みやもりむらかねどりいせき
           宮守村金取遺跡の調査成果
                       岩手県宮守村教育委員会 黒田篤史
1.調査要項
  遺跡名称:   金取遺跡(遺跡コードMF20-1379)
  所 在 地:  岩手県上閉伊郡宮守村字達曽部22地割72番地
  調査指導:   文化庁・岩手県教育委員会
  調査主体:   宮守村教育委員会
  調査対象面積:    4,691平米
  発掘面積:       119.7平米
  調査期間:    平成15年8月26日〜9月19日
  調査原因:    遺跡公園整備構想にむけた遺跡内容確認のため

2.遺跡の立地
 遺跡は岩手県上閉伊郡宮守村字達曽部22地割72番地(北緯39。23'23"、東経141。
20'28")猿ヶ石川に注ぐ達曽部川の支流宿川の西岸にある、舌状に張り出した小丘陵上
に遺跡は所在する。海抜高度は241mで、現河床からの比高は20mを測る。


3.遺跡の発見とこれまでの調査成果
 金取遺跡は、1984年に武田良夫氏が造成工事により露出していたローム層中から、大型
打製斧形石器を採取したことによって発見された。遺跡は開発により破壊される恐れがあ
ったため、1985年に文化庁と岩手県教育委員会の文化財緊急調査補助金の交付を受け宮守
村教育委員会が主体となり、金取遺跡発掘調査団(団長 菊池強一氏)が調査担当として
第1次発掘調査を実施した。
 第1次発掘調査では、渋民火山灰層(上部が32,930年B.P〜約33,000年B.P)より
古く位置づけられる第III層と、Aso-4(約9〜lO万年前)とほぼ同層準の第IV層から、
後期旧石器時代の石刃技法と明確に区別される特徴を持つ石器(III層32点、IV層8点1)
や木炭片(III層多数、IV層18点)、を検出したと報告されている。(1986.3菊池・武田ほかp.p.14)

4.調査の目的と調査体制・方法(図2)
 今回の発掘調査では、@破壊されていない範囲において遺跡の南側及び東南側への広が
りを確認すること、A主として調査区の土層を検討して、1次調査で遺物が出土した周囲
の各時代・時期の旧地形を把握するための情報を得ること、B年代測定やテフラなどの検
討を行い、文化層の年代を確定すること、が主な目的である。
 調査は宮守村教育委員会を主体とし、国庫補助を受けて行っている。その体制は、まず
村(村長・教育長)と専門家による金取遺跡発掘調査委員会を組織し、調査の中心組織と
する。次に遺跡の重要性を考慮し、慎重な調査を実施するために、考古学や地形・地質学
の専門家による金取遺跡発掘調査指導委員会と発掘調査顧問から学術上の指導・助言を得
て、文化庁・岩手県教育委員会からは行政的な指導を得ている。なお、調査事務局(村教
委)と調査担当(岩手県教委・村教委)が実務に当たっている。
 調査の目的を遂行するために、南側斜面および東側斜面にそれぞれ26.3m×2m、30m×2
mの長大なトレンチを設け(B地点1トレンチ、B地点2トレンチ)、丘陵に堆積している
士層の確認を行った。また現存する丘陵頂部付近に、3m×3mのグリッドを設定し、遺物
分布範囲の確認を目的に発掘調査を行った。
 出土物(遺物と自然物)の取り扱いには、細心の注意を払った。まず、クリノメーター
などを使用して、出土物の産状と土層堆積の整合性が検証できる記録2を残す努力をした。
次に、遺物か否かの判定が現場で困難な場合もあるので、自然物と見られる礫などの記録
も徹底して行った。そのような証拠を残した上で、整理室に持ち帰った後に、慎重な対応
をした。以上のことは、特に中期旧石器時代という日本列島において、現在ほとんど不明
な分野を再構築する場合、当面不可欠な作業であると考える。

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1報告書では皿層31点、IV層9点となっているが、o層32点、IV層8点の誤植である。またこの数字には・第1
 次発掘調査中に出土した遺物に加えて、それ以前に採取された石器の数も含まれている。

2産状については、クリノメーターを用いた出士物の長軸の方位や傾斜についての記録のほか、トータルステーショ
 ンを用いた座標の数値記録、35mmカメラおよびデジタルカメラを用いた出土状況・インプリントなどの写真記
 録を行った。なお産状記録の方法については菊池強一氏からご教示いただいた。
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調査地区配置図


