映画感想 2010 旧作 1月分
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 2010  1

皇帝とわ・た・し1/31(日)

ドイツのアニメーション映画。
オーストリア皇妃エリザベートを描いた映画「プリンセス・シシー」の
パロディらしいのだが、モトネタがわからない…わかったところで、
どう考えても「雪男が皇妃をさらう」映画であるはずがないので、
どっちかっつーとキングコングやシュレックなどをジャーマン風に
味付けしたギャグアニメになってる模様。模様というのは、ギャグが
キレ過ぎるのか高尚すぎるのか、私には笑うことができなかったから…

というか悪魔に条件を出されたイェティが狙った「絶世の美女」である
シシーがまーとんでもなくブサイクすぎて、最初は正直、彼女を見た上で
「で、いつ絶世の美女が出てくるんだろう?」と思っていた。結構マジで。

他のキャラはかなりディズニー的というかピクサー的というか…普通なのに
シシーだけがとてもじゃないけど美人?と思うようなお顔立ち。シュレックの
フィオナ姫を元にすればもうちょっと綺麗に描けると思うのに…シシーを演じた
ロミー・シュナイダーがこういうファニーフェイスだったのかと思いきや、別に
普通に女優顔だし…一体なぜあの顔なんだろう。ホントに不思議だなぁ…

内容は誘拐されたシシーとイェティの友情物語であり、不倫を疑っていた
夫で皇帝のフランツとの和解であり、歯痛に悩むコワモテのバイエルン王や
軍人というより完全に太鼓もちの元帥、ロシアの密猟者などがドタバタ劇を
繰り広げるだけなので、特に語るほどのこともない。ギャグは単純で誰にでも
わかりやすいけど、ディズニーやピクサー的なのでその域を出ることはない。

OPやED、恐らく監督本人が出演してるオマケなど、サービス精神は旺盛。
批判するほどもなく、褒めるほどでもなく…NHK放映は「らしい」って感じ。

(2010/1/30 放映)
嫌われ松子の一生1/30(土)

かつて中学校教師だった松子が、当時中学生だった教え子と愛し合い、
最後は中学生に殺される「最低最悪のどん底メロドラマ」であった。

忘れもしない2008年9月、TBSでの放映中突然画が途絶え、「福田康夫辞任」に
中断されてしまって「どこまで嫌われているんだ松子!」と日本中を叫ばせた
映画だが、ようやく視聴できたものの、まぁ…大方の予想通り、私にとっては
ヘドが出そうなアホらしい物語だった。この映画の一体どこでどういう風に
泣けばいいのか、感動すればいいのか、しみじみすればいいのか本当に全く

わからんわ!

くだらない。とにかくくだらない。本当にくだらない。
松子というダメ女の一生があまりにもくだらなくてどーでもよい。

ただし、映画そのものの出来は悪くない。ここは強調したい。
「下妻物語」でも「パコ」でもエキセントリックで極彩色の映像を送り出して
カルト的な才能を振りまいている中島監督らしく、こだわりと粘着的な執着が
にじみ出た映画で、驚くほど多彩な役者も非常にいい味を出していると思う。
中谷美紀も瑛太も伊勢谷友介も黒沢あすかも片平なぎさ(?)もよかった〜

ネットで松子に関する感想を探してみると、小説、ドラマ、映画と見ても
大方はとても面白い、小説を読んでファンになった、松子の負け犬っぷりと
ドン底人生がひどい、でも勇気をもらえる、感動した、泣いた、などなど、
とにかくこの松子を好きな人が多いので本当にビックリする。いやマジで。

私としてはこの女、何度も何度も何度も何度もやり直せる分岐点はあったのに、
人生をよい方へ修正しようとしない、心身ともに健やかであろうと努めない、
いつも「人生が終わった」と思ってはまた同じ道へとハマっていき、真面目に
物事を考えようとせず、立ち止まって自分の人生を顧みることも絶対しない。

ラクな方へラクな方へラクな方へと流され、他人に多大な迷惑をかけている。
こういうヤツは世の中にたくさんいる。松子は父親に愛されず、男に騙され、
人を殺してしまい、社会復帰も更正もできず…と何より「傷ついているのは
いつも自分自身で、誰のことも傷つけていない。だからこそ哀れで可哀想」と
憐憫の情を向けるのだろうが、いやいやいやいや、ちょっと待てや!

全部他人のせい、社会のせいにすることもできるかもしれんが、その中には
こういう輩とは何の関係もなく、日々真面目に生きている自分たちも含まれ、
知らないうちに勝手に恨まれてたりするんだぜ?駅弁大学や二流三流大学を
出ただけでエリートさんなんて呼ばれて妬まれたり嫉まれたりするんだぜ?

大体、松子みたいな女が隣に住んでてみ?ちゃんと想像してみ?
絶対迷惑だと思うから。ヤクザみたいな男が出入りして、毎夜毎夜悲鳴や
暴力を振るう様子が聞こえてきてみ?ガシャーンと物が壊される音がしてみ?
昼夜逆転してる水商売女がゴミとかテキトーに出してたら絶対怒るでしょうが。
悪臭にまみれてゴミ屋敷みたいになってて、もういつ失火するかわからんような
気味悪いババァが近所にいたら行政に何とかしろと苦情言いに行くでしょうが。

ぜってー奇麗事だよ、「松子は不幸で可哀想…」なんて。冗談じゃないよ。
意識して見回してみれば周りにいる人の中に松子なんか一杯いるんだよ。
そんなウンザリする現実を知ったら松子の一生に感動なんかできるもんか。
少しでも善く生きようとし、真面目に働き、ささやかに頑張る人が一番偉い。

ホント、映画そのものは悪くないが内容には全くこれっぽっちも感情移入が
できんかった。こんな変な気分は珍しいかも。攻殻のクゼや少佐が言ってた
心と体が乖離するとはこういうことなのかもしれん。物語もキャラクターも
最低でどうしようもないが、役者たちの演技や演出は非常にハイレベルなのだ。

その中でも一番よかったのはBONNIE PINKが歌う「LOVE IS BUBBLE」だった。

(2010/1/21 放映)
麦秋1/27(水)

「晩春」では原節子の56歳の父を演じた笠智衆が、2年経ったら今度は40代の
兄を演じる「嫁き遅れた紀子さんに訪れたささやかな幸せ」シリーズ第2弾。
(第3弾は私も好きな「東京物語」なので嫁き遅れとは微妙に違うが)

つーかこっちは「晩春」とは逆に、中年で仕事もバリバリこなしており
家長としての自信にあふれる中年男を演じる笠智衆がおっかなかった〜。
怖いよー、紀子の相手の年齢に難色を示すお母さんを叱り飛ばしたり、
女は戦後すっかりエチケットを失ったと一説ぶってるところなんかさ。

家族が増えた分、「晩春」より物語にふくらみが出て、何より登場人物が
皆生き生きしているのが印象的。ガールズトークは「晩春」や「秋日和」
でもニヤリとさせられるほど生き生きしてたけど、今回は女学校時代の
同級生なのでもっと華やかで楽しそうだった。そしてその分、既婚者と
未婚者の温度差も感じられて、こっちまでヒヤリと背中が冷たくなる。

南方で戦死した次兄の同級生で、長兄の部下でもある医師の矢部は
妻を亡くした男やもめで、紀子の近所に幼い娘と母と暮らしている。
最初から「この矢部さんでいいじゃないか、いい人そうだし…」と
漠然と思っていたので、彼が秋田に赴任する前日、紀子が彼の母に
お嫁入りを承諾した時は収まるところに収まったなぁと思ったよ。

40まで何もせずブラブラしてるような人は信用できないという彼女の言葉も
時代が変わった現在も通用すると思うしね。ただし男だけじゃなく女もね。
時代が変わった分、結婚できない男ばかりを責めるわけにはいかないよな。

銀座で買ったホールケーキが900円と聞いて義姉が呆れ返ってたけど、
今のお金にすると7000円くらいになるようだ。そりゃ高いわ〜。
淡島千影と原節子の秋田弁の流暢さがすごかった。ビックリした。
「明治43年生まれの40歳」に苦笑。私の亡くなった祖父より少し若い。
(ちょうどこの頃の祖父は、南方ではなくシベリア抑留中であった)

紀子は秋田へ、長兄は北鎌倉で開業、父と母は奈良で隠居する事になり、
家族はバラバラになる。まるでそれが家族の進むべき「段階」のようで、
でも今は価値観の変化や高齢化や不況によって崩壊したのかもと感じた。

しかしこの頃の日本映画を見てつくづく思うのは、役者さんたちの
立ち姿や動きの美しさ。現代っ子が着物を着る時代劇と違って、着物を
着てても自然だし、和室のガランとしたすっきり感もなんだか懐かしい。
夜中に楽しそうにケーキを食べる大人たちの気配で起きてしまった子供に
ケーキを見せないように隠すシーンなんかノスタルジックで笑ってしまった。

しかし小津映画はまさに「黄金のワンパターン」という言葉がふさわしい。
もちろんひとつひとつ違いはあるけれど、合わない人は合わないだろうね。
そういえば以前見た「東京画」で小津監督への敬愛を涙ながらに語っていた
厚田カメラマンが、「電車内のシーンだけは本物でお願いします」と監督に
注文を出したと言ってたので、2作とも電車のシーンはロケだったんだろうね。

(2010/1/26 放映)
晩春1/26(火)

小津安二郎監督の「父と娘」第一作とも言える作品。
しかし昭和24年というと、日本の終戦からわずか4年、そもそもまだアメリカの
占領下にあるわけだけど、もちろん混乱や廃墟は残っていたにせよ、町並みが
非常に綺麗で感心する。主人公親子も能を見に行ったり、提琴(ヴァイオリン)の
独奏会や銀座に買い物に行ったり、京都に旅行に行ったりしてるもんね。
もともとの舞台の北鎌倉は穏やかな戦後を迎えていたのかもしれないけど。

21世紀ならまだまだこれからといえる年だけど、平均年齢が50歳そこそこの
時代なら原節子演じる紀子は完全な嫁き遅れ。周囲も、もちろん父も彼女を
心配するのだけれど、早くに母を亡くして父と二人きりの生活が長い紀子は
どこ吹く風でお嬢さま生活を満喫している。やがて父は彼女を嫁がせるため、
「後妻を娶る」と一世一代の嘘をついて娘の背中を押すことにするのだが…

しかしこの原節子、誰にでも愛想よく笑顔を振りまくのはいつもどおりだが、
今回はやたら険しくきつい顔が多くて怖いの何のって。美人というのは怒ると
むっちゃ怖いんだなぁと心が寒くなるくらい冷酷で冷たい表情を見せる。
笠智衆が臆することなく普段通り飄々と話しかけるのを聞いて「さすが」と
思ってしまうほどだもん。黒澤明の「我が青春に悔いなし」での原節子は
芯の強い頑強な女性を演じてたけど、こんなに怖い表情はしなかったよ〜

後妻をもらった父の友人に思いっきり真っ正面から「不潔よ」とか言っちゃう
この時代の人間関係にビクビクしつつ、でもたとえば友人のアヤとの会話でも
ちょっとくらいきついことを言い合っても許容しあえるだけの深い人間関係が
築けているんだろうとも思う。人間関係が希薄な現代ならすぐダメになりそう。

ところで紀子は本当は結婚してしまった服部が好きだったんだろうかね?
彼なら職業柄父のそばにいてくれたわけだし…ファザコンというのもあるし、
ぬくぬくとくるまった温かい真綿から外に出るのがイヤで引きこもってたと
いうこともあるだろうけど、いつまでも父の元にいたいという彼女を父が
珍しく厳しく諭すシーンは結構迫力があったな。二人が床に就くとなぜか
床の間の壷が映し出されるんだけど、これは小津映画の七不思議らしい。

紀子が嫁いだ夜、父は一人家に帰り一心にリンゴを剥き始める。
眉間にしわを寄せて考え込む風の父の表情は、これでよかったのだと自分に
言い聞かせる気持ちと、純粋な寂しさが交錯する味のあるシーンだったよ。

(2010/1/25 放映)
旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ1/25(月)

奇跡の再生を遂げた旭山動物園の物語。
あちこちで語り尽くされたこの物語を今更映画化してどうするんだ…?
と思ったけど、これまたそれに恥じない大物&芸達者ばかりを取り揃え、
まさにその老練な彼らの「芸」で見せた。中村靖日がいくらヘンテコな
髪型で頑張ろうとも、百戦錬磨・海千山千のおっさん怪優たちと対等に
渡り合うのは100年早いと思わせるよ。あれじゃ太刀打ちできないわ〜

物語は旭山再生ドラマより、旭山動物園がいかに危機的状況にあったかに
焦点が当てられていたように思う。財政危機、入園者数の減少、建物の老朽化、
打開策のない現状、飼育員の死亡事故、エキノコックスによる動物の死亡…
虚実混ぜられた困難が動物園を襲い、ついには市長が廃園を決意するほど
状況は悪化していく。

こっちとしては旭山を再生させたアイディアやそこに至るプロセスがいつ出るか
いつ出るかと待っていたんだけど、これがまた出し惜しんでなかなか出ない。
飼育員による動物ガイドをやってみたり、廃園反対のビラまきをしたり、
市民運動に発展して廃園は撤回されたものの入園者は減り続けたり…
ついには廃園撤回を決めた市長が落選してしまい、女性市長が立つ始末。

でもここからが踏ん張りどころ…と園長は吉田を連れて全国の水族館を見て
歩くことになる。水族館の方が「行動展示」に一歩先んじてるからなのかな?

長く苦しい低迷期が続いただけに、女性市長に「ペンギンが空を飛びます」と
プレゼンしただけで億単位の予算が下りるとは到底思えないのでビックリした。
実際には旭山動物園は少しずつ改善に改善を重ね、地道に実績を上げていって
予算を獲得したんだろうと思うので、この急展開はじっくり描いた低迷期を
ひっくり返してしまうのでは…と気になりつつ、でも時間もないし…とも思う。

西田敏行が子供たちに語った「生命は皆平等である」という言葉や、それでも
いじめられっ子で人間が苦手だった西田が、人と深く関わり、動物と人を繋ぐ
架け橋になれたことが、「人は野生動物のように弱い個体を排除することなく、
その弱さを「個性」として認め、共存する事ができる」叡智を持った生物だと
証明していると語った言葉はとてもよかったよ。何気なく語られた動物たちを
「尊敬している」という一言もとても大切だと思う。思い上がってはいけない。

私は「動物園は動物を檻に閉じ込め、虐待している」という意見も、
ある意味では決して間違っていないとは思う。私も動物が好きなので、
動物は当然野生に生きるべきとは思うけれど、実際に人間が今、世界各地で
行っている行為によって彼ら野生動物の生活や生態系を脅かしていると思うと、
動物園はもはやただの「見世物小屋」ではないし、新たな意義を持つとも思う。

動物の生態をより深く調査したり、困難な繁殖を成功させたり、動物への理解を
深める学習の場としても重要な役割がある。遠い未来には、もしかしたら動物の
DNAバンクとなり、絶滅種の再生という一部の人々が「神の領域」と呼ぶ技術の
行使に踏み込むかもしれない。人が犯した罪を購う時が来るかもしれないのだ。

今後もさらに進化していくはずの技術を使って、3Dなどを駆使してそこには
いない動物の生態(各地の動物園をネットで繋いだりして)を観察できたり、
ロボットカメラなどを岩や茂みに擬態させて、なるべく動物のストレスに
ならないように自然な姿を撮影して見せることもできるのではないかと思う。
動物園もどんどん変わっていけると、旭山はそれをまさに体現したんだよね。

一概にあれはダメこれはダメと言うのではなく、動物園には新たな役割があり、
意義を見出せばいい。そして我々自身も動物を見ることで、ただバカの一つ覚え
みたいに「かわい〜♥」と叫ぶだけではなく、生態を学び、絶滅危惧種などの
実態を知り、ひいては環境問題にも興味を持たなければならないと思う。

ラストシーンの動物たちの鳴き声に送られる園長というのはベタベタ過ぎで
ちょっと恥ずかしかったが、動物とおっさんたちは大したものだったと思う。
あと副題の「ペンギンが空を飛ぶ」は、せっかくあのカット割で撮るなら、
青空を弾丸のごとく自由気ままに「飛び回る」ペンギンがよかったなぁ。

(2010/1/24 放映)
フェイク1/23(土)

これは…長い間「劇場チケット売り泣かせ」だったというジョニー・デップの
好演も光るけれど、最後のレフティー…アル・パチーノのしょぼくれた後姿が
いつまでもいつまでもいつまでも心に残ってしまい、たまらない哀愁を感じる。

彼が妻の目を盗んで指輪や時計、ネックレスを外し、最後に車のキーを抽斗に
しまいかけ、彼女が後で気づくようにそっと半分引いて出かけていくその姿が
あまりにも哀しくて寂しくて…いやもうダメでしょ、今思い出しても(涙)

実際にマフィアに潜入した捜査官ジョー・ピストーネの実話を元に描いた作品。
組織の中では中堅より少し上くらいの地位にいるレフティーに見込まれた彼は
ドニーと名乗り、やがてレフティーの信頼を勝ち得て右腕的存在になっていく。
FBIにとって有利な情報を手に入れられさえすれば、ドニーにとって組織の中の
地位などどうでもいいわけで、そうした無欲さや「本来の任務」に忠実な姿は
「実直」「堅実」とも取られるわけで(もともと妻が言うように彼は大学出の
インテリだから、行動が合理的・効率的かつスマートというのもあるのだろう)
レフティーを出し抜いて出世したソニー・ブラックの信頼をも勝ち得ていく。

