第27回 小山硬と香月泰男・横山操 その3-8

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小山硬と香月泰男・横山操(94)  楽天広場ブログ 2005年9月7日

kazafu 横山操の豪胆と繊細・・1
・・カザフスタンの母

横山操は、1940年に召集されて、中国からシベリヤ・カザフ共和国カランダに抑留されて、石炭採掘を強制された。
その間、特別扱いを嫌がって、画家であることを隠し、むしろ、その反抗的な姿勢であったために、帰国が危ぶまれるほどだったと言う。
1950年の捕虜・抑留生活からの帰国直後に描いたと言う『カラカンダの印象』と題した炭鉱のボタ山を描いた作品を、最初に発表した。
しかし、横山操は、抑留生活を拒否するように、香月泰男のような暗い色調の作品を描かなかった。
また、過去との決別を示すように、十年後の引越し時に、『カラカンダの印象』を始めとする帰国初期の作品は焼いてしまったと言う。
それだけに、横山操の心情は、日本的な深い籠もりの上で、日本画に爆発的意欲を試み、ぶつけたと思えてくる。
ここで示した『カザフスタンの母』は、1951年の作品で、焼却を逃れた、数少ない現在に残る作品だ。
横山操の抑留生活当時の心情と美意識を偲ぶのに大切な作品と言える。
写真は、『横山操』・集英社、1977年の写真より紹介した。
私は、横山操は、日本画家として異才を放ち、その豪快さと繊細さに、日本のグローカル性ある美意識を感じて、大好きだ。
もっと、長生きをして欲しかった日本画家だ。

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小山硬と香月泰男・横山操(95)  楽天広場ブログ 2005年9月8日

母子 横山操の豪胆と繊細・・2
・・『母子』・1958年作

『横山操展』、三重県立美術館・朝日新聞社、1993年の写真より紹介。
工場地帯の川岸を背景に立つ母子像。
横山操の妻子を描いたと考えられている。
何処か、カラカンダに抑留されていた炭鉱採掘場を窺がわせる。
作者は、人物画の多くを焼いたと聞くが、残された、思い入れのある作品ということになる。
1958年には、『港』『夕張炭鉱』『昭和新山』など、貧しくて、岩絵の具を十分買うお金が無かったのだが、大画面の大作品を描いている。
炭を擦ったりして、自分で作った絵の具を使っていると聞く。
小山硬(嘉多志)も、レンガなどを擦って、自分で絵の具を作ったと経験を語っていたのが思い出される。
戦後初期の横山操作品は、黒を基調とした色調で描いているが、赤や金が実に効いた作品に目を見張る。
横山操は、作品にぶつける様な爆発をしている気概を発散している。
そうした中で、『母子』は、家族三人の心の触れ合いが伝わってくる抑制された心情に満ちる。
横山操作品の後半の水墨調の日本画らしい日本画の心象が籠もっている。

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小山硬と香月泰男・横山操(96)  楽天広場ブログ 2005年9月9日

塔 横山操の豪胆と繊細・・3
・・ 『塔』・1957年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
東京近代美術館(旧国立)で目にすることの出来る作品。
戦後の抑留から帰国後初期の記念すべき横山操の代表作品だ。
幸田露伴の小説『五重塔』のモデルになったと言われる上野・谷中の天王寺の塔が火災にあった時、すぐに駆けつけて、まだ燻ぶっている黒焦げの骨組みの塔を描いたのだ。
咄嗟に、日本画の題材として描こうと駆けつけた横山操の感性が素晴らしい。
赤が、実に効果的だ。
  焼いた恋人同士の悲劇の情念が、黒焦げの塔の赤に籠められているに相違ない。
観ているとイマジネーションが膨らむ。

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小山硬と香月泰男・横山操(97)  楽天広場ブログ 2005年9月12日

炎々桜島 横山操の豪胆と繊細・・4
・・ 『炎々桜島』・1956年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
横山操の抑留より帰国後の初期を代表する作品。
既に、横山操の豪胆・爆発と繊細さが込められた作品だ。
前回、示した『塔』(317.8X134.8cm)は、1957年の作だから、『炎々桜島』(242.0X454.3cm)の方が、先に描かれた大作だ。
抑留生活で抑圧されていた横山操が、桜島の噴火を目の当たりにして、爆発した心情と心意気に満ちている。
しかし、爆発する桜島の光景ではあるが、画面の下方では、民家が描かれていると判る。
ここに、並みの日本画家ではない横山操の繊細な心情が込められており、日本・東洋的美意識を感じさせる。
後年の色彩・水墨画に於ける横山操の感性が萌芽している。

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小山硬と香月泰男・横山操(98)  楽天広場ブログ 2005年9月13日

