Home徒然なるままに

エネルギーとは?

エネルギーを定義するのはとても難しいのです。wikipadia では「エネルギーは物理学を中心に自然科学全般で取り扱われる物理量であり,ある系が潜在的に持っている外部に対して行うことができる仕事量のことである」と定義されています。この定義は分かるような,分からないような・・・。

「ある状態から何か別の状態に変化させる可能性をもったもの」というという定義もあります。自然界のあらゆる変化を引き起こすためにはエネルギーが必要ですから,「エネルギーとは自然界のあらゆる変化を引き起こす可能性をもったもの」と定義することもできます。

宇宙が閉じた系とするならばビックバンで生まれた宇宙は時間とともにエントロピーを増加させ(熱力学の第二法則),限りなく絶対零度に近い熱的な平衡状態(熱的死))に進んでいくという考え方がこれまで定説となっていました。つまり,宇宙はどこもほとんど同じ温度になってしまうのでそれ以上は変化できないということになります。

ところが,20世紀の最後になってダークエネルギー(正体不明のエネルギー)のため宇宙の膨張は加速していることが分かり,宇宙の未来像は新しく塗り替えられることになりました。ダークエネルギーはビックバンで宇宙が誕生してから70億年あたりから支配的となり,宇宙は膨張を加速しています。

現時点ではダークエネルギーは宇宙の全エネルギーの74%,これまた正体不明のダークマター(暗黒物質)が22%を占めており,人類が目で見ることのできる物質は4%しかないということが分かってきています。宇宙の現在の姿(銀河の泡構造)を規定しているものはダーク・マターであり,未来の姿を決定するのはどうやらダークエネルギーのようです。

物質とエネルギーは等価であることはアインシュタインが特殊相対性理論の中で導き出した左の(7)式で表わされています。相対性理論が揺らぐことはないようですが,まだまだ宇宙には人類には理解されていない物質やエネルギーがあるということです。

そのような難しいことはさていおて地球上のエネルギーに話を戻しましょう。地球上のエネルギーは太陽からの輻射エネルギー,太陽系の誕生当時に集められた運動エネルギーと重力エネルギー,それに放射性同位元素の崩壊エネルギーだけしかありません。

地球上にあるさまざまなエネルギーはすべてそのようなエネルギーが形を変えたものです。太陽からの輻射エネルギー以外のものは地球ができた時からどんどん減少しています。地球の内部エネルギーや核エネルギーは少しずつ地表から宇宙に向けて放射されており,減少していきます。

地球の46億年の歴史は少しずつ冷却していく過程であったわけです。ともあれ,地球の内部エネルギーは現在の放射量に比べて十分に大きいので,人類が心配する必要はありません。

一方,太陽からの輻射エネルギーはこの46億年間を通して少しづつ増加しています。現在でも1億年について1%くらい増加しているとされています。太陽の寿命は約100億年とされており,現在はちょうど半分くらいのところにさしかかっています。太陽はこれからも輻射量を増加させるので10億年後くらいには地球は熱的な暴走を始め,金星のような状態になるかもしれません。現在,心配されている地球温暖化程度では熱的な暴走は始まりません。

エネルギーの単位

エネルギーの量を表すためには単位が必要です。それも,国や地域によって単位が異なると大変不便ですので,国際単位が制定されています。日本で使用されている単位はほとんど国際単位となっています。しかし,単位は身近なものですので簡単には変更できません。

日本では尺貫法が広く使用されていました。1尺は0.303m,1貫は3.75kg,1町(10反)が9917m2,1合が0.18リットルというように,現在の単位とはまったく異なっていました。中には現在の生活でも生きているものもありますが,計量法によると取引や証明で尺貫法を用いることは禁止されており,違反者は罰金が課せられます。

とはいうものの,実際には伝統的な業種では黙認されています。日本で尺貫法が法的に廃止されてメートル法(国際単位)に移行したのは1921年(大正10年)ですが,庶民の根強い抵抗のため,メートル法の使用を義務付けたのは1951年(昭和26年)の計量法の施行からです。単位は生活の隅々で使用されていますので,それを変更するのはかくも大変なことなのです。

現在は国際的な取引のために国際単位(SI単位)が制定されており,少なくとも先進国は定義された物理量(基準)からどのくらい正確にトレースされているかが分かる計測器によって物理量が測定されるようになっています。肉屋さんのバネ測りもデジタルの体重計もどのくらい正確に測れるかが仕様としてユーザーに分かるようになっているはずです。

エネルギーも国際単位によって規定されており,J(ジュール)が基本単位です。定義は「1ニュートンの力が力の方向に物体を1メートル動かすときの仕事」となっています。1ニュートンとは1kgの質量をもつ物体に1m/s2の加速度を生じさせる力と定義されています。

つまり,1ジュールとは1kgの質量をもった物体を1m/s2の加速度を与える力を加え続けながら1m動かしたときの仕事量ということになります。この,「動いている物体に同じ力を加え続ける」という概念が非常に分かりずらいですね。

横方向の運動ではなく縦方向の運動で考えると少し分かりやすくなります。地球上のすべての物体はほぼ9.8m/s2という重力の加速度を受けています。リンゴを上に放り上げると最大高さに達してから落ちてくるのはこのためです。1ジュールはおよそ102グラム(小さなリンゴくらいの重さ)の物体を(かかった時間によらずに)1m 持ち上げる時の仕事に相当します。その状態で手を放すとリンゴは地面に落下し,衝突のときのエネルギーも1ジュールということになります。

同じようにリンゴが木から落ちるのを見て,古典力学を確立した17世紀の大物理学者アイザック・ニュートンは万有引力に気が付いたという逸話が残されていますが,これはさすがに作り話でしょう。実際,ニュートンの家の庭にはリンゴの木があったようです。

ジュールという単位は質量(kg),長さ(m),時間(sec)の組み合わせにより定義されたので,このように分かりづらいものになっています。しかし,私たちの日常生活ではジュールはほとんど出てきません。

電気の時間当たりのエネルギーはワットであり,私たちが食べ物から摂取するエネルギーはカロリーです。ワットは1w = 1J/sec という時間当たりのエネルギーです。20w の蛍光灯をつけると,毎秒20J の電力を使用していることになります。しかし,20J の電力料金はいくらかは分かりません。

電力会社の料金書には電力使用量(○○kwh),基本料金(○○円),電力料金(○○円)と記載されているはずです。電力料金の単価(従量料金)は大ざっぱに{(電力料金−基本料金)÷電力使用量}で出てきます。我が家の場合はほとんど1段料金でしたので単価は16.2円/kwh ということになっています。