ところがこの物語の中で光るのはやはりレフティーなんだよねぇ…
レフティーに取り入るために強気な態度を見せるドニーになめるんじゃねぇ的な
強気で出たかと思うと、とにかく小心で、上を狙いながらもなかなか思い通りに
ならないことに苛立って、「孤児」で「独り者」という設定のドニーが一人で
クリスマスを過ごすことが許せなくて、見栄を張って小遣いを包んだものの
帰り際に「200ドル貸してくれ」とそれを「借り」てしまったり…なんかもう
情けないほどチンケな親父なのよ。そして根は悪くないとわかってしまう。

もちろん組織の汚れ役を引き受けて何人も人を殺してるので「犯罪者ではない」
という意味ではない、フツーに生きてたらフツーにダメな親父だなぁという…
ダメな親父が精一杯突っ張って、無理をして、頑張ろうとするから空回る。
ドニーが用意した船でフロリダの大ボスを接待することになり、これで俺も一旗
あげられると大はしゃぎする姿は滑稽なほど。その後接待の手柄も、フロリダの
店そのものもソニー・ブラックに奪われてしまった時のしょげっぷりときたら…

今なら売れっ子ジョニー・デップ演じるドニーにもっとスポットが当てられて、
彼の心理こそがより深く描かれるかもしれない。というかそうなるだろう。
でもこの時の、ドニーはレフティーを大切に思い始めているのかな…?と
薄々わかるくらいの温度がちょうどいい。ベタにやられてもクドいだけだし。

たとえばドニーがレフティーを守りたいと思う行動が、FBIがマフィア間の
抗争が激化してきて危険なので、潜入捜査を中止しようと判断しているのに
捜査を辞めないことに現れる。今ドニーが去れば、ドニーを組織に引き入れた
レフティーは当然立場が危うくなり、最悪消されてしまうかもしれないからだ。

こんな少し距離を置いた感じの描き方が余計に相容れない両者を際立たせる。
ソニー・レッドの息子を殺して一発当てようと企むレフティーに従ってきた
ドニーが引き金を引くことを躊躇した時、そこにFBIが現れて彼を連行していく。

我々はそこでFBIが強硬手段に出てドニーを保護したのだとわかるのだけど、
そんな事を知らないレフティーは「何も喋るな!」と最後までドニーの身を
案じ続けるのがまたせつない。ドニーはもう安全な場所に行き、彼こそが
最も危険な場所に足を踏み入れてしまったというのに…(後にFBI捜査官が事実を
告げに来た時の、驚きのあまり何も手につかない様子のレフティーもうま過ぎるんだよ)

ドニーが職務に忠実なあまり家庭を顧みることができず、ほとんど家庭崩壊の
ような状態になってしまったのを、あの奥さんは本当によく支えたと思う。
FBIは奥さんにも勲章や報奨金をあげるべきだ!心からねぎらってあげろよ!

レフティーが妻にドニーへの伝言を頼む。「お前だから、許せる…」と。

実際には潜入捜査は命を削る仕事だったと思うけど、アル・パチーノの前には
その大変さも吹っ飛んでしまった。もうあの寂しい背中が焼きついて離れない…

(2010/1/4 放映)
ラスト・エンペラー1/23(土)

長年見そびれていたアカデミー超大作。
私はビジネスマンや特別な協会に属していたわけでもないのに、まだ兌換券を
使っていた頃の中国に行った事がある貴重な経験をさせてもらっているのだが、
紫禁城での即位シーンや皇帝が自転車で細い道を走っていくシーンなどを見て
故宮を観光した当時を懐かしく思い出した。皇帝の椅子を見て「コオロギ」と
言っていた人がいたが、この映画を見てその意味がようやく納得できたよ。

全盛期ともいえるジョン・ローンが、野心に燃え、希望を砕かれ、運命に
翻弄されながらもそれを乗り切り、最後は穏やかに余生を過ごした最後の
皇帝・溥儀を好演している。日本人にとって溥儀は良くも悪くも色々な
意味で近しい存在なので、余計に彼の波乱に満ちた人生が胸に沁みる。

3時間40分というディレクターカット版の長さに鑑賞をためらっていたのだが、
実際見てみたら幼児期から少年期まで、滑稽とも思えるほどの「皇帝ライフ」
が楽しい1時間、ピーター・オトゥール演じるジョンストン先生が登場し、
故宮を追われて天津で過ごしながら復権を画策し、日本と接触するまで、
やがて満州国の傀儡皇帝として担ぎ出され、利用されつくして敗走の途に
つくまでとメリハリが利いているので結構すらすらと見られた。

その間、シベリア抑留を終えた彼が戦犯収容所で尋問を受け、かつての
召使いに世話をさせつつ、特赦により釈放されるまでが同時進行する。
文革の嵐の中、紅衛兵に連行される戦犯収容所の所長を見て驚き、
「彼は悪い人間ではない」と勇敢かつ真摯に食い下がる姿には、
一番苦しい時に誰にも助けてもらえなかったかつての大帝国の皇帝の
穏やかな義憤が感じられたようでちょっと胸が痛かった。

正直、有名すぎる映画なのでちょこちょこと知っているカットは多いし
あちこちであらすじの紹介はされているし、こんな話だろうと想像も
できていたけど、思ったよりずっと面白かった。中国現代史というのは
ややこしいことこの上ないのだが、この映画は以前見た「さらば、わが愛
覇王別姫」より、もっと政治的立場が上の登場人物を描いているせいで
より歴史の流れがわかりやすいのがよかった。

日本に利用されている事を承知しながらも、それを足がかりに権力を
取り戻したいと願う溥儀。けれど1人の力なき皇帝が改革をなすことは
難しく、結局は敗戦により「傀儡」のままで表舞台から降りる事になる。

アヘン中毒になって精神を病んだ婉容が気の毒だったり(この人は最期も
悲惨だったようだ)、坂本龍一が演じる甘粕がなぜかずーっと喋らないので
「喋らないからこそ教授がキャスティングされたんだろうか」と思ってたら、
最後にペラペラ喋るだけ喋って自殺したのでたまげた。弟の溥傑が溥儀に
兄上はもう皇帝ではないのだと真実を告げたり、彼の妻の洪さんがいたり、
やっぱり日本人には馴染みが深い。それと同時に関東軍や国共の対立など、
「『ジパング』の草加が乗り込んできそうだなー」と思うような事情も。

収容所のシーンがあるおかげで溥儀のとてつもない孤独が浮き彫りになり、
歴史好き(しかももともと15年戦争史がゼミのテーマだったし…)にとっては
溥儀の目から見た中国の歴史の動きがよくわかって内容的にも決して悪くない
映画と思う。最大の問題はとにかく登場人物が全員英語を喋ることだろうな。
これは違和感があり過ぎて最後までなじめなかった。中国語ならねぇ…

ただ閉ざされた門に溥儀が飼っていたネズミを投げつけて殺すシーンはダメ。
ああいうのは人間がバラされるスプラッタシーンよりイヤだわぁ。

(2009/12/25 放映)
マインド・ゲーム1/20(水)

夏だったか秋だったかにNHK BS-hiで放映されたのを録画ミスしてしまって
ものっそい悔しい思いをしていたのだが、今回見ることができてほっとした。

内容は…まー不条理も不条理、極彩色のアホらしいエキセントリックギャグが
飛び交い、グロかったりエロかったりギャグったりしんみりしたり、とにかく
ひたすら走りまくり駈けずりまくる。尻の穴を撃たれて昇天するシーンでは、
あまりにも哀れな、そしてあまりにもみっともない最期に西に同情するよ。

せっかく初恋の相手でおっぱいの大きいみょんと再会したのに、ヤクザに
殺されてしまった西は「神様」らしき「モノ」に出会い、まっすぐ歩いて
消滅するようにという指示を無視して逆走し始める。この時の「神様」の
イメージが全く固まらないというのがすごく面白い。西くんの優柔な性格も
あるんだろうけど、神様を意識したことがない人はイメージが散漫になりそう。
(逆に「これだ!」という像がある人はバッチリ神様に見えるんだろうね)

奇跡的に現世に戻った西くんは反撃してアツを殺し、みょんとヤンを連れて
深夜の大阪カーチェイス。一度死んだ西に怖いものなどないから片輪走行
までできちゃうの!?と思ったらゴンゴンとトラックにぶつかりまくって
「鼻血出たー」「俺も出たー」には大爆笑。アホだ、アホがおる!!

この後なぜか3人は車ごとクジラの腹の中に入ってしまい、そこで30年間
暮らしているという謎のじーさんに出会う。「出られない」と悟った西が
荒れまくった時、でもじーさんは30年一人だったんだよ…と思ったんだけど、
西が見つけたのはじーさんが永遠とも思えるほど刻んだ「日付」の跡だった。

ムチャクチャに見えてちゃんと物語になっててさー、こういうトコも丁寧。
クジラのお腹には絶滅したはずの生物もたくさんいて、恐竜までもが…
でも優しい彼と遊んだり、髪を切って心機一転したねーちゃんのカラー・
パフォーマンスが楽しかったり、西とみょんが結ばれたりと日々は過ぎる。

姉だからと遠慮してたヤンの重さをみょんが感じ取ったり、何かを成したり
偉くなったり、誰もが夢をかなえられるとは限らないけど、そんな奴らが
生きている世界で自分も生きていきたいと脱出を決意する西など、ちょっと
感心するような描写も結構あるんだよね、悪ふざけばっかりじゃなくてさ。

OPでは色々な時代の色々なキャラが辿った人生を見せられるのだが、それも
皆本編で語られる(ちゃんと、というわけではないのだが…)のも感心した。

主人公の西を演じた今田耕治が思った以上によくて、いつも物欲しそうに
何かを待ってるくせに行動に移さず、曖昧でふわふわ生きては後悔ばかり
しているイマドキの若者を等身大に感じさせてくれたのにはちょっと驚き。

好き嫌いはかなり分かれると思うけど、「空中ブランコ」っぽいといえば
そうだし、松本大洋みたいな絵柄なのでとっつきにくさもあるかもしれない。
実写交じり(ピッチの輪っかには吹いた)で、ヨシモト芸人てんこ盛りだし
悪ふざけが過ぎるとも思えるけど、私は「面白かった」と思える映画だった。

(2010/1/19 放映)
マジック・キッチン1/19(火)

もーね、主人公が目の前で失恋してしまった昔の恋人のアンディ・ラウを
追いかけて行った時は「いい加減にしろよテメェ!」と本気でリモコンを
投げそうになった。大して美人でもないのに主人公はやたらモテモテで、
このまま日本の二流トレンディドラマ風の展開になったらぶっ殺すと
思ったけど(彼女は架空の人物です)、最終的には彼氏を選んだのでホッとした。

なんかさー、途中に変な恋愛エピソードが一杯入り込んでるせいで、
一体一番言いたいことがなんなのかよくわからなかったんだよね。

迫って来たイケメンと一発と思った矢先に、彼氏はここまでとストップ。
そりゃ彼女じゃなくても「ゲイか」と思うじゃないか。そしたらこの彼、
なんと明日から禁欲の園・神学校に入って一生神に尽くすのだとか。
彼女はその禁欲を守れるかどうかを試すサンプルだったという…なんじゃそりゃー

他にもいきなり出てきてワインを飲ませてた女たらし、鼻の利く脚本家、
親友たちが紹介してきた妻子もち…ホント、二流のトレンディドラマ
そのもののような安っぽい展開が続き、さらには親友が親友の男を
寝取り、しかもその男も妻子もちというドロドロ状態に陥ってしまう。

それに加えて母の店を継いだ彼女は日本の料理対決番組に出ることになり、
ますます主題は料理なんだか恋愛なんだか全部絡めた話なんだかと混乱する。
母親と別居してた父親の話とかホントに余計な話までくっついてるし…
短い映画なんだけど、やたら蛇足が多くて見終わったらとても疲れた。

地味な風貌のジェリー・イェンが、控え目に恋心を隠し、付き合い始めてからも
年上の彼女を尊重して相手を傷つけないよう、自分を好きになってくれるように
辛抱強く彼女の心が開くのを待っている姿が可愛いのなんのって。インファナル
・アフェアで苦悩する警官を好演したアンディ・ラウは容貌も性格も年齢的にも
確かに理想的な男だけど、あんなに邪魔が入るんじゃやっぱり縁がないんだよ。
(でも私も曲がりなりにもオバハンなので、主人公が若い恋人とつきあって
カラオケで居眠りしたり興味もないゲーセンに行こうと合意したりするのは
見ていてイタかった。若い男は教養も経験も知識も足りないだろうしねぇ…)

料理対決の番組が日本の番組なので舞台の2/3が日本。
ラーメン屋の屋台で親父さんの酒を飲んじゃったり、どこかの噴水広場で
中国語で愛を叫んだり、「仲ノ町駅」で恋人にふられたアンディ・ラウと
語り合ったり、カタコトの日本語で「ブルーマウンテン」を注文したり、
別の視点から見た日本をとても好意的に捉えてくれていて楽しかった。
料理対決も勝敗にこだわらず引き分けに終わったのも日本っぽかったかも。

彼氏にふられながらも本当に主人公のことを思っていてくれた親友は、
彼女の母が語った「呪い」(もちろんそれも嘘)を解いてくれたし、
主人公もフラフラよろよろしている彼女をずっと見守ってくれていた
若い彼氏をちゃんと選べたし、最後がハッピーだったのはよかったよ。

まさに昔馴染みの香港映画というレトロな雰囲気は、大げさで大味で
ちょっとエキセントリック過ぎるけど、韓国映画を見るよりは合う感じ。

ところでこの話、結局「理想の彼女」を追い求め、相手を自分好みに
変えていくアンディ・ラウではなく、料理の素材を使う時のように
相手の長所を見つけていくジェリー・イェンを選んだ…という
結末でいいのかね?いいんだよね?いいと言ってくれぇ!!

(2010/1/18 放映)
クライマーズ・ハイ1/18(月)

う〜ん…

ボソボソ喋る「普通の人の日常会話を再現」した演出方法が苦手。
キャラの業界風に誇張した仕草や荒っぽい言動や下卑た態度が嫌い。
本編に差し挟まれる主人公の「現在」が物語を分断しまくって不愉快。

盛り上がりかけては落とす、クライマックスなのに下落する、という
「現実がこうだったんだからしょうがねーじゃん」とでも言いたげな
開き直り演出も好きではない。フィクション的演出ができていない。

しかしこれ、無駄なシーンを何度早送りしたかしれない。
原作は小説ならではの同時進行で、事態の複雑さ(日航機墜落事故、主人公の
家庭での問題、社長のセクハラ、過労で倒れた同僚、仕事上仕方ない男女差別、
上司の嫉妬と妨害、精神を病んだ記者の死など)を描写してるんだろうとは
思うのだが、映画ではあれもこれも皆つっこめ!という感じになっていて、
結局何が一番のテーマなの?という作品になってしまっている。2時間半も
いらないから、記者たちの熱意に満ちた事件現場だけをピックアップして
描けばよかったんじゃないの?最後にスイス行って息子に会うシーンとか
マジでいらなくね?途中の登山シーンとか無駄な金かけるなと言いたいよ。
(大体このシーンによって「クライマーズハイ」の状態を示してみせるわけでもないし)

日航機についても、事故そのものの悲惨さを伝えたいのか、その後の事故の
原因を伝えたいのか、それとも遺族の悲しみを伝えたいのかよくわからん。

つーか普通に事故の悲惨さを伝えたい、ということで十分だったと思う。
堺雅人たちが山に登ってそれからが見せ所かと思ったのに、あそこはかなり
あっけなく終わっちゃって、あとは輪転機が故障してると伝えなかっただの
あんたたちは若手の芽を潰しただの、つまんねーことでグダグダグダグダと…

実際そうだったと言われればそりゃそうだろうとは思うけどさー
小説ではそうした暗部や登場人物の人間性も描いてるとは思うけどさー

でもさー、そもそも映画というエンタメでは「何を一番の主眼にするか」は
考えてもらいたいんだよね。小説の緻密な人物描写や背景の表現には絶対に
かなわないんだから、逆に映像で圧倒してくれないと「何これ?」になる。

今、まだ見たばかりのこの映画の内容を思い出そうにも、主人公の姿ですら
ボヤ〜ッとしてよく思い出せない。ましてや何が作品の主軸だったのかなんて
ますますわからない。ただいつも怒鳴りあってケンカしてたなぁということと、
主人公はある時はやたらとハッスルするくせに、いざとなると決断ができずに
部下のスクープは逃す、社長を説得することもできず、抜きもできないという
ダメダメな点しか思い出せんぞ。おかげで変に後味の悪さを残してるぞ。

う〜ん…日航機事故は私にとっても非常に思い出深いし、思うところも多い
事件だったので、ちょっと期待してただけにこの出来には結構ショックだ…

(2010/1/17 放映)
11人のカウボーイ1/18(月)

「ワイルド・バレット」でジョン・ウェインスキーのアンゾが見ていた映画が
ちょうどこれで、見たら放映があるので「これも何かの縁だ」と思って視聴。

まずジョン・ウェインがものすごくじーさんになっていたので驚いた!
年代的には「リオ・ロボ」とさほど変わらないはずなのだが…
まぁ共演したのが子供ばかりだったので余計にそう見えたのかもしれない。

ゴールドラッシュに沸く西部では、皆が一攫千金に浮かれてしまい、牧童を
見つけるのも一苦労。年老いた頑固者の牧場主アンダーソンは友人の薦めに
基づき、年端も行かない子供たちを牧童として雇うことにする。しかも旅の
コックは黒人。年寄り一人に黒人一人、それにまさにカウ「ボーイ」たち
11人は、牛を追いながら西へ向かって旅を始めることになるが…

子供たちに手を焼きながらも牧童として育てていくなんて、今までのジョン・
ウェインのイメージとは違う。「安全な男」扱いされてたとしても、そもそも
女が全然絡まないし、妙齢の男との師弟関係もない。(親子か徒弟って感じ)

子供たちは10歳くらいから15歳くらいまでで、リーダーシップのある子や
頭がよさそうだったけど死んでしまう子、牛泥棒に脅されてすくみあがる
ビビリメガネ(コイツが落としたメガネを拾おうとして仲間が死んでしまう)
たちが酒を飲んで二日酔いに悩まされ、居眠りして怒られ、娼婦たちに興味を
持ってからかわれ、河を渡ろうとして溺れ…とまぁ珍道中を繰り広げていく。

全員のキャラが立ってるわけじゃないのがちょっと残念。一人メインになる
キャラを絞ってから子供たちに肉付けしていけばよかったかもしれないけど、
やっぱりこれはあくまでもデュークの映画なので仕方がないのかもしれない。

アンゾが歯噛みしていたデュークが殺されるシーンは、タイマン勝負に勝った
アンダーソンを後ろから狙う卑劣なもの。子供たちは成す術もなく馬と牛を
奪われ、何より彼らの安全を第一に考えてくれたアンダーソンの死を悼む。

ここからはまさかの大復讐西部劇に早変わり。
あんなに頼りなくてベソばかりかいていた子供たちが、作戦を立て、躊躇なく
泥棒どもを分断して殺していき、ついには全員が銃撃戦に参加して全滅させる。
アンダーソンを殺した長髪に至っては銃殺するのも生ぬるいとばかりに、絡んだ
鐙を外すこともせず、そのまま馬に引きずられていく(いずれ当然死ぬ)のを
見送るだけという徹底的な冷徹さを見せる。か、かっこよ過ぎる子供たち!

