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石油時代の到来

石油が利用されるようになったのは19世紀の半ばからであり,その用途は灯火用でした。それ以前は灯火用の油として鯨油が使用されていました。鯨油はクジラから大量にとることができたので,日本でも同じように使用されていました。

ところが,鯨油はろうそく原料,機械用潤滑油,皮革用洗剤,マーガリン原料など多くの用途があり,コスト的に灯火用には使用できなくなったようです。なんといっても18世紀の後半から20世紀の前半まで鯨油は世界的に重要な資源だったわけです。

クジラに関する国際的な機関であるIWC(国際捕鯨委員会)も鯨油に関する取り決めをするためのものだったのです。現在は鯨油に代わる代替物質が利用できるようになりましたので,世界の主要国はクジラを捕獲する必要がなくなりました。そのような背景から,「クジラは人類の次にかしこい動物であるから捕獲は禁止すべきだ」という環境保護団体(?)の世論に押されて,IWCは商業捕鯨禁止を続けています。

クジラを資源として見た場合,資源保護の立場から捕獲枠を規制するのは当然のことです。それが,クジラは特別な動物だから捕獲は禁止するという異常な論理になっているところに問題があります。

欧米の自然保護団体が取り組むべき問題は中南米,アジア,アフリカの熱帯雨林を破壊して生産された木材,牛肉,植物油であり,マングローブ林を破壊しで非持続的な方法で生産されているエビであり,カナダの温帯湿潤林や亜寒帯林を破壊して生産される木材であり,楽しみのため野生生物を殺すアフリカでのスポーツ狩猟ではないでしょうか。自然保護の本質は地球上の生物の共存であり,特定の生物種を特別に保護することではないはずです。

さて,鯨油に代わって灯油を利用するようになりますと原油が不足するようになります。油井を建てて地中にある原油を採掘する方法は1859年に米国のドレークが初めて成功したとされています。ドレークは岩盤を機械で掘り下げ,70フィート(21m)のところで油田に到達しました。出油量は30-35バレル/日でした。これを機に米国は石油の時代に入ります。

1860年から1930年までの主要産油国は米国,メキシコ,ロシア(ソ連),インドネシア(オランダ領東インド)でした。1860年代には世界の大半の原油を生産していた米国は,1930年になっても世界の64%を占めていました。ロシアではバクー油田が1900年に世界の半分を生産しましたが1915年には枯渇しています。

これに代わり,テキサスでは1901年にスピンドルトップ油田が発見されます。この油田の自噴量は11万バレル/日というそれまでの油田の常識をくつがえすものでした。1900年の世界の原油生産量は約3.5億バレル/年ですから,テキサスの油田一つでその1割を産出するものです。これ以降,第二次世界大戦後まで米国は世界最大の産油国となります。

石油時代の黎明期に米国ではロックフェラー家が支配するスタンダード・オイル(1870年設立)が買収により競争を勝ち抜き,1878年までには米国の石油精製の大半を支配下におき,独占体制を構築しました。

この時期に米国の独占禁止法はまだ未熟でしたが,1911年に連邦最高裁から解体命令が出され,スタンダード・オイルは34の新会社に分割されました。しかし,そのいくつかは国際石油資本となります。米国と欧州資本の7社(スタンダード石油系の5社と欧州系の2社)セブンシスターズと呼ばれ,世界市場におけるカルテルを結び,石油市場を支配するようになります。

(1) エクソン(米系,1999年に合併してエクソン・モービルに)
(2) ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭合弁)
(3) BP(英系,ブリティッシュ・ペトロリアム,前身はアングロペルシャ石油)
(4) モービル(米系,前身はスタンダードオイルNY,現エクソン・モービル)
(5) ソーカル(米系,スタンダードオイルCL,合併してシェブロンに)
(6) テキサコ(米系,合併してシェブロンに)
(7) ガルフ(米系,合併してシェブロンに)

1908年にT型フォードが発売されました。流れ作業による大量生産システムにより生産されたT型フォードは,工場の労働者でも買うことのできる値段設定により,自動車の大衆化を促しました。このときの初期モデルの燃料は植物由来のメタノールでした。まだ,石油を精製して作るガソリンは値段が高かったようです。

原油を加熱すると沸点の差によりいくつかの成分に分離します。この工程を精製といいます。分離された成分は軽い順に次のようになります。
(1)石油ガス
(2)ガソリン,ナフサ(石油化学の原料)
(3)灯油,ジェット燃料
(4)軽油
(5)重油
(6)アスファルト

当初の原油の需要は灯火用の灯油によるものでしたので,その他の成分はじゃまものだったようです。しかし,1880年代に実用的な内燃機関が発明されると,気化しやすくて引火の危険性の高いガソリンも有用な資源として利用の道が開けました。もっとも重い成分のアスファルトも道路の舗装に利用されることになり,原油の成分はすべて利用されるようになりました。

内燃機関に使用されるガソリンは灯油に比べてずっとたくさん消費することになります。ところが,原油にはガソリン成分が約20%しか含まれていません。T型フォードの誕生によりガソリン需要は灯油に対してアンバランスに大きくなります。

このため,バートンは1912年に灯油や軽油に熟を加えて分解し,ガソリンを作りだす熱分解法を発明しました。これにより,原油から精製されるガソリンの量は2倍になり,ガソリンは自動車用燃料として広く使用されるようになりました。原油自体の生産拡大,精製技術の進歩,大量生産による安価な自動車が結び付いて,米国は自動車抜きには考えられない社会になっていきます。

第一次世界大戦,第二次世界大戦を経て石油は石炭に代わり化石燃料の主役になります。同時に石油化学工業は安価な繊維製品,プラスチック製品を大量に供給するようになり,現代産業文明はまさしく石油の上に成立しているといって過言ではありません。

現在の世界の原油生産量は約40億トン/年となっています。このような巨大な生産量が可能になったのは中東でいくつもの巨大油田が発見されたことによります。1930年代から50年代にかけてペルシャ湾岸の地域でいくつもの巨大油田が発見され,世界の可採埋蔵量は急速に増加しました。

そのような石油資源と石油市場の半分以上はセブシスターズと呼ばれる国際石油資本に支配されていました。国際石油資本は圧倒的に自分たちに有利な包括的利権契約に基づいて資源開発を行っており,同時に下流側の石油市場を支配しているため,産油国の利権料は限定されたものになっていました。当時の原油価格は1.7-1.9$/バレルであり,産油国の利権料は21セント程度でした。

しかし,世界最大の産油国であり輸出国であった米国が1948年に輸入国に転じると,石油の中東依存度は高まりました。このような情勢を背景に,中東産油国や南米のベネズエラなどの国々は資源に見合う利益が得られていないと不満をもつようになります。

まず,ベネズエラが1948年に石油操業利益の50%が政府収入となることを保証する,いわゆる利益折半方式を実現させました。サウジアラビアも1950年には利権折半方式を採用し,石油収入を約4倍に増やしました。その後,イラク,クウェートもこれにならい,利益折半方式が定着しました。

力をつけてきた産油国は自分たちの利益を守るため,1960年に湾岸産油国を中心にOPEC(石油輸出国機構)を設立しました。それまでの石油市場では国際石油資本がカルテルにより価格を決定してきましたが,OPECは産油国の収入増のため産油量と原油価格を設定するようになり,OPECが公示するアラビアンライト原油の公示価格が基準となりました。

