蟲師 21-26&SP
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蟲師 ・ 3

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第ニ十一話 綿胞子
2006/5/18

「悪いな…恨んで…いいからな…」

嫁入りの時、被き綿についた緑色の不吉なシミは、綿吐という名の蟲だった。

「この子、生まれた時…人の姿をしていましたか?」
床を移動し、囲炉裏の鈎爪を上り、追いかけるヤスケから逃げて
床下へと潜り込んだそれは、うじゅうじゅと音を立てながら動く
毒々しい緑色の、まるでアメーバのような姿の「モノ」だった。

うじゅるうじゅると逃げる綿吐き

1年後、ふさぎこむ妻と夫の前に現れたのは妻によく似た赤子だった…
「まだ増えるのかしら?」
成長の早い1人目のワタヒコが半年ほどで幼児にまで成長した頃、
床下で発見されたもう1人のワタヒコを抱きながらアキは言った。
「恐ろしい事を言うなよ…」
予感は的中し、ワタヒコは増えていった…まるで蟲が湧くように。

ヒトタケは人間ではない。
子孫を残す為に綿吐が放った栄養を摂取する為のいわばポリプだ。
「あの子らは、あなた方の子の皮を被った蟲なんです」
そして2人の子を殺してしまった、人に害をなす蟲なのだ。
綿吐が根を張った床下の土を日の光の元で見ると、
にゅるにゅると不気味で不可思議な動きをする。

「どうして…どうしてこんなむごい…」
子供を失って離縁された妻が、一度は絶望しながらも自分の子だと信じて
育てたのは人間ではなく、殺さねばならない…あまりにむごいと泣く夫。
ヤスケは本当に優しい人間なんだろう。農村で、離縁されたような女を
貰う男にはそう理由はなかろう。自分より蔑める、都合のいい女として
娶る男か、その女自身の過去を含めて全て受け入れられる度量のある男。

私のワタヒコのイメージは白だったけど、見事な緑!

「種を吐く前に、殺してみせるから…」
ヤスケは明らかに後者だ。もちろんワタヒコも可愛がっていただろう。
でも子供を失う事そのものより、妻が傷つく事を何より心配している。
だからこそギンコが殺した長男以外はこのまま育てさせて欲しいと頼む。
緑の発疹が表れたら自分が必ず生命を摘む。だから、どうかこのままで…

「わからんものは皆殺し、という大雑把さは好きじゃない」
ギンコは彼らにワタヒコを預け、アフターケアを約束して旅立っていく。
けれど文はわずか三月足らずで届き、何かが起きた事を匂わせる。

ワタヒコは、種を守るために知恵を持ち始めた。一人に何かを教えれば
他のものもそれを覚え、言葉を覚えて人と意思を疎通する術を習得した。

もっともそれをヤスケに聞く前に我らがギンコはアキに刺されるけど。
「…っ…てぇ…」
刺されるシーンは川上とも子の血の冷えるような冷たさのセリフと、
真っ白な背景、2人が真ん中ではなく画面の左の端にいる事でアキの
するっとしたスピード感が出ててよかった…いや、包丁でさっくり
刺されたギンコには気の毒だけどな、もちろんそりゃもう帰りたいわなー

でも自分が刺されてちゃ世話ねーです

ワタヒコにとってはそれだけ手ごわい敵の襲撃だったということだ。
ギンコの命を奪えなかった事でワタヒコの危機感は募り、種を守らねば
ならないという本能的な思いが強くなる。種を守る方法があったはずだ…
けれど野性的なもの、本能的なもの、教えられずとも知っているもの…
それらは言葉を覚え、知恵をつけ、ヒトらしくなるほどに忘れてしまった。
綿吐は動けるヒトタケを使い、ギンコの蟲本を盗み読む。

って、蟲師はもうちょっと蟲本管理を徹底すべきだ!
ムジカもこれを読まれたおかげで山のヌシを殺されちゃったろう。

「僕らは悪くない」
「俺らも悪くない」
どちらも悪くない。それはギンコが誰よりも最もわかっていることだ。
「だが、俺らの方が強い」
そうか…それなら…仕方がない…

綿吐は火を放ち、家ごと焼いて自らを仮死状態にして駆逐される事を拒む。
出血したギンコを振り切って飛び込んだアキは、炎の中の子供たちを見る。
4人の子供は一斉に仮の母を見る。その輪郭が奇妙に歪んで揺れ始めると、
やがて空中に融けるように消えた。何も言わず、ただびゅるっと消えた。

とろけるように崩れ、ひゅるんと消えるワタヒコ

「不可解な生き物だ」
ギンコがワタヒコたちだと偽って渡したのはただの緑色の鉱物。
本物の綿吐はギンコの瓶の中で形なく揺れている。
なぜ殺さない…自分を殺そうとしていた相手に
殺されないように知恵を身につけた綿吐は尋ねる。
「寿命があるからだ」
人に害をなしさえしなければことさらに生命を奪う必要はない…
この話もまた、蟲封じには使えないが、淡幽を喜ばせることになるのだろう。

相変わらず恐ろしいほどのクォリティ。アメーバ動きもキモ〜い!
例えばワタヒコがギンコが生きている事を確認しに部屋を覗く時、
障子に触れた指先だけが黒く、離れてる手首の方はどんどん色が
薄くなっていき、ワタヒコが去ると指の跡が障子に残るんだよね。
一体どんなこだわりなんだよ!すごすぎるよ!変わってないよ!

いつもながらの蟲師の雰囲気に加え、この話は蟲師の中でもかなり
ホラー色が強くなってるのでBGMも不気味さが2割増し(当社比)
ワタヒコの肌や髪がなんとなしに緑がかってるのが怖い上に、
アキが立ってる傍にぼーっと佇む姿がまた怖いこと怖いこと!
敢えて姿を見せずに脚だけが見えてたり、人間とは違うという表現のためか
それぞれが全く別の方向を見ていたり…なんだか寄生獣たちの会議風景を思い出したよ
ただ原作のワタヒコは瞳に白いハイライトが入ってないベタ塗りなので
より不気味だけど、アニメでは光が入ってちょっとつぶらな瞳になってる。

この一家、全然普通じゃないんですけども…

約2ヶ月ぶりに帰ってきた蟲師は、OPも予告も質も全く変わっていなかった。
というわけで蟲師レビュー、イレギュラーに再開です。万歳!


第ニ十ニ話 沖つ宮
2006/5/27

もう一度私を産んでおくれ…また、会いたいのだ またこの美しい海を見たいのだ



ピンチは数あれど、この時が最もヤバかったかも…

「あの光はなんですかね?」
海蛍にしちゃ明るいし、漁火にしてはあんまり小さい…
ギンコに見えるということは蟲。そしてそれが見える島の女、澪。

「その子はイサナよ」
よどんで風の通らない心に何かを導きいれたいのか、澪はギンコを
家に案内する。そして祖父からマナと呼ばれた娘の名を言い直す。

「産みなおし」
光る海の下にある海淵で命を落とせば、もう一度全く同じ姿で生まれて来る…
この島ではそんな不思議な現象が日常茶飯事として起きている。
そしてイサナは澪の母、マナの産みなおしなのだという。
海に浮かぶ赤い粒を飲み、孕めば死んだ者の生まれ変わりになる。
そういえばメルモちゃんでも赤いキャンディが若返りだったよなぁ…

イサナは娘なのか、母なのか…

澪の心には常に疑念と後悔が同居している。
祖母によく似た孫だと思えばいいんじゃないか?
ギンコは特別な感情はこめずに淡々と言う。

可愛いと思って育てながらも、娘が成長するにつれて母になっていくという
不気味さを澪はどうしても受け入れられない。そりゃそうだよなぁ…
先のものが後のものから生まれるという事があまりに不自然なんだろう。
もしかしてそれが死んだ夫なら、澪もすんなり受け入れられた…かなぁ?