だから彼らが子供だけで牛を引き連れて街に入った時の姿がやたら凛々しい。
精悍ともいえる顔つきの子供たちを見て、街にいる荒くれ男も目を見張る。
直前に見た「イノセント・ボイス」では「子供に無理やり戦わせるなんて!」
と憤ってたくせに、こっちでは「おまえたち、よくやった!」と讃える自分。
まー、なんていい加減な人間だこと。

(2010/1/17 放映)
イノセント・ボイス 12歳の戦場1/18(月)

内戦真っ只中のエルサルバドルで、夜になると集落であろうがお構いなしに
政府軍とゲリラが銃撃戦を繰り広げる村に住むチャバはもうじき12歳になる。
12歳になった男の子は徴兵され、政府軍兵士となってゲリラと戦わされる…

そんなひどい状況の中、それでもチャバは父が去った後の家族の支えとなり、
運転手の手伝いをして金を稼ぎ、オナラ姉ちゃんと弟を守り、ワンパクどもと
バカ騒ぎをし、同じクラスの女の子に恋をし、精一杯子供時代を楽しんでいた。

けれど状況は悪化するばかり。
兵は神父さまであろうと敬意を払わずに暴行し、夜の銃撃は隣家の
女の子を殺し、大学生の叔父さんもゲリラに加わって戦っている。
ある日、12歳になった仲間の一人が徴兵されていった。恐怖のあまり
小便を漏らしていた彼は、数ヵ月後、マシンガンを構えた兵士として
彼らの前に現れ、友人たちを銃で脅すほど変わり果ててしまっていた。

学校が銃撃戦の舞台になり、その後無期限で閉鎖されてしまったため、
祖母の家に避難したチャバたちは、それでも束の間の平和を楽しむ。
ついに迎えた12歳の誕生日も家族や友達や大好きな彼女が祝ってくれたけど、
チャバは憂鬱だ。もういつ徴兵されて家族から引き離されるかわからない。

世界中で問題になっている少年少女兵の問題を描いてはいるけど、さほど
どぎつい描写はしていない。曲がりなりにも「政府軍」が徴兵してるせいも
あるだろうし、この映画ではゲリラは子供たちを守ってるような存在だけど、
逆に民兵たちが子供を誘拐したり、親を殺させたり、暴行や虐待や拷問で
心を挫いてから隷属させることもあるだろうから、何にせよ最悪の所業だ。

この映画でも最も衝撃的なシーンは、ゲリラの元へ逃げ込んだチャバたちが
政府軍の強襲を受けて捕まり、その後「処刑場」である川原に連れて行かれて
一人ずつ頭を撃ち抜かれるシーン。まだあどけない少年が後頭部を撃たれ、
前のめりに倒れる姿なんて、映画だとわかっていてもショッキングだった。

この時チャバは辛くもゲリラの奇襲のおかげで死刑を免れ、逃亡する。
途中、怒りから銃を手にするけれど撃つことはできず、逃げ帰った家は軍の
焼き討ちにあって跡形もなくなっていた。けれどそこで彼を心配して戻った
母と無事に再会することができ、後に母は彼を守るために家計を支える
ミシンを売ってまで、チャバをアメリカに亡命させることにする。

友達も、彼女も、神父さまも皆いなくなってしまった世界…
チャバは6年後に帰国し、無事家族との再会を果たしたそうだ。

オリバー・ストーンの「サルバドル/遥かなる日々」がトラウマ映画の
ひとつとなってるので、ちょっと見るのはイヤだなぁ…と思った最初の
印象どおり、最後まで「イヤだなぁ」感が拭えなかった。でもこういう
非人道的所業、政治的思惑、倫理的に理不尽な事に対して、人が生理的に
どうしても感じる嫌悪感って、きっと本当はすごく大事なんじゃないかな。

何ができるか、何をせねばならないか、何もできもしないのに偽善ぶるなと
逆に非現実的なことを叫ぶ以前に、まず「イヤだ」と思う気持ちこそがね。

(2010/1/16 放映)
プラダを着た悪魔1/18(月)

怪女優メリル・ストリープの存在感と、「プリティ・プリンセス」でコミカル&
キュートな庶民派お姫様を演じたアン・ハサウェイの変身ぶりが小気味いい。

ストーリーも展開が早くてわかりやすいし、悪魔のような上司にこき使われる
ダサめの主人公に思い入れ、彼女が努力し、徐々にステップアップしていく姿も
楽しい。けれど残る一抹の不安…彼女はこの甘美できらびやかな世界に居座り、
完全に変わってしまうのか、それとも今一度立ち止まって本当に自分が叶えたい
夢を見つけなおせるのか…そんなハラハラまで用意されていて、とても面白い。

アンドレアはライター志望の才女。
出版界へのコネを求め、興味もないファッション誌のアシスタントに応募して
みたところ、そのセンスの悪さとスタイルの悪さを鼻で笑われつつも合格する。
けれど始まったのは世界中の女子の羨望を集めるモード雑誌「ランウェイ」の
編集長ミランダ女史に振り回される日々。彼女のお気に召すようステーキを
用意し、お気に入りのコーヒーを置き、新作のハリー・ポッターを準備し、
ハリケーンだろうが飛行機を飛ばさなければクビを宣告されてしまうのだ。

しかし彼女の豪華なオフィスや運転手付送迎車などより、プライベートな用事を
あんなに部下に押し付ける上司って、日本では(ないとは言わないが)信じ難い。
よほどの大富豪で自分自身が雇ってるならともかく、アンドレアは会社との
契約で雇われてるんじゃないのか…サービス残業もイヤだが、プライベートに
上司の完全に私的な用事で走り回らされるなんてのも絶対ゴメンだな、私は…

一番好きなのは、こんなに頑張ってるのにミランダに一度も認めてもらえないと
アンドレアがグチった時、「頑張ってないわ」とナイジェルに諭されるシーン。
本気でやろうと思うなら、もっと必死にできるはず…ファッション業界で本気で
働こうと思ってる人が、ファッションのファの字も知らないなんておかしな事。

一念発起したアンドレアは、ナイジェルの見立てでサンプル品を身につけ、
ファッションセンスを磨き始める。髪型、化粧、スタイル、コーディネイト…
ここでずっと野暮ったかったアン・ハサウェイが見事に垢抜けるのはすごい。
でもあれ、初めこそいいけど後々毎日毎日変えてるコーディネイトは全部
自前なんだろうかね…家賃も前借りしてたくらいなのに破産するわ、絶対。

もともと秀才のアンドレアはめきめきと頭角を現し、ミランダの要望に先んじ、
見事な手腕で助手として彼女を支え始める。その能力の高さは第一秘書だった
エミリーを差し置いてパリに連れて行くと決断されたほど。エミリーは嘆き、
けれどアンドレアは「ミランダの命令には逆らえない」からとパリへ向かう。
同時にそれは長年の恋人ととの関係にピリオドを打つことにもなった。

けれどパリは彼女を魅了する。最先端の流行、最先端の人々、最先端の男…
有頂天の彼女にはこのままキラキラ輝く世界が待っているかに思われたが、
彼女を支えてくれたナイジェルがミランダの推薦で独立できると思った矢先、
彼女は自分の保身のため、彼が座るはずだった席をライバルに与えてしまう。
落胆する彼を見て、ミランダの貪欲なエゴに気づいたアンドレアは立ち止まる。

エミリーを差し置いて来ると決めたのは自分。
ネートとやり直す努力をしようとしなかったのも自分。
煌く虚構の世界に浮かれて、自分と自分の夢を見失っていたのも自分…

アンドレアが携帯を捨て、仕事を辞めたことをネートに相談しに行くとき、
彼女はもうプラダもシャネルも着ていない。色も抑え気味の地味な服だけど、
堅実な記事を書く記者を目指す彼女には十分。彼女を失ったミランダからも
素直じゃない皮肉交じりのお墨付きをもらい、アンドレアはアンドレアの道を
歩み始める。最強のコンビになれたかもしれない二人の、ちょっと寂しいけど
互いにエールを送りあうようなラストシーンがなかなかの感動を呼ぶ。

思った以上に面白かった。アン・ハサウェイはコメディを演じる時の若い頃の
ジュリア・ロバーツみたいな雰囲気があるので、今後も頑張ってもらいたい。
しかし槇村さとるの「リアル・クローズ」は完全にこれがベースだろうなぁ…
ドラマは見てないけど、最初の頃のコンセプトはソックリだもんね。美姫様〜

(2010/1/15 放映)
マイ・ボディガード1/17(日)

飲んだくれの元軍人クィーシーは、一人の少女の護衛として雇われる。
初めはそっけない態度で彼女に接していた彼だが、屈託のない彼女と日々を
過ごすうちに、よき友達、時には親子のように信頼と深い友愛で結ばれ始める。
けれどある日彼女…ピタは誘拐されてしまい、身代金の受渡しの失敗もあって
殺害されてしまう。クィーシーは復讐に燃え、容赦なく犯人を追い詰め始める…

前半、中盤、後半とメリハリが利き、ストーリー展開を追うのはとてもラク。
ただ後半の事件の真相が明かされて、特にピタの父親が自殺してから以降がちと
わかりづらいかも。恐らくは緊迫感を出すためのグダグダぶれるカメラワークも
問題だと思う。誘拐犯一味を追い詰めるまでがちょっと冗長かなーとも思うし。

復讐はひたすら容赦なく、非情に徹して行われるので小気味はいい。
舞台となったメキシコでは数十分に一人が誘拐され、しかも被害者の
7割は生きて帰れないそうだ。しかもこの映画では卑劣な誘拐に警察、
しかもよりによって誘拐を扱う部署が関与しているという絶望的状況。

ピタが誘拐された時、その場にいたのは非番の警官で、クィーシーは
それを怪しんで発砲した。その隙に別の実行犯が車で彼女をさらい、
1000万ドルを要求。弁護士と父が500万ドルずつに分けた金を受け渡し
場所に持っていったのだが、途中で金が強奪され、犯人の甥が死ぬ。
犯人は当然怒り、ピタを殺すと告げたまま連絡が途絶えてしまう。

この時の状況もわかりにくいんだよねぇ…カメラワークが悪すぎる。
クィーシーは警察の暗部を暴きたいと意気込む女記者の協力を得て、
まずは下っ端から取り調べるんだけど、指は吹っ飛ばすわクラブは
燃やすわケツに爆弾入れて爆発させるわもう悪鬼羅刹のごとく。

この事件は結局、弁護士の甘言に乗せられて父が起こした狂言誘拐なんだけど、
誘拐担当の刑事が金を横取りしたことで計画に狂いが生じ、ピタは殺されて
しまった。しかも強奪された金自体、すでに弁護士が250万しか入れてない
ダブル・スティールが行われていた、という事らしい。父は弁護士を殺し、
妻にも真実を話した挙句自殺。ところが金を受け取れなかった真犯人を
追い詰めてみたら、なんと人質、つまりピタはまだ生きているという。

彼女と交換されるのは犯人の弟とクィーシーの命。
犯人もクィーシーの執念に恐れをなしたのか意外にもおとなしく彼女を帰し、
すでに犯人の弟を追っている際に致命傷を負っていたクィーシーは彼女の
無事を確認した上で犯人の元へ向かう。そしてピタがくれた「希望を失った
者の聖人ユダ」のペンダントを握り、満足げな表情で事切れてしまう…

その後も真犯人が結局逮捕前に射殺され、結局皆死んじゃったよねという
後味のよくない物語だったけど、あのままピタが死んじゃって終わりでも
それはそれで悪くなかったかな。どうせなら最後まで絶望って感じでもさ。

デンゼル・ワシントンが悲壮な想いを抱きながらも淡々と復讐に燃える殺し屋を
演じるのは珍しい。なんせロケットランチャーで車を吹っ飛ばしてたからね。
ダコタ・ファニングの疲労と恐怖で真っ白な顔を見たら、「ああ、そんなに
走ったら呼吸が苦しくなる」と思ってしまった「コール」とごっちゃになっとるわ

(20010/1/17 放映)
ミスト1/17(日)

「衝撃のラスト15分!」という触れ込みだったが、その「衝撃」を
盛り上げようとするあまり、BGM、スローモーション、無言シーン…
と続き、短気な私をイラッ!とさせる演出が気になった。

実際は「衝撃」というよりは「絶望」。
そして明らかにされた大どんでん返しには主人公のように雄叫びをあげるほか
ない。救助され、避難する人々の中に冒頭の彼女を見つけた時の絶望感はない。
方向から考えればあのスーパー・マーケットの人たちも助かった確率が高い。
というかあのラストでは恐らく助かっているだろう。もしかしたら隣人たちが
救助を呼びに行ったのが成功したのかもしれない。霧の中で迷い、結局車まで
たどり着けずに置いてきぼりにされたマネージャーが最もラッキーな人かも…

折れた木が窓ガラスを割るほどの嵐が過ぎ去った翌日、主人公は息子と
偏屈な隣人を連れてスーパーに買い物に行く。しかし買い物中に、街は
突然深い霧に包まれ、やがて血を流しながら飛び込んできた老人が叫ぶ。

「霧の中に何かがいる」

ダラボン×キングという組合せ再び。
しかし今回は元になるのが感動物語ではなく、キングの真骨頂であるホラー。
シャッターを開けた時や薬局に到達した時など、もー、ビビってないで早く
シャッターを閉めろ、戦おうとなんかしないで早く逃げろとイライラしたが、
これも演出といわれると仕方がない。恐らくこの作品はホラーテイストより
閉鎖状態に置かれた人間の「真の姿」「エゴ」「助け合い」「恐怖と信仰」
などを細やかに描き出し、二重にゾッとさせるのが狙いだと思うからだ。

まぁそれを狙うにしても実際のホラーシーンはもうちょっとゾッとさせて
欲しかったけど…虫型とかコウモリ人間型とか多すぎるよ…触手や角が
ついた6本足のデカいヤツだけなら、デカすぎるゆえに逃げられる確率も
上がるが、小さいのはアカンて…「HAKAISYA」もそうだったけど、むしろ
小さくてはしこいヤツの方が厄介なんだって…しかも猛毒とかアカンて…

初めは誰にも相手にされてなかった狂信者が、目の前で起きる惨劇を
眼にすればするほど信者を増やし、やがて主人公が予見したように
生贄を差し出せと言い出す。このもう理論や理屈ではどうにもならない
異常な熱気は本当に恐ろしい。初めに同じように主人公たちと対立した
弁護士の隣人一派の方がよほど理性的かつ話し合いで理解しあえそうだ。

狂信者は手に負えない。私たち日本人は運のいいことに宗教にはさほど
左右されない教育を受けているけど、極限状態でおつむがアポーンしたら
やっぱりああいう輩に扇動されてしまうのかな。流されやすい事は事実だし。
また悪い事に主人公側がやる事やる事ことごとく裏目っちゃってたしね。
(トロいわ無防備だわ…あんなに大勢でゾロゾロ行かず精鋭部隊にしろよ!)
演出とはいえあそこまで叩き落すかとフィクションゆえに思う。

