
「うひゃー。これは無理だ!」
後ろから、声が聞こえる。
あとから来た参加者の声、だろう。
そんなことに気を取られている暇は無い。何としても大金を手に入れて、この異国の地で、この子達を食わせていかなければならないのだ。
何年も前に、遠い東にある島国から飛び出すことになった私は流れ流れてこの国にたどり着いた。
未だに、この土地の言葉には慣れない。纏わり付いてくる風習にも。
故郷からずっと一緒だった三頭の犬だけが、子であり友。そう思える日々が、今も続いている。
暗闇の中を松明の光だけを頼りに進む。いくつもの分岐を決断しながら慎重に。慎重に。
生暖かい風。犬はけたたましく吼えた。
『内心 象だと重い噛んで板』
心臓が凍るような冷たさを感じた。瞬間、頭の中に支離滅裂な言葉が浮かぶ。
『内心 象だと重い噛んで板』
愛犬たちが吼える声はしっかり聞こえる。しかし体は動かない。慣れない西の言葉のみが頭の中に響き続けた。
時間にすれば数瞬だったのだろう。目を凝らすと人の姿をした白い影が去っていくのが見えた。取り落とした松明を拾い上げると、私は前に進んだ。
通路の先には少し開けた部屋があった。部屋の中央には丸い台座。その中央には太く短い棒が立っている。
部屋の向こうには扉。
というよりも大きな一枚のごつい板。いかにも急場ごしらえという感じではあったが、かなり頑丈に作られている。ちょっとやそっとではびくともしないだろう。上の方に引っ張りあげる構造になっているようだ。行き先はその扉だけ。
今から引き返すのはリスクが高すぎた。
台座の脇には中央に穴の開いた大きさの違う丸い板が数枚置かれていた。
それぞれに動物が描かれている。一番大きな板には象の絵。
象! 前に一度だけ旅の途中で見たことが有る。巨大な動物。
そして、幽霊の言葉。
「内心」とは? 台座の内に有る心棒の事? 象の板だと重い、ということなのか?
私は不安に思いながら二番目に大きい板で有る虎の板を心棒に差し込んだ。
岩の上に載り、獲物を咥えた虎は鋭い目を輝かせている。何か悪戯っぽい響きをも思わせる瞳だ。
板がはめ込まれると台座は少し沈み込んだ。ガラガラと何かが巻き上げられる音がする。行く手の扉はゆっくりと上がっていった。
私は周りを見回して素早くその扉をくぐった。
その時、部屋の天井から白い影がいくつも降りて来るのが視界の端に映った。顔の部分には黒い影。目と不気味に笑う口元。私は恐怖をこらえながら通路の先へと駆ける。
突然背後で愛犬たちが吼える声がした。
振り返ると犬たちが霊たちに立ち向かっていくのが見える。
「だめ! 行ってはだめ!」
私は叫んだ。犬たちが私の命令を聞くことは無かった。部屋の中には石が浮遊する。霊たちの力だ。心棒にはめた虎の板も飛ばされた。愛犬の一人は飛んで来た板に噛み付く。扉が落ちる。厚い板の向こうからは犬たちが吼える声のみが聞こえ、聞こえ。やがて聞こえなくなった。
私は涙をこらえて、先に駆けた。彼らの犠牲を無駄にしたくは無い。
私はレースの表彰台の上にいた。3番目の位置。しかし喜びの心は無かった。
なぜ、もっと慎重に進めなかったのだろう。なぜ、なぜ。私の犬会いたい。
犠牲者の心残りは今日も遺跡に眠り続ける。
この文章は第大回雑文祭の参加要件の元で書いたものです。