三十年の試行錯誤


        素直な人は言われたことを理屈抜きに実行しますから、比較的早く体得す
      ることができますが、素直でない人は、やる前にあれこれ理屈を言って納得
      しなければ実行しないので体得が遅れます。石橋を叩いて渡ればいいので
      すが、叩いても渡らない人が多いので困ります。なかなかよくならない人のな
      かには、そういう傾向の人が多いように思われます。私は、その素直でない
      人の代表みたいな人間でした。

        症状は、主として対人恐怖で苦しんできましたが、「森田」を知ったのが二
      十二、三歳のときで、だいたい症状を受け入れるようになったのが五十歳を
      かなり過ぎていましたから、それまで三十年以上かかっています。神経質的
      な素質は生まれつきですから、この点はおたがいに永いわけですが、「森田
      」を知ってから症状をほぼ解決するまで、三十年以上もかかったという人は
      少ないのではないかと思います。それほど私は劣等生だったわけです。で
      すから私は、私のような劣等生でもいずれは解決するときがくる、ということ
      を示すための見本みたいな人間です。

       本格的に集談会に出席するようになったのは、地理的な関係で五十歳過
      ぎてからですが、それから二、三年たったころに苦しみのピークを迎えました
      ので、およそ三十数年間というものは直接アドバイスしてくれる人もなく、ただ
      ひたすら「森田」の本と「生活の発見」誌を頼りに実践してきたわけです。その
      ためと言っては語弊がありますが、とにかく「森田」の本を読み、それを自分
      流に勝手に解釈してやっていくやり方というのは、試行錯誤が多くて時間が
      かかるように思われてなりません。集談会のような場があって、相互啓発し合
      って進んでいくほうが、はるかに効果的であると思います。

       当時私は、九州の大分県南部の小さな町に住んでいましたので、もちろん
      そういう機会があるはずもありません。そんなわけで、ずっと前から「森田」の
      本は読んでいたけれども、今考えてみますと、その読み方が自分の都合の
      いいところばかり読んでいたような気がします。つまり、「症状は森田の教え
      を実践していれば必ず治る」という、そんなところばかりを気休め的に読んで
      いたのではないかと思います。

       それでも私は、「森田」を知ったときから、自分の神経症を解決するのは「
      森田」以外にないと信じていましたから、別の療法に迷うことはなく、自分は「
      森田」で治るんだ、きっと治るにちがいない、くる日もくる日もそんなことを考
      えながら、心の支えにしていたように思います。

        実際には、浮かぶこともできなければ、沈むこともできないという神経症特
      有の重苦しい日々の連続でしたが、「どんなに苦しくても会社だけは休んで
      はいけない」という教えだけは愚直に守り続けました。私にとってそれはとて
      もつらいことでしたが、私が実践してきたことといえば、ただその一事だったと
      言っても過言ではありません。それ以外のことはかなりいい加減で、いつも失
      敗や後悔ばかりしておりました。そうして、いつの間にか三十数年がたってし
      まったのです。
       今はもう当時の苦しみはほとんど忘れていますが、振り返ってみますと、よ
      くも今日まで生きながらえてきたものだと感慨ひとしおなものがあります。


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