映画感想 2009 旧作 9月分
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 2009  9

石内尋常高等小学校 花は散れども9/30(水)

教師が「聖職」だった時代の、朴訥で熱心な先生と素直な生徒の物語であり、
95歳の新藤兼人監督が脚本も担当し、自身の自伝的映画として撮ったとのこと。

居眠りしていた生徒を叱りつけ、罰を与えたくせに、その理由(家族総出の
徹夜の稲刈り)を聞いて思わず涙ぐみ、罰を与えた自分を詫びる市川先生。
勉強のできる優等生で級長の良人は、家の貧しさゆえに高等学校へ行けず、
幼馴染で互いに恋心を抱いていたみどりを置いて広島へと働きに出る。
やがて居眠りばかりしていた三吉から良人の元に30年ぶりに電話が入る…

先生の退職祝いと同窓会を兼ねた「教え子」たちの年齢に無理がありすぎ。
どう見ても60代70代の方々なんですけど…大竹しのぶ(51歳)も違和感が
あるのに、40代のトヨエツはそれ以上に変だ。一人だけ若すぎて浮いている。

自伝的な物語というものは得てして他愛もないエピソードが積み重ねられて
冗長になるのが常なのだけど、この作品も例外ではない。再会したみどりは
優柔不断で決断力のない良人に激しく迫って漁師小屋で熟女セックスに励み、
やがてまた何の変化もなく5年が過ぎる。みどりの夫が大阪で刺殺されたと聞き、
再び広島を訪れた良人は、みどりが自分の子供を産んだことを初めて知った。

なんかねー、やっぱり全体的に年齢に無理がありすぎる。
みどりと良人は15歳の時に別れたきりだったそうなので、30年後は45歳。
昭和30年代くらいに、子供を産んだことのない女が45歳で子供を産むかね…

新藤監督は95歳という、第一線に立つ仕事人としては考えられない
高齢ゆえに、40歳なんかまだまだ若いと思ってるんじゃなかろうか。
もしかして70くらいの人が20代を見て感じるようなことを、90半ばの
監督は不惑の40代に対して感じてるんじゃないだろうか。全然違うから!

やがて先生が脳溢血で倒れ、心身を病んで言語障害が残ってしまう。
柄本明の障害者演技もすごいが、実はまだ若き青年教師だった頃の先生、
川上麻衣子との結婚に浮かれまくる先生、定年を祝う会で戦争に苦しんだ
教え子たちの話をひとつひとつ静かに聴いている老成した先生、そして今
障害者となって人生の最後を迎えようとする先生を全部そのまま演じている。
ホント、器用だよねぇ。トヨエツは何を見てもトヨエツオーラを放っていて
トヨエツにしか見えないのだが(演技力不足のキムタクとは違い、それはそれでインパクトがある)
こうした個性派・演技派の役者は変幻自在にちゃんと演じ分けるので面白い。

病んだ先生が子供たちの声が聞きたいからと妻の介助で学校の校庭に入り、
小使いさんに邪険に追い出されそうになるのは物悲しく、ついに町を去る日、
駆けつけてきた教え子たちが車が見えなくなるまで見送るシーンも物悲しい。

物語は先生の死とともに終わり、みどりにプロポーズを断られた良人は
結局一人で東京に帰る。う〜ん、物語は取り立てて可もなく不可もなくで、
盛り上がりに欠けたかもしれない。主人公であり監督の現し身である良人が
これまた本当に決断力のない曖昧模糊な男なので余計にダラダラ過ぎた感じ。

前半はまぁまぁ面白かったので、もうちょっと子供時代のエピソードを
描いてくれたら、戦争体験を語る彼らに思い入れもできたかもしれん。
劇中、教え子が石内尋常小学校の校歌を歌うシーンが何回も出てくるんだけど、
自分も歌えるかなぁと思って小学校2校(転校しているので)、中学校、高校と
歌ってみたら、記憶力のいい時代だったおかげか覚えていてスラスラと歌えた。

しかし何より驚いたのは、昨日のレビューで「東京では富士山は遠いけれど
身近な山」と書いたとおり、校歌4曲の全てに富士山が入っていた事である。
むぅ、恐るべし富士山!

(2009/9/20 放映)
富嶽百景 遥かなる場所9/29(火)

富士には、月見草がよく似合う…

太宰の短編「富嶽百景」を現代版として完全リメイク。
太宰がバスで向かった天下茶屋への道行きはタクシー、金がらみの問題は
キャッシング、日がな一日やることがなければパソゲー、たまたま電話を
かけるシーンがなく出なかったが無論携帯も使いまくるデジタル太宰世界。

ところがその割には登場人物たちの口調はやたら古臭く、茶屋の女将さんは
着物なんか着ちゃってずいぶん時代錯誤に思える。そもそもあんな美人が
こんな山奥にいるわけないじゃん。山女っぽいおかみさんしてなきゃ!

もっと雰囲気とかドラマだけで「現代風太宰」を見せていくのかと思ったけど、
思ったより原作を「朗読」する作品だった。設定はちょっとずつ違うものの、
流れ的にはほぼ原作そのまま。月夜の富士と財布のエピソードはもうちょっと
幻想的な方がいいような気がしたし、月見草の老婦人が出てこなかったのもな…

遊女たちのシーンで彼女らのことを(勝手に)頼む「大親分みたいな富士」
という表現がとても好きなので楽しみにしていたのだが、一切なくて残念。
きっと遊女=キャバクラ帰りのフィリッピーナなどで、酔っ払って姦しく
現れるに違いないと想像してた。反面ラストがカップルというのは今風かも。
あと原作で読んだ時もドキドキしたけど(原作は婚約者の母親が言ったのだが)
「愛情と仕事への情熱があればいい」というセリフは思った以上に熱かった。

富士山はどれもきっちり綺麗だったよ。
そう、まるで風呂屋のタイル絵みたいにでき過ぎてて←褒め言葉
そういや太宰と同じく、私も十国峠から眺めた富士山には驚いた。
晴れた空に広がるパノラマの富士山はホントに雄大で綺麗だよね。

確かについ鋭角に思いがちだけど、裾野が広い割には低いのか、富士山は。
富士山は東京から遠いけど小学校の通学路の歩道橋からも見えた身近な山。
大阪に住んでるツレが新幹線で東京に来た時、「窓から富士山が見えた!」
と喜んでいたので、そうか、大阪からは富士山は絶対見えんもんねと改めて
思ったものだ。飛行機で九州に飛んだ時は真上から雪をかぶった富士山の
山頂が見えてこれもまた面白かった。背の高い人のつむじを見た感覚?

主人公は特に太宰のイメージというわけではないけれど、太宰が現在も
生きてたら意外とこんな飄々としたタイプかもなと思わせるのが面白い。
美人の婚約者、美人の女将、美人の娘さんと美人にばっかり囲まれて、
女にだらしない太宰には毒だ。勇気を出して尋ねて来た新田との交流は、
物騒な現在ではなかなかない古き善きコミュニケーションだとノスタルジー。

こういう作品を見るとつくづく思うのだが、太宰はもうちょっと後の世に
生まれていたら人知れぬ苦悩に悩まず?ラクに生きられたかもしれないな。
だけどその場合は絶対作家にはなれなかっただろうとも思うけどね。

この映画、1時間の短い作品なのだけど、どうせならもう1時間同じキャストで
昭和初期のオリジナル「富嶽百景」を連作してみてもよかったんじゃないかな。

(2009/9/9 放映)
インサイド・マン9/29(火)

人質をとって立てこもる銀行強盗事件でありながら、暴力によるけが人僅少、
死者ゼロ、銀行の金銭的被害ゼロというミステリアスなクライム・ムービー。
その陰にはもはや過去のものとして隠蔽されたハイ・クライムが隠されている…

デンゼル・ワシントン、クライヴ・オーウェン、ジョディ・フォスター、
ウィレム・デフォーなどスパイク・リーの人脈フル稼働といった豪華な面々が
顔をそろえたこの映画、冒頭の「犯人」の言葉に始まり、事件と同時進行する
人質からの事情聴取や、警察とは別の意図で動く信託銀行の会長と弁護士など
いくつものシーンが見え隠れする。複雑とまでは言わないけれど単純ではない。

犯人はまず人質の服を脱がせて自分たちと同じ服を着せ、同じ覆面をさせる。
彼らを統率し、反抗的な連中を粛清しながら、警察には要求を、一方で何やら
順番で床に穴を掘ったり荷物を動かしたりと全く不可解な行動を続けている。

人質は消耗はするものの、心臓を患っているとちゃっかり演技をした男や
シーク教徒などがランダムに開放されていき、要求を伝えたり中の様子を
語るものの、この時点では警察同様我々にも犯人の意図が全然読めない。
ダミーのアルバニア語の音声を解読するまでのくだりなんか実に小憎らしい。

やがて会長がジョディ・フォスター演じる敏腕の女弁護士を呼びつけて
「見られては困るもの」を守るよう命じ、犯人もまたそれ…即ち彼の
戦争犯罪にかかわる不名誉な証拠を手に入れていることが明らかになる。
でもこれについてはラストにいたるまでデンゼル・ワシントン演じる
刑事にはわからずじまい。彼がこの「悪臭を放つ」真実にたどり着けるか
どうかはわからないけど、なんとも小粋な終わり方にニヤリとしてしまう。

人質にああいう格好をさせていればこうなるだろうという開放劇の際には
本当に混沌としてしまって何がどうなってもわからないだろうと思う。
使っていたのはモデルガン、見せしめに殺したと見せかけた人質は毛布、
分断されていた人質に犯人を特定するだけの確証はなく、結局警察には誰が
犯人かを特定することができなかった。「被害ゼロ」のこの事件は葬れと
言われたにもかかわらず、冷静で頭のいい犯人との接触に感じ入るところが
あった刑事はあきらめきれず、犯人もまた実直さを持つ刑事に思うところが
あったようで、貸し金庫に指輪を残すだけでなく、贈り物がひとつ…

いや〜、面白かったな。クライム・ムービーでありながらバイオレンスより
知略・策略の見事さが光り、犯人・市警・銀行のおおまかに3つの力が均衡する
物語もなかなかだった。一本筋の通った知的で冷静な犯人を演じたクライヴ・
オーウェンと下町気質で熱血の刑事を演じたデンゼル・ワシントンの対比が
またうまいこと際立っている。目的はわかっても動機はわからなかったり、
途中で本当はこの事件は会長による自作自演で、あそこにある因縁の
ダイヤモンドを始末したかったんじゃないのかと思ったりもしたよ。

そんな風にあれこれ考えるということはひっくるめて面白かったということ。
狭い場所、穴掘り、タイトル…なるほど、すべては冒頭に語られている。
どんでん返しはないくせに、ああ…というやられた感が何とも憎たらしい。

同じスタッフとキャスト(ジョディ・フォスターはまだ不明らしいが)で続編が決定している
らしいけど、物語も続なのかそれとも全く違う新たな展開なのか気になる。

(2009/9/25 放映)
ヴィーナス9/28(月)

正直、老いらくの恋ほど醜いものはないと思う。
いい年してそんな事にエネルギーを注ぐなど気持ちが悪い。
モーリスのキスや愛撫を嫌がるジェシーの気持ちはわからなくもない。
けれどこのクソッタレ女にだけは絶対によい感情を持つことはできない。

