もとさん「愛車」の思い出(1)−2
日野 ルノーつづき


弟とルノー
 この車は先にも述べたように、まず弟が乗りました。(上記写真参照)  その後も私が1年ほど東京の設計事務所に出向していました時にも弟がよく面倒をみてく れたものです。当時の大学生で自家用車を乗り回していた者は殆どいなかったでしょう。



ルノーの駐車
 私はその頃、父母、弟と4人で住吉区の公団住宅に住んでいました。公団には駐車場 がありませんでしたが、私は勝手に建物の脇に停めていました(上記写真参照)。しか し、ほかに自家用車を持っている家もなく、文句をいう人もいませんでした。現在こん なことをしたらただでは済みません(公団に正式に駐車場が設置されたのは後年のこと です)
三角窓
 ルノーのフロントドアの窓は二つに分かれていて前方は小さな三角窓になっていました。 それは縦に回転するようになっていて、開けて車を走らせるとき運転席に心地よい風を 送ってくれるすぐれもので気に入っていたものです。
 しかし、この窓は簡単に割ることができ、自動車盗はここから手をいれて容易にドアを 開けました。私も、一度、この手口で盗まれ、3日後に傷だらけの無残な姿で畑道に放 置されているのが見つかったことがありました。ですから、現在の車の窓は一枚もので 厳重に閉ざされており、外気を取り入れる楽しみはドライバーから奪われています。
クランク棒
 ルノーのエンジンの気まぐれに付き合うのは大変でした。ときどきエンストするし、朝 の始動は大抵クランク棒を突っ込んで手回しで、グルグルエイヤッ・・ブルン、ブルン。 いつもクランク棒が離せなかったルノーはなつかしい思い出です。
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