演奏あれこれ

 この楽器と出会ったこと自体が自分にとっては大変ラッキーなことだと感じてます。そして今まで何とか続けてこれたことも大変ラッキーなことです。いま
までの演奏活動の中で感じたことや思ったこと、皆様からのご質問に対する私なりの考え、少しプライベートなことも含めて思いついたときに思いついた
ことを書いてゆきたいと思います。時には大束晋の独り言、時には演奏論もあるかもしれません。

 66.秋本番

65.沖縄コンサート2014報告 2014.9.30

64.本当のことが明らかとなる時代(ストーンヘンジの嘘) 2014.2.22

63.土偶、銅鐸、銅鏡、林浩司氏2014.2.2

62.沖縄平和祈念堂コンサート 2013.12.3

61. 日本の危機  2013.7.17

60. リハーサル、飯能〜瑞穂町〜狭山丘陵サイクリング 2013.6.5

59. 春風にのせて パンフルート&ギターコンサート 2013.4.26

58. クラシックパンフルート 2013.4.4

57. バックボーンその2 2013.3.22

56. バックボーンその1 2013.3.2

55. 奇跡? 2013.2.28

54. 多忙な1日(夕日) 2013.2.13

53. 竹取物語その1 2013.2.2

52. パンフルート製作会 2013.1.31

51. 川越住宅公園イベント 2013.1.29

50. レストラン「ペペロネ」ディナーコンサート 2012.8.29

49. ルーマニア大使館お話と演奏 2012.5.11

48. 林の中のコンサートin桜台公園 2012.5.3

47. ビストロやまランチコンサート2012.4.24

46. 福島 朗読とコンサート 2012.4.16

45. 大江先生リハーサルその2 2012.4.12

44. 大江先生リハーサル 2012.4.3

43. 新座リバーサイド芋煮会 早春のパンフルートコンサート 2012.3.25

42. 楊雪元ひな祭りライブ 2012.3.8

41. 大使館演奏 2012.2.22

40. スタンチュウ氏の思い出 2011.12.8

39. 会津高原ペンションエンドレス

38. 2007年正月2007.1.2

37. 裏磐梯高原ホテル2006.10.6

36. 近況報告2006.9.20

35. 畑レポート2006.7.29

34. 練習も音楽、2006.7.21

33. コンサート報告、近況報告 2006.5.30

32. お話コンサート芸北の巻(広島) パンフルート愛好会(横浜)2006.4.12

31. ページ更新 2006.2.9

30. 愛知万博 ルーマニア館出演 2005.9.30

29. 高原コンサート、美術館コンサート 2005.9.7

28. 横浜パンフルート愛好会とガレリア・ピアストギャラリーコンサート2005.7.18

27. 楽器を生かす〜ちょっとした技、裏技、荒業 2005.7.14

26. 梅雨の季節 2005.7.5

25. 新緑の季節、2005.4.26

24. 近況報告、2005.4.7

23. ルーマニア便り、2005.1.17

22. ルーマニア便り 2005.1.11

21. コンサート報告 2004.12.17

20. ひばりが丘教会クリスマスの集い、2004.12.5

19. ルーマニア報告その7 出発 2004.11.30

18. ルーマニア報告その6 ハバレッツ氏 2004.11.27

17. ルーマニア報告その5 フェスティバル 2004.11.23

16. 感謝しかない。2004.11.20

15. ルーマニア報告その4、オーケストラ 2004.11.18

14. ルーマニア報告その3 2004.11.14

13. ルーマニア報告その2 2004.11.6

12. ルーマニア報告その1 2004.11.2

11. 近況報告   2004年6月29日

10. 憩いの森「林の中のコンサート」2004.5.1

9.  近況報告、憩いの森 2004年4月21日

8.  近況報告、2004年4月3日

7.   明日の事は分からない 2004年3月21日

6. ルーテル東京教会コンサート 2004年3月2日 

5.  録音するという事 2004年2月16日

4. コンサート報告 2004年1月30日

3. 中田家コンサート 2003年10月22日

2. ある日のコンサート 2003年9月21日

1.  いつ、どこで練習するか 2003年9月10日

66.秋本番

 本日11月23日、昨日と今日は本当にぽかぽか陽気で、とても美しい秋の1日でした。パンフルート奏法やパンフルート入門など皆様にメールで連絡
するたびにこちら新座市平林寺の様子をお伝えしてますが、現在の家からの眺めを写真に撮ったので載せます。今朝撮った写真です。
 
ご覧のように大変美しい眺めです。
本日は来週29日ひばりヶ丘教会でのクリスマスの集いのためのリハーサルで、新座からひばりヶ丘の方へ繋がっている黒目川沿いに自転車で走りまし
た。穏やかな日差しのもと、とても気持ちの良いサイクリングでした。こちらも川の写真を撮ったので載せます。
 


ご覧のような小川ですが、池袋から電車で20分あまり、埼玉と東京の境の川にもかかわらず、ご覧のような透き通る水が流れ夏には子供たちが水遊び
する清流です。


65.沖縄コンサート2014報告 2014.9.30

 9月21日より29日まで「指笛王国おきなわ」のお招きで沖縄を訪れ演奏させていただきました。昨年は平和祈念堂にて演奏させていただきましたが、
今回は「指笛王国おきなわ」のコンサート、その前に「虹の架け橋コンサート」などにも参加のため、都合一週間というちょっと長い滞在となりました。最初
の4日間は音楽家が良く泊まるという「アルテ」というちょっと郊外にある素泊まりの宿泊施設、後半は街中のビジネスホテルに泊まりました。

 21日夕方那覇空港に到着し昨年お世話になった真栄城さん金城さんたちと再会を祝い、その後宿泊する「アルテ」に向かいました。アルテは眺めの
良い坂の途中にあり、練習も好きなだけ出来てシャワー洗濯も自由で、自分には申し分のないところでした。写真は部屋からの眺めです。

 場所がやや郊外ということもあり移動のための足が必要となり、金城さんにお願いして自転車を借りることが出来ました。3段変速のいわゆるママチャ
リですが、沖縄は思いの外起伏があり、どこへ行くにも大変助かりました。市の中心地へ出るにも練習拠点となる金城宅へ行くにもどちらも往復10数キ
ロあり、沖縄の自然を満喫しながらとても気持ちの良いサイクリングが出来ました。

 翌日は金城さん、ピアノの国吉政淳さんと三人でリハーサルを行い、23日(秋分の日)一つめのコンサート「虹の架け橋コンサート〜パンフルートの音
色に乗せて〜」に参加しました。ホールは西原町さわふじ未来ホールというところで、新しくきれいなホールでした。最初に真栄城さんのソプラノ独唱、ア
ンサンブル晴による合唱、コール西原による合唱、男声声楽トリオ「ヴォイスアンサンブルおから」、我々のトリオも日本の歌やコンドル、ルーマニア民
謡、春の海、チャルダッシュなどを演奏しました。沖縄の人たちは演奏する側も聴く側も音楽を本当に楽しんでいるようで、とても和やかで楽しいコンサー
トでした。我々もピアノ・パンフルート・三線というトリオで沖縄の皆様にパンフルートの音色を聴いてもらうことが出来て、とても有意義なコンサートとなり
ました。

 翌日は金城さんご夫妻と二人の友人で沖縄の歴史風土に詳しい上地さんという方のご案内で、読谷村の海岸や城壁を案内してもらいました。写真の
ように本当にきれいな海でした。(金城さんご夫妻、上地さん)
  
 特に印象に残ったのは碧い沖縄の海はもちろんのこと、昔の生活を再現した古民家でガイドの方に聞いた話、そして海を望む高台に築かれた城趾は
特に印象的でした。城壁は以前には崩れ落ちていたそうですがしばらく前に再建され、そこでオペラも行われたそうです。とても幻想的なイメージがわき
ました。戦争の時にはこのあたりからアメリカ軍が最初に上陸したそうで、多くの軍艦に取り囲まれ壮絶な戦いがあったそうです。

 翌土曜日は沖縄市の安雅郷(あんがきょう)という素敵なお店でのサロンコンサートに参加しました。出演はアメリカ人の歌手レベッカさん、琉球笛の知
念久光先生と私の三人で、ソロやデュエットなど行いました。知念先生は国指定重要無形文化財「組踊」保持者とのことで大変偉い先生です。聴いてくだ
さったお客様はパンフルートを生で聴くのははじめてで、私としても大変有意義なコンサートでした。

 日曜日、「指笛王国おきなわ」主催のコンサートで演奏させていただきました。場所は浦添市てだこホール、大変響きの良いホールでした。前半はメン
バーの方の指笛の発表会、皆さん大変立派に演奏されとても印象に残りました。後半では「しゃかりチアキ」さんという女性シンガーの演奏、そのあと
我々のトリオがメインとして演奏させていただきました。
曲目は浜千鳥、竹田の子守歌、涙そうそう、コンドルは飛んでいく、ルーマニア民謡(アナ!夜が明ける〜ブリウル)、春の海、チャルダッシュでした。
ピアノの国吉政淳さんのトークも素晴らしく、お客様のノリも本当に素晴らしくてとても楽しいコンサートでした。演奏の様子はユーチューブにアップしまし
た。https://www.youtube.com/watch?v=5OEfzWMvymo
やはりコンドルは飛んでいくと涙そうそうは結構受けていたようです。他にもいくつかの曲を用意してきたのですが、今回は時間の関係もあり上記の曲目
でした。次回にはさらに新しい曲も演奏したいと思っています。

 こうしてあっという間に一週間が過ぎ沖縄でのコンサートも終了しました。はじめて生でパンフルートを聴く人がほぼ100パーセントで、こうして沖縄の地
でパンフルートの音色を響かせることが出来たことはとてもとても有意義なことでした。「パンフルートを始めたい」という方も幾人もいらっしゃり、これから
本当に楽しみです。指笛王国沖縄の皆様、金城さんご夫妻、国吉政淳さん、真栄城さん、比嘉さんはじめスタッフの皆様には大変お世話になりました。
来年以降もまた沖縄を訪れパンフルートをどんどん広めていきたいと思っています。


64.本当のことが明らかとなる時代 (ストーンヘンジの嘘)2014.2.22
 ここのところ3月の2つの演奏会(新座市栄公民館コンサート、弓町本郷教会夕べの祈り)へ向けて準備を進めています。地道にこつこつやってきた中
で自分なりにパンフルートの新しい表現方法に至り、現在実際の演奏の中での応用に取り組んでいます。何とかコンサートの中で実際に演奏できるよう
あれこれ練習しているところです。ところでオリンピックの浅田真央さんたちの演技を見る中で彼女たちの心中を思うと痛いほどわかる部分があり、うまく
行ってもいかなくても「そうだ!そうだ!」と応援してました。残念な部分もありましたがこつこつ地道に努力を積み重ね、それを晴れの舞台で思う存分表
現できるということは本当にすばらしい人生だと思います。

 それに対して佐村河内なんとかという人、恥ずかしくて「たとえ認められようが認められなかろうが、自分はあのような人生でなくて本当に良かった」とつ
くづく思います。まあよく今までうそを通してこれたと感心する部分もあり、その点では才能があったのかもしれませんね。現在の世の中は生きていくのは
大変ではありますが、ただ思うのは「そろそろ嘘が通用しなくなってきた時代、本物だけが生き残る時代、隠されてきたものがばれていく時代」今はその
ような時代と感じます。多少運不運もあるかもしれないが、とにかく地道にまじめにこつこつやっていくことが一番の正道・王道となる時代と感じます。そ
の点ではよい世の中になってきたと思います。

 以上のことは前書きでありこれから本題ですが、大英帝国がやってしまったようです。かの有名な古代遺跡であるストーンヘンジ、古代のロマンをいざ
なう巨石文明の遺跡、実ははっきり言ってとんだ捏造だったようです。(少なくとも現在のストーンヘンジは1950年代に重機を使って再建されたもの)前
回取り上げた林浩司さんがまたまたやってくれました。

「ストーンヘンジは戦後できた再生遺跡」https://www.youtube.com/watch?v=al0iwt0Q-C4&list=UU2fHPR-NxuYGd1oMOGXLwFA
1800年代までは実際に存在していたようではありますが、少なくとも現在ストーンヘンジと呼んでいるものは1950年代に重機を使いコンクリートで固め
た偽物という結論です。これが本当であれば、このようなとんでもないでたらめが今まで通用してきたことに驚きを感じます。佐村河内なんとかの公開釈
明会はどうでもよいのでイギリス政府の公式説明を聞きたいものです。このような嘘がどんどんばれていってほしいものだと思います。

 嘘について最後にもうひとつ、ここのところホロコーストの犠牲者アンネフランクに関する書物が破損されるというニュースがありますね。多くの人は「か
わいそうなアンネフランク、かわいそうなユダヤ人、卑劣非道なナチス・ヒットラー」と思うわけです。私も以前は単純にそのように思っていました。今はそ
のようには考えず、「ああ、またいつもの自作自演の偽旗作戦か」と考えます。アンネの日記は捏造、ホロコースト・ガス室も捏造、ヒットラーこそはユダヤ
人、アポロ計画も捏造、911も自作自演、南京大虐殺も捏造、慰安婦問題も捏造、そしてこれらに共通しているのはすべて同じ連中が背後にいるというこ
とです。これらのことについて疑問をもたれる方は是非ご自分で調べてご自分で考えてください。上記のキーワードで調べればいくらでも出てきます。
これからはこのような嘘がどんどんばれて、真実が明らかになる時代だと思います。

63.土偶、銅鐸、銅鏡、林浩司氏2014.2.2

 林浩司さんというちょっとキザっぽいですが素敵な紳士がいます。この人は古代史や遺跡などを研究している人ですが、彼の主張する事のいくつかは本
当に常識がひっくり返るような真実を含んでいると思われます。自分の現在の状況とも重なる部分があり、痛い程分かる部分もあり、この演奏あれこれ
で取り上げてみます。彼の研究テーマは多岐にわたり、その全てに同意・納得しているわけではありませんが、少なくとも3つのこと、土偶、銅鐸、銅鏡の
3つについては真実であり、常識がひっくり返るものであり、アカデミズムの中であぐらをかいてきた人たちにとっては本当に恐るべき事を述べていると私
には思えます。
 土偶については私も小中学生の頃「縄文の女性が安産を祈願し一心に祈っているもの」と教えられましたが、私にはどう見ても宇宙服を着たエイリアン
にしか見えませんでした。林氏の説を聞き「やっぱり!」と合点がいきました。銅鐸については「鐘である、たたいて音を出すもの」と教えられましたが、彼
の説を聞いて「そうか!そうだったのか!」と目から鱗が落ちました。そして銅鏡についてはまさにびっくり仰天、しかし確かにその通り!と思いました。
百聞は一見にしかずで是非彼の説を聞いてください。
土偶 https://www.youtube.com/watch?v=HJVI9844-vM
銅鐸 https://www.youtube.com/watch?v=EoAMuCX_LNc
銅鏡 https://www.youtube.com/watch?v=x4EIjxfmj2U
 彼は専門の学者やアカデミズムからは全く無視されるか、辛辣な攻撃を受けているようです。もちろん彼の説の全てが真実ではないだろうし間違いも
あると思います。しかし上記3つについては私には真実があると思えます。まあ、ピンと来ない方々もいらっしゃるかもしれませんが、これらのことが広く
認知されたときには常識はひっくり返り、アカデミズムは立場がなくなると思います。私自身の置かれている今の状況と重なる部分もあり、彼の気持ちが
痛い程分かり「いずれ真実であれば自ずと明らかになる、がんばって研究を続けてください」と励ましのメールを送りました。どんなに無視されようが、攻
撃されようが、今は一つ一つ着実に事実を積み上げて欲しいと思います。真実であればいずれ認めなければならなくなると思います。
 私自身も今は着実に演奏の実績を積み、パンフルートの合理的な奏法に関して実際の演奏で示すことを積み上げ、オリジナル曲を積み上げて行くこと
が為すべき事と思っています。昨日アップしたアメージンググレイスのエチュードもその一つです。
http://www.youtube.com/user/musicapan

62.沖縄平和祈念堂奉音コンサート 2013.12.3

 筆無精のためだいぶ遅くなってしまいましたが、去る10月19日、沖縄平和祈念堂でのコンサートの報告です。
このコンサートは沖縄の声楽家真栄城早由さん、三線奏者・指笛奏者の金城利信さんらのお招きで行われました。実はこのお二人は5月に横浜市泉区
で行われたパンフルートとギターのコンサートにわざわざおいでくださり、今回沖縄に呼んでくださりました。私自身沖縄本島は初めてでしたし、金城さん
たちのおっしゃるには沖縄でのパンフルートコンサート自体初めてとのことでした。
 
 会場となった沖縄平和祈念堂は糸満市にあり、第二次大戦においてはまさに激戦地だったそうです。堂内ではご覧のような巨大な大仏様が見下ろし
手います。さて今回の共演者ですが、主催者の真栄城さんがピアニストを紹介してくださるとのことで前もって音源だけお送りし、実際のリハーサルは前
日一回のみというほとんどぶっつけのような状態でした。そして前日のリハーサルでお会いしたのは写真のような渋い出で立ちのピアニスト国吉政淳さん
でした。そして日本の歌・沖縄の歌の時には三線の金城利信さんとのトリオで演奏させていただきました。国吉さんは初対面にもかかわらずとてもオープ
ンに気さくにキーボードを弾いてくださり、なんと言うかずいぶん前から一緒にやっていたような気分で本当に良く弾いてくださいました。ルーマニアのダン
スではまるでルーマニア人のようにかけ声を入れてくれて本当に楽しく演奏できました。
 このコンサートでは最初沖縄の三線のグループ、歌のグループ、合唱など順番に演奏され、そのあと我々3人の演奏となりました。始め竹田の子守
歌、てんさぐの花、浜千鳥と沖縄の曲を含めて三曲3人で演奏し、そのあと国吉さんとのコンビでルーマニアの曲を二曲演奏しました。最後に全員でステ
ージに上がり花は咲くを演奏しました。演奏の様子はユーチューブにアップしてあるので是非ご覧ください。
日本の曲 https://www.youtube.com/watch?v=zbCxnoYIwDg&feature=c4-overview&list=UUGKKRBPgSN4il_tofi6fBFw
春の海、花は咲く、里の秋 https://www.youtube.com/watch?v=oWX4Ywg2t6M&list=UUGKKRBPgSN4il_tofi6fBFw

 演奏については、全体的には伸び伸びと楽しく演奏できたようです。何よりも国吉さんのキーボードとかけ声は素晴らしく、金城さんの三線も本当に雰
囲気があって素晴らしかったです。そして沖縄の人たちはとても乗りが良く、日本の歌もルーマニアの歌も本当に良く聴いてくださいました。自分自身沖
縄本島での演奏は初めてでしたが、この沖縄の地でパンフルートの音色を聴いてもらうことが出来たことはとてもうれしいことでした。今回を機に是非こ
の3人のトリオで演奏しましょうと約束しました。
 この滞在中主催の真栄城さん、金城さん始め沖縄の皆さんには本当に良くしていただき、おいしい料理をいただき、おいしいお酒をいただき、とてもリ
ラックスして過ごすことが出来ました。真栄城さん、金城さんと奥様、国吉さん、そして皆さんどうもありがとうございました。また是非沖縄を訪れたいと思
いました。

61. 日本の危機  2013.7.17

 大好きな季節、コンサート、リハーサル、レッスンに毎日汗をたくさんかきながら愛車クロちゃんとあちこち走り回り、本当に気持ちよい今日この頃で
す。家では首にタオルをまき汗をぽたぽた垂らしながらの練習で、秋に向けて身体のキレもさらに良くなってくる感じです。周りの人に迷惑かけながらも助
けてもらいながらも、ありがたいことに自分のやりたいことをやりたいようにやっていけていること、何とか毎日おもしろおかしく生きているのは本当に有り
難いことです。ただ、ここに来てどうしても皆さんにもお伝えしたいことが色々出てきて、この場を借りて書きます。

 まず今問題のTPPについて。多国籍企業の中で例えば皆さんはモンサント社をご存じですか。ベトナム戦争で枯れ葉剤を作った会社です。おかげでベ
トちゃんドクちゃんのような子供達がたくさん生まれました。そして大量に生産された枯れ葉剤を有効利用するために名高きラウンドアップ(除草剤)を作
り全世界にまき散らしています。以前より私自身が関わっている農薬の問題、生態系の問題において常に大きな問題となる会社でした。おかげさまで日
本でも現在畑の中の雑草はほとんど見かけなくなりました。さらにどんなに除草剤や殺虫剤を撒いてもびくともしない野菜・作物を遺伝子組み換えで作り
出し全人類に食べさせようとし、しかもその種は一代限りなので毎年種を購入しなければならず、遺伝子組み換えはさらに進歩しその作物自体に虫を殺
す殺虫成分を含ませる、そのようなものまであります。それらを食べ続けると人間がどうなるか私は恐怖を感じます。まずTPPでこのような遺伝子組み換
え作物がどっと入ってくるでしょう。ところがこれはTPPのごく表面の部分であり、核心はISD条項だと私は認識します。つまり企業にとって不都合が生じ
れば相手国を訴える、そしてそれを裁定するのはアメリカ人の3人のみ、上告無し、このようなむちゃくちゃがまかり通ると国家主権は崩壊し世界の1パ
ーセントの多国籍企業が世界を支配することにつながるわけです。このようなめちゃくちゃで不平等で屈辱的な条約になぜ日本は進んで参加しようとす
るのか。日本政府、安倍総理はいったい何を考えているのか、本当に日本のためを思っているのか大きな疑問を感じざるを得ません。
アメリカ国内でも問題視する声はあります、以下の動画をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=oPo8SOD9ig8&NR=1&feature=endscreen
http://www.youtube.com/watch?v=bwTuzBnWgkI&NR=1&feature=endscreen

 ところでニュージーランドも当初TPP参加には消極的でした。ところが2011年2月のある日沿岸にゴンドウ鯨が多数打ち上げられ、数日後発生した大
地震でクライストチャーチは大きく崩壊し日本人も多数犠牲になりました。その後ニュージーランドはTPP参加を決めました。ちょっと過去にさかのぼると
2004年アメリカはイスラム過激派掃討という名目でインドネシアに基地を展開することを要求しましたがインドネシアは拒否しました。その後スマトラ沖
大地震が発生し20万人の命が失われました。その後インドネシアはアメリカ軍を受け入れました。そして日本では2011年3月4日鹿島市にゴンドウ鯨
50頭打ち上げられ1週間後311東北大地震と津波発生。私の記憶ではその後程なくして日本はTPP参加の方向に動いたのではなかったでしょうか。私
はクライストチャーチという町のことはよく知りませんが、名前からして信仰の薫り高い町なのでしょうか。また、日本の中でも純朴な人々が多く住んでい
ると思われる東北がなぜこのような目に遭うのか、私には解りませんでした。

