映画感想 2009 旧作 12月分
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 2009  12

ハッピーフィート12/30(水)

個性的過ぎて仲間から爪弾きにされてしまう主人公が、信念を持って自分を
貫き通し、やがて幸せを勝ち取るというのは、主人公がコウテイペンギンに
なった「南極版ベイブ」そのもの。ペンギンのアイコンに「ぺこり〜な」と
名付けて愛でている私にとってはもはや「ペンギン?ストライク!」である。

とにかくペンギンの雛が愛らしくて可愛らしくてたまらんのだが、大きくなって
まだ産毛が残ったままの中途半端なマンブルは不気味すぎてちょっと困った。
あれなら早いとこ大人ペンギンになってくれるか、少年時代と称したもうちょい
可愛い雛っぽさを残して欲しい。あの顔だとまさに「こっち見んな」だもんな。

皇帝ペンギンは「心の歌」を歌って相手に求愛し、パートナーを見つけて過酷な
冬を乗り切って雛を産むのだが、マンブルはなぜか超ト゛級の音痴。彼が歌えば
音程ははずれ音は割れ、幼馴染で歌のうまいグローリアにも「歌わないで」と
諭されるほど。反面、足から生まれてきた彼は踊りがうまく、特に卓越した
マンブルのタップは後に人間たちを動かし、南極のペンギンを救う事になる…

しかしそんなマンブルは歌は大切にされても踊りは軽視されるペンギン王国の
保守的な大人たちから見れば「異端者」であり、同時に最近の魚不足までも
彼のせいにされて王国から追放されてしまう。その理由をつきとめるべく、
マンブルはアデリーペンギンのアミーゴス、そして「サーフズ・アップ」では
主役だったイワトビペンギンの教祖ラブレイスと共に人の住む地域を目指して
長い旅に出る。アザラシに追いかけられ、2頭のでっかいシャチに襲われ、
ミナミゾウアザラシに道を聞き、激しく吹き荒れるブリザードを乗り越えて…

1人海に飛び込んだマンブルが行き着いたのはなんと人間たちが住む土地で、
マンブルは待っていれば魚が与えられる動物園で徐々に心をなくしていく。
そこにいるのはマゼランペンギンやヒゲペンギンなどの仲間たちがいる。
壁には限りがあり、ガラスや柵の向こうからはいつもエイリアンが覗いている。

やがて心を失いかけたマンブルがふと踊りだすんだけど、それを見て騒ぎ出した
人間が「金になる!」と騒いでいたので、ここまで結構時間かかってるのに、
これからさらに「金儲けの道具にされる」→「逃亡」→「帰還」となり、さらに
南極の食糧難を救うのは詰め込みすぎでは…と危惧していたところ、思いっきり

端折ってました。

いやもうビックリするくらい端折ってて、次のシーンではもう背中にビーコンを
つけられたマンブルが南極のコロニーに戻って事情を説明するというくだりに
入ってたので「あれ?カット??」と一瞬何が起こったかわからなかったよ。
あれは唐突展開過ぎないか?なんで人間とマンブルの利害が一致してるんだ?

前半はかなり丁寧に描いてたので、後半の急展開にはビックリしたわぁ。
オオトウゾクカモメなんかは人間と接触した唯一のキャラなのでいつ再登場して
協力体制に入るんだろうと思ってたんだけど、何もなかったな。あと憎まれ口を
叩いて去っていったヒョウアザラシももう一回出るかと思ってたけど出番なし。

最後に南極周辺が禁漁区になってペンギンたちの餌は守られることになり、
とりあえずめでたしめでたし。温暖化に触れたら問題が複雑化するもんね。

とにかくペンギンが可愛いのでそれだけでも私は満足なんだが、動物が
喋る映画に馴染めない人も多いと思うのでやっぱり子供向けだろうなぁ。
ホント、雛時代のマンブルの可愛さはたまらん。反面大人コドモのハンパな
姿は対処に困る。ラストではせめて換羽してくれたらよかったのになぁ…

(2009/12/21 放映)
スペース・ミッション 宇宙への挑戦12/30(水)

宇宙への進出競争が激化していた60年代、ソ連に大きく遅れを取っていた
アメリカは計画を急ぐあまり、十分な準備や安全テストを行えなかったため、
実験と実践を同時に行う事にした。だから、初の宇宙飛行士はチンパンジー。

アメリカの宇宙計画に参与したのは、第二次大戦中、敵国ドイツで爆弾開発に
取り組んでいた科学者たちだった。ビリーはそんな宇宙科学者を父に持つ少年。
けれど3年前に母を亡くして以来、その父との溝は拡がるばかりだった。

まさしく「文部科学省推薦映画」といった風の優等生映画。
学校に馴染めず、ナチスといじめられるビリーは「宇宙飛行士」となるべき
優秀なチンパンジーのセレクションに関わる事になる。中でも仲良しなのは
少し落ち着きがない若いチンパンジー・マック。ビリーはマックの訓練に
励みながら、少しずつ母親がいた頃の明るい笑顔を取り戻していく。

同時に研究一辺倒だった父親も、ビリーの笑顔を見て自分が息子と向き合わず、
彼の孤独や母を失った心の穴に気づかなかったことに気づく。親子は和解し、
共に宇宙への第一歩のために歩みだすのだけど、ここで純国産ロケットの製作を
望む野心的企業と結託した乗員議員の妨害工作が発覚する。このへんはコメディ
タッチなのでそれはそれでいいのだけど、なぜか演出が異様に古臭いんだよね。
舞台が60年代だからって脚本やセットまで60年代風にしなくてもいいような…

ビリーが宇宙に行った後、マックは帰ってくると信じてたのでそのままいくかと
思ってたら、最後の最後でライカ犬のようにマックも死ぬことが前提で宇宙に
行くのかと怒り出したのでビックリした。チンパンジーは死んでなかったんじゃ
なかったっけ?と記憶を手繰り寄せてたら、トラブルは重なったもののビリーが
教えたサインのおかげで逆噴射スイッチが入り、マックは無事に生還してたよ。
(実際にチンパンジーは無事生還し、その後動物園で余生を過ごしたそうだ)

ちょっといい子ちゃん過ぎる作品だけど、宇宙に興味があるとか、
動物が好きという子供には安心して見せることができると思うよ。

(2009/12/21 放映)
カーズ12/22(火)

先日地上波初放映の際には終了時間を見誤って録画ミスしてしまって
ガッカリしていたのだが、今回の旅行中の機内上映で見ることができた。
(同じく「パブリック・エナミー」もやっていたので「ラッキー♪」と思って
見ていたらラスト15分を残して切れやがった。10回近く早送りし、別のモニタで
試してみたがついに切れた部分より先へ進めず、中途半端…どうせなら初めから
見られない方がよかったわ。残り15分のために劇場まで行く気になれるか!!)

新人チャンピオンを狙うレーサーで主人公のライトニング・マックィーンは、
ピストンカップ決勝で今期限りの引退を表明しているキング、万年二位の
チック・ヒックスと同着となる。決着をつけるため3台はカリフォルニアに
向かう事になるが、ライトニングを運搬するマックの居眠りと暴走族の
いたずらが原因でライトニングはド田舎で1人迷子になってしまう…

人間が1人も出てこないので、デフォルメ映画として安心して楽しめる。
ピクサーやディズニーは人間をリアルに描く分、全然可愛くないからなぁ…

ライトニングはバイパスが通る前、旧道ルート66で宿場町として栄えていた
ラジエーター・スプリングスという街に迷い込む。騒ぎを起こしてしまい、
ボコボコにした道路を直すことになるのだが、さびれた田舎町の住民たちとの
交流が、人づきあいが下手で一人ぼっちのライトニングを少しずつ変えて行く。

ライトニングと深く関わるのはもともとロス出身の弁護士で、このさびれた町に
惚れ込んで住み着いたヒロインのサリー、そして後にライトニングの親友となる
心優しきお調子者メーター。また重要な役どころとして、オンボロで気難しいが
難関カーブでライトニングを打ち負かした、時速40勸焚爾靴出さないドック。

カリフォルニアでのレースに気もそぞろのライトニングは最初は道路ならしの
仕事もイヤイヤで、街の人とも関わろうとしない。その性格ゆえに整備チームに
愛想を尽かされるくらいなので、今回も他人とも距離を取り続けるのだけど、
田舎の住民にそんな「距離感」は伝わらない。メーターに誘われて夜中に
「トラクター転がし」をしにいったり、ドクとのレースで曲がりきれずに
崖から落ちたり、サリーと一緒に美しい峡谷の夕景を眺めたりするうちに、
人生はスピードだけではなく、自分ひとりだけでもないことに気づいていく。

トラクター転がしというのは眠っているトラクターの傍で大きな音を立てると
ビックリしてひっくり返ってしまうという荒技なんだけど、これが可愛くて。
ジローラモさんが声を当てたフェラーリ贔屓のルイジと仕事が速くて超有能な
グイドも可愛かったなぁ。バカにされて奮起したグイドがたった一人でタイヤの
交換をするシーンはお約束だけど可愛い。ラスト、本物のシューマッハの登場に
喋り倒して気絶するルイジ、一言もなくパタリと倒れるグイドも可愛かったな。

昔は道は地形の通りに作られ、旅は目的地に行くことだけでなく、その途中も
楽しむものだったというサリーの言葉は、今のところ一般庶民が一番早い移動
方法として利用している飛行機に乗ってこの作品を見てるこちらには複雑だ。
(フライト時間がもっと短縮されればとは海外に行くたびに思うもんねぇ…)