1kwhとは20wの蛍光灯を50時間使用したときの電力量です。つまり,20w X 50h = 1000wh = 1kwh ということになります。家庭内には電話,ファクシミリ,ビデオなど待機電力の必要な電気製品がいくつかあります。仮に全体で20wとすると1ヶ月の電力量は14.4kwh=233円ということになります。待機電力はけっこう大きいものなのです。

私たちが食べ物から摂取するエネルギーはカロリーで表されます。1カロリーは「1グラムの水の温度を標準大気圧下で1℃上げるのに必要な熱量」と定義されていますが,水は温度により比熱が変化しますので,基本的な物理単位とするには不適当ということのようです。それでもカロリーは私たちの生活にしっかり根を下ろしていますので,いまさら1日の必要エネルギーは8400kJ(2000kcal)と言われても,さっぱり要領を得ません。

ということでカロリーは本来の国際単位ではないにもかかわらず,生活のある範囲ではエネルギーの単位として使用されているわけです。人が必要とする熱量は1日当たり2000-2500kcalです。2500kcalはおよそ10,000kJに相当します。これをワットに換算すると(60X60X24 で割ると)116ワットになります。人の必要とする熱量の相当部分は体温の維持に使用されていますので,昔から1人の人は100ワットの電熱器に相当すると言われてきました。

現代文明を支えている巨大なエネルギーは石炭,石油,天然ガスなどの化石燃料,原子力,自然エネルギー,バイオマスなどでまかなわれており,それらのエネルギー量はジュールというエネルギー単位で一元的に表すことができます。

主要な化石燃料である石炭,石油,天然ガスの量を表す単位は質量,体積などとそれぞれ異なっています。さらに原油はバレル,キロリットル,トンなどと複数の単位が使用されており,相互のエネルギー量の関係が分かりません。

そのため,単位量の化石燃料を燃焼エネルギー(ジュール)に変換する方法が使用されています。例えば一般の石炭1トンは25.7 GJ,原油1トンは41.3 GJとなり,石炭1トンは原油の0.62トンと同じ燃焼エネルギーをもっていることが分かります。同じように天然ガス1000m3(東京ガス45MJ/m3の場合)は原油1.08トンに換算することができます。これが「原油換算キロリットル」あるいは「原油換算トン」という概念です。

ある国で消費されているいろいろな種類の化石燃料を原油に換算することにより,エネルギー消費量の大小を論じることができるようになります。原子力発電や水力発電では燃焼エネルギーという概念はありませんので,ウラン燃料の発熱量や水の位置エネルギーをジュールで算出してから原油に換算します。もちろん,ジュールで表現することもできるのですが,なんといってもなじみのない単位ですので日常生活とのつながりがよく見えません。

化石燃料は燃焼によりエネルギーを産出しますので一次エネルギーと呼びます。それに対して電気,プロパンガス,ガソリンなどは一次エネルギーが形を変えたものなので二次エネルギーと定義されています。日本が使用している一次エネルギーの総量は23EJになります。E(エクサ)は1018を表します。数値でいうと1京が1016ですので23EJ は2300京ということになります。京の上の単位は「垓」ですが使用されているところを見たことがありません。

余談になりますが1万倍ごとに単位数を変える数え方(万進)は江戸時代に標準化されました。日本,韓国,台湾はこの方法を採用しています。漢字の本家の中国では「万万進」が使用されており,1兆は日本の1京に相当します。中国に旅行してもせいぜい1万元あたりが最大値ですのでその範囲では差異はありません。

一次エネルギーを利用して二次エネルギーを産出(転換)するときには必ず損失が発生します。火力発電所で発電するときには燃料で水を暖め,水蒸気の力で発電機を回します。この時,水蒸気のもつエネルギーをすべて利用することはできないので損失となります。また,大気中に放出される燃焼ガスにもエネルギーが含まれています。

ということで,火力発電所の発電効率(発電エネルギーを燃焼エネルギーで割ったもの)は0.35-0.4程度にしかなりません。残りの熱エネルギーは廃棄されることになります。原子力発電所も熱源が異なるだけで発電そのものの仕組みは同じですので,火力発電所と同じくらいの効率になります。つまり,一次エネルギーの2/3は排熱として捨てられているわけです。

これはとてももったいないことです。タービンやシリンダーで仕事を終えた水蒸気は復水器により冷却されて,再度ボイラーに回されます。復水器における熱交換により暖められた冷却水は熱排水として海や川に放出されます。

この熱排水からエネルギーを取り出すと家庭用の冷暖房や給湯に利用できます。しかし,発電所は都市からずっと離れたところにありますので簡単には利用できません。こうして,多くの発電所は周辺の環境を暖めているわけです。

人類とエネルギーの歴史

人類とサルとの共通の祖先から分かれて300万年ほどの間,人類が使用できるエネルギーは食料による2000kcal(2000Cal,2Mcal)ほどのものだけでした。進化したホモ属は肉を焼くため,あるいは他の肉食動物から身を守るため火を使うようになりました。新しいエネルギーは食料から得られるのと同じくらいの量でした。

農耕が始まり人類は家畜を使役に使うようになり,使用エネルギーは12,000kcal,遠い祖先に比べて6倍ほどに増加します。人類は文明を発展させ,水車や風車など自然エネルギーの一部を使用するようになります。300年前に豊かな暮らしをしていた人は23,000kcalのエネルギーを消費していたようです。

人類の使用するエネルギーが急激に増加するのは18世紀後半の産業革命に端を発します。19世紀のイギリス産業人の使用エネルギーは77,000kcalに達しています。産業革命とは蒸気機関による生産力の革新的な増大でしたが,それを支えたのはエネルギー革命です。いかに蒸気機関が発明されても,石炭がなければ産業革命はありえませんでした。

石炭が利用される以前の人類のエネルギー源は自然エネルギー,バイオマス,家畜力だけでした。しかし,英国のすべての森林を薪炭材として使用しても産業革命が必要とするエネルギーにはとても足りません。さらに,木材は体積当たりのエネルギー密度が低いので,大量に運ばなければなりません。

そのため,人類は地中から石炭,石油,天然ガスなどの化石燃料を掘り出すことにしました。化石燃料はバイオマスに比べてはるかに量が多く,かつエネルギー密度が高かったので人類はエネルギーの拡大再生産が可能になりました。それにより,人類は新しい時代を切り開くことができたわけです。

石炭,石油,天然ガスは現在の世界のエネルギーを支える化石燃料であり,化学工業の原材料にもなっています。化石燃料は人類に多大の恩恵をもたらしましたが,燃焼ガスに含まれる二酸化炭素が大量に大気中に放出されるようになりました。人類が破壊した森林から放出される二酸化炭素もこれに加算されます。

