Emily Dickinson(エミリ・ディキンソン)について


Introduction
Emily Dickinson(エミリ・ディキンスン)1830〜1886


1830年12月10日、マサチューセッツ州アマスト(Amherst=ボストンから120キロほど西)生まれ。当時の人口は二千数百ほど。父親は法律家で国会議員も。1歳半上の兄と2歳半下の妹がいる。1840年から46年までアマスト・アカデミーで教育をうけ、1847年マウントホリヨーク女子学院に入学するが、当時繰り広げられた信仰復興運動の中、家族でただ一人信仰告白を拒否。マウントホリヨーク女子学院も1年で退学し、以後、自宅で病弱な母の代わりに父の世話をする。自作の詩を清書し始めるのは28歳ごろ、またこの頃から世間から身を引くようになる。最終的には親しい親戚や、友人との文通だけが交信手段となる。32歳のときトーマス・ウェントワース・ヒギンスン(Thomas W. Higginson)に手紙を出し、詩の批評を乞う。それ以来、彼は彼女の唯一の「指導者」となった。しかし、彼女の破格の詩風は当時のVictoria朝風の詩的状況とは合わず、また詩法や脚韻の規則も無視したところが多かったことなどから生前に彼女の詩が出版されることはなかった。1886年5月15日腎炎がもとで死去。独身を通した。その後、1890年にヒギンスンとディキンスン家の知人により、『第一詩集』(Poems)が出版。全貌が明らかになったのは、1955年トマス・ジョンソン(Thomas H. Johnson)編集の『全詩集』(The Poems of Emily Dickinson)による。
 

Poems (彼女の詩の特徴

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これらとは別に・・・


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