「マナって呼ばれると、少し困る」
6歳の頃に死んでしまった子は、産みなおされて育てなおされる。
嫁に来てすぐに死んだ若妻は産みなおされ、待ち続け、
年老いた夫に再び嫁いで幸せになったのだという…

この夕間暮れの空の素晴らしいこと

ギンコがつきとめたのは、あの蟲は取り込んだ生物を
胚の状態にまで戻し、それと全く同じものとするということ。
だから確かにイサナはマナと同じ身体を持っているのだという。
イサナが語る「眠れない時のとっておき」は母が自分に語ったそれ。
祖母と孫が母を介してよく似ていることはあるのに、澪には負い目が
あるせいか、それが「イサナ=マナ」としか思えないんだろうな…

例えばイサナには、マナにあった後天的な傷などはないはずだし、
生物は遺伝よりも環境の影響を強く受けて育つことも多い。
死んだ嫁さんは、一つ間違えば自分をいつも愛しそうに見る年老いた
前の旦那をイヤらしいおじさんと毛嫌いして育つこともあるだろう。
死んだ子も以前は好きだったものを大嫌いになる事だってありうる。
育てる人間や環境が変われば子供はいくらだって変わる。
選択肢はいくらでも分岐する。可能性は無限。未来は不可知。
それくらい子供は柔軟だということだ。だから子育ては大切なんだろう。

舟を繋ごうと嵐の浜に出た澪は波にさらわれ、ほの明るい竜宮で
黒い蛇のような、動ける珊瑚のようなそれに捕らえられてしまう。
イサナは母を救うために嵐の海へと飛び込む…
そう、その姿はまるで子を救う母のように、何も顧みない。
けれど一方で、ただ一心に母の身を案ずる娘の行動でもある。

澪を助けたイサナは、再び蟲に引っ張られ、ギンコ共々沈んでいく。
真っ暗な海の中には、青白い美しい光を放つ黒い蟲たちの林。

海草のような不思議な蟲

敵わねぇ…これはとても…
「このまま、こいつに食われれば…俺も胚にまで戻してくれるんだろうか」
全てが始まる、その前まで。

過去を失った自分が、もう一度人生をやり直せる…

ギンコは万に一つもそれを考えたのだろうか。でも同時に知っているはずだ。
いくら新しい肉体を得ようとも、人間はもう一度自分が生きてきた歴史を
そっくりそのままやり直すことなどできはしない。泣いて後悔しても、
怒り狂って消そうとしても、それは自分を形作ったもの。時を遡り、
全く同じ環境で、意思を働かせて思うままに生きる事などできない。

でもギンコは一瞬、それもいいと望んだような気がする。
全てをあるがままに受け入れながら、もしかしてギンコという人は
何よりも自分自身を心のどこかで受け入れられないんじゃないか…
過去がなく、未だに居場所を見つけられない、そしていずれは必ず
野垂れ死ぬと思っている自分。到底敵わないものに飲まれていなくなるなら、
そして自分ではない自分が再び生まれ、今度は人の世に受け入れられるなら…

イクラ?

今回は物語がかなりヘヴィなのでついセリフやキャラたちの動向に
目が行ってしまうんだけど、マナがもう一度見たいと心から望んだ、
イサナが潜る美しく済んだ海、紫に染まる夕焼けの空、月の光に輝く水面…
そして晴れているのに、いやよく晴れてるが故にけぶったような青い空は
実に美しい。相変わらずこの背景美術の素晴らしさは健在だ。
それに海女であるイサナの濃いオークルの肌は子供らしくて健康的でいい。

私は原作のこの話を異常なほど女の匂いがする話だと思っていたのだけど、
アニメでも匂い立つような女の香りがする。同属として嫌悪するほどに。
この物語には何かが歪んだ、ある種の異様な不健康さを感じるのだ。
女とはあくまでも「未来を産むべき性」だと思っているからだろうか。

蟲のしがらみをほどかれ、イサナとギンコは澪に助け上げられる。
竜宮の蟲は光を嫌う。美しく海面を照らす月が2人を救ったのだ。
十六夜が化け物猪から旅人を守ったように、月が物の怪を祓う話は結構ある。

あの蟲は生物の時間を食う蟲といえるかもしれない。記憶を食べる、とも。
「母さんのまま死んでしまう方がまだいい」
生きた時間、培った記憶、全てが死んでいく人そのものなのだ。
イサナは、消えてなくなるのが恐ろしいと娘にすがった母でありながら、
その想いは母・澪と同じものだった。彼女にとっては夫は祖父であり、
娘は母なのだ。全く同じであっても、それは全く新しい生命なのだ。

命は散るからこそ大切なもの

失った者を取り戻せる島。永久に失わずに済む島。
大切な人を失った心の隙間に、傷んだ心に、慰めは必要だろう。
不慮の事故で、思いもかけない事で失ったものを取り戻したい気持ちは
何かを一つでも失った事のある人ならば、理解できないことじゃない。

けれどそれが取り戻せるとわかっているのに、唯一つの自分として
この世から消えていくことを望めるのは、幸せなのかもしれない。

やり直せないからこそ、全ての生は尊く大切なのだと思えるだろうから。


第二十三話 錆の鳴く聲
2006/6/4

「この病に関わったものは皆、同じに苦しんだんです」

ギンコは、蟲を寄せてしまう体質ゆえにひとところには留まれない。
それを知っていれば、害を避けるために自分が浮き草になればいい。
けれど何も知らず、知らない故に罪を犯し、どこにも行けずに、
ただ口を閉ざし、人との関わりを絶ち、ひっそりと生きている者がいた。

「この声は…恐ろしい声なんだ…」

それは 小柄な体に似つかわしくない 太くかすれた 
けれど甘く渋みのある残響を持つ 不可思議な響きの声だった

峠で落ち合うはずのしげの歌声に振り返るギンコ

雪深い峠を越える途中、微かに風に乗ってくるその声を聞き、その声の主に
出会ったギンコは、招かれた村のそこここに何やら錆が付着しているのを見る。
柱にも塀にも壁にも障子にも…そして何より、生きている人間にすらも。

それは誰にも見えないもの。
ギンコにだけ見えている、どす黒く、禍々しい蟲。

それは彼らの体に支障をきたし、杖をついて歩く者もいれば
壁に寄りかかるようにようよう歩く者もいる。寝たきりの者も
多いようだ。いつしか皮膚が堅くなり、体の動きが悪くなる奇病。
素封家らしい招き主は、最も重い症状なのは自分の友人である、
村の西はずれに住む夫婦だと告げる。そしてその家の娘はしげ。