十勝岳 香月泰男の鎮魂・・5
・・『十勝岳』・1962年作

『画集横山操』、集英社、1977年の写真より紹介。
  豪胆な作品。
超大作・現存する作品は、7面からなり、243.0X633.5cmの大きさ。
本来、7面以上の大きさをもった作品だった可能性がある。
  この作品は、横山操が青龍展に出品した作品だが、さすがの青龍社・川端龍子から大きすぎると出品を拒否された。
そして、青龍社を退会する理由となった。
黒い噴煙が積み重なって、吹き上げている豪胆な十勝岳の姿を変えるほどの勢いだ。
横山操の日本画、如何に在るべきかの勢いと重なって伝わってくる。
噴煙を取り囲む遠景、手前の白、黄色とピグメントブラックは、荒々しい中でも、自然の何処か優しさを漂わせているところが、横山操らしい。

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小山硬と香月泰男・横山操(99)  楽天広場ブログ 2005年9月14日

溶鉱炉(左部分) 横山操の豪胆と繊細・・6
・・『溶鉱炉』(左の部分)・1956年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
『溶鉱炉』は、227.8X1092cmの横長の大作作品。
ここでは、左半分の写真で示した。
石炭の燃やした煤から作った絵の具、ピグメントブラックを基調とした初期の作品で、その後の豪快にして繊細さの展開となる。
灼熱の豪快な真っ赤な鉄が流れ出ている。
鉄柱、鉄塔が、左から右への鉄線と赤が、実に、素晴しい構図の空間分割、設定となっている。
背後では、建物の外側の外気に開いているところが心憎い。
内側の燃え滾りに対して、外側の他の建物や空が、広がりをもって、この作品に、力、激しさを感じさせながら、東洋的な余裕を与えている。
横山操が、意欲に燃える、激しいだけの作家でないことを、抑留から帰国した初期の作品から感じさせる名作だ。

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小山硬と香月泰男・横山操(100)  楽天広場ブログ 2005年9月15日

送電線 横山操の豪胆と繊細・・7
・・ 『送電線』・1960年作

『横山操展』・三重県立美術館、朝日新聞社(1993年)の写真より紹介。 横山操の黒の鉄塔、鉄柱による構成的な空間設定に、
鮮やかな送電線が実に美しい。
一本の赤と黒の鉄塔・柱だけで、素晴しい作品となっている。
横山操の筆力、構成力を見せつける、魅せつける作品だ。
私の大好きな作品で、横山操には、抽象画のドローイングの世界に入って行って欲しかったし、入って行ったのではと思わせる。
『元気に長生きしたら』と残念で悔やまれる。

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小山硬と香月泰男・横山操(101)  楽天広場ブログ 2005年9月16日

風景・スケッチ 横山操の豪胆と繊細・・8
・・ 『風景』(スケッチ)・1961年作

『横山操展』・三重県美術館、朝日新聞社、1993年の写真より紹介。
私は、このスケッチを観るとアメリカのフリーウエイを思い出し、スッキリする。
抽象表現的で、見事な空間設定と色彩を感ずる。
心象表現主義的ドローイングだ。
私には、横山操の豪胆と繊細さの迸りを感じさせる、素晴しい感性が羨ましい。
横山操は、1961年の4月末から1ヶ月位アメリカを旅行したと言う。
私は、その10年後位以来、横山操が描いた『風景』を、天高く、真っ青なカルホルニアの都市や大自然を繋ぐフリーウェイを突っ走る快感を今も持ち続けている。
その間のスケッチとして、ニューヨークのマンハッタン、ネバダ、グランドキャニオンなど、アメリカの巨大人工都市、自然を描いている。
本画として、ニューヨークのビル群の谷間を描いた作品は、この高速道路を捉えた感覚と通ずる。
横山操は、海外に出て、率直な感受性、美意識を、際立たせていると思う。
そこで、次回より、洋の東西を描いた作品の紹介する。

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小山硬と香月泰男・横山操(102)  楽天広場ブログ 2005年9月17日

マンハッタン 横山操の豪胆と繊細・・9
・・『マンハッタン』・1961年作

 『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
ニューヨークの『マンハッタン』。
新大陸・多民族による集積国家・アメリカの発展の象徴的な巨大建築が立ち並ぶ景観。
Sep.11のテロまであった国際貿易センタービルの爆破時に居合わせたら、東京、上野・谷中の天王寺の五重塔が焼け落ちた時のように、駆けつけて描いたとしたら、どんな日本画を描いたかと、遂、思いを馳せたくなる。
いづれにしても、この巨大な人工建築群と巨大大自然のグランドキャニオンなどを経験して、シベリアの大陸とは異なった認識を持ったに相違ない。
そして、、日本的・東洋的美、芸術とはと横山操の日本画観は考えさせられたに相違ない。
ニューヨーク近代美術館(MOMA)が展示する分類は、次のようだ。

