
映画感想 2010 旧作 2月分
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映画鑑賞レビュー 2010年 旧作 2月
| モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル | 2/27(土) |
これはタイトルのつけ方が最低。女優や俳優の名前をつけるセンスって最低!
内容的にも「イタリア的、恋愛マニュアル」の続編だし、原題でもちゃんと
「2」と出ているのに、スーパー最低センスのタイトルで損してるわー、多分。
当然、前作が好評だったので作られたんだろうけど、ちょっとこっちは下品な
エロス要素が多くなっちゃってて残念。いや、不妊治療やゲイカップルには
逆にエロシーンは全くなかったんだけど、最初と最後がやりまくりだった。
一話目が「モニカ・ベルッチ」出演の脊損患者と理学療法士のエロティックな
物語なんだけど、脊損患者には足が動かない・排泄障害に加えて「ED」という
副産物が伴いがちなので、エロ療法士に勃起するのはいいことなんだろうが…
なんかねー、美しくない。モニカ・ベルッチは美しいが、上品さがない。
一週間後に結婚する女がパンツいっちょで訓練を受ける若い男に欲情し、
車椅子の上でコトに及んでアヘアヘみたいな「バカじゃねーの」的な
エロ映画でしかない。まぁ同室者に比べて軽かった主人公が、歩いて
退院できたのはエロス・パワーの賜物なんだろうけど…なんだかなぁ…
二話目はコミカルな不妊治療カップルの物語。
イタリアは体外受精を認めていないそうで、メインはホルモン療法。
ところが妻はこれのおかげでイライラしまくり、夫の箸の上げ下ろしまで
気に食わない。箸使わないけど。夫も明るくてなんとか彼女を盛り上げようと
優しく受け止めるから悪い人じゃないんだけど、妻が言うようにホント、バカ。
体外受精前日に変なカップルにつかまって海で泳ぎ、40度近い熱を出したり、
モナリザとのコラボで射精してほとんど床にこぼしてしまったり…アホか!
でも無事に妊娠が判明し、めでたしめでたし。モナリザとの「子ラボ」により
生まれてくる女の子には「ナンナリーザ」という名がつけられることになる。
三話目はゲイのカップルが紆余曲折を経て結婚するまでの物語。
これまたイタリアではゲイの結婚は認められておらず、スペインでの挙式に。
スペインはなんだかんだで進んでるなぁ、田舎のくせに。あと言葉が通じて
いいよねぇ。イタリア・スペイン・ポルトガルは、日本語で言えば沖縄弁と
鹿児島弁と津軽弁で喋ってるみたいなもんかね。もっとわかりやすいのかね。
ハゲちゃんの方の字幕がおねぇ言葉だったのが気になるが(普通でいいじゃん)
父親との対立、チンピラに暴行を受けた彼氏の姿を見て氷解する互いの気持ち、
ゲイとはいえこれも恋愛のカタチ。ところでゲイも浮気率60%なんじゃろうか。
最後は情熱的なスペイン娘とところかまわずヤリまくるオヤジの受難。
しかしバイアグラには副作用があるのでご注意を…心臓発作を起こして
ひっくり返った彼は我に返り、彼女をスペインに返して、冷たくがさつだと
思っていた妻や娘の寛大な赦しによって再び幸せな家庭に戻れることになる。
(ホントにガサツなんだけど、妻も娘も実はとてもいい人だったのはナイス)
全8話として見た中でも、続編の最初(モニカ・ベルッチ)と最後がイマイチ。
特に1の方は全ての登場人物が綺麗にループしていたのでとてもよかったよ。
(2も一応リンクしてるんだけど、残念ながら1ほど強烈な印象が残らない)
コチラの語り部はラジオのDJなのだが、その妻というのが実は第一話に出た
モニカ・ベルッチなのでした、というオチ。おいおい、浮気されてるぞキミ…
飲めや歌えや食えや踊れや。そして誰かを愛し、愛されて人生を謳歌すべし。
これを見ながらたまたま「脳科学」の番組を見たら、「夫にときめかなく
なったのはなぜ?」という質問の答えが「脳が正常に戻ったから」で
大爆笑した。わかるわかる、恋愛中って絶対アタマおかしいもんな!!
△(2010/2/20 放映)
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| イタリア的、恋愛マニュアル | 2/27(土) |
4話のオムニバスで進むイタリア風味の恋愛マニュアル。
登場人物が各話にちょっとずつかぶっているので自然に物語に入っていける。
何しろ「アモーレ」なお国柄なので、人生恋愛よりもっと考えることあるだろと
説教したって聞きっこない。なので「発情映画」と割り切って見るのが正解。
仕事もなく金もない23歳の青年だが、一番欲しいものは愛する彼女…
一話目はナイナイ尽くしのトンマ…ならぬトンマーゾが、偶然知り合った美女
ジュリアに一目惚れし、ウザったいくらいしつこく食い下がって食い下がって
ついに相手のハートを射止めるというスッポン・ラブ。ほだされるタイプの
女なら効き目はありそうだけど、このストーカーまがいのしつこさはゲロゲロ。
キャラとしてはトンマとルームシェアをしている、車も服もお湯も買い物も
全て金を出しているので不満が一杯の友達ダンテが面白かった。
二話目は倦怠期を迎えた夫婦の物語。
目に付く夫の所作がイライラを掻き立てるけど、妻は何とか関係を修復したい。
けれど夫はその状態を打破したいと口では言いながら何一つ努力をしない。
そのすれ違いが徐々に大きくなって、ある夜妻は酒を飲んで羽目を外す。
あんな熱情出しまくりの炎のダンスはやろうと言われても困っちゃうよなー
三話目は真面目で穏やかで優しいと思っていた亭主に浮気された婦警の物語。
自分がイケメン・ニュースキャスターにちょっと欲情してることに罪悪感を
感じていたくらい円満なのに、幼稚園の先生とデキていた夫。ダメダメだ。
彼女が実際このキャスターと寝てみたらところ、そのセンスや普段の言動に、
夫の方が何倍もまともな男だったことが判明してお怒りも解けた様子。
浮気両成敗で万事解決するあたり、イタリアチック。
四話目は小児科医という多忙さを理由に家庭を顧みなかった夫が妻に棄てられ、
何とか再生の道と元気回復を図ろうとするのに全てが裏目裏目に出てしまう。
人妻とのアバンチュールに励もうとしたら夫が帰ってきてしまい、一晩中
高層階の窓辺に立ちっぱなし、同級生に声をかけたら相手はデブデブの
おばさんになっていた(おまえだってハゲデブのオッサンだろー!)り。
ところが妻の気持ちが完全に離れたとわかり、ガックリきた瞬間、恋は突然
舞い降りた。この物語の冒頭ナレーション(マニュアルの語り部)である、
第一話のトンマの姉がその相手(しかもトンマに子供が生まれたことも判明)
弁護士と一緒に妻の本音を聞くシーンや、先生の奮闘ぶりがとても楽しく、
午前3時に間違い電話をかけてアモーレアモーレ言いまくるシーンは爆笑。
だからこそ彼女と彼女の娘と3人で歩くラストシーンは心に沁みちゃったよ。
なかなかきれいにすっきりまとまり、皆が丸く収まった恋愛物語。
ロマンティックとは程遠いかもだが、ローマの街並みを楽しむことも出来るし
イタリア人の「恋愛至上主義」でありながら年中浮気やケンカばっかりしてる
ダメダメさも楽しめる。イタリア語は怒鳴ってても耳ざわりがいいので好きだ。
△(2010/2/18 放映)
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| スミス都へ行く | 2/27(土) |
冗談のようなタイトルだけど、アメリカの上院議会を舞台に繰り広げられる
汚職の濡れ衣を着せられた新人議員の孤軍奮闘ぶりと、良心に訴えて勝ち取る
勝利のカタルシスを感じることの出来る、なかなか骨太のエンタメ映画だった。
上院議員が急死し、新たな議員候補を指名しなければならなくなったある州。
もともと地元にはダムを作る計画があり、自分が買いあさった土地を転がして
莫大な利益を得ようと手薬煉引いて待っているテイラーやその腰巾着にとって
最も適任となる人間は「イエスマン」だ。その時白羽の矢が立ったのは、
地元で少年警備隊の隊長を勤めている実直で朴訥な青年スミスだった。
このスミス、ワシントンに着いた早々国会議事堂を見て興奮し、手紙を届ける
伝書鳩を持参し、勝手に市内観光バスに乗って観光名所を廻ってしまうので、
お守り役秘書のサンダースは初日からやきもき。大体海千山千の議員の中で
こんな田舎者が生き残れるはずがない。けれどなぜかほうっておけない…
議場の様子や宣誓までの流れ、自分で法案を作ったり、発言権を求めたりする
アメリカ議会や議員活動の様子もとても興味深かった。知的で上品なキッズが
議員センセイを呼びに行くとか、議長の断固たる権限で私語も野次も許さず、
議事は常に厳粛に行われる。(まぁ水面下では色々あるのがこの映画のキモなのだが)
スミスの法案が自分の利益を侵害すると知ったテイラーは、もう1人の上院議員
ペインと結託し、スミス失脚の策を練り始める。純粋な正義感と真面目で人が
いいだけのスミスに、悪意の塊みたいな連中が襲い掛かったらたちまち骨まで
しゃぶられちゃう。スミスは事実無根の証言やら見たこともない契約書やらを
並べられ、これぞまさに自分を邪魔なものとし、排除すべきものと考えた
連中の罠なのだと気づいたのだ。しかし時既に遅く、スミスは上院議員に
ふさわしくないとペインが発言し、解任・追放を検討されてしまう。
リンカーン記念館で彼のフレーズを思い出し、けれど自身の無力さに
打ちひしがれるスミスを見てると可哀想で。おまえ、そこまでやる事
ないだろうがとテイラーを攻撃したくなり、ペインの陣笠ぶりにも
あきれ果てる。大体彼らの作戦自体が元々あからさま過ぎたよね。
そんな彼を救ったのはサンダース。
発言は決して他人に譲ってはならないこと、「議事妨害」の行い方などを教え、
最後の一矢を報いるために、スミスは「立っている限り発言を認める」という
アメリカの法を利用し、この後24時間という精神的・身体的にも非常に過酷な
「立ち続け&喋り続け」の篭城作戦を展開する。「立ったまま座らず」に
「議場の外に出ない」ことが条件ということはトイレもなしなのか…
その間に新聞社はスミスの健闘を記事にするのだけど、皆テイラーの息が
かかっており記事にならない。スミスが受け持っていた少年警備兵たちが
協力してスミスの記事を書いても、捨てられたり襲われたり恐喝されたり、
子供たちが危険に遭ってしまう。その妨害によってスミスが待つ地元世論の
反スミスはほとんど変わらない。果たして勝つのはテイラーか、スミスか。
元々さくさくと進むこと、田舎者で世間知らずだけど誰よりも古き善き
アメリカを体現しているスミスのキャラクターが面白いのでサラサラと
見られてしまう。16歳から働いているサンダースが、当時「働く女は
貧乏人」という評価だったのか、酒を飲んで延々クダを巻くところは
笑ってしまう。そしてスミスの反撃開始後の緊張感と期待感ったら!
ホント、面白い映画だった。構成もうまいし、役者も皆チャーミングだ。
地味ながら議長役を演じた俳優さんも厳格かつ温かみがあってよかったし。
ペインが地元での評判と称して反スミス&抗議の手紙を出してきた時は
ああ、これでスミスも力に屈してしまうのか…と心底ハラハラしたけれど、
のどが潰れ髪はぼさぼさのスミスはそれを見て絶望し、けれど自分の
正義を貫くことは決してやめないと、再度ペインに対し宣戦布告する。
途端、バタリと倒れるスミス。極度の緊張感と長時間の疲労が重なり、
さらに心労が祟ったようだ。よくやった、これで負けても仕方がないと
思ったその時、物語は意外な急展開を見せ始める。彼を見て一度議場を
出たペインが良心の呵責に耐えられなくなり、自らの罪を告白したのだ。
このカタルシス!この盛り上がり!!
スミスは失神中だけど、真実は明かされ、彼の正義は守られた。
話の構成とテンポがうまく、日本ではこういった「巨悪を暴く」みたいな
映画は大抵尻すぼまりのヘタレ映画になるのがオチなので、題材だけ聞けば
「そんなの映画になるの?」と思えたけど、こういう演出もあるんだねぇ。
映画全編に流れる、昔学校で習った音楽ばかりのカントリー・ミュージックも
レトロでいいね。いやぁ、大した映画だったよ。古いのに面白かった〜
△(2010/2/13 放映)
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| 月はどっちに出ている | 2/27(土) |
岸谷五郎とルビー・モレノ主演の、目的もなく淡々と日々を送る在日朝鮮人と、
大阪弁のジャパゆきさんのバイタリティあふれる恋愛映画。在日朝鮮人問題は
「デリケートで」「アンタッチャブル」なものとして日本人クリエイターは
なかなか関わらない分野だったけど、原作が「血と骨」を書いた在日朝鮮人
なので、被害者顔をしながら日本から甘い汁をすする、したたかでしぶとい
彼ら在日の姿がのびのびと描写される。これは日本人には絶対書けないし、
書いたとしてもすぐにあちらから激しい抗議や抵抗が起きるに違いないもの。
ルビー・モレノはおっぱい丸出しで岸谷とのベッドシーンを熱演。
岸谷五郎は金もなくやる気もなく目的もなく生きている在日2世を好演。
途中、コニーとのつきあいに反対するオモニと話しながら北に残っている
兄たちに送る物資をダンボールに詰め込んでるんだけど、あれも万景峰号で
運ばれてたんかしら。それに北と南は日本にいてもちょっと対立してんのね。
「安保さん、月は、どっちに出ていますか?」
岸谷が勤める金田タクシーの従業員がこれまた個性的。
ゴルフ場を作ることが夢の社長、姜と同じ在日が数人、洗車係のイラン人、
日本人だけど段々思考や発言が怪しくなっていくホソは元プロボクサー。
安保さんと呼ばれる元自衛隊員の新人は、自分のいる位置がわからなく
なってしまうらしく、いつも「私はどこにいるんでしょうか?」と電話を
かけてくる始末。タクシーの運転手が富士山見に行っちゃいかんだろー
途中、結婚の話も出ず、口先だけで「愛してるよぉ〜」と言うだけで
のらりくらりと今のぬるま湯生活に甘んじている姜に三行半を突きつけ、
コニーは彼女と姜をくっつけたくないオモニが紹介した長野に行ってしまう。
ちょうど区切りもついたことだし、このへんでもう終わりでいいんじゃないかと
思ったのに、この後は社長の借金や自分で会社に火をつける大騒ぎなどが続き、
ほんの少しなんだけどダラけちゃって監督の構成ミスじゃないのと思ったよ。
たとえ原作はそうであっても、映像で勝負する映画には別の演出が合う場合も
あるって前にも説明したじゃん。原作どおりにやればいいってもんじゃない。
バブル崩壊で世の中が傾いていく頃のうつろな不安感。
慰安婦問題や上野公園で偽造テレカを売っていたイラン人。
毎度何かとお騒がせしていた東南アジア人のジャパゆきさん。
色々と世相を反映していて笑ってしまう。普遍的なテーマを扱ってるせいか
不思議と古臭くないしね。電話ボックスとかむしろ今見たら新鮮かも!?