「おまえもこうするしかないって…決めたんだろ?」
台所で意地悪されるしげに気を配ってくれるのは若い奉公人のテツ。
「嘘だろ?」と言われてビクッと手が止まる作画がまた細かいこと。
病の元凶ではないかと疑われ、まさしく「村八分」にされているしげは
穴の開いた袋を縛る手ぬぐいを貸してくれた優しいテツに礼を言いかけ、
慌てて口を押さえて立ち去る。しげは喋ってはならない…決して。

優しく温かいテツの言葉に涙するしげ

「聞けば聞くほど奇異なる声だ」
しげの家を訪ねたギンコは、その錆が蟲であることを説明する。
しげの声は蟲の一種「野錆(やさび)」たちのかすかな声によく似た
波長を持つ、蟲声とでも言うべきを蟲を寄せるミラクルボイス。
けれど今のそれは、何年も洞穴の中で叫び続けたため、潰れ果てて
かすれた、およそ14歳の華奢な女の子の声とは思えない声だ…

「皆に憎まれるのは当然だ。私は3人で生き延びるほうを選んだんだから」

小さい頃から、しげの周りには当たり前のように錆が湧いた。
それは人々の体の自由を奪い、苦しめる恐ろしいもの。
誰とも喋っちゃいけない…
父と母からの言いつけに従い、しげは口を閉ざした。

「なんにでもついてるな…好き嫌いないのかね?」
海辺育ちのテツのお気に入りの場所で、ギンコが野錆を
掃う方法を思いつく時の強い風がすごくよかった。
原作でもごっと吹くけど、なんていうか、峠の上の不安定な
崖に立つギンコに、何の容赦もなく吹きつける荒々しさがすごくよかった。

錆は潮を嫌う。
その強い潮を含んだおろしが吹きつける場所には野錆ではなく、
普通の錆がついていた。しげが錆を掃う方法は見つけ出された。

長い長い贖罪の時間。しげは一人で孤独に耐えてきた。
しげは文字を知らない。だから五体満足な体を持ちながら、人とは
全くコミュニケーションが取れないまま、10年間も過ごしたのだ。

ギンコに文字を教えてもらったしげはテツに手紙を書く。
「ハナスト オマエモ ヤマイニナル アリガトウ サヨナラ」
ただ1つの誤算は、しげと同じようにテツも字が読めなかったこと…

偏見を持たず、公平(ある意味では不公平だが)な態度を貫いたテツ

追われた二人は峠を目指す。
俺も行く、あそこは俺の村への通り道だし、一人じゃ危な…

「頼むぜ」

どすっ。
ギンコが背中をどすっ。
ヘタな言い訳なんざいらない。ただ、彼女を守ってやれよと。
デフォルメ画なんだけど、それがまたなんとも似合ってて可笑しい。

それにしてもこの話は、アニメで見るとまるでジェットコースターのよう。
右へ揺さぶられ左に急旋回し、村人たちがしげを諸悪の根源と決め付けて
家に向かってくる時は頂上を目指してカタカタと上がっていく時のよう。
ギンコは彼女が原因である事は認めるけれど、彼女も長く苦しんだのだと
折衷案を提示する。元凶がしげならば、解決できるのもしげなのだ。

「それで何とか、帳尻合わせにはなりませんか」
それにしてもなんて優しく理性的な説得だろう。ギンコは傷ついた彼らに
決して声を荒げたりしない。彼らの怒りも憎しみもちゃんと受け止めて、
その上で温かく、柔らかく説得する。言葉があれば、力などいらない。

そして転落。
逃亡中にドサクサに紛れてちゃっかりプロポーズしてるテツにやるなと
思ってたら思ってねーよジェットコースターは一気に奈落へまッ逆さま。
転落シーンのスローモーションの演出もよかったなぁ。

崖の下に落ちたテツは頭から血を流し、しげは助けを呼ぼうと
口を開きかける。しかし、ここで叫んだらテツに錆が湧く…
自分に優しくしてくれた恩人のテツが病気になってしまう…
(この病は治せる)
けれどギンコの言葉を信じ、しげは人を呼ぶ。

ダ  レ  カ    タ  ス  ケ  テ

ノコギリのような声だ、と思った。
空気を真剣で斬るのではなく、まるで鮫の歯で切り取るかのような、声。

声に誘われてズルッと動き出す野錆たちの意外と早い動きは、
もちろん蟲師スタッフの真骨頂。柱や足から少しずつズルッ、
ズルッと動いていく。足が軽くなった、と喜ぶ村人の後ろの
壁にも、スルスルと動いていく野錆。錆色に覆われた村から、
白い雪の上を錆は少しずつ、結構な量が移動していく。

野錆が撤退していく様子はさすが!

海を背に叫ぶ事で野錆を呼び寄せると、潮風を嫌う錆は方々へと散っていく。

潮のある場所…海ならば、しげは安全に生きていける。
海の村からやってきた優しいテツと共に生きていける。

声が潰れるのが早いか、野錆が全て散るのが早いか。
けれどそんな事は構わない。長く苦しんだ彼らが救われ、
自分の罪をきちんと償い、大好きな町が元に戻るなら。

リウマチやSLEのような症状を起こす、本来は何の害ももたらさない野錆。
この話を映像化するなら、何はともかく蟲を寄せる「声」の表現が
最大のネックだったろうと思い、正直言って蟲師スタッフもさすがに
これには挑戦しないんじゃないか?と思ってたくらい「やわらかい角」があるにしても

しげの声は新人声優の五十嵐浩子さん。
ホントに新人さんらしくて、地声が本当にハスキーなのか何か効果を
入れてるのか比べられない…私は錆声は「こんな声」とイメージを
固めてたわけじゃないから全く問題なし。十分よかったと思う。

ギンコの毅然とした態度、テツの優しさが天晴れで、苦いながらも
珍しくハッピーエンドといえる話だ。どんなに激しくても、ちゃんと
最後は無事にプラットフォームに戻ってくる、まさにジェットコースター。

ところで今回、峠でしげの声に振り返ったギンコがやたら色気があった。
最初のシーンで、声の出所を探すアップのギンコもやけにカッコよかった。
テツも原作より若干お兄さん風になってたし、ホント、男2人が素敵でした♥

「しげ、峠か?」「うん」「俺も行くよ」

「なぁしげ、歌を歌ってくれよ」幼い頃そう言われたように、
もう一度歌を歌いに…それを聞いてくれる、大切な人と一緒に。

一緒に行こう…


第二十四話 篝野行
2006/6/11

「俺にあたるなよ…」

連載を重ねて蟲師も随分たくさんの話数になっているけれど、
当然中には個人の好みが働いて、これは好き、これはいまひとつ、
これはこっちよりは劣る…とランク付けがなされていく。
私も原作ではそれほど上位ではなかったのに、アニメ化したことで
急激にランクを上げた作品がいくつかある。今回の篝野行もその1つ。

今回はOPがない変則パターンで始まり、土井美加の渋いナレーションが入った。
そして映像が流れ始めたら一発で心を奪われてしまった。
ひゅるりひゅるりとトリッキーに動く、あまりにも美しすぎる碧色の陰火。
思わず息を吸い込んだ。まるで野萩がそれを吸い込んだ時のように。