大体さー、仕事もせずにいらぬことをベラベラ喋る口しか動かしてない
狂信女は早いうちに奥の事務所やロッカー室にでも「特別待遇」として
閉じ込めて置けばよかったんだよ。ここなら安全だし、仕事もしなくて
いいですから、とかなんとかチヤホヤして軟禁しとけばよかったんだよ。

霧の中の怪物の正体が異次元の扉を越えてやってきた異次元生物という
ぶっ飛び設定にはちょっとビックリした。軍が絡んでるような描写が
あったので、彼らの生物兵器実験の失敗とかそんなんかと思ってた。

あー、でもなー…ホント、主人公は気の毒に。
あそこに残ってても仕方がないし、むしろ軍人が魔女狩りのように殺された
哀れな姿を見れば、脱出したことも、彼女を殺したことも間違いではない。

銃を持っていたからこそ、ガソリンが切れた時、観念して自殺をしたのも
選択としてはアリだったとは思う。でも「ガソリン切れた → 即自決」は
いくらなんでも諦めが早すぎるんじゃないかとは思った。ガス欠になる前に
ガソリンスタンドで素早く補給するとか、動きそうな車に乗り換えるとか
何かしら方法はあったんじゃないかと思ったり、密閉性の高そうな建物に
避難するとか…でもそれまでの経過がことごとく失敗ばかりだったので
主人公たちとしては道がふさがれちゃってるんだよね。それもわかる。

大体食料や水を運び込めなかったので、当然車に篭城もできなかった
だろうからなぁ…でもあれ、トイレどうしてたんだろう…?やけに現実的に

後味は悪いけど、こういう終わりもありだよなぁと思わせる。
そしてハッピーエンドじゃない映画ほど、「ならば自分だったらあの場面で
どうしただろう?」と考える。どんな選択をすればよかったのか…自分は
皆のように流されずに、最後まで理性的で正しい判断ができるだろうか…

疑心暗鬼の物語の後に、そんな自問自答をさせることができたとしたら、
この映画の理不尽なラストも成功だったといえるんじゃないだろうか。

(2009/11/28 放映)
アンダーワールド1/16(土)

吸血鬼VS狼男の長きに渡る戦いを描いたモンスター・アクション。
舞台は現代?なのかどうかはえらいクラシックな車や列車が出るのでイマイチ
わからないのだけど、武器は進化していて、液体化した硝酸銀を狼男の体に
撃ち込むと血液と混ざって変身できないとか、吸血鬼には紫外線銃とか、
なんだかえらいハイテク仕様のバンバンバトルが繰り広げられている。

6世紀前に狼男「ライカン」族のリーダーであるルシアンという人物を、
吸血鬼族の現在のリーダー・クレイヴンが倒したため、ライカンはもはや
絶滅寸前らしい。ところがそのライカンが1人の人間を執拗に追っている。

実は彼こそがヴァンパイアとライカン両者の血を混在させる事ができる
奇跡のハイブリッドDNAを持っているのだとか。ルシアンがなぜその血を
欲するのか。その理由はルシアンがかつて吸血鬼の娘を愛したことにある。

二つの種族(ことにライカンはもともと吸血鬼の奴隷という下級種族)の
混血を許さなかったのは、吸血鬼の長老にして最強の戦士ビクターだった。
彼は自らの娘であるソーニャに太陽光での死刑を命じ、目の前で彼女の死を
見せられたルシアンは復讐鬼と化したという事らしい。セリーンいわく
「二種族の戦いが始まった理由」を知ろうとするのはご法度だそうだが、
そらー知られたくないでしょうさ。自分、すんませんでした的理由じゃね。

やがて完全にライカンとなったマイケルを硝酸銀の弾丸が襲う。
死にかける彼を前に戸惑うセリーンに、血を与えるよう命ずるルシアン。
しかし狼男に吸血鬼の血を与えれば死に至るはず…しかし彼はそうはならず、
狼男でも吸血鬼でもなく、どちらでもあるハイブリッド種に生まれ変わって
ビクターと対決する。まぁビクターが実はセリーンの家族を殺してたという
設定まで必要だったかどうかはわからないんだけど…蛇足だった気もするし。

バトルはバンバンだけでなくボカスカも結構入ってて、時にはビシバシとか
ゲシゲシもあってそれなりにバラエティに富んでいた。最後まで何も知らずに
戦ってる下っ端の吸血鬼や狼男には「この戦いは舅と婿の不仲が原因なんだよ」
と教えてあげたいくらいだったが、同族、しかも「最強の長老」殺しの汚名を
着たセリーンとマイケルは今後両者から狙われる逃亡者となるらしく、しかも
次に目覚めるはずの最後の長老は、あっけなく殺された長老アメリアでも
最強の長老ビクターでもない、ライカンの血を飲んで目覚める事になる…

とまぁ、あからさまな「続編がありますからお楽しみに!」的な終わりだった。
でも最初はちょっと退屈かなぁ…と思ったものの、特異なDNAを持つマイケルの
存在や戦いの理由が明らかになっていくにつれて物語が面白くなっていったよ。

マイケルのリボーン時、何かのギャグ漫画やコントだったら「ライカンの弱点
(硝酸銀)とヴァンパイアの弱点(紫外線)を併せ持つ最強ハイブリッド!」
「いや、それ最弱じゃねーか」というボケとツッコミが入りそうだと思った。
続編はいつ放映になるかわからないけど結構楽しみかも。

(2010/1/13 放映)
最終絶叫計画1/16(土)

おバカ丸出しのホラーパロディ。
殺人犯の死神マスクやストーリーやキャラなど、大元になるのは「スクリーム」
なんだけど、他にも「ラストサマー」やエロカップルは真っ先に殺される法則を
世界に広めた「13日の金曜日」、同じ時期に公開されて話題を振りまいていた
「マトリックス」、他にも「ブレアウィッチ」や「タイタニック」など数々の
パロディが登場し、時に鋭く、時にお下品なツッコミやパロディがてんこ盛り。
高校生といいながら30近い俳優が演ってんだよな〜とか、製作陣も玉砕覚悟。

「『スクリーム』にストーリーなんかあったか?」
と言っちゃうように、この映画にストーリーなんかないのでレビューをしろと
言われても困ってしまうのだが、まぁ…アホらしくて笑えたので楽しかった。
「スクリーム」自体が「ホラー映画で生き残るには」を体現するパロディ色が
強かったけど、それをもっとストレートに出すのもギャグらしく小気味いい。
映画館でギャーギャー騒ぐ女を殺すシーンは、ホラーというより「うんうん、
あるある」だと思ったけど。あと鼻水ジョバーッには思わず吹いたわ。

シモネタがか〜な〜りキツいので、そういうのはイヤな人には向かない。
モザイクなしのチンコ(もちろん模型だが)がモロに出たり(しかもそれが
凶器になったり)、フィニッシュが「噴水か!」とツッコむ勢いだったり。

色々な映画を見ている人ほどバカバカしさに爆笑できるであろう映画。
私はまだ見てない映画(「ユージュアル・サスペクツ」など)も多いので、
今後もさらに精進いたします。(同じ映画ばっかやってないで頼むよ!)

(2010/1/16 放映)
マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋1/14(木)

えええええ…

なんだろう、けったいな映画だった。何が言いたいのかよくわからない。

映像は現実的でありながら幻想的、おもちゃ屋で楽しそうに遊ぶ子供たちや
スネたりイジけたりするオモチャたちもほのぼのして可愛いし、変に擬人化
してないのもよかった。よかったんだけど……………内容がまったくない。

主人公のマホーニーはピアニストになる夢を捨てきれず、けれど残念ながら
きらめく才能は見当たらず、不思議なおもちゃ屋で働いている。変わり者で
同年代の友達ができない帽子コレクターのエリックはこのお店に入り浸り、
おじさんが雇ったアカウンタント(会計士+ミュータント)のヘンリーは
「いつも肝心なところを見逃す」超現実的な男性。そして彼らの中心には
つい最近243歳になった不思議な「マゴリアムおじさん」が存在した…

でもこうして書き出せば、マホーニーがピアニストではないけど何か別の
自分の人生を輝かせるものに出会う(気づく)のかもとか、エリックが
同じ年頃の子と友達になれるのかなとか、ヘンリーが変わり者の彼らと
出会ったことでお堅い人生を柔らかくするとか…ありそうと思うでしょ?

ない。

そんなものは全くない。存在しない。皆無。

ダスティン・ホフマンが子供みたいに無邪気なマゴリアムおじさんを楽しそうに
演じているのはいいんだけど、そういう話には全く繋がらない。おじさんは
引退を考えてマホーニーに店を譲ると宣言し、それを必死に止めようとする
マホーニーとの最後の日は悪くなかったのだが、魔法を使えない上に自分が
昔思い描いた夢とは違う道を進むことに疑問があるマホーニーは、なんと
店を売りに出してしまうのだ!!えええええ!?そんなドライな行動あり?

あんなにおじさん行かないでと悲しんでたのに、おじさんが愛した店を
見も知らない他人にポンと売っちゃう気なの!?もうね、ビックリした。
情の在り処が違うんだろうね…エリックの怒りはごもっともだと思うもん。

最後はなぜかマホーニーに魔法が使えるようになり(「なんで?」とは
訊ねないでくれ…私にもわからんのだ)、なし崩しに店を再開する?
みたいな形でいきなりエンド。そもそも彼女の悩みはなんだったの?
ピアニストになりたいのになれない自分への焦りなの?単に魔法が
使えないから店なんかもらってもできないという現実論だったの?

エリックとヘンリーがガラス越しに筆談で会話をしたり、エリックの家で
演劇ごっこをしたりするのも結構楽しいシーンだったんだけど、これを
きっかけにヘンリーが変わるとか、エリックも同年代の子に話しかける
勇気を持つとかいう「優等生的」展開も一切なし。だから全部無駄。

ホント、変な映画だったなぁ…私にはよくわからなかった。

(2010/1/13 放映)
気球の8人1/13(水)

東西冷戦真っ只中の東ベルリンに住む二つの家族が、手作りの気球で
真夜中に国境線を越え、西ドイツにたどり着いた実話に基づく物語。

自由な撮影ができなかったのでいつも同じ角度の写真しか見られなかった
人気の全くないブランデンブルク門、ちゃちなトラバント、商品のない店…
当時の我々には窺い知れなかった東側がフィクションの中で描き出される。

事の発端は体制に不満を持って署名活動をしていた隣家の息子が国境を
越えようとして射殺されたこと。ピーターは管理され、常に見張られる
社会での子供たちの未来を憂い、自由社会への逃亡を心に決める。

しかし地雷が埋め込まれ、厳しい監視がなされている陸路での脱出は危険。
ならば上空を飛び越えてしまえと考えついたのが気球を作ることだった。

大きな布をいっぺんに買ったりするから足がつくんじゃないかとヒヤヒヤ。
バーナーで膨らませようとして何回も失敗したり、とにかく素人がやること
なので全てが手探り。若い奥さんが失敗を恐れて一抜けするのも無理はない。

当局の目を盗みながら気球を縫い合わせ、燃やしかけたりガスが切れたりと
何度も失敗した挙句、ついに気球が完成する。ピーターたち4人は荷物を持ち、
計画を決行したのだけど、霧による湿気でバーナーが消え、森に不時着。
しかし悲しいかなそこはまだ東ドイツの国境内だった…

飛び立ったのがずいぶん早いなとは思ったけど、まさか一回失敗するとは。
そこからは歩いて脱出するの?と思ったら、警戒網の中ということもあり、
そのまま帰ったのもちょっとビックリ。ほんのわずか足りなかった距離。
落ち込むお父さんだけど、子供たちはポジティブで、僕たちを飛ばした
お父さんはすごいと絶賛。確かに初めてなのにケガもなく飛んだもんね。

再びやる気を取り戻したお父さんは、捕まる前に逃げろと再び気球作りに
励み始める。無事に飛んだと知った若い夫婦は、ちゃっかり次の便には
乗せてもらうつもりで協力することに。以前のように大きな布をどっさり
買うと彼らを捜索している当局にばれるので、少しずつ少しずつ買い、
毎日毎日ミシンがけ。車も変えて結構の日を待つピーターたち8人。

ところが今度は前と違って「気球で国境を越えようとしているヤツがいる」と
当局も知ってるわけだから、こちらも反逆者は逃さんと大捜索が行われている。
後半は特にこの紙一重の追撃とヒラリと身をかわすように逃げていく家族の
姿がドキドキものだ。若い夫婦が睡眠薬を飲ませると言ってたガキが結局
起きてたのは納得いかん。飛び立つ時に気球に火がついたり、バーナーの
調子が悪かったり、縫製が悪くて破けてきたり…ヘリの追撃や予想墜落
地点で待ち構える軍にハラハラしつつ、気球はついに平地へと着地する。

「…ここは西ドイツ?」「…?もちろんそうだ…」

いや〜、実話なんだから成功するとわかってたとか、あと10年待てば
ベルリンの壁が崩壊したのにとか、冷静になれば考えるけど、やっぱね、
これだけの困難と命の危険がありながら、最後まであきらめずにムチャに
挑んだ彼ら、特にお父さんが偉い。もちろん一歩間違えば大事故だけど、
それを顧みずに挑むだけの価値があったんだろう、「自由」というのは。

こんな実話があることも、映画があることも知らなかったし、ケーブルの
予告で見てなんとなく面白そうと思って見ただけだが、なかなか楽しめた。
ただ大きな欠点は登場人物が全員英語を喋ることだろう。ドイツ語にせーよ。

(2010/1/11 放映)
LIMIT OF LOVE 海猿1/12(火)

前作とつながんねー…

ドラマを見てないと全然わからないということに気づいたのは大分経ってから。
「海猿」では「おまえ」「アンタ」としか呼び合ってなかった二人がどうやら
結婚する直前となっているらしいのはともかく、佐藤隆太や時任三郎が仙崎と
どんな関係なのかよくわからない。知りたいと思うほどの話でもなかったけど。

一作目は見慣れない訓練風景など目新しさもあってまぁまぁ楽しめたが、
今作は正直だれた。飽きてしまって途中からは床掃除しながら見てた。
潜水士になったのに潜水はほとんどしないで、船の中を走り回ったり
上ったりしてた。唯一息を止める「1分30秒」のシーンが一番緊張した。
私も息を止めてみたけど、何もしないならまだしも、引っ張られてるとは
いえ水の中を移動しながらなんて無理無理。絶対すぐ酸素欠乏しちゃうよ。

ところで今回も若い女の扱いにはムカつくことばかり。
さほど年の変わらない仙崎が「おばさん」と呼ぶのはホンットに失礼だと
思う大塚寧々はいい役だったが、加藤あいは相変わらずサイッテーのKYで、
救助中の仙崎に甘ったれたことを抜かしたり、マスコミの前で要救助者が
残っているとペラペラ喋ってしまったり、指令本部まで入りこんだり…
時任が「よく、最後まであいつを信じましたね」とか言ってたけど、アイツ
「ウソーッ」と叫んで一番最初に泣き崩れたよな?あれで信じてたのか?
あと鹿児島テレビの女ね。何が「報道やっててよかった」だ。アホが。

この映画、飽きた原因は何かなと思ったら、やっぱり主人公がいつも
絶体絶命のピンチにいるとはいえ、ほとんど動かなかったことだと思う。
海難映画といえばのポセイドン・アドベンチャーは、脱出口を目指して
皆が最後まで船内を移動し続けたからこそ面白かったんだと思うんだよね。
救難救命士の姿を見せるなら主人公とは別に彼らを救出しようとする連中が
動いててもよかったと思う、司令部だけじゃなくてさ。トッキューを出せば
仙崎が次はトッキューを目指す、って流れにもできたかもしれないじゃん。

閉じ込められた部屋で会話しててもねぇ…まぁどちらもキャラクターが
しっかりできていた大塚と吹越の会話はすごく面白かったんだけどね。
「海猿」としての見せ場はといわれると金はかかってるけどイマイチ…
という感じ。ピンチ→チャンス→窮地→成功!もベタ過ぎて気恥ずかしい。

羽住英一郎って「踊る大捜査線」あがりらしいけど、「逆境ナイン」は
クソつまらなさに挫折、「銀色のシーズン」もクソつまらなくて挫折。
「おっぱいバレー」も雲行きが怪しいと思っていたが、この分では…

とりあえず、あんな絶体絶命の土壇場でバカな事(プロポーズ)をし始めた
ヤツの電話なんか即切るね、私は。ホント、命がけで何かをするって時に
よくまぁ同時進行できるよ。私には絶対できんわ。それに集中したいもん。

(2010/1/11 放映)
海猿 ウミザル1/12(火)

原作はナナメ読み。しかし全く別物に仕上がっていることくらいわかる。

潜水士を希望する各管区の選りすぐりが50日間の地獄のもう特訓を受け、
仲間との絆、挫折と苦悩、再び立ち上がり新たな未来へ歩き出す姿を描く。
「愛と青春の旅立ち」タイプの映画はそれだけでドラマになりやすいが、
見ているこちらはその訓練面のハードさと、男同士のバカ騒ぎを見せて
くれれば十分だと思うのに、なぜか必ず女を絡めてくるのが困る。

しかもこの監督、年老いた女(杏子)にはまぁまぁ花を持たせるが、
若い女がこれまた死ぬほどムカつくバカばっかときてる。

加藤あいがバカだというわけではないが、女優として一流というわけでも
華があるというタイプでもないので、こういうアホ女をやらせると虫唾が
走るほどのバカになってしまって見てて困る。監督は女をバカにし過ぎ。