1973年の第四次中東戦争を契機に,イスラエルを支持する先進諸国を標的にOPECは原油価格を約4倍(バレルあたり2-3$を10-12$)に値上げしました。これが第一次石油ショックです。さらにOPECは加盟国内の油田,石油パイプライン,製油設備の国有化を進め,国際石油資本の影響力をさらに排除していきます。

1980年代になると非OPEC以外の産油国の生産が増えたこと,および欧米に原油市場が誕生したことにより,OPECも公示価格の維持をあきらめ,原油価格は市場により決定されるようになりました。

セブンシスターズも新しい時代に見合った経営の刷新と統合を進め,現在でも石油市場に大きな力をもっています。ヨーロッパ,中国,ロシアにも巨大な石油会社が誕生し,現在ではスーパー・メジャーと呼ばれています。日本で最大の石油会社JX日鉱日石エネルギーの売上高は5.8兆円(2010年)ですから,スーパー・メジャーの1/5-1/3ほどの規模です。

石油会社 売上金額
(億$)
営業利益
(億$)
純利益
(億$)
総資産
(億$)
エクソン・モービル(米国) 4773 817 452 1129
ロイヤル・ダッチ・シェル(蘭) 4584 508 263 -
BP(英国) 3657 352 216 2360
シェブロン(米国) 2730 430 239 1611
トタル(フランス) 2518 195 147 -
コノコフィリップス(米国) 1885 232 118 1777
中国石油天然気集団(国有) 1470 - - -
中国石油化工集団(国有) 1800 - - -

注1)売上等は2008年データ
注2)1ユーロ=1.4ドル,1$=6.8中国元で換算

世界情勢のイベントにより価格の上下はありましたが,2000年頃まではおおむね1バレル20$で推移してきました。ところが,2000年から原油価格は急上昇し2008年には史上最高の135$をつけました。その後は60$-80$台となりましたが,安い石油の時代は終わりを告げたようです。

OPEC(石油輸出国機構)から輸出される原油はおよそ2000万バレル/日となります。中東の場合,原油の生産原価はバレルあたり10$程度と見積もられます。米国の深海油田の場合は,開発費を含めて50$程度にまで上昇しています。

バレル100$の時代になると輸出量1バレルについて90$ほどが国庫に入る計算になります。OPEC全体では毎日18億ドル,年に6600億ドルの収入になります。巨額のドルが産油国に入ることになり,資源をもてる国ともたざる国の格差がさらに拡がることになります。

世界のオイルピークはすでに到来した?

オイルピーク(石油ピーク)とは何を意味しているのでしょうか。1956年に米国の地球物理学者K・ハバート(ヒューバート)は石油の埋蔵量と生産量から将来の生産量予測を行い(ハバート・カーブ),1970年代には米国の石油生産がピークを迎えると主張しました。当時は大変な反論にあいましたが,実際1970年に米国の石油生産は頂点に達し,その後再び生産が上向くことはありませんでした。

確認された石油資源を採掘していくと,生産のピークは埋蔵量を半分消費したときに訪れます。オイルピークを過ぎると,石油生産はなめらかなカーブを描いて減少してきます。この状態では石油は「枯渇」ではなく「減耗」と表現されています。

この考え方は米国だけではなく世界の石油生産にも適用できます。C・キャンベルは1998年にこの考え方を全世界に適用して石油生産のピークは2004年であると予測しました。これが(世界の)オイルピークです。

地球に存在する原油量は有限ですので,いつかは資源の枯渇が起きるのは当然です。しかし,オイルピークは石油の枯渇ではありません。人類が経済的に採掘できる原油総量の半分を消費したあたりで起きるものです。オイルピークは10年間ほどは平らなピークになるかもしれません。その後は毎年3%ほどの割合で生産量は減少します。

● オイルピークはなぜ重要か

オイルピークが重要なのは石油の需給ギャップが発生する可能性が高くなることです。生産は100しかないのに需要が110になると市場価格は急騰します。逆に需要が90になると暴落します。生産コストが価格を決めるのではなく,需給の関係が市場で価格を決定するのです。需給がひっ迫して原油が値上がりしそうだということになると,投機的な資金がどっと原油市場に流れ込んで価格は2倍にも3倍にも高騰します。

2008年に石油価格は史上最高値の1バレル135$を記録しました。この年は石油が不足したわけではありません。供給量は十分にあったのですが,不足しそうだという憶測が価格の高騰を招きました。市場は少なくとも石油の供給に不安材料はないとは考えていないわけです。

米国のオイルピークは発見された資源を必要なだけ,低コストで採掘することにより,きれいな釣鐘型の生産量カーブとなりました。制約事項がほとんどないとこのような自然曲線を描くことになります。世界の石油についてはいくつかの制約条件がつきますので,このような左右対称型の滑らかな曲線になるかどうかは分かりません。それでも,使用できる資源量の半分を消費したあたりにオイルピークがあるという考えは広く支持されています。

オイルピークがいつ頃になるかは人類が利用できる資源量がどのくらいあるかによって変わります。また,資源の質という問題も合わせて考えなければなりません。在来型石油資源においても「高品位の資源から利用される」という経済原則は変わりません。つまり,大きくて採掘しやすい油田から開発が進むわけです。

ところが,このような高品位の新規油田はこの20年間ほとんど見つかっていません。今後,見つかる油田は採掘の難しい深海や極地のものになります。このような石油は資源探査および採掘に多額の費用がかかりますので(油田の規模にもよりますが)コストの高いものになります。

コストが高いということは投入エネルギーが増えることであり,大ざっぱにコストの逆数でEPRが低下します。つまり,これからどれだけの石油が採掘可能かという議論のなかには質の要素も入れておかなければなりません。

● 可採埋蔵量という考え方と数値の信ぴょう性

炭化水素エネルギーとして人類が利用可能なものには石炭,石油,天然ガスなどがあります。そのような資源は地中に存在しているので,調査するにしても技術的な限界があります。また,仮に資源があっても,それを採掘するためのコストが市場価格に見合わなければ採掘会社は採掘しません。

そのため,石炭,石油,天然ガスの埋蔵量については確認可採埋蔵量という指標が用いられています。それは,人類がすでに発見し技術的・経済的に採掘できると確認されている量です。この量は0.85-0.89兆バレルとなっており,石油の楽観論でも悲観論でもそれほど差はありません。

確認可採埋蔵量に不確かな要素を加味したものが可採埋蔵量であり,一般的に「石油の埋蔵量」と呼ばれているのは可採埋蔵量です。可採埋蔵量の中には既発見油田の拡大期待値や回収率の向上などが加算されています。もちろん,新規の油田が発見されると可採埋蔵量に追加されます。

可採埋蔵量は「技術的・経済的に採掘できる」という制約条件がつきますので,採掘技術や経済的な状況が変化すると変わりうる数値であることを意味します。また,それなりの不確かさをもった数値であることに留意する必要があります。

