事の発端は2009年の始め、掲示板の方に太秦活性事業の方から書き込みがあった。「太秦活性のために時代劇のクイズを作るので、協力してほしい」とのことであった。テレビ効果(2008年に京都大学クイズ研究会ことMutiusは、東京大学卒の芸人である藤本淳史に2連敗した宇治原史規に修行をする、という名目(?)でテレビ番組『今ちゃんの「実は・・・」』に出演した。)は恐ろしいなぁ・・・と実感した。我が部は何か買いかぶりをされているのではないか、と思いながら、「我々に出来ることがあればできるだけサポートしたく存じます(要約)」というメールを太秦活性事業の方に返信した。

 それから程なくして、ルネで事業についての説明を受けた。太秦活性事業を手がけているのは「業態開発研究所(DRI)」という会社だった。調べてみると、なるほど。なかなかちゃんとした会社であった。我々のクイズ研究会に与えられた業務は、「時代劇トライアル検定というものを行いたいので、その問題を提供してくれ」というものであった。秋頃に問題を集め、来年の1月頃に検定を行い、来年の2月に結果発表会などを行うということらしい。この事業は内閣府や京都府などが関わっており、生半可な問題は出したくない。ところで、我々の中に時代劇に関する知識が豊富なのは誰だろう・・・山本さんかな?kwsk氏(川崎氏)かな?とかいうことを考えながら日々は過ぎていった。

 2度目の話し合いは、少し期間が空いた7月に行われた。だいたいこの頃、誰がこの事業に協力するかということが正式に決定し、その方に事業全体のあらましが伝えられた。参加メンバーは、赤澤、市川、廣海、大野、kwsk、山田、山北、井上(敬称略)である。

 夏休み中に、DRIの方から問題を作れという宿題が出された。1人20問。20問×8のうちから50問が検定問題として採用されるという算段である。夏休みの宿題とか久々だよなぁ・・・とか思いながら問題を作った。水戸黄門とか大岡越前とか大河ドラマとかベタベタなやつは絶対に被るだろうなと思い、大江戸捜査網や座頭市、山中貞雄とかの問題を作った。このメンツだとどうしも問題が偏るのは目に見えている。

 夏も終わったもののまだ暑さが残る10月になった頃、DRIの方から「太秦地域を見学してもらえないか」ということとなり、太秦に行くことになった。自分としてはこの見学で約10年ぶりに太秦映画村に来たが、普段はなかなか見ることのできない貴重な資料室に入れて貰えた。これはなかなか貴重な経験だ。撮影所にも入れて貰えた。セットでは大道具さんの本気を見ることができた。なかなか精巧に再現されている。特に土壁の出来に感動した覚えがある。これがプロというものなのだろうか。駐車場には、船越英一郎さまと書いてあった小さな看板(車を止めるための目印だろうか)があったが、特にこれといった面白いものはなかった。都合が合わなかった市川はまた別の日に太秦に行ったらしいが、そのときに映画村の撮影所の駐車場で反町隆史の車を見かけたらしい。なお、検定が終わるまでの間、希望すればいつでもタダで太秦映画村に入場ことができた。期間中に誰も映画村に行ったという話を聞かなかったので、もう1回くらい入らせて貰いに行ってもよかったかなとやや後悔。

 参加メンバーから問題を回収して、DRIの方に問題を渡す時期となった。問題を回収する日の例会でkwsk氏が「まだ1問も作ってない」とかいううわごとを言っておられたので、早急に作れと連絡してメディセンへと行かせた。その後彼は1時間ほどして10問作ってきた。嫌な予感しかしない。ベタ問を張ればいいってものじゃないのだ。この検定には国がバックについているのだ。せめてもう少し時間をかけて問題を作ってもらえないと困る。

 10月の終わりになって、映画村の上役の方と山北氏と市川と自分でカンフォーラで提出問題について話し合いをする機会を持つことができた。案の定、「いぶし銀の俳優とか舞台となった場所とか足りないジャンルがいくつかあるから追加問題を作って欲しい」と映画村の上役の方がおっしゃり、MLで作問者を募集するも一向に連絡がなかったので作って送った。せつない。

 11月になった。NFに経済産業省の方がいらっしゃるということだったが、予定が合わずいらっしゃらなかった。だいたいこの頃、DRIの方からメンバーに宣伝用のポスターとチラシがどっさり渡された。どう見ても裁ききれない量だ。12月に行われたクイズ大会「うそくさいOP」などでチラシを多少は裁きはしたが、結局ポスターを中心に不良在庫を数多く抱えてしまう結果となった。これもせつない。ちなみに、京都の地下鉄の東山駅の改札のチラシが大量にあるところにはチラシが置いてあった。これはDRIの方が置いたものなのかという疑問はいまだに解決されないままである。

 12月頃に、太秦の町歩きを中心としたワークショップが開かれた。自分は朝ものすごい遅刻をしてしまい、タクシー代を数千円近く払ってしまった。この日のワークショップはスタッフの方などと太秦の町歩きをして、太秦のよさを発見するということが狙いであった。古墳に入れて貰いその中を見ることができたこと、グランプリ広場(映画『羅生門』が1951年に受賞した金獅子賞と1952年に受賞したオスカー像のレプリカが飾られている)のしょぼさがやたらと印象に残った。このワークショップの際に、我々が時代劇検定に出した問題の解説文をつけてくれという宿題が出された。これは人によってどれくらいの解説をつけるのかが大いに分かれそうだが、集まった解説文をいちいち編集する気は起こらなかったので編集は放置した。また、その月、トライアル検定の実施に先駆けてプレ検定が行われた。この検定は携帯電話を使って行われるため、そのウェブサイトの動作確認のために行われたのであろう。

 年が変わり1月。時代劇トライアル検定は無事終了した。受験数は726人であった。DRIの方によると、目標をはるかに上回る結果であったのこと。成功に終わったようでなによりである。

 2月になり、成果発表会があった。スタッフの方とトライアル検定を受けた方の中から希望者が成果発表会に参加することができた。この成果発表会の中で、「時代劇検定の問題をいくらか会場のみんなで解いて貰おう」というコーナーがあった。この問題は四択であり、挙手で答えを決定するというものであった。その際に、われわれ参加メンバーは司会を担当することになった。自分が発表するときに問題以外にセリフを読む場面があったが、その時のしゃべり方がよくないと言われた。演技力がほしいものだ。その後、時代劇トライアル検定とともに目玉であった自主制作のエコ映画『そらちゃんのたび』が上映された。主人公の女の子がタイムスリップするというなにかとありがちな内容だった。福本清三が出演していた。映画が終わり、時代劇トライアル検定を最初に受けたという12歳の女の子のことが取り上げられ、参加認定証を受け取っていた。彼女は半分近い点を取ったとのこと。12歳で時代劇マニアとはなかなかシブい趣味だと思った。

 今回の太秦活性事業についての感想文を送った後に、自分の口座に給料が振り込まれた。あえて金額はここには書かないが、なかなかの報酬をいただいた。こうして、京大クイズ研究会の時代劇トライアル検定は終了した。

 今回、自分がこの検定に関わるにあたり、時代劇に関する知識をたくさんモノにすることができたかどうか自分にはよくわからないが、貴重な経験になったのは確かである。というありきたりな終わり方をして筆を置かせてもらいたい。

糸冬(?)

文:廣海

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