6月、シュパーゲルのシーズンまっただなかの初夏のドイツは、新酒試飲会のラッシュだ。毎週のようにどこかで試
飲会がある。醸造所団体が開催するものもあれば、醸造所が単独で開催するものもあり、さらにワイン村の村祭りの
一環として開催される試飲会もある。全部出ようと思ったら、体がいくつあっても足りないほどだ。

さて、そんな試飲会の中のひとつ、VDPモーゼル・ザール・ルーヴァーの新酒試飲会に行ったときのこと。
いつもの様にメモをとりながら試飲にいそしんでいると、顔見知りのケッセルシュタットの元ケラーマイスター、カイパ
ー氏が話しかけてきた。
「例の比較試飲会、明日やるよ。」
「え、明日?金曜日だと思っていましたが。」
毎年6月2週目の週末に、ルーヴァーのワイン村のひとつ、カーゼルの村祭りの開幕イベントとして公民館で比較試飲
会があり、カイパー氏はそれを主催するルーヴァー・リースリング協会の代表を務めている。
「いや、金曜日はワールドカップの初日だろ。誰も来ないだろうし私も見たいから、一日繰り上げたんだよ。」
「あ、そうですか。」
その時、教授に論文をせっつかれていることでもあるし、参加しようかどうか、正直なところ迷っていた。
「中部モーゼルとルーヴァーの比較だよ。Dr. ローゼンとか、J.J.プリュムとかも出るよ。」
「え、そうなんですか!?じゃあ、行きます。」
おいしいワインが飲めるとなるとつい、心が動いてしまう。
「そうこなくっちゃ!それで相談なんだけど、よかったらだけど、コメンテイターやってみない?」
「はぁ?」

晴天の霹靂とは、まさにこのことである。

ルーヴァーの比較試飲会は毎年行っているので、どんなものだかは知っている。
参加者はみんな着席して、ワインリストの順番に地元ルーヴァーと他の生産地域とをペアで試飲しつつ、その道の専
門家−大抵は地元醸造家−のコメントを聞くという趣向だ。参加者のほとんどが地元の住民で、本人が醸造家でなく
ても親戚の誰かがワインを造っている様な土地柄だ。そんなところに、トリアーに来てせいぜい7年ばかりの、しかも
異邦人の僕が行って壇上からコメントするなど、想像を絶する提案であった。
「そりゃ、無理です。」と即座に僕。
「でも君はルーヴァーのほとんど全ての試飲会に来ているだろ。」
「はぁ。」
「来ている人たちは、みんな君のことを知っているよ。」
ま、それはそうかもしれない。試飲会では大抵、僕が唯一のアジア人だから目立つのである。
「そうは言っても...。」
「なに、みんな家族みたいなものだよ。2種類だけでいいんだ。急な変更で予定していたコメンテイターが一人来られ
なくなってしまってね。参加者も少ないだろうし、内輪の試飲会だと思って、気楽にしゃべってくれればいいよ。」
「はぁ...。考えてみます。」
なんだか、昔世界ウルルン紀行で見たような話だな、と思った。出演者が番組の最後の方で、修行の成果を大勢の
現地人の前で披露させられる、あれである。まさか自分にそんな機会が巡ってくるとは思わなかったが、さて、どうし
たものか。

これを逃したら、こういう希有な機会は二度と来ないだろう。
もしも引き受けたなら、一生の思い出に残ることも確かだったが、それが良い思い出となればいいが、出来れば忘れ
てしまいたいくらいに恥ずかしい経験になる可能性も大いにあった。もしかすると、試飲会でほろ酔い加減になったカ
イパー氏が、単に思いつきで言っているだけなのかもしれず、当日緊張でコチコチになって会場に赴いたら、「あれ?
そんなこと言ったっけ。」と、すっかり忘れているかもしれない。
さて、どうしたものか。引き受けるかどうか決心がつかないまま、当日を迎えた。

ルーヴァー比較試飲会の様子。
果たして、こんな人々の前でコメントが出来るのか?