母親の看病をしに仕事をほっぽって戻ってきたはいいが、仕事ができないので
イライライライラしている。とはいえ母親は入院中なので、別に生活する上で
世話や看病が必要なわけではなく、友達と飲み歩き、ベロンベロンに酔って
男をホテルに誘うヒマはある。海猿と合コンするヒマもあるし、潜りに行く
ヒマもたっぷりある。母親のそばにいてあげなさいとわざわざ送り出して
くれた編集長から、ついには「限度がある」とクビを切られて当然だろ。

プールでの救助訓練とか、錘を持って立ち泳ぎとか、ボンベを担いでの
ランニングとか、訓練風景はとても楽しい。それに仙崎を取り巻くキャラも
皆結構魅力的に描けていて、正直、彼らの訓練風景だけを面白おかしく見せて
くれるだけならいい映画といえたと思う。彼女とのからみも、たとえば坂道を
不自由な足で登ろうとしていた二人を彼らが助けるとか、いくらでももっと
ましな出会いの演出はできたと思う。女日照りの男たちなら町ではしゃいで
ハメを外すのが当たり前とはわかるよ。わかるけど、フィクションとしては
もうちょいヒネろうや。何でこんなヤツが選ばれて来てるんだと思うほど
ホントにひどい落ちこぼれの工藤も、「おまえはそんなこと(恋愛)してる
ヒマないだろ!」と思う。「ごめん」とか言う暇があったら努力しろボケ。
(私は絶対三島タイプなんだろうな。しかもあんなに優秀じゃないんだな)

ある日、その工藤が溺れた人を救助しようとして死んでしまう。
思いがけない形でバディを失った仙崎は落ち込み、訓練中にパニックを
起こし、ついには潜水士どころか海保を辞めようかとまで考え始める。

二度と潜れない体になり、相棒を失った傷を抱え続ける教官のエピソードや、
彼が優秀な先崎と落ちこぼれの工藤を敢えて組ませることでバディ同士の
信頼関係や絆を学ばせようとしたのも悪くない。ラスト、三島を見捨てず、
最後までボンベの空気を分け合った仙崎は教官とは違う答えを選んだ。

ま、一歩間違えば死んでたけどね、間違いなく。

命を預かる公務員があんな命令無視ができるわけないし、そもそも事故自体も
綿密な現地調査が足りなかったのではと問われ、お咎めなしとは行かないはず。
このあたりはフィクション的演出なので「訓練でした!」でもいいんだけどさ、
監察官がボソッとツッコんだように、莫大な金がかかったはずだよね、あれ。

日本全国をあきれさせた「玄倉川事故」を再現するかのようなあぽーんな
シーンもあったけど、危険地帯でのキャンプとか、進入禁止の場所で海釣り
するおっさんとか、今だってこんな連中はゴマンといるに違いないよ。

ちなみにこの映画で一番よかったのは間違いなく主題歌(往年の名曲)だと思うよ。

(2010/1/11 放映)
ワイルド・バレット1/11(月)

これは面白かった。
一丁の拳銃を巡って、わずか18時間という限られた中で起きる数々の事件。
その二転三転ぶりが突拍子なくて、何がどう転ぶのかさっぱりわからない。
子供が絡んでるので命の危険に晒したくない、彼を助けようとする尽くす
主人公夫妻を応援したくなり、かといって主人公も命の危機に晒されている。

マフィアの下っ端として、ボスのドラ息子の銃を始末する役割を仰せつかった
ジョーイだが、隠したはずのその銃を隣に住む息子ニッキーの友人オレグに
奪われてしまう。オレグは日々、自分と母に暴力を振るう母の結婚相手の
アンゾを撃つ。ところがアンゾはロシアン・マフィア、ユゴルスキーの甥。

ユゴルスキーは甥を撃った子供を捕らえようとし、銃の持ち主のトミーは
ジョーイが銃を始末しなかったと思い、トミーが撃った警官隊を組織した
汚職警官はジョーイの失態のせいにして露・伊双方のマフィアから利益を
引き出そうとしている。それぞれの利害が絡む中でジョーイは息子の友人を
救うため、自分と家族を守るために夜の街を駆け回る…というアクション・
サスペンス。クライマックスまではスピード感があって本当に面白いのだ。

アンゾを撃ったオレグは逃げ出して、街で娼婦を叩きのめしていた
ポン引きから成り行きで彼女を救う。二人が向かったファミレスには
ジョーイとニッキーがトミーたちと合流しており、二人はそこで銃を
トイレに隠すことにする。それを聞いたジョーイが店に取って返しても
銃はもはやそこにはなくて…というように、一難去ってもいなのにまた
一難が起きて畳み掛けるから、ジョーイのテンパリぶりはハンパない。

しかし一番面白く、一番恐ろしかったのは実はファミレスで娼婦とはぐれた
オレグが、ひょんなことから殺人鬼夫婦の元に転がり込んでしまったこと。
猫なで声で優しく笑顔を向ける二人はオレグ以外に子供を二人連れていて、
彼らの心をくすぐるような声で写真を撮る。DVを受けていたせいか、今現在
危機にあるせいか、観察力に長けるオレグは彼らを怪しみ、ジョーイの妻の
テレサに助けを求める。なんとか居場所を突き止めたテレサが彼らの家に
踏み込むと…という、この一連の流れだけで一本映画ができそうなくらい。
スピンオフが作られたら面白いかも。ホントに胸糞悪いんだけど。

この時テレサが取った行動がちょっと意外だった。いやホント、マジで。
もうひとつのサプライズは、椅子に座ったきりで食べ物をボロボロこぼし、
ジョーイに「こぼすなっ!」と怒鳴られていた父親はアメリカ人御用達の
アルツハイマーかと思ったらそうではなく、14歳の時、ジョーイが酒乱で
常にDVを振るう彼をバットでめちゃめちゃに殴り倒した後遺症なのだとか…
(でも後々ジョーイの正体を聞くとこの話もホントかどうか怪しいよなぁ)

この後、ジョーイを捕らえたトミーが悪徳警官とつるんでいたサルを撃ち、
悪徳警官も携帯爆弾で始末。ボスはジョーイをユゴルスキーに引き渡して、
いよいよ絶体絶命の大ピンチ…という時に、オレグの母が言ったように、
実は変に仁義に厚いジョン・ウェインかぶれのアンゾはオレグの命を救う。
(その後自分の伯父貴に撃たれて絶命しちゃうわけですがね)

そしてジョーイは「ボスの命令で麻薬の製造をやってるユゴルスキーを
潰すため、アンゾを撃てと子供に銃を渡した。銃はトミーからもらった」
と嘘の証言を始めてスケートリンクは血の海に。俺は警官だと寝言を言う
ジョーイに笑っていたら、なんとこの人本物の警官だった。えええええ!?

そうなんだよね、あんなに導入→中盤→クライマックスと盛り上がったのに
この衝撃の展開があまりにも「!?」でビックリ。刑事って…納得でき〜ん!

銃撃戦が終わり、事件が落着して家に帰ろうとした瞬間、出会ったのは
なんと昨日のポン引き。銃を出すじじぃにジョーイはナイフで立ち向かい、
見事仕留めたものの自分も重傷を負ってしまう。そして冒頭、腹から血を
流すオレグを車に乗せるシーンへ続く。ここまで見て初めて、あの血は
オレグではなくジョーイの血だったことがわかるのだ。そして皮肉な事に
このポン引きが持っていた銃こそが彼らが血眼になって探し、オレグが
一晩中怖い目に合うことになり、多くの人の命を奪う「原因」だったのだ。

意識を失いかけ、もはや瀕死の状態でたどり着いた我が家では妻と息子が
待っていた。一方オレグの家では母親がガス自殺してしまうという展開に。

最後の最後まで結構どんでんどんでん返され、いくら私が転がされることが
好きでも、「ええ加減にせー!」と叫びたくなるくらいのジェットコースター
展開は面白かったけど、クライマックスからラストまでの超展開がなぁ…
ハッピーエンドだったとはいえ、あんな演出してたくせに!と思っちゃう。

やっぱ一番面白かったのは殺人鬼夫婦のトコだったなぁ。
EDでは「オレグの大冒険」風にアニメーションが流れるんだけど、このシーンは
優しげに近づく夫婦の影が悪魔そのものだったりして一番おっかなかったよ。

でも私は十分楽しめた映画だった。サスペンスの醍醐味は「この先一体
どうなるんだ?」と思わせる事で、それだけはホントに思わせてくれたよ。

(2010/1/10 放映)
歩いても 歩いても1/10(日)

見終わった後、このタイトルが単に「ブルーライト・ヨコハマの歌詞」という
ことだけではなく、彼らにとってどんな意味を持つのだろうか…と考える。

同世代より少し早く親を亡くした人が見ると、身につまされるかもしれない。
かなり早く亡くした人が見たら、主人公の息子(妻の連れ子)と似た感覚に
なるのかもしれない。逆に高齢になるまで一緒にいた人は、親を介護したか
しないかで感じ方が違うかもしれない。今は本当に価値観が多様化している。

優秀だった長男を水の事故で失った家族が集まるのは年に一回か二回。
元開業医でプライドが高く頑固な父と、長男を失った傷から立ち直れないまま
年老いた母、親と同居しようと考えている長女一家と、父と衝突して家には
寄り付かない次男一家…しかもこの次男、子持ちのやもめと再婚している上に
現在無職。父に反目して医者ではなく美術品修復師になったものの仕事がない。

樹木希林にYOUと、セリフなんだか自然な会話なんだかアドリブなんだかもう
わからないくらいフツーに会話しながら料理をしているシーンが続いたり、
孫を演じた子供たちも本当に自然な演技で見ていて思わず和んでしまう。

筋金入りの鉄オタとして「鉄子の旅」でナレーションまで務めた原田芳雄が
もうこんなおじいさんを演じる年になったのか。それにYOUの夫を演じたのは
高橋和也だったよ。男闘呼組だよ。「ロックだぜ!」のバンダナ野郎だZE。

優秀で器用な兄と比べられ、見劣りすることによる父との確執からどうしても
脱却できない息子を阿部寛が好演。この人はホント、懐かしの「いい男さん
いらっしゃい」で出てきた頃はただの一時のイロモノタレントと思ったけど、
その後ちゃんと努力を重ねて今の実力をつけた俳優さんだよね。偉いよ。

長男が死んだのは、海でおぼれている子供を救ったから。
息子を奪ったその子供を母は決して許そうとせず、やんわりと、毎年命日には
必ず線香をあげにくるよう促す。救ってもらった命のくせに、何の努力もせず、
ブクブク太って定職にも就けずブラブラしているその男を父はクズだと罵る。

自分のことを言われているようで胸を痛める阿部ちゃんは反論していたけど、
私はお父さんとお母さんの気持ちがよくわかるよ。彼が本当に立派に生きようと
思うならもっと努力するべきだ。でもどうせあの人は自分の世界に返ればきっと
「もういい加減カンベンして欲しいよ〜」とぼやいているのは一目瞭然なのだ。
彼は加害者じゃないんだから別にいいじゃないか…と思う人もいるだろうけど、
遺族の気持ちを推し量れるのなら、もっと立派に生きなきゃいけないよ。

とはいえこの時の樹木希林の恐ろしさはそんじょそこらのホラーに負けない。
蝶々を息子じゃないかと追いかける彼女も怖かったが、このシーンが一番怖い。
レコードをかけてさりげなく夫の浮気?を責めるシーンも不気味だったけど。

しかもところどころ差し挟まれる「残酷な優しさ」と、「他意のない悪意」が
そこここから攻撃してきて、他人との関係を極力避けて生きている私にすら
チクチクと痛い。互いを気遣いながらも刃となり、傷つけるつもりで言った
言葉が存外相手に届かなかったりと、結婚によって他人が混ざってしまった
「家族」の分離っぷりが、あまりにも居心地悪そうに見えてたまらない。

YOUも基本的には悪い人じゃないわけよ。むしろいい人なんだよ。大雑把だけど
優しいし家族のぎくしゃくしてしまう関係を和ませようと努力してもくれる。
親戚がたくさん集まると、こういう人って必ずいるもんね。基本血族であり、
嫁にも気を遣ってくれるけど、どこか抜けててちゃっかりしてるおばさん。

阿部ちゃんのお嫁さん、私の母曰く「人を不安にさせる」夏川結衣も一生懸命
「感じのいい嫁」「聞き分けのいい嫁」「物分りのいい嫁」を演じようとする。
でも息子のパジャマは買うのに孫のパジャマについては知らんぷりするとか、
やもめの自分をよく思っていない義父への少し置いた距離などが見え隠れする。
阿部ちゃんがいない時だけ、こっそり亡夫のことを息子と話すことなども…

サッカーを見に行こうかという父との話はかなえられず、息子の車に乗って
買い物に行きたかったという母の願いもかなわない。もしかしたら正月にも
帰らなかったかもしれない。夫婦二人ならまだしも、子供ができ、さらには
子供が大きくなってしまうと実家との縁は切れていく。今は家族の自立後に
「介護」で繋がるようになってしまって、介護疲れからギクシャクしたりね。

医者として目の前に立ちはだかっていた父があまりに危なっかしく歩くので
阿部ちゃんは携帯をいじるふりをしてそっと後ろに回り、見守ることにする。
医者という仕事に誇りを持っていた父が、具合が悪くなった近所の老人を
診てあげられないと断り、救急隊員に邪険にされている姿も目にしてしまう。
実家にいつの間にか手すりがあって親の老いを知るシーンは身にしみたわ…

私はこのタイトルに、歩いても歩いても「縮まらない距離」を感じた。
先を行く親との距離や、価値観の違う他人との距離がゼロになる事はない。
けれど傍にはいる。ベタベタしないけど、ぎりぎり見守れる範囲内にいる。
たまに近づいたり、いつもより離れたりしながらも、テリトリー内にいる。
間に合ったり間に合わなかったり…でもなくなったらそれはとても寂しい。

家族という「範囲」は、感覚や関係やその時によって広かったり狭かったり。
もはや父も母もいなくなった阿部ちゃんが、娘に母が言っていたことを聞かせる
シーンは、家族という単位が無事次の世代に引き継がれた証のようにも見えた。

(2010/1/10 放映)
リーグ・オブ・レジェンド 時空を超えた戦い1/10(日)

19世紀末、世界的に有名な物語の主人公たちが「リーグ(同盟)」を結成し、
世界を戦争に巻き込もうとする怪人ファントムに立ち向かう娯楽アクション。

ショーン・コネリーが「アフリカでは死なない」年老いた冒険家アランを演じ、
女吸血鬼、透明人間、ネモ船長(ノーチラス号付)、ジキル博士(ハルク…
ハイド付)、不老不死のドリアン・グレイが超人であり、そこにヤンキー諜報員
トム・ソーヤーが加わる。こんなトンデモ設定ならいくらでも話ができそうだ。

まだ自動車も戦車もなかった時代に、ファントムは超近代兵器を使って
様々な犯罪を犯し、それを見た各国が兵器を欲しがるように仕向ける
犯罪コンペティションを行っていた。各国は対策を練るためにベニスで
国際会議を開くことになるが、ファントムがそれを見逃すはずはなく、
盛大な祭の場としてベニスの街そのものを沈めてしまおうと企む。

ってか実際壊しまくったし。サン・マルコとかメチャクチャだったし。
それにトム・ソーヤーが自動車でベニスを縦横無尽に走り回ってたが、
ベニスは水路だらけで細い道も多いのであんなに走れるわけがない。

彼らを集めたのは「M」と呼ばれる謎の紳士なのだけど、このMこそが実は
モリアーティ教授その人であり、仮面の怪人ファントムであるというオチ。
裏切り者のドリアン・グレイはMが自分の肖像画を持っている事を知って
協力したが、自分でそれを見てしまうと急激に年老いて灰になってしまう。

透明人間で怪盗を名乗るスキナーは、スパイと疑われながらも仲間のために
潜入捜査や雪山を真っ裸で(服を着ると見えてしまうので。か、過酷だ…)
歩いて帰ってきたりしたが、最後はトム・ソーヤーを庇って炎上してしまう。
彼の活躍が一番すごかったのに顔が全くわからない…不憫だ、透明人間って。

ネモ船長の剣術が素晴らしく、いい人になっていったハイドはますますハルク。
Mとの対決で致命傷を負ったアランは命を落とし、Mを仕留めたのはトムだった。
古い世紀が終わり、新しい世紀が始まることを示唆して物語は終わるのだけど、
アフリカの大地に葬られたアランの墓土が怪しげな呪詛で動き…という意味深な
ラストで締め。設定は面白いけど、もうちょっと脚本を練ってもらいたいかな。

あとこの作品、「卑怯者のベルギー人め!」と言うシーンがあるんだけど、
イギリス人はベルギー人を嫌いなのかね?ポワロも大概フランス人以上に
胡散臭がられるし…「フランダースの犬」はイギリス人の偏見作品なのか?