ライトニングはメーターから教わったバック走行や、実はピストンカップで
3連覇を成し遂げたドックことハドソン・ホーネットの助言を受けながら、
カリフォルニアでの最終レースに挑む。しかしヒックスの卑劣な体当たりで
バランスを崩しコースアウトしたキングにドックの面影を見たライトニングは
優勝を棒に振って彼を後押ししながらゴールする。キングの妻はそんな彼に
心から感謝し、観客はその姿に感動し、ライトニングが憧れていたダイナコの
社長からはスポンサーの申し出がある。けれど冒頭では不満を口にしていた、
自分を育ててくれたスポンサー・ラスティーズを裏切れないと断り、代わりに
前からヘリに乗りたがっていたメーターをヘリに乗せてもらうことを願い出る。

ライトニングがあちこちで宣伝したせいか、町名が地図に載ることになった
ラジエイター・スプリングスは賑やかになり、新王者となった卑怯者ヒックスの
人気は地に落ちる。今後が気になると思ってたら既に続編が製作中で、2011年に
公開されるとか。はてさてサリーとライトニングは一体どうなってるんだろう。

(2009/12/22 機内上映)
ザ・コア12/22(火)

またしても「アメリカが地球を救っちゃうぞ!」ムービー。
宇宙からの侵略や飛来する彗星ばかりではなく、地球そのものが動きを止めると
ヤバいんですよというもの。確かに地殻やマントル、コアとか言われてるけど、
まだ一万メートルの深海ですら実際には見に行ってないんだよねぇ、誰も…

今回ちょっと違ってたのは最後の最後に明かされたのが「でも実は原因を
作ったのもうちでした」というおまえらかい!という呆れた結果だったこと。
地殻に振動を起こして人工的に地震を起こすという、地震国に住む我々から
見るとおまえらなんちゅーアホなことしてるの!と怒りたくなるトンデモ装置
「デスティニー」(またこの言葉がうちのような「種」から始まったサイトでは
トラウマ的意味を持つのだが)が原因で核の回転が止まったとなればもうもう…

動物の異常行動が起きたらしいオーストラリアや日本も、鳩がヒッチコックの
「鳥」もビックリな大暴れしたロンドンも、静電気放電で散々な被害にあった
ローマもアメリカに損害賠償を求めていいと思うよ!(西海岸の被害は自業自得)

地球のコアに向けてマグマの中を突き進めるのかとかそんなSF的検証はともかく
物語はかなりお約束的で、危機が訪れるたびにメンバーが決死のミッションを
こなして命を落としていく。このへんはあまりにもお約束過ぎて笑っちゃう。
残るのは主人公とヒロインだけというのもデキ過ぎかつ意外性がなさ過ぎ。

マグマの中に水晶の洞窟があるとか、ダイヤモンドのかけらが散乱してるとか、
誰も見たことがないんだからそういう設定があってもおかしくはないんだろう。
ってかこの中で一番すごい人はやっぱりこの宇宙船を作った砂漠の科学者だ。
マグマに耐え、熱を動力に変えられる素材となる物質の発見といい、この人の
万能ぶりは卑怯だろ。ってかそれこそ彼を生き残らせてやればよかったのに。

なんとか脱出したものの、250メートルの海底で動かなくなった地底船を
救ったのは超音波に反応して歌う鯨たちだったというのは、最初のシーンの
伏線が生きたのでまぁまぁだったかな。クジラっつーかシャチだったけども。

ラストは極秘裏に進められていたこのプロジェクトをハッカーが世界中に
バラすというオチでおしまい。やっぱ損害賠償で破産するね、アメリカ…

(2009/12/19 放映)
インデペンデンス・デイ12/21(月)

90年代末に腐るほど作られたディザスター・ムービーのうちのひとつであり、
世紀末版「宇宙戦争」。ウェルズの侵略者は太古から地球に棲むウィルスで
全滅したが、イマドキの宇宙人はウィルスはウィルスでもコンピューター・
ウィルスによってシステムをダウンさせられてやられてしまうのであった。

よく主人公はウィル・スミスとクレジットされるけど、実際には宇宙侵略の
危機を報せに来たジェフ・ゴールドプラムとのダブル主人公という感じ。
しかも最初に思わせぶりに「昔宇宙人に拉致されたことがある飲んだくれの
アル中パイロット」も出るもんだから、彼が何か鍵を握るのかと思ったけど
最後の特攻だけで特に意味はなかった。なんかこういう荒さが目立つ作品だ。

たくさん面白そうな逸話を持ってるっぽいキャラクターが出てくるのに、
最終的には主人公だけしか描けていないというのは「デイ・アフター・
トゥモロー」や「GODZILLA」もそうだったっけ。「群雄劇なのかなー」と
思わせては結局描ききれずに終わってしまうというのは、この監督の癖かも…

とにかく特撮やCGは金がかかってるっぽい。
映画の中のエイリアンによる大都市のすさまじい破壊ぶりを見ていると、
「こりゃー9.11後にはさすがに作れんわなー」と思うくらいすごい。

空を覆う巨大な円盤は圧巻だし、グレイそのものやんけというエイリアンの
造形も皮肉っぽい。ねちゃねちゃニチョニチョしてるあれが臭いというのは
たまらんなぁ。彼らはイナゴと同じで資源を食い尽くしてその星を滅ぼし、
また次の星へと移動するのだそうだ。デイヴィッドのお父さんがロズウェルに
ついてタブロイド紙を信じてるバカ親父と思わせておいて実は…のくだりはちと
笑ってしまった。「知らなければ嘘をつかなくていいですから」ってのは、
世界中どこの国でもひとつやふたつありそうで怖いわー

ウィルスを送り込んでシールドの効力を無効化している間に世界中で総攻撃、
ってのがちょっと目新しかったかも。大概はヒーロー大活躍で終わるからね。
(むしろ主人公たちはウィルス運搬役なので危険ではあるけどかなり地味)

まぁ大統領自ら戦闘に参加しちゃうのはどうかと思ったけども。
そういえばこの大統領、ヨーロッパやアフリカ、アジアなどの首脳と話したり
対策を講じあうようなシーンがまったくなかったな…アメリカ映画だからとは
いえ、世界の危機なのに世界の首脳が一人も出てこないってのがスゴ過ぎる。
意見がまとまらなくてどこかが勝手に核を使っちゃった、でもいいじゃんか。
(実際はアメリカが核を使ったもののダメージゼロで効果がなかったんだし)

(2009/12/20 放映)
マークスの山12/20(日)

うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん…

「マークスの山」は未だに心の中に澱のように沈殿するものを残したほどの
非常に面白い優れた小説だと思う分、映画は「こうなっちゃったかー」と
思う部分が多すぎる。小説ではなし得ない「なるほど、これを映像化すると
こうなって、時間的な流れはこうなるのか」というものはいいのだけど、
事件そのものを大きく変えてしまったのはどうかと思う。でももちろん
二時間という尺の中に入れ込むには仕方がないということもよくわかる。

ただ私はこの小説を読んで一番強く感じたのが、「偶然と必然、不条理と因果」
だったので、それを裏付けるための一番の大きな事件である二つ…すなわち
「父と母の無理心中に巻き込まれ、脳障害という大きな負債を背負って生きねば
ならなかったマークスの哀れさ」と、「MARKSたちは自分勝手で自己中心的だが、
確かに計画はしたものの野村を直接殺しはしなかった」というのはもっと大切に
扱って欲しかった。前者はほとんど描写されず(あれじゃ小説を読んだ人にしかわからんだろう)、
後者は実際に手を下して殺してしまった。あれは殺しちゃダメなんだって…

ただねー、その方が確かに動機としてはわかりやすいんだよね。
野村を殺したからこそ、MARKSたちがあれほどマークスの脅しを恐れたと
言えるのだけど、この小説のすごいところは最後に真相が明かされた時、
「殺してないじゃん!」と驚くところにあるのだ。彼らを見た登山者が
巻き込まれることを恐れて下山し、飯場で偶然殺される。その撲殺犯人と
マークスが刑務所で出会い、盗みに入った浅野家で日記を入手し、MARKSの
「未必の故意」たる「罪」を知る。こうした無関係に見えた事件が徐々に
一本の糸で繋がっていくのだが、最後まではっきりとはわからないままだ。
さらには真知子がたまたまマークスの野球帽をかぶったことで狙撃される…
こうした偶然が必然を呼ぶ非情さ、やるせなさが読後に苦く後を引く。
それを意図して狙ったとしたら高村薫は末恐ろしい作家だと戦慄した。

監督が崔洋一と知って、エログロが表に出てしまうのでは…と思ったとおり、
暴力や殺人シーンのグロさや黒鬼化遺体を使った検証などに力を入れていた。
なおかつ萩原聖人と名取裕子の過剰なエロシーン、精神病院でのホモシーンなど
原作ではスパイスにしかならなかったようなシーンにもかなり尺を裂いていた。
そんなもんやるならもうちょっと刑事たちの動向に気を配るとか、思い切って
構成を「マークスが何者か知らない」刑事側から見た視点に絞るとかしてくれ。

刑事たちのやり取りや現場での動きなどは映像ならではだったが、セリフなどが
聞き取りづらく、しかも誰がどんな性格の刑事なのかはわかりづらいと思う。
小説を読んでいないと理解しづらく、だからといって小説を読んでいると
そうじゃないんだよ〜と思ってしまうシーンも多いというのが難点だ。