この映画もピーター・オトゥールが演じていなかったらキモいだけの作品だ。
彼が演じるモーリスと親友イアンの皮肉に満ちながら温かみのあるこじゃれた
会話や、かつて捨てた糟糠の妻との憎しみや怒りを経た後の残り火のような
かすかな敬愛と思慕が見える関係などはイギリス映画らしい味があるのに、
すべてを台無しにするのがタイトルであるヴィーナスことジェシーの存在だ。

田舎で子供を堕ろし、仕事もせずにブラブラしているだけだったジェシーは
体のいい厄介払いとして大叔父イアンの元に送り込まれる。年老いた大叔父の
世話どころか魚料理ひとつ作れず、口先だけで「モデルをやりたい」などと
言いながらジャンクフードばかり食っている、本当にクズで最低な低脳女だ。

きちんとした生活をするでもなく、仕事をするでもなく、仕事のための資格を
得るわけでもなく、ただただ自堕落に生きる彼女に興味を持ったモーリスは、
時に「クソジジィ」と呼ばれながらも彼女と語り合い、その反応を楽しがる。
酒を飲み、飯を食い、洋服をプレゼントしようとしたら金がなくて彼女から
罵倒され、やがて老いた体には厳しい仕事を受けてイヤリング代を貢ぐ始末。

当たり前のようにモーリスに買ってもらったイヤリングをつけてパーティーに
出かけたジェシーは、翌日の彼との約束の時間に現れず、モーリスは何時間も
約束の場所で待ちぼうけを食わされる羽目に…

こうした傲慢さとわがままさこそが若さなのだと理解できなくもない。
ジェシーだって本当にイヤなら関わらなければいいのに、自分の体を武器に
モーリスを釣る。直接的な性行為はないけれど、キスや匂いを嗅ぐなどの
行為が非常に暗喩的に使われるので、それがセクシーと思う人もいれば
単に気持ち悪くてうぇ〜となる人もいるだろう。私は無論後者だが。

既に前立腺を患っていたモーリスは、彼を追い出して彼の家でセックスに
励んでいたジェシーとボーイフレンドを追い出そうとして返り討ちにあい、
そのショックが元で死んでしまう。最後のひと時をヴィーナスと過ごせて
彼自身は幸せだったんだろうけど、どうにも腑に落ちないなぁ…おそらく、
視聴者が一番同感できるのはジェシーを嫌い、モーリスの死は彼女に責任が
あると怒っていたイアンだろう。そのイアンも最後は彼女を許すのだけれど。

この映画、私には何が言いたいのかサッパリわからなかった。
死の瞬間まで恋、または女性への憧れの中で幸せだったであろう老人の事か、
それとも傲慢な自分自身の若さによって傷つき、そういった経験を得ることで
絵画のヴィーナスのようにまろやかでふくよかに変化していく娘の事なのか…

老優たちの粋な会話やユーモラスな愚痴合戦はとても面白かったんだけどなぁ。

(2009/9/18 放映)
革命児サパタ9/26(土)

メキシコの革命家エミリアーノ・サパタの生涯を描いた革命映画。
ラストシーンのわかりきっている裏切りシーンはなんだか胸に詰まされる。

白人のディアス大統領による独裁が猛威を振るうメキシコでは、農場主の
武力的非道や理不尽な土地の差し押さえによって農民たちが苦しんでいた。
そんな彼らの必死の訴えに対し、よく調べて裁判で片をつけろと農民の声に
耳を貸さない大統領に抗議した男こそがマーロン・ブランド演じるサパタ。
え?これがマーロン・ブランド?と思うほどメスティソになりきってる。
まぁ惜しむらくはスペイン語を喋ってない事なんだけども。

物語はかなり駆け足なんだけど、わかりにくいかというとそんな事はなく、
お恥ずかしながらメキシコの歴史なんかちっとも知らない私でもディアスの
逃亡、サパタと同盟を結んでいた亡命中のインテリ革命家マデロの大統領就任、
マデロに対するウェルタ将軍のクーデター、最終的にはサパタの大統領就任…
などなど、あくまで「サパタ目線」で描かれた政権交代劇も十分理解可能。

ことにマデロに対してディアスに言った事と全く同じ「農民に土地を取り戻せ」
と怒りに燃えて伝える時の印象は強く、さらにその後自身が大統領になった時、
兄が仲間の土地を奪って大農場を占拠したと聞いて愕然とする姿が利いてくる。
なぜならその時の彼はディアスやマデロと全く同じことを言い返したから…

けれどサパタはそれを翻し、自らの権力を投げ出して故郷へと帰る。
そこで仲間たちの土地や財産、女房を奪い取って自堕落な生活をしている兄に
罪を問い、結果的に仲間に撃ち殺された兄を戦士ではなく家族として弔う。

政策や法律は指導者によって変わっていく…だからそんな不確かなものに
頼らなくていいように自身が強くなること。文盲だった彼が結婚してから
字を覚えたように、脅威となるものと戦う力を自分自身がつけること。

サパタのシンプルかつわかりやすい主張は農民の心に染み渡り、サパタは
彼らの心の支えになる。けれどそれすらもサパタは否定する。民が本当に
強くなれば、強い指導者など必要なくなる。権力に嫌気が差したサパタは
山奥に隠遁し、サパタを疎ましく思う政府軍によって故郷の村や畑を何度
焼かれても、先読みして逃げ、再建するという方法で抵抗を続けていく。

マデロが随分いい人に描かれていたけど本当にそうだったんだろうか。
アンソニー・クイン演じるサパタの兄が「ディアスはフランス、ウェルタは
亡命先の合衆国でのうのうと暮らしているのに自分は村人の施しに頼ってる」
と愚痴るのはわかるけど、だからといって功績に甘えて暴虐はいかんよねぇ…

死んでしまった少年にあげた馬との再会を喜んだのも束の間、卑劣にも
伏せられていた狙撃隊によって蜂の巣にされ、広場に死体をさらされる
サパタ。時には死人の方が怖い事もある…村人は口々にサパタは山に逃げ、
今も生きていると言う。荒山にはサパタの白馬がいななき、エンドマーク。

マーロン・ブランドのイメージがまたちょっと変わるような役柄であり、
なんとも物悲しい終わりながら、サパタという風雲児が駆け抜けた時代、
苦しむ農民たちに残したものの余韻が心に残る不思議な映画だった。

(2009/9/17 放映)
宇宙戦争9/26(土)

大昔、少年少女文庫のような簡便な文体の本で読んだことがあるウェルズの
「宇宙戦争」の最後のオチには「免疫万歳!」と思ってしまったものだ。
一方で花粉症やアレルギーの方々は、無害なのに免疫が敵と認識したために
花粉やそば粉やピーナッツに仕掛ける激しい攻撃に辟易していることだろう。

「未知との遭遇」で文化的宇宙人との交流を、「E.T」で知的生命体との
友情を描いたスピルバーグが撮ったこの作品の主流は「宇宙からの侵略」

原作どおり地球外生命体による圧倒的な武力で情け容赦なく破壊と殺戮が
行われ、街は次々壊滅していく。何しろヒトの血を吸い取っては自分たちが
持ち込んだ不気味な植物?らしきものの養分にしているのだからたまらない。
トライポットと呼ばれる彼らの乗り物、グレムリンがデカくなったような
エイリアンらしい容姿などには不思議なほど80年代テイストが満載なのは
ある意味面白いとは思うのだが、興行的にも評価も振るわなかったのは、
恐らくテーマが家族愛(しかもかなり陳腐)だったからか。

う〜〜〜〜〜〜ん、宇宙人の破壊や殺戮シーンは最初に誰もが「まさか
そこまでやらんだろう」と思っていたのが、徐々にどうやらそうでもない、
それどころかかなり凄惨だと気づかされていく過程は悪くかたんだけど、
なんだろう、何か非常に食い足りないのはやっぱりトム・クルーズを
起用しながら共感できるアクションが一つもなかったという事かな。

トム・クルーズは妻に離婚され、引き取られている子供たちからも
嫌われているダメ父。大雑把で気が回らず、子供のピーナッツ・
アレルギーのことも忘れている。そんな父に反抗的な長男ロビーは
宇宙人と戦いたい、誰かを救いたいという願いを持ち、少し冷めた
目線を持つ妹レイチェルは残酷な風景を目にするたびにパニくる。

目的はボストンにいるはずの母(レイの元妻)の家に子供たちを無事に
送り届ける事なんだけど、唯一動いていた車を暴徒に奪われたり、
フェリーに乗ったものの宇宙人に襲撃されて沈没したり、ついには
ロビーが戦場に消えて行き…という様々な事態が起きるんだけど、
どうも盛り上がらないんだよねぇ…素材はいいのにうまくない。

ロビーと別れ、レイチェルだけは守らなければならないと誓うレイは
助けてくれた初老の男が家族を失った事で精神を病み始めていると知り、
自分たちの身を危機にさらすと判断した結果、斥候が人間を探し求めて
彼らの隠れ家を捜索する緊張感の中、ついに男を殺してしまったようだ。

このへんもやたら描写が長くて、まぁこの主人公は人類を守る孤高の
ヒーローではなく、たった一人の娘を守るために頑張ってるんだとは
思うんだけど、その描写そのものもいまひとつうまくないというか…

最後は突然停止したトライポットの中からズルリと這い出してきた宇宙人が
細菌やウィルスに対抗する免疫という防衛機構を持たずに自滅したとわかり、
レイチェルを送り届けた妻の家も無事、家族も全員無事。ついでにロビーも…
って、なんで生きてるんだー!?あの大爆発に巻き込まれてたじゃないか!

う〜〜〜〜ん…多くのレビューで「ガッカリ映画」と書いてあったので
原作も最後はあっけない終わりだったからしょうがないんじゃないかと
思ってたんだけど、そこに至るまでの描写がいまひとつだったかと納得。

「幼い子供が残酷な光景を目にする」なんてよくないという思想の元に
レイチェルの姿が描かれているけど、戦いやテロが常に現実のものである
紛争地域の子供たちにとっては見せないように努める余裕がある父なんか
いないだろうと思うと見てるこっちが冷めてしまったり…いかんいかん。

(2009/9/23 放映)
コール9/26(土)

ダコタ・ファニングがブレイクした頃だったので、ウリは彼女の「最新作」。
日本でもそうだけど子役の変遷はアイドル以上に早くてアシが早いよねぇ…

裕福な医者であるウィルの娘アビーが誘拐され、犯人たちの30分ごとの電話が
彼女の命をつなぐ事になる。しかしアビーは重度の喘息もちだったことから、
これまで4件の誘拐を成功させてきた犯人の計画に狂いが生じる。

誘拐の方法も選択するターゲットも3つのポイントを繋いでの「監禁劇」も
(恐らくこの誘拐劇が実は家族それぞれの監禁劇である事がこの映画の肝)
決して悪くはない。悪くはないんだけど…なんだろうなぁ、例えばやっぱり
もはや悪役しかやらない主義かと思わせるケヴィン・ベーコンの、エロエロ
モード爆発の奥さん今晩俺とどう?のシーンが長すぎるという事だろうか。

この映画にはあんなにいらないと思うんだよねぇ、お色気シーン…
しかも「お前の娘は預かった」と勝ち誇る犯人に「お前のムスコは預かった」
って、これなんて銀魂風ギャグ!?大体奥さんもあれだけの覚悟があるなら
最初に銃を手にした時、まず動けなくしてから脅して電話させる手も
あったんじゃないかと思うんだが、さすがにそれはムリか。

