☆22  法界定印 その違い
         
法界定印は右が上 それとも 左が上


今回は 坐禅中の手の組み方 曹洞宗の法界定印ついてです
恐らくは 臨済宗も昔は どこの僧堂でも法界定印であったと 言われています

さて 法界定印ですが もう一度画を表示します

☆ 曹洞宗臨済宗の法界定印 →→→   

では 曹洞宗の法界定印で もしこれが左右逆さま 次の様であったら
これは間違いなのであろうか ?
下の画の通り 左手が下で 右手が上にある 手の組み方である

☆ 法界定印ではない???→→→   


○ 法界定印の考察

 曹洞宗は法界定印で坐るのであるから まず最初には やっぱり
道元禅師の「普 勧 坐 禅 儀」を見てみよう  以下抜粋

『尋常坐處、厚敷坐物、上用蒲團。或結跏趺坐、或半跏趺坐。
謂、結跏趺坐、先以右足安左腿上、左足安右腿上。
半跏趺坐、但以左足壓右腿矣。寛繋衣帶、可令齊整。
次右手安左足上、左掌安右掌上。兩大拇指、面相○矣。』
(注意 「」という漢字は 手辺に主とかく 読み方→ささえる 環境依存文字)

以下はその読み下し文

『尋常、坐処には厚く坐物を敷き、上に蒲団を用う。
あるいは結跏趺坐、あるいは半跏趺坐。
いわく、結跏趺坐は、まず、右の足をもって左の腿の上に安じ、
左の足を、右の腿の上に安ず。
半跏趺坐は、ただ、左の足をもって、右の腿を圧すなり。
寛く衣帯を繋けて、斉整ならしむべし。
次に、右の手を左の足の上に安じ、左の掌を右の掌の上に安ず。
両の大拇指、面ひて相ささえる


確かに 道元禅師は 次の様な 定印を示されている
また 中国で作成された 『 坐禅儀 』も 手の組手に関しては
ほぼ同一である と言うよりは 道元禅師も引用されたのであろう


☆ 普勧坐禅儀ではこうなる   →→→   


しかしながら 
道元禅師は法界定印とは少なくとも 書かれていない様である ?
なぜなんだろうか
これの理由について 少しばかり推測してみよう あくまでも 推量です

そのためには もう少し時代を遡ってみて
釈迦如来(下の写真)そして 大日如来の仏像を見てみましょう
さて お釈迦様の手は どうなっているでしょうか

☆ 釈迦如来坐像 法界定印坐  →→→   


☆ 上記手の部分拡大写真     →→→   


見ますと 明らかにこれは 左手が下で右手が上です
少なくとも 私が今までに見た 釈迦如来 大日如来は 全て左手が下でした
そんなことで 法界定印なる言葉は 基本的には釈迦よりも大日如来に近く
密教的な手の組み方の 呼び名と言えます

真言宗では 胎蔵界大日如来は法界定印を結んでいます
そして 法界定印はさとりの境地を象徴するもので 他の如来にも定印が
見られるが 大日如来についてはとくに法界定印と呼ぶとされています


道元禅師は 当然そんな事も先刻ご承知だったのでしょう だから その当時は
敢えて 法界定印という 言葉を示されなかったのではないでしょうか
より積極的に言えば 坐禅儀と同様に 普勧坐禅儀に 「右の手を左の足の上
に安じ、左の掌を右の掌の上に安ず」と書かれ 右手が下で 左手が上の
定印ですと示された
きっと 密教的な法界定印とは違うことを 強調される意志が あったのでしょう

法界定印なる言葉は もともと密教 真言宗の用語ではないかと・・・・・
印相 印契(いんけい)というのは 天台宗よりも 更に真言宗でより重視
されています

印は サンスクリット語の「身振り」を意味するムドラーから出た言葉
釈迦の身振りから生まれたもので 密教では誓願や功徳を表すとして
大変重要視され 
密教において印は単に身振りを表わすだけでなく
教理そのものも 表わす
ようになりました
そうして密教では 印契が著しく発達し 種類も増え いろいろと複雑になった

そして 金剛界大日如来の智剣印(智拳印)と 胎蔵界大日如来の
法界定印がある。
胎蔵界の大日如来は 下の画の通り 左手が下で右手が上の手の組み方である

☆ 真言宗 法界定印     →→→   

☆ 天台宗法界定印も 台密として密教を有しており 上記と同様と言える


それでは 更に 鎌倉の大仏さんを見ることにしましょう

☆ 阿弥陀如来像 阿弥陀定印坐  →→→   

☆ 上記手の部分拡大写真      →→→   


  これは定印(禅定印)といい 阿弥陀如来像の場合は 阿弥陀定印
  (あみだじょういん)と言う


では 凡人である衆生はどうすれば良いのか
それは 『 郷に従え 』 の言葉の通り 天台宗や真言宗で坐禅をする時は
左手の上に右手をおく 禅宗の坐禅をする時は 右手の上に左手をおく


前にも書きましたが 法界定印という言い方は 宗祖の道元禅師 そして
太祖の螢山禅師の 古い時代の曹洞宗の文献には ないようです
時代が江戸に下り 面山瑞方禅師が 法界定印に関し教えを説いてられます

では なぜこんな 左右どちらが上か下かという 問題が生じて来たかに
関して 悪い頭を絞って 次回には もう少しだけ考察してみようと思う




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