「オラぁ朝鮮人は嫌いだ。でも姜さんは好きだ。一緒にお金貸してくれよぅ」と
言いながらどんどん言動がおかしくなっていくホソに気長に付き合ったり、
無賃乗車しようとして逃げた客を追いかけ、荒い気持ちが治まらないながら
おつりを渡してちゃんとお礼まで言ったり。当たり障りのない会話で客の
ご機嫌をとる手腕もなかなかの姜。けれどさらに上を目指すことなど
興味がなく、最後はコニーをクビにさせて元の木阿弥に…
幸せって本当に人それぞれだなぁ。
△(2010/2/20 放映)
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| 13階段 | 2/24(水) |
これは明らかにミスキャスト。
なんとなく同じ臭いがする作品、たとえば「39 刑法三十九条」の堤真一や
「それでもボクはやってない」の加瀬亮みたいな変幻自在役者ならまだしも、
気弱で神経質で臆病者の主人公を、体がデカくて気も強そうで松嶋菜々子を
射止めたような反町隆史が演じたって、リアリティがあるわけないじゃないか。
核となるのは10年前に起きた保護司夫婦惨殺事件。
その犯人にされた前科者樹原の無実を晴らすため、松山刑務所で刑務官を
している南郷は、バーで因縁をつけてきた男を振り払ったはずみに死なせ、
傷害致死で懲役3年の刑を終えて出所した三上純一を誘って調査に乗り出す。
事故を起こし、殺人事件発生時刻周辺の記憶がない樹原。しかも死刑執行が
最も行われるらしい「判決から7年」を終えようとしているので時間がない。
そんなジンクスがあるのかと思ったり、手錠を思い出させるので前科者は
腕時計をするのをいやがるとか、アメリカの死刑は「報復・復讐」刑であり、
日本の死刑は犯罪者の「反省・更正」を求める刑なので性格が違うとか、
あと現代の死刑の手順など、知らなかったことを教えてくれたなぁ。
素人二人が調査をしてるので権限もないし家宅侵入はするし終始ボソボソと
喋ってるし、見てて愉快痛快な映画ではない。何人も平気で殺す死刑囚は
普通の人とはかけ離れているとか、殺されて当然のことを何の関係もない
人にし、大きな傷を残しても知らん顔のヤツがいると示されると、冤罪は
困るけど、ホントにやったならやっぱ駆逐した方がいいんじゃねーのと思う。
(そしていくら駆逐してもそうした輩は決して絶滅はしない…まさにゴキブリのごとく)
三上が佐村のバカ息子を殺した理由は、10年前の事件の日、ゴロツキだった
連中に拉致されて恋人を穢され、三上自身は彼女を守ることが出来なかった
自分を責めて彼女から離れ、彼女は三上の仕打ちに心の傷をさらに抉られて
精神を病んでしまったから。まぁそこはフィクションなのでオブラードに
包んでいるけど、実際はそれだけじゃないから女性としてはちと不愉快。
依頼者はホテルマンかな〜と思わせておいて実は佐村、そしてホテルマンが
真犯人だったという謎解きは悪くなかったけど、最後の「南郷離婚回避」と
「三上の彼女目覚める」はベタベタ過ぎていただけないにもホドがある。
グダグダネチネチやってきたのに何なんだその突然のハッピーエンドは…
ところで最後まで疑問だったのだが、鶴瓶は1000万もらうつもりだったの?
だって何もしてないじゃん。一緒に調査するのかと思ったのにしてないし。
そして佐村が罪に問われたのかは不明だったけど、金はちゃんと払われたのか?
あと日本固有の無償ボランティア制度である保護司が前科者をゆするなんて…
事実のあるなしに関わらず、題材としてこれは扱っちゃダメな気がする。
△(2010/2/21 放映)
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| 波止場 | 2/24(水) |
マフィアに牛耳られ、働けど働けど暮らしが楽にならない港湾労働者たち。
組合も機能せず、乏しい給料をピンハネされ、ボスの胸一つで仕事を回して
もらったりシカトされたり…そんな現状を打破しようとする者にはボスの
魔の手が伸びてあっけなく殺されてしまう。誰もが「見ざる・言わざる・
聞かざる」でいることが、この波止場で生き残るたった一つの方法だった。
マーロン・ブランド演じる主人公のテリーは、兄のチャーリー同様子供の頃
ボスのジョニーに拾われて育てられた。法学士の兄はジョニーの右腕であり、
テリーは元プロボクサーだが、今はしがない港湾労働者でしかない。
ある日旧友ジョニーを呼び出したテリーは、ジョーイが有無を言わさず
ジョニーの命令で殺されたことを知る。さらに憤る神父の教会への投石や、
次の証言者をも事故に見せかけて殺すジョニーのやり方に嫌気が差し、
またジョーイの妹で教師志望のイディの言葉にも感化されていく。
幾多の苦難を越え、ジョニーの命令でも弟だけは殺せないと言った
チャーリーがくだらない「見せしめ」のために殺されてしまうと、
テリーは怒りを向ける矛先が誰であるか&なんであるかを知る。
せっかく証言して現状を変えようとしたのに、なぜか仲間の労働者たちは
テリーを無視したり、気まずそうにしたり、子供なんか誰に何をどうやって
吹き込まれたんだか、泣きながらテリーとジョーイが可愛がっていたハトを
惨殺するという暴挙に…だけどあのビミョ〜な空気、わかる気がするなぁ。
たった一人で、悪いヤツとはいえ個人的には子供の頃拾ってもらったという
恩義があるジョニーの不正は間違っていると言ってボコられまくるテリー。
ボコられてヘロヘロなのに「立ってあなたがすべき仕事をせよ」と背中を
押す神父にいやいや、ムチャ言うなとツッコむ。何気になかなかの武闘派…
そんな彼の姿を見て、暴力と恐怖に支配されていた労働者たちも恐る恐る
テリーに近づいてくる。仕事はボスから与えられるものではなく、平等に
配分されるもの。組合は労働者を守り、権利を守るもの。ズタボロ状態の
テリーを受け入れ、自分たちがこれで解放されたことを知って仕事に向かう
彼らがこの映画を締める。マーロン・ブランドがヒーローにも悪党にも
なりきれないチンピラを好演し、多くの不満を抱え込みながらのらりくらり
生きている労働者の描写もうまい。だっておかげでイラつきまくったもの。
しかしこの映画、一番笑ったのは殺されたジョーイと妹のイディの父親が、
ジョニーに歯向かってそのまま彼を海に突き落としちゃったところだな。
不覚にもあれは不意を打たれ過ぎちゃって大笑いしたわー
△(2010/2/19 放映)
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| 突入せよ!あさま山荘事件 | 2/24(水) |
今思えばこの日見た映画の中では最も「男性が男性らしい」映画だった。
1972年2月に起きたあさま山荘事件について、何人ものケガ人や犠牲者を
出しながらついに困難を打破し、人質を無事救出した歴史的テロ事件。
鉄球が山荘を壊し、機動隊員が決死の突入を行うシーンはニュースでも
何度も見ているが、ここに至るまでの困難たるやもう大変…
敵は連合赤軍のみならず、指揮系統、情報不足、あれだけの銃撃、雪と寒さ。
役所広司演じる佐々は中間管理職なので、上を立て下をねぎらい右に声をかけ
左に目礼しながらの大車輪だ。当時の警察庁長官後藤田や、後にオウムに
狙撃される国松、たたき上げのコマンダー宇田川なども登場する。
短い映画だが密度が濃く、オープンセットでのロケのためか天候も過酷で、
役者たちは本当に大変だったと思う。最後の突入なんか濡れるわ寒いわで
実際に銃撃があったはずないのに現場の熱気はまさに修羅場だったのでは?
怒鳴りあってるのも何言ってるのかわからないし、おまえら素だろと思う。
赤軍の犯人はほとんど描写されず、人質がどこにいるのか、何をしてるか
中の様子もわからないので、我々も警察と同じ感覚で事件を見ているのだが、
結末はわかっているのに(わかっているからこそかも)とても面白かった。
ジュラルミンの盾を易々と貫通する弾を見て「おい、これ貫通するぞ!」と
叫ぶ機動隊員の声や、それに仲間だって答えようがなくて笑ってしまった。
むしろヘタに赤軍側を描写しなくて正解だったかもね。シラケちゃうでしょ。
死者3名、重軽傷者27名の未曾有のテロ事件。
戦後25年、戦争を知らない世代の暴走を戦争を知る世代が指揮を執って
ようやく止めたと思うと、これまたちょっと感慨深いかもしれないね。
しかし民間人も死んでたんだね。ホントにあんな風だったのかな?
あと最近ケーブルやBS視聴が多いからすっかり油断してたけど、
これ、元はかなり長い映画らしいのでカットされまくりなのね。
(再現したと噂のカップヌードルのシーンなんかなかったもんなー)
やっぱ民放は深夜放送以外ダメだなー
△(2010/2/22 放映)
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| 青い鳥 | 2/24(水) |
構音障害(吃音)を持つ臨時教師が、かつて自殺未遂事件を引き起こした
クラスに赴任し、加害者となってしまった彼らが「何をすべきなのか」を
教えて去っていく。阿部ちゃん主演と聞いて熱血教師による説教映画かと
思ってたけど、どうしてどうして、ちょっと心に沁みる映画だった。
村内先生は穏やかで決して声を荒げたりせず、子供たちをまっすぐ見る。
彼は何を責めるでも説明するでも説教するでもなく、転校してしまった
「コンビニくん」こと野口への毎朝の挨拶を欠かさない。それがむしろ
クラスの生徒を不安に落としいれ、罰を与えられているように感じる
生徒は親にグチを言い、学校側も「波風を立てるな」と渋い顔をする。
主役の園部は勉強の出来る少し大人びた子で、クラスもちょっと乱暴な
一団が二つあって派を競い合うような部分があり、また女子の中でも
陰湿ないじめがないとはいえないけれど、実は「集団でいじめ行為を
行っていた」ような悪い雰囲気ではない。徐々に彼の自殺未遂までの
経緯が語られていくのだけど、いつもヘラヘラと明るかった野口に、
自分ちのコンビニから物を取って来いと軽い気持ちで言っていたに
過ぎないクラスメイトからは、学校側に何度も何度も書き直さされた
原稿用紙5枚もの反省文と、彼の机を見えないところに片付けること、
そして「俺だけじゃない」「皆やってた」「恐喝してたわけじゃない」
「ふざけて言っただけなのにアイツが勝手に持ってきた」「女子には
関係ない」「俺だけが悪いのかよ」という保身の言葉ばかりが聞こえる。
園部は、揺れ動いた学校全体を落ち着かせ、生徒たちの悩みを聞くために
学校が設置した「青い鳥ボックス」には何の意味もないと怒りをぶつける。
人を個人的に嫌うこともいじめか、という問いかけに、生活指導主任は
「そうだ」と答え、ならば先生は今までの人生で一度も人を嫌ったことが
ないのかと園部は反論する。集団がいじめなら、一対一ならどうなのかと。
その答えは村内先生から返ってくる。
「いじめ」の定義は色々あるけれど、シンプルに考えれば全ての犯罪同様、
「相手を踏みにじること」なんだよね。それは相手の財産・権利・思想など
なんでもいい。窃盗や殺人や暴行や名誉毀損といった罪同様、相手を意図的に
踏みにじればそれがいじめ。その明確な意図がない場合でも、軽率な発言で
相手を傷つければ責任を問われ、相手を傷つけたり死に至らしめてしまうと
傷害致死に問われるように、結果的にそうなった、ということも法治国家では
やはり裁かれることになる。フツーに「いじめ=犯罪縮小版」と思えばいい。
これは罰かと問う園部に、「責任だ」と答える村内先生。
ずっとそこにいたかった少年を追い詰め、追い出し、反省したと思い込んで
忘れていこうとする彼らに、自身のしたことを常に反芻し、忘れることなく
本当の教訓とするための「責任」だと。被害者が忘れないように、加害者も
忘れてはいけない。それは私も本当に思う。忘れるなんて許されない事だし、
忘れていいはずがない。できてしまった人生の汚点は消すことは出来ない。
これだけひどい吃音をもっていた村内も、どれだけ壮絶ないじめを受けたか
想像に余りある。彼は屋上に立ち、そこからいつも下を見下ろしていた。
恐らく彼も、多感な少年期には何度も死のうと思ったことがあるのだろう。
だからこそ彼なりに、「いじめ」とはなんなのか、いじめられた生徒や
いじめに加担した生徒が何をもって反省したとするのかをずっと考え、
かといってそれを強引に押し付けたり説教をかましたりすることはなく、
相手に「考えさせ」、「わからせる」。人を教えるって何だろうと悩む鳥崎に、
村内はそんなことできないと答えたけど、「考えさせる」事はできるよね。
主役を演じた本郷奏多もよかったなぁ。
彼が本当の意味での反省をしたクライマックスシーンは、最後まで見て本気で
いじめについて考えてしまい、「あ、これ演技だった」と我に返ったくらい。
優等生の自分に助けを求めていたことがわかっていた。けれど自分も彼に
物を頼んでしまった。彼の遺書に名前があったのはきっと自分に違いない…
優等生ゆえに自問自答を繰り返し、罪を犯したことへの後悔と自責の念を
明かし、それ(責任をとる)でいいと認められて彼の心がようやく晴れる。
園部を初め、クラス全員が村内から何かを感じ取ったとは思いたいけれど、
村内が去った後、野口の机は倉庫に戻され、この事件を忘れてしまう子は
忘れてしまうのだろう。けれど反省文ではなく「友達」の野口への手紙を
したためた園部や、反省文を書き直した子には何かが残ったと信じたい。
パワハラに代表されるように、いじめは子供だけの問題じゃない。
した・された・知っていた・見たなど、いじめに一回も触れずに生きてきた
人は恐らくいないはずだし、世間がこれだけ情報にあふれているというのに、
社会でも会社でも学校でもいじめがなくならないのは、結局いじめに加担した
連中が村内のいうところの「責任」をきちんととっていないからだろう。
私は人生の中で一回だけ集団で相手をいじめたことを絶対に忘れない。
あの時の自分の言葉も感情も思考も全て忘れないよう未だに反芻している。
これは自分の前科だと思う。恥ずかしく、情けなく、みっともなくて哀しい。
二度といじめに加担しないと強く心に決めているのは、この人生の暗黒点を
忘れず、何十年経っても常に生々しく苦々しく思い出しているが故だと思う。
(ついでに今のところ一回だけ集団でいじめられたことも絶対に忘れない。
両者の立場を知ってさらに、いじめは卑怯で醜く最低の行為だと強く思う)
△(2010/2/13 放映)
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| アンブレイカブル | 2/22(月) |
「シックス・センス」の直後だったので注目を集め、そして酷評されまくった
シャマラン映画。そうかー、イマイチなのだなとそれで納得して見なかったが、
もうじきケーブルともおさらばなのであるうちに見とくかと思って視聴した。
評価とか批判とか、面白い・面白くない以前によくわからん…
サミュエル・L・ジャクソン演じるイライジャは骨形成不全で骨折しやすく、
その脆弱すぎる体に苦しんできた。しかし世の中には自分とは全く真逆、
すなわちケガをすることのない強靭な肉体を持つ人間がいるはずだ…
そう考えて飛行機事故やビル火災、そして主人公のダンが巻き込まれた
列車脱線事故を仕掛け、不死身のヒーローを探し出そうとしたってこと?