(2010/1/9 放映)
ドッジボール1/10(日)

おバカ丸出しのスポーツ・コメディ。コメディというよりギャグの域だが、
今度こそ頭を空っぽにして楽しむにはうってつけで、しかも超短くて最高。

潰れかけたスポーツジムを救うため、このジムに通っている人生の落ちこぼれが
手を組んでドッジボール大会に出ることになる。ライバルは隣に立つ大人気の
スパルタ・ジム、ホワイト。かつてひどいメタボだった彼はマゾっ気を刺激して
肉体改造を施し、ジムを株式会社にまでしたやり手だが、イヤなヤツでもある。
特に80年代もビックリのレイヤーカットにピタパンなど、センスは最悪…

ドッジボールってこういうルールもあるんだというお勉強にもなる。
基本的に6人で1チームを結成し、それぞれが掛け声と共にセンターの
6個のボールを取り合う。そして相手チームのメンバーにぶつければ
相手はアウト。ぶつけようとしたボールを取られたら自分がアウト。
なおボールを取った場合はアウトになった仲間を1人復活させられる。
6人が全員生きていれば6個のボールが乱れ飛び、互いに1人しか
残らなければサドンデスで決着がつくのだとか。厳しいルールだ…

メンバーに借金返済のためにホワイトが依頼した銀行から派遣されてきた
ケイトを加え、6人の最初の相手はガールスカウト。素人もいいとこの
彼らは彼女たちにボロ負けするが、ドーピングが発覚(腕毛モサモサの
娘が1人…)して地区優勝を勝ち取り、かつ今は車椅子になったかつての
名選手・オフリーハンをコーチに迎えて決勝に向けての特訓が始まる。

コーチが看板の下敷きになって死んじゃったり、学園ラブコメやめちゃめちゃ
キモいロミジュリ、海賊かぶれの更生など、バカ映画はバカ映画なんだけど
ちょっと侮れないのが特別出演?の皆々様。「ナイトライダー」のデビッド・
ハッセルホフが写真で参加したり、チャック・ノリス、ツール・ド・フランスの
覇者ランス・アームストロングなどが出演。監督や主演のオトモダチなのか?

決勝戦では勝ったものの、実は前日、10万ドルでジムをホワイトに売っていた
ピーター。ところが自分たちの勝利に全額を賭けて見事50倍にしていたという
オチなので、これでホワイトのジムの株を買占めて支配者となったピーターは
ホワイトをクビにできるというなかなかの頭脳的ハッピー・エンドだった。

まぁ一番の衝撃(笑撃?)は、コーチにずっと「レズビアン」と侮辱されても
怒らないケイトは心が広いと思ってたら、実はホントにゲイだったことだけど。

(2010/1/9 放映)
エグゼクティブ・デシジョン1/9(土)

日本映画が続き、最終局面になると間延びするという演出にグッタリしたので
頭を空っぽにして見られるハリウッドの「ありえねー」設定と、アメリカ最強!
というお約束の「ワンパターン」映画でラクをしようと思ったら、内容が内容で
「これ、2001年以降は絶対作れないじゃん…」とニヤニヤし、当時のアメリカの
とるであろう道を国防省が何度も何度も連呼するので、「ユナイテッド93って
やっぱり撃墜されたんだろうな〜」と変に確信してしまったじゃないか!!

この作品、犯人はイスラム教徒。
乗っ取りの前にロンドンで警告の自爆テロ。
機内に仕掛けられたのはアメリカの東海岸の半分の人口を全滅に陥れる
サリン神経ガスを撒き散らす爆弾。当時はオウム事件からまだまだ日が浅かったもんねー
やたらセキュリティの甘いコクピット。ついでに扉も薄すぎ。

とまぁ、ホントに2001年以降は作っちゃいけない映画と成り果てている。

しかしこの映画で最も驚くのは実はそこではない。主役のカート・ラッセルは
情報部勤めの優男であり、肉体派ではない(途中、フックで吊るされている
とはいえ腕だけでワイヤーを手繰らねばならないシーンがあってハラハラ)

当然肉体派の仕事をすると思われたのは特殊部隊を指揮するスティーブン・
セガールなのだが、なんとこの隊長、ジャックされたジャンボに乗り移る際、
乱気流に巻き込まれ、ドッキングした機体の切り離し作業中に吹っ飛ばされて
しまうのだ!ええええ〜!?セガールもう死んだ!?という展開にビックリ。

超人セガールが死んでしまって「どうしよう」と途方に暮れるラッセル組。
残った隊員も、乱気流でボコボコにシェイクされて無線はないわ爆弾処理の
エキスパートは背骨を折るわ、とばっちりで残されてしまった技術者は戦闘
能力ゼロだわ(とはいえ残っていたら機体ごと粉々に吹っ飛ばされてたし、
こっちにいたおかげで爆弾の処理を行えたので彼が一番役に立ったのだが)
なんとも頼りない。しかし彼らはこの状況で爆弾を処理し、機体を無事に
着陸させ、人質を開放しなければならない。でないとF-14に撃墜される。

というわけで残った隊員は必死に爆弾を探し、機内の様子を探り始める。
ハル・ベリー演じるアテンダントの協力を得たり(殺された彼女は気の毒)
様子を見に来たコパイに口止めしたり、ハル・ベリーが保安官に軍人が
乗っていると知らせたり、とにかく多くの会話がささやき声で行われる。

交渉役を買って出た上院議員はあっけなく殺され、仲間が釈放されたのに
アルジェリアに帰らないのはなぜかと主犯のハッサンに詰め寄った仲間も
殺されてしまう。そもそもハッサンが要求した仲間の釈放自体が、合衆国
攻撃計画のための伏線だったというのは面白かったけどね。開放されても
攻撃はやめないぞと。そんなに慎重なくせに、なんであんなに反抗的な
ハル・ベリーをずっと働かせ続けたのかは疑問なんだけどね。殺すだろフツー

「空中でジャンボ機に乗り移る」と聞いて、すぐにイメージしたのは
「上から」だったので、下からいったのは予想外。でもよく考えたら
下からの方が確実だわね。最後は「単独飛行をしたことがない」カート・
ラッセルが操縦桿を握り、すんでのところで無事に着陸して一件落着。

しかし飛行機ってあんなに空洞だらけなんだ…そりゃ重量を少しでも
軽くするためには当然とはいえ…あんなにスカスカなんだ…そうかぁ…

(2010/1/8 放映)
壬生義士伝1/9(土)

狂言回しとして晩年の齋藤一が、新撰組時代を共にすごした吉村貫一郎の事を
回想していく物語。原作とは多少アレンジがしてあるようだが、これまでどの
作品を見てもハズレばかりだった浅田次郎作品にしてはまぁまぁ合格だった。

それは「おくりびと」で名を馳せた滝田洋二郎監督の手腕も大きいと思うが、
とはいえその演出には日本映画の最たる欠点である「長回し」や「無駄な
『間』のシーン」、そして恐らくはこれがこの作品のもっとも重要な点で
あるとわかりながらも、延々10分以上続く中井貴一の辞世のモノローグは
「長いわ〜っ!」と苛立ちを隠せなかった。短気な私にチンタラは無理!

でも2時間くらいまではトントン進むテンポも悪くなかったし(むしろドラマで
史実はこうだとか延々やられるより、サクサクと進んで見やすかったくらいだ)
比類なき剣術の使い手だった吉村をはじめ、新選組をそれらしく見せる派手な
殺陣も見所だったし、盛岡弁丸出しで人のよさそうな田舎侍を中井貴一が演じ、
存分に魅力を発揮していてよかったと思う。記者の取材ではなく、新撰組の
生き残りである齋藤一の回想というアレンジも悪くなかったんじゃないかな。

それに吉村の幼馴染の大野を三宅裕司が演じていい味を出していた。
他に、2004年のNHK大河の「新選組」に出た役者が、役柄を別にして
出ていたので、混乱させてくれるのが楽しかったかも。堺が沖田て!

ところで大野千秋と貫一郎の妹みつの夫婦が最後に満州に渡るという設定は
オリジナルなんだろうか…これ、物語の流れ的に全く意味がわからんかった。

(2010/1/5 放映)
ピアノの森1/9(土)

一色まこと作品のアニメ映画。
森に捨てられたピアノを弾いて育った少年・カイは、幼い頃からピアニストを
目指す雨宮と出会い、さらにはかつての名ピアニストで今は音楽教師の阿字野に
師事することになる。やがてなりゆきで出ることになったピアノコンクールで
絶賛を受けるも、彼の自由すぎる奔放なピアノは「コンクール」の型に合わず、
あっけなく敗退してしまう。けれどピアノの楽しさはカイの中に深く根付き、
いつか雨宮や誉子と同じ舞台で戦う日がくるだろう…と思わせて終わる物語。
原作はまだ続いているらしいので、まぁこの落としどころが限界だろう。

同じ一色作品の「花田少年史」を手がけたマッドハウス制作なので、
作画もきれいだしピアノの演奏シーンなどの動きも全く問題ない。
音楽を題材にした作品ではアニメーションや実写作品ならではの強み、
つまり「音楽が実際に流れる」という効果もあり、よくできていたと思う。

むしろこの作品は声優がアイタタタだったり、逆に「すげー!」と思ったり。
とにかく主役の上戸彩は決して嫌いな女優ではないがカンベンして欲しかった。
キンキンキンキン高周波を出しっぱなしで、「うおおおお」なんて超棒読みで
叫ばれてもハラハラするばかり。雨宮を演じた神木隆之介は「皇帝ペンギン」
では声変わり前の幼い声で好演していたが、今回は細過ぎるわ低過ぎるわで
声に力がなさ過ぎた。そしてひっくり返ったのはなんといっても宮迫である。

低く落ち着いた声の阿字野の声を聞きながら「うえだゆうじ?でもうえだなら
声優にありがちな演技で『うえだです!』とアピールするよな」と思ってたら
まさかの宮迫だった。これにはダメ絶対音感があるゆえにビックリさせられた。

一色作品というのはサイバラ作品や内田春菊なんかが描くような社会の底辺、
どーしようもないような人間を好んで描く傾向があるので、ちょっと食傷気味。
反面セレブは「セレブにも悩みはある」みたいなステロタイプだったりしてね…

でもこれ、せっかく長く続いてるなら「花田少年史」同様、日テレ&マッドの
タッグでアニメ化すればよかったのに。最近日テレアニメもイマイチだしさ。

(2010/1/8 放映)
理由1/9(土)

宮部みゆきの直木賞受賞作だが未読。

大林宣彦の演出ということはけったいな映像手法がとられるだろうと思ったら
案の定変なカット割や、くどい二重三重の止め絵や、インタビュー中に背後に
まったく無駄な女の子ちゃんたちのわいわい(監督としては、背面では前面と
全く無関係な事象が行われていることで、キャラクターがインタビュー中は
「事件」という、「現実社会から隔絶された不可思議な状態」にいるのだと
演出してるつもりなんだろうね。けどバレバレなんだよ。しかもクドいっ!)
など、とにかくうんざりするような無駄なシーンが多くてイライラした。
特に後半はダメ。最悪。まさに日本映画の悪い点が浮き彫りになっている。

反面、前半の導入部は非常にすばらしかった。
ルポルタージュ形式でキャラクターたちにインタビューを重ね、当時の再現
ドラマとあわせて「一体何が起きたのか?」「誰が何人死んだのか?」が
まさしく「ミステリー」の真骨頂の形で描かれ抜くのだ。前半だけなら私も
「大林も悪くないじゃん」と感心したほどだ。スピード感もあり、謎めいた
演出もすぐれていたのだ。これは先が楽しみだと襟を正したほどである。

だからこそ中盤から後半にかけての間延びにはガッカリした。
まぁ多くの宮部作品そのものが、導入部から中盤までは結構面白いのに、
大体後半になると息切れ&ネタ切れを起こして失速をはじめ、最後は
「ああ、ふーん…そう…」とビミョーになるのと同じく、この作品も
「結局それ?…ふーん、なるほど」と冷め切って見終わることになった。

色々なネタが寄せ集まって不可思議な事件になったという構想はいいと思う。
はぐれ者が寄せ集まって生活していた「理由」というのも悪くないと思う。

でも事件が八代の意味不明の動機によるというのがガッカリもいいところだ。
現実には金に目がくらんだだけで殺人を犯すようなバカはいるだろうから
それもアリだとは思う。でもフィクションでそれはどうなのかと言いたい。

もう少しヒネればいいじゃん。大体八代というキャラの練りこみが足りないと
思うよ。女作ってガキこさえといて子供はいらない、でも金が欲しかったのは
女と子供のためって、なんなん?もともとそういう矛盾を抱えている男だった
というならまだしも、そんな描写もないじゃん。しかも最後はユーレイって…
バカじゃないの。大体何だよあのラストの演出。ホントにバカじゃないの!

競売や居座り屋+一家惨殺となれば、30年近く前の練馬区一家惨殺をヒントに
してるのかな。(先日民放で放映された「深紅」も録画する予定だったがミスってしまった)
占有屋として雇われた4人それぞれに「理由」があり、借金が払えず競売に
かけねばならなかった持ち主にも「理由」があり、落札者にも「理由」が
あった。そして八代が彼らを殺す「理由」…が弱い!弱すぎる!それまでは
非常に面白かったのに、この八代関係が全部ダメなんだもの。八代も八代の
ガキを生んだ綾子もダメ。事件の核となるこの二人にとにかく魅力がない。

狂言回しの岸辺一徳をはじめ、ものすごい数の役者が出てるんだけど、子役と
綾子役の俳優以外はみんなそれなりに味があってよかったと思うんだけどね。
(大林は昔から子役の使い方が下手クソで、すさまじい棒読みなんだよなー)

なんかもー、最初の1時間はホントに面白かったのにな。徐々に徐々に失速して
最後は「所詮日本映画」という作品になっちゃった。でも続けて見ようとした
同じ宮部作品の「模倣犯」など、物語は見られそうだったのにこちらは更に
アクの強い森田芳光の演出に耐えられず、30分でギブ&ブチギレ、即消去。

最後までちゃんと見られたこちらの大林作品はまだマシだったと思い知った。
冒頭の女子中学生が、嫌っていた自分の旅館のスリッパを履き、なんで雨も
降ってないのに傘を持って交番に現れたかも最後まで見ればよくわかったし。
(電話はツッコまないが、家電類がやたら古いのも彼のこだわりだろうね)

しかしバブル時代に建てられたマンションがロケ地のようだが、各戸に
門つきの玄関ポーチがあったり部屋がいくつもあったりするのは贅沢で
すごいのに、ベランダのちゃちさには笑ってしまった。なんだよあの雨の
吹き込みは!それに20階から覗いて下が見えたら危ないやろー(見上げて
24階に人影が見えても危ない)良質な物件ならちゃんとナナメってるもんだ。

(2010/1/4 放映)
ハンティング・パーティ1/8(金)

どの紹介文も、ちょっとバカにしたように「セルビア人の虐殺者をアメリカ人
ジャーナリストがコミカルに追っていく姿を描いた半社会派ドラマ」のように
書いているのだが、今も不透明なままのユーゴ問題は未だにノドにつかえた
魚の骨のようにいつまでもジクジクと傷口を腐らせているので、すんでの
ところでいつも助けが入ったり、最後に民間人の彼らが本当にフォックスを
捕らえてイスラム系の村の真ん中に放り出す物語にもさほど笑えなかった。

主人公は熱血戦場ジャーナリストのリチャード・ギア。
意図的に気が荒く、口汚い言葉を使い、尻まで見せてくれるのだが、
どうも彼はこういう役をやるには雰囲気が甘ったるすぎていかんよ。
その彼がある虐殺現場を取材中、生放送でアンカーマンに暴言を吐く。
以来ハントはすっかり落ちぶれ、長年彼のバディだったカメラマンの
ダックは呼び戻されて昇進し、NYでセレブな生活を手に入れる。

紛争が収まったボスニア・ヘルツェゴビナで5年ぶりにダックと再会した
ハントは、モスリムを虐殺した首謀者で逃亡犯のラドバン・カラジッチを
捕らえようと持ちかける。彼の首に懸かっている懸賞金は500万ドル。
それ以上に、ハントにはヤツを捕らえたいと願うだけの理由があった。

昔から黒海を挟み、強大な軍事国ロシアやオスマン・トルコが近い上に、
多岐に渡る民族間の紛争が絶えず、常に火種がくすぶり続けていることから
「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていたバルカン半島だが、90年代半ばから
紛争は終わったとはいえ現在に至るまでこの火薬庫は爆発しっぱなしである。

ユーゴの場所がわからなくてもチトー大統領の名前は知っているとか、第一次
大戦の引き金となったオーストリア皇太子夫妻を殺害したのがセルビア人の青年
だったなどの知識で知っている以外に、近年で一番この国の名が知れ渡ったのは
映画でも出た「サラエボ・オリンピック」だろう。当時はまだ今ほどジャンプに
失敗してコテンコテンとアホみたいに転びまくらなかったフィギュアスケートは
カルガリーで伊藤みどりという稀代の大根足が披露したジャンプ・スケートより
「芸術性」が評価される時代であり、絶頂期のカタリーナ・ビットが優勝した。
(現在のフィギュアスケートは別名「スッテンコロリンごめんね競技」である)

そのサラエボは地雷源となり、もはやスキーなどできない場所なのだとか。
街の壁にはすさまじいまでの弾痕が残り(ベイルートも弾痕は多かったが
あんなに生々しくたくさんはなかったなぁ)、民族同士の確執は決して
消えたわけではなく、モスリム同様、セルビア人も彼らに迫害を受けて
家族を失ったことを忘れられない。緊張感高まるこの国で、セルビア人が
守り崇める「神」たるフォックスを探そうというのだからそりゃ前途多難。

クロアチア人の闇商人に殺されかけたり、CIAの殺し屋と信じ込まれたり、
喫茶店やバーでセルビア人にからまれたり脅されながらも進展は早く、
彼らはわずか2日でフォックスに辿り着く。辿り着く…というよりは
ホテルで拉致られて拘束され、異常殺人鬼に殺されかけてたわけだが。

間一髪で彼らを救ってくれたのはなんとCIA。
けれど彼らを追い出そうとするCIAが、よく考えれば民間人が2日で
辿り着けた相手を逮捕することも足取りを掴むこともできないなんて
あり得ない…ボリスが言うように「国際社会」の暗黙の了解ってこと?