あまりにきれいな陰火に魅了される

ギンコが訪れたのは新種の蟲が出たと噂されるある村。
大量に発生した草が毒を吐いて周りの草木を枯らし、
作物や村にも影響が及び始めた事で、対処法を急がねばならない。
そしてそこには何冊も調査書を記している評判の蟲師がいた。

そんな里に根付く蟲師浮き草の蟲師の意見の相違。

「明日、山ごと…全て焼き払うんですから」
自分たちの里の為に、山を全て殺す気かと、蟲との共存を図ろうとする
ギンコは異議を唱え、冬が来る前に、作物と里の人々の安全を守らねば
ならないと主張する野萩。ぶつかるのは、いわば理想論と現実論だ。
野萩とて知恵を絞って対処しなければならないのはわかっているはず。
けれど眼の前の危機に、即応しなければ村は失われるかもしれない。
「賭けるなら自分らの命だけにしろって言ってんだ」

前回はギンコの仲裁が素晴らしいと書いたけど、今回はさすがに焦りすぎたのか
里の者を怒らせてしまう。そりゃ脅えた猿の群れなんて言ったら怒るだろう…
「猿と何か違うってんなら少しは恐怖に勝ってみろ」
それは発破にはなってないよギンコ。違う意味での起爆剤だよ。

野萩は蟲師としての知識と自分の能力を過信している女だ。
だから溶岩石をどかし、翌日にはそこに草が生えている事には
気づきながら、異変には気づけなかった事が悔しくてたまらない。
「それは気づいてたの」と優秀さをアピールするなど実に面白い。
この事態を引き起こしたのは蟲という自然現象のせいだけではなく、
自分のミスが原因だと思っている。謙虚に見えて慢心もいいところだ。

「知恵で克服しろっつってんだ」
彼女はミスをした自分が許せないから、早急に対処したくてたまらない。
責任感も強いけれど、自尊心が高いが故に事実を見失ってしまっている。
故郷の人を守りたいと思うのは当然でしょう…それが隠れ蓑になっている。
けれど誰にもそれは気づかれない。彼女は確かに優秀で冷静に見えるから。
でもギンコは同業の蟲師ゆえに彼女の弱点が見えるのだろう。
「浅知恵だ。そういう事を言ってるんじゃない」

珍しく挑戦的なのはギンコの焦りなんだろうか

ギンコはこういうトラブルにも遭遇し慣れてるんだろうか。
殴られたギンコが放り込まれた道具部屋から見た松明の列の美しい事。
そして火が放たれた原が夜空を染め上げて一気に焼き尽くされる時は
ため息が出るほどだ。メラメラと燃える火よりも、夜空をわずかに染める
淡い橙色の輝きが綺麗。野萩を照らすそれはやがて色を失い、鎮火する。
原には何もない。全ては灰になって果てた。焼け落ちる立派な大木、
飛び立つ鳥、逃げる鹿、燃えていくトカゲ…そんな多くの命と共に。

祭の後のような静けさが染み渡る原に、聞こえてくる音…
それは待ち侘びた火の熱を受け、蟲たちの孵化する音だ。
上空に現れた無数のそれ。淡い碧とわずかな紅のそれは
見たことはないけれど鬼火のようでもあり人魂のようでもあり…
陰火が飛び立っていく時の幻想的な美しさは、今回数多出てくる
「火」の作画と演出の中でも秀逸の出来だ。う〜む、素晴らしい。

容器に潜り込むクセのあるそれを避けるため、閉じた空間を好む
ウロさんとは逆に、茶碗や空間を閉じろと警告する2人の蟲師。
陰火は人の体温を奪うヒダネという蟲が火に擬態したもの。
それは周囲の熱を喰らう蟲。火と間違えてあたれば凍え、
調理したものを食えば腑が焼けるのだという腑が焼けるて…

ギンコが去り冬がやってきて、釣りをしていた爺さまや、寒さで
感覚が麻痺したおかみさんが陰火を火と間違えるシーンは蟲師では
珍しいオリジナル作画でよかった。何がよかったって、体温を奪われた
赤子が、天井付近をひゅらりと飛ぶ陰火を眼で追ってるシーンだったね。
あと、陰火が囲炉裏の火に入り込んだ瞬間、メラッと碧に揺れる炎とか。
原作に忠実とはいえ、こうしたオリジナル作画もすこぶる楽しい。

この後、囲炉裏の中でポッと一瞬碧く燃え上がる

里での異常が顕在し始めたその時、突然膝を突いて草を吐いた野萩は、
ギンコが再び訪れた時はもうかなり陰火に侵されてしまっていた。
野萩の淡々とした物言いと、覚悟のほどを聞いてるギンコの珍しく
吃驚を隠せない目を見開いた表情が、最終局面の緊迫感を募らせる。

7人が死に、腑を傷めた者が大勢。
注意は呼びかけた…そうは言っても被害は出た。
野萩は再びループを廻っている。あの時、あの時、あの時私さえ…
ヒダネは入り込んだ物から十分に熱を食いつくし、それが骸になると
(それがたとえ無機物であっても、というのがすごい)そこから芽生え、再び幼生となる。

「これは…報いなんでしょうね」
死に場所を探そうとする野萩。でもそれは里の蟲師が取るべき方法じゃない。
これは里が始めた戦いだ。長い戦いになるからこそ、野萩は必要なのだ。
「あんた1人で終わってもらっちゃ困るんだよ」
山を焼く事を止められなかったように、ギンコではダメなのだ。

聡明な野萩は不甲斐ない自分に対して1番厳しい

原を漂う陰火をぶっとい針で捕えるギンコ。
それをかまどにくべる動作がまたすごい作画だ。
本物の火という「熱」がなければ幼生は成体にはなれない。
ならば、火ではなく、熱を奪う偽物の火、即ち陰火そのもので焼き殺す。
腑は焼かれるが、タネビもまた焼かれる。痛みと苦しみに耐えながら
野萩はギンコの料理を口にし、マズい!もう一杯焼けた草を吐いて
その効果のほどを知る。ゆっくり治していけばいい。長い戦いなのだから。

「火を使う唯一の動物…ヒトが、結果この火に使われている」

水ぬるむ季節、陰火の姿は前ほどは見なくなった。
けれどいなくなったわけじゃない。どこかに潜んで時期を待っている。
蟲とて生き延びる事に必死なのだ。その間を結ぶのが蟲師でなければならない。
結果を急がねばならないにしても、ギンコのように冷静に事態を見つめれば
優秀な研究者である野萩も対処法に気づいたはず。盲目になっていた野萩に
とっては高い授業料だ。まさしく陰火を本物の火と見誤ってしまったのだ。
けれど彼女が里にどれだけ必要な存在であるか、ギンコはよく知っていた。
だから厳しい姿勢ながら、親身になって手助けをしたのだろう。