ラストシーン、朝日に溶けた氷が残忍で非道でありながらなんとも哀れな宿命を
背負って死んだマークスの眼を伝い、涙のように流れるシーンで終わる小説は、
読み終わった後、しばし「一体何が悪かったのか…」とつい考えてしまう。

もちろん映画にはその重みも苦さもない。仕方ないとはいえ、やっぱり残念。

(2009/12/17 放映)
オーシャンズ1312/19(土)

これは…オーシャンズ・シリーズは私の中では「3>1、かなり空いて2」という
評価になったほど、「わかりやすく・テンポが早く・痛快で・面白い」作品だ。
2作目のよくわからない複雑怪奇さは一体なんだったのと思うほど単純明快。
そうそう、こういう各々の能力を生かした楽しい犯罪映画が見たかったんだよ。

1作目同様カジノが舞台なんだけど、今回はオーシャンたちのスポンサーだった
ルーベンを騙してホテルを建て、五つ星を取ってベネディクトすら凌ごうとする
野心家・バンクが相手。顔も声も身長もアル・パチーノに似てるなと思ったら
ご本人だった。相変わらずめちゃめちゃ豪華なキャスティングにびっくりだ。

カジノを守るのは人工知能を備えてイカサマを見破るセキュリティ・システム
「グレコ」。これを何とか停止させて、再起動までのわずかな間にイカサマを
使いまくってカジノを荒らし、ルーベンの仇をとるという義侠的な物語なのも
今回はよかったのかも。金が欲しかっただけの1、唐突な盗人対決の2に比べると
こっちも見ていて感情移入がしやすい。アンディ・ガルシアも憎らしかったが
彼の場合は金儲けをしたいだけだったのに対し、アル・パチーノはルーベンを
騙して裏切るという卑劣な行為をしてるので敵として認識しやすいんだよね。

バンクの右腕として出てきた女はいるものの、テスやゼタのようなヒロインが
いないのも話がサクサク進むいい結果になったと思う。彼女たちの不在について
セリフで穴埋めしようとしてたけど全然気にならなかった。むしろよかったよ。

英仏海峡を掘った掘削機で人工的に地震を起こさせ、システムをダウンすると
いう計画と同時に、あまり活躍しなかったモロイ兄弟がメキシコのダイス工場で
大騒ぎを起こす。特に安い賃金でこき使われるメキシコ工場のデモは笑ったし、
穴倉で穴掘りに勤しむバシャー・ターの詩的で哲学的な手紙こそがルーベンを
救うなど、前作までと違って全員に大事な見せ場があったのもよかったよ。

そしてなんと!二台目の掘削機を買うための資金を調達したのがベネディクトと
いう展開には大笑いだった。いやいやいやいや、ないわー、それはないわー!!
この13人目の登場に「ああ、13が一番面白ぇじゃん」と唸らずにはいられない。

最後に金を出し、最初に金を受け取るのは俺だとほざくベネディクトに、
五つ星ダイヤを盗むことを条件につけくわえられた一味はいよいよ作戦開始。
回復したルーベンが見守る中、人工的な地震によりシステムは思惑通りダウン。
というか、実はダウンは地震そのものによるものではなく、異常があれば
即座にセキュリティ・センターに駆けつけるであろうバンク自身が持ち込む
「サムソン製黄金の携帯」に仕込まれたマグネトロンによるという二重オチ。

その間にイカサマサイコロ、イカサマスロット、イカサマドミノで客はみんな
勝ちっぱなし。オーシャンたちではなく客に勝たせることでバンクへの痛手は
より大きく、ルーベンの傷も癒えようというものだ。いやはや全く痛快痛快♪

そしてもちろん一癖も二癖もあるベネディクトへの対策もぬかりはない。
年増を媚薬で惑わせ(実力でやると言っていたが結局は媚薬に頼るライナス)
ダイヤを盗もうとしたその時、FBIに逮捕されたライナスは、ベネディクトが
仕込んでおいた「ナイト・フォックス」ことトゥルアーにダイヤを奪われる。

このFBIはついに出てきたライナスの父ちゃん(詐欺師)だったので逮捕は
されていないのだけど、ライナスは結局ダイヤを盗めてなかったんじゃ…?と
思った途端に空からヘリで天井ごとダイヤを盗んでいき、こちらも二重オチ。

戦いすんで日が暮れて…
ルーベンは再び土地をもらって再起をかけ、仲間たちはそれぞれの場所へと
帰っていく。オーシャンはテスの元へ、ラスティーはイザベルの元へ帰る。

いや、これは面白かったよ。ホント、前作はイマイチだったけど、「11」よりも
キャラクターがそれぞれの役割をちゃんと果たしてたのもとてもよかったよ。
普通は続編も「3」までくるとさすがにだれて面白くなくなるものだけど、
この作品に限って私は「13」が一番面白かった。これはもう譲れないな。

(2009/3/15 放映)
とかげの可愛い嘘12/17(木)

現れては消えるアリを待ち続けるジョガンは、ある日彼女の真実を知る。

自分に触れる人は呪いを受ける…そう言って黄色いレインコートに身を包み、
トカゲを連れ、自分は宇宙人だと言う彼女に、ジョガンは臆することなく
近づいて友達になった。けれど彼女に触れた翌日、ジョガンははしかに
なってしまう。そのまま彼女は二度と学校にくることはなかった。

やがて高校生になったジョガンにアリから連絡が入り、二人は彼女の寺で
勉強合宿を行う。少しずつ仲を深めていく二人だったけれど、はじめての
キスをした翌日、ジョガンは今度はインフルエンザにかかってしまう。
そして再び彼女は彼の前から姿を消した。

次にアリが現れたのは彼女の望み通り銀行員となったジョガンの銀行。
アメリカに行くという彼女が再び姿を消した時、ジョガンはようやく
自分から動き始める。旅立ったはずのアリの姿を病院で見かけたからだ。

冒頭から中盤までは意味もよくわからないふわふわした恋愛映画としか
思えないのだが、このあたりからは急に現実に引き戻される。ムチャな
設定だと思いつつもフィクションだからしょうがないなーとも思う。

彼女は父母を失った交通事故で瀕死の重傷を負い、その時受けた輸血が元で
HIVに感染してしまっていた。叔父のお坊さんに引き取られ、治療を続けたが
病状は思わしくなく、徐々に弱っていくばかり。いつか宇宙船が迎えに来ると
言っていた彼女のためにミステリーサークルを作ったジョガンは、弱りきった
彼女を抱いて宇宙船を待つ。来るわけはないのだが、まぁこのへんはこう…
彼女は赤いピーポーなタグボートに乗って真っ白な象牙の宇宙船に帰ったと…

不思議ちゃんに振り回される岩顔男のラブファンタジーかと思いきや、
最後はお涙頂戴のこっぱずかすぃオチがある意味衝撃過ぎてしばし無言。
でも子役たちが可愛かったし、特にアリ役の彼女のけなげさに免じよう。

(2009/12/14放映)
恐怖の岬12/17(木)

いや〜〜〜な怖さがジワジワと迫る嫌がらせ映画。

グレゴリー・ペック演じる主人公サムの証言で8年間ぶちこまれていた
婦女暴行犯ケイディが、それに対して逆恨みし、サムに対してネチこく
復讐を仕掛けてくる。家族を守るために策を講じるサムだけど、自分が
遵守する法に阻まれ、ついには自らの手で彼を殺そうと決意するのだが…

何がイヤってこのクソッタレ男のケイディ、犬を毒殺したり自分の別れた女房に
乱暴狼藉を働いたり娼婦を傷つけたり、とにかく弱いものに対してこれでもかと
いうほど暴力を振るう。力で押さえつけ、恐怖で支配するサイッテーの人間だ。

正義の弁護士サムは果敢に立ち向かおうとするも娘が恐怖に駆られて交通事故に
あったり、金で解決しようと話合いを持ちかけても「復讐」にしか興味がない
ケイディが全く話に応じないと知って「ダメだこりゃ」と暴行教唆に走る。

サムの刺客を返り討ち(一時は3人がかりでやられたけど、その後一人ずつ病院送りにした様子)
にしたケイディはついに本性を現して闘志を剥き出しにし、サムは逆に妻と
娘を餌にケイディをおびき寄せ、そこを「正当防衛」で殺す計画を発動する。

このあたりの主人公の正義から「負の正義」への思い切りはなかなかよかった。
というよりも、そうしなければヤバい、あのクソヤローはマジでヤバいよと
視聴してるこっちの方が嫌悪感で一杯になったからだ。コイツに温情なんか
絶対かける必要ない、甘い事言ってたら逆にやられると思うくらいだもん。

8年間の報酬が年間3000ドルじゃ足りないとか、時間の価値とかホント、マジで

オメーが言うな!

と言いたくなる図々しさだ。捕まらなければさらに多くの人に暴行して
痛めつけ、なぶり続けただろうおめーの人生に価値なんかねーよバカ!