 世界全体として今世紀の大事件として2001年9月11日ニューヨーク同時多発テロ(911)がありました。当初アルカイダなるイスラム過激派によるアメ
リカへの邪悪なる攻撃ということで、これを機にアメリカに愛国法(ナチス憲法と同じ)が成立しファシスト国家へ進み出し、正義の名の下にアフガニスタン
およびイラクへ侵攻しました。しかし現在はこのことを信じているのはよほどおめでたい人々であり、アメリカ政府(アメリカを乗っ取っている勢力)による
完全な自作自演であることは世界中でばれてしまいましたね。私も以前は「まさか、自分の国にそんなことをするか?」と思いましたが、現在はその証拠
は数え切れない程出てきてます。
是非今は亡きアメリカの良心とも言えるアーロン・ルッソーのインタビューを見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=AoOp-VBgMNg&list=PL7rYx1QvB_Rq66oDJSVSgweYoc01z9tON&index=1
このような情報はインターネットでちょっと検索すれば(例:911、911疑問など)いくらでも出てきて、各自情報から総合して判断できます。
例えばビルがあっという間に崩れましたが、前もって爆弾が仕掛けられ、一気に爆破されたのもばれています。さらに言えば爆破のために小型の水爆が
使われ、現在も多くの人が放射能被爆で苦しめられ既に数百人以上亡くなっていることも明らかとなってます。
http://www.youtube.com/watch?v=vXp_t8f9u_o&list=PL7rYx1QvB_Rq66oDJSVSgweYoc01z9tON
これらのことについて「まさか」と思われる人は是非ご自分で調べてください。インターネットで任意の言葉で検索すればいくらでも出てきます。

 さて話を戻してTPPおよび地震津波についてですが、これも色々調べると911同時多発テロと同じ連中による、同じような事件であることが解ります。
私も当初地震津波は自然現象であると信じ切っていましたが、情報を得るに従い人工地震による津波攻撃という結論に至りました。
「まさか」と思う人、是非ジム・ストーン氏による告発をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=ZCEmFIMrRVE&list=PL7rYx1QvB_RqW5Y_ng64JQm3FqxOjzYn3&feature=mh_lolz
この件についてもインターネットで検索すれば情報はいくらでも出てきます。(テレビを見ている限り本当のことは伝えられません。マスコミもコントロールさ
れています。)ジャーナリストのリチャード・コシミズ氏の思想信条は各自判断するとして、彼が行っている分析・説明は大変参考になります、是非ご覧くだ
さい。http://www.youtube.com/watch?v=9m7_C03mVr4&list=PL7rYx1QvB_RqW5Y_ng64JQm3FqxOjzYn3 (連続しているので続けてご覧ください。)

 結局のところ日本中の原発はイスラエルのマグナBSP社にコントロールされ、逆らえばいつでも爆破される状態です。現に福島原発事故直後管元総理
はイスラエルのネタニヤフ首相から「5兆ドル出さないと日本中の全ての原発を爆破するぞ」と脅されて支払ったそうです。(アメリカ≒イスラエル)現在も
日本中の海、火山などに時限爆弾(水爆)がセットされており、いつでも準備OKだそうです。津波のために海底において水爆が爆破され、さらに4号機水
素爆発といわれているものは実際には小型水爆による爆破です。「なんだと」とおっしゃる方は以下の2社についてご自分で調べてください。
マグナBSP社(日本の原発の管理) ベクテル社(橋脚、大規模建設工事のボーリング、阪神淡路地震の犯人)

 要するに日本という国は戦後アメリカの属国として独立し、以来アメリカの指示に従って運営されてきたというのが現実です。もし逆らった場合には上記
の通り脅されたり首相が消されたりしてきたわけです。(小淵さん、橋本さん、大平さん、竹下さん、そして田中さん)
 これらのことについて「まさか」と思われる方、疑問のある方は是非ご自分で調べてみてください。いくらでも出てきます。我々は普段の日常で何となく暮
らしていますが、実際には本当に大変なことが起こっていることを一人一人の皆さんに気づいて欲しいと思い、今回書きました。是非思考停止せず調べ
てみてください。実は1985年の日航ジャンボ墜落、さかのぼり太平洋戦争真珠湾攻撃、日清・日露、明治維新、全部つながっています。繋がっていると
言うことの意味はそれぞれの出来事が偶然に起こったのではなく、その裏ではある意図の元に引き起こされているということです。

 残念ながら日本は独立を失い、外国のコントロールに翻弄され、脅され、現在危機あります。しかしどんなにアイデンティティーを失っているように見え
ても、どんなにTPPでコントロールされようともこの国が2000年以上守り育ててきたもの、それがこれから将来地球全体にとって大事なものとなると思っ
ています。是非皆さんもご自分で調べて、ご自分で考えていってください。




60. リハーサル、飯能〜瑞穂町〜狭山丘陵サイクリング 2013.6.6

 昨日6月5日、入間市での6月15日のコンサートのため飯能市在住のピアニストわたなべよし美さん宅リハーサルで伺いました。今回初共演ですが、
何度かリハーサルを行いだいぶ息が合ってきました。わたなべさんはどんな曲もどんどん弾けてしまう素晴らしいピアニストで、しかもオリジナルの曲も
作っていらっしゃいます。それで私も1曲はオリジナルを入れた方が良いということになり、それぞれ1曲ずつ演奏することにしました。それと以前紹介し
たフランスの作曲家シルヴァイン・ギネさんの曲も入れることにしました。一応次のようなプログラムで行く予定です。

精霊の踊り(グルック)
五色ひわ(ビバルディ)
森のダンス(ザンフィル)〜ホラ・スタッカート(ディニーク)
ピアノソロ(わたなべよし美)
竹田の子守歌〜てんさぐの花
チゴイネルワイゼン(サラサーテ)
野に咲く花(大束晋)
Sad Romance〜Come buck(シルヴァイン・ギネ)

 1曲目の精霊の踊りはフルートの名曲として知られていますが、音域を変えるなどしてパンフルートらしい表現をめざします。五色ひわは元気良くケレン
味なく吹ききることをめざします。チゴイネルワイゼンは「パンフルートでも出来ます」という段階から「パンフルートのチゴイネルワイゼン」となるようがん
ばります。ギネさんの曲はホールでの演奏は初なのでとても楽しみです。こうして見ると結構充実したプログラムですね。

 さて、いつも所沢バイパスなどを通り往きは最短コースで新座から飯能までだいたい1時間半で着きます。しかし今日は私が大好きな夏のような天気で
「帰りはちょっと遠回りしてサイクリングして帰ろう」と思いたちました。それでとりあえず飯能市内を流れる有名な名栗川(入間川)の河原まで行きお弁当
を食べながら地図を見てコースを考えました。
  
写真は入間川の飯能川原です。「せっかく来たのだし気持ちの良い夏のような天気だし、今日はまだ行ったことがない瑞穂町から狭山湖・多摩湖などの
狭山丘陵を通って帰ろう」ということで、飯能川原からぐんぐん上って岩藏温泉という所を通り、岩藏街道という山間の気持ちの良い道を通り瑞穂町へ抜
けました。

写真は岩藏温泉です。なんかちょっとひなびた山間の里のようです。瑞穂町は始めて通りましたが、東京都内とは思えない何とものんびりしたところでし
た。青梅街道を通って狭山丘陵に向かいました、このあたりの青梅街道は本当にひなびた昔ながらの街道という感じでした。青梅街道から左にそれて狭
山丘陵をどんどん上り気持ちの良い林間道を通り湖に出ました。

夏の風が吹き、本当に気持ちの良い風景でした。そのあとどんどん東へ向けて下り、志木街道を通って帰りました。
さて、最近おもしろいソフトを見つけました。地図上に実際に走ったコースを書き込むことが出来て、他の人にも見てもらうことが出来ます。
アドレスを書いておきます、今回のコースを見ることが出来ます。
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=a50fadbb601997ec8d90bd0d86597425
地図は自由に拡大縮小でき、下のほうでは高度も表示され、おもしろいのは右下のスタートボタンを押すと実際にトコトコ矢印がコースをたどります。
ということで昨日のサイクリングはトータル72キロあまり、気持ちの良いコースでした。


パンフルート&ギターコンサート 2013.4.26

 4月20日(土)横浜市泉公会堂におきまして「春風にのせて パンフルート&ギターコンサート」が行われました。これは「国際交流グループいずみ」とい
うボランティア団体主催で、ユニセフ支援チャリティーコンサートとして行われたものです。


 パンフルート大束晋とギター坪川真理子さんとのデュオコンサートで、前半は全てルーマニアの音楽、後半はギターソロでスペインの音楽、そのあと日
本の音楽、ジブリの音楽、最後にまたルーマニアの音楽という構成でした。一応曲目を書いておきます。
・魂に聴く(ルーマニア民謡)
・森のダンス(ルーマニア民謡、ザンフィル編)
・バラーダ(ポルムベスク)
・ホラ・スタッカート(ディニーク)
・バナート組曲(ルーマニア民謡)
〜〜〜〜〜〜休憩〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・禁じられた遊び
・アルハンブラの想い出(タレガ)
・スペイン・セレナーデ(マラッツ)
・椿姫幻想曲(アルカス)
  以上ギターソロ
・竹田の子守歌
・春の海(宮城道雄)
・魔女の宅急便より「風の丘」(久石譲)
・千と千尋の神隠しより「いつも何度でも」(木村弓)
・ルーマニアンメドレー
アンコール 涙そうそうと大きな古時計

 会場の泉公会堂は600人くらいの響の良いホールでした。今回はうれしいことにパンフルートを始められたばかりのお二人、一人の方は秋田のSさん
ご夫妻、もうひとかたはなんと沖縄からKさんご夫妻とお友達Mさんが駆けつけてくださいました。Sさんとはコンサート終了後に会場ロビーでミニレッスン
&アドバイスをさせていただき、翌日にはKさん(Kさんは三線と指笛のプロフェッショナルで翌日埼玉の川越で共演させてもらいました。)ともミニレッスン
をさせていただけました。こうやって日本全国から駆けつけてくださり生の音を聴いていただき、パンフルートを広めてもらえるのは本当にうれしいことで
す。Sさん、Kさん本当にありがとうございました。
 さて演奏の方ですが、600人というホールの大きさはパンフルートにはちょうど良いのですがギターには微妙なところで、リハーサルの時にもマイクを
使うかどうか迷ったところです。結局デュエットの時にはギターに少しマイクを入れましたが、ギターソロの時にはマイク無しでギター一本で弾いてください
ました。お客さまからは「ギターソロの時の音がちょっと小さかった」という声も確かにあったのですが、私から見ると坪川さんの音色は本当に粒がそろっ
て良い音でした。そしてあえてソロの時ノーマイクという選択をしてくださったことに本物のプロとしての心意気を見た思いです。


 デュエットでのルーマニアの曲については今回初めての共演にもかかわらず坪川さんは本当に素晴らしく弾いてくださり、私の方は結構慌てながらもや
りたいように自由に吹かせてもらえました。竹田の子守歌や春の海、それにジブリの曲など全体を通してなかなか良かったのではないかと思っていま
す。今回もお世話になった音楽芸術家協会の百瀬さんからも一応合格点はもらえたようです。

 合理的な奏法に関して今まで個別にこのホームページなどで述べてきましたが、一応このコンサートの中で実際に示すことが出来たと思っています。ま
た、今回は普段吹いているクラシックやバロックの曲をあえて演奏せずルーマニアの音楽と日本の曲を演奏しましたが、一応日本全国何処へ行っても
「これがルーマニアの伝統音楽を土台にしたパンフルートのスタンダードな演奏」と言えるのではと思っています。今回の映像は音楽芸術家協会が管理
するのでまだユーチューブにアップしておりませんが、これから声をかけていただければ日本全国伺いたいと思っています。これからもよろしくお願いい
たします。



クラシックパンフルート 2013.4.4
 あくまでも私見、個人的な見解です。ギターもリュートもアラビアからヨーロッパに入り、その音楽、奏法・演奏スタイルを変化させてきたと思います。スペ
インにおいてフラメンコギターとして発展してきたギターはある段階でさらに多くの要素を取り入れ、よりオーソドックスないわゆるクラシックギターというも
のに繋がっていると思います。その過程において民俗的なエネルギーを内包しつつ、ある意味でより一般的・包括的な奏法・スタイルを獲得してきたと思
います。大きくみればリュートも同じようなプロセスを経てきていると思いますし、例えば管楽器でいえば多くの金管楽器やオーボエなども同様だと思いま
す。
 ギターについてさらに言えばフランシスコ・タレガそしてアンドレス・セゴビアが大きな功績を果たしたと言われています。セゴビアはバッハの曲に正面か
ら立ち向かい、今まで単なる民俗楽器だと認識されていたギターを一段も二段も新しい次元に引き上げたと私も認識しています。現在日本でも世界でも
素晴らしいギタリストが本当にたくさん活躍していますが、間違いなく皆セゴビアのおかげを被っているのだと思います。そして現在の多くのクラシックギタ
リストにとってはバッハの音楽は必ず通るべき必須の音楽であり、どんな分野に進むにしてもある時期バッハの音楽と向きあう時期があると思います。
 リコーダーも少し吹きましたが、フランツ・ブリュッヘンが大きな存在だと思っています。やはりブリュッヘンがバッハのチェロ組曲やバイオリンパルティ
ータなどを編曲しリコーダーのレパートリーに取り入れたことは大きなことだと思っています。

 たまたまこれらの楽器を以前演奏し、その後パンフルートに出会った私としては、この楽器も同じようなプロセスの中にあると自然に思うようになりまし
た。ルーマニアの伝統音楽、あるいはさらにアンデスのフォルクローレを起源に持つパンフルート族も、奏法、スタイル、音楽をだんだんと変化させ、ある
意味では進歩発展の最中と言えます。バッハの音楽はオリジナルの楽器以外に多くの楽器で演奏されています。私にとってはパンフルートでバッハの曲
を演奏することはごく自然なことであり、かつパンフルートの奏法・演奏スタイルの発展に対してとても有益な影響があると認識しています。微力ながら私
自身がバッハの曲と取り組み演奏し、それを皆さんに聴いていただくこと、その中で新しいより合理的な奏法・演奏スタイルを作り上げていくことは自分に
課せられた役目と勝手に認識しています。
 田んぼで練習しいたとき友人のピアニストから「また田んぼで吹いてたでしょう」とからかわれ、別のピアニストからは「シャコンヌも吹けますね」と言わ
れ、元生徒さんからは「またバッハなんか吹いちゃって」と言われましたが、以前はイメージとしてあったものが最近は現実になってきたと思ってます。タイ
トルのクラシックパンフルートというのは大した意味はありませんが、クラシックギターになぞらえてバッハの音楽を経ることにより新しい領域に入ると考え
て付けてみました。自分自身はクラシックパンフルート奏者でありたいと思っています。

バックボーンその2 2013.3.22

 前回の続きです。リコーダーに関してある程度吹けるようになってきましたが、その時期ザンフィルが日本に来ました。コマーシャルでも流され、なんと素
晴らしい奏者、なんと素晴らしい楽器と思いコンサートにも行きました。その時にはバンドを従えてポピュラー的な曲が多かったです。早速銀座ヤマハで
楽器を購入し見よう見まねで始めました。またルーマニア大使館に押しかけて「パンフルートを勉強したい」と伝えるとレコードをプレゼントしてくれました。
そのレコードはザンフィルがとても若いころのもので全部ルーマニア民謡、正直のところコンサートでの演奏より100倍も良かった!あちこちでよく言い
ますが、この楽器を始めるにあたって結構明瞭に考えていたことは、まず指を使わないので自分にも吹ける、そして音色が素晴らしい、しかもまだ日本
では吹いている人はほとんどいないのでこれから10年みっちりやれば何とかものになるだろうということでした。リコーダーはもちろん素晴らしい楽器で
すが、正直音色や表現に関して何か満たされないものを感じていて、パンフルートにはその何かがあると感じました。実際パンフルートの音色は驚異的
で、木管楽器の中でも際立っていると今でも思っています。いろいろな楽器が鳴っている中でこのパンフルートで吹き始めると一瞬にして空気を変えてし
まうことが出来ますし、オーボエのように甘く歌ってバイオリンのように泣いて、トランペットのように華々しく演奏できます。また、「10年やれば」という明
確な目標があったのですが、実際には10年ではとても足りず、やっと最近ちょっと吹けるようになってきたという感じです。

 在学中は時間があれば四谷のお堀ッ端で練習していました。最初のころはロマーナの祈りとかシバの女王とか、いわゆるセミクラシックみたいなポップ
スみたいな曲を吹いていましたが、このような曲はパンフルートという楽器の一部分の領域ではあるが、本来もっと広い地平・広い領域があるとうすうす
感じていました。まず大使館でいただいたレコードから広く深いルーマニアの伝統的な音楽があるということがわかりました。またそれまでに接してきたギ
ターや合唱、リコーダーなどの音楽はきっとパンフルートにとっても大事な領域になると直感していました。結局その頃感じていたことは現在も同じであ
り、自分にとってはルーマニアの音楽とバロックを中心とするクラシカルな音楽が基幹となっています。

 いつかはルーマニアに行ってみたいと願いながら現実は厳しく、卒業後は塾の講師のアルバイトをしながら練習に励みました。ルーマニアの民謡をい
ろいろ聴き、だんだんとミミコピしながら練習しました。またリコーダーで吹いていたヘンデルのフルートソナタ集がパンフルートの牧歌的な雰囲気と合う
ように思い練習し、基礎技術を身につけるためにも大変有益でした。そうしてギターで弾き、リコーダーで吹いたバッハの曲に再びたどり着きました。ブリ
ュッヘンが編曲した楽譜をパンフルートに吹きやすい調に移調して色々吹きました。

 その頃はクレヨンしんちゃんの地元春日部に住んでいて、塾の仕事で浦和に出かける途中に結構広い見沼田んぼという田園地帯が広がっていて、そ
こで練習していました。そのあたりには東武野田線というローカル線が走っていて、友人のピアニストなどが私が田んぼで練習しているところをよく見かけ
たそうです。彼女はその頃既にあちこち仕事で出かけていて、スタジオで録音したりアレンジの仕事をしたりバリバリやっていました。そんな彼女から見る
と良い年をした男が昼間から田んぼでピポピポ笛を吹いているのは滑稽に見えたのだと思います。私自身はごくまじめな気持ちで明確なビジョンの元に
練習に励んでいたのです。

 こんなこともありました。ある時期クラシック畑のピアニストに色々弾いてもらっていた時期がありましたが、私がバッハのバイオリンソナタか何かを吹い
ているのを聴いて「それじゃ、シャコンヌも吹けますね」と言われました。もちろん彼女としてはパンフルートなどというプリミティブな楽器のくせしてバッハな
どけしからんという気持ちもあったでしょうし、正直ちょっと小馬鹿にして言ったのだと思います。しかしその一言でスイッチが入りました。それまでバッハ
の曲を吹いていてもシャコンヌのような多声的な曲はパンフルートで吹くことは考えもしませんでしたが、言われてみればギターやリュートなどの弦楽器の
みならず他のフルートやリコーダー・クラリネットなど多くの楽器でシャコンヌは演奏されていて、同じ笛ならば吹けないことはないはずだと思い至りまし
た。それからずいぶん長い道のりで今に至っています。まあ一言でいえば失敗と挫折の連続でしたが、この曲からどれほど多くのことを学び身につける
ことが出来たか言い表すことが出来ません。「この人生にいる間に何とか吹けるようになればよい」くらいの気持ちでやっており、最近になって何とか一つ
の形になってきたような気もしています。そのピアニストは大変残念なことに病に倒れて今は亡き人となってしまいました。「シャコンヌも吹けますね」とい
う言葉が私にとって大きな意味のある形見の言葉となりました。

バックボーンその1 2013.3.3

 言いたいこと、伝えたいことは演奏で示すと以前言いましたので、自分のことはあまり書く必要はないかもしれませんが、ちょっとだけ書いておきます。
 音楽に関することでいくつか心に残っていることがありますが、まずは姉が合唱団に入っていたことです。私が小学生の頃、近所の子供達と遊んだり野
球したりするのに明け暮れていましたが、姉が家で歌っているのを聴いては「歌はきれいなものだ」と思っていました。また時々合唱団の定期演奏会など
に連れて行かれると「合唱はきれいなものだ」といつも感じていて飽きることはありませんでした。また演奏会の中で例えば美しく青きドナウなどでソロの
人が高いソプラノで歌ったりするのには本当に格好良くて素晴らしいと思ったりしました。またその姉は歌だけでなくクラシックギターも弾いていて、毎日何
気なく練習を聴いてました。
 中学に入ると音楽の先生がとても素晴らしくて、授業をいつも楽しみにしていました。その先生は今で言うチョイ悪オヤジでしたが、生徒たち一人一人に
歌わせて、どんな曲でも声の高さに合わせてさっと移調してくれて格好良く伴奏を付けてくれる(音楽の先生なら普通のことと今はわかりますが、その時
は本当に格好良かったです。)先生でした。教科書に載っている曲だけでなくいろいろなポピュラー曲も練習し、例えばサイモンとガーファンクルの曲など
普通の中学生たちに二声に別れて歌わせたりしてました。その先生は姉の合唱団の指導もされていたので私も結構かわいがってもらった覚えがありま
す。これを書きながら色々思い出してきましたが、その頃とっても若くて素敵な女の先生がいて、どの男子生徒も何となく気になっていたのですが、野球
部のクラブ活動でちょっと郊外までランニングしていたときにチョイ悪先生が自転車で田舎道を走ってきて、なんと後ろのイスにはその素敵な若い先生が
横座りしていました。「そういうことか」と思った覚えがあります。その後その素敵な先生はチョイ悪の奥さんになったそうです。

 高校の音楽の先生も素晴らしくて、ご自身テノール歌手で演奏会もされている先生でした。イタリア古典歌曲や合唱曲など、結構しっかりと教えてもらっ
た覚えがあります。どこかで前にも書きましたが、アルカデルトのアヴェマリアを男子校の生徒たちで合唱したりして、本当にきれいだと思ったものです。
この先生も試験代わりに一人一人に歌わせました。私はカッチーニのアマリリ麗しをイタリア語で歌った覚えがあります。歌もきれいでしたが古風な伴奏
が何とも美しく感じました。

 中学でサイモンとガーファンクルが好きになり、自分もギターを弾くようになりました。どの子もだいたいフォークギターから入って多くの子供たちはエレ
キギターに進みましたが、私はだんだんとクラシックギターに入っていき、中学高校と結構一生懸命練習しました。高校ではすでに「何とか将来もギターを
続けたい、教えたりしながら演奏していきたい」と思うようになっていました。それで結構がむしゃらに練習していました。アンドレス・セゴビアのLPレコード
をすり切れるほど聴いて、まだまだ浅い音楽経験ではありましたが特にバッハのシャコンヌには心を奪われました。今思えば、この頃すでにある方向性
が形作られてきたのだと思います。とても太刀打ちできる曲ではなかったのですが自分でもこの曲に取り組み始めました。

 大学でも引き続きギターを続け、サークルはギターアンサンブルでした。しかしこれも前に書いたとおり、とても無理な練習で左手を酷使し、結果として
腱鞘炎・ジストニア(指が勝手に動いてしまう)になり、全く弾けなくなりました。正直のところこの時期相当落ち込んで、将来への見通し、希望を見失いま
した。それでも何とか音楽を続けたくて聖歌隊に参加して歌うようになりました。この時期精神的に結構厳しかったのですが、聖歌隊で歌われる古い時代
の曲、特にパレストリーナやビクトリアの曲には大いに慰められ助けられました。今思えばこの時期経験した美しいハーモニーの体験は今でも大事な財
産となっています。

 聖歌隊での活動とともに、何か出来る楽器はないかと色々考えていた中でリコーダーに出会いました。左手は確かに動きが鈍かったですが、ギターほ
ど力を入れずに済むので結構吹けるようになりました。その頃はヘンデルのフルートソナタなどある程度吹けるようになり、希望が出てきました。この頃
リコーダーの大御所はフランツ・ブリュッヘンで、彼が編曲したバッハのチェロ組曲やバイオリン組曲などにも取り組み始めました。「リコーダーでもちゃん
とバッハの曲を吹けるのだな」と思いました。こんな風にしてだんだんと自分の音楽体験も増えていき、少しずつ将来への方向性も出来てきたのだと思い
ます。
(つづく)