谷底へ去っていく陰火の姿が物悲しい

里を離れて谷底に1人寂しく消えていく陰火。
人の熱を恋しがるそれは、異形に魅入られながらもなお、
人との繋がりを求め続けるギンコの姿にも似ている。


第二十五話 眼福眼禍
2006/6/18

「恐ろしいよ」

「眼福」により、見えない世界から見える世界へやってきた周。
けれどそれはかりそめに過ぎない。眼福は周の目玉に巣食い、
やがて去っていく。今度こそ周から、永遠に光を奪って。

初めて眼にした世界の美しさに息を飲む周。
いくら教え込まれようとも、生まれつき視力のない人間には
「色」という概念はイメージできないはずだ。
触覚、聴覚、嗅覚、味覚…それが情報を得る手段の全てでも
満足できるのは、視覚が受ける情報量を知らずにいるからだ。

それを失うことの恐怖感は並大抵なことではない。
健常者にとっては「どちらも同じく体の一部が不自由」とくくれてしまう
生まれついての障害者と中途障害者には、なんにせよ大きな開きがあるが、
ことに視覚と聴覚に関しては「機能」に加えて「情報」がからむゆえに
その差はすさまじい開きとなる。両者は互いに相容れないほどだ。

初めて見たそれはあまりにも素晴らしすぎた

周は蟲師である父が手に入れた幻の蟲「眼福」を、自らの目玉にした女。
ギンコですら思わず身を乗り出す、本当に貴重な蟲のようだ。
世界が見えるようになった周は、森の草花、日の光、父の顔、友の顔、
美しい空、飛んでいく雁…それらの想像を絶する姿や美しさに絶句する。
そしてその眼は、誰よりも遥か遠くまで見渡すことができた。

しかし新たな眼はやがてとらえるはずのないものまでとらえていく。
遠くの山々や谷の底、見知らぬ町や人々の暮らし…最初はビデオでも
見るように楽しんでいたんだろうが、まるで壊れたデッキのように
それが延々廻り続けたら、情報処理する脳はたまったものじゃない。
眼が眩むようになった周は、やがて眼を閉じて暮らすようになった。
まるで、かつて眼を開いていた頃のように。

それでも周から安寧を奪う眼福。
次に見え始めたのは傍にいる人間の未来。
それはどんなに忠告しようとも変えることのできない残酷な未来だった。
的確で凄惨な未来ではなく、回避できる忠告の方が人生には必要だ。
災厄が入っていたパンドラの箱に残されたのは「希望」ではなく「予知」
絶望を予知できないからこそ「希望」が持てる、という事なのだそうだ。

この話は密度が濃いけど共に過ごした時間はわずかだったりする

「この眼が見てるのは、手の届かないほど遠くにある決められた事なんだよ」
予知を正確に当てる周の周りにはもう誰もいない。
そして父もまた眼福の予知どおり死んだ。
周はギンコとの出会いを予知し、目玉を捨ててくれるよう頼む。
目玉の寿命は近い。ここから飛び出してまた誰かの眼に入らないように、
深い山の中に捨ててきてほしい…いや、ギンコはそのために現れたのだ。

見えなくなるのが恐ろしくはないのか?

ギンコの質問は残酷だ。
諦めきっている周を奮い立たせようとしてるのかもしれないけれど、
あまりに残酷すぎる。周にすら見えない、真っ暗闇の子供時代を
経験しているギンコだからこそ言えるのかもしれないけど…
それでもやはり残酷だ。周も生まれついて見えないまま育ち、
今もそうなら「失うこと」を恐れる必要などなかったろう。

ないものはない。それで折り合っていけるし、いくしかない。
けれど「失う」ということは恐ろしい。だから皆、脅えるのだ。
「老い」が恐ろしいのはこれらがポロポロと自分の意思とは裏腹に、
手から零れ落ちていくことだからだ。そしてそれは若い人間には
全くわからず、わかった頃にはもう手遅れになっているのだ。

やがて周の目玉がぐるぐると廻りだす。
この動きを見てるだけでこちらまで眼が廻るよう。
そしてあっという間にパシャッと飛び出す二つの目玉。

すごく怖い。

原作でも結構ホラーな場面だが、もう一度言う。

ものすごく怖い!

わかっていてもあまりにあっけなくぽろっと落ちたのがむしろ怖かった。
もっと眼窩から目玉がミリミリ出てくるような描写があるかと思ったけど、
ホントにポロッと周の指の間から落ちてきた。うわ、こわぁ〜なら何度も書くな

ぎょえーーーーー!

「目玉がなくとも…涙は出るんだね」
周はギンコの左眼のようにぽっかりとあいた眼窩を押さえ、
痛みに加えて、永久に失ったものへの追悼なのか、泣く。
もう何も見えない。日の光も、月の光も、人々の暮らしも。
そして見たくもない誰かの未来も、自分の運命も、もう2度と…

「どこかで見かけたら、声をかけておくれ」
去っていく姿は清々しく、決してギンコの無力さを責めはしない。
深い山奥に埋められた眼福は、獣の瞳に宿って生を繋いでいく。
そうして繰り返されてきたことが、また繰り返されるだけのこと。

ギンコが障子を開いて見たラベンダー色の空の美しさに感動した。
今回は「失明者が見た世界の美しさ」がテーマなので、モノクロの
原作ではそれほど感じなかった「色」の演出が実に素晴らしい。
ヨキが記憶を失って「ギンコ」となったあの時、山を彷徨いながら
太陽の光の下に出た時のありがたみ。眼福が宿った獣の目に花が咲き、
ゆっくりと閉ざされて真っ暗になっていく時のいい知れぬ恐ろしさ。

光があるという事が、一体どれほど素晴らしい事か…

不気味で不安で、正直見る事が非常に辛い話でもあった。

「俺はここで宿を取る気は…ないって言ってんだよ!」
でも周にちゃっかり袖を引かれて宿を取らされるギンコのしまったぶりとか
中野さんのコミカルな演技も楽しく、しかも蟲師の中では珍しい、ちょっと
大人の色香のある話のような気もする。もちろんギンコと周の間にいわゆる
「そういった事」は全くないのだけど、妙齢の男女が、襖越しとはいえ床を
並べているというのがそれを感じさせるのかもしれないなそんなの私だけかね

女の色香ならぬ蟲に誘われてまんまとハメられたギンコ

そして坂本真綾さんが実に素晴らしい。琵琶に乗せた歌もよかったけれど、
落ち着いた声で昔語りをしつつ、娘らしく父を呼び、千里眼の辛さに泣き、
事実を受け入れた者の凛とした強さを実によく表現してたと思う。

「闇の中で光を思い出しながら生きていくのも、悪くはないと思うんだ」

光の中で一歩も動けないことより、闇の中で自由に生きることを選びたい。
それもまた苦難から苦難への道なのに、自分の人生に対して決して逃げず、
ひるまず、背を正して向き合おうとする周は、真の意味で強い女性が多い
蟲師の代表格・淡幽と並んで、強い女だと思う。


最終話 草を踏む音
2006/6/24

「今も山で、草を踏む音がするとはっとする」

山を守りついで来た山主の子、沢(タク)には、不思議な生命力に溢れる
山を包む霧の色が見える。それは青かったり、綺麗な紫だったり…
何が起きるわけでもない。それが見えることの意味も、理由も知らない。
ただ、沢は人とはちょっと違うもの…蟲が見える体質だったようだ。

