
富士山
富士吉田駅から5合目(93/7/17、単独):富士登山競走のランナーと下る方数名にだけ会った静かな道
富士吉田5合目から剣が峰(93/7/21-22、友人と二人):5合目に着いた時は、『復活の日』のようにボロボロ
富士宮5合目〜富士宮山頂〜須走口日帰り(93/8/25、単独):24時間TVを見ていて影響されて新幹線で
須走5合目から剣が峰往復(94/7/30-31 、3人)
雪訓 :馬返し〜富士吉田7合目(98/12/20、山岳会大勢)

ご来光は、富士吉田5合目から剣が峰(93/7/21-22)の時は吉田口の神社前で、
須走5合目から剣が峰往復(94/7/30-31)は最高地点の剣が峰で迎えました。
93/7/21-22に登った時は、7合目トモエ館に予約し泊まって登りました。
畳の2段ベッド式で、それぞれカーテンでしきられているので、いびきは聞こえるものの、
一応プライベート空間がありました。登山道に面しているので、結構夜間登山の人々の鈴や話し声がしますが。
その時、登りながらほとんどの山小屋が終夜営業で暖かい飲み物やカップ麺などの営業をしているのを
目にしました。
翌年、そんな山小屋群の営業をあてこんで、予約もせずに週末16時半頃から須走口の駐車場を出発。
日があるうちは営業している小屋も見かけたものの、日が暮れた頃には週末ということもあってか
どの小屋も固く戸を締めているところばかり。
しょうがないので、道の脇で少し仮眠しようと試みるものの、長袖のセーターにフリースを来ていても
寒さでブルブル。とても寝られたものではありません。
8合目か9合目あたりで、早かった先頭に無理についていった節のある3人のうちの一人が
「もう帰ることしか考えていない。」とつぶやき出しました。ただ、2人はまだまだ元気だったので、
この同行者のシグナルをさして深刻に受け止めなかったのでした。
山頂に時間を潰しながら、超ゆっくりと登ったものの、12時過ぎには着いてしまいました。
ご来光までまだまだたっぷり時間があるものの、山小屋はパッタリと戸を締めています。
まあ、お鉢めぐりでもするか、ということになるが、そのバテていた友はそこで待つというので、
レスキューシートを広げて荷物を渡して、のんきにお鉢巡りに出ました。
ところが、剣が峰でのご来光から戻ってきたら、友人が見当たりません。
山小屋の方々に聞きまわったところ、小屋の前でご来光とともに気を失って、別館で休憩しているとのこと。
もう完全な高山病者となってしまっていました。
気休めの酸素を与えながら、また途中途中の山小屋で仮眠させながらの下山と相成りました。
富士吉田口の神社の前で、山頂と満足するのもいいかもしれませんが、
最高地点の剣が峰の碑はぜひ自分の目で見たいものです。