古典の解説
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| 西狭頌 | 西狭頌(せいきょうしょう) | |
|---|---|---|
| 書家 | ||
| 時代 | 漢隷の比較的末期のものです。(AD 171年) | |
| 場所 | 西狭頌は、甘粛省成県にあり、巌壁に刻した摩崖です。 | |
| 特徴 | 自然の岩を磨いて書刻した摩崖碑であるためか、比較的荒削りで、雄大、敦厚、 飄逸な趣があり、曹全碑のように整いすぎてはいないので、書学入門には適しています。 | |
| 書法 | 思い切って扁平な構えなっているのに注意します。 用筆は、紙に食い入るように力強く筆を押し進め、主要な横画の終わりでは、 一旦筆を止めて充分に鋒を開いてから右上にはねて、波法を作ります。 | |
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摩崖(まがい)・・・自然の岩壁を利用し、その岩面に彫刻された
もの。 敦厚(とんこう)・・・誠実で情にあつい・こと(さま)。 飄逸(ひょういつ)・・・世の中の事を気にせず、のんきな・こと(さま)。 | ||
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| 張遷碑 | 張遷碑(ちょうせんひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 不詳 | |
| 時代 | 後漢の霊帝の中平三年 (AD 186年) | |
| 場所 | 山東省 | |
| 特徴 |
大きさは縦2m88cm 横97cm。題額には、篆書二行に「漢故穀長登蕩陰令張君表頌」
と刻し、本文は568文字(16行、毎行42字)碑印には、発起人41名の
姓名と が刻されています。この碑は明代になって始めて出土したものです。後世に出土したことと、本文中に訛字異文が多いことから、贋物か重刻では ないかと疑う者(清・顧炎武)もあります。しかし、その書が端整、雅馴なことと、 剥落が自然なことから確かに、漢代の原碑に相違ないという説があります。 曹全碑とともに後漢最後を飾る一品として推賞されています。 | |
| 書法 | 整端、雅練 | |
(きょきん)・・・・・・・・・ある事をするために複数の者が金を出しあうこと。また、その金。訛字異文(なまりじいぶん)・・・異文とは元来同一書物でありな がら、伝写などの事情によって、差異の生じた章句。特に、流布本の章句と違っている章句。 推賞(すいしょう)・・・・・・・・ある事物または人をすぐれているとしてすすめること。 雅馴(がじゅん)・・・文章が上品で穏やかなこと。筆づかいが正しく、練れていること。また、そのさま。 | ||
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| 鄭羲下碑 | 鄭羲下碑(ていぎかひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 鄭道昭(ていどうしょう) | |
| 時代 | 北魏 (AD 511年) | |
| 場所 | はじめは「天柱山」 のちに「雲峯山」の崖石に再刻されました。 | |
| 特徴 |
父鄭文公の業績を後世に伝えるために書かれたものです。 「天柱山」のものを上碑、「雲峯山」を 下碑といいます。 下碑のほうが文字がやや大きく、 石質がよいので摩滅の度が少なく、広く知られています。円筆の作風による六朝の代表的な 名作で、雄大暢達、悠々として心の豊かさを感じられます。 鄭道昭生存中、その書はあまり評価されていませんでしたが、死後1000年以上経った清の時代になってから書論家であり、書家でもあった包世臣(ほうせしん 1775-1855)によって、その書の雄大さを絶賛され、以後鄭羲下碑は、六朝楷書の代表的な存在となりました。 | |
| 書法 | 力が張り、リズムに富んだ情趣(じょうしゅ)の筆致です。形の上では、比較的扁平で、角 を丸めながら張ることに注意、ゆっくり刻みながらはじき出すように運びます。 | |
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雄大暢達(ゆうだいちょうたつ)・・・規模が大きく堂々としていて、のびのびとしているさま。 情趣(じょうしゅ)・・・・・・・・・そのものに接して感じられる、しみじみとした味わい。 円筆・・・ | ||
| 張猛龍碑 | 張猛龍碑(ちょうもうりゅうひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | ||
| 時代 | 北魏 (AD 522年) | |
| 場所 | 山東省曲阜の孔子廟内 | |
| 特徴 | 北魏の張猛龍の徳行(とっこう)を頌(しょう)するために建てられました。 書風は、峻厳(しゅんげん)、勁健(けいけん)、清高で、六朝北魏を代表する名品です。 | |
| 書法 | 用筆は、方筆で、結体は、六朝の楷書としてはやや縦長で、整っています。 中心線よりも左を広くのびのびとして、右下を軽く短めに作るのが特徴です。 筆は畳みこむようにリズミカルな鋭いタッチではこびます。随所に逆筆を使って、峻抜(しゅんばつ)、 沈着な感じを表します。 潤渇を付ける事・・潤いのある個所 かすれている個所を作り作品に立体感を持たせる。線を直線的に書くこと。 | |