ワタリを見ている沢の姿を見て、立ち止まった人影

「おまえ、ヌシの子か」
お気に入りの場所である滝壺で釣りを楽しむ沢に声をかけてきたのは浅黒い
肌をした少年、イサザ。沢は閉鎖的な村人根性丸出しで余所者の侵入を嫌う。
畑に水を引きたいというわけじゃなし、渡り鳥が休む場所を追い立てるような
小さいことを言うもんじゃない…けれど幼い沢は、おおらかで強い父の言葉に
従えず、イサザが仕掛けでたんまり獲った魚を返せと詰め寄る。

「俺はワタリのイサザだ、デコチン」「デコチン言うな(怒)
沢が足を突っ込んでる水が透き通って綺麗な事。冷たいだろうとは思うけど、
梅雨の合間の太陽が十分温めてる気もする。サブタイどおり、何度も何度も
出てくるのはわらじを履いたイサザが柔らかい草を踏みしめて歩くシーン。
踏みしめるたびに、まるで草の香りや水気を含んだ土の臭いがしそうだ。

本当に毎回毎回素晴らしい背景でした

「おい、おまえ…ウソつきめ!」「ウソじゃねぇよ!」
草を結んでいたずらを仕掛けたイサザと沢は、誤解と和解を経て友達になる。
里の子供と、流れ者の子供。旅暮らしの長いイサザはどこかすれていて、
素封家のぼんぼんの沢は、ただの百姓の子よりはインテリで考え深い。
2人は話をし、知らないことに驚き、面白い話に笑いあって友情を温めていく。
男の子同士らしく、踏み込みすぎないのに遠慮しない友情は気持ちがいい。

トラップに引っ掛かってコケる沢

「俺は謝らないからな!」
沢がイサザたち流れ者…「ワタリ」の仕事について知った時、
まるで裏切られたように傷ついたのは、普通の友達同士で
面白おかしく話してたことが「売られていた」からだろう。
沢は教養もあるしバカじゃない。だからイサザの言ってる事はわかるはずだ。
言ってくれれば…と思いつつ、イサザが意識しない話が欲しいという理由も
決して理解できなくはない。けれど、仲良くなったからこそ許せないのだ。
「謝れなんて言ってねぇよ」

既に自分なりの哲学を持っているイサザ

彼らは本当は、お互いがちょっぴり羨ましい。
雨宿りしながら、旅立ちの日の事を話すイサザ。
いつこの地を去るのか、次にどこに行くのか、何をするのか、
また戻ってくるのか、イサザには何ひとつ約束できないのだ。
「なんだか呑気な話だなぁ」
自由には責任と義務もついてくる。
里に守られ、安全で安心できる暮らしは、イサザたちにはない。

「里の話…聞くのは好きだし…」
里にいられない者にとって、旅暮らしが性にあってると言ったって、安全な
屋根の下で、暖かい火を囲んで物語を聞き、夜なべをしながら過ごす安らぎが
恋しくないわけがない。イサザは人懐こくて不思議な魅力を持つ子なので、
もしかしたら沢のような友達が行く先々にいるかもしれない。確かに彼らを
利用している部分もあるけど、本当に純粋に話を聞きたい想いもあるのだろう。

「羨ましいのか?」

イサザは、捕まえた大きなトノサマガエルを麻紐で縛る。
浅瀬で逃げようと水を掻いても思うように進まないカエルが必死に泳ぐ姿の
作画がもうね…ホントにどうしてそこまで凝るんだカエルにと言いたいね。
世間では京アニの素晴らしさがハルヒで絶賛されてるし、それは私も
認めるけど、地味ながらアートランドのこの仕事も見てくれと言いたい。
カエルはやがて麻紐から脱出し、スーイ…と気持ちよさそうに去っていく。
縛られるものと、縛られないもの。どちらもちょっぴり幸せで、少し不幸せだ。

逃げようと必死に水を掻くカエル

私は梅雨明けを告げる雷が昔から本当に大好きだ。
東京はちょうど学校が夏休みに入る頃に梅雨が明けることが多いけど、
2、3日前から暑さが増し、やがて空が俄かに掻き曇り、凄まじく美しい
稲妻が光って土砂降りが始まると、虹郎の父みたいに雨の中に飛び出して
踊りたくなるのもわかる気がするよ。もちろん踊らないけど通報されるわ

盛大な夏の幕開けを告げるように、雷雨の夕立の後には信じられないほど
眩しい太陽と、うるさいセミの声と、むせ返るような草いきれ…
うわぁ…夏ってこんなにすごかったっけ?
ふと気づけば、足元にはまだ生きている新鮮な魚が踊る。
イサザ…!?沢は旅立ちを悟り、咄嗟に山を振り仰ぐと…

金色の山!

まさしく、上機嫌な山がそこにある。
いやぁ…すごい。金色の霧に包まれた山には感動した。

ちなみに紫の霧はこんな感じ

前の年には霧の中の影はこちらを見て立ち止まっただけだった。
けれど翌年は違う。その大人より小柄な体の影は、こちらを見て手を上げる。
でもいつもと変わらないようでいて、彼らは新しい仲間を1人加えていた…

沢を見つけて合図するイサザ

「ギンコって言うんだ」
白い髪、碧の眼、隻眼の子供…今の蟲師としてのギンコがあるのは、
噂話を聞かせた沢とイサザのおかげともいえるのかもしれない。
でも蟲を寄せる体質だから、長くは一緒にいられない…
光脈筋か、アイツ自身に障りが出る前に、蟲師の誰かに引き渡される。
沢のごくごく軽い嫉妬に気づいてか、イサザはギンコとの別れを示唆する。

「俺…山を守れなかった…」
その日、沢の父が死んだ。大らかで優しかった父が。
そして皆、幼さを理由に沢から何もかもを奪い去っていった。
「ごめん」
ここは大切な山だと教えてくれた友に謝る沢。
悔しさと哀しさで泣く友に、旅立ちを告げるイサザ。
また戻ってくるのかと尋ねた沢への答えは「わからない」
戻らないとは言えなかったイサザの真実を悟り、沢は一緒に行きたいと願う。

心配して来てくれたイサザの前で泣く沢

翌朝、山は白い霧に包まれていた。それは誰が見ても普通の光景。
けれど沢にはわかる。ここに何の色もない霧が出るなどありえない。

「もう行った」
約束の場所に残っていたのはギンコだった。
光脈は移動を初め、ワタリはそれを追わねばならない。
「ごめん」
それがイサザの最後の言葉だった。

もし沢が本当に人の社会からあぶれたのなら、そのうちまた会えるだろうと
そっけなく言うギンコ。しかしギンコは、あぶれ者が作ったほんのわずかな
コミュニティからすらもあぶれてしまった正真正銘のはぐれ者だ。

自分もまた置いていかれた事を受け入れるギンコ

逃げた方がいいというイサザの言葉は半年後に実証される。
光脈の恩恵を離れた山は噴火して様変わりし、滝は埋まって里は壊滅した。
残ったものたちは荒れた土地で泥にかじりつくように生き抜いたものの、
以前の豊かさは戻らず、生まれて来た子供たちは体が弱い。

