頭リーチにバカにされた時も、彼は
むやみに闘ったりはしない。ましてや彼が「バカにされた」という理由で
少佐たちがヘネシーの家を襲い、ヘネシーは逆に単身1人で乗り込んできて
苦言を呈するなど、正義は必ずしも妻の実家にあるわけでもないとなれば
ジムは「この結婚はやめた方がいいのでは…」と二の足を踏み始めるわけだ。
しかもパットは「ヘネシーに水を分けるなんてとんでもない!」とも。
でも喉の渇いた牛を水場から追っ払うなんて、ホント、残酷だよね!

2時間50分にも及ぶ長い映画なんだけど、あまり長く感じなかった。
ルーファス・ヘネシーがホント、荒っぽいんだけどちゃんと「男」でさ、
ジュリーに土地を売れと迫る時、息子が「彼女は自分に夢中だ」と嘘を
ついたことがばれると怒ったり、息子がジュリーに夜這いをかけた時も
殴り飛ばしたり、後にジュリーを助け出そうと丸腰で乗り込んできた
ジムと息子を決闘させ、ズルを重ねた息子を撃ち殺して悲しみにくれたり…

いや〜、完全に持ってっちゃった感があるよね、ルーファス。

最後は少佐とヘネシーがサシで勝負し、相打ち。
長きに渡る争いは終結し、リーチが見つめる中、
ジムはジュリーと共に街へ帰るシーンで終わる。

父親離れができなかったパットは結局は牧場を維持していくためにリーチと
結婚するんだろうね。ジムもジュリーも、大黒柱の父と長男を同時に失った
ヘネシー一家の面倒を何くれとなく見そうだし、めでたしめでたしなんだろう。
なお、出演者の中で今も存命なのはパットを演じたキャロル・ベイカーだ。

ペックは「暴力に暴力で対抗しても何の解決にもならない」と言いつつも、
「やる時はやる(優)男」なんだけど、なんだろう、ふわふわしてるというか
ふわふわしてクセがなさ過ぎてイマイチ強くは印象に残らないというか…
せっかくいい役どころなのに、う〜ん、薄味すぎたというのかなぁ?

いや、やっぱり全部持ってっちゃったんだよ、ルーファス親父が!

(2011/2/21 視聴)
エリン・ブロコビッチ2/19(土)

2004年3月にHDDレコーダーを買った時、最初にBSで録画した映画であり、最初
に「見ないまま」削除した映画でもある。以来、放映を待ち続けたがなかなか
縁がなく、なんと7年の時を経てようやく観る事ができた作品。
無論、2000年に公開された時も見に行きたかったがずっと見そびれていた。
20世紀末はとにかくリア充が過ぎて色々とやりそびれた事があったのよねー

無職で無学なシングル・マザー、エリン・ブロコビッチが、さえない弁護士エ
ドと組んで公害垂れ流し会社の隠蔽工作を暴き、全米史上最大の賠償金を払わ
せた実話をソダーバーグが映画化。

初っ端から彼女の車に暴走車が突っ込んでくる衝(笑)撃のスタートに、これ
は面白そうと思わせる。勝てるはずの訴訟に負けて日々の暮らしにも事欠くよ
うになったエリンは、弁護を請け負ったエドの事務所に「押しかけ事務員」
として乗り込み、強引に雇ってもらうことになる。

やがて彼女は、ファイリングしていた資料の中に、巨大企業であるPG&Eが買収
しようとする土地の調査書を見つけるが、その中になぜか住民の健康診断結果が
入っている事を不審に思い、独自に調査を始める…

弁護士でもなく、法律の知識もないエリンの調査は、とにかく当事者に会って話
を聞く事。そして自分の足で調べる事。
だからエリンは、時には自分で川に浮かぶカエルの死体を集め、工場の管理官
の眼を盗んで敷地内に入り込み、井戸水を採集する。
六価クロムの汚染でガンに苦しむ子供や、子宮や乳房を失う女性に会い、彼ら
の苦しみを親身になって聞き、共感し、人生を思って勇気を与える。
「この訴訟は、必ず勝てる」と。

その熱意にほだされたエドと共に、彼らが訴訟に勝った暁には手に入れる賠
償金の40%を報酬と決めつつも、「もし負けたら一切の報酬はもらわない」と
覚悟の程を見せるシーンはなかなか。
彼らが出してくれるコーヒー…すなわち、今もまだ六価クロムが混ざる水で入
れたそれを「飲むのよ!」と諭すエリンもなかなか。
後に訴訟が決まった時、やってきたPG&Eの顧問弁護士たちにその水を出して
も、彼らは口をつけることはしないのと対照的なシーンになってる。