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頌(しょう)・・・人の功績や人柄をほめたたえることば。 峻厳(しゅんげん)・・・いかめしくきびしい・こと(さま)。 勁健(けいけん)・・・強くすこやかなさま 清高(せいこう)・・・清らかですぐれている・こと(さま)。 方筆・・・ 峻抜(しゅんばつ)・・・山などがけわしくそびえていること。また、人よりぬきんでてすぐれているさま。 | ||
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| 孔子廟堂碑 | 孔子廟堂碑(こうしびょうどうひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 虞世南 (ぐせいなん) | |
| 時代 | 唐 (AD 626〜633年) | |
| 場所 | ||
| 特徴 |
虞世南が唐の太宗の命によって孔子廟の再建の由来を撰文(せんぶん)し、かつ揮毫(きごう)
した楷書の碑です。 碑には、健碑の年月が書かれていませんが、武徳9年から貞観7年、即ち 虞世南が 69歳から76歳に書かれたものといわれています。 欧陽詢の九成宮醴泉銘と比較され、楷書の雄であり、唐朝の代表の一つです。 | |
| 書法 | 平正な結体でゆったりとしており、静かに整えられた筆致です。
貴族的な高貴な気品をたたえています。 書風は温雅、高清、余分な力を一切拝した穏やかな気品の高いものです。 | |
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撰文(せんぶん)・・・文章を作ること。また、その文章。
揮毫(きごう)・・・筆を揮(ふる)う意。文字や書画を書くこと。 | ||
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| 九成宮醴泉銘 | 九成宮醴泉銘 (きゅうせいきゅうれいせんめい) | |
|---|---|---|
| 書家 | 欧陽詢 76歳の書 | |
| 時代 | 唐の貞観6年 (AD 632年) | |
| 場所 | 九成宮 | |
| 特徴 |
太宗が隋の仁寿宮(じんじゅきゅう)を改築造営した九成宮の一隅に甘醴な泉が湧き出たのを記念して
建立されたものです。 | |
| 書法 | 峻厳(しゅんげん)端正で一点一画にも綿密な配慮がなされ、新鮮にして、鋭く、勁健(けいけん) にして、気品高い作品です。 | |
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醴泉(れいせん)・・・「醴」は甘酒の意うまい味の水が湧き出る泉。 | ||
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| 孟法師碑 | 孟法師碑(もうほうしひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | (ちょすいりょう) 46歳の書
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| 時代 | 初唐 (AD 642年) | |
| 場所 | ||
| 特徴 |
欧陽詢、虞世南の碑と同様に隷法がとられています。 また、方正厳格な結構で、 の書としては沈着勁健(けい
けん)です。
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| 書法 | 「孟法師碑」は、「九成宮醴泉銘」や「孔子廟堂碑」とともに初学の人に最もよい楷書の 手本の一つといわれています。 | |
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隷法(れいほう)・・・漢字の古書体の一つです。篆書(てんし
よ)を省略して
簡便にしたものです。今日の楷書に近いものです。古文、篆書についで成立し、直線的な古隷(これい)
と
波勢の美しい八分(はっぷん)を合わせて隷書という。漢代になって装飾的に変化したものを漢隷または
八分(はつぷん)、それ以前のものを秦隷(しんれい)という。一般には漢隷をいう。
方正(ほうせい)・・・きちんとしていて正しいこと。 規律正しく行われていること。また、そのさま。 勁健(けいけん)・・・強くすこやかなさま。 | ||
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| 雁塔聖教序碑 |
雁塔聖教序 (がんとうしょうぎょうじょ) |
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|---|---|---|
| 書家 | 58歳の書
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| 時代 | (AD 653年) | |
| 場所 | (せんせい)省長安府南の慈恩寺大雁塔(じおんじだい
がんとう)内
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| 特徴 |