2010年の基本データは次の通りです。数字は分かりやすいようにまるめてあります。埋蔵量の出典は「BPエネルギー統計レポート2010年版」です。また,カナダの非在来型資源であるオイルサンドは含まれていません。
・石油生産量 : 320億バレル/年
・可採年数   : 40年
・可採埋蔵量 : 1.3兆バレル
・既消費量   : 0.8兆バレル

可採年数とは可採埋蔵量÷石油生産量で算出されます。つまり,新しい油田が発見されないまま現在の生産量を続けると採掘可能な石油はゼロになるということです。新規油田の発見がないとすれば人類の採掘できる石油の総資源量(究極可採埋蔵量)は2.1兆バレルということになり,その半分を消費するのは7年後ということになります。

ここで考えなければならないのは現在の可採埋蔵量がどのくらい正確な数字であるかということと,今後どの程度の新規油田が見つかるかということです。実は現在の可採埋蔵量の75%を占めるOPEC(石油輸出国機構)が公表している数値はかなり根拠の怪しいものです。

中東ではでは2000年にカタールが162億バレル,2002年にイランが336億バレルの増加になっていますが,この増加分は既存油田の埋蔵量を見直したものであり,その根拠はかなり曖昧なものです。サウジアラビアにしても1988年に自国の可採埋蔵量を1700億バレルから2600億バレルに見直した前科(?)があります。

OPECではそれぞれの国の埋蔵量に合わせて生産量が割り振られますので,埋蔵量を水増していると噂されています。噂の真偽は判断のしようがありません。OPECの埋蔵量は公表値であり,本当の埋蔵量データは最高度の国家機密なのです。噂が本当であるならば世界の60%を占める中東の埋蔵量は何割か水増しされていることになります。そうすると,オイルピークはかなり近いということになります。

● 今後,どれだけ可採埋蔵量を積み増しできるか

今後の新規油田の発見の可能性はどうでしょうか。地球上にある採掘可能な在来型石油資源量は2兆バレル(悲観論)から3兆バレル(楽観論)の範囲にあると考えられています。この数値のうちどれを採用するかによりオイルピークの時期は相当変わります。

また,経済的に見合えば既発見油田の可採埋蔵量を増やす(埋蔵量成長)ことも可能です。油田は油層にパイプが入ると自噴してきます。自噴により全油量の20-40%ほどが回収できます。これを一次回収といいます。

一次回収による回収割合は油田の構造により異なります。油層の上に天然ガスが層がある場合は,天然ガスが膨張するため自噴圧力は高くなり回収率は上がります。天然ガス層がない場合は,原油に含まれているガスが泡となって膨張するだけですので一次回収率は下がります。

20-40%が回収されたところで油層内のガス圧力が低下して自噴は弱まります。そのままでは回収できなくなりまにで,地上から水やガスを注入して内部の圧力を高めるための方策がとられます。これを二次回収といいます。

さらに高圧水蒸気や二酸化炭素,界面活性剤などを注入して油分の流動性を高める三次回収もあります。ここまで努力すると全油量の60%-70%くらいまでを回収できます。もちろん。コストのかかる方法ですので原油の市場価格との兼ね合いとなります。自噴圧力が失われた油田でもポンプによって汲み上げる方法もありますが,EPRは3程度とひどく低いものとなり,量も期待できません。

経済的に見合う新規油田の発見はそれほど期待できないようですが,埋蔵量の成長を含めて4000億バレル程度は上積みできるというのが悲観論と楽観論の間をとる中間論です。オイルピークは大ざっぱに悲観論では2010年,中間論では2020年,楽観論でも2030年ということになります。しかし,最近はすでにオイルピークに入っているという記事がよく目につきます。

● ナショナル・ジオグラフィック誌の記事より

ナショナル・ジオグラフィック誌の2008年7月号には「特集・石油の涸れる日」という記事がありました。一部をそのまま引用します。

2000年,サウジアラビアの石油地質学者サダド・I・アル・フセイニは驚くべき発見をした。世界の石油生産量は,早ければ2004年ごろから頭打ちになるというのだ。しかも,横ばい状態はせいぜい15年しか続かず,従来の採掘方法では,生産量は「次第に減少に転じ,二度と回復しない」という。

それまで世界の石油生産量は毎年安定的に右肩上がりで増えつづけ,需要を賄えるという予想が大半だった。しかし,当時国営石油会社サウジ・アラムコの探査・生産部門の責任者だったフセイニは,長い間,石油業界の楽観的な予測に疑問をいだいてきた。

そこで1990年代半ば以降,世界の石油の大部分を生産する主要な油田約250カ所のデータを調査。各油田の原油の埋蔵量と生産量に加え,近く採掘が開始される新しい油田のデータもすべて計算に入れた。その結果,石油生産のピークが間近であるという結論に達したのだ。

もし彼の主張が正しければ,国防から輸送,食料生産にいたるまで,生活に欠かせない重要なシステムを安くて豊富な石油に依存してきた人類は,近い将来,劇的な変化に直面せざるを得ない。

世界の石油生産量がピークに近づいているという懸念を示したのは,フセイニが初めてではない。石油地質学者たちは何十年も前から,世界の石油埋蔵量の半分が使い尽くされた後は,年を追うごとに増産は難しくなり,やがて不可能になる日が来ると主張してきた。

1900年に1日100万バレルに満たなかった世界の石油生産量は着実に増えつづけ,現在1日約8500万バレルに達したが,いずれは行き詰まる。準備ができていようがいまいが,我々は石油に頼れない時代に突入する。それが原因で,景気後退や戦争も起こり得るだろう。(中略)

しかし,楽観論者の中にも揺らぎはじめている人がいる。通常,石油価格が上がると,石油会社は新たな探査技術の開発に投資し,採掘困難な油田にも手を伸ばす。1980年代のイラン・イラク戦争勃発後に原油価格は急騰したが,新たに開発された油田の生産量が増えると,市場は供給過剰に陥った。

ところがここ数年は,価格の上昇にもかかわらず,従来型の石油生産は1日8500万バレル前後にとどまっている。偶然にもこれは,フセイニが石油生産が頭打ちになり始めると算出した量と,ぴたりと一致する。

この動かしがたい変化を目の当たりにして,石油業界もやや自信を失っている。2007年秋,国際エネルギー機関(IEA)が,2030年までに世界の石油需要は3割以上増し,1日1億1600万バレルに達するという予測を出すと,石油会社の重役たちさえ,はたして生産が追いつくだろうかと懸念を表明した。

ロンドンで開催された石油業界の会議で,フランスの石油会社大手トタルのCEO(最高経営責任者)クリストフ・ド・マルジュリは,1日の生産量は“どんなに楽観的に見ても”最大1億バレル止まり,つまり,2020年以前に世界の石油需要が供給を上回る可能性があると明言した。

2008年1月には,オランダの石油会社大手ロイヤル・ダッチ・シェルのCEOイェルーン・ヴァン・デル・ヴェールが,「2015年以降,採掘容易な石油と天然ガスの供給量では需要を賄えない」との予測を出した。(中略)