大気中の二酸化炭素は温室効果をもち,現在のおだやかな地球の気候には欠かせない物質です。現在の地球の平均気温は15℃ですが,二酸化炭素がなくなると-18℃程度に下ります。逆に二酸化炭素が増加すると温暖化となります。産業革命が始まったころの大気中の二酸化炭素濃度は280ppmでしたが,現在では381ppmにまで上昇しており,人類の活動に起因する地球温暖化が始まっています。

産業革命以降に人類は4710億トンの炭素を(二酸化炭素の形で)大気中に放出しました。内訳は化石燃料やセメントによるものが3150億トン,森林破壊によるものが1560億トンとされています。人為的放出炭素4710億トンのうち2560億トンは森林や海洋に吸収されましたが,2150億トンは大気中に留まっています。この分が大気中の二酸化炭素を100ppm増加させました。

世界中の人々が程度の差はあっても温暖化の影響を受けるはずですが,世界の首脳が集まっても二酸化炭素の排出量削減の合意は困難を極めています。それは,経済活動と二酸化炭素排出量が密接に関連しているからです。

少なくとも現在の経済システムの中ではGDP(国内総生産)とエネルギー消費量(二酸化炭素排出量)は明らかに正の相関があります。GDPが増えるということは製品をたくさん製造したり,より多くのサービスを提供することであり,そのためにはエネルギーが必要ということになります。

温暖化を防止することに反対する人はほとんどいないでしょうが,自分の生活の豊かさが損なわれることを我慢しようとする人はそう多くはありません。最新科学がバラ色の未来をもたらしてくれるという幻想はもつべきではありません。市場経済という名の資源とエネルギーの大量消費社会にあっては,資源の枯渇以外には過剰消費を押しとどめる力をもたないようです。

ところが,オイルピーク(石油生産量のピーク)が現実のものになってきました。いや,すでにオイルピークは到来しているかもしれないのです。オイルピークに関しては「人類とエネルギー|石油時代の到来」で説明してあります。

有限の地球

私の目には,世界が経済成長という破局のゴールに向かって,まっしぐらに,しかも加速しながら走っているように見えます。中国,インド,アセアン諸国,ブラジルなどの人口大国も豊かさを求めて先進国のあとをより速い速度で追いかけています。その先にあるものは,生物の大絶滅であり,気候変動であり,資源の枯渇なのです。少なくなった資源を争奪するため武力が行使されるかもしれません。そのような破局点は数年から数十年先に迫っているのです。

にもかかわらず,世の中の多くの人々は地球が有限であることを認めたがらないようです。地球が有限であることは自分たちの物質的な豊かさや,便利さも有限であることに他なりません。そのようなものは技術が解決してくれると安易に考えている人も多いでしょう。石油が枯渇するとしても,それまでは現在のエネルギー大量消費社会で豊かな生活を送りたいというのが,大多数人々の考えなのでしょう。

この考え方は急激に増加している日本の国債発行残高ともよく似ています。2009年末の国債発行残高は約700兆円(長期債務のみ)になっています。それに対して家計金融資産(約1450兆円,2009年末)に占める預貯金は800兆円であり,このうち450兆円くらいが直接・間接のかたちで国債になっています。

家計金融資産のうち現預金はこの10年で100兆円ほど増加して約800兆円に膨らんでいます。マクロ経済でみると消費や投資に回されないで貯蓄に回っていることになります。この穴埋めをするように国が財政赤字を増やして需給ギャップを埋めようとしている図式になります。

しかし,財政赤字の垂れ流しはじきに限界がきます。国債発行残高は政府の借金であり,国民からの税金で返済しなければなりません。国と地方を合わせた税収入を大別すると,所得課税(個人と法人),資産課税(固定資産税と相続税),消費課税(消費税,自動車税,酒税,揮発油税など)となります。

税収入のうち企業が支払うものは法人税と固定資産税の一部です。法人税率は引き下げ方向ですし,固定資産税も地価の下落により増えそうにありません。少子高齢化社会の進行により社会保障費の自然増加は避けられませし,現役世代は相対的に減少していきます。現役世代からの所得課税の増税に頼るのは(一部の富裕層を除くと)あまりにもひどい方法です。

消去法で残るのは消費課税しかないのです。消費課税は現役世代と年金世代が公平に支払うことになりますので,世代間には公平な税ということができます。その一方で,所得の低い世帯にとっては税負担が増加します。所得税の累進課税の強化と消費課税の増税のバランスをとる必要があるでしょう。

管内閣の掲げる「税と社会保障の一体改革」は必要です。歳入に見合った社会保障は当然のことです。しかし,足元の予算では「子ども手当」や「高速道路の一部無料化」など不要不急の歳出項目を増やしており,財政の考え方がどちらに向いているのか首をかしげたくなります。農家の所得補償制度も強い農業への政策展望もなしに単なるバラマキになっており,強い農業の基盤となる農地の集約化に逆行する流れを作っています。

2010年度の予算で見ると,一般会計の歳入92.3兆円のうち税収入は37.4兆円しかありません。10.6兆円のその他収入の大半はいわゆる「埋蔵金」であり,次年度は期待できない性格のものです。残りの歳入不足44.3兆円はすべて国債でまかなうことになります。

歳出の中で債務償還費は10.8兆ですから,国債発行額との差額33.7兆円は財政赤字ということになります。埋蔵金はタンス預金のようなものですから実質的な財政赤字は40兆円を超えると思われます。このようなとんでもない財政運営は国民の望んだ結果なのです。

地方自治体の場合は,財政の実質赤字比率,連結実質赤字比率,実質公債費比率,将来負担比率の4つの指標が一定基準を超える場合に「財政健全化団体および財政再生団体」に指定され,国の管理のもとで財政再建が図られます。しかし,国自身にはそのような法律はありませんので,放漫財政を法的に規制することはできません。

財政健全化のためには歳出の削減と歳入の増加の両方が必要です。しかし,現実の日本では社会福祉の低下はいやだ,消費税増税もいやだというばかりです。政権を担当する政党は政権維持のため消費税の増税には口をつぐんできました。1997年に消費税を最後に引き上げた第二次橋本内閣は1998年の参議院選挙で惨敗し,内閣総辞職となっています。

1997年頃の国債発行残高は296兆円でした。その後の内閣は財政再建にはまったく手を付けず,赤字国債を垂れ流してきました。それはまさしく国民が望んだ結果なのです。石油資源がいつかは枯渇するように,日本の財政もいつかは破たん(新規国債が発行できない)することになります。科学技術や経済成長がエネルギー問題や財政問題をすべて解決してくれるなどと考えるのであれば,そのどちらも幻想に過ぎません。