同型同大の二つの碑に書いたものです。文は、聖教序は、唐の太宗。
聖教序記は高宗(こうそう)の作です。
序は右から序記は左からそれぞれ読むように書かれ
、
且つ刻されています。 技法は、華麗で、しかも厳しく、世に言う 法を確立したものとし
て古来有名です。
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| 書法 | 縦横自在、天衣無縫な用筆です。 | |
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高宗(こうそう)・・・中国の皇帝、朝鮮の王の廟号(びようご
う)。唐の第3代、
南宋の初代、清の乾隆帝(けんりゆうてい)、高麗の第23代、李朝の第26代など。
廟号(びようごう)・・・中国・朝鮮などで、 帝王の霊を宗廟にまつる際に贈った称号。太祖・太宗・世宗などがある。 | ||
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| 蘭亭叙 | 蘭亭叙(らんていじょ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 王羲之 | |
| 時代 | (AD 353年) 晋(しん)の穆亭(ぼくてい)永和9年3月3日 | |
| 特徴 |
永和9年3月3日、文人墨客41人と会稽山(かいけいざん)の蘭亭に遊び
、流觴曲水の宴を催し、詩を賦詠(ふえい)し、「書聖」と謳われた王義之が序文を書きました。それが
、蘭亭集の
序です。正しくは蘭亭集序と呼ぶべきです。 蘭亭序は、行書の神品といわれ、温雅にして妙趣に富み、羲之の筆蹟中の第一とされています。 唐の太宗がこの蘭亭序を得て酷愛し、ついに昭陵(しょうりょう」に殉葬させてしまいました。 私達が現在目にすることの出きる蘭亭叙は、唐太宗皇帝が生前に、搨書人(とうしょにん)という複製の 専門家を宮中に雇って書かせたものと、臣下で書に優れた者(欧陽詢、虞世南、 等)に臨書させた
ものです。後世に存する多くの 臨書された帖の中でも、「蘭亭八柱帖(らんていはっちゅうじょう)」の第1、第2、第3と 臨絹本
とが代表というべきです。王羲之が鼠鬚筆(鼠の鬚で作った筆)を以て、宴の様子を後々まで伝えようと書いた草稿です。王羲之は これを書いたとき酔っていたと言われ、後に草稿を何回も書き直しましたが、草稿以上の文字が書けず、 それをそのまま残しておいたものです。総文字数は324字ですが、同じ文字はことごとく変化し王羲之 自身も最高傑作であると認めたと伝えられている行書の名品です。 | |
| 書法 | 蘭亭叙が何よりすぐれている点は、「卒意の書」であったことだと 言われています。卒意の書とは、上手く書いて人に見せるという意識がなく、心の感ずるまま自由に書く ことです。 | |
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賦詠(ふえい)・・・詩歌をつくりよむこと。また、その詩歌。
温雅(おんが)・・・穏やかで上品なこと(さま)。 妙趣(みょうしゅ)・・・すぐれたおもむき。言うに言われぬあ じわい。 昭陵(しょうりょう)・・・唐の第二代皇帝李世民の陵墓です。 絹本 (けんぽん)・・・書画をかくための絹布。また、それに かいた書画。紙本(しほん)に対していう。 | ||
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| 晉祠銘 | 晉祠銘(しんしめい) | |
|---|---|---|
| 書家 | 唐の太宗 | |
| 時代 | 貞観20年 (AD 646年) | |
| 特徴 | 太宗は、王羲之の真髄を体得し行書の名手といわれていました。父高祖が、 晉祠に武運を祈ったことを想い、それから30年、高祖のあとを受けて四夷 に武をかがやかした彼は、ここにもうで、神徳をたたえるとともに、壮年期を追懐 感激の念を新たに文を作り自ら筆をとり、碑に刻させたものです。ただ、、石質 不良のため、破損が多く佳拓が伝えられていません。 | |
| 書法 | 王羲之のものと違う気宇の大きさがあります。 | |
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太宗(たいそう)・・・中国などで、太祖に次いで功績があった
帝王の廟号(びようごう)。唐の李世民、元のオゴタイ汗、清の皇太極(ホンタイジ)などに贈られた。
第二代皇帝の場合が多い。
四夷(しい)・・・漢民族が中国の周囲の異民族をさしていう語 。 東夷・西戎(せいじゆう)・南蛮・北狄(ほくてき)の総称。転じて服従しない四方の民。 追懐(ついかい)・・・昔をなつかしく思い出すこと。昔をしの ぶこと。追憶。 気宇(きう)・・・物事に対する心のもち方。気がまえ。 | ||
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| 集字聖教序 | 集字聖教序 (しゅうじしょぎょうじょ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 王羲之の書を懐仁が集めて作ったもの | |
| 時代 | 咸亨3年 (AD 672年) | |