保安官助手を殺し、不法侵入の上妻を脅して家族を危機に陥れた罪により
死ぬまで檻の中で過ごせと毒づいてサムはケイディを殺さず、一件落着。
サムの「ケイディ殺人計画」がばれたら面倒だが、まぁ妥当なところか…
ただコイツなら80歳くらいで仮出所してきて、今度はサムの娘のナンシーの
家族を襲う、なんてとことんダークなハッスルじじぃになりそうで困るけど。

ナンシーの演技がちょっと無理くり過ぎて鼻についた。
なぜそこで車を降りる!?わざわざ人気のないところに入る!?
あと男顔過ぎて美人とは言い難い妻もロバート・ミッチャムに脅されている時、
迫られてよろけている人妻にしか見えなくて困った。もっと抵抗してください。

いや〜、なんともイヤな気分が残る映画だったな。
暴力と恐怖で人をコントロールするというのは本当に卑劣で許せん行為だ。

そして何よりただでさえいやらしい最低人間ケイディを、1991年のリメイク版で
「あの」ロバート・デ・ニーロが演じたと思うと、いやらしさが2割3割5割増しは
アタリマエだろうとつくづく思った。未見だがきっと楽しく演じたんだろうなー

(2009/12/14放映)
オーシャンズ1212/15(火)

ソダーバーグだし人気俳優が出てる上に続編もあるし…と思って見てるけど、
「オーシャンズ11」を楽しめたかと言われると「う〜む…」だった私には
案の定、「う〜む…」な作品だった。途中で厭きて厭きてしょうがなかった。

物語は一言で言えばシンプルなのだが、なぜかわざと複雑怪奇になっており、
相変わらず見づらいカットワーク、過去と未来が交錯したり「実は○○でした」
というネタが後になって明かされたりと、どうも色々と鼻につくことが多い。

本気でこの映画を楽しもうとして実際に楽しめた人にとっては仕掛けが多く
面白いと思えるのかもしれないが、作品としてフツーに楽しみたいフツーの
映画ファンとしてはどうも面白くない。面白くなりそうな要素はあるのだが、
それにしても面白くない。動機や目的がアレコレ突飛過ぎたせいかもしれない。

前作でまんまと金を盗まれたアンディ・ガルシアにとっつかまり、
法外な利息をつけられて盗んだ金を返せと迫られるオーシャンたち。
冒頭は「金を手にした彼らがその後どうなったか」という後日談的な
プロローグなのだが、一人ひとり人材を集めて回った11とは違い、今回は
「知っている」事を前提に話が進むので誰が誰だか思い出すのがまず一苦労。

金を返すためには盗みを行うしかない…ってなわけでオーシャン一味は再び
手を組み、アムステルダムへと飛ぶ。ところがそこで彼らは「フォックス」と
名乗る怪盗の挑戦を受け、借金返済と窃盗対決を同時にこなすことになる。

この変に複雑な展開が、そもそも「脈絡がなさ過ぎる」のが腹立たしい。
オーシャンこそが世界一と褒めた人間を師匠が否定しなかったからって…
なんなんだその子供みたいな理由は…このヴァンサン・カッセル演じる
トゥルアーがレーザー飛び交う広間をダンス(?)しながら盗んだのは
レプリカだったってオチはすごいやらマヌケやら…お疲れさまッス…

この話に加えて今回はラスティの元恋人で窃盗犯専門の刑事キャサリン・
ゼタ・ジョーンズまで出てきてもうぐちゃぐちゃ。少しは話を絞れよと思う。

ジュリア・ロバーツがジュリア・ロバーツになりきる(フォー・ウェディングは
「グレイ・ストーク」では吹き返られてしまったほどの南部訛りを持つアンディ
・マクドウェルだったはず。同じヒュー・グラントとジュリア・ロバーツが
共演した「ノッティングヒルの恋人」のことだろう)シーンやブルース・
ウィリスがカメオ出演するあたりはコメディタッチで盛り上がったけど、
この時主人公たちはほとんどぶち込まれているというのがこの作品らしい…

ラストは「そもそももっと前に盗んでましたー」というドッチラケ。
しかも世界をまたにかけた大怪盗は女刑事の父親でしたというミエミエのオチ。
実は前作では「オーシャンと11人と言ってるのに、10人しかいないじゃん」と
思っていたのだが、今回イザベルが12人目になった(?)ということで
初めて、「テスも最初から11人の中に入ってたんかい!」と気づいた。

ライナスの母親がFBIに化けて救いに来たってのも唐突過ぎてシラケたし、
最終的にはアコギなアンディ・ガルシアが一人勝ちでオーシャンたちは
またしてもすかんぴん。それでも「負けてない」とは…オサレだ…もちろん皮肉

(2009/8/1放映)
NEXT −ネクスト−12/12(土)

まさかの夢オチ!?

なんじゃこれ…最後の最後で「今まで見てたのは全部『その時点で最良と
思われた未来』でした」とテーブルをひっくり返し、間違えたので最初から
やり直す的な終わりって…えええええ〜?何これ?超つまらんのだけど…

何よりまず「2分半」先の未来しか見えないと主張していたはずの主人公の、
クライマックスではかなり先の未来をシミュレートできるようになっていて、
しかもいくつもの未来への枝分かれを同時かつ瞬時に見る事ができるようになる
スーパーエスパーぶりが一番腑に落ちなかった。例えば彼女を守りたいがために
もともと高かったのに子供の頃に色々な研究をされたせいか自分で閉ざしていた
能力を次々と開花させていくというのならまだわかるんだけど、え?え?あれ?
2分半ルールは?という感じで、なし崩しにハイスペックになっていくんだもの。

ジュリアン・ムーアらFBIも、核兵器の爆発を未然に防ぐためにたかが2分半の
未来を予知できる超能力者を探して何をしようとしていたのかよくわからない。
例えばNYの超能力者がロスで2分半後に核爆発が起きるから早く核爆弾を探せと
言ったとしたら探せるのかと。確かにニコラス・ケイジの能力は飛躍的に鋭く
なっていったから実際には違うとはいえ、2分半の予知が何の役に立つのかと。

それに核爆発云々は最後の最後までまったく絡んでこない。
前半から中盤にかけてはほとんどがこの厄介な「2分半先を読む男」を
いかに捕まえるかという事に費やす。先を読み、ことごとく追っ手を振り払う
カジノでの姿は面白かったけど、あれだったら超能力なんかないのに洞察力と
推理力だけで見事に逃げ延びるジェイソン・ボーンの方がよっぽどカッコいい。

彼女を人質にとられ(テロリストもなぜしがないマジシャンとして生きている
ケイジが危険人物だと認識しているのか…)FBIに協力するようになってからも
核爆発云々より彼女の救出が最優先。彼がなかなか協力しなかったのはどうやら
何度シミュレーションをしても正しい答えが導けなかったかららしいのだけど…
あれじゃただの夢オチにしか見えんのよねー、どう見ても。

でも実は一番腑に落ちなかったのは、ニコラス・ケイジの相手役が年齢の近い
ジュリアン・ムーアではなく、20歳も年下のジェシカ・ビールだったことかな。
フツーこの配役ならこっちだと思うじゃーん。年齢的にも釣り合うじゃーん。

映画を見てて空耳セリフを探す人がいて「よく見つけるなぁ」と思ってたけど、
この映画でFBIにとっ捕まってたニコラス・ケイジが逃げた時、ジュリアン・
ムーアと一緒に追いかけてた男が車を止めようとして「すいません、行くぞ!」
と聞こえて吹いた。本当は何て言ったかって?聞き取れたら空耳なんかせんわ!

(2009/12/12放映)
シルミド12/11(金)

金日成暗殺のために組織された特殊部隊の厳しい訓練と、作戦が実行される
ことのないまま用無しとなったこの部隊が抹殺されることになり、これに
反発した部隊員が脱走して全員が死ぬまでを描いた韓国暗黒史の映画化作品。

684部隊は主に食い詰めた犯罪者や死刑囚で構成されており、一応主人公っぽい
(何しろほとんどのキャラクターは名前すら呼ばれないまま)インチャンを
中心に描かれている…のだとは思うが、丸坊主にされた朝鮮顔は皆同じに見え、
誰が誰かよくわからない。このインチャンは少年時代に父親が北朝鮮に逃げた
ために進学も就職もうまくいかずにヤクザになるしかなく、殺人罪+父の罪に
より死刑を申し渡されていた。自分の罪に父親の罪も付加される「連座制」
というものらしいが、子の罪が親に付加されるなら納得はいかないながら
百歩譲ってもいいかもしれないけど、逆はちょっと可哀想じゃないか?