奇跡? 2013.2.28

 奇跡などという言葉はそう軽々しく使うべきでないのはわかってますが、先日は自分にとっては特別な体験をしました。2月24日(日)埼玉県入間市で
高橋裕先生・晴美先生のコンサートがあり、その日もオーケストラのメンバーに加えてもらい参加しました。その日は大変強い冬型の天気で、日は燦々と
照るのですが風が異常に強く冷たく、会場までの自転車通勤も結構大変でした。例によって前半はなじみの深いクラシック中心で、G線上のアリア、パッ
ヘルベルのカノン、木星や威風堂々などを演奏しました。会場に来ていた子供たちは小学生や中学生が多かったのですが、まあなかなかお行儀良く、
時々隣の子と遊んだりしながらも楽しく聴いてました。さて後半は晴美先生の曲を演奏し歌ったのですが、曲が進むにつれ子供たちの様子が変わってき
て、「ひとつ」が始まったころにはどの子供たちも完全にハマッてました。どう説明すればよいでしょうか、音の波動の中に完全に溶け込んでしまい、流れ
出る音と言葉にすっかり一体化してしまい、どの子も身じろぎ一つせず音楽に入ってました。私も演奏しながら横目でその様子を目にして「あー、これが
音楽の力、音楽の波動なのだな、この子たちはちょうど今人生の中で特別な経験をしているのだな、長い人生の中で決して忘れないだろう体験をしてい
るのだな、子供たちの中で何か特別な化学変化が起きている」そんな風に感じました。

 なるほどセンチメンタルな音楽で涙を流すことも時々あるかもしれませんし、大人たちが音楽によって宗教的感動を味わうこともあるでしょう。しかし今
起きていることはそれとはちょっと別のこと、もっと直接的に音の波動と言葉によって子供たちの魂の深いところに変化を及ぼす、そのようなものでした。
あらためて音楽というものの根源的な力を認識し、自分にとっては奇跡的な体験でした。
 私自身の演奏についてですが、何度もオーケストラに参加させてもらう中でだんだんと調和の取れた音色を出せるようになってきた気もしますし、だん
だんと馴染んできた感があります。一曲「見上げてご覧夜の星」では最初パンフルートでソロを取らせていただき、皆さんにパンフルートの音色を聴いて
もらうことも出来て良かったです。

 さて4時ころには演奏も終わり気分もハイで、日も燦々と注いでいたのでちょっとサイクリングして帰ろうと思いました。大体の土地勘で入間市からは北
上すればいずれ入間川にぶつかり、あとは堤防の道を北風に押されてすいすい帰ってくればいずれ荒川に合流し楽勝だなと見当を付けました。国道46
3号を北風に負けないようにがんばってしばらく北上すると案の定霞川という入間川の支流にぶつかりました。霞川に沿って下流に向かうとすぐに入間川
に合流し、堤防の道を進みました。ここまでは予想通りであとはすいすい帰ってこれると思ったのですが、予想に反して行けども行けども北向きで、何キ
ロにもわたってずっと強い北風に逆らって進まねばなりませんでした。あとで地図で確認したのですが入間川は単純に南に向かって流れていると思って
いましたが実際には相当長い距離北に向かって流れ、その後右回りで南に方向を変えていました。

 もうだいぶ日も傾いてしまい、風も強くて前に進まず、諦めて右に曲がり南西に方向を変え、程なくして関越道にぶつかりました。あとは関越道の西側
を夕日を眺めながらひたすら南下し、7時過ぎに家に着きました。関越道近辺は昔ながらの武蔵野の風景が残っていて、雑木林と畑が交互に広がるの
どかな風景でした。結局行きは20キロ、帰りはだいぶ道草を食って北風に逆らって約40キロ走り、冷え切って家に着きました。寒い1日でしたが、良いコ
ンサートに参加し入間川と武蔵野台地のサイクリングをして、結構良い1日でした。

多忙な1日(夕日) 2013.2.13

 本日2月13日、なかなか忙しい1日でした。今年に入ってから毎日必ず実践していることは朝起きたらまず家の全部の窓を開け放ち北風を家全体に
入れることです。8階のため今の時期冷たい風がさーっと入ってくるので、その北風を利用して家全体の掃き掃除をしてしまいます。楽器製作などしてい
るとどうしても部屋にほこりが溜まるので、北風を利用して全部掃き出してしまいます。身体もポカポカしてきて気持ちもスカッとします。

 さて今日やるべきこと
・歌声広場の伴奏練習に出かける
・その前に自分の練習を少しでもする。
・帰宅後明日までに依頼されている楽器ケースを2つ完成させる。
・時間があったら少しでも練習する。
以上が今日やるべきことでした。

 9時に出かけるため、その前に30分程自分の練習、フランスの作曲家シルヴァイン・ジネさんの曲とアルルの女を練習、これらはEsやBbでなめらかに
吹くための練習、そのあとバッハのバイオリンパルティータのプレリュードの練習。バッハの曲は朝1番に吹くことにより心身ともに整えるのにとても有効
です。そして背骨を軸として回転させて吹くための良いトレーニングです。
 練習は早々に終わらせて近所のデイケア施設に出かけました。月に1度程お年寄りの皆さんのぼけ予防をかねて行われているのですが、パンフルー
ト・ピアノ・ギターでチームを組み季節ごとの曲など伴奏します。唱歌や昔懐かしい曲、フォークソングなどを練習しました。

 ちょっと早めに失礼してすぐに家に戻り、今度は製作モードにぱっと切り替えてケースを作りました。翌日のレッスンでお二人の生徒さんに渡さなくては
ならないので昼から夕方まで休まず作りました。写真のように姉妹のような全く同じ22管のためのケースが何とか出来上がりました。(お渡しするのも義
理の姉妹のご婦人方です。)
 
 すっかり夕方になり、へとへとになりましたが何とか出来上がりました。ここのところ中国からの空気が問題になっていますが、今日は完璧な冬型の天
気で北風ピューピューだったのでとても澄んだ空気でした。写真は今日の素晴らしい夕日と富士山です。家の窓からの眺めです。

 「ああ、今日も1日終わりだな」と思いながら、何とか一仕事終えてほっとしながら眺めました。
 さて、製作モードからまたぱっと切り替えて、残った時間は練習です。夕日を眺めながらいくつかの曲を練習しました。結構忙しい1日でしたが、何とかや
るべきことは終えることが出ました。

竹取物語その1 2013.2.2

 冬の時期というのはパンフルートの材料となる竹を取る時期です。私の場合は主に荒川河川敷内に自生している真竹や篠竹を使っています。

荒川というのは名前の通り昔から暴れ川であるため、写真のように堤防内には反対側の堤防が見えないくらい広大な河川敷が広がっています。そして
河川敷の中に田んぼもあれば今でもちゃんと人の住む人家もあったり、広大な竹林もあります。河川敷内は一般的には国や県が管理しているわけです
が、写真のような田んぼなどは今でも個人の農家が所有しています。

 いつも竹を取らせてもらっている真竹の林は自生しているようではありますが、その割りには林の中もきれいで、ある程度管理されてもいるようでした。
そのため所有者もわからないまま「勝手にいただいてきて良いものだろうか」と思いながらいつも切り出していました。

 昨日いつものように切り出しているとオートバイが近づいてきて、男性が林の中に入ってきました。ひょっとして林の所有者が無断立ち入りしている私に
対して何か言いに来たのだろうかと一瞬緊張しました。しかしここは腹を決めて、まずは「こんにちは」と挨拶し、笛のための竹をいただいている旨伝えま
した。話をした結果、彼は県の職員であり不法投棄などの見回りをしているとのことでした。そしてこの林は個人の所有ではなく、県が管理しているとのこ
とでした。そして竹を切り出すことに問題はないか訪ねたところ、「車で来てごっそり持って行くようなら問題だが、あなたのように自転車で来て少し切り出
すくらいであれば何の問題もない」とのことでした。話を聞いて私も大いに安心しました。

 考えてみればこのような素晴らしい材料となる真竹が自生してることは本当にありがたいことであり、無闇に切り出して林を荒らしたりせず、いつまでも
良い状態が続くよう節度をもって、天の恵みだと思って感謝しつついただくことが大事だなとつくづく思いました。

 2月に入り竹取りの期間も少なくなってきたので、あと何回か通って切り出してくる予定です。そしてまた良い楽器を作るべくがんばります。

パンフルート製作会 2013.1.31

 1月29日、志木市の志木ニュータウンにおきましてパンフルート製作会が行われました。昨年12月にニュータウンの集会所においてミニコンサートを
させていただき、その時に何人かの有志の方と一緒にパンフルートを作ってみようということになり、今回開催されました。今回は手始めということで4人
の有志の方々と一緒に作りました。

 前もってリーダーの方が荒川の河川敷より篠竹を切り出してくださっていたので、すぐに製作に取りかかりました。今回は入門者用の13管の小さな楽
器を作ってみようということで、各自ワンセットの竹をそろえること、次にコルクつめ、そのあと接着、接着剤が乾いた後歌口の成形までやってしまいたか
ったのですが、時間が来てしまいこの日は接着までで終わりました。
皆さん初めての経験のためなかなかうまくいかないところもありましたが熱心に取り組まれ、それぞれ良い楽器が出来そうでした。次回歌口の成形、そし
て基本的な吹き方や簡単な曲の練習などしてみようという計画です。今回は年配の方々の参加でしたが、以後団地の子供たちやお母さん方まで広まる
と良いと思っています。
 
 楽器自体は13管の小さな楽器ですが、一応私自身が使っている楽器をモデルとしております。そして今回も皆さんの楽器をちょっと吹いてみました
が、なかなか良い響きでちゃんとした楽器が出来上がりそうです。出来上がったあと皆さんで練習するのがとても楽しみです。もし楽器製作をやってみた
いと思われる皆さん、是非ご連絡ください。ちょっとがんばればとても良い楽器が出来上がります。


川越住宅公園イベント 2013.1.29

 2013年1月13日、川越市(埼玉県)の住宅公園においてニューイヤーハウジングフェアがおこなわれ、その中の小イベントで演奏させていただきまし
た。当日は陽光がさんさんと降りそそぐぽかぽか陽気で 、自転車で1時間飛ばして乗り込み、住宅公園に来場されているお客様のためのお楽しみイベ
ントということで午前午後1回ずつ演奏させていただきました。なにぶん一人で演奏ということで写真のようにラジカセ伴奏という形でしたが、本当によい
天気に恵まれのんびりとした一日でした。

曲目は森のダンス、ホラスタッカート、春の海、アルルの女、リベルタンゴ、シューベルトのアヴェマリア等でした。その中から森のダンス、ホラスタッカー
ト、春の海をユーチューブにアップしたのでご覧ください。ユーチューブ「牧神の笛」http://www.youtube.com/user/musicapan

 このようなのんびりしたシチュエーションで楽しく吹くのも良いものだと思いました。演奏内容については特に言うこともありませんが、身体の使い方、楽
器の動かし方などについて少しでも参考になれば良いなと思っています。

レストラン「ペペロネ」ディナーコンサート 2012.8.29

 8月26日(日)北浦和にあるレストラン「ペペロネ」においてディナーコンサートが行われました。このレストランは北浦和公園というきれいな公園内の埼
玉県立近代美術館内にあるすてきなイタリアンレストランです。あまり準備期間がなく、お客様に来ていただけるかちょっと心配な状態でしたが、コンサー
トを告知してくださった皆様のおかげもあり実際には満員でお断りを入れなければならないという盛況でした。ご協力いただいた皆様、どうもありがとうご
ざいました。

 この「ペペロネ」と埼玉芸術劇場内の「ビストロやま」は姉妹店で、オーナーの山田さん(実は高校の先輩)はとことん有機無農薬の素材にこだわり、自ら
生産者を訪問し吟味していらっしゃいます。私自身はよく知らなかったのですが、これらのレストランはそうとう名の通ったお店だそうです。

 演奏の方ですが、今回も電子ピアノを花田美佳子さんにお願いしました。お盆も重なってしまい実はリハーサルがたったの1回だけという綱渡り状態で
したが、新曲のバッハのフルートソナタやデュナンのベニスの謝肉祭などしっかり弾いてくださいました。本当に感謝です。

 今回の曲目は、
森のダンス(ザンフィル)〜ドイナ〜ホラ・スタッカート
フルートソナタBWV1031(バッハ)
てんさぐの花〜椰子の実〜われは海の子
シリンクス(ドビュッシー)〜クマンバチの飛行(リムスキーコルサコフ)
カタリカタリ(カルディッロ)〜ヴェニスの謝肉祭(デュナン)
タイム トゥーセイ グッドバイ〜Come back(シルヴァイン・ギネ)
アンコールでタイスの瞑想曲

 以上で、ディナーコンサートとしては結構ボリュームのあるプログラムで演奏しました。吹ききれなかった部分や反省点は多々ありますが、まずは全体
としてお客様には大変楽しんでいただけたという手応えはあり、その点では大成功だったと思っています。また、いつも「奏法」のところで言っている「出来
るだけ無理なく自然で理にかなった奏法」ということについてもユーチューブでご覧いただけると良く理解していただけると思っています。
http://www.youtube.com/user/musicapan

 この2つのレストランではある程度定期的に演奏していくつもりなので、是非多くの皆様においでいただければと思います。「料理がおいしかった」という
声もたくさんいただいてます。演奏についても、「これでよい」と自己限定せず常に学んで行くつもりです。これからもよろしくお願いいたします。


ルーマニア大使館お話と演奏 2012.5.11

 5月11日、NHK文化センター町田主催により「ルーマニア大使館お話と演奏」が行われました。前回(2月21日)同様に最初ルーマニア大使ストヤンさ
んのご挨拶、続いてブクナールさんによるルーマニアの地理、風土、文化等に関するお話、パンフルートとピアノによるミニコンサート、そして最後に皆さ
んでルーマニアの伝統料理をいただきました。

 ブクナールさんのお話はルーマニアの基本的情報から始まり風土・文化など、参加された皆様にもとても興味深い話だったと思います。コンサートの曲
目は、
ドイナとプレアザ
バラーダ(C.ポルムベスク)
ルーマニアンメドレー(恋の歌、ホラ、スルバ)
ヒバリ
浜千鳥

 以上の曲目で演奏しました。ピアノは小久保路子さんです。ドイナは元々バイオリンで情感たっぷりに歌われる曲ですが、とても良い曲と思いパンフル
ートで吹いてみました。広々とした大地、羊飼いが星を見ながら神様に祈る情景などある程度表現できたのではと思います。ブレアザは軽快なダンスで、
パンフルートのレパートリーとしてはポピュラーな曲です。ポルムベスクのバラーダは「望郷のバラード」として知られている、悲しく切ない曲です。ルーマ
ニアンメドレーはフォークダンスのグループなどで良く踊られるポピュラーなメドレーです。最後に1曲日本の歌として浜千鳥を演奏しました。演奏の様子
についてはユーチューブにアップしたので是非ご覧ください。
http://www.youtube.com/user/musicapan

 参加されたお客様にはルーマニアの音楽、ルーマニアの雰囲気を感じてもらえたのではないかと思っています。また大使館の皆さんも耳を傾けてくださ
り、自分としてもとても励みとなりました。

 最後は恒例のルーマニアの伝統料理で、今回も自転車通勤と演奏後ということで人の三倍いただいてしまいました。


 今回のようなイベントにおいては毎回大使館の方から声をかけていただきルーマニアの曲の演奏をさせてもらえること、参加された皆様に少しでも雰
囲気を伝えられること、そしておいしい料理をいただけることは本当にありがたいとつくづく思います。この事を励みとしてさらにレパートリーを増やし研鑽
していきたいと思います。

 この日は本当にさわやかな天気で、帰りはゆっくりと目白通りから仙川通りを通り、途中練馬区で方位磁針を頼りに細い道を探検し、最後に光が丘の
団地に出ました。まだ明るかったのでさわやかな風の中公園で少し練習をしてからゆっくりと帰りました。

林の中のコンサートin桜台公園 2012.5.3

 4月28日(土)横浜市青葉区桜台公園において林の中のコンサートが行われました。


 
主催は青葉区在住の大江先生ご夫妻で、写真のように大変多くのお客様においでいただきました。前日遅くまで雨が残り当日の天気が心配されました
が、朝からきれいに晴れ上がり絶好のコンサート日和となりました。コンサートの準備やいすの設置などについては大江先生が所属する青葉台教会の
皆様がお手伝いしてくださり大変助かりました、ありがとうございました。

 曲目ですが
宮城道雄の春の海
ビバルディの四季より春
ドイナとブレアザ(ルーマニア民謡)
大江先生とのデュエットでアルカデルトのアベマリアメンデルスゾーンの歌の翼に
パンフルートソロでエイクのナイチンゲール、ドビュッシーのシリンクス
浜千鳥
再びデュエットで愛しまつる飼い主の
ビゼーのアルルの女よりメヌエット
リムスキーコルサコフのクマンバチの飛行
カルディッロのカタリカタリ

その後皆さんと一緒に散歩、モーツァルトの春の歌、滝廉太郎の花を歌いました。
いくつかの曲についてはユーチューブにアップしましたので是非ご覧ください。
http://www.youtube.com/user/musicapan

 以上のようにこの季節にふさわしいさわやかな曲、かつオンリーワンでありたいという選曲で皆様に楽しんでいただけたと思います。大江先生の演奏は
大変素晴らしく、音色が特に印象的でした。前の演奏あれこれのところにも書きましたが今回奥様には大変ご苦労いただき、私のわがままな選曲に最
後までがんばって答えてくださいました、ありがとうございました。

 最高の天気に恵まれたこと、先生ご夫妻のお声がけでたくさんの皆様に聴いていただけたこと、演奏についてもある一定の水準は達成できたのではな
いかと思い、とてもうれしく思いました。前にも少し書きましたが今回のコンサートに限らず出来るだけの準備はしたいという気持ちがあり、今回は6回ほ
ども先生のお宅にお邪魔し、コンサート前日は泊まり込みでリハーサルを行いました。はじめはなかなか合わない部分もありましたが、回を重ねるごとに
うまく合ってきて、「これは大丈夫」という手応えを感じました。奥様ありがとうございました。全て愛車のクロちゃんという自転車と一緒に往復し、ずいぶん
道を覚えました。途中の調布市深大寺周辺や多摩川を渡ったよみうりランドの丘陵地などは本当に気持ちの良い道でした。コンサート終了後はいつもと
コースを替えてみようと思い、新百合ヶ丘から北上し平尾、天神通りをへて稲城市の方に抜けるコースを取ってみました。自然が多く残り、峠道から稲城
市方面の眺めは雄大でちょっと感動しました。
 
調布市深大寺近くの野川               天神通りより稲城市方面を望む

 今回ずいぶん練習を重ねて3人のレパートリーも出来たので「これからこのトリオであちこち演奏して回りましょう」と話しました。何かの機会には皆さん
のところに伺うかもしれませんので、その時にはよろしくお願いいたします。



ビストロやまランチコンサート2012.4.24

 本日4月24日(火)、埼玉芸術劇場(さいたま市与野)内フランス料理レストラン「ビストロやま」におきましてランチコンサートが行われました。このレスト
ランはシェフ自らが生産農家を訪ね、基本的に有機無農薬の食材のみ使用という本格的なレストランです。しかも芸術劇場内ということで大変料理も雰
囲気も素晴らしいレストランです。今回もピアノの黒沢真代さん、オカリナ岡崎裕子さんとパンフルート大束のトリオで演奏させていただきました。お客様
もおいしい料理を食べながらの大変楽しいコンサートでした。

 このトリオでの演奏は久しぶりでしたが、その間各自それぞれ一段進歩したようで、以前にも増して良いコンサートだったと思います。トリオではパッヘ
ルベルのカノン、君をのせて、ローズ、滝廉太郎の花、ピアノソロはマイウェイ、ショパンのノクターン、オカリナソロはハナミズキと命の名前、パンフルート
はビバルディの四季より春、アルルの女よりメヌエット、リベルタンゴなどでした。自分としては今回ビバルディの四季とアルルの女は結構しっかり準備
し、それなりの思いをもって本番に望みました。まだまだの部分もありましたがある程度成果があったと感じます。

 自画自賛になってしまいますが、それぞれが実力があり、しかも私以外の二人とも性格が良くて、このトリオはなかなか素晴らしいと感じました。これか
らもあちこちで演奏していきたいと思います。演奏後は演奏者3人もレストランのおいしい食事をいただき、良い気分で帰途につきました。今日はとても
天気が良く初夏の陽気だったので帰りは荒川のサイクリング道を通って帰りました。

福島 朗読とコンサート 2012.4.16

 4月14日土曜日、高橋裕先生・晴美先生、オーケストラおよび合唱団アンフィニの皆さんとともに福島市音楽堂において復興支援コンサートに参加さ
せていただきました。雨が降りしきる中、朝7時新宿発のバスに乗り込み、昼前に到着後すぐリハーサル、午後本番で5時出発という強行軍でしたが、大
変意義深いコンサートでした。

 曲目はG線上のアリア、パッヘルベルのカノン、主よ人の望みの喜びよ、そして後半は晴美先生の素晴らしい曲をたくさん演奏させていただきました。
福島市音楽堂は1000人収容の大変響きの良いホールで、楽器も歌もとてもきれいに響いたようです。私自身もオーケストラに混じって参加させていた
だき大変良い勉強・よい経験をさせていただきました。

 復興ということについては原発事故は現在も進行形であり、これから長い道のりがあるのだと思います。また物的な復興ももちろん大事ですが、一人
一人の心の復興、魂の復興が求められていると感じました。そして今後も東北と関わらせていただく中で、他人事ではなく自分自身の心・魂も復興しなく
てはと強く感じました。

 高橋晴美先生のホームページにおいて今回の福島コンサートのことが書かれています。是非ご覧ください。
Harumi's world http://www.harumi-net.jp/


大江先生リハーサルその2 2012.4.12

 昨日4月11日、大江先生宅伺い2回目のリハーサルをさせていただきました。今年は4月に入って入学式の頃に桜が一気に咲き、とても素晴らしい春
だと感じます。自分の気分もちょっとハイになり、ここのところあちこち出歩いてました。自分自身の整理のためちょっと書き出すと
6日金曜日、修理した楽器を渡すため浦和、往復26キロ
7日土曜日、子供たちのパンフルート練習、浦和、往復26キロ
8日日曜日、浦和で用事を済ませ、文京区本郷でオーケストラ練習(福島のため)、往復53キロ
10日火曜日、ビストロ山のためのリハーサル、浮間舟渡、往復30キロ
11日水曜日、大江先生宅リハーサル、横浜市青葉区、往復76キロ
12日木曜日、パンフルートレッスン荻窪〜浦和〜自宅、50キロ

こんな感じです。自分の本業が何なのかわからないくらいに先週と今週はあちこち走ってました。正直ちょっと、ほどよく疲れました。明日はゆっくり休ん
で楽器の製作修理を進め、土曜日の福島の本番へ向けてしっかり準備しようと思います。

 昨日の大江先生宅訪問は天気が大変怪しく、「せめて往きだけでも降らないでほしい」と願いながら出発しましたが、大変ありがたいことに結局降られ
ることなく、途中あちこちで桜が満開でぱちぱち写真を撮りながら大変スムースに走れました。いくつか載せます。