| 特徴 | この碑は、王羲之の行書のもっとも模範的なものとして蘭亭叙と ともに中国の書道史における神品として重んじられています。字数は、千九百四字、重複しているものを 差し引くと実際は、およそ七百六十字です。 | |
| 書法 | 字体は、行書を主とてしていますが、集字のため、時には楷書や草書もあり、肥痩、大小不揃いです。ま た、筆勢の速く鋭いもの、穏やかな温厚なものなど、全体の書法において統一したものがあるとはいえま せんが、概して、ある種の共通した王羲之の瀟酒(しょうしゃ)な書風がうかがわれます。 | |
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肥痩(ひそう)・・・肥えていることと、やせていること。肥瘠
(ひせき)。
瀟酒(しょうしゃ)・・・さっぱりして気がきいているさま。あ かぬけているさま。 | ||
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| 十七帖 | 十七帖(じゅうしちじょう) | |
|---|---|---|
| 書家 | 王羲之(おうぎし) | |
| 時代 | 東晋 | |
| 特徴 | 蜀郡の太守周撫に送った尺牘(せきとく)を集めて習字の手本として集帖されたものです。 | |
| 書法 | 字は端厳、規格の正しいものですが、王羲之の幾多の尺牘を見てもそれぞれ異なった表現をしている
にも係らず、十七帖に収められたものは同じ書表情、同じ用筆で一貫しています。これは習字した人が自
己の好みで同じようなものを集めたか、同じ筆法に翻訳して刻したか、と恩われます。 幾度にか分けて書いた尺牘が同じというのは解せない事です。 三井本十七帖が最も一般に知られていますが、これは特に用筆を習字手本として説明的に刻してあります 。 しっとりと静やかなうちに含みのある筆が王羲之の本領です。 「十七帖」は、草書学習には、必ず履修しておかなくてはなりません。 | |
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端厳(たんげん)・・・きちんと整っていて、威厳のある・こと(
さま)。たんごん。
尺牘(せきとく)・・・せきどくとも読む。「牘」は文字を記す方 形の木札のこと。手紙。書簡。文書。しゃくどく。 | ||
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| 書譜 | 書譜(しょふ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 孫過庭(そんかてい) | |
| 時代 | (AD 648〜703年) | |
| 特徴 | 孫過庭は、文章家として名声が高く、草書において異彩を放ち、ことに古典の臨書に巧みでした。 | |
| 書法 | 優れた書論で、淡々と書き進められた草稿ですが、点画厳正、筆路自在、王羲之の風を受け継いで絶 妙。草書の規範というものです。 | |
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| 智永 真草千字文 | 智永 真草千字文 (しんそうせじもん) | |
|---|---|---|
| 書家 | 智永禅師(ちえいぜんじ) 王羲之七代の孫。(生卒不詳) | |
| 時代 | 隋 | |
| 特徴 |
智永は呉興の永欣寺に住み、王羲之の千字門臨書を30年間閉じ籠って行い、そのうち秀作800本を納めたと伝えられています。楷・草並列して手本のつもりで書いたものだといわれています。 千字文では、最古のものといわれています。真とは楷書のことで真草とは、楷書と草書で書き分けられた物の事を言います。 宝墨料本・・刻がはっきりしているが古意に乏しい。 関中本・・・沈潜して情趣が深い。 真蹟本・・・日本に在る。智永の真蹟と推察されるが、あまり生々しいので、奥ゆかしさがない。) この三種があります。 手本として学習するには真蹟本が分かりやすいです。 千字文とは、王羲之の文字の中で1000字の異なったものを集めて、韻文としてまとめ上げたものの事です。 | |
| 書法 | さっさと書かれています。王羲之の書風を智永禅師の手で、翻訳され普及されました。王羲之の書を学ぶ為の適切な資料といえます。使い古した筆を一石180リットルも入る物が5杯にもなったといわれています。 | |
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千字文(せんじもん )・・・中国六朝時代の詩。一巻。梁(りよう)の周興嗣(しゆうこうし)作。四言古詩250句(千字)から成る。古く中国で、初学の教科書・習字の手本とされた。日本への伝来時期は不明だが、平安後期以降、漢字の習得教育に用いられた。
沈潜(ちんせん) ・・・物事に深く没頭すること。 | ||
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| 懐素 草書文 | 懐素 草書千字文(そうしょせんじもん) | |
|---|---|---|
| 書家 | 懐素(かいそ) | |
| 時代 | 貞元15年 | |
| 特徴 |