彼らには一人ひとり指導教官がつき、厳しい訓練が繰り返される。
ランニング、筋トレ、根性焼き…焼きごてを当てられても声を上げなかった
インチャンは3つの班のうちの一つの班長になり、訓練はさらに苛烈になる。
一本のロープを時間内に渡る訓練では教官たち正規軍の42秒に追いつくため、
制限時間を越えると一斉射撃が行われるほど。中には落ちる者ももちろんいて、
1人は骨折し、1人は自分が邪魔になっているからとぶら下がって仲間を先に
行かせてから落ち、死亡してしまう。怪我した隊員を炊事係として残す事で
仲間意識を芽生えさせたりと教育側も策を弄し、士気を高めようとする。

開始1時間弱でいよいよ作戦が決行されんとし、3班は明日の作戦開始に備えて
酒を飲み、ドンちゃん騒ぎをする。ところが当日嵐の中を出航した隊員たちに
隊長は上からの中止命令を伝える羽目になる。世は南北対立から和解路線となり
彼らの部隊の存在意義がなくなってしまったとのこと。むしろ生かしておく事は
韓国の強硬姿勢イメージや野蛮さをアピールする事になってよろしくない…

半分で作戦中止・存在意義なしになってしまってこの先何をやるんだろうと
思ってたけど、仕方がないので訓練は続くから隊員たちはさらにスキルアップ、
そして先の見えない毎日と世間から断絶された境遇で不満もまたマックスに。

隣の島に逃げ出して女性を強姦するなど言語道断だが、やるだろうなぁ…
とも思える。しかしイヤなシーンだった。結局犯人2人は互いを殺しあう
自害を選び、死に損ねた方は連帯責任を負わされた隊員の目の前で縛られ、
キレたインチャンに殴り殺される。全ての隊員が悲惨な運命を辿ったとはいえ
こういう力に任せて敵味方問わず非戦闘員を傷つける行為を行った連中には
どんな英雄的な軍隊だろうが罰があって当然だと思う。

隊長の抗議空しくついに下された抹殺指令に強硬に反対したのは意外にも
鬼の如きチェ二曹で、彼らに同情的だったパク二曹は逆に自分たちの命を
守るために仕方がないと賛成を表明する。もはや命令を防げないと観念した
隊長はこの話し合いをインチャンに盗み聞きさせたため、インチャンたちも
チェ二曹が出張に出た夜が決行日であると悟る。先制攻撃により有利に立った
684部隊はパクを殺し、大統領に訴えるべくバスジャックしてソウルへ向かう。

自分たちに厳しかったとはいえ、長年の訓練の中でひそかに友情を培ったり
信頼関係を築いた指導教官を手にかけることを躊躇する隊員がいたのはホロリ。
しかも進退極まったバスの中で「コ下士官は生きてます」「自分も指導教官を
救いました」というヤツらがいてさらにホロリ。殺せといったのに…と言いつつ
最後まで人間らしさを捨てなかった仲間に向けるサンビルの表情は柔らかい。

正規軍の待ち伏せを受け、もはやこれまでと覚悟を決めたインチャンたちは
手榴弾を握り、自決の道を選ぶ。生き残った者も処刑され、報告書は秘匿され、
長い間この事実は知られることがなかった。インチャンをアカと罵り、大事な
母の写真を破り、鬼と嫌われながらも、もう不必要になったからと物のように
処分されようとした彼らを最後まで守ろうとし、約束どおりガラにもなく
キャンディーを買って帰ろうとしていたチェ二曹の最後の叫びが痛かった。

(2009/12/9 放映)
灰とダイヤモンド12/11(金)

ヨーロッパの中でもひたすら「なんでこんなに…」と思うほど苦難の道を
歩んだポーランドを舞台にした、第二次世界大戦終結の夜を描いた物語。

ポーランドにとってナチス・ドイツの敗北は同時に、自由主義と共産主義の
永きに渡る戦いの幕開けでもあった。ソ連から帰ってきたばかりの共産主義者
シチューカを暗殺する事でその戦いを阻止しようとするロンドン亡命政府系は
暗殺者を送り込む。それが劇中ほとんどサングラスをかけている若者マチェク。

このサングラス姿が70年代の極道映画のようで懐かしいのだけど、よく考えたら
この時代の映画で主人公がずっとサングラスをかけてるなんてかなり珍しい。
なくても別に不細工ではないのに、あれはワイダ監督のこだわりなんだろうか。

映画は暗殺に失敗したマチェクがシチューカを追う合間に酒場の娘と恋に落ち、
一方のシチューカは自分がいない間に妻の姉が育てた息子を案じている。
さらに大臣に昇進する事になった市長と、そのパーティーを仕切った秘書が
酩酊して会場で消火器を撒き散らして失脚…など、原作の話を無理やり全部
映画にまとめようとして逆にまとまりのないものになっちゃった感じで、
理解するのに一苦労だった。まぁ私の理解力の低さが問題かもしれんが。

ただ恋に落ちたマチェクが「暗殺などやめて心穏やかにまともな生活がしたい」
と望むようになり、苦悩の挙句上官にやめると言い、けれど1人で外出する
シチューカ(逮捕された息子に会いに行くつもりだったというのがまた運命を
感じるのだが)を見てしまった以上、そのまま見過ごすことはできず…という
流れはよく理解できた。しかも待っていたのは悲劇以外の何物でもない。

謎だったのはマチェクが彼女と一緒に遺体が安置されていた教会?に続く
地下水道?に入った時、天井から串刺しにされた死体がぶら下がっていた
シーン。マチェクたちが気づくでもなし、画面のど真ん中にあるもんだから
こっちはそれが気になっちゃって気になっちゃって…しかも最後までそれが
言及されることはなく、むしろ安置されてる遺体がマチェクがシチューカと
間違えて殺した労働者だった(それとも幻影を重ね合わせただけなのか?)
というオチはよく意味がわからなかった…何度も見返したけど理解不能。
まぁ厳しい検閲をくぐりぬけるために随分メタ的な表現もあるだろうから
全部を理解するのは難しいのかもしれないけど。

マチェクがシチューカを撃ち殺した瞬間、シチューカは抱きつくように
マチェクの腕に倒れこみ、マチェクは敵である共産主義者の背を抱く。
その瞬間、背後では戦争終結を祝う花火が一斉に打ち上げられる。

映画放映前のミニ番組でアンジェイ・ワイダ監督自身が語ったところによれば、
このシーンは思想が違うためにいがみあい、反発しあう者たちも、実際には
同じポーランド人であること、祖国がいつかは融合し、ひとつになる事を
願っての演出だったのだとか(あらかじめ検閲されて許可された脚本には
単に「撃たれたシチューカが地面に倒れこむ」としか書いていなかった)

燃え残り、灰だけになった中に、星のごとく輝くダイヤモンドがある…

兵に撃たれたマチェクがゴミ捨て場に倒れこみ、まだ死にたくないとでも
いうように足で何度も空を掻いてから絶命するざまは何とも物悲しく虚しい。

(2009/12/7 放映)
ヴィドック12/9(水)

仮面をつけた犯罪者を相手にオッサンが色々と頑張る話。
アクションもこなす?ジェラール・ドパルデューのヴィドックぶりがあまりに
似すぎてて笑える。モミアゲとかマジで本人そっくりなんですけども…

でもこの映画が公開された当初、何の知識もなくCMを見て、謎の鏡仮面こそが
「ヴィドック」だろうと思ってたので、はじめはどっちが悪者なのかいまいち
わからなくて混乱した。だってハリウッド映画でいうと、仮面をつけた男と
ジャック・ニコルソンが激しく戦ってるのを見たら「…仮面がいい奴かも?」
と思っちゃうのは当然じゃないか!しょうがないじゃないか!ひどい偏見です

しかしこの映画、とにかく見づらいっ!

もー、過去と現在が何の前触れも兆しもなく入れ替わるので、現代だと思って
見てたら「あれ、これヴィドックじゃん…」と驚き、過去編と思っていると
殺人事件が起きて「ああ、これは今なんだな」と我に返るといった具合。
2008年の駄作某平成ライダーだって過去と未来は一応切り替えてたぞ!

あと明らかに私が悪いんだろうけど、最初に戦ってたオッサンがヴィドックだと
ようやく気づいたのが、後半の仮面男との対決シーン。おいおい、そんなに
太ってるくせに結構身軽に戦うねーと思い、はたと「冒頭のあのオッサンは
牢屋の門番かと(勝手に)思ってたが主人公か!」と気づく体たらくである。

だから「ヴィドックが死んだ」と号外が流れても、あのシーンとタイトルの
「ヴィドック」がさっぱり結びつかなかったのだ。それでも特に支障もなく?
そのまま見続けていられたのは、ヴィドックの死の真相を追っていくという
サスペンス・タッチの物語が結構興味深かったから。まぁカット割や演出は
かなりクドいのでこれも合わない人は合わないと思う。正直うぜぇんだもん。

自己愛、不老不死、処女狩り、発火(実は落雷)殺人、錬金術、鏡の仮面…
ヴィドックの伝記作家だというポワッセが徐々に事件の確信に近づいていく。
パリはひどく不潔で退廃的、民衆の不満はピークに達し、殺人鬼はポワッセが
話を聞いた人々の喉をもかき切っていく。死ぬ前のヴィドックも徐々に核心へと
近づいていたことがわかっていき、こりゃ死んでないのかなーと思った矢先、
ポワッセ、ニミエ、ニセ東洋女、警視総監らが見守る前にアッサリ再登場。
あまりのアッサリぶりにむしろ驚いたわ。ええ、そこから!?みたいな。

多分よく再現されているパリ(「パフューム」のパリも汚かった)の不潔さは
絶対あんなところに放り込まれたくないと思わせるね。なんで上からぼんぼん
物が落ちてくんの。万が一当たり所悪かったら首の骨折るだろ、あれじゃ。

というか、鏡仮面が若さ(魂)を吸い取って永遠の若さを得ていたというのは
「万事解決錬金術」でいいとしても、あの身のこなしはなんだったんだ?
だってアイツ、明らかに消えてたじゃん。何か鏡のトリックとか使ってた、
なんてネタ晴らしがあるのかと思ってたけど、むしろ最後はその鏡で電流に
やられてしまった…生きてるっぽかったけど。大体ヴィドックも止めを差して
窓から落とすなよ!下が河だったので「あー逃げられるわー」と思ったもん。

クドい演出と変なカメラワーク、暑苦しい俳優陣に生皮を剥がれて吊るされた
少女の遺体がチラチラ映る(それ自体が気持ち悪いというよりサブリミナルで
酔いそうだった)もったいぶったシーンや無駄におっぱいポロリとか、何とも
マイペースなフランス映画だったよ。許容範囲が広くないとアカンかもね。