そしてそこに運よくダンが引っかかった。
子供の頃にプールで溺れて死にかけたこと以外、激しい車のクラッシュでも
怪我をせず、乗客全員が死んだ脱線事故でもかすり傷一つ負わなかったダン。
イライジャに洗脳されるがごとく、コミック・ヒーローは創造の産物ではなく
実在するからこそ表現され、描写されると諭され、ダンより先に息子の方が
洗脳にかかってしまう始末。アメリカではコミックは神話のような「伝説」
であって「誰かが創作したもの」ではないんか!なぜそこはツッコまんの!
(イライジャの狂信的な思い込みで『ヒーローが人間の創作だと思うのはそういう類まれな
超人が実在する事を皆忘れてしまっているから』とでも言って論破されちゃいそうだが…)
数々のコミック・ヒーローと共通する特異点を挙げられ、その気になるダン。
元々勘の鋭いところがあった彼は、その能力で犯罪者がこれから犯そうとする
犯罪のヴィジョンを見ることが出来るようになり、監禁されていた子供たちを
救うことに成功。自分がプールで溺れたこともイライジャの「きみの弱点は水」
の一言で納得。自身の役割を悟ったダンは距離を置きがちだった妻や息子との
関係を修復、イライジャとも本当の友達になれると意気揚々と会いに行き…
イライジャは握手をすることで彼に自身が犯してきた大量殺人を明かし、
キチガイテロリストとして精神病院送りになって物語はおしまい。
ええええええええええ…なんだこれ…?????
まず漫画文化が成熟している我々日本人から見たって、コミック・ヒーローを
モチーフにしてるというのがあまりに突飛過ぎる。この時点で既にガイキチ…
というか最後まで見ると、相手にしないというダンの奥さんがとる対処法が
実は一番正しかったのは面白かったけど。男性諸氏がそっと心に隠している
幼稚なヒーロー願望を垣間見せられたようでちょっと可笑しかった。
なんとなく言いたいことやエンタメとして見せたいものはわかるような気が
するんだけど、表現し切れてないというか、テーマをもっとわかりやすく
描写できなかったのかとか、脚本の練りこみも演出も食い足りなさが残る。
全編に渡って画面が暗すぎるのも鬱々。
「シックス・センス」は物語的に暗くてもよかったけど、この作品はむしろ
イライジャがファンキーポップで軽薄、言ってることもやる事もバカっぽく、
しょーもないけど憎めない…と視聴者を苦笑させるような黒人だったなら、
逆にむっちゃ怖かったと思う。いつも明るい彼が最後の最後に正体を明かし、
まさしく「知性で勝負する悪」の顔で笑ったらゾッとしたと思うよ、きっと。
△(2010/2/21 放映)
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| 弁当夫婦 | 2/22(月) |
マンネリ化した同棲カップルが、「結婚」という新たな一歩を踏み出すまでの
超絶ショート・ストーリー。監督は主演を勤めるユースケ・サンタ・マリア。
物語は単純極まりない。
永作博美演じるOLが毎朝二人分の弁当を作る。
そして移動喫茶店を営んでいる彼氏と、大した会話もないままお昼を共にする。
最低限の会話だけでカップルらしくじゃれあうこともないし、名前を呼び合う
ことすらない。空気のようにあたりまえになっていて、けれど最低限の敬意を
払いあっている(晩飯がいらない時はちゃんと断ったり、じゃけんな態度を
とったり「ん」程度の目礼しかしなくても、決して無視したりはしないとか)
ある日彼女は彼氏をテーブルに呼び出し、このまま今の生活を続けるなら
きちんと籍を入れる、それがいやなら別れるという選択肢を突きつける。
この後冷めてる感じだった彼氏がぐだぐだ言うのかなと思ったら、お昼に
現れた彼氏はサイン済みの婚姻届を持っており、めでたしめでたし…で
終わってしまった。えええええ!?とビックリしてたら、なんでもこれ、
「R246」にちなんで5人の監督がそれぞれ撮ったオムニバス映画の中の
一本なんだそうだ。どうりで25分なわけだ。どうせならセットでやれよ!
同棲するくらいならもうフツーに結婚すればいいのにと思う私にとっては
何が言いたいのかよくわからない、まぁどうでもいい映画だったなぁ…
△(2010/2/19 放映)
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| パーフェクト・ストレンジャー | 2/21(日) |
グレースを殺した犯人とされた、ヒルの嫉妬深い妻が洗面所に立つ。
ローウェンに懸想し、グレースと関係を持っていたマイルズが洗面所に立つ。
そして隠してあったベラドンナの瓶を手に取る。その時鏡に映ったのは…
最後の最後にどんでん返しが待っていたサスペンス映画。
ブルース・ウィリス演じる女にだらしないヒルはともかく、ローウェンの
同僚で時折異常な行動を取るマイルズが犯人じゃないかと思わせておいて、
最後に待っていたのは「おまえかいっ!」という視聴者の総ツッコミだもの。
冒頭、スクープを握りつぶされた事で怒って新聞社を辞めるのが物語の
きっかけなんだけど、上院議員がゲイだったということがスクープと
いうのはちょっと可哀想な気がした。性癖をどうこう言うのは気の毒だ。
それにそもそも殺されたグレース自身もネットで知り合った相手と関係を
結び、相手が冷たくなったからといって脅迫するような人間だったので
なんかイマイチ…というのも、実は最後のどんでん返しの伏線だった。
というわけで面白くなかったのかといわれるとそんな事はなく、最後に
やられた!と思う以外にも「大した事件でもないのに色々出てくる」という
サスペンス&ミステリの定石をきっちりとなぞっているので合格だと思う。
それにしてもセクシーブラックのハル・ベリーは主人公として存在感や
キャラクター性を発揮できていたけど、ブルース・ウィリスは何なんだ。
犯人でもなければ重要キャラでもなく、ただの女好きの恐妻家としか
描かれていないじゃないか。わざわざこの人を使った意味がわからない。
友達だと思っていた彼女は、弱みにつけこみ脅迫を繰り返すズベ公だった。
マイルズによって真相が明かされたラスト、あわよくば…と欲を見せたことで
再び殺人が行われてしまう。これで今度こそ全てが終わる…そう思った時、
窓の向こうに目撃者の姿が浮かび上がる皮肉。真実はいつもひとつ、だな。
△(2010/2/21 放映)
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| カンゾー先生 | 2/20(土) |
「黒い雨」以外はどうもなぁと思う今村昌平と、「青い文学」の中でも最も
わけわかめだった「桜の森の満開の下」を書いた坂口安吾のタッグに一抹の
不安があったのだが、結果としては「可もなく不可もない」という感じ。
何でもかんでも「肝臓が悪い」と診断を下す街医者の赤城は、医者は走って
ナンボという考えの持ち主。戦争は末期、息子は満州で軍医をしており、
岡山の田舎町にも殺伐とした空気は流れている。物語はそんな男やもめの
カンゾー先生を中心に、先生の友人の飲んだくれの坊主やモルヒネ中毒の
外科医、「淫売」のソノ子や紫雲閣の女将など、彼をとりまく市井の人々の
悲喜こもごもが描かれていく。
肝臓病の撲滅を悲願とするカンゾー先生は、ある時顕微鏡と映画館で使う
ライトを手に入れ、これで病原菌を発見するべく研究を始める。東京の
学会でその地道な努力を讃えられたこと、さらに収容所から逃げ出した
捕虜のピートがカメラ技師だったことから、カンゾー先生はモットーの
臨床より病理に没頭し始めてしまう。
ソノ子を演じる麻生久美子が限界ギリギリまで裸体を晒し、具体的な
セクシャルシーンはないものの、原始的で大らかなセックス文化が
描かれる。出征する兵士が童貞だと弾に当たりやすくなるとか、
タダマンはダメとか、女将に入れあげてた中佐の早漏ぶりや、ソノ子に
貢ぐため役所の金を横領して咎められ、頭がおかしくなった小役人、
ソノ子の性器をカメラに収める変態的な軍人など、なんだかなぁ…
カンゾー先生が実直な街医者であるのはよかったし、ソノ子が先生、
大好きとその情熱をぶつけてきてもうまいこといなすのもよかったよ。
クジラを追って潜ったソノ子のモンペが脱げて下半身がすっぽんぽんでも
カンゾー先生は丸出しのお尻に上着をかけてやり、あくまでも紳士だ。
戦争については一過言も二過言も三過言もある今村昌平らしく、
連れ戻された捕虜のピートへの苛烈な暴力は目を覆いたくなるし、
ラストのキノコ雲には皮肉と彼なりのユーモアが混ぜられている。
主役の柄本明や麻生久美子はじめ海千山千の役者陣の熱演と、
瀬戸内の漁師町ののどかな風景が支えた作品かな。
△(2010/2/10 放映)
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| ある日どこかで | 2/20(土) |
存在すらも知らなかったSFラブストーリーだったが、見てみたら結構面白く、
意外と言えば意外、しかしそうあるべきと言われれば納得のラストに驚いた。
見終わった後で調べてみたら、非常にカルト的な人気が高い映画らしい。
大学時代、見知らぬ老婆に懐中時計を渡され、「帰ってきて」といわれた
リチャード・コリアーは、数年後、グランド・ホテルに飾られた写真に
写っていた美しい女優に一目惚れする。彼女の名前はエリーズ・マッケナ。
忘れられなくなった彼女の事を調べていくうちに、リチャードは彼女が
1972年のあの日、彼に懐中時計を渡した老婆だったことに気づく。
1912年の彼女に会いに行くタイムトラベルの方法が結構面白い。
というか、なんとなくあれならホントにできそうじゃないかと思わせる。
二つの時代を繋ぐアーサーの使い方もうまかったし、流行おくれのスーツ
(リチャードとしてはその時代にふさわしいデザインを選んで着たつもりなのに可笑しい)
を着たリチャードが、時代に合わせて慇懃かつ現代風に積極的アプローチを
していく姿が微笑ましい。マッケナも清楚かつ綺麗だし、女優としての
大成を願うマネージャーも決して悪い人というわけではなく…とはいえ、
なんとなくあの人も未来人かと思ってたよ。マッケナが「彼の言うとおりに
なる」とか、男が現れて全てが終わってしまう(マッケナは1912年を最後に
女優活動を辞めてしまう)と言ったと言ってたから。なんだったんだあれは。
紆余曲折を経て愛を確かめ合い、結ばれた二人。
幸せの絶頂にいる彼らだったけど、リチャードがふと、上着のポケットに
残されていた一枚のコインを見つけてしまったことで運命は突然暗転する。
現代のものに引き寄せられるようにリチャードは1980年に戻されてしまい、
それ以降は何度試しても1912年の彼女の元に帰る事はできなかった。
あまりの絶望ゆえ、物も食べず、眠りもせず、衰弱していくリチャード。
アーサーが部屋を開けた時は既に手遅れになっており、彼の魂は重い肉体を
離れ、気が遠くなるほど待たせてしまった愛する彼女の元へと旅立っていく…
物語の起承転結が非常にはっきりしていてコンパクトで見やすく、
結末もちょっと驚くという、確かに好きな人は好きな作品かもしれない。
マッケナは消えてしまった恋人が未来から来た人物だといつ知ったのかなと
思ったら、リチャードが好きだと言ったラフマニノフの曲が、この時代より
未来に発表されるはずの曲だったから、というトリビアが隠されているとか。
主演はスーパーマンことマッチョハンサムのクリストファー・リーブ、
ヒロインはジェーン・シーモアで、両者ともなかなか見栄えがいい。
ファースト・キスのシーンなどはなかなか官能的な色気があったよ。
しかし時空転移ものを見るたびに思うけど、もし自分が突然昔に戻ったら、
絶対無一文で困ると思う。日本で、もしもたかが2〜30年前に戻るだけでも、
今の新札じゃ使えないもん。ドルは新札とか出ないのか?それとも旧券を
こんなに完璧に回収しちゃうのが日本くらいなのか?いつも不思議に思うよ。
△(2010/2/12 放映)
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| エデンの東 | 2/20(土) |
これまた「今さら!?」と驚かれそうだが、実は初視聴。
というかそもそもジェームズ・ディーンの映画自体初視聴。(あと2本もあるぞ、わ〜い)
あまりにも有名すぎる薄命スターの初主演映画。
旧約聖書のカインとアベルの逸話を元にした、
双子の兄弟の確執と家族の再生が描かれている。
成績優秀で性格も穏やかなアロンには恋人がいて父の信頼も厚い。
清廉潔白な父の愛を得る事ができず、何もかもうまくいかない弟ケイレブは、
ある日隣町で1人の中年女性を尾行する。自分が捻じ曲がっており、父が望む
善き人になれないのは悪い血が混ざっているからだと思い込んだケイレブが
後をつけていたのは、死んだと聞かされていた母親のケートだった。
しかしこれ、ジェームズ・ディーンのキャル(ケイレブ)が確かにいい。
卑屈そうな陰気な目つき、暗く陰鬱な表情。そのくせアブラの前で時折見せる
表情は健やかな明るさを思わせ、この子が欲しがっている愛情を注いでやれば
きっとそれに応えようと努めるだろうに…と思わせる。そして物語はそれが
叶わないからこその暗さややるせなさがにじみ出ていて何ともやりきれない。
ラストの「傍で看病しろ」という父の言葉は、キャルを愛しながら理解できず
苦しんでいた彼なりの「どこにも行くな」という愛情なので救われるのだけど、
この物語の救いはなんといってもアロンの恋人のアブラの優しさだろう。
実母の死後、すぐに義母と再婚した父の愛情を疑い、それを克服した経験を
持つアブラは愛に飢えるキャルの唯一の理解者であり、大切な慰めでもある。
彼女自身も、アロンが自分を聖母のように理想視していることに疑問を持ち、
今後の彼との結婚にも不安を感じていたことも、キャルへの同情と親近感を
沸かせたんだろうと思うけど、このへんの描写や演出はとても上手だと思う。
映画が作られた時代(1950年代)、それに作品の舞台となった時代(1917年)
も相俟って、全体的に非常に上品。ジェームズ・ディーンもそこはかとない
上品さを醸し出しており、このはかなげな危うさは確かに人気出るわな〜
彼同様夭折したリバー・フェニックスや、屈託のない素直な明るさを見せた
ブラッド・ピットなど、どことなくディーンのような雰囲気を見せた俳優も
いたけれど、やはりオリジナルにはかなわない。すごいいい男ではないし、
体も小さくて華奢なのに、不思議な雰囲気と存在感を持った俳優だなぁ。
物語的にも、レタスの冷凍で財産を失った父のために、第一次世界大戦による
大豆の先物取引で稼いだ5000ドルを父の誕生日プレゼントにしようとする
彼の稚拙さがなんとも危うい。それを断固として拒否しちゃう父もなぁ…
あとオルブレヒトさん襲撃事件以来、ギクシャクしていた兄の意地の悪さも
悲劇への引鉄になってしまう。完全に拒絶されたと思ったキャルは父への
暴言を吐いて愛などいらないと言い捨て、兄を母の元へと連れて行く。
母の存在と正体を知った兄は荒れ、そのまま軍に入ると列車に乗る。
(彼がいきなり頭突きで列車の窓ガラスを割った時はマジでビックリ。)
そんな兄を見送った父は脳卒中を起こして倒れ、保安官は「兄を殺した
カインは、このエデンを出てノドの地へと去れ」と厳しい口調で言う。
半身不随になった父があの時代にどれくらい持ったのかはわからないけど、
最期を迎えるまでの時間を2人で過ごせればキャルにとって救いになったろうし、
傍にはいつもアブラがいてくれたはず。キャルには明らかに商才があるので、
その後の人生が少しでも希望をもてるものになれば、青年期の苦しみを糧に、
残りの長い人生を豊かに過ごせたかも…な〜んてことまで考えてしまう。
この映画を見たよと母に伝えたら、「そう。ジェームズ・ディーンは
現代でも通用する?」と言ってたけど、彼を越えられる人がいないよ。
(彼が時を閉じ込めた永遠の青春の象徴であることもあるのだけど)
さすがエリア・カザン、思った以上の映画だった。テーマ曲も心に残るね。
△(2010/2/13 放映)
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| あの空をおぼえてる | 2/20(土) |
泣かせよう泣かせようという意図がミエミエでちょっといただけなかったが、
「絵里奈と空を飛んでいた」ことを両親に言うと、言いたくないことまで
言うことになるから言えない…と言っていた英治が、ようやく父が立ち直り、
家族の再生が始まったところでそれを言ったのはビックリした。時限爆弾か!