懐素が63歳の時の書と末尾に書いてありますが、老境に入ってからの書であるといえます。 懐素は、奇人で、酒好き、酔うと家の中では壁、襖、外に出れば庭も塀も書きまくったと伝えられています。貧乏育ちだったので、子供の頃紙を買う銭もなく、庭前の芭蕉の葉に手習いした癖が出るのでしょうか。世人は、「素犯」といい、自らも奇狂を以って任じていました。 | |
| 書法 | この千字文は、そんな奇行伝説とは相容れない慎ましく静かな書風です。「千金帖」といわれる所以(ゆえん)です。 | |
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芭蕉(ばしょう)・・・葉の長さ約2メートルの長楕円形で、羽状に細い脈があり破れやすい。 | ||
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| 多宝塔碑 | 多宝塔碑(たほうとうひ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 顔真卿(がんしんけい) 44歳の書 | |
| 時代 | 天宝十年 (AD 752年) | |
| 場所 | 陜西省西安 | |
| 特徴 | 顔真卿は、王羲之から初唐にかけての、高雅な完成を理想とした伝統的な書に対し、正反対の素朴さを加えることによって、沈滞しつつあった書道に生気を取り戻させたという革新的な能書家です。 | |
| 書法 | 多肉多骨、仰勢重厚、豊麗平明で、親しみやすい書です。 | |
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高雅(こうが)・・・けだかくて優雅なさま。
仰勢(ぎょうせい)・・・・横画の線が上に反るもの。 豊麗(ほうれい)・・・・豊かで美しい・こと(さま)。 平明(へいめい)・・・・わかりやすくて、はっきりとしている・こと(さま)。 | ||
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| 風信帖 | 風信帖(ふうしんじょう) | |
|---|---|---|
| 書家 | 空海 弘法大師 | |
| 時代 | 平安時代 | |
| 特徴 |
空海が最澄にあてた書状3通を一巻に仕立てたものです。縦28.8cm長さ1.58m。第一通の冒頭に「風信雲書」とあるところから、「風信帖」とよばれています。 第2通を「忽披(こっぴじょう)」 第3通を「忽恵帖(こっけいじょう)」と称する事もあります。 | |
| 書法 | 空海の書風は、奈良朝以来の伝統に従って、王義之の影響を受けましたが、入唐求法の際、唐の新様式の書風の感化を受けて、これら3通の書状が、それぞれに趣が異なる表現となっています。 一字一字の構成力の大きさ、線のタップリとした重厚さ、美しさがあります。 | |
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求法(ぐほう)・・・仏法を求めること | ||
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| 元永本古今集 | 元永本古今集 (げんえいぼんこきんしゅう) | |
|---|---|---|
| 書家 | 源俊頼(みなもとのとしより)と伝承されていますが、近年、世尊寺(せそんじ)四世の定実(さだざね)と推定されます。 | |
| 時代 | 平安時代 | |
| 特徴 |
古今和歌集の写本で、上下二冊からなり、現存する完本の写本中最古のものです。上巻の奥に「元永3年7月24日」とあるので、「元永本古今和歌集」とよばれています。 料紙は和製からかみ、表は具引きした上に雲母刷り文様または、空摺り(からずり)文様があり、裏は同色の無文。上巻は金銀切箔、野毛をおき、下巻は小切箔のみです。 | |
| 書法 | 書風は、高野切第2種の運筆法を基調とし、第1種の世尊寺風の情緒と豪放と枯淡な味を伝えつつ、きわめて新鮮で、ロマン的です。 筆は柳葉筆らしく、用筆法は単鈎側筆(たんこうそくひつ)と思われます。斜画(右上から左下へ)は連綿線が強く、体は右傾斜しつつ書き連ねています。また、ポツポツ一字ずつ放ち書きにして空間の響きあいの巧みなところもあります。全体的に一行を一気に書き下ろし、連綿の流れる美を出しています。 | |
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世尊寺(せそんじ)・・・京都一条の北、大宮の西の地にあった寺。清和天皇の第六皇子貞純親王の営んだ桃園宮を伝領した藤原行成が、その宮内に建立したもの。
空摺り(からずり)・・・浮世絵版画などで、凸版に絵の具を塗らず、刷り圧だけで、紙面に凹凸模様を作り出す技法。着物の文様などを無色の凹線で表すのに用いた。 切箔(きりはく)・・・金箔を正方形に切ったもの 野毛(のげ)・・・金箔を細く切ったもの。 側筆(そくひつ)・・・書画を書くとき、筆をやや寝かせて筆の腹を使って書くこと。 枯淡(こたん)・・・人柄などが練れて、淡々とした中にも深みのあるさま。書画・詩文などが、あっさりとして趣のあるさま。 | ||
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| 楽毅論 | 楽毅論(がっきろん) | |
|---|---|---|
| 書家 | 光明皇后(こうみょうこうごう) 44歳の書 | |
| 時代 | (AD 744年) | |