ここは家を出発してすぐの黒目川と新座霊園下の桜です。


これも黒目川、右側が新座霊園です。


これは大江先生宅近くの丘の上の桜です。


これはよみうりランドの峠道を上りきったところから川崎方面の眺めです。何でもない風景ですが何となくすてきな景色でした。

 肝心のリハーサルの方ですが、前回よりもだいぶ纏まってきて、本番までには何とかなりそうです。大江先生は昨日は同窓会で演奏とのことであまりお
時間取れませんでしたが、他の曲については結構みっちり練習できました。28日の桜台公園では、小さな野外コンサートではありますが自分としてはど
こにもないような密度の高い演奏かつ新緑にふさわしい演奏を目指します。リハーサル後は先生の奥様から食べ物をたくさん頂き、大変楽しいリハーサ
ルでした。

 こうやってみると〜がほしい、〜が足りない、と不満を持ってしまうこともありますが、まずは元気で存分にやりたいことをやれる、毎日ちょっとずつ進歩
向上できる、それだけで本当にありがたくもったいない人生だと思います。

大江先生リハーサル 2012.4.3

 昨日4月2日、横浜市青葉区桜台公園での野外コンサート(4月28日)のためのリハーサルで大江先生宅に伺いました。昨日まで冬のような空気の冷
たさでしたが2日は朝から快晴春うららの陽気でした。そのため春のサイクリングをかねて愛車のクロちゃんとともに9時過ぎに出発しました。

 コースは自宅新座市からひばりヶ丘(西東京市)〜武蔵境〜多摩川を渡り矢野口(川崎市)〜よみうりランド〜柿生〜青葉台というコースでした。途中の
道は自転車専用レーンも良く整備され、とても走りやすい良い道でした。桜もちらほら咲き始め、本当に春らしい陽気でした。多摩川を渡ると丘陵地が始
まり、よみうりランドあたりではちょっとした峠越えもあり、神奈川に入ると埼玉の殺風景な平地とは違い起伏に富んだ変化のある風景でした。写真は峠
の上から今登ってきた多摩川方面の眺めです。

 自転車はもちろん健康によいですし、交通費の節約になりますし、それよりも数キロ走ると「ランナーズハイ」という状態に入り、いくらでも走れるという
感覚になります。その感覚は演奏の時にも役立つようで、演奏前に意識的にその状態に持っていけると、のびのび自由に演奏できるようです。その点で
は演奏にも良い影響を与えているようです。

 青葉区に入ってからちょっと迷ってしまい、到着は昼になってしまいましたが、昼食後みっちりリハーサルをさせていただきました。大江先生、奥様、私
の3人の曲、2人の曲などあれこれ練習しました。相変わらず大江先生は音がきれいです。まだもう少しお互い練習が必要ですが、実際に合わせること
が出来て大変有意義でした。当日は季節にふさわしい曲を演奏できると思います。今わかっている曲は春の海、ビバルディの四季、クマンバチの飛行、
3人で歌の翼、賛美歌等です。

 帰りは4時頃出発し、追い風参考で6時に帰宅でした。片道40キロを2時間なので、まあそこそこのペースです。マラソン選手はすごいなと思いながら
大変気持ちの良い春のサイクリング兼リハーサルでした。


新座リバーサイド芋煮会 早春のパンフルートコンサート 2012.3.25

 3月24日(土)新座市のリバーサイド団地恒例の芋煮会において演奏させていただきました。
 
この日は午後まで冷たい雨が降り続きましたが、団地のスタッフの皆さんががんばってテントを張ってくださり、無事和やかに進めることが出来ました。キ
ーボード伴奏はオルガニストの花田美佳子さん、曲目はいつも何度でも、カントリーロード、ルーマニアの音楽からバナート地方のドイナとホラスタッカー
ト、タイスの瞑想曲とチャルダッシュ、タイムトゥセイグッドバイ、四季より春、涙そうそうでした。演奏の様子はユーチューブにアップしたので是非ご覧くだ
さい。
http://www.youtube.com/user/musicapan

 小さい子供さんたちからお年寄りまで多くの団地住人の皆さんが集まり、コンサートを聴いた後は皆でおいしい料理をいただくという、とても楽しいイベ
ントでした。私も演奏後は例によって大変お腹がすき芋煮を2人分頂き、とても冷えたので日本酒をいただいてすっかり良い気分になりました。キーボー
ドの花田さんも寒い中がんばって弾いてくださいました。

 演奏曲目については後ほどこのホームページの「奏法」のところでも少し詳しく書こうと思いますが、世界の片隅で行われた今回のようなとても小さな団
地のコンサートであろうとも、出来るだけしっかりと準備をし、出来る限りオンリーワンの演奏を心がけています。オンリーワンと言うことについてはいろい
ろな意味あいがありますが、「やるならきちんとやりたい」「どんな小さなコンサートでも世界中で自分にしかできないことを少しでもやっていきたい」という
ような意味もあります。たとえばホラスタッカートのなかで出てくる分散和音やビバルディの四季の一番の聴かせどころである中間部の三連符のソロの部
分など、やるなら出来るだけ妥協せずにきちんとやりたいという強い気持ちがあり、今回も実行しました。それはちゃんとした大きなコンサートであろうと
今回のようなミニコンサートであろうと何ら変わることはありません。

 4月には横浜青葉区の桜台公園でO先生と林の中のコンサートがあります。その時にも和やかな野外コンサートの中でもオンリーワンの部分を必ず入
れるつもりです。是非聴きに来てくださいね。


楊雪元ひな祭りライブ 2012.3.8

 3月3日(土)渋谷のCafe SIPIAにおいて楊雪元さんのライブが行われました。このライブは茅ヶ崎在住で楽器販売をされていらっしゃる吉沢さんがオー
ガナイズしたもので、とても楽しく熱気のあるライブでした。楊さんは京都在住で、中国の伝統的な笛ティズの素晴らしい奏者であり、また素晴らしいテノー
ル歌手でもあります。
      

 始め楊さん自身のピアノ弾き語りによる歌から始まり、中国笛ティズの歌い踊るような演奏、そのほかの伝統的な笛やオカリナ演奏、そしてまたオペラ
の弾き語りという、とてもバラエティーに富んだ楽しい時間でした。楊さんは日本語も達者でトークもユーモアにあふれていて素晴らしかったです。演奏に
関しては、盲目というハンディを逆に強みとしているかのように繊細かつ大胆、感性を感じる演奏でした。

 私も友情出演ということで1曲、小久保路子先生伴奏でサラサーテのチゴイネルワイゼンを吹かせていただきました。またぶっつけ本番コラボでモンテ
ィのチャルダッシュを楊さんと2人で演奏させていただきました。なにぶん初対面かつリハーサルは段取りだけ3分で終わりという状況でしたが、お互いに
相手がメロディーの時に伴奏するという形で何とか終わりました。
演奏の様子はユーチューブにアップしてあるのでご覧ください。
http://www.youtube.com/user/musicapan

 ライブ終了後は楽器のことや音楽のことを楊さんと結構長い時間話しました。私自身が使っている真竹製のパンフルートを結構気に入ってくださったよ
うで、同じ楽器(ただし最低音G、4オクターブ)で作るよう依頼されました。

 楊さんには日本での活躍を更に期待しますし、また機会があったら是非ご一緒したいと思いました。小久保先生も楊さんのテノールをすっかり気に入っ
てしまったようで「今度文京区のイベントに呼びたい」と言ってました。

大使館演奏 2012.2.22

 昨日2月21日、ルーマニア大使館において演奏させていただきました。NHK文化センターによる企画で、始め大使や大使館員の方によるルーマニアの
文化・歴史・風土などのお話、その後パンフルートの演奏、演奏後に皆さんでルーマニア料理をいただくというものです。同じ催しは今までにも何度かあり
ましたが、今回も大変楽しいものとなりました。

 今回はまず大使代理であるストヤンさんのお話と館員のシルビアさんによるお話がありました。やはり今年はルーマニアでも強い寒波が猛威を振るっ
ているとのことでした。

 パンフルート演奏は小久保路子先生のピアノ伴奏でゆっくりしたドイナや軽快なホラやスルバなど、最後に日本の曲で涙そうそうを演奏させていただき
ました。お客様も大使館の皆さんも喜んでくださったようです。

 今回はその後シルビアさんなどによるダンスの実演があり、皆さん大喜びでした。私もパンフルートで伴奏させていただきました。ただルーマニア人なら
誰でも上手に踊れるわけではないようで、次回までにしっかり練習しておくとのことでした。演奏の様子やダンスの様子については映像をアップしたので
ご覧ください。
http://www.youtube.com/user/musicapan


 ルーマニアの料理は今回も大変おいしいものでした。代表的なママリーガ(トウモロコシの粉によるご飯のようなもの)、トカニッツァ(煮込み料理)、サラ
タデヴィネーテ(なすのサラダ)等でした。私は今回も自転車通勤だったので他の人の3倍くらいたくさんいただき、大満足でした。
また4月頃に行われるそうです。

 考えてみると、こうして度々大使館に呼んでいただき、ルーマニアの音楽を演奏させていただき、しかもおいしい料理を毎回たくさんいただけるということ
は本当に有り難いことと感謝してます。パンフルートはクラシックから日本の音楽まで何でも吹けますが、やはり母国であるルーマニアの音楽はいろいろ
な意味でとても大事と感じます。これからもライフワークとして少しずつレパートリーを増やしていくつもりです。


スタンチュウ氏の思い出 2011.12.8

 確か二回目のルーマニア滞在、1992年のクリスマスの頃だったと思います。その頃はルーマニアもだいぶ落ち着いており、クリスマスということでどこ
でも喜ばしい気分にあふれ、「ルーマニアのクリスマスはよいものだな」と思ったものです。その頃はブカレストのパナイトさんの家族にお世話になり、ア
パートを一部屋借りていました。その頃物価が安く一月1万円か一万5千円あると生活できました。この家族との出会いも不思議なもので、たまたま電車
で乗り合わせてブカレストで降りたときパナイトさんの荷物が多かったので家まで運んであげたところ、それ以来親しくなり結局部屋まで借りることになり
ました。ルーマニアではいつもそんな出会いばかりでした。

 ちょうどその頃街角の掲示板にシメオン・スタンチュウがコンサートを行うと出ておりチケットを買い聴きに行きました。スタンチュウ氏はその頃すでにス
イスにいたようで、まさにクリスマスでの凱旋帰国という感じでした。元々自分はスタンチュウ氏のCDはよく聴いており、彼のレパートリーにあれこれ取り
組んでいたのですが、演奏についてはオーケストラを率いてまさに堂々とした演奏でした。覚えている曲はもちろんバッハの管弦楽組曲二番、ビバルディ
の二本のバイオリンのためのコンチェルト(彼はセカンドを吹いていました。私は九月のフェスティバルでファーストを吹いてなかなか大変でした。)、シュ
ターミッツのフルートコンチェルト、あとはバルトークのルーマニア民俗舞曲、ホラスタッカートなどでした。もちろん堂々と素晴らしい演奏で「さすがスタン
チュウ」と納得すると同時に当時の若造としては「まあ射程だね」などと強がりをいってた覚えがあります。ずいぶん前のようであり、ついこの前のことの
ようでもありちょっと不思議な気分です。ただ、この頃取り組んでいた曲は現在の自分にも大事な曲であり、その後の自分の方向性に最も影響がありま
したし、同じパンフルートをやるならこのくらいはできるようになってやろうと心に決めたのは確かです。

 先日11月23日ルーテル東京教会でパイプオルガンとのコンサートを終えました。ほとんど自分のわがままを通してやりたい放題させていただきました
が、今思うと結局あの頃イメージしあのこと願った自分自身の姿を今回けっこう良いところまで実現できたのだと思っております。曲についてもビバルディ
のピッコロコンチェルトやシャコンヌについてはあの頃からの心の中のイメージを今回少し具体化したということだと思っています。人との出会いは本当に
その後の人生に影響しますし、曲との出会いも同様にその人の人生に影響を与えると実感しています。20年前に実際にスタンチュウ氏の演奏を目の当
たりにできたのは私にとってとても大事な出会いだったと今になって思います。

 それにしてもルーマニアはどの季節も素晴らしいですが、特にクリスマスの頃は良いですね。また機会を見つけていきたいです。

会津高原ペンションエンドレス

年が明けてしまいましたが、昨年12月23日会津高原ペンションエンドレスでのコンサートの写真を頂きましたのでアップします。(写真館にも載せてあ ります。)
  
 ご覧のように雰囲気のある素敵なペンション、親切なご主人と奥さん、そしてすぐそばがたかつえスキー場という立地のよさ、そこで演奏させていただ きました。その晩のお客様は常連の山登りのグループの方々で、大変良い雰囲気の和やかなコンサートでした。前半はソロで何曲か吹かせていただ き、後半はご覧のようにうちの子にもピアノを弾いてもらいクリスマスの曲など演奏させていただきました。
 翌日子供がはご主人より子供用のスキーをお借りすることができ、大変楽しい旅行とさせていただきました。夏は山登り、冬はスキーとそれぞれの季 節に楽しめる素晴らしい所ですので、皆さんにも是非一度訪れてほしい所でした。
ペンションエンドレスhttp://www.p-endless.com/


2007年正月2007.1.2

 新年明けましておめでとうございます。昨年中皆様には大変お世話になり、今こうして穏やかなお正月を迎える事が出来ることに感謝してます。何は無
くとも、元気だけが取り柄でも、また今年も演奏活動をバリバリ行わせていただける事に感謝です。
 昨年を振り返ると、なかなか自分が考えていた通りに事が進ことはありませんでしたが、それでも少しずつ演奏面で出来るようになった事もありました。
また自分の子供も少しずつピアノを弾けるようになり、地元での小さなコンサートなどで共演出来るようになり、これから楽しみもあります。

 今年は更に日本中演奏して歩きたいし、出来ればオリジナルの曲も少しずつ作ってゆきたい、メソードのようなものもまとめてゆきたい、そんな事を考
えています。今年もどうかよろしくお願いいたします。

 写真は家のベランダからの富士山の眺め、目の前の林は平林寺境内林です。


裏磐梯高原ホテル2006.10.6

 9月末から10月1日にかけて裏磐梯高原ホテルで演奏させていただきました。今まで何度かお世話になり、今回はギタリストの町田文善さんとのデュ オで演奏させていただきました。初日はレストランでの演奏、2日目と3日目はラウンジでのミニコンサートという形でした。毎回思うのですが、この素晴 らしいホテルで、素晴らしいお客様の前で演奏させていただくのは本当に有難いことだと感じます。
裏磐梯高原ホテルhttp://www.adime.net/ubkhtl/

 磐梯山は過去において大変大きな噴火を起こし、山頂付近は吹き飛ばされ、噴火の結果として現在の裏磐梯の湖沼が出来上がったわけです。今ま でなかなか磐梯山に登る機会がなかったのですが、今回は天候にも恵まれ、頂上までは無理でしたが、あと少しの所(弘法清水という大変美しいお花 畑)まで行くことが出来ました。町田さん、そして私の子供の3人で登り、その晩の演奏では町田さんのひざが笑っていたそうですが、良い天候のもと、 雄大な風景を楽しむことが出来ました。




 「もし来年も来れたらぜひ頂上まで登ろう」と皆で約束しました。


近況報告2006.9.20

 ここのところページの更新が滞ってしまいましたが、幾つか印象深いコンサートで演奏させていただきました。だいぶ前になりますが、横浜SDAキリス ト教会でのコンサート、こちらは横浜パンフルート愛好会の皆さんの全面的なパックアップで実現しました。既にコンサートの様子は「コンサートホール」 のページで紹介しておりますが、メンバーの皆様の演奏も素晴らしく、パンフルートの普及もこれからどんどん進むと期待できます。

 8月24日、乃木坂のライブスペース「凛」でのギタリスト町田文善さんとのコンサート、こちらもライプハウスのスタッフの皆さんと協力してくださったOさ んなどの力添えで満員のうちに終えることが出来ました。小さなスペースですが響きも良く、初めて聴いてくださったお客様が多かったのですが、皆さん 大変喜んでいただけたようです。また、機会を作って演奏させていただきたい場所です。

 9月2日、高山市民文化会館での「エクアドルの夕べ」において同じく町田文善さんと共に出演させていただきました。こちらは南米エクアドルがテーマ のため、日本の曲と共に何曲かエクアドルの曲を演奏させていただきました。普段南米の曲を演奏する機会はあまりなかったのですが、今回取り組ん でみて、その魅力の一端に触れることが出来たと思います。また、観光文化都市高山において、1000人近い多くの皆様にこのパンフルートとギターの 音色を聴いていただけたことは大変な収穫でした。

 いよいよ今年も実りの秋を迎えますが、演奏の方も夏のあいだ一生懸命汗をかきながら取り組んできた曲も幾つかあり、これから少しずつ皆さんに 聴いていただきたいと思います。また、以前の文で既に紹介しておりますが、近所の畑を借りて少しずつ自分でも野菜や花などを育てるようになりまし た。環境のこと、演奏のこと、教育のことなど色々考える所もあり、実際に始めた所です。これに関してのブログも始めたのでよろしければごらんくださ い。
「良い暮らしがしたいものだ!」http://blogs.yahoo.co.jp/musicapan


畑レポート2006.7.29

 最近畑を借りました。400平米で年8000円という格安の値段で、小学校のすぐ脇の土地です。近所の農家の方にお借りしたのですが、できることな
ら小さくてもちょっと虫がついていてもかっこ悪くても有機無農薬の野菜が食べたいということ、家の周りには畑が多く、子供の通う学校の回りでも季節に
なると農薬散布が結構ひどいので、なんとかこの一帯がだんだんと無農薬地帯に変わって欲しいという気持ち、そして不審者出没のため寄り道もできな
いという子供達の状況を少しでも変え、何より自分達で種を蒔き育てた野菜を自分達で感謝して頂くという経験をして欲しいと言う気持ちで始めました。
 まだ始めたばかりで、これから気長にやって行こうと思います。無心に草を取り土を触っているとなんとなく気持ちが穏やかになってくるようです。きっと
知らないうちに演奏にも現れてくるものかもしれません。

練習も音楽、2006.7.21

 「本番はちゃんと聴いて欲しいが、練習しているときはまだ完成していないのだからあまり聴いて欲しくない。」とか「もう少し音楽的に吹けるようになっ たら聴いて欲しい。」こんな気持ちが無意識のうちにありました。しかし最近ちょっと気持ちが変わりました。それはある曲を吹けるようになりたいと取り 掛かったそのときから、もう音楽が始まっているのではないかということです。繰り返し練習し、頭にも身体にも道筋を作り覚えたことを本番で演奏する という側面があります。だから例えば難しいパッセージが上手く吹けず何度も何度も繰り返す場合、その「上手く吹けず何度も何度も繰り返したこと。」 これを本番でやってしまいます。難しいパッセージを落ち着いてしっかりと吹きたいと思ったら、練習のときから落ち着いてしっかりと吹くことを繰り返さ ないと、それを本番でやってしまいます。どんなにゆっくり始めても、一つ一つ確かめながら吹き初めても、そのときから音楽として完璧に演奏すること を心掛けるのが本当かなと思います。


コンサート報告、近況報告 2006.5.30

今年はどうも天候不順で、こちら新座も5月半ばからもう入梅のような天気が続いています。先日5月27日、さいたま市のスタジオプラネットでのコンサ ートを一区切りとしてしばらくコンサートが続きました。その報告です。

 4月29日みどりの日、地元新座市の野火止4丁目憩いの森で「林の中のコンサート」を行いました。このコンサートは10年位前にここ新座に越してき て以来、自分の活動紹介や地元の人同士の交流を考えて始めたものです。今年は大変肌寒かったのですが、熱心なお客様においでいただき、キーボ ードの村井さんともども大変リラックスして演奏させていただきました。途中朗読の岩下曜子さんにも飛び入りで参加していただき、最後にはさいたま市 のパンフルートアンサンブルのメンバーの方にも参加していただきました。コンサートの様子はこのホームページの「コンサートホール」にアップしまし た。初めて参加された方の感想としても「パンフルートにはこのような場が大変相応しく、もっと多くの場所でやって欲しい。」と言う声も多かったです。
 



 5月13日「裏磐梯高原ホテルコンサート」
昨年9月に始めてこのホテルで演奏させていただき、大変雄大で美しい景色、立派な部屋と設備、行き届いたサービスに感激しました。今回も村井さ んやミュージカルタイズスタッフの皆さんと共に押しかけ、演奏もしっかりさせていただきましたが、自分達も大変楽しく過ごさせていただきました。このコ ンサートの様子もホームページ「コンサートホール」にアップしましたのでご覧ください。お客様も大変熱心に聴いてくださり、高原での夜に相応しい、大 変印象深いコンサートになりました。今回は周囲にまだ残雪が残るくらいの陽気でしたが、次回は7月8日再び「七夕コンサート」で演奏させていただく ことになりました。


5月20日「新座市憩いの森音楽祭」
 新座市教育委員会主催のコンサートで、こちらも天気が心配されましたが、当日は晴天に恵まれ本当に気持ちのよいコンサートとなりました。共演は ギターの町田文善さん。
 新座市は東京都練馬区に隣接する緑豊かな町ですが最近はどんどん森がつぶされ、しかも特別な産業・特徴もなく、単なる東京のベッドタウンになっ てしまうことへの危機感もあり、市を挙げて文化的にも産業の面でも何とかしようという機運が高まって来ているところです。そんな中で今回声を掛けて いただいたという次第です。
 当日は市の職員の皆さん自ら会場作りをされ、市長を始め市の重要なポストに就いておられる方も多く参加してくださいました。主催者の意向でまっ たくのノーマイクでのコンサートでしたが、パンフルートもギターも林の中に良く響き渡り、おいでいただいた皆さんにも心に残るコンサートになったようで す。重要なことは市を挙げて新座市を良くしていこう、森を整備し、文化的にも特徴を出し文化を発信して行こうという機運が高まってきていることだと 思います。そのような中で自分のささやかな活動も認められて来た事は大変うれしいことでした。

5月27日「スタジオプラネットサロンコンサート」
 スタジオプラネットは浦和駅中心部にある、小さいが大変素敵な落ち着いたスペースです。自身フルートを吹かれるオーナーが「こういうのがあった ら!」という自分のこだわりで作り上げたスペースで、響も良くサロンコンサートにはうってつけのところだと思います。
 共演はピアノの村井伶至さん、今回はピアソラのリベルタンゴ、バッハのロンド・ガボット、そしてフォーレのファンタジアというフルートの曲などを演奏 しました。村井さんのソロも大変な熱演でお客様にも大変喜んでいただけたのが何よりうれしいことでした。今回はフォーレのファンタジアが難曲で、自 分としては久しぶりに本当に良く練習したつもりでしたが、やはり本番ではなかなか思うような演奏までは行きませんでした。ただ、一生懸命練習を重ね る中でだんだん余計な力が抜けて、無駄な動きがなくなり、結果としては他の曲を吹くに際して随分と好結果が出たと思います。
 実はここのオーナーには以前から大変お世話になっておりましたが、コンサートの本の数日前オーナーの愛犬「バロン」が16歳で大往生したのです。 ただの飼い主と愛犬という関係以上のつながりを私も知っており、私もバロンとの愉快な思い出もありました。そんな訳でオーナーの古くからのお友達 も仙台からコンサートに駆けつけてくれたりで、人間ではないのにバロンのお陰で何か心のこもったコンサートとなりました。その様子などはオーナーの ブログをご覧ください。
プログ:「星に願いを」http://peaceful-planet.cocolog-nifty.com/blog/