彼らの誘拐の目的が実は復讐(しかも罪をなすりつけられた勘違い)だったのも
悪くはないんだけど、その前に4件も同じ手口で誘拐をしてるのはなぜだろう?
試行のためなら1回、不満点の修正のためならせいぜい2回で十分じゃないの?
しかもそれならまだしも女房に必ずセックスを迫る必要性はあったのか…

結局切り崩されたのは犯人の女房の方だったけど、クライマックスの父親の
無茶ぶりには唖然。なんたって娘を救うために水上飛行機で一般道路に
不時着→大事故を引き起こすんだからね。あれ死んだ人いるって絶対…

最後は血迷いまくってアビーを新しい子供にしようと言い出した犯人を
シャーリーズ・セロンが射殺してハッピー・エンド?…なのか、これ?
最初の方はちょっと目新しさもあったけど、エロエロ犯人にゲンナリし、
娘のためならエンヤコラの親の無茶苦茶ぶりにガッカリした映画だったよ。

とりあえず特許をとった麻酔医は、ヒマな上に(これは私ではなく、留守電が
一本も入ってないので呑気なものだとジョーが言った)儲かるんだなと思った。

(2009/9/19 放映)
サンダーバード9/24(木)

これはまたなんとも残念な映画だ。
人形劇のサンダーバードは人気があったようなのに、ヒットしなかった理由が
よくわかる。それはサンダーバードが全く活躍しないからに他ならない。

だって父や兄たちからは一人前のクルーとは認められない末っ子のアランが
排気口から潜ったり幼馴染たちと喧嘩したりムチャしたりしながら戦うという
普通すぎるジュヴナイルものなんだもの。きっと視聴者はCG技術で現代に蘇った
サンダーバードの「困難なミッション」を見たかったんじゃないかと思うんだ。
なのにそれは最初のロシアの油田レスキューだけで、あとは家族の危機に家族
総出で出かけてしまうという、今何か起きたらどうすんだと思わざるを得ない
状況なんだもの。まぁ災害は起きなかったけど基地は乗っ取られちゃって…

ホントに何をしとるんだきみたちはという感じ。

アランがやってる事も色々な映画の青春アドベンチャーとなんら変わりなく、
目新しさがない。あっても困るけど恋愛もなし、ファーマットは思ったより
役に立つキャラクターだったけど、魅力的とまでは言い難い(子供過ぎる)

悪役を演じたベン・キングズレーも一体何を血迷ったのかと思ったり。
そんな中でもレディ・ペネロープはなかなかのお嬢様&コメディエンヌぶりを
見せてくれて楽しかったし、執事のパーカーはハードパンチャーぶりや昔取った
杵柄の金庫破り…ならぬ牢破りの腕を見せてくれたりとなかなか面白かったよ。

この映画、なぜかワイヤーにこだわって通信機のワイヤーはアランの矯正具、
牢破りにはペネロープの下着ワイヤー(寄せて上げる必要がないからだそう)
を代用品として使う。よし、ヘアピンがない時はブラジャーのワイヤーだ!

ところでこの作品のヒロインの名前は日本語的にはヤバ過ぎて吹く。
そりゃTV放映時には「ミンミン」に変えられるだろうさと思う。

しかし最初トレイシー一家が何を言ってるのか全然聞き取れなくて焦った。
特にバージルとゴードンの歯切れの悪さはひどく、サッパリ聞き取れない。
ディズニーHDは私の大嫌いな吹替えでしか見られないのが難点なのだが、
どうやらこれ、V6が声を当てているようだ。父親のジェフと主人公のアランは
さほど悪くなかったが他は今ひとつであった。ファーマットを演じたのは最近
「東京マグニチュード8.0」でショタのお姉さま方を泣かせた(トゲがあるなぁ私)
悠貴を演じた「うまいんだかヘタなんだか非常に微妙」な小林由美子氏だった。

製作スタッフは続編を作る気満々だったようだが、これでは無理だろう…
スパイダーマンのようにネガティヴにするでもなく、バットマンのように
ダークにするでもなく、Tフォーマーのようにエンタメに徹するでもなく、
サンダーバードの活躍自体がなんとも中途半端な上に結末もなんとも…
壮大な金をかけた子供だましリメイクと言ったらキツ過ぎるだろうか。
根強い人気はあるだろうから、また20年後くらいにリメイクされるかもね。

ところで、実は私は人形劇が嫌いである。
オッサンオバハン御用達の「プリンプリン物語」も名作の誉れ高い「三国志」も
あまり興味がなかった。この「サンダーバード」もOPや導入部くらいまでは見て
即チャンネルを変えてしまうので一度も最初から最後まで見通した事がない。

秋からは人形劇といえばのNHKで三谷脚本の三銃士が始まるらしいが、
どうせ最後までは見ていられないだろうなぁと思っている。

(2009/9/19 放映)
アース9/23(水)

秋の環境警鐘映画第3弾。
北極に偏っていたこれまでの作品から、今度は一気に北極から南極までの壮大な
地球縦断の物語になる。極地、ツンドラ、タイガ、温帯、熱帯、砂漠、ステップ
サバンナ、そして再び極地…地球環境の破壊が北極だけではなく、砂漠化や海の
栄養素の枯渇などにも影響を与えていることをより大きな視点で見せてくる。

この作品は渡辺謙が抑え気味にナレーションを務めている。
オオカミとトナカイの子の命がけの追いかけっこ、夜目の利くライオンたちと
闇の中では人間程度にしか見えないゾウの対決などが差し挟まれる時は厳しく、
熱帯の艶やかな鳥たちの魅惑のダンスの時はユーモアたっぷりで大変楽しい。

極地の動物のみならず出演する動物も多岐に渡るので動物好きにはたまらない。
動物は好きだがわざわざ映画館で見るほどではなく、かといって映画ではなく
アニマルプラネットばかり見る夢のような時間は持てない貧乏性のサラリーマン
には、限られた時間でてんこ盛りに見せてくれるこういった作品は貴重である。

アネハヅルのヒマラヤ越えなど、果敢にチャレンジする姿は実に感動的では
あるのだが、人間としての合理性から考えると「なぜわざわざヒマラヤ?」
となってしまう。遺伝子がそうさせるのだろうか。昔はヒマラヤはあんなに
高くなかったのだろうか。忍者が日々育つ麦を跳び超えるうちに高く飛べる
ようになるように、アネハヅルも「今年は去年より高いなぁ」と思ってたら
いつの間にか7000メートルくらいひとっ飛びになってしまったのだろうか。

他にも餌場である南氷洋に向かうクジラの旅、水を求める過酷なゾウの旅、
洪水の中をおっかなびっくり歩いて渡るサルの群れや、キリンが河を渡る
映像なども含めつつ、豊かな恵みをもたらす温帯の森や、高速撮影により
花開く木々、エンジェルフォールやヴィクトリア・フォールズなど豊かな
滝や灼熱の砂漠などの風景が映し出されていく。不動にしか見えない木が
実はあんな風に葉っぱを閉じたり開いたりしているのはなんとも可愛らしい。

そして最後はやはり、氷を失ったホッキョクグマが普段は獲物にしない
巨大なセイウチに挑み、傷つき敗れ、あとは死を待つ姿を映し出して、
今までにない速さで乱れ、壊れていく環境への警鐘を打ち鳴らす。

高速一律1000円と温室効果ガスの25%削減をどう両立する気なのかにゃーと
思いつつ、とりあえずくだらない深夜テレビ(くだらねぇまったりアニメや
萌えアニメ、空気アニメも含む!)とコンビニ営業を12時までにしようや。

(2009/9/21 放映)
北極のナヌー9/21(月)

秋の環境警鐘映画第2弾。
SMAPの稲垣吾郎がナレーションを務める物語仕立てのドキュメンタリーで、
ホッキョクグマの女の子ナヌーとセイウチの女の子シーラの誕生と生長を追う。
もう一人の主役であり、結構スポットも当たるシーラはタイトルから無視か!
と思ったら、原題は「Arctic Tale」でどちらの物語というわけでもなかった。

こちらは主にナヌーとシーラが厳しい自然の試練と数々の苦難に遭いながら
たくましく生長し、やがては彼らの母親がそうだったように彼女たち自身が
母親になるシーンで終わりを告げる。けれど両者が「群れで暮らすもの」か
「単独で暮らすもの」かで、同じ3年間という生長期間を過ごすにしても
ずいぶん違うということを改めて見せるのは面白かったかもしれない。

セイウチにはジャッカルのように母親の他にお世話を焼く「子守役」がいて、
もともとあまり繁殖力の強くないセイウチという種を守ってきたようだ。
(ちなみにシーラは途中で最期まで勇敢だった彼女を失う事件に遭遇する)
家族でコロニーを作るとか、二枚貝の狩場とか、授乳は水中とか興味深い。

一方、厳しい環境の中で一緒に生まれた弟グマを失ったナヌーも、温暖化に
よって氷の溶ける時期が早まり、これまで以上に環境が厳しくなったことで
普通より一年も早い子別れの時期を迎える。成獣に比べたらまだまだ小さな
体なのに、一人で生きていかなければならないナヌー。デカくておっかねぇ
オスグマから餌を分けてもらう時のヒヤヒヤ感ったら。あれホントなのかね?

この映画ではとにかくシロクマのポテンシャルの高さにビックリした。
水に落ちても物ともせず、潜ったり自由自在に泳ぎまくってるんだもの。
どう見ても人間なんか浸かったらものの数分でアウトになりそうな北極の水で
めっちゃ上手に泳ぎ回る。そしてあの足の裏の毛量や前足の力強さときたら!

映画の中では何日間も泳ぎ続けたナヌーがセイウチ島(シーラがいる島)に
たどり着くんだけど、本当に何日も不眠不休で泳ぐんだろうかシロクマって。
(ただし次に見た「アース」でも何日間も泳ぎ続けたシロクマが出てくる)
この時自分は泳げないため沖へ出て行くナヌーを見送るキツネが可愛かった。

ホッキョクグマが歩けども歩けどもバリンバリンと崩れ落ちてしまう氷。
無残に溶け崩れてしまう氷河。温暖化の波は最も過酷な環境の北極を襲い、
頼みもしない暖かい風と海流を届けてくれている。これまでは乱獲や伐採が
動物の命を奪ったけれど、我々が引き起こす「地球規模の環境変化」という
新たな兵器が彼らを襲う。とりあえず、もう努力に頼る時期は終わりかもね。

(2009/9/10 放映)
ホワイト・プラネット9/21(月)

秋の環境警鐘映画第1弾。

フランスが製作したこの作品は、雪と氷に閉ざされる過酷な「白い王国」の
王たちの一年を追うドキュメンタリー。ホッキョクグマ、ホッキョクギツネ、
アザラシ、セイウチなどのメジャーどころはもちろん、海の一角獣イッカクや
カリブーの何百キロにも渡る「地球で最も長く過酷な旅」を追いかけていく。

残念ながら本当にこの映画のために撮影したのかと思うほどどこかで見たことの
あるシーンも多いのだが(次に見た「北極のナヌー」にも何度も同じシーンが出てきた)
巨大な角を持つジャコウウシのど付き合い対決はかなりの大迫力であった。

耳にうるさくない程度のフランス語のナレーションと、民族音楽と
フュージョンされたBGM、時間も非常に短いので見やすかった。
最後はどうしても「地球温暖化」への警鐘としてシロクマに
なってしまうのは昨今のお約束だから仕方がないのだろう。