5.基本層序(図3・4・5・6)
 金取遺跡の土層堆積状況が最も良好なのは、C地点西壁の北半である。(図4・5)このC
地点の層序を金取遺跡の基本層序とする。各層の特徴と、第1次調査成果との対応関係3は
表1にまとめた。
 今回確認できた各層は、前回調査の層序と基本的に対応可能であるが、以下の諸点にお
いて若干の相違が見られた。
 h層に対比できる層は前回調査では見られなかった。土層の様子から前回調査以降の盛
土と考えられ、きわめて新しい人為堆積層であると考えられる。1b層は前回発掘調査のI
a〜I b層に対応するとみられ、1次調査当時の表土である。この1a層には縄文時代晩期の
遺物が包含される。2層は前回調査のII層(後期旧石器)に直接対応するものと考えられ
たが、今回D-13グリッドで、この層の上部に縄文前期の土器を包含していることを確認
した。これはD-13区を設定した地点が、緩く南西方向に傾斜しており、当時の表土が薄
くしか積もっていない。そのため、上層の遺物が部分的に入り込み、2層上部に包含され
ていたものと推測される。
          表1基本層序の特徴と1次調査との対応関係

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31次調査との土層対応関係については、1次調査団長である菊池強一氏のご教示に依拠した。
4C地点断面では、サンクラックのような痕跡が認められたが、A地点D-13グリッドの発掘調査区においては、
 平面的に確認することはできなかった。
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 3層についてa・b・c・dと細分されているが、細分可能なのはC地点のみで、A地点D-
13グリッドでは細分できない。また、3d層(村崎野軽石層)はC地点の西壁北側の平坦な
部分にのみ残存していた。
 4a層は上下に細分された。前回調査の報告書にはこの細分について記載はないので直接
対応はしない。今回の調査ではC地点断面において、4a下層上面および4b層上面からの
サンクラック状痕跡を認めることができた。1次調査報告書ではIVb層上面(4b層止面)
にサンクラックが発達していると記載されており、これに新たな知見が加わることとなる。
 今回の発掘調査では、広域テフラを肉眼で観察することはできなかった。士層について
は火山灰分析を行っており、その結果によって層中に包含されている肉眼では特定できな
い広域テフラを、検出できる可能性がある。




6.出土物(図6・7)
 今回の発掘調査では、縄文時代前期・晩期の土器とそれに伴
うと見られる石器が出土したが、確実な旧石器時代の遺物を検出
することができなかった。A地点D-13グリッドの3層中には
炭化物が散漫に出土した6(図7)。また、3層と同じレベルから頁
岩製のチップを検出したが、グリッド南側にある木の根カクラ
ン中からの出土であったため、1層からの落ち込みの可能性が高いと考えられる。(図6)1
層から縄文土器、3層からは炭化物を検出し、1次調査の成果を裏付ける結果となった。



7.まとめと展望
(1)2次調査の目的の1つは、1次調査の南側と南東側に当たる隣接地への遺跡の広がり方
 を把握することである。A地点D-13グリッドは旧石器の出士を期待して設定したが、
 旧石器は出土しなかった。他の調査区においても旧石器は出土しなかった。この結果、
 金取遺跡の現状において、旧石器時代の文化層が残存しているのは、1次調査区を中心
 にきわめて狭い範囲に限られていると推定される。
(2) 1次調査の遺物包含層に対応する士層は、丘陵頂部の狭い範囲にしか残存しておらず
 (A地点)、その土層の二次堆積層が東側斜面に分布していることが、今回新たに確認
 できた(B地点2トレンチ)。この成果をもとに旧石器時代の旧地形の復元を行う。
(3)C地点土層断面において、土層の自然科学的年代測定(熱ルミネッセンス法など)や
 テフラ分析をするための試料採取などを行ったので、1次調査の文化層の年代を確定で
 きることが期待される。
 今後は、今年度発掘調査の結果と、来年度に予定している遺物分布把握のための補足発
掘調査、また遺跡周辺で類似する地形や土層を示す地点の探索などを実施して得られる情
報をもとに、あらゆる角度から金取遺跡とその時代の解明を目指したい。
 本稿は、平成15年12月6・7日に開かれた第17回東北日本の旧石器文化を語る会の予
稿集の内容とほぼ同様であるが、整理の進度の違いから、一部において若干異なる。整理
作業中のため、報告内容・解釈は流動的であり、来年度刊行の報告書がすべての報告を優
先することをあらかじめご了承願いたい。

謝辞
 調査中には多くの方にご来跡いただき、ご教示を賜った。お名前は省略させていただく
が、ご教示を下さった方々に謹んで感謝申し上げる。

参考文献
1986.3 菊池強一・武田良夫ほか 『金取遺跡発掘調査報告書』 宮守村教育委員会
2001.12 菊池強一・武田良夫ほか  「岩手県金取遺跡・柏山館跡再論」『第15回東北日本の旧石器文化
              を語る会予稿集』東北日本の旧石器を語る会
2002.11菊池強一・武田良夫ほか 「岩手県金取遺跡」『考古学ジャーナル』495号ニューサイエンス社


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