パンフルート、ルーマニアのことなど 

パンフルート(ナイ)という楽器について 

 パンフルートはギリシャ神話の牧神パンに由来すると言われる、いわゆる葦笛の一種です。冒頭の写真のように竹 や葦のパイプを音階順に並べて吹
くと言う最もシンプルな構造の楽器ですが、その音色は一度聴いたら決して忘れる ことのできないような美しいものです。現在は東欧のラテン国ルーマ
ニアを代表する民族楽器として多くの人に親しまれ ています。(いくつかの呼び名があり、シリンクス、パンパイプ、そしてルーマニア本国ではナイと呼ば
れています。また アンデスのフォルクローレにおいて使われているサンポーニャとも同じ仕組みです。) 
 

 始めに述べたギリシャ神話の事をもう少し詳しく言うと次のような話になります。「ある時牧神パンは美しい妖精シリン クスを見染め、なんとか自分のも
のにしようと追いかけた。しかしシリンクスはなんとか逃れようと必死に逃げまどった。 そしてとうとう水辺に追い込まれてしまい、最後には岸辺の葦に姿
を変えてしまった。嘆き悲しんだパンはその葦を束 ねて笛を作り、彼女を忍んで吹いた。」このような話からパンの笛、つまりパンフルートと呼ばれるよう
になったわけで す。それが現在のルーマニアの民族楽器として伝わっていることについては、はっきりしたことは分かっていませんが、 一つの可能性と
してはギリシャからローマへ、そしてローマ人が先住民族であるダチア人と混血してルーマニアの民族 ができた時に、このパンフルートも一緒に伝えられ
たとも考えられます。あるいはルーマニアにおける<ナイ>と言う呼 び名からして、結局のところエジプトの方から伝えられたとも考えられます。 

 楽器の構造としては至ってシンプルで、竹や葦等のパイプを音階順に並べて吹くというものです。各管の底は閉じら れており、ちょうど万年筆のキャッ
プやビールビンを吹くと音が出るのと全く同じ仕組みです。かつては管の本数も少な かったようですが、現在はG管が基本で音域も3オクターブあるいは
それ以上と、かなり広い音域をもっています。基本 的にG管であるため、それ以外の半音を出したり転調する場合には、楽器に吹き込む息の角度を自
分で調節して音程 を作ります。ついでながら、この楽器をもっと大きくし鍵盤を介して送風する機械をつけると、巨大なパイプオルガンにな るわけです。 

 音色的には低音域、中音域、高音域によってかなり違いがあり、それぞれがこの楽器の独特の表情を顕し、また奏 者の技量にもよりますが、かなり
幅の広い表現が可能です。言葉で表すよりも実際に聴いてもらうのが一番ではありま すが、陽と陰、激しさと穏やかさ、また西洋の音と東洋の音という
ような多面的な表情を持っています。またある人の言 葉によれば、遠い昔に聴いたことのある音、生まれる前にどこかで聴いた事のある音、とのことで
す。実際のところ音 を作ること、音程を取ること、離れた位置関係をつかまえること等の点で、それほど易しい楽器ではないかも知れませ んが、目で見
ても音色の点でも大いにイマジネーションをかきたてるものを持っている楽器ではあると思います。 

 ルーマニア本国においてはムジカポプラーラ(ルーマニアの伝統的なフォルクロア)の中で使われています。一般的に は民族オーケストラの中で他の
楽器の中に混じって使われ、時に応じてソロを取るというような感じです。ちょうど日本 の伝統楽器である尺八がそうであるように、ルーマニア人なら誰で
もパンフルート(ナイ)の音色に馴染んでいるわけで すが、かと言って皆がこの楽器の事を良く知っているというわけでもありません。そしてこの楽器の持
っている非常に大 きな可能性については、ほとんどのルーマニア人およびパンフルートの奏者においても、あまり認識されていないように 思います。実
際のところザンフィルやシメオン・スタンチュウ、カタリン・テュルコレア等の何人かの演奏家が本来のムジ カポプラーラを土台として、バロック音楽・クラ
シック音楽・ジャズ等の分野において、この楽器の秘められた可能性を 引き出しつつあると言えます。 

ルーマニアという国 

 私が初めてルーマニアを訪れたのは1990年の夏で、ちょうどチャウシェスク時代が終わったすぐ後の時期でした。そ れ以来何度かこの国を訪れる機
会があり、その都度世の中の空気も変わってきていると感じています。専門的なこと についてはそれにふさわしい本などを読んでもらうとして、私の個人
的な認識を含めて大まかではありますが、少しこの 国について書いてみたいと思います。 ルーマニアはヨーロッパの東端に位置しており、北部はウク
ライナ、東は黒海、 西はハンガリー、南はブルガリアに接しています。基本的にハンガリーは東方に由来するマジャール系であり、それ以 外の国は基
本的にはスラブ系の国です。 
 


 それに対してこのルーマニアは基本的にラテンの血を引いており、歴史的にも文化的にも、ローマの血を引いている ということがこの国の特殊性を表
し、また人々のアイデンティティーの基にもなっているようです。大まかな歴史として、 古来この地にはダチアという種族が住んでいましたが、ローマ時代
にローマが周辺に拡大し、その東端としてこの地ま で到達しました。ある時はダチアと争い、ある時は融和し混血し、このルーマニア(ローマ人の国とい
う意味)の基がで きたといわれています。その後様々な国の侵入があり、中世以来400年間トルコの支配、その後のオーストリア・ハンガ リー帝国、ロシ
アの圧力など常に外国の影響力のもとでしぶとく生き延びてきた国です。 

