Comparative Studies in Nursery Rhymes

by Lina Eckenstein (翻訳・注釈 星野孝司)

 第10章 なぞなぞ


 歴史上に散見される古いわらべ唄のなかには,「唄」というよりは,むしろ「なぞなぞ」といった方が適当なものが含まれている。そうしたもののいくつかには,きわめて近しい類例を諸外の伝承中にもつものがある。この部類の唄においてもっとも注目されるのは,「卵」をテーマとしたなぞなぞ,すなわち《ハンプティ・ダンプティの唄》のたぐいである。


いにしえより,卵はそれ自体がナゾを内に秘めた「エニグマ(不可解なるもの)」であり,また同時に生命の起源の象徴とも見なされてきた。アリストファーネス(Aristophanes)は,ある巨鳥が「世界卵」を生んだということを知っていたが,*1 フィンランドの民間叙事詩『カレワラ』(Kalevala) によれば,その「世界卵」は落ちて割れ,上半分は天空に,下半分が大地となり,黄味は太陽,白味は月に,殻の欠片は天の星となったという。こうした「世界卵」の発想をしのばせるような話は,アイルランドの『センクス・モール』(Senchus M决)や,北欧のサガ(S拡a)の『ヴォルスパー』(Volospa)*2 の中にも留められている。*2 またチベットでは,聖なる仏陀が割れた卵の殻を手に捧げ持った姿で描かれ,さらにその卵の殻の割れはしに沿って,小さな人間が座っている姿も描かれることもあるという。
卵に関するなぞなぞがとくに多い理由は,このコンセプトがこのように世界的に分布していることからも説明できよう。
 現在流布している《ハンプティ・ダンプティの唄》には,およそ三種類ほどのヴァリエーションがある――

  Humpty Dumpty sate on a wall,          半短断端 座って気楽
  Humpti Dumpti had a great fall;          半短断端 大墜落
  Threescore men and threescore more        百人つどって大相談
  Cannot place Humpty-Dumpty as he was before.  けれどもどらぬ半短断端
  (1810,p.36 *co)

  Humpty Dumpty sate on a wall,          半短断端 壁の上
  Humpty Dumpty had a great fall;          半短断端落ちて,ぐえッ!
  All the king's soldiers and all the king's men   武者衆ご家来勢揃い
  Cannot set Humpty-Dumpty up again.       けれど半短もどせない
  (1842,p.113 *nc)*3

  Humpty-Dumpty lay in a beck          半短断端 小川で昼寝
  With all his sinews around his neck;        首の筋をば寝違えて
  Forty doctors and forty wrights          内科四十に外科四十
  Couldn't put Humpty-Dumpty to rights.      治せず半短ご臨終
(1846,p.209)*4

 この唄のヨーロッパ各地における類例が,マンハルトによって数多く採集されているが,そこには様々な名前をした「ハンプティ・ダンプティ」がでてくる。たとえば「ヒュンペルケン・ピュンペルケン(H殞pelken-P殞pelken)」「リュンツェルケン・ピュンツェルケン(R殤tzelken-P殤tzelken)」「ヴィルゲレ・ヴァルゲレ(Wirgele-Wargele)」「ギゲレ・ガゲレ(Gigele-Gagele)」「エッティエ・パペッティエ(Etje-Papetje)」などは,そのドイツ各地の例であり,スカンジナヴィアの「リレ・トリレ(Lille-Trille)」「リレ・バレ(Lille-Bulle)」などもこれにふくまれる。*5 これらの中で私達の唄に最も近しい例としては,ザクセン地方のこの唄があげられよう――

  H殞pelken-P殞pelken sat up de Bank,       ヒュンペル-ピュンペル 座ってた
  H殞pelken-P殞pelken fel von de Bank,       ヒュンペル-ピュンペル 落っこちた
  Do is ken Docter in Engelland           黄泉の国にはお医者はおらぬ
  De H殞pelken-P殞pelken kurere kann. ヒュンペル-ピュンペル 治すのは
(M,p.416)(1)

 スイスには「アンネバダデリィー(Annebadadeli)」*6 というのが出てくるなぞなぞ唄がある。この種のなぞなぞ唄では,その答えは「卵」であるのがふつうだが,ときには「氷柱」や「哺乳瓶」*7 であることもある。
 スカンジナヴィアでは――

