穂高岳(北穂・涸沢岳・奥穂)
99.10.1-3   


9月中旬、釜トンネルで土砂崩れのために、上高地乗り入れのバスが通行止めになった。
雪のつく前に一度穂高へというので、タイムリミットぎりぎりとなった。

念のために涸沢までピッケルを持っていったが、ヒュッテで状況確認したら稜線には全く降雪がなしとのこと。
雪や凍結箇所があったら今回たどったルートは、自分には厳しすぎるなぁ。



9月30日(木)
仕事が終わってから松本のステーションホテル(6800円、税込み)へ。
ビジネスホテルということもあり、狭い部屋であるが、夜行に比べれば熟睡できるので
仕事疲れの身としてはしょうがない。

10月1日(金) 曇りのち雨  上高地→涸沢

松本駅前のマックの少し奥のローソンで食料を調達後、新島々への始発電車へといそぐ。
釜トンネル復旧工事のため、新島々で始発のバスまで1時間以上待たなければならないが、
始発のバスに接続しているのはこの電車になるので仕方なし。

ジョギングシューズのおかげで横尾(1620m)までは快調。
曇りということもあり、日頃の鑑賞モードもあまり発揮されない。
横尾手前あたりから肩がビリビリしだし、本谷橋までは長く感じた。

橋の横で中休止後、涸沢をめざすが、ぐーとペースが落ち、休憩回数が増していく。
おまけについに肩だけでなく、空まで泣き出してしまった。
それまで短パン、半袖で通してきたのだが、木陰で雨具を着る。ちょっと暑い。

遭難者発生、ヘリの飛来に緊張
ぼちぼち涸沢ヒュッテが見えるか見えない頃、ヘリが盛んに飛んでいるのが気になりだす。
しかも至近距離だ。ヘリは前穂方面のほうを往来。途中何度か足をとめて様子を伺う。
発煙筒も上がり、遭難だとわかる。ヘリの下のネットから人の足が見え、心配と緊張で見守る。
(その後、夕方にヒュッテのテラスで、横尾から上がってきた人に聞いた所では、
パノラマ新道を行っていたパーティーの一人が滑落して頭を打って負傷したとのことだった。)

翌朝、北穂方面でもヘリ飛来。朝早い荷揚げだと思っていたら、
その後ネットでここでも北穂南稜で転落・ビバークした怪我人の救出と知った。

雨の中涸沢キャンプ場到着
残念ながら雨の中の設営。
稜線には完全に雲がかかり、初の涸沢は稲村岩みたいのがこちょこちょあるなぁ、という印象。
感動は翌朝までお預け状態。

夕方、ヒュッテにラーメンを食べに行くと、ダンプさん(カモシカスポーツ社長)が売店を手伝っていらっしゃった。
本当は下山の予定だったのに、事故で足留めをくらったようだ。
ラーメンは横浜味と銘打たれて、しょうゆ味のスープがおいしかった。


10月2日(土) 晴れ、稜線に上がる頃から風強し 涸沢→北穂高岳→涸沢岳→奥穂高岳→涸沢  

朝焼け、上へ進むはすが・・・
昨日の雨も上がり、涸沢テント場では
本格的カメラを構えた人々の列。そそくさと
登山に向かう人はここでは少数のようだ。
さすがに初めて目にする穂高の朝焼けは美しかった。
登り始めたはずが、たびたび足をとめて
うっとりと眺めてしまっている。

北穂南稜の登り
ゆっくり登り続けると、常念岳、八ヶ岳、
富士山、浅間山と次々と見えてくる。
頭上には小さく松濤岩と北穂小屋が見える。また前穂や北穂東稜の稜線が荒々しい。

北穂高岳 (3106m) 到着。残念ながら槍は雲の中。小屋前のテラスでコーヒーを沸かして、しばし展望を満喫。
そんな長くいるつもりはなかったが、次から次へと雲が槍にかかり、ついとれるを待ってしまい、一時間が流れた。
槍以外は素晴らしい景色。薬師岳、鷲羽岳、笠が岳、三俣蓮華。黒部五郎のカールがしっかりこちらを向いている。
さらに、大キレットから上がってきた山座同定名人に、雨飾、火打、妙高、四阿なども教えてもらう。

小屋から山頂に戻ると、今度は槍が見えるので、記念撮影。

松濤岩基部からいよいよ穂高岳山荘へ。
風がきつく、ネックループに手袋。
行く手のやせた暗い岩稜で、少し前後の人が途切れたこともあり、いきなり出だしから難しく感じる。
ペンキマークを慎重に拾って行く。
今回の目的は文学散歩のはずだが、滝谷側は暗く、風もきつくゆっくり眺めることができなかった。
こんなところのどこに下降点があるのだろうか、と思いながら、緊張して歩く。

まるでおまえの来るところじゃないよ、というように風がきつくあたってくるので、
3点確保で歩くところより、岩の上を立ち上がって歩くところのほうが怖い。

涸沢側に回りこむと実に日差しが暖かい。
この先安全な休憩場所がないかも、と思い、最低コルを見下ろす所でシャリバテ防止に日溜りで中休止。
涸沢槍へかかる梯子などを眺めていると、ひぇ、あんな絶壁登れないよ、エスケープしたい、という気持ちが増していく。
でも、今来た道を引き返す気にもなれず、進むことにする。