(しかも赤ちゃんの部屋を作っている和やかなシーンで投げ込むとは…)
快活で明るい妹絵里奈がいた頃の映像と、火が消えたようになった彼女が
いなくなってからの家の中の様子が頻繁に切り替わってちょっと見づらい。
子役たちは生き生きと演じていて、特に英治役の子は、自分が死んだ方が
家族のためにはよかったんじゃないかと思う複雑な葛藤と、可愛がっていた
妹が死んでしまった悲しみを受け止める難しい役どころをよく演じていた。
新しい命を宿す母はそれでもまだ残された英治を慮り、明るく振舞おうと
するけど、竹野内豊演じる父親はひどい。自分が2人を車に乗せていれば
事故に遭わなかったという自責の念が強い上に、正直おとなしい息子より
明るい娘の方をを可愛がってたフシがあるので落ち込みっぷりが激しい。
いじめっ子がいたり、モテモテヤローがいたりする学校の方が英治にとっては
救われる場所。だってクラスメイトは英治の生還をちゃんと喜んでくれるから。
親友の尚人と死のトンネルを探検したり、絵里奈を真似てなぞなぞを出したり、
明るく振舞っていても家の中には前のような暖かさも明るさも戻ってはこない。
小さい子が事故で死んでしまったという悲劇は如何ともしがたいことだし、
メソメソしてるシーンが多くてもそれは仕方がないんだけど(むしろ一番
泣かなかったのは水野美紀演じるお母さんかも)ここで泣け!ここでも
泣け!と強制されてるようだった。表出できない想いを絵里奈への手紙に
したためる英治のけなげさを知った両親のシーンなんか、泣くどころか
「おまえら10歳の子にここまで気を遣わせてるんか!」と怒りたいわ。
「どうして…絵里奈だったんだ」
この言葉を聞けば、当事者の英治は当然その後「英治だったらよかったのに」
と続くと思っちゃうよね。もちろん親としては順位をつけたつもりはないと
わかるんだけど…わかるんだけど、ホントにぃ?と聞きたくなってしまう。
なんにせよ、人の負の感情を薄めるのは「時」しかない。
でも、彼女の場合は事故だったし、病気などならともかく、全く理不尽に
突然誰かに命を奪われた子供の親は、癒される事なんかきっとないよねぇ…
△(2010/2/ 放映)
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| オリエント急行殺人事件 | 2/19(金) |
アガサ・クリスティの原作を読んで以来、見たくて見たくて見たくて
長年思い続けた作品をようやく視聴。この作品は殺人のバックグラウンド、
雪で立ち往生するオリエント急行という舞台、訳アリの登場人物たち、
そしてポワロの鮮やかな推理、さらには見事な大岡裁きまで、原作に
惚れ込んでしばらくは自分の本棚がクリスティ・ブームになったほど。
イスタンブールからカレーに向かうオリエント急行の寝台車で、1人の裕福な
アメリカ人が殺される。雪で立ち往生する列車から犯人が逃げることは困難。
乗り合わせたポワロは同じ寝台車に乗っていた人物から1人1人事情を聞く。
死亡時刻、アリバイ、殺人の動機、そして多彩な顔ぶれの寝台車の客たち。
さらに被害者がかつてアメリカで起きたアームストロング大佐の娘デイジー
誘拐殺人事件の首謀者であったことが判明し、ポワロの灰色の脳細胞が
せわしなく動き出す。やがて導き出された推理は二つあった…
豪華キャストの競演とアカデミー助演女優賞(バーグマン)で話題を
さらったが、映画的な手腕を使って誰にでも見やすくしていると思った。
何しろポワロが一つ一つのエピソードを確認する時、実際のシーンでは
どうだったかをリピートしてくれるのだ。登場人物が多いとかトリックに
無理があるなどの理由でミステリーが苦手な人でもあれならわかりやすいと
思えるんじゃなかろうか。(原作だとどうだったっけ?と読み返す部分かな)
狭いけれどコンパクトに機能が満載されているオリエント急行一等寝台や、
従者たちが寝ていた二段ベッドの二等寝台、20世紀初期のトルコの描写など、
映画ならではのけれん味もたっぷりで、旅の始まりのシーンはこれから起きる
大きな事件を予感させてわくわくする。そして全てが終わってポワロが去り、
登場人物たちが一人ひとりグラスを合わせにくるシーンもとてもよかった。
助演女優賞はなぜか地味なスウェーデン女を演じたバーグマンだったけど、
私的にはローレン・バコールにあげたい。あの人が一番すばらしかったよ。
△(2010/2/10 放映)
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| アキレスと亀 | 2/18(木) |
う、う〜〜〜〜〜ん…
実は思っていた映画とはちょっと違っていた。
全編に渡って売れない芸術家のビートたけしと、彼の唯一の理解者である
樋口可南子夫妻の奇行が繰り広げられる映画だと思ってたので、結構延々と
生まれは裕福だった真知寿の不幸な転落人生を描いていくのは意外だった。
しかも彼の周りには常に「死」がまとわりつく。
倒産して芸者と無理心中した父、飛び降り自殺をした血の繋がらない義母、
友達になった絵描きの又平はバスにひかれ、美術学校の同級生は芸術に殉じ、
または絶望して身を投げる。最後には実の娘も物言わぬ死体になってしまう。
暗い不条理な前半から、後半、たけしが演じるようになってからは樋口可南子を
いじりにいじってあまりのバカバカしさに吹き出してしまうシーンもしばしば。
樋口がボビーにボッコボコにされたり、樋口がたけしを風呂に沈めたり。
この狂ってる状況を樋口が受け入れているとばかり思ってたら、
最後の最後に裏切って別れを切り出したので驚いた。
なんで今さらそんなこと言い出すのさ!?さんざんつきあってやってたジャン!
つーか世の熟年離婚する夫婦は皆きっとこんな感じなんだろうね。
ずーっとガマンしてきたんだからこの先もガマンするんだろうと
思ってたら、なぜかいきなり終わらせることあるからね、女は。
男は変化に弱い生き物だから、女からのこの冷や水にはかなりの
ダメージを食らうことだろう。耐えているからといって最後まで
耐えるとは限らないことを肝に銘じて、奥さん大事にしないとね。
でもさすがの真知寿も娘に去られ、妻に逃げられて初めて自分と向き合う。
自分の売れない絵を処分し、命を終わらせようとするもののうまくいかない。
作品を燃やし、その燃えるさまを描きながら死のうとしても助けられてしまい
ミイラ男になって一人ぼっちで燃えたコーラの空き缶を売っている。20万で。
そんな寂しい真知寿を結局ほっておけない妻が戻ってきて、割れ鍋に
綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き…というわけで最後はめでたしめでたし。
アキレスが亀に追いつけない=芸術に逃げられていることかと思ったら、
亀=一番大切なもの=妻ということだったようだ。どーでもよいわ…
北野作品はそれこそ「考えるな、感じろ」なので、何も感じなかったら
何も書きようがない。この映画もテーマ的には決して私向きではないが、
不思議と不快感ギリギリのところで踏みとどまってはいた。だからって
何かを感じたかと言われても「何も感じません」と答えるしかないのだが…
子供の頃の不幸な転落、地味でおとなしい青年時代を見てから中年時代の
たけしを見ると、自分のたった一人の理解者だった女房に対してはあんな
冷たくて雑な態度はとらなかったんじゃないかなーと思ったんだけどね。
俳優は相変わらず豪華で、電撃ネットワークの過激な芸にヒヤヒヤだわ。
ところで劇中の絵画はたけし画伯のものらしい。
私はあの自転車で絵の具を垂らしただけの絵とか、あとピエロの絵なんかは
にぎやかで面白いなと思ったけどね。私は絵心ゼロだから信用したらダメだ。
あと冒頭、いきなりアニメーションで始まった亀とアキレスの逆説。
議論好きの人のお楽しみという感じで、それがホントなら高速道路の渋滞は
ないじゃんと、考えることもせずスルーした私は絵心同様数学心もゼロである。
△(2010/2/9 放映)
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| イウォーク・アドベンチャー | 2/17(水) |
せっかくスター・ウォーズ3作を見たので、スピンオフTVドラマとして
作成されたこちらも視聴してみた。もちろん開始5分で即、倍速見決定。
エンドアに不時着した家族がバラバラになってしまい、ゴラックスという生物に
拉致られた両親を探すために兄メイスと妹死んでる…ではなく、シンデルが
イウォークたちとレスキュー・キャラバンを結成して冒険を繰り広げる物語。
イウォーク族は人語を喋らないので騒いでいるのは兄のメイスだけという
B級特撮臭がプンプンする作品である。チラチラと光る妖精のような生物は
なかなか面白い見せ方だなと思ったけど、青いクモみたいな敵はあまりにも
作り物過ぎて苦笑。谷底に落ちるゴラックスもなんとかならんかったのか…
途中で仲間になった歯の化石を持つ木こりが死んでしまったのはちと驚いたが
(ファンタジーなら死人はいらんよ)最後は無事に両親を助け出し、またまた
皆で楽しく歌って踊ってジ・エンド。ところどころ唐突に入ってくる説明臭い
ナレーターといい、さらには子供向けの陳腐な物語といいお粗末な出来だった。
一番驚くのはこの作品のさらに続編となる(いい加減どじょうを狙うのはやめなはれ)
「エンドア」では両親も兄貴も殺されてしまったというとんでも展開であろう。
放映予定はないようだが、80年代当時、こうしてスピンオフやオリジナル系を
作ってはいつまでも過去の栄光にしがみつこうとするこのスター・ウォーズ
シリーズと御大のガンダム・シリーズがやけに重なって見えたものである…
△(2010/2/14 放映)
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| 厨房で逢いましょう | 2/17(水) |
なんだか気持ちの悪い映画だった。
人の三大欲のうち「食欲」と「性欲」を無理くりにくっつけて「これでもか!」
「食う事はヤル事だ!」「食ったらあとはヤれ!」みたいな制作側の意図が
見て取れすぎてゲンナリ。プラリネを食いながらセックスしたら2倍感じると
思うとか囁くエデンを見ると、コイツは生粋のアホじゃないのかとさえ思う。
ベッドの中でのデザート女体盛りはもはやキチガイの色情狂としか思えない。
ヒロインでブサイクなこのエデンがとにかく天下のクソビッチ。
グレゴアの好意をわかっていながら「友達」とシールドを張って、一年以上
先まで予約で一杯、一食300ユーロの飯をタダでガツガツ食いまくるのだ。
私も家庭円満だし、幸せよ♪とかほざく彼女を見てると、グレゴアを
応援したいわけではないけど(グレゴアもグレゴアで義父の犬を料理して
飼い主の義父に食わせたらしい)「バカじゃねーの」と罵倒したくなる。
グレゴアは職人肌らしく料理の邪魔をされると不機嫌になるんだけど、
エデンは全く気にせず、翌週も現れては食い物をねだるいけ図々しさ。
やがて二人の密会は夫の知るところとなり、しかも彼女が二人目を
妊娠したことで街では「一人目が失敗(長子レオニーはダウン症児)
だったから、次は料理人の種をもらったんだろう」と笑われる始末。
そりゃ夫も怒るよね…夫の転落ぶりは自業自得もあるとはいえ気の毒。
嫉妬に駆られた夫はグレゴアの財産であるワインセラーを破壊し、
エデンへの思いが募りすぎてすっかり料理の腕が落ちてしまっていた
グレゴアはレストランの経営を維持できなくなって店を差押えられる。
しかも怒りに燃える夫はグレゴアに襲い掛かり、森の中を逃げるブタ…
じゃない、グレゴアは木上から夫の真上に落下して殺人犯となってしまう。
もうね、厭き厭きしてたところでこのまさかまさかの殺人事件に大爆笑。
いやいやいやいや、ないわー、この展開はないわー
刑務所に入ったグレゴアは何年か後に出所し、ドライブインなのに
一つ星をとるほどのスタンドカフェを経営。そこにまたあのアマが!
