松本市の歴史を感じるもの
松本押絵雛・松本押し絵雛
 (まつもとおしえびな)
 
松本押絵雛・松本押し絵雛

押絵が盛んになるのは元禄年間(1688〜1704)で、元文4年(1739)京都で出版された「花結錦絵合」が版を重ね江戸でも売られるようになり、その後文政8年(1825)に「押絵早稽古」と改題された時に「少女衣装絵を細工之図」がつけられたようで、この手引書の刊行が押絵を地方の武家や町人へまで広めたと考えられているそうです。
押絵雛は江戸時代の後期には全国各地で作られ、土雛とともに庶民の雛祭りに飾られていました。
松本の押絵雛は、天保年間 (1830〜1844) に始まったとされ、錦絵を基にして小さな押絵雛が作られていたようです。
明治頃からは需要に応えるために分業化(顔描き・顔張・胴張・下絵描き・心拵え・台造りなど)が進み、押絵雛も大型化してきたようですし、松本の特産品として県外にまで販売されていたようです。

松本の押絵雛は鉄道が開通した明治後期から、次第に座雛に取って代わられるようになり、大正期には技術を保有する人が途絶えてしまい姿を消しました。
しかし、博物館や民家に残る押絵雛を参考に松本押し絵雛研究会(ベラミ人形店)がその技術を復活させて、復元製作されています。


※ 松本押絵雛の制作過程
※ 松本市立博物館所蔵の古い松本押絵雛
※ お目出度い松本押絵雛
*使用している写真は松本市立博物館様のご了解をいただいて撮影したものです。
  
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