(2009/12/7 放映)
リオ・ロボ12/7(月)

ハワード・ホークス監督の三部作は抑えておきたいと思ったのだが、うっかり
「エル・ドラド」の録画に失敗してしまいガッカリ。いつかまた放映される日を
信じ、今回視聴したのは三部作のひとつ「リオ・ロボ」「リオ・ブラボー」では
悪党と戦う孤高の保安官を演じたジョン・ウェインが、南北戦争終結後、北軍を
金で売り、自分が目をかけていた部下を死に至らしめた「裏切り者」を追う。

しかし実際中尉を死に至らしめたのは南軍の「スズメバチでドッキリ!」作戦
だと思うんですけど…大佐はすっかり彼らと親しげに友情を温めてたけど、
中尉の首の骨を折ったのは直接手を下したのはアイツらだと…げふんげふん。

だけどこれ、最強の作戦じゃね?しかも何ゆえにこんなちっぽけな島国を
選んだのか知らんがわが国にいるのは世界最大のオオスズメバチさんたちだ。
ゴキブリは平気な人もいるけど、もしも怒り狂うオオスズメバチの巣をあんな
密室に投げ込まれたら大パニック間違いなしだ。映画では煙でいぶしてハチを
追い出したけど、防護服着れば暗闇で赤外線スコープをつけてるようなもんだ。

ヒロインに「安心できる男」と言われて憮然とするマクナリー大佐がキュート。
友人のチャーリーじいさんを殺されて復讐せんとするシャスタと、強奪計画を
仕切った南軍のコルドナ大尉をお供に向かったのはリオ・ロボだが、そこは悪徳
保安官が牛耳る恐怖の町と化していた。大佐は捕まっているコルドナの元部下
タスカローラを助けるためボスのケチャムを拉致し、人質交換を申し出る。

もちろん西部劇ならではの王道的なストーリーで、ジョン・ウェインは
あくまでも数で勝る相手に知恵と行動力で対抗していく。仲間は常に少なく、
けれどよくまとめあげる事が最後には勝機を呼ぶ。今回はクライマックスに
一般の街の人が加勢に来るのだが、一度は人質になって開放されたコルドナが
「皆南軍の兵士だ」と言ったのでおったまげた。君たち無力過ぎるやろ〜(泣

一番驚いたのは保安官ヘンドリックスを殺したのが、復讐という動機のある
ヒロインのシャスタではなく、ヘンドリックスに顔を斬られて大きな傷を
残した女だったこと。あの時代にあんな傷は治らないだろうし、殺って当然
とは思うけど、それにしてもビックリだ…シャスタじゃないのか、普通は。

古い西部劇や時代劇を見ることが苦じゃないのはラッキーだと思う。
(映画はよく見るのに、わざわざ古典を見るのはどうも…という人も結構いるもんね)
むしろ私の食わず嫌いは明らかに「恋愛大河もの」や「不倫もの」だよなぁ。

(2009/12/6 放映)
オーシャンズ1112/6(日)

長いこと見そびれていた豪華キャストによるクライム・ムービー。
シリアスさよりコミカルさや軽妙さがウリなのでコメディとも言えるかも。

巨大カジノを牛耳るアンディ・ガルシア演じるベネディクトから
金はもちろん離婚した妻を取り戻すため仲間を集めたのが
ジョージ・クルーニー演じる窃盗犯ダニー・オーシャン。

別れた妻どうこうはジュリア・ロバーツを出すためだけに必要なシーンという
感じで、メインは様々な特技を持つ10人の仲間が堅牢な金庫を一体どうやって
破り、1億6千万ドルの現金をどうせしめるかということ。カメラへの細工、
指紋・声紋・暗証番号で守られた鍵の突破、進入経路の確保、そして最後に
視聴者をも欺くどんでん返しと、非常に王道的。むしろ王道的過ぎて
物足りないと思った人が多かったというのもわかる気がする。

でもトリックにしろ方法にしろわかりやすいというのはラクに見られる。
最後にベネディクトに取引を持ちかけたのは「あれ?こんなの計画に
あったっけ?」と思った通りブラフで、突入した偽SWATに盗まれて
金庫は既にすっからかん。ヒラヒラと舞っていたのはいつの間にか
持ち込んだらしいピンクチラシばかりだった…というわけで大勝利。

噴水の前で自分の仕事を終えた一人ひとりが、勝利を噛み締めて別れていく。
まぁ肝心のダニーは保護観察処分中に州を離れたということで半年ほど多く
ぶち込まれたみたいだけど、お迎えに来てくれたのはラリーに加え、
ベネディクトが金の亡者だったと気づいて復縁する事にしたらしい
元妻だった…って、とりあえずこの元妻、男見る眼全然ないよね。

彼らの車をつけていたグラサン男2人は「カメラもマイクもない部屋」で
見張ってたベネディクトの部下なので、もともと復讐鬼(物を盗まれたら
それを盗んだヤツはもちろん、家族まで破滅させるとか)のベネディクトが
オーシャンを執念深く追ってるという事だろうね。実際続編が作られてるし。

まぁ小粋でオサレで豪華な作品だったけど…なんか見づらいんだよね…
演出が悪いのかカメラワークが悪いのかカッティングが悪いのか、何が原因か
よくわからないんだけど見づらいんだよ。スラスラ〜ッと進んでしまって、
あれ、今アイツなんて言ってたっけ??と戻らなきゃならなかったり。
単に私の集中力の問題かもしれんが…どうにも見にくかったなぁ。

(2009/3/10 放映)
この道は母へと続く12/5(土)

孤児院で大勢の子供たちと暮らしているワーニャは、イタリア人夫妻に
見初められ、ロシアとは比べ物にならないくらい暖かなイタリアへと
養子に行く事になった。満足な教育も受けられず、悲惨な未来しか
待っていない荒んだ人生になる事が眼に見えている孤児院よりは
イタリアで新しい家族と新しい生活を始める方がいいに決まっている…
たとえそれが莫大なドルやユーロで子供を売買することであっても。

けれどワーニャはイタリア行きが決まってから孤児院を訪ねてきた一人の
女性が忘れられない。彼女は少し前に引き取られていった友達のママだ。
子供を捨てた彼女は、世知辛い世の中に疲れたのか、「やっぱり私には
子供しかいないわ」と思い、彼の行方を方々捜して歩いたんだそうだ。
けれどようやく見つけた彼は既に養子に引き取られていなかった…
絶望にうちひしがれた彼女は終着駅で身を投げて死んでしまった。

もうね、こっちは孤児院に引き取られたような子供がどんな人生を送るか
容易に予想がついてしまうので、全編通してイタリアに行けよ〜と思う。
大体犬や猫じゃあるまいし(たとえ犬や猫であってもそんな事をした外道は自分も
いつか必ず会社や社会やパートナーや子供に捨てられるからネ!楽しみに待っといで♪)
子供を「自分の意思で」捨てた母親なんてのはロクなもんじゃないよ。

映画を見た人は主人公のワーニャが「お母さんに会いたい」という執念にも
近い信念を持って字を覚え、自分のファイルを読み、娼婦のイルカの助けが
あったとはいえ列車に乗ってはるばる目的地にたどり着く姿を「けなげ」
「不憫、だが感動的」と評している。列車ではうまく立ち回ったものの
ストリートチルドレンにからまれて怪我をしたり、マダムの運転手に
追いかけられたりと怖い思いをたくさんするその姿に涙するんだろう。

私なんか初めからもうやめとけやめとけ!だからちょっと違う。
ワーニャはついには母の居場所を突き止めるんだけど、正直いっそのこと彼女が
どうしようもないロクデナシか、死んでてくれればいいのにと思ったくらいだ。

もちろん主役のワーニャばかりが目につくけど、この実話の元になった
孤児院とそこに収容されている孤児たちを起用している作りも興味深い。
年長の子供たちは仕事をしながら孤児院をねぐらにしており、チビたちの
生活もいくばくか援助している。仲間意識は強いけれど、意外にも陰湿な
いじめや鬼院長がいるわけではなく、ただひたすら貧しくてお先真っ暗だ。

ワーニャが道を聞こうとするシーンでは、子供たちは乱暴で若いカップルは
お金はくれたけど話は聞いてくれず、男の人は邪険にし、おばちゃんたちは
余計な事ばかり言う。結局道を教えてくれてバスに乗せてくれたのはおじさん。
あとワーニャが昔いた孤児院の院長先生も金では動かない実直で優しい人だ。
おっかなくて無愛想で孤児を見下してるマダムの運転手も、最後にワーニャの
気持ちを尊重してくれてお母さんのもとへ行かせてくれる。階段で途方に暮れる
彼に声をかけてくれた人もいたし冷たい雰囲気ではなかった。演出だろうけど。

夜勤というワードと運転手を手当てしてた看護師の名前がお母さんと同じなので
お母さんは多分看護師さんなんだろう。子供を捨てた女が娼婦やダンサーよりは
まっとうな職というのは実話なのか脚色なのかわからないけど、感動のシーンは
なく、映画の最後はワーニャのイタリア行きを羨んでいた天涯孤独のアントンに
手紙を送るモノローグで終わる。彼は念願かなってイタリアに行ったようだ。

追い詰められたワーニャが瓶を割り、自らの手首を傷つけて血を流す。
僅か6歳の子が取る行動にしてはエキセントリック過ぎるけどインパクト大。
ただねぇ…実話のラストも「(一度は自分を捨てた)母と再会できてめでたしめでたし」
だったんだろうか。どっちにしろ、やっぱりイタリアに…(まだ言ってる)