レオニーがとんでもないことになっていたり、最後の最後でまたエデンに
居場所を嗅ぎつけられるというどう見てもホラーな展開が待っていたので
大笑いだった。そして楽園はこれからも周りの人を不幸に陥れ続けると…
グレゴアは彼女と再会できて幸せかもしれんから、ハッピーエンドなのかも?
ある意味衝撃のラストにやられた感があり、このあまりのナイナイ展開の
おかげで逆に見て損したとは思わずに済んだという変な結果になったよ。
そうそう、この映画の主役である料理もあまりおいしそうに見えんかった。
太ったシェフが大汗をダラダラかいて作っていたせいかもしれんなぁ…
△(2010/2/13 放映)
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| レーシング・ストライプス | 2/16(火) |
なんとなく「シービスケット」みたいな映画かと思ってたら全然違い、
シマウマ版「ベイブ」または最近見た「ハッピーフィート」であった。
嵐の中で事故ったサーカスに忘れられたシマウマ「ストライプス」は、
元調教師で騎手だった妻を亡くした「ボス」とその娘チャンに育てられ、
農場の柵の中からダルリンブルが育成している競走馬たちを眺めていた。
自分もいつか競走馬となってダートを思いっきり走りたいと夢見て。
「四足の動物に乗ってみる」事を実践するムツゴロウさんの本を読んだのだが、
シマウマは背骨が非常に柔らかく、健康に不安の多い痩せたムツゴロウさんが
乗ってすら背骨がしなり、かなりムリをして踏ん張って立っていたという一文が
印象的だったので、そのシマウマに重そうな鞍を乗せるだけでもハラハラした。
(ちなみにムツゴロウさんは他にも犬やクマやゾウに乗って、馬以外の四足の
動物がもし荷物を背負ったら背中でどのように支えるのかを確かめていた)
パパボスが「シマウマはライオンに追われた時などはアドレナリンを大量に
出して逃げる」と言ってたけど、それでも時速は60キロくらいなのだとか。
まぁまぁ足が速いとはいえ、長年かけて走るためだけに品種を改良されてきた
サラブレットと戦って勝てるはずもないけれど、そこはほれ、ブタが牧羊したり
ペンギンが踊ったりする映画を作ったスタッフだからね…見事勝利するわけだ。
それでも今回は「レース中に事故死してしまった」妻を忘れられず、調教師を
辞めて娘の夢を見ないふりしてきた父親や、母の夢を継ぎたいと思いつつも
父を思いやる娘の人間ドラマもちょっぴり描かれていた。つーか、むしろ
そっちをもっとクローズアップさせてもよかったんじゃなかろうか。
畑を潰してコースを作ったボスを見て、アブたちが「それを作れば、
彼らが来る…」とか言うから爆笑した。前述の「シービスケット」は
もちろん、「ルーク・スカズウォーカーだ」などちょこまかと映画の
パロディなどが差し挟まれてる。M.C.ハマーとか懐かしすぎるわ。
このアブがコーヒーを泳いだり馬糞をうまそうに食ったりしつつ
ムードメーカーとしてペリカン共々ギャグ系を背負ってくれてたよ。
ヤギの声がおばはんには聞こえないほどドスが利いてたのだが、
キャストを見るとウーピー・ゴールドバーグであった。
そういえばシマウマをあんなにアップで見た事はなかったんだけど、
ビロードのように滑らかなストライプ柄はとても綺麗だったなー
△(2010/2/11 放映)
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| エンドゲーム 大統領最期の日 | 2/15(月) |
「驚愕のラスト」に刮目せよ!というのがこの映画のもっぱらの評判だが、
いつも推理力も観察力もニブチンの私が、なぜかこういう時だけは一発で
「ああ、なら犯人はあの人だ」とわかってしまうのだから不思議なものだ…
公衆の面前で暗殺された大統領の死を巡り、彼を守ることが出来なかった
シークレット・サービスのアレックスとピュリツァー賞を獲ったこともある
敏腕女性記者がタッグを組み、その死の真相に迫っていく。映画そのものが
短いせいもあり、とにかく展開が早い早い。そして人がバンバン死ぬ死ぬ。
爆発だの交通事故だの偽装自殺だのでケイトやアレックスが近づいたり調査した
人物が次々と死んでいく。むしろその不自然さで「黒幕は政府機関やろー」と
疑わざるを得ない。だって事件が起きるタイミングがあまりによ過ぎるもの。
私がわかっちゃったのはアレックスがかけた携帯電話でだった。
政治的思惑でもなく、陰謀でもなく、ただそこにあるのは私怨だな〜と。
ただアレックス自身がどこでわかったのかは何度か見返してみたんだけど
よくわからなかった。あとそんな動機だけでなぜ全てを動かせたのかというのも
相手の弱みを握っていたからなのか、それとも連中の何らかの欲望と結びついた
ためなのかがどうもわかりにくい。まさか本当の理由を伝えたとは思えないし…
とにかく人が死にまくってクライマックスまではかなり盛り上がったし、
スクールバスを巻き込むのか巻き込まないのか、ボールドウィンとの
カーチェイスは容赦がなくてスリリングだったけど、最後の最後、
ツメの部分で拍子抜けしてコケちゃった感じだったな。
私としてはあの理由で大統領が殺されたというのも別に悪くないと思うんだよ。
それを理由とする説得に足る外堀がきちんと埋まってなかったとでも言うのか…
さくさくと軽く見られてラクだった分、ちょっと残念な最後だったよ。
そもそも一番印象に残ったのが女性記者の鼻先でおならブーってどうなの。
△(2010/2/10 放映)
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| OK牧場の決斗 | 2/14(日) |
O.K. Corral〜 O.K. Corral〜
Gunfight at the O.K. Corral♪
ところどころで流れる主題歌が耳に残る西部劇。
ワイアット・アープとドク・ホリディの物語は数あれど、自分が見たのは
これと言う人も多いだろう。起承転結がはっきりしていてクライマックスの
銃撃戦までが盛り上がるし、人殺しで評判のよろしくないドクと保安官の
ワイアット・アープが少しずつ親交を重ね、やがて命を預けあうようになる
プロセスも明確なので感情移入がしやすく娯楽作品としてはよくできている。
我々が西部といえば思い浮かべる土煙舞う荒野ににょっきりしたサボテンが
本当に立っていたり、無法者クラントンの行動が本当に無法なのが可笑しい。
ドクが髭を剃ってもらってるところにワイアット・アープが乗り込んで来て、
「あれ?髭剃りシーンってなんでか見た覚えが…」と思ったら「荒野の決闘」
の方で、こちらは確かワイアット・アープが剃ってもらってたと思い出した。
ローラの使い方がよくわからなかったり(どうしても必要だったんかな?)
ドクの愛人でハスッパなケイトが物事を悪化させたりドクを逆なでするので
ウザったかったり、バージルの奥さん含め女の使い方がいまひとつだったな。
マイケル・ダグラスのお父さんのカーク・ダグラス(私は「スパルタカス」が
かなり印象的)が腺病質かつダンディ、死にたがりのくせにやたら血気盛んな
ギャンブラー、ドク・ホリデイを実に好演。カードさばきも見事なものだった。
一方バート・ランカスター演じる昔はワルだったけど今は正義に燃える毅然と
した男らしいワイアット・アープは、普通に無難過ぎてソツがないというか…
功を焦るクラントンの末子ビリーに自分も南北戦争で戦った兄たちに負い目が
あったと語ってたけど、このビリーが若き日のデニス・ホッパーだったよ。
ミュージカルじゃないんだけど、とにかく主題歌が物語の全てを雄弁に語る。
とりあえず「荒野の決闘」と違ってドクが(史実どおり)死ななくてよかった。
派手な銃撃戦と単純明快な勧善懲悪、そしてドクの魅力が一番の見所かな。
△(2010/2/7 放映)
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| アンダーワールド:エボリューション | 2/14(日) |
意外と面白かったゴシック・アクション「アンダーワールド」の続編。
しょっぱなから見慣れない白髪の初老のおじさんが部下を率いて暗躍しており、
誰コレ???状態だったが、前作同様「見ているうちにわかる」仕組みだった。
舞台は数百年前に遡り、凶暴なライカンと人間との戦いが繰り広げられている。
モノローグで語られた吸血鬼と狼男の始祖は不死者コルヴィッツの息子たちで、
吸血鬼の祖が前作で生き残り、ライカンの血によって蘇った長老マーカス、
狼男の祖がその弟ウィリアムなのだとか。しかしウィリアムは血に支配され
理性を失ってただ暴れ狂う凶暴な魔物と化した。後にタニスが語ったところに
よると、ルシアンたちが自ら人間に戻れたのは「進化」によるものだそうだ。
圧倒的な戦闘力でコウモリの羽を広げて襲い掛かるマーカスと、狼男+吸血鬼の
ハイブリッド種マイケルの力技バトルはもちろん、相変わらずクールに銃を
ぶっ放すセリーンのバトルも満載。お二人さんによるボカシ入りまくりの
サービスシーンは必要だったのかどうかは疑問だが、うっかり太陽を浴びて
火ぶくれになったセリーンのために窓にペンキをかけ、手当てしなきゃと
薬箱を持ってきてあげるマイケルは相変わらず素朴ないい人だった。
セリーンが生かされたのはビクターの娘に似ていたからという前作の理由に
後付されて、ビクターは単に食欲に負けてセリーンの家族を襲ったのではなく
ウィリアムの幽閉場所の秘密を守るため(=始祖を殺すと始祖の血を受け継いだ
者たちも全て死に絶えてしまうというブラフによる)ということが追加された。
それにしても「あんなんでも息子だから殺せない」と寝言を言うコルヴィッツは
いい加減にしろよと言いたい。どうせならセリーンに血を分け与え、息子たちを
始末してまた闇に身を潜め、再び歴史の表舞台から消えていく…くらいの圧倒的
最強不死人ぶりを見せてくれてもよかったのになぁ。ちょっと惜しかったよね。
コルヴィッツの血を飲んだセリーンは太陽の光をものともしない吸血鬼に変貌。
結果的に一族郎党を片付けてしまった今、ハッピーらぶらぶともいかんが…
この先どうするんだろうかこの二人。普通に社会に溶け込むつもりかね?
ちなみに前作でちゃっかり生き残ったクレイヴンは、マーカスに裏切りを
なじられた上、お顔をすぱーんと吹っ飛ばされてお亡くなりになったよ。
△(2010/2/12 放映)
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| グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち | 2/12(金) |
公開時にはかなり話題になった作品で、それ故に天邪鬼的な心が芽生えて
長いこと見なかったのだけど、評判どおり悪くはない映画だと思った。
まだ無名で歯並びも悪いマット・デイモンが天才的な頭脳と深い傷を持つ
青年ウィルを好演し、その親友で彼の背を押すチャックにこれまた今より
歯並びの悪いベン・アフレック。そしてウィルが心を開くきっかけとなる
精神科医をロビン・ウィリアムスがこれまた珍しく静かに好演していた。
物語の原案をまだハーバード在学中だったマット・デイモンが書いたことや、
親友のベン・アフレックと共著で脚本に仕上げたことが一人歩きしてたけど、
心の中に大きなイガイガを持つ若者が、その膨大なエネルギーに翻弄されながら
自暴自棄に生きるさまを描き、彼に軽くあしらわれる大人たちを滑稽に描くのは
普通にあると思うのだが、私がすごいなと思ったのは、そうした上でなおかつ、
青臭く未熟な「彼自身」を鋭く批判し指摘する精神科医を描いていることだ。
これってウィルという若者(つまりは当時のまだ若きマット・デイモンであり
ベン・アフレックでもある「等身大の投影」)をキャラとして形作っただけで
なく、客観的に見て批判を加えているということじゃないか。この年頃の子が
書くものというのは、どうしたって「いいところ」ばかりを書きたがるもので
自分自身の未熟な点や欠点や不満点は見たくないし、内省なんかしたくないし
ましてや「自分の分身」たる主人公に自分のイヤな点を投影など絶対にしたく
ないと思うものなのに、よくまぁこんなキャラを書けたものだと感心する。
(だからもしかしたらこれが若き日の彼らが書いたものでなければ、それほど
秀逸とはいえず、あるレベルをクリアした普通の脚本だったのかもしれない)
でも逆に若いゆえの浅はかさからなのか、ショーンとランボーの長年の確執には
練りこみが足りないと思わせる部分があったり、ミニー・ドライヴァー演じる
スカイラーが優秀な頭脳を持ちながらウィルを上辺でしか理解していないような
節があったりして未熟な部分も多い。一番生き生きと描写できているのはやはり
教授や秀才たちをこてんぱんにやっつけるウィルだったり、彼と仲間たちとの
バカ騒ぎの部分だったりするのはご愛嬌だろう。(私がラノベと呼ばれる作品に
どうしても嫌悪感を感じてしまうのは、こうした「深み」のない上っ面だけの
描写部分だけがやたらと生き生きしていて一人歩きしているせいに他ならない)
ウィルの傷が露呈するシーンはちょっと安直な気もしたけれど、ショーンとの
信頼関係を築いてきていたという描写はあったし、「ドアをノックする10秒前が
一番楽しみ」というちょっと胸を打つチャックの言葉を聴いた後でもあったので
それはそれでいいかな。金髪だったりスレンダーだったり、今となっては珍しい
デイモンの姿も楽しい。大人の前ではず〜っとふてくされた顔をしてるのもね。
ラストはショーンのように彼女を最優先にすることに決めたウィルが、
悪友からプレゼントされた手作りのボロ車でカリフォルニアに向かう。
しかしミニー・ドライヴァーは猿人顔過ぎて全然ロマンチックじゃねぇ…
△(2010/2/9 放映)
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| 88ミニッツ | 2/12(金) |
この映画、意味がわからない…
何これ、結局アル・パチーノは被害者の姉妹に偽証させてガイ・ラフォージを
有罪とさせたわけ?で、ガイ・ラフォージは彼の12歳の妹ケイティを切り刻んだ
殺人犯だったということでいいわけ?え?よくわからないんだけど…そうなの?