  Lille Bulle trilla'der a skulle;*8        ぷちぶる落ちた岩の上
  Ingen man i detta lan'              どこのどこにもおりません
  Lille Bulle lage kan. (1849,p.9 *co)       ぷちぶる治せるような人

――と吟われているが,これのさらなる類例であるフランスのある唄の中には,ドイツ語の表現にある「エンケルラント(*天使の国…第8章参考)」という言葉が,本来の意味ではないが,出てきている。

  Boule,boule su l'keyere,      まるまるちゃんが座る椅子
  Boule,boule par terre.       まるまるちゃんが落ちて死す
  Y n'a nuz homme en Angleterre   さがして果てて到るはイギリス
  Pou l'erfaire.(2)           いまだ治した人はゐず

 我が国の唄例において「四十人のお医者さん(forty doctors)」とも「百二十人の男たち(twice threescore men)」ともされる一節は,ドイツの唄例では「エンケルランドには医者がいない」,スカンジナヴィアのものでは「どこの国にも誰もいない」,そしてフランスのものでは―そのまま訳すなら―「イギリスには一人もいない」となっている。


 また我が国の唄例の一つでは,その「壊れてしまった」ものを修復できなかった人々を「王様の兵隊と王様の家来衆みんな(all the king's soldiers and all the king's men)」としているが,この表現は次にあげる「煙」や「井戸」が答えとなるほかのなぞなぞ,そしてまた,その海外の類例中にも見受けられるものである。

  As round as an apple, as deep as a cup,      リンゴの丸さ 湯呑みの深さ
  And all the king's horses cannot pull it up.    馬でも動かぬなーかなか
  (1846,p.75/Ans. Well)*9

  As high as a castle, as weak as a wastle,*10   高さはお城 脆さがそぼろ
  And all the king's soldiers cannot pull it down.  武者衆かかれどこわせない
  (1849,p.144 /Ans. Smoke)

 スワビア地方には「煙」を答えにした,こんななぞなぞがあり――

  Es ist etwas in meinem Haus,           皆のお家の中にあり
  Es ziehen es hundert tausend G隔le nicht naus.  百万馬力でも引き出せない
  (Me,p.79)

――「井戸」のなぞなぞには,フランスのこんな類例がある。

  Qu'est-ce-qui est rond comme un d,      なぞなぞよ 指貫みたに丸くって
  Et que des chevaux ne peuvent porter.(3)    それで馬でも引けぬもの

 こうしたなぞなぞに出てくる「王様」とは,もしかすると太陽の力(光)を言い表したものなのかもしれない。(*実体のない)光なればこそ,当然その馬や家来も「無力」なわけである。
 卵はこのような唄の中では(*擬人化され),とくに奇抜な名前で呼ばれるものであるが,海外に流布している例のなかにはこれを「二種類のビールが詰まった樽」としているものもある。旅人に扮したウォーダン神(Wodan=Odin) がヘイドレク王にかけたナゾ*11 のなかにも――

  黄金の髪の花嫁と仕え女の二人がともに
  納屋にエールを運びこむ
  樽は腕では動かさず 鎚が鍛えたわけでもない
  それを作った女の奴は 島の周りを偉そに(そっくりかえって)歩く

――というものがある。その答えは「ケワタガモ(Eider-duck)の卵」である。(C.P.,I,89)
 これと同様に,「卵」を「ビールの入った樽」と見たてた短いなぞ唄は,ラップランドからハンガリーにまで,広く流布している。フェロー群島(丁領 北大西洋上)にも「ボリィが岩から落っこちて,全部のタガが外れて落ちた,東西東西治すはいない」(M,p.417)*12 という同類の唄があり,プロシアでも――

  Kommt ein Tonn aus Engelland,     樽をくれたは黄泉の国
  Ohne Boden, ohne Band;         底もなければタガもない
  Ist zweierleai Bier drin. (Sim,p.287)  中にはビールがふた種類

――という唄がうたわれている。
 著者の知る限り,我が国には卵をこのように「ビールの樽」と吟った例はない。しかし17世紀には「ハンプティ・ダンプティ」という言葉は,エールにブランディを混ぜて煮詰めた飲み物‘boiled ale-and-brandy'を意味する語として用いられていたという例(4) があるところから見ると,海外のなぞ唄にある,この「卵=二種類のビール」というコンセプト自体はあきらかに存在していたものと思われる。
 この他にも,卵を「家」や「お城」になぞらえたなぞなぞが,内外に流布しており,また,次の唄のように,卵をナゾの物体――エニグマそのもの,として描いている例もある  