自分たちの子どもや孫が支払うべき借金で暮らしていながら,それを減らすことに強い拒否反応を示すのは,自分たちの未来の世代の資源を使い切ってでも自分たちの豊かな生活を維持したいという考え方と同じものです。日本の財政も石油もどこかで破局点があるのです

ヨーロッパにおける国家財政の危機がどのような結果をもたらしたか,考えてもらいたいものです。EUではメンバー国に財政赤字をGDP比で3%以内に収めることを義務付けています。2010年の日本のGDPは540兆円ですから,財政赤字比率は6.2-7.4%ほどにもなります。

ギリシャの財政危機は外国からの借金でまかなっていたから危機になったもので,日本の場合は国内からの資金調達なので性格が異なるという話をよく聞きます。しかし,債務者が自国民であろうと外国人であろうと債務の本質はまったく同じです。要は債務を返済できるかどうかが問題になるわけです。

現在の日本は個人の預貯金,年金などの原資,日銀の買い入れなどで国債をまかなうことができているだけです。財政を健全化するためには社会保障を含めた行政サービスの大幅な低下と,大増税が必要になります。1997年の時点で財政再建を目指していれば救いようもあったかもしれませんが,現時点では国民が悲鳴を上げるくらいの荒療治が必要になっています。

有限の地球に暮らす人類は人口や経済規模を無限に増殖させていけないことは明らかです。現在の非持続的経済をどのようにして持続的な経済に転換できるかが20世紀の終わりから人類に突き付けられた最重要課題であるのは確かです。GDPには環境破壊,資源枯渇,廃棄物などGDPの内在するマイナス面がまったく反映されていません。新しい持続性を担保した経済指標, 社会開発指標が必要です。

すでに,1970年代の初めに現在のような大量消費社会に対して警鐘を鳴らしている賢人会議があります。設立のための会合が1968年にローマで開かれてことから,「ローマクラブ」と呼ばれています。1970年に発足したこのクラブは世界各国の科学者,経済人,教育者,各種分野の学識経験者など100人からなり,1972年に「成長の限界」と呼ばれている報告書を出しています。

その内容は,資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達するというものです。21世紀のいつ頃に限界点がくるかは分かりませんが,確実に限界点はやってきます。ローマクラブでは1992年に「限界を超えて−生きるための選択」を出しています。この中では21世紀の前半に破局が訪れるとしています。私たちは現在の資源とエネルギーの大量消費による豊かな生活をどう変えればよいのか,学識経験者の声に耳を傾けたいものです。

エネルギー資源の質を考える

人類が最初に使用した化石燃料である石炭は,それ以前に使用していた薪に比べて単位重量あたりの燃焼エネルギーが大きいので,エネルギーを投入して掘り出したり,長い距離を運搬して都市に運んでもそれ以上のエネルギーを取り出すことができます。

投入エネルギーに対して利用エネルギーが十分大きいので人類はエネルギー社会の拡大再生産が可能になりました。この「出力エネルギー/入力エネルギー」の比率(EPR:Energy Profit Ratio)はエネルギー資源の質を論じるうえで決定的に重要です。

問題は採掘・運搬・精製等にかかるコストではなくエネルギーなのです。EPRはエネルギー資源の種類により固定したものではなく,地域によりあるいは時間により変化します。中東の巨大油田のEPRは60程度あります。

これは,原油を採掘し消費地まで運搬するまでの投入エネルギーは利用可能エネルギーの1/60であることを意味します。ところがアラスカを除く米国陸上油田のオイルピーク時(1970年頃)のEPRは20,1985年になると10を下回り,現在では3程度に落ち込んでいます。

仮に資源が無制限にあっても,それを取り出して利用するためのエネルギーが利用できるエネルギーより大きければ(EPR<1),それはエネルギー資源の意味をもちません。エネルギー資源の評価は量より質であり,ERPはエネルギー資源の絶対的な質を表す尺度なのです。

なぜエネルギー資源では「質」が重要かということは太陽輻射量について考えてみるとよく分かります。地球が太陽から受け取る輻射量は人類が消費しているエネルギーの1万倍程度です。しかし,(ある範囲は可能ですが)太陽エネルギーで人類のエネルギー需要をまかなうことはできないのです。

再生可能エネルギーが必要量の1万倍あってもそのままではエネルギー資源としては利用できないのです。同じように地球上には石油や天然ガスと類似する炭化水素は石油と天然ガスの総量の数倍あります。しかし,そのような炭化水素は大量にあっても人類が利用できるようにするためには石油や天然ガスの採掘よりずっと大きなエネルギーを投入しなければならないのです。

中東の巨大油田のEPRは現在は60となっていますが,米国と同様に油田が老化してくると低下します。というのは石油は地下の深いところで,ちょうどラクダの背中のように上に湾曲した地層にふたをされるような状態で存在します。

地下深部では周辺から高い圧力がかかっているので掘削パイプが油層に到達するとガスのような揮発成分が膨張し勢い良く自噴します。このため若い油田では採掘に必要なエネルギーはとても小さいものになります。

ところが石油がどんどん 汲み上げられると次第に内部の圧力が下がるので自噴量が低下します。そのため,たとえば自噴圧力を維持するため海水を注入する,ポンプで汲み上げるなど,コストとエネルギーを投入する必要が出てくるためEPRは低下していきます。

現在では油田の総量の1/3を回収したあたりが経済的な限界点となっており,そこで油田は放棄されます。その時点でもコストをかけることにより(EPRが下がっても)残りの2/3の一部を回収することができます。

発見から60年が経過した世界最大のガワール油田(サウジアラビア)もかなり老化しており,自噴圧力の維持のため一日に700万バーレルもの海水を油層に圧入しなければならなくなっています。他の中東の超巨大油田もみな年をとってきています。1990年以降に発見されている新規油田の多くは極地や深海といった採掘の難しいところにあるため採掘コストが大きくなり,EPRが小さくなります。

仮にEPRが2という資源Aがあったとすれば,資源Aを採掘して100のエネルギーを産生するためには50のエネルギーが必要ということになります。つまり,ERP=2の資源Aを利用して100のエネルギーを産生できても実質的に得られるエネルギーは50ということになり,資源量を1/2にしてカウントしなければなりません。

人類が経済的に採掘可能な石油はおよそ2兆バレルであり,現在はおよそその半分を消費しています。ところが,(質を考慮しなければ)原始埋蔵量で石油類似の炭化水素は数兆バレル存在しています。