| 特徴 |
前装と思われる別紙に「天平16年10月3日藤三娘」とあります。藤三娘は、藤原氏の第三女の意味で、光明皇后のことです。 料紙は縦簾紙といわれていますが、実は、麻紙に箆罫(ひけい)が施されているのです。 楽毅論とは燕(えん)の宰相楽毅の人物を論じたもので、この文章を晋の王義之が書いたことから後世喧伝されました。それを臨書しているのですが、光明皇后が最も王羲之に忠実な書を書いたとのことです。 | |
| 書法 | 強さ厳しさがある。一点一画が紙に食い込むような強靱(きょうじん)な書きぶり。 | |
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箆罫(ひけい)・・・へらによって付けられた罫線。 宰相(さいしょう)・・・(1)首相。総理大臣。 (2)昔、中国で、天子を補佐して政務を処理する最高の官。丞相(じようしよう)。 (3)参議の唐名。相公(しようこう)。 | ||
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| 高野切第一種 | 高野切第一種 (こうやぎれだいいっしゅ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 紀貫之 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 |
第三種より、字の大小・濃淡・潤渇などの変化に富んでいます。そのため第三種を学んだ後に第一種を学ぶ人が多いようです。 線条が柔らかく、優麗温雅の自然のままの墨色の変化に富んでいます。 | |
| 書法 | 規範的な書風なので、字形をつかむ練習も必要ですが、墨量の加減による潤渇の変化を学びます。最初は墨がなかなか続かないが、筆、紙との関係も考えて工夫をします。 | |
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線条(せんじょう)・・・すじ。線。
優麗(ゆうれい)・・・みやびやかで美しい・こと(さま)。 温雅(おんが)・・・穏やかで上品な・こと(さま)。 | ||
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| 高野切第二種 | 高野切第二種(こうやぎれだいにしゅ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 紀貫之 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 | 斜体連続の形式をとり、雄勁にして一線乱れずといった老練な感じです。 | |
| 書法 | ||
| 雄勁(ゆうけい)・・・男性的で力強い・こと(さま)。 文章の書き方や書画の筆勢に力強さの感じられる・こと(さま)。 | ||
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| 高野切第三種 | 高野切第三種(こうやぎれだいさんしゅ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 紀貫之 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 | 高野切第三種は、臨書に好適な古筆として最もポピュラーなものです。正統性のある書風なので、仮名の入門として用いられる事が多いですが、これほどあらゆる面でレベルの高い古筆はありません。高野切第三種を制する者は、他のどの古筆も吸収する事が可能といえます。 明快端麗、その線条は弾力性に富み、若々しさを感じさせます。 | |
| 書法 | 連綿が多いが、まず単体の練習を充分に積みます。その後、連綿の練習をします。連綿線が、鈍重になると、連綿の意味がなくなるので注意します。 | |
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端麗(たんれい)・・・きちんと整っていて美しい・こと(さま)。 | ||
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| 粘葉本 和漢朗詠集 |
粘葉本 和漢朗詠集 (でっちょうぼん わかんろうえいしゅう) |
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|---|---|---|
| 書家 | 藤原行成(ふじわらのゆきなり) (こうぜい)ともいう。 | |
| 時代 | 平安時代 | |
| 特徴 | 御物には、平安時代に書写された和漢朗詠集の完本が3種類あって、その中の一つが粘葉本です。 | |
| 書法 | 書風は、端正な形ちと明るい線と上品さを持っています。 穂先がいつも線の真ん中にあるように、軸を出来るだけ立てて運び、転折を正しくするようにします。 うちにひそむ筆力や運筆の変転していく鮮やかさ等、細かい所を学習の目標にします。 | |
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御物(ぎょぶつ)・・・天子の所有物。おもの。ぎょもつ。ごもつ。「正倉院御物」「御物本」というように使われる。