いざ、歩き出すと、梯子、杭、鎖が随分と整備されているので、見た目ほど悪くはなかった。
ただ、風は相変わらずきつい。
地震後に増やしたと思われる鎖にふれる度に、整備の方々への感謝の気持ちが湧いてくる。
滝谷側から下を眺めると赤い屋根が見える。どこの小屋だろうか。この風では地図を取り出す気にもならない。

コルから登っていき、凹にかかる鎖場で「山頂まで10分」という福岡の会の看板が目に入り、
思わずずーとほぼ同じペースで歩いて来た先行するご夫婦に、「どこの?」と尋ねてしまった。
涸沢岳という答えを聞くと、ほっとするような、もう終わっちゃうのと名残を惜しむ気持ちになる。

涸沢岳 (3110m) でも風きつくて、長居無用。ここからはちょっとザレているものの、今までと比べるとうそのような楽な道。
穂高岳山荘寸前になると、安堵と充実感で、ちょうどGWの槍の穂先以来のじわーとした喜びが湧いてきた。
そして同時に自分の予想した通りの時間(コースタイムより多めの3時間)で下りてきたので、
よしゃ、これで奥穂も行けるなぁ、という気になった。

奥穂高岳へ
山荘でうどんを食べて体を温め、奥穂への梯子にかかる。
一段と風の勢いが増したようで、梯子を上りながら、うむ引き返そうかな、とも思うが、なんとか進む。
防護ネットを見ながら、やっぱり雪がついたら、穂高は槍よりずっと難しそうだなぁ、と思う。

鎖場を抜けると、谷からの風が強いが、午前中に比べるとめちゃくちゃ簡単な道。

奥穂高岳 (3190m) の頂上は想像よりあまりにも小さく驚く。
時間も遅いことと風の強さで他に一ケタの人しかいない。
西穂山荘から8時間半で来た単独行者とお互い記念撮影し、言葉を交わす。
もう一人西穂から上がってくる人がすぐそこに見えるが
なかなか上がってこない。
ジャンダルムにも人が見える。
あまりにもの風でここも長居している気になれない。

奥穂高から山荘へ
やりすごし(と擦れ違うつもりがジャンの撮影に上がってきたという人につかまり少し話す)と燃料補給と風よけで、
思わず登りと同じ時間かかる。

コースをはずし、踏み跡のないところでガレ場を横断する若者が来た。
下手すると落石がいっぱい起きてしまうので、道をはずしたとわかった所でペンキマークに引き返すべきだと内心思う。

穂高岳山荘から下山開始
予定より少し遅いので、そそくさと下山にかかる。
結構まだザイテングラートを登ってくるパーティーがいる。こちらもゆったりしていられない。

ザイテンの取りつき付近前後からガスが濃くなり、涸沢が見えなくなる。
写真で見ていた時には砂礫を予想していたが、実際は大きな岩畳状な道だ。
ガスなので、慎重にペンキを確認しながら行く。
トラパースで一箇所行き過ぎようとした時、小屋の引水管が目に入り、向きを修正。
少しところどころきれいめに紅葉しているナナカマドを見ながら、涸沢小屋到着。

電話をかけるのに小屋に立ち寄ると、部屋割りがまだ決まっていないのか、階段にも多くの人たちが腰かけ、まるで難民のようだった。

テントに戻ると間もなく雨が降り出した。
その夜は前線が通過したらしく、終夜風雨強く、また地獄から響くような雷鳴が続いた。


10月3日(日) 雨のち曇り 涸沢→上高地

雨があがらないかと撤収を渋ってもどうもダメ。設営ばかりか撤収まで雨の中。
おまけにポール一本折れていた。

途中いくつかの団体の渋滞にはまりながらも、横尾までは順調に下る。
が、稜線で意識しないうちに一歩一歩が大きかったのか、ボッカ病のせいか、太もも、靴擦れで超のろのろペースに。
明神館でGW以来の岩魚定食を堪能して、上高地へ。

GWで整理券トラウマがあったが、難なく15時発の新島々行きが取れ、
そそくさと美化センターのコインシャワー(入場料100円、お湯2分100円)に入る。

バスは予定より早く、16時前後に着く。電車まで時間もあり、新島々駅前の温泉旅館に入ることにした。


   妙鉱温泉 日帰り入浴400円

新島々駅の斜め向かいにある、きれいな温泉旅館である。すっかりゆったりした気持ちになり、登山者でひしめきそうな次の電車は見送り、
その次の電車で帰ることとした。

さらにアルピコのコンビ二(新島々駅向かい)でりんごソフトクリームを発見。温泉上がりにはバッチリ!![が、現在このコンビ二はありません。]



初めての穂高は、その時は緊張でビビっていた所もあったが、何か麻薬めいたものを感じた。
奥穂だけ行っていたら、やっぱり物足りなかったと思う。