 というわけで、ここのところ幾つかの大事なコンサートをさせていただきました。つくづく思うことは、何は無くとも演奏の場を頂きこうやって元気に演奏 させていただけること、よい共演者、よいスタッフ、よいお客様、そしていつもサポートしてくださる多くの方々のお陰だなということです。また6月から7月 にかけて幾つかコンサートがあり、これからしっかり準備したいです。


お話コンサート芸北の巻(広島) パンフルート愛好会(横浜)2006.4.12

 掲示板にもすでに書かせていただきましたが、去る4月2日、広島県北広島町、芸北文化ホールという所での「お話コンサート」というイベントに参加さ せていただきました。これはHOPEプロジェクト(代表須藤とみゑさん)というボランティア団体によるもので、日本で暮らす外国人児童・学生に母国への 誇りをもって生きて欲しいという趣旨のものです。各国のお話や物語をそれぞれ原語と日本語で朗読するというもので、今回はルーマニア語の他にブラ ジルからいらっしゃっている家族によるポルトガル語、フィリピンのタガログ語の朗読、そして日本の物語の朗読がありました。私もルーマニア語で参加 しましたが、演奏よりもよほど緊張しました。しかしルーマニア語を聞いてもらう機会というのもそうそうあるものではないので、大変貴重な機会をいただ きました。
 前日の夕方初めて広島に到着し、大きく立派な町並みに驚きながらぶらぶら散歩し、太田川そばの原爆ドームまで足を運びました。川沿いではすで に花見も始まり賑やかでしたが、ドームの周辺はひっそりとし、60年前のことを伝えていました。
 当日は須藤さんを始めスタッフの皆さん、ピアノの桂さんなどと共にワゴン車でホールへ乗り込みました。辺りにはまだ雪も残り肌寒い天気でしたが周 辺からも多くの方が集まり、熱のこもったイベントになりました。私も朗読の後パンフルートで何曲か演奏させていただきました。ご存知のように広島は パンフルートの第1人者として活躍されている岩田先生、普及に力を注いでおられる中村教授を始めパンフルートの盛んな所ですが、この北広島地域 ではまだまだ直接パンフルートの音色を聞く機会も少ないとのことでした。自分としてもそのような場所で演奏させていただけたことは大変うれしいこと でした。
 コンサート終了後会場から出ると、なんとその岩田先生、中村教授、そしてパンフルート製作に取り組んでいらっしゃるsumiさんがわざわざ駆けつけて くださったとわかり驚くやら恐縮するやらでしたが、「やはり来て良かったな。」と本当にうれしく思いました。岩田先生とはずいぶん前、まだ私が駆け出し の頃やはり原爆をテーマにした朗読劇「あの日たち」(劇団俳協)のバックの演奏でご一緒させていただき、以来私も目標として励んで来た方です。中 村教授は物理学教授であると共にパンフルート普及に力を注いでおられ、以前から色々と情報交換をさせていただいておりました。今回はなんと広島 名酒「まぼろし」をプレゼントしてくださり感激しました。そしてパンフルート製作をされているsumiさんともども、今回直接お会いできたことは本当に有難 いことでした。今後パンフルートを通して繋がるネットワークがどんどん広がって行きそうです。岩田先生、中村教授、そしてsumiさんありがとうございま した。


 数日後の4月9日、横浜パンフルート愛好会の練習にお邪魔しました。これは愛好会の練習会場のあるSDA横浜キリスト教会という所で来る7月2日 にコンサートをさせていただけることになり、伴奏してくださる愛好会メンバーの岡本さんとの練習のために伺いました。そしていつものメンバーに加え てなんと韓国から金さんご家族がおいでくださり、大変うれしく思いました。金さんは早稲田大学に留学中に大学にサークルを作り、現在も演奏を続け ていらっしゃいます。久々にお会いしてメンバーの皆さんとの話も盛り上がり、横浜、韓国、そして広島とパンフルートの輪が広がって行くのを実感しまし た。


ページ更新 2006.2.9

 もうずいぶん長くこのホームページを更新せずに来てしまいましたが、やっと久しぶりに更新することが出来ました。昨年暮に大変多くのコンサートで 演奏させていただき、それぞれ大変素晴らしい成果がありました。そしてその映像や録音を整理したりしているうちに時間が過ぎてしまいました。ここに 来てやっと一区切り付き、更新することが出来た次第です。

 昨年11月16日、労音埼玉音鑑主催でアコーディオニスト柴崎和圭さんとのデュオコンサートが行われました。場所はさいたま市文化センター、満員の お客様の前でパンフルートとアコーディオンのアンサンブルを演奏させていただくことが出来ました。このコンサートではルーマニアの曲、日本の曲、ク ラシカルな曲、そして柴崎さんからのリクエストとしてリベルタンゴを始めピアソラの曲を幾つか演奏させて頂きました。このコンビでの演奏は今回で2回 目で、お互いにだいぶ息が合って来たように思いました。パンフルートとアコーディオンという組み合わせはルーマニア本国でも一般的なものであり、今 回の演奏においてもやはりルーマニア民謡やポルムベスクのバラーダ(望郷のバラード)などがしっくり来たかもしれません。日本においてもこの組み 合わせで演奏させていただけたことは大変意義深いことだと思います。また今回はピアソラの曲を幾つか演奏させていただき、自分としても新しい発見 があり、レパートリーを広げることが出来ました。今後機会あるごとに演奏してゆきたいと思っています。また柴崎さんとのデュオもあちこちで行ってゆき たいと思います。

 12月10日、ルーマニア大使館でのコンサート。このコンサートは大使館としても初めてのことであり、演奏者・スタッフともやって見るまでどうなるか分 からないというものでしたが、結果としては大盛況・大成功で、我々にとっても、そして大使館にとっても素晴らしいイベントになったと思います。準備の 段階から演奏者、ミュージカルタイズの杉本さん、そして大使館のイワノフさんとの間で何度もミーティングを行ってまいりました。その中で単なるコンサ ートであるのみならず、お客様にルーマニアの文化に接してもらいたいと考えました。そしてイワノフさんのお話、ルーマニアの料理によるパーティーも ふくむ盛りだくさんの内容となりました。実際の内容としてはピアノソロを含むコンサート、そしてダンスグループ「コパチカ」さんとの共演でルーマニアン ダンス、そしてシンガーの幸田恵さんによるアダンのOh!ホーリーナイトやルーマニアのクリスマスキャロル(コリンダ)の演奏、どれも大変素晴らしかっ たです。その様子はこのホームページのリスニングルームでご覧いただけます。また、コンサートの様子八ピアニスト村井さんのホームページでもご覧 いただけます。
http://www3.zero.ad.jp/pf.murai/
 このコンサートは演奏者のみならずスタッフ全員のチームワーク、大使館のご協力、そしておいでいただいた多くのお客様の力で無事に終えることが 出来たと思います。今年も予定されていますが、前回以上に我々も良く良く勉強し、より以上のものを行いたいと思います。

 その翌日12月11日、さいたま市北浦和の素敵なハンガリー料理のお店「カフェ・カロチャ」においてギターの町田文善さんとのクリスマスコンサートを 行いました。こちらではすでに何度か演奏させていただいており、今回もお店自体も素晴らしく、おいでいただいたお客様も素晴らしく、大変和やかなコ ンサートでした。町田さんとはなかなか合わせる時間がなく、いつもぶっつけ本番に近い状態ですが、今回も上手く合わせてもらい、なんとか無事に終 えることが出来ました。クリスマスコンサートということで幾つか賛美歌や宗教曲も演奏させていただきました。そしてつくづくこのパンフルートという楽器 は祈りの笛だと再認識しました。町田さんのギターの演奏も大変好評で、お店の雰囲気にぴったりでした。以前にも紹介したようにこの「カフェカロチャ」 はJR北浦和駅からちょっと歩いた落ち着いた住宅街にあります。とても素敵なお店ですのでぜひお近くの方は寄ってみてください。ホームページでこの コンサートの様子も載せてあります。
カフェ・カロチャ http://www5b.biglobe.ne.jp/~kalocsa/

 12月15日大泉学園ゆめりあホールでのコンサート、こちらはピアノの村井さん、そして特別に朗読の岩下曜子さんに出演していただき花を添えてもら いました。このホールは小さなホールですが響もよく、大変和やかな落ち着いたコンサートでした。演奏者もリラックスし、岩下さんの朗読も大変素晴ら しいものでした。このコンサートの様子もリスニングルームでご覧いただけ増す。
 実際の所大使館でのコンサートと日程的に接近してしまい、マネージメント的には難しいコンサートでした。その点では我々もスタッフも多いに反省す る部分があり、今後に生かしたいと思います。しかし場所柄も良く、なんとかまた近いうちに演奏して見たい場所です。

 12月24日クリスマスイブの日、長野県松代町、池田満寿夫美術館でのコンサート。このコンサートは以前私から連絡を取らせていたいたところ、館長 の宮澤さんを始め美術館側で快くコンサートを企画してくださり、実現の運びとなったものです。この美術館は故池田満寿夫氏の出身地に彼の作品を 展示するために作られたものです。ここも以前紹介させていただきましたが、大変落ち着いた、素晴らしい美術館です。9月の下見の段階では遠足気 分で子供と一緒にうかがいました。その時には車窓からは一面りんご畑が広がっていましたが、今回は一面雪景色で「ああ、信州に来たんだなー。」と いう気持ちになりました。館長、そしてスタッフの中尾さんの大変行き届いた準備もあり、当日は多くのお客様(美術館の会員の方が多かったが、一般 の方もおいでになりました。)に聴いていただく事が出来ました。美術館という良く響く場所で、しかも池田満寿夫氏の作品に囲まれての演奏は、私にと っても大変貴重な経験でした。
池田満寿夫美術館 http://www.ikedamasuo-museum.jp/

 このようなわけで、昨年中は本当に多くの場所で演奏させていただき、多くの共演者、スタッフに助けていただき、本当に感謝の一年でした。今年もも う始まっていますが、また新しい気持ちで、しっかりと勉強し、更に多くの人に聴いていただけるようがんばってゆきたいと思います。今年もよろしくおね がいいたします。


愛知万博 ルーマニア館出演 2005.9.30

去る9月25日愛知万博最終日、ルーマニア館において出演させていただきました。愛知万博にルーマニアも参加し、いつもお世話になっているレスト ラン「ダリエ}も出店していることは知っていましたが、自分自身は名古屋まで行くのも大変だし、今回は見に行くこともないだろうと思っていました。とこ ろが23日夜になってダリエを通して「最終日に演奏して欲しい。」という連絡をいただき、詳しい状況も分からずとにかく25日朝出発しました。名古屋駅 にはこれまたいつもお世話になっている大使館のイワノフさんが車で迎えに来てくださり、大使館のスタッフとの打合せも早々に済ませ、早速演奏を開 始しました。

 エキスポ自体は大変な賑わいで、特に最終日ということもありルーマニア館にも多くの人が訪れていました。館ではルーマニアの伝統的な木製の水 車のような機械が展示されていましたが、どうもそれだけではちょっとさびしいかな、というのが印象でした。そして第1回目の演奏が終わってから状況 が分かったのですが、結局後から後から入ってくるお客様に対して20分から25分くらいのアトラクションとして連続して演奏するというものでした。都合 20分の演奏を15分のインターバルをはさんで7回という、かなりハードな仕事となりました。少しずつ曲を替えるとは言っても7回も同じような演奏をす るのは生まれて初めてで、さすがに最後のほうは何も考えずに吹くだけという感じになりました。

 期間中ルーマニアのダンスグループや色々な団体が交換でアトラクションをしていたようですが、最終日に、もし何もなかったらやはりちょっとさびしい かもしれず、微力ですが役に立ててよかったと思います。毎回のアトラクションで約100人くらいずつ、合計700人以上の人が演奏を聴いてくださった 事になり、名古屋万博という場でいわばルーマニアを代表し、最終日を受け持たせていただけたことは大変光栄なことでした。演奏の合間にはルーマ ニアの良さもアピールさせてもらいました。大使館からのお礼は例によってルーマニア産ワインでしたが、今回は大使館としては大奮発で何と5本!と いう大盤振る舞いでした。

 今回の演奏の様子、写真や映像がもし手に入ったら、後ほどアップしたいと思います。12月には大使館でのコンサートも予定されています。ルーマニ アや日本の曲、途中コパチカの皆さんのダンスも予定されています。


高原コンサート、美術館コンサート 2005.9.7

 9月3日から5日にかけて裏磐梯高原ホテル、信州渋温泉ホテルさかえや、池田満寿夫美術館を周る旅をしてきました。先日一時帰国した子供と一緒
に久しぶりの演奏旅行となりました。
 キーボードの村井さんとミュージカルタイズの杉本さんとの4人でのドライブで、私自身裏磐梯へは学生の頃サイクリングで周ったことがあり大変美しい
風景が印象に残っておりましたが、今回訪れた裏磐梯高原ホテルは建物自体もそうですが、目の前が湖、そして背後に磐梯山の雄大な眺めの最高の
ロケーションでした。

到着後湖でカヌーに乗ったりして遊んだあとコンサートの準備に取りかかり、村井さん、杉本さんともども夜のコンサートのことを想像し大興奮でした。とこ
ろがあいにく夜になって雨が降ってきたため、今回はロビーでのコンサートとなりました。しかしそれはそれで大変趣のある素晴らしいコンサートでした。
昼間ホテルで結婚式があり、コンサートの最後に新郎新婦のためにシューベルトのアベマリアを演奏させていただき、その後湖のほとりでの花火の打ち
上げと、大変楽しい晩となりました。
 実はホテルの副支配人馬場正二郎さんの計らいで、会津若松に住む私の母も招待していただき孫と遊ばせることも出来ました。自分ではほとんど出
来なかったささやかな親孝行もさせていただき、馬場さんはじめホテルの皆様には大変感謝しております。スタッフの応対も素晴らしく、もうお勧めのホテ
ルとなりました。来年の5月、新緑の頃もう一度湖のそばの舞台で演奏させていただく事になりそうで、今から楽しみにしております。
裏磐梯高原ホテル http://www.adime.net/ubkhtl/

 本当はゆっくししていたかったのですが、次の日は信州へ向かうため朝早く出発しました。ひとまず大宮に戻り新幹線で長野、そして長野電鉄に乗り換
え、りんご畑の中をトコトコ1時間、夕方やっと終点の湯田中と言う駅に着きました。ホテルさかえやは渋温泉という温泉街のなかの立派なホテルでした。
ここの温泉は湯温が高く、ちょっと熱めでしたが立派な大浴場、そして露天風呂で旅の疲れを取る事が出来ました。
 コンサートは宿泊されている年配倍の方々のためのロビーコンサートで、やはり唱歌などの懐かしい曲を中心に演奏させていただき、喜んでいただけ
たようです。こちらのホテルも大変素晴らしく、ゆっくり温泉につかるにはもってこいのところでした。
ホテルさかえや http://www.e-sakaeya.jp/


 3日目、ここでもゆっくりしていたかったのですが、最後の目的地信州松代の池田満寿夫美術館へ向かうため朝一番で出発しました。ひとまず長野電
鉄で長野駅に戻りバスで30分、城下町松代にある美術館に到着しました。この美術館は故池田満寿夫(長野県出身)の作品を展示するため1997年
に建てられた素敵な美術館です。最初わたしのほうから連絡を取らせていただき、今回館長の宮澤壯佳さんより声を掛けていただき伺う事になりまし
た。作品を見せていただき、美術館のこと、池田満寿夫氏のこと、ご本人の事など色々お話をお聞きし、コンサートについても相談させていただきまし
た。実際に館の中で少し演奏させていただき、12月24日クリスマスイブの夕方、コンサートを行わせていただく事になりました。素晴らしい作品に囲まれ
てのコンサートで、大変うれしく、また感謝しております。
この美術館は電車ではちょっと不便ですが、車でなら長野インターから近いこともあり都内・首都圏からも便利だそうです。近くには松代温泉もあり、皆様
にもぜひ来て欲しい所です。
池田満寿夫美術館 http://www.ikedamasuo-museum.jp/
 こうして慌しくも楽しい演奏旅行を終え、ほっと一息ついている所です。今回は素晴らしいホテルでの演奏、新しい出会いそして子供との久しぶりの旅行
など思い出に残る旅となりました。今後もあちらこちらに伺いたいと思います。そのときにはまたよろしくお願いいたします。

横浜パンフルート愛好会とガレリア・ピアストギャラリーコンサート2005.7.18

 昨日7月17日、横浜パンフルート愛好会の皆さんの集まりにお邪魔しました。愛好会の田渕さん、そして大江先生を中心にして、小学校2年生の女 の子(みどりちゃん)から年配の方まで、和気藹々の練習で大変楽しく過ごさせていただきました。最後にはミニコンサートもさせていただきました。皆さ んそれぞれの上達度、レベルにおいてしっかりと吹いていらっしゃり、大変素晴らしかったです。
 グループでの練習は経験の差、一人一人の上達度などの点で難しい部分がたくさんありますが、できるだけ基本をはずさないようにしながら、楽しみ ながら一歩一歩上達して欲しいです。こうやって横浜でも愛好者が増え、浦和でも増え、これからどんどん広がっていくのは大変楽しみです。


 本日18日は大泉学園のガレリア・ピアストという所でのギャラリーコンサートがありました。今日は梅雨も明けたようで夏の日差しがさんさんと降り注 ぎ、「いよいよ自分の季節が来たな。」という感じで、自転車で川を挟んだ隣町大泉学園まで向かいました。
 このコンサートはいつもお世話になっているプチぶんか村の宮崎さん主催、海をテーマにした展覧会「私のラ・メール展」の中でのミニコンサートでし た。ガレリア・ピアストという会場は元大学教授、理化学研究所技術顧問でいらっしゃる宮内邦雄先生の個人運営によるギャラリーです。大変素晴らし い空間で音の響きも素晴らしく、お聴きくださった皆さんにとっても大変良いコンサートだったと思います。私自身も響きに助けられ、力を抜いてリラック スして演奏できたと思います。

 こうして二日間練習や小さなコンサートをさせていただき、「パンフルートいう楽器もだいぶ広まってきたな、今まで地道に演奏活動を続けてきたが、 少しずつ実を結んできたかな。」と言う手ごたえを感じました。12月には同じ大泉学園ゆめりあホールでのコンサートが予定されてます。しっかりと準備 をして、良いコンサートにしたいと思います。


楽器を生かす〜ちょっとした技、裏技、荒業 2005.7.14

 一つ一つの管が独立しているこの楽器の場合、どうしてもそれぞれの管の違い、良く言えば個性、悪く言えばばらつきが出てきてしまうものです。もち ろんできる限り全体のバランスが良く、鳴りの良い楽器が望ましいのですが、実際にはなかなか難しいものです。これに対しては、ある程度までは吹く 側が楽器に歩み寄り、何とか楽器の良さを引き出す、扱いの難しい管を何とか上手く鳴るように吹き方を工夫し努力することにより克服できる場合が あります。またその過程でその人の音が全体としてグンと素晴らしくなると言うことも良くあります。また、本当は良い楽器なのに吹き手がそのレベルに 達していないために楽器の良さを引き出せないと言う場合も本当にしばしば見受けられます。

 このことは実際の人間関係と大変似ている部分があり、相手を良く知り、良く理解し、その良さを引き出してあげることによって、結果として満足する 関係を築けると言えるかもしれません。楽器の場合も同様に「鳴りが悪い!」と決め付ける前に何とか良く鳴るようにこちらも工夫、努力をすることは無 駄ではないと思います。

 とは言っても全体として良い楽器なのに1つ2つの管がどうしても良く鳴らず、そのために上手く演奏出来ないという場合には、それらの管を何とかし てあげる必要もあります。私も演奏活動と平行して、試行錯誤しながらずいぶん楽器も作ってきました。その過程で、どうすれば良く鳴るか、鳴りの悪い 管をどうすれば生き返らせるか、色々とノウハウも身に付けてきました。本当に、ちょっとした技で良くなる場合もありますし、荒技もあり、結構ひどい裏 技もあります。でもそのお陰で楽器を生き帰らせることが出来るので、必要な場合にはやります。

 もしご自分の楽器についてチェックして欲しい場合にはご連絡ください。楽器の限界として無理な場合もありますが、直せる場合もあります。


梅雨の季節 2005.7.5

 先日(6月19日)の埼玉芸術劇場でのコンサートでひとまず今年前半のコンサートが終わり、ほっとしている所です。今回のコンサートはコンビを組んで
もらっている村井さんとのデュオで、フォークダンスグループ「コパチカ」の皆さん、ブズーキの村田松繁さんの友情出演もあり、大変楽しいコンサートでし
た。ただ自分自身の演奏は今回はまったく思うような演奏が出来ず、実はちょっとへこんでいる所です。選曲、新しい曲へのしっかりした準備、コンディシ
ョンの持って行き方など大いに反省し、今後へ向けてまた一から出直しというところです。ルーマニアで過ごしている家族もこの夏休みにひとまず日本に
戻ります。こちらもこれからへ向けてまた一から出直しとなりそうです。一年間がんばって現在の生活をはじめて見ましたが、良かったこと大変だった事
など本当にたくさんの事があり、実際問題としても両方での生活は大変難しい点もあり、この夏休みに自分達の生活をよく見直し、良い道を見つけたいと
思っています。

 ここのところこちら新座も梅雨らしい天気でしたが、今日は久しぶりに青空がのぞいています。いまさらのように季節の移り変わりの速さを感じます。も
うすぐ梅雨も終わり、暖かい夏がやってきますが、演奏に関してはこの夏の間の基本的な練習の積み重ねが秋に実を結ぶということがあります。やはり
汗を厭わずこつこつと積み重ねる事が大切だと感じます。

新緑の季節、2005.4.26

 4月始め子供と奥さんはルーマニアに戻り、現在一人でコンサートの準備や楽器を作って過ごしています。こちら新座もあちこちでつつじが咲き、雑木 林ははあっと言う間に新緑の季節になりました。

写真は我が家のベランダからの平林寺の眺めです。この景色を眺めながら練習し、製作にいそしんでます。

 楽器についてですが、今まで使っていた24管の楽器から一本増えて25管(最低音D、いわゆるテナー管)に持ち換え、現在いっしょうけんめい慣れて いる所です。今までの楽器は長いこと使って馴染んでおり、特に高音域について気に入っていたのですが、今度取り組もうとしている曲(まだ秘密です、 いずれ演奏したいと思います。)のためにどうしてもあと一本必要で、思い切って持ち替えることを決心しました。今までの楽器についてはほぼ完全に 各音の場所のイメージが出来上がっていて、どこからでも思った所へ飛ぶことが出来ました。ところが一本管が増えることによって低音域のイメージが 変わってしまい、現在ちょっと苦労している所です。

 もう何年も前にたまたま大変長い篠竹を手に入れることが出来、ずっとそのままになっていましたが、ここしばらくの間に思い切って大型の楽器(4オ クターブ)を作る事を決心しました。現在自分自身で使う予定はないのですが、いずれアンサンブルで役に立つこともあるかも知れない、あるいはどな たか必要な方もいらっしゃるかもしれないと思い作り始めました。現在ほぼ完成し最後の仕上げ(これが重要)をしている所です。楽器の写真はこのホ ームページの「楽器製作依頼」の所にあります。
持ってみるとさすがにでかくて、これを吹きこなすのは大変だというのが実感です。しかし面白いもので、大きな楽器を持つと何か自分が上手くなった り、ちょっと偉くなったりするような気分にもなります。現実には管が増えて音域が拡がったということが違いで、管の移動も半音操作も逆に難しくなり、 プラスとマイナスがあるわけです。