カナダのオイルサンドは1.3兆バレル,オリノコ流域の超重質油(オリノコタール)は1.2兆バレル,オイルシェール(石油のもととなる有機物を含む堆積岩)は3.6兆バレルもあります。そのうちオイルサンドは1800億バレル,オリノコタールは2700億バレルは採掘可能とされています。

しかし,このような非在来石油資源は大量にあるものの採掘と改質のために多くのエネルギーが必要であり,在来型の石油に比べてはるかにEPRは小さなものになります。それでも資源の質を考慮しなければカナダもベネズエラもサウジアラビアに並ぶ確認石油埋蔵量をもつことになります。

原子力や水力の場合は入力エネルギーの中に施設の建設エネルギーや廃棄物の処理エネルギーを計上する必要があります。太陽光発電や風力発電も同様です。広い範囲に分散しているエネルギーを濃集するためのエネルギーや設備を作り出し,維持するためのエネルギーを考えなければなりません。

重要なことは資源の量ではなく質だということです。水素エネルギーについては二次エネルギーに含めるべきもので,どのような物質からどの程度のエネルギーを使用して産生するか,そしてどのように運搬,貯蔵するかが課題となっています。技術開発により産生・運搬・貯蔵の問題は解決するかもしれませんが,EPRについては炭素エネルギーに比べてずっと小さなものになることは確かです。

メタノール燃料のようなバイオマスは太陽エネルギーが形を変えたものなので環境にやさしいという議論もEPRの観点から検証する必要があります。というのは現代の農業は石油に支えられているため,入力エネルギーの中に石油の使用分を加えると,ブラジルのサトウキビからのエタノールEPR値は8程度,米国のトウモロコシは1.3程度です。

再生可能エネルギーとして脚光を浴びている太陽光発電,風力発電のEPRはまだ確定していないといっていいでしょう。これらの新技術は現在でも発展途上であり,研究者によりEPRの値に大きな差が生じています。左図では産総研のサイトからのデータを使用しています。

エネルギーの質を表すもう一つの尺度がEPT(Energy Payback Time)です。この尺度はエネルギーを産生する設備を造り,稼働を開始してからどのくらいの期間で設備の建造と運転に必要なエネルギーを回収できるかという概念であり,数値がは小さいほど優れた施設ということになります。大まかにEPR=施設寿命/EPTという関係も成立します。

最新型の太陽光発電のEPTは3年,風力発電は0.5年,設備寿命はどちらも20-30年程度と見積もられており,割の良いエネルギー投資ということになります。しかし,このような設備が産生することのできるものは電力だけであり,建造に必要なエネルギーは短期間で回収できても,次の設備を建造するためには他の石油・石炭など他のエネルギーの力を借りなければなりません。

つまり,自然エネルギーによる発電施設をたくさん建造するためには長期にわたって別のエネルギー資源を使用しなければなりません。自然エネルギーだから無条件に是とするのではなく一定のEPRとEPTをクリアし,再生産に必要なエネルギー資源についても考察するすることが導入の条件となります。

自然エネルギーは発展途上にあり,技術の進歩により急速に質の指標は向上しています。現在,原子力に投じられている半分の予算が投じられたら10年を待たずに有望な技術成果が得られる可能性も大きいのです。

「低エネルギー社会」の持続性を担保するためには人類も太陽エネルギー(化石燃料も太陽エネルギーのストックですが)の範囲で生きていかなければなりませんので,究極目標は「核燃料サイクル」ではなく「100%自然エネルギー社会」ということになります。そのような社会の基本原則は欲しいだけ使用するではなく,ある範囲で生活するということになります。

ひるがえって人類の過去と未来を考えてみると人類が化石燃料の石炭を利用するようになったのは300年前のことです。この300年+αの間に地球が数億年かけて蓄積してきた化石燃料のうち利用可能なものはすべて使い果たそうとしていることが分かります。

石炭以前の人類文明は家畜,バイオマス,水力などにより必要なエネルギーを賄ってきました。賄ってきたという表現は正しくありませんね。人類は手に入れることのできるエネルギーの範囲で過去1万年の文明を持続させてきたわけです。低エネルギー社会では「果てしない欲望」を捨て,太陽エネルギーの範囲で自然と共生するようにしなければなりません。

在来型資源と非在来型資源

石油と天然ガスは在来型資源と非在来型資源に分けられます。それは油田やガス田の起源にかかわっています。天然ガスと原油は地層中に閉じ込められたケロジュン(油母)と呼ばれる有機物を豊富に含む泥岩(根源岩)が母体になっています。

ケロジュンは数億年から数千万年前に海底に蓄積された海洋生物の死骸が地殻変動により地中に閉じ込められ,熱と圧力により変成を受けたものです。このケロジュンがさらに熱と圧力により変成を受けると,一部は原油やガスに変わります。

その差異は変成時の温度によるものとされており,相対的に低温では原油に,高温では天然ガスになります。もっとも,ある温度で変成を受けたとしてもケロジュンの成分が一様に原油やガスに変化するわけではなく,通常の場合は原油と天然ガスが混在した資源となります。そのような資源のうち原油の割合が高いものを油田,天然ガスの割合が大きなものをガス田と呼びます。

この状態では石油も天然ガスも広い範囲に分散しており資源としての価値は高くありません。ところが,比重が小さく流動性の高い原油やガスは地下の圧力により上昇していきます。上部地層に油やガスを通さない密度の高い岩層(トラップ)があるとその下に滞留します。特に背斜構造(ドーム構造)あると,その下にたくさんのガスや油が貯まります。

トラップの下の浸透性の高い層は貯留岩と呼ばれており比較的目の粗い砂岩でできています。貯留岩の上にある背斜構造のトラップは帽子を被せたような構造になっているため帽岩と呼ばれています。地層の背斜構造,ふたの役割をもつ帽岩,ガスや原油を貯蔵する貯留岩の組み合わせが,広い範囲にあった資源を濃集し,高品位の資源にしたわけです。

このように変成,濃集がたまたまうまくいったものが在来型資源ということになりますが,その総量は母体となったケロジュンの一部にすぎません。濃集や変成がうまくいかなかったものや,まだ変成が不十分なケロジュンは在来型資源の数倍から10数倍存在しています。

このようなものを非在来型資源と呼びます。非在来型は資源の総量は在来型よりもずっと多いのですが,取り出すためにはより多くの費用がかかりますので,経済的合理性から資源とはみなされませんでした。ところが原油や天然ガスの価格が上昇すると経済的合理性が生まれ,非在来資源の開発が始まります。

