
眠狂四郎プロフィール
| 生年月日 | 1801、2年の11月12日生まれ(と、思われる)。 『無頼控』第1話は文政12年(1830年)で、その時30歳前だった。 『独歩行』43話「凶運行」に、“十二日、酉の日の酉の刻生まれ”とある。 『異端状』9話「しびれ川」で、蠍座と判明。 |
| 両親 | 父は、オランダ人医師で、後にころび伴天連となった、ジュアン・ヘルナンド。
母は、大目付・松平主水正の娘・千津。 |
| 少年時代 | 物心ついて以来、不幸な母と二人きりで、広尾町祥雲寺の山内の小さな離れで育つ。山門から出ることさえ禁じられ、一度も町へ出たことのない少年だった。 10歳の冬、黒ミサの儀式に生贄とされる母を見て、不幸の秘密を知る。 15歳の時、母親を亡くす。遺骸は、彼一人で武蔵野渋谷のとある丘陵に葬った。 |
| 青年時代 |
自分の血の半分が、異人のものではないかと大きな疑惑を抱き、20歳の折、長崎へ出かけ必死になって調査し、事実をつかむ。 その帰途、船が嵐に巻かれて難破し、孤島へ泳ぎついた。そこに棲む無名の老剣客から教義を受け、円月殺法を完成させる。立ち去る時、師から兵法極意秘伝書のかわりに、正宗一振を与えられた。 |
| 名前 | 本名は“新也”(15歳まで)。 “松平主馬(しゅめ)”と名乗っていたこともある(20歳頃?)。 “眠狂四郎”という名は、20歳の時、長崎からの帰路の船中で名乗った、出鱈目な名前。 |
| 容姿 | 彫られたように深い白皙の容貌。どことなく虚無的な翳を刷いている。 眉間には、ちょうど十字のかたちに、六つの黒子がある。 すらりとした痩躯長身(身長六尺)。 |
| 服装 | 常に黒羽二重の着流しを着用。冬場でも、足袋は履かない。 |
| 能力 | 鋭く冴えた頭脳と、水際立った腕前に対して、水野家の人々から、絶対的な信頼をおかれている。 瀬戸内海の孤島に在った当時の習練で、船頭並の確かな腕前を持つ。 冬に野宿しても一向に苦にならぬようにからだをつくっている。 剣の修行中には、常静子の『剣談』や『剣攷』をくりかえし読んだ。 王羲之(おうぎし)を習ったとおぼしき達筆。 |
| こだわり | ふと気まぐれに求める憩いの場所は、いつも古い寺院。 酒は飲むが、食物には手をつけない。 |