松本市の歴史を感じるもの
三九郎 (さんくろう)
 
三九郎は小正月に行われる子供中心の行事で、注連縄・松飾り・達磨などを集めて燃やし神送りをする行事です。
この三九郎の火で焼いた繭玉(まゆだま)を食べると、一年間無病息災で過ごせると言われています。
三九郎 (さんくろう)
写真のように心棒を組み立てます。
写真のものは心棒が3本ですが、3本以上の心棒を立てるものもあります。
三九郎 (さんくろう)
私が育った地区では、「呼び三九郎」、「小三九郎」、「大三九郎」の三つを建てていました。
「呼び三九郎」はもじ通り、これから三九郎を始めますというお知らせのために燃やします。
その後、小三九郎、大三九郎の順に火をつけて行きます。

昔は、「呼び三九郎」に火をつける前に、

≪さんくーろー じんくーろー 、じっさとばばさでまごつれて さんくーろーにきておくれ≫

と歌いながら子供たちが村内をねり歩きました。
三九郎 (さんくろう)
いよいよ「大三九郎」への点火です。
三九郎 (さんくろう)
稲藁が沢山入っていますので、瞬く間に大きな火の柱がたちます。
三九郎 (さんくろう)
    
三九郎 (さんくろう)
  
三九郎 (さんくろう)
   
三九郎 (さんくろう)
   
三九郎 (さんくろう)
この三九郎の火で「繭玉」を焼き(炙り)、一年間の無病息災を願い食べます。 
三九郎 (さんくろう)
「繭玉」 のいろいろです。
最近はとてもカラフルになってきましたし、いろいろな形のものを見る事が出来ます。
  
三九郎の語源
松本市の2006年1月15日号の広報に三九郎の呼び名について記載されていましたので、紹介したいと思います。

「三九郎」の呼称は諸説有って良く分らない、というのが結論でした。


市立博物館に残る資料によると、1678年正月に出された触書には「左義長(さぎちょう)」と記されていたのそうです。

諸説(1) 道祖神の「神主福間三九郎」のお札が配られたことによる人名説。
諸説(2) 三九郎と呼ぶ木製の人形を備えることから人形名に起因する説
諸説(3) 凶作・重税・疾病の三つの苦労=三九郎とする説。
諸説(4) 三本の柱を立てて九段に横木を渡す説。
諸説(5) 松本城を築いた石川氏時代の文書に三九郎という人物が三人登場していることから、石川氏との関係が深いのではという説。

何れにしても、300年を越えて伝わってきた行事です。
 

三九郎のいろいろ
松本市内では凡そ450〜480箇所で三九郎が建てられています。
成人の日が1月の第二月曜日に変更になる前は、殆どの地区が15日に点火していました。
無病息災を願った小正月の行事、三九郎。
全国的には「どんど焼き」・「どんと焼き」と言われているようです。
書初めをこの三九郎の火で燃やすと、字がきれいに書けるようになるそうです。
竈(かまど)が各家庭にあった頃は、この三九郎の焦げた柱を切りわけ、各家庭に子供たちが売り歩きました。
これを竈に入れることにより、一年間火による災いがおこらないと言われました。
 
 

 
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