3人の子供を育てるエリンが、隣人のジョージとデキてしまい、主夫として貢献
してくれる彼と別れや再燃を繰り返すシーンは、もうちょっと上手に描けなか
ったのかなと思うのだが(ジョージは見た目と違っていい人だが)
ソダーバーグって意外にも「女に振り回される男」が好きだからなぁ…

はじめは一軒の家だけだったのに、やがてエリンの活動が知れ渡ると原告が
次々と増えていく。専門性の求められる調査にはさらに経費がかかり、エドは
家を抵当に入れても追いつかないと悲鳴をあげ、公害訴訟のエキスパートで、
やり手のポッターと組む事に決める。

そのおかげでエリンはシッター代5000ドルと車を手に入れるのだが、何しろ相
手は法律家揃いなので、学のないエリンはハブられ始める。
けれど彼女がこの事件をいかに熱意を持って調べあげ、人々の信頼を勝ち得て
いるがゆえに申請書の署名を集める事ができたという事が、やがて彼らにエリ
ン・ブロコビッチを認めさせていくことになる。

さらに、彼女をあちこちで見ていたおっさんはただのナンパ野郎ではなく、実
はPG&Eが工場の汚染を以前から知っていた(本社は知らなかったとシラを切ら
れないため)証拠を握っていたというオマケまで。

女性たちに不快感を持たせる「ミス・ウィチタ」(「ゾンビランド」といい
最近ウィチタに縁があるな)のミニスカやおっぱいが水道局の資料をコピーさせ、
確たる証拠をもたらした。でも一番の力は彼女の決して諦めない熱意だった…

最終的にこの訴訟は、3億3500万ドルという破格の賠償金を勝ち取り、エリンが
最初に会いに行ったドナ…今は悪性のガンに侵された彼女の家族には500万ドル
が渡る事になった。健康には何を持ってしても代えられないけど、お金は安心
と心の穴埋めには役立つと思うよ。

エドの事務所はポッターのようなビルにお引越しし、彼の写真はL.Aの法律雑誌
の表紙を飾る。ダビデのように戦おうと決意を新たにしたエリンとエドのシー
ンがあるだけに、「ゴリアテはご用心」という煽りが楽しい。

そして事務所の一角に弁護士でもないのに部屋を構えたエリンには、
200万ドルのボーナスが!
請求書の山や「最後通告」を受け、電話代も払えずゴキブリだらけの家に住
み(でも日本の家よりずーっと広いが)子供の世話を頼めるシッターも雇えな
かった彼女が200万ドルですよ。

「ミス・ウィチタは謝ることもできんのか?」とやり返すエドが去って
から、我に返ったエリンが「サンクス」と呟くのが楽しい。
期待通り、元気で明るくてパワフルな映画だった。

そしてこの映画は予告CMで流れた挿入歌が非常に印象的であり、シェリル・
クロウの「エヴリデイ・イズ・ア・ワインディング・ロード」のサビ部分が
うまく使われている。ってかなんで全部じゃないんだろ?版権?

(2011/2/19 視聴)
涼宮ハルヒの消失2/13(日)

な…長ぇ…

2時間半超えって、長っ!もうちょっとコンパクトにできたろうに、
何しろ熱狂的なファンのいる作品だから、どこも削れんかったのかな。
(いや、ここまでやってもブツクサ言ってるヤツはいるに違いない)

いつも通りの日常が壊れ、新たに再構築された世界で戸惑うキョン。
そこにハルヒはおらず、古泉もいない。みくるちゃんは普通の上級生、
長門は引っ込み思案な文学部部員。そして後ろの席には朝倉涼子がいた。

この映画はハルヒを失ったキョンのあまりの動揺ぶりを楽しみつつ、
(それでもかなりパニックを抑えて普通に生活を続けていられるのは、
キョンがもともとああいうキャラだからか)一体何が起きたのかという
謎解きを楽しみつつ、タイムトリックに感心しつつ、ラストの一捻りに
唸りつつ、「結局はハルヒ・ワールドに戻ってくる」というオチに満足する。

この映画を好む多くの「女性に対して(ほとんど何もしていないのに)
勝手に絶望している」男性陣からすれば「ハルヒより(自分の思い通りに
できそうな)長門だろぉ!」と思うのかもしれないが、精神的に大人の
キョンは最終的にはハルヒを選択し、彼女が騒動を巻き起こす世界を
楽しんでいた自分をも認め、受け入れ、戻ってくるという成長も描かれる。

長門がキョンをそのままにして、生活面では全てもとの世界と
変わらないようにした(だから生活には支障がない)のは、
選択を委ねたからだとキョンは結論づけていたけど、まぁ…それだけじゃ
ないんだろうね。「エラー&バグ=エモーション」と気づいたキョンなら
もう一歩踏み込めばわかったんだろうけども、ハルヒが鈍感なように
キョンもかなり鈍感なので、そのへんはこの程度でいいのだろうと。