 今までニス塗りはあまり気にも掛けず、ごく一般的なウレタン樹脂、つまり石油から作った合成ニスを使っていました。ところが使ってくださっている方 の一人が化学物質化敏捷で、楽器を持つことさえ出来ないと告げられました。そもそもこの楽器は天然の素材を生かし、そこから出てくる音も自然の 息吹に満ち、演奏する方々も何か大自然の氣を受けつつ吹くのかもしれません。ならば作る側も出来る限り自然のもの、健康的なものを使うよう心掛 ける必要があったと思いました。そのためニスも天然のセラックに代えました。

 楽器を作っていてつくづく思うのですが、「竹を始め楽器の素材、天然の材料というものは本当に天の恵みだな。竹一本人間には作れないな。」と感じ ます。人間の側のささやかな作業としては、与えられた素晴らしい素材を可能な限り生かし、例えば美しい音色の楽器を作ること、これが人間の行いと して一つ価値のあることかもしれないなどと考えながら作っていました。演奏するということも基本的には同じ作業かもしれません。


近況報告、2005.4.7

 大変長いことご無沙汰してしまいました。ホームページも更新できず申し訳ありませんでした。3月始めまでルーマニアに滞在し、その後春休みを家族
と日本で過ごしました。現在は新学期が始まり、今回は妻と子供でルーマニアへ出発しました。
 今回のルーマニアでの生活というのはコンサートもシーズンオフという事もあり、子供の学校生活を中心として、暇を見つけては楽器の製作を進めると
いう静かな、そして充実した生活でした。子供が通っている学校は音楽学校なので通常の授業プラスそれぞれの先生について週2回みっちりとレッスン
があります。学科については毎日必ず宿題があり、内容的に特に難しいというわけではないのですが、ルーマニア語の読み書きについてはかなり苦労し
ました。毎日家に戻ると食事の後に先ず宿題を済ませ、普段はその後一眠りし、夕方少し遊んだ後ピアノの練習、夜は日本語の勉強や物語を読んだり
という結構忙しい毎日でした。その中でも同じピアノ科で近所に住む3年生のミハイという男の子と仲良くなり、週1回か2回ミハイと遊ぶのが大きな楽し
みとなりました。



 音楽の勉強に関してはモニカ・ノベアヌ先生という素晴らしい先生に本当に愛情を持って忍耐強く教えていただき、子供も目に見えて上達したようです。
モニカ先生は演奏家としてももちろん素晴らしいのですが、毎回レッスンを見学させていただき、子供よりも私自身の楽しみとなりました。子供のタイプに
もよりますし色々な教え方があるとは思いますが、やはり良い所をどんどんほめて、愛情を持って、忍耐強く教えて行くのが基本というか正道ではないか
とつくづく思いました。
 今回の学校生活での大変素晴らしい経験は学内発表会に参加出来た事です。これは不定期で時々行われるもので、それぞれの先生が自分の生徒
を推薦し、先生方と生徒の両親達の前で普段の練習の成果を発表するものです。幸いなことにうちの子供も推薦していただき、最年少の1年生として演
奏の機会をいただきました。私も例に漏れず子供の演奏の時にはハラハラドキドキでしたが、何とか無事に弾き通してくれて一安心でした。また上級生
の素晴らしい演奏を間近で見て、子供も良い刺激を受けたようでした。

 もう一つ楽しい経験はピアノの練習とは別に選抜の合唱のグループに参加できたことでした。合唱団の先生がクラスの生徒一人一人と個別に面談し、
音感の基本的なチェックをして参加が許されるものです。クラスからは数人の女の子とともにうちの子も参加を許され、毎週金曜の夜と土曜の朝練習に
参加しました。私も見学させてもらいましたが子供達の声・ハーモニーも素晴らしく、かなり高いレベルにあると感じました。

 私も時間を見つけては楽器製作を進め、あっという間に春休みの一時帰国の時が近づきました。ルーマニアの冬はやはり結構寒く時にはマイナス20
度にもなり、「さすがに寒い、頭が凍る!」という時もありましたが、3月が近づくと光は強くなり、春が近いことを実感しました。出発の前の日、私と子供、
それにミハイの3人でクルージュの町を一望する丘に登り、暗くなるまでソリで遊びました。「ああ、ここはトランシルバニアのど真ん中、我々の人生は面
白いな、これからしばらく日本での生活だな。」などと感慨にふけってしまいました。


 3月始めに日本に戻り、子供はしばらく地元の学校に通いました。いかに子供に適応力があるとは言え、少々この生活は厳しいのではないかと心配し
ました。人の2倍勉強し、2つのまったく違うシステムの中で上手く適応できるだろうかと心配したのです。実際にはすぐに日本での学校生活にも溶け込
み、日本での近所の友達とも良く遊び、生活を楽しんだようです。そんな中「学校で使うのでどうしてもピアニカを買ってほしい。」とせがまれました。「ピア
ノが弾けるんだし、今更そんなもの必要ないのでは?」と説得しましたが、珍しく再三せがまれ買ってあげました。本当にうれしそうに他の生徒と一緒に易
しいメロディーを弾くのを見て「まだ1年生が終わったばかりの子供なんだな。それを分かって上げなくてはいけないな。」と思いました。

 4月になり妻と子供はルーマニアに戻りました。正直言って今回は私自身迷いました。ルーマニアという国で音楽的には素晴らしい環境で、素晴らしい
先生の元で勉強出来ることはもちろん子供にとって得難いことではあります。しかしまた、何がなくとも家族で平凡に一緒に暮らすのが一番ではないか、
という思いもあります。もし素晴らしい機会を与えられても学ばず無駄にするようであれば迷わずお終いにすれば良いわけですが、幸か不幸か本当に素
直に良く学び、目に見えて進歩を遂げている子供を見て「もうしばらく続けてみようか。」と決心し、ちょっと心を鬼にして今回は送り出した次第です。

 私自身もこれから幾つかコンサートの予定があり、そろそろ本番モードにスイッチして、しっかりやるべきことをやろうと思っています。それとルーマニア
にいた間に幾つか楽器を作りました。今回は標準的なタイプに加え、低音域まで含むちょっと大きい楽器も作ってみましたので近くの方は見に来てくださ
い。それではまた!

ルーマニア便り、2005.1.17

 こちらに来てからほぼ一週間が経ち、だいぶ生活にも慣れてきました。 北海道と同じ位の緯度にあるだけに、さすがに寒さも厳しくなってきまし た。先 日は待望の雪も降りいよいよ冬本番という感じです。しかしどの家も 部屋の中は暖かく、外の寒さも却って心地よいものです。

 ルーマニアというと経済の停滞がイメージされるかもしれませんが、こ こしばらくの間にずいぶん回復してきたように感じます。ピアッツァ(町 の市場) へ行くと以前は冬の間は野菜や果物など少なかったのですが、最 近は南国のオレンジなどをはじめ、品物が豊富に積まれています。その分 物価も上 がったようですがそれでもたとえばジャガイモ1キログラム80 00レイ(30円)、オレンジ1キログラム36000レイ(120円) という感じで、生活の基本 になるものついてはまだまだ安いという印象で す。

 子供は12月中一時帰国し日本の学校に通っていました。その間に日本 語もかなり上達し、読み書きもほとんど日本の生徒に追いつきました。と ころ がルーマニアに戻ってみるとルーマニア語の読み書きをかなり忘れて おり、読み書きの同時習得の難しさを痛感しました。話すほうに関しては ほとん ど完璧なバイリンガルなのですが、読み書きについてはどちらかが 上達すると片方が困難になるという現実があるようです。しかしまだこち らへ来て一 週間、そして子供というものの能力の大きさ、柔軟性を信じて しばらく様子を見てみたいと思います。

 こちらへ来ている大きな目的というのはモニカ先生というすばらしいピ アニストに直接指導してもらうということです。ところが先生は現在風邪 をこじら せてお休みしています。子供も大変がっかりしましたが、早くレ ッスンしてもらえるよう祈りながらしっかり練習しています。現在は今ま で習った曲を繰り 返し練習し、目に見えて上達しています。このことは 我々にも大いに参考になることで、一度習ったものを少し時間を置いてか ら改めて練習するという ことによってより深く身につくということがある ようです。

写真は朝の通学路です。朝7時半過ぎですが、まだあたりは暗いです。
それではまた!


ルーマニア便り 2005.1.11

 さきおととい再びルーマニア、クルージュに到着しました。今回はブダ ペストから深夜のマイクロバスを利用し、朝4時到着、さすがに長旅で疲 れまし たがこちらは思いの外暖かく、まだ雪も積もっていない状態でし た。ここしばらく日本をはじめ各国で多くのことが起こりましたが、こち らルーマニアは 大きな変化もなく、静かに時間が流れているようです。
 部屋を借りているヴィルジルをはじめ皆変わりなく元気で、こちらでの 生活は静かに始まりました。子供も昨日から学校が始まり、以前と変わり なく学 校生活が始まりました。冬休みを早めに取り、一時帰国で日本の学 校にもしばらく通っていましたが、こちらに戻ってみるとまたすぐになじ んでしまった ようで何か不思議な気分です。3月末までこちらで生活の予 定です。例によってこれからどんな展開になるかまったくわかりません が、毎日気張らず、 あせらず、楽しく過ごしてゆきたいです。

 
写真は家の前の坂道、まだ舗装されていないので泥道ですが、雪が積もる と最高の遊び場になります。次の写真は市の中心部にあるカトリックの大 きな教会、この近くに子供の通う学校があります。
 とりあえず無事に静かにこちらでの生活が始まったことを報告させてい ただきます。あまり頻繁に連絡できないかもしれませんが、こちらでの生 活の 様子、町の風景など時々報告させていただきます。


コンサート報告 2004.12.17

 ここ3週間にわたってコンサートをさせていただきました。浦和山口屋でのピアニスト村井伶至さんとのコンサート、先週ルーテル東京教会でのアコーデ
ィオニスト柴崎和圭さんとのコンサート、そして今晩邦楽ライブハウス和音(日暮里)でのギタリスト町田文善さんとのコンサート、どこまでやれるか不安も
あったのですが、結果としてはどのコンサートもそれぞれに「とてもよいコンサートだったな。」と思えるものでした。
 村井さんとは事務局の杉本さんが実は地元浦和での中学時代の同級生というつながりから今回初めてコンビを組ませていただき、これからあちこちで
やっていけそうな手ごたえを感じました。ソリストとしての活動もこれから更に広げていってほしいと思いますが、今回のようにデュオコンサートという形も
お互いの良さを際立たせると言う点でもなかなか良い形だと思いました。又女性ファンが多いようなのでそれに便乗するというメリットも少なからずありそ
うです。
 先週12月10日、ルーテル東京教会(新大久保)でのフリーベースアコーディオン柴崎和圭さんとのコンサート、こちらも私たちにとって大変意義深いコ
ンサートでした。大変多くのお客様に聴いていただくことが出来、しかもパンフルートとアコーディオンという大変素晴らしい組み合わせで聴いていただけ
たことは大変有難いことでした。このコンサートに関しては私が以前よりお世話になっており、かつ柴崎さんのアコーディオンの生徒さんでもある春日部
在住の山崎智恵子さんのお陰によるものです。まず柴崎さんを紹介してくださりコンビを立ち上げてくれたこと、そして実際の所今回のコンサートの大部
分のお客様を呼んでくださったわけで、本当に何から何までしていただきました。今回つくづく教えられたことは、我々演奏するものというのはもちろん自
分自身の努力とか精進が必要なのですが、それだけでは足りず、山崎さんのように損得抜きでサポートしてくださる人に出会い助けてもらうというような
幸運がないと先へ進めないということです。これから春日部に足を向けて寝られなくなりました。
 学生時代からしばらくの間、私は春日部に住んでおりました。その頃はただパンフルートが上手くなりたい一心で、時間があればどこでも練習していま
した。そして近くを流れる古利根川(昔の利根川、現在の中川の中流域の呼び名です。)の土手で練習をしていたとき犬を連れた上品なご婦人が通りか
かり、一度通り過ぎ、戻ってきて声を掛けてくださいました。それ以来何度もコンサートがあると足を運んでくださり、今回のコンサート実現に至ったわけで
す。こういうのはやはり運とか巡り合わせと言うしかないと思います。

 そして今晩の町田さんとのコンサート、こちらはコンサートが続いたこともありどれだけお客様に来ていただけるか心配もありましたが、結果としてはゆ
ったりと聴いていただける位のお客様においでいただき、これはこれで素晴らしいコンサートだと思いました。町田さんも群馬交響楽団の主席チェリストと
の演奏会を終えたばかりで、そのコンサートのために相当苦労され努力されたようですが結果として大変素晴らしい演奏会だったようです。私もこの1年
本当に色々なことがあり、かなり鍛えられ、二人とも一皮むけた演奏が出来たように感じました。そして、満員のお客様に来ていただけたときにはもちろ
ん感謝ですが、今回のように決して多くはないときこそ、わざわざ来てくださったお客様に感謝したい気持ちになりました。プログラムは竹田の子守唄、て
んさぐの花、春の海、浜千鳥、サラサーテのチゴイネルワイゼン、パンフルートソロとしてバッハのシャコンヌ、ギターソロはカタロニア民謡、サンバース
ト、タレガの小品など、最後にカッチーニとシューベルトのアベマリア、アンコール島唄というものでした。

 これらのコンサートにおいでくださった皆様、サポートし手伝ってくださった皆様、共演してくださった演奏者の皆様、全ての方々に感謝したいと思いま
す。12月中あと少し演奏があります。来年又何がどうなるかまったく分かりませんが、これからもよろしくお願いいたします。今年一年ありがとうございま
した。

ひばりが丘教会クリスマスの集い、2004.12.5

 昨日、12月4日、西東京市ひばりが丘教会のクリスマスの集いのコンサートで少し演奏させていただきました。確か最初子供が生まれる前の年に初 めて参加させていただき、以来毎年家族で楽しみに参加させていただいてました。今年は私一人で、教会の方々もちょっと残念がっておりましたが、こ としも楽しく参加させていただきました。
 今回予定していた曲があったのですが、毎年ピアノを弾いてくださるひばりが丘教会員の田鎖夕衣子さんが今回腱鞘炎で指を痛めてしまい、思うよう に弾けない状態になりました。相談した結果今回はソロで吹かせていただき、アダンのオーホーリィナイトだけ何とか弾いてもらうという事になりました。 私自身腱鞘炎で指を痛めた経験があり、今まで出来たことが出来なくなるもどかしさ、それを人に分かってもらいないもどかしさなど良く分かる部分もあ り、それでも一曲がんばって弾いてくださるということに感謝して吹かせていただきました。
 ソロは何を吹くか色々考えましたが、ここしばらく取り組んでいる、例のバッハのシャコンヌを思い切って吹かせていただきました。一言挨拶のときに 「ここにおいでの方にも、そして見ていて下さっている神様にもありのままの姿、ありのままの演奏をお捧げするのを見てほしい。」というようなことを言っ たように思います。演奏自体今回もまだまだという所でしたが、全て投げ出してありのままの姿を見てもらうという思いの分、思い切った演奏が出来た のではないかと思います。
 2曲目、オーホーリィナイト、今回は左手でのコードを押さえるだけの伴奏に乗せて吹かせていただきました。いつものようにちゃんとした形で弾いても らったのと、今回のように自由になる左手だけで何とか精一杯弾いてもらったオーホーリィナイト、どちらが良かったか。結局そこが音楽の深い所であ り、人間の深い所であり、魂の次元の深い所なのだと思いました。
田鎖さん、そして教会の皆さん、今年もありがとうございました。

ルーマニア報告その7 出発 2004.11.30

 フェスティバルが終わり、もう帰国という事になりました。もともと8月まで演奏の予定が入っていた事と、資金を含めてのもろもろの準備のためにルー マニアに来るまでに5ヶ月という時間が流れてしまいました。本当に長い時間でしたが、こちらに来てからの2ヶ月はあっという間に過ぎてしまいました。 本当はまだまだルーマニアに居たかったのですが11月はじめから幾つかの演奏の予定が入っており、ひとまず帰らなくてはなりませんでした。最後の 3日間は子供と公園に行ったり、町を取り囲む丘までサイクリングしたり、庭で遊んだりして静かに過ごしました。
 

本当に色々な人に出会い、助けられ、エキサイティングなこともたくさんありました。ここに来るまで、そしてこちらに来てからのことを改めて思い起こす と、やはり何度もいうように「神様に感謝、家族に感謝、助けてくれた人に感謝、良かったことも苦しかったことも全て含めて、感謝だな。」という事になっ てしまいます。ひとまずさよならしなくてはなりませんが、我々の場合は又すぐに会えるわけだし、しばらく離れていても同じ空の下で生きているわけだ し、電話すればいつでも話せるわけですから、それほど悲しくはないはずです。
 最後の晩はいつものように本を読んであげて、いつものように子守唄代わりにへたなピアノを弾いて、そしていつものように子供は先に寝てしまいまし た。すやすや寝ている子供に向かって「又すぐ来るよ。」と言って夜11時の列車で出発しました。
 日本にもどるとすぐに予定があり、12月末のダリエでの演奏まで結構忙しい毎日が続きます。しばらくこちらでいっしょうけんめい働き、来年始めには 戻りたいと希望してます。どうも我々の生活は山あり谷あり、てんやわんや(古い言葉か?)で、前にも書いたように明日のことはまったく分かりません。 でも、結構楽しいし、まあ面白い人生だなと思ってます。又ルーマニアに戻ったら、今度はリアルタイムで報告できるように環境を整えたいと思ってま す。それではひとまずさようなら。


ルーマニア報告その6 ハバレッツ氏 2004.11.27

 以前書きましたが今回はじめの段階で大変お世話になった日本人の川井勝太郎さん(以後カツさん)も実はパンフルートを吹けるのですが、彼の言う には「このクルージュにパンフルートを作り、自分でも吹くおじいさんが一人いる。」ということなのです。彼としては私と引き合わせたかったようなのです が、なにぶん私も忙しくそれっきりになっていました。
 ところでもともとピアノはおばあさんの所に一つあったのですが、団地のためあまり自由に弾けない、エレベーターのない5階のため運搬が大変困 難、ルーマニアでは中古で結構安く手に入る、などの理由でヴィルジルの所で自由に弾けるように、がんばってもう一台買うことになりました。情報誌を もとに幾つか電話をして、一件老人の声で「自宅とは別の所に幾つかの楽器がおいてある。」ということなのでアポイントを取り、ある日曜日の午後子供 と一緒に伺う事になりました。
 そこは大通りからちょっと奥に入った大変古いアパートで、何と言うか少し薄気味悪い所で、どんな人が来るのかドキドキして待っていました。やってき たのは小柄で穏やかな老人、ハバレッツ氏と言う名前だそうです。そしてこれまたちょっと不気味な部屋に通されると、そこには古いピアノやバイオリン などの弦楽器、各種管楽器、それに何と、古めかしいが調整すればまだまだ使えそうなツィンバロンなどたくさんの楽器が山と詰まれていました。もう子 供は興奮して舞い上がってしまいました。
 ハバレッツ氏はもともと音楽教授で、何と驚いたことに現在子供が通っている学校で以前教えていたそうです。現在は自分の工房を持っていてバイオ リンなどを作らせているそうです。子供にとってはエキサイティングな場所でしたが、結局気に入ったピアノはなかったので帰ろうとしたのですが、話しの 中で私がパンフルートを吹いているということを告げると彼の顔が変わりました。「ピアノのことはまあ良いから今度家に来て話そう。」ということになり次 の日に伺うと、彼は幾つかのパンフルートを見せてくれて、自分は現在パンフルートを作っている事、教則本も作っている事、カツさんのことも知ってい るということを言いました。つまりカツさんが紹介したかったおじいさんと云うのは実はこのハバレッツ氏だったわけです。
 彼は大変親切に楽器の事、ルーマニアの音楽のことなどを話してくれました。楽器に関しては多くはすでに私自身が学んで知っていることも多かった のですが、幾つか新しいことも教えていただきました。また私の演奏したCDについても、かなり好意的に批評してくださいました。彼が工房で作らせて いる楽器は木製(現在ルーマニアではなかなか竹が手に入らない)で、なかなか良い楽器でした。今度ルーマニアを訪れたときにはぜひ工房をのぞい てみたいと思っています。
 このようにして、大変運が良いことにクルージュでの唯一のパンフルート製作者と出会うことが出来たわけです。これから先、あの楽器置き場は色々 覗いてみたいし、ハバレッツ氏とはパンフルートについても色々相談させてほしいと思っています。

 ところでピアノのほうはどうなったかと云うと、やはり同じ音楽学校の卒業生である別の女性が使っていた古いアップライトピアノを3万5千円で譲って いただきました。相当古いですが大変きれいな音の楽器です。
こうして短いルーマニアでの滞在でしたが、たくさんの素晴らしい人との出会いがありました。また12月末には戻るように希望してます。フェスティバル も終わり、そろそろ日本にもどる日も近づいてきました。そしルーマニアレポートも終わりに近づきました。


ルーマニア報告その5 フェスティバル 2004.11.23

 いよいよフェスティバルの初日、準備万端とは程遠い状態でしたが当たって砕けろの気持ちで臨みました。何人かの歌い手が順番にステージに上 り、一曲目はゆっくりと朗々と歌われるドイナ、2曲目は元気でリズミカルな曲を歌います。パンフルートの役割は基本的にはバイオリンパートを一緒に 吹くのですが今回はぶっつけ本番時間なし、と言うわけで吹ける所は吹く、吹けない所は吹かない、基本的にはリトルネロ(全員合奏の部分)を吹くこと に徹しました。何はともあれ本場の歌い手の声を間近に聴きながら、すぐ隣で鮮やかなクラリネットの演奏を聴きながら、なんとも言えない幸福な気持 ちで演奏させていただきました。途中2曲ばかりパンフルートメインの演奏をさせていただきました。今回はオビディウの配慮でパンフルートのためのご くノーマルな曲を選んでもらい、しかもそのうちの一曲は以前耳にした事のある曲だったので、緊張することもなく無事に終えることが出来ました。

 2日目が一番きつく、朝から新曲の練習、ほんの少しの休憩で食事の暇も無く夜の本番という感じで気力で乗り切り、3日目のフィナーレにはすっかり リラックスして私自身大変楽しく演奏させていただきました。コンクール入賞者の演奏、そしてその後一流の歌手と演奏家の伴奏をさせていただき、間 近にそのオーラを感じることが出来たのは本当に素晴らしい経験でした。オーケストラのメンバーとも親しく交わることが出来、オビディウには公私にわ たって親身に世話をしていただき本当に感謝でした。私自身はテレビ放映を見ることが出来ませんでしたが、身内の感想としては「なかなか良かったん じゃない?」ということだったので、まずは一安心でした。

 子供たちにとっても大変楽しい3日間で、毎晩私の子供とジョルジアナはオビディウの奥さんに連れられてコンサートを聴き、大体途中で気持ち良くな って寝てしまい、終了間際に起きてコンサートの話しをしながら家に帰るという、なんとも楽しい3日間でした。特に3日目、コンサートも終盤に差し掛か った頃ふと客席を見ると「まずい!私の子とジョルジアナが走り回って遊んでいる!」と一瞬青くなりましたが「指揮者の子供と一緒だから、まあ大丈 夫。」と自分に言い聞かせました。