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| 秋萩帖 | 秋萩帖(あきはぎじょう) | |
|---|---|---|
| 書家 | 小野道風(おののとうふう) | |
| 時代 | 平安時代 10世紀 | |
| 特徴 |
冒頭に「安幾破起乃(あきはぎの)と言う歌が書かれているので「秋萩帖」といわれています。 巻子本で万葉集。古今集その他の歌48首を料紙の色紙に書かれた物です。 小野道風と伝えられていますが、第2紙以下は、別の筆者と言われています。 草かなで書かれており、万葉がなから平がなへ移行する過渡期の書体を示しています。リラックスした書風で、かな創作の心構えを示していると思われます。初めて学ぶ人は、漢字の草書を学んでから臨書すると良いです。 | |
| 書法 | 万葉仮名の草体で、字形は丹精、線質は温和、各字独立した書きぶりで気脈が貫通しており、古式古香にして、品格がある高い書です。 一字一字が大変おおらかであるので、これを会得するのは、創意と工夫が必要です。 | |
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気脈(きみゃく)・・・人と人との間での感情や考えなどのつながり。
巻子本(かんすぼん)・・・巻物の形に仕立てた書物。巻本。けんすぼん。 | ||
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| 継色紙 | 継色紙(つぎしきし) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 小野道風 | |
| 時代 | 平安時代 (AD 950年前後) | |
| 特徴 | もとは縦横13.4cmの正方形の粘葉帖で、紙は色鳥の子紙でした。その見開き2ページに和歌を散らし書きにしたもので、今は一首ずつ分散して継色紙と称されています。 | |
| 書法 | この筆跡は、根底にしっかりした漢字の古法の素養がうかがわれ、漢字の名手であったと考えられます。 線質内容も豊かに奥ゆきも深く、また散らし書きは空間を広々と生かして、壮重、雄大、幽玄な趣があります。 筆峰を引き締めて、紙に抵抗のある角度を見出しつつ書きます。筆先は鋭敏に働きながら悠々とした筆運びです。線の量や余白を重視して、筆者がその形をとっていく意を探りながら、文字と余白の組みたてを考えていきます。 臨書をするのにもっとも難易度の高い古筆です。継色紙がかもし出す枯淡の境地は真似できるものではないが、よく目習いをし、鑑賞眼を高める必要があります。散らし書きの妙を存分に発揮しています。 | |
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粘葉帖(でっちょう)
・・・和漢装本の製本様式の一種。 幽玄(ゆうげん)・・・奥深い味わいのあること。深い余情のあること。また、そのさま。 | ||
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| 寸松庵色紙 | 寸松庵色紙(すんしょあんしきし) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 紀貫之 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 |
この時代は、色紙とは、大きさや形からいうのではなく、色の紙を色紙といい、それを好みの大きさに切って使用したので、一定の形はありませんでした。 寸松庵とは、徳川時代の武家茶人であった佐久間将監真勝(さくましょうげんまさかつ)の茶室の名で、将監が堺の南宗寺に貫之の色紙があると聞いて、その中の12枚古今集四季の歌を求めて手鑑として愛玩していた所からこの名があります。 料紙は唐紙で丹(あか)藍、茶、白の色に模様を雲母刷りしたものに歌一首を散らし書きしてあります。 一字一字もすばらしいですが、行と行との響きあいがすばらしいです。このように各行が生きる技量は習得するのになかなかです。 | |
| 書法 | 線の緊張度が高く、軽妙に散らし書きされていて、行間の変化も自然で、行の傾いた技巧を露骨に示さない手腕の非凡さがあります。 寸松庵色紙と称されるものは36枚ありますが、その中で、文字がはっきり見えるものを選んで臨書することが大切です。 | |
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手鑑(てかがみ)・・・(1)代表的な古人の筆跡を集めて帖に仕立てたもの。古筆の鑑定用・保存用に作られた。(2)手本。模範。
愛玩(あいがん)・・・大切にし、かわいがること。多く小動物や器物についていう。 丹(あか)・・・硫黄と水銀との化合した赤土。また、その色。 | ||
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| 升色紙 | 升色紙(ますしきし) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 藤原行成(ふじわらのゆきなり) (こうぜい)ともいう。 | |
| 時代 | 平安時代 | |
| 特徴 |