(2009/9/9 放映)
クリムゾン・リバー2 黙示録の天使たち9/16(水)

クリムゾン・リバーの続編…とはいえ、実際には主人公のニーマンス警視が
同じという事くらいでストーリーは別物。フランス版インディ&セブンかな。
直接物語に関係あるわけじゃないけど「最後の晩餐」が絡むので、ダ・ヴィンチ
コードの公開がもう少し早かったらこっちまでもパクリと言われたかもしれん。

それでなくともパクリと言われてるんだろうけど、私はフレンチ・アクションは
嫌いではない。銃に頼りすぎるハリウッド・アクションより、体を張った格闘が
多いせいもあるかも。今回もさすがにジャン・レノは戦わないけど、若いレダは
アンフェタミンを打ったドーピング修道士を相手に八面六臂の大活躍だった。

ストーリーも修道院で発見された壁に生きたまま埋められた死体の発見と、
鮮やかな手際で殺された空港職員、さらには麻薬取締り中の若い警官が
拾った「イエス」という3つの事件の接点がなく、ニーマンスとレダは
中盤まで同じ事件にかかわっている事すら知らないという迷走っぷり。
いや、でもこういうかなりヒキが強い導入部は悪くなかったと思うよ。

次々増える死体はキリストと十二使途をモチーフにした「見立て殺人」で、
宝石店で目を刳り貫かれて心臓を刺されて死んだ者、スーパーで追い掛け回され
死んだ者、大胆にも警察署の前で火刑に処された者、バラバラに切断され魚網に
押し込まれた者など死体の山が容赦なく増えていく。作り物の頭なんだから別に
わざわざボカシかけなくていいと思うんだけどなぁ…本物だったらそれなんて犬神家

気が強いくせに近年はドイツとのケンカに負けっぱなしだった頃のフランスには
占領された傷跡が生々しく残っている。それにしたってそんな古い昔の要塞が
スパロボの秘密基地みたいにガトリングて!車メチャクチャじゃないか!!
そんな占領時代、ロタール2世が隠したといわれる財宝の存在を知った現在の
ドイツ文化・宗教担当相ヘメリッヒが画策する計画とは……………

さっぱりわかりませんでした。

だってそれが明かされる前に死んじゃったんだもんよーこの人。
あれだけ人を殺しまくってようやく盗まれた鍵を手に入れ、やっと隠された
書物を読もうとした時にファイナル・トラップが発動して地下は水浸しに…
皮肉にも潜入に失敗して捕らえられ、天井から吊るされていたからこそ突破口を
開くことができたニーマンスたちだけが辛くも脱出することができたという。

大体ね、そもそもこの人の「清らかなる大ヨーロッパ」つーのがわからんと
12使途が殺された意味がわからない。しかも脅しにしては手が込み過ぎだろ。
そんなわけで結構前半の猟奇殺人は面白かったのに、後半の展開があまりにも
駆け足過ぎてあれよあれよという間だった。まぁ短気な私にはいいんだけどね。

ジャン・レノは1作目で雪崩、今回は水とどうも流れモノに追われやすい。
そのジャン・レノにあれやれこれやれとこき使われるブノワ・マジメルが
なかなかチャーミングで可愛かった。外見は可愛いだけと思いがちだけど、
気の強いテリア種なので元気で勇敢なヨークシャー・テリアはピッタリかも。

あと聖書の専門家として呼ばれた刑事マリーもとても可愛かった。
でも彼女はもしかして敵が送り込んだスパイじゃないか?!だったらいつ
裏切るんだろうとドキドキして見てたんだけど、そんな事はなかったな。

1時間40分程度の短い映画はコンパクトで見やすいのだが、レダが
麻薬の売人を逮捕するくだりはちと尺を取りすぎじゃないかと思った。
物語そのものも、もしかしたらあの本自体がフェイクで、本当の財宝の鍵は
実は全然別のものという含みを残したのかも。あと残酷な死体の数々より
ショックだったのはジャン・レノをはじめ誰に対しても「誰も通さん!」と
前に立ちはだかる砲兵のおじさんがあっさり殺されちゃったこと。ひどいよ〜

(2009/9/15 放映)
11'9''01/セプテンバー119/12(土)

9.11事件に関わる映画第二段。
9.11に起きた出来事を、11人の監督が11分9秒01という時間の中に描き出した
この映画は、公開当時にも見に行きたかったのだけれど見そびれていた。

監督は各国から選ばれ、良心と自由な感性で撮っている旨が紹介される。
何よりこの映画のいいところは制作がフランスなので「アメリカマンセー」や
「正義は米にあり!」という偏った考え方がほとんどないこと。だから誰もが
言えないようなこと、この一連の事件についてある程度中立的な考え方を持ち、
良心的で倫理的な日本人ならばどこかに抱える不快感をきちんと見つめている。
 
【イラン編 … 「神様がやったこと」】監督 サミラ・マクマルバフ
核シェルターを作る手伝いをするアフガン難民の子供たちに、学校に来るよう
促す女性教師。世界で大きな事件が起きたと問うても、子供たちにとっては
井戸に落ちて死んだ人や、祖国で首まで埋められて石で殴り殺された叔母の
方が重大事件。貧しくて貧しくて情報など入らない国で、携帯と聞いても
わかるはずもなく、貿易センタービルがレンガ窯の煙突と比較される始末。

もし本当なら神様がやったんだよ…神様は世界を創って壊してまた創るから…

子供たちの罪なき無知ゆえの無邪気さに胸が痛む。

【フランス編 … 「音のない世界」】監督 クロード・ルルーシュ
フランスからやってきた耳の不自由な女性が、手話のできるガイドと恋に落ち、
NYで一年間を共に過ごした。けれど2人の関係は冷え切り、別れが近づいている。
彼が出て行った部屋では彼女が悩み、苦しんでいる。彼女が感じている無音の
世界(しかもちゃんとドアが閉まる音などかすかに伝音はするのがリアル)が
斬新。そしてそれゆえに彼女はテレビから流れ続けている事件に気づかない。

戻ってきた彼を迎えた彼女はその姿にひどく驚く。安堵するのはもう少し先。

【エジプト編 … 「その死の責任は」】監督 ユーゼフ・シャヒーン
かつてベイルートの爆弾テロで死んだ海兵隊員と、突然訪れる死について
語り合う映画監督。9.11テロも確かにたくさんの民間人が巻き込まれた
悲劇ではあるけれど、世界には理不尽な死を迎えた人がもっとたくさん
いるという監督の言葉にうんうんと頷いてしまうのは、その例の中に
ちゃんとヒロシマ・ナガサキの名前が入っていたからかもしれない。

監督が彼の墓へ行くと今度はアラブ系の青年が現れ、悲劇の連鎖はとまらない。

【ボスニア=ヘルツェゴビナ編 … 「女たちの旗」】監督 ダニス・タノヴィク
女たちが毎月11日に反戦デモを行う小さな村。いつものその日、アメリカで
悲劇が起きた。今日はデモをしないという仲間に、今日こそデモをしなければと
言う主人公。彼女が一人で歩き出すと、足を失った車椅子の青年が旗を持つ。
やがて彼女に追いついた女性たちも歩き出し、デモは静かに進んでいく。

語られる情報が少なすぎて、デモが反戦だったとか、女性たちがかつての
米軍の空爆で夫を失った未亡人たちだったということは後で調べてわかった。

【ブルキナファソ編 … 「Are you ビンラディン?」】監督 イドリッサ・ウェドラオゴ
病気の母を抱え、学用品すら買えない貧しい少年が見つけたのは、9.11テロの
犯人とされたビンラディン。そんなビンラディンを街中で見つけた(!?!?)
彼は、友達と一緒にウサマ捕獲計画を実行する。だって彼を捕まえれば懸賞金は
2500万ドル。フランにしたら計り知れない多額のお金を、母親の治療以外にも
貧しい子供たちやマラリアやHIVで苦しむ人たちのために使いたいから…

大人に渡したら「家・女・酒に使う」と真剣に話し合い、今度はブッシュを
誘拐して身代金を請求しようと提案すれば「国ごと吹っ飛ばされるぞ」と
マジメに答えるのが可笑しくて可笑しくて。ちなみに主人公の母の治療費は
裕福な仲間の父が所有するビデオを売ってあてちゃおうというオチだった。

【イギリス編 … 「拝啓アメリカ人」】監督 ケン・ローチ
2001年以来、「9.11」はアメリカ同時多発テロの日になったが、チリでは
国民が求めた社会がアメリカの資本によって踏みにじられた日でもある。
ロンドンに住むチリからの亡命者が語るチリの悲劇は耳を覆いたくなるもの。
ひどい拷問を受けた主人公はもはやどれほど願っても二度と故国には帰れない。
国民に求められたアジェンデ大統領を殺した「自由の敵」アメリカは過去の
罪を認めない。そもそもどうしてこんな事態になったのかは考えもしない。

この国の矛盾を問い質す彼の文章は、最後まで理性的でただ静かだ。

【メキシコ編 … 「神よ、何処へ?」】監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
祈りを捧げる声をBGMにひたすらブラックバック。やがて世界各国の言語で
事件を知らせるニュースが流れ始める。カットインされるのは燃えるビルから
落下する人。大げさな事も派手な演出もなく、やがて再び祈りが流れて終わる。

そこにあるのはただ「起きてしまった事」なのに、何ともいえない苦さが残る。

【イスラエル編 … 「フェイク」】監督 アモス・ギタイ
9.11、人でごったがえす街中で自爆テロが起きた。10人の負傷者と2人の死者を
出した爆発で現場は混乱し、たまたま近くで取材していたTVクルーが駆けつけ、
警官・救命士・爆弾処理班などが走り回る殺伐とした現場の取材を始める。
けれどそんな現場の混乱をよそに、編集局ではこの悲惨なニュースの放映を
しないと言う。なぜならNYのツインタワーに飛行機が突っ込んだため。

日常的にテロの危機に晒されている国のメディアを、結局はテロが支配する。

【インド編 … 「悪漢と、英雄」】監督 ミラ・ナイール
同時多発テロ以降、アメリカに住むイスラム教徒が敵視されていることは
必至なのに、その実態をちっとも取材しもしない日本の低能なマスコミの
ウンコっぷりには憤ったものだが、やはりこういう事件は多かったのだろう。
事件後行方不明になっただけでなく、テロリストの汚名まで着せられた息子。
近所の目は冷たく、報道は腹立たしく、母はどれだけ心を痛めたことだろう。
やがて遺体で発見された息子は献身的に救命活動に参加していた事が判明する。

思いやりを持て、優しくあれと育てた結果が、テロリスト扱いされた挙句に
一変して英雄として持ち上げられる事なのかと憤る母の心が晴れる事はない。

【アメリカ編 … 「再生の時」】監督 ショーン・ペン
伴侶を失い孤独のままに閉じこもっていた老人の部屋に、ある日突然光が
差し込んでくる。その光は妻が好きだった花を蘇らせて美しく咲かせたが、
それを共に眺める彼女がもうこの世のどこにもいない現実に気づいてしまう。

これまでの作品に比べると少し劣るかなと思ったものの、日当たりの悪い
彼の部屋に光が差した原因がツインタワーの倒壊だったというのは皮肉。

【日本編 … 「蛇」】監督 今村昌平
戦争から戻った息子は精神を病み、自分を蛇だと思い込んでいた。
過酷な戦場で何を見たのか、体をくねらせて山奥に逃げ込む彼はまさに蛇。
川に飛び込んだ彼と「聖戦などない」という文字で物語は終わる…