写真は学校でのものですが、私の子供の後ろがいたずらっ子のモーセ、その隣のお下げ髪の子がジョルジアナです。(みんなちょっと緊張してます。)
 コンサート終了後オビディウから「わざわざ日本から来てムジカポプラーラを学んでもらえるということは大変うれしいことです。」と言っていただき、もう こちらとしては仲間に入れてもらえただけで大満足で本当に恐縮してしまいました。
 実は子供の学校のためにルーマニアに本拠を移すと決めた段階で、もう自分の演奏に関しては今までよりも機会も減り、限定されてしまう事を覚悟し ていました。ある意味では子供の将来のために自分のキャリアはある程度あきらめざるを得ないと考えたのです。ところが今回はヴィルジルやオビディ ウをはじめ多くの人たちの助けをいただき、思っても見なかった素晴らしい機会をいただけたわけです。やはり捨てる神あれば拾う神あり、結局自分自 身のために一番意義深い滞在となったわけでした。
 このようにしてエキサイティングな日々はあっという間に過ぎてしまいましたが、もう一人、今回大事な出会いがありました。それについてはつづきで書 きたいと思います。


感謝しかない。2004.11.20

 ルーマニアの報告はまだ続きますが、今日は長雨の後自転車で新座から浦和まで走り、降り注ぐ日の光に気分もハイになって、あれこれ思い浮かん
だことを記しておきます。

 音楽の道を志した頃「何とか演奏をしながら生活出来るようになれると良いな。」「毎日元気で、穏やかな気持ちで生きたいな。」「結婚して家庭がほし
い。」「家族を養うため、しっかり仕事をしたい。」「自分の家がほしい。」音楽的な事について言えば「このパンフルートという楽器を通して、例えばコレル
リのような純粋な気持ちで音楽したい、バッハの深い世界にあずかりたい。」などなど、普通の人間としてずいぶん色々望み、勝手に希望して来ました。
そして今日ハッと気がついたのです。これら全てのことは叶えられているということです。
 自分の人生なかなか思い通りに行かないと感じ、時として不平不満を持ち、回り道をし、他人と比べてしまったり、ずいぶん勝手な人間ですが、今振り
返ってみると希望したことがことごとく実現されていることに大変驚くと同時に、自分が何と幸運な人間であるか解ったのです。
 これらのことは自分の努力とか自分の能力、才能によって得られたのではないのは確かですし、万が一このような思い上がった気持ちになったときに
全て取り上げられるのだと思います。これからのことは分かりません、人生は良いことも一見そうで無い事もあるわけですし。ただ、毎日感謝の気持ちで
いられるというのは幸せなことだとつくづく思います。コンサートではそのような気持ちをお伝えしたい、またそう出来るようになりたいと思います。

 ところで「それじゃどうしていまだに貧乏しているの?」と言う声が聞こえてきそうですが、振り返ってみると今までお金持ちになりたいと祈ったことが無か
ったからだと思います。

 浦和と新座方面の間に荒川が流れており、秋ヶ瀬公園という広大な河川敷の公園があります。今日はのこぎりを持参し、帰り道に少し竹を探して歩き
ました。色々な種類の竹が自生し少し取ってくることが出来たので、今度はいつもと少し違うマテリアルで作ってみようと思います。

ルーマニア報告その4、オーケストラ 2004.11.18

 あれよあれよと言う間にオーケストラの仲間に入れてもらい、フェスティバルに向けての練習が始まりました。指揮者のオビディウ氏ははじめイベント の中で1曲か2曲私にもソロを吹かせて日本からのお客様として紹介するつもりだったようです。しかし私の希望としてソロはどうでも良いからオーケス トラの中で一緒に演奏させてほしいと伝えました。彼は「100曲あるよ。」とニコニコしながら答えます。いくら曲が多いと言っても100曲はオーバーだと 思っていましたが、毎回あれよあれよと言う間に曲が増えて、一晩のため20曲、合計数十曲の楽譜がたまりました。しかも楽譜は書き殴りで読みにく く、しかも始めのうちは渡された曲を何度も繰り返して練習する時間があったのですが、日にちが迫るにつれてだんだんぶっつけ本番に近い状態にな り、本番直前に「今日の分」としてどさっと渡されたときには本当に涙が出そうでした。しかしこれも自分から望んだことであり、このような機会を与えら れたことに感謝して出来るだけのことをしようと思いなおしました。また、日本でもどこでもオーケストラということであれば本番直前に楽譜を渡されるの は当たり前であり、泣き言を言ってはいられません。

 ちょうどこの頃ラッキーなことに妻が旅行会社の仕事を得て、日本や韓国に仕事で行く事になりました。それは経済的には大変有難いことでしたが、 私が子供の送り迎えや面倒を見ながら練習するという状況となり、時間的に大変苦しくなりました。練習の合間に抜け出して子供を迎えに行きお祖母 ちゃんの所へ預け、また練習に戻るという日が続きました。子供にとっては毎日退屈で、父親がムジカポプラーラの練習をしていると聞けばどうしても 一緒について来たくなりました。オビディウに相談したところ子供をつれてきても良いと言ってくれたので、「練習の邪魔をしたり、みんなに迷惑をかけて はいけないよ。」と言い聞かせ見学させました。これはもう子供にとっても本当にエキサイティングな経験で、目を輝かせて聴き入っていました。自分に とっても素晴らしい経験であり、しかも子供まで一緒に参加させてもらい、本当に素晴らしい機会を頂いたわけです。

 前にも書いた通り、オビディウの娘さん(ジョルジアナ)と私の子供がクラスメイトということもあり、最後の2,3日、そして本番の3日間、結局彼の奥さ んが二人の子供の送り迎えと面倒を見てくれる事になりました。私にとってはもう「おんぶに抱っこ」で、何から何までお世話になってしまったわけです。 本番前には私もかなりへとへとになりましたが、いちばん大変だったのはうるさい子供をあずかってくれた奥さんだったと思います。(つづく)


ルーマニア報告その3 2004.11.14

 何がなんだか良く分からないうちに事が運んでしまうということが時々あるものですが、とにかくヴィルジルに言われた通りカーサ・アルマテイ(直訳す ると兵隊さんの家)という所へ一人で行って見ました。しばらく待っているとどう見ても兵隊さんとは思えない、バイオリンを抱えた一人の紳士が入ってき ました。私は思い切って自分が日本から来た事、ナイ(パンフルート)を吹いている事、練習を見せてほしい事、もし可能であれば仲間に加えてもらい一 緒に演奏したい旨をなんとか伝えました。こちらも良く状況をつかめぬまま、とにかく練習には参加して良いこと、今度フェスティバルがあるので参加出 来るかもしれない事、そして彼は私のことを知っているということを言われました。びっくりしてしまうことが幾つかあり、妻に聞いて後で分かったのです が、彼はオビディウ・バルテッシュという、このあたりでは有名なバイオリニスト兼指揮者で、実は彼の子供(ジョルジアナという女の子です。)と私の子供 が学校で同じクラスである事が判明しました。

 その時にはもちろんそのことは分からないまま練習初日、緊張して参加させてもらいました。はじめは借りてきた猫で、緊張してただ座って聴いている だけでしたが、やはりだんだんムズムズしてきて、とうとう楽器を取り出し、気づいた時にはいっしょうけんめい吹いていました。オーケストラのメンバー も始めは見知らぬ日本人が座って見ているので落ち着かなかったようですが、私が楽器を取り出して一緒に吹き始めると、もう余計な心配はありませ んでした。それにしても何と素晴らしい演奏、ツィンパロンの鮮やかなバチさばき、アコーディオンのシャープな響きなど、ただ見とれるばかりでした。そ して今この中に自分がいて、一緒に演奏していることが信じらない気分でした。

 それにしてもメンバーはどうも兵隊さんには見えない、後で分かったのですがメンバーはプロアマ混合のクルージュ市の民俗オーケストラで、今度のフ ェスティバルのために集合したそうです。そのフェスティバルというのは3日間にわたって行われ、最初の二日がコンクール、最終日は入賞者とプロの 有名な歌手や奏者によるリサイタルで、全国に放映されるとのことでした。このようなイベントにひょっこりやってきて仲間に入れてもらえるというのは本 当にラッキーなことで、紹介してくれたヴィルジルと快くメンバーに加えてくれたオビディウ氏には本当に感謝でした。しかし世の中楽あれば苦ありで、こ れから大変な状況になって行くわけです。(つづく)


ルーマニア報告その2 2004.11.6

 前回、家を探して歩き回ったこと、ヴィルジル・ミューラー氏(以下ヴィルジル)との出会いについてかきました。今回はその続きです。

 クルージュの町は四方を丘に囲まれたいわゆる盆地で、中央を流れるソーメッシュ川に沿って中心地が形成され、それを取り囲むように住宅地が丘 の上に向かって広がっています。その日はさんざん歩き回った末に彼に呼び止められ、早速彼の家に伺いました。彼の家は丘をかなり上り詰めた静 かな住宅街にありました。どっしりとした煉瓦造りの家と、800 ・の広い庭には葡萄、リンゴ、プラム、梨、そのほかのたくさんのくだものや、野菜・花が植 えられた、日本では考えられないようなうらやましい環境でした。この素晴らしい環境を一目で気に入ってしまい、早速借りることにしました。一般的に ルーマニアでは日本以上に音にうるさく、特に団地などでは2時から5時くらいまでは演奏は禁止が普通で、それ以外にも多くの制約があります。しかし ヴィルジルの家では幸いなことに好きなときに好きなだけ音を出して良いということで、願ってもない条件でした。しかも庭には色々な果物がなり、ローラ というドーベルマンの犬がおり、犬がほしかった子供にとっても素晴らしい環境を頂くことができました。このようなわけで何とか新しい生活が始まりまし た。



 ヴィルジルのことは始めは何者かよく分かりませんでしたが、後で中心地のテアトル(演劇やオペラが上演される、市の一番のホール)に入ったとき、 彼の写真が他の多くの俳優や音楽家とともに壁に貼ってあるのを見て初めて納得しました。役者といってもいつも仕事があるわけでなく、ほとんど毎日 庭で畑仕事をしたり、家の修理をしたり、ある種悠々自適の生活でうらやましい気もしました。

 自分としてはパンフルートの演奏よりも、子供の学校の送り迎えをはじめ、まず生活を成り立たせなくてはならない状態でしたが、ヴィルジルは私がパ ンフルートを吹いていることを知ると勝手に自分のネットワークであちこちに連絡をとり、色々なところに連れて行ってくれました。演劇関係の人々、オペ ラの関係の人々、そしてムジカポプラーラの関係の人々に引き合わせてくれました。そのような中で民族オーケストラに参加させていただき、テアトルで 演奏の機会を頂くことができたわけです。そのことについてはまた次回に書かせていただきますが、時々人に本当に親切にしてもらい、そのおかげで 新しい出会いや人生が開けることもやはりあるのだとつくづく思いました。彼には本当に感謝してます。(つづく)


ルーマニア報告その1 2004.11.2

 九月、十月の二ヶ月間ルーマニアに滞在しておりました。そのときの様子を少しずつ報告いたします。私のメールグループmusicapanの皆様へのメッ セージです。

     皆様へ

 大変ご無沙汰して申し訳ありません、大束です。昨日ルーマニアより帰ってまいりました。始めの予定としては逐一あちらの様子をお知らせするつもり でおりましたが、なかなか日本語を使える所が無く、結局ご連絡することが出来ませんでした。申し訳ありませんでした。ここしばらくの間に日本で起こ ったことについて僅かのニュースしか知り得ませんでしたが、帰りの飛行機で読んだ新聞から3歳の男の子が奇跡的に助けられたことを知り、一厘の 救いを感じました。

 お伝えしたいことは山ほどありどこから話して良いか分からないという状況ですが、まずはあちらで無事に家族と過ごすことが出来、子供も学校へ通 い始め、私自身も大変ラッキーなことに、民族オーケストラに加えていただき演奏させていただく機会を頂くなど、大変充実した2ヶ月を過ごさせていた だいたことを報告させていただきます。詳しいいきさつなど順にお伝えしてゆきたいと思いますが、まず始めの2週間の事です。

 家族とは5ヶ月ぶりの再会となりましたが二人とも元気で変わり無く、まずは安心しました。子供の日本語がずいぶんへんてこりんになってしまったの には驚きましたが、それも無理の無い事で、5ヶ月と言う時間の長さを実感しました。



 両親の住まいは静かな団地で、子供は元気をもてあましてうるさく、がんがんピアノを弾くとすぐに近所から苦情が来ると言う状況で、私が来るなり別 の住まいを探さなくてはならなくなりました。私自身久しぶりの滞在で、すぐに家探しということで途方にくれましたが、ここでまず手を差し伸べてくれたの は妻の教会での友人で、この地で活動されている川井勝太郎氏です。彼はもう何年もクルージュ市を中心にあちこちに足を運んで活動されており、現 地での繋がりもあり、私も大変期待しました。実際に一緒に情報誌を見てくれたり、知り合いに声をかけてくれたりしてくれましたが、やはりすぐには見 つからず、もう明日は子供の入学式と言う日になってしまいました。
 今までの経験だと、自分たちとして出来る限りの事をした上で、あとはもう神様に任せるしかないという所まで来たときに、ひょんな所から救いの手が 差し伸べられるということが良くありました。今回もこれに期待し、やはり自分の足を使って棒になるまで歩いてみようと思い、クルージュ市の主な住宅 エリアを順番に歩いてみました。東西十数キロメートルあまりの小さな町ですが、朝から歩き始め、もう日が傾き始め「やはり見つからなかったかな。」と 思いつつ両親の家に近づいたとき、やはり来ました。

 ルーマニアでも日用品、食料品を売る小さなお店があちこちにあり、そこで数人の男性がビールを飲みながら談笑しておりました。好奇心の強い人々 なので良くあることなのですが、見慣れない東洋人がトコトコ歩いて来ると案の定その中の一人が声をかけて来ました。普段良く聞かれる事を話し、こ ちらも散歩がてら家を探している旨を伝え、話し終えてしばらく通り過ぎると、別のちょっと酔っ払った渋い男性から「部屋があるからちょっと見に来い。」 と再び呼び止められました。

 ご察しの通り、結局この男性の家にお世話になることになるわけです。彼の名はヴィルジル・ミューラーと言い、名前の通りドイツ系ルーマニア人で、 後で分かりましたが実はこの地では名の知れた有名なアクトール(俳優)でした。やはり出会いと言うのはこのようなものであり、神の助けと言うのもこ のようなものだとつくづく思いました。また、ルーマニアに来た始めの1,2週間でずいぶん人のお世話、人の助け頂いたことを感謝しております。詳しい 様子や、この後のことはまた次回お伝えしたいと思います。



近況報告   2004年6月29日

 ここしばらく家に隠って楽器作りに専念していました。もう2年越しで待ってもらっている人、今年始めに注文を頂いた方などがおり、ちょっとコンサートも
中休み中だったこともあり集中して作っておりました。随分長いことお待たせして申し訳ありませんでした。また、どこまで満足していただけるか分かりま
せんが、一人一人の顔を思い浮かべながら少しずつ作業を進め、だいたい完成しました。

 自分のような生活をしていると、将来への保障とか老後の蓄えなどというものとはほとんど縁がないわけで、とりあえず子供に対する親としての責任を
果たせれば後は天にお任せと思っています。とは言え、この楽器を作るということはひょっとしたら老後の助けになるかもしれないとも思いながら作業を
進めました。実は私は結構物を作るのは好きな方なので、これはこれでなかなか良い生活だと感じております。現実的にも、これからルーマニアでの生
活が中心になるについては、やはり生活の糧を得るためにも、あちらでこつこつ楽器作りをしてゆくことになると予想されます。実際に日本での演奏は減
ることが予想されますが「まあ何とかなるさ!」と楽天的に考えてます。

 家族は向こうですでに生活を始め、もう4ヶ月目になります。始めはすぐに戻ってくる予定だったのですが、薄々予想されたようにあちらでの生活にすっ
かりなじんでしまい、しばらくは戻らないかもしれません。結局私ができるだけ早く準備を終えてあちらに行く、ということになりそうです。とは言っても8月
いっぱい予定も入っており、気持ちの上では結構苦しい部分もあります。時々後ろ向きの考えになってしまったり、子供が向こうで新しい生活をしっかりと
歩み始め、だんだんと自分から離れてしまうように感じたりすることもあります。

 しかし今与えられている状況というのもきっと何かの意味があると思うし、自分にとってはここしばらくの訓練の場だと受け取っています。楽器を作りな
がら色々なことを考えます。子供が産まれたときのこと、それからの6年間の生活、これは自分にとっての貴重な、本当に貴重な宝物のような時間だった
と思います。そしてちょっと大げさかもしれませんが、家族と、子供と何千キロも離れて暮らしていても、とにかく元気でちゃんとこの世界にいてくれてい
る、これは本当にありがたいことだと感じます。このことは最近の子供たちの不幸な出来事もあり、しみじみと感じてしまいます。

 結局今の自分の状況というのは、自分にとっての素晴らしい子供を与えてくれた妻と神様に感謝しかない、素晴らしい時間を与えられたことへの感謝、
妻の家族も皆で子供のことを愛してくれて、ルーマニアとしては最高の場を用意してくれたこと、そういう一切のことへの感謝を学ぶ機会を与えられてい
ると思います。少し大げさかもしれませんが、今の世の中、とにかく元気で仲良く暮らしてくれているだけで、それ以上のことはどうでも良いと思いつつあ
ります。

 後はこちらもしっかり働いて、希望を持ってがんばります。(予想より大きい試練を与えられることはよくあるので今後どうなるか分かりませんが、全て
は良くなるためのものだと思ってます。)

写真は姉夫婦とおばあちゃんです。


憩いの森「林の中のコンサート」2004.5.1

4月29日緑の日、地元新座市野火止憩いの森において「林の中のコンサート」を行わせていただきました。今回で7回目になりますが、大変大勢の方に
おいでいただき、素晴らしい好天にも恵まれ、感謝しております。



今回はパンフルートソロの後ルーマニアンダンスの高橋美津子さんと霞フォークダンスグループの皆さんにより実際に踊っていただきました。気持ちの
良い林の中で美しい民族衣装に身を包み娘たちのホラなどを踊っていただきました。



その後ブズキの村田松繁さん、酒井夫婦によるギリシャの音楽、次にエスニックグループモルカの素敵な演奏が続き、最後は参加者全員で故郷の合唱
で幕を閉じました。



先ほども申しましたように好天に恵まれたのがなによりで、本当に素晴らしい午後の一時でした。おいでくださった皆様、演奏してくださった皆様、どうもあ
りがとうございました。

 常日頃思っているのですが、日本ではこの季節が一番さわやかと言うこともあるし、日本のあちこちでこのようなコンサートが日常的に行われるように
なったら世の中もっと楽しくなるように思います。世の中にいわゆる音楽家といわれる人は数え切れないほどいるわけですが、それぞれの人がこの季節
近所の人に呼びかけて気軽にコンサートを行うようだと素晴らしいと思います。

 というわけで私も色々機会を見つけて出向いてゆきます。このページをごらんになっている皆さんも、ふさわしい場所がありましたら是非ご連絡くださ
い。

近況報告、憩いの森 2004.4.21

 妻と子供がルーマニアでの生活をはじめ、一人暮らしが始まりしばらく経ちました。毎日電話で話して おり、請求書が来るのが怖い今日この頃です。し
ばらく前より路上演奏も再開し、駅前や雑踏での演奏 が多かったのですが、今年も4月29日が近づき、地元新座市野火止憩いの森での「林の中のコ
ンサ ート」の準備で久しぶりに憩いの森に出かけました。 

 7年前の4月に新座市野火止憩いの森のすぐ脇の島津マンションという小さなマンションに越してき て、そのとき以来毎年4月29日に近所の人に呼び
かけてミニコンサートを始めました。子供もここで産 まれ、自分の家の庭としてよく散歩したり遊んだりしました。今年は一人だけのコンサート、そしてお
そ らく最後のコンサートになる可能性が高く、今までのことが思い出されます。 
  
   

 写真は島津マンションとベランダからの眺めです。ここはJR新座駅から徒歩5分なのに本当に静かで 安全で、ご近所の人たちもみんな顔見知りで、子
供を育てるには最高の所でした。その後現在の野火 止団地に引っ越して、こちらも平林寺を一望できて眺めは良いのですが「また島津マンションに住
みた い。」とよく子供が言っていました。やはり子供にとっては故郷であり、楽しい思い出がいっぱいの所な のだと思います。「大人になってお嫁さんを見
つけたらまた住んだらどうだい?」と言うとうれしそうな顔 をします。 

 ここに越してきて最初は周りの人との繋がりもなかったので妻とも相談し森でコンサートをすることに しました。簡単なチラシを作りご近所に1枚1枚配
り、とにかくやってみることにしました。新緑の頃は本 当に気持ちよく、ご近所に人たちにも好評で、以来毎年続けることになりました。 


 はじめの頃は一人でやっておりましたが、最近は色々の人にも協力をいただき、今までにリコーダー アンサンブル、ギター(町田文善さん)、チェンバロ
(樺沢とも子さん)との共演をお願いしました。特にチ ェンバロはデリケートな楽器で難しい面がありましたが、新緑の中に典雅な響きを奏でてくださいま
し た。 

 最近は結構遠くからお見えになる方もいらっしゃいましたが、今回は出発点に戻りご近所の方に1枚 1枚チラシを配って歩くことから始めました。そん
なわけで昨日は久しぶりにこの森に来たわけですが、 ここしばらく路上での演奏ですり切れた部分もあり、静かに森の中で吹かせてもらい自分自身少し
癒さ れました。昨年からルーマニアのダンスのグループの方々にも色々お世話になっており、今回はブズ キ奏者でギリシャレストランヨルゴスの店長で
もある村田松繁さんはじめ、ダンスの方々に来ていただく 予定です。 




近況報告、2004年4月3日 
(2004年4月3日musicapanへのメッセージです。) 

     皆様へ 

 おはようございます、大束です。こちら新座野火止4月3日の朝6時半です。桜もそろそろ終わりで、 いよいよ新緑の季節になりますね。 

 私事で恐縮ですが先日お伝えしました子供のルーマニア行きの経緯やら近況やら連絡させていただ きます。 

 子供が生まれた頃からの話になりますが、妻も仕事やら勉強やらでけっこう忙しく、私が仕事の無い 日は日中近所の森へ乳母車で連れてゆき、眠っ
たらこちらの練習、起きたら散歩という生活を保育園 に入るまで続けました。その後保育園に行くようになりますが、初め近所の園で空きが無く、自転車
で3 0分くらいかかる所に毎日のように通いました。途中に黒目川という川の土手道があり(以前ちょっと紹 介した、結構きれいな川です。)行き帰りには
良く道草を食いながら、川で遊んだり公園で遊んだりしま した。近所の保育園に移ってからも行き帰りに森で遊んだり笛の練習をしたりしました。また、
自分が 演奏であちこちに出かける事が多いので、出来る限り子供も連れて行き親のしている事を見せてきま した。(一緒にやって下さった方にはご迷
惑をおかけしました。)そのようなわけであまり子供にお金を かける事は出来ませんでしたが、一緒に過ごした時間と密度、色々な事を見せ、体験させる
ということ についてはある程度できたと思っています。 