一応試飲会には顔を出すとは言ったものの、コメントをするかどうかは最後の最後まで決心がつかなかった。午後7
時半、開始30分ほど前に会場の公民館に着くと、急な予定変更にもかかわらず、既にけっこうな人出であった。ほと
んどが地元の住民で、こうした情報はあっという間に広まるのだろう。入り口ではお馴染みさん同士の親密な挨拶が
交わされており、急に自分が場違いな所に来てしまったような気がした。そして、こんな人たちの前でコメントをするな
ど出来る訳がない、と絶望的な気持ちになった。

「ちょっと散歩に行こう。」
と付き添いを頼んだ彼女に言った。公民館から少し遠ざかり、村道の民家の庭などを眺めながらとぼとぼと歩いた。6
月上旬、傾き始めた日差しの中で花壇のバラの花が、今を盛りとばかりに見事な大輪の花を咲かせていた。
「無理に引き受ける必要はないのよ。でも、せっかくの機会を無駄にするのも、もったいないわね...。」
それは、わかっていた。たぶん、何かしらコメントすることは出来る。
しかし、それがもしも会場を白けさせてしまったら、あるいは緊張のあまり何も言葉が出てこなかったらと思うと、背筋
が冷たくなった。

断ろう。断ったところで、失うものは無い。

そう決心して会場に戻ると、さっそくカイパー氏の相棒、カールスミューレ醸造所のガイベン氏が大股に近づいてき
た。
「やぁ、よく来た!コメントしてくれるんだって?カイパーから聞いた時、俺もそりゃいい考えだと思ったんだよ。」
「あの、それはちょっと、やっぱり僕には無理だと思うのですが...。」
「ん?でも、ワインジャーナリストやっているんだろ?」
「そりゃそうですが、本職じゃないですよ。時々書かせてもらっているだけです。」
「ふ〜ん。ま、難しく考えることはないよ。ほんの二言、三言でいいんだから。」
「そうですか...。」
会場の片隅に着席してしばらくすると、今度はカイパー氏が笑顔で近づいてきた。
「まぁまぁ、そんな難しい顔しなさんなって。」
僕をリラックスさせようとしているようだった。
「やっぱり無理です。」
「そうかい?」
「ルーヴァーのワインを知り尽くしているような皆さんの前で、僕みたいなガイジンがコメントするなんて、大それていま
すよ。」
「それがいいんだよ。ちょっとヘンなドイツ語でキミがルーヴァーのワインについて何か言ってくれれば、ウケること間
違いなしだよ!」
あ〜、そういうことか、と彼の意図がその時すこし判った。
「それに、みんなキミのことはみんな知っているし、家族みたいなものだから、大丈夫だよ。
もっとも、無理にやれ、とは言わないけど。」

これを断っても、自分が傷つくことはない。
しかし後になって、どうしてあの時、勇気を出して自分を試してみなかったのかと、一生後悔するかもしれない。

「そうですか。もし言葉につまったりしたら、すぐサポートしてくださいますね。」
「勿論!コメントは、11番目のケッセルシュタットと18番目のカールスミューレのワインだよ。」彼はワインリストの二つ
のワインにバツ印をつけた。「出番が来たら呼ぶからね。それじゃ、たのむよ!」
カイパー氏はウキウキとした様子で僕の肩をたたくと、小走りに壇上へと戻っていった。
もう、後戻りは出来ない。
とりあえず、出来るだけのことはやってみよう。 ひとつ深く息を吸い込むと、覚悟を決めた。

昨年の試飲会会場の様子。今年もほぼ同じ光景だったが、舞台の上に登ったことが唯一の違いだった。




開始予定の8時をまわり、公民館の座席は次第に埋まっていった。ざっと100人はいるだろうか。その中にはカルトホ
イザーホフ醸造所のケラーマイスター、ブライリング氏とその奥さんや、フォン・シューベルト醸造所で見かける醸造担
当者をはじめ、トリアーのワインスタンドに来る醸造所の人たちなど、ワイン造りに直接携わっている人も少なくなかっ
た。