タイトルは、「常に50人の兵隊に身を守らせているフォックスも、狩りの時は
手下を連れて行かない」というベンの提案に基づく。人が多いと野生動物は
気配を察して逃げてしまい、狩りどころではないからだ。さすがハーバード!

囮の銃声で条件反射のように逃げ出した「古狐」を三方から追い詰め、ついに
捕獲。ハントは、彼が愛した女性を犯し、腹の中の彼の子共々五発の銃弾で
永遠に奪い去った相手に頭突きを食らわし、最後に彼女の村に放置する。

ところでこの映画、主役はハントに振り回されるダックの方なのかな?
ダックが地味すぎてあまり目立たないけど、それは狂言回しだからいいのかな?
(まぁ帰国直前、フォックスを捕まえよう!と言い出すのはもっともクールで
理性的で、もっとも常識的な彼だからこそ重みがあったとは思うけど)

内容的にあまり笑えなかったが、ラストだけはちょっと笑ってしまった。
映画の冒頭に、「この作品は、まさか!と思うことが真実」とテロップが
出たのだが、俳優の中に本物のジャーナリストが混ざっていたとか、CIAが
ほとんど黒に近いグレーであることがそれらしい。出てきた人物もほとんど
実在の人物なのだが、そのうち情報屋の女が「実は男」ということに吹いた。

(2010/1/6 放映)
皇帝ペンギン1/7(木)

「北極のナヌー」などでも思ったが、なぜ動物ものに擬人化ナレーションを
つけるのだろう?ただ状況を説明するナレーションがあればいいと思うのに。

進化の過程において、南極で「世界一過酷な子育て」をする道を
選択した世界最大のペンギン「コウテイペンギン」を描いた記録映画。
子ペンギンの可愛さは犯罪モノなのだが、それ以上に成鳥たちが素晴らしい。

彼らは大陸の真ん中にある繁殖地まで命を懸けて旅をし、相手を探す。
メスは2ヶ月もの間体内で卵を育み、オスは抱卵したままさらに2ヶ月間
絶食を続ける。ある時不器用なメスから不器用なオスへの卵の受け渡しが
失敗し、無力で哀れな卵はあっという間に南極の風で凍結して割れてしまう。

オスが卵を守る場所は吹きっさらしの大氷原。
風をさえぎるものもなく、足の下には氷しかない。長い長い時間をかけて
進化し、この過酷な環境に適した体をもってしても、強い生命力がなければ
耐え切れない。死んでしまうオス、転がり出てしまった卵が無残に散らばる。
「運」「体力」「経験」こそが生き残る手立てであり、そのうちのどれかが
欠けていた命は淘汰される。生物はそうして進化したのだから残酷ではない。

ヒョウアザラシに襲われて食べられる母ペンギン。それは父親と待っている
子ペンギンの命をも奪う。なぜなら父ペンギンは体力の限界まで我が子を抱き、
海に帰るためのギリギリの体力まで達したら、ヒナを放棄して旅立つからだ。

NHK番組やアニマル・プラネットなどのドキュメンタリー作品だと、コウテイ
ペンギンのペアリング、産卵、抱卵、孵化などの成功確率を示してくれそうな
ものだが、これにはそういった数値的なものはない。ヒナを失ったメスが別の
メスのヒナを奪い合ってヒナを踏み潰したり、強奪に成功してもその後なぜか
子育てを放棄し、どちらにしろヒナは死んでしまうとか、そういったことも
物語性として語られるに留まる。それが見たきゃちゃんとしたドキュメントを
見ろってことよね。ごもっともごもっとも。

とにかくもー、大きくなって大地に踏み出した子ペンギンたちは信じられない。
何この生き物は!一体どういうつもり!?とうひゃうひゃしてしまうほどだ。
先日見た「ハッピーフィート」でもあったが、コウテイペンギンには本当に
「保育園」なるものがあって、若鳥に守られながらわいわいと成長するのだ。

もふもふの生き物がもふもふと集まって皆でもふもふしている…

たまらんなぁ。

ペンギンのペアが「1シーズンに1回しかペアにならない」と聞いて驚いたが、
次のシーズンにはまた別の相手を探すのだとか(とはいえ同じペアになる事が
多いそうだが)苛酷な環境では片方が死ぬ確率も多く一夫一妻を保てない事が
あることと、ついでに種の維持のためには遺伝子の多様性が必要なんだろう。

オオトウゾクカモメに狙われたヒナたちにはハラハラ。
というか、恐ろしいハンターだと思ってたカモメも意外とすぐにはヒナを
捕まえられないんだなとちょっと驚いた。若鳥も必死で子ペンギンを集めて
頑張ってたけど、1羽のヒナが犠牲となり、その他の命は生きながらえた。

やがてオスもメスもヒナと別れ、それぞれ夏の海へ向かう。
ヒナたちもすっかり大きくなり、空を飛ぶ鳥が巣立ちの前に絶食して
体重を軽くするように、彼らもまた海に潜る前に絶食を始める。
柔らかくピヨピヨした羽毛は大人に近くなり、初めての海を怖がりもせず
次々と飛び込んでいく。これから4年間、彼らは少年期を過ごして大人になり、
冬が始まると繁殖地への長く厳しい旅を始める。彼らにとっては環境汚染も
温暖化もオゾン層の破壊も関係なく、ただ本能と遺伝子の命に従うだけだ。

私は昔から本当に動物が大好きである。(昆虫類は結構苦手なのだが)
人口哺育で人の手が入った動物ならまだしも、野生の生物を脅かすほど
近づきたいとか、音を出して気を引くとか、抱きたいなどとは思わない。
せいぜい彼らのテリトリー外からそっと見させてもらえれば十分である。
どんな動物も心からリスペクトしているからである。敬意を払いたいのだ。

ところで吹替え版は大沢たかお父さん、石田ひかり母さん、神木隆之介っ子
だったが、3人ともとても上手だった。特に石田ひかりは少なくとも姉より
上手だと思う。もしや「もののけ姫」は姉より妹の方が適任だったのでは?

(2010/1/5 放映)
僕の大事なコレクション1/6(水)

これはねー、この「コメディか?」と思わせる邦題にちょっと異議を唱えたい。

原題は「Everything Is Illuminated」で、最後にすべてが明かされたという
意味であり、本当にその通りで、少し重く苦しく、現代を生きていくためには
過去が欠かせないと感じさせる映画なのだ。万人受けするとは思えないけど、
以前BSで録画し損ね、半分くらいしか録画できていないから見られないのに、
諦めきれずに消さずにおいただけのことはあった(今回運良くケーブルで放映)

舞台はウクライナ。物語はアメリカに住むユダヤ人で、興味のあるものを何でも
持ち帰る収集癖を持つジョナサンが、かつて祖父を救ったアウグスチーナという
女性を探しにやってきたオデッサから始まる。そこで待っていたのはアメリカが
大好きな現代っ子アレックスと目が悪いと思い込んでいるユダヤ人嫌いの祖父。

アウグスチーナを探し、トラキムブロドという名の村を目指す3人と1匹。
ベジタリアンであり、ウクライナ人はチップの代わりにアメリカのタバコを
喜ぶものと思っているジョナサンとアレックスたちの溝はなかなか埋まらない。

けれど道に迷い、共に野宿をし、徐々に目的地に近づくにつれて、少しずつ
両者の距離が縮まっていく。過去やルーツを探すユダヤ人なんてバカみたいだと
思っていたアレックスが、ジョナサンが祖母から「ウクライナ人はユダヤを嫌い
ナチスが侵攻してきた時は喜んだくらいだ」と聞いたと知ると、驚いて祖父に
真実か?と尋ねるシーンなどは胸に詰まされる。その上で後にこのエピソードが
重要なスパイスになるのだ。この時アレックスは、自分の祖父ももしかしたら
ユダヤ人を迫害したウクライナ人の1人だったのではないか…と思ったからだ。

やがて辿り着いたトラキムブロドで、彼らは1人の女性と出会う。
彼女はアウグスチーナの姉であり、ジョナサンの祖父のこともよく知っていた。
彼女の家にはジョナサン同様、さまざまなものがコレクションされている。
中には「遺骨」も…彼女の村トラキムブロドは、1942年、ドイツ人によって
1000人以上のユダヤ人が虐殺され、完膚なきまでに破壊されたのだった。

1週間前にアメリカに向かったジョナサンの祖父は難を逃れ、妊娠していた
アウグスチーナは聖典につばを吐かなかった父への見せしめに殺された。
けれど物語にはもうひとつ劇的なラストが待っている。少し前から様子が
おかしかったアレックスの祖父もまたこの村の出身であり、運良く虐殺から
生還して信仰を捨てた元ユダヤ人だった。ユダヤ嫌いを自称しながらなぜか
ユダヤ人のガイドを務めてきたこと、ジョナサンの話に顔色が変わったのは
忘れようとして封印してきたあの虐殺の記憶が蘇ったからに他ならない。

最後に、祖父に「戦争はもう終わったの?」と尋ねる女性。
彼女が精神を病んでいるのは明らかで、車に「乗ったことがない」というのも
恐らくはそうではなく、「車に乗った時、恐ろしい目に遭った」からだろうと
推測できてしまう。女性の中でも、祖父の中でも戦争は終わっていないのだ。
彼らが未来に繋げた世代の誰かが、過去の彼らを探しに来てくれたことで
ようやく彼らの辛く苦しい過去が報われ、癒されていくということだろう。

翌日、祖父は浴槽の中で手首を切って自殺してしまう。
血に染まった赤い浴槽に浸かる老人の図はかなりショッキングではあるのだが、
アレックスは呟く。あんなに満足げな祖父の顔を見たことがなかった、と。

オデッサに戻った二人は、特に多くの言葉を交わすでもない。
もともと犬恐怖症だったジョナサンはサミー・デイビス・Jr.Jr.にキスをし、
アレックスに自分の祖父の形見の六芒星のペンダントを渡して帰っていく。

アレックスは彼の本当の故郷であるトラキムブロドに祖父を葬り、
彼がジョナサンからもらったブロド川の砂を墓土に混ぜる。
そしてこの旅の出来事を手紙にしたためる。
いつか誰かが自分を探しにきてくれた時のために…

コメディかと思うような変なタイトル、祖母の入れ歯や列車のトニックなど
なんでもコレクションしてしまうジョナサンの変人ぶり、父親にぶん殴られる
アメリカ大好きなミーハー男アレックス、盲人だと言いつつ車を運転する祖父、
盲導犬と称するまさに「ビッチ」なサミーに、初めはうるさいくらい変なBGMが
流れるので「なんなんだ」と思ってたのに、見終わってみればこんな戦争映画も
あるのか…と思わせるような、とても重いスラヴの悲劇が描かれていたという…

いや〜、これはやっぱ邦題に問題ありでしょう。
とはいえ「イルミネーション」じゃ「照明関係の映画?」と思われそうだ。
でも「解明」じゃ堅すぎてなんの映画だかわからんし…う〜ん、でもなぁ…

(2010/1/5 放映)
きみに読む物語1/5(火)

アルツハイマー病を患う女性に、ひとつの恋愛物語を読み聞かせる男性がいた。
それはある夏の日に出会った二人の男女の物語。社交界に出入りする裕福な
旧家のお嬢様と、木材置場で働く貧しい青年の恋愛は、障害が多いゆえか
激しく燃え上がり、彼女の両親の苦い顔を気にもせず楽しげに過ごす。

けれどやがて夏は終わり、少女と青年は立場と体裁に引き離されてしまう。
彼が365日書き続けた手紙は彼女の手に渡ることはなく、やがて戦争の影が
二人を覆っていく。戦地で彼は友を失い、彼女は新しい恋人に出会う。
(この時なぜアリーからアクションしなかったのかは不明…アプローチは
男性から、というのが主流の時代だったからと思うしかないのだろうか)

彼を思い出に変え、身分も育ちも釣り合った新しい恋人と人生を
歩もうとする彼女と、彼女を忘れられず、ますます偏屈になる彼。
二度と交差することがないと思われた二人の人生が偶然出会い、
再び二人の人生のレールが重なり始める…

「グロリア」で映画史上最もクール&クレバーな女殺し屋を演じて鮮烈な
印象を残したジーナ・ローランズが、年老いて記憶を失った女性を演じ、
永遠の恋人であり愛する夫であるノアが語る物語に耳を傾け続ける。

アリーには物語を語ってくれる人が誰なのかも、訪ねてくる「子供たち」や
孫のことも誰だかわからない。施設職員も医師も、アルツハイマーは悪くなる
一方で回復は望めない、どこかで諦めなければ…と彼の行為は無駄だと諭す。

けれどノアは諦めない。
そして彼の信じるとおり、物語を聞き、彼らの恋愛に感情移入していくにつれ
アリーは徐々に記憶を取り戻す。けれどそれはほんの束の間で、彼女の意識は
再び異次元へと迷い込み、ひどい恐慌を起こしてノアを悲しませる。

全編にわたり、この物語は当然二人の物語であることはわかっていたんだけど、
語っているのはノアなのにアリーの心理描写や、ノアが知らないはずの空白の
部分も多いので不思議だなぁと思ってたんだよ。彼女同様、少女だった頃に
アバンチュールに燃えて駆け落ちまでした母親が、夫と幸せに暮らしながらも
名前すら覚えていない相手の姿をなぜか時々見に来ていたなんてエピソードは
ノアが知る由もないはずだ。それもそのはず、この物語は実はアリー自身が
書いた物語だったことが最後にわかるのだ。それがまたガ〜ンと効くんだ…

心臓を患ったノアが入院すると、アリーは痴呆病棟に移されてしまう。
不思議なほどしっかりした眼でガラスに映った自分を見つめるアリー。
やがて彼女に会いに来た夫に、彼女はしっかりした声で話しかける。
死は二人を引き離すことなく、永遠に結びつけて物語は終わる。

若い二人の恋愛が結構はちゃめちゃで、アリー役のレイチェル・
マクアダムスのレトロなファッションや清楚な髪型は可愛いんだけど、
この人はやたら口がデカくてタラコ唇なのでそこにばかり眼がいく。

なんつーかこう、ひたすらエキセントリックなんだよね、彼らが。

いちゃいちゃラブラブだったかと思うとすぐに大喧嘩したり、見ててやたら
疲れるカップルだった。良家の子女のはずのアリーがなんだか一般家庭の
フツーの女の子に見えちゃうのもちょっと残念。深窓の令嬢である必要は
ないけどさー、なんかさー、お嬢様像ってのがあるじゃん、こっちにも。
ノアの方は…ま、可もなく不可もなくかなぁ…晩年の「本を読む」ノア
(デューク)を演じたジェームズ・ガーナーの方が印象に残ってるかも。

ところでこの映画、いい人が3人いた。1人は気さくで大らかで優しいノアの父、
1人は結婚直前に前の彼氏の元へ走ったアリーを許し、婚約を解消したロン、
そしてもう1人は「私は今からコーヒーを飲みに行く」とノアに告げた看護師。
ことにロンはいい奴過ぎる!むしろ早いうちにアリーのような困ったちゃんの
不埒な二股女から開放されてよかったといえるよ。ある意味ハッピーエンドだ。

まさか吹き替えとは思わずTVKで録画したのだが(おかげで1/2にはBSフジ
だかで放映したのにスルーしてしまった…あっちは字幕版だったのに…)、
ちょっと驚いたのは坂本真綾がヒロインのアリーの吹替えをしていたこと。
濡れ場もあったし、エキセントリックな彼女を精一杯演じてる様子が見え、
かなり頑張ってたと思うけど、それでもやっぱり棒読みは否めなかった…

(2009/12/30 放映)
マタンゴ1/4(月)

迷作特撮ホラーとして有名でありながら、時代が時代だったためこういう
カルト作品はなかなかTVでは見られなかったのだが(借りて見るほどではない)、
ケーブルで気軽に見られるようになったのは嬉しい。キチガイキチガイと
連発しても、ピー音で消されないのもケーブルならではでありがたい。

無人島に漂着した若い男女7人が、極限状態にあって徐々に人間性を失い、
エゴを剥き出しにしていくと同時に、島に生える謎のキノコ・マタンゴを
食べて最後にはキノコ人間になってしまう。こうやってただ書いてみたら
「なんじゃそりゃ」という内容なのだが、「15少年」然り「蝿の王」然り、
「極限状態で食料難や安全面など生命が危機に晒される」状態を背景に
起こる得る事の方がメインで、よく聞く「この映画を見てキノコが
食べられなくなった」というほどキノコの印象は強くなかったりする。

まぁでも子供は知らん。あれを見てキノコが怖いと思うのかもしれない。
私自身は多分、子供の時に見たとしてもキノコよりも粗野で下卑た小山や、
常識的でいい人だと思ってた作田がいきなり裏切って一人逃げ出した事に
ショックを受けた気がする。作田にはやられたわー。あれは盲点だったわー。

