もとさん「私の愛したパソコン」の思い出(2)
NEC PC-9821C166/C
CEREB

1997/8-2002/8  平成9年8月-平成14年8月

CEREBとの出会い
−開発のコンセプトに惚れたのが運の尽き−

VX21

上の写真はNECの1997年発売時news releaseから
(無断引用ごめんなさい)
 PC-9801VX21で10年、私は激しいパソコンの進歩に息をきらせながらついていっているという状態でした。最後のころはパソコン通信でしばしば画像とくに動画のファイルをダウンロードする必要がありましたが時間がかかって仕方がない、またそのファイルの再生もとぎれとぎれのひどいものでしかないという始末で、パソコン本体にアクセラレータをつけたり、フロッピードライブを増設したり、98用の最新のwindows3.1をインストールしたりしましたがすぐにそれも限界になってしまいました。

 そんな時にNECから発売されたのがPC−9821シリーズでしたから、発売当初から関心をもって見ていました。NECのこのシリーズにかけた執念はそのネーミングにもあらわれています。(最後につけた「21」は21世紀に通用するPCのつもり)。21シリーズには幾つかのグループがありますがその中に「CEREB(セレブ)」というグループがあります。"CEREB"はおそらく英語のcerebrate(よく考える)から名付けたものと思います。このPCの開発コンセプトが凄くて「従来のパソコンの概念を越えた「メデイアステーション」をめざす」とありました。私は最初のPCでモニターに17インチ型テレビチューナー付きを選び、パソコンしない時はPCでテレビを見ていましたし、音楽もPCのスピーカーを通して聴くことが多く、将来の家電の中心はパソコンだろうと漠然と考えていたので、技術的なことはさておき、まずは21世紀に通用する「メデイアステーション」というCEREBに期待しました。

 CEREBの発売は1997(平成9)年の1月、当初のC200型は当時としてはかなり高級の部類にはいるPCでしたが、半年後、その普及版ともいうべきC166が発売され、もう待てない気分になった私は、40年間のサラリーマン生活を終えるにあたっての自分へのご褒美のつもりと心の中で言い訳しながら日本橋へ向かったのでした。
 CEREB PC-9821C166/Cが我が家に到着したのは8月4日。そして、パソコン好きの方なら誰でも知っている日本電気のNXシリーズ26機種の衝撃発表は2カ月後の10月23日でした。後に述べますが、PC業界の互換機をめぐる攻防戦を知らなかったわけでもないのに型落ちモデルをつかんだ私。もうすこし辛抱してこのNXシリーズが買えておれば、その後のパソコン人生は違ったものになったことでしょう。

CEREB マルチメデイア家電
−時代に早すぎたコンセプト、短かった現役寿命−

cereball
CEREB の17インチモニターと家電のような外観の本体
CEREB166Cのシステム構成は次のようなものでした。
    ・CPU   Pentiumプロセッサ(166MHz)
    ・RAM   メイン32MB ビデオ2MB
    ・CD−ROMドライブ 12倍速
    ・FLOPPYドライブ 3.5インチX1
    ・HDD 3GB
    ・ステレオスピーカ  (12WX2台)
    ・17インチディスプレイ
    ・ワイヤレスキーボード
 ゲーム用として
    ・PowerVRボード

 このPC、噂にたがわず高邁な理想の実現者の顔を持っておりました。主なソフトだけでもOSは出たばかりのWINDOWS95(これはWINDOWS3.1にくらべて良い出来だったと思います)、更に今のオフィスに相当するWorksという統合ソフトが付属しており、ワープロ、表計算ができました。 デジタル写真をバーチャルアルバムで整理することもできました。インターネットはIE3.01(33Kbpsモデム)。TVチューナー、CDプレーヤーソフト、ソフト音源内蔵などで、インターネットのほか、テレビを見ること、音楽を聴くこと等、現在のITパソコンのできることは一通り何でもできました。極め付きはリモコンのキーボードで、パソコン本体と離れたところからキー操作ができ、更に簡単なことなら付属のハンドリモコンで操作できました。(周辺機器については右下写真参照)。 ゲームではゲームセンターさながらのカーレースがエンジン音も高らかに画面一杯に展開して驚かされました。