この試飲会では24種類のワインをペアで12組比較する。2種類のうち片方は必ずルーヴァーのワインで、もう一方は
他の産地のものだ。これまでフランケン、ミッテルライン、ザール、ラインヘッセンと続いてきたが、今回はモーゼル中
流との比較である。その日のトップはルーヴァーのフォン・ボイルヴィッツ醸造所の2004年カーゼラー・ニッシェン、リー
スリング・シュペートレーゼ辛口と、ヴェーレン村のマルクス・モリトー醸造所2004グラーハー・ドムプロプスト、リース
リング・シュペートレーゼ辛口の対決であった。ルーヴァー民族舞踊同好会の人々が参加者の前に並ぶグラスに注
いで回り、試飲会が始まった。

二人一組で注いで回るルーヴァー民族舞踊同好会の人々と、きれいどころにワインを注いでもらってご機嫌のおやじさん。

壇上ではカイパー氏とガイベン氏が慣れた調子で、冗談を飛ばしながらコメントを始めた。二人とも地元出身で、醸造
学校へも一緒に通った幼なじみであり、どちらもドイツのトップクラスの醸造家である。ワインの造り手の紹介と収穫
時の糖度、残糖、酸度などの分析データをはじめ、第一人者ならではの切れ味のいい率直な意見で会場の雰囲気を
盛り上げながら、テンポよく試飲は進んでいった。

僕が最初にコメントするのは6組目のケッセルシュタット醸造所2005年カーゼラー・ニッシェン、リースリング・カビネッ
トだった。そのワインが出るまで、出番が来たらどうコメントしようか考えながら、グラスを揺らし、舌の上でワインをころ
がし、メモをつけていった。
『クリアな香りに柑橘のヒント、まとまりのいい果実感にグレープフルーツ、ミネラルのアクセント。アフタにもしっかりし
たミネラル感。素晴らしい調和。』
気が付くと、どのワインも似たようなコメントになっていた。
こんなことを聞かされても、自分の素人さ加減をさらけ出すばかりで、観客にはちっとも面白くないに違いない。会場
の白けた空気が瞼に浮かんで、冷や汗がどっと吹き出した。
半ば絶望的な気分になってメモをとることを止め、ぼうっとした頭で壇上のコメントにしばらく耳をかたむけた。
そして、ふと気が付いた。
彼らは、ワインの香味については軽くふれる程度で、もっぱら背景となる情報を語っているのだ。この試飲会はワイン
祭りの一環であり、試飲セミナーではない。参加者は共通言語を学ぶ為に来ているのではなく、ワインを楽しみに来
ているのだ。そんな場所で、味覚を客観的な言葉に置き換えるだけでは意味がない。観衆と共通の接点を探りつつ
主観を交えて、自分の経験から来る意見を述べたらどうだろうか。
自分にしか言えない、自分ならではのコメント。
それが、興味を持って聞いてもらえる唯一のチャンスだ。

やがて、運命のケッセルシュタット醸造所のワインと、比較としてヴィリ・シェーファーの2005年グラーハー・ドムプロブ
スト、リースリング・カビネットがグラスに注がれた。ケッセルシュタットのこのワインを試飲するのはこれが初めてだ。
ヴィリ・シェーファーはこの醸造所らしい、品の良いしなやかなフルーツ感に黄リンゴのヒント、懐の深いミネラル感が
力強い印象を与えていた。一方、ケッセルシュタットはシェーファーよりもアロマティック。控えめの酸味にオレンジの
ヒントが、完熟した健全な葡萄をセレクションして収穫したことを思わせた。
これは…マイシェスタンドツァイトによるものだろうか。
葡萄を粗挽きして、果皮・果肉を果汁に数時間漬け込み、アロマとエキストラクトを引き出す手法である。実際はどう
か判らなかったが、イチがバチか、その点を指摘してみることにした。
「さ、そろそろ出番だよ。」カイパー氏が呼びに来た。「壇上へおいで。」
おもむろに立ち上がると、周囲の視線が痛いほど感じられた。

あ、いつも見る日本人だ。
ワインジャーナリストだってさ。今朝の新聞見た?
彼がコメントするの?お手並み拝見といこうじゃないか。

そんな声が聞こえてくるような気がした。
観客を見下ろす壇上で、指示されるままにカイパー氏とガイベン氏の間に挟まれるように座った。もう、逃げようがな
い。
「自分の言いたいことを、好きなようにしゃべればいいんだよ。」
緊張で青ざめた様子を見てか、ガイベン氏が励ますようにそっと耳打ちしてくれた。
「それでは、ここで皆さんきっと一度は見たことのある、日本人の彼が僕のワインをコメントしてくれます。どういうコメ
ントが聞けるか楽しみです。どうぞ。」
カイパー氏が僕にマイクを向けた。
ひとつ大きく息を吸い込んで、僕は観衆に向かって話し始めた。