キョンは自分(が作り出す世界)が選ばれなかった事にいささか
複雑な想いを抱いている様子の長門にも救いの手を差し伸べる。
ハルヒの「ゆかいな仲間たち」である自分たちがそろってこそ、
この世界は面白いのだと。長門も、選択を委ねたキョンをよく
わかってるからこそ、救出プログラムを準備していたのだと。
最終的には元の世界のまま、連続性のある時間軸に戻っていく。

単に「そこだけ変えられてもねぇ」という感がなきにしもあらんし、
キョン自身はブツブツブツブツ言いながらもハルヒとの日々の
生活を楽しんでる事は明白だったので、戻るのは当然だからね。

あー、それにしても長かった。
私は2009年のハルヒを見てないので、映画の前に映画の重要な伏線である
「3年前の七夕事件」こと、「笹の葉ラプソディ」も見なければならず、
余計な時間がかかった。ハルヒ中毒の方々が「消失やるなら笹の葉を
やらないと!」と訳知り顔で力説していた理由はこれでわかったよ。

ハルヒの居場所がわかり、ちょっと変わってはいるけど何の力もない
髪の長い美人の「涼宮ハルヒ」に出会ってからは話が動き始める。
ちゃっかりポニテにしてもらうあたりはハルヒもキョンも可愛かった。

けど長門のこの振り分けはなんだったんだろう。お嬢様学校を共学にして
古泉を移したのは、ハルヒとキョンを引き離すためだったって事かな。
まぁアンドロイドの彼女にあるまじき「エラー」と「バグ」である、
感情と潜在意識が、自然彼女をああいうキャラにしたわけだからなぁ。

「俺はジョン・スミスだ」

改変前の世界の記憶は残っており、ハルヒはその言葉でキョンが
何者であるかを認識する。ハルヒを動かさなければ世界は動かない。
部室に5人の団員がそろった時、長門が用意した修正プログラムが起動する。

飛ばされたのは3年前の7月7日。
ここには未来人のアダルトなみくるがいる。彼女に会って事情を聞き、
キョンが覚えていなかった「ハルヒに声をかけたジョン・スミス」を演じ、
時間凍結されている自分たちを横目に長門に事情を説明するキョン。
改変後の自分とコネクトできないと知った長門は、世界改変が起きた
12月18日に、犯人が改変してから修正プログラムを注入せよと指示。

しかしそれを彼女に注入しようとしたところでなんと朝倉が登場。
サバイバルナイフでキョンのわき腹をぶっ刺すという、やっぱり
おっかない猟奇的彼女の役どころでキョンに止めを刺そうとする。

瀕死のキョンを助けたのは女子高生みくると長門とキョン…
どうやらこの救出劇については後日、別のお話という事になるらしい。

まぁねー、面白くなかったわけじゃない。
けど、化物語にしてもそうだが、イマドキのコドモたちというのは、
こういう不毛な会話や自問自答を延々延々延々延々延々繰り返すのが
大好きなのか?よっぽど本物のコミュニケーションした事ないのか?

キョンがそういうキャラだというのはわかっていても、ハルヒを失って
悶々としたり、長門が犯人だとわかってからの悶々や自問自答など、

長っ!!!!!

いらねーよそんなに…
一番イヤだったのはあれだな、ハルヒの学校の前で彼女を待ちながら
「ただの脇役になるのはいやだ」とかなんとかほざいてるとこだね。
うわ、うっぜー、なんだこいつと思って見てた。

作画についてはさすがの京アニというべきか、事細かな動きに
至るまで緻密で細かく描きこまれ、ブルーレイやDVDで買っても
損はないレベル。長門が歌う主題歌も孤独な彼女のささやかな
願いがこもっているようでせつなくてなかなかよかったよ。

「ゆき…」

というキョンの言葉に、改変されていないはずの長門が
はっと顔を上げるシーンなんかは切なさ抜群ですよ。
でもそれは彼女の名前ではなく…というのも哀しい。

長門好きには、使用前・使用後(めがねですよ!)と、
改変後のどぎまぎ女の子という、色々な長門が見られる
お宝映画ではなかろうか。おまけ目当てに見に行った人が
多かったようだけど、何度か見ると別の発見があったかも?

面白さのハードルはクリアしてるし、ストーリーも悪くはなかったよ。
自省ではない自問自答と、キャラが答えのわかっている
不毛な会話を続けるパターンが好きな人にとっては
相変わらず楽しめる作品なんじゃないかな。

それにしてももし、廃棄が検討されている長門がいなくなったら
「俺が探しに行って、必ずおまえを取り戻す!」ではなく、
ハルヒをけしかけて、世界をぶっ潰してでもおまえを取り戻す!
…ってのが泣けたわーキョン、あんたどんだけハルヒ頼み…

(2011/2/12 視聴)
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