非在来資源|カナダのオイルサンド開発

原油価格が50ドル/バレルになると非在来型の原油生産が経済的にペイするようになります。その代表的なものはカナダのオイルサンドです。カナダの在来型石油生産は2006年にオイルピークを迎え,その後は漸減しています。

それに代わって非在来型の原油生産が急増しています。在来型の油田とは地層中の貯留岩に原油があり,そこにパイプを入れると内部の圧力により自噴してくるものです。カナダのオイルサンドは,名前の通り砂とビチューメンと呼ばれる超重質油が混ざり合った形で存在している資源です。

原油が地表近くにあり,その上部にトラップがなかったため軽質成分が失われ超重質油として残ったものと考えられており,その資源量は14万km2の範囲に1.6兆バレルもあります。そのうち1750億バレルは現在の技術でも石油資源化でき,約3110億バレルは今後期待される技術によって回収の可能性があると考えられています。

この非在来型の石油資源が資源として認められますと,カナダは一躍,世界第2位の石油埋蔵量を持つ国となります。しかし,オイルサンドは在来型石油資源に比べるとはるかに低品位の資源です。資源には高品位と低品位という概念があります。

分かりやすく鉄鉱石で説明してみましょう。高品位の鉄鉱石は65%ほどの鉄を含んでいますが,低品位のものは30%程度になります。資源としてどちらが価値があるかは自明ですね。同じ量の鉄を作るためには,低品位のものは2倍の鉄鉱石を掘り出さなくてはなりませんし,運搬・製鉄工程でも余分のエネルギーが必要です。

同じように高品位の在来型石油資源では,油田を発見し,そこにパイプを入れると内部圧力により圧縮されていたガス成分が気化し,その圧力で自噴してきます。つまり,パイプを油田に入れるまでは手間がかかりますが,あとは(原油総量の1/3くらいまでは)勝手に出てきますので簡単に採取できます。

ところが,低品位のオイルサンドは広い範囲に薄く広がっています。そのため,森林と土壌を除去し,油混じりの砂を採取します。これは露天掘りのようなものです。砂とビチューメンを分離するため大量の熱湯が使用されます。ビチューメンが回収された残りの汚染された水は巨大な人口貯水池に貯められます。

回収されたビチューメンは集められ,希釈剤や水素とともに改質装置に入れられ,100気圧,480℃に加熱されます。これにより軽質の人造原油が出来上がります。土砂の除去,露天掘り,砂との分離,形質転換に多くのエネルギーと資材が投入されますので,オイルサンドは在来型の原油が50$/バレルくらにならないと経済的な利益が出ないわけです。こうして,在来型の原油の値段が上がると,いままで資源とはみなされなかったものが石油資源に組み込まれるようになります。

しかし,低品位の資源は空間的な密度が低いため,広い地域が資源採掘のために使用されます。それは,確実に広範囲の環境破壊を引き起こします。また,オイルサンドの場合,砂との分離,形質転換のプロセスにおいて大量の水質汚濁物質,大気汚染物質が放出されます。現在ではアルバータ州はカナダでもっとも大気汚染のひどいところとなっています。

オイルサンドでもっとも注意しなければならないのは,人造原油1バレルを作るのにどれだけのエネルギーが必要であったかという概念です。金属資源の場合は経済性が最重要な指標ですが,エネルギー資源の場合はEPR(Energy Profit Ratio)がもっとも重要な指標になります。

ERPは「出力エネルギー/入力エネルギーの比率」です。エネルギー資源においては資源量や経済的にペイするかは二次的な問題であり,EPRの大きさが資源の品位を決めます。EPRの低い資源はどれほどたくさんあっても資源としての価値は低いということになります。

現在は形質転換のためのエネルギー源として天然ガスを使用していますのであまり目立ちませんが,オイルサンドのEPRは1.5程度(3程度とするデータもあります)と見積もられています。つまり,1.5のエネルギーを産生するため1.0のエネルギーが使用されたことになり,実質的なエネルギー産生分は0.5となります。オイルサンドから生産される人造原油は生産量を1/3にして計算しなければなりません。

オイルサンドの場合,EPRの計算に環境の復元に要するエネルギーはまったく入っていないようですので,それを含めるとエネルギー資源と呼べるかどうかはかなり疑問です。二酸化炭素の排出量でみると,オイルサンドから生産された人造原油は,(人造原油生産に必要なエネルギーを含めると)通常原油の1.67倍(1+1/1.5)の二酸化炭素を排出する計算になります。

にもかかわらず,オイルサンドの開発は国家エネルギー政策策定グループから「北米のエネルギーおよび経済の安定を支える柱」と位置付けられています。政策策定グループは「カナダの黒いゴールド」と呼んでいますが,環境団体からは「カナダの黒い秘密」と評されています。オイルサンドの開発に環境影響評価が行われたらどのような評価が出るのか知りたいものです。

非在来資源|米国で生産が急増する非在来型天然ガス

天然ガスでも同じように非在来型資源の開発が米国で急ピッチで進められており,生産量は在来型とほぼ同量となっています。非在来型資源の開発により,米国はロシアを抜いて世界最大の天然ガス産出国となり,ほぼ自給を達成しています。

非在来型天然ガス資源はいくつかに分かれており,次のものがあります。
(1) CBM(コール・ベッド・メタン)
(2) タイト・ガスサンド
(3) シェール・ガス

在来型ガス資源は貯留岩のように浸透性の高い地層に集積していますので,地表からのパイプが到達すると自噴してきます。つまり,ガス田さえ掘り当てれば簡単にガスを取り出すことができるわけです。

一方,そのようなガス田の周辺には浸透性の低い砂岩層に含まれている天然ガスも豊富に存在します。さらに,帽岩のような背斜トラップの構造のないところに広がっている頁岩(シェール)にも天然ガスが含まれています。また,起源は異なりますが石炭層に由来する天然ガスも存在します。これらが非在来型の天然ガス資源です。

このような天然ガス資源は技術的・経済的に回収が困難であったため(資源としても質が低いので)従来は放置されてきました。市場経済では必ず良質の資源から使用されるという経済的な原則が存在します。

ところが,エネルギー資源が高騰すると,非在来型天然ガスを技術と費用をかけて回収しても経済的に見合うことになります。特に米国では補助金を出して,非在来型天然ガスの生産を促進しました。2009年に世界最大の天然ガス生産国となった米国では生産量の5割以上を非在来型でまかなっています。現在の生産コストは原油に換算すると1バレル33ドル程度と見積もられています。