イサザたちなら何か知っていたのかもしれない…
十数年、土地を離れずに生きてきた沢には到底わからない事を。
けれどもう、流れている彼らを探す手段すらもわからない。

本当の意味での最終回の今話はOPのない特別仕様。
最終話にふさわしく、色のついた背景画については真骨頂を迎えた。

なんだか嫌いなはずの夏が待ち遠しくなる

見ているこの身に、何やらじわじわと感じられてくる暑さ。
蟲師は、冬の話ではどんなに雪が降ってもそれほど寒さを実感しないのだけど、
夏の描写は不思議なくらい日本独特のじとじとまみれの暑さを感じさせる。

寄って来る蟲をあたりまえのように手で捕まえるとすーっと消えていくのは
アニメのオリジナル描写だけど、弱いものだという感じが出てよかった。
他にもうっすらとふよふよ漂ってたりして、丈夫に生まれた沢にとっては
なんてことないこれが、子供たちには障りになるとわかって面白かった。

手で抑えただけでスーッと消えていく蟲

「イサザのことは覚えているか?」
弱い子供たちに虫下しならぬ蟲除けと滋養薬を処方する蟲師を懐かしみ、
沢は尋ねる。日々の旅暮らしの刺激が強すぎるせいで、沢のことは
ちっとも覚えていないギンコだけど、イサザの名前には反応する。
原作ではこの話の後で、実際に大人のイサザが登場したのは嬉しかった。

「あいつなら、今も馴染みだぜ」
けれど、多分沢とイサザはもう会う事はできない。
「ここのことも、アイツに聞いて来たんだよ」
覚えていてくれただけでいい。
「そろそろ薬の必要な時期だろう、ってな」
忘れられていなかっただけでいい。
「今も変わらずやってるよ」
離れていた時間が一瞬縮まる。

沢のこともいずれギンコからイサザに伝わるだろう

「そうか…ならいい」
沢の口元は少しだけ緩む。
イサザはあの時、沢のことを爺ちゃんに伝えたんだろうか?
沢はここで生きていくべきだと思ってたんじゃなかろうか?
沢をはぐれ者にも根無し草にもしないように…
そして今もきっとこの土地で頑張ってると思ったからこそ、
2人の既知であるギンコを送り込んできたんじゃなかろうか…

果たされなかった約束…でも真相は明かされない

2人の道はもう交わらない。奇跡のようなあの夏は戻らない。
決して思っていたような、父と同じ事をする未来ではなかった。
沢は地に足をつけ、土地に縛られながらも根を張って生きていき、
イサザは根を持たず、かつての友に会う事もできずに生きていく。
「これでいい」

互いを忘れはしなかった、その事実は揺らがない

イサザに小清水亜美を起用するとは意外だったなぁ…もちろんとてもよかった。
ギンコはヨキを演じた沢城みゆき再び。そして沢を演じたのは、青年時代は
ハリーの浜田賢二、少年時代が伊藤実華…はよく知らないけど、悪くなかった。
この話は少年たちがメインを張るので、今回はさすがに子役を使わなくて
正解だったと思われるそういえば蟲師はいくつくらいが女性声優と子役の境目なんだろ?

いつもなら予告で、今回のサブタイトルが次のサブタイトルに移るのに、
静かに背景にとけて消えていった時は寂しかったなぁ…
そこに土井美加のナレーションがかぶる。

「この世は 人知れぬ生命に 溢れている…」

1話の映像美を見た時のどうしようもない感動が蘇るよ。

提供が終わった途端、現れたのはなんと行李を担ぎ、再び歩き出す風のギンコ。
「またいつか・・・・」

またどこかへ旅立つギンコ

20話の「またのごひいきに」に続き、これは嬉しいメッセージだ。
本当に素晴らしい作品にあわせてくれて、原作者の漆原さんに始まり、
全てのスタッフ一人一人に心から感謝をこめた花束を贈りたい。
そして熱意さえあれば、こんな素晴らしい作品を作れるんだと
胸を張ってもらいたい。まさしく出色の作品と思われます。

俺…前にここに来たことあるな…
忘れかけていたギンコの記憶が手繰り寄せられると、
鳩が豆鉄砲食らったような顔の少年に言伝を伝えたあの日がよみがえる。

「ああ…あいつか」
ヌシは草の冠を失い、山は形を変え、少年は大人になった。
変わらないものなどない。けれど変わらないものもある。
ギンコの旅はこれからも続いていく。

さて…そろそろ行きますかね


 (2006/6/24 完)
特別篇 日蝕む翳
2014/1/4
 
「ムシ…ガ…デタ…ヨ…ムシガ………デ、タヨ…」

じゃなくて!!

CXでの放映は全20話で終わってしまった(こうした事態は2002年頃〜2006年頃までのCXでは非常によくあったこと。R.O.D然り、サムライチャンプルー然り)アニメ「蟲師」が、BSフジでの全話放映によって無事最終回を迎えてからすら既に7年半…まさかこのページを更新する日が来るなんて夢にも思わなかった。

原作も数年前に全10巻で完結し、もう本当に全てが終わったのだと思ったところでまさかの「書き下ろし新作」のアニメ化に加え、番組終了後には4月から続章が始まるという息を呑むようなサプライズ!こいつは春から縁起がいいや!

物語は数十年ぶりに訪れた日蝕を迎えるところから始まる。
淡幽が懸念するのは、陽の光が隠れるわずかな時間、蟲たちの動きが活発になることだ。
眼をやられるもの、陽を怖れるもの、気を抜かれたようになる者…その中には蟲の障りを受ける者も少なくない。
淡幽は周囲に注意を促し、身に宿す蟲と共に闇に身を隠す。最も障りが懸念されると割り出した地域に、知己の蟲師たちを放って…

太陽が闇に隠れる僅かな時間、常人にも常世の世界が見られるという噂を信じ、日蝕を心待ちにする化野先生がいつも通り過ぎてニヤニヤしてしまう。
騙されまくりの彼は未だにあの羽織から煙が上がるのを待ってるのだろうか。

やがて月が影を落とすと、ゆっくりと太陽が翳り始め、あたりは闇に包まれる。
静かに、世界は静寂に身を任せる…
視力を失った周、キスケの肩には妻と娘の生まれ変わりの子供たち、カジと母さんは団子を食べながら、羽織の絵師の塊と姪のトヨ、真火とばあちゃん、同じくしんらとばあちゃん(には見えないれんず)、コダマ、そしてなんと橋をかける虹郎…緒が戻るのはまだ先なのか、少し寂しげな綺もいる。子供たちと一緒の野萩や、セイジロさんと吹や、錆声のシゲとてつも仲睦まじそうだ。
一瞬、アニメ化してない「囀る貝」のミナも出たよね?あれミナだよね?
とにかくオールスター総出演に感激した。本当に懐かしい。

冷えて寒くなった世界は、太陽がいかに生命体に素晴らしい恵みを与えてくれるかを改めて感じさせ、ゆっくりと明るくなってくると誰もが心底ほっと胸を撫で下ろすのだ。
ところが一度晴れた太陽が再び影に隠れ、闇が晴れなくなった一帯があった。
人々は怪訝そうに空を眺め、1人の流浪の蟲師…ギンコもまた、眉を顰める。