正直今までの作品に比べて怒りすら覚え、何より各国の監督に申し訳ない。
今村監督はこのオムニバス映画のテーマをちゃんとわかっているのだろうか。
日本人なればこの作品が9.11後、報復だ聖戦だと沸くアメリカへの警告だと
いう事はわかるけれど、過去との対比だったら「イギリス編」の方がずっと
秀逸だったし、物語性なら「インド編」や「イスラエル編」などの力作に
及ぶべくもない。いくらフランスで人気があっても私は受け入れられない。

何か腑に落ちない部分が残る「ワールドトレードセンター」を見た後だけに、
全編通して非常に見ごたえのあるオムニバス映画だったよ(日本編以外ね)
当たり前だが世界は独善的な正義を振りかざすアメリカだけじゃないと感じる。
でも日本にある世界地図はどれも北米大陸だけが巨大なんだろうとも思う。

悲しむなとは言わない。理不尽に命を奪われた人にも遺族にもその権利はある。
でもよく考えてみてね…と押し付けがましくなくスマートに言う彼らに拍手。

(2009/9/11 放映)
ワールド・トレード・センター9/11(金)

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロを元にした映画。
アメリカの愛国精神と好戦家ブッシュへの高支持、世界中の不興を買いながらも
敢行された被害状況が未だに明かされない最貧国アフガニスタンへの攻撃や、
救出活動にかかわった人々の健康被害、さらにそれをマイケル・ムーアが
「シッコ」で描いたりしながら、早いものであれからもう8年が経った。

危険とわかっていても苦しむ人を救出しに行かずにいられない消防隊員や
警察官・救急救命士たちの雄姿を描きつつ、消息がわからない家族を心配し
救出までのジリジリした時間を描いているので、公開当時の評価が「地味」
だったのも頷ける。とはいえ事件が事件であり、現在もまだ風化したとは
言えないくらいなのでアクション主体にもできず、フィクションが勝ちすぎて
お涙頂戴にするのもどうかと思うし…まぁ出来は可もなく不可もないかなぁ…

主役のニコラス・ケイジが痩せててちょっとビックリした。
というか彼の肉質からして年をとったら絶対太りそうな俳優だと
思ってただけに、あんなに頬がこけたおじさんになってた事が驚きかも。

このマクローリン巡査部長は1993年の爆破テロでもツインタワーに突入した
経験があるそうで、それゆえに突入時は「内部をよく知っている」隊員として
突入班のリーダーとなる。そしてビル崩壊の瞬間、熱で溶けかけていたとはいえ
頑丈なエレベーターシャフトに飛び込めという指示が救ったといえるのかも。
まぁそうは言っても生還できたのはマクローリンとヒメノだけだったけど…

ドニは本当に生きてたのなら、あの時少しでも安全な方に避難させてたら
生き残れたのでは?あれじゃドニの遺族は納得いかないかも(だから架空の人物かも)

映画のメインはとにかく閉じ込められた2人が迫りくる死の恐怖に抗う姿と
2人の奥さんがそれぞれ夫を案じて待つ永遠とも思えるような時間の経過。
炎が迫ったり、倒壊の響きが起きたり、意識を失いかけたりと何度も訪れる
限界ギリギリの状況も、2人とも下敷きになって動きがないので淡々と進む。

親族や友人が集まり、残された家族を支えるシーンも派手な動きはない。
子沢山のマクローラン家では次男が父を探しに行こうと母を促し、妊娠中の
ヒメノの妻は苛立ちを隠せない。我々が見ちるのが彼らだけであり、彼らが
案じているマクローリンとヒメノ以外の被害者の姿が見えてこないからかも。

だから印象に残ったのはマクローリンの妻が病院で会った、ツインタワーで
エレベーターボーイをしていたという息子の安否を気遣う母親だったな。
夕飯の時に喧嘩してそのままなんて、そりゃ後悔せずにいられないだろう。

そしてようやく救出の時がやってくる。
海兵隊を名乗るデイルは実は既に除隊しているのでタダの人だが、神の啓示を
受けて現場にやってきて二人を発見する。そういえばこの映画は性格上なのか
神の啓示みたいな演出が多かったな。そもそも神の啓示でテロも起きた気がするが…

救出する側も決死の救出作業で助け出されるヒメノ。
それこそ最近「東京マグニチュード8.0」で久々に聞いた「クラッシュ症候群」
になるんじゃないかと思うような状態だったけど、妻に会って元気を取り戻す。
ヒメノより困難な状態で埋まっているマクローリンは妻の幻影に励まされて
無事地上に現れたものの、頭上に青空が広がっているのを見て思わず問う。

「ビルはどこだ?ここにあったビルは?」

有害物資が飛びまうる現場でゴホゴホと咳込みながら救出活動をする人々をに
ゾッとし、「戦争だ」「報復を」と言う人々に眉根をひそめ、ビルの倒壊と
共に掻き消えてしまった数千人とその遺族には素直に哀悼の念を抱く。

けれど何かを考えさせるにはキャラクターも物語としても浅すぎる。
さらにドキュメンタリー+フィクションとしても、エンタメとして
よくできていたと思う「ユナイテッド93」に今一歩及ばないかな。

(2009/9/11 放映)
兎の眼9/10(木)

先日「太陽の子」を見たので、同じ灰谷作品のこちらも視聴。
「壇さん、大和田さん、壇さん!」と呼ばれる連想ゲーム回答者のイメージが
強い壇ふみが主演だが、後半は小説でもそうだったように足立先生が乗っ取る。
普通のドラマや小説なら足立先生と小谷先生のラブストーリーものになっても
よさそうだが、灰谷作品にそんなストロベリーフレーバーは全くそぐわない。

ハエを飼っている処理場の子「鉄三」は、無口で人付き合いが苦手な変わり者。
今まで大人にアレもだめコレもだめと言われ続けたせいなのか大人を信用せず、
新米の小谷先生も手を焼いていた。しかもこのクラスにはもう一人、発達障害を
持つみな子ちゃんがいて、逃亡したりノートを破ったりと事件が山積している。

予想通りこれぞまさしく「可もなく不可もなく」
文部科学省推奨的な優等生アニメであるから、正直ちっとも面白くない。
久々に小説の中身を思い出したくらいで、映画的演出で突き破る事もない。

むしろ小説でもっと深くまで語られる教師のあり方、教育のあり方などは
ほとんど語りきれておらず、未熟な新米教師である小谷先生の成長もない。
バクじいさんの朝鮮人の友達の話もサラッと語られただけだったしね。

とはいえ若き日の壇ふみは若々しくて経験不足で泣き虫だけど根気強い
小谷先生のイメージをよく再現してると思った。ところでみな子ちゃんを
演じた子は、演技なのかそれとも本当に知的障害児なのか…どっちだろう。

しかしここまで自分の生活を犠牲にして頑張るのも大変そうだ。
映画では姿を見せなかったが、小説では若くして結婚した小谷先生には
早くも夫がいて、サラリーマンの彼と先生は何度もぶつかることになる。

私がとにかく教師に求める絶対条件は、「子供が好き」であること。
私がそう言ったら、「子供が嫌いなのに教師になってる人なんか一杯いる」と
キミは現実を知らないのかバカだねといわんばかりに切り返した人がいたけど、
それが間違ってるだろと言いたいのだ私は。子供が嫌いなのに子供にかかわる
仕事に就くなんてもってのほか。教師=子供好きってのは最低限の条件だろう。

ところどころBGMに歌が流れる演出があって結構ストレスだった。
だってその流れる歌がこれまた変な歌ばっかなんだもん。

ラストの鉄三の作文は感動を誘ったけど、できすぎといえばそれまで。
とにかく別段ほめるところもなく、かといってけなすところもない。
ホント…こういう映画を「毒にも薬にもならない」というんだろうな。

(2009/9/9 放映)
フリージア9/10(木)

ほとんど前情報なく見た作品。一回ちょっと内容を調べたものの、多分あまり
面白くないだろうとスルーしたのだが、ある晩チラリと見たら玉鉄が不思議な
雰囲気の青年を演じてるっぽかったので見ることにした。そして見始めてすぐ、
多分これはマンガが原作なんだろうなと思った(実際後で調べたらそうだった)

敵討ち法なる被害者の恨みを晴らすことが許される時代、その執行を行う叶が
主人公。かつて「フェンリル計画」という冷凍爆弾を使って養護施設の孤児を
生体実験に使った部隊に所属していた彼は、その時の後遺症で人間らしさと
痛覚を失った。今はヒグチの指揮の下、日々敵を討たれるターゲットと
それを守る警護人とのタマの取り合いになんとなく身を置いている。

狙ったのかどうなのか、戦闘シーンは拍子抜けするほど淡々としていて、
プロである執行人もさほど強くないし、国選警護人もバタバタ死んでしまう。
カッコよく見せたいというよりはひたすら淡白な殺しのシーンで異常さを
見せつけたかったのかな…なんかこの映画、狙いがよくわからなかったよ。

何しろ語られていないことが多すぎてよくわからない。
フェンリル計画に対する復讐なのはいいけど、計画の命令者である岩崎大佐は
どうしたのかとか、トシオが家から出奔したのはどんな意図だったのかとか、
ヒグチは叶とトシオを戦わせることで実は両者への復讐を敢行したのかとか、
イマイチよくわからない…描きたかったのか私の推測なのかもわからない。

溝口もうるさすぎてウザい上になかなか死なないと思ったら、最後は叶への
怒りから銃を乱射して自滅。もう一人の執行者は本当にでくのぼうだったし、
山田ってのはいきなり出てきたのかと思ったら幽霊に腕を撃たれたアレなの?

