損失補償


国家補償

国家補償には、大きく国家賠償損失補償があります。

国家賠償・・・原則として違法な行政活動によって生じた損害を賠償する制度
損失補償・・・原則として適法な行政活動によって生じた損失を賠償する制度

まず、損失補償から見ていくことにする。


損失補償


損失補償とは、行政が国民の権利を適法な活動によって侵害したときに与えられる補償である。

たとえば、空港やダムを建設するなど公益目的の活動を行うために土地が必要だということがある。このような公共事業であっても、まずは民間企業が事業を行うのと同様に、契約によって必要な土地を買収することになる。しかし、土地の買収がうまくいかなかったらどうなるのだろうか。民間企業であれば事業を断念することになるだろうが、行政が行うような公共事業の場合、どうしてもその土地が公益上必要ということがあるだろう。このようなときに、公益的な事業を行う者は、たとえば土地収用法などの法律に基づいて、必要な土地を所有者から強制的に取り上げることができる。しかし、そのとき土地のいわば「代金」に当たる金額を所有権者に支払うことになっており、そのような「代金」を損失補償と呼んでいる。

適法な」とは・・・当該行政活動によって国民への権利侵害が必然的に発生することが法律によって予定されていることを意味する。

もっと詳しく言うと、「適法な公権力の行使によって加えられた財産上の特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地から、これを調節するためにする財産的補償」である。
                     →損失補償は原則として財産権侵害に対する保障と考えられる。

つまり、損失補償の趣旨は、財産権の補償平等原則の実現にある。

損失補償の憲法上の根拠

第29条【財産権の保障】
1  財産権は、これを侵してはならない。
2  財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律(民法第一編)でこれを定める。
3  私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
まず、損失補償の憲法上の直接の根拠は、憲法29条3項である。1項で財産権の補償をしておきながら、3項で損失補償の必要性を規定している。
そして、損失補償の理念的な根拠として、憲法14条が挙げられる。
第14条【法の下の平等、貴族制度の否認、栄典の限界】
1  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

公益のために必要ということで、ある特定の個人の財産が奪われた場合、当該個人は財産権を奪われるというマイナスの効果を負うのに、彼以外の市民はすべて公益の増大によって、一定の利益を受けることになる。このような状態を放置しておくと、財産権を奪われた者とそれ以外の者との間に不平等が生まれることになるので、この不平等をなくすために、損失補償が与えられることによって利害調整が図られることになる。
たとえば、都市計画のために、土地収用法による適法な土地収用によって、Aさんが引越しするはめになったとする。同じ町に住みながらBさんはそのまま住むことができ、Aさんだけが家を壊さなければならない。適法な行政活動であっても、これでは、不公平だ!Aさんが可哀相だ!そこで、引越し費用や、新しい家を提供しようというのが損失補償なのです!!これは憲法14条の平等原則による。
第25条【生存権、国の生存権保障義務】
1  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
さらに、生活権補償が問題になるような場合には、憲法25条がその根拠としてあげられる。

損失補償の法的根拠

損失補償は国家賠償法のような一般的な規定が存在せず、土地収用法や消防法などの個別の法律の規定に従って損失補償の要否が判断される。しかし、これらの個別の法律には損失補償の規定がないものがある。では、そんなときに、市民はどのようにして争うことができるのだろうか・・・。
  直接請求権発生説・・・国民は、憲法29条3項に基づいて直接損失補償を請求できる。つまり、憲法29条は損失補償の一般法としての役割を果たしている、というもの。
  違憲無効説・・・財産権の制限を定める法規が、補償を要するにもかかわらず補償規定を欠く場合、当該法規を憲法29条3項に違反し無効とし、当該法律が定める権利侵害を含む行政活動は実行することができない。
 →補償を要する財産権制限法規が合憲、有効であるためには補償規定が必ず存在し、逆に補償を要する場合に補償規定がなければそもそも財産権制限法規は無効とされる。