まず何がいけないって、出てくる女優が誰が誰だか区別がつきづらいこと。
「サラ」ってのが被害者だかさっきの女だか学生だか事務員だか…と混乱する。
電話で「おまえは88分後に死ぬ」と脅迫を受けたアル・パチーノがそのまま
呑気に大学で授業を進めたり、なぜかキムという学生を連れて事件解決を
手伝わせたり…ってか、ガイ・ラフォージはローレン(弁護士)を操って
自分のコピーキャットとすることでグラムを追い詰めようとしたわけ?
でもだったらなぜ今更(ガイ・ラフォージの死刑執行期日)なのか…
それに弁護士が「彼の心酔者なの」ってのも唐突過ぎてゲンナリだ。
クライマックスの「犯人は彼女かも…」「いや違った、やっぱり彼女かも…」
という畳み掛けは面白かったけど、最後に犯人が明かされた時は一番はじめに
「回りくどいわ!」
と思った。遠隔操作で殺人ができるならもっと前からやればいいじゃんか…
もたせた割には「やっぱりそうか」的結末だし、「だから?」という感じだし。
評価できるのは「88分」をリアルタイムで描写しているらしいので映画自体が
短かったこと。でも短いからといっていいわけではなく、語られてない部分が
多すぎて(最初の1997年の事件の一連の顛末や、ケイティ事件との関連性など)
イマイチ不親切な映画だった。というかそもそもそこまで目くじらを立てるほど
出来のいい映画ではないので、見た人もさほど文句を言わないという感じかも。
△(2010/2/6 放映)
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| 1735km | 2/11(木) |
これは前半はかなり面白かったのだが、後半は「はぁ?」だった。
ハノイからホーチミンに向かう長距離列車で知り合った男女が、ひょんな事から
列車に乗り遅れてしまい、ベトナムの名所旧跡を巡りつつ珍道中を繰り広げる。
この珍道中がかなり楽しく、フエ、ホイアンと有名な観光地を巡っていくから
ベトナムに行った人には懐かしく、行ったことがない人には事前情報として
楽しめる。日本で言えば北は青森から南は鹿児島までを旅するようなもの。
(都市的にはハノイ=東京、ホーチミン=大阪という雰囲気なのだが)
もともとヒロインは婚約中という設定なので旅の間はロマンスらしきものはなく
むしろこの二人のサバサバした感じが面白い。なぜか日本語が飛び交う歌手の
ファンクラブの車に乗せてもらったり、山賊に間違えられたり怪しんだり、
バーでビリヤードに興じる若い坊さんに説教たれようとして仲良くなり、
お寺に泊めてもらったり…波乱万丈でかなり面白いんだよ、この旅が。
ところが後半がひどい状態に。
酒に酔って彼女の見送りが出来なかった彼が、彼女の伯父さんからバイクを
借りたのでどこかで追いつくとばかり思ったのにそのまま別れてしまい、
玉の輿に乗る彼女は憂鬱な気分のまま結婚準備に忙しくなり、人懐こくて
自由人に見えた彼は実はちゃらんぽらんでいい加減なヤツという設定に。
互いに鬱々としながらも何の手も打てないまま、なぜか偶然パーティーで
再会して、特に何のイベントもなくお互いに好きだとわかる…というような
ひどい展開になってしまう。前半はとても面白かったのになんだよこれ…
もしあのラストにするなら、せめてクリーニング屋の女の子を狂言回しにして
最初から「ううん、こんなのダメ、こっちの方がロマンチック」というように
展開が変更しますよ〜という伏線を入れておいてもよかったんじゃないかね。
どっちにしろ恋愛に発展するなら最後まで一緒にいるべきだったとも思うし。
私もハノイからフエに移動する時に寝台列車を利用したし、フエの街で迷って
街の人たちに助けてもらったり、おかげで度胸がついてホイアンでは夜の街を
1人で散策したことを思い出し、ヒロインが列車の窓から眺めていたベトナムの
田園風景にも懐かしさを感じられて、観光映画として楽しめる映画でもあった。
△(2010/2/3 放映)
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| ドラゴン危機一発 | 2/11(木) |
『主人公、捕まる』で終わるカンフー映画。
ブルース・リーの映画はかじり見程度なのできちんと見てみようと視聴したが、
思ったより…ギャグっぽいシーンやブルース・リーのおちゃめな演技などがあり
意外だったな。壁に人型の穴が開いた時は目を見張ったわ。だってついその前に
氷漬けの死体を発見するというおどろおどろしいシーンがあったばかりだから。
他にも売春宿でのまさかのブルース・リーのお色気シーン(本人は酔っ払って
前後不覚なのだが)や、その宴会でへべれけになって女を追い回すシーンなど
「禁欲的で精悍な武術家」役が多いという勝手なイメージを抱いていた私には
新鮮だった。簡単に権力者に懐柔されやがってと皆ににらまれたり、女の子に
見つめられてついニヤニヤしたり、いつもはフツーの青年って感じだったな。
正義感に燃え、武術の心得もあるシュウが殺されてしまったのはちょっと驚き。
映画的にはあそこは監禁でもよかったのでは…と思ったけど、最後にはさらに
工場の仲間までが殺されてしまってビックリ。さすがにシュウの妹は監禁で
済んでいたけど、まさか開放された彼女が警察を呼ぶとは思わなかったわ〜
そりゃあんた、人体に拳突っ込んでおりゃっ!と殺したその瞬間に
パーカーが来たら何はともあれ現行犯逮捕間違いなしじゃないか。
でも現実では確かにそうなるかもだけど、これ映画じゃん?一応。
なのにえええええ、そこで捕まって終わり?!みたいな驚きが…
後半のアクションシーンはさすがに凄まじかった。
あんなにリキ入れたら血管切れるよと思うくらいの筋肉のこわばりや叫び声が
リアル。バイオレンスも計算され尽くしているとわかっていてもヒヤリとする。
しかしこの原題とはかけ離れた邦題の「意味のなさ」が笑えると同時に、
この邦題こそが「ブルース・リー」を否が応でも語っていることには感心する。
△(2010/2/ 放映)
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| スチュアート・リトル2 | 2/11(木) |
続けてスノーベル映画…ではなく、ネズミ映画パート2。
続編を見てたまげたのはジョージに妹が生まれていたことである。
妹作れるなら血の繋がらない弟(しかもネズミ)なんかいらんやろー!
白人の考えってわからんわ…
二作目は小鳥のマーガロとスチュアートの淡い初恋物語。
スチュアートがすっかり生意気な小僧になっていて、過保護なママに対して
反抗的な言葉を吐くほどになっていた。家族関係がうまくいっているがゆえと
思いつつ、「いい気になるなよネズ公」と思ってしまうのはスノーベル目線か?
マーガロはメラニー・グリフィスが声をあてていてこれまた懐かしい名前だ。
ところが彼女は実は都会に住み着いた鷹のファルコンと組んでいる詐欺師で、
ケガをしたふりをして人間の家に入り込み、金目のものを盗むという悪党。
ところがリトル家の温かいもてなしとスチュアートの屈託のない性格と態度に
ほだされ、徐々に悪事を働く自分に対して嫌悪感を抱くようになっていく…
まぁ、でもぶっちゃけ物語はどうでもいいんだ。
とりあえずスノーベルが今回も大活躍だったから大満足だ。
協力はしてくれるものの、1人でマーガロを探すのは無理だとジョージに
言われてスチュアートが真っ先に頼ったのがスノーというのがもう最高。
ぶつくさ言いながらスチュアートにつき合ってファルコンのねぐらまで行き、
しかも潜入したスチュアートが戻ってこないので心配して自分も塔の頂上に
向かうなんて…ああ、スノーベル、本当にきみはなんて可愛いヤツなのだ!
ゴミ捨て場でジョージの飛行機を見つけて修繕し、スチュアート飛行士による
空中戦が見物っちゃ見物だったが、全てが無事に解決した時、ファルコンに
毛玉野郎呼ばわりされた上に塔の上から突き落とされる寸前だったスノーに、
興奮した家族が「おまえはスチュアートの活躍を見てなかったろう!?」と
言われて超絶ふてくされるのがまたたまらない。もう一緒には帰らない!と
すねたスノーが「帰ったらツナよ」と言われてコロリと走り出すのも最高。
マーガロは南へと旅立っていき、ほろ苦い別れを経験したスチュアートは
ひとつ大人になる…のだが、それは私にとってはホントにどうでもよい。
あと前作ではスチュアートを助けるためにスモーキーたちと同じように水に
落としてしまったモンティとスノーベルの友情が持続してたのもよかった♪
誰がなんと言おうとやっぱりこの映画で一番可愛いのは猫だ。間違いない。
△(2010/2/3 放映)
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| スチュアート・リトル | 2/11(木) |
長らく「ネズミ映画」と認識していたが、見て感想が変わった。
これは私にとっては猫 映 画である。
「スノーベル」という粋な名前が頭にこびりつくほど、ちょっと性格が悪い
ペルシャ(くっきりしたアイラインがあるのでチンチラ種と思われる)が
可愛すぎる!彼が仲良くしているいじきたない野良アメショのモンティや、
優雅なロシアンブルーのボス猫スモーキー、他にも野性的なアビシニアンなど
も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜とにかく猫たちが可愛くて可愛くてたまらんちん。
とはいえリトル家に養子にもらわれたスチュアートの活躍もまぁ楽しい。
弟が欲しいと楽しみにしていたジョージにはそりゃ拍子抜けもするよねと
同情するが、その後ボートレースへの出場やスノーベルの策略にはまって
「本当の両親」に「誘拐」されてしまったスチュアートの創作などを経て
徐々に関係を築いていくさまは王道的ファミリームービーとして超安定。
ミセス・リトルのむき出しの歯に「あー、誰だっけコレ、見覚えあるなぁ」と
思ったらジーナ・デイビスだった(顔よりむき出しのガムマウスで思い出すわ)
スチュアートの声を演じるのは若年性パーキンソン病を発症したマイケル・J・
フォックス。振戦は演技の障害となるけど声はかなり後期まで問題ないもんね。
正直ネズミより猫にばかり関心がいってしまった。やはり本物が一番だなぁ。
(惜しむらくはわんこが一匹も出なかったことである。出すべきだろさー)
スノーベルの性格もなかなかで、飼い猫だから体力がないとぼやきまくったり
捨てられたら生きていけないと愚痴ったり、でも最後には結局スチュアートを
助けちゃうのも可愛すぎる。仲良く一緒に帰ってきた彼らを迎え入れた家族も、
ちゃんとスノーベルの事も抱っこしてスリスリしてくれてたし、とにかくもう
これは完全にスノーベル・ムービーだと思うね!あー、スノーベル可愛いなー
△(2010/2/9 放映)
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| 図鑑に載ってない虫 | 2/9(火) |
くだらね〜〜〜
くだらねーけどおもしれー♪
もうね、これダメな人は絶対ダメだと思う。
たとえばプルコギとかジャンゴとか陽気なギャングとか、それぞれの作品を
好きな人と苦手な人がいると思うけど、この作品もものっそいアクが強い。
私も今前に挙げた作品は面白くもなんともなくて大嫌いなので、この作品も
ダメかと思いきや、このバカバカしさ、アホらしさ、情けなさ、くだらなさ、
そして出てくるキャラがことごとくダメ過ぎるダメダメさがどういうわけか
楽しくて何度も大笑いしてしまった。くだらねー!と言いながらゲラゲラと。
昨今流行の死人が生き返る「死にもどき」について調査してこいと命じられた
「黒い本」の編集者「俺」は、ゲロを焼いてお好み焼きにしたりサロンパスを
吸ってラリっている変人「エンドー」をお供に「死にもどき」を探す旅に出る。
途中でリスカ経験者のたるいホステス、ヤクザの目玉のおっちゃん、その舎弟の
チョロリを巻き込みながら…いや、連中に巻き込まれながら…かも…?????
まー、ホントに内容はわけはわからないしくだらないしグロいしオゲレツだし
しょーもないんだけど、一応物語は「死にもどき」を中心に集結していく。
臨死体験や猿の手やマユツバな話から、やがては江戸時代の囚人たちの話や
海女さんが使っていたというところまで…実は「死にもどき」というのは
「シニモドキ」という「図鑑に載ってない」虫のことなんだけど、実際に
その虫がゆっくり死にながら出す体液を飲むと仮死状態になるのだという。
「俺」は編集長命令で締切りまでにそれを飲んで生き返らなきゃいけないけど、
エンドーも一緒に飲むと言う。サヨコが言った「エンドーはいなくなったら
本当にいなくなっちゃう」という言葉に一抹の不安を感じつつ、結局一緒に
赤い水を飲み干す「俺」。ところがすぐに目覚めた「俺」と違い、エンドーは
生き返らない。あわてて救急車を呼んでエンドーは運ばれていったのだが…
ここから先は多分こっちがああなんだなと思ったら案の定。
冷凍庫に入っていた猿の手で気づいた「俺」は、無事に臨死体験記事を
書き上げたものの、締切りを過ぎた上に編集長からはボツの一言が。
生きてても死んでても同じだなーってなこれまたゆる〜い結末だった。
伊勢谷友介、菊池凛子とこれまたアクの強い俳優がそろってるのに、
お笑い芸人のふせえり、そして何より松尾スズキがとにかくすごい。
もうね、全てを持っていった感がある。やられた。そしてなんか悔しい。
△(2010/2/7 放映)
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| ノン子36歳(家事手伝い) | 2/7(日) |
またこんなクズを題材にしたクズ映画を見てしまった…
特に動物、しかも私が愛してやまないひよこを題材にして
バカがバカな考えでバカな事をしでかす作品など言語道断。
坂井真紀もおっぱい丸出しでかなり下品なエロシーンに挑んでたけど、
今さらねぇ…こんなつまんない作品で無駄におっぱい出すより、もっと
若いうちに綺麗に撮ってくれる監督にいい作品で撮ってもらった方が
絶対いいじゃんねぇ、女優さんは。ってかこのエロスまじでいらん…
スナックやってる友達をバカにする坂井真紀の乱暴な口調とか、妹の嫌味とか、
反撃するスナックの友達(=坂井真紀の男を寝取る。「あの子が哀れだから」
と明らかに上から目線)とか、女同士のピリピリした争いもなんかゲンナリ。
それにノン子は家族に対してやたら偉そうだが、何か弱みでも握ってるのか?