致命傷ではなく、命を無駄にするなと忠告する無敵の「幽霊」や、「アタシは
女だから殺されないよ」と豪語していたのに顔を殴られて鼻血まみれ、最後は
額を撃ち抜かれて即死という壮絶な退場を見せた坂井真紀など面白いキャラも
いたけど、とにかく全編にわたって淡々としすぎていて思い入れもできない。

トシオへの敵討ち執行命令の偽造がばれて射殺命令が出されたヒグチを守って
戦う叶はちょっとカッコよかったけど艶っぽい事は何もなく、最後は雪の中で
トシオの命を刈り取り、同時に自らの命を奪われることになる。痛みを知らぬ
叶の「いたい…」は本当の意味の痛みなのかはわからないけれど…

せめて玉鉄の役柄がもうちょい無敵レベルなら(どうやら原作はそうらしい)
もう少し面白かったと思うんだけど、なんかいつもモタついてるんだよねぇ…
彼の心の中に蘇る女の子(=子供の頃のヒグチ)ももう少し使い道があったような。
う〜ん…何かいいものは持ってそうなんだけど、実際に見たら見たで
別に見なくてもよかったと思わせる古典的で典型的な日本映画だった。

(2009/9/9 放映)
リトル・チルドレン9/9(水)

    ねぇ

初めは結構サクサク進み、気づけば1時間過ぎてたので、ああ、これなら
最後まで意外とすんなりいけるかもなんて思ったけどとんでもなかった。
退屈というかわけがわからないというか何がしたいのか意味不明というか…

内容を軽く見た限りでは私が心底軽蔑する「不倫関係」がテーマなので
絶対合わないと思ったのだが、どこかの映画感想ブログで「思ったより
悪くなかった」と書かれていたので、それならちょっと見てみるかと
軽い気持ちで予約し、「思った以上に悪かった」のでゲンナリした。

舞台がアメリカのどこかの田舎町で、安穏としている反面刺激がなく、
大きな事件もない。そんな街の話題はもっぱら幼い子供に対する性犯罪で
服役中だったロニーが釈放されて戻ってくることへの嫌悪感と警戒くらい。

とにかく出てくるメインキャストがことごとく性欲の塊みたいな連中ばかりで
ウンザリ。エリートで稼ぎはいいものの、エロサイトで手に入れた脱ぎたての
パンツをスーハー嗅ぎながら一人上手をイタす夫にゲンナリする欲求不満の妻
サラと、美人でバリバリのキャリアウーマンの妻を持っているものの、自分は
司法試験に2年も落ちていて宙ぶらりんのダメ主夫ブラッドの二人が主人公。

それぞれ子供を持つ二人は公園で知り合い、やがて不倫関係に走る。
しかし公園ママズの目の前でハグくらいはまだしも、いきなりキスってなぁ…

その後も性欲ミエミエのサラや、セックスレス生活に溜まりまくりの
ブラッドの「エロ奇行」にウンザリしてるのに、ロニーの方もプールに
潜って子供たちを水中で眺めてるっぽかったり、彼の人生を心配した
ママンの言うとおり出会い系広告で知り合った精神病の女とデートし、
彼女の目の前でなぜか急にせっせとおっぱじめるという全く意味不明の
展開に、泣き出した彼女とは違う意味で泣きたくなったわ、くだらなくて。

さらにブラッドのツレの元警官ラリーは執拗にロニーに嫌がらせを続け、
ついには彼の母親の心臓を止めてしまう。そもそも意味深に差し挟まれた
アメフトが何だったのかさっぱりわからんし、最後に約束の場所へ急ぐ
ブラッドがなんであそこでガキとおしゃべりを始めてたのか…あーもう
ホントに今こうしてレビューを書くために思い出せば出すほど腹が立つ!

そんな映画をなんで最後まで見たのかと聞かれると困るのだが、最後に
何かどんでん返し、または悲劇が起きるかもと期待してたからなんだよ。
その予想通りラストでは母が死んだことに動転したロニーがナイフを持って
家を飛び出し、ブラッドを待っているサラと遭遇し、さらにはルーシーが
いなくなったりと一瞬緊張感が高まったんだけど…結局それだけだった。

サラとルーシーは駆け落ちをやめて家に帰り、ブラッドはスケボーで怪我をして
妻を呼び、ラリーはロニーに謝罪をし、ロニーは人々が吐き捨てるように言った
とおり、自らを去勢して瀕死の状態で病院に運ばれて…はい、これでおしまい。

ハッピーエンドなんかになったらキレまくりだったけど、なんなんだろう、
このラストは。無論、作者が何か言いたいんだろうということはわかるよ。
でも正直何を言いたいのか、そしてそれを言いたいがゆえにプロセスとして
やってる事(不倫セックスとか人目につきまくりの一人上手とか)そのものが
わけがわからず不快。ただひたすらケイト・ウィンスレットが無駄にハダカを
見せ、パトリック・ウィルソンのケツにボカしが入っていた事しか印象がない。

「リトル・チルドレン」というタイトルが「大人になりきれない幼稚な大人」
を指しているというのもわかるけど、内容があまりにも陳腐でバカバカしい。

もー、レビューする人はつまらないならちゃんと「つまらない」と言ってよ!

(2009/9/8 放映)
チャプター279/6(火)

1980年12月8日、ジョン・レノンが殺された。

この事件は今でもはっきりと覚えている。
衝撃のニュースをメディアが一斉に報道し、街にはビートルズの曲が流れた。
それこそつい先日のマイケル・ジャクソンの死同様、世界的大ニュースだった。

その犯人であるマーク・チャップマンが彼を殺すまでの3日間を追った作品。
チャップマンの精神は確かにやや異常をきたしているとは思うけれど、
誰かに自分が起こす犯罪を止めてもらいたい、やめさせて欲しいという
身勝手な願望が映し出されると、少なくとも彼は心神耗弱で判断力が
なかったとはいえないんじゃないかと不快感でいっぱいになる。
(とはいえチャップマンはちゃんと起訴されたのだが)

チャップマンは初めから言動がおかしいし、カッとしやすくてしつこい。
よくまぁあのカメラマンやレノンファンのジュードも根気よく相手を
してやるなと感心するけど、意外と一般の人って相手の異常性に
気づかないまま「この人の個性かな?」と寛大に受け入れてるよね。
実は世間には意外とボーダーやあっちの世界の住人が多いんだけどね。

でも彼は今も生存しているし、ケネディ暗殺犯のオズワルドのように
死んだ人からは探れない事件よりは探りやすいのかもしれないけど、
この映画だけではジョン・レノンがなぜ殺されたのかは全然わからなかった。
ただ熱狂的ジョン・レノンファンの頭のおかしいデブが、何をトチ狂ったか
その崇拝する相手をいきなり殺してしまったという事実だけが描かれた感じ。
チャップマン自身がボソボソ喋る独白も、ジョン・レノンを妬んでいるのか
何日も会えないストレスからなのか(でも直前にサインをもらってたしなぁ)
動機がよくわかんない。そこがキティによる事件の困ったところかもしれん。

そもそも私は殺人を犯す人間が100%「異常性」だけに突き動かされることは
ないと思っている。動物の殺意と人間の殺意は明らかに違う。ほとんどの殺人が
明確な意思を持って行われており、それを心神耗弱だの精神病だのでごまかし、
遺族の心を癒すことなく知らぬ間に釈放されてのほほんと生きているなんて事は
許されないと思う。本当に配慮すべきは知的障害や錯乱状態、偶発性や正当防衛
であり、前者ならばもはや社会生活を営むのは無理と判断し、一生医療刑務所に
収監して社会から隔離すべきだし、後者は綿密な捜査と裁判によってその是非を
問うべきだと思う。少なくとも殺人免罪符第39条なんか絶対必要ないと思うね。

大体人間ってのは殺しをする時、異常な精神状態だろうが判断力がなかろうが
ちゃんと凶器を用意して自分より弱そうなターゲットを決めて襲うんだもん。

もしホントにそんなにヤバいならヤクザの組にでも乱入すればいいのに、
そんな猛者いないじゃないか。そもそも心神耗弱なら判断力がないんだから、
相手が自分より強いか弱いかも判断できないはずで、だったら弱者ばっかり
狙うはずがなく、暴力団やコンビニ前にたむろすヤバげなヤンキーっぽい
強そうな連中に挑んでいく奴がいてもいいはずだ。いや、いなきゃおかしい。

人間ってのはホントにしたたかだから絶対相手との優劣を測ってるんだよ。
自分より弱いと踏んだ相手にしか文句言ったりイヤミ言ったりしないからね。
他人から突然そんな仕打ちを受けたら完全に見下されたと思って間違いない。

ところでダコタ・ハウスが「ローズマリーの赤ちゃん」のロケに使われたとは
知らんかった。見たいんだよねぇこの映画。それにポランスキー、マンソン、
シャロン・テート、「ヘルター・スケルター」はチャップマンの言うとおり
確かに不気味な繋がりだ。この事件も写真が残ってるけど、ひどいよねぇ…

(2009/9/7 放映)
もうひとつのどうぶつえん マンモスたちの時代9/6(火)

恐竜や古代哺乳類も大好きなのでこちらもニヤニヤしながら見たのだが、
正直古代生物の絶滅については自然・環境・生存競争の勝敗などによる
生物の自然淘汰が基本になっているものがほとんどなので、こちらは
ゲームの的にされて死んでいったドードーたちほどは胸が痛まない。

とはいえマンモスやメガテリウム、グリプトドンのように狩猟の標的、
サーベルタイガーのように狩場での生存競争に敗れたものなど、やはり
人間が絡んでの絶滅説があるものもいるのだが…まぁでも石器人だって
命がけで狩りに挑んでるわけだし(時には命を落とすこともあったろう)
少なくとも銃を使って不必要に殺したり、無防備で人懐こい鳥を面白半分に
撲殺して歩いたりはしなかったと思う(というか信じたい)ので、これらは
自然淘汰の中に組み入れていいんじゃないかと思ったり…勝手かしらん。

古代の生物はとにかく形が面白い。40kgもある角とか、アゴの下に向かって
生えているキバとか、ネズミのくせに頭の上の一本角とか、ファンタジーも
ビックリの面白い動物がたくさんいる。特に巨大なネズミ・ナマケモノ・ゾウは
バリエーションが多く、南米大陸には今はゾウはいないけれど、かつてはゾウの
祖先のような動物はいて、実際南米にはゾウっぽいモチーフも多く残っている。
もともと南米にはアフリカとの交流ルートがあったためか、それとも化石が
出てきたり、古代壁画に残っていたためか…そんな風に考えるのも楽しい。

そしてこうした「進化の途中」を見るたびに、我々人類のミッシング・リンクは
一体どこにあるのだろうと遥か古代に思いを馳せずにはいられないではないか…

(2009/9/8 放映)
もうひとつのどうぶつえん ドードーたちの時代9/6(火)

私は動物が大好きで、昔から暇さえあれば動物図鑑を眺め(植物図鑑も虫図鑑も
乗り物図鑑も、およそ「図鑑」とつくものは何でも好きだった)ていたのだが、
恐竜や深海魚と並んで興味を持ち、そして涙をせずにいられないのが絶滅した
動物たちの哀れな末路である。ジャイアントモアが現地人に狩られる様子や、
撲殺されるオオウミガラス、簡単に殺されてしまうドードー、北米大陸の空を
覆っていたリョコウバトが凄まじい虐殺にあい、最後の一羽マーサが死ぬまで、
ステラーカイギュウの囮捕獲など、胸が締め付けられる思いで読みあさった。

そんな、もはやこの世のどこにもいない動物たちを集めた「絶滅動物園」を
舌っ足らずで淡々としたCHARAのナレーションで紹介していくアニメーション。
ターゲットを子供に向けているのか、彼らがどれほどひどい殺され方で絶滅して
しまったかはやんわりと描写する程度に留まっているため、小学生時代に彼らの
無残な死を受け止めた私的には食い足りないが、彼らに全く興味を持たない人に
少しでもいなくなってしまった動物を思うきっかけになればそれでいいと思う。

はじめにシルエットが出、CHARAが「だぁれ?」と聞くと正体が判明するのだが、
もちろん有名どころはほとんど知っていた。すぐに名前は出てこなかったが
見れば知っていたクアッガやブルーバックはともかく、シマワラビーや
スティーヴンイワサザイは知らなかったな。オーストラリアは隔離された
古代大陸だったがゆえに天敵がおらず有袋類天国だったのに、人間が
持ち込んだ犬(野生化したものがディンゴ)やネコが多大な被害を及ぼした。

なんにせよヒトの往来が活発になった大航海時代を境に、絶滅した動物の数は
地球の歴史上ありえないほどの速さで増えていったのだ。無論、恐竜が絶滅した
時代のように凄まじい自然の力が一瞬にして大量の生物を絶滅させた事もある。
だが近代の絶滅の問題点は、その原因のほとんどが「人間」であることなのだ。

なんともやりきれない。クローン技術は神の領域うんぬんかんぬんの
議論も大事だろうが、むしろ病気や障害に苦しむ人々のパーツやこういった
長年の人類の贖罪方面で威力を発揮してもらいたい。いいじゃん、それなら!

