はぐれコキリコ


「はぐれコキリコ」のパッケ−ジ
平村相倉集落

 現在、平家の落人伝説、世界遺産の合掌集落で知られる越中五箇山を舞台に故郷を捨て旅立った男性への思いを断ち切れない、女心の切なさを歌った曲「はぐれコキリコ」が大ヒットしています。 歌うは民謡歌手出身「成世昌平」(なるせしょうへい)さん。 作詩は大阪出身の「もず昌平」さんと作曲は富山県新湊市出身の「聖川湧」さんのコンビです。
  一.立山に両の掌(て)合わせ せめて便りが 噂が欲しい
     まだ未練たち切れないとなぜなじる 越中 雪の湯の町で
       おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
  二.筑子竹 二人で鳴らし 思い焦がした十九と二十歳
     あの春を忘れた人のにくらしさ 情けの峠越しかねて
       おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
  三.盆が過ぎ 笛の音太鼓 それに鍬金きくたび想う
     ふるさとを見捨てた人の身の上を 茜に染まる空見上げ
       おんなが歌う ああ はぐれコキリコ
元々、「コキリコ節」は富山県五箇山の民謡として唄い継がれ、9月25日・26日、平(たいら)村上梨にある白山宮境内で「こきりこ祭り」が行われます。 この時に「こきりこ節」の郷愁を誘う美しい旋律が周囲の山々にこだますると云われます。 この「こきりこ節」の起源は、平安時代の荘園開拓時に踊った田楽が起源とされ、「ささら」、「板ささら」、「筑子」など、往時のままの珍しい楽器を鳴らしながら踊る郷土民謡なのです。 「烏帽子」、「狩衣」の独特の衣装が印象深く、「ささら」がザザッと鳴れば、遠くいにしえの世に思いをはせることが出来るとも云われています
「こきりこ節」
筑子竹(びんざさら)
摺りざさら
鍬金(くわがね)
 祭りでは、「奉納獅子舞」や「奉納こきりこ」、越中八尾おわら保存会と越中五箇山こきりこ唄保存会等の舞台競演なども行われ、城端から五箇山・平村へ、情緒漂う民謡に酔いしれる季節を迎えるようです。 「こきりこ節」に使われる楽器の数々ですが、「板ざさら・びんざさら」は短冊型の薄い板を数十枚合わせたもので、両端を持って音を出します。 五箇山では、百八枚の板を編んだもを使いますが、これは「百八煩悩」を払拭(ふっしょく)するという意味があるようです。
 「棒ざさら・摺りざさら」は田楽などで用いる楽器の一種と云われ、竹を細かく割って束ねたもので、これをささらの子にこすり合わせて音を出します。 また、「筑子」は筑子竹(ちくしたけ)に鼓する一種の楽器で、放下師(大道芸人の一種)が用い、五箇山では「すす竹」を七寸五分に切り指先で廻しながら打ち鳴らすと云われています。 最後に「鍬金(くわがね)」ですが、田畑を耕す鍬(くわ)の先に紐(ひも)を付け、楽器として使用しています。 これも田楽としての特徴的な楽器です。 これら「こきりこ節」に使われる楽器の数々も「成世昌平」さんが歌う「はぐれコキリコ」には、随所に歌詞となって出てまいります。

 歌手の「成世昌平」さんは本名:堀辺英樹(昭和26年6月10日生)、広島県三次市出身で歌手になる前は、ノ−ベル化学賞受賞の「田中耕一」さん(富山県出身)と同じ京都「島津製作所」に勤務するサラリ−マンでした。 その後、産経民謡大賞優勝を経て民謡歌手に転進し、自ら民謡教室を開いているとか。 更に演歌界にも進出。 「はぐれコキリコ」は、民謡風の伸びのある声を使うところと演歌の語りの部分とのコントラストを際立たせるような歌い方が多くの人の心を掴んだのでしょうか。 平成11年に発売され、平成14年に入ってからは爆発的な人気になり、同年11月頃にはオリコン(演歌部門)で堂々第1位に輝いています。
 この「はぐれコキリコ」は富山県(五箇山)を歌ったご当地ソングであり、また富山県出身のノ−ベル化学賞受賞「田中耕一」さんと「成世昌平」さんが同じ京都「島津製作所」に居たことも追風となっていることも確かです。 私も早速、CDレコ−ド店に駆け込んで「はぐれコキリコ」のカセットテ−プを買い求めました。 演歌界では久々のヒット曲。 5年前に大ヒットした「孫」(大泉逸郎)以来の大型新人との呼び声が高く、曲を聴いて「流石」と納得した次第です。

 富山県出身の田中耕一さんは、2002年12月10日東大名誉教授小柴昌俊さんと同じくノ−ベル賞を受賞。 その受賞理由は、「生体高分子の同定及び構造解析のための手法の開発」であり、生体高分子の質量分析法の為の「脱離イオン化法」の開発を評価されて日本人で12人目の受章者となりました。
日本海側から見た魚津埋没林と立山連峰
信州白馬側から見る立山連峰(五竜岳・鹿島槍ヶ岳)
 「はぐれコキリコ」の冒頭に出てくる歌詞には、「立山に両の掌(て)合わせ せめて便りが 噂が欲しい」と云われた立山ですが、日本海側から見る立山連峰と、信州白馬側から見る立山連峰も、見る角度が変われば、また違った趣が出てまいります。

 富山県東砺波郡平村から更に国道156号線を北上し、富山方面に向って行くと、富山県東砺波郡利賀村に辿り着きます。 かつてはこの峡谷の底にも村落があり、村人達の湯治場として素朴な宿を営んでいたと云いますが、1930年(昭和5年)小牧ダムの完成と共に村落は湖底に没し、温泉宿一軒がダム湖と切り立つ断崖の間に取り残されてしまいました。
 多くの村人から愛された温泉を何とか続けようと豊富に湧き出る源泉を湖底から採り込み、交通手段は船を頼りに再興されたのが現在の「大牧温泉」の基になっています。 「船でしか行けない秘境の一件宿」と言われるのはこうした歴史の中から生まれたものです。 日本の百名湯にも選ばれた「大牧温泉」は自然と調和し、何もない贅沢な空間が静かにゆったりと過ぎてゆく心安らぐ温泉でもあります。 また、最近ではテレビのサスペンス劇場のロケにも再三使われる程有名になってしまいました。 この小牧ダムを更に富山方面に向って行くと砺波平野に辿り着きます。 砺波平野には「散居村」と言って、家と家が離れて建っている村が見られます。 鉢伏山など小高い丘の上から望む砺波平野は、「かいにょ」と呼ばれる屋敷林に囲まれた民家が点在。 「散居村」という独特の景観を生み出し、その長閑(のどか)な田園の風情に、ほっと一息つくでしょう。 砺波市から、終点高岡市まではJR城端線が並走しています。 この砺波はチューリップの産地で、毎年5月頃には「チューリップフェア」が開催され、砺波平野一面に、きれいに花の咲いているチューリップ畑を目にすることが出来ますが、偶には無造作にチューリップの花が捨てられている畑も見かけます。 これは花があると大きな球根が育たない為に、敢えて花を摘んでしまうようです。
日本の秘湯「大牧温泉」
砺波平野の散居村



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