CBMやタイト・ガスサンドは在来型に比べ広い範囲にはあるものの比較的採掘しやすいものです。ところがシェールガスは頁岩(シェール)と呼ばれる固い泥岩の中に含まれています。頁岩に含まれている天然ガスを採掘するため,高圧水と大量の化学物質を地層中に入れて頁岩を割り砕き,採取しなければなりません。

非在来型天然ガスは北米だけではなく,中国やヨーロッパにも豊富に存在し,その量は在来型天然ガスの10倍程度と考えられています。在来型は地層の構造により資源が濃集されていますが,非在来型天然ガス資源は広い範囲に薄く存在しているものを集めなければなりませんので環境への影響は避けられません。

米国のシェールガスの採掘ではきわめて広範囲の地下水汚染と大気汚染を引き起こしています。地域によっては地下水に天然ガスが入り込み,蛇口に火を近づけると燃え出すという汚染も出ています。従来型の資源は相対的に狭い領域にあり,かつ回収が容易であったためこのような環境汚染は引き起こしませんでした。品位の低い資源を開発すると従来とは異なる環境汚染が発生します。

非在来資源|メタン・ハイドレード

メタンハイドレート(methane hydrate)とはメタンを中心にして周囲を水分子が囲んだ形になっている包接水和物です。低温かつ高圧の条件下では水分子は立体の網状構造を作りますが,この網状構造の中は数オングストローム(0.1nm)のすき間になり,そこにガス分子が位置すると安定な固体結晶となります。この状態は氷結してはいませんが氷状の物質であり,「ガスハイドレート・クラスレート」と呼ばれれています。

メタンハイドレードは堆積物中の有機物が微生物により分解されたメタンが低温,高圧の環境下で包接水和物となったものです。簡単にいうと水とメタンガスが結合したシャーベット状の物質であり,常温の大気中で分離させると1リットルの水に対して150リットルほどのメタンガスが遊離します。つまり,メタンハイドレードはメタンガスの貯蔵庫となっているわけです。メタンガスは天然ガスの基本成分です。

メタンハイドレードは陸上の地中でも形成されますがほとんどのものは大陸棚が海底へとつながる水深500-1000mの海底に存在します。北極圏のように冷たい海では相対的に浅いところに,日本のように暖かい海では深いところに存在します。構造的には泥と砂が交互に堆積した数十から数百mの層の中に粒状のメタンハイドレードが含まれており,さらにその下にメタン含有層があります。東部南海トラフの試掘ではハイドレードは砂の層にトラップされていました。

メタンハイドレードは世界中の沿岸海底に広く分布しており,貯蔵されているメタンの総量は2京m3と推定されています(米国地質調査所のクベンボルデン氏)。ただし,量は膨大にあっても浅く広く分布しているものであり,その一部の濃集地域だけは資源となる可能性があるとされています。日本の排他的経済水域にはメタンガス量で7兆m3が存在するとみられており,これは日本が消費する天然ガスの約100年分に相当します。

この「100年分」という数字が独り歩きしており,まるでメタンハイドレードは日本のエネルギーの救世主のような扱いとなっています。しかし,まず考えなければならないのはメタンの総量とは資源量ではないということです。メタンハイドレードが一定以上濃集されたものが原始資源量であり,さらに回収率をかけたものが埋蔵量ということになります。

メタンハイドレード層が濃集されている地域はそれほどありません。もう一つはメタンハイドレードの存在する1000mの深海に採掘用のパイプを通してもメタンが噴出してくるわけではないのです。なんらかの方法で砂の中にごま塩のように含まれているメタンハイドレードをそのままあるいはメタンの状態で海上に取り出さないとならないのです。

また,シェールガス以上に1ヶ所の井戸から採取できるメタンの量も限定されます。メタンハイドレードの採掘条件は海底油田よりも数段難しいのです。それはコストと投入エネルギーに反映されることになります。

現在有力されているのは採掘パイプをハイドレード層に到達させ,海面から圧力や温度を制御してメタンを遊離させる方法ですが,海底に到達したパイプの中だけで遊離させなければなりません。パイプの外側の遊離メタンは漏れ出すことになるからです。メタンは(大気中寿命は16年程度ですが)二酸化炭素の20-25倍もの強力な温室効果ガスなのです。

もう一つの懸念材料はメタンハイドレードは圧力か温度の条件が変化すると容易にメタンガスを遊離してしまうことです。しかも,ときにはきわめて大規模な連鎖崩壊を起こし,人間の不注意な採掘により大災害を引き起こすトリガーにもなる可能性があります。

現在は原因がなんであれ地球の平均気温は上昇しており,一定時間が経過すれば深海の温度にも影響します。メタンガスの巨大な貯蔵庫であるメタンハイドレードが地表の温暖化によりメタンを放出するようになると,温暖化は加速され気候の急激な変動を起こすことになるかもしれません。

気候変動は過去にも発生しており多くの生物種の大絶滅を引き起こしてきましたが,人類文明ははるかに小規模の気候変動でも大きな影響を受けるのです。メタンハイドレードが人類の救世主になるのか悪魔の誘惑になるのかはまだ誰にも分かりません。

石炭が産業革命を支えました

石炭は最初に利用された化石燃料です。現在の石炭資源の大半は石炭紀(2.9-3.63億年前)に形成されたものです。石炭紀は水辺の湿地に大森林が形成され,それらが埋没して石炭のもととなったとされています。しかし,なぜこの時代の森林だけが巨大な石炭層を形成できたのか興味のあるところです。

この時代の森林は胞子で繁殖するため水辺だけに限定されていたはずです。現在のように(環境が許せば)大陸全体に森林が広がっている時代とはだいぶ状況が異なっているはずです。樹木の蓄積量ということでは現在の方がずっと多かったと推測します。

にもかかわらず石炭層を形成できたということは,倒れた樹木が非常に効率的に泥炭化したと考えられます。現在の熱帯の森林は石炭ができるような環境にはありません。倒れた樹木は速やかに分解されて土に還るからです。

一方,湿地帯では分解速度が遅いので泥炭が効率よく形成されます。スマトラ島では森林開発の一環として泥炭地が乾燥化されました。これにより,植物質の分解が早まり,大量の二酸化炭素が大気中に放出されています。

石炭紀の環境は泥炭を形成するのに都合のよいものであり,かつ樹木を分解する生物に乏しかったか,そのような生物の分解能力が低かったと考えられます。実際,現在の菌類や真菌類が担当しているように,樹木の主要構成物質であるセルロースやリグニンを分解するのはとても大変です。

石炭紀に大繁栄した木性シダは新しい生物のため,分解系の生物がまだ十分に進化していなかったのではと考えられます。そのため,大森林は分解されることなく地中に埋もれることになりました。