この立体アニメーションを製作した宮川アジュさんのサイトはコチラ。

もしかしたら学術的にはアカンかもだけど、とても楽しい紹介文なので これを見て少しでも多くの人が絶滅動物に興味を持ってくれると嬉しい。 そして多くの絶滅危惧種にいかに絶滅の危機が差し迫っているかもね。 (2009/9/8 放映)
ハッピーフライト9/7(月)

昨年秋公開の映画が早くも放映。
パコといいスカイ・クロラといい、こんなに放映が早いんじゃ
やっぱり邦画をわざわざ劇場に見に行くのは損じゃないか!?

ウォーターボーイズ、スウィングガールズに続く矢口史靖監督の青春群像劇。
とはいえ今回は高校ではなく社会人なので、仕事の厳しさや苦しさ、悔しさや
喜びなど少し年齢の上がった登場人物ならではの悲喜こもごもが描かれる。

メインとなるのはコパイからの昇進をかけ、フライトでベテラン機長のOJTを
受ける鈴木と、新米キャビン・アテンダントの斉藤、ノホホンとした後輩の
指導に手を焼く中堅グランドスタッフの木村の3人。さらに管制室、整備員、
オペレータールーム・レーダールームの面々、鳥を追い払う「バードさん」
などの多くのスタッフの姿が描かれる。ただそこは矢口監督なのでかなり
大げさにデフォルメし過ぎる部分もあってちょっと鼻につくんだけども…

あれ、田辺誠一ってこんな顔してたっけ?と思うくらい私はご無沙汰。
(ぶっちゃけ「ナイトホスピタル」で見て以来。どんだけドラマ見てないやら)
時任三郎演じる厳しいだけかと思った指導機長の原田も、実は緊急事態宣言が
初めてで内心は緊張してたり、CAの手違いで和食を食えずにイヤミを言ったり
帽子をかぶらずオイルを目の脇に食らった鈴木を叱った割に自分も怪我したり
(滑り落ちた荷物からCAを救ったためなので不注意とは言えないが)人間的な
魅力もちゃんと描かれていく。「小心者」の鈴木も初めはオドオドしてたのに
判断力、決断力、そしてクソ度胸と共に成長を見せるのでカタルシスがある。

寄り目のファニーフェイス綾瀬はるかの大袈裟なドジっ娘演技は演出と
わかっていてもちとイラついてしまったが、まるっとした顔の田畑智子の
体当たりの元気演技は好感度が高かった。だからそんな彼女が報われて、
とてもいい人そうな彼との新たな恋を感じさせるラストにはニヤニヤ。

チーフパーサーの山崎の理不尽な客に対する毅然とした態度には、
仕事で接客する事もある私もピリッと身が引き締まる思いだったよ。
あれぞまさしく「妥協せずにきっちり折り合う」って事だろうね。
平岩紙は相変わらずマイペースな役柄でイラッとさせてくれたけれど、
実はハッピーフライトのサイドストーリー5編の中で一番面白かったのは
彼女が主演した「歯医者発、しあわせ便」であった。ちなみにこの話では
普段とは違ってスラスラと滑らかにアナウンスする彼女の姿が見られる。

飛行機ものといえばキャビンでのトラブルが常だけど、ここでもわがままな
乗客に振り回され、叱られて泣かされるCAの姿が。斉藤も彼女の仕事に夢を
抱く女子高生に「CAなんてやめた方がいい」と八つ当たりしてしまうほど。
しかしホントに皆あんなにワガママなのかしら…そういえば最近、20代の子が
「金払ってんだからガマンなんかしませんよ」と得意げに言い切るのを聞いて
背筋がゾッとしたものだ。日本人よ、誇るべき高い倫理感は捨てないでくれ…

ナビで監督が「この映画の内容を知らない方は、恐らく思ってない方に
話が進んでいくと思うと思う」と言っていたように、ドタバタのお仕事
コメディが続いた後、バード・ストライクにあった機体に変化が現れる。
鳥の死骸が機体の一部を損傷し、コンピューターが反応しなくなったため
原田の判断で「羽田に戻る」ことになる。しかし機体は安定せず、しかも
折りしも東京は台風の暴風圏に入ったところ。地上では多くのスタッフが
戻ってくる機体と乗客を安全に受け入れるため、準備に余念がない。

このへんからは乗客同様座ったっきりになるCAはあまり出番もなく、ドラマは
操縦席とオペ室やレーダールームを行ったりきたり。一方ドックはドックで
整備士の中村がスパナを一本なくし、ドック勤務員が総出で探すと騒ぎに。
でもこれ、ライン整備士と中村の和解が描かれたわけでもなく「もしかしたら
エンジンの近くに置き忘れたのかも…」という緊張感を煽る以外大した収穫が
なかったのは残念。せっかくなのでやはり映画的演出が欲しかった気もするよ。

少し登場人物が多かったので視点がやや散漫になってしまったのは惜しい。
個人的にはデジタルに弱くて昼行灯の岸辺一徳がアナログ人間なりの経験と
勘で危機を乗り切るさまをもう少し劇的に演出してくれてもいいかなと思い、
そのためにはオペレータールームの彼女をメインに加えてもよかった気がする。

他に映画のスピン・オフドラマも見たけど、おふざけというか悪ノリというか…
第一話「アイハブ・ユーハブ」
監督自らがメガホンを取った作品でフライトを控えた鈴木が主役。
物語はしょーもなく、あのバカップルを出したかっただけじゃないのか。
第二話「パイナップル」
一見温和そうに見えて実は短気でイヤミな親父が主役の第二話はくどくて
ウンザリした。親父の演技もちょっと暑苦しすぎて見ててゲンナリしたよ。
第三話「細野が恋をした場合」
OCC(だったか)ってそんなに応募ないのか…
そういう仕事があって私にもできそうならぜひやってみたいけどな。
飛行機オタクと細野の腐れ縁っぽさはちょっと面白かったし、
オチは…あらら、残念だったね細野くん。
第四話「歯医者発、幸せ便」
本編でも歯医者の予約がとぼやいていたグランド・スタッフの吉田が恋した
歯医者さんは友達の結婚相手だった!でもよく見たら…というわけで彼らの
式の余興で楽しい機内アナウンス技を見せる吉田。これは面白かったよ。
第五話「What's your name?」
斉藤こと綾瀬はるかが主演のドタバタコメディ。これはそもそも綾瀬はるかの
過剰演技がイラッとする上に、物語としても大して面白くなかったのでう〜ん。
結局まぁ合格だったのは起承転結がしっかりしてた四話の「歯医者発」くらい。

原田が鈴木に「いい着陸とは何か」と問い質し、鈴木はソフトランディングだの
なんだのと答えて原田の不興を買ったけど、私なら断然「安全な着陸」だなぁ。
ちょっとくらい降下が乱暴だろうがドスンと落ちようが横滑りしようが構わん。
とにかく事故らずに、安全に地面に返してくれさえしたらそれでいいよ!!
(何度乗っても何時間乗っても飛行機はやっぱり怖くてたまらんちん)

(2009/9/6 放映)
ゴスフォード・パーク9/5(土)

20世紀初頭の貴族の館「ゴスフォード・パーク」を舞台にした群像劇。
マスターとサーヴァントの厳格な主従関係、当時の召使たちの仕事ぶり、
落ちぶれた貴族や台頭してきたミドル階級の位置づけ、そして時代を
映し出す家具や調度品、何気ない彼らの動きなどがどれも興味深い。

物語は貴族たちや召使たちそれぞれの群像劇なので、まずは最初の1時間で
当時の貴族の館の様子と共に彼らの関係やキャラクターを描いている。
主人に付き従ってきた召使たちは館ではその主人の姓で呼ばれるとか、
靴磨き、洗濯、主人の身の回りの世話、食事の準備など、男は執事、
女は女中頭の指示に従って慣れない館で仕事をこなしていく姿が
映し出されてとても面白い。何度も劇薬や毒薬が捉えられるのと、
台所女中が料理に使ったナイフを数えていると銀のナイフが一本
足りないと悩むなど、今後何か事件が起きると予感させる伏線も。

同時に館の娘と庶民の妻を持つ貧乏貴族の男が不倫してたり、アメリカ映画の
プロデューサーがアメリカとのマナーの違いに戸惑ったり、若い駆け出し俳優
(もしかしたらゲイのプロデューサーの愛人?)が召使の振りをして彼らの中に
入り込んだり(それがバレたら召使たちがひどく怒ったのは、彼らがこの仕事に
誇りを持っているからって事なんだろうか)、屋敷の主人とメイドの不倫が
ばれたり、でも実はそんな事をずっと知ってた妻も若い俳優と浮気したり…

とにかくあちこちでちょこちょこ些細な事件や小さなエピソードが語られるので
気が抜けない映画だった。とはいえ召使たちの仕事や背景を見ているだけでも
楽しいので厭きることもないから苦にならない。主人公は一応貧乏なトレンサム
伯爵夫人に雇われているメアリーなんだろうけど、あまり強いキャラではない。

この時代に珍しいベジタリアンの食事に料理長が目を白黒させたりしながら、
キジ撃ちやらブリッジやら楽しいんだか退屈なんだかイマイチよくわからない
貴族の生活が淡々と続いていく。一方で召使が風呂に入る時は廊下で順番待ち
してたり、男女の部屋がキッチリ分けられていたり、でも悪い召使は暗がりで
いけない遊びをしてたりと、華やかそうな屋敷の中は秘密や背徳もいっぱいだ。

そんな中でメアリーが気になるのは背が高く余計な口を利かない施設育ちの
パークス(ストックブリッジ卿の従者なのでミスター・ストックブリッジと
呼ばれる)。デントンに襲われそうになった時も助けてくれたし、湯たんぽも
作ってくれたし…けれど人を寄せ付けようとしない彼には何か秘密がありそう。

残り30分となったあたりでようやく事件が起きる。
館の主人・ウィリアムが刺殺体で発見されたのだ!<棒読み

彼が刺殺される瞬間は叫び声もうめき声も上げなかったのでこれは恐らく
別の犯人に先に殺されたんだろうと思ったけど、この映画は殺人事件の
犯人を追うというよりはこの結末に至るストーリーが大事なのでさほど
問題ではない。むしろ何か因縁がありそうな意味深なカットが何度も
差し挟まれた通り、パークスは女中頭のウィルソンとウィリアムの子。

自分を振り返りもしなかった父の存在を知ったパークスが、彼と関係する
貴族の召使になって彼に近づき、殺そうとしていることを悟った母親が
先手を打って毒薬で殺したということらしい。最初はコーヒーに毒を
盛ったんだろうけど、振り払われたのでウィスキーに入れ直したのか。

一番驚いたのはウィルソンと犬猿の仲だった料理長クロフトの正体だった。
女主人のシルヴィアが「パークスが実権を握ればすぐにクロフトを追い出す」
と評したほどだったのに、実はこの二人は姉妹。姉妹で工場に勤めていた頃、
ウィリアムのお手つきとなって姉は子供を手放さずに解雇され、妹は息子を
手放したので彼の元に残った。流行り病で子供を失った姉は再雇用されたが
息子を手放した妹を許せず、以来口も利かない関係になったのだとか。

