自傷行為について

[自傷行為]

 うつ病の患者さんの多くが、この自傷行為について考えたことがあるようです。毎年2万人以上の日本人が自殺するなかで、うつ病の人は約半数を占めると言われています。実際に亡くなってしまう人の数の何倍の方が未遂に終わり、またその何倍かの人が、その行為をせんとばかりに悩んでいることでしょう。その数は一体どれくらいかは数えたくない気持ちです。

人は何故自ら命を絶ってしまうのだろうか?

日本人は大昔から自ら命を絶つことを”美”としてきました。戦国武将は敵に捕まる前に自らの命を断ち、敵に切り捨てられることを拒みました。また、敵の大将もそれが”武士の情け”として、静かに見守っていたのも事実です。本能寺の変の織田信長や大阪夏の陣の豊臣秀頼の死が代表的です。(信長の場合はちょっと違うかな?)

旧日本軍の白兵攻撃や特攻隊も”お国の為に”と言う精神のもとに、純粋な気持ちで敵に体当たりしました。人が、自分の命を犠牲にして敵を攻撃する”POWER”に、敵はひどく恐れていたようです。
また、敵の捕虜になるのは一番の恥じとし、絶体絶命の場面では自決するように”教育”されてきたのです。しかし、それを説得し、心を開かせて投降させたのは、日系アメリカ兵だという事実もあります。複雑な気持ちです。


でも、私達うつ病者の精神とは全く一線を異にします。自分の死が美しいとも、潔いとも絶対思いません。自分の死を賭けて敵を攻撃するようなPOWERも決して有りません。そんな気力と体力が残っていたら、私たちは間違いなく”生”を選択するでしょう。

では、何故うつ病者が自ら命を断ってしまうのか?その答えは「うつ病」という病気だからです。
真面目、完全主義、強い責任感、他人の目を気にする性格

目標を達成しないと必要以上に自責の念に駆られる
(自分の評価を正当に判断できない)

自分の評価が下がるのが異常に辛い

自分の存在価値が無いと思う
(判断が極端過ぎる)

この世から消えて無くなりたい

自傷行為に走る

なぜ自分を傷つけるか?
最近自傷癖のある患者を多く扱っている医師やセラピー専門家から直接トレーニングを受ける機会があったので、そのことについて少し書きます。摂食障害者で自傷行為を行うケースはよくあるそうです。自傷行為を行うものは、あやまって死に至るケースもありますが、自殺しようとしているのではないのです。

〜自傷行為は大きく分けて3種類あります。〜

1番目は最も多いのが表面的な自傷で、爪や釘や針、刃物で両腕や胸を傷つけ、夏でも長袖を着ています。唇の皮膚をはいだり、眉毛、まつげ、髪の毛を抜いたり、火傷させたり、たたいたり、骨を折ったり、治りかけた傷の癒しを妨げたりすることもあります。

2番目は壁に頭を打ちつけたり、目玉を圧迫したり、噛みついたりするタイプ。


3番目の重症例は少数ですが、極端な方法で自分を傷つけ、元の身体には回復できないほどになるタイプです。 性的な虐待や肉体的な虐待を過去に受けたケースも多くあるそうですが、ACや、親にかまってもらえなかった子供時代をおくった人などにもこのようなケースが見られるそうです。
うつ病、不安、パニック、強迫性障害(OCD)で薬物投与を受けている場合も少なくありません。研究データも少ないので決定的な治療法はありません。自分を傷つけるという行為は、過食症や拒食症と同じく、
外的・内的な要因が複雑に絡み合っており、短期間で回復することは望めません。
患者の身の安全の確保がまず大切ですので、重症の場合には、入院治療になることはしかたがないと思います。


人生に対して無力感を感じており、自分の人生をコントロールできないという気持ちを持っている場合が多いです。逆に言えばコントロールできるのは自分の身体だけだと思い、ダイエットや過食、拒食、自傷行為に走るのです。自傷行為をしているときには、ほぼ無意識でしているような、催眠にかかったような感じで、思考が止まり、つきあげてくる感情をその行為に没頭することにより抑圧したり、慰めたり、解放したりしているわけです。
そのプロセスは感情と結びついており、自傷によって、一瞬だけでも不安から解放されたような気持ちになるため、依存性が生じます。
頭でやめようと思ってもできないという強迫性と、行為中のプロセスへの依存性がからむ障害であるだけでなく、脳の回路の故障に起因する神経精神学的な疾患であると言われています