通説・判例は、直接請求権発生説である。 ・・・ 第四版百選-172

◎憲法29条3項に直接基づく補償請求◎
Aは、名取川堤外民有地を賃借し、労務者を雇入れ、砂利採取業を営むようになった。しかし、2年後、県知事により、名取川の堤防敷を含む堤外地全区域の民有地が河川附近地に指定されたため、河川附近地制限令4条2号によりこれらの民有地の変更に許可がいる土地の対象にされ、Aの採取行為も知事の許可を要するようになり、結果、採取行為の許可申請を却下された。しかし、Aはその後も無許可で採取を続けたため、起訴された。
知事の許可を必要とする「この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受任すべきである」とし、「損失補償を要件とするものではなく、補償に関する規定のない同令が憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない」とした。しかし、「公共のために必要な制限によるものとはいえ、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく」、本件被告人の被った損失は、その補償を請求できるものと解する余地がある。

特別の犠牲とは

損失補償による救済は、適法な行政活動により損失を受けた者全員が受けられるものではない。課税処分は国民の財産権を害するものだが、適法なものであれば救済は受けられない。損失補償は、国民の間に不平等を引き起こすにいたったときにはじめて救済を受けられるものであり、この{不平等を引き起こす損失}を「特別の犠牲」と呼ぶ。
損失補償を受けるかどうかは、「特別の犠牲」に当たるかどうかで判断される。課税処分は全国民に対する処分なので「特別の犠牲」ではない。

損失補償の要件(いかなる場合に当該損失が特別の犠牲に当たるか)

  ‥該侵害が一般的かor特定的か・・・課税処分のように国民全体に対する侵害であれば、特定的ではなく一般的侵害なので、損失補償は認められない。平等原則に反する特定的侵害に対して認められることになる。<この要件はあまり重要ではない。>

  ⊃害の程度に関する基準・・・,隆霆爐覇団蠹侵害であっても、それが社会通念上受任されるべき程度のものであれば補償は認められない。財産権を剥奪あるいは剥奪しないまでもほとんどその意味がなくなってしまうほど重大な権利制限を行うのであれば、補償が認められる。

  財産権の侵害や規制の目的がどのようなものであるか・・・´△鮃洋犬靴討睚篏が必要とはされなかったとき、次にこの要件を考える。
 財産権への制限が財産権に対する社会的拘束の現れであれば補償は認められないが、逆に社会的効用とは別個に行われる制限であれば、損失補償は認められる。
社会的拘束の現れとは、警察が駐車違反者に対して罰金を科すような場合など、市民の安全や公の秩序を守る目的で行われる財産権などの権利への制限のことである。補償が認められないのは当然である。

◎奈良県ため池条例事件◎
奈良県が、水害などの災害を防止するため、ため池の堤とうの上で農作物の栽培などを禁止する規制を行う新たな条例を制定した。このため、それまでため池の堤とうの上で農作物を栽培してきた者が農業を継続することができなくなったため、このような財産権への制限を損失補償なしに行うことは許されないと主張し訴訟で争った。
最高裁はこれに対して、本件での財産権への制限は、災害を防止するためという社会上やむをえないことから来ることであって、公共の福祉のためこれを受任しなければならないとして、補償の必要性を認めなかった。本件の場合は程度の基準からすると補償を認めることもありえたが、警察制限の考え方から補償を不要とした

→災害防止を目的に、ため池の耕地として利用規制がなされているのであるから、警察制限として補償不要とされた。
これに対して、公共財産をより豊かな状況を目指した施策のために制限する場合(公用制限)は、たまたま運が悪かったという偶然性に依拠した犠牲者が存在するので、社会的公平といった視点から、損失を社会的に分散することが望ましいとして、損失補償が認められるのである。

◎ガソリンタンク移設事件◎
Xは、給油所を経営し地下にガソリンタンクを設置していたところ、国が近所の国道の地下に地下道をつくったため、地下道などの施設は地下のガソリンタンクなどから一定程度離さなくてはならないという規定により、ガソリンタンクの移設工事をしなければならなくなった。Xが、この工事費用を損失補償として国に請求したため、国との間で争いになった。
最高裁は、警察法規が離隔距離を保持することを定めている場合、道路工事の結果、警察違反の状態を生じて、危険物保有者が法規に適合するよう、「工作物の移転等は余儀なくされ、これによって損失を被ったとしても、それは道路工事の施工によって警察法規に基づく損失がたまたま現実化するに至ったにすぎず」、このような損失は、道路法70条でいう損失補償の対象とならない