  As I was going o'er London Bridge       渡り申せばロンドン橋を
  I saw something under a hedge;        なんか有ります垣根のはじっこ
  'Twas neither fish,flesh,fowl,nor bone,    魚獣鶏の肉 もちろんまるで骨でなく
  And yet in three weeks it runned alone.    三週過ぎると走り去る
  (1846,p.213)

 アメリカの女の子の遊びに〈ハンプティ・ダンプティ〉というゲームがある。女の子たちはまずスカートで脚をすっぽり覆い,裾をきっちりたぐって座り込む。次にリーダーの子に合わせて唄を歌い,歌の文句を合図に一斉にスカートを押さえたまま後ろへそっくり返る。つまりはスカートをゆるめず,元の姿勢に戻れるかどうかを眼目とした遊戯であるが(N,p.132),もしかすると,この遊びは卵のなぞなぞよりも古くからあったものなのかもしれない。なぜなら,なぞなぞの「ハンプティ・ダンプティ」は,塀や土手割り,岩棚の上に「座って」いたり,はたまた小川の中に「寝て」いるが,それは現実の「卵」にはまずありえないシュチュエーションである。しかし,ゲームの方が唄よりも古く,唄がその「卵のような」恰好になった人間を描写したものだとすると,より納得がゆくではないか。*13


 「ハンプティ・ダンプティ」という名前それ自体は,同じような音の語の反復によって構成された,広義にいう押韻合成語(rhyming compounds) の一つに過ぎない。しかし,この語にも,もとは何らかの明確な意味があったと思われる。「ハンプティ・ダンプティ」は,ともに「丸くて短い」ものを表わす「ヘンプ(hump)」と「ダンプ(dump)」を組み合わせた言葉であるが,同じような組み合わせの言葉として,次のなぞ唄に見られる「ホッディ・ドッディ(Hoddy-Doddy)」があげられる――

  Hoddy-Doddy with a round, black body;     ホッディ-ドッディ まん丸黒い
  Three legs and a wooden hat, what is that?  足は三本 木の帽子これなあに
  (1849,p.142 /Ans.An iron pot)(5)*14

 16世紀,この言葉は「小柄でずんぐりした人」(1553年の用法)を直接的に表す語として使われていた。また,これを「恐妻家」にあてた例もある。(1598年)(6)


海外の唄例における「ハンプティ・ダンプティ」に相当する語句にも,たいがい「短い」とか「丸い」といった意が込められている。たとえばドイツの「ヒュンペルケン・ピュンペルケン」や,おそらくはスカンジナヴィアの「リレ・バレ」も,ほとんど同じ発想になる語である。他方,「ヴィルゲレ・ヴァルゲレ」とか「ギゲレ・ガゲレ」といった語は,「ぐらぐら」「ゆらゆら」といった不安定な状態を暗示するものであるが,デンマークの「リレ・トリレ」は「リレ・トローレ(lille tr lle)」すなわち「小さなトロール」の意味である。トロールは後世の人々によって「ドワーフ(dwarve)」すなわち地に棲む小人とみなされるようになったが,元来は「ずんぐりとした」体躯をもったいにしえの一族を指す語である。*15 また「ホッディ・ドッティ」に「恐妻家」という意味合いがあることは,こうした語が民俗学上でいうところの原初的な性関係(*すなわち母系社会)にもとづくものであることを示しているのではなかろうか。


 唄に出てくる押韻合成語には,他にもたとえば「ヒッティ・ピッティ(Hitty-Pitty)」という語がある。これはハリウェルによって17世紀(MS.Harl,No.1962)*16 にまでさかのぼりうるとされた,あるなぞなぞに出てくる語である。

  Hitty Pitty within the wall,      ひっかりかいかい壁の中
  Hitty Pitty without the wall;      ひっかりかいかい壁の外
  If you touch Hitty Pitty,        ひっかりかいかい触れたなら
  Hitty Pitty will bite you.       ひっかりかいかいお前を噛むぞ
  (1849,p.149 Ans./A nettle=イラクサ)