結果、食料が少ないのに勝手に盗み食いしたり、女をとりあう状態になったり。
青年社長の笠井の情けなさ、キノコを食べてウハウハとキチガイぶりを発揮する
吉田の不気味さなど、それぞれのキャラは面白いんだけど、困ったことにみんな
似たような髪型をしてて顔もなんとなく似たようなタイプが多いので(主役顔が
いないんだよねぇ)誰が誰だか一瞬わからなくなってしまうのだ。今だったら
チャパツにしたりロンゲやアロハシャツを着せたりして個別化を図るだろうが、
意外とどれも似たような姿なので見間違えちゃうんだよね。ちょっと混乱した。

冒頭、精神病院に入れられている村井はマタンゴたちから命からがら逃げ出して
運良く救助されたものの、キノコが襲ってくるとか素直に話してしまったために
キチガイ扱いされ、一生檻の中かもしれない。それならいっそキノコを食べて
愛する人とあの島にいればよかった…と呟くその顔は、食べていないはずなのに
なぜかキノコ人間に変化しつつあった…というホラーな結末。いいねぇ皮肉で。

人間の醜さや愚かさ、情けなさや弱さを、一見頼りなげでありながら一撃で人を
殺す毒をもつものもあるキノコにからめて描いた、確かにカルトな作品である。

(2010/1/3 放映)
マザー・テレサ1/4(月)

布施明の元奥様主演による、聖女マザー・テレサの半生を描いた作品。

世界に名だたるマザー・テレサが亡くなったのはもう12年も前だっけか。
インド・カルカッタの一介の修道女だった彼女は、極貧に苦しむ人々に
手を差し伸べ、病に苦しむ人の最期を看取り、家や家庭のない子供を救った。
はじめはただの小さな熱意でしかなかった彼女の思いは、修道院長、教区司祭、
教皇、行政、国、篤志家(マネーロンダリングに利用されたりもしたわけだが)
そして何より国や宗教を超え多くの人々の心を動かしていった様子が描かれる。

生前、ちょこちょことニュースやドキュメンタリーで見るマザー・テレサは
フツーに見れば背中の丸まったちっちゃくて頼りなげなおばあちゃんで、
朴訥で純粋で、それゆえの頑ななまでの頑固さを備えたような女性だった。
偽善的とか綺麗事とか批判する人もいるだろうけど、私自身は心酔までは
しないにしても、一生をザルで水を汲むような地道な事業に身をささげる
こういう人もいるんだなぁと思う。そしてそれは素直にすごいと思うのだ。

恐らくこの作品は、彼女の人生に横たわっていた多くの困難より、彼女が説く
愛の力が様々に作用し、頑固で純朴な彼女の人柄が集めた周囲の力で困難を
乗り切ってきた方に焦点が当たっていると思われるので、やや公平性を欠くと
いえるかもしれない。日本でもたまに話題になる「養子=人身売買」問題や、
建築許可、営業許可、違法によって蓄えられた富の寄付、組織化によって
起きてくる方針の方向転換など、困難部分も描かれたけどやんわりだ。

テレサと出会ったばかりに彼女亡き後も彼女の志を継いでスラムを廻る医師、
時には意見の衝突をしながらもテレサの片腕として傍らにあり続けた神父、
ボランティアに来たものの硬化症(MS)を患ってイギリスへと去り、車椅子で
生活しつつも信仰を深めるアンナなど、たくさんの人が彼女と交わり、人生を
変えていく様も面白い。彼女の命を救う代わりにと自らの命を願い出る神父が
本当に死んでしまった時はちょっとびっくりした。あれは本当なんだろうか。

中年期から死の間際までのテレサを演じたオリヴィア・ハッセーはよかった。
多分テレサの強いインド訛りのしゃべり方も彼女の演技なんだろうと思う。
晩年の姿なんか本人じゃないのと思うくらいシルエットがソックリだったよ。

(2009/12/30 放映)
ベクシル 2077日本鎖国1/3(日)

3Dアニメによる大和民族滅亡物語。
「彼女たちの民族は滅んだ」と、白人だかチャイナ系だかコリア系だか
日系だかサッパリわからんベクシル嬢にアッサリ言われても納得いかんよ!

やたらカクカクした人物に違和感を覚え、どうせなら実写でやればいいのにと
何度思ったことか。日本がその凄まじいまでの技術力を駆使して鎖国に至る、
なんて設定は面白そうなのに、それが自分の国を使って生体金属の実験を
していたって…な、なんて(ある意味)良心的なヤツなんだキサラギ!

バイオハザードなどではどっかの発展途上国で実験してるやないか!
みんなそう疑ってるのに、こいつは自分の国(=自分の企業が威勢を誇っている国)を
丸ごと犠牲にするなんてどんだけ気前がいいんだ!このバーカ、バーカ、バーカ!!

彼女をかばって死んだリョウもきっと本当はマリアが好きだったんだろうとか、
マリアとの長年の確執があったキサラギが、実は自分だけ人間のままだったので
サイトウぶちギレとか、レオンのイマカノのベクシルよりもモトカノのマリアの
方が印象に残ってしまい、「ベクシル」のタイトルに偽りありではと思わせた。
むしろ名前を反対にして、「ベクシルとは何者か」を追ってきたら彼氏の
モトカノでした〜という結末でもよかったかも。キサラギと心中したのも
マリアだったしね。ベクシルは見てるだけ、レオンなんか寝たきりだったもんな〜

とはいえ、キャラクターの描写も悪くなかったし(三角関係には笑ったが)、
肉体を失った民衆が人間らしかった時代を懐かしみ、どこかノスタルジックな
時代を再現しているというのはなんとなく物悲しかったし、荒野を走り回り、
動く物体をただ追いかけるジャンク・ワームが、人間性を失い、機械の一部と
成り果てた人間というのもなかなか辛いものがあった。思ったよりは面白いと
思ったんだけど、世間の評価は低いようだ。やはり実写じゃなかったことか。
「リターナー」レベルで映画化できれば十分面白いものになりそうなんだが、
金がかかりそうな3Dアニメも、やっぱり実写よりは安く済むのかな?

子供に生体金属ウィルスを注射したら子供のまま生き続けることになるのかな?
サイトウの怒りはごもっともだが、最初から悪役然で登場した分、あそこで何か
言葉がほしかった気もする。マリアたちの大和重鋼への復讐は意味を成さないが
(生体金属を元に戻す方法も、脳を侵食されずに済む方法もないらしいので)、
ベクシルは拉致られた彼氏を助けたいという理由なのでさらに違和感がある。

ひとつひとつのパーツや設定は面白そうなのに、全体として見るとチグハグで
惜しい感じ。私が未だにやっぱりCGが好きじゃないせいもあると思うけども。

(2009/12/30 放映)
ホワイトアウト1/2(土)

やっぱり織田裕二の映画はショボいものが多いなぁと思っていたところ、
どこかのサイトで「織田は『ホワイトアウト』以外はダメだな」とあり、
逆にほう、それだけはいいというものがあるのかと思っていたので視聴。
日本版ダイ・ハードとでもいうべきだったけど、極寒の雪の中で撮影してる
数々のシーンや、ちょっとヘタレの織田の頑張りや所轄署長がキレ者だったり
最後までなかなか楽しませてくれた作品だった。確かにこれは及第点だと思う。

真冬のダムを「人質」に取るという設定がまず面白い。
あれだけの雪に閉じ込められたダムをどうするんだと一笑に付しそうなところを
放水させることで下流域の人々の命を握るとか、発電を止めて力を示すとか、
ああ、ダムってこういう連中に抑えられるとかなり困るんだねーと思わせた。

冒頭、主人公の富樫が親友の吉岡を救う事ができなかったという遭難事件が
物語に深く関わってくるんだけど、実はこの事件そのものも伏線だったりして、
こういう作りの原作もきっとすごく面白いんだろうなと思わせる。

ただテロリストの1人である小柴拓也が実はテロリストに家族を殺されており、
彼らを根絶やしにするため(復讐ということ)に彼らの仲間になっていたという
くだりは、映画ではかなり軽く流されてるんだろうなと思ったよ。その事情が
わかりづらかったし、設定が露呈するのが唐突だったからね。小説ならこういう
複雑な設定を細やかに描く事が出来るので、多分緻密に描写されてるんだろう。

人質がバタバタ殺されちゃうのは気の毒だったけど、仕掛けられていたまさかの
どんでん返しに、え?あの時宇津木が喋ってたのは警察じゃなかったのか?!と
混乱した。富樫が放水路を伝って外に逃げるのはアイディアだと思ったけど、
放水に巻き込まれて無事ってどんだけ運がいいやら(壁にでもぶつかったら
ぐちゃぐちゃになるやろー)そして何より黒部と雪がすごい。圧巻だったよ。
最後は雪崩を起こしてヘリを襲わせたけど、富樫は安全なのかあんな近くで。

松嶋奈々子も綺麗だったし、容赦なくアサルトライフルをぶっ放してたし、
あまりないけど日本のアクション映画もなかなかやるじゃないかと思わせた。
最後の救出シーンは少し長かったけど、「3ヶ月遅れたが、彼は間に合った」と
言わせたかったんだろう。爆破シーンなどでCGも多く使ってるとは思うけど、
多くのシーンは「多分これ、ホントにやってんな」と思わせる熱演ぶりに拍手。

(2009/12/22 放映)
武士の一分1/1(金)

キムタクというだけで何となく敬遠していたが、評価が高い事は知っていたので
今回ようやく視聴。以前見た「たそがれ清兵衛」が心に沁みる作品だったので
山田洋次の腕には期待していたが、この作品も思った以上にいい作品だった。

というか主役のキムタクが地味な田舎侍を非常に好演していて好感が持てたし、
壇れいが実直で優しいご新造をよく表現していて、笹野高史はこの2人を温かく
見守る中間として脇を固めていた。東北の訛りがキムタクのような現代っ子の
セリフを時代劇風に聞かせてくれるので安心して聞いていられたのもよかった。
グチのように呟くセリフや、徳平に手を引かれて厠に行く時、物干し竿にゴンと
頭をぶつけて「俺今おめぇに殺意持ったぞ」と言うタイミングなど絶妙だった。

三十石の下級武士・三村新之丞は藩主の毒見役。
台所の片隅で殿に出される料理の一部を食べ、特に何の変化がなければ食事が
運ばれるという形ばかりのお役目に退屈しつつ、妻と2人の生活にささやかな
幸せを感じていた。早めに隠居して子供たちに剣術を教えようか…そんな夢を
語りながら、このまま平穏に、何の変化も無いまま過ぎていくと思われた。

ところがある日、食べたつぶ貝が毒性を持っていたため、新之丞は高熱を出して
寝込んでしまう。3日間熱に苦しんだ後目覚めると、彼は視力を失っていた。

眼の見えない武士がどうやって生活していけばよいのか…
新之丞の戸惑いや苛立ち、絶望を受け止めつつ、将来をも1人で背負わなければ
ならなくなった妻の加世は、親類たちの進言に従って顔馴染みの番頭・島田を
頼って屋敷を訪ねるが、島田はお上への進言と引き換えに加世を手篭めにする…

この内容が陰々滅滅としてるので劇場に見に行く気になれなかったのだけど、
そこは山田洋次の演出なので、そこに至るまでの2人の穏やかで幸せな生活や、
親類たちのとぼけた描写、三十石が保障されたまま生活できるとわかって
久々に笑顔を見せる新之丞など、厭きさせることなく楽しめる。

加世の所業がばれ、離縁を言い渡す新之丞。
しかし徳平と2人きりの生活になった後、新之丞は仕事仲間に頼んで
自分への禄の沙汰について調べてもらう。実は三十石据え置きは島田の
進言の効果などではなく、純粋に殿の篤い情けによるものだったのだ。

それを知った新之丞は島田に果し合いを申し入れる。
小石川の道場で学び、免許皆伝の島田は元来盲目の武士が勝てる相手では
ないが、それゆえ自分を侮る相手に、僅かな音や気配を頼りに挑む新之丞。
健常者が盲人の「超能力」に期待を寄せるような表現はやめてもらいたいが、
新之丞はあらかじめ師匠の下で再修業していたり、もともと道場を開こうと
するくらいだから剣の腕にも自信があったんだと補完しておくことにするよ。

加世を傷つけた復讐のため、見事島田の左腕を斬った新之丞は、とどめを
刺さずに去った。その後、大怪我をしたいきさつをお上に問い質された島田も
一言も口を割ることなく、真実を抱えたまま残った右腕で切腹し果てたという。

互いに武士の一分を貫き、全てに決着がついた…わけではなく、残ったのは
愛する妻を疑ってしまった事を悔やみ、騙されて傷ついた彼女を放り出して
一人ぼっちになった新之丞。そしてここでこれまでもいい仕事をしてきた
徳平が最後の最後にまたしてもいい仕事を…飯炊きとして台所に入れた
女の煮物を食べた新之丞は、その味が加世の作ったものだと気づく。

最後はソレかよとこのハッピーエンドに不満の人もいるかもしれないけど、
軽口を叩きながらも肩を寄せあい、いたわり合いながら生きていた二人の姿は
とても微笑ましかったのでこれでいいんじゃないかな。徳平、グッジョブ!

(2009/12/27 放映)
オーシャンと十一人の仲間1/1(金)

「オーシャンズ11」の元ネタ。

普通、リメイクものは元ネタを超えられなかったりするものだが、
コレを見たら「あり?『オーシャンズ11』はキャラの説明もちゃんと
できてたし、どんな事をするのかも見てればわかったけど、いまひとつ
わからんぞ?」と思う出来だった。フランク・シナトラはわかるんだけどね。
他のメンツは誰が誰でどんなテクニックを持ってるのかサッパリわからない。

こちらのオーシャンズは空挺師団出身の戦友同士で、カジノの電源を切り、
自家発電装置の線を金庫の開閉システムに繋ぎ、僅かな時間で金を奪う作戦。

浮気性のオーシャンと妻の仲が冷え切っていたり、何度も再婚を繰り返す
金持ちの母親に金をせびる息子や、幼い息子のために大学までの学費を
稼ぎたいと願うお父さんなど、ちょこちょこと人間ドラマも差し挟まれる。
差し挟まれるんだけど、(これはオーシャンズ11でもそうだったけど)
11人もいると全部を描ききるのは無理なので、なんとも中途半端だった。

ラスト、ゴミ箱に放り込んでゴミ収集車で回収したまではいいんだけど、
金持ちボンボンの母親の再婚相手で裏社会に詳しい男に追い詰められ、
心臓発作で死んでしまった仲間の1人の棺に金を入れて持ち出そうとする。
ところが教会で葬儀に参列する彼らの耳になにやら怪しげな音が…

「火葬してます」

遺体を引き取りに来た妻に、葬儀社が「ここで葬儀をしても同じだし、運搬費も
安くなる」と言ってたので、「ここで土葬しちゃうのか?」と思ったら案の定。

オーシャンと仲間たちが振り返り、ガッカリするこのシーンが一番面白かった。
いや〜、「オーシャンズ11」って実はよく出来ていたと再認識した作品だった。
でも次々とナンバーが出て来るレトロ感覚のタイトルはなかなかオシャレだ。

(2009/12/16 放映)
レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語1/1(金)

謎の火事で突然家と両親を失った3人の子供たちの世にも不幸な物語。
長女のバイオレットは発明家で機転が利き、長男クラウスは本の虫だけあって
知識が豊富。次女で4歳のサニーは人間の言葉は話さないけれど(理解はしている)
噛みつきが得意。彼らは後見人であるオラフ伯爵に引き取られることになるも、
この強欲な大根役者は遺産目当てに引き取った子供たちを好き勝手にこき使い、
あろうことか線路の上に置き去りにして殺そうと企てる極悪人だった。

子供向け作品だけあって(まぁ内容は彼らを庇護しようとする大人が次々
死んだりしてかなりダークなのだが)オラフ伯爵の悪事に気づかない周囲の
人たちの言動が「イラッ」とするのだが、3人の子供たちがピンチに陥っても
決して諦めず、自分たちの持てる力を駆使して難関を突破していく姿は
なかなかカタルシスがある。疾走する列車を避けるためにばねの力を使って
ポイント切り替えを動かしたり、壊れかけた家から逃げるためにしんばりに
なっている躯体の梁を大胆に壊したり、遺書に隠された暗号を読み解いたり。

そして変幻自在の強欲殺人犯オラフ伯爵をジム・キャリーが怪演。
でもジム・キャリーがこういう役を演ってもさっぱり怖くないんだよなぁ…
怪優と器用な役者の違いって、心底ゾッとさせるかどうかってことなのかね。
(やはり怪優ジャック・ニコルソンの域に達しなければそうそう無理か)

最後は遺産を手に入れるために14歳のバイオレットと結婚しようとする伯爵。
脅迫の人質となっているサニーを助けるために体を張ったクラウスは、伯爵が
大きなレンズを使って自分たちの家に太陽光を集めて燃やし、父と母の命を
奪い去った事を知る。ヘビおじさんを殺しちゃったり、慎重おばさんをヒルの
湖に叩き落したり、別に死体や殺人がメインではないんだけど、死がサラッと
流されるのが別の意味で怖いわ。死んじゃった、チャンチャン♪みたいな。

ラストは伯爵の悪行がばれて子供たちと同じ恐怖を味わったあと終身刑となる。
3人の子供たちは再び次の後見人の元へ向かうのだけど、望遠鏡の謎については
結局明かされず。この作品、元々続編を作る気満々だったんじゃないのか?

(2009/12/29 放映)
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