「自傷行為〜自分を傷つける行為と心理〜」について

主にリストカット(「手首自傷症候群」他に「リストカッティング症候群」とも呼ばれるもの)についてを調べたものです。これを聞いて『えっ!?そんなんしたら痛いじゃない』とか『何やってるの?バカじゃない?』って思う方も多少おられるはずです。中には『かわいそう』って思う方もいるでしょう。
 マイナスのイメージでしかないリストカット。
他人からその傷を見たらただの自殺未遂の痕にしか見えないかもしれません。でも、リストカッターと呼ばれる人達(全ての人にあてはまるわけではないが)には、あしたにつなげる為に生きていくために必要な行為だったりするのです。
 
 切る理由はみなさんそれぞれです。『私は本当に生きてるのか確かめるため』あるいは自罰的な意味が中には含まれているかもしれないのです。『私は切った事があるよ』って人は多くはいないと思いますが、ストレス発散に切ったりする人も中にはいるはずです。ちなみに、リストカットっていうのは、後追い自殺みたいに「伝染性」があったりするのです。インターネットでいろいろ調べていくうちに、掲示板などで『私も切ってみようと思った』という書き込みがありました。
リストカットについて、治したいと思ったりしても、癖になっていてやめられないってのがあります、病院にいったり、カウンセリングを受けたりしてもうリストカットをしなくなった人もいてます。


みなさんに1つ知っといてほしい事があります。それは...決して死にたいから切っているわけじゃないってことです。

* 額を壁に打ちつける。
* 体じゅうの皮膚を爪を立てて強くかきむしる。
* 手首を刃物などで切る。
* 切腹まがいのことをする。

これらをまとめて、自傷行為といいます。そして剃刀やカッターなどで手首を切るという自傷行為を繰り返すことを『リストカットシンドローム』(手首自傷症候群)といいます。
近頃、特に多いのがこのリストカットです。男子にも見られますが、
圧倒的に女子の方が多く見られます大体みんなは左手首の内側に傷を作ります。多くは、剃刀や小刀を使って浅い傷を何条も作るのが一般的なんですが、時には思い切って、深く傷つける人もいます。

"病態に伴うリストカット"

境界性人格障害、演技性人格障害、自己愛性人格障害の場合に多く見られます。また、うつ病、精神分裂症が根底にある場合もあります。摂食障害、食行動の異常を示している人にも多く見られます。

*境界性人格障害
 対人関係の激しさ、非常な不安定さが特徴。
児童の虐待、近親相姦、急激な見捨てられ方をした事などによって引き起こされやすいく、周囲の人々に「気の毒だ」「わがままだ」と両極端な見方をされることが多い。


*演技性人格障害

 他人の注目を浴びることが目的となり、大げさな言動をすることが特徴。人の意見に簡単に影響されてしまう。

*自己愛性人格障害
 自分が優秀な人物であるという意識が異常に強く、成功や地位、名誉を限りなく求めたりする。そのため、他人の評価に非常に敏感。常軌を逸するほど賞賛されることが嬉しく、自分への批判や無関心に対しては異常なほど怒ったり屈辱感を味わったりする。


 リストカットの瞬間の心理を語れる人は、あまりいません
。中には「切ったときの記憶がない」という人もいます。もっとも家庭内でのいさかい、恋人、友人との仲違い、対人関係上の失敗(自分の思い込んだ“失敗”)が先行している時が多いのです。つまり、くやしさ、怒り、後悔、自分への愛想づかしといったマイナスの感情がにわかにたかまった後に“リストカット”が行われると予想できます。

人によっては、"苦しい想念恋人に振られたといったようなもの"を断ち切るためにやったと落ち着いてから説明してくれることもあります。
いずれにせよ、リストカットの最中は無我夢中でいろいろ想いをめぐらせることのできる普段の心理状態と異なっているようです
しかし手首を切った後はかえって落ちつき、活力を感じ一種の開放感があり、軽い自己陶酔めいた感覚も覚えられるようです。