 この唄は〈かくれんぼ〉(Hide and Seek) で「ホット(hot)」な(*危ない・もしくは禁制の)場所に近づく者への警告として使われることがある(1894,I,211)。このヴァリエーションの一つに「ハイティ・タイティ(Highty-Tighty)」という語があるが,こちらは次のような唄の中に留められている――

Highty,tighty,paradighty,clothed in green, ヒッカキ カッカキ ウーキウキ 緑のおべべ
 The king could not read it,          王者の解けぬが
No more could the queen;          妃に解けて?
 They sent for a wise man out of the East,   賢者に問えや知恵足らず
 Who said it had horns,but was not a beast.  角はござるが獣にあらず
 (1842,p.118 Ans./A holly tree // *nc No.155,p.96)
(*holly tree はヒイラギ,昔から生命や収穫を意味する聖なる樹とされた)

 そのほか「日光」を答えとするなぞ唄にも,こんな押韻合成語を留めたものがある。

  Hick-a-more, Hack-a-more          ぴっかり ぺっかり
  Hung on a kitchen door;            お勝手のドアに
  Nothing so long,and nothing so strong,   長くもないし強くもない
  As Hick-a-more, Hack-a-more,        ぴっかり ぺっかり
  Hung on the kitchen door, (1846,p.207)     お勝手のドアに

 また,次のなぞかけ唄にある「リリィ・ロウ(lilly-low)」という語は,ロウソクの炎を表わす北部方言である――

  Lilly-low,lilly-low,set up on end,   ほよほろ ほよほろ まっすぐね
  See little baby go out at town end,    赤ちゃんおでかけ町外れ
  (1849,p.146 Ans/A candle)

 ほかにも「ロウソク」のことを吟ったなぞなぞには,ハルレオン・マニュスクリプツ No.1962 にも書き留められ,童謡集などでもふつうに見かける,次のようなものがあるが――

  Little Nancy Etticoat with a white petticoat, 白無垢姿の向いの姉や
  And a red nose;                ハナは紅(クレナイ)
  The longer she stands,the shorter she grows.  出立つ程に 縮みゆくのがご生涯
  (1842,p.114 //*nc No.143,p.93)

 この唄の語句からは,デボンシャー州のなぞ唄で,「空」のことを「ウッディ・コート(Widdicote)」と呼んだ,次のような唄例が思い起こさせられる。

  Widdicote,widdicote,over cote hang,  わいたのこわいたのこ 屋根のうえよいよい
  Nothing so broad, and nothing so lang   広げりゃ広い 長さもすごい
  As widdicote, widdicote,over cote hang. わいたのこわいたのこ 屋根のうえよいよい
  (1892,p.333)

 概してこうしたなぞ唄というものは,しごく素朴な着想から生れたものであり,そのすべてが他の国でも同様の類例をもって唱えられている。しかし我が国やノルウェーなど,北方で歌われている《ホッディ・ドッティの唄》が,ただひたすら記述的なのに対して,フランスではこれが,「黒いもの(Noiret)」と「赤いもの(Rouget)」すなわち鍋と火の問答として,またイタリアでは鍋と煙と火の三人姉妹の話しとされている。またロウソクのなぞなぞは,北方のスワビアにも,南方のフランスにもあるが,これらの一つも《ハンプティ・ダンプティの唄》の場合のように卑近な類例であるとは言えない,そしてまた,そこには共通の隠喩も留められてはいないのである。

〈第10章注〉
○原注
1 Mannhardt “Zeitschrift f殲 deutsche Mythologie" 1859,vol.4,p.394‘Das R閣sel vom Ei ’等参照。
   2 E.Rolland “Devinettes on 始igmes populaires”1877,p.199
    採集地 モンス(Mons 白耳東南部 仏国境付近)
   3    〃 ,      〃            p.98
    採集地 パリ 
   4 “Murray's Dic."‘Humpty-Dumpty'の項参照。
   5 バークシャーの労働者が1905年,この唄をH.P.に歌った。*17
   6 “Murray's Dic."‘Hoddy-Doddy'の項参照。

○訳者補足
訳者が参考のため拾い集めた,なぞなぞの例もここにいくつか紹介しておこう――

Hitti Titti on the wall,
Hitti Titti got a fall;
Tenscore men and ten score more,
Could not set Hitti Titti as it was before.
  Ans.An egg (Ulster−N.& Q.3rdS.No.207,G.p.493)