 子供自身がもって生まれた性格、個性というものが確かにあるようで、まあ好奇心が強く人なつこい 性格で、周りの人間を楽しませることにかけてはあ
る種の才能があるようです。(その点ではラテンの 血を引くルーマニア人かもしれません。)それで親戚の音大の先生であるコスマ氏が引っ張りあげてく 
れた形で、音楽学校でみっちり勉強することになりました。学期は9月からという事で安心してた所、も う4月から準備のレッスンが始まるという事で夏休
みまでは日本に帰れなくなりました。(とは言ってもル ーマニアの夏休みは6月からです。) 
 色々の意味で寂しい部分はありますし、こちらも我慢をしなくてはならない所もあります。また一番寂 しがるのは日本のおばあちゃん(私の母です。)な
のですが、やはり子供が機会を与えられ将来への可 能性が広がるのであれば、一番ありがたい事かもしれないと思います。 

 ところで先日から路上演奏を再会しました。以前は良くやっていましたが「先生」と呼ばれるようになっ た頃からいつしか遠ざかっていました。あの頃は
同じような連中と一緒に、成り上がりたい一心の馬の 骨として、あちこちでやっていたのです。その頃出会って今でもおつきあいさせてもらっている人も
結構 います。(今回ライブをご一緒させていただく尺八の藤由越山氏もその一人です。)子供がこれからサラ ブレッドとして育てられるに際して、馬の骨
の親としてはもう一度恥も外聞も捨てて出発点に戻る必要も 感じました。だんだんカッコを付けたり、偉くなったような錯覚に陥っている自分を発見し、初
心に戻り、 ご祝儀を頂き感謝し、CDを買っていただいて感謝するという所に戻りたいと思ったのです。実際にCD を買っていただきお金を頂く事、買って
くださった方の家で CDの音が鳴り響いているであろう事は大変 ありがたくうれしい事だと感じてます。先日も書いたように「日本全国津々浦々一家に一
枚」を目標にし てます。これからあちこちに出没すると思いますのでその折にはよろしくお願いいたします。(何をお願 いするのでしょうか?) 
 今回は大分長くなってしまい申し訳ありませんでした。長いついでにルーマニアに行く前の子供の写 真を記念に載せさせていただきます。新座ホットプ
ラザ、そして保育園卒園式のあと森で撮った写真で す。 

   


 明日の事は分からない 2004年3月21日 

 今日奥さんと子供が里帰りでルーマニアに出発しました。というような事を書くと皆さん心配してくださ りますが、今回は大丈夫、今年は子供が保育園を
卒園し小学校入学前にルーマニアのおじいちゃんお ばあちゃんに会いに行く事が一つの目的です。しかしもう一つの目的があり、妻の伯父さんというの
が ブカレスト音大の偉い教授で、「子供にちょっと見所がありそうなので音楽学校に入れるかどうか見て やろう。」ということになり、簡単に言うとレッスン
と試験を受けに行ったわけです。本人には「ルーマニ アの先生がピアノを聴きたいと言っているので普段通り聴かせてきてごらん。」とだけ言っておきま
し た。子供自身は4月からは新座の自宅のすぐそばの小学校へ行くつもりでいるし、我々親もそのつもり でいたのですが、とにかく一つの経験として試
験を受けに行かせることにしました。 

 ご存じの通りルーマニアという国はいろいろ大変な部分、厳しい状況もあるのですが、こと芸術、アー ト、体操や演劇等については常に高いレベルにあ
ります。民族的な天性もあると思いますし、国として も力を入れているわけです。従って普通に考えるとちょっとピアノを弾き始めて得意になっているレベ
ル では歯が立たないので全く心配しておりません。とは言え、もし万一行くことになった場合(音楽学校と 言っても普通の学科を学び、プラス音楽も学
ぶ、と言うところです。)我々の日本での生活はひとまず終 わりになるわけで、「それではどうやってルーマニアでの生活を成り立たせるか。」「妻と子供
はルーマ ニア、旦那は日本から仕送りか。」「そもそもそんな小さな時から音楽学校に入る事が本人にとって良 いかどうか。」などなど全く先行き未知数
の状態です。 

 結局現時点で至った結論としては「子供の人生を決めるのは親ではない。全て神様に任せて一番良 いように仕組んでもらうしかない、そもそも自分達
の人生についても自分達で決める事はほとんど出来 ないわけだし、人生において生じてくる出来事については出来るだけ決めつけないで、まず受け入
れて みよう。」ということになりました。「今までの自分達も全くどうなるか分からない状態でここまで来てしま ったのだから、これから先、明日の事でさえ
も本当はどうなるか分からない、でもきっと何とかなるさ。」 と開き直りました。幸いなことにルーマニアの新学期は9月なので少しだけ時間の猶予が与え
られてま す。 

 昔は九州の人が北海道に住むというのは大変な事だったと思います。また、昔はルーマニア人が遠 い日本に嫁に来るというのは、もうこの人生では
親とは会えないくらいの覚悟だったかもしれません。そ う思ってルーマニアのおじいさんは妻が日本に戻る時にいつも泣くわけです。しかし今はちょっと
大きな 休みがあるとすぐに帰る事が出来ます。だから将来は「ちょっと日本に仕事に行ってくる、あさっての夜 には帰る。」位の感覚になるかもしれませ
ん。そう考えるとルーマニアでの生活も可能性として、選択肢 としてあり得ると感じてます。しかしそのためにはもう少し稼げるようにならないといけませ
んね。


ルーテル東京教会コンサート 2004年3月2日 

 去る2月25日、新宿のルーテル東京教会でギターの町田文善さんとのデュオコンサートを行わせて いただきました。今回はそれぞれの持ち味を十分
に発揮できるよう、デュエットとともに二人のソロにも 多くの時間を当て、それぞれ今まで暖めていた曲を持ち寄り、かなり気合いのこもったコンサートで
し た。使わせていただいたルーテル教会は本来祈りの場であり、しかも響きも大変素晴らしい所です。 

 コンサートにプライベートな部分はできるだけ持ち込まないのが筋ですが、実はしばらく前より町田さ んのお母様の容態が思わしくなく、ちょうどコンサ
ートの二日前に静かに息を引き取られました。コンサ ートが終わるまでお母様にはゆっくり待ってもらうという町田さんの決心により、予定通りコンサート
が 行われました。私としても中途半端な言葉よりも、一緒に会場に来て演奏を聴いてくれているであろう お母様へ送る気持ちで心を込めて演奏させてい
ただこうと思いました。 

 自分自身の演奏に関しては、技術的なことはさておき、これから旅立つ魂への想いだけは込められ たような気がします。おいでくださったお客様との
一体感もあり、なにより町田さんのソロは大変素晴ら しかったです。お母様への色々な思いを演奏に集中し、晴々と弾ききった姿には脱帽しました。聴
いて くれているお母様へのなによりの贈り物だったと思います。 

 このコンサートは演奏する側二人にとっても思い出に残る特別なコンサートでした。また、この時この 場所に共にいてくださったお客様にも心から感謝
したい気持ちです。この世を卒業した人にはまた次の 学校があるのだと思いますが、なかなか卒業できない自分たちはせいぜいこの世でがんばりたい
と思 います。


録音するという事  2004.2.16 

 今までに何度かスタジオでの録音作業に参加したり、今回のシャコンヌのように全くのソロの曲の場 合でも、録音するというのは普段のライブ演奏とは
また違った難しさがあります。本来ならセーノの一発 録りで十分にイメージどおりの演奏が出来るのが当然で、それが出来てこそちゃんとして演奏家で
ある という建前があります。しかし現実には普段と違う環境で一通り最初から最後までミスなしに通さなけれ ばならないというプレッシャーなどから、なか
なか思うような演奏が出来ないという現実があります。 

 最近は機材が進歩し、デジタル録音で好きなだけテイクを録り、必要があれば各テイクの良いところ だけを切り張りして一曲を仕上げるという事も簡単
に出来ます。また良い演奏だったがちょっとだけミス をした場合、その部分だけ差し替えたりする事も簡単に出来ます。 

 このようにテクノロジーの助けを借りれば、以前とは比べ物にならないくらい容易に一曲を仕上げる 事が出来るわけなのですが、しかしそこで「ちょっと
待て!」となります。「いったい自分は何を録音し、 何を人に聴いて欲しいのか?」「何度も途中で止まり、継ぎ接ぎしながらやっと最後までたどり着いた
よ うな演奏を誰が聴きたいか。」そして演奏が始まると音の流れと共にある種のエネルギーが流れ出す のですが(これは一般に音霊と呼ばれる)、継ぎ
接ぎしたものはその都度ぷつんぷつんとエネルギーの 流れが切れているわけです。これは普通の人には分からないし、実際に鳴っている音響しか聴か
ない 場合にはほとんど問題にはならないかもしれませんが、例えば耳の鋭い子供とか、音波の奥に流れ出 すエネルギーを感じる事の出来る人にとって
は、まさにフランケンシュタイン状態の代物になります。 

 演奏なり作品なりから放出されるエネルギーについて言えば、例えば書家が気合いを込めて一気に 書き上げたものからは目に見える作品の奥から
勢いとか流れとか生き生きしたエネルギーが放射され るわけですが、例えばパソコンソフトでドットを集合させてその書家の作品を模写した場合、ちょっ
と目 には同じに見えても実は全く別のものであり、エネルギー準位で言えば雲泥の差があるわけです。同 様に気合いを込めて一発録りした録音と、フラ
ンケンシュタインではちょっと聴いただけでは同じでも、 分かる人には全く別のものな訳です。 

 結局どんなにテクノロジーが進歩し機材が進歩しても、最後は人間の本来持っている力がポイントな のだと思います。テクノロジーの助けを借りるにし
ても消極的な演奏を継ぎ接ぎするような使い方では なく、十分に氣の乗った演奏がいくつかあったとして、その良いところを選ぶとか、良い演奏だったが
ち ょっと傷があった場合、その部分を修正するくらいの使い方が現実的かつ良心的かもしれません。 
  
 音楽の流れについて付け加えると、パンフルートの演奏というのは、吹きながら管の位置が見えない ので常に音を外すかもしれないという危険と隣り
合わせの状態にあります。そこで陥りやすい状態とい うのは吹きながら曲の途中でちらちら楽器を見たり、フレーズの途中でちょっと大きな跳躍がある
と楽 器を一旦顔から離して、ポジションを確認してから吹き直すような状態です。 
この状態というのは聴く側からすると大変不愉快なものです。ちらちらやる度に音楽の流れがぷつんぷ つんと途切れ、奏者の自信の無さが露呈してしま
います。一旦曲が始まったら終わるまで楽器を見な いくらいの心構えが望まれます。(楽器一つ自分の身体の一部にするのは本当に大変なのですが、
普 段から心掛けているとだんだん身についてくるものです。)

 コンサート報告 2004年1月30日

メールグループmusicapanへのメッセージです。 

     皆様へ 

 こんにちは、大束です。2、3日前から急に暖かくなりましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。ここ 数日の間にいくつかコンサートを持たせていただい
た中で、ちょっと思ったりした事をお伝えいたしま す。 

 ちょうど1週間前の土曜、地元の新座ほっとぷらざでチェンバロの徳富圭子さんとの共演で演奏させ ていただきました。使用したチェンバロはやはり地
元志木在住のチェンバロ製作家、リコーダー奏者で もある柴田雄康先生が製作されたものでした。前半はイタリアの歌やコレルリのソナタなどを落ち着
い た感じで、後半はルーマニアのダンスを中心にやや元気の良い、ちょっと気合いも入れたコンサートで した。 
 主催は先日お伝えしたようにこれも地元の学習塾の塾長の兼岡さんという方で、リハーサルの時など 徳富さんと3人で今の教育の現状の話になってし
まいました。自分もこれから小学生に上がる子供が いるのでとても切実な問題です。問題は山積しているわけですが結局今の社会全体の状況が教育
の 現場にも、子供達の世界にも入り込んでいるわけなのですね。大人の生き方を変えてゆかないと、そし て大人の考えを変えてゆかないといけないで
すね。青少年にたばこをやめさせるには、先ず大人や先 生がやめないとしょうがないですね。 
  
 その後の水曜日は川口リリアのイベント広場で川口市の音楽担当の先生方対象の講演会(実はミニ コンサート)始めは学校の音楽の先生方対象とい
う事でちょっとプレッシャーもあり、「先生モードで聴か れたらたまらんな。」という思いがありました。この日はいつも一緒に弾いてもらっているギターの町
田 文善さんとの共演で、途中で切っただけの竹を1本ずつ先生方に吹いてもらったり、子供でも吹けると いう事を分かってもらうという名目でうちの子供
にも1曲吹いてもらいました。そして結果としては先生方 にも結構楽しんでいただけたようで、とてもうれしく思いました。 

 この時も前半はカッチーニのアベマリアなどの静かな歌、春の海やギターソロ、後半はルーマニアの 曲の後パンフルートでシャコンヌを吹きました。先
日も書いたようにもともと私もギターを弾いており、高 校生の時アンドレスセゴビアの演奏をレコードで聴いてスイッチが入ってしまった事がありました。ま
た リコーダーのフランツブリュッヘンがバッハのソナタやパルティータを編曲しており私も以前から少しず つ練習しておりました。しかしある時仲間のピア
ニストが「そのうちシャコンヌもやって。」と皮肉まじりに 言ったのが運の尽きで、昨年の今頃から本気で取り組み始めました。どのキーで吹くか、主旋律
は何 とかなるとして、分散和音はどうするか、重音奏法はどうするか、これも問題山積でしたが、あれこれや っているうちに何とか形になってきて、そろ
そろ人に聴いてもらう時が来たかなということになりました。 

 よく聞く言葉で「うまく出来るようになったらお見せします、もう少し練習したら聴いていただきます。」と 言う事があります。確かにいい加減な状態で聴い
てもらうのはお客様に対して失礼で、ちゃんと出来上 がったものを聴いてもらうのが当然なのですが、「しかし本当はちょっと違うな。」と言うのが最近の
考え です。完成するまで待っていたらその前にじじいになってしまう。ある程度しっかり練習し、しっかり準備 できたら、ある段階で人に聴いてもらい、し
っかりと批評してもらうというプロセスがどうしても必要だと 言う事です。子供を見ていてもそうですが、何かをやってみようという気持ちになった時に必要
なのは、 「大丈夫、出来る、とても良い。」という励ましの言葉と波動ではないかと思います。栄養と言うのは物質 的な食物だけでなく、言葉や思いの波
動というものも含んでいるようですね。つまり、楽器を吹くにして も、何か他の事でも、ある程度自信がついたらどんどん人前に出て行って聴いてもらい、
批評してもら い、時に恥も進んでかくという事も必要かなと思います。いくら恥をかいても、そのお陰で世の名曲に参 与できるなら生きているうちにたくさ
ん恥をかいた方が良いかもしれませんね。 
 つまりそんな思いで、ちょっとお客様にも助けていただき、ここしばらくは各コンサートで吹かせていた だきたいと思っています。ところで演奏の出来で
すが、1回目のホットプラザではやはり曲の大きさと、 初演のプレッシャーに負けました。2回目の川口リリアでは少し落ち着いて演奏できました。自分な
りに は、もう少しなじんでくればきっとパンフルートの素晴らしいレパートリーになり得ると密かに確信してま す。 
 この川口のコンサートを主催してくださったのは森山敏晴氏という音楽の先生です。しかし実は彼は 高校の時の同級生で以前からお世話になってまし
たが、今回この素敵な企画をしてくださり大変感謝し てます。やはり話は現在の教育の現状に関するものになってしまい、教師の立場からいろいろ話を
聞 かせていただきました。もうこうなったら、自分のような社会的な無(能)力者も、学校の先生も、塾の先 生もみんなで協力して子供達の事を考える時
期に来ているのかなと思いました。 

 大分長くなってしまいましたが、もう一つ、昨日群馬は前橋のLove songという素敵なお店で、これも町 田さんとの共演でライブを行わせていただきまし
た。普段は町田さんはもの静かで、パンフルートのや かましい演奏でもしっかりサポートしてもらっているのですが、この日はそれぞれのソロを多めに演
奏さ せていただき、ギターソロは相当なものでした。いつものタンゴアンスカイも素晴らしかったですが、今 回これも彼としては初演で「Sun burst」この曲
はコマーシャルでお聴きになった人も多いらしいですが、 テレビの無い生活をしている私は初めて聴きました。まさに雲の切れ目から日の光が差し込ん
でくる時 の情景が鮮やかにイメージされた素晴らしい演奏でした。 

 本当に長くなってすみませんでした。今回はいくつかコンサートが続いたもので長々と書いてしまいま した。何度もお知らせをさせていただいてますが、
明日31日3時、渋谷ツインズヨシハシでライブがあり ます。まだ席があります。(これだけしつこく宣伝しているところを見ると、お客さまを集めるのに相
当苦 労しているのかもしれませんね。)要予約ですが、飛び込みでも結構です。素敵なお店です。シャコンヌ はともかくとして、町田さんのソロも聴きもの
です。 

それではまた!

中田家コンサート 2003.10.22(musicapanへのメッセージです。) 

  皆様へ 

 大束です。今日は朝からあいにくの雨でしたが、皆様いかがお過ごしですか。 
今日の午後、大泉学園にある手作り洋菓子のお店「中田家」においてコンサートが行われました。手作 りのケーキやチョコレートがきれいに並べられた
お店の二階が会場で、パンフルートのみの演奏で一 時間のコンサートでした。簡単なご報告と大泉学園と新座市の境を流れる黒目川という小さな川に
つい て少し書かせていただきます。 

 コンサートの曲目はルーマニアの曲をいくつか、その後今回もバッハのパルティータからプレリュー ド、ルール、ガボット、赤とんぼやもみじなどの秋の
歌を演奏しました。毎度の如くバッハの曲をパンフ ルートで吹くというのは大きなプレッシャーもあるし、ある程度お客さまにも頑張って聴いてもらうという 
状況になりますが、そのような機会を何度か繰り返しているうちに少しずつ自分のものになって来る実 感はあります。今回もお客さまは本当に集中して
聴いて下さり、全くのソロというのも大変興味深い形で あると認識しました。聴いて下さったお客さま、どうも有り難うございました。 
 ところで、この中田家ですが、大変おいしいです。私がプロフィールにチョコレートが好きとそれとなく 書いておいたところ、コンサート後に手作りチョコレ
ートとケーキを出して下さり、大変満足しました。お 店もきれいで、店長の話によると今後面白いコンサートをどんどん考えていくとの事ですので期待して 
下さい。 
お店のホームページは以下のアドレスです。 
http://www2.odn.ne.jp/nakataya/corpo.html 

 もう一つ今日書いておきたかったのはこの地域、新座、大泉学園(練馬区)、朝霞市、和光市の境に 当たる地域の事です。それぞれの町は武蔵野台
地上にありますが、その境を侵食する形で流れる黒 目川という小さな川があります。ほとんど知られていない小さな川ですが、首都圏としては大変水の
き れいな川です。以前はかなり汚れていたそうですが現在は透き通った水がさらさら流れ、水草が繁茂 し、周囲からは湧き水が流れ込んでいます。飲
める水とは決して言えませんし確かに生活排水も流入 してますが、湧き水のお陰もあり自浄作用がまだまだ働いているようです。子供達と一緒にジャバ
ジャ バと水に入って遊べるだけの水質は保たれています。最近は鮎も遡上しているそうで、川の両側は気 持ちの良いジョギングコースとなっています。
川に沿って大小いくつか公園もあり、子供とよく遊びに来 ます。ちょっと離れたところにも大泉中央公園、和光樹林公園、児童館と老人福祉施設を兼ね
た新座 市福祉の里、おまけにその隣にはかなり広い新座市霊園もあり、まさに揺りかごから墓場までそろって いるところです。もしこの地域においでの
時には少し遊んで行って下さい。 

以上、今日はとりとめの無い事を書かせていただき、すみませんでした。ところでコンサートがいくつか ありますのでそちらの方もよろしくお願いします。
詳しくは下記ホームページを御覧下さい。 
それではまた。

ある日のコンサート 2003.9.21 

 これはある女性刑務所でのコンサートの後、musicapan(メールグループ)の皆さんへ配信したメッセ ージです。 

  皆様へ 

 たびたび連絡で申し訳ありません。昨日は普段と違うところで演奏させていただきましたので、その報 告をさせていただきます。栃木県内の、ある女性
刑務所において演奏させていただきました。3年ほど 前に一度伺い、今回で2度目になります。今までに何度もお世話になっているビアノの小久保先生
と2 人でのミニコンサートでした。周辺はのどかな田園地帯で、所内も静かで落ち着いて、時間が規則正し く流れてゆくようで、まるで今まで何度か足を
踏み入れたことのある修道院と同じような空気、ある意味 では対極にあるものかもしれませんが、何か共通した時間の流れを感じました。 

 このようなところでの演奏の場合特別に意識したり、特別なことを話したりというようなことは極力避け て、淡々といつものように笛の音色を響かせ、も
し感じてもらえるなら、それぞれの人にそれぞれ感じて もらうという思いで演奏しました。体育館のような所に数百人、若い人、年配の人、すべて女性、
その周 りには教官たちが周りを取り囲むという状況です。案の定始めはどこかよそよそしい雰囲気、無表情な 反応、しかしこちらも吹きながらどうしても
それぞれの人たちの、ここに来るまでの人生、それぞれの人 たちの子供時代、楽しかったこと苦しかったことなどに気持ちが移り、プログラムの最後の
方での日本 の懐かしいメロディを吹くころには、演奏する側も聴く側も一体となった、特別な瞬間を体験させていた だきました。自分がこの楽器を吹くよ
うになり演奏させてもらっていること、いろいろな所へ出向いてゆ き、音色を聴いてもらうこと、いろいろな人との出会い、やはり全ては神様の絶妙なアレ
ンジの中で生 かされていることをはっきりと再認識させてもらう1日でした。所内の皆さん最後まで聴いてくださりあり がとう。小久保先生いつもピアノを
弾いてくださりありがとう。

   いつ、どこで練習するか 2003.9.10

 まだ夜が明けたばかりの早朝、水筒にコーヒーを入れ、自転車ですぐ近くの野火止野鳥の森公園に行き練習を開始する。数年前平林寺のお膝元新
座市野火止に転居して以来、これが日課となっています。そもそものきっかけは、借りていた部屋の周辺が静かな住宅街で、かなり大きな音が出るパン
フルートの練習は禁止という厳しい状況のためでした。

 コジュケイ、カッコウ、ウグイス、もちろんカラスも、それぞれの季節の鳥の声を聴きながら、時にはスズメバチの恐怖におののきながら、周辺の人にも
あまり迷惑をかけずにかなり集中して練習できるのは本当にありがたいことです。このパンフルートという楽器はつくづく野原、森のような屋外の楽器で
あると思い知らされます。立派なコンサートホールではもちろん素晴らしく響くのは当たり前ですが、この楽器の音色が森の中を通り抜けるときの音と比
べるとやはり色褪せてしまうように感じます。ギリシャに由来し、ルーマニアの羊飼いの間で伝わってきたこと、神への祈りの笛として用いられてきたこと
もうなずけます。

 この地に越してから、少しずつ大束の音色が変わってきたと時々言われます。実際の所、部屋の中での響きと比べ音が立体的に聞こえるような気がし
ます。単に残響があるとか無いとかにとどまらず、木々にこだまし、葉っぱの間を通り抜けるために音が空間に留まっているような感じがあります。しかし
そのような実際的な響きに留まらず、日々森の気というものが少しずつ自分に対して働きかけているようにも感じます。

 普段のコンサートにおいて、この森の中での特別の時間を聴いてくださるお客様にも感じてほしい、そのような気持ちで演奏してます。どこまで実現でき
ているかは疑問ですが、私の演奏スタイル、個性の一つとなっているのは確かだと思います。



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