クライシスコール

 確実に死ねない自殺の方法として、あまり確実な手段ではないリストカット。危機に陥っている状況において(本人が自覚しているかは別として)助けを求めるための手段であると考えられます。
リストカットをしている人すべての人が人格障害や病気にかかっているかというとそうではないのです。

* 「死」をもって相手を攻撃
 自分をいじめて、友達、恋人、肉親への恨み、攻撃の手段として(相手が狼狽、後悔すること期待して)のリストカット。

* 解離状態
 人格が一時的に解体してしまって、自分が何をしているか分からない状態になってリストカットをする。〜幼児期の親子関係のゆがみ、「多重人格障害」などが原因。

* 理想と違う自分
 理想と現実のギャップにさいなまれ、自分を否定する気持ちをリストカットに託す。

* 現実逃避

 人間は「痛み」を感じることや、「血を見る」ことによって一種の陶酔感を感じることがあり、リストカットにより一時的に自己否定、自己嫌悪の感情から抜け出すことができる。

* 根性焼き的意味合い

 痛みに耐えることで自らの勇気を示す。

リストカットをしている人すべての人が人格障害や病気にかかっているかというとそうではないのです。

どのように対処すればよいか

 「また困ったことをやった、今度は放っておこうか」といった態度を周囲がとることは、好ましくなく、傷の状態に合わせてていねいに処置すること。そして長々としかるよりは「もう2度としてはいけません。傷跡は後々まで残ることがあります」とゆっくり、はっきりしかることが良いと思います。
反復されるリストカットは、自己流のストレス解消という面を持っています。したがってそういった行為を行いながら、社会生活・学校生活を続けることができる人が少なくありません。
 しかし、リストカットの影には見過ごせない人格の障害が存在します。心理療法の上手な精神科医の援助をまず求めるべきででしょう。


次の場合はこうしたらいいのではないかと思います。


* 「解離状態」の場合

 睡眠薬の一種を使って、当時の状況を思い出させる。そして分断された時間の流れを一本にする。そして過去の事実をひとつひとつ整理する。そして患者に「納得」させ、等身大の自分を受け入れるようにする。

* 「自分を否定」する人の場合
 ひとまず、「理想的な自我」と「現実の自分」のふたつがあることを認識させる。現実の中でそれらをどの様に同一化できるかを模索する。


幽霊を信じない方が実際に見ない限り否定し続けるように、理解出来ない方も実際に自分の身に起こらない限り受け入れることが出来ないでしょう。
こうした言い方をすると排他的などと言われそうですが平行線の話し合いっていうものは少なからず存在するもので、それの解決法はお互い不可侵ということ。
私は理解出来ないという人をこのサイトに立ち入るのを禁止するつもりはありませんし、掲示板などで意見を書き込むのも構わないと思っています。
自傷の事や自傷者の心境などについて色々尋ねたりHPを見てまわったりするのも、言い方などに十分に気をつけて下さればいいと思っています。(気にしない方ばかりではないし)

が、気にしないっていうのはあくまでも理解しようとしている方の行動の場合です。
嘲笑や興味本位の場合の行動はやるなとは言いませんが絶対にこちらに気づかれないようにやってください。
「説明読んでもよくわからんかったけど、きっとアンタらは〜〜なんでしょう?」とかいう書き込みは別に書いてもらわなくてもいいです。
わからないんなら黙っててください。
因みに「ここら辺の行動の意味はこういう風にとったけど実際はどうなのか?」という内容なら構いません。
この二つの違いは…わかってもらえるか不安ですが。


心無い方の言い分で特に多いのが
「死にたいなら死ね」という言葉ですが、これまでの説明や書き込まれた悩みを見て本当に死にたがっているように見えますか〜?
中には本当に死にたがっている人も居ますがそんな人は他人に言われなくても自殺が許可のいる行為ではないということをわかっていると思うのでこんなコメントは不要です。
ここまで行くと理解するしないではなく人間性の問題になってきてしまうので、こーゆー方については言っても無駄かも知れませんが。


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