Hickamore,'ackamore,
Sit over th'kitchen-door;
Nothing so long,and nothing so strong,
As Hickamore 'ackamore,
Sits over th'kitchen-door.
  Ans.A Cloud (Lincolnshire−N.& Q.3rdS.No.207,G.p.503)

Little Nanny Neppicoat has a white petticoat;
The longer she stands,The shorter she grows.
  Ans.A candle (Ulster−ibd. p.493)

Nanny-goat,nanny-goat,in a white petticoat,
The longer she stan's the shorter she grows.
   Ans.A can'le (Lincolnshire−ibd.p.503)

○訳者補注
*1  アリストファーネス の戯曲『鳥』を指す。鳥類の王座を巡る喜劇。この巨鳥と卵のことは,同書で鳥たちが世界の起源を合唱する場面に出てくる。

*2  “Senchus m决" は,聖パトリック 渡来の頃に書かれたアイルランドの法典。“V嗟spa”は北欧神話の世界の起源と滅亡を吟った『エッダ』歌章の一つだから厳密にはサガ(saga)ではない。

*3  指摘資料当該頁にこの唄はない。JOH,1842・初版 p.92 にはこの上にある収集1810と同じ唄が載っており,後版1853も同様。3行目を‘All the king's soldiers …’とする該当の唄例の典拠は不明。

*4  JOH,初版にはなく1846増補版以降に収録される。

*5 JOH,1849よりデンマーク の‘Lille Trille',OXDNR,p.216 より‘Wirgele-Wargele'の唄を補す――

○Lille Trille laae paa Hylde;
   Lille Trille faldt ned af Hylde.
   Ingen Mand i hele Land
   Lille Trille curere kan.

  ○Wirgele-Wargele,auf der Bank,
   llt es'runter,ist es krank,
   Ist kein Doktor im ganzen Land,
   Der dem Wirgele-Wargele helfen kann'

*6 ‘Annebadadeli' は‘Anne-badauderie'と書き換えうる。けだし「フラフラ(ブラブラ)アンヌちゃん」という意味で,この後に著者云うところの「不安定な状態を表わす」語であろう。

*7  変な名前で答えが「氷柱(ツララ)」のなぞかけは『ペール・ギュント』に出てくる,ここでは氷河の精が変な名前を称する怪物となってギュントを惑わす。「ほにゅうびん」の方は詳細不明。

*8  原書ではこの末尾が‘ner a skulle;'となっていた。JOH,1849により修正。

*9  該当の唄はJOH,1842初版p.92にもあり。‘cannot' が‘can't'になっているだけ。1846増補版から引いた理由は不明。

*10 ‘wastle' は上質の小麦粉を使ってつくったパン。もろもろとしてくずれやすい。

*11  アイスランドの『ヘルヴォール の サガ』(Hervararsagan) にある,オーディン神とヘイズレーク王の間に交わされた36首のナゾ合戦の一つ。

*12 『世界なぞなぞ大事典』(大修館書店 1984)にこれに対応するだろうフェロー群島の例があった。原文を拝借し訳を新たに付す――

Bolli f嗷 av skar_i,       ボリィが岩からおっこった
 Allar gjar_ir sprungu av,   たがが全部はじけてしもった
 Hann var hv嗷ki        おりませぬぞよ
 Fyri eystan ella fyri vestan,   東西に飛べど
 Io bolla a ftur beta kundi.   ボリィの病を知りし者

*13  一般には「座っている」のは塀や垣根につくられた小鳥の巣の中の卵。「小川の中」の方は,落ちて割れ白身(=小川)の中に黄味が「横たわる」姿,とされる。訳者にはこのEcken.の説はとりがたい。

*14  答えは正確には「三本足で木の蓋の付いた鉄製のお鍋」。

*15  少々勘違いがある。トロル がドワーフやアイルランドのレプラコーンなどと同類の地下に棲む小人とみなされるようになったのは確かに近代になってからのことだが,北欧神話ではもと小人どころか,人食いの「巨人」一族を指す名前で,伝承の中では日本の山男や山んばに近い存在とされることもある。

*16  MS.Harl は Harleian Manuscripts。Robert Harley(1689-1741)卿とその子 Edward が二代に渡り収集した写本のコレクションで,1754年国家が買い上げ,現在は大英図書館が所蔵している。

*17 H.P.が何の略なのかは不明。



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