将来の展望が厳しいことになかなか世界が気づかないことをフセイニは危惧している。燃費のよい車やバイオ燃料などの代替エネルギーは石油供給の減少をある程度は補える。しかし,もっと重要なのは石油の大量消費国の需要を減らしていくことだ。エネルギー大量消費型のライフスタイルをどう変えていくか,有意義な議論は「俎上に載せられてすらいない」とフセイニは言う。だが、石油が枯渇することは数字からみても厳然たる事実である以上,もはや議論をこれ以上先延ばしにすることはできないだろう。

● オイルピークが現代社会に与える影響

現代文明は石油文明といっても過言ではありません。逆にいうと石油が高騰したり,手に入らなくなると衰退もしくは崩壊するということです。内閣府経済社会総合研究所が2005年に出した報告書では原油価格が25$から35$に上昇すると,世界と各国のGNPがどのくらい低下するかを試算しています。それによると世界全体で0.3%,日本は0.3%,米国は0.33%,中国は0.52%,いずれも低下するとなっています。

しかし,実際にオイルピークが起きたと市場が認識すれば,原油価格は1バレル100$あるいは200$に上昇するかもしれません。その上昇幅により当面の影響度は決まりますが,どのような影響がでるかみてみましょう。

液体燃料 石油価格に比例して上昇します
国際・国内物流 コストが非常に上昇しモノの移動は制限されます
製造業 原料コスト増と生産コスト増の二重苦となります
物価上昇 工業製品,食料,日用品などすべての物価が上昇します
失業率 需要の減少,企業倒産の増大により増加します
農業生産 生産投入財および物流のコストが上昇します
漁業生産 農業以上に燃料高騰の影響を受けます
エネルギー価格 生産コストは上昇し,同時に市場価格も上昇します
経済成長 確実に大きなマイナスとなります


石油は直接的あるいは間接的に,現在の私たちの生活や経済活動のあらゆる場面で使用されています。オイルピーク後の原油高騰は一時的なものではなく,恒常的にしかも年々上昇することになります。世界が脱石油社会に転換するまでには1世代は必要ですし,転換が可能かどうかも分かりません。まさしく,私たちの社会基盤がゆらぐことになります。

1973年に私たちは「石油ショック」を経験しています。石油価格が3-4倍になり,1971-75年の平均的な消費者物価は12%近い上昇となっています。1974年は10%前後の経済成長から戦後初のマイナス成長となりました。日本経済はエネルギーを大量に使用する重厚長大産業から,省資源,省エネルギー型の高付加価値産業への転換が図られるようになりました。

高度成長期の日本経済がマイナス成長になるほどの影響ですから,現在の需要不足経済下で物価上昇が起こるとどうなるかは想像に難くありません。しかも,世界は当時よりもはるかに石油頼みの社会になっているのです。

この石油と心中する文明を今後も続けるのか,その前に脱石油社会に転換するのかが崩壊と再生の分岐点になるでしょう。脱石油社会の構築には1世代近い時間が必要です。どれだけ早めにスタートしても早すぎるということはありません。

脱石油社会のキーワードは非成長型,持続可能型,人口減少型ということになります。この3つが揃わないと早晩,次の限界点がやってきます。私たちは将来的には確実に起こると考えられる事象も,実際に現実のものにならない限り,正しく認識することはできないようになっているようです。現在は姿を現していませんが,近い将来,確実に私たちの生活を脅かす重大な危機について想像力を働かせなければなりません。

有名な細菌のコロニーの話があります。池に浮くハスでも同じ話があります。細菌は栄養分があれば無限に増殖します。そのため,シャーレの培地に置かれると,一定の速度で分裂して増殖します。1分間に1回分裂する細菌をそのような培地に置き,シャーレがいっぱいになった時間を12:00とします。それでは,細菌がシャーレの半分になる時間はいつでしょう。

答えは11:59です。11:58にはシャーレの3/4,11:59には半分が空いていたのに,12:00にはもういっぱいになっているのです。指数関数的な増加がいかに急激なものであるかがお分かりいただけると思います。11:59になっても細菌は1分後にこの世界がいっぱいになるとは予測できないでしょう。シャーレにいっぱいになった細菌の行く末は,外から栄養分が与えられない限り激減します。

現在の地球は「人口 X 豊かさ=経済規模」が加速しながら増加しています。経済規模の増大は確実に地球環境への負荷を増大させます。まだ半分が残っていると思っていると,次のステージでは容量を超えることになります。実際,人類の活動は1980-90年頃には地球の環境容量を超えているという学説もあります。

おそらくこのまま人口増加,資源の収奪,環境破壊が続くとシャーレの中の細菌のように世界人口そのものがハバート曲線をたどる可能性が強いのです。つまり,世界人口はハバート曲線の左半分のように指数関数的に増加し,人口ピークのあとは指数関数的に数を減らしていくという悪魔のシナリオです。

そのとき,幸運な人々だけがイースター島のように残されたわずかな自然資源で細々と生き延びるようになるのです。地球は有限とはいうものの,やはり大きくかつ複雑なものなので,今はここまで危機が進行している,時計の針は11:58まで進んでいるという決定的な情報は出てこないのです。

最後に登場した天然ガス

1960年代からはガスが一次エネルギーのもう一つの柱になってきました。ガスは液化石油ガス(LPG)と天然ガスの2種類があり,液化石油ガスの主成分はプロパンガスとブタンガスであり,原油の精製工程あるいは天然ガスから分離することにより作られますので二次エネルギーに分類されます。石油ガスは8.5気圧程度に加圧することにより容易に液化して体積は250分の1ほどになりますので,ボンベの形で供給することができます。

原油の場合は地表からのパイプが原油層に到達すると,ガス成分の体積が急激に膨張することによりガスと一緒に地表に噴出(自噴)します。現在は回収して資源として利用していますが,昔は原油と一緒に噴出していたガスを燃やしていました。油田にある高い煙突の先から出ている炎はガスを燃やしているところです。

一方,天然ガスはガス田から直接採取されるもので主成分はメタンガスです。天然ガスと原油の起源は同じものです。地層中に閉じ込められたケロジュン(油母)と呼ばれる有機物を豊富に含む泥岩(根源岩)が原油や天然ガスの母体になっています。

天然ガスはパイプライン網により生産地から消費地まで直接運搬できる優れたエネルギー資源です。天然ガスの大生産地である北米やロシアは消費地との間には網の目のようなパイプラインができています。

ロシアにとってはヨーロッパが最大の消費地です。すでにロシアからのパイプラインはヨーロッパにつながっており,ヨーロッパ消費量の20%はロシアからのものになっています。ロシアから外国に輸出されている天然ガスはすべて世界最大のガス会社であるガスプロムという国営会社が扱っています。

ガスプロムはロシアの天然ガス生産の88%を支配する独占企業です。2006年の生産は5200億m3であり,世界生産の23%を占めていました。ロシアはエネルギーが輸出の大半を占めており,2000年代の初頭にはガスプロムの支払う税金は国家税収の1/4を占めていました。現在は資源価格の上昇により,この比率は高まっていると推測されます。

2006年の会計は売上740億ドル,純利益212億ドル,納付した税金は84億ドルとなっています。この会社の前会長は現在のメドベージェフ大統領です。ロシアはガスプロムを先頭にヨーロッパのエネルギー支配をもくろんでいるように見えます。

