「森田」に怒って「森田」を捨てる



        その当時は、「この状態は必ず治さねばならない、これが治らなかったら
      死んでも死にきれない」そんなことばかり考えていましたので、「森田」の本
      に書いてある「治らないと諦めればよい」という言葉も、治すための手段とし
      てしか考えなかったようです。このように、すべてのものを症状を治すため
      に役立てようとしていましたから、それはもう自己中心的もいいところで、こ
      の症状さえ治れば、自分は何でもできる人間になるかのような錯覚にとらわ
      れていたように思います。自分が努力をしないのは棚に上げて、すべてを
      症状のせいにしていたのだと思います。そういう期間が永く続きました。

       そのためと言っては語弊がありますが、そういう思いがとくに強かったもの
      ですから、「どんなことをしてもこの症状は治らない、この苦境から脱出する
      ことはできない」ということをはっきり知ったときには、本当にショックでした。
      たったそれだけのことを知るのに三十年以上かかったのですが、そのとき
      私は、「森田」にある種のいきどおりを感じて「森田」を捨てることになりました。

       『この症状が治らないんだったら、「森田」なんかのお世話になる必要はな
      い、そんなものは捨てたほうがよい』、そのときは本当にそう思いましたので、
      あまり迷うこともなく「森田」を捨てることができました。つまり、自分から「森田
      」に見切りをつけたのであります。

       そうして「森田」関係の本を目につかないところに隠してしまいました。もち
      ろん「生活の発見」誌がきても読みませんでしたし、とにかく「森田」のことは
      考えない、見ない、聞かないようにしたわけです。
       今にして思えば、どうしてあのとき、「森田」の本を全部捨ててしまわなかっ
      たのか不思議でなりませんが、たぶんそれは、これもわが心の遍歴の証とし
      て残しておきたかったのか、それとも、そうは言っても、やはりまだ「森田」に
      未練があったからだろうと思います。

       そういうことで、今までいつも心の中にあった「森田」というものがなくなった
      おかげで、私はずいぶんとさっぱりした気持ちになりました。今考えてみます
      と、当時の私は「森田中毒症」になっていたように思います。
       それまでは、こうするのが「森田」だとかいう「かくあるべし」のような理屈が、
      いつも心の中にあって邪魔になっていましたが、それがすっかりなくなった
      わけです。

       そうして、私に残ったものは何かというと、言うまでもなく、症状にとらわれて
      苦しんでいる自分と、自分を含めた家族の生活を維持してゆかねばならない
      という現実でした。今までは森田理論とかいう邪魔者が介在していたもので
      すから、それが保護膜になって切実感が出てこなかったものが、その森田理
      論がなくなったおかげで、この二つのものが以前より強烈に、はっきりと自分
      の前に現れてきたのであります。


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