まずは自己紹介から始めた。
トリアーに住んで8年になること。毎年ルーヴァーの試飲会を楽しみにしていること。そして今朝の地元新聞の記事に
僕のことがワインジャーナリストとして書かれていて驚いたこと、ワイン雑誌に寄稿したことはあっても、基本的にはワ
イン愛好家のひとりにすぎないことを正直に話すと、軽い拍手がわいたので、少しほっとした。
「さて、ワインに移りましょう。ケッセルシュタットのカーゼラー・ニッシェン、これは僕のお気に入りの畑なんです。」
そこで笑い声とちょっと大きな拍手が湧いた。
ニッシェンNieschenの畑は試飲会会場から目と鼻の先にあり、ケアナーゲル、ヒッツライとともに、カーゼル村自慢の
葡萄畑である。畑の名前の由来は定かではないが、小さな"くしゃみNiesen"に由来すると、半ば冗談めかして言わ
れている。
「2005年産ですが、隣に座っていらっしゃるカイパーさんの後継者、ヴァルドラッハ村のハンリッヒ・メルテス醸造所の
息子さんが、ケラーマイスターとして最初に手がけたビンテージですね。ケッセルシュタットのワインは、1998年から
毎年この公民館で開催される試飲会で欠かさず試飲させて頂いていますが、2001年産で飛躍的な品質の向上を遂
げ、以来年を追うごとに、ますます見事なワインをリリースしているように思います。さて、新しいケラーマイスターにな
っても、品質向上の伝統は受け継がれているでしょうか?
それを皆さんと一緒に確かめてみたいと思います。」
そこで一息入れて、あらためて試飲してみた。印象は先刻と変わっていない。
「とてもアロマティックです。おそらく、マイシェスタンドツァイトをとっているのではないかと思います。」
隣でカイパー氏がうなずくのが見えた。よかった。推測は間違っていなかったようだ。
「味わいも、しなやかで濃厚なフルーツ感の中に、オレンジのヒントがあります。最上の畑から、完熟した健全な果実
を収穫したことが伺えます。アフタにしっかりとしたミネラルのアクセントがあり、それがワイン全体をまとめ上げてい
て、調和がとれ、実にすばらしいワインです。
カイパーさんからの高品質の伝統が、メルテスさんに着実に受け継がれていることを、このワインは見事に示している
と思います。カイパーさん、よい後継者を見つけられましたね!おめでとうございます!」
そう言って、僕は傍らのカイパー氏の広い肩を軽くたたくと、会場からは笑い声と盛大な拍手がわいた。
「ありがとう。頼んでよかったよ!」
カイパー氏もうれしそうに言ってくれた。それまで僕の自信なさげな様子をみて、内心どうなることかと心配していたに
違いない。

「やぁ、よくやったね!」「いいコメントだった。」
「オレンジのヒントって、言われてみると確かにそうだねぇ。」
席に戻ると、回りの人から暖かい歓迎を受けた。
ほっとするやら、照れくさいやらで、とりあえずワインをすすって喉の渇きを潤し、次ぎの出番に備えた。今度は、もう
一人のコメンテイター、ガイベン氏が造るカールスミューレの2005年産ローレンツホーファー、リースリング・シュペート
レーゼについてコメントすることになっていた。
ほっとしたのもつかの間、まだしばらく、気を抜くことは出来なかった。