(2009/3/12 放映)
マディソン郡の橋12/5(土)

マディソン軍の兵士が渡り難い橋を目指して決死の行軍をする…物語ではない。

90年代初め、世界的に大ヒットした「不倫物語」であり、イーストウッド&
メリル・ストリープという看板役者で映画化されてこちらも大ヒットした。
「不倫」嫌いの私にとってはやはり同じように流行りまくった「失楽園」と
同じくらい敬遠すべき作品なのだが、まぁ見てもいないのに文句言うのも…
と思って見た。どうだったかと聞かれれば、まぁ…5割は早送りしたな…

物語は40代の兄妹が死んだ母の遺産を確認するシーンから始まる。
母の望みは遺骨を橋の上から撒いて欲しいというもの。その意味がわからず
遺言をすぐには受け入れられない2人は、母が書き残した物語を読み進める。

それは夫と子供たちが留守にしていた4日間の出来事。
フラリと現れたカメラマンを橋に案内し、そのままなんとなく彼との交流を
深めたフランチェスカは、やがて不倫愛に走ってしまう。小さな田舎街では
不倫をしたというだけで白い眼で見られる。2人の逢瀬は人目を避けて行われ、
かつ、夫と子供たちが帰ってくる前日までの僅かな時間しかないのだった…

というのがあらすじなのだが、まぁ…不倫愛ではあったが真実の愛だった、
というオチなので好きな人は好きだろうし、私のようにちょっと冷めてると
「あ、うん、そう…」としか言いようがない。荷造りまでして出て行くんだか
やめるんだか最後までウダウダ泣き言を言うフランチェスカにはイラつき、
彼女のその気持ちと立場を思いやって1人旅立った根無し草キンケイドの
引き際は「これが男の潔さなのか?」と首を捻らざるを得なかったし…

別れて数日経った土砂降りの雨の中、夫と買い物に来たフランチェスカを
ただ佇んで見つめるイーストウッドの姿がこの悲恋の最期を飾っていると
思う反面、イーストウッドのぽやぽや頭が濡れそぼってトンデモナイ事に
なってるもんだから吹き出しそうになった。そっちの方がよほど悲惨だよ。

最後まで夫を愛し、子供たちに尽くした彼女は、死んだ後は、一人ぼっちで
彼女を愛し続けて死んだキンケイドに、自分を少しだけ分けてくれと頼む。
後に親友になり、この物語を唯一知っていた不倫によって街の人から白い眼で
見られていたルイーズが見守る中、2人の子供たちは母の遺灰を橋から撒く。
数年前に同じ橋から撒かれたキンケイドを追うように、フランチェスカも
またこの橋の下の風や土や草木に還っていくのだった…というのが結末。

う〜ん…
立場を考えれば別れは明らかなのになんでお互いに手を出すんだろうか。
いや、電撃のように好きになっちゃう気持ちはありかもしれないとはいえ、
だったら覚悟決めてやれよと言いたい。なんかなー、逃げ道があるというか
安全地帯を確保したまま危険な車道を渡るというか…ズルいよなぁ、不倫って。

かといってフランチェスカが本当にここでキンケイドと逃げちゃったとしたら
それはそれで美談でもなんでもないただのダメ女の話になっちゃうだけだし。
同じ不倫でも「イングリッシュ・ペイシェント」は他にも見所がたくさんあって
面白いと素直に認められたけど、長々と狭い世界での不倫を見せられてもねぇ…

(2009/12/1 放映)
オールウェイズ12/5(土)

山火事で死んだ男が、遺された恋人に踏み出す一歩を歩ませる物語。

でも本編中、幽霊男ピートが指導していたのはほとんど元宅配くんの
テッドだったので、彼を育て上げて彼女を託す相手にするつもりだと
思ってたから、最後にまさか彼女が山火事レスキューに出動するとは
思わなかった。だったら最初から彼女を消防飛行士に育て上げる物語に
すべきじゃないだろうか…急に方向転換されてこっちもビックリだよ。

山火事は乾燥地帯では多大な被害を与えるものであるが、消防飛行機での
消火剤散布もピンポイントで効果を出すには低空飛行を余儀なくされるのか。
あれだけの熱と熱風に伴う乱気流で飛ぶのはそりゃ危ないわなー

リチャード・ドレイファスの飄々とした演技や、ホリー・ハンターの80年代の
女らしい、少しサバサバした(でも結局は女なのでネバネバしているのだが)
豪快っぽいキャラなどは懐かしい感じがする。そしてこの作品が遺作となった
オードリー・ヘプバーンは優雅で悟った雰囲気で演じているのかと思いきや
意外にもキュートな天使(?)を演じていたのでちょっと意表を突かれた。

公開当時もさほど評判が高いとは言い難かったけど、実際見てみてもさほど
面白いと思える映画じゃない。同じゴーストもので恋人の前に再び姿を現すが
相手には見えなくて…という作品なら、この映画の半年後に公開され、当時の
知名度的な差は天と地だったのに口コミで評判が広がってメガヒットとなった
「ゴースト/ニューヨークの幻」の方が圧倒的に有名になっちゃったもんね。

(2009/12/3 放映)
マリア12/5(土)

聖書に書かれたイエス誕生の軌跡を、綿密な時代考証を行ってできる限り忠実に
再現したという宗教映画。そこまで忠実に映画化したのに、俳優たちの言語が
「英語」というのが一番惜しい気もするが、まさかアラム語を話させるわけにも
いかないだろうからこのへんは妥協か。先日の「戒厳令」にしても、せめて
スペイン語ならもう少しリアリティがありそうなのにフランス語だったし、
チンギス・ハーンは日本語を喋ってたし、フランスが舞台だったシンデレラも
しゃべってたのは英語だったからそのへんは文句を言っても仕方ない。

キリスト教については歴史的な興味くらいしかなく、宗教としては仏教や
ヒンズーやモスリムと全く同程度の知識しかないので、もっぱら興味深く
見たのは紀元0年あたりの人々の生活だな。ロバで畑を耕し、チーズを作り、
粉を挽き、パンを焼く。ローマに従属したヘロデ王の税金取立ては厳しく、
民衆の不満は沸点に近く、反逆者は捕らえられ、救世主の出現を待っている。

大工という仕事のおかげで懐が豊かなヨセフ(英語なのでジョゼフになって
しまうのがどうにも違和感があるのだが…)に嫁にと望まれたマリアだけど、
当時の掟では妻はその後純潔を保ちながら親元で1年間暮らし、それから
夫と同居するようになるとか。無論マリアには不貞の疑いがかけられる。

誰もが知っているマリアの受胎告知、マリアの高齢のいとこエリザベトが
予言と共に身ごもった洗礼者ヨハネの誕生(旧時代のことは色々時代考証
してるのに、生まれた子供のデカさがどう見ても嬰児じゃないのは笑った)
そして家族との対立と和解、さらに夫ヨセフの理解を得ることができる。

やがてヘロデ王が出した故郷への帰還命令により、ヨセフは身重のマリアを
連れてナザレから故郷へと困難な道のりを帰ることになり、たどり着いた
ベツレヘムの汚い小屋で(馬はおらんかった)ついにおさな子イエスが誕生する。

正直、遥か遠い時代を垣間見るのはとても面白かったのだが、宗教色が強過ぎて
どうにもこそばゆい。マリアの受胎はどう見ても乱暴されたか不貞不義の子だと
思うのだけど、まさか映画でそんなことは描けないだろうからそれはまぁいい。
ヨセフが天使の助けを得て彼女の子が神の子であると認識するのもまぁいい。
でも村の人々の冷たい目はもっとリアルに描いてもよかったんじゃないか?

真面目にやってる分、一番アレンジしやすかったのか、面白かったのは
マギこと東方の三賢者。黒い肌のバルタザール、初めから旅に乗り気の
メルクマール、最後の最後まで旅に出たがらず、追いついてきたものの
不満を漏らしてばかりのガスパールのコミカルな会話はとても楽しかった。

これがアニメだったらきっとシラけちゃったと思うけど、人間が演じると
それだけで「よく再現したもんだ」と感心するので、キリスト教について
大した知識のない私にとってはラクに見られる「キリスト生誕物語」だった。

(2009/12/2 放映)
エマニュエルの贈り物12/3(木)

「呪われた者」「父と母の罪を背負って生まれた子」として忌み嫌われる
ガーナの障害者。彼らは医療や療育、教育を受けることはほとんどできず、
従って当然仕事にも就けないため物乞いになる人がほとんどだという。

そんな障害者の境遇を変えようとたった一人で立ち向かったのが、右足に
障害を持つエマニュエルという青年だった。父に捨てられ、体の弱い母に
強い誇りと何物にもくじけない強い心を育ててもらった彼は、13歳で学校を
辞め、靴磨きをしながら一日2ドルの金を稼いでいた。けれどある日、彼は
アメリカの障害者スポーツ団体に手紙を送る。仕事がないので仕事をくれ?
生活が苦しいので生活費が欲しい?学校へ行きたいので学費支援を望む?