ガスプロムはヨーロッパのパイプライン網の買収にも着手しており,ヨーロッパはエネルギーの大動脈をロシアが支配するのではという懸念を強くもっています。エネルギーの安全保障はヨーロッパにとっては現実的な問題となっており,米国と同様に非在来型の天然ガス開発に乗り出す動きもあります。

大陸ではパイプラインによる安定供給が可能な天然ガスも海を超えて輸送するためには特別なLNG船(LNGタンカー)が必要になります。LNG船は原油を運搬するタンカーとはかなり異なったものです。

LNGとは液化天然ガスと意味します。つまり,気体の状態では体積がかさばって海運には不向きですので,-162℃まで冷やして液化します。液化により体積は600分の1にすることができます。比重は0.45程度ですから原油(約0.8-1.0)に比べてかなり軽いことになります。

LNGは超低温ですのでLNG船のタンクは特別の材料でできており,その外側に厚い断熱材が使用されます。天然ガスを冷却してLNG化するためには相当量のエネルギーが必要です。消費地のLNG基地に到着すると液化ガスは海水により暖められ天然ガスに戻されます。この冷たいエネルギーをなんとか使用できないものだろうかと考えます。

天然ガスの国際価格を調べると一様に「100万Btu」という特殊な単位が使用されていました。しかも,この単位に対する説明が何もありません。ようやく,Btuとは英国熱量単位であり,1Btu=1055J であることが分かりました。このような特殊な単位を使用するときは定義を明らかにするのが常識だと思うのですが,ガス業界ではBtuが常識のようです。ともあれ,次のように変換することができました。
(1) 100万btu=1.055GJ
(2) 天然ガスの標準燃焼熱量 1000m3=44.8GJ=42.5 100万btu

天然ガス価格の国際価格は原油のように基準価格に相当するものがありません。ほとんど2国間の取引価格しかないようです。天然ガスは消費の伸びとともに価格も上昇基調にありました。2008年には石油が異常な高値となり天然ガスも同じようなカーブで上昇しましたが,2009年には急落しています。

これは,米国が非在来型の天然ガスの生産を急速に拡大させて,ほぼ自給を達成できるようになったためです。大輸入国が一つ無くなってしまったので国際市場には天然ガスがだぶついて暴落に結び付きました。

しかし,2010年の燃焼エネルギーあたりの天然ガス価格は原油の半分以下であり,早晩,需給調整により価格は上昇するでしょう。天然ガスはタンカーで簡単に運搬するというわけにはいきませんので,北米の市場価格が国際価格に反映されるのは限定的です。さらに,天然ガス輸出国機構が強化され,価格カルテルが実現する可能性もあります。そうなると,米国の天然ガス価格とは無関係に原油にある程度連動させる価格になるかもしれません。

天然ガスは二つの意味でクリーンなエネルギーであり,21世紀の主役になるでしょう。一つは石炭や石油に含まれている硫黄分をほとんど含まないことです。先進国では厳しい環境基準があり,企業は大きな投資をして石炭の燃焼ガスや石油に含まれる硫黄を脱硫しています。天然ガスはその必要がありません。

もう一つは燃焼熱量あたりの二酸化炭素排出量が少ないことです。左の表で計算してみました。1MJの燃焼熱量あたりの二酸化炭素発生量は石炭が93g,石油は63g,天然ガスは47gとなります。

天然ガスの主成分はメタン(CH4)です。1モルあたりの燃焼熱量は水素(H2)が286kJ,炭素(C)は394kJです。メタンは気体ですのでメタンガス1モル(0℃,1気圧,22.4リットル=16g)あたりの燃焼熱量は286X2+394 = 966kJ となります。メタンの燃焼熱量の60%は水素によるものということになります。

このため,天然ガスは熱量あたりの二酸化炭素発生量が少ないのです。天然ガスは採掘時の環境負荷も小さいので優れた化石燃料ということができます。しかし,米国のように非在来型資源が開発されるようになると,その評価も変わるかもしれません。

原子力発電

一次エネルギーではありませんが原子力発電も大きなエネルギー供給源となっています。原子力発電に利用されるウランは太陽系の誕生した時からのものであり,生物起源ではありませんが非再生型であり化石エネルギーのようなものです。

天然ウランには核分裂を起こしずらいウラン238(238U,半減期45億年)が99.3%,核分裂を起こやすいウラン235(235U,半減期7.1億年)が0.7%ほど含まれています。ウランのような原子量の大きな原子は不安定であり,一定の割合で核分裂を起こして別の元素に変わります。

その不安定さを表す尺度が半減期であり,ウランのような放射性核種あるいは素粒子が崩壊して別の核種あるいは素粒子に変わるとき,元の核種あるいは素粒子の半分が崩壊する期間と定義されています。

ウラン235の半減期は7.1億年ですから,7.1億年が経過すると元の量の半分に,14.2億年が経過すると1/4なります。半減期が短い原子ほど不安定ということになります。地球上には鉄より重い元素がいくつも存在しますが,そのような元素は恒星のエネルギー源となっている核融合では生成できません。もちろん,ビッグバンで誕生した初期の宇宙にも存在していません。

鉄より重い元素は超新星爆発時に生成されたものです。つまり,太陽系の始原物質には別の巨大な恒星が最後を迎え,超新星爆発によりまき散らされた物質含まれているということになります。誕生時の地球にはウラン235も現在よりもたくさんあったはずですが,半減期が短いので元の量の1/70ほどに減少しています。

● 原子力発電用ウラン燃料

核分裂を起こすウラン235の空間密度が小さすぎると原子炉の中で臨界状態が作れないため,原子力発電用の燃料にはウラン235の比率を3-5%に高めたものが使用されます。このようにウラン235の比率を高める工程をウラン濃縮といいます。これはとても高度な技術であり,IAEAのような国際的な監視も必要になりますので,通常は国家の管理下で行われます。

というのは原子力発電用の燃料とウラン型原子爆弾に使用されるウランは,ウラン235の比率が異なるだけで,同じような方法で濃縮できるからです。欧米各国が北朝鮮やイランのウラン濃縮に格段の関心を寄せるのは,ウラン燃料と核兵器物質の間に本質的な境界はないからです。

原子力発電所は炉心でウラン235の核分裂を臨界状態に保持し,発生した熱で蒸気タービンを回して発電します。その限りでは他の火力発電所と変わりありません。原子力発電の最大の特徴は燃料が他の発電方式に比べてけた違いに小さいことです。

東京電力のサイトには100万kwの原子力発電発電所を1年間運転して発電する電力量を他の発電方式に代替した時の燃料の必要量が記載されています。石炭なら220万トン,天然ガスでも93万トンの燃料が必要ですが,低濃縮ウランでは21トンでまかなうことができます。

原子力発電は核分裂のときに生じるエネルギーを利用していますが,そのエネルギーは燃料の質量が変換されたものです。燃料棒は燃えるのではなく,核分裂により質量の一部(実際には原子核内部の核子の結合エネルギー)が失われ,その分がエネルギーになるわけです。

アインシュタインの相対性理論から導き出される「E = mc2 ,mは質量,cは光速」の方程式がそれを表しています。質量1kgが完全にエネルギーに変換されると90PJ(9京ジュール),250億kwhになります。100万kwの発電所を1年間休みなく稼働させた時の発生電力は87.6億kwhであり,発電効率を33%とすると発生エネルギーは263億kwhとなり,変換された質量はおよそ1kgということになります。