  言語 

 言語は基本的にはルーマニア語です。この言葉は様々な影響を受けつつも基本的には全くラテンの言語であり、文 法的にも、種々の単語にしても、ラ
テン語、そして現在のフランス語、イタリア語などと非常に近い関係にあります。いく つか例を挙げるとBuna ziua!(ブナ ジウア こんにちは!)Soare(ソ
アレ 太陽) Puine(プイネ パン) Existanta(エグ ズィスタンツァ 存在) Fug(フグ 走る)etc.そしてたとえばルーマニア人とフランス人、ポルトガル人な
どは互いに相手 の言っていることについてかなりの程度まで理解することができるようです。私も初めてルーマニア語の夏期講習を受 けたとき、一緒に
いたスペイン人がほとんど勉強していないのにちゃんと授業を理解しており「かなわないな!」と思っ たものです。先に言ったようにこのラテン人としての
言語的なつながりをルーマニア人自身も誇りにしており、心の支え としていると言えます。 

  人々 
 大まかに言ってしまうと、いわゆるルーマニア人、ハンガリー人、古い時代からのドイツ系の人々、ユダヤ系の人々、 トルコ系の人々、それにいわゆる
ジプシーの人々、その他いろいろな人間が住んでいます。それぞれの人種によって 気質、文化とも違うわけで、一言で言えるものではありません。しか
し人々から受ける一般的な印象としては人なつこく 陽気、親切、あまり細かいことにはこだわらない、愛情深い、というようなことがあるかも入れません。
チャウシェスク時 代の暗いイメージとは異なり、新しいものに対する好奇心が強く、日本人に対しても色々と聞いてきたり、田舎でも都会 でも何かと言っ
ては家に招いて食事やワインを出してくれたり、というような感じです。 



 また家族の結びつきが強く、時々マフィア映画のファミリーと同じような印象を受けるときもあります。また日本人が受 けるカルチャーショックとしては、
かなり時間にルーズのようであり、例えば1時に会う約束をしても、2時3時になるのは ごく普通であり、相手も別に怒ったりしないというようなこともあり
ます。 

  風土・自然 

 私自身はまだブカレスト周辺、シナイアなどのカルパチア山脈のいくつかの町、それに妻の出身地であるトランシルバ ニア地方のいくつかの町くらいし
か訪れていません。この少ない経験ではありますが、私にとってはこの国の風土は何 ともなつかしく、日本に帰っても時々写真などを眺めたりしていま
す。この国の緯度はだいたい北海道と同じくらいであ り、日本人の感覚としては北国です。夏はさわやかな風が吹き、冬は時としてマイナス30度位にま
で下がります。どこま でもなだらかな丘が続き、ブドウ畑や麦畑、ひまわり畑が広がり、羊が群をなし、山岳地方は急峻な山がごく当たり前 にあります。 



 私の個人的な印象としては、日本だったら尾瀬や日本アルプスなどまでわざわざ行かなければ見ることができないよ うな風景・高山植物などを電車の
車窓などからごく当たり前に見ることができます。さわやかな風の中で小さな可憐な高 山植物のような花が本当にさりげなく揺れているのがとても印象
的で、この国の不便さや面倒なことなど忘れさせてくれ ます。華やかさや便利さを期待する人にとってはつまらないところかも知れませんが、特に田舎の
風景というのはすば らしいと思います。 

  いろいろ 

 私自身がこのルーマニアという国とそこに住む人々から受ける印象などの中で興味深く感じられることなど、少しずつ 書いておきたいと思います。 

 宗教は基本的には東方教会の流れを汲むルーマニア正教会が多数を占め、そのほかカトリック、プロテスタントなど があります。数十年の共産党支
配にも関わらず、日々の生活の中に宗教的な伝統が色濃く息づいていると感じます。 特にクリスマスやイースターなどの行事は今でも大切な生活の一
部となっています。ただ、私の個人的な印象としては、 確かにルーマニア人は自分たちを正当なキリスト教徒であると自認し、その伝統に従いクリスマス
やイースターを祝う 訳なのですが、どうもそのメンタリティーというか深層心理については少し異なったものがあるようにも思います。 



 例えば田舎の方では魔女のようなおばあちゃんたちが占いをし、自然界の精霊を信じ、クリスマスにはちょうど秋田 県のなまはげのようなものがあっ
たり、樅の木を切ってきてクリスマスツリーとして家に飾ることそれ自体をとても重要 視していたりというようなことがあります。これは考え過ぎかも知れま
せんが、ルーマニア人の起源にさかのぼれば、ロ ーマが侵入してくる以前のダチア人の血というものが深いところに息づいており、気づかないうちに
時々表に出てくるの ではないかとも思います。しかしこの事はなにもルーマニア人に限ったことではなくて、我々日本人にしたところで、一応 自分たちを
基本的には仏教徒が多数を占めている国と認識し、葬式やお盆などの儀礼に従って生きていますが、その 深い部分では仏教が入ってくる前の原初的
な原理に従って生きているということもあると思うわけです。また、ルーマニ アの町並みは基本的にはヨーロッパ的であり、レンガや石造りのどっしりした
建造物が一般的です。しかし少し田舎に 行けば教会の造りにしても家の造りにしても古来からの木の文化を感じることができます。そして日本人として
何かほ っとするものを感じるのも気のせいではないと思いますし、近親感を感じるのも事実です。この事も上で述べたことと関 係があると思われます
し、案外日本人とも近いものがあるようにも感じています。 


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