世界の石炭の全埋蔵量(可採埋蔵量ではありません)は3.4兆トンと見積もられています。石炭に占める炭素の重量割合は70-80%程度です。平均して75%として計算すると,世界中の石炭に含まれる炭素は2.6兆トンとなります。

現在の大気中の(二酸化炭素として存在する)炭素は7500億トンですらか,石炭の中に固定されている炭素はその3.5倍ということになります。二酸化炭素は大気と海の間でやりとりされており,大気中の二酸化炭素分圧が下がると海から供給されますが,これほどの炭素が固定されると地球表層の二酸化炭素は減少することになります。

石炭紀が始まる前は現在の8倍近くあった大気中の二酸化炭素は石炭紀の間に4倍程度まで減少しています。このため,石炭紀の終わりからペルム紀末までは寒冷な気候となりました。石炭紀の平均温度は22℃,その後の寒冷期の平均気温は13℃程度です。ちなみに,現在は氷河期の間氷期にあたり平均気温は15℃,氷期の最盛期は9℃ほどになります。

石炭は泥炭のようなものが地中に埋もれ,地層中で高い圧力と熱による変成を受け,泥炭→褐炭→歴青炭→無煙炭という過程を経て石炭化したと考えられています。もとの植物には炭素以外にも水素や酸素がたくさん含まれていますが,石炭化の過程で揮発成分を失い,炭素の成分比が上昇します。このため石炭化の進行とともに単位重さあたりの発熱量は上がっていきますが,発生単位熱量に対する二酸化炭素発生量も増えていきます。

石炭には灰分が10-15%ほど含まれています。灰分は植物体のミネラルと地層中で混入した土壌から構成されており,含有量が増えると発熱量は下がり,燃焼後にはたくさんの石炭灰が残ることになります。

石炭の不純物の中でやっかいなものは0.1-5.0%ほどが含まれている硫黄分です。硫黄は地層中にたくさん含まれている元素であり,それが石炭に入り込んできたものです。同じように地層中で形成された石油にも硫黄分が含まれます。また,硫黄酸化物は火山ガスの主要成分です。三宅島の火山活動がさかんだった2005年には毎日3-4万トンの二酸化硫黄が放出されました。現在は1000トン程度に減少しています。

石炭を燃焼させますと燃焼ガス中には50-2500ppmほどの二酸化硫黄が含まれます。二酸化硫黄(亜硫酸ガス)は主要な大気汚染物質であり,水に溶けると亜硫酸(H2SO3)となり,酸性雨の原因物質となります。大気中では0.5ppm 以上でにおいを感じ,30-40ppm 以上で呼吸困難を引き起こし,100ppm の雰囲気下に1時間以上留まると生命に危険を及ぼします。このため,一時期,三宅島の住民はすべて島外に避難することになりました。

1970年頃までは処理なしで二酸化硫黄が大気中に放出されていましたので,工業地帯では例えば四日市喘息のような深刻な健康被害が出ています。日本の環境基本法では「1時間値の1日平均値 0.04ppm 以下であり,かつ1時間値が0.1ppm 以下であること」と定められています。

この法律に基づき,石炭火力発電所等では排煙脱硫装置などをつけて二酸化硫黄や窒素酸化物を除去しています。そのかいあって日本の大気汚染は1970年代と比較して劇的に改善されています。現在の日本で観測される二酸化硫黄の起源は,中国49%,日本21%,火山13%,朝鮮半島12%となっています。大気汚染には国境がないのです。

中国国内における二酸化硫黄の主要な排出源は火力発電所であり,その大半が石炭火力発電所です。石炭は硫黄分が多い中国産のものが使用されています。四川省,雲南省から産出される石炭は硫黄分が3%を超えており,貴州省,広西省,陝西省の石炭も2%を超えています。硫黄分が多いことに加え,褐炭のように5000kcal/kg 以下の低品位のものとなっており,環境にさらに悪影響をもたらしています。

産業革命に話を戻します。石炭はバイオマスに比べてはるかに大量にあり,かつエネルギー密度が高いので蒸気機関の燃料として十分機能します。問題は炭鉱から石炭を掘り出し,都市まで運搬するのに必要なエネルギーと石炭から取り出せるエネルギーの比でした。つまり,出力エネルギー/投入エネルギーということになります。

現在でいうEPR(Energy Profit Ratio)に相当するものです。現在の石炭のEPRは20程度です。産業革命の頃は半分程度のものであったかもしれません。それでも,蒸気機関を利用して石炭の採掘と輸送をすることができるようになりましたので,エネルギーの拡大再生産が可能になりました。産業革命の本質は生産力の拡大ではなく,エネルギー革命であったわけです。

さらに石炭は産業革命に必須の鉄の生産にも大きな役割を果たします。英国は鉄鉱石と石炭という鉱物資源に恵まれていました。しかし,石炭が使用されるまでは鉄の精錬に薪炭材が使用されていました。英国は森林資源が豊富でしたが,それで製鉄を賄うのはとても無理でした。鉄1トンを精錬するためには2トンもの木材が必要であったとされています。

気候が近い北海道の森林蓄積量で計算してみましょう。北海道には554万haの森林があり,森林蓄積量は7.2億m3となっています。単位面積当たりでは130m3/haとなります。半乾燥木材の比重を0.5とすると森林蓄積量は65トン/haということになります。

1haの豊かな森林をすべて燃料にしても生産できる鉄は30トンほどということになります。3000トンの鉄を生産するためには1km2の森林をすべて燃料にしなければなりません。16世紀の英国の鉄生産量は数万トンでしたから毎年10-20km2の森林がなくなる計算です。実際には大きな樹木が選択的に伐採されたと考えられますので森林の荒廃はずっと広範囲におよんだものと推定できます。これでは森林資源がすぐに枯渇してしまいます。

17世紀に入ると,仕方がなく石炭に目を向けることになりました。木材や木炭を暖房・炊事用の燃料に使用できない貧しい人々はすでに有害な燃焼ガスを出す石炭を使用していました。英国では石炭は貧者のエネルギー源だったのです。この石炭を利用してコークスを作り,それで鉄の精錬を行う画期的な新技術が開発されて,石炭で鉄を作り出す時代が始まりました。

このように石炭あっての製鉄であり産業革命であったわけです。17世紀後半の英国の石炭算出量は300万トン/年に達しています。蒸気機関の発明により石炭の産出量は急激に増大し,19世紀初頭にはは1000万トン,中ごろには1億トンに達しています。1億トンの石炭は英国全土の森林のバイオマス・エネルギーに相当します。この巨大なエネルギーが製鉄,蒸気機関と結び付いて世界の工場が出現しました。