あとマサル。もーマジでしょーもない。何コイツ。ホントいらね。
神主のお父さんの反応が一番普通だった。普通が通じない世界って怖い。
ホント、時間に余裕があったから見たというだけのくだらない映画だった…
△(2010/2/1 放映)
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| スターウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還 | 2/7(日) |
「ジェダイの復讐」じゃなくなってるー!
我が妹が語った「最後は皆で森の中で輪になって踊って終わりだった」という
謎の一言に長いこと悩まされていたが、今回ようやくその意味がわかった。
確かに最後は「森の中で輪になって踊って終わり」である。
ただしその前に「ダース・ベイダーが良心を取り戻してわが子を守るために
皇帝を殺し、帝国は崩壊した」という前段階があるじゃないか!なぜ端折った!?
前半はこれまた結構延々とハン・ソロを助け出すためのジャバ・ザ・ハットとの
対決に費やされ(40分以上も)、こんなペースでちゃんと物語が終わるのかと
心配になったよ。後半はルークたちがNEWデス・スターを破壊するため、惑星
エンドアのシールド装置を破壊する任務を帯びることに。彼らの母艦だった
ミレニアム・ファルコン号は「帝国の逆襲」でハン・ソロを陥れながらも
ダース・ベイダーの裏切りで惑星を放棄せざるを得ず、なし崩しに協力者に
なったランドに貸し与えられた。だから花形の戦闘はこちら任せなのよね…
ルークはヨーダを看取った際、オビ・ワンから自分に妹がいると聞かされる。
「レイアだ」となぜか直感するルーク。これもフォースのなせる業なのか?
そしてレイアに真実を告げ、実の父を討つべく皇帝の元に行くと宣言。
レイアは衝撃の事実とルークが背負った「父殺し」に戸惑うんだけど、
ここでハン・ソロはとんちんかんな勘違いをしてしまうのが楽しい。
後半はスピンオフ映画まで作られた「イウォーク」というチューバッカを
もっと小さくして可愛くしたような種族が大活躍。森の中をスピーダー・
バイクで追いかけっこしたりというスリリングなシーンもあるんだけど、
物語的にはハン・ソロたちの「仕掛けをぶっ壊す」がかなり地味なこと、
ルークとダース・ベイダーの対決が、ルークと皇帝の方にシフトされてて
イマイチ乗り切れなかったな。実は皇帝なんかいなくてダース・ベイダーが
全ての支配権を握っていた、なんてダークな結末でもよかったんじゃないか?
結局踏みとどまって暗黒面に落ちなかったルークを苦しめる皇帝を見、
「助けて父さん!」と叫ぶ息子を見、父性愛が勝利して皇帝にボディ
アタックを仕掛けるダーズ・ベイダー。ひどい怪我を負って呼吸器を
つけた彼は肉眼で息子を見、まだ見ぬ娘にも愛していたと伝えてくれと
言い残し、絶命する。ルークは父アナキンを火葬にして宇宙へと還す。
「帝国の逆襲」でもちょっと冗長だと思ったけど、「ジェダイの帰還」は
もっと長く感じた。時間的には3作ともあまり変わらないんだけどなぁ…
作品的にも息切れしてきたところなのでここで終わりは当然だったろう。
だからこそホントにエピソード1が作られた時はちょっと驚いたよ。
気になる三角関係についても決着がつく。
「(ルークを)愛しているのか?」「愛しています(即答)」絶句の後、
「よくわかった。俺はルークが帰ったらきみたちの前から姿を消すよ…」
「何か勘違いをしているのでは?」「きみはルークを…」「兄なのです」
という会話が交わされ、これで長く続いた三角関係も無事に解決。
妹は「森の中で踊って終わり」と言ったが、彼女が見たのは当然オリジナルで、
今回私が見たのは特別版だったので後付もいいところの他の惑星の都市が
帝国打倒の喜びに沸く様子も差し挟まれていた。また幻となってヨーダたちと
共に現れたのはハゲのおっちゃんではなくヘイデン・クリステンセンだった。
ってかダース・ベイダーはなぜ「帝国」から一人称が「ワシ」になったのだ?
(「新たなる希望」の時みたいに俺の方が若々しくてよかったと思うのに)
さてこれでようやく次は1-3だが、こちらも果たしていつになるのやら…
△(2010/2/1 放映)
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| スターウォーズ エピソード5/帝国の逆襲 | 2/7(日) |
ハン・ソロが炭素冷凍されて終わってしまうという、「大丈夫、続編が
ありますよ〜!」というあざとい続編商法で終わった作品。
デス・スターをぶっ壊した戦いからは既に数年経っており、ルークは同盟軍の
同志としてレイアたちと共に戦っていた。前作では離脱しかけたものの結局
ルークの危機を救いに来てしまったハン・ソロもチューバッカも居残ってて
なんだかなし崩しに同盟軍に入れられているような…
物語は猛吹雪の中で行き倒れたルークが惑星ダゴバでジェダイの騎士
ヨーダの教えを受けるようオビ・ワンの声を聞く事から始まる。
ルークはハン・ソロに助けられたものの(かーなーり臭そうな方法で)、
同じ頃基地も発見され、スターウォーズといえばのスカウト・ウォーカーが
基地を攻撃。この時点で物語も主人公&R2D2とレイアとハン・ソロ&C3POと
チューバッカの二手に分かれてしまう。ルークはヨーダと出会ってフォースの
修行に明け暮れ、レイアたちはハイパードライブの故障で小惑星帯で追撃を
受けたり、逃げ込んだ洞穴が実は生物の口の中だったりと冒険を繰り広げる。
ルークがやってる修行が非常に地味なので、ハン・ソロたちがアクションを
受け持ってるという感じ。ダース・ベイダーも部下を切っちゃ捨て切っちゃ
捨てしながら「二度は許さんぞ」と言い捨てる。失敗したら殺すんだから、
そのうち中間管理職は誰も成り手がいなくなるじゃんか…
それにしてもルークがあんなにヨーダに失望されてるとは思わなかった。
1作目のルークは素直そうでかなり柔らかい雰囲気もあったけど、戦闘を
繰り返すうちにあんなに殺伐とした子になったんだろうか…顔も交通事故です
今作は初めこそ同盟軍がメインだったけど、後半は二つのルートで別々に
話が進み、ルークはダース・ベイダーとの戦いの中で彼が自分の死んだと
聞かされていた父親であると知り、ハン・ソロは友人を頼って訪ねた惑星で
捕らえられ、カーボン・フリーズされてしまう。ルークとハン・ソロの間で
明らかに揺れていたレイア姫は、チューバッカに自分ではなく姫を守るために
力を使えと命じて冷凍されるハン・ソロに「愛している」と告げさせることに。
何回も口説いては失敗してたハン・ソロの「知ってたさ」がニヤリとさせる。
(1)ダース・ベイダー=アナキン・スカイウォーカーであること。
(2)ジャバ・ザ・ハットに引き渡されたハン・ソロを救出すること。
物語は大きな課題を残して最終作へと続く。
1作目ほどではないけど、どうなるんだろうというわくわく感は持てたし、
クリーチャーや背中合わせの戦闘機など新しいアイディアも楽しかった。
あ、あと主人公の利き腕が切り落とされてしまうというのも驚きだったよ。
△(2010/2/5 放映)
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| スターウォーズ エピソード4/新たなる希望
| 2/6(土) |
これは忘れもしない1978年の暑い夏、銀座の映画館で見た。
立ち見が出るほどの盛況で(私たちはいまや懐かしい指定席をキープ)、内容も
知らずに見たのだけど、一番印象に残ったのは酒場に不思議な姿をした宇宙人が
うようよしているのにルークもオビ・ワンも驚くこともなく(田舎者のルークは
珍しそうには見ていたけど)そこに溶け込むのが「すげー、宇宙すげー!」と
思わせた。異形=敵としてしまうウルトラマンや仮面ライダーは見習わなきゃ!
宇宙での追跡劇やダースベイダーの姿、スターウォーズのテーマや子供ながらに
「アールツーディーツー(R2D2)」「シースリーピーオー(C3PO)」という名前が
宇宙っぽくてすげーと思って覚えた。ライトセイバーでの戦いも格好よかった。
一応物語もまとまったので続編があるなど思いもしなかったから、かなり後に
「帝国の逆襲」が封切られた時はウソだ!と思った。そしてあれが実は9部作の
4話目と聞かされてひっくり返りそうになった(実際は6作で終わってしまったが
80年代のルーカスは作る気マンマンで、今世紀中には終わらないと言っていた)
ただ長年謎だったのが、いまやスターウォーズといえば…というくらい有名な
「ダースベーダーのテーマ(帝国マーチ)」を私はなぜ覚えていなかったのかと
いうことだったのだが、今回見てわかった。一作目にはあれは流れてねぇ!!
私がエピソード1-3を見なかったのは5-6を見ていないからなので、ここらで
観念してちゃんと4-6を見ようと思い立っての視聴である。3部作を続けて…と
思っただけでちょっとゲンナリしたが、見始めたらこれがどうしてどうして、
所詮はルーカスの映画であるから軽くサクサクと見られてとてもラクチン。
ディズニーXDなので吹替え版だったことだけが悔やまれるが、その分字幕を
追う必要がないのでこれまたラク。野沢那智の名演には笑わされたわ〜♪
さらに昨年末の旅行がスターウォーズのロケ地を見てきたからというのもある。
ルークがおじやおばと大学に行きたいと話しながら食事をしている場所で私も
食事をしてきた。撮影したバーには撮影当時のショットが何枚も飾ってあった。
物語は帝国に抗う同盟に味方するレイア姫が、破壊惑星デス・スターの設計図を
R2D2に託すシーンから始まる。相棒のC3POと共に脱出したR2D2は、辺境の惑星で
ルーク・スカイウォーカーという若者に出会う。ルークは彼らをベン・ケノービ
に引き合わせ、すったもんだの挙句、共に惑星オルデランに向かうこととなる。
かなり昔に見ただけだから細かい内容までは全然覚えてないんだけど、無頼者の
ハン・ソロがカッコいいなぁと思った覚えがあるので、若きハリソン・フォード
を見るとニヤニヤしてしまう。見せしめにオルデランを爆破してしまう提督も
どうかと思うが、あの追い詰められた状況で秘密基地の場所を吐かないレイアも
大したものだと思う。というかたおやかな姫に見えながらレイアはたくましい。
態度も考えも戦士としても毅然として凛々しいし、最後までぶれなかったな。
とにかく1作目はアクション満載でストーリーのテンポも速く、3本見終わっても
やっぱり一番面白かったと思う。ルークが主人公として大活躍するし、船長との
恋の鞘当も楽しい。自分は2作目3作目を見てなかったので、今後の展開を知識と
しては知ってても、実際にはこの1作目の「痛快SF活劇」こそがスターウォーズ
と思っていた節がある。ファンがこねくりまわして小難しい解釈をした後では
なかなか2作目3作目を見ようという気にはなれなかったが、こうして見ると
1作目はやっぱり1作目できれいに完結してるじゃんと思ったりもするよ。
二つの太陽が地平に沈んだり(ロケ地は塩の湖ショット・エル・ジェリド)、
砂漠をホバーで走ったりする反面、ルークの服が前合わせになっていたり、
戦闘機が後ろからの攻撃に無防備だったりして全然無重力感がなかったり、
新しさと古さが微妙にブレンドされているからこそ、SFとして成り立つ
気もする。CGに慣れてると物足りないけど、手作りならではのよさも満載。
思った以上に楽しく、厭きることなく見られて面白かった。
あと私が思っていたR2D2はもっとおとなしめの子だったが、
意外と頑固で主張するんだとちょっと印象が変わった。
子供心には喋るC3POの方がどうしても印象に残るもんね。
△(2010/2/4 放映)
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| 幸せになるためのイタリア語講座 | 2/6(土) |
発音がドイツ語っぽいなーと思ってたらデンマーク映画だった。
北欧の人にとっては「太陽の国イタリア」は憧れの南国。
そんなイタリアの言葉を学ぼうと市役所で開かれる講座に集う男女9人は
皆何かしらワケありばかり。人当たりもよく、ホテルマンとしても優秀で
特に問題ないんじゃないかと思えるヨーゲンは、EDを患っていて女性との
恋愛に自信がもてない。しかもレストランで働く親友のハルをクビにしろと
上司に命令されていて憂鬱。ハルは元サッカー小僧。夢破れてレストランで
働いているけど、人付き合いが下手で礼儀を知らないので疎まれやすい。
ハルのレストランにパンを売っているオリンピアはLD障害やADD障害を持ち、
(後にこれは妊娠していた母親のアルコール障害の後遺症のためと判明)
自分の妻に逃げられた偏屈で冷たい父の面倒を見ながら生活している。
ヨーゲンの友達の美容師カルメンは、アルコール依存で入退院を繰り返す
母の世話をしながら生きている。統合失調症の妻を亡くして牧師になった
アンドレアスは自分がこの仕事に向いているのかと苦悩が尽きない…
他に3人の女性がいるけど、彼女たち自身は主演を支える役で、カルメンの
母が入院する病院に勤める看護師だったり牧師のいる教会に勤めていたり…
ハルに講師をやってくれないかとお願いする人はどういう立場の人だったっけ?