中盤を過ぎたあたりから会場はほろ酔い加減の人々で次第に盛り上がり、歓談と笑い声があちこちから聞こえてき
た。毎年のことだが、こうなるとコメンテイターの声がマイクを通しても聞き取りづらいことがしばしばだ。この状態で真
面目にテイスティングメモを発表しても、まともに聞いてはもらえなさそうだったので、できるだけ手短に、要領よく終
えようと思った。
やがてカールスミューレの2005年ローレンツホーファー、リースリング・シュペートレーゼがグラスに注がれた。対抗馬
は、Dr.ローゼン、2004 エルデナー・トレプヒェン、リースリング・シュペートレーゼ。
「いよいよ、試飲会も山場だね。」と目の前に座っていた地元のおやじさん。
Dr.ローゼンはひとまず脇に置いて、カールスミューレに集中した。
繊細かつ凝縮感があり、磨き抜かれたクリスタルグラスのような気品と輝きがある。見事なワインだ。しかし、ワイン
が見事であればあるほど、個々の要素をつまみ出す作業は虚しく、言葉で表そうとすればするほど、実体との乖離
がますます露わになり、無意味に思えてくる。そして、そのワインの美しさは、僕の表現能力の限界を超えていた。
「素晴らしすぎて、言葉に出来ません。」
そう言っても、たぶん笑って許してもらえるだろうが、かといって、その理由をつたないドイツ語で説明しても、言い訳
にしか聞こえないかもしれない。

さて、どうしたものか。
舌の上で転がすうちに、シュトゥワート・ピゴットがガイベン氏のワインについて『エロティックな』ワインと書いていたこ
とを思い出した。
『このワイン(1997 ローレンツホーファー、リースリング・シュペートレーゼ)を飲むと、背筋に鳥肌が立つんだ。ちょうど
絶世の美女にさすってもらった時みたいに。』
ガイベン氏が言ったことを、ピゴットが紹介していた記事なのだが、まさにその表現が、僕がこれからコメントしようとし
ているワインの印象と重なった。
よし、これで行こう。壇上に再び上り、マイクに向かう。
「以前、シュトゥワート・ピゴットがガイベンさんのワインを『セクシーな』ワインと表現していたのを読んだことがありま
す。」
『エロティック』を『セクシー』と言い間違えてしまったが、会場はドッと盛り上がってくれた。
「いままで、一体どういう意味なのか判らなかったのですが、今日このワインを飲んで初めてピンときました。これは、
まさにセクシーなワインです!」
皆さんほろ酔い気分だったこともあって大受けしたが、一部によくわからないな、と思っている人がいるように見えた
ので、言葉を続けた。
「非常にエレガントでバランスがよく、まるで絶世の美女を眺めているような気持ちにさせられます。まったく、申し分
ありません。乾杯(Zum Wohl)!」
会場は大喜び、カイパー氏もガイベン氏も上機嫌で、初コメントの成功を祝って三人で乾杯した。ともあれ、会場を白
けさせずにすんでほっとした。
ようやく肩の荷をおろして席に戻り、拍手して迎えてくれた周囲の人々の笑顔がうれしかった。
「よかったわ。すごくよかった!」彼女はとても喜んでいた。
「そうかなぁ。素人っぽかったんじゃないかな。」
「何言ってるの。みんな喜んでくれているんだから、それでいいじゃない!」
ドイツ語で試飲のことを『プローベ』と言うが、それは同時に試練という意味もある。
その日、どうにかひとつのプローベを乗り越えることが出来たのは、確かなようだった。

僕のコメントを楽しんで頂けたようで、よかったです。


試飲会はその後、シュペートレーゼからアウスレーゼ、そしてアイスヴァインへとフィナーレへ向けて上り詰めていっ
た。J.J.プリュムのシュペートレーゼ、シュロス・リーザーのアウスレーゼにルーヴァーの小さな醸造所のワインが健闘
していた。
それまで味覚が鈍ってコメントできなくなったら困ると思い、飲み干すのを控えていたのだが、もはやそれも必要なか
った。
心ゆくまで味わい、のど越しを楽しみ、じわりと回る心地よい酔いの中で、どうやらこれでまた気後れすることなく、ル
ーヴァーの試飲会に顔を出すことが出来そうだ、と思った。そしていつか、今度はシュトゥワート・ピゴットに並ぶ本物
のジャーナリストとして、この会場で堂々とコメント出来たら…。
我ながら、気が大きくなっているな。
僕は自分の妄想にひとり苦笑して、アイスヴァインの最後の一口を含み、飲み下した。

甘酸っぱい余韻がしばらく舌の上に留まり、そして静かに消えていった。



(おわり)


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