1・ドローイング 
2.写真
3.メディア
4.彫刻
5.実用品デザイン
6.コンテンポラリー(1970年以後を同時代アートとして)

日本画は、1のドローイングに属することとなる。
横山操が、ドローイングアートとしての日本画を如何なる位置づけとし、如何にあるべきか聞いてみたい。
日本美術、日本画のグローカル性を如何に語るだろうか。
岡倉天心以後、最も聞いてみたい人物だ。

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小山硬と香月泰男・横山操(103)  楽天広場ブログ 2005年9月18日

ウォール街 横山操の豪胆と繊細・・10
・・ 『ウォール街』・1962年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
既に、紹介した『塔』(1957年作)と同じく東京国立近代美術館で観ることの出来る横山操の斬新な日本画の代表作と言える。
『塔』の如く縦長作品で、271.0X136.0cm。
高層ビルが林立して、ビルとビルの谷間の垂直感を空の青で描いているのが素晴らしい。
青が最下部まで及んでいることが、ビルの谷間の深さを一層高めている。
『ウォール街』は、言わずと知れた世界の金融を支配していると言って良い、経済の中心地だ。
利益を求める冷酷な経済の論理が支配する地域だ。
左画面の真っ青な空に突き出ている赤で描かれている塔は教会だ。
宗教と経済、人間が持つ二面性を見事に描ききっているようだ。
黒、赤、白、青。
横山操の心象が抽象表現主義的作品となって表現されている。
MOMAを訪れたに相違ない。
横山操は、今日的に言えば、日本画のグローカル性を深く考えさせられたに相違ない。
私にとっては、『塔』、『送電線』、『風景(スケッチ)』作品と同様、大好きな作品だ。

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小山硬と香月泰男・横山操(104)  楽天広場ブログ 2005年9月19日

黎明パリ 横山操の豪胆と繊細・・11
『黎明パリ』・1969年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
『ウォール街』のような大画面作ではなく、73.0X116.0cm。
1961年のアメリカ旅行後の1964年にヨーロッパのフランス、イタリヤ等を訪れた。
今度は、活気溢れる新興のアメリカに対して、歴史のあるヨーロッパではあるが、第二次大戦から立ち上がろうとしていた時代だ。
絵画の世界でも、アメリカがリードし始めた時期だ。
万博モニュメントの鉄塔、エッフェル塔を描いているが、『パリ郊外』や『ベニス』と題した作品同様、何か沈んだ感じで、活気、興奮や感動を感じさせない。
画面下の樹木の描写は、1963年の水墨画『瀟湘八景』、1968年の『越後十景』の世界だ。
西欧のドローイングの世界から、東洋・日本画の世界の追求に向かう決意を明確にしたと感じさせる。

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小山硬と香月泰男・横山操(105)  楽天広場ブログ 2005年9月20日

天壇 横山操の豪胆と繊細・・12
・・ 『天壇』・1966年作

『画集横山操』・集英社・1977年、の写真より紹介。
1964年のアメリカ・ヨーロッパ旅行では、イタリヤで心臓発作を起こして帰っている。
それ故か、ヨーロッパ作品は、元気が無い。
しかし、1966年には、多摩美大の教授となったが、中国を訪れている。
戦時中に経験した戦地や上海、北京、万里の長城などを訪れた。
西欧を回った後、中国、日本と東洋画、水墨画のフードに慕たるような気持ちになったのでは。
繊細、柔らかさ、湿度を求める日本画のグローカル性追求に向かったと言える。
『天壇』は、私も行ったことがあるが、私のブルーのイメージとは異なる。
皇帝が担がれる階段を正面から外して描いている。
天空に黄砂が舞い、被った『天壇』かと思えたりする。
東洋調漂う、今にも龍が出現しそうな作品だ。

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小山硬と香月泰男・横山操(106)  楽天広場ブログ 2005年9月21日

万里長城横山操の豪胆と繊細・・13
・・『万里長城』・1966年作

『画集横山操』・集英社、1977年の写真より紹介。
中国の大自然と人口建造物『万里長城』の日本画・水墨調の作品。
宇宙の衛星からも観察できると言う戦の防衛ライン・『万里長城』も、流石の横山操も大画面で、溶鉱炉の作品のごとく激しくピグメントブラックでは描かなかった。
自然の中に馴染んだ俯瞰図で描いている。
心象風景的にも、東洋的美意識に変わっていく契機となっているようだ。
横山操の日本画・水墨調の世界確立に向かっていく中国旅行だったと言える。

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