道路法第70条
 第1項 土地収用法第93条第1項の規定による場合の外、道路を新設し、又は改築したことに因り、当該道路に面する土地について、通路、みぞ、かき、さくその他の工作物を新築し、増築し、修繕し、若しくは移転し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合においては、道路管理者は、これらの工事をすることを必要とする者(以下「損失を受けた者」という。)の請求により、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならない。この場合において、道路管理者又は損失を受けた者は、補償金の全部又は一部に代えて、道路管理者が当該工事を行うことを要求することができる。

損失補償の内容(具体的にどの程度補償が必要か)

相当補償説(通説・判例)・・・発生した損失はすべて補償されるべきとする説
完全補償説・・・補償額は社会的通念にしたがって客観的に公正な補償で足りるとする説
 →通常は、完全補償を必要とする。

土地収用において、完全補償とはどのような額になるのだろうか。
判例によると、土地所有権の収用が問題となるケースでは、「収用の前後を通じ被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」であり、「金銭をもって補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額」とされている。 土地収用において問題となるのが、どの時点の地価を基準として考えるかである。というのも、地価は公共事業などの影響を受けて大きく変動することがあるため、どの時点の土地価格を基準として補償額を決めるかで実際に支払われる額が大きく違ってくる。そこで、現在の土地収用法では、権利取得決済時ではなく事業認定の時を基準としている。つまり、事業認定後、権利取得決済時までに公共事業の影響での地価上昇分は補償の対象としないということ。例えば、駅前開発でAさんの土地が収用されることになり、損失補償を請求した。損失補償が支払われることになった時点で、駅前の土地価格は急激に上がっており、Aさんは「やった〜儲かった〜」と喜んだが、そうはいかない。補償額は土地価格が上昇する前の、すなわち駅前開発の計画が決まったときの土地価格で計算し、支払われることになる。

付帯的な損失の補償
上記以外に、移転のための費用、離作料、営業の中断に対する損失の補償なども、「完全補償」の対象となることがあるが、代々住み続けた家を離れることによる精神的苦痛などは補償の対象とはならない。

生活権補償
たとえば、大規模なダムが建設されるなどしたときは、農林業などが産業の中心であった町や村の大半の土地が水没してしまうことがありうる。このような場合、水没した土地の対価のみに補償を与えたのでは十分な救済になるとはいえない。というのも、このような場合、生活の基盤自体が消滅しているため、土地の補償だけでは従来と同じ生活を再開することはできなくなってしまうからである。したがって、土地などの対価だけでなく、より広範に、損害を被った住民の生活再建を助ける救済策として、生活権補償というものがある。
しかし、生活権補償はほとんど法律に規定されておらず、規定されていても、それは起業者に努力義務を定めているに過ぎない。憲法29条が要求する正当な補償に当たらず、生活権補償を請求することは困難である。

様々な判例
行政財産の使用許可によって得られた使用権が、その内在的な制約によって、当該行政財産本来の用途または目的上の必要が生じたときにはその時点で消滅するが、それに対しては、特別の事情のない限り、損失補償は求めることができないとした判例
■最判昭49.2.5民集28.1.1■
したがつて、本件のような都有行政財産たる土地につき使用許可によつて与えられた使用権は、それが期間の定めのない場合であれば、当該行政財産本来の用途または目的上の必要を生じたときはその時点において原則として消滅すべきものであり、また、権利自体に右のような制約が内在しているものとして付与されているものとみるのが相当である。すなわち、当該行政財産に右の必要を生じたときに右使用権が消滅することを余儀なくされるのは、ひつきよう使用権自体に内在する前記のような制約に由来するものということができるから、右使用権者は、行政財産に右の必要を生じたときは、原則として、地方公共団体に対しもはや当該使用権を保有する実質的理由を失うに至るのであつて、その例外は、使用権者が使用許可を受けるに当たりその対価の支払をしているが当該行政財産の使用収益により右対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し別段の定めがされている等により、行政財産についての右の必要にかかわらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存する場合に限られるというべきである。  それゆえ、被上告人は、むしろ、上告人に対し、本件行政財産についての右の必要のもとにされたと認めうる本件取消によつて使用権が消滅することを受忍すべき立場にあると解されるから、被上告人が本件取消により土地使用権の喪失という積極的損失を受け、この損失につき補償を必要とするとした原判決の判断は、さらに首肯しうべき事情のないかぎり、これを是認することができないのである。