そういう数多の望みと同じものではなく、彼が望んだのはたった一台のMTB。
その目的は、障害者への偏見に満ちたガーナを自転車で横断し、障害者でも
何かをなすことができる、やり遂げることができると国民にアピールすること。
その未来を見据えた大きな視点に共感した協会は、MTBと彼への支援を呼びかけ、
そしてまた彼自身もガーナの各州・各部族の首長たちに会い、自身の行動への
支援を取り付けた。(その額がまた6ドルぽっちなのが泣けるんだが、年間平均
所得が400ドル程度のガーナではその1/60〜1/70にあたるからそこそこ大金だ)

障害者のドキュメンタリーというとどうしても悲惨さや暗さが前に出そうだし、
逆に感動的なシーンは大げさに描きそうだけど、この映画はエンタメとしても
なかなか楽しく、例えば彼の縁者が出演する時は皆もう最高のおしゃれをする。

エマニュエルもオレンジの長衣に身を包んでかっちょいいし、おばあちゃんは
目の覚めるような鮮やかなグリーンで全身統一し、おばさんもシャレた模様の
紫の服で、眉もバッチリ書いておめかししてる。カメラ映りのいい立ち位置で
決めたショットが差し挟まれたりして、ドキュメンタリーという作品には嘘が
入っているんですよとちゃんとわからせているのもなかなかしゃれている。

ドキュメンタリーというと「一方向から見ただけでは事実はわからない」だの
「演出がくどくて見ていられない」などと、まるで「俺はそう簡単におまえらに
だまされんぞ!」と肩肘張って(あるいはインテリぶって)言う人も多いけど、
映画はあくまでも「エンタメ商品」なんだということを忘れてないだろうか?
もちっと寛大に「これもフィクション♪」と楽しめる心を持って、その中から
必要な情報だけを取捨選択すればいいだけのこと。これぞ「自己責任」だよ。

それにしてもヨーロッパで教育を受けたような大首長でさえ、障害者への差別を
やめるように自分から動くことができなかったんだね。それを動かしたんだから
やはりエマニュエルのやった事はこの国においては革新的だったんだろうね。
アフリカ諸国の中では先進的と言われているガーナという国が、これで少しでも
よくなっていくなら彼の存在が大きな礎になったわけだ。何より彼を見ていて
見習うべきは、「受けた恩を次の世代へ、または困っている人に返す」という
ことだと思う。自分が生きる社会に何かを返すのは自身の存在意義にも繋がる。

そういえば日本では奨学金を返さなくてもいい条件があるらしく、前々から
変なのと思っていたんだけど、最近はそれすらも守らず、無論奨学金も返還
しない人が多いと聞く。そんな人たちでも、せめて困っている誰かに、そして
自身が生きる社会に対して何かを返すような人生を送ってくれるといいのだが。

そして「教育と学習こそが国を変える」という言葉の重みを日本人は今一度
考えるべきだと思う、真剣に。教育をおろそかにする国は絶対に滅びるよ。

かくいう私も恥ずかしいのだが、アナン前事務総長=ガーナ人と今さら…
ふむふむ、やっぱりじじぃになってもばばぁになっても学習は大事だよネ!!

(2009/12/1 放映)
戒厳令12/3(木)

南米のある国で、「善良なるアメリカの一市民」である(とされる)
フィリップ・マイケル・サントーレが誘拐されて殺害された。
殺害したのはファシズムに反旗を翻す革命組織(極左組織)で、
彼らの目的は逮捕された仲間の解放ではあるが、実際は赤狩りに踊る
アメリカが南米で行っている非道な行為の告発と、彼の国に操られた
一部の金持ちが政権を握っている現政権の弾劾することだった。

この映画が作られた頃、70年代から80年代の我々の南米のイメージは、
「経済危機と貧困」「独裁者による恐怖政治」「秘密警察や軍による逮捕、
拷問」「誘拐組織による誘拐・監禁」「爆弾テロ」「言論統制と思想弾圧」
など、とにかく最悪なものばかりだった。爆弾テロはもちろん危険で忌むべき
ものではあったけれど、日本赤軍が広めたとされる自爆テロがまだ今ほどは
横行していなかったこの時代、一番怖いのは「拉致・誘拐・交渉・殺害」の
パターンだったように思う。そしてこうした知識は私のようにさほど世界の
情勢に詳しいというわけでもなく、かといってまったく興味がないわけでもない
ごくごく一般人の知識としては、年が若かった事を鑑みても少なすぎるにしても
あくまでも「普通」の範疇だったと思う。それは我々があくまでも遠い南米の
事件を「アメリカというフィルタ」を漉して見ているからに他ならない。

大西洋を越えてダイレクトにこの動きを捉えていたヨーロッパがこの大陸の
北と南の動きに耳をそばだて、目を凝らして見た結果がこの映画なのだろう。
「ぜんぶ、フィデルのせい」「パンズ・ラビリンス」「サルバドールの朝」
そして「セプテンバー11」のチリの9.11事件を描いた短編といい、どれも
共産主義弾圧への知識のなかった私にはショッキングな内容ばかりだった。

冒頭、死体で発見されたサントーレ氏が一体なぜさらわれ、そして死ななければ
ならなかったのかがテロリストたちと彼の会話によって明らかになってくる。
彼が「他国」で、「他国民」が、合法的に「他国民」を「いかに効果的に」
痛めつけるかという業を教えていたこと、この国が外交筋から特権的指導者を
受け入れ、訓練を受けさせた警察を牛耳らせていたこと、それによってこの国の
トップにいる途方もない資産を持つ政治家たちから莫大な利益を得ていただろう
ことを暗に示している。そもそも大臣全員がそろいもそろって大企業家であり
銀行家ってどうなんだ!そもそも政治家ってのは金がなきゃなれない職業なのか
それとも逆に政治家だからがっぽり儲けることができるのかどっちなんだろう?

テロリストは最初こそいきなり発砲してサントーレ氏を傷つけてしまうけど、
(それは事故ということで完璧な治療を施し、完治していたと後に検視官が
報告する)殴ったり暴言を吐いたりせず、あくまでも最低限の敬意を払って
扱ってるのは好感が持てた。まぁ実際彼のモデルになった人もこの事件で
死んでしまったので実際どうだったのかという証言は取りようがないけどね。

印象的だったのは独裁国家の国会でさえ、誰かが発言している時はみな静かに
発言を聞いていること。どこぞの国の動物園のような国会とは大違いだった。
あと訓練中の警官の前で素っ裸の男(おそらくは政治犯か学生のリーダー)に
体中のあちこちに電気ショックを流す実験を見せる残虐なシーンがあるんだが、
その電気ショックの機械がアメリカから「外交物資」として届いた時、それを
受け取った連中が面白半分に後ろを向いているお仲間に電流を流すんだよね。
流された方は怒り狂ってヘラヘラしてる犯人を怒鳴りつけるんだけど、それが
普通の人間の反応なんだよ、無抵抗の人間に施すなんて冗談じゃねぇぞボケー!
と言いたかったわ。つくづく一部の金持ちと秀才バカが仕切ってる国だよなー。

まぁかくいうヨーロッパもじゃあ君たちがもっと南のアフリカやインドや
インドシナでやったことはどうなのと言われたら何も言えなくなっちゃうと
思うんだけどね。我々も含めて皆何かしらスネに傷を持ってるってことだ。

(2009/12/1 放映)
バウンド12/1(火)

レズビアンさんたちがマフィアの男から金を奪うクライム・サスペンス。
無駄にレズビアンさんたちのレズシーンがかーなーりエロエロなので、
好きな人は好きかも知れんが、そういうものにサッパリ興味のない
こっちとしてはわかったわかったもういいやめんかという気分。

5年の刑期を終えて出てきたコーキーとマフィアの情婦ヴァイオレットは、
シーザーが組織の金を横領していたシェリーから取り戻した200万ドルを
ネコババして逃げようと計画する。コーキーが立てた計画は途中までは
うまくいくのだけど、すぐに逃げ出す腰抜けだと思っていたシーザーが
意外にも最後まで踏ん張り、事態は思っていたルートを外れてしまう。

クール・ビューティーなコーキーは、以前もこうして綿密に練った計画で
盗みを働いたものの、バディの裏切りにあってムショ送りになったとか。
そんな過去があるのでどちらかが裏切って金を持ち逃げするんじゃないかと
思っていたけどそれはなく、むしろコーキーはヴァイオレットの危機を知り
隣の部屋に飛び込む勇敢さを持っていた。もちろんあっけなく捕まるのだが。

レズビアンさんたちが健闘してもテンパった男にはなかなかかなわず、一矢
報えないのがハラハラするかも。つーか小物のくせにシーザーがしぶとい。
まさかあんなに頑張るとは…それも結局最後は情婦に殺されてジ・エンド。

便器にガンガン頭をぶつけたり、ハサミで指を切断したりアイタタタな
シーンも多数。過去と現在と未来がランダムに差し挟まれていたり、
シーザーが撃たれるシーンでは白いペンキに赤い血が飛び散ったりと、
好き嫌いはともかく、視覚に訴える個性的な演出が多かった。

シーザーの死体を隠してしまえば「金を持って逃げた」として片付けられる。
見事200万ドルを手に入れたレズビアンさんたちは、ラブラブで新天地へと
出発し、めでたしめでたし…という話。犯罪計画と、一応予測の範疇では
あるのだけど二転三転するストーリーはなかなか面白かった。面白い分、
やっぱレズビアンさんたちの濡れ場はいらんかったのではないだろうか。

「マトリックス」で名を知らしめたウォシャウスキー兄弟の監督作なので、
それこそレズプレイが大好きな攻殻(原作)の少佐を意識してるのかもしれんね。

(2009/11/30 放映)
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