実は石油や天然ガスを燃焼させる反応でも質量(化学的結合エネルギー)がエネルギーに変換されています。ただし,そのような反応の前後における質量差は全質量の10-8 %と無視できるほど小さいということになります。

質量1kgに相当する250億kwhのエネルギーがどれほど巨大なものであるかは,核爆弾と比較するとよく分かります。ヒロシマ型の核爆弾には約50kgのウラン235が使用されていましたが,実際に変換された質量は0.7g 程度であったと考えられています(wikipedia)。100万kw級の原子炉の中では1年間にその1400倍ものエネルギーが生み出されているのです。

日本の家庭の平均電力消費量は300kwh/月となっています。年間に換算すると3600kwhとなります。87.6億kwh÷0.36万kwh=243万ですので,100万kwの原子力発電所はおよそ250万世帯の電力をまかなっている計算です。

日本の世帯数は核家族化,一人暮らし人口の増加により現在ではおよそ5000万世帯です。5000万世帯の家庭だけで大型原子力発電設備20基分の電力を消費しています。現在,日本の総電力の30%は原子力でまかなわれており,これを代替することは容易なことではありません。

実際には原子力発電所は燃料の交換や保守のため一定期間は停止されます。また,柏崎刈羽発電所のように地震により長期間の停止を余儀なくされている施設もあり,日本の原子力発電所の稼働率は65%程度に落ち込んでいます。地震前の2000年頃は80%でしたが,それでも米国や韓国の90%超に比べると低い値になっています。

● 原子炉事故

原子力発電の抱える最大の問題は重大事故が発生した時の被害の大きさです。火力発電所では燃料をカットすれば熱の発生は停止し,発電所の人的な被害は生じても外部への影響は限定的です。しかし,原子力発電所の場合,核分裂を制御できなくなったり,緊急停止後も発生する核分裂による発生する熱により燃料棒や炉心そのものが損傷を受けることもありうるわけです。

原子力発電においては燃料棒の中では時間をかけて制御された状態で核分裂が進み,その結果,膨大な放射性物質が生成されます。事故によりそのような物質が環境中に放出されると,その影響は計り知れません。

もちろん,そのような事態にならないように何重もの安全装置が組み込まれていますが,人間のすることに完全ということはありません。米国のスリーマイル島や旧ソビエトのチェルノブイリは記憶に新しいところです。チェルノブイリ事故では程度の差はあるもののヨーロッパの広い範囲が放射性物質で汚染されてしまいました。

チェルノブイリは人類が経験した最悪の原子力発電所事故でした。IAEAの記録によると,そのときに放出された放射性物質の量は広島に投下された原子爆弾の400倍にもなりますが,20世紀中頃の大気圏内核実験で放出された放射性物質の総量の100から1000分の1とされています。大気圏内核実験がいかに地球規模の汚染を引き起こしていたかが分かります。汚染が局地的とはいえ,チェルノブイリの破局的な事故が世界の原子力発電推進の足かせとなってきました。

● ベクレルとシーベルト

放射性物質はそれぞれ物理的な性質により決まった頻度で放射線を出して異なった物質に変化していきます。この放射線を出す頻度が放射能の強さということになります。従来はその単位にキュリー(Ci)が使用されていました。しかし,より分かりやすい単位として(全然分かりやすくないですが)現在は「ベクレル(Bq)」が使用されています。

ベクレルは「1秒間に自然崩壊して放射線を発する原子核の数」と定義されています。1Ci = 37GBq ですので,1秒間に37G個(370億個)の原子核が自然崩壊して放射線を出します。ベクレルの値が大きくなるとより強い放射能をもつということができます。

チェルノブイリ事故の汚染地域では汚染の度合いをMBq/km2 のように表しています。1MBq/km2 は,1km2の土地にあるすべての放射性物質の放射能が100万ベクレルであることを意味しています。

ややこしいことに放射能の強さ=被曝放射線量(生物が受ける放射線の影響量)にはなりません。それは,放射線にさらされた生物の吸収線量と放射線の種類毎に異なる影響度により決まります。放射線が人体にどのくらい影響するかという観点で定義されたの単位が「シーベルト(Sv,線量当量,実効線量,被曝量)」です。
シーベルト(Sv)=放射線荷重係数(Wr) X 吸収線量(Gy)

放射線荷重係数は放射線の種類ごとに定められており(高エネルギーの電磁波=1,アルファ線=20,中性子線=5-20),それらの総和が被爆量になります。これにより,人体がどのくらい放射線により被曝したかが分かります。

自然界には地中,大気中および宇宙からの放射線が存在しており,一般の人が1年間に受ける線量は1-2mSv になります。このレベルが人体にとってどの程度危険なものかは議論が分かれています。1年間に平均的に受ける場合は200mSvでも有意の差は見られないという論文もあれば,限界線量(しきい値)というものはなく受けた線量に比例して確率的に健康被害は発生するという考え方もあります。

日本政府はICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に準拠し,職業人(原子力関係の仕事に就いている人)は50mSv/年,一般人は1mSv/年と定めています。20年間原子力関係の仕事に就くと最大で1000mSvの放射線を受ける可能性があります。

ICRPは(慢性的に)1000mSvを被曝すると一生の間に致死的ガンになる確率を0.05,つまり20人に1人が致死的ガンになるとしています。限界線量(しきい値)がないという考え方に立つと,1mSv/年の一般人でも50年間では50mSvとなりますので,400人に1人はガンになるということになります。

もっともガンの発生原因は放射線だけではありませんし,日本人の2人に1人がガンにかかる時代ですから,低レベルの放射線被曝の影響がどの程度のものか判定するのは不可能です。それよりも,日常生活において体内に取り込まれる化学物質や食品の影響の方がはるかに大きいということになります。

放射線を短時間のうちに浴びると危険度はまったく変わります。全身被曝の場合,1000mSvでは明らかな健康被害が生じ,5000mSvでは命にかかわります。医療行為の胸部X線写真は0.3mSv,胃のX線集団検診では4mSv,腹部のCT検査では20mSv程度の放射線を浴びることになります。

この場合の考え方は,医療行為による被曝から予測される害よりも,検査を受けることにより重大な病気が早く見つかることによる個人や社会の利益の方が大きいのでがまんできるということになります。

● 内部被曝と劣化ウラン弾

放射線被曝のもう一つの形に内部被曝があります。これは放射性物質が食品や呼吸により体内に取り込まれたときに発生します。シーベルト(実効線量)を算出するときに使用される荷重係数の大きなアルファ線は名刺程度の紙でも遮蔽できます。しかし,体内に取り込まれると遮るもののなしに周辺の細胞が曝露されることになります。内部被曝は放射線物質が体内に留まっている間ずっと持続しますのでその影響量は大きいのです。

湾岸戦争で使用された兵器に劣化ウラン弾があります。天然ウランには核分裂を起こしずらいウラン238(238U,半減期45億年)が99.3%,核分裂を起こやすいしウラン235(235U,半減期7.1億年)が0.7%ほど含まれています。