あともう1人がハルのレストランで働いていたイタリア娘。大好きなヨーゲンに
気持ちを伝えたくて、でもうまくできなくて悩むその姿がとてもキュートだ。
物語はバラバラに見えた彼らが少しずつ近づいていき、「イタリア語講座」
という中心に吸い寄せられるように人生を交錯させていくさまを描いていく。
オリンピアとカルメンの出会いなど、互いにそれとは知らず母の葬式を
営んだ教会で鉢合わせ、自分たちが姉妹だったと知ったりもするのだ。
一番初めにうまくいきそうだったカルメンとハルだけど、ハルの非常に
不用意な発言がカルメンをひどく傷つけ、二人の仲を断絶させてしまう。
自分が何もうまく出来ないことを自覚して泣きじゃくるオリンピアは、
説教がうまくできず牧師としての才能がないと悩む牧師に慰められる。
うまくいきそうでうまくいかない、若くないからこそ今一歩が踏み出せない、
そんな大人の「間」を描きたいんだろうなということがよく伝わってきた。
(最も若いイタリア娘が、33歳とか35歳くらいの成熟した大人の女性に
見えるようにして欲しいとカルメンに髪を切ってもらうのも面白い)
やがて、あんなに罵声を浴びせながらもオリンピアにちゃんと
遺産を残してくれていた父のおかげで、「イタリア語講座」の
参加者は本当に本場イタリアへと旅をすることになる。
そこでは北国ではこんがらがってぐちゃぐちゃにもつれていた赤い糸が
すんなりほどけ、あるべき者があるべき者の隣の席へと収まっていく。
前半、とにかく聞こえてくるのは怒鳴り声ばかりで、登場人物のイライラや
物事の混乱ぶり(葬式の時間を間違えたり)があってハラハラさせただけに、
後半のこの穏やかでやわらかい雰囲気がなぜか不思議なほど心地よかった。
人間はやっぱり、微笑んだり笑いあったりしている顔が一番いいんだねぇ…
△(2010/2/4 放映)
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| 寝ずの番 | 2/6(土) |
「旭山動物園」を見た時、「マキノ監督は『寝ずの番』はまぁまぁだったが…」
と言ってる人が多かったので見てみた。落語家の師匠が亡くなり、弟子たちが
通夜に宴席を設けて寝ずの番をするのだが、なんか内容が卑猥なものが多くて
ちょっとゲンナリ…というか、こういうおっさんたちがベロベロに飲んで
酔っ払ってたらこんな感じだよなと思うような宴が延々と繰り広げられる。
葬式は師匠だけでなく、兄弟子、師匠の妻と続き、弟子たちはあっちでこんな話
こっちであんな話とチンポだオメコだとまぁ言いたい放題しゃべりまくるだけ。
「外が見たい」を「そそが見たい」と聞き間違え、弟子の奥さんがスカートを
まくって見せた時の師匠の顔が可笑しかった。そりゃあほぅとも言いたいよね。
う〜ん、ただ故人の生前の話やそれから派生した四方山話をしてるだけなので
別に語るほどの内容もないけど、中井貴一の甲高い歌声を久々に聴いたよ。
△(2010/2/3 放映)
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| 崖の上のポニョ | 2/5(金) |
ぽーにょぽーにょぽにょ 日テレのこ♪
2008年を席巻しまくったポニョが満を持して地上派初登場。
何やらCGを使わず手書きにこだわったとか、純粋に幼い子供へのメッセージを
こめた物語だとか、最初に主題歌が発表された時点での大橋のぞみちゃんの歌は
実際聞いた私もひど過ぎて「おいおいそりゃないぜべいべー」と苦笑したとか、
他にも漏れ聞こえてくる評判は全て置いといて、純粋に自分だけを頼りに観た。
最初に、まさに「純粋に」思った感想は、まぁ確かに子供も喜ぶとは思うけど、
孫を連れてったじーちゃんばーちゃん向けやな〜
という冷ややかなもの。
忙しいパパやママに代わって孫を映画に連れて行くじーちゃんばーちゃんが
安心して子供に見せられる映画。ポケモンの名前を覚えるのは厳しいが、
NHKでも取り上げられるポニョならじーちゃんばーちゃんにもお馴染みだ。
魚の子のポニョが崖の上に住む宗介と出会い、彼の血を舐め、さらに彼自身を
気に入ったので人間になりたい(というほど明確ではなかったが)と願い始める。
ポニョの父のフジモトという元人間は人間を毛嫌いしていて、そんなことは
許さないと反対するが、彼が溜めていた「生命の水」によってポニョが人間に
なっただけでなく、彼女の魔力が全世界にあふれ出して大騒ぎになってしまう…
まぁこうやってテキトーにあらすじを書いてみたって、面白いと思えるような
要素がないことはわかってもらえるだろう。宮崎アニメらしく、ひとつひとつの
モチーフの懲り方はものすごいし、作画も細かいところまで見たらきりがない。
海のうねりなどウネウネし過ぎて気持ち悪いくらいだ。見てるだけで酔いそう。
(そしてそれをどうしても手描きでやらねばならない意味は視聴者にはよくわからんのだ…正直どうでもいいしね)
いきなり街が水没したり、うねる大波の上を女の子が走ってたり、人間に
なりたがる娘を、なら人間にしてしまいましょうとはしゃぐ両親も意味不明。
長いことポニョの母親とリサが話してたのは今後の養育費や教育費のことか?
5歳にしては宗介は大人びてしっかりしてるなーと思ったけど、ポニョと
赤ちゃんのくだりや、町が水没してるのに楽しそうに避難してる街の人を
見れば「お家が水に浸かったらボートで逃げよう!」というキッズレベル。
宮崎はもう変なテーマを決めてクソ小難しいことをグダグダ述べる作品か、
誰にでもわかり易いけど、でも「トトロ」ほどにも心に何も残せないような
ファンタジックなものしか作らない…いや、作れないのかもしれないと思う。
だって子供や「マンガは子供が見るもの」と思ってるじーちゃんばーちゃんには
海が小山のようになろうが街がカンブリア紀の海の底に沈もうが、魚が人間に
なろうが、それは「おはなし」の中の事だからどーってことないわけだよね。
作品に現実を見ようとか伏線を見つけようとかキャラの成長を堪能しよう…
というのは宮崎的に間違ってるんだろう。だからジジババキッズ向けなのだ。
大体ポニョはあの後リサに養育されるんだろうか?そうすると宗介とは当然
兄妹みたいな関係で育っちゃうだろうけど、ちゃんと宗介と結ばれるのか?
(そんな現実的で肉的な話は必要ないのだろう…少なくともじじばばが孫に語る「おはなし」にはあってはならないのだ)
そして日テレも9時からの映画の前に7時8時からぽーにょぽーにょぽにょと…
宮崎さん、そろそろひとまわりしてお得意の少年少女冒険活劇に戻ってくれぃ。
△(2010/2/5 放映)
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| 桜桃の味 | 2/3(水) |
自殺をしようとする男が協力者を求めて車を走らせる。
不審人物扱いされたり、その依頼に驚き、怯えられて逃げられたり、
神の教えに反すると説教されたりしながら、やがて病気の子を持つ
初老の男性が協力を申し出る。しかし約束したんだからとばかりに
老人はしみじみと自分が自殺しようとした時の事や人生には確かに
どうにもならない事があるけれど、考え方を変えることで見方が
変わるものだと自分の考えをお構いなしにベラベラと喋りまくる。
反対するに決まってる神学生を選びながら、自分がどうにもならない
状態にいて、「自分で自分を幸せに出来ない者は周りに迷惑をかける」
という面白い説まで疲労していた自殺男は、老人パワーに押されたのか
一言も反論せず黙って聞いているだけ。「喋ってくれよ、さっきから
私だけが喋っているのは寂しいじゃないか…喋らないなら私が喋るよ」
とものすごいマイペースぶりの老人が相手では仕方ないかもしれんが。
ところがどうしたことか、にぎやかに喋っていた彼が職場に戻ってしまうと、
彼はなぜか突然言い知れぬ寂寥感に見舞われたようで、彼の職場に向かう。
彼は博物館で子供たちに解剖学を教えている教師らしく、手に持っていた
ヤマウズラは、自分で殺して実験体にしているのだった。
明日の朝、薬を飲んで穴に横たわった自分の名前を二回呼び、返事がなければ
土をかぶせて欲しい…そう頼んでいた彼は、老人を待つ間、何気ない街の風景、
飛行機雲が一筋流れた青空や夕焼けに染まる空、歩く猫、暖かい風を感じる。
しょっぱな、回りくどい言い方で誰かに話しかけたり、遠まわしな
依頼をしたり長回しで彼の車を追ったり、主人公は7割は運転中と
とにかくやたらまったりした映画で、ホントに厭きそうになった。
老人が出てきたのも唐突で、今までは出会いから自殺幇助ナンパまで
じっくり描いていたのに、じーちゃんはいきなり助手席にいて驚いた。
じーちゃんの取りとめのない話やトルコ人のたとえ話はとても面白くて、
ホント、人間もうどうにもならない状態にはなるし、手の施しようが
ないこともたくさんあるけど、考え方一つで変わるのかも…と思えた。
本当に何気ない風景や音が、スポンジのように乾いた彼の心に沁みるようで
ノスタルジーを感じた。彼は老人に会って言う。明日は小石を投げ入れてみて…
もしかしたら眠りが深くて声が聞こえないだけかもしれない…老人はそんな彼の
心の変化をわかっていたように「死んでも守る」と言って飄々と去っていく。
電気を消し、家に鍵をかけて土の中に横たわる男。
果たして彼は死ぬのか、それとも老人に救われて生還するのか…
ところが物語はここで終わり、監督が俳優たちに撮影終了を告げる。
この演出が唐突過ぎてぽかんとしているうちにスタッフロールが流れ、終了。
一体この演出の意図は何なんだ…結末はもうわかってるだろうけどご想像に
おまかせということなのか、所詮映画だからねということなのか…うーん…
この監督の演出や撮影意図を理解して好きな人じゃないと解釈は難しそうだ。
△(2010/2/1 放映)
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| ターン | 2/2(火) |
交通事故にあった主人公が、前日のある時間に戻ってしまい、永遠に時を
繰り返す「リプレイ」ものなのだが、もう一度過去をやり直せる楽しさが
あったあちらの作品と違い、戻れるのはたった一日、しかも彼女以外は
動物すらもいない静寂の世界であるということが大きな特徴となっている。
本当に雨が降ってきたのかと思ったら彼女がホースで水引いたシャワー。
日々の繰り返しは、絵も字も消してしまうのに、記憶だけは積み重なる。
現実を生きていると意識するため、誰もいない店で商品を選んだ時も彼女は
必ず代金を置く。しかし彼女の昏睡状態は200日を数え、絶望的な状況だ。
そんな孤独な彼女を唯一現実と繋いでくれるのは、偶然かかった一本の
電話だった。真希には泉という青年の声だけが聞こえ、真希の声もまた、
母には届かず泉にしか聞こえない。初めはいぶかしんでいた泉だったが、
やがて孤独な彼女を慰めたい、励ましたいと願うようになり、真希もまた
彼の存在が心のよりどころとなり、生きる希望を持つようになっていく。
二人は同じ時間に同じ場所…植物園やレストランでデートを重ねる。
そしてそれと同時に現実の真希にも少しずつ回復の兆しが見えてくる…
テーマは手垢がついていながらも、もともと面白い上にアレンジが利く
題材だからこそ長く使われ続けているわけで、ラストで真希が母と泉の
目の前で目覚めるシーンなどは彼女の長い孤独を思うとなかなかのもの。
ただ問題は主演女優。
いや〜、牧瀬里穂は相変わらず演技がひどい…
久々に見た倍賞美津子や最近結婚した中村勘太郎の熱演を見ると、彼女の
90年代トレンディドラマの域を出ないハキハキオタオタ演技は鼻につく。
じゃあ彼女と同い年の女優で誰かこの役をやれるかというと、つみきみほとか
工藤夕貴など、この世代は似たような演技をする人が多い(工藤は化けたので
もしかしたら悪くないかもしれないが…)反面、壇れいや中嶋朋子じゃ演技が
堅実で落ち着きすぎてしまう…まだかなり若いけど、田中麗奈なんかいいかも。
後半、真希の世界に突然現れる連続幼女誘拐殺人犯の柿崎がも〜、キモ過ぎ!
若いのに変幻自在のフシギ俳優北村一輝の存在感が煌いて印象に残りすぎた。
いやホント、あんなのと世界で二人きりになったらたまらんだろうなぁ…
△(2010/1/31 放映)
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| 母べえ | 2/1(月) |
60歳を過ぎてなお、壮年・実年・老年男性の心をつかむ吉永小百合映画。
夫役の坂東三津五郎は50歳に届かず、彼女にほのかな憧れを抱きつつも
献身的に一家に尽くす山ちゃんを演じた浅野忠信が30代中盤であるのに、
さすがは小百合さま、最後までピンとした背筋とキビキビとした動き、
おっとりした喋り方で見事、薄幸だが芯の強い日本女性を演じきった。
時代は戦争に突入せんとする暗い時代。
映画は一番苦しい戦争時代そのものは描かないのだけれど、言論統制や
贅沢は敵だのスローガンなど、これからますます暗い時代に入っていく
世相がにじむ不安な時代を描く。けれど優しい父べえと母べえのもとで
育てられている二人の娘、初子こと初べえと照美こと照べえにはそれは
まだ実感として湧くほどではなかった。あの日、特高が来る夜までは…
物語は逮捕された父が獄死するまでを、父を信じて待つ家族の姿を通して
描いていく。家族の支えとなった父の教え子の山ちゃん、親身に世話を
してくれるが国粋主義的な思想を持つ炭屋のおじさん、思想犯としての
父を快く思わない父の恩師、郷里で警察署長を勤めた母の父、新作映画の
「おとうと」にも出ている鶴瓶演じる下品だけど人のいい奈良のおじさん。
「武士の一分」で妻を演じた壇れいは今回は父の妹の美しい叔母役だった。
こうした人々と父のいない野上家の日々は、経済的にも心情的にも
大変だけれど、毎日すくすくと育っていく娘たちを抱え、いつの日か
帰ってくると信じて父を待つ母べえは立ち止まってなどいられない。
代用教員として働き、家に帰れば母として働き、時には体調を崩しながらも
必死に生きていたけれど、時代はますます過酷な運命を彼女に課していく。
日本はついに戦争へと突入し、やがて獄中生活ですっかり体を壊した父が
死んだという報せが入る。追い討ちをかけるように、もはや一家になくては
ならない存在となっていた山ちゃんもまた、赤紙が来たため戦地へ赴かねば
ならない。こうして一家の周りから次々と優しい人々が消えていってしまう。
広島へ帰った父の妹は終戦後に原爆症で死に、奈良のおじさんは自分で言った
とおり吉野の山で死んでいた。金づちだった山ちゃんもまた、輸送船が沈んで
帰らぬ人となった。失うばかりだった母べえもやがて、医者になった初べえ、
美術教師になった照べえたちに見送られて、長く苦しかった人生の幕を引く。
死んだから会えるなんて嬉しくない。生きている父に会いたいと言って。
それは恐らく、言ったところでもはや詮のないこととずっと隠していた
母べえの心のうちなんだろう。やっぱりいたわりあい、支えあう夫婦と
いうのは普遍的で美しい。そりゃ憎みあって怒鳴りあうよりはいいよね。
でもだからこそ現実とのギャップに「けっ」と思う人も多いのでは?とも
思うけどね。当事者の気持ちは当事者にしかわからないので仕方がないね。
小百合さまは言わずもがなだし、娘たちを演じたダブル未来もよかったし、
父べえ、山ちゃん、チャコ叔母ちゃんも皆よかったよ。テーブルにこぼれた
卵をそのまますする迫真の演技を見せた母べえの父親は中村梅之助だったよ。
△(2010/1/31 放映)
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