料紙が方形である事から、升色紙と名付けられました。白紙、雲紙、薄藍紙等に、細い雲母を散らした料紙で、清原深養父(きよはらのふかやぶ)の家集が書かれています。 元は一冊の帖であったらしく、「古」「後」「拾」などの文字が記されてあるのは藤原定家(ふじわらのていか)が校閲の折り、書き入れたものです。 この色紙は現在17点あるとされています。 | |
| 書法 | 書風は、連綿雄勁の趣に富み、流暢で、佳麗の極致です。 運筆の変化による流れ、構成美などを見極めるのが大切です。 | |
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校閲(こうえつ)・・・印刷物や原稿を読み、内容の誤りを正し、不足な点を補ったりすること。 佳麗(かれい)・・・整っていて美しい・こと(さま)。 家集(かしゅう)・・・個人の和歌を集めた歌集。家(いえ)の集。 | ||
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| 関戸本古今集 | 関戸本古今集(せきどぼんこきんしゅう) | |
|---|---|---|
| 書家 | 伝 藤原行成(ふじわらのゆきなり) (こうぜい)ともいう。 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 |
古今集です。もとは上下2巻の冊子でしたが、欠落して現在では一冊にまとめられています。胡蝶綴(こちょうつづり)で、料紙は、雁皮質(がんぴしつ)の「つけ染め」紫、朽葉、黄、草などですが、一色を濃淡二様にして二枚まで重ねてあります。 高野切にあるような筆の流れに任せるという書き振りと異なり、関戸本古今集は筆者の意識が随所に表出しています。抑揚のある運筆には特に注意をします。 | |
| 書法 | 漢字、仮名ともに正統を伝えた名筆です。縦横無尽の変化があります。また、一首を二行書きあるいは、三行書きの様式がありますが、三行書きの場合でも三行目は半ばで終わったり2字、3字で終わったり、1字のみ書いたところもあります。しかもその1字のみでも一行の貫禄を備えています。下の空間を種々に変化させる事に無限の味が出ています。 関戸本古今集に見られる流麗な筆さばきを支えているのは、転折の強さです。このことに注目し、漢字と仮名の調和の美しさを覚え、仮名の流れをこわさないように漢字を取り入れるようにします。 | |
| 胡蝶綴(こちょうつづり)・・・広げた形が蝶がはねを開いたように見えることから。和本の綴(と)じ方の一。紙を中央で二つ折りにして重ね、折り目の外側に糊(のり)をつけて貼り合わせ、表紙を付けたもの。中国では片面だけに文字があり、日本では両面に文字がある。粘葉(でつちよう)装。 | ||
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| 十五番歌合 | 十五番歌合(じゅごばんうたあわせ) | |
|---|---|---|
| 書家 | 藤原伊房(ふじわらのこれふさ) | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 | この歌集は、平安朝の歌仙の秀歌各一首を、十五番につがえたものです。公任卿(きんとうきょう)が撰し、世に伝えられました。料紙は「唐紙」「臘箋」に型文様がおかれ、六色を用い、縦25cm、一葉に歌一首を中字大の万葉仮名の草体に簡略なひらがなを混融されています。個性的な表現を試み、勁健峻抜な趣があります。 | |
| 書法 | 重厚な線質で表現され線の肌は、漢字とは違った気骨があります。泰然と、各一葉に四行を表現し、各行、上下に上手く呼応しています。 | |
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藤原伊房(ふじわらのこれふさ)・・・三蹟の一人、藤原行成の孫で、行成が創始した世尊寺流(京都市上京区にあった寺)の第3代目。 勁健 (けいけん)・・・強くすこやかなさま。 峻抜(しゅんばつ)・・・山などがけわしくそびえていること。また、人よりぬきんでてすぐれているさま。 | ||
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| 針切 | 針切(はりぎれ) | |
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| 書家 | 伝 藤原行成(ふじわらのゆきなり)(こうぜい)ともいう。 | |
| 時代 | 平安時代 11世紀 | |
| 特徴 |
藤原行成と伝えられていますが、当時の能書家のものと思われます。 針のようなするどい筆線にちなみ(針切)と称したものです。 (相模集(さがみしゅう))と(源重之(みなもとしげゆき)の子の僧の集)を書写した冊子の断簡です。このため、同じ針切と称されるものでも、書風や様式に違いが生じています。 | |
| 書法 | 自由闊達な連綿の流れは古筆の中で屈指と思われます。それゆえ、ある程度仮名書法の基礎が出来てから取り組むほうが良いです。また、最初から原寸大の臨書を試みると萎縮してしまうので、すこしおおきめに書いてみると良いです。 | |
| 断簡(だんかん)・・・きれぎれになった書き物。文書の断片。 | ||
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