set
本体と周辺装置。(リモコンキーボード(マウス付)、手持のリモコン、マイク。)
 購入後しばらくはマルチメデイア機能が珍しく、いろいろ試して楽しむことができました。しかし166MHzのCPUではマルチメデイアを駆動するには非力でした。限界は思いのほか早く来、1年ほどで多くのインターネットサイトはデータ量が増え、重くて表示が遅くなり、動画は殆ど見るに耐えないし、当時発売されていたビデオCDの再生すらすぐにアップアップの状態になりました。そこで、またしても前のVXの時のように増設、改造を模索することになりました。
 アクセラレータをつければと思い、いろいろ心あたりを探しましたがこの166MHzのCPUにはその余力もなかったようです。せめてRAMメモリーだけはと32MBを64MBに増設しましたが目立った効果はなし。更なる難問は周辺装置をつなぐPCIスロットが1つしかなく、これがすでにゲーム用のボードに占拠されていたことでした。ゲームはあきらめてSCSIを繋ぐボードと入れ替え、外付HDD(1.6G)、CD−RWドライブを追加しました。これで目いっぱい。そのころ注目されはじめたADSLをいれる余地はもうありませんでした。
 こうして、最初はよかったものの、ソフトではWINDOWS標準のメデイアプレーヤが新しいフォーマットの動画ファイルに対応できない、ペイントはMPGフォーマット以外は扱えない、IE3.01ではインターネット画面の表示不良、等々と不具合が起こり、しかも98以降がリリースされるに至ってバージョンアップから置き去りにされて不自由度は日ましに高まりました。
 パソコンの世界は大きくPC/AT互換機に舵をきり、誇り高きわが98シリーズは「PC界の孤児」といわれるようになっていきました。
 NXシリーズの発表で覚悟はしていたことですが、CEREB以後にこの名を冠した98シリーズの新機種は出ませんでした。

名機PC98シリーズの終焉
 (1)PC/AT互換機が主流となり、独自の回路で動作するPC98シリーズは開発面で不利な状況になった。
 (2)さらにPC/AT互換機に有利なOSのWINDOWSが普及するようになり、PC98シリーズでも独自回路ながらWINDOWSに対応したPC9821シリーズで対抗したが、多勢に無勢でシェアを徐々に落としていった。
 (3)そのころ、PCを構成する各種の要素技術が急激に高度化したが、それらのほとんどがPC/AT互換アーキテクチャを前提としていたことから独自のハードであるPC9821シリーズは技術開発上、さまざまな困難があり、その維持はコスト面からも限界が見えた。
 (4)そこで、これらの困難を解決するため全く新しいNXシリーズを開発してNECのパソコンの中核とすることにし、PC98シリーズは事実上パソコン市場から姿を消すことになった。 NECは決して認めようとはしないが、NXはPC/AT互換機といわれている。

 以上はwikipediaの受け売りです。「名機」とは私の勝手な思い込み。よって勿論文責は私にあります。
 私にとっては、誇り高いネーミングとはうらはらに未来のなかった気の毒なPC9821シリーズにつきあわされた5年間といえましょう。マルチメデイアの先取りとしては侘しい結末でありました。

cerebpresent
CEREB の現在の姿
CEREBの余生は「わが家のアイドル」

−第3話も読んでくださいネ−

 わがCEREBはその後どうなったかーー。別室で静かに余生を送っています。ここではもはやマルチメデイアは必要ないので、すべての周辺機器をとりはずし、普通のマウスがつながっているだけです。(右の写真の本体の手前にある)。ウイルスがはいってはいけない(WINDOWS95に効くワクチンは期待できない)のでインターネットはなし。主としてテレビを見ています。ただ、年に2回、孫が泊まっていくとき、彼、彼女らはこのPCで遊び、ペイントでお絵描きして残していってくれます。こに2−3年の孫たちの成長の貴重な記録です。また、息子や婿の送ってくれる家族写真はもっぱらデジタルになりましたから、アルバムソフトで整理してここに保存しております。
 三代目パソコンは子供たちがお金を出し合って買ってくれました。ある事件があって、滅入っている私の立場に同情した彼らが慰問のためにしてくれたのです。=これの話はいずれまた。 続く

2006/12/30

コメント
2009年6月5日 (金) 00時54分28秒
はんやん
NEC PC‐9821C166/C CEREB のレビュー。
当時高校生でしたが、今思うとなるほどと思うことがたくさんです。
未だに、覚えているのは、セレブを修理に来たパソコンショップのお兄ちゃんが、
「これは名機だったんですよ〜欲しかったんですよ」といったコメントです。
なんだか懐かしくて、見つけて、ちょっと嬉しかったので、足あと遺します。
ありがとうございました

はんやんさん ご訪問、コメントありがとうございます。
CEREB の時代を懐かしんでくださる方がいらっしゃって、もとさんも嬉しいです。