それは化野と子供たちが見た日蝕とは明らかに違い、蟲たちが集う異形なる翳だった。
じわじわと黒い影がお天道様を隠してしまう様子がまさしく蟲師らしい演出でゾクゾクしてしまう。こうした超常現象を異質なる物の業と認め、それが自然への畏敬として日本人の心に染み付いているように思う。

この怪奇の正体は「日蝕み」という本来は太陽に弱い弱々しい蟲。
太陽が隠れたことで動き出し、多くの蟲たちを伴って太陽の光を身に浴びている。
退治するには日蝕みの根を見つけ出し、日の光に晒してやればいいのだが、敵もさるもの、わかりやすいところにあるはずもなく…
はかどらない探索と暗い世界で気持ちが落ち込むばかりでなく、日が出なければ作物も実らない。

けれど冬を越せないかもしれないと人びとの不安を誘う闇の中で、歓声を上げる子どもがいた。
彼女の名前はヒヨリ。
髪が白く、眼の色も異様に薄い彼女は、陽の下では活動できないのだ。
ヒヨリは母の胎内にいた時、日蝕みの亜種である月蝕みにあい、日光で皮膚が爛れ、闇で生きることを余儀なくされていた。

日に当たった赤ん坊の肌が真っ黒に焦げていく表現はこれまた蟲師らしいおどろおどろしさでゾッとする。
蟲師といえば子役声優というのも懐かしく、双子を演じる子役もたどたどしいながらきっちり演技をこなしている。

ところが彼女の陰にいたもう1人の子…ヒナタにはこの障りは現れず、ヒヨリは暗い家の中でヒナタが持ってくる外界の花や蝶に喜び、太陽に憧れながら成長していった。
ある日外に憧れたヒヨリをヒナタが外に連れ出すと、花畑に行く前にヒヨリは倒れてしまう。
父はもう外の世界のことをヒヨリに話してはならないとヒナタを叱り、それ以来ヒナタは外で遊ばなくなった。

けれど太陽が隠れた今、ヒヨリは外に出ることができるようになった。
反面、健康な体に負い目を持っていたヒナタは、彼女を妬んでいたヒヨリの本音を聞いてショックを受け、家に帰ってこなくなる。
ヒナタは日蝕みに囚われ、もはや人としての形を留められなくなっていたからだ。

ヒナタが囚われていた花畑こそ、日蝕みの根が張っている場所だった。
ヒヨリが半身を見つけ出したその場所にギンコを案内し、村人と掘り起こした根を包んで日の当たる場所まで大八車で運ぶシーンはコミカルでちょっと楽しい。日蝕みも根を守ろうと必死に闇を広げ、大八車はよろよろと走る。
やがて太陽の光が根を焼き、ついに日蝕は晴れていく…
画面いっぱいの太陽に包まれた里が実に暖かそうで、相変わらず光と闇の使い方が上手い。

日蝕みの亜種に侵されたヒヨリも、この日蝕みの根に触れたせいかプラスの効果を得たようで、蟲の障りを克服できたようだ。白かった髪も毛根がうっすらと黒くなり、太陽を眩しがることも、火傷を負うこともなくなっていた。
残るは物語の始めに言われたように姿が見えなくなったりふいっと家を出て行ってしまうというような蟲気に当てられたヒナタの治療だけど、ギンコが持ち帰った日蝕みの結晶を試す事に、ヒナタはふるふると首を振る。

ここまで意思が疎通できればじきに戻るだろう…ギンコはそう判断する。
そのためには対処法として語られたように、家族が愛情を持って側にいてやること…
ヒヨリは今度は自分がヒナタを照らす太陽になると明るい笑顔を見せ、ギンコは里を後にする。

くすんだ色合い、ギンコはじめ落ち着いた声優陣に支えられ、一生懸命演技する子役など、ようやく「まっとうに評価される長濱監督」が戻ってきてくれて嬉しい限り。
「悪の華」は表現者としてああいうのをやりたかったんだと思う。それは理解するよ。アヴァンギャルドにいきたかったんだよきっと。
でもね監督、やっぱり視聴者に受け入れられる作品の方がいいでしょ?誰が見ても「素晴らしい!」「文句なく面白かった!」といわれる作品を制作する方がいいでしょ?
「なぜあれを…?」と言われ続けて言い訳の熱弁をふるうよりラクチンでしょ?

ちっとも蟲なんか見えなかったと愚痴る化野は、手の施せない患者が増えたとぼやく。
ギンコが送った文を読まず、せっかくの薬もお蔵入りしてたんだからさぁ大変。
話を聞かせろと喚くも、ギンコには一連の騒動と収束を報告に行かねばならない相手がいるからとそそくさと立ち去ってしまう。
これもまた、予測が見事的中した淡幽にとってはこの上ない蟲封じの話となるのだろう。

いや〜、7年半ぶりとは思えないほど素晴らしい出来だった!
なかなか日蝕みの根が見つからず、鬱々とした日々に段々とギンコを見る眼が刺々しくなっていく村人など、相変わらず人間のいい面も悪い面も描き出す蟲師らしさをアニメがさらに演出として生かしている(恨めしげな白目の強調など)のが素晴らしい。

このレビューを書くために「どんな事を書いてたっけな」と思ってチラリとレビューを読み返してみたのだが、意外と面白くてつい読みふけってしまった。なんという手前味噌。
いや、私のレビューというよりこの作品の出来がよ過ぎるのだ。だからそれを思い出す手助けとして、こんな拙いレビューが少しは役に立つかなーという感じ。

そして何より4月からの続章である!
常々、「中途半端な作品を中途半端にアニメ化するより、完結している名作をアニメ化すべし」と言ってきたとはいえ、まさか一度アニメ化した作品が復活するとは!
ぶっちゃけ蟲師は今でも1日1話くらい読んでいるから、私としては全然過去の作品になってなかったので逆に驚いた。
1期は6巻の1話目までを全てアニメ化したから、前後編の多い後半は2クールあれば全部アニメ化できるのでは!?

アニメ化していない話で私が好きな話、期待する話は以下の通り。もちろん全話好きなんだけどね。

「野末の宴」(偶然とはいえ、人が努力で光酒に近い酒を作ったという事が好き)
「日照る雨」(彼女の哀しみがいずれ解放されると思うと虹郎の話に通じる清清しさがある。ナガレモノの話は無情で残酷でもあり、反面どこか大らかさがあっていい)
「泥の草」(これ好き!むっちゃくちゃ後味が悪いいやな話だけど、愛情と憎しみの裏返しぶりが、ダークな話も多い蟲師の中でも飛びぬけてると思う)
「残り紅」(ひどく心優しいアカネちゃん…)
「水碧む」(なんとも哀しい結末。「雷の袂」の母親と対決させたいぜ)
「香る闇」(輪廻にもなれない永遠ループ)

他にも蟲師にしては珍しく小気味のいい「鏡が淵」の生意気娘を誰が演じるかとか、人間がギンコしか出てこないヌシの一本勝ちの「冬の底」なども楽しみ。

残念ながら私にはもう全話のレビューはできないけれど、春からは蟲師ワールドを存分に楽しませてもらおうと思う。

(2014/1/9)

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