豪華で贅沢、同時に滑稽で陳腐な貴族の会合は終わり、各々の家路を急ぐ。
惹かれあうメアリーとパーカーも、結局は主人の帰宅と共に別れていく。
パーカーは母の存在を知ることなく、母もまた息子に知られることがないと
泣き崩れる。変にお涙頂戴の再会シーンがないのは逆に味があるかも。

殺人事件が起きるのにそれはあくまでもスパイスであって核ではなく、
とにかく屋敷での召使たちの仕事や、貴族の言動を楽しむ映画だと思う。
ちょっと登場人物が誰が誰だかわかりづらいけど、そこまで真面目に
「誰が誰と関係してて、誰と誰がどういう事情で…」と把握しなくても
十分楽しめる不思議な作品だったな。ほかにも色々示唆に富んだシーンが
あるので、イギリスの上流階級モノが好きな人や、当時の生活様式などに
詳しい人には見どころが多くて楽しめる映画かもね。(意地悪な人は荒探ししそうだし)

(2009/9/3 放映)
ルパン9/5(土)

犯罪は大胆不敵、洒脱で過激、美しい女が好きで、殺しをしない事がモットー…

怪盗紳士アルセーヌ・ルパンの生誕100年を祝って製作された映画らしいけど、
私は存在を全く知らず、本場フランスでの映画だから見るかなと軽い気持ちで
見たのだけど、「ジェヴォーダンの獣」を見て「フレンチ・アクション」の
出来栄えに一目置いたとおり、こちらも非常に面白いアクション映画だった。

まずルパンが男の色気ムンムンで、女と見れば口説くわキスするわ寝るわと
セクシービーム出しまくり。こそ泥のような犯罪を犯しては追いかけられる
しょーもない若き日のルパンが描かれるのだけど、荒々しい組手や銃撃戦、
アクロバティックな盗み(でもその後は大慌てで走り去っていったり)と
盗みや大立ち回りが派手で実に楽しい。匿ってくれた従姉妹のクラリスに
心惹かれながらも、一方で「魔女」と呼ばれるカリオストロ伯爵夫人こと
ジョセフィーヌの魔性の虜にもなってしまううっかりぶりも若さゆえか。

共和派を打倒せんとする王党派が欲している財宝を狙い、その場所の秘密が
書かれた十字架の争奪戦を繰り広げながら、ルパンのトラウマになっている
「父の死」が180度覆されるストーリー展開や、「魔女」がなぜ魔女なのかを
示されるシーンなど、根拠はなくても勢いだけで見せちゃうシナリオはすごい。

しかも最近はすっかりぬるま湯系が多いハリウッド・アクションとは違い、
平穏な生活を手に入れたルパンを最後に悲劇が襲うのも苦すぎてビックリ。
クラリスは殺され、生まれたばかりの息子・ジャンは連れ去られてしまう。
ルパンが全てを失ったこのラストだけでも大概ヘヴィなのに(結局父親も
事故とはいえ殺したも同然だし)、1911年にフランツ・ヨーゼフ皇帝を狙う
テロリストと成り果てた息子と再会するってのはイタすぎる…しかも彼を
育てて操るその姿は昔と全く変わらない魔女・ジョセフィーヌだった。

とにかくアクションがふんだんに盛り込まれてるし、物語も2時間超えでは
あるけどスピード感あふれる展開で厭きさせず、二転三転していった結末も
最後まで楽しませてくれたよ。18世紀末から19世紀の華麗で絢爛な背景も
見ごたえがあったし、奇巖城のモデルとなったエトルタの大針岩もばっちり。

ルパンも、原作どおりの女ったらしの色男だけど推理やひらめきは
優れているし体術も大したもの。「殺しはしない」の信条も最後まで
貫くので「若き日のルパン」としてはなかなかいいんじゃないだろうか。

思ったよりはずっと楽しめたし、ラストの救いのなさも、誰もいなくなった
現場を見守るのがルパンではなくジョセフィーヌというのも気に入ったよ。

(2009/9/4 放映)
インサイダー9/4(金)

同時多発テロ前にヒズボラの指導者にインタビューを受けさせるなど辣腕を
振るうドキュメンタリー番組「60 Minutes」のプロデューサー・バーグマン。
正義と良心とジャーナリズムを武器に彼が次に挑むのは、「タバコは健康に
害なし」と主張するタバコ産業の不正と内情を暴く内部告発報道だった。

全く予備知識なく見ていたので、B&W社のお抱え化学者ワイガンドを見るたび
ラッセル・クロウに似てるなぁと思っていたら本人だったのでビックリした。

事は会社の不正に異議を申し立てたワイガンドが、即座に会社からクビを
宣告され、かつクビにされてまでも守秘条項を強制的に守らされるという
屈辱と怒り、なぜ自分がという鬱積が溜まっている状況だったことに始まる。
確かに医師や公務員や顧客データに関することなど、職務によっては厳しい
守秘義務が必要ではあるけど、退職してるのに(しかもクビなのに)義務を
課すってのは一般的な感覚からしたら変。それもこれも退職後も医療保険を
会社が持つメリットが大きい「国民皆保険がない」お国柄のせいらしい。

前半はこのワイガンドをいかにしてインタビューに応じさせるかという
バーグマンの駆け引きを中心に描く。さらにはインタビューに応じると
決めたワイガンドと家族に対して会社が仕掛けてくる脅しや嫌がらせが
描かれるんだけど、これがまた真綿で首を絞めるようにネチネチと陰惨。
非力な個人ではとても対抗できない黒くて大きな力を感じてゾッとする。

そして後半はタバコ会社からの訴訟を恐れたCBSが番組の放映自体を認めず、
ついにはバーグマンを更迭したため今度はバーグマン自らが内部告発者と
なってNYタイムズにCBSの内情を売るという二段落ちになっていた。

最終的にはこの証言が、もともと中毒性があるニコチンを効率よく摂取させる
ためにアンモニアを含有させていたというタバコ会社の不正を暴くきっかけに
なるんだけど、その代償として彼らが失ったものはあまりに大きかった。

情報提供者を守れなかったバーグマンは自ら職を辞し、ワイガンドは
トラブルに疲れた妻から離婚を言い渡されて家庭を失うことになった。
「未来を人質に取られた」という言葉がジワリと利いてくる苦い結末だ。
唯一の救いはバーグマンの告発によってスッパ抜かれたためにようやく
放映された「60 Minutes」を見た娘が、父の顔を振り返るシーンかな。

巨大企業のとんでもない巨大さ(悪事や不正すらも巨大すぎてかすむ)にも
うんざりするけれど、国民に与えられるものといえば一見パンとサーカスしか
ないような国なのに、一方でこういう硬派な番組が人気を誇ってたりするのは
不思議。単純そうに見えて複雑怪奇、複雑に見えて単純明快な国民性だよねぇ…

全然関係ないけど「B&W社」と出るたびに「バロックワークス」と読んでしまい、
スナスナの実の能力者が社長をやってた犯罪会社を思い出してしまって困った。

(2009/8/30 放映)
山猫9/1(火)

19世紀後半にガリバルディ率いる赤シャツ隊が起こした反乱の中、
シチリアの名門貴族サリーナ公爵家は時代が変わる風を感じながらも
貴族にとって古き善き最後の時代を謳歌していた。

気位の高さと高慢さ、そのくせ時代を読む理知的な鋭さを持つ老貴族を
バート・ランカスター、やたらハンサムな若者だと思ったタンクレディは
アラン・ドロンというキャストも豪華だが、この映画、とにかく背景や
衣装がすごい。どこまでこだわるんだと思うくらい、物知らずな私でも
館の装飾や食器、馬車のディテール、赤シャツや軍服、娼婦や町女や
貴族の娘のドレス、男たちの正装まで時代考証を重ねた凝ったものだと
すぐわかる。こういう豪華絢爛なセットが好きな人ならそれを見るだけで
楽しいかもしれない。貴婦人たちの髪型などもちゃんと一人一人違っている。

しかし面白いのはこんなにも激しい革命が起きているにもかかわらず、
その矛先は貴族そのものには向かわず、貴族も別にさほど危機感を感じず、
互いの独立性が高いというか、公爵もシチリア王家にはさほど義理立てて
いるようには見えない(とはいえやはり信頼関係はあると言ってたけど)こと。

ローマ以降のイタリアという国は、元々統一王国というよりは都市国家であり、
その土地ごとに個性が強く国をよすがにする経緯がなかったからかもしれない。
町の人々の公爵への敬意も大したもので、統一化されるイタリアからは議会に
参加してほしいと要請がくるほど。確かに3時間という長丁場の映画を見てると
聡明で理性的なこの公爵はかなり魅力的に見えてくる。男の色気もあるしね。

妻と7人も子をもうけ、立派な一族を持ちながら娼婦の家に通うサリーナ公は
見目麗しき美丈夫で若さゆえに血気盛んな甥・タンクレディに目をかけている。
娘のコンチェッタは従兄弟である彼に惚れているものの、無鉄砲で新時代への
夢にあふれる彼を支えるには内気過ぎ、父としてタンクレディが「自分の娘に
ふさわしくない」ではなく、自分の娘が「タンクレディにふさわしくない」と
考えている様子。そりゃ父親がそんな考えじゃ奥さんも泣きますよ。

長まわしや無駄なんじゃないかと思えるような無音シーンやただ歩くだけなど
心理描写のような一連の動作だけを捉えるカメラワークが多数あるのだけど、
ホント、不思議なほど昔の映画というのはそれがあっても厭きる事がない。
むしろ最近の映画を見ている時の自分の厭きっぷりはどうしたことか。

ストーリーはあるようなないような、タンクレディが反乱軍に入って負傷したり
今度は正規軍になっていたり、従姉妹とくっつくのかと思ってたら成金の美しい
娘と恋に落ちて従姉妹と三角関係になったり…そんな他愛もない話が続けられ、
最後も没落するでもなく、略奪されたり貴族として痛い目をみるわけでもない。

言うなればゆっくりと死んでいく階級の滅びへの道を見せられるというか…
貴族という階級は永遠を約束された教会とは違い、いかな繁栄を誇っても
時代の変化は貴族を滅ぼそうとする、そんな哀愁がひしひしと感じられ、
華やかな舞踏会が終わって一人夜明けの町で祈りをささげ、歩み去っていく
公爵の姿には絶滅することが運命づけられた動物のような悲哀がある。

成金親父や下世話な軍人の話に合わせたり不快感をあらわにする公爵が素敵。
時代の変化に合わせて公爵にはできない変わり身を見せるよく言えばしなやか、
悪く言えば調子のいいタンクレディや、次に来るのは商人の時代とばかりに
はしこい成金親父、色気むんむんで「美しい」というただそれだけの武器で
貴族の仲間入りをする豪傑女アンジェリカなど、登場人物もなんやかんやで
なかなか魅力的。アンジェリカの事を語るチッチョのあの言葉は、彼女が
公爵の妻が言うように「娼婦」、もしくはアバズレって事なんだろうか?

彼らは山猫やライオンだが、これからはハイエナやジャッカルが台頭する…

貴族が持つ気品、驕り、高慢さ、知性、世間ズレ、したたかさ、暢気さ…
滅び行く種族の最後の煌きがまばゆく、そして100年先の約束すらない
あやうさの上に立つ悲哀があちこちに詰まった映画だと思う。

(2009/8/5 放映)
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