ウラン238は核分裂を起こしずらいので,原子力発電の燃料や核兵器を製造するためにはウラン235を濃縮する必要があります。天然ウランからウラン235だけを取り出すのですから,残りはほとんどがウラン238ということになります。

必要なウラン235がほとんど含まれないことから劣化ウランと呼ばれており,高速増殖炉でプルトニウムに転換することができますが,それ以外は役に立たない物質です。これをウランのまま通常兵器の砲弾あるいは弾頭に加工したものが劣化ウラン弾です。米軍にしてみれば核兵器製造の廃棄物から生み出された超高性能兵器ということになります。

ウランの比重は19であり,鉄の2.5倍,鉛の1.7倍もあり,非常に固い金属です。そのため合金にして砲弾として使用すると大きな貫通力が得られ,戦車のような装甲を破壊するのに極めて有効な武器となります。戦車の装甲に衝突した劣化ウラン弾は自分の運動エネルギーで装甲を貫通するとともに,衝突により転換された熱エネルギーにより激しく自己燃焼します(焼夷効果)。

1991年の湾岸戦争では米軍は大量(約315トン)に劣化ウラン弾を使用しました。その効果は戦車戦における米軍の圧倒的な勝利に結びついています。問題はその後のことです。劣化ウラン弾は衝突により激しく燃焼し微粒子の塵(エアロゾル)になって飛散します。劣化ウラン弾は放射性物質を1-200ミクロンという塵の形で広範囲に飛散させる兵器なのです。

劣化ウラン弾の使用された土地は放射性物質により汚染され,その粒子を吸い込んだり水と一緒に飲み込むと内部被曝となります。ウラン238の半減期はウラン235の6倍ほど長いだけであり,時間当たりウラン235の1/6ほどの量の放射線を出します。また,ウラン235も0.2%ほど含まれています。外部被曝の場合の影響量は小さくても,内部被爆になるとはるかに深刻な問題を引き起こす可能性があります。

この影響が(劣化ウランだけには限定できませんが)戦場の米軍兵士や,戦争終了後のイラクの人々に影響を与えています。帰国後に多くの米軍兵士が健康被害を訴えるようになり,「湾岸戦争症候群」と呼ばれています。また,イラク人にも癌,白血病,子供の先天性障害が増加ました。2003年のイラク戦争後にもこのような健康被害が多数報告されています。

湾岸戦争においてはクェートに侵攻したサダム・フセインの軍隊を追い出すという大義がありました。当時のイラク軍の戦力は50個師団56万人,戦車4300台,装甲車両2900台,火砲3100門であり,イスラエルをのぞいた中東では最大の軍事大国でした。

米国を中心とする多国籍軍なしにはサダム・フセインの軍隊を打ち破ることは不可能だったでしょう。米軍にしても人的被害を最小限にとどめ,目的を達成するためにはハイテク兵器が必要でした。それでも,大義のためには放射性物質をまき散らす兵器の使用もやむなしと割り切れるほど冷静ではいられません。

被爆国の日本の戦車砲弾にはさすがに劣化ウランは使用されていないだろうと調べてみると,やはり日本とドイツではタングステンが使用されていました。タングステンは劣化ウランと同様の効果をもちますが,劣化ウランよりはるかに高価なものになります。なんといっても,劣化ウランは核兵器生産の廃棄物なのですから材料費はほとんどタダなのです。

● 使用済み燃料の再処理と核燃料サイクル

使用済み燃料の処理も重要なポイントです。燃料棒中のウラン235は時間とともに減少し,他の物質に変わっていきます。同時にもう一つの反応も起きます。それは核分裂をしづらいウラン238の一部が中性子を取込み,プルトニウム239(半減期2.4万年)に変わることです。プルトニウム239はウラン235と一緒に核分裂を起こします。燃料棒の寿命中に発生するエネルギーの30%はプルトニウム239によるものです。

プルトニウムは核兵器の材料物質です。使用済み燃料棒にはプルトニウム239やウラン235が残っており,他の放射性物質とともにどのように安全に保管するかが第二の重要な問題となっています。北朝鮮の実験用原子炉は発電のためではなく,プルトニウム239を作り出すためものでした。

使用済みの燃料棒からプルトニウム239と燃え残ったウラン235を取り出すのが再処理と呼ばれる工程です。使用済み燃料棒は炉心から取り出され,冷却のために原子力発電所内にある貯蔵プールで3-5年ほど保管されます。

その後,使用済み燃料は二通りの処理があります。一つはそのまま最終処分してしまうという考え方です。つまり,ウラン燃料は一度使用してそのまま廃棄(長期保管)ということになります。

もう一つの選択肢は使用済み燃料の再処理です。使用済み燃料の中にはウラン235とプルトニウム239がそれぞれ1%ほど含まれており,それを廃棄するのはいかにももったいない。それらを取り出すと新しい燃料として使用できるというものです。

使用済み燃料棒の中には,核分裂生成物と呼ばれている高レベルの放射性物質がたくさん含まれています。チェルノブイリではこの物質が大気中に飛散して周辺地域を汚染したのです。このような高レベルの放射性物質を含んだ燃料棒を酸により溶かして必要な物質だけを取り出すことは非常に高度な技術が必要になります。

世界でも商業用原子炉発電所から出る使用済み燃料を再処理しているのは英国とフランスの2施設だけです。日本はフランスに再処理を依頼しています。現時点では濃縮ウラン燃料に比べて再処理燃料は経済的には引き合わないので,世界的にはマイナーな存在になっています。現在,商業的な再処理を新たに進めているのは日本と中国だけです。

日本の原子力行政の基本プランは高速増殖炉による核燃料サイクルの確立です。その入り口ともいうべきものが日本原燃が青森県の六ケ所村で進めている使用済み核燃料再処理工場です。この再処理工場は日本原燃が1989年に申請し1997年には完成する計画でした。総工費は7600億円と見積もられていました。

ところが,度重なるトラブルにより18回も延期され,総工費は約2兆2000億円にふくらんでいます。2011年2月にはさらに20112年10月に延期され,事業費はさらに2000億円が増えると見込まれています。この処理施設で再処理された燃料のコストはいったいどうなるか見当がつきません。

高速増殖炉「もんじゅ」も1995年のナトリウム漏れ火災事故により10年間停止し,運転再開準備を進めていた矢先に物理的な落下事故が発生して運転は再開されていません。軽水炉は中性子の減速材および冷却材として軽水(普通の水)を使用していますが,高速増殖炉は高速中性子を利用するため軽水が使用できず,冷却材として金属ナトリウムを使用しています。

金属ナトリウムは水に触れると高熱を発して激しく反応します。もんじゅでは一次系,二次系ともナトリウムが使用されていますので軽水炉では冷却水漏れで済む軽度の事故が,高速増殖炉では致命的な事故につながります。

1995年の事故はナトリウムの温度を測定するための熱電対が入ったさやが折れたことにより内部のナトリウムが漏出したものです。幸い周辺には水はありませんでしたから,爆発的な反応にはなりませんでしたが,二次系の蒸気発生器で漏出が起きたら,それは大事故につながります。もんじゅのようにナトリウムを冷却材に使用した原子炉の運用はまったく無謀であり,科学技術のおごりとしかいいようがありません。

フランスに委託した使用済み燃料の再処理が進む反面,国内の核燃料サイクルは計画通り進んでいません。その結果,日本は大量のプルトニウム239を所有することになります。日本国内およびフランスにあるプルトニウムの総量は40-60トンと見積もられます。

プルトニウム239は核兵器の材料物質となるため核拡散防止条約(NPT)で最高度の管理が義務付けられています。それだけではなく,日本が大量のプルトニウムを抱えることになると「日本は核兵器を開発しようとしている」と国際社会から勘ぐられることにもなります。

このため,核燃料サイクルは進めるものの,現在保有しているプルトニウムを軽水炉で燃やす計画を進めています。これが「プルサーマル」です。プルサーマルは通常の原子力発電所(軽水炉)でプルトニウム燃料を使用するものです。

この燃料をMOX燃料といます。本来は高速増殖炉のための燃料ですが,プルトニウムを削減するための緊急措置です。通常のウラン燃料は3-5%のウラン235を含んでおり,MOX燃料の中にはその代わりに4-9%のプルトニウムが含まれています。原子炉全体の燃料としては従来のウラン燃料が2/3,MOX燃料が1/3くらいの比率で使用されます。原子炉としては発生熱量の半分以上がプルトニウムによるものとなります。

これがプルサーマル計画です。現在,17基でMOX燃料の使用が検討され(一部は実施済み)ています。それでも1年間に使用できるプルトニウムは5トン程度と見込まれており,再処理で増える分を消費するのがやっとの状態です。

人類が使用できる地球上のウラン資源には限界があります。現在の確認埋蔵量は460万トンであり,これは80年分の資源量です。IAEA(国際原子力機関)は推定資源量を1440万トン(270年分)という報告を出しており,高い再処理費用をかけてプルトニウム等を抽出し,燃料として再利用する経済効果が疑問視されています。

なによりも「夢のエネルギー」と喧伝された核燃料サイクル構想は,その中核となる再処理は経済的に引き合わないものなり,高速増殖炉は安全性において容認できるものではありません。40年も前に考え出された「絵に描いた餅」の計画は社会情勢や他のエネルギー技術の進展により放棄されるべきなのですが,日本政府は一度作った計画を廃棄あるいは変更することに対しては病的な抵抗を示します。このような国の進むべき大きな道筋の選択にこそ政治主導は力を発揮すべきでしょう。

● 最終処分場

原子力のもう一つの問題は高レベル放射性廃棄物の処理です。原子炉の内部では核分裂によりいろいろな放射性物質が発生します。使用済み燃料の再処理をするにしても,しないにしてもこのような放射性物質を最終的に保存する場所が必要です。言葉は悪いのですが「核のゴミ捨て場」ということです。

プルトニウムを含め使用済み燃料中の放射性物質は長短の半減期をもっており,プルトニウムは2.4万年となっています。そのため,冷却後に長期にわたり安定した場所で,かつガラス固化のように放射性物質が漏出しないような処置をして保管しなければなりません。

このような場所を最終処分場といいます。通常は深い地層中に保管する方法がとられます。しかし,世界中で最終処分場が確定しているのはフィンランドだけであり,人口密度の高く,地震の多い日本では候補地選定は難航しています。

世界の化石燃料の可採年数が数10年と現実のものになってきており,エネルギー資源価格は高騰しています。そのため,新興国や開発途上国を中心に原子力発電所の建設計画が増えています。それらの計画が実現されると世界の原子力発電所は2008年の435基3億9200万kwから531基4億8000万kwに増加します。このような世界情勢の中でエネルギー安全保障の観点から再処理による高コストの核燃料サイクルを推進することが国策となっています。

最終処分と関係ありませんが,老朽化した原子力発電所の解体と処分もその方法が確定していません。原子炉本体(原子炉圧力容器)は当然ですが,その外側の格納容器は放射性物質で汚染されている可能性がありますので,全体を適切に処分する必要があります。原子炉圧力容器は内径で幅6m,高さ22m程度,厚さ150-300mmの鋼鉄製であり,格納容器はその二回りほど大きなものです。

● 二酸化炭素の排出削減の先を考える

日本に限らず世界の先進国では原子力発電に対する賛否両論があります。高レベル放射性廃棄物の最終処分場の場所については地域の住民の反対があり,広い国土を抱える米国ですら決定できない現状があります。私はどちらかというと原子力発電には批判的な立場です。しかし,エネルギーは好きなだけ使いたいが,原子力発電は困る,二酸化炭素の排出も困る,速やかに自然エネルギーに転換せよと叫ぶ気にはなりません。

エネルギーは現在の私たちの社会を支えている基本要素であり,需要を満たせなくなると社会に大変な混乱が引き起こされるからです。日本のように狭い国土に大勢の人が豊かな暮らしをするためには,集約的なエネルギー資源は欠かせないません。私たちの「豊かで便利な生活」をそのまま継続したいということであれば当面は原子力に頼らざるを得ないでしょう。

鳩山前首相は条件付きとはいえ,日本は2020年までに1990年比で25%の温室効果ガスを削減するという日本の中期目標を明らかにしましたが,その方策については述べられていません。削減に対する強い意志(願望)があっても,現実の経済活動の中でそれを実現することがどれほど難しいかちゃんと理解しているのかと疑いたくなります。

とはいうものの,意思のないところに改革がないのも事実です。首相は国連の場で声を上げる前に,国民に向かって日本の現状と,そこから目標に向かってどのように社会を変えていくかを語ってもらいたかったですね。

国土の大半が山がちな日本では,自然エネルギー(風力,太陽光)への転換は欧州に比べて相当難しいのです。しかも,そのような転換には時間と投資が必要です。森林吸収は当座の削減量になりますが,いずれ国内の森林蓄積量は飽和していきます。

国内で二酸化炭素の排出削減を達成するためには,私たちの便利で快適な暮らしの一部を犠牲にしなければ達成できません。家庭,オフィス,運輸部門におけるエネルギー消費量の削減は避けて通れません。現在,JR東海が進めている中央リニア新幹線は巨額の工事費用だけではなく,1人を1km運ぶのに必要な電力が新幹線の2.5倍程度と見込まれています。

航空機に比べると二酸化炭素排出量は半分だという議論もありますが,これほどエネルギーを大量消費する地上の乗り物が果たして必要かということを検証する必要があるでしょう。利便性よりも省エネルギーを目指す社会とは完全に逆行するものです。

原子力発電のもつ負の側面,およびオイルピークが現実の問題になりつつあることを考えると,政治が考えるべき課題は20年後,50年後にどのようなエネルギー社会を目指すかという長期戦略を描くことでしょう。原子力に頼ってエネルギーの大量消費社会を継続するのか,自然が与えてくれる再生可能なエネルギーでまかなえる範囲の低エネルギー消費社会を目指すのかという選択になります。

低エネルギー消費社会では現在の豊かさや便利な生活の一部は犠牲にせざるを得ません。そのような必要最低限のエネルギー消費でも社会の安定と国民の幸福感を実現させるにはどうすればよいかを政治は考えてもらいたいものです。新しいエネルギー社会は人々のニーズを充足するとともに,地球上の自然システムを